【実施例】
【0021】
[エチル−α−グルコシドの生成を低減する清酒酵母の育種方法の評価]
α−EGの生成を低減する清酒酵母の育種方法に関して、α−EGの生成を低減する清酒酵母の取得率を評価した。得られたシクロヘキシミド耐性株と、親株のα−EGの生成量とを比較して、α−EGの生成を低減する清酒酵母を評価した。
【0022】
(シクロヘキシミド耐性株の取得)
親株は、きょうかい酵母901号(以下、K−901株と称す)を使用した。K−901株は、きょうかい酵母9号を親株とする泡なし酵母であり、低温でも醗酵力が旺盛で、酸が少なく、高い芳香を有する清酒を醸造するのに適した酵母である。K−901株で醸造する清酒中のα−EGを低減できれば、飲み易く、すっきりとした清酒を製造することができる。
このK−901株を、YPD培地(2%グルコース、2%ポリペプトン、1%酵母エキス)を用いて、30℃で、24時間培養後、EMSで変異処理を行った。変異処理条件としては、YPD培地で培養した菌体を遠心分離にて集菌(1×10
8細胞/ml)し、0.2Mリン酸緩衝液(pH7.0)10mlに懸濁し、3%となるようにEMSを添加して、30℃で、45分間変異処理を行った。5%チオ硫酸ナトリウム溶液でEMSを中和し、0.2Mリン酸緩衝液(pH7.0)で、変異処理菌体を2回洗浄した。次いで、シクロヘキシミド含有YPD寒天培地(1mg/Lシクロヘキシミド、2%グルコース、2%ポリペプトン、1%酵母エキス、2%寒天)10枚に、洗浄した菌体(計1×10
8細胞)を塗布して、30℃で、10日間培養した。シクロヘキシミド含有YPD寒天培地上で増殖したコロニーを同じシクロヘキシミド含有YPD寒天培地にレプリカして、30℃で、10日間培養し、各菌株のシクロヘキシミド耐性を再度確認した。上記シクロヘキシミド耐性株の取得試験を2回(試験1及び試験2)実施し、シクロヘキシミド耐性株を、計80菌株(各試験40菌株)取得した。これらシクロヘキシミド耐性の80菌株を、以下のα−EGの生成量の評価試験に供した。
【0023】
(シクロヘキシミド耐性株の発酵試験及びエチル−α−グルコシドの生成量の評価)
得られたシクロヘキシミド耐性株の80菌株と、親株であるK−901株とを用いて発酵試験を行い、α−EGの含有量を分析して、K−901株に対するシクロヘキシミド耐性株のα−EGの生成量を評価した。また、各シクロヘキシミド耐性株の上槽酒の酒質についてもK−901株と比較した。発酵試験は、掛米の液化液10.2ml、米麹の糖化液7.5ml、乳酸0.03mlに汲水を加え、最終酵母密度が1×10
7細胞/mlとなるように清酒酵母を添加して、一段仕込みで実施した。発酵温度は、15℃の一定で行い、15日間の発酵を行った。得られた上槽酒を、α−EG及び酒質の分析試験に供した。掛米の液化には、液化酵素として、TU(商品名クライスターゼSD−TU20、酵素名α−アミラーゼ、天野エンザイム社製)とYC(商品名コクゲンSD−YC15、酵素名α−アミラーゼ、天野エンザイム社製)とを重量比7:3で混合したものを使用し、酵素の総量と総米の総重量との比が、1:3,500となるように調製した。米麹の糖化液は、米麹に液化液を加え、麹菌の酵素により麹米の澱粉を糖化したものを使用した。
【0024】
(酒質及びエチル−α−グルコシドの分析試験方法)
シクロヘキシミド耐性を有する80菌株について、上記一段仕込みで得られた上槽酒について、酒質及びα−EGの分析を行った。酒質の分析については、独立行政法人酒類総合研究所が定める「酒類総合研究所標準分析法」(平成22年11月4日、http://www.nrib.go.jp/data/nribanalysis.htm)に基づいて、アルコール度数及び酸度を分析した。具体的には、以下(1)及び(2)の方法である。
(1)アルコール:ガスクロマトグラフ分析法に従って、測定を行った。
(2)酸度:酸度は、清酒に含まれる、有機酸(乳酸、リンゴ酸、コハク酸等)の総量を示した値である。具体的には、10mLの清酒を中和するのに要する水酸化ナトリウム溶液の滴定量(mL)で表す。
α−EGの分析については、高速液体クロマトグラフを用いて行った。具体的には、以下の分析条件で行った。
装置:高速液体クロマトグラフ「LC−20型」(株式会社島津製作所製)
検出器:示差屈折率検出器(RI検出器)
カラム:「Shodex Asahipak NH2P−50 4E」(昭和電工株式会社製)
カラム温度:40℃
移動相:アセトニトリル/水=70/30(容積比)
流量:1mL/min
【0025】
以下の表1(試験1で得られた菌株)及び表2(試験2で得られた菌株)に、シクロヘキシミド耐性を有する80菌株のアルコール(%)、酸度(ml)、及びα−EG(g/dL)に関する分析値を示した。これらの分析値は、2回のシクロヘキシミド耐性株の取得試験で得られた、シクロヘキシミド耐性の各40菌株(計80菌株)の酒質及びα−EGの分析結果を示している。また、各シクロヘキシミド耐性株の親株に対するα−EGの低減率については、親株であるK−901株のα−EGの生成量を100%とした場合におけるシクロヘキシミド耐性株のα−EGの低減量の割合(%)で表している。
