(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6270135
(24)【登録日】2018年1月12日
(45)【発行日】2018年1月31日
(54)【発明の名称】高効率発光ナノ粒子およびこれをレーザ媒体に用いた光増幅器
(51)【国際特許分類】
H01S 3/16 20060101AFI20180122BHJP
B82Y 30/00 20110101ALI20180122BHJP
B82Y 40/00 20110101ALI20180122BHJP
B82Y 20/00 20110101ALI20180122BHJP
C09K 11/59 20060101ALI20180122BHJP
C09K 11/66 20060101ALI20180122BHJP
【FI】
H01S3/16
B82Y30/00
B82Y40/00
B82Y20/00
C09K11/59CPB
C09K11/66
【請求項の数】13
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2014-43414(P2014-43414)
(22)【出願日】2014年3月6日
(65)【公開番号】特開2014-209575(P2014-209575A)
(43)【公開日】2014年11月6日
【審査請求日】2016年12月20日
(31)【優先権主張番号】特願2013-60077(P2013-60077)
(32)【優先日】2013年3月22日
(33)【優先権主張国】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成25度、科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業委託事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(72)【発明者】
【氏名】白幡 直人
(72)【発明者】
【氏名】鶴岡 徹
【審査官】
小濱 健太
(56)【参考文献】
【文献】
特表2006−513458(JP,A)
【文献】
国際公開第2010/016289(WO,A1)
【文献】
米国特許第06597496(US,B1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01S 1/00−4/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
シリコンおよびゲルマニウムの少なくとも一方と酸素とで構成され、
1nm以下のサイズを有し、
シリコン及びゲルマニウムと酸素との元素組成比が1:1あるいはシリコンおよびゲルマニウムが酸素より多い
中心部と、
前記中心部の表面を被覆する炭化水素鎖とを設けたクラスター状ナノ粒子。
【請求項2】
前記サイズは0.5nm以上である、請求項1に記載のクラスター状ナノ粒子。
【請求項3】
前記炭化水素鎖は脂肪族炭化水素鎖および芳香族炭化水素鎖のいずれか一方から選択される、請求項1または2に記載のクラスター状ナノ粒子。
【請求項4】
前記炭化水素鎖は炭素数が3〜18の脂肪族炭化水素基および不飽和炭化水素基、並びにフェニル、ビフェニル、アントラセン、ペンタセンなどの芳香族を持つ炭化水素鎖からなる群から選択される、請求項3に記載のクラスター状ナノ粒子。
【請求項5】
フォトルミネッセンスの絶対量子収率が60%以上である、請求項1から4の何れかに記載のクラスター状ナノ粒子。
【請求項6】
フォトルミネッセンススペクトルが410nmおよび438nmにピークを有する、請求項1から5の何れかに記載のクラスター状ナノ粒子。
【請求項7】
請求項1から6の何れかに記載のクラスター状ナノ粒子を含むレーザ媒体。
【請求項8】
前記クラスター状ナノ粒子を含む固体である、請求項7に記載のレーザ媒体。
【請求項9】
前記固体はフィルム状に形成されている、請求項8に記載のレーザ媒体。
【請求項10】
前記固体は増幅させる光波長域で透明な材料を含む、請求項8または9に記載のレーザ媒体。
【請求項11】
前記透明な材料はメチルメタクリレートおよびシリカから選択される、請求項10に記載のレーザ媒体。
【請求項12】
請求項7から11の何れかに記載のレーザ媒体を使用する光増幅器。
【請求項13】
レーザ発振波長が438nmである、請求項12に記載の光増幅器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はシリコンおよび/またはゲルマニウムと酸素とを含む高効率発光ナノ粒子およびこれをレーザ媒体に用いた光増幅器に関する。
【背景技術】
【0002】
