特許第6268370号(P6268370)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6268370表面改質ポリエステル系樹脂を含む銅または銅合金物品および製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6268370
(24)【登録日】2018年1月12日
(45)【発行日】2018年1月31日
(54)【発明の名称】表面改質ポリエステル系樹脂を含む銅または銅合金物品および製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 28/00 20060101AFI20180122BHJP
【FI】
   C23C28/00 Z
【請求項の数】16
【全頁数】30
(21)【出願番号】特願2017-506437(P2017-506437)
(86)(22)【出願日】2017年1月12日
(86)【国際出願番号】JP2017000855
(87)【国際公開番号】WO2017130721
(87)【国際公開日】20170803
【審査請求日】2017年7月24日
(31)【優先権主張番号】特願2016-13477(P2016-13477)
(32)【優先日】2016年1月27日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】506362222
【氏名又は名称】株式会社新技術研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100100158
【弁理士】
【氏名又は名称】鮫島 睦
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【弁理士】
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100206140
【弁理士】
【氏名又は名称】大釜 典子
(72)【発明者】
【氏名】平井 勤二
(72)【発明者】
【氏名】秋山 勇
(72)【発明者】
【氏名】高橋 司
(72)【発明者】
【氏名】菅谷 卓生
(72)【発明者】
【氏名】武藤 有香
【審査官】 坂本 薫昭
(56)【参考文献】
【文献】 特開2015−116751(JP,A)
【文献】 特開2011−108848(JP,A)
【文献】 特開2010−280813(JP,A)
【文献】 特開2006−213677(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B29C 65/48
B32B 15/09,15/20
C23C 22/05,26/00,28/00
H05K 1/03, 3/38
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
銅合金よりなる基体と、ポリエステル系樹脂本体と、前記基体と前記ポリエステル系樹脂本体とを接合する化合物層とを含み、
前記化合物層が、窒素を含む官能基とシラノール基とを有する化合物である第1の化合物と、アルカン型アミン系シランカップリング剤である第2の化合物と、を含有しており、
前記第1の化合物は、2-(3-トリエトキシシリルプロピル)アミノ-4, 6-ジ(2-アミノエチル)アミノ-1, 3, 5-トリアジン(AST)、イミダゾール系シラン化合物(ImS)、AST類似化合物およびイミダゾールシランカップリング剤から成る群から選択され、
前記AST類似化合物は、ASTのトリエトキシ基をトリメトキシ基に置換した化合物、および、ASTの4,6-ジ(2-アミノエチル)アミノ基のアミノ置換基を、N-2-(アミノエチル)-3-アミノプロピル基、3-アミノプロピル基、N-(1, 3−ジメチル-メチリデン)プロピルアミノ基、N-フェニル-3-アミノプロピル基、N-(ビニルベンジル)-2-アミノエチル-3-アミノプロピル基または3-ウレイドプロピル基に置換した化合物から成る群から選択され
前記イミダゾールシランカップリング剤、1-イミダゾリル基、3-イミダゾリル基および4-イミダゾリル基のいずれ1種と、トリアルコキシシリル基とを共に有する化合物から成る群から選択されることを特徴とする銅合金物品。
【請求項2】
前記第1の化合物が、ASTまたはAST類似化合物であることを特徴とする請求項1に記載の銅合金物品。
【請求項3】
前記基体の表面粗さRaが0.1μm以下であることを特徴とする請求項1または2に記載の銅合金物品。
【請求項4】
前記ポリエステル系樹脂本体が、ポリエチレンテレフタレート、ポリメチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、ポリブチレンナフタレートおよび液晶ポリマーから成る群から選択されるポリエステル系樹脂から成ることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の銅合金物品。
【請求項5】
前記基体の表面に、酸化物層および防錆剤層が存在しないことを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の銅合金物品。
【請求項6】
ポリエステル系樹脂本体と、当該ポリエステル系樹脂本体の表面に設けられた、銅合金よりなる基体と前記ポリエステル系樹脂本体とを接合する化合物層とを含むポリエステル系樹脂部材であって、
前記化合物層が、窒素を含む官能基とシラノール基とを有する化合物である第1の化合物と、アルカン型アミン系シランカップリング剤である第2の化合物と、を含有しており、
前記第1の化合物は、2-(3-トリエトキシシリルプロピル)アミノ-4, 6-ジ(2-アミノエチル)アミノ-1, 3, 5-トリアジン(AST)、イミダゾール系シラン化合物(ImS)、AST類似化合物およびイミダゾールシランカップリング剤から成る群から選択され、
前記AST類似化合物は、ASTのトリエトキシ基をトリメトキシ基に置換した化合物、および、ASTの4,6-ジ(2-アミノエチル)アミノ基のアミノ置換基を、N-2-(アミノエチル)-3-アミノプロピル基、3-アミノプロピル基、N-(1, 3−ジメチル-メチリデン)プロピルアミノ基、N-フェニル-3-アミノプロピル基、N-(ビニルベンジル)-2-アミノエチル-3-アミノプロピル基または3-ウレイドプロピル基に置換した化合物から成る群から選択され
前記イミダゾールシランカップリング剤、1-イミダゾリル基、3-イミダゾリル基および4-イミダゾリル基のいずれ1種と、トリアルコキシシリル基とを共に有する化合物から成る群から選択されることを特徴とするポリエステル系樹脂部材。
【請求項7】
前記第1の化合物が、ASTまたはAST類似化合物であることを特徴とする請求項6に記載のポリエステル系樹脂部材。
【請求項8】
前記ポリエステル系樹脂本体が、ポリエチレンテレフタレート、ポリメチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、ポリブチレンナフタレートおよび液晶ポリマーから成る群から選択されるポリエステル系樹脂から成ることを特徴とする請求項6または7に記載のポリエステル系樹脂部材。
【請求項9】
銅合金よりなる基体と、当該基体の表面に設けられた、前記銅合金よりなる基体とポリエステル系樹脂本体とを接合する化合物層とを含む銅合金部材であって、
前記化合物層が、窒素を含む官能基とシラノール基とを有する化合物である第1の化合物と、アルカン型アミン系シランカップリング剤である第2の化合物と、を含有しており、
前記第1の化合物は、2-(3-トリエトキシシリルプロピル)アミノ-4, 6-ジ(2-アミノエチル)アミノ-1, 3, 5-トリアジン(AST)、イミダゾール系シラン化合物(ImS)、AST類似化合物およびイミダゾールシランカップリング剤から成る群から選択され、
前記AST類似化合物は、ASTのトリエトキシ基をトリメトキシ基に置換した化合物、および、ASTの4,6-ジ(2-アミノエチル)アミノ基のアミノ置換基を、N-2-(アミノエチル)-3-アミノプロピル基、3-アミノプロピル基、N-(1, 3−ジメチル-メチリデン)プロピルアミノ基、N-フェニル-3-アミノプロピル基、N-(ビニルベンジル)-2-アミノエチル-3-アミノプロピル基または3-ウレイドプロピル基に置換した化合物から成る群から選択され
前記イミダゾールシランカップリング剤、1-イミダゾリル基、3-イミダゾリル基および4-イミダゾリル基のいずれ1種と、トリアルコキシシリル基とを共に有する化合物から成る群から選択されることを特徴とする銅合金部材。
【請求項10】
前記第1の化合物が、ASTまたはAST類似化合物であることを特徴とする請求項9に記載の銅合金部材。
【請求項11】
ポリエステル系樹脂本体と、当該ポリエステル系樹脂本体の表面に設けられた、銅合金よりなる基体と前記ポリエステル系樹脂本体とを接合する化合物層とを含むポリエステル系樹脂部材を製造する方法であって、
ポリエステル系樹脂本体の表面に、窒素を含む官能基とシラノール基を有する化合物である第1の化合物と、アルカン型アミン系シランカップリング剤である第2の化合物とを含有する溶液を接触させた後に、熱処理することを含み、
前記第1の化合物は、2-(3-トリエトキシシリルプロピル)アミノ-4, 6-ジ(2-アミノエチル)アミノ-1, 3, 5-トリアジン(AST)、イミダゾール系シラン化合物(ImS)、AST類似化合物およびイミダゾールシランカップリング剤から成る群から選択され、
前記AST類似化合物は、ASTのトリエトキシ基をトリメトキシ基に置換した化合物、および、ASTの4,6-ジ(2-アミノエチル)アミノ基のアミノ置換基を、N-2-(アミノエチル)-3-アミノプロピル基、3-アミノプロピル基、N-(1, 3−ジメチル-メチリデン)プロピルアミノ基、N-フェニル-3-アミノプロピル基、N-(ビニルベンジル)-2-アミノエチル-3-アミノプロピル基または3-ウレイドプロピル基に置換した化合物から成る群から選択され
