特許第6270412号(P6270412)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6270412エチル−α−グルコシドの生成を低減する清酒酵母の育種方法
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  • 特許6270412-エチル−α−グルコシドの生成を低減する清酒酵母の育種方法 図000006
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6270412
(24)【登録日】2018年1月12日
(45)【発行日】2018年1月31日
(54)【発明の名称】エチル−α−グルコシドの生成を低減する清酒酵母の育種方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/16 20060101AFI20180122BHJP
   C12G 3/02 20060101ALN20180122BHJP
【FI】
   C12N1/16 A
   C12N1/16 G
   !C12G3/02 119G
【請求項の数】4
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2013-223800(P2013-223800)
(22)【出願日】2013年10月29日
(65)【公開番号】特開2015-84672(P2015-84672A)
(43)【公開日】2015年5月7日
【審査請求日】2016年9月30日
(73)【特許権者】
【識別番号】000165251
【氏名又は名称】月桂冠株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100141586
【弁理士】
【氏名又は名称】沖中 仁
(74)【代理人】
【識別番号】100165685
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 信治
(72)【発明者】
【氏名】小高 敦史
(72)【発明者】
【氏名】中村 幸宏
(72)【発明者】
【氏名】渡邊 賢明
(72)【発明者】
【氏名】石田 博樹
(72)【発明者】
【氏名】秦 洋二
【審査官】 飯室 里美
(56)【参考文献】
【文献】 特開2013−158301(JP,A)
【文献】 J.Brew.Soc.Japan., 1993, Vol.88, p.645-647
【文献】 醸協,2004,第99巻,p.836-841
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00
C12G 3/02
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
清酒酵母の親株にメタンスルホン酸エチル処理を施す変異処理工程と、
前記変異処理を施した親株をシクロヘキシミド含有寒天培地で培養し、シクロヘキシミドに耐性の変異株を選択分離することで、エチル−α−グルコシドの生成を低減する変異株を得る変異株選択工程と、
前記変異株によるエチル−α−グルコシドの生成量を分析する分析工程と、
を包含するエチル−α−グルコシドの生成を低減する清酒酵母の育種方法。
【請求項2】
清酒酵母の親株にメタンスルホン酸エチル処理を施してシクロヘキシミド耐性株を取得する耐性株取得工程と、
前記シクロヘキシミド耐性株の母集団からエチル−α−グルコシドの生成を低減する変異株を選択分離する変異株選択工程と、
を包含し、
前記変異株選択工程における前記選択分離は、エチル−α−グルコシドの低減率が前記親株に対して20%を超える変異株を選択分離する操作であるエチル−α−グルコシドの生成を低減する清酒酵母の育種方法。
【請求項3】
前記変異株は、親株と同等の値のアルコール生産能を有する請求項1又は2に記載のエチル−α−グルコシドの生成を低減する清酒酵母の育種方法。
【請求項4】
前記清酒酵母の親株は、きょうかい酵母901号である請求項1〜3の何れか一項に記載のエチル−α−グルコシドの生成を低減する清酒酵母の育種方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エチル−α−グルコシドの生成を低減する清酒酵母の育種方法、及び該育種方法で育種されたエチル−α−グルコシドの生成を低減する清酒酵母に関する。
【背景技術】
【0002】