シリコンフォトニクスとは、現在センチメートルサイズの光通信用モジュールをサブミリ以下のサイズにして大規模集積回路に組み込もうという技術革新である。具体的に説明すれば、シリコンは半導体として広く使われる材料であるが、これを素材にして微小な光導波路を作製する。この微小導波路で構成した光回路をプラットフォームとして、種々の光デバイスと 電子回路をシリコンウェハ上へ集積する。シリコンは半導体なので、導波路を伝搬する光を電界で制御することが可能になる。配線の中を通るのは電子ではなく光なので抵抗がなく、大容量の情報を高速で送受信できるようになる。このように光デバイスの特長である高速で大容量の伝送機能と電子回路のインテリジェンス機能を融合させることができれば、LSIと同じ微細加工プロセスを利用した大規募集積回路において、チップ−チップ間やボード−ボード間の短距離通信を電子ではなく光で行えるようになる。シリコンレーザーはシリコンフォトニクスの光源であるが、唯一未開発のパーツでもある。また、次世代情報産業の礎とも言える当該光源は、情報家電をはじめとし、さまざまな分野での応用が期待されるために開発競争も激しい。
【0003】
一方、物質の面からシリコンを見ると、シリコンのバルク結晶は代表的な間接遷移型半導体である。それゆえ、発光のメカニズムから考えて、シリコンのバルク結晶からの発光特性を利用して当該光源デバイスを製造することは不可能でないとしてもきわめて難しい。そこで、当該光源の開発を進めるに当たっては、シリコンの構造に様々な工夫を凝らして発光機能を高める必要がある。幾つかのケースにおいて、シリコンベースの発光素材(たとえばSiナノ粒子)を具備するデバイス構造からのレーザ発振、あるいはそれに準じる振る舞いが観察されているが、未だ、シリコンベースのレーザ光源は当然のこと、例えばLEDデバイスのようなシリコンベースの発光素子ですら商品化されてはいない。
【0004】
ここで、なぜシリコンベースのレーザ光源や発光素子が必要かを説明する。
【0005】
光通信によって、長距離情報通信が瞬時の間に大量に行われている。情報処理や記憶はシリコンを基幹とした微細集積回路上で行われているが、シリコンのレーザ光源デバイスが未達成であるために、シリコンフォトニクス実現に向けたレーザーデバイスは、化合物半導体をレーザー媒質に持つ素子構造が提案され研究が進められている。また情報記録などの素子もシリコンレーザで作製されていない。シリコンを高効率で発光させる事ができれば、現行の半導体微細加工技術を使って、シリコン・チップ上に電子デバイスと発光素子をともに集積化させる事ができるため、その産業的価値は極めて大きい。それゆえにシリコンを発光(とくにレーザ発振)させたいという研究は世界中で広くかつ数多く行われている。
【0006】
また、シリコン集積回路上に光源デバイス素子や発光素子を作製して集積度を高めることを考えた場合、ゲルマニウムによる高効率な発光素子を作製できれば、シリコン発光素子のチップ上形成より難易度は高いが、基板との界面整合性などの問題から化合物半導体発光素子のチップ上形成よりも遙かに難易度は低いので、次善の策として有効である。もう一つのメリットは、ゲルマニウムがシリコンよりも大きな比誘電率と小さな有効質量、そしてバルク結晶において狭いバンドギャップを有していることにある。それゆえ、小さな粒子サイズにキャリアを閉じ込めるとシリコンに比べ強い量子閉じ込めが期待できるし、可変な発光波長範囲はシリコンよりも広くなる(近赤外側に広くなる)ので、作製できる素子の種類が増えると期待できる。一方、論理回路と発光素子及び光配線(光導波路)を同一チップ上に製造する場合、導波路の占める体積は発光素子よりも大きくなるので、シリコンで導波路を作製できれば全体の作製効率が良いはずである。その場合、発光素子もシリコンだと発光した光の波長と導波路で吸収されやすい波長が一致してしまうことが懸念されるので、むしろシリコンの吸収波長と異なる波長で発光するゲルマニウム発光素子の方が、都合が良いケースも考えられる。このように、シリコンをベースとした、また、ゲルマニウムをベースとした光源デバイスなどの発光素子開発は次世代光産業を見据え非常に重要である。
【0007】
しかしながら、シリコンやゲルマニウムはもともと間接遷移型半導体であるために、バルク結晶の状態では効率の良い発光体とはなり得ない。その理由を次に簡単に述べる。そもそも発光は、光や電界により励起されたキャリア(電子と正孔)が禁制帯を飛び越えて再結合することにより、その禁制帯幅に相当するエネルギーを光として放出する現象のことである。それゆえ当該遷移過程で、運動量保存則とエネルギー保存則が成立しなければならない。化合物半導体に多く見られる直接遷移バンドギャップ構造においては、伝導帯も価電子帯もΓ点に最小エネルギー点がある。エネルギーが保存されることは容易に想像がつくし、運動量も保存される。これは電子も正孔も波数(つまり運動量)はΓ点でゼロであるためである。