前記イミダゾールシランカップリング剤、1-イミダゾリル基、3-イミダゾリル基および4-イミダゾリル基のいずれ1種と、トリアルコキシシリル基とを共に有する化合物から成る群から選択されることを特徴とする製造方法。
【請求項12】
銅合金よりなる基体と、ポリエステル系樹脂本体と、前記基体と前記ポリエステル系樹脂本体とを接合する化合物層とを含む銅合金物品の製造方法であって、
請求項11に記載の製造方法により、ポリエステル系樹脂部材を得る工程と、
前記基体の表面を酸水溶液で洗浄する工程と、
前記化合物層と、洗浄した前記基体の表面とを接合することにより、前記基体と前記ポリエステル系樹脂本体とを接合する工程と、を含むことを特徴とする製造方法。
【請求項13】
銅合金よりなる基体と、当該基体の表面に設けられた、前記銅合金よりなる基体とポリエステル系樹脂本体とを接合する化合物層とを含む銅合金部材を製造する方法であって、
前記基体を酸水溶液で洗浄する工程と、
前記基体の表面に、窒素を含む官能基とシラノール基を有する化合物である第1の化合物と、アルカン型アミン系シランカップリング剤である第2の化合物とを含有する溶液を接触させた後に、熱処理することを含み、
前記第1の化合物は、2-(3-トリエトキシシリルプロピル)アミノ-4, 6-ジ(2-アミノエチル)アミノ-1, 3, 5-トリアジン(AST)、イミダゾール系シラン化合物(ImS)、AST類似化合物およびイミダゾールシランカップリング剤から成る群から選択され、
前記AST類似化合物は、ASTのトリエトキシ基をトリメトキシ基に置換した化合物、および、ASTの4,6-ジ(2-アミノエチル)アミノ基のアミノ置換基を、N-2-(アミノエチル)-3-アミノプロピル基、3-アミノプロピル基、N-(1, 3−ジメチル-メチリデン)プロピルアミノ基、N-フェニル-3-アミノプロピル基、N-(ビニルベンジル)-2-アミノエチル-3-アミノプロピル基または3-ウレイドプロピル基に置換した化合物から成る群から選択され
前記イミダゾールシランカップリング剤、1-イミダゾリル基、3-イミダゾリル基および4-イミダゾリル基のいずれ1種と、トリアルコキシシリル基とを共に有する化合物から成る群から選択されることを特徴とする製造方法。
【請求項14】
銅合金よりなる基体と、ポリエステル系樹脂本体と、前記基体と前記ポリエステル系樹脂本体とを接合する化合物層とを含む銅合金物品の製造方法であって、
請求項13に記載の製造方法により、銅合金部材を得る工程と、
前記化合物層と前記ポリエステル系樹脂本体とを接合することにより、前記基体と前記ポリエステル系樹脂本体とを接合する工程と、を含むことを特徴とする製造方法。
【請求項15】
前記第1の化合物が、ASTまたはAST類似化合物であることを特徴とする請求項11〜14のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項16】
前記溶液中における、前記第1の化合物と、前記第2の化合物とのモル濃度比が、1:0.5〜1:15であることを特徴とする請求項11〜15のいずれか1項に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、表面の少なくとも一部にポリエステル系樹脂部材が接合されている銅合金を含む銅合金物品、および銅合金物品の製造に好適なポリエステル系樹脂部材、ならびにこれらの製造方法に関する。
【0002】
銅合金は、電気伝導性、熱伝導性が優れているため、圧延材、展伸材、箔材、およびメッキ材として、電気・電子部品に広く使用されている。銅合金は、配線材料として欠くことのできない材料で、銅配線と、主に樹脂からなる絶縁層とを複合化した電子回路基板(プリント配線基板)が電子機器に使用されている。プリント配線基板には、ガラス繊維にエポキシ樹脂等の樹脂材料を含浸して硬化させたような柔軟性のない材料を絶縁層に用いたリジッドプリント配線基板と、ポリイミドフィルムおよびポリエステルフィルムなどの薄く柔軟性のある樹脂材料を絶縁層として用いたフレキシブルプリント配線基板(以下、FPCと呼ぶ)とがある。
【0003】
いずれのプリント基板においても、樹脂材料と銅配線の接合力を高める必要があり、多様な技術が提案されている。例えば、FPCに使用する基材として、樹脂フィルムの片面または両面に銅箔を接着・接合したFCCL(Flexible Copper Clad Laminate)が知られており、樹脂フィルムと銅箔との接着・接合強度を向上するために、銅箔の表面を粗化し、その粗面の凹凸に接着剤または加熱した樹脂面を密着させる方法(アンカー効果)が使われている。
【0004】
しかし、高周波信号においては、表皮効果と呼ばれる効果により、信号が配線の表面層を流れるため、銅箔表面に凹凸があると伝送距離が長くなり、伝送損失が大きくなる。このため、FPCの重要特性である伝送損失において、低い伝送損失を達成するには、銅箔表面の平滑性が高いことが求められる。そこで、平滑な表面を有する銅箔と樹脂材料とを高い強度で接合できる方法が求められている。
【0005】
特許文献1には、樹脂硬化物を絶縁層にした回路基板において、特に平滑な表面を有する銅配線層と絶縁層との高接着性を得るために、銅配線層表面に存在する酸化銅層を錫、亜鉛、クロム、コバルトおよびアルミなどの他の金属の酸化物および/または水酸化物で置換または被覆し、該酸化物および水酸化物層と共有結合するシラノール基を有するアミン系シランカップリング剤またはその混合物の層を設け、更にこの上に炭素−炭素不飽和二重結合を有するビニル系シランカップリング剤層を形成して、絶縁層の樹脂硬化物に含有されたビニル基との間に共有結合を形成した回路基板(多層配線板)が開示されている。
回路基板の製造方法としては、銅表面の酸化銅層を、メッキ、スパッタまたは蒸着などにより、錫、亜鉛、クロム、コバルトおよびアルミなどの金属酸化物および/または水酸化物層で置換または被覆すること、この金属酸化物および水酸化物層がシランカップリング剤と金属層間の接着力を高めること、アミン系シランカップリング剤層中の残存シラノール基とビニル系シランカップリング剤層のシラノール基とが共有結合を生じること、更にビニル系シランカップリング剤の炭素−炭素不飽和二重結合が絶縁層中のビニル化合物と共有結合を生じること、絶縁層の樹脂硬化物を加圧、加熱下で硬化させることを含むものが開示されている。
この回路基板は、構成が複雑であり、また製造工程が煩雑である。
【0006】
特許文献2には、ポリエステル系樹脂であるポリエチレンナフタレート(PEN)のベースフィルムと銅などの導電層の間にシランカップリング剤を介在させたフレキシブル積層板が開示されている。シランカップリング剤の加水分解官能基が水と反応してシラノール基となって銅などの金属と結合し、有機官能基がPENと反応により結合すると記載されている。また、シランカップング剤を塗布したベースフィルムにスパッタ法で銅合金を積層し、更に銅メッキして導電層を形成する積層工程が開示されている。
【0007】
特許文献3〜6には、表面を粗面化されていない銅またはアルミニウムの金属材料、またはその金属材料に銀、ニッケル、クロメートのメッキをしたメッキ材に対し、シランまたはチタンカップリング剤で表面処理を行った表面処理済み金属材料が開示されている。さらに、その表面処理済み金属材料にポリエステル構造を持つ液晶ポリマー(以下、LCPと呼ぶ)フィルムを熱圧着して、またはポリマーを射出成形して接合する複合体の製造方法が開示されている。金属またはそのメッキ材の表面処理をするためのカップリング剤としては、窒素を含む官能基を有するカップリング剤、すなわちアミン系シランまたはチタンのカップリング剤が好ましく、金属に良く付着し、ピール強度(剥離強度)が高く、効果的であると記載されている。
【0008】
特許文献7には、新規なアミノ基およびアルコキシシラン基含有トリアジン誘導体化合物を含む表面処理剤が開示されている。この新規な化合物を含む表面処理剤を、多様な金属材料および高分子材料に適用して熱プレスすることにより、これらの材料が相互に接合できることが開示されている。また、この新規化合物を表面処理した上に他の試薬を塗布すると、新規化合物の膜内に存在する官能基と他の試薬との反応がおこり、更に多様な機能を有する材料に変換されると記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2011−91066号公報
【特許文献2】特開2010−131952号公報
【特許文献3】特開2014−27042号公報
【特許文献4】特開2014−27053号公報
【特許文献5】特開2014−25095号公報
【特許文献6】特開2014−25099号公報
【特許文献7】国際公開第2013/186941号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
プリント配線基板を形成する絶縁材としてポリエステル系樹脂フィルム、例えば液晶ポリマー(LCP)を用いると、高周波信号線路の伝送損失を低減できる利点がある。しかしながら、特許文献1〜6に開示されているようなシランカップリング剤でポリエステル系樹脂材料と銅配線とを接合すると、主にポリエステル系樹脂の化学構造に起因して、カップリング剤の反応の進行が期待通りに進まないことがある。そのため、ポリエステル系樹脂材料と銅配線との接合強度の誤差が大きく(つまり、接合強度の再現性が悪く)、接合強度が低くなり得る。
【0011】
特許文献7に開示された新規な化合物は、トリアジン環に導入したアミノ基とアルコキシシラン基を有するため、その化合物を含む表面処理剤を用いると、既存のシランカップリング剤よりも金属と樹脂とを結ぶ化学結合性が高くなる。しかしながら、より高い接合強度が得られる方法が求められている。
【0012】
そこで、本開示では、ポリエステル系樹脂本体と銅合金基体とを接合した銅合金物品において、それらが十分に高い接合強度で接合された銅合金物品およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、以下の構成からなる解決手段を見いだし、本発明の完成するに至った。
