特許第6269601号(P6269601)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6269601
(24)【登録日】2018年1月12日
(45)【発行日】2018年1月31日
(54)【発明の名称】回転機およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   H02K 1/22 20060101AFI20180122BHJP
   H02K 1/27 20060101ALI20180122BHJP
   H02K 15/02 20060101ALI20180122BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20180122BHJP
   H01F 1/14 20060101ALI20180122BHJP
   C23C 8/26 20060101ALI20180122BHJP
   C23C 26/00 20060101ALI20180122BHJP
【FI】
   H02K1/22 A
   H02K1/27 501K
   H02K1/27 501M
   H02K1/27 501A
   H02K15/02 K
   H02K15/02 F
   C22C38/00 303S
   H01F1/14
   C23C8/26
   C23C26/00 H
【請求項の数】11
【全頁数】16
(21)【出願番号】特願2015-140207(P2015-140207)
(22)【出願日】2015年7月14日
(65)【公開番号】特開2017-22921(P2017-22921A)
(43)【公開日】2017年1月26日
【審査請求日】2016年9月13日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100113664
【弁理士】
【氏名又は名称】森岡 正往
(74)【代理人】
【識別番号】110001324
【氏名又は名称】特許業務法人SANSUI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】石川 裕幸
(72)【発明者】
【氏名】森 広行
(72)【発明者】
【氏名】服部 毅
【審査官】 森山 拓哉
(56)【参考文献】
【文献】 特開2002−069593(JP,A)
【文献】 特開2004−281737(JP,A)
【文献】 特開2014−181371(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H02K 1/00−1/34
H02K 15/02
C22C 38/00
C23C 8/26
C23C 26/00
H01F 1/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
固定子と、
固定子に対して相対回転する回転子と、
を備える回転機であって、
前記固定子または前記回転子は、磁気回路を構成する継鉄を備え、
該継鉄は、合金からなる軟磁性部と該軟磁性部よりも飽和磁化が小さい非磁性部とを有し、
該鉄合金は、全体を100質量%として、クロム(Cr)を0.01〜2%含み、
該非磁性部は、窒素(N)を固溶させて該軟磁性部のフェライト相を相変態させたオーステナイト相を有すると共に窒化物を実質的に含まないことを特徴とする回転機。
【請求項2】
前記軟磁性部は、飽和磁化が1.5T以上である請求項1に記載の回転機。
【請求項3】
前記鉄合金は、全体を100質量%(以下、単に「%」という。)として、ケイ素(Si)を1〜8%含む請求項1または2に記載の回転機。
【請求項4】
前記鉄合金は、全体を100質量%として、アルミニウム(Al)を0.2〜5%含む請求項1〜3のいずれかに記載の回転機。
【請求項5】
前記鉄合金は、全体を100質量%として、クロム(Cr)を0.1〜0.5%含む請求項1〜4のいずれかに記載の回転機。
【請求項6】
前記非磁性部は、全体を100質量%として、Nを0.2質量%以上含む請求項1に記載の回転機。
【請求項7】
前記非磁性部は、該非磁性部の金属組織全体に対するオーステナイト相の割合であるオーステナイト化率(fcc率)が30体積%以上である請求項1〜6のいずれかに記載の回転機。
【請求項8】
前記非磁性部は、下式により求まる非磁性化率(φ)が20%以上である請求項1〜7のいずれかに記載の回転機。
φ=100×(H0−H1)/H0、
H0:軟磁性部の飽和磁化、H1:非磁性部の飽和磁化
【請求項9】
前記非磁性部は、幅が1μm〜10mmまたは深さが10μm〜1mmである請求項1〜8のいずれかに記載の回転機。
【請求項10】
前記継鉄は、電磁鋼板の積層体からなる請求項1〜9のいずれかに記載の回転機。
【請求項11】
純鉄または鉄合金からなる軟磁性部の一部である被処理部へ、窒素を含有する雰囲気中で高エネルギービームを相対移動させつつ照射することにより、該被処理部を構成するフェライト相の少なくとも一部をオーステナイト相へ改質する改質工程を備え、
