特許第6270131号(P6270131)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6270131硬質被覆層がすぐれた耐チッピング性を発揮する表面被覆切削工具
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6270131
(24)【登録日】2018年1月12日
(45)【発行日】2018年1月31日
(54)【発明の名称】硬質被覆層がすぐれた耐チッピング性を発揮する表面被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20180122BHJP
   C23C 16/42 20060101ALI20180122BHJP
【FI】
   B23B27/14 A
   C23C16/42
【請求項の数】6
【全頁数】28
(21)【出願番号】特願2014-9184(P2014-9184)
(22)【出願日】2014年1月22日
(65)【公開番号】特開2015-136752(P2015-136752A)
(43)【公開日】2015年7月30日
【審査請求日】2016年9月29日
(73)【特許権者】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100139240
【弁理士】
【氏名又は名称】影山 秀一
(74)【代理人】
【識別番号】100119921
【弁理士】
【氏名又は名称】三宅 正之
(74)【代理人】
【識別番号】100113826
【弁理士】
【氏名又は名称】倉地 保幸
(74)【代理人】
【識別番号】100076679
【弁理士】
【氏名又は名称】富田 和夫
(72)【発明者】
【氏名】龍岡 翔
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 賢一
(72)【発明者】
【氏名】山口 健志
【審査官】 青山 純
(56)【参考文献】
【文献】 特開2002−096205(JP,A)
【文献】 特開2003−170303(JP,A)
【文献】 特開2012−196756(JP,A)
【文献】 特開2013−248675(JP,A)
【文献】 特表2008−545063(JP,A)
【文献】 特開2005−319571(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/14
C23C 16/42
WPI
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭化タングステン基超硬合金、炭窒化チタン基サーメットまたは立方晶窒化ホウ素基超高圧焼結体のいずれかで構成された工具基体の表面に、硬質被覆層を設けた表面被覆切削工具において、
前記硬質被覆層は、化学蒸着法により成膜された平均層厚1〜20μmのTiとAlとSiの複合窒化物または複合炭窒化物層を少なくとも含み、組成式:(Ti1−x―yAlSi)(C1−z)で表した場合、複合窒化物または複合炭窒化物層のAlのTiとAlとSiの合量に占める平均含有割合xavgおよび複合窒化物または複合炭窒化物層のSiのTiとAlとSiの合量に占める平均含有割合yavgならびに複合窒化物または複合炭窒化物層のCのCとNの合量に占める平均含有割合zavg(但し、xavg、yavg、zavgはいずれも原子比)が、それぞれ、0.60≦xavg≦0.88、0.10≦yavg≦0.25、0≦zavg≦0.005、xavg+yavg≦0.98を満足し、
前記複合窒化物または複合炭窒化物層は、NaCl型の面心立方構造を有するTiとAlとSiの複合窒化物または複合炭窒化物の相を少なくとも含み、
また、前記複合窒化物または複合炭窒化物層内の結晶粒を皮膜断面側から観察した場合に、複合窒化物または複合炭窒化物層内のNaCl型の面心立方構造を有するTiとAlとSiの複合窒化物または複合炭窒化物の結晶粒について工具基体と平行な面内の粒子幅をw、工具基体と垂直な方向の粒子長さをlとし、前記wとlとの比l/wを各結晶粒のアスペクト比aとし、さらに、個々の結晶粒について求めたアスペクト比aの平均値を平均アスペクト比A、個々の結晶粒について求めた粒子幅wの平均値を平均粒子幅Wとした場合、平均粒子幅Wが0.05〜1.0μm、平均アスペクト比Aが5以下であり、
前記NaCl型の面心立方構造を有する結晶粒の周囲にSiの窒化物、炭化物、炭窒化物から選ばれる1種または2種以上の結晶粒またはアモルファス相が存在していることを特徴とする表面被覆切削工具。
【請求項2】
前記NaCl型の面心立方構造を有する結晶粒の周囲に存在するSiの窒化物、炭化物、炭窒化物からなる結晶粒またはアモルファス相の平均サイズが5〜50nmであることを特徴とする請求項1に記載の表面被覆切削工具。
【請求項3】
前記複合窒化物または複合炭窒化物層は、TiとAlとSiのうち少なくともAlを含み、C,Nのうち少なくともNを含む化合物でウルツ鉱型の六方晶構造を有する結晶粒が存在し、皮膜断面側から測定した場合に、該ウルツ鉱型の六方晶構造を有する結晶粒の存在する面積割合が30面積%以下であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の表面被覆切削工具。
【請求項4】
前記炭化タングステン基超硬合金、炭窒化チタン基サーメットまたは立方晶窒化ホウ素基超高圧焼結体のいずれかで構成された工具基体と前記TiとAlとSiの複合窒化物または複合炭窒化物層との間にTiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層および炭窒酸化物層のうちの1層または2層以上からなり、かつ、0.1〜20μmの合計平均層厚を有するTi化合物層からなる下部層が存在することを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
【請求項5】
前記複合窒化物または複合炭窒化物層の上部に、少なくとも1〜25μmの平均層厚を有する酸化アルミニウム層を含む上部層が存在することを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
【請求項6】
前記複合窒化物または複合炭窒化物層は、少なくとも、トリメチルアルミニウムを反応ガス成分として含有する化学蒸着法により成膜ることを特徴とする請求項1乃至請求項5のいずれかに記載の表面被覆切削工具の製造方法
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、合金鋼等の高熱発生を伴うとともに、切刃に対して衝撃的な負荷が作用する高速断続切削加工で、硬質被覆層がすぐれた耐チッピング性を備えることにより、長期の使用に亘ってすぐれた切削性能を発揮する表面被覆切削工具(以下、被覆工具という)に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、一般に、炭化タングステン(以下、WCで示す)基超硬合金、炭窒化チタン(以下、TiCNで示す)基サーメットあるいは立方晶窒化ホウ素(以下、cBNで示す)基超高圧焼結体で構成された基体(以下、これらを総称して基体という)の表面に、硬質被覆層として、Ti−Al系の複合窒化物層を物理蒸着法により被覆形成した被覆工具が知られており、これらは、すぐれた耐摩耗性を発揮することが知られている。
