【実施例1】
【0024】
本発明の具体的な一実施例に係る電磁波−表面ポラリトン変換素子10の構造を
図1に示す。
炭化ケイ素(SiC)から成る表面が長方形状の基板2に、スペーサ層3を介して、基板2と同一形状の回折格子層4が形成されている。スペーサ層3は厚さtの空気層から成る。スペーサ層3の長方形の周囲は、枠形の保持部材13で囲まれており、回折格子層4は、この保持部材13により基板2の上に支持されている。回折格子層4は、基板2の主面12に平行な第1軸であるx軸方向に、第1領域5と第2領域6とが繰り返して配列された周期構造から成る。第1領域5のx軸方向の幅W
R は、第2領域6のx軸方向の幅W
S よりも狭く、周期構造の1周期はpである。第1領域5はシリコン(Si)から成り、第2領域6は空気から成る。第1領域5の幅W
R は5.71μm、第2領域6の幅W
S は6.19μmであり周期pは11.90μmである。また、回折格子層4の厚さhは1.01μmであり、スペーサ層3は厚さtは36.15μmである。
【0025】
波長12.12μmのp偏光(入射面に電界が平行、回折格子層の周期性の方向(第1方向)に平行)の入射光7を、回折格子層4の表面4aに垂直に入射させると、回折格子層4とスペーサ層3との界面(回折格子層4の表面)14上に、x軸方向にのみ伝搬し、スペーサ層3の厚さ方向であるz軸方向には伝搬しないエバネッセント波が励起する。上記の入射角の場合、エバネッセント波は、p偏光の光で高効率に励起できるので、入射光7にはp偏光が用いられる。このエバネッセント波は、基板2の表面12上に励起し得る表面フォノンポラリトンの分散曲線上において、エバネセット波の波数と一致した波数の表面フォノンポラリトンを励起させる。回折格子層4を透過した0次の透過光17は、表面12上で反射されて回折格子層4とスペーサ層3との界面14に入射し、エバネッセント波を励起させる一方、回折格子層4で垂直に反射される。結局、透過光17はスペーサ層3の両側の界面12、14で多重反射を繰り返し、界面14においてはエバネッセント波を励起させる。これにより、回折格子層4とスペーサ層3との界面14において、エバネッセント波が増幅され、基板2とスペーサ層3との界面12において、エバネッセント波と共鳴して表面フォノンポラリトンが増幅される。
【0026】
このエバネッセント波と表面フォノンポラリトンとの増幅条件は、エバネッセント波の角周波数ω
e 、x軸方向の波数k
exと、表面フォノンポラリトンの角周波数ω
h 、x軸方向の波数k
hxとを、それぞれ、一致させ、且つ、スペーサ層3の内部で多重反射する透過光17がエバネッセント波を増幅するように多重反射することである。これを満たす条件は、回折格子層4の周期p、スペーサ層3の厚さt、第1領域5の幅W
R と周期pとの比W
R /pを適正に設定することで実現できる。
【0027】
図6に、空気中を伝搬する光の分散特性、エバネッセント波の分散特性、及び、表面フォノンポラリトンの分散特性との関係を示す。また、エバネッセント波の分散特性と表面フォノンポラリトンの分散特性の交点72の付近の拡大図も示されている。
図6の曲線71は、基板2の表面12上に励起される表面フォノンポラリトンの分散特性である。曲線73は、回折格子層4とスペーサ層3との界面14に励起されるエバネッセント波の分散特性である。表面フォノンポラリトンの分散特性は次式で表される。
【数1】
ただし、k
sphp、ωは、それぞれ、表面フォノンポラリトンの波数、角周波数である。ε
air 、ε
SiC 、は、それぞれ、スペーサ層3の材料である空気の誘電率、基台2の材料であるSiCの誘電率である。cは光速である。
また、エバネッセント波の分散特性は、(2)式を満たすk
x 、ωで表される。
【数2】
ただし、hは、回折格子層4の厚さ、nは、回折格子層4の有効屈折率、mは、回折格子層4中のモードの次数、θ
c は、スペーサ層に対する回折格子層4における光の臨界角である。
エバネッセント波の分散特性73と表面フォノンポラリトンの分散特性71との交点72は、共鳴角周波数ω
r と共鳴波数k
xrを表している。また、共鳴波数k
xrと回折格子層4の周期pとの関係は、(3)式を満たす。
【数3】
エバネッセント波の分散特性73と表面フォノンポラリトンの分散特性71との交点72の共鳴波数k