該被処理部に請求項1〜10のいずれかに記載の非磁性部が形成されることを特徴とする回転機の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、回転機の磁気回路中に、窒素が固溶して形成されたオーステナイト相(適宜「窒素固溶オーステナイト相」という。)を含む非磁性部を有する回転機と、その製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
回転機(単に「モータ」ともいう。)は、小型化、高出力化または低損失化等を図るため、起磁源(永久磁石や電磁石)から供給される磁力を有効に活用する必要がある。このため、起磁源が生じた磁力線を所望する磁路に沿って効率的に誘導する磁気回路が重要となる。磁気回路は、軟磁性材(鉄または鉄合金)からなる継鉄(単に「ヨーク」ともいう。)により主に形成されるが、所望の磁気回路の形成や漏れ磁束の遮蔽等のために、継鉄中に非磁性部(母材である軟磁性材よりも飽和磁化または透磁率が小さい領域)が部分的に設けることがある。これに関連する記載が、例えば特許文献1にある。なお、本願明細書では、軟磁性部のみならず非磁性部も含めて単に「継鉄」という。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2013−143791号公報
【特許文献2】特開平6−79483号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1では、内包磁石型同期機(IPM)の回転子(ロータ)を構成するロータコア(継鉄)の一部(射出充填されるボンド磁石のスロットの外周側)を、周囲より透磁率の小さい低磁性部(非磁性部)とすることを提案している。このような低磁性部は、ロータコアを構成する軟磁性材を改質してオーステナイト組織とすることにより形成され得る旨が、特許文献1には記載されている。
【0005】
もっとも、特許文献1では特許文献2の記載に基づき、Ni−Crワイヤーを配置した被処理部へ炭酸ガスレーザーを照射し、被処理部を部分的に溶融させ、被処理部をNiおよびCr(オーステナイト安定化元素)を含む合金として、低磁性部を形成している。
【0006】
本発明は、そのような従来のものとは異なる新たな非磁性部を一部に有する継鉄を固定子または回転子に用いた回転機と、その好適な製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、上記の課題を解決すべく鋭意研究し、試行錯誤を重ねた結果、回転機を構成する継鉄の一部(被処理部)へ、窒素含有雰囲気中で近紫外ナノ秒パルスレーザを照射することにより、窒素が過飽和に固溶したオーステナイト相からなる非磁性部を生成することに成功した。この成果を発展させることにより、以降に述べる本発明を完成するに至った。
【0008】
《回転機》
(1)本発明の回転機は、固定子と、固定子に対して相対回転する回転子と、を備える回転機であって、前記固定子または前記回転子は、磁気回路を構成する継鉄を備え、該継鉄は、合金からなる軟磁性部と該軟磁性部よりも飽和磁化が小さい非磁性部とを有し、該鉄合金は、全体を100質量%として、クロム(Cr)を0.01〜2%含み、該非磁性部は、窒素(N)を固溶させて該軟磁性部のフェライト相を相変態させたオーステナイト相を有すると共に窒化物を実質的に含まないことを特徴とする。
【0009】
(2)本発明の回転機は、固定子または回転子の少なくとも一方が、比較的多くの窒素(さらにいえば過飽和な窒素)が固溶して生成または維持されたオーステナイト相を含む非磁性部を一部に有する継鉄(ロータコア、界磁鉄心等を含む)を備える。この非磁性部は、従来のようにオーステナイト相を安定化させる金属元素を溶融凝固等させて非磁性部を形成するものではないため、例えば、溶融加熱に伴う歪みや変形等を抑止しつつ、微細な局所部位にも高精度に配置され得る。この結果、磁気回路の設定自由度や継鉄の寸法精度等の向上を図れ、ひいては回転機の高性能化や小型化等も図れる。
【0010】
ちなみに、本発明に係る非磁性部を構成する「Nを固溶させてできたオーステナイト相」とは、上述したように、Nが多く固溶することにより生成または維持されているオーステナイト相を意味し、組成調整(例えばオーステナイト安定化元素を用いた合金化)等により形成されたオーステナイト相中に、単に少量のNが固溶しているものではない。しかし、このような「Nを固溶させてできたオーステナイト相」は、構造(組織や組成等)または特性によって直接的に特定することが不可能であるかまたは非実際的なものである。
【0011】
敢えて、非磁性部の金属組織を直接的に特定するなら、「Nを固溶させてできたオーステナイト相」に含まれる一つの下位概念である「Nが過飽和に固溶しているオーステナイト相」という表現を用いることができる。この際、固溶限は母材により異なり得るため、過飽和となるNの固溶量を一概に特定することはできないが、例えば、Nの固溶量を0.2質量%以上、0.4質量%以上さらには0.6質量%以上とすることができる。なお、軟磁性部に隣接した非磁性部が、Nが過飽和に固溶したオーステナイト相を有することは、従来の技術常識からすると、通常考えられない。従って、上記の表現により本発明に係る非磁性部と従来の非磁性部とは、「物」として明瞭に区別されることとなる。