本発明の態様1は、銅合金よりなる基体と、ポリエステル系樹脂本体と、前記基体と前記ポリエステル系樹脂本体とを接合する化合物層とを含み、
前記化合物層が、窒素を含む官能基とシラノール基とを有する化合物と、アルカン型アミン系シランカップリング剤と、を含有することを特徴とする銅合金物品である。
【0014】
本発明の態様2は、前記窒素を含む官能基が、窒素を含む5員環以上の環状構造を有することを特徴とする態様1に記載の銅合金物品である。
【0015】
本発明の態様3は、前記5員環以上の環状構造が、トリアゾールまたはトリアジン構造であることを特徴とする態様2に記載の銅合金物品である。
【0016】
本発明の態様4は、前記基体の表面粗さRaが0.1μm以下であることを特徴とする態様1〜3のいずれか1項に記載の銅合金物品である。
【0017】
本発明の態様5は、前記ポリエステル系樹脂本体が、ポリエチレンテレフタレート、ポリメチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、ポリブチレンナフタレートおよび液晶ポリマーから成る群から選択されるポリエステル系樹脂から成ることを特徴とする態様1〜4のいずれか1項に記載の銅合金物品である。
【0018】
本発明の態様6は、前記基体の表面に、酸化物層および防錆剤層が存在しないことを特徴とする態様1〜7のいずれか1項に記載の銅合金物品である。
【0019】
本発明の態様7は、ポリエステル系樹脂本体と、当該ポリエステル系樹脂本体の表面に設けられた化合物層とを含むポリエステル系樹脂部材であって、
前記化合物層が、窒素を含む官能基とシラノール基とを有する化合物と、アルカン型アミン系シランカップリング剤と、を含有することを特徴とするポリエステル系樹脂部材である。
【0020】
本発明の態様8は、前記窒素を含む官能基が、窒素を含む5員環以上の環状構造を有することを特徴とする態様7に記載のポリエステル系樹脂部材である。
【0021】
本発明の態様9は、前記5員環以上の環状構造が、トリアゾールまたはトリアジン構造であることを特徴とする態様8に記載のポリエステル系樹脂部材である。
【0022】
本発明の態様10は、前記ポリエステル系樹脂本体が、ポリエチレンテレフタレート、ポリメチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、ポリブチレンナフタレートおよび液晶ポリマーから成る群から選択されるポリエステル系樹脂から成ることを特徴とする態様7〜9のいずれか1項に記載のポリエステル系樹脂部材である。
【0023】
本発明の態様11は、銅合金よりなる基体と、当該基体の表面に設けられた化合物層とを含む銅合金部材であって、
前記化合物層が、窒素を含む官能基とシラノール基とを有する化合物と、アルカン型アミン系シランカップリング剤と、を含有することを特徴とする銅合金部材である。
【0024】
本発明の態様12は、前記窒素を含む官能基が、窒素を含む5員環以上の環状構造を有することを特徴とする態様11に記載の銅合金部材である。
【0025】
本発明の態様13は、前記5員環以上の環状構造が、トリアゾールまたはトリアジン構造であることを特徴とする態様12に記載の銅合金部材である。
【0026】
本発明の態様14は、ポリエステル系樹脂本体と、当該ポリエステル系樹脂本体の表面に設けられた化合物層とを含むポリエステル系樹脂部材を製造する方法であって、
ポリエステル系樹脂本体の表面に、窒素を含む官能基とシラノール基を有する化合物と、アルカン型アミン系シランカップリング剤とを含有する溶液を接触させた後に、熱処理することを特徴とする製造方法である。
【0027】
本発明の態様15は、銅合金よりなる基体と、ポリエステル系樹脂本体と、前記基体と前記ポリエステル系樹脂本体とを接合する化合物層とを含む銅合金物品の製造方法であって、
態様14に記載の製造方法により、ポリエステル系樹脂部材を得る工程と、
前記基体の表面を酸水溶液で洗浄する工程と、
前記化合物層と、洗浄した前記基体の表面とを接合することにより、前記基体と前記ポリエステル系樹脂本体とを接合する工程と、を含むことを特徴とする製造方法である。
【0028】
本発明の態様16は、銅合金よりなる基体と、当該基体の表面に設けられた化合物層とを含む銅合金部材を製造する方法であって、
前記基体を酸水溶液で洗浄する工程と、
前記基体の表面に、窒素を含む官能基とシラノール基を有する化合物と、アルカン型アミン系シランカップリング剤とを含有する溶液を接触させた後に、熱処理することを特徴とする製造方法である。
【0029】
本発明の態様17は、銅合金よりなる基体と、ポリエステル系樹脂本体と、前記基体と前記ポリエステル系樹脂本体とを接合する化合物層とを含む銅合金物品の製造方法であって、
態様16に記載の製造方法により、銅合金部材を得る工程と、
前記化合物層と前記ポリエステル系樹脂本体とを接合することにより、前記基体と前記ポリエステル系樹脂本体とを接合する工程と、を含むことを特徴とする製造方法である。
【0030】
本発明の態様18は、前記溶液中における、窒素を含む官能基とシラノール基とを有する化合物と、アルカン型アミン系シランカップリング剤とのモル濃度比が、1:0.5〜1:15であることを特徴とする態様14〜17のいずれか1項に記載の製造方法である。
【発明の効果】
【0031】
本発明によれば、2種類の化合物を含む化合物層を介することにより、ポリエステル系樹脂本体と銅合金基体とを十分な接合強度で接合することができる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
図1図1は、本発明の実施の形態1に係る銅合金物品の概略断面図である。
図2図2は、ImSを塗布したLCPフィルム表面のXPSスペクトルである。
図3図3は、AASを塗布したLCPフィルム表面のXPSスペクトルである。
図4図4は、ImSを塗布したLCPフィルム表面とAASの混合物のXPSスペクトルである。
図5図5(a)、(b)は、実施の形態1に係る銅合金物品の第1の製造方法を説明するための概略断面図である。
図6図6(a)、(b)は、実施の形態1に係る銅合金物品の第2の製造方法を説明するための概略断面図である。
図7図7は、ASTを塗布した銅箔片表面のXPSスペクトルである。
図8図8は、AASを塗布した銅箔片表面のXPSスペクトルである。
図9図9は、ASTとAASの混合水溶液を塗布した銅箔片表面のXPSスペクトルである。
図10図10は、ASTとAASの混合水溶液を塗布した銅箔片表面のXPSスペクトルである。
図11図11は、ASTとAASの混合水溶液を塗布した銅箔片表面のXPSスペクトルである。
図12図12は、ASTとAASの混合水溶液を塗布した銅箔片表面のXPSスペクトルである。
図13図13は、比較例4銅張り積層板から作成したLPC試験片のFT-IRチャートである。
図14図14は、比較例5の銅張り積層板から作成したLPC試験片のFT-IRチャートである。
図15図15は、実施例6の銅張り積層板から作成したLPC試験片のFT-IRチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0033】
本発明者らは、銅合金基体とポリエステル系樹脂本体とを接合するための化合物層が、2種類の化合物を含有することにより、いずれかの化合物のみを含有する場合に比べて、接合強度を高めることができることを見いだして、本開示に係る銅合金物品を完成するに至った。
具体的には、第1の化合物としては、窒素を含む官能基とシラノール基とを共に有する化合物を使用する。第2の化合物としては、アルカン型アミン系シランカップリング剤を使用する。すなわち、本開示は、銅合金基体と、ポリエステル系樹脂本体とが、窒素を含む官能基とシラノール基とを有する第1の化合物およびアルカン型アミン系シランカップリング剤である第2の化合物を含有する化合物層を介して接合された銅合金物品に係るものである。
以下、本発明に係る実施の形態について説明する。
【0034】
<実施の形態1>
図1は、実施の形態1に係る銅合金物品3の概略断面図であり、銅合金基体10と、ポリエステル系樹脂本体40と、それらの間に配置された化合物層20とを含んでいる。銅合金基体10とポリエステル系樹脂本体40は、化合物層20を介して接合されている。
【0035】
銅合金基体10は、純銅または各種銅合金より成り、銅合金としては工業上用いられるいずれの銅合金も使用可能である。
銅合金基体10には、例えば電解銅箔、圧延銅箔等の銅箔を適用できる。特に、屈曲性の高い圧延銅箔は、FPCに好適である。
【0036】
ポリエステル系樹脂本体40は、ポリエステル系樹脂から成る。ポリエステル系樹脂にとしては、例えば、多価カルボン酸(ジカルボン酸)とポリアルコール(ジオール)との重縮合体である。ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリメチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、ポリブチレンナフタレート、液晶ポリマー(LCP)が好適である。
【0037】
ポリエステル系樹脂本体40には、例えばポリエステル系樹脂フィルム、ポリエステル系樹脂板などを利用できる。特に、LCPフィルムは、材料特性が低比誘電率、低誘電正接であるため、FPCに適用すると、特に高周波信号線路の伝送損失が低減される利点がある。さらに、LCPフィルムは、非常に吸水率が低いため、高湿度下においても寸法安定性が良好である。
【0038】
一例として、銅合金基体10として圧延銅箔を使用し、ポリエステル系樹脂本体としてLCPフィルムを使用した銅合金物品について詳細に説明する。なお、他の形態の銅合金基体10およびポリエステル系樹脂本体40を用いた銅合金物品3についても、同様に構成および製造することができる。
