特許第6271333号(P6271333)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6271333
(24)【登録日】2018年1月12日
(45)【発行日】2018年1月31日
(54)【発明の名称】圧電アクチュエータ及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01L 41/187 20060101AFI20180122BHJP
   H01L 41/09 20060101ALI20180122BHJP
   H01L 41/39 20130101ALI20180122BHJP
   H01L 41/316 20130101ALI20180122BHJP
   C23C 14/08 20060101ALI20180122BHJP
   H01L 21/316 20060101ALN20180122BHJP
【FI】
   H01L41/187
   H01L41/09
   H01L41/39
   H01L41/316
   C23C14/08 K
   !H01L21/316 X
【請求項の数】9
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2014-97376(P2014-97376)
(22)【出願日】2014年5月9日
(65)【公開番号】特開2015-216190(P2015-216190A)
(43)【公開日】2015年12月3日
【審査請求日】2017年4月6日
(73)【特許権者】
【識別番号】000002303
【氏名又は名称】スタンレー電気株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100100011
【弁理士】
【氏名又は名称】五十嵐 省三
(72)【発明者】
【氏名】中村 奨
【審査官】 加藤 俊哉
(56)【参考文献】
【文献】 特開2008−211140(JP,A)
【文献】 特開2000−346716(JP,A)
【文献】 特開2001−196652(JP,A)
【文献】 特開2013−118286(JP,A)
【文献】 特開2003−277143(JP,A)
【文献】 特開2012−175014(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01L 41/187
C23C 14/08
H01L 41/09
H01L 41/316
H01L 41/39
H01L 21/316
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下部電極層と、
前記下部電極層上に設けられた第1のZr/(Zr+Ti)組成比を有する第1のPZT圧電体層と、
前記第1のPZT圧電体層上に設けられた前記第1のZr/(Zr+Ti)組成比より大きい第2のZr/(Zr+Ti)組成比を有する第2のPZT圧電体層と、
前記PZT圧電体層上に設けられた第2のZr/(Zr+Ti)組成比より小さい第3のZr/(Zr+Ti)組成比を有する第3のPZT圧電体層と、
前記第3のPZT圧電体層上に設けられた上部電極層と
を具備し、前記第1、第3のZr/(Zr+Ti)組成比はモロフォトロピック相境界値より大きい圧電アクチュエータ。
【請求項2】
前記第1のZr/(Zr+Ti)組成比は前記第3のZr/(Zr+Ti)の組成比と同一である請求項1に記載の圧電アクチュエータ。
【請求項3】
前記第1、第3のZr/(Zr+Ti)組成比は0.53〜0.60であり、前記第2のZr/(Zr+Ti)組成比は0.61〜0.65である請求項1に記載の圧電アクチュエータ。
【請求項4】
前記第1、第2、第3のPZT圧電体層のうち、前記第1のPZT圧電体層の占有割合は40〜50%、前記第2のPZT圧電体層の占有割合は5〜15%、前記第3のPZT圧電体層の占有割合は40〜50%である請求項1に記載の圧電アクチュエータ。
【請求項5】
アーク放電イオンプレーティング法によってPb蒸発量、Zr蒸発量及びTi蒸発量を制御して下部電極層上に第1のZr/(Zr+Ti)組成比を有する第1のPZT圧電体層を形成する第1の圧電体層形成工程と、