ただ、前記従来のTi−Al系の複合窒化物層を被覆形成した被覆工具は、比較的耐摩耗性にすぐれるものの、高速断続切削条件で用いた場合にチッピング等の異常損耗を発生しやすいことから、硬質被覆層の改善についての種々の提案がなされている。
【0003】
例えば、特許文献1には、工具基体にTi、Al、Siからなる金属元素と、B、C、N、Oから選択される少なくとも1種以上の元素とから構成される硬質被覆層を1層以上物理蒸着法により被覆した被覆工具において、硬質被覆層にSiの窒化物相を介在させることにより、熱処理後の高硬度鋼切削加工の乾式化、高速化に対応可能な、高温下においても硬質被覆層の硬度劣化を抑制することができることが開示されている。
【0004】
また、特許文献2には、工具基体表面に、第1被覆層と、柱状結晶構造を有し工具基体表面の垂線方向に対して平均で1〜15°の角度で斜めの方向に成長した第2被覆層とを順次被覆していることによって、硬質被覆層に衝撃がかかっても第2被覆層から伝わる力が分散して第1被覆層には衝撃が伝わりにくくクラックが進展しにくくなる結果、硬質被覆層に発生するチッピングや大きな欠損を抑制できることが開示されている。
【0005】
さらに、特許文献3には、工具基体と、その基体上に形成された硬質被覆層とを備える表面被覆切削工具であって、硬質被覆層は、AlまたはCrのいずれか一方または両方の元素と、炭素、窒素、酸素およびホウ素からなる群から選ばれる少なくとも1種の元素とにより構成される化合物と、塩素とを含むことにより、硬質被覆層の耐摩耗性と耐酸化性とを飛躍的に向上することが開示されている。
一方、従前より汎用されていた物理蒸着法による硬質被覆層の蒸着形成においては、Alの含有割合xを0.6以上にすることは困難で、より一段と切削性能を向上させることが望まれている。
【0006】
このような観点から、化学蒸着法で硬質被覆層を形成することで、Alの含有割合xを、0.9程度にまで高める技術も提案されている。
例えば、特許文献4には、TiCl、AlCl、NHの混合反応ガス中で、650〜900℃の温度範囲において化学蒸着を行うことにより、Alの含有割合xの値が0.65〜0.95である(Ti1−xAl)N層を蒸着形成できることが記載されているが、この文献では、この(Ti1−xAl)N層の上にさらにAl層を被覆し、これによって断熱効果を高めることを目的とするものであるから、xの値を0.65〜0.95まで高めた(Ti1−xAl)N層の形成によって、切削性能へ如何なる影響があるかという点についてまでの開示はない。
【0007】
また、例えば、特許文献5には、TiCN層、Al層を内層として、その上に、化学蒸着法により、立方晶構造あるいは六方晶構造を含む立方晶構造の(Ti1−xAl)N層(但し、xは0.65〜0.9)を外層として被覆するとともに、該外層に100〜1100MPaの圧縮応力を付与することにより、被覆工具の耐熱性と疲労強度を改善することが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2002−96205号公報
【特許文献2】特開2008−105164号公報
【特許文献3】特開2006−82207号公報
【特許文献4】特表2011−516722号公報
【特許文献5】特表2011−513594号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
近年の切削加工における省力化および省エネ化の要求は強く、これに伴い、切削加工は一段と高速化、高効率化の傾向にあり、被覆工具には、より一層、耐チッピング性、耐欠損性、耐剥離性等の耐異常損傷性が求められるとともに、長期の使用に亘ってのすぐれた耐摩耗性が求められている。
しかし、前記特許文献1に記載されている被覆工具は、(Ti1−xAl)N層からなる硬質被覆層が物理蒸着法で蒸着形成され、硬質被覆層中にSiの窒化物相を介在させることにより、fcc構造を有し柱状に成長するTiAlN層内にナノ結晶が分散し、このナノ結晶が格子歪を発生し分散強化機構により、TiAlNの硬度を上昇させるものであるが、このナノ結晶の介在による作用で脆くなり、靭性が低下し、例えば、合金鋼の高速断続切削に供した場合には、耐チッピング性が十分であるとは言えないという課題があった。
また、特許文献2および特許文献3に記載されている被覆工具は、それぞれ耐欠損性および耐摩耗性・耐酸化特性を向上させることを意図しているが、高速断続切削等の衝撃が伴うような切削条件下では、耐チッピング性が十分でないという課題があった。
一方、前記特許文献4に記載されている化学蒸着法で蒸着形成した(Ti1−xAl)N層については、Al含有量xを高めることができ、また、立方晶構造を形成させることができることから、所定の硬さを有し耐摩耗性にすぐれた硬質被覆層が得られるものの、基体との密着強度は十分でなく、また、靭性に劣るという課題があった。
さらに、前記特許文献5に記載されている被覆工具は、所定の硬さを有し耐摩耗性にはすぐれるものの、靭性に劣ることから、合金鋼の高速断続切削加工等に供した場合には、チッピング、欠損、剥離等の異常損傷が発生しやすく、満足できる切削性能を発揮するとは言えないという課題があった。
【0010】
そこで、本発明が解決しようとする技術的課題、すなわち、本発明の目的は、合金鋼、炭素鋼、鋳鉄等の高速断続切削等に供した場合であっても、すぐれた靭性を備え、長期の使用に亘ってすぐれた耐チッピング性、耐摩耗性を発揮する被覆工具を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
そこで、本発明者らは、前述の観点から、少なくともTiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物(以下、「(Ti,Al)(C,N)」あるいは「(Ti1−xAl)(C1−y)」で示すことがある)を含む硬質被覆層を化学蒸着で蒸着形成した被覆工具の耐チッピング性、耐摩耗性の改善をはかるべく、鋭意研究を重ねた結果、次のような知見を得た。
【0012】
即ち、従来の少なくとも1層の(Ti1−xAl)(C1−y)層を含み、かつ所定の平均層厚を有する硬質被覆層は、(Ti1−xAl)(C1−y)層が工具基体に垂直方向に柱状をなして形成されている場合、高い耐摩耗性を有する。その反面、(Ti1−xAl)(C1−y)層を熱CVD法によって成膜した場合、結晶粒界の存在が避けられず、この粒界での破壊に起因し、(Ti1−xAl)(C1−y)層の靭性が低下し、その結果、耐チッピング性、耐欠損性が低下し、長期の使用に亘って十分な耐摩耗性を発揮することができず、また、工具寿命も満足できるものであるとはいえなかった。
そこで、本発明者らは、硬質被覆層を構成する(Ti1−xAl)(C1−y)層について鋭意研究したところ、硬質被覆層にSiを含有させ(Ti1−x―yAlSi)(C1−z)層をNaCl型の面心立方構造を有する結晶相を少なくとも含み、かつ、アニール処理を施すことにより、結晶粒の周囲にSiの窒化物、炭化物、炭窒化物のうちの1種または2種以上からなる微細結晶粒子または微細アモルファス相が介在してナノコンポジット構造を形成することを見出した。