【0012】
《回転機の製造方法》
(1)本発明は上述した回転機のみならず、その製造方法としても把握できる。すなわち本発明は、純鉄または鉄合金からなる軟磁性部の一部である被処理部へ、窒素を含有する雰囲気中で高エネルギービームを相対移動させつつ照射することにより、該被処理部を構成するフェライト相の少なくとも一部をオーステナイト相へ改質する改質工程を備え、該被処理部に上述した非磁性部が形成されることを特徴とする回転機の製造方法でもよい。
【0013】
(2)「被処理部」は、高エネルギービームの照射が可能な部分である限り、外表面側に限らず、内表面側でもよい。また「高エネルギービーム」は、母材(軟磁性材)へNを固溶させるために十分なエネルギーを有する光線または電子線である。特に、アブレーションを生じさせて固溶窒素によるオーステナイト化を図る場合、高エネルギービームはアブレーションを生じさせるために十分なエネルギーと、その照射部周辺域をプラズマ化させる強電界とを併せもつレーザや電子ビーム等であると好ましい。
【0014】
「窒素含有雰囲気」は、窒素が分子レベルまたは原子レベルで存在する雰囲気である。具体的には、窒素ガスのみからなる窒素ガス雰囲気、窒素ガスと不活性ガス等からなる混合ガス雰囲気(大気雰囲気も含む)、窒素の化合物を含む化合物ガス雰囲気等である。本発明に係る改質処理は、窒素を含む大気中等でも可能である。この場合、非磁性部はより簡易に形成され得る。但し、Nのみを固溶させる場合、窒素ガス雰囲気または窒素ガスを不活性ガスで希釈した雰囲気で、上述した改質工程がなされると好ましい。なお、窒素含有雰囲気の圧力(ガス圧)は、敢えて高圧にする必要はなく常圧(大気圧)でもよい。また窒素含有雰囲気の温度も室温(常温)でもよい。
【0015】
《その他》
(1)本明細書では、母材中にNを固溶させてオーステナイト相の割合を増加させる改質処理を適宜、単に「窒化」ともいう。
【0016】
(2)特に断らない限り本明細書でいう「x〜y」は下限値xおよび上限値yを含む。本明細書に記載した種々の数値または数値範囲に含まれる任意の数値を、新たな下限値または上限値として「a〜b」のような範囲を新設し得る。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】改質処理した試料のEPMA窒素マッピング像である。
図2】窒素濃度(N固溶量)とオーステナイト化率(fcc化率)の関係を示す分散図である。
図3】窒素濃度(N固溶量)と非磁性化率の関係を示す分散図である。
図4】各試料に係るXRDプロファイル像である。
図5】各試料に係るfcc(γ相)とbcc(α相)の比率を示す棒グラフである。
図6】IPM用ロータコア(継鉄)の一部を非磁性部としたシミュレーションモデルの概要を示す模式図である。
図7】そのシミュレーションにより得られた最大トルク増加率と電流振幅の関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本明細書で説明する内容は、本発明の回転機のみならず、その製造方法にも該当し得る。上述した本発明の構成要素に、本明細書中から任意に選択した一以上の構成要素を付加し得る。この際、製造方法に関する構成要素は、一定の場合(構造または特性により「物」を直接特定することが不可能であるかまたは非実際的である事情(不可能・非実際的事情)等がある場合)、プロダクトバイプロセスとして「物」に関する構成要素ともなり得る。なお、いずれの実施形態が最良であるか否かは、対象、要求性能等によって異なる。
【0019】
《回転機》
本発明の回転機には、種々のタイプが含まれる。例えば、回転機は、電動機でも発電機でもよい。また回転機は、直流機でも交流機でもよい。交流機は、同期機でも誘導機でも無整流子機(ブラシレスDCモータ等)でもよい。なお、永久磁石を用いる場合、内包型(IPM等)でも表面型(SPM等)でもよい。さらに、回転子は、インナーロータ型でもアウターロータ型でもよい。
【0020】
本発明の回転機は、少なくとも固定子(ステータ)と回転子(ロータ)を有する。これら以外に、通常、回転子と一体的に回転する回転軸(出力軸)、それを枢支する軸受、それらを支持または囲繞する筐体(ケース)等を、本発明の回転機も備える。なお、本発明に係る回転子には、回転軸等の付属部材も含めて考えてもよい。
【0021】
回転子または固定子は、通常、いずれか一方がそれぞれ電機子または界磁となるが、界磁の起磁源は永久磁石でも電磁石でもよい。また、回転子または固定子は、電機子または界磁から生じた磁束を誘導する継鉄を有する。この継鉄には、回転機の回転数に応じて磁場の向きが周期的に変化することによりヒステリシス損や渦電流損等の鉄損が生じる。この鉄損(特に渦電流損)の低減を図るため、継鉄には、組成調整された鉄合金が用いられたり、薄い電磁鋼板(例えば、表面が絶縁被覆されたケイ素鋼板)を積層して固定した積層体が用いられたり、絶縁被覆された鉄系(純鉄または鉄合金)粒子を加圧成形した圧粉磁心が用いられる。本発明では、高磁束密度となる軟磁性部のみならず、低磁束密度となる非磁性部をも含めて「継鉄」という。継鉄は、単なる磁路として機能するだけではなく、ロータコアのように回転子の本体を構成するものでもよい。なお、非磁性部は、通常、軟磁性部に接して配置されるが、両者は一体でも分離可能でもよい。例えば、軟磁性部の一部を改質して形成される非磁性部は、軟磁性部と一体となっている。