【0008】
一方で、間接遷移型半導体では状況は異なる。エネルギーが保存されることに関しては特に変わりはない。ところが運動量が保存されるには格段の困難さが予想される。シリコンの間接遷移型バンドギャップ構造では、価電子帯ではΓ点に最小エネルギー点があるため運動量は0だが、伝導帯はΓ点にはなくΓ点とX点の間のΔ点にあるため、非常に大きな運動量を有している。どのくらい大きいかを光の波数に換算してみるとよく分かる。例えば光の波長が1000nmであるとき、光の波数は6×10
4cm
−1程度である。一方で、ブリルアンゾーンの端の電子の波数を計算してみると、シリコンの格子定数は5.4Åなので、6×10
7cm
−1ほどとなる。これを光の波数と比べると1000倍ほどの開きがある。それゆえ、光吸収で運動量を補い価電子帯のΓ点へ遷移するには光の運動量があまりに小さい。
【0009】
では、どのようにして運動量の差を補うかというとフォノンを使う。直感でもイオンの質量は電子の質量よりはるかに大きいので、ほんのわずかな振動が起きただけで大きな運動量の変化をもたらすことが期待される。実際、格子振動の周波数は10
14Hzほどなので、原子が一般的な原子間距離の1/1000の距離、およそ2×10
−3Å動くだけで、ブリルアンゾーンの境界に近い波数を格子振動からもらうことができる。即ち、間接遷移とは、格子点の原子位置で振動していた基底状態の電子が、励起光のエネルギーを吸収すると同時に、格子点の原子がもたらす格子振動によってはじき飛ばされることによって運動量を稼ぎ、励起状態へと遷移すると説明できる。励起状態から基底状態へ遷移し正孔と再結合する時も同様にフォノンのエネルギーを必要する。このように格子振動から得たフォノンを吸収したり放出したりして、運良く運動量保存則とエネルギー保存則を満足できた電子のみがΓ点で正孔と再結合してエネルギーを光として放出できる。通常の結晶では、このような高次の遷移過程が起こるよりも他の非発光遷移(表面準位や結晶欠陥準位を介した遷移)が優勢となってしまう。それゆえに、間接遷移型半導体からの発光効率は極めて低く、数字になおすと0.0001%よりも小さい。
【0010】
シリコンベースの発光素子を作製するためにどのような取り組みが成されているかについて説明すれば、このタイプの素子は間接遷移型バンド構造をもつために発光素子としては不利な条件をもつが、先にも述べたように、高効率で発光した時の学術的・産業的インパクトが甚大なため、研究は衰えることなく広い分野で行われている。これまでの研究を俯瞰するに、シリコンベースの発光素子を製造する方向性は2つある。
【0011】
一番目の方向性は、バルク結晶への不純物ドーピングである。非特許文献1では、ドープ剤として代表的な希土類イオンであるユーロピウムをシリコンpn接合界面付近にドープし、この接合領域に対して順方向に電流を流してキャリア注入を行った。これは、電子と正孔の再結合によって生まれるエネルギーを利用し、ユーロピウムの4f軌道電子を励起して1.54μmの発光をさせる手法に基づく素子である。この素子は通信で使用される1.5μm帯の光放射を電界駆動で達成できるので注目されている。
【0012】
ところが、これをレーザデバイスにするには欠点がある。希土類イオンはサイズが大きい。イオン半径の大きさからSi結晶への臨界固溶度はそれほど大きくない。無理に固溶させようとすると析出・凝縮が生じSi結晶内に欠陥の生成を促す。また、イオンドープ量を増加させるとイオン同士の隣接間距離が短くなるのでエネルギー移動や消光の原因になるし、アップコンバーションを引き起こす場合もある。また光集積回路へ搭載するには1mm未満ほどの距離で光増幅が必要とされる。これら一連の理由で、ドープ量を増やすことができず、結果として発光効率が低いままで実用化に至っていない。
【0013】
このようにバルクSi結晶を用いた系では、(1)表面や欠陥でのキャリアの非輻射再結合をできるだけ減らすこと、そして、(2)結晶中に生成したキャリア対が非発光領域へ拡散することを防ぐこと、が発光効率向上に最も効果的だと考えられるために、結晶成長技術の進化やキャリア閉じ込めが求められるが、商用化につながるほどの高い発光効率を得た例はない。現在ではおもに、シリコン結晶への希土類イオンドープは、EL素子や自然放出光の光増幅で興味がもたれている。非特許文献2では、希土類ドープの半導体を光励起すると、半導体内で生成した電子・正孔対の再結合に基づくエネルギー放出で希土類イオンが励起され発光することが示された。しかし、これはレーザではなく、いわゆるEL素子である。
【0014】
二番目の方向性は、非特許文献3にあるように、バンド構造を擬似的に直接ギャップにすることである。シリコンの格子定数の整数倍の超格子をつくると、バンド構造が波数空間で折り畳まれ、伝導帯の下端がΓ点にくる可能性が理論計算されている。そのような構造の一つとして、たとえば、Si