【0039】
(1)圧延銅箔の選定
実施の形態1および2において、プリント基板における高周波信号の伝送損失を低減するためには、銅合金基体10の表面が平坦であるのが好ましく、例えば表面粗さRaが0.1μm以下であるのが好ましい。また、後述する実施の形態2では、銅合金基体10の表面に銅合金が露出しているのが好ましい。そこで、いずれの実施の形態にも適した銅合金基体10の選択方法について検討する。
【0040】
まず、FPCで最も需要の多い厚さ18μmの銅箔について、市販されている3種類の銅箔(銅箔A〜C)を選び、X線光電子分光法(XPS)による表面層の測定を行った。
【0041】
【表1】
【0042】
銅箔Aは、既存のFPCに使用されているが、XPS測定したところ、亜鉛が検出された。つまり、銅箔Aは亜鉛メッキが施されていることが判明した。実施の形態2に適した銅箔としては、メッキ層がないものが好ましいため、銅箔Aは除外することとした。
【0043】
銅箔B、Cの表面にはメッキ層はなかったが、銅の酸化と、銅箔表面に塗布された防錆剤とに由来する元素(例えば炭素等)が検出された。
次に、これらの銅箔B、Cについては、表面粗さの測定と、表面の電子顕微鏡(SEM)分析を行った。
【0044】
表面粗さRaは、レーザー顕微鏡で測定した。銅箔BはRa0.05μmであり、銅箔CはRa0.15μmであった。
SEM観察により、表面のしわ状のへこみ(オイルスポット)を確認したところ、銅箔Bのほうが、銅箔Cよりもオイルスポットが少なかった。
これらの結果から、銅箔Bの方が表面の平滑性が高いと判断し、銅合金基体10には、銅箔Bを用いることした。
【0045】
(2)銅箔(銅合金基体10)の洗浄
市販の銅箔には、防錆剤の塗布が塗布されている。また、銅箔の表面には、時間の経過による酸化物層が生成され得る。FCP等の銅合金物品の場合には、銅箔の特性、例えば電気伝導性を最大限発揮するには、銅箔の表面から防錆剤および酸化物層を除去して、銅箔の表面に銅を露出させるのが望ましい。そのためには、銅箔を使用する前に、防錆剤および酸化物層を除去するための洗浄(酸洗浄)を行う必要がある。このため、銅箔Bをサンプルとして用いて、酸洗浄の条件について検討した。
【0046】
洗浄液として、室温の15%硫酸と1%塩酸を使用した。サンプルを洗浄液に浸漬時間0分(洗浄せず)、1分、5分で浸漬した後、洗浄液から取り出してイオン交換水で十分洗浄し、乾燥させた。その後、サンプルの表面をXPS分析して、洗浄レベルを判定した。
酸洗浄後の銅箔表面の洗浄レベルは、表面に防錆剤が残存するか否かにより判定した。具体的には、洗浄後の銅箔表面をXPSにより測定し、防錆剤に由来する窒素(N)のピーク(結合エネルギー400eV付近の窒素N1s軌道のピーク)の有無により、定性的に判定を行った。XPSスペクトルに、窒素(N)に起因するピークが確認できたときを「あり」とし、ピークが確認できないときは「なし」とした。測定結果を表2に示す。
【0047】
なお、酸化物層を洗浄レベルの判定基準とすることもできる。しかしながら、酸洗浄によって酸化物層を銅箔表面から完全に除去できたとしても、洗浄液から銅箔を取り出した瞬間に、銅箔表面の銅が大気中の酸素と反応して微量な酸化物が生成される。XPSによる表面分析では、この微量の酸化物も検出されてしまうため、洗浄レベルを正確に判断するのは困難である。
【0048】
【表2】
【0049】
表2に示すように、いずれの洗浄液(酸水溶液)でも、浸漬時間1分で銅箔表面から窒素N1s軌道に由来するピークが消失し、酸化物に由来するCu 2p軌道のピークが微小になった。よって、洗浄液に1分浸漬することにより、銅箔に付着していた防錆剤と酸化物を除去できると判断した。以降の実施の形態では、取り扱いの容易な1%塩酸で1分間洗浄した銅箔を使用する。
【0050】
なお、銅箔を使用した銅合金物品においても、銅合金物品から剥離した銅箔の表面をXPS分析することにより、N1s軌道に由来するピークおよびCu 2p軌道に由来するピークを確認することで、酸洗浄した銅箔を使用したことがわかる。N 1s軌道に由来するピークが検出されないことにより、防錆剤が存在しないことを確認できる。また、Cu 2p軌道に由来するピークが微小(例えば、935eV付近に存在するCu-Oに由来するピークのピーク強度に対して1/10以下のピーク強度、特に1/20以下のピーク強度)であることにより、酸化物層が存在しないことを確認できる。上述の通り、銅箔を酸洗浄して酸化物層を除去しても、その後に大気中に取り出すことにより少量の酸化物が形成されてしまう。しかし、そのような微小な酸化物は実質的に銅箔の特性(特に、ポリエステル系樹脂本体との結合力)に影響を与えないため、実質的には酸化物層は存在しないものと見なすことができる。
【0051】
(3)化合物層
化合物層20には、窒素を含む官能基とシラノール基とを有する第1の化合物と、アルカン型アミン系シランカップリング剤である第2の化合物の2種類の化合物を含む。いずれも単独でシランカップリング剤として使用することができるが、本開示では、嵩高い第1の化合物と、直鎖状の第2の化合物とを併用することにより、それらを単独使用するよりも結合強度を高めることができることを見いだした。
【0052】
窒素を含む官能基は、銅に対する化学吸着性が高いため、銅合金基板10に対する結合強度を高めるのに有効である。シラノール基は、ポリエステル系樹脂のエステル構造に対する化学吸着性が高いため、ポリエステル系樹脂本体40に対する結合強度を高めるのに有効である。よって、窒素を含む官能基とシラノール基とを有する化合物(第1の化合物)は、銅合金基板10とポリエステル系樹脂本体40とを接合するのに好適である。
【0053】
本発明者らは、上述のような第1の化合物に加えて、直鎖状のシランカップリング剤(第2の化合物)を共存させることにより、銅合金基板10とポリエステル系樹脂本体40との結合強度を高めることができることを初めて見いだした。このような効果が得られる理由は定かではないが、以下のような機構によるものと考えられる。
【0054】
アルカン型アミン系シランカップリング剤である第2の化合物は、比較的嵩の低い構造(例えば直鎖状の構造)を有する。一般的に、窒素を含む官能基とシラノール基とを有する第1の化合物は、直鎖状の第2の化合物に比べて、嵩高い構造を有する。そのため、第1の化合物のみが存在する状況では、第1の化合物同士は近接しにくい。第2の化合物は、嵩高い第1の化合物の間に侵入できるため、化合物層20内における化合物の密度を高めることができる。これにより、化合物層20を介してポリエステル系樹脂本体40と銅合金基体10とを結合すると、結合強度を高めることができる。
そのため、第1の化合物のみ、または第2の化合物のみで接合したときに比べて、第1の化合部物と第2の化合物とを共存させて接合したときのほうが、銅合金基板10とポリエステル系樹脂本体40の接合強度を向上させることができる。
【0055】
このように、構造の異なる2種類の化合物を併用することにより、銅合金基体10およびポリエステル系樹脂本体40の表面を粗化したり、銅合金基体の表面上に金属酸化物層を形成することなしに、銅合金基体10とポリエステル系樹脂本体40とを強固に接合することができる。
【0056】
第1の化合物が有する「窒素を含む官能基」は、窒素を含む5員環以上の環状構造を有しているのが好ましい。窒素を含む5員環以上の環状構造は、例えば、トリアゾールまたはトリアジン構造とすることができる。
5員環以上の環状構造を有すると第1の化合物の構造が特に嵩高くなるため、第1の化合物同士がさらに近接しにくくなることから、第2の化合物を混合することによる結合強度の向上効果が一層顕著である。
【0057】
なお、化合物層が第1の化合物と第2の化合物とを含んでいることは、XPS分析等の分析方法によって確認することができる。例えば、化合物層のXPS分析で得られたスペクトルにおいて、N1sピークが出現する結合エネルギーの範囲内には、二重結合で結合された窒素原子に帰属されるピーク、第一級アミノ基の窒素原子に帰属されるピーク、第二級アミノ基の窒素原子に帰属されるピーク等が含まれる。それらのピークは、XPSスペクトルの解析スペクトルにより識別可能である。
ここで、第1の化合物に含まれる窒素原子と、第2の化合物に含まれる窒素原子とが異なる結合状態にあることにより、それらの窒素原子に帰属されるXPSスペクトルのピークは識別可能である。これにより、化合物層中に第1の化合物と第2の化合物とが含まれていることを特定することができる。
【0058】
・化合物の選択
以下に、種々の化合物と銅合金基体との接合強度について比較した。
化合物は、表3に示した5種類を選んだ(以下、各化合物は、表3に記載した記号で呼ぶ)。化合物の化学名が開示されているものについては、それを記載したが、詳細が開示されていない化合物ImSについては、開示されている基本構造を記載した。これらの化合物の持つ主要官能基を、表4に示した。アルコキシシラン基は、水溶液ではシラノール基になることが知られている。この中で、化合物ETだけは、アルコキシシラン基をもっておらず、シランカップリング剤ではない。
【0059】
【表3】
【0060】
【表4】
【0061】
1%塩酸で1分間洗浄後、イオン交換水で十分水洗した銅箔、LCPフィルム(クラレ製のVecstar CT-Z)、およびPETフィルム(帝人デュポンフィルム製、UF)に、濃度0.1%のこれら5種類の接合化合物水溶液を、JPC製ディップコーターを使用してコーティングし、乾燥後に100℃、5分熱処理した。コーティング表面をXPS分析で解析した。分析した結果を表7にまとめた。なおPETフィルムについては、ETコーティングとASTコーティングのみ行った。
【表5】
【0062】
・化合物ET