【0022】
《軟磁性部》
継鉄を構成する軟磁性部は、飽和磁化の大きい純鉄または鉄合金からなる。具体的にいうと、軟磁性部は主にフェライト相からなり、その飽和磁化は1.5T以上、1.6T以上、1.7T以上さらには1.8T以上であると好ましい。
【0023】
軟磁性部となる鉄合金は、磁気的特性(高飽和磁化)と電気的特性(渦電流損の低減)の両立を図れる組成が好ましい。例えば、鉄合金は、Siを1〜8%さらには2〜5%含むと好ましい。また鉄合金は、Alを0.2〜5%さらには0.5〜2%含むと好ましい。SiやAlが過少では鉄損の低減効果が乏しく、SiやAlが過多では飽和磁化の低下を招く。なお、本明細書でいう鉄合金の各組成は、特に断らない限り、全体を100質量%とした質量割合であり、残部はFeおよび不可避不純物である。
【0024】
もっとも、SiやAlはフェライト相安定化元素であり、また、AlはNと化合物を形成し易い。このためSiやAlは、N固溶によるオーステナイト化を阻害し易い。そこで、主にフェライト相からなる軟磁性部の一部を、主にオーステナイト相からなる非磁性部に改質する場合、本発明に係る鉄合金は、Crを0.1〜7%さらには0.3〜2%含むと好ましい。なお、Crは、N固溶によるオーステナイト化を促進するため、SiやAlの含有の有無とは別に、鉄合金中に含まれていてもよい。いずれにしても、Crが過少ではN固溶によるオーステナイト化の促進効果が乏しく、Crが過多では飽和磁化の低下を招く。
【0025】
《非磁性部》
本発明に係る非磁性部は、N固溶により生成または維持されたオーステナイト相を有する部分(継鉄の一部)である。非磁性部に含まれるN固溶量や、それに応じて生じるオーステナイト相の割合(オーステナイト化率)を調整することにより、非磁性部の磁気特性(透磁率、飽和磁化、磁化率等)、つまり非磁性化率を制御し得る。この結果、磁性または非磁性という単純な区別に限らず、継鉄の局所を好適な飽和磁化や透磁率等に制御でき、磁気回路の形成自由度の拡大を図ることも可能となる。
【0026】
非磁性部に含まれるN量は、回転機または継鉄の仕様(非磁性部に要求される磁気特性)、母材の組成等に応じて適宜調整され得るが、少なくとも軟磁性部よりも非磁性部の飽和磁化や透磁率が低くなるN量は必要である。具体的にいうと、非磁性部全体を100質量%として、N量は0.2%以上、0.5%以上、0.8%以上さらには0.9%以上であると好ましい。なお、本明細書でいうN量は常温域における値であり、非磁性部を電子線マイクロアナライザー(EPMA)で解析した結果に基づき特定される。また、非磁性部に含まれるNが固溶状態にあることは、X線回折(XRD)により得られたプロファイルを観察した際に、fcc(γ相)ピークが低角側へシフトをしており、かつ窒化物(FeN、FeN、CrN、CrN等)に関するピークが実質的に認められないことから判断できる。
【0027】
N量(「N固溶量」または「N濃度」ともいう。)が過小であると、フェライト相(適宜「α相」ともいう。)の割合が多く、実質的な非磁性化を示すほどのオーステナイト相(適宜「γ相」ともいう。)は得られない。一方、N量が十分に大きくなる(例えば、Nが過飽和に固溶した状態になる)と、bcc構造のα相がfcc構造のγ相へ変態するオーステナイト化(適宜「fcc化」または「γ化」という。)が進行し、その程度に応じて、被処理部はα相とγ相が混在した金属組織となり、その非磁性化も進行する。そしてN量が所定値以上になると、非磁性部は殆どがγ相となり、ほぼ完全に非磁性化する。このように非磁性部は、その金属組織中におけるγ相の割合であるオーステナイト化率(適宜「fcc化率」という。)に応じた磁気特性(透磁率、飽和磁化等)を発揮する。
【0028】
非磁性部の金属組織全体に対するオーステナイト相の割合であるオーステナイト化率(fcc化率)は、30体積%(適宜、単に「%」と表す。)以上、50%以上、80%以上、90%以上さらには95%以上であると好ましい。なお、本明細書でいうfcc化率は、非磁性部のX線回折プロファイルをリートベルト(Reitveld)解析して求めたγ相(fcc相)の割合に基づいて算出される。この点に関する詳細は後述する。
【0029】
非磁性部の磁性レベルは、例えば、非磁性化率により指標される。非磁性化率は、H0:軟磁性部の飽和磁化、H1:非磁性部の飽和磁化として、φ=100×(H0−H1)/H0により算出される。なお、本明細書でいう非磁性化率も常温域における値であり、各部の飽和磁化は常温で振動試料型磁力計(VSM)等の磁気特性評価装置から求められる。このような非磁性化率(φ)が、例えば、20%以上、50%以上、80%以上、95%以上さらには98%以上であると好ましい。
【0030】