6Ge
4超格子構造が提案されている。ところが実際、実験的にこのような組成をもつ超格子を作製した例は無い。
【0015】
Siのバルク結晶を使用した他の例では、シリコンのラマン効果を利用しストークスシフトを光増幅、レーザ発振させる手法が報告されている(非特許文献4)。これによれば、1536nmのポンプ光をシリコン細線導波路で作製した光共振器に導き、シリコンの光学フォノンのエネルギーである64.5meVだけ低いエネルギーをもつストークスシフトに相当する波長である1669.5nmでレーザ発振させることができる。この手法では、バンドギャップに依存しないために1669nmの単色光が1.1eVのバンドギャップをもつシリコンにおいて得られるという特長が興味を惹いている。また、ポンプ光の波長を変える必要があるがレーザ発振波長も制御できる。ラマン効果を利用したレーザ素子の作製はすでにガリウムリン結晶で実証済みではあったが、この手法はシリコン光源への可能性を拓くとして爆発的な支持をうけた。また、シリコン結晶に入った欠陥に起因する1280nmの発光線を光増幅させてレーザ発振させた例(非特許文献5)もある。
【0016】
2つ目は、運動量保存則を考慮しなくて良い構造の構築である。一般的にはバルク結晶における電子とホール対の再結合には、波数選択則を満たすためにフォノンの吸収・放出が不可欠であるが、波数選択性を崩すことで擬似的に直接遷移を実現できる。
【0017】
具体的には、次の3方法が提案されている。
【0018】
(1)非特許文献6にあるように、シリコンの格子定数の整数倍に相当する超格子構造をつくることで、フォノンを空間的に閉じ込めフォノンの波数の広がりを大きくし、フォノンの選択則を緩和することで達成される。
【0019】
(2)ナノ粒子化することで、電子と正孔を微小空間に閉じ込めることができる。このような状況は、実空間において閉じ込められた電子と正孔の波動関数が重なりで記述されるが、波数空間においても不確定性原理に基づいて励起子の波数の広がりが大きくなるために励起キャリアはフォノンを介在させることなく直接遷移的に再結合する。それゆえ、発光効率の向上にもつながる。
【0020】
(3)多重量子井戸カスケード構造のサブバンド間遷移を利用する方法である。Si結晶とSiGe結晶のカスケード構造を作ることで、量子準位間での発光遷移した正孔は、電界により生じたポテンシャルステップに誘導され伝搬できる。これによりバルクとしては効率良い発光が望めるが、SiとSiGe結晶間で生じる格子整合性の問題から層数をあまり増やすことができないので素子への応用が限定されてしまう。
【0021】
ナノ粒子化して得られる重要な効果のもう一つは、発光波長を可視域で可変できることである。1990年にCanhamがポーラスシリコンからの赤色発光を見いだしてから数多くの論文で、可視域で蛍光発光の波長可変が続けて報告され、今では300〜850nmの波長域で発光色を連続的に変調できることが明らかとなっている(レビュー論文である非特許文献7)。なかでも高効率発光が知られている赤−近赤外域で発光するナノ粒子をゲインメディア(gain media;「利得媒体」などとも言う)として光増幅に成功させた最初の成果は非特許文献8に記されている。同じ波長帯でナノ粒子をゲインメディアとした光増幅に関する成果は、その後複数の研究グループによって追実験され確認されているが、利得の見積もりに関しては、手法の正確性に対して疑問を唱える研究グループもあり(非特許文献9)、未だ明確な結論が得られていない。
【0022】
このようにシリコンナノ粒子をゲインメディアに用いた光共振器の実現には未だ多くの課題が残っている。
【0023】
また、ナノ粒子のサイズ制御で発光色を可変できることからレーザ発振波長の変調が可能になるのではないか、など大きな期待が寄せられたが、これまで発振波長帯は近赤外のみしか報告例がない。これには複数の理由が考えられるが、その一つとして有力なのは、可視光域でゲインメディアとしての役割を担えるナノ粒子が存在しないこと、また担えても発光効率が低いことが挙げられる。Canhamによってナノ粒子化による発光波長のブルーシフトが発見されて以降、しばらくは、ナノ粒子内ではキャリアの直接遷移が実現できると期待されたが、最近の共通理解としては、少なくとも2nmよりも大きな粒子ではそのようなことは起こりえないとされている(非特許文献10、非特許文献11)。それゆえ、シリコンが650nmより短い波長域においてゲインメディアになりうるのか、また、なったとしてこれをレーザ素子にして使用できる可能性はあるのかなど、依然として論争は継続中である(非特許文献12)。
【0024】
なお、上の説明中では言及しなかったが、本発明に先行する特許文献としては例えば以下のものがある:
・特許文献1(2nmより小さなSiナノ粒子をゲインメディアとすることで、780nmより長波長域で放出される光を増幅し光ゲインを得る共振器構造、およびゲインメディアとしての機能を果たす1〜2nmの大きさの粒子径をもつ原子状Siナノ粒子をもつ光共振器装置に関する)
・特許文献2(電流注入により、Si超薄膜中発生した赤外光に相当する周波数の光を誘導放出させ、これを光増幅するダイオード型の光増幅器に関する)
・特許文献3(850nmに発振波長をもつSi超薄膜ベースのレーザ素子に関する)
・特許文献4(白色発光する直径が2nm、かつ酸素原子が結合したSiナノ粒子の作製方法に関する)
・特許文献5(ゲインメディアとしての機能を果たす1〜2nmの大きさの粒子径の原子状Siナノ粒子をもつ光共振器装置に関する)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0025】
本発明の課題は、従来実現できていなかった赤色よりも短波長の領域で高効率で発光するとともにこの波長領域で光増幅を行うことができるレーザ媒体として使用できるシリコンおよび/またはゲルマニウムのナノ粒子、更にはこれを利用したレーザ媒体および光増幅器を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0026】
本発明の一側面によれば、シリコンおよびゲルマニウムの少なくとも一方と酸素とで構成され、1nm以下のサイズを有し、シリコン及びゲルマニウムと酸素との元素組成比が1:1あるいはシリコンおよびゲルマニウムが酸素より多い中心部と、前記中心部の表面を被覆する炭化水素鎖とを設けたクラスター状ナノ粒子が与えられる。
ここで、前記サイズは0.5nm以上であってよい。
また、前記炭化水素鎖は脂肪族炭化水素鎖および芳香族炭化水素鎖のいずれか一方から選択されてよい。
また、前記炭化水素鎖は炭素数が3〜18の脂肪族炭化水素基および不飽和炭化水素基、並びにフェニル、ビフェニル、アントラセン、ペンタセンなどの芳香族を持つ炭化水素鎖からなる群から選択されてよい。
また、フォトルミネッセンスの絶対量子収率が60%以上であってよい。
また、フォトルミネッセンススペクトルが410nmおよび438nmにピークを有してよい。
本発明の他の側面によれば、前記何れかのクラスター状ナノ粒子を含むレーザ媒体が与えられる。
ここで、レーザ媒体は前記クラスター状ナノ粒子を含む固体であってよい。
また、前記固体はフィルム状に形成されていてよい。
また、前記固体は増幅させる光波長域で透明な材料を含んでよい。
また、前記透明な材料はメチルメタクリレートおよびシリカから選択されてよい。
本発明の更に他の側面によれば、前記何れかのレーザ媒体を使用する光増幅器が与えられる。
ここで、前記光増幅器のレーザ発振波長が438nmであってよい。
【発明の効果】
【0027】
本発明により、青色領域で高効率で発光するとともにレーザのゲインメディアとして使用できるシリコンおよび/またはゲルマニウムのクラスター状ナノ粒子が得られた。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【
図1】ゲインメディアである本発明の実施例のシリコンベースのクラスター状ナノ粒子が示す光吸収・光放出スペクトルを示す図。
【
図2】ゲインメディアとなるクラスターが形成せず、Siナノ結晶粒子だけを含む比較例のサンプルからのPLスペクトルを示す図。
【
図3】本発明の実施例のクラスター状ナノ粒子の高角散乱環状暗視野走査透過型顕微鏡像。
【
図4】典型的なクラスター状ナノ粒子中の原子配列を示す超高分解能透過型電子顕微鏡像。
【
図5】本発明の一実施例の光増幅器の光学系の構成を示す図。
【
図6】ゲインメディアであるシリコンベースの本発明の実施例のクラスター状ナノ粒子を含むレーザ媒体にNd:YAGパルスレーザ第三次高調波を照射して発振したレーザ光のスペクトルを示す図。
【
図7】本発明の実施例のレーザーにおけるレーザー光の発光強度と励起光強度との関係を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0029】
上述したような現状に基づき、本願発明者は以下のような考察のもとに、本発明を見いだすに至った。すなわち、バルク結晶のナノサイズ化では、高効率発光するようなエネルギー準位構造を描けないため、原子描像からスタートした。つまり、原子のシリコンだと発光効率は100%である。それゆえ、複数のシリコン原子を結合させてクラスターをつくる。クラスターのサイズは、HOMOとLUMO間のエネルギーギャップが所望の発光波長に相当するような大きさになるよう、あらかじめ計算しておけばよい。クラスター内には酸素原子を入れ単純な2準位でなく反転分布が起きるような電子構造設計にすれば良く、大気中でクラスターが酸化してしまわないように、そして無輻射遷移源となりうる欠陥を減らすために、クラスターは炭化水素鎖などで被覆しておく。このようにすれば、光ゲインメディアとしての機能をもつSiベースのクラスターを作製できるであろうと考え、実験的に合成することに成功した。なお、これはシリコンだけではなく、ゲルマニウムについても同じことが言える。