化合物ETは、窒素を含む官能基とシラノール基とを有する化合物(つまり、第1の化合物)であり、化合物ETは、窒素原子(N)3個を含むトリアジン6員環に3個のエポキシ基と3個のオキソ基(C=O)をもつ。ETコーティングした銅箔では、銅(Cu)とN原子間の化学吸着を示すピークが現れなかった。ETコーティングしたLCPおよびPETでは、エポキシ基との化学吸着を示すピークの化学シフトが生じない。これらのことから、ETは、銅箔、LCP、PETのいずれの表面にも化学吸着せず、物理的に吸着されるのみであることが示された。
【0063】
・化合物AST
化合物ASTは、窒素を含む官能基とシラノール基とを有する化合物(つまり、第1の化合物)であり、化合物ASTは、窒素原子3個を含むトリアジン6員環に1個のアルコキシシラン基と2個のアミノ基を持っている。ASTコーティングした銅箔では、銅のCu 2p軌道ピークをみると、CuとNの結合を示すピークが確認された。また、ASTコーティングしたLCPおよびPETでは、C1s軌道ピークの286〜288eVにC-O、C=Oの結合を示すピークが現れ、いずれのピークも元のフィルムのピーク位置からシフトしている。これらのことから、ASTは、トリアジン6員環とアミノ基のNが銅に、シラノール基がLCP、PETのエステル構造に化学吸着することが示された。
【0064】
・化合物ImS
化合物ImSは、窒素を含む官能基とシラノール基とを有する化合物(つまり、第1の化合物)であり、イミダゾール5員環と1個のアルコキシシラン基がつながった構造である。ImSコーティングした銅箔では、銅のCu 2p軌道ピークをみると、CuとNの結合を示すピークがあり、イミダゾール基が銅に化学吸着することが示された。同時にCu(0価)のピークもあり、銅の表面にImSが存在しない部分が存在することが示された。ASTでは、Cu(0価)のピークは観測されなかったことから、ASTの方がImSよりも銅表面に高密度で化学吸着することを示している。
【0065】
一方、ImSコーティングしたLCPでは、286〜288eVのC-O、C=Oの結合を示すピークが元のフィルムのピーク位置からシフトしていることから、化学吸着が起きていることを示している。また、289eVに未反応のエステル基のピークがあり、LCPにImSが化学吸着していない部分が存在していることが示された。ASTでは、このような未反応のエステル基のピークは観測されなかったので、ImSよりもASTの方が、LCPのエステル構造対する化学吸着性が高いと判断される。
【0066】
・化合物AAS、AS
化合物AASとASは、アルカン型アミン系シランカップリング剤(つまり、第2の化合物)であり、先行技術文献において、広く銅と樹脂の接着に適用されている典型的な化合物である。しかし、それらの化合物でコーティングした銅箔では、銅のCu 2p軌道ピークをみると、ImSと同様にCu(0価)のピークがあり、銅の表面にAASやASが吸着していない部分があることが示された。すなわち、これまで、多くの文献において、シラノール基が銅の表面と化学的に吸着するとされてきたが、十分酸洗浄された銅表面においては文献とは異なり、これらの化合物の化学的吸着性が低下することが明らかとなった。
【0067】
先に述べたように、塗布された酸化防止剤を完全に除去するまで銅表面を酸洗浄すると、自然環境に触れることで表面に形成された銅の酸化物も除去され、これらの存在量が極めて少なくなる。酸化物に化学吸着するシラノール基にとって、十分酸洗浄した銅表面においては、吸着サイトが著しく減少したことになる。一方、Cu-N結合ピークが観測されるので、アミノ基が銅箔表面に化学吸着しているが、同時に、化合物が吸着されない銅表面に起因するCu(0価)のピークも生じたことから、アルカンのアミノ基では、化学吸着性が低いことが示された。
AAS、ASコーティングしたLCPにおいては、289eVに未反応のエステル基のピークがあり、LCPに対する化学吸着性も低いと判断される。
【0068】
窒素を含む環状化合物の置換基としては、ASTのアミノ基の他に、ウレイド基、イソシアネート基などであってもよい。
【0069】
・化合物層に含まれる化合物の特定
第1の化合物としてImS、第2の化合物としてAASを用いて、各化合物とXPSスペクトルとの関係を調べた。
所定の化合物を含む水溶液をLCPフィルムに塗布し、次いで100℃で5分間熱処理した。LCPフィルム表面に形成された化合物の膜について、XPS分析を行った。
【0070】
図2はImS膜のXPSスペクトルのN1sピークを示しており、XPSスペクトルの解析ソフトによって、2つのスペクトルに分離される。
結合エネルギー400.87eVの位置に現れる第1のピークは、イミダゾール5員環に含まれる二重結合で結合された窒素原子(図2で"-C=N-C-"でラベリングされている)に帰属される。
結合エネルギー398.99eVの位置に現れる第2のピークは、イミダゾール5員環に含まれるアミノ型の窒素原子(図2で">N-"でラベリングされている)に帰属される。
第2のピークの強度は、第1のピークの強度とほぼ同じである。
【0071】
図3はAAS膜のXPSスペクトルのN1sピークを示しており、解析ソフトによって、3つのスペクトルに分離される。
結合エネルギー399.98eVの位置に現れるピークは、第一級アミノ基の窒素原子(図3で"-NH2"でラベリングされている)に帰属される。
結合エネルギー399.12eVの位置に現れるピークは、第二級アミノ基の窒素原子(図3で"-NH"でラベリングされている)に帰属される。
【0072】
図4はImSとAASとを含む化合物の膜のXPSスペクトルのN1sピークを示しており、解析ソフトによって、2つのスペクトルに分離される。
結合エネルギー400.97eVの位置に現れる第1のピークは、イミダゾール5員環に含まれる二重結合で結合された窒素原子(図4で"-C=N-C-"でラベリングされている)に帰属される。このピークが存在することから、測定した化合物の膜にImSが含まれていることが分かる。
結合エネルギー399.44eVの位置に現れる第2のピークは、アミノ型の窒素原子(図4で">N-"でラベリングされている)に帰属されるピークと、第一級アミノ基の窒素原子("-NH2"でラベリングされている)に帰属されるピークと、第二級アミノ基の窒素原子("-NH"でラベリングされている)に帰属されるピークとが重なり合っている。第2のピークの強度は、第1のピークの約2.5倍である。図2に示すImSのXPSスペクトルと比べると、第1のピークに対する第2のピークの強度が著しく大きくなっていることから、ImSの他に、アミノ基を含む化合物(この例ではAAS)が含まれていることがわかる。
【0073】
このように、第1の化合物であるImSを含む化合物の膜をXPS分析すると、二重結合で結合された窒素原子(-C=N-C-)に帰属されるピーク(約400.8〜約401.0eV)が確認される。このピークは、第2の化合物に含まれるアミノ基の窒素原子に帰属されるピーク(約398.5〜約400.0eV)と分離しているため、第1の化合物と第2の化合物とを含むことが確認できる。
【0074】
次に図5(a)、(b)を参照しながら、本実施の形態に係る銅合金物品3の製造方法について説明する。
【0075】
<1−1.化学物層20の形成>
ポリエステル系樹脂本体40の表面に、窒素を含む官能基とシラノール基とを有する第1の化合物と、アルカン型アミン系シランカップリング剤である第2の化合物とを含有する溶液を接触させる。溶液は、例えば塗布、スプレー等の公知の方法により、ポリエステル系樹脂本体40の表面に接触させることができる。その後に、熱処理することにより、ポリエステル系樹脂本体40の表面に化合物層20を形成することができる(図5(a))。これにより、ポリエステル系樹脂本体40および化合物層20を含むポリエステル系樹脂部材47が得られる。
【0076】
第1の化合物と第2の化合物とを含む溶液の代わりに、第1の化合物を含む第1の溶液と、第2の化合物を含む第2の溶液とを別々に準備してもよい。第1の溶液と第2の溶液を、ポリエステル系樹脂本体40の表面に順次接触させることにより、ポリエステル系樹脂本体40の表面上において第1の化合物と第2の化合物とを混合吸着させることができる。なお、第1の溶液を接触させた後に第2の溶液を接触させてもよく、または第2の溶液を接触させた後に第2の溶液を接触させてもよい。
【0077】
窒素を含む官能基とシラノール基とを有する化合物において、窒素を含む官能基が、窒素を含む5員環以上の環状構造を有するのが好ましい。特に、5員環以上の環状構造が、トリアゾールまたはトリアジン構造であるのが好ましい。具体的な化合物の例としては、表3および4に記載したAST、ImS、ASTの一部の官能基を他の官能基に置換したAST類似化合物、イミダゾールシランカップリング剤などが挙げられる。AST類似化合物としては、例えば、ASTのトリエトキシ基を、トリメトキシ基とした化合物、ASTの4,6-ジ(2-アミノエチル)アミノ基のアミノ置換基を、N-2-(アミノエチル)-3-アミノプロピル基、3-アミノプロピル基、N-(1,3−ジメチル-メチリデン)プロピルアミノ基、N-フェニル-3-アミノプロピル基、N-(ビニルベンジル)-2-アミノエチル-3-アミノプロピル基、または3-ウレイドプロピル基とした化合物が挙げられる。イミダゾールシランカップリング剤としては、例えば、トリス-(トリメトキシシリルプロピル)イソシアヌレート、1-イミダゾリル基、3-イミダゾリル基、および4-イミダゾリル基のいずれ1種と、トリメトキシ基、およびトリエトキシ基などのトリアルコキシシリル基とを共に有するものが挙げられる。
【0078】
アルカン型アミン系シランカップリング剤としては、直鎖型のアルカン型アミン系シランカップリング剤が好ましい。具体的な化合物の例としては、N-2-(アミノエチル)-3-アミノプロピルメチルジメトキシシラン、N-2-(アミノエチル)-3-アミノプロピルトリメトキシシラン、3-アミノプロピルトリメトキシシラン、3-アミノプロピルトリエトキシシラン等が挙げられる。
【0079】
<1−2.銅合金基体10の洗浄>