アーク放電イオンプレーティング法によってPb蒸発量、Zr蒸発量及びTi蒸発量を制御して前記第1のPZT圧電体層上に前記第1のZr/(Zr+Ti)組成比より大きい第2のZr/(Zr+Ti)組成比を有する第2のPZT圧電体層を形成する第2の圧電体層形成工程と、
アーク放電イオンプレーティング法によってPb蒸発量、Zr蒸発量及びTi蒸発量を制御して前記第2のPZT圧電体層上に前記第2のZr/(Zr+Ti)組成比より小さい第3のZr/(Zr+Ti)組成比を有する第3のPZT圧電体層を形成する第3の圧電体層形成工程と
を具備し、前記第1、第3のZr/(Zr+Ti)組成比はモロフォトロピック相境界値より大きい圧電アクチュエータの製造方法。
【請求項6】
前記第1のZr/(Zr+Ti)組成比は前記第3のZr/(Zr+Ti)の組成比と同一である請求項5に記載の圧電アクチュエータの製造方法。
【請求項7】
前記第1、第3のZr/(Zr+Ti)組成比は0.53〜0.60であり、前記第2のZr/(Zr+Ti)組成比は0.61〜0.65である請求項5に記載の圧電アクチュエータの製造方法。
【請求項8】
前記第1、第2、第3のPZT圧電体層のうち、前記第1のPZT圧電体層の占有割合は40〜50%、前記第2のPZT圧電体層の占有割合は5〜15%、前記第3のPZT圧電体層の占有割合は40〜50%である請求項5に記載の圧電アクチュエータの製造方法。
【請求項9】
前記第1のPZT圧電体層形成工程、前記第2のPZT圧電体層形成工程及び前記第3のPZT圧電体層工程は同一のアーク放電イオンプレーティング装置内で連続的に実行される請求項5に記載の圧電アクチュエータの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はチタン酸ジルコン酸鉛(PZT)を含む圧電アクチュエータ及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
Pb、Zr、Tiの各元素を含む酸化化合物であるチタン酸ジルコン酸鉛PbZrxTi1-xO3(PZT)は図4に示す立方晶系ペロブスカイト型の結晶構造を有する。尚、図4においては、斜線球は単純立法配列のPb、黒球はZrもしくはTi、白球はOを示す。図5に示すごとく、PZTは<100>方向あるいは<111>方向に歪んだ場合に分極を発生し、これにより、(100)面配向もしくは(111)面配向のときに優れた圧電性を発揮する(参照:特許文献1の図5図10)。つまり、PZTの結晶構造には正方晶系及び菱面体晶系があり、正方晶系PZTの場合には、<100>方向(a軸方向)(あるいは<001>方向(c軸方向))に最も大きな圧電変位が得られ、また、菱面体晶系PZTの場合には、<111>方向に最も大きな圧電変位が得られると言われている。また、圧電アクチュエータとしての重要な特性である絶縁特性(耐電圧特性)についてはチタン(Ti)リッチ(x<0.5)な正方晶系PZTの方が菱面体晶系PZTより良いとされている。PZT圧電アクチュエータはセンサとして用いたMEMS素子、発電素子、ジャイロ素子等に用いられる。
【0003】
図6は第1の従来の圧電アクチュエータを示す断面図である。図6の圧電アクチュエータはキャパシタ構造をなしており、単結晶シリコン基板1、酸化シリコン層2、Ti密着層3、Pt下部電極層4、PZT圧電体層5及びPt上部電極層6を積層して形成されている。尚、単結晶シリコン基板1はシリコンオンインシュレータ(SOI)基板に置換し得る。また、下部電極層4は、Ir、SrRuO3等を用いてもよい。さらに、Ti密着層3は酸化シリコン層2とPt下部電極層4との密着性が悪いのでこれらの間の密着性を改善すると共に応力を緩和するものである。この密着層3はTi以外にCr、あるいはTiO2、MgO、ZrO2、IrO2等の導電性酸化物を用いてもよい。
【0004】
図6においては、正方晶系のPZT圧電体層5の矢印方向が結晶の<100>方向あるいは<001>方向に向いていると、Pt下部電極層4とPt上部電極層6との間に交流電圧を印加したときに、歪みが効率よく発生する。
【0005】
図6の圧電アクチュエータの製造方法を図7のフローチャートを参照して説明する。
【0006】