【0030】
すなわち、本発明は、これまでに知られていない新しいシリコンおよび/またはゲルマニウム(すなわち、シリコンまたはゲルマニウムの両方またはどちらか一方)ベースのクラスター(粒子)の開発に関する。このクラスターの発光素材としての特徴は、下記の三点に集約される。
【0031】
1.このクラスターをゲインメディアとして作製したレーザ媒体を光共振器内に封入し、光ポンピングすると波長にして438nmのレーザ光を得ることができる。シリコンおよび/またはゲルマニウムベースの素材をゲインメディアに使った素子としては初めての青色レーザである。
【0032】
2.上記の成果が達成された理由は、このクラスターが誘導放出を生成する物質であり、励起条件が整えば光ゲイン物質としての機能を果たすからである。つまり、ゲインメディアとして使用できるシリコンおよび/またはゲルマニウムベースの青色蛍光体を新しく開発できた点が本発明をもたらした。
【0033】
3.当該クラスターがゲインメディアとして働く理由としては、(1)反転分布を形成できるエネルギーギャップ構造をもつ粒子であることにくわえ、(2)60%以上の非常に高い絶対量子収率で可視発光(青色,蛍光極大=438nm)するからである(励起光のエネルギーを低損失で発光エネルギーに変換できなければ余分なエネルギーは熱となり蛍光体を壊してしまうため高い効率が望まれる)。なお、60%以上の効率で発光するシリコンベースの蛍光体は、近赤外(750〜830nm)域ではですでに実現しているが、青波長域では本発明が初めてである。なお、本願では「発光効率」とはフォトンカウンティング方式による絶対量子収率を言う。
【0034】
レーザ素子が他の発光素子よりも秀でた点を簡単に述べると、一般的に、発光素子といえば、電界駆動型(エレクトロルミネッセンス,EL)素子とレーザ素子を指す。レーザ媒質に使える蛍光体であれば全て電界駆動型素子へも適用できると考えて良いが、電界駆動型素子に使える蛍光体だからと言ってレーザ媒質に使用できるとは限らない。レーザ媒質として使用できる条件として、誘導放出光を生成できる物質でなければならない。それには反転分布を形成でき、堅固で、高効率発光する物質でなければならない。本発明のシリコンおよび/またはゲルマニウムベースのクラスターは、誘導放出光を生成できる特異な物質であることが明らかとなった。
【0035】
本発明は物質開発という将来を見据えてベースとなる成果であり、今後研究を進展させることで、世界で初めてのシリコンおよび/またはゲルマニウムベースのレーザ光源の実用化につながるポテンシャルを秘めている。本発明の物質は、通常のシリコンやゲルマニウム半導体製造プロセスで使用する元素以外は使わないためCMOS微細加工技術との整合性に優れていると期待される。また、原料はシリコンやゲルマニウムなので資源性にも優れておりコストパフォーマンスも良い。またシリコンやゲルマニウムは人体や環境に低負荷な元素のみで製造することができる点で、現在主流の化合物半導体を使用したレーザデバイスに比べ優れている。
【実施例】
【0036】
[実施例]
原子状シリコンを含む溶液を両親媒性分子存在下で加温することで、高効率発光クラスターを合成した。原子状シリコンは下記の方法により作製したが、これらの方法にのみ限定されるものではない。
【0037】
・方法1−1.脂肪族炭化水素中に浸漬したシリコン(あるいはゲルマニウム)の固体をレーザでアブレ−ションした。
・方法1−2.ハロゲン化シリコン(あるいはゲルマニウム)を非水系溶媒中で水素還元することで得た合成物を不飽和炭化水素のヒドロシリル化した。
・方法1−3.ハロゲン化シリコン(あるいはゲルマニウム)を非水系溶媒中で電子還元することで得た合成物をアルコキシ化した。
・方法1−4.ハロゲン化シリコン(あるいはゲルマニウム)を非水溶媒中で電子還元することで得た合成物をグリニヤル試薬と反応させた。
・方法1−5.ハロゲン化シリコン(あるいはゲルマニウム)を非水溶媒中でマグネシウムと反応させることで得られた合成物を不飽和炭化水素あるいはアルコールと反応させた。
【0038】