以下の表3には、得られたシクロヘキシミド耐性株中の親株K−901株に対するα−EGの低減割合と、エチル−α−グルコシドの生成を低減する清酒酵母の取得率との関係を示した。表3では、取得した80菌株のシクロヘキシミド耐性株を、親株であるK−901株のα−EGの生成量を100%とした場合における、シクロヘキシミド耐性株のα−EGの低減量で分類分けしている。
【0026】
【表1】
【0027】
【表2】
【0028】
【表3】
【0029】
表1及び表2より、2回のシクロヘキシミド耐性株の何れの試験においても、得られた全てのシクロヘキシミド耐性株は、親株であるK−901株と比較してα−EGの生成量が低減する結果となった。また、これら得られた全てのシクロヘキシミド耐性株は、アルコールの生産性に関し、親株であるK−901株と同等の値を示していることから、何れのシクロヘキシミド耐性株も親株であるK−901株のアルコール生産能を維持していると考えられる。
【0030】
表3より、取得したシクロヘキシミド耐性株のうち、全ての菌株が親株であるK−901株よりα−EGの生成量が低減しており、その内78%のシクロヘキシミド耐性株(62菌株)がK−901株と比較してα−EGの低減量が40%を超えて減少し、43%のシクロヘキシミド耐性株(34菌株)がK−901株と比較してα−EGの低減量が60%を超えて減少する結果となった。上記結果から、本発明のエチル−α−グルコシドの生成を低減する清酒酵母の育種方法では、エチル−α−グルコシドの生成を低減する清酒酵母を確実に取得することができ、さらに、α−EGの生成量を大幅に低減する清酒酵母を高確率で取得できることが示された。また、試験結果には示していないが、これらシクロヘキシミド耐性株は、親株であるK−901株よりもα−EGの生成を低減するため、全糖濃度においてもK−901株より低減していた。つまり、これらα−EGの生成を低減する清酒酵母は、糖質濃度が低い清酒の製造にも好適に利用することができる。
【0031】
[小仕込み試験]
上記取得したα−EGの生成を低減する清酒酵母の中から、No.2株、No.19株、No.21株、No37株、No.54株、No.56株、No.69株、No.78株、及び親株であるK−901株を用いて清酒の小仕込み試験を行い、各菌株の発酵経過に伴う炭酸ガス減量を測定し、各菌株の発酵力を比較評価した。また、得られた上槽酒は、酒質分析及びα−EGの分析に供し、親株であるK−901株と比較した。
【0032】
小仕込み試験は、掛米としてα化米(精米歩合70%)36g、米麹として乾燥麹(精米歩合70%)9g、汲水91ml、乳酸200μlを混合し、最終酵母密度が1×10
7細胞/mlとなるように清酒酵母添加して、一段仕込みで実施した。発酵温度は、15℃の一定で行い、15日後に上槽した。上槽液の酒質分析及びα−EGの分析結果を以下の表4に示す。
【0033】
【表4】
【0034】
図1は、本発明に係るエチル−α−グルコシドの生成を低減する清酒酵母の発酵経過に伴う炭酸ガス減少量を示すグラフである。
図1から明らかなように、K−901株を親株とするα−EGの生成を低減する株の炭酸ガス減少量の経過は、親株と比較して差異は殆ど認められなかった。従って、α−EGの生成を低減する8菌株は、親株と同等の発酵力を有しており、清酒の製造に十分利用できる清酒酵母であることが確認された。また、α−EGの生成を低減する8菌株は、表4に示すように、小仕込み試験でも安定してα−EGを低減し、エタノールに関しても親株であるK−901株と同等の値のアルコール生産能を有していることが示された。
【0035】
[官能試験]
酸度は、清酒の製造過程で酵母や麹、米から発生した乳酸・コハク酸・クエン酸・リンゴ酸等の有機酸の量を表したものである。酸度が高い場合、味に旨みと爽快感があり、酸度が低いと淡麗辛口のすっきり感がある。そこで、上記エチル−α−グルコシドの生成を低減する清酒酵母の中から、親株であるK−901株の酸度に近く、α−EGの生成量が低いNo.78株を選択し、No.78株の上槽酒と親株であるK−901株の上槽酒とを官能試験により比較した。官能試験は、熟練した8人のパネリストで、上槽酒の味わいについてフリーコメントを記載する形式で実施した。その結果、No.78株の上槽酒は、K−901株の上槽酒と比較して、「シャープな味で、後味がすっきりしている」、「味が柔らかい」等のコメントが多く得られた。これは、α−EGが減少したことにより、即効性の甘味と遅効性の苦味とが減少して、すっきりとした味わいになったと考えられる。