始めに、熱酸化工程701において、単結晶シリコン基板1を熱酸化して厚さ約500nmの酸化シリコン層2を形成する。尚、熱酸化処理の代りに化学的気相成長(CVD)法を用いてもよい。
【0007】
次に、スパッタリング工程702において、酸化シリコン層2上にArガス及びOガスを用いたスパッタリング法によって厚さ約50nmのTiO(0<x<2)密着層3を形成する。引き続いて、TiO密着層3上にArガスを用いたスパッタリング法によって厚さ約150nmのPt下部電極層4を形成する。
【0008】
次に、スパッタリング工程703において、Pt下部電極層4上にスパッタリング法によって厚さ約3μmのPZT層5を形成する(参照:特許文献2)。尚、スパッタリング法の代りに、CVD法を用いてもよい。あるいは、ゾル・ゲル法を用いてもよい(参照:特許文献3)。尚、ゾル・ゲル法は、一度に圧電体層を厚く成膜することができないので、圧電体前駆体層の形成、焼成を繰返して所望の厚さの圧電体層を形成する。
【0009】
最後に、スパッタリング工程704において、PZT圧電体層5上にスパッタリング法によって厚さ約150nmのPt上部電極層6を形成する。
【0010】
尚、スパッタリング工程702、704におけるスパッタリング法の代りに、電子ビーム(EB)蒸着法を用いてもよい。
【0011】
しかしながら、図6の圧電アクチュエータにおいては、Pt下部電極層4は(111)に配向した膜になり易いので、その上にPZT圧電体層5を形成しても、Pt下部電極層4の影響を受けて(111)に配向したPZT層となり易く、従って、アクチュエータに適した配向性を有する層を得ることは難しい。
【0012】
図8は第2の従来の圧電アクチュエータを示す断面図である(参照:特許文献4の図1)。図8においては、圧電特性を向上させるために、図6の構成要素に対して配向制御層11、12を付加してある。この場合、配向制御層11は(100)配向の酸化物層よりなり、Pt下部電極層4は配向制御層の影響を受けて(100)に配向した層となり、配向制御層12はPt下部電極層4の影響を受けて(100)あるいは(001)配向のペロブスカイト型酸化層とよりなる。これによりスパッタリング工程等によるPZT圧電体層5の配向性が従来より(100)に配向することが容易に、もしくは高配向に成長するようになる。また、配向制御層12によって、PZT圧電体層5の成膜初期にZr酸化物からなる結晶性の低い層が形成されないようにする。この結果、PZTの配向性つまり圧電特性は向上する。
【0013】
しかしながら、図8の圧電アクチュエータの製造方法においては、図7に示す製造工程に、配向制御層11、12の形成工程の付加によって製造工程が複雑となるため異物が混入する可能性が高くなるだけでなく、界面数が増加するので剥離などの新たな問題が発生し易くなる。しかも、下層(単結晶シリコン基板1)から上層(配向制御層12)への結晶性等の影響からプロセスマージンが小さくなる。
【0014】
図9は第3の従来の圧電アクチュエータを示す断面図である(参照:特許文献5の図1)。図9においては、耐電圧特性を向上させるために、図6の圧電体層5の代りに複数のPb過剰(Pbリッチ)PZT圧電体層5a、Pb欠損(Pbリーン)PZT圧電体層5bを交互に積層したPZT圧電体層5’を設ける。すなわち、PZT圧電体層を鉛リッチの雰囲気中で化学量論組成よりもPbが多いペロブスカイト構造を有するPZT圧電体層のみで形成すればプロセスマージンが大きくなるが、PbリッチなPZT圧電体層は、結晶粒界に導電性の良い鉛酸化物を有することが多いので、耐電圧特性が低くなる。他方、PZT圧電体層を鉛リーンの雰囲気中で化学量論組成よりもPbが僅かに少ないペロブスカイト構造を有するPZT圧電体層のみで形成すれば、ZrO2などの異相が成長し易くなるのでプロセスマージンが小さくなるが、結晶粒界に鉛酸化物を有する割合が少ないので、耐電圧特性が向上する。このため、PZT圧電体層5’においては、PbリッチPZT圧電体層5a、PbリーンPZT圧電体層5bを積層することにより、PbリッチPZT圧電体層5aの鉛酸化物によってリークパスLPが発生してもPbリーンPZT圧電体層5bによって分断して耐電圧特性を大きくできる。
【0015】