清酒における消費者の嗜好は、時に大きく変わり、その嗜好に合った清酒を製造するには、様々な特徴を備える清酒酵母を育種する必要がある。消費者の嗜好に大きくかかわる清酒の要素として、芳香、甘味、酸味等が代表的であるが、その他に苦味も重要な要素に挙げられる。清酒における最近の消費者の嗜好としては、飲み易く、後味のすっきりした味が好まれ、甘味や苦味は敬遠される傾向にある。
【0003】
エチル−α−グルコシドは、清酒に含まれる糖質の中でも、グルコース等に次いで多量に含まれ、即効性の甘味と遅効性の苦味とを呈することが知られている。このエチル−α−グルコシドを多く含む清酒を飲酒すると、先ず即効性の甘味が口内に広がり、若干時間をおいて苦味を感じることになる。これは、清酒の飲みやすさと、後味のすっきり感とを低下させることになる。従来の清酒の製造方法では、淡麗な清酒を製造するために清酒中に含まれるグルコース等の糖質を低減させることを目的とする開発は行われてきたが、清酒中に含まれるエチル−α−グルコシド等の糖質に着目されてはいなかった。
【0004】
例えば、特許文献1では、醪を仕込む際にトランスグルコシダーゼ等の酵素を添加し、醪中のオリゴ糖やデンプン等を、酵母が容易に資化できるグルコースにまで分解することにより、醪中の酵母の発酵を促進させて清酒中に含まれる糖質を低減させる方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2010−104270号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1に記載の清酒の醸造方法では、トランスグルコシダーゼ等の酵素によりグルコースに分解するオリゴ糖やデンプン等の糖質は低減できるものの、清酒中のエチル−α−グルコシドを考慮しておらず、製造条件によっては、飲み易く、後味のすっきりした清酒を製造できるとは限らない。
【0007】
本発明は、上記問題点に鑑みてなされたものであり、飲み易く、後味のすっきりした清酒を製造するために、清酒中のエチル−α−グルコシドを低減する清酒酵母の育種方法を提供することを目的とする。さらに、当該育種方法で育種されたエチル−α−グルコシドの生成を低減する清酒酵母を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
即ち、本発明は以下の発明を含む。
[発明1]
清酒酵母を変異処理してシクロヘキシミド耐性株を取得する耐性株取得工程と、
前記シクロヘキシミド耐性株の母集団からエチル−α−グルコシドの生成を低減する変異株を選択分離する変異株選択工程と、
を包含するエチル−α−グルコシドの生成を低減する清酒酵母の育種方法。
[発明2]
前記清酒酵母は、きょうかい酵母901号である発明1に記載のエチル−α−グルコシドの生成を低減する清酒酵母の育種方法。
[発明3]
前記変異処理は、メタンスルホン酸エチル処理である発明1又は2に記載のエチル−α−グルコシドの生成を低減する清酒酵母の育種方法。
[発明4]
発明1〜3の何れか一に記載のエチル−α−グルコシドの生成を低減する清酒酵母の育種方法で育種されたエチル−α−グルコシドの生成を低減する清酒酵母。
【発明の効果】
【0009】
本構成のエチル−α−グルコシドの生成を低減する清酒酵母の育種方法は、上記構成を有することから、エチル−α−グルコシドの生成を低減する清酒酵母を高確率で取得することができる。その結果、当該育種方法を用いて取得したエチル−α−グルコシドの生成を低減する清酒酵母により、エチル−α−グルコシドを低減させた飲み易く、後味のすっきりした清酒を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1図1は、本発明に係るエチル−α−グルコシドの生成を低減する清酒酵母の発酵経過に伴う炭酸ガス減少量を示したグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
清酒中のエチル−α−グルコシドは、麹(米麹)由来の酵素等によって、糖類とエタノールとの糖転移反応により生成する。清酒酵母は、エチル−α−グルコシドの低減能力が低いことが知られている。そこで、本発明者らは、清酒中に生成するエチル−α−グルコシドを低減することができる清酒酵母の変異株を育種、取得することを試みた。抗生物質であるシクロヘキシミドに耐性を有するシクロヘキシミド耐性の変異株は、有機酸の代謝等(J.Brew.Soc.Japan.Vol.88,No.8,p.645〜647(1993))、様々な代謝に影響を受けることが知られている。本発明者らは、変異処理を行った清酒酵母の母集団からシクロヘキシミド耐性を指標として変異株を取得した。その結果、得られたシクロヘキシミド耐性変異株の形質を調べたところ、予期しないことに、その変異株の全菌株において、清酒中のエチル−α−グルコシドの生成量が、親株を使用したときよりも低減しているという新しい知見を得た。