xrから(3)式を満たすように、回折格子層4の周期pを決定することで、エバネッセント波と表面フォノンポラリトンとの共鳴条件を実現できる。
【0028】
本実施例の電磁波−表面ポラリトン変換素子10の回折格子層4の表面4aに垂直にp偏光の入射光7を入射させた場合の電磁解解析によるシミュレーションによると、表面4aでの反射率は0.04以下、吸収率は0.96以上となる。すわなち、入射光の96%のエネルギーはエバネッセント波と表面フォノンポラリトンの励起に消費されたことを意味する。また、入射光7の波長と入射角を変化させて、電磁波−表面ポラリトン変換素子10による吸収率の特性をシミュレーョンにより求めた。
【0029】
本変換素子10を熱輻射素子とする場合には、基板2を加熱すると基板2の表面に表面フォノンポラリトンが励起され、回折格子層4とスペーサ層3との界面14にエバネッセント波を励起させる。この時に、エバネッセント波と表面フォノンポラリトンとが共鳴する時に、その共鳴角周期数ω
r の電磁波が回折格子層4の表面4aから放射される。したがって、電磁波が本変換素子10に入射する場合と、本変換素子10から電磁波が放射される場合の原理は、同一で、原理に双方性がある。
【0030】
また、キルヒホッフの定理により、吸収率は、基板2を加熱した場合に、回折格子層4の表面4aから放射されるp偏光の放射光8の輻射率に等しい。よって、
図2では、輻射率で特性が表現されている。
図2は、波長をパラメータとした輻射率の放射角依存特性を示す。
図3は放射角が0°付近における放射角方向の拡大図である。曲線21、22、23は、それぞれ、放射光の波長が12.00μm、12.12μm、12.24μmの場合の輻射率の放射角依存特性を示している。波長12.12μmでは、放射角0°において急峻に、輻射率が大きくなっている。放射角0°での輻射率は0.96である。放射角0°において、他の波長の輻射率は0.06程度であり、波長12.12μmの輻射率が他の波長に比べて極めて大きい。輻射率の半値幅は0.4°であり、輻射率は極めて鋭敏な放射角依存性を有していることが分かる。他の波長では、輻射率は0.2以下であり、輻射率の放射角依存性は見られない。
【0031】
また、
図4は、放射角をパラメータとした輻射率の波長依存特性を示す。曲線41、42、43は、それぞれ、放射角0°、15°、30°の方向における輻射率の波長依存特性を示している。放射角0°においては、輻射率の半値幅は0.04μmと狭く、輻射率は、極めて急峻な波長選択性を有していることが分かる。他の放射角では、輻射率は0.1以下であり、輻射率の波長選択性は見られない。
【0032】
次に、波長λが12.12μm、入射角が0°において、スペーサ層3の厚さtを変化させて、反射率(吸収率)を求めた。
図5に、吸収率を輻射率として、厚さtに対する依存特性を
図5に示す。ピーク51は、厚さtが36.15μmでの輻射率である。一方、谷54は、厚さtが37.3μmでの輻射率である。また、谷55は、厚さtが43.4μmでの輻射率である。谷54と谷55の間隔は約6.1μmであり、λ/2に相当する。
【0033】
すなわち、解析モデルは、回折格子層4の表面4a から光が入射した場合に基板2の表面12に表面フォノンポラリトンを励起させるモデルである。スペーサ層3と回折格子層4との界面14と、基板2とスペーサ層3との界面12の間で、透過光17は多重反射する。このとき、界面12と界面14とにおいて、スペーサ層3のある厚さtで電界が最大となる。これにより、多重反射した透過光により増幅されたエバネッセント波と、界面14での表面フォノンポラリトンが共鳴する。
【0034】
実施例1の電磁波−表面ポラリトン変換素子10は、スペーサ層3の厚さを適切に設定することで、エバネッセント波と表面フォノンポラリトンとの共鳴状態を生起させることができる。実施例1の構造における吸収率は、透過率より計算できる。透過した成分は、誘電率の虚部が有限であるSiCから成る基板2に全て吸収されるとみなせるためである。各回折次数成分に対する透過率を成分とする透過率ベクトルTは、(4)式により表すことができる。
【数4】
ただし、T
ddSiC は、SiCの基板2の表面12における+z軸の向き(下向き)に進行する電磁波の透過係数行列、Eは単位行列、R
duG は回折格子層4とスペーサ層3との界面14における−z軸の向き(上向き)に進行する電磁波に対する反射係数行列、R