しかしながら、図9の圧電アクチュエータにおいては、PbリッチPZT圧電体層5a、PbリーンPZT圧電体層5bの結晶成長が不連続となる。この結果、この不連続な部分、つまり、PbリッチPZT圧電体層5aとPbリーンPZT圧電体層5bの界面部分に圧電アクチュエータの駆動による機械的振動による割れ・剥離が発生し、圧電アクチュエータが破損する恐れがある。
【0016】
図10は第4の従来の圧電アクチュエータを示す断面図である(参照:特許文献6)。図10においては、リーク電流を低減するために、図6のPZT圧電体層5の代りに、Zr及びTiを膜厚方向に漸増もしくは漸減により濃度勾配させたPZT圧電体層5”を設けてある。PZT圧電体層5”においては、Zr/(Zr+Ti)組成比xを結晶構造の安定なZrリッチ領域もしくはTiリッチ領域へずらすことにより高い圧電性能を示すモルフォトロピック相境界(MPB)を通過させて圧電特性を向上させる。尚、図10の参照番号1’は振動板を示す。
【0017】
しかしながら、図10の圧電アクチュエータにおいては、Zrリッチ領域では、圧電特性が向上するも、誘電損失係数が大きくなる。誘電損失係数が大きくなると、圧電アクチュエータに交流電圧を印加した場合に電気エネルギーの一部が熱として喪失してエネルギー変換効率が低下する。また、熱による特性変動、寿命劣化を招く。さらに、リークパスLPが発生して絶縁破壊を招き、耐電圧特性が低下する。
【0018】
図11は第5の従来の圧電アクチュエータを示す断面図である(参照:特許文献7、8、9)。図11においては、PZTの圧電特性および耐電圧特性を向上させるために、図6に示すPZT圧電体層5の代りに、Zr/(Zr+Ti)組成比xは高い圧電性能を示すと言われているモルフォトロピック相境界(MPB)近傍かつ一般的に耐電圧特性が高いと言われている正方晶構造を有する組成領域(PbZrxTi1-xO3においてMPBはx=0.52付近、x<0.52において正方晶構造を持つと言われている)のPZT圧電体層5Aを設けてある。このPZT圧電体層5Aは、図11の圧電アクチュエータの製造方法を説明するためのフローチャートである図12のADRIP工程1201において、モルフォトロピック相境界(MPB)近傍の正方晶構造を有するPZT圧電体層5Aをアーク放電反応性イオンプレーティング(ADRIP)法を用いて形成している。
【0019】
図12のADRIP工程1201におけるADRIP法は、スパッタリング法に比較してPZT圧電体層の堆積速度が大きいという利点を有し、また、有機金属化学的気相成長(MOCVD)法に比較して基板温度が低く、製造コストが低く、有毒な有機金属ガスを用いないので、対環境性がよく、また、原料の利用効率がよいという利点を有する。このADRIP法に用いられるADRIP装置を図13を参照して説明する。
【0020】
図13において、真空チャンバ1301内の下方側に、Pb、Zr、Tiを独立に蒸発させるためのPb蒸発源1302−1、Zr蒸発源1302−2、Ti蒸発源1302−3が設けられる。Pb蒸発源1302−1、Zr蒸発源1302−2、Ti蒸発源1302−3上には、蒸気量センサ1302−1S、1302−2S、1302−3Sが設けられている。真空チャンバ1301内の上方側に、ウェハ1303aを載置するためのヒータ付ウェハ回転ホルダ1303が設けられる。
【0021】
また、真空チャンバ1301の上流側には、アーク放電を維持するために不活性ガスたとえば数sccmのArガスおよび数100sccmのHeガスを導入する圧力勾配型プラズマガン1304及びPZT圧電体層5の酸素原料となる酸素(O2)ガスを導入するO2ガス導入口1305が設けられる。他方、真空チャンバ1301の下流側には、真空ポンプ(図示せず)に接続された排気口1306が設けられる。
【0022】