銅合金基体10の表面を酸水溶液で洗浄する。これにより、銅合金基体10の表面に存在する酸化物層および防錆剤を除去することができる。
酸水溶液としては、例えば、硫酸、塩酸、硫酸とクロム酸の混合液、硫酸と塩酸の混合液、硫酸と硝酸の混合液等の酸溶液の水溶液が利用できる。特に、硫酸水溶液または塩酸水溶液が好ましい。
洗浄は、酸水溶液に銅合金基体10を所定時間浸漬して行うことができる。浸漬する時間は、表面の酸化物層および防錆剤を除去でき、かつ銅合金基体10を大幅に浸食しない範囲であればよい。例えば、1%塩酸を使用する場合には、30秒〜10分(例えば1分)浸漬することができる。また、15%硫酸を使用する場合には、1〜20分(例えば5分)浸漬してもよい。
【0080】
<1−3.銅合金基体10とポリエステル系樹脂部材47の接合>
図5(b)に示すように、ポリエステル系樹脂部材47の化合物層20と、洗浄した銅合金基体10とを接触させて加圧することにより、ポリエステル系樹脂部材47と銅合金基体10とを接合して、図1に示すような銅合金物品3を得ることができる。これは、ポリエステル系樹脂部材47のポリエステル樹脂本体40と銅合金基体10とを、化合物層20を介して接合する、とみなすこともできる。
加圧する前または加圧中に、銅合金基体10とポリエステル系樹脂部材47を加熱すると、接合しやすくなるので好ましい。なお、加熱温度は、ポリエステル系樹脂部材47のポリエステル系樹脂本体10が溶融しない温度にする。加圧は、面圧1MPa〜8MPa、例えば4MPaにすることができる。
【0081】
製造方法の変形例としては、化合物層20を、銅合金基体10の表面に形成してもよい。図6(a)、(b)を参照しながら、変形例について説明する。
【0082】
<2−1.化学物層20の形成>
洗浄した銅合金基体10の表面に、窒素を含む官能基とシラノール基とを有する化合物を含有する溶液を接触させる。その後に、熱処理することにより、銅合金基体10の表面に化合物層20を形成することができる(図6(a))。これにより、銅合金基体10および化合物層20を含む銅合金部材15が得られる。
化合物層20の詳細は、工程1−1.と同様である。
【0083】
<2−2.銅合金基体10の洗浄>
実施の形態1の工程1−2.と同様の工程により、銅合金基体10の表面を酸水溶液で洗浄して、銅合金基体10の表面に存在する酸化物層および防錆剤を除去する。
【0084】
<2−3.銅合金部材15とポリエステル系樹脂本体40の接合>
図6(b)に示すように、ポリエステル系樹脂本体40と、銅合金部材15の化合物層20とを接触させて加圧することにより、ポリエステル系樹脂本体40と銅合金部材15とを接合して、図1に示すような銅合金物品3を得ることができる。
加圧接合の詳細については、実施の形態1と同様である。
【0085】
なお、化合物層20を含むポリエステル系樹脂部材47(図5(a))と、化合物層20を含む銅合金部材15(図6(a)とを準備し、それらの化合物層20を接触させて加圧することにより、図1に示すような銅合金物品3を得ることもできる。
【0086】
ポリエステル系樹脂部材47の化合物層を、窒素を含む官能基とシラノール基とを有する第1の化合物を含む第1の溶液から形成し、銅合金部材15の化合物層を、アルカン型アミン系シランカップリング剤である第2の化合物を含む第2の溶液から形成してもよい。接合の際にポリエステル系樹脂部材47の化合物層と銅合金部材15の化合物層とを接触させたときに、一方の化合物層に含まれる第1の化合物と、他方の化合物層に含まれる第2の化合物とが共に化学吸着される場合に、第1の化合物と第2の化合物を含む化合物層20を形成することができる。
ただし、一方の化合物層に含まれる第1の化合物と、他方の化合物層に含まれる第2の化合物とが十分に化学吸着されない場合には、接合強度の向上効果が十分に発揮されないおそれがあるため、使用する化合物によって、化合物層の形成方法を適宜選択するのが好ましい。
【0087】
実施例によって、本開示に係る発明を説明する。
【0088】
・各化合物の特性
厚さ50μmのLCPフィルムCT-Z(クラレ製)を、一辺150mmの正方形に切断した試験片(LCPフィルム片)を4枚準備した。LCPフィルムの試験片の両面に、JSP製ディップコーターを使用して、4種類の化合物水溶液(ET水溶液、AAS水溶液、ImS水溶液、およびAST水溶液)のいずれかを塗布した。各水溶液の濃度は0.1%とした。
【0089】
銅箔B(UACJ製、厚さ18μm)を、1%塩酸で1分間洗浄後、イオン交換水で十分水洗し、乾燥した。その後、銅箔Bを一辺150mmの正方形に切断した試験片(銅箔片)も8枚準備した。そして、銅箔の試験片の両面に、JSP製ディップコーターを使用して、上述の4種類の化合物水溶液のいずれかを塗布した。なお、1種類の化合物水溶液を、2枚の銅箔片に塗布した。
その後、水溶液を塗布したLCPフィルム片と銅箔片を、100℃で5分間熱処理した。これにより、LCPフィルム片の両面と、銅箔片の両面に、化合物層を形成した。
【0090】
化合物層を形成したLCPフィルム片の両面に銅箔片を置き、北川精機製真空プレス機で、面厚4MPaで加圧しながら、270℃に昇温して20分保持後、更に290℃で10分保持して、両面銅張り積層板を作製した。この両面銅張り積層板では、LCPフィルムと銅箔の間に化合物層が置かれている。
【0091】
なお、この試験では、LCPフィルムと銅箔の両方に化合物水溶液を塗布したが、いずれか一方に塗布しても、LCPフィルムと銅箔の間に化合物層を形成できる。すなわち、化合物溶液の濡れ性、化合物層の形成し易さや必要な化合物量などによって、適宜、塗布する面を決めることができる。
【0092】
比較対照として、LCPフィルムと銅箔のいずれにも化合物水溶液を塗布しない試験片を用いて、同様にして両面銅張り積層板を作製した。
【0093】
両面銅張り積層板から短冊状に試験片を切り出し、JIS C 6471の8.1項「銅箔の引きはがし強さ」に従い、背面の銅箔の全面をエッチングによって除去し、供試面に幅10mmのパターンをエッチングによって残し、引き剥がし試験片を作製した。補強板に引き剥がし試験片の背面のLCPフィルム側を両面テープで固定し、島津製作所製オートグラフAGS-5kNXを使用し、引き剥がし速度50mm/minで銅箔を180°方向に引き剥がして、引き剥がし強度を各条件で3本ずつ測定した。引き剥がし試験チャートから、最小値と最大値を読み取った。その結果を、表6に示した。
【0094】
【表6】
【0095】
化合物層を設けないと、LCPフィルムと銅箔は接合せず、銅箔とLCPフィルムの界面で剥離した。引き剥がし強度の最小値と最大値はそれぞれ0.16kN/m、0.20kN/mであった。
【0096】
化合物ETを含む化合物層によりLCPフィルムと銅箔とを接合した場合、剥離試験を行うと、銅箔とLCPフィルムの界面で剥離した。引き剥がし強度の最小値と最大値はそれぞれ0.08kN/m、0.11kN/mであった。すなわち、化合物ETを含む化合物層では、銅箔とLCPフィルムと接合できないといえる。上述のXPS分析で示された通り、化合物ETは、銅箔とLCPフィルムのいずれにも化学吸着しないため、それらを接合できなかったと考えられる。この結果から、トリアジン6員環構造を有していても、窒素原子(N)の置換基がすべてエポキシ基である場合、つまりアルコキシシラン基を有しない場合には、LCPフィルムと銅箔とを十分な強度で接合することができない。
【0097】
化合物AASを含む化合物層によりLCPフィルムと銅箔とを接合した場合、剥離試験後の銅箔の剥離界面を観察すると、白いLCPフィルムが薄く残っていた(薄く凝集剥離)。引き剥がし強度の最小値と最大値はそれぞれ0.32kN/m、0.37kN/mであった。上述のXPS分析で示された通り、化合物AASは、銅箔とLCPフィルムのいずれにも化学吸着性が低いことから、比較的低い引き剥がし強度になっていると考えられる。
【0098】
化合物ImSを含む化合物層によりLCPフィルムと銅箔とを接合した場合、剥離試験後の銅箔の剥離界面を観察すると、LCPフィルムが白く残っていた(凝集剥離)。引き剥がし強度の最小値と最大値はそれぞれ0.39kN/m、0.44kN/mであった。
化合物ASTを含む化合物層によりLCPフィルムと銅箔とを接合した場合、剥離試験後の銅箔の剥離界面を観察すると、LCPフィルムが白く残っていた(凝集剥離)。引き剥がし強度の最小値と最大値はそれぞれ0.59kN/m、0.68kN/mであった。
【0099】
この結果から、アルカン型アミン系シランカップリング剤の直鎖の飽和炭素上のアミノ基(化合物AAS)よりも、窒素原子を含む環状分子構造(化合物ImS、AST)が、銅金属基体の接合に有効なことが分かった。
【0100】
(実施例1)
窒素原子を含む環状分子構造を持つ化合物(第1の化合物)と、アルカン型アミン系シランカップリング剤(第2の化合物)とを複合添加したときの効果について調べた。
【0101】
厚さ50μmのLCPフィルムCT-Z(クラレ製)を一辺150mmの正方形に切断して、試験片(LCPフィルム片)を作成した。LCPフィルム片は4枚準備した。LCPフィルム片の両面に、JSP製ディップコーターを使用して、表7の化合物を含む化合物水溶液のいずれかを塗布した。具体的には、実施例1では、ImSを0.1重量%、AASを1重量%含有する混合水溶液を使用して、化合物層を形成した。比較例2では、ImSを0.1重量%含有する水溶液を使用し、比較例2では、AASを0.1重量%含有する水溶液を使用した。
【0102】
表1に示した「銅箔B」(UACJ製、厚さ18μm)を、1%塩酸で1分間洗浄後、イオン交換水で十分水洗し、乾燥した。その後、銅箔Bを一辺150mmの正方形に切断して、試験片(銅箔片)を作成した。銅箔片は8枚準備した。そして、銅箔片の両面に、JSP製ディップコーターを使用して、上述の4種類の化合物水溶液のいずれかを塗布した。なお、1種類の化合物水溶液を、2枚の銅箔片に塗布した。