【0012】
本発明に係るエチル−α−グルコシドの生成を低減する清酒酵母の育種方法、及び該育種方法で育種されたエチル−α−グルコシドの生成を低減する清酒酵母に関する実施形態について、以下に具体的に説明する。ただし、本発明は、以下に説明する実施形態や図面に記載される構成に限定されることを意図しない。
【0013】
ここで、本明細書中に記載される「エチル−α−グルコシドの生成を低減する清酒酵母」とは、本発明の育種方法で用いられる清酒酵母である親株と比較して、清酒中のエチル−α−グルコシドの生成量を低減する清酒酵母を意味する。
【0014】
[エチル−α−グルコシドの生成を低減する清酒酵母の育種方法]
本発明に係る清酒酵母の育種方法は、清酒酵母を変異処理してシクロヘキシミド耐性株を取得する耐性株取得工程と、当該シクロヘキシミド耐性株の母集団からエチル−α−グルコシドの生成を低減する変異株を選択分離する変異株選択工程と、を有している。以下、本発明に係るエチル−α−グルコシド(以下、α−EGと称す)の生成を低減する清酒酵母の育種方法について、詳細に説明する。
【0015】
(育種に用いる親株)
本発明の清酒酵母の育種方法に用いる親株としては、サッカロマイセス・セレビジエ(Saccharomyces cerevisiae)に属する清酒酵母であればすべての酵母に利用することができる。親株として使用する清酒酵母は、実験室で利用する実験室酵母でもよいが、清酒の醸造で一般に利用される既存の清酒酵母が好ましい。既存の清酒酵母としては、例えば、公益社団法人日本醸造協会から頒布されている、きょうかい酵母6号、7号、9号、10号、11号、14号、601号、701号、901号、1001号、1401号、1501号、1601号、1701号、1801号及びKT901号等;各県工業総合研究センターが開発した、まほろば華酵母、吟醸2号、宮城マイ酵母、愛美酵母、泡なし宮城マイ酵母、秋田流・花酵母、秋田純米酵母、こまち酵母、秋田流・雅酵母;学校法人東京農業大学が開発した、花酵母ND−4、AB−2、NI−2、HNG−5、CAR−1、KS−3、SUNF−5、BK−1、SN−3、MR−4、GE−1、KAF−2及びST−4から容易に取得できる。また、秋田今野商店より販売されている、清酒用No.24、清酒用No.25、及び清酒用No.35等を購入することにより取得することもできる。また、前記既存の清酒酵母に変異あるいは交配・育種したものを用いても良い。本発明の清酒酵母の育種方法は、これら清酒酵母を親株として用いることにより、親株の特徴を維持しながら、即効性の甘味及び遅効性の苦味の成分であるエチル−α−グルコシドの生成量を低減する清酒酵母を取得することができる。
【0016】
(シクロヘキシミド耐性株の取得)
シクロヘキシミドは、細菌の一種であるストレプトマイセス グリセウス(Streptomyces griseus)によって生産される抗生物質であり、真核生物のタンパク質合成を選択的に阻害する。シクロヘキシミドはタンパク質合成の転位過程(リボソームに結合する二つのtRNA分子とmRNAの移動)に干渉することでその効果を示し、タンパク質の翻訳を阻害している。このシクロヘキシミドに耐性を有する清酒酵母は、上述の既存の清酒酵母に対して交配、細胞融合、形質転換、及び変異処理等を行うことにより取得することができる。この中でも、変異処理によりシクロヘキシミド耐性株を分離することが好ましい。これにより、シクロヘキシミド耐性株を容易に取得することができる。
【0017】
清酒酵母を変異処理する方法としては、物理的変異処理及び化学的変異処理がある。物理的変異処理としては、紫外線、放射線、イオンビーム等による照射処理が挙げられ、化学的変異処理としては、亜硝酸、ナイトロジェンマスタード、アクリジン系色素、N−メチル−N’−ニトロ−N−ニトロソグアニジン(NTG)、メタンスルホン酸エチル(以下、EMSと称す)等による化学処理が挙げられる。これらの変異処理は、使用する親株の清酒酵母に応じて適宜選択することができるが、好ましくはEMSを用いた化学的変異処理である。これにより、清酒酵母のシクロヘキシミド耐性株を容易に取得することができる。