すなわち、(Ti1−x―yAlSi)(C1−z)のNaCl型の面心立方構造を有する結晶相を少なくとも含む硬質被覆物層の結晶粒子間にSiの窒化物、炭化物、炭窒化物のうちの1種または2種以上からなる微細結晶粒子または微細アモルファス相が三次元的に混じり合う複合膜(ナノコンポジット被膜)を硬質被覆層として用いることにより、(Ti1−x―yAlSi)(C1−z)結晶の周囲をSiの窒化物、炭化物、炭窒化物のうちの1種または2種以上からなる微細結晶粒子または微細アモルファス相が取り囲むナノコンポジット構造を有し、その結果、転位の発生・移動が阻止されるだけでなく、粒界滑りも発生しにくいため、耐塑性変形性が向上し超高硬度が得られるという新規な知見を得た。
【0013】
また、非常に高い耐熱性、より耐溶着性にすぐれるなどの特性に加え、加熱によってナノコンポジット構造を形成することにより耐塑性変形性が成膜直後よりも高くなるという知見を得た。その結果、硬質被覆層の耐チッピング性、耐欠損性を向上させることができる。
【0014】
具体的には、硬質被覆層が、熱CVD法により成膜されたTiとAlとSiの複合窒化物または複合炭窒化物層を少なくとも含み、組成式:(Ti1−x―yAlSi)(C1−z)で表した場合、AlのTiとAlとSiの合量に占める平均含有割合xavgおよびSiのTiとAlとSiの合量に占める平均含有割合yavgおよびCのCとNの合量に占める平均含有割合zavg(但し、xavg、yavg、zavgはいずれも原子比)が、それぞれ、0.60≦xavg≦0.88、0.10≦yavg≦0.25、0≦zavg≦0.005、xavg+yavg≦0.98を満足し、複合窒化物または複合炭窒化物層は、NaCl型の面心立方構造を有するTiとAlとSiの複合窒化物または複合炭窒化物の相を少なくとも含み、
また、前記複合窒化物または複合炭窒化物層内の結晶粒を皮膜断面側から観察した場合に、複合窒化物または複合炭窒化物層内のNaCl型の面心立方構造を有するTiとAlとSiの複合窒化物または複合炭窒化物の結晶粒について工具基体と平行な面内の粒子幅をw、工具基体と垂直な方向の粒子長さをlとし、前記wとlとの比l/wを各結晶粒のアスペクト比aとし、さらに、個々の結晶粒について求めたアスペクト比aの平均値を平均アスペクト比A、個々の結晶粒について求めた粒子幅wの平均値を平均粒子幅Wとした場合、平均粒子幅Wが0.05〜1.0μm、平均アスペクト比Aが5以下であり、
前記NaCl型の面心立方構造を有する結晶粒の周囲にSiの窒化物、炭化物、炭窒化物から選ばれる1種または2種以上の結晶粒またはアモルファス相が存在していることにより、NaCl型の面心立方構造を有するTiとAlとSiの複合窒化物または複合炭窒化物の結晶粒に衝撃が加わったとしても、粒界滑りも発生しにくいため、従来の硬質被覆層に比して、硬さ、耐塑性変形性、靭性が高まり、その結果、耐チッピング性、耐欠損性が向上し、長期に亘ってすぐれた耐摩耗性を発揮する。
【0015】
そして、前述のような構成の(Ti1−x―yAlSi)(C1−z)層は、例えば、トリメチルアルミニウム(Al(CH)を反応ガス成分として含有する以下の熱CVD法によって成膜することができる。
(a)成膜工程:
工具基体表面に、反応ガス組成(容量%)を、TiCl:3.0〜4.0%、Al(CH:0〜3.0%、AlCl:6.0〜8.0%、SiCl:2.5〜3.5%、NH:7.0〜10.0%、N:11.0〜15.0%、C:0.0〜0.5%、H:残、反応雰囲気圧力:2.0〜5.0kPa、反応雰囲気温度:700〜900℃として、所定時間、熱CVD法を行うことにより、所定の目標層厚の(Ti1−x―yAlSi)(C1−z)層を成膜する。
(b)アニール工程:
前記(a)の成膜工程後に、アニール温度:800〜900℃の条件からなる、アニール工程を所定時間行う。
【0016】
前述のようなアニール工程を成膜工程後に行うことにより、(Ti1−x―yAlSi)(C1−z)層中のSiが粒界に偏析してSiの窒化物、炭化物、炭窒化物等を形成し、ナノコンポジット構造を形成し、靭性が飛躍的に向上することを見出した。その結果、特に、耐欠損性、耐チッピング性が向上し、切れ刃に断続的・衝撃的負荷が作用する合金鋼等の高速断続切削加工に用いた場合においても、硬質被覆層が、長期の使用に亘ってすぐれた切削性能を発揮し得ることを見出した。
【0017】
本発明は、前記知見に基づいてなされたものであって、
「(1) 炭化タングステン基超硬合金、炭窒化チタン基サーメットまたは立方晶窒化ホウ素基超高圧焼結体のいずれかで構成された工具基体の表面に、硬質被覆層を設けた表面被覆切削工具において、
前記硬質被覆層は、化学蒸着法により成膜された平均層厚1〜20μmのTiとAlとSiの複合窒化物または複合炭窒化物層を少なくとも含み、組成式:(Ti1−x―yAlSi)(C1−z)で表した場合、複合窒化物または複合炭窒化物層のAlのTiとAlとSiの合量に占める平均含有割合xavgおよび複合窒化物または複合炭窒化物層のSiのTiとAlとSiの合量に占める平均含有割合yavgならびに複合窒化物または複合炭窒化物層のCのCとNの合量に占める平均含有割合zavg(但し、xavg、yavg、zavgはいずれも原子比)が、それぞれ、0.60≦xavg≦0.88、0.10≦yavg≦0.25、0≦zavg≦0.005、xavg+yavg≦0.98を満足し、
前記複合窒化物または複合炭窒化物層は、NaCl型の面心立方構造を有するTiとAlとSiの複合窒化物または複合炭窒化物の相を少なくとも含み、
また、前記複合窒化物または複合炭窒化物層内の結晶粒を皮膜断面側から観察した場合に、複合窒化物または複合炭窒化物層内のNaCl型の面心立方構造を有するTiとAlとSiの複合窒化物または複合炭窒化物の結晶粒について工具基体と平行な面内の粒子幅をw、工具基体と垂直な方向の粒子長さをlとし、前記wとlとの比l/wを各結晶粒のアスペクト比aとし、さらに、個々の結晶粒について求めたアスペクト比aの平均値を平均アスペクト比A、個々の結晶粒について求めた粒子幅wの平均値を平均粒子幅Wとした場合、平均粒子幅Wが0.05〜1.0μm、平均アスペクト比Aが5以下であり、
前記NaCl型の面心立方構造を有する結晶粒の周囲にSiの窒化物、炭化物、炭窒化物から選ばれる1種または2種以上の結晶粒またはアモルファス相が存在していることを特徴とする表面被覆切削工具。
(2) 前記NaCl型の面心立方構造を有する結晶粒の周囲に存在するSiの窒化物、炭化物、炭窒化物からなる結晶粒またはアモルファス相の平均サイズが5〜50nmであることを特徴とする(1)に記載の表面被覆切削工具。
(3) 前記複合窒化物または複合炭窒化物層は、TiとAlとSiのうち少なくともAlを含み、C,Nのうち少なくともNを含む化合物でウルツ鉱型の六方晶構造を有する結晶粒が存在し、皮膜断面側から測定した場合に、該ウルツ鉱型の六方晶構造を有する結晶粒の存在する面積割合が30面積%以下であることを特徴とする(1)または(2)に記載の表面被覆切削工具。
(4) 前記炭化タングステン基超硬合金、炭窒化チタン基サーメットまたは立方晶窒化ホウ素基超高圧焼結体のいずれかで構成された工具基体と前記TiとAlとSiの複合窒化物または複合炭窒化物層との間にTiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層および炭窒酸化物層のうちの1層または2層以上からなり、かつ、0.1〜20μmの合計平均層厚を有するTi化合物層からなる下部層が存在することを特徴とする(1)乃至(3)のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