非磁性部の形態(形状、サイズ等)は、回転機または継鉄の仕様に応じて調整される。本発明の製造方法を用いた場合、例えば、非磁性部の最小幅は1μm程度に、その最大深さは1mm程度にできる。そこで、非磁性部の幅は、例えば、1μm〜10mmさらには10μm〜1mmであるとよい。また非磁性部の深さは、例えば、10μm〜1mmさらには30μm〜500μmであるとよい。このように本発明に係る非磁性部は、十分な深さを確保しつつも、継鉄(軟磁性部)中に微細に配置可能である。
【0031】
《製造方法》
(1)本発明に係る非磁性部を形成する方法は種々考えられる。もっとも、純鉄または鉄合金からなる軟磁性部の一部である被処理部へ、窒素を含有する雰囲気中で高エネルギービームを照射する改質工程(または照射工程)を行うことにより、例えば、局所的な非磁性部でも、効率的に形成可能となる。
【0032】
このような改質工程は、特に、高エネルギービームの照射により、被処理部でアブレーションを生じさせ、その際に生じた放出粒子と雰囲気中の窒素とを混合して、それらを再堆積させる工程(アブレーション工程)である好ましい。アブレーションによる改質は、従来のような局所加熱(さらには溶融)による改質と異なり、被処理部(非磁性部)またはその周囲に、熱歪みや機械的特性(硬さ、強度など)の低下等を殆ど生じさせないことも可能となる。
【0033】
さらに、アブレーションにより生じた放出粒子等の再堆積量を制御することにより、被処理部の表面形態を調整することも可能となる。例えば、その再堆積量を制限することにより、被処理部(非磁性部)の最表面部分を凹形状とすることが可能となる。これにより、改質処理後に行う表面部分の追加工や絶縁処理等を省略できる。具体的にいうと、積層して用いられる積層板(板電磁鋼板等)の表面を改質する場合、非磁性部の最表面域を僅かな凹形状とすることにより、改質後のままでも高精度な積層体を得ることが可能となる。また、渦電流損等の低減のために高抵抗な被膜(絶縁被膜)が表面に形成されている積層板を改質する場合でも、非磁性部の表面を凹形状とすることにより、非磁性部の表面近傍に実質的な絶縁層(エアギャップ)が形成される結果、改質後のままでも非磁性部における電気的短絡を抑止できる。
【0034】
(2)以下、アブレーションにより、被処理部を構成するフェライト相の少なくとも一部をオーステナイト相へ相変態して非磁性部とする場合について詳述する。
【0035】
先ず、アブレーションは周知な技術用語であり、アブレーションにより、被処理部を構成する原子等が、気化、蒸発、蒸散、飛散等して放出される。こうして放出された粒子(適宜「放出粒子」という。)は、原子、分子、イオン、電子、光子、ラジカル、クラスター等の様々な形態をとり得る。そして、放出粒子と被処理部の近傍にある雰囲気ガス(窒素)とが混合状態となった反応場がアブレーションを生じた被処理部(適宜「アブレーション部」という。)またはその近傍に生成され得る。
【0036】
高エネルギービームの照射域が被処理部上を移動することにより、上記の現象が次々とほぼ連続的に生じ、被処理部およびその近傍は反応場を生成する放出粒子および雰囲気窒素が多数存在した状態となる。そして放出粒子と雰囲気窒素からなる反応場は、被処理部またはその近傍へ窒素を固溶した状態で再堆積(充填)されていく。このような現象が繰り返されることにより、内部深くまで窒素が十分に導入され、窒素が固溶した微細なオーステナイト相が形成されると考えられる。
【0037】
このようなアブレーションを利用すれば、従来のように溶融加熱等する場合と異なり、非磁性部およびその周囲にある軟磁性部に殆ど熱的影響を及ばさない。このため、非磁性部に隣接する軟磁性部の組成や組織などをほとんど変化させないで、必要な部分だけを非磁性化することも容易となる。また、アブレーションを利用することにより、幅広い組成範囲の母材に対して、微細な金属組織からなる窒素固溶オーステナイト相を、短時間内に実質的に一工程で生成させることが可能となる。そして、高エネルギービームの照射域の軌跡を制御することにより、非磁性部を所望の形態とすることができる。例えば、広狭を問わずに、平面状、曲面状、曲線状(直線状を含む)、点状(斑点状等の多数点状を含む)等、種々の形態の非磁性部の形成が可能である。さらにいえば、高エネルギービームが被処理部へ到達する限り、窪んだ領域、奥まった領域、アンダーカット的な領域等にも非磁性部を形成することも可能である。
【0038】
高エネルギー(収束)ビームを用いているため、非磁性部の大きさ(幅)や深さも、mm単位さらにはμm単位で制御可能である。非磁性部が磁気回路中で有効に作用する(実質的な磁気抵抗となり得る)ことを前提として、例えば、非磁性部は最小幅が1mm以下、100μm以下、10μm以下さらには1μm以下の狭幅域を有するものとすることができる。また非磁性部は、最表面からの深さが10μm以上、100μm以上、500μm以上さらには1mm以上となることも、逆にその深さを限定した層状とすることも可能である。ちなみに、電磁鋼板の厚みは通常0.2〜0.5mm程度であるため、高エネルギービームを用いたアブレーションにより、その厚さ方向全体を貫いた非磁性部とすることができる。
【0039】