【0018】
EMSを用いて清酒酵母に変異処理を行う方法としては、例えば、先ず、親株である清酒酵母を、YPD培地(2%グルコース、2%ポリペプトン、1%酵母エキス)を用いて、25℃〜37℃で、30〜50時間浸とう培養し、得られた培養液を遠心分離により集菌する。次いで、0.2Mリン酸緩衝液(pH6.0〜8.0)10mlに、EMSの濃度が0.3〜6.0%となるように混合し、当該混合液に上記集菌した菌体を再懸濁して、30℃で、15〜60分間変異処理を行う。このとき、清酒酵母の生存率が0.01〜90%、好ましくは10〜80%、より好ましくは30〜60%となるように変異処理を行う。これにより、シクロヘキシミド耐性株の中から、効率的にα−EGの生成を低減する清酒酵母を取得することができる。変異処理後、処理溶液に5%チオ硫酸ナトリウム溶液を添加してEMSを中和し、0.2Mリン酸緩衝溶液を用いて変異処理菌体を2回洗浄する。洗浄した菌体を、シクロヘキシミド含有寒天培地上に塗布して、25〜37℃で、7〜10日間培養し、増殖したコロニーを釣菌する。得られたシクロヘキシミド耐性株を、レプリカ法等を用いて、さらにシクロヘキシミド含有寒天培地で培養し、シクロヘキシミド耐性を再度確認することが好ましい。これにより、確実にシクロヘキシミド耐性株を取得することができる。使用するシクロヘキシミド含有寒天培地は、清酒酵母を培養できる寒天培地であればよいが、YPD寒天培地(2%グルコース、2%ポリペプトン、1%酵母エキス、2%寒天)が好ましい。シクロヘキシミドの寒天培地への添加量は、0.5〜1.5μg/mlであり、好ましくは0.5〜1.0μg/mlである。培養条件は、使用する清酒酵母に応じて適宜選択される。
【0019】
(エチル−α−グルコシドの生成を低減する変異株の選択)
α−EGの生成を低減する変異株の選抜方法として、例えば、一段仕込みの小仕込み試験を行い、上槽後、α−EGの生成量を分析してα−EGの生成量の少ない株を選択する。小仕込み試験は、例えば、10〜15℃で、15〜20日間培養を行う。小仕込み試験では、原料米を液化した融米を使用してもよい。液化した融米は、例えば、原料米又は原料米を粉砕した粉砕米に、汲水及び耐熱性酵素であるα−アミラーゼを添加し、60〜90℃で液化することにより得られる(特開昭59−66875号公報参照)。液化した融米を使用する場合、総米における融米の比率は、例えば、融米の調製に使用した原料米として換算することができる。α−EGの分析方法としては、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)による定量が好適に用いられる。
【0020】
その他のα−EGの生成を低減する清酒酵母の選抜方法として、例えば、得られたシクロヘキシミド耐性株を、麹汁培地、合成培地等の清酒酵母用の一般的な培地で15℃〜37℃で、10〜20日培養を行い、α−EGの生成量を分析してα−EGの生成量の少ない株を選択することも可能である。清酒酵母用の一般的な培地は、好ましくは麹汁培地である。麹汁培地は、例えば、米麹300gに蒸留水1Lを加えて、55〜60℃で6時間糖化後、濾過した液を蒸留水でブリックス(Brix)を10〜15%程度に調整し、オートクレーブ滅菌(例えば、121℃、20分)することで得ることができる。
【実施例】
【0021】
[エチル−α−グルコシドの生成を低減する清酒酵母の育種方法の評価]
α−EGの生成を低減する清酒酵母の育種方法に関して、α−EGの生成を低減する清酒酵母の取得率を評価した。得られたシクロヘキシミド耐性株と、親株のα−EGの生成量とを比較して、α−EGの生成を低減する清酒酵母を評価した。
【0022】
(シクロヘキシミド耐性株の取得)
親株は、きょうかい酵母901号(以下、K−901株と称す)を使用した。K−901株は、きょうかい酵母9号を親株とする泡なし酵母であり、低温でも醗酵力が旺盛で、酸が少なく、高い芳香を有する清酒を醸造するのに適した酵母である。K−901株で醸造する清酒中のα−EGを低減できれば、飲み易く、すっきりとした清酒を製造することができる。