図13のADRIP装置において図12のADRIP工程1201を行う場合、圧力勾配型プラズマガン1304によって導入されたArガスおよびHeガスによって高密度・低電子温度の放電電流約80Aのアーク放電プラズマ1307を発生させ、そしてO2ガス導入口から約250sccmのO2ガスを導入し真空チャンバ1301内に発生している高密度・低電子温度のアーク放電プラズマ1307でO2ガスを励起させることによって、真空チャンバ1301内に多量の酸素ラジカルを主とする活性原子、分子が生成される。他方、Pb蒸発源1302−1、Zr蒸発源1302−2及びTi蒸発源1302−3より発生したPb蒸気、Zr蒸気及びTi蒸気が上述の活性原子、分子と反応し、所定温度たとえば約500℃に加熱されたウェハ1303a上に付着し、この結果、Zr/(Zr+Ti)組成比xのPbZrxTi1-xO3が形成されることになる。尚、Pb蒸気、Zr蒸気、Ti蒸気は蒸気量センサ1302−1S、1302−2S、1302−3Sによって検出される。
【0023】
図11の圧電アクチュエータのモルフォトロピック相境界(MPB)近傍の正方晶構造を有するPZT圧電体層5Aの走査型電子顕微鏡(SEM)写真を図14に示す。図14はきれいな柱状構造を示し、従って、良好な配向性つまり良好な圧電特性を示す。
【0024】
しかしながら、図11の圧電アクチュエータにおいては、モルフォトロピック相境界(MPB)近傍の正方晶構造を有するPZT圧電体層5Aの成膜を行うと、表面ラフネスが大きくなってしまう。従って、モルフォトロピック相境界(MPB)近傍の正方晶構造を有するPZT圧電体層5A上のPt上部電極層6の表面ラフネスも大きくなる。この結果、Pt上部電極層6とPt下部電極層4との間に交流電圧を印加すると、局所的に電場が集中して破壊し易く、これにより、PZT圧電体層5A側のPt上部電極層6の凸部に対応するPZT圧電体層5Aに生じた結晶粒界に、図11に示すごとく、リークパスLPが発生し、絶縁破壊を招き、耐電圧特性を低下させる。
【0025】
図15は第6の従来の圧電アクチュエータを示す断面図である(参照:特許文献10)。図15においては、図11のPZT圧電体層5A上にPZT圧電体層5Aより比誘電率の低いTiリッチなPZT圧電体層5Bを形成し、二重構造のPZT圧電体層を実現している。尚、PZT圧電体層5AのZr/(Zr+Ti)組成比xはモルフォトロピック相境界(MPB、一般的にはx=0.52)近傍、かつ一般的に耐電圧特性が高いと言われている正方晶構造をもつ組成領域(x<0.52)である。
【0026】
図15においては、比誘電率の高いPZT圧電体層5Aの表面ラフネスは大きいが、それよりも比誘電率が低いTiリッチなPZT圧電体層5Bの表面ラフネスは小さい。この結果、PZT圧電体層5B上のPt上部電極層6の表面ラフネスも小さくなる。従って、Pt上部電極層6とPt下部電極層4との間に交流電圧を印加しても、局所的に電場が集中しにくく、しかも、PZT圧電体層5B側のPt上部電極層6の凸部に対応するPZT圧電体層5Bの結晶粒界に、図15に示すごとく、リークパスLPはほとんど発生せず、耐電圧特性を向上できる。
【0027】
図16図15の圧電アクチュエータの製造方法を説明するためのフローチャートである。図16においては、図12のフローチャートにPZT圧電体層5AよりもTiリッチなPZT圧電体層5Bを形成するためのADRIP工程1601を付加してある。この場合、高誘電率PZT圧電体層5Aを形成するためのADRIP工程1201とTiリッチな低流電率PZT圧電体層5Bを形成するためのADRIP工程1601とは同一のADRIP装置を用いて連続的に実行される。従って、プロセスマージンの狭小化を防ぐことができる。また、図15の圧電アクチュエータにおいては、高誘電率PZT圧電体層5A及びTiリッチな低流電率PZT圧電体層5Bの結晶成長が連続となり、この結果、この組成比が連続的に変化する界面部分が圧電アクチュエータの駆動による機械的振動によって割れ、圧電アクチュエータが破損することを防止できる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0028】
【特許文献1】特開2003−81694号公報
【特許文献2】特開2001−223403号公報
【特許文献3】特開2000−94681号公報
【特許文献4】特開2003−188431号公報
【特許文献5】特開2007−335779号公報
【特許文献6】特開2001−196652号公報
【特許文献7】特開2001−234331号公報(特許第4138196号)
【特許文献8】特開2011−204776号公報
【特許文献9】特開2011−204777号公報