非磁性部の幅は、長手方向(高エネルギービームの軌跡の延在方向)に直交する方向の長さである。また非磁性部の深さは、非磁性部の断面を観察したEPMA像に基づいて、軟磁性部よりもN量が多くなっている最深部から最表面までの長さである。非磁性部の二次元的または三次元的な形態は、高エネルギービームの出力密度、ビーム径、焦点、窒素含有雰囲気等を調整することにより容易に調整し得る。また、前述した再堆積量の調整は、フルエンス、走査速度、焦点位置などを適切に調整することにより行うことができる。
【0040】
(3)以下、高エネルギービームでアブレーションを生じさせて改質処理する際の具体的な条件について説明する。
【0041】
アブレーションを発生させるには、母材の被処理部へ、高いエネルギーを瞬時に付与する必要がある。つまり、アブレーションの閾値を超える高いエネルギー密度(フルエンス)をもつ高エネルギービームを、母材の被処理部へ照射する必要がある。このような高エネルギービームとして、短パルス幅のパルスレーザが好適である。
【0042】
レーザ発振装置の出力や発振周波数等が一定なら、パルス幅が短いほど、フルエンスの高いレーザ光を被処理部へ照射できる。またパルス幅が短いと、その照射域外への熱拡散が抑制され、アブレーションの促進と共に母材への熱的影響の抑制を図れる。具体的にいうと、パルスレーザのパルス幅は、例えば、10ps〜100nsさらには1〜50nsであると好ましい。パルス幅が過大ではアブレーションに必要なフルエンスが得難くなり、パルス幅が過小(例えば多光子吸収が生じる150fs程度)ではレーザ光によるエネルギーの付与形態が変化して、本発明に係る改質処理に必要な反応場が形成されない可能性がある。
【0043】
パルスレーザの出力密度(フルエンス)でいえば、例えば、0.3MW/cm〜30GW/cmさらには3MW/cm〜3GW/cmであると好ましい。出力密度は非磁性部の深さに影響し、出力密度が小さいと非磁性部が浅くなり、出力密度が大きいと母材への熱的影響が大きくなる。ちなみに、出力密度はレーザ出力をレーザスポット面積で除して求まる。
【0044】
またパルスレーザは波長が短いほど、母材によるレーザ光の吸収率が高くなり、アブレーションの促進と非アブレーション部の変質抑制等が図られる。またパルスレーザの波長を適切に調整することにより、十分な深さをもつ非磁性部の形成が容易となる。このようなパルスレーザの波長は、赤外域より短く、さらには可視域よりも短い紫外域(近紫外域を含む)内にあると好ましい。具体的にいうと、パルスレーザの波長は、700nm以下、550nm以下さらには380nm以下であると好ましい。またパルスレーザの波長は、190nm以上さらには320nm以上であると好ましい。パルスレーザの波長が過小では、雰囲気ガスによるレーザの吸収が発生して好ましくない。
【0045】
このようなパルスレーザの具体例として、例えば、F(波長157nm)、ArF(波長193nm)、KrF(波長248nm)、XeCl(波長308nm)、XeF(波長351nm)等のエキシマ(励起二量体)を利用したエキシマレーザ、短波長を発振できるYAGレーザなどがある。
【0046】
高エネルギービームとしてパルスレーザを用いる場合、隣接して発振する各パルス光の照射域を部分的に重畳(オーバーラップ)させると、連続した非磁性部の形成が容易となる。パルス波の照射域を重畳させる割合(パルスラップ率)は、パルスレーザの発振周波数、被処理部に対する相対移動速度(適宜「走査速度」という。)、被処理部の最表面における照射域の大きさ(またはパルスレーザの焦点位置)等により調整される。パルスレーザの特性にも依るため、パルスラップ率は、例えば10〜100%未満さらには20〜95%であると好ましい。パルスラップ率が過小では連続的な非磁性部の形成が困難となり除去加工となり易い。パルスラップ率が過大では改質処理の効率化や非磁性部の均質化を図り難い。
【0047】
このパルスラップ率は、(r/d)×100(%)(d:ビーム径、r:隣接するパルス波の重なり径)により算出される。ここでビーム径(d)は、レーザ軸に対する直交面上で測定される、ビーム強度がピーク強度値の1/eレベルとなるときの幅(直径)である。また隣接するパルス波の重なり径(r)は、d−R(R:隣接するビーム間の中心間距離)である。
【0048】
パルスラップ率に基づいて発振周波数、走査速度、焦点位置等は調整されるが、一例をあげると次の通りである。発振周波数は、例えば、1〜500kHzさらには2〜100kHzであると好ましい。発振周波数が過小では走査速度も低くせざるを得ず、処理の効率化を図れない。発振周波数が過大になると、一般的にレーザフルエンスが低下し、均質的な非磁性部の形成が困難となる。
【0049】
走査速度は、例えば、0.1〜5000mm/sさらには1〜1000mm/sであると好ましい。走査速度が過小では処理の効率化を図れず、走査速度が過大になると、相関する発振周波数が過大な場合と同様に、均質的な非磁性部の形成が困難となる。
【0050】
パルスレーザの焦点位置により、各パルス光の照射範囲が変化する。焦点位置は、母材の被処理部の最表面にあっても、その最表面からずれたところにあってもよい。もっとも、焦点位置がパルスレーザの照射部(被処理部の最表面部)から外れるほど、照射部における出力密度は低下し、その照射部近傍における処理の安定性や非磁性部深さ等に影響する。この傾向は、レーザを集光させて照射部に微細なスポット径を形成している場合ほど顕著である。