このK−901株を、YPD培地(2%グルコース、2%ポリペプトン、1%酵母エキス)を用いて、30℃で、24時間培養後、EMSで変異処理を行った。変異処理条件としては、YPD培地で培養した菌体を遠心分離にて集菌(1×10細胞/ml)し、0.2Mリン酸緩衝液(pH7.0)10mlに懸濁し、3%となるようにEMSを添加して、30℃で、45分間変異処理を行った。5%チオ硫酸ナトリウム溶液でEMSを中和し、0.2Mリン酸緩衝液(pH7.0)で、変異処理菌体を2回洗浄した。次いで、シクロヘキシミド含有YPD寒天培地(1mg/Lシクロヘキシミド、2%グルコース、2%ポリペプトン、1%酵母エキス、2%寒天)10枚に、洗浄した菌体(計1×10細胞)を塗布して、30℃で、10日間培養した。シクロヘキシミド含有YPD寒天培地上で増殖したコロニーを同じシクロヘキシミド含有YPD寒天培地にレプリカして、30℃で、10日間培養し、各菌株のシクロヘキシミド耐性を再度確認した。上記シクロヘキシミド耐性株の取得試験を2回(試験1及び試験2)実施し、シクロヘキシミド耐性株を、計80菌株(各試験40菌株)取得した。これらシクロヘキシミド耐性の80菌株を、以下のα−EGの生成量の評価試験に供した。
【0023】
(シクロヘキシミド耐性株の発酵試験及びエチル−α−グルコシドの生成量の評価)
得られたシクロヘキシミド耐性株の80菌株と、親株であるK−901株とを用いて発酵試験を行い、α−EGの含有量を分析して、K−901株に対するシクロヘキシミド耐性株のα−EGの生成量を評価した。また、各シクロヘキシミド耐性株の上槽酒の酒質についてもK−901株と比較した。発酵試験は、掛米の液化液10.2ml、米麹の糖化液7.5ml、乳酸0.03mlに汲水を加え、最終酵母密度が1×10細胞/mlとなるように清酒酵母を添加して、一段仕込みで実施した。発酵温度は、15℃の一定で行い、15日間の発酵を行った。得られた上槽酒を、α−EG及び酒質の分析試験に供した。掛米の液化には、液化酵素として、TU(商品名クライスターゼSD−TU20、酵素名α−アミラーゼ、天野エンザイム社製)とYC(商品名コクゲンSD−YC15、酵素名α−アミラーゼ、天野エンザイム社製)とを重量比7:3で混合したものを使用し、酵素の総量と総米の総重量との比が、1:3,500となるように調製した。米麹の糖化液は、米麹に液化液を加え、麹菌の酵素により麹米の澱粉を糖化したものを使用した。
【0024】
(酒質及びエチル−α−グルコシドの分析試験方法)
シクロヘキシミド耐性を有する80菌株について、上記一段仕込みで得られた上槽酒について、酒質及びα−EGの分析を行った。酒質の分析については、独立行政法人酒類総合研究所が定める「酒類総合研究所標準分析法」(平成22年11月4日、http://www.nrib.go.jp/data/nribanalysis.htm)に基づいて、アルコール度数及び酸度を分析した。具体的には、以下(1)及び(2)の方法である。
(1)アルコール:ガスクロマトグラフ分析法に従って、測定を行った。
(2)酸度:酸度は、清酒に含まれる、有機酸(乳酸、リンゴ酸、コハク酸等)の総量を示した値である。具体的には、10mLの清酒を中和するのに要する水酸化ナトリウム溶液の滴定量(mL)で表す。
α−EGの分析については、高速液体クロマトグラフを用いて行った。具体的には、以下の分析条件で行った。
装置:高速液体クロマトグラフ「LC−20型」(株式会社島津製作所製)
検出器:示差屈折率検出器(RI検出器)
カラム:「Shodex Asahipak NH2P−50 4E」(昭和電工株式会社製)
カラム温度:40℃
移動相:アセトニトリル/水=70/30(容積比)
流量:1mL/min
【0025】
以下の表1(試験1で得られた菌株)及び表2(試験2で得られた菌株)に、シクロヘキシミド耐性を有する80菌株のアルコール(%)、酸度(ml)、及びα−EG(g/dL)に関する分析値を示した。これらの分析値は、2回のシクロヘキシミド耐性株の取得試験で得られた、シクロヘキシミド耐性の各40菌株(計80菌株)の酒質及びα−EGの分析結果を示している。また、各シクロヘキシミド耐性株の親株に対するα−EGの低減率については、親株であるK−901株のα−EGの生成量を100%とした場合におけるシクロヘキシミド耐性株のα−EGの低減量の割合(%)で表している。
以下の表3には、得られたシクロヘキシミド耐性株中の親株K−901株に対するα−EGの低減割合と、エチル−α−グルコシドの生成を低減する清酒酵母の取得率との関係を示した。表3では、取得した80菌株のシクロヘキシミド耐性株を、親株であるK−901株のα−EGの生成量を100%とした場合における、シクロヘキシミド耐性株のα−EGの低減量で分類分けしている。
【0026】
【表1】
【0027】