【特許文献10】特開2012−175014号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0029】
しかしながら、上述の第6の従来の圧電アクチュエータでは、表面ラフネスの小さいTiリッチなPZT圧電体層5Bを成膜する圧電体層全体のうち表面層にあたる部分のみ成膜を行ってもPZT圧電体層5Aの大きな表面ラフネスを補償できず、表面ラフネスが依然として大きい。この結果、リークパスの発生を抑制できず、耐電圧特性の向上が不充分であるという課題がある。また、PZT圧電体層5AのZr/(Zr+Ti)組成比はモルフォトロピック相境界MPBに近く、TiリッチのPZT圧電体層5Bを合わせても、圧電特性(図2の(A)参照)は向上しないという課題もある。
【課題を解決するための手段】
【0030】
上記の課題を解決するために、本発明に係る圧電アクチュエータは、下部電極層と、下部電極層上に設けられた第1のZr/(Zr+Ti)組成比を有する第1のPZT圧電体層と、第1のPZT圧電体層上に設けられた前記第1のZr/(Zr+Ti)組成比より大きい第2のZr/(Zr+Ti)組成比を有する第2のPZT圧電体層と、PZT圧電体層上に設けられた第2のZr/(Zr+Ti)組成比より小さい第3のZr/(Zr+Ti)組成比を有する第3のPZT圧電体層と、第3のPZT圧電体層上に設けられた上部電極層とを具備し、第1、第3のZr/(Zr+Ti)組成比はモルフォトロピック相境界値より大きくしたものである。
【0031】
また、本発明に係る圧電アクチュエータの製造方法は、アーク放電イオンプレーティング法によってPb蒸発量、Zr蒸発量及びTi蒸発量を制御して下部電極層上に第1のZr/(Zr+Ti)組成比を有する第1のPZT圧電体層を形成する第1の圧電体層形成工程と、アーク放電イオンプレーティング法によってPb蒸発量、Zr蒸発量及びTi蒸発量を制御して第1のPZT圧電体層上に第1のZr/(Zr+Ti)組成比より大きい第2のZr/(Zr+Ti)組成比を有する第2のPZT圧電体層を形成する第2の圧電体層形成工程と、アーク放電イオンプレーティング法によってPb蒸発量、Zr蒸発量及びTi蒸発量を制御して第2のPZT圧電体層上に第2のZr/(Zr+Ti)組成比より小さい第3のZr/(Zr+Ti)組成比を有する第3のPZT圧電体層を形成する第3の圧電体層形成工程とを具備し、第1、第3のZr/(Zr+Ti)組成比はモルフォトロピック相境界値より大きくしたものである。
【発明の効果】
【0032】
本発明によれば、Zr/(Zr+Ti)組成比の大きい第2のPZT圧電体層の小さな表面ラフネスによってZr/(Zr+Ti)組成比の小さい第1、第3のPZT圧電体層の大きな表面ラフネスを補償することによりリークパスの発生を抑制するので、耐電圧特性を大幅に向上できる。
【図面の簡単な説明】
【0033】
図1】本発明に係る圧電アクチュエータの実施の形態を示す断面図である。
図2】ADRIP装置によって形成されるZr/(Zr+Ti)組成比xに対するPZTの特性を示し、(A)は圧電定数特性を示すグラフ、(B)は比誘電率特性を示すグラフ、(C)は誘電損失係数特性を示すグラフ、(D)は平均粗さ特性を示すグラフ、(E)は耐電圧特性を示すグラフである。
図3図1の圧電アクチュエータの製造方法を説明するためのフローチャートである。
図4】PZTの結晶構造を示す図である。
図5】PZTのX線回析パターンを示すグラフである。
図6】第1の従来の圧電アクチュエータを示す断面図である。
図7図6の圧電アクチュエータの製造方法を説明するためのフローチャートである。
図8】第2の従来の圧電アクチュエータを示す断面図である。
図9】第3の従来の圧電アクチュエータを示す断面図である。
図10】第4の従来の圧電アクチュエータを示す断面図である。
図11】第5の従来の圧電アクチュエータを示す断面図である。
図12図11の圧電アクチュエータの製造方法を説明するためのフローチャートである。
図13図12のADRIP工程に用いられるADRIP装置を示す図である。
図14図11のPZT圧電体層の断面を示すSEM写真である。
図15】第6の従来の圧電アクチュエータを示す断面図である。