【0051】
高エネルギービームの照射は、チャンバー等の密閉雰囲気内で行っても良いが、開放雰囲気内で行ってもよい。高エネルギービームとしてレーザを用いれば、開放雰囲気である常温常圧の大気雰囲気中でも可能である。もっとも、不要な化合物の生成等を回避しつつ、固溶窒素量を制御するために、窒素ガス雰囲気または窒素ガスを不活性ガスで希釈した混合ガス雰囲気で行うとよい。具体的には被処理部の上方や側方から窒素ガス等を吹き付けるとよい。ガスの吹付方向を調整することにより、アブレーションに伴い生じるデブリの抑制等も図られ得る。例えば、その吹付方向を高エネルギービームの光軸と同軸とすることにより、窒素含有雰囲気の制御性が増し、非磁性部の均質性が向上し得る。
【実施例】
【0052】
[第1実施例]
《試料の製作》
(1)供試材(母材)
SUS430(JIS)の板材から切り出した供試材(15.0×9.0×7.5mm)を複数用意した。
【0053】
(2)改質工程(非磁性化処理、窒化処理)
高エネルギービームとして、近紫外線領域の波長をもつパルス幅がナノ秒レベルのパルスレーザ(このレーザを単に「近紫外ナノ秒レーザ」という。)を準備した。このレーザを用いて、各供試材の被処理部へ窒素含有ガスを吹き付けつつ照射した。照射条件は、波長:355nm、パルス幅:<20ns、出力:0.6W(出力密度:150MW/cm)、走査速度:2mm/s、焦点位置:供試材の被処理部の最表面上(焦点はずし距離:0μmつまりジャストフォーカス)とした。但し、各試料毎に照射条件を微調整した。
【0054】
被処理部へのガス吹き付けは、近紫外ナノ秒レーザの光軸に沿った上方向から行った。この際、窒素ガスをアルゴンガス(希釈ガス)で希釈した混合ガスを用いた。なお、これらガス中の窒素濃度を適宜変更することにより、供試材へ導入する窒素濃度(N固溶量)を調整した。
【0055】
さらにレーザ照射は、前述した方法により算出したパルスラップ率を85%として行い、被処理部の表面上における各レーザ光の照射域の軌跡は3〜7μm間隔の平行な直線状とした。これにより、レーザ照射した被処理部が全面的に改質されるようにした。
【0056】
《被処理部の分析》
(1)EPMA
各試料の被処理部を電子線マイクロアナライザー(EPMA)で解析した。これにより得られた各被処理部のN濃度(N固溶量)を求めた。一例として、N濃度が0.9質量%である試料の被処理部に係る窒素マッピング像を図1に示した。
【0057】
(2)XRD
各試料の被処理部(具体的には最表面から10μmの部分)についてXRD(FeKα線源)による解析を行った。そして、各試料に係るX線回折プロファイルに現れたfcc(γ相)ピークとbcc(α相)ピークを用いて、各試料の被処理部におけるγ相の割合(fcc化率)を定量化した。このfcc化率の算出はリートベルト(Reitveld)法により行った。具体的にいうと、fcc化率は、α相とγ相の2相混合モデルを前提に、リートベルト解析ソフト:RIETAN−FPにより算出した。この際、フィッティング関数には拡張分割pseudo−Voigt関数を用いた。こうして得られた各試料のfcc化率とN濃度の関係を図2に示した。
【0058】
(3)飽和磁化
改質処理した各試料の被処理部に係る飽和磁化(H1)をVSMで測定した。また、処理前の試料の飽和磁化(H0)も同様に測定した。各試料について算出した非磁性化率(φ=100×(H0−H1)/H0)とN濃度の関係を図3に示した。なお、飽和磁化は、室温におけるVSMの測定結果と母材(未処理)の密度から換算して求めた。
【0059】
《評価》
(1)図1からわかるように、被処理部は最表面から約150μmの深さまで改質されていることがわかる。また、その被処理部には約0.9質量%のNが導入されていた。
【0060】
図2から明らかなように、fcc化率はN濃度(N固溶量)に対して単調に増加しており、N濃度が0.9質量%のときに、fcc化率はほぼ100%となることもわかった。
【0061】
(2)図3からわかるように、N濃度の増加に伴い非磁性化率も増加し、N濃度が0.6質量%のときに非磁性化率は80%、N濃度が0.9質量%のときに非磁性化率がほぼ100%となることもわかった。
【0062】
図2図3を併せて観ると、N濃度の増加により、fcc化率と非磁性化率は共に増加しており、fcc化率と非磁性化率の間には相関があることがわかる。但し、N濃度が固溶限(0.2質量%)以下である0.1質量%(<0.2質量%)のとき、γ相が形成されても、実質的に被処理部は非磁性化(飽和磁化の減少/減磁)しないことも明らかとなった。従って、N濃度を所定値以上とする(過飽和にNを固溶させる)ことにより、被処理部を確実に非磁性化でき、またN濃度を調整することによってその非磁性レベルを制御し得ることも明らかとなった。
【0063】
ちなみに、各試料に係るX線回折プロファイルから、N濃度の増加と共にbccピークが減少してfccピークが増大することのみならず、N濃度の増加に伴って低角側へピークがシフトすることもわかった。また、各試料に係るプロファイルには、窒化物(FeN、FeN、CrN、CrN等)のピークは実質的に認められなかった。これらのことから、被処理部へ導入されたNは、ほぼ全てが固溶状態にあり、N固溶量の増加により母材中のα相がγ相に変態(オーステナイト化)したといえる。