(5) 前記複合窒化物または複合炭窒化物層の上部に、少なくとも1〜25μmの平均層厚を有する酸化アルミニウム層を含む上部層が存在することを特徴とする(1)乃至(4)のいずれかに記載の表面被覆切削工具。
(6) 前記複合窒化物または複合炭窒化物層は、少なくとも、トリメチルアルミニウムを反応ガス成分として含有する化学蒸着法により成膜ることを特徴とする(1)乃至(5)のいずれかに記載の表面被覆切削工具の製造方法。」
に特徴を有するものである。
なお、本発明における硬質被覆層は、前述のような複合窒化物または複合炭窒化物層をその本質的構成とするが、さらに、従来から知られている下部層や上部層などと併用することにより、複合窒化物または複合炭窒化物層が奏する効果と相俟って、一層すぐれた特性を創出することができることは言うまでもない。
【0018】
本発明について、以下に詳細に説明する。
【0019】
硬質被覆層を構成する複合窒化物または複合炭窒化物層の平均層厚:
本発明の硬質被覆層は、化学蒸着された組成式:(Ti1−x―yAlSi)(C1−z)で表されるTiとAlとSiの複合窒化物または複合炭窒化物層を少なくとも含む。この複合窒化物または複合炭窒化物層は、硬さが高く、すぐれた耐摩耗性を有するが、特に平均層厚が1〜20μmのとき、その効果が際立って発揮される。その理由は、平均層厚が1μm未満では、層厚が薄いため長期の使用に亘っての耐摩耗性を十分確保することができず、一方、その平均層厚が20μmを越えると、TiとAlとSiの複合窒化物または複合炭窒化物層の結晶粒が粗大化し易くなり、チッピングを発生しやすくなる。したがって、その平均層厚を1〜20μmと定めた。
【0020】
硬質被覆層を構成する複合窒化物または複合炭窒化物層の組成:
本発明の硬質被覆層を構成する複合窒化物または複合炭窒化物層は、組成式:(Ti1−x―yAlSi)(C1−z)で表した場合、AlのTiとAlとSiの合量に占める平均含有割合xavgおよびSiのTiとAlとSiの合量に占める平均含有割合yavgおよびCのCとNの合量に占める平均含有割合zavg(但し、xavg、yavg、zavgはいずれも原子比)が、それぞれ、0.60≦xavg≦0.88、0.10≦yavg≦0.25、0≦zavg≦0.005、xavg+yavg≦0.98を満足するように制御する。
その理由は、Alの平均含有割合xavgが0.60未満であると、TiとAlとSiの複合窒化物または複合炭窒化物層の硬さに劣るため、合金鋼等の高速断続切削に供した場合には、耐摩耗性が十分でない。一方、Alの平均含有割合xavgが0.88を超えると、相対的にTiの平均含有割合が減少するため、NaCl型の面心立方構造を維持できず、そのため高温硬さが低下し、耐摩耗性が低下する。したがって、Alの平均含有割合xavgは、0.60≦xavg≦0.88と定めた。
また、Siの平均含有割合yavgが0.10未満であると、本発明で期待する粒界における微細Si化合物粒子が十分にできず、一方、0.25を超えると粒界にSi化合物が粗大化して偏析してしまいTiとAlとSiの複合窒化物または複合炭窒化物層の靭性が低下し、合金鋼等の高速断続切削に供した場合には、耐摩耗性が十分でない。したがって、Siの平均含有割合yavgは、0.10≦yavg≦0.25と定めた。
また、xavg+yavgの値は、0.98を超えると、相対的なTi平均含有割合の減少にり、靭性が低下し、チッピング、欠損を発生しやすくなることから、xavg+yavgの値は、0.98以下とすることが必要である。
また、複合窒化物または複合炭窒化物層に含まれるCの平均含有割合(原子比)zavgは、0≦zavg≦0.005の範囲の微量であるとき、複合窒化物または複合炭窒化物層と工具基体もしくは下部層との密着性が向上し、かつ、潤滑性が向上することによって切削時の衝撃を緩和し、結果として複合窒化物または複合炭窒化物層の耐欠損性および耐チッピング性が向上する。一方、Cの平均含有割合zavgが0≦zavg≦0.005の範囲を逸脱すると、複合窒化物または複合炭窒化物層の靭性が低下するため耐欠損性および耐チッピング性が逆に低下するため好ましくない。したがって、Cの平均含有割合zavgは、0≦zavg≦0.005と定めた。
【0021】
複合窒化物または複合炭窒化物層に少なくとも含まれるNaCl型の面心立方構造を有するTiとAlとSiの複合窒化物または複合炭窒化物の相:
前記複合窒化物または複合炭窒化物層内の結晶粒を皮膜断面側から観察した場合に、複合窒化物または複合炭窒化物層内のNaCl型の面心立方構造を有するTiとAlとSiの複合窒化物または複合炭窒化物の結晶粒について工具基体と平行な面内の粒子幅をw、工具基体と垂直な方向の粒子長さをlとし、前記wとlとの比l/wを各結晶粒のアスペクト比aとし、さらに、個々の結晶粒について求めたアスペクト比aの平均値を平均アスペクト比A、個々の結晶粒について求めた粒子幅wの平均値を平均粒子幅Wとした場合、平均粒子幅Wが0.05〜1.0μm、平均アスペクト比Aが5以下を満足するように制御する。
平均アスペクト比が5以下の時、複合窒化物または複合炭窒化物層を構成する結晶粒は粒状組織となり、すぐれた耐摩耗性を示す。一方、平均アスペクト比Aが5を超えると結晶粒が柱状晶になり靭性が低下し、かつ、結晶相内に本発明の特徴であるナノコンポジット構造を形成しにくくなるため好ましくない。また、平均粒子幅Wが0.05μm未満であると耐摩耗性が低下し、1.0μmを超えると靭性が低下する。したがって、複合窒化物または複合炭窒化物層を構成する結晶粒の平均粒子幅Wは、0.05〜1.0μmと定めた。
【0022】
複合窒化物または複合炭窒化物層中のNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒の周囲に存在するSiの窒化物、炭化物、炭窒化物からなる結晶粒またはアモルファス相:
前記複合窒化物または複合炭窒化物層中のNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒の周囲に存在するSiの窒化物、炭化物、炭窒化物からなる結晶粒またはアモルファス相は平均サイズ(「平均サイズ」については後記参照)が5〜50nmのとき、ナノコンポジット構造を形成する効果により靭性が向上する。一方、平均サイズが5nm未満のとき、上記効果が十分に得られない。また、平均サイズが50nmを超えると靭性が低下する。したがって、Siの窒化物、炭化物、炭窒化物からなる結晶粒またはアモルファス相の平均サイズは、5〜50nmと定めた。
【0023】
また、本発明の複合窒化物または複合炭窒化物層は、下部層として、Tiの炭化物層、窒化物層、炭窒化物層、炭酸化物層および炭窒酸化物層のうちの1層または2層以上からなり、かつ、0.1〜20μmの合計平均層厚を有するTi化合物層を含む場合及び/又は上部層として1〜25μmの平均層厚を有する酸化アルミニウム層を含む場合においても、前述した特性が損なわれず、これらの下部層や上部層などと併用することにより、これらの層が奏する効果と相俟って、一層すぐれた特性を創出することができる。