その後、水溶液を塗布したLCPフィルム片と銅箔片を、100℃で5分間熱処理した。これにより、LCPフィルム片の両面と、銅箔片の両面に、化合物層を形成した。
【0103】
化合物層を形成したLCPフィルム片の両面に銅箔片を置き、北川精機製真空プレス機で、面厚4MPaで加圧しながら、270℃に昇温して20分保持後、更に290℃で10分保持して、両面銅張り積層板を作製した。この両面銅張り積層板では、LCPフィルムと銅箔の間に化合物層が置かれている。
引き剥がし試験の結果を表7に示す。
【0104】
【表7】
【0105】
比較例1のように、化合物ImS(第1の化合物)のみを含む化合物層によりLCPフィルムと銅箔とを接合した場合、引き剥がし強度の最小値と最大値はそれぞれ0.39kN/m、0.44kN/mであった。
比較例2のように、化合物AAS(第2の化合物)のみを含む化合物層によりLCPフィルムと銅箔とを接合した場合、引き剥がし強度の最小値と最大値はそれぞれ0.32kN/m、0.37kN/mであった。
これに対して、実施例1のように、化合物ImS(第1の化合物)と化合物AAS(第2の化合物)とを共に含む化合物層によりLCPフィルムと銅箔とを接合した場合には、引き剥がし強度の最小値と最大値はそれぞれ0.44kN/m、0.68kN/mであった。
【0106】
引き剥がし強度の最大値で比較すると、実施例1は、比較例1の約1.55倍(0.68/0.44)、比較例2の約1.84倍(0.68/0.37)の引き剥がし強度となった。つまり、実施例1のように化合物ImSと化合物AASとを混合するだけで、それぞれを単独使用する場合に比べて、1.5倍以上の引き剥がし強度の向上を実現し得ることがわかった。なお、最大値を比較することにより、実施例1のような化合物層により実現し得る接合強度の最大値がどの程度向上できるかを知ることができる。
【0107】
(実施例2)
実施例2では、表8の化合物を含む化合物水溶液を使用して、実施例1と同様にして試験片(LCPフィルム片と銅箔片を積層した「両面銅張り積層板」)を作製し、引き剥がし試験を行った。具体的には、実施例2では、ASTを0.1重量%、AASを1重量%含有する混合水溶液を使用して、化合物層を形成した。比較例3では、ASTを0.1重量%含有する水溶液を使用した。
引き剥がし試験の結果を表8に示す。
【0108】
【表8】
【0109】
上述した通り、比較例2では、化合物AAS(第2の化合物)のみを含む化合物層によりLCPフィルムと銅箔とを接合した場合、引き剥がし強度の最小値と最大値はそれぞれ0.32kN/m、0.37kN/mであった。
比較例3のように、化合物AST(第1の化合物)のみを含む化合物層によりLCPフィルムと銅箔とを接合した場合、引き剥がし強度の最小値と最大値はそれぞれ0.59kN/m、0.68kN/mであった。
これに対して、実施例2のように、化合物AST(第1の化合物)と化合物AAS(第2の化合物)とを共に含む化合物層によりLCPフィルムと銅箔とを接合した場合には、引き剥がし強度の最小値と最大値はそれぞれ0.68kN/m、0.77kN/mであった。
【0110】
引き剥がし強度の最大値で比較すると、実施例2は、比較例2の約2.08倍(0.77/0.37)、比較例3の約1.13倍(0.77/0.68)の引き剥がし強度となった。つまり、実施例2のように化合物ASTと化合物AASとを混合するだけで、それぞれを単独使用する場合に比べて、1.13倍以上の引き剥がし強度の向上を実現し得ることがわかった。ASTの単独使用による接合強度は、従来のシランカップリング剤の中では十分に高いが、本発明の実施形態によれば、それをさらに向上することが可能である。
【0111】
実施例1および2の実験結果を踏まえてミクロな化学吸着のメカニズムを推定する。窒素原子を含む環状分子構造を持った第1の化合物(例えば化合物ImSおよびAST)は、分子構造が大きいために、化学吸着した時に分子間に間隙を生じることになる。分子量が小さく、構造が鎖状の第2の化合物(例えば化合物AAS)は、第1の化合物ImSおよびASTの分子間の間隙に入ってその間隙をふさぐ効果を有し得る。これにより、第1の化合物と第2の化合物を合計したときの化学吸着密度を高めることができ、結果として、LCPフィルムと銅箔との間の接合強度を向上できると考えられる。
【0112】
(実施例3〜7)
実施例3〜7では、(A)引き剥がし試験、(B) XPS分析および(C)FT-IR試験を行った。
【0113】
(A)引き剥がし試験
実施例2で使用した化合物AST、AASの混合比と結合強度との関係を調べた。
第1の化合物(化合物AST)と、第2の化合物(AAS)とを含む混合水溶液において、ASTとAASのモル濃度の合計を48mmol/Lに固定し、ASTとAASの濃度をモル比で1:0から1:15まで(重量%比で2:0からおよそ0.1:1.0まで)の間で変更した。ここで、モル濃度を一定にしたのは、溶液中の分子の数で比較することにより、化合物の特性を正しく比較できるためである。つまり、モル濃度で規定することにより、各分子の化学吸着性と接合強度との関係を正しく対比することができる。
引き剥がし試験に使用する試験片(両面銅張り積層板)は、実施例1と同様に形成した。
複合添加の詳細と引き剥がし強度の測定結果を、表9に示した。
【表9】
【0114】
比較例4のように化合物ASTのみを含む水溶液を使用して試験片を作成すると、引き剥がし強度の最小値と最大値はそれぞれ0.60kN/m、0.65kN/mとなった。化合物ASTの一部をAASに置き換えることにより、化合物ASTと化合物AASの混合水溶液を使用して試験片を作成すると、引き剥がし強度が向上する傾向がある。例えば、実施例3〜6では、引き剥がし強度の最小値は0.63〜0.70kN/mとなり、最大値は0.67〜0.73kN/mとなる。最も引き剥がし強度が高い実施例6では、比較例4に比べて、引き剥がし強度の最大値が約1.12倍(0.73/0.65)であった。
実施例7の引き剥がし強度の最小値と最大値はそれぞれ0.55kN/m、0.61kN/mであり、比較例4よりは低い値となったが、比較例5(AASのみを含む水溶液を使用)の引き剥がし強度(最小値が0.42kN/m、最大値が0.47kN/m)よりは高い値となった。
【0115】
化合物水溶液に第1の化合物(AST)と第2の化合物(AAS)とを共に添加することにより(実施例3〜7)、第2の化合物(AAS)のみの場合(比較例5)に比べて、引き剥がし強度を向上できることがわかった。特に、第1の化合物(AST)と第2の化合物(AAS)とを所定の比率(AST:AAS=1:0.5〜1:10)で添加することにより(実施例3〜6)、第1の化合物(AST)のみを含有する場合(比較例4)に比べて、引き剥がし強度を向上できることがわかった。
【0116】
特に、第1の化合物(AST):第2の化合物(AAS)のモル比が1:1〜1:10(実施例4〜6)であるのが好ましく、引っ張り強度の最大値が、従来の化合物では達成し得なかった0.70kN/m以上となり、極めて強い結合強度を達成できる。
【0117】
(B)XPS分析
第1の化合物(AST)と第2の化合物(AAS)の混合比と、銅箔表面における化合物の化学吸着の状態との関係を調べた。
銅箔片の表面に、第1の化合物(化合物AST)と、第2の化合物(AAS)とを含む混合水溶液を塗布した。使用する混合水溶液は、実施例3〜6および比較例4、5で使用したものと同じである(表9参照)。
銅箔片の表面(両面)に、JSP製ディップコーターを使用して、いずれかの水溶液を塗布する。その後に銅箔片を100℃で5分間熱処理して、銅箔片の表面に化合物層を形成し、化合物層で被覆された銅箔片の表面をXPS分析した。各銅箔片のXPSスペクトルを図7〜12に示す。
【0118】
銅箔表面における化合物の化学吸着を検討するために、XPSスペクトルのCu 2p軌道ピークを中心に、XPSスペクトルの解析を行った。Cu 2p軌道ピークは、主にCu-N結合ピーク、Cu-O結合ピークおよびCu(0価)ピークが観察される。図7〜12では、Cu-N結合ピークを"Cu-N"、Cu-O結合ピークを"Cu-O"、Cu(0価)ピークを"Cu(0)"とラベリングしている。
各ピークは以下のように解釈される。
(i) Cu-N結合ピークは、化合物層中のトリアジン環およびアミノ基(いずれもAST由来)が、銅箔表面に化学吸着していることを示す。
(ii)Cu-O結合ピークは、化合物層中のシラノール基(AST由来)が、銅箔表面に化学吸着していることを示す。
(iii)Cu(0価)ピークは、化合物を化学吸着していない銅箔表面が存在していることを示す。
【0119】
図7は、比較例4で使用したAST水溶液(表9参照)により化合物層を形成した銅箔片のXPSスペクトルである。Cu 2p軌道のピークを詳細に解析すると、主要なCu-N結合ピーク(表5)の他に、やや小さなCu-O結合ピークが観察された。Cu(0価)ピークは、ノイズに隠れて観察されなかった。
Cu-O結合ピークで示されるシラノール基は、LCP、PET等に含まれるエステル構造との化学吸着に寄与する官能基である。よって、銅箔と、エステル構造を持つ樹脂フィルムとの引き剥がし強度を向上するには、銅箔表面に化学吸着するシラノール基(つまり、消費されるシラノール基)の割合が小さいことが好ましい、と考えられる。すなわち、XPSスペクトルにおいて、Cu-O結合ピークが観察されない(又はピークができるだけ小さい)ことが好ましい。
【0120】
図8は、比較例5で使用したAAS水溶液(表9参照)により化合物層を形成した銅箔片のXPSスペクトルである。図8のXPSスペクトルのCu 2p軌道のピークを詳細に解析すると、図7のXPSスペクトル(AST塗布)と同様に、Cu-N結合ピークと、やや小さなCu-O結合ピークの他に、Cu(0価)ピークも観察された。
【0121】
図9〜11は、実施例3〜5で使用したASTとAASの混合水溶液(表9参照)により化合物層を形成した銅箔片のXPSスペクトルである。