【0064】
[第2実施例]
(1)試料の製作
第1実施例で用いた母材に替えて、表1に示す合金組成からなる供試材を用意した。なお、試料3および試料C3(改質処理なし)には、市販されている電磁鋼板を用いた。これら各供試材(試料C3を除く)に対して、第1実施例の場合と同様な改質処理を行い、被処理部を窒化した各試料を得た。
【0065】
(2)被処理部の分析・評価
各試料の被処理部を第1実施例の場合と同様にXRD分析し、各試料について得られたプロファイルを図4に示した。また、各試料のプロファイルに基づいて、実施例1の場合と同様に算出したfcc(γ相)とbcc(α相)の比率を図5に示した。
【0066】
なお、fcc化率が100%近くになると、リートベルト解析に必要なフィッテングが困難となり、fcc化率の高精度な算出が容易ではない。そこで本明細書では、bccピークがノイズレベルでfccピークのみが観察されるようなとき、fcc化率が実質的に100%であっても、fcc化率>95%と表記している。
【0067】
また、各試料について、第1実施例の場合と同様に飽和磁化(Bs)を測定すると共に、5kA/mの磁場を印加したときの磁化(Bk)を測定した。この磁化(Bk)は各試料の透磁率を指標する。これらの測定結果を表1に併せて示した。
【0068】
図4から、改質処理により、低角側へのピークシフトが観られ、被処理部へ導入されたNはほぼ全てが固溶状態にあると共に、母材中のα相がγ相に変態(オーステナイト化)したことがわかる。
【0069】
表1および図5から次のことがわかる。先ず、試料1と試料2からわかるように、ほぼ純鉄(フェライト相がほぼ100%)からなる試料1でも、改質処理により十分にオーステナイト化されることがわかる。もっとも、試料2のように、少量のCrを含有すると、N固溶によるオーステナイト化が一層促進され、非磁性化率も大幅に向上することがわかる。
【0070】
このような傾向は、フェライト相安定化元素であるSiまたはAlを含む試料3〜5でも同様である。つまり、試料3〜5、試料C1および試料C3を比較するとわかるように、SiまたはAlを含む鉄合金からなる軟磁性材の場合、N固溶によるオーステナイト化(非磁性化)を図るには、少量のCrが含有されていると、特に好ましいことがわかる。
【0071】
但し、試料C2のように、母材中にCrが多量に含まれる場合、N固溶に依るオーステナイト化(非磁性化)は促進されるが、飽和磁化が1.5T未満となる。そこで、回転機の継鉄は、試料1〜5に示すような母材(軟磁性部)の一部にNを固溶させて改質した非磁性部を有するものであると好ましいといえる。
【0072】
[第3実施例]
回転機を構成する継鉄の一部に、改質する被処理部を配置したモデルを作成し、その改質(非磁性化)による効果をシミュレーションにより確認した。具体的には次の通りである。
【0073】
(1)モデル
図6に示すような、4極の内包磁石型モータ(同期モータ/IPM)を対象モデルとした。被処理部は、内包する永久磁石を内包するロータコア(継鉄/軟磁性部)のスロットの外周縁側と、各極を構成する1対の永久磁石の隣接端側に、非磁性部を配置した。ロータコアは、厚さ0.35mmの電磁鋼板(フェライト相:100%、飽和磁化:2.12T)を128枚積層した積層体からなり、外径:60mm×軸方向長さ:45mmを想定した。非磁性部は、各電磁鋼板の所定位置で、厚さ方向(積層体の軸方向)全体を貫くように形成されているものとした。永久磁石は断面長方形(3×6mm)で、軸方向長さはロータコアと同じとした。なお、永久磁石は、希土類焼結磁石を想定し、磁気特性:860000A/m、透磁率:1.05とした。
【0074】
(2)シミュレーション
処理前の母材(基準材)の飽和磁化(H0)に対して、被処理部の飽和磁化(H1)を所定の割合(10%、30%または70%)で減磁(非磁性化)した各場合について、最大トルクと電流振幅の関係を算出した。そして、被処理部を減磁(改質)しなかったときに対する被処理部を減磁したときの最大トルクの変化率(最大トルク増加率)と電流振幅の関係を図7に示した。なお、電流振幅とはステータの相コイルに入力する電流の実効値である。
【0075】
自動車等に搭載する駆動用モータとして、最も考慮すべき動作点(例えば、市街地燃費動作点)で比較すると、図7から明らかなように、適切に配置した被処理部を改質して非磁性化することにより、所定の動作点における最大トルクが2〜20%程度増加し得ることがわかる。また、その最大トルクは、被処理部の減磁(非磁性化率)の大きさに応じて大きくなり、特に、減磁が30%以上になると、急激に増加することもわかった。
【0076】
このように、フェライト相からなる継鉄の一部(局部)だけを、N固溶によってオーステナイト化した非磁性部とすることにより、回転機の特性を大幅に向上させ得ることがわかる。
【0077】
【表1】
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7