このようにして作製された原子状シリコンを含む溶液に両親媒性分子を添加してから100℃以下で緩やかに加温することで、原子状シリコンを自己組織的に集合させ、さらに脂肪族炭化水素鎖或いは芳香族炭化水素鎖で被覆することでシリコンのクラスター状ナノ粒子を得た(ゲルマニウムのクラスター状ナノ粒子も同じ手順により得られる)。なお、この脂肪族炭化水素鎖あるいは芳香族炭化水素鎖は上述した原子状シリコン(あるいはゲルマニウム)を作成する過程で使用されたヒドロシリル化やアルコキシ化などを通じて導入されたものである。それらの分子が低極性溶媒中での加温の処理の際に、クラスター生成と同時にクラスター表面の被覆が行われる。
【0039】
なお、炭化水素鎖で被覆されたゲルマニウムのクラスター状ナノ粒子も作成し、シリコンのクラスター状ナノ粒子と同様に高効率で発光することを確認した。
【0040】
[比較例]
原子状シリコンを含む溶液を加温した。高効率発光クラスターは形成されなかった。
【0041】
[分析方法]
サンプルは、紫外−可視分光光度計による光吸収測定、フォトルミネッセンス(Photoluminescence;PLと略記)特性、絶対PL量子収率測定、FT−IR(フーリエ変換赤外分光光度計)法、STEM(高分解能走査透過型電子顕微鏡)法、XPS(X線光電子分光)法、HAADF−STEM(高角散乱環状暗視野走査透過型顕微鏡、High-angle Annular Dark Field Scanning TEM;HAADF−STEMと略記)法によって分析した。
【0042】
[実施例と比較例との比較・検討]
まず本発明の特徴である高効率発光するシリコンベースのクラスターについて、その発光特性と粒子構造について述べる。
【0043】
この物質の光吸収およびPL特性を測定したところ、
図1に示すスペクトルを得た。PLスペクトルは410nmと438nmにピークトップをもつスペクトル形状を有しており、470〜480nmにも変曲点を有し、また励起スペクトルとは鏡像に近い関係を有していた。PLの絶対量子収率は60%以上であった。
【0044】
一方、比較例で得られたサンプルの絶対量子収率はいずれも20%以下であり、発光素子に用いるにはエネルギー損失が大きすぎた。比較例のサンプルから得たPLスペクトルは、
図2に示すようなものであった。
【0045】
このスペクトルに示されるように、410nmと438nmにピークを持たないスペクトル形状を有しているサンプル中では、本発明で主張するクラスター構造が形成されていないため高効率発光できない。STEMにより明らかにされたクラスターのサイズは、直径が0.5〜1nmの球状粒子であった。XPS測定より、本発明のクラスターは、酸素原子が結合したシリコンクラスターであることがわかった。また、NMR測定からクラスターは脂肪族炭化水素鎖(あるいは芳香族炭化水素鎖でも良い)が結合していることがわかった。更には、本発明のクラスターは低極性溶媒に長時間安定した状態で溶けているため、炭化水素鎖によりで安定化されていると判断した。また、100.7eVにピークトップをもつSi 2pスペクトルが得られたことから、このクラスターの組成はシリコン及びゲルマニウムと酸素との元素組成比が1:1あるいはシリコンおよびゲルマニウムが酸素より多いと判断した。
【0046】
作成したクラスターの構造をさらに詳細に調べた。クラスターをHAADF−STEMにより観察したところ、
図3に示す像を得た。HAADF−STEM法は、細かく絞った電子線を試料に走査させながら当て、透過電子のうち高角に散乱したものを環状の検出器で検出することにより得る方法であり、炭素よりも原子量の大きなシリコンベースのクラスターはHAADF−STEM像では明るいコントラストで見える。
図3の像より、クラスターの粒子径は7.5±2.5Åであった。シリコンは12Åよりも小さなサイズになると、対バルク表面原子数の割合が極端に増え、もはやバルク結晶で見られるダイヤモンド構造を構成せず、異なる周期配列で安定化することが知られている(非特許文献7)。本クラスターもダイヤモンド構造を形成することのないサイズ範囲に含まれ、
図4に示すような周期配列上の構造を有していた。
図4において、黒点1つ1つが原子であり、クラスターのサイズは7.5Åである。
【0047】
このような微小サイズの粒子では、実空間において各原子の電子雲の重なり数は限定されるので、波数空間においてもバルク結晶に見られるような擬連続的なバンド構造を形成しない。このことはクラスターを光励起することで放出される発光を時間分解分光すれば明瞭に理解できる。ダイヤモンド構造をもつシリコンのナノ粒子では、1.5nmほどに小さくしても、光励起キャリアの緩和時間は10マイクロ秒以上と長い。これは間接遷移型のバンド構造がナノ構造においても遺伝的に残っているからである。しかしながら、本クラスターにおける光励起キャリアの緩和時間は非常に早く、1ナノ秒あるいはそれ以下であった。この値はバンド構造をもたない有機分子化合物あるいは直接遷移型化合物半導体のナノ粒子に匹敵する値であり、本クラスター内で形成したキャリアは、低エネルギーロスで素早くキャリア遷移し放射性再結合することを示している。それゆえに本クラスターは60%以上の非常に高い絶対発光量子収率特性を示す。