udSiC は、基板2の表面12における+z軸の向き(下向き)に進行する電磁波に対する反射係数行列、T
ddG は、回折格子層4とスペーサ層3との界面14における+z軸の向き(下向き)に進行する電磁波の透過係数行列、Iは入射光ベクトル、Γは、スペーサ層3を厚さtだけ進行する時の電磁波の位相変化と振幅減衰を表す対角行列である。Γは、(5)式で表される行列である。
【数5】
ただし、γ
m は、第m次数の回折成分の電磁波のz軸方向(上下方向)の波数ベクトル、δ
mlは、クロネッカのデルタである。スペーサ層3の厚さtが変化すると、Γの値が変化し、吸収率が変化する。(4)式の全吸収率を
図5に示す。
図5の点51で示されるように、実施例1におけるスペーサ層3の厚さt=36.15μmにおいて、強い吸収が発生していることが分かる。
図5における吸収率の包絡線53は、スペーサ層3において伝搬光が存在しないと仮定することによって得られる特性である。具体的には、(6)式を用いて1次のエバネッセント波の透過率T(1)が計算できる。
【数6】
ここで、T
dEdESiC は、SiCから成る基板2の表面12での1次のエバネッセント波の透過効率、γ
e は1次のエバネッセント波のz軸方向(上下方向)の波数ベクトル、T
dEdPG は、回折格子層4とスペーサ層3との界面14における+z軸の向き(下向き)の伝搬光の1 次のエバネッセント波への透過効率、R
dEuEG は、回折格子層3とスペーサ層3との界面14における−z軸の向き(上向き)の1次のエバネッセント波に対する反射効率、R
uEdESiC は、基板2の表面12における+z軸の向き(下向き)のエバネッセント波に対する反射効率である。(6)式のエバネッセント波の透過率T(1)(すなわち、輻射率)を表すと、
図5の曲線53となる。曲線53に対して、実際の輻射率は、
図5のように輻射率が極小をとる谷54、55、…が周期的に現れる。この現象は、回折格子層4とスペーサ層3との界面14における−z軸の向き(上向き)に進行する電磁波に対する反射係数行列R
duG の非対角成分(次数結合)の存在により、スペーサ層3のある厚さtにおいて、エバネッセント波が打ち消しあうためであると考えられる。その周期は、伝搬波の波長の半分に相当する値である。
【0035】
本実施例の電磁波−表面ポラリトン変換素子10は、回折格子層4の表面4aに垂直に入射する所定波長の光を、基板2の表面12に励起される表面フォノンポラリトンの大きさを検出することで、光の強度を測定する装置に用いることができる。表面フォノンポラリトンは基板2を加熱するので、基板2の温度を検出することで、垂直入射する特定波長の光だけを選別して、入射光の強度を測定することができる。また、表面フォノンポラリトンの大きさを直接する検出する方法により、入射光の強度を測定しても良い。また、本実施例の電磁波−表面ポラリトン変換素子10は、基板2を加熱して、回折格子層4の表面4aから垂直な方向にのみ特定波長だけの光を放射する光源や、熱源に用いることができる。また、本実施例では、基板2を炭化ケイ素として表面に表面フォノンポラリトンを励起させる素子について説明したが、基板2の全体、又は、基板2の表面をAg、Au、Alなどの金属として、表面プラズモンポラリトンを励起させる素子としても良い。
【実施例2】
【0036】
実施例2の電磁波−表面ポラリトン変換素子20は、
図7に示すように、回折格子層4に対して、入射角60°で入射光7が入射する場合、又は、放射角60°で放射光8が放射されるように設計された変換素子である。実施例1の素子10と、構造は同一であり、同一機能を有する部分には同一符号が付されている。本実施例では、第1領域5の幅W
R は2.64μm、第2領域6の幅W
S は3.97μmであり周期pは6.61μmである。また、回折格子層4の厚さhは0.91μmであり、スペーサ層3の厚さtは44.8μmである。入射光7又は放射光8の波長は12.39μmであり、偏光はp偏光である。本実施例の電磁波−表面ポラリトン変換素子20の原理は、実施例1の変換素子10の原理と同一である。
【0037】
入射光7の波長と入射角を変化させて、電磁波−表面ポラリトン変換素子20による吸収率の特性をシミュレーョンにより求めた。なお、吸収率は、基板2を加熱した場合に、回折格子層4から放射されるp偏光の放射光8の輻射率に等しい。よって、