下部層、上部層を設ける場合、前述したような効果を十分に奏するためには、下部層に含まれるTi化合物層の合計平均層厚については、0.1μm以上とすることが好ましく、上部層に含まれる酸化アルミニウム層の平均層厚については1μm以上とすることが好ましい。一方、下部層に含まれるTi化合物層の合計平均層厚が20μmを超えると結晶粒が粗大化し易くなり、チッピングを発生しやすくなる。また、上部層に含まれる酸化アルミニウム層の平均層厚が25μmを超えると結晶粒が粗大化し易くなり、チッピングを発生しやすくなる。
【0024】
本発明の硬質被覆層を構成するTiとAlとSiの複合窒化物または複合炭窒化物層の垂直断面を模式的に表した図を図1に示す。
【発明の効果】
【0025】
本発明は、炭化タングステン基超硬合金、炭窒化チタン基サーメットまたは立方晶窒化ホウ素基超高圧焼結体のいずれかで構成された工具基体の表面に、硬質被覆層を設けた表面被覆切削工具において、硬質被覆層は、化学蒸着法により成膜された平均層厚1〜20μmのTiとAlとSiの複合窒化物または複合炭窒化物層を少なくとも含み、組成式:(Ti1−x―yAlSi)(C1−z)で表した場合、AlのTiとAlとSiの合量に占める平均含有割合xavgおよびSiのTiとAlとSiの合量に占める平均含有割合yavgならびにCのCとNの合量に占める平均含有割合zavg(但し、xavg、yavg、zavgはいずれも原子比)が、それぞれ、0.60≦xavg≦0.88、0.10≦yavg≦0.25、0≦zavg≦0.005、xavg+yavg≦0.98を満足し、
前記複合窒化物または複合炭窒化物層は、NaCl型の面心立方構造を有するTiとAlとSiの複合窒化物または複合炭窒化物の相を少なくとも含み、
また、前記複合窒化物または複合炭窒化物層内の結晶粒を皮膜断面側から観察した場合に、複合窒化物または複合炭窒化物層内のNaCl型の面心立方構造を有するTiとAlとSiの複合窒化物または複合炭窒化物の結晶粒について工具基体と平行な面内の粒子幅をw、工具基体と垂直な方向の粒子長さをlとし、前記wとlとの比l/wを各結晶粒のアスペクト比aとし、さらに、個々の結晶粒について求めたアスペクト比aの平均値を平均アスペクト比A、個々の結晶粒について求めた粒子幅wの平均値を平均粒子幅Wとした場合、平均粒子幅Wが0.05〜1.0μm、平均アスペクト比Aが5以下であり、
前記NaCl型の面心立方構造を有する結晶粒の周囲にSiの窒化物、炭化物、炭窒化物から選ばれる1種または2種以上の結晶粒またはアモルファス相が存在していることにより、硬質被覆層が、所定量のSiを含有することでTiとAlの複合窒化物または複合炭窒化物層に比べを硬さが向上するとともに、(Ti1−x―yAlSi)(C1−z)結晶粒の周囲に、Siの窒化物、炭化物、炭窒化物から選ばれる1種または2種以上の微細結晶粒またはアモルファス相が存在していることにより、靭性が向上する。その結果、耐チッピング性が向上するという効果が発揮され、従来の硬質被覆層に比して、長期の使用に亘ってすぐれた切削性能を発揮し、被覆工具の長寿命化が達成される。
【図面の簡単な説明】
【0026】
図1】本発明の硬質被覆層を構成するTiとAlとSiの複合窒化物または複合炭窒化物層の工具基体表面に垂直な断面を模式的に表した膜構成模式図である。
図2】本発明の一実施態様に該当する硬質被覆層を構成するTiとAlとSiの複合窒化物層または複合炭窒化物層の工具基体表面に平行な断面において、TiとAlとSiの複合窒化物層または複合炭窒化物のNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒の周囲にSiの窒化物、炭化物、炭窒化物から選ばれる1種または2種以上の微細結晶粒またはアモルファス相が存在してナノコンポジット構造を構成していることを模式的に表した模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
つぎに、本発明の被覆工具を実施例により具体的に説明する。
【実施例1】
【0028】
原料粉末として、いずれも1〜3μmの平均粒径を有するWC粉末、TiC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Cr32粉末およびCo粉末を用意し、これら原料粉末を、表1に示される配合組成に配合し、さらにワックスを加えてアセトン中で24時間ボールミル混合し、減圧乾燥した後、98MPaの圧力で所定形状の圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を5Paの真空中、1370〜1470℃の範囲内の所定の温度に1時間保持の条件で真空焼結し、焼結後、ISO規格SEEN1203AFSNのインサート形状をもったWC基超硬合金製の工具基体A〜Cをそれぞれ製造した。
【0029】
また、原料粉末として、いずれも0.5〜2μmの平均粒径を有するTiCN(質量比でTiC/TiN=50/50)粉末、Mo2C粉末、ZrC粉末、NbC粉末、WC粉末、Co粉末およびNi粉末を用意し、これら原料粉末を、表2に示される配合組成に配合し、ボールミルで24時間湿式混合し、乾燥した後、98MPaの圧力で圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を1.3kPaの窒素雰囲気中、温度:1500℃に1時間保持の条件で焼結し、焼結後、ISO規格SEEN1203AFSNのインサート形状をもったTiCN基サーメット製の工具基体Dを作製した。
【0030】
つぎに、これらの工具基体A〜Dの表面に、通常の化学蒸着装置を用い、
(a)表4に示される形成条件A〜J、すなわち、反応ガス組成(容量%)を、TiCl:3.0〜4.0%、Al(CH:0.0〜3.0%、AlCl:6.0〜8.0%、SiCl:2.5〜3.5%、NH:7.0〜10.0%、N:11.0〜15.0%、C:0.0〜0.5%、H:残として、反応雰囲気圧力:2.0〜5.0kPa、反応雰囲気温度:750〜900℃として、所定時間、熱CVD法を行うことにより、表6に示される平均粒子幅Wおよび平均アスペクト比Aの粒状組織の(Ti1−x―yAlSi)(C1−z)層を成膜する(成膜工程)。
(b)前記(a)の成膜工程時に、表4に示されるアニール条件a〜c、すなわち、アニール温度:800〜900℃、アニール時間:30〜120分でアニールする(アニール工程)。
(c)前記(a)の成膜工程後に(b)からなるアニール工程を行うことによって、複合窒化物または複合炭窒化物層がNaCl型の面心立方構造を有するTiとAlとSiの複合窒化物または複合炭窒化物の相を少なくとも含み、NaCl型の面心立方構造を有する結晶粒の周囲にSiの窒化物、炭化物、炭窒化物から選ばれる1種または2種以上の結晶粒またはアモルファス相が存在している(Ti1−x―yAlSi)(C1−z)層を含む、表6に示される目標層厚を有する硬質被覆層を形成することにより本発明被覆工具1〜15を製造した。
なお、本発明被覆工具6〜13については、表4に示される形成条件で、表5に示される下部層および/または表6に示される上部層を形成した。
【0031】