【表2】
【0028】
【表3】
【0029】
表1及び表2より、2回のシクロヘキシミド耐性株の何れの試験においても、得られた全てのシクロヘキシミド耐性株は、親株であるK−901株と比較してα−EGの生成量が低減する結果となった。また、これら得られた全てのシクロヘキシミド耐性株は、アルコールの生産性に関し、親株であるK−901株と同等の値を示していることから、何れのシクロヘキシミド耐性株も親株であるK−901株のアルコール生産能を維持していると考えられる。
【0030】
表3より、取得したシクロヘキシミド耐性株のうち、全ての菌株が親株であるK−901株よりα−EGの生成量が低減しており、その内78%のシクロヘキシミド耐性株(62菌株)がK−901株と比較してα−EGの低減量が40%を超えて減少し、43%のシクロヘキシミド耐性株(34菌株)がK−901株と比較してα−EGの低減量が60%を超えて減少する結果となった。上記結果から、本発明のエチル−α−グルコシドの生成を低減する清酒酵母の育種方法では、エチル−α−グルコシドの生成を低減する清酒酵母を確実に取得することができ、さらに、α−EGの生成量を大幅に低減する清酒酵母を高確率で取得できることが示された。また、試験結果には示していないが、これらシクロヘキシミド耐性株は、親株であるK−901株よりもα−EGの生成を低減するため、全糖濃度においてもK−901株より低減していた。つまり、これらα−EGの生成を低減する清酒酵母は、糖質濃度が低い清酒の製造にも好適に利用することができる。
【0031】
[小仕込み試験]
上記取得したα−EGの生成を低減する清酒酵母の中から、No.2株、No.19株、No.21株、No37株、No.54株、No.56株、No.69株、No.78株、及び親株であるK−901株を用いて清酒の小仕込み試験を行い、各菌株の発酵経過に伴う炭酸ガス減量を測定し、各菌株の発酵力を比較評価した。また、得られた上槽酒は、酒質分析及びα−EGの分析に供し、親株であるK−901株と比較した。
【0032】
小仕込み試験は、掛米としてα化米(精米歩合70%)36g、米麹として乾燥麹(精米歩合70%)9g、汲水91ml、乳酸200μlを混合し、最終酵母密度が1×10細胞/mlとなるように清酒酵母添加して、一段仕込みで実施した。発酵温度は、15℃の一定で行い、15日後に上槽した。上槽液の酒質分析及びα−EGの分析結果を以下の表4に示す。
【0033】
【表4】
【0034】
図1は、本発明に係るエチル−α−グルコシドの生成を低減する清酒酵母の発酵経過に伴う炭酸ガス減少量を示すグラフである。図1から明らかなように、K−901株を親株とするα−EGの生成を低減する株の炭酸ガス減少量の経過は、親株と比較して差異は殆ど認められなかった。従って、α−EGの生成を低減する8菌株は、親株と同等の発酵力を有しており、清酒の製造に十分利用できる清酒酵母であることが確認された。また、α−EGの生成を低減する8菌株は、表4に示すように、小仕込み試験でも安定してα−EGを低減し、エタノールに関しても親株であるK−901株と同等の値のアルコール生産能を有していることが示された。
【0035】
[官能試験]
酸度は、清酒の製造過程で酵母や麹、米から発生した乳酸・コハク酸・クエン酸・リンゴ酸等の有機酸の量を表したものである。酸度が高い場合、味に旨みと爽快感があり、酸度が低いと淡麗辛口のすっきり感がある。そこで、上記エチル−α−グルコシドの生成を低減する清酒酵母の中から、親株であるK−901株の酸度に近く、α−EGの生成量が低いNo.78株を選択し、No.78株の上槽酒と親株であるK−901株の上槽酒とを官能試験により比較した。官能試験は、熟練した8人のパネリストで、上槽酒の味わいについてフリーコメントを記載する形式で実施した。その結果、No.78株の上槽酒は、K−901株の上槽酒と比較して、「シャープな味で、後味がすっきりしている」、「味が柔らかい」等のコメントが多く得られた。これは、α−EGが減少したことにより、即効性の甘味と遅効性の苦味とが減少して、すっきりとした味わいになったと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0036】
本発明に係るエチル−α−グルコシドの生成を低減する清酒酵母の育種方法、及び該育種方法で育種されたエチル−α−グルコシドの生成を低減する清酒酵母は、清酒の製造において利用可能であり、本醸造、純米酒、吟醸酒、純米吟醸酒の製造に利用することができる。
図1