図8では、輻射率で特性が表現されている。
図8は、波長をパラメータとした輻射率の放射角依存特性を示す。
図9は放射角が60°付近における角度方向の拡大図である。曲線111、112、113は、それぞれ、放射光の波長が12.3μm、12.4μm、12.5μmの場合の輻射率の放射角依存特性を示している。波長12.4μmでは、放射角61°において急峻に、輻射率が大きくなっている。放射角61°での輻射率は0.95である。放射角61°において、他の波長の輻射率は0.9程度であり、波長12.4μmの輻射率が他の波長に比べて極めて大きい。輻射率の半値幅は0.26°であり、輻射率は極めて鋭敏な放射角依存性を有していることが分かる。他の波長では、輻射率は0.2以下であり、輻射率の放射角依存性は見られない。
【0038】
また、
図10は、放射角をパラメータとした輻射率の波長依存特性を示す。曲線131、132、133は、それぞれ、放射角30°、45°、61°の方向における輻射率の波長依存特性を示している。放射角61°においては、輻射率の半値幅は0.026μmと狭く、輻射率は、極めて急峻な波長選択性を有していることが分かる。他の放射角度では、輻射率は0.08以下であり、輻射率の波長選択性は見られない。
【0039】
このように、本実施例2の電磁波−表面ポラリトン変換素子20は、垂直以外の例えば、60°の放射角、入射角に対して感度を有する電磁波−表面ポラリトン変換素子とすることができる。本実施例2の電磁波−表面ポラリトン変換素子20も、実施例1の変換素子10と同様に、特定波長、特定入射角での光を選択的に受光する受光素子や、特定波長の光を特定放射角に選択的に放射する光源、熱源、冷却、加熱装置に応用することができる。また、実施例1と同様に、基板2を炭化ケイ素として表面に表面フォノンポラリトンを励起させる素子について説明したが、基板2の全体、又は、基板2の表面をAg、Au、Alなどの金属として、表面プラズモンポラリトンを励起させる素子としても良い。
【実施例5】
【0043】
本実施例の電磁波−表面ポラリトン変換素子50は、輻射量を電気的に制御できる熱輻射器である。
図12に示されているように、基板221の中央部に、実施例1の電磁波−表面ポラリトン変換素子10が形成されている。基板221と変換素子10の基板2とは共通である。また、変換素子10の回折格子層4は、可動板223の中央部に形成されている。回折格子層4と基板221との間がスペーサ層3である。可動板223は、リング状のダイヤフラム224a、224bにより、基板221に上下動可能に支持されている。変換素子10の両側において、基板221と可動板223のそれぞれの対向面には、一対の電極225が設けられている。
【0044】
この一対の電極225に電圧を印加して、静電力を発生させることで、可動板223を基板221に対して微小変位させることができる。すなわち、スペーサ層3の厚さtを印加電圧の大きさにより制御できる。スペーサ層3の厚さを制御することで、
図5に示す特性により輻射率を電気的に変化させることができる。すなわち、熱輻射量を制御することができる。たとえば、
図5の特性から明らかなように、スペーサ層3の厚さtを、36.15μmから、37.3μmだけ変化させるだけで、輻射率を96%から3%まで変調することができる。
【0045】
したがって、基板221の温度を変化させることなく、熱輻射量を高速で変化させることができる。これにより、基板221を物体に設けて、放射光の強度が最大となるようにスペーサ層3の厚さをフィードバック制御すれば、一対の電極225に印加される電圧の大きさにより、物体の変位を検出することができる。なお、スペーサ層3の厚さtを制御するために、一対の電極223間にかかる静電力を用いたが、圧電素子、磁気コイル、空気圧など、電気、磁気、流体圧などを用いて、スペーサ層3の厚さtを制御しても良い。また、輻射率は急峻な放射角依存性を有しているので、基板2の表面の法線に対して、回折格子層4の表面の法線方向を制御することで、輻射率を制御するようにしても良い。
また、スペーサ層3の厚さtを機械的に変化させる代わりに、スペーサ層3を液晶や圧電材料で構成して、印加電圧を制御することで、スペーサ層3の誘電率を変化させても良い。スペーサ層3内に存在する電磁波のz軸方向の波数を電圧により変化させることができるので、輻射率の高速かつ高感度の変化を実現することができる。