前記本発明被覆工具1〜15の硬質被覆層を構成するTiとAlとSiの複合窒化物または複合炭窒化物層の工具基体表面に垂直な断面について、走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscopy:SEM)(倍率5000倍及び20000倍)を用いて複数視野に亘って観察したところ、図1に示した膜構成模式図に示されるように粒状組織の(Ti1−x―yAlSi)(C1−z)層が確認された。また、NaCl型の面心立方構造を有する結晶粒とNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒の周囲にSiの窒化物、炭化物、炭窒化物から選ばれる1種または2種以上の微細結晶粒またはアモルファス相が存在してナノコンポジット構造を構成していることが、透過型電子顕微鏡(Transmission Electron Microscopy:TEM)(倍率200000倍)を用いて、エネルギー分散型X線分光法(EDS)による面分析により確認された。
【0032】
また、前記複合窒化物または複合炭窒化物層について、電子線後方散乱回折装置を用いて個々の結晶粒の結晶構造を、TiとAlとSiの複合窒化物または複合炭窒化物層の縦断面方向から解析した場合、NaCl型の面心立方構造を有するTiとAlとSiの複合窒化物または複合炭窒化物の相が少なくとも存在することが確認された。
【0033】
また、比較の目的で、工具基体A〜Dの表面に、表3および表4に示される条件かつ表7に示される目標層厚(μm)で本発明被覆工具1〜15と同様に、少なくともTiとAlとSiの複合窒化物または複合炭窒化物層を含む硬質被覆層を蒸着形成した。この時には、(Ti1−x―yAlSi)(C1−z)層の成膜工程後にアニール工程を行わないで硬質被覆層を形成することにより比較被覆工具1〜13を製造した。
なお、本発明被覆工具6〜13と同様に、比較被覆工具6〜13については、表3に示される形成条件で、表5に示される下部層および/または表7に示される上部層を形成した。
参考のため、工具基体Bおよび工具基体Cの表面に、従来の物理蒸着装置を用いて、アークイオンプレーティングにより、参考例の(Ti1−x―yAlSi)(C1−z)層を目標層厚で蒸着形成することにより、表7に示される参考被覆工具14、15を製造した。
なお、参考例の蒸着に用いたアークイオンプレーティングの条件は、次のとおりである。
(a)前記工具基体BおよびCを、アセトン中で超音波洗浄し、乾燥した状態で、アークイオンプレーティング装置内の回転テーブル上の中心軸から半径方向に所定距離離れた位置に外周部に沿って装着し、また、カソード電極(蒸発源)として、所定組成のTi−Al−Si合金を配置し、
(b)まず、装置内を排気して10−2Pa以下の真空に保持しながら、ヒーターで装置内を500℃に加熱した後、前記回転テーブル上で自転しながら回転する工具基体に−1000Vの直流バイアス電圧を印加し、かつTi−Al−Si合金からなるカソード電極とアノード電極との間に200Aの電流を流してアーク放電を発生させ、装置内にAlおよびTiおよびSiイオンを発生させ、もって工具基体表面をボンバード洗浄し、
(c)次に、装置内に反応ガスとして窒素ガスを導入して4Paの反応雰囲気とすると共に、前記回転テーブル上で自転しながら回転する工具基体に−50Vの直流バイアス電圧を印加し、かつ、前記Ti−Al−Si合金からなるカソード電極(蒸発源)とアノード電極との間に120Aの電流を流してアーク放電を発生させ、前記工具基体の表面に、表7に示される目標組成、目標層厚の(Ti,Al,Si)N層を蒸着形成し、参考被覆工具14、15を製造した。
【0034】
また、本発明被覆工具1〜15、比較被覆工具1〜13および参考被覆工具14、15の各構成層の工具基体に垂直な方向の断面を、SEM(倍率5000倍)を用いて測定し、観察視野内の5点の層厚を測って平均して平均層厚を求めたところ、いずれも表6および表7に示される目標層厚と実質的に同じ平均層厚を示した。
また、複合窒化物または複合炭窒化物層のAlの平均含有割合xavgおよびSiの平均含有割合yavgについては、電子線マイクロアナライザ(Electron−Probe−Micro−Analyser:EPMA)を用い、表面を研磨した試料において、電子線を試料表面側から照射し、得られた特性X線の解析結果の10点平均からAlの平均含有割合xavgをおよびSiの平均含有割合yavg求めた。Cの平均含有割合zavgについては、二次イオン質量分析(Secondary−Ion−Mass−Spectroscopy:SIMS)により求めた。イオンビームを試料表面側から70μm×70μmの範囲に照射し、スパッタリング作用によって放出された成分について深さ方向の濃度測定を行った。Cの平均含有割合zavgはTiとAlとSiの複合窒化物または複合炭窒化物層についての深さ方向の平均値を示す。
【0035】
また、本発明被覆工具1〜15および比較被覆工具1〜13、参考被覆工具14、15について、工具基体に垂直な方向の断面方向からSEM(倍率5000倍及び20000倍)を用いて、工具基体表面と水平方向に長さ10μmの範囲に存在する複合窒化物または複合炭窒化物層を構成する粒状組織(Ti1−x―yAlSi)(C1−z)層中の個々のNaCl型の面心立方構造を有するTiとAlとSiの複合窒化物または複合炭窒化物の結晶粒について、基体表面と平行な方向の粒子幅w、基体表面に垂直な方向の粒子長さlを測定し、各結晶粒のアスペクト比a(=l/w)を算出するとともに、個々の結晶粒について求めたアスペクト比aの平均値を平均アスペクト比Aとして算出し、また、個々の結晶粒について求めた粒子幅wの平均値を平均粒子幅Wとして算出した。その結果を、表6および表7に示した。
【0036】
また、電子線後方散乱回折装置を用いて、TiとAlとSiの複合窒化物または複合炭窒化物層からなる硬質被覆層の工具基体に垂直な方向の断面を研磨面とした状態で、電界放出型走査電子顕微鏡の鏡筒内にセットし、前記研磨面に70度の入射角度で15kVの加速電圧の電子線を1nAの照射電流で、前記断面研磨面の測定範囲内に存在する結晶粒個々に照射し、工具基体と水平方向に長さ100μmに亘り硬質被覆層について0.01μm/stepの間隔で、電子線後方散乱回折像を測定し、個々の結晶粒の結晶構造を解析することで立方晶構造あるいは六方晶構造であるかを同定し、TiとAlとSiの複合窒化物または複合炭窒化物層を構成する結晶粒全体に対するウルツ鉱型の六方晶構造の結晶相の占める面積割合を求めた。その結果を、同じく、表6および表7に示す。
さらに、TEM(倍率50000〜200000倍)を用いて、複合窒化物または複合炭窒化物層の微小領域の観察を複数視野の1〜5μm平方(工具種別により最適な観察範囲を選定)に亘って行い、エネルギー分散型X線分光法(EDS)を用いて、断面側から面分析を行ったところ、前記NaCl型の面心立方構造を有する結晶粒の周囲に、Siの窒化物、炭化物、炭窒化物から選ばれる1種または2種以上の微細結晶粒またはアモルファス相が存在してナノコンポジット構造を構成していることを確認した。また、上記面分析において、Siの窒化物、炭化物、炭窒化物から選ばれる1種または2種以上の微細結晶粒またはアモルファス相のサイズを画像処理により算出し面積を求めて、同一面積の円で近似した場合の直径を算出し、個々の微細結晶粒またはアモルファス相について平均することで求めた平均直径をSiの窒化物、炭化物、炭窒化物から選ばれる1種または2種以上の微細結晶粒またはアモルファス相の平均サイズとした。