図9では、使用した混合水溶液中のASTとAASのモル比が1:0.5であり、図10では、モル比が1:1であり、図11では、モル比が1:2である。図9〜11のXPSスペクトルには、主要なCu-N結合ピーク、Cu-O結合ピークおよびCu(0価)のピークが観察された。それらのXPSスペクトルは、図7および8と比べると、Cu-O結合ピークおよびCu(0価)ピークのピーク強度が大きく、Cu-N結合ピークのピーク強度に近くなっている。つまり、ASTにAASを混合することにより、図7(AST単独)では観察されなかったCu(0価)ピークが観察されるようになり、さらにCu-O結合ピークのピーク強度がCu-N結合ピークと同等まで大きくなった。
【0122】
このことから、混合水溶液中のASTとAASのモル比が1:0.5〜1:2の場合には、以下のような傾向が確認できた。
・Cu(0価)ピークのピーク強度が大きくなっていることから、銅箔表面上における化合物の化学吸着の密度が低下している。
・Cu-O結合ピークのピーク強度が大きくなっていることから、シラノール基が銅箔表面に多く化学吸着して、ここで多く消費されていると考えられる。上述した通り、シラノール基は樹脂フィルムのエステル構造に化学吸着するため、銅箔表面で消費されるのは好ましくない。
これらの結果は、銅箔表面上における化合物の化学吸着という観点からみると、ASTにAASを添加する効果が十分発揮されていない状態と見ることができる。
【0123】
さらに詳細にCu 2pスペクトルを解析すると、図9(ASTとAASのモル比が1:0.5)では、Cu-O結合ピークとCu(0価)ピークのピーク強度がほぼ同じである。図10(モル比が1:1)では、Cu(0価)ピークのピーク強度がCu-O結合ピークより大きくなっている。図11(モル比が1:2)においては、Cu(0価)ピークのピーク高さが、Cu-O結合ピークに比べてやや低くなった。この様に、混合水溶液中のASTとAASのモル比を変えることにより、Cu(0価)ピークとCu-O結合ピークのピーク強度が変化しており、銅箔表面における化合物の化学吸着の状態が変化することが分かった。
【0124】
図12は、実施例6で使用したASTとAASの混合水溶液(表9参照)により化合物層を形成した銅箔片のXPSスペクトルである。使用した混合水溶液中のASTとAASのモル比は1:10である。
図12では、Cu-OとCu(0価)のピーク強度が、Cu-N結合ピークよりも著しく低くなり、Cu(0価)のピークがほぼ消滅した。Cu(0価)のピークがほぼ消滅したことから、銅箔表面の化合物層が銅表面をほぼ覆い尽くしていると判断される。また、Cu-O結合ピークが著しく低くなったことから、銅箔表面に化学吸着しないシラノール基の割合が高いことがわかる。つまり、樹脂フィルムのエステル構造に化学吸着できるシラノール基が多く残されている。
【0125】
なお、さらにAASの割合を高くすると、ASTとAASを混合する効果が得られなくなる。例えば表9に示すように、実施例7では、混合水溶液中のAASの割合が高すぎるため(ASTとAASのモル比が1:15)、引き剥がし強度が著しく低下した。この実施例では、AASの効果が主となっていると考えられる。
【0126】
これらの(A)引き剥がし試験と(B)XPS分析の結果(表9および図9〜12)から、混合水溶液中のASTとAASのモル比が1:0.5〜1:15の範囲において、引き剥がし強度の向上効果が得られ、特にモル比が1:10の時にその効果が最大になることがわかった。
このように、嵩高い環状構造の第1の化合物と直鎖構造の第2の化合物を混合することにより、接合強度の高い化合物層を形成できることが確認された。さらに、それらの化合物の混合比率を適切に調整することにより、嵩高い環状構造の化合物と直鎖の化合物の立体構造の違いを特に有効に利用することが可能となり、銅箔と、エステル構造を持つ樹脂フィルムとに対する化合物の化学吸着の密度および構造を最適化できることが確認された。
言い換えれば、本開示に係る発明の効果を最大限に発揮するためには、広く利用されている直鎖型のシランカップリング剤を複数混合すること、および/または嵩高い化合物を複数混合するだけではなく、化合物の選択と、その混合比率を適切に調節することが重要である。
【0127】
(C)FT-IR分析
化合物層とLCPフィルム表面との結合状態を調べた。
上記の「(A)引き剥がし試験」と同様に、比較例4、5と実施例6の試験片(両面銅張り積層板)を作成した。得られた銅張り積層板を温度60℃の30〜35%塩化第二鉄水溶液に5〜6分浸漬し、銅箔を溶解除去(ウェットエッチング)した。これにより、銅箔とLPCフィルム片の間に形成された化合物層を、露出させた。その後、イオン交換水で洗浄し、80℃のオーブン中で30分間乾燥してFT-IR分析用のLPC試験片(化合物層で被覆されたLPCフィルム片)とした。
【0128】
測定用のLPC試験片について、化合物層で被覆された表面をFT-IR分析した。FT-IR分析は、日本分光製多重全反射測定装置ATR500/Mを付けた日本分光製フーリエ変換赤外線分光光度計FT/IR680 Plusを使用し、減衰全反射(Attenuated Total Reflection, ATR)法で測定を行った。多重全反射測定装置は、Geプリズムを使用し、入射角45°、反射回数5回で測定した。各LPC試験片のFT-IRチャートを図13〜15に示す。
図13は、比較例4の銅張り積層板から作成したLPC試験片のFT-IRチャートである。3383cm-1にASTのトリアジン環のC-N基のピーク(弱くブロードな)、2962cm-1と2926cm-1にCH2基のピーク(弱い)、1735cm-1にLCPフィルムのエステル基のC=O基のピーク、および914cm-1にASTのSi-OH基のピークが検出された。
【0129】
図14は、比較例5の銅張り積層板から作成したLPC試験片のFT-IRチャートである。
2926cm-1にAASのCH基のピーク(弱い)、1735cm-1にLCPフィルムのエステル基のC=O基にピーク、および914cm-1にAASのSi-OH基のピークが検出された。
【0130】
図15は、実施例6の銅張り積層板から作成したLPC試験片のFT-IRチャートである。図15のFT-IRチャートは、図13および14とは大きく異なっている。3295cm-1のASTのトリアジン環のC-N基のピーク、および2966cm-1と2926cm-1のCH2基のピークは、図13および14よりも強い。一方、1735cm-1のLCPフィルムのエステル基のC=O基は、図13および14よりも弱くなっている。また、新たに、1715cm-1にASTのトリアジン環のC=N基のピークが現れた。また、図13および14と同様に、920cm-1にSi-OH基のピークが検出された。
【0131】
図13〜15のFT-IRの結果について考察する。
発明者らは、FT-IRの結果を以下のように解釈することにより、銅張り積層板の引き剥がし試験の結果(表9参照)と整合することを見いだした。つまり、下記のように解釈すれば、比較例に比べて、実施例の引き剥がし強度が高いことを論理的に説明することができる。なお、下記の解釈が実際の現象と一致していない場合であっても、本開示に係る発明の効果が否定されるものではないことに留意されたい。
【0132】
比較例4および5では、銅箔とLCPフィルムの引き剥がし強度が弱い(表9参照)。これは、化合物(ASTまたはAAS)と基材との間の結合形成、特に化合物とLCPフィルムのエステル構造との間の結合形成が不十分なためである。そのため、FT-IR分析用のLPC試験片を作成するために銅箔をウェットエッチングした時に、銅箔とLCPフィルムの間に配置されていた化合物層の一部が除去された。つまり、LPC試験片において、LCPフィルムの表面が化合物層から部分的に露出した。その結果、図13および14のFT-IRチャートに、1735cm-1のLCPフィルムのエステル基のC=O基のピークが大きく出現することになった。
【0133】
これに対して、実施例6では、ASTとAASの混合水溶液を用いたことにより、化合物とLCPフィルムのエステル構造との間に十分な結合(高密度の結合)が形成された。そのため、銅箔をウェットエッチングした時に化合物が除去されなかった。つまり、LPC試験片は化合物層に覆われていた。その結果、図15のFT-IRチャートでは、1735cm-1のLCPフィルムのエステル基のC=O基のピークが小さくなった。また、1715cm-1のASTのトリアジン環のC=N基のピークが明瞭に出現した(このピークは、ASTを用いた比較例4(図13)には現れていない)。さらに、図13および14のFT-IRチャートに比べて、図15のFT-IRチャートでは、化合物に由来する3295cm-1のASTのトリアジン環のC-N基のピークと、2966cm-1と2926cm-1のCH2基のピークが強くなった。
【0134】
この(C)FT-IR分析の結果(図13〜15)から、銅箔片とLCPフィルム片とを化合物層で接合して作成した銅張り積層板において、銅張り積層板の剥離強度を推測できることが分かった。さらに、FT-IRチャートのピークの位置および強度を詳細に検討することにより、化合物層を形成している化合物の種類(1種類または複数種類)を特定または推定し得ることが分かった。
【0135】
以上のように、窒素原子を含む環状分子構造を持った化合物に、アルカン型アミン系シランカップリング剤を複合添加することにより、銅金属基体とポリエステル系樹脂部材を強固に接合することができた。
【0136】
本出願は、出願日が2016年1月27日である日本国特許出願、特願第2016−013477号を基礎出願とする優先権主張を伴う。特願第2016−013477号は参照することにより本明細書に取り込まれる。
【符号の説明】
【0137】
3 銅合金物品
10 銅合金基体
15 銅合金部材
20 化合物層
40 ポリエステル系樹脂本体
47 ポリエステル系樹脂部材
50 過酸化水素水
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15