【0048】
なお、炭化水素鎖で被覆することは発光の点では本質ではないが、この被覆がないと大気中で酸化されてしまい、本発明の発光特性を示さなくなってしまう。例えば、実施例で得られたサンプルを400℃、大気中で熱処理すると炭化水素鎖は酸化により失われ、クラスターも酸化されて発光しなくなった。これは目視で確認したので、少なくとも0.5%程度より高い効率での発光はないことが確認できたことになる。従って、大気中などの酸素を含む雰囲気に曝される状況で製造、保管、使用等する場合には、この被覆は重要である。また、この被覆を行う炭化水素鎖としては、例えば炭素数が3〜18の脂肪族炭化水素基および不飽和炭化水素基、フェニル、ビフェニル、アントラセン、ペンタセンなどの芳香族を持つ炭化水素鎖が使用可能である。
【0049】
[レーザ媒質・光増幅器]
次に、本発明のもう一つの特徴である、本クラスターが誘導放出光を生成でき、レーザ媒体となる点について述べる。
【0050】
利得スペクトルを観察するために使用した光増幅器(レーザ発振装置)の光学系を
図5に示す。光共振器は光ゲインメディアであるクラスターを含むレーザ媒体7の両端面を反射鏡8で挟み込むことで作製した。ポンプ光となるNd:YAGレーザ光源1からのレーザ光の第三次高調波を、シリンドリカルレンズを通して、レーザ媒体に導くことでレーザ媒体7内にビームラインを形成させたところ、反射鏡8外部に設置した光検出器あるいは分光器9において、
図6に示すようなレーザ発振のスペクトルを得た。一方で、同じ構造であるが比較例から合成されたサンプルをレーザ媒体7の代わりに用いた光学系からは、レーザ発振のスペクトルが得られなかった。これは、本発明で得たクラスターがゲインメディアとしての役割を担えることを意味している。また、本発明のレーザ媒体7を使用することで得られたレーザ光は、波長にして438nmの単色光であった。
【0051】
ここで、レーザ媒体7は本発明のクラスターが溶媒和した液体をキュベットなどに封入したものや、クラスターを例えばポリエチレンメタクリレートやシリカ等の増幅させる光波長域で透明な固体中に分散させたものであってもよい。また、固体レーザ媒体はフィルムなどの所要の形状に成形したもので良い。
【0052】
図7に本発明の実施例を示すレーザー光の発光強度と励起光強度の関係を示す。この図に示したプロットは、クラスターのジクロロメタン溶液をレーザー媒体として用いた結果である。レーザー光は励起光強度に対して閾値を持っており、励起光強度が当該閾値以上になるとレーザー光を得ることができた。
【符号の説明】
【0053】
1 レーザ光源
2 ビームスプリッター
3 ビームエクスパンダー
4 スリット
5 反射鏡
6 シリンドリカルレンズ
7 レーザ媒体
8 反射鏡
9 光検出器あるいは分光器
【先行技術文献】
【特許文献】
【0054】
【特許文献1】特表2003−528445
【特許文献2】特開2009−124184
【特許文献3】特開2013−012547
【特許文献4】特開2012−167175
【特許文献5】特開2007−106497
【非特許文献】
【0055】
【非特許文献1】Applied Physics Letters, 1996, 69, 2077.
【非特許文献2】Applied Physic Letters 1983, 43, 943.
【非特許文献3】Semiconductors and Semimetals Vol. 49 (1998) Academic Press, USA.
【非特許文献4】Nature 2005, 433, 492、Nature 2005, 433, 725.
【非特許文献5】Nature Materials 4 (2005) 887.
【非特許文献6】Physical Review Letters, 1987, 58, 729.
【非特許文献7】Physical Chemistry Chemical Physics, 2011, 17, 7284.
【非特許文献8】Nature, 2000, 408, 440.
【非特許文献9】Applied Physics Letters 2002, 81, 1396.
【非特許文献10】Journal of American Chemical Society, 2001, 123, 3743.; Optical Materials, 2001, 17, 35.
【非特許文献11】Optical Materials, 2005, 27, 973.
【非特許文献12】Towards t First Silicon Laser, NATO Science Series, Kluwer Academic Publisher, London 2010.