【0037】
【表1】
【0038】
【表2】
【0039】
【表3】
【0040】
【表4】
【0041】
【表5】
【0042】
【表6】
【0043】
【表7】
【0044】
つぎに、前記各種の被覆工具をいずれもカッタ径125mmの工具鋼製カッタ先端部に固定治具にてクランプした状態で、本発明被覆工具1〜15、比較被覆工具1〜13および参考被覆工具14,15について、以下に示す、合金鋼の高速断続切削の一種である乾式高速正面フライス、センターカット切削加工試験を実施し、切刃の逃げ面摩耗幅を測定した。その結果を表8に示す。
【0045】
工具基体:炭化タングステン基超硬合金、炭窒化チタン基サーメット、
切削試験: 乾式高速正面フライス、センターカット切削加工、
被削材: JIS・SCM440幅100mm、長さ400mmのブロック材、
回転速度: 890 min−1
切削速度: 350 m/min、
切り込み: 1.0 mm、
一刃送り量: 0.15 mm/刃、
切削時間: 8分、
【0046】
【表8】
【実施例2】
【0047】
原料粉末として、いずれも1〜3μmの平均粒径を有するWC粉末、TiC粉末、ZrC粉末、TaC粉末、NbC粉末、Cr32粉末、TiN粉末およびCo粉末を用意し、これら原料粉末を、表9に示される配合組成に配合し、さらにワックスを加えてアセトン中で24時間ボールミル混合し、減圧乾燥した後、98MPaの圧力で所定形状の圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を5Paの真空中、1370〜1470℃の範囲内の所定の温度に1時間保持の条件で真空焼結し、焼結後、切刃部にR:0.07mmのホーニング加工を施すことによりISO規格CNMG120412のインサート形状をもったWC基超硬合金製の工具基体α〜γをそれぞれ製造した。
【0048】
また、原料粉末として、いずれも0.5〜2μmの平均粒径を有するTiCN(質量比でTiC/TiN=50/50)粉末、NbC粉末、WC粉末、Co粉末、およびNi粉末を用意し、これら原料粉末を、表10に示される配合組成に配合し、ボールミルで24時間湿式混合し、乾燥した後、98MPaの圧力で圧粉体にプレス成形し、この圧粉体を1.3kPaの窒素雰囲気中、温度:1500℃に1時間保持の条件で焼結し、焼結後、切刃部分にR:0.09mmのホーニング加工を施すことによりISO規格・CNMG120412のインサート形状をもったTiCN基サーメット製の工具基体δを形成した。
【0049】
つぎに、これらの工具基体α〜γおよび工具基体δの表面に、通常の化学蒸着装置を用い、
(a)表4に示される形成条件A〜J、すなわち、反応ガス組成(容量%)を、TiCl:3.0〜4.0%、Al(CH:0.0〜5.0%、AlCl:1.0〜2.0%、SiCl:4.0〜5.0%、NH:7.0〜10.0%、N:6.0〜10.0%、C:0.0〜1.0%、H:残として、反応雰囲気圧力:2.0〜5.0kPa、反応雰囲気温度:750〜900℃として、所定時間、熱CVD法を行うことにより、表6に示される平均粒子幅Wおよび平均アスペクト比Aの粒状組織の(Ti1−x―yAlSi)(C1−z)層を成膜する(成膜工程)。
(b)前記(a)の成膜工程時に、表4に示されるアニール条件a〜c、すなわち、アニール温度:800〜900℃、アニール時間:30〜120分でアニールする(アニール工程)。
(c)前記(a)の成膜工程後に(b)からなるアニール工程を行うことによって、表6に示される目標層厚を有する立方晶結晶と六方晶結晶とが存在する粒状組織の(Ti1−x―yAlSi)(C1−z)層からなる硬質被覆層を形成することにより本発明被覆工具16〜30を製造した。
なお、本発明被覆工具19〜28については、表3に示される形成条件で、表11に示される下部層および/または表12に示される上部層を形成した。
【0050】
また、比較の目的で、同じく工具基体α〜γおよび工具基体δの表面に、通常の化学蒸着装置を用い、表3および表4に示される条件かつ表13に示される目標層厚で本発明被覆工具と同様に硬質被覆層を蒸着形成することにより、表13に示される比較被覆工具16〜28を製造した。
なお、本発明被覆工具19〜28と同様に、比較被覆工具19〜28については、表3に示される形成条件で、表11に示される下部層および/または表13に示される上部層を形成した。
【0051】
参考のため、工具基体βおよび工具基体γの表面に、従来の物理蒸着装置を用いて、アークイオンプレーティングにより、参考例の(Ti1−x―yAlSi)(C1−z)層を目標層厚で蒸着形成することにより、表13に示される参考被覆工具29,30を製造した。
なお、アークイオンプレーティングの条件は、実施例1に示される条件と同様の条件を用いた。
【0052】
また、本発明被覆工具16〜30、比較被覆工具16〜28および参考被覆工具29,30の各構成層の断面を、SEM(倍率5000倍)を用いて測定し、観察視野内の5点の層厚を測って平均して平均層厚を求めたところ、いずれも表12および表13に示される目標層厚と実質的に同じ平均層厚を示した。
また、前記本発明被覆工具16〜30、比較被覆工具16〜28および参考被覆工具29、30の硬質被覆層について、実施例1に示される方法と同様の方法を用いて、Alの平均含有割合xavg、Siの平均含有割合yavg、Cの平均含有割合zavg、粒状組織(Ti1−x―yAlSi)(C1−z)層を構成する結晶粒の平均粒子幅W、平均アスペクト比A、結晶粒全体に対するウルツ鉱型の六方晶構造の結晶相の占める面積割合を求めた。その結果を、表12および表13に示す。
【0053】
さらに、TEM(倍率50000〜200000倍)を用いて、複合窒化物または複合炭窒化物層の微小領域の観察を複数視野の1〜5μm平方(工具種別により最適な観察範囲を選定)に亘って行い、エネルギー分散型X線分光法(EDS)を用いて、断面側から面分析を行ったところ、前記NaCl型の面心立方構造を有する結晶粒の周囲に、Siの窒化物、炭化物、炭窒化物から選ばれる1種または2種以上の結晶粒またはアモルファス相が存在してナノコンポジット構造を構成していることを確認した。
【0054】
【表9】
【0055】
【表10】
【0056】
【表11】
【0057】
【表12】
【0058】
【表13】
【0059】
つぎに、前記各種の被覆工具をいずれも工具鋼製バイトの先端部に固定治具にてネジ止めした状態で、本発明被覆工具16〜30、比較被覆工具16〜28および参考被覆工具29,30について、以下に示す、炭素鋼の乾式高速断続切削試験、鋳鉄の湿式高速断続切削試験を実施し、いずれも切刃の逃げ面摩耗幅を測定した。
(切削条件1)
工具基体:炭化タングステン基超硬合金、炭窒化チタン基サーメット、
切削試験: 炭素鋼の乾式高速断続切削試験、
被削材: JIS・SCM435の長さ方向等間隔4本縦溝入り丸棒、
切削速度: 370m/min、
切り込み: 1.2mm、
送り: 0.2mm/rev、
切削時間:5分、
(通常の切削速度は、220m/min)、
(切削条件2)
切削試験: 鋳鉄の湿式高速断続切削試験、
被削材: JIS・FCD450の長さ方向等間隔4本縦溝入り丸棒、
切削速度: 360m/min、
切り込み: 1.0mm、
送り: 0.2mm/rev、
切削時間: 5分、