図16図15の圧電アクチュエータの製造方法を説明するためのフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0034】
図1は本発明に係る圧電アクチュエータの実施の形態を示す断面図である。図1においては、図12のPZT圧電体層5Aを2層のPZT圧電体層5A−1、5A−2とし、PZT圧電体層5A−1、5A−2間にZr/(Zr+Ti)組成比xが大きいZrリッチなPZT圧電体層5B’を挿入して、三重構造のPZT圧電体層を実現している。尚、PZT圧電体層5A−1、5B’、5A−2のいずれも同一のADRIP装置によって形成される。
【0035】
たとえば、PZT圧電体層5A−1、5A−2のZr/(Zr+Ti)組成比xはモルフォトロピック相境界値(x=0.52)より大きくし、0.55〜0.60たとえば0.58である。従って、図2の(A)に示すごとく、圧電定数-d31は大きく圧電特性は良好であり、また、図2の(B)、(C)に示すごとく、比誘電率εは大きくかつ誘電損失係数tanδは小さい。しかし、図2の(D)、(E)に示すごとく、平均粗さRaは小さくなく、従って、表面ラフネスは大きくかつ耐電圧特性が悪い。
【0036】
他方、PZT圧電体層5BのZr/(Zr+Ti)組成比xは0.61〜0.65たとえば0.64であり、PZT圧電体層5A−1、5A−2に比較してZrリッチである。従って、図2の(A)に示すごとく、圧電定数-d31はより大きく圧電特性はより良好であり、また、図2の(D)、(E)に示すごとく、平均粗さRaは小さく、従って、表面ラフネスは小さく、また耐電圧特性は良好である。しかし、図2の(B)、(C)に示すごとく、比誘電率εが大きくかつ誘電損失係数tanδが大きくなる。
【0037】
従って、第1層であるPZT圧電体層5Aの厚さは、たとえば、PZT圧電体層5A−1、5B’、5A−2の全体の40%〜50%たとえば45%の厚さとすると、表面ラフネスが大きい膜となる。また、第2層であるPZT圧電体層5Bの厚さは、たとえば、PZT圧電体層5A−1、5B’,5A−2の全体の5〜15%たとえば10%の厚さとすると、PZT圧電体層5A−1をそのまま形成した場合に比較して、PZT圧電体層5B’によってその表面ラフネスは小さくなる。さらに、第3層であるPZT圧電体層5A−2の厚さは、たとえば、PZT圧電体層5A−1、5B’,5A−2の全体の40%〜50%たとえば45%の厚さとすると、PZT圧電体層5A−1をそのまま形成した場合に比較して、PZT圧電体層5Bの小さな表面ラフネスの影響を受けてPZT圧電体層5A−1の表面ラフネスは小さくなる。
【0038】
上述のごとく、PZT圧電体層5A−1、5B’,5A−2の厚さ比を45%、10%、45%とすれば、実質的なZr/(Zr+Ti)組成比xは0.586であり、従って、図2の(A)、(B)、(C)に示すごとく、圧電特性、比誘電率ε、誘電損失係数tanδは余り変化がない。特に、誘電損失係数tanδは0.02程度と小さく、熱による特性変動、寿命劣化は少なく、耐電圧特性の向上にも寄与する。また、図2の(D)に示すごとく、表面ラフネスは僅かに向上し、従って、図1に示すごとく、リークパスLPは図15の圧電アクチュエータに比較してもほとんど発生しない。この結果、図2の(E)に示すごとく、耐電圧特性は大幅に向上する。
【0039】
図3図1の圧電アクチュエータの製造方法を説明するためのフローチャートである。図3においては、図16のフローチャートにおけるADRIP工程に1201、1601の代わりに、PZT圧電体層5A−1を形成するためにADRIP工程301ZrリッチなPZT圧電体層5Bを形成するためのADRIP工程302及びPZT圧電体層5A−1と同一のPZT圧電体層5A−2を形成するためのADRIP工程303を設けてある。この場合、PZT圧電体層5A−1を形成するためのADRIP工程301、ZrリッチなPZT圧電体層5B’を形成するためのADRIP工程302及びPZT圧電体層5A−2を形成するためのADRIP工程303は、図12のADRIP 工程1201と同様のADRIP装置を用いて連続的に実行される。従って、プロセスマージンの狭小化を防ぐことができる。また、図1の圧電アクチュエータにおいては、PZT圧電体層5A−1、ZrリッチなPZT圧電体層5B’及びPZT圧電体層5A−2の結晶成長が連続となり、この結果、この組成比が連続的に変化する界面部分が圧電アクチュエータの駆動による機械的振動によって割れ、圧電アクチュエータが破損することを防止できる。