(通常の切削速度は、200m/min)、
表14に、前記切削試験の結果を示す。
【0060】
【表14】
【実施例3】
【0061】
原料粉末として、いずれも0.5〜4μmの範囲内の平均粒径を有するcBN粉末、TiN粉末、TiCN粉末、TiC粉末、Al粉末、Al粉末を用意し、これら原料粉末を表15に示される配合組成に配合し、ボールミルで80時間湿式混合し、乾燥した後、120MPaの圧力で直径:50mm×厚さ:1.5mmの寸法をもった圧粉体にプレス成形し、ついでこの圧粉体を、圧力:1Paの真空雰囲気中、900〜1300℃の範囲内の所定温度に60分間保持の条件で焼結して切刃片用予備焼結体とし、この予備焼結体を、別途用意した、Co:8質量%、WC:残りの組成、並びに直径:50mm×厚さ:2mmの寸法をもったWC基超硬合金製支持片と重ね合わせた状態で、通常の超高圧焼結装置に装入し、通常の条件である圧力:4GPa、温度:1200〜1400℃の範囲内の所定温度に保持時間:0.8時間の条件で超高圧焼結し、焼結後上下面をダイヤモンド砥石を用いて研磨し、ワイヤー放電加工装置にて所定の寸法に分割し、さらにCo:5質量%、TaC:5質量%、WC:残りの組成およびJIS規格CNGA120412の形状(厚さ:4.76mm×内接円直径:12.7mmの80°菱形)をもったWC基超硬合金製インサート本体のろう付け部(コーナー部)に、質量%で、Zr:37.5%、Cu:25%、Ti:残りからなる組成を有するTi−Zr−Cu合金のろう材を用いてろう付けし、所定寸法に外周加工した後、切刃部に幅:0.13mm、角度:25°のホーニング加工を施し、さらに仕上げ研摩を施すことによりISO規格CNGA120412のインサート形状をもった工具基体イ、ロをそれぞれ製造した。
【0062】
【表15】
【0063】
つぎに、これらの工具基体イ、ロの表面に、通常の化学蒸着装置を用い、実施例1と同様の方法により表3および表4に示される条件で、少なくとも(Ti1−x―yAlSi)(C1−z)層を含む硬質被覆層を目標層厚で蒸着形成することにより、表17に示される本発明被覆工具31〜40を製造した。
なお、本発明被覆工具34〜38については、表3に示される形成条件で、表16に示すような下部層および/または表17に示すような上部層を形成した。
【0064】
また、比較の目的で、同じく工具基体イ、ロの表面に、通常の化学蒸着装置を用い、表3および表4に示される条件で、少なくとも(Ti1−x―yAlSi)(C1−z)層を含む硬質被覆層を目標層厚で蒸着形成することにより、表18に示される比較被覆工具31〜38を製造した。
なお、本発明被覆工具34〜38と同様に、比較被覆工具34〜38については、表3に示される形成条件で、表16に示すような下部層および/または表18に示すような上部層を形成した。
【0065】
参考のため、工具基体イ、ロの表面に、従来の物理蒸着装置を用いて、アークイオンプレーティングにより、(Ti1−x―yAlSi)(C1−z)層を目標層厚で蒸着形成することにより、表18に示される参考被覆工具39,40を製造した。
なお、アークイオンプレーティングの条件は、実施例1に示される条件と同様の条件を用い、前記工具基体の表面に、表18に示される目標組成、目標層厚の(Ti,Al,Si)N層を蒸着形成し、参考被覆工具39,40を製造した。
【0066】
また、本発明被覆工具31〜40、比較被覆工具31〜38および参考被覆工具39,40の各構成層の断面を、SEM(倍率5000倍)を用いて測定し、観察視野内の5点の層厚を測って平均して平均層厚を求めたところ、いずれも表17および表18に示される目標層厚と実質的に同じ平均層厚を示した。
【0067】
また、前記本発明被覆工具31〜40、比較被覆工具31〜38および参考被覆工具39,40の硬質被覆層について、実施例1に示される方法と同様の方法を用いて、Alの平均含有割合xavg、Siの平均含有割合yavg、Cの平均含有割合zavg、粒状組織(Ti1−x―yAlSi)(C1−z)層を構成する結晶粒の平均粒子幅W、平均アスペクト比A、結晶粒全体におけるウルツ鉱型の六方晶構造の結晶相の占める面積割合を求めた。その結果を、表17および表18に示す。
【0068】
さらに、TEM(倍率50000〜200000倍)を用いて、複合窒化物または複合炭窒化物層の微小領域の観察を複数視野の1〜5μm平方(工具種別により最適な観察範囲を選定)に亘って行い、エネルギー分散型X線分光法(EDS)を用いて、断面側から面分析を行ったところ、前記NaCl型の面心立方構造を有する結晶粒の周囲に、Siの窒化物、炭化物、炭窒化物から選ばれる1種または2種以上の結晶粒またはアモルファス相が存在してナノコンポジット構造を構成していることを確認した。
【0069】
【表16】
【0070】
【表17】
【0071】
【表18】
【0072】
つぎに、各種の被覆工具をいずれも工具鋼製バイトの先端部に固定治具にてネジ止めした状態で、本発明被覆工具31〜40、比較被覆工具31〜38および参考被覆工具39,40について、以下に示す、浸炭焼入れ合金鋼の乾式高速断続切削加工試験を実施し、切刃の逃げ面摩耗幅を測定した。
工具基体:立方晶窒化ホウ素基超高圧焼結体、
切削試験: 浸炭焼入れ合金鋼の乾式高速断続切削加工、
被削材: JIS・SCr420(硬さ:HRC62)の長さ方向等間隔4本縦溝入り丸棒、
切削速度: 230 m/min、
切り込み: 0.12m、
送り: 0.1m/rev、
切削時間: 4分、
表19に、前記切削試験の結果を示す。
【0073】
【表19】
【0074】
表8、表14および表19に示される結果から、本発明の被覆工具は、硬質被覆層を構成する複合窒化物または複合炭窒化物層に含まれるNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒の周囲にSiの窒化物、炭化物、炭窒化物から選ばれる1種または2種以上の結晶粒またはアモルファス相が存在していることで結晶粒がナノコンポジット構造を形成することにより、耐摩耗性を保ちつつ、靱性が向上する。しかも、切れ刃に断続的・衝撃的高負荷が作用する高速断続切削加工に用いた場合でも、耐チッピング性、耐欠損性にすぐれ、その結果、長期の使用に亘ってすぐれた耐摩耗性を発揮することが明らかである。
【0075】
これに対して、硬質被覆層を構成する複合窒化物または複合炭窒化物層に含まれるNaCl型の面心立方構造を有する結晶粒の周囲にSiの窒化物、炭化物、炭窒化物から選ばれる1種または2種以上の結晶粒またはアモルファス相が存在していない比較被覆工具1〜13、16〜28,31〜38および参考被覆工具14、15、29、30、39、40については、高熱発生を伴い、しかも、切れ刃に断続的・衝撃的高負荷が作用する高速断続切削加工に用いた場合、チッピング、欠損等の発生により短時間で寿命にいたることが明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0076】
前述のように、本発明の被覆工具は、合金鋼の高速断続切削加工ばかりでなく、各種の被削材の被覆工具として用いることができ、しかも、長期の使用に亘ってすぐれた耐チッピング性、耐摩耗性を発揮するものであるから、切削装置の高性能化並びに切削加工の省力化および省エネ化、さらに低コスト化に十分満足に対応できるものである。
図1
図2