【0040】
次に、図3のADRIP工程301、302,303の具体例を説明する。
【0041】
ADRIP工程301において、ADRIP装置を用いてZr/(Zr+Ti)組成比x=0.58、Pb/(Zr+Ti)=1.24となるように、Pb蒸気、Zr蒸気及びTi蒸気を制御し、PZT圧電体層5A−1を厚さ0.9μmで形成する。そして基板シャッタ(図示せず)を閉じてADRIP工程302に進む。
【0042】
次に、ADRIP工程302にて、基板シャッタを開け、同一ADRIP装置を用いてZr/(Zr+Ti)組成比x=0.64、Pb/(Zr+Ti)=1.24となるように、Pb蒸気、Zr蒸気、及びTi蒸気を制御し、PZT圧電体層5B’を厚さ0.2μmで形成する。そして、基板シャッタ(図示せず)を閉じてADRIP工程303に進む。
【0043】
最後に、ADRIP工程303にて、基板シャッタを開け、同一ADRIP装置を用いてZr/(Zr+Ti)組成比x=0.58、Pb/(Zr+Ti)=1.24となるように、Pb蒸気、Zr蒸気、及びTi蒸気を制御し、PZT圧電体層5A−2を厚さ0.9μmで形成する。そして、基板シャッタを閉じる。
【0044】
尚、上述のADRIP工程301,302,303においてZr蒸気のみを変化させたのは、Zrはゲッタリング効果がないので、成膜圧力の変動がなく、Pb、Ti蒸気量に影響を及ぼすおそれがないからである。
【0045】
このようにして得られた三層のPZT圧電体層による圧電アクチュエータによれば、耐電圧特性は25.4V/μmであり、Pt上部電極層6の表面ラフネスの平均粗さ(Ra)は49Åであった。
【0046】
これに対し、図12の圧電アクチュエータにおいて、ADRIP装置を用いて、PZT圧電体層5Aを厚さ2.0μmで形成した。この結果、耐電圧特性は15.1V/μmであり、Pt上部電極層6の表面ラフネスの平均粗さ(Ra)は60Åであった。また、図15の圧電アクチュエータにおいて、ADRIP装置を用いて、PZT圧電体層5Aを厚さ2.5μmで形成し、TiリッチのPZT圧電体層5Bを厚さ0.3μmで形成した。この結果、耐電圧特性は22.78V/μmであり、Pt上部電極層6の表面ラフネスの平均粗さ(Ra)は65Åであった。
【0047】
このように、図12図15の圧電アクチュエータと比較して図1の圧電アクチュエータの表面ラフネスは抑制されるので、リークパスの発生は抑止でき、この結果、耐電圧特性を大幅に向上できる。
【0048】
尚、上述の実施の形態においては、PZT圧電体層5A−1、5A−2のZr/(Zr+Ti)組成比xは同一である必要はなく、MPB値(x=0.52付近)より大きくかつPZT圧電体層5B’のZr/(Zr+Ti)組成比xより小さければよい。
【0049】
また、本発明は、上述の実施の形態の自明の範囲のいかなる変更にも適用し得る。
【産業上の利用可能性】
【0050】
本発明に係る圧電アクチュエータは、光スキャナイングジェックプリンタヘッド、ジャイロセンサ等に利用できる。
【符号の説明】
【0051】
1:単結晶シリコン基板
1’:振動板
2:酸化シリコン層
3:Ti密着層
4:Pt下部電極層
5、5’:PZT圧電体層
5a:PbリッチPZT圧電体層
5b:PbリーンPZT圧電体層
5A、5A−1、5A−2:PZT圧電体層
5B:TiリッチPZT圧電体層
5B’:ZrリッチPZT圧電体層
6:Pt上部電極層
1301:真空チャンバ
1302−1:Pb蒸発源
1302−2:Zr蒸発源
1302−3:Ti蒸発源
1302−1S、1302−2S、1302−3S:蒸気量センサ
1303:ヒータ付ウェハ回転ホルダ
1303a:ウェハ
1304:圧力勾配型プラズマガン
1305:O2ガス導入口
1306:排気口
図1
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図3
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