【文献】
西村 律郎, 向井 信彦, 小杉 信,粒子法による流体表現のリアルタイム化に関する検討,映像情報メディア学会 2004年年次大会講演予稿集,日本,社団法人映像情報メディア学会,2004年 8月 2日
【文献】
向井 信彦, 西村 律郎, 小杉 信,手術シミュレータ向け出血表現の高速化手法,日本バーチャルリアリティ学会論文誌,日本,特定非営利活動法人日本バーチャルリアリティ学会,2006年 9月30日,第11巻/第3号,第371-376頁
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の好ましい実施の形態を、図面を参照しながら説明する。
【0018】
本実施の形態に係る流動解析装置は、解析対象である物体の運動を粒子法によりシミュレートするものである。つまり、流動解析装置は、解析対象を複数の粒子から構成されたものとして、粒子の運動方程式に基づいて各粒子の位置をタイムステップ毎に算出する。解析対象は、塑性変形又は流動する連続体、又は連続体とみなすことができる物体であり、具体的には、樹脂、ゴム、プラスチック、鋳造時の金属等の高粘性流体、水のような低粘性流体、鍛造時、塑性変形時における金属等の固体、セメント等の粉体を含む。なお、以下の説明では、微圧縮性流体である高粘性流体を解析対象としている。
【0019】
[流動解析装置の構成]
図1は、本実施の形態に係る流動解析装置の構成を示すブロック図である。流動解析装置1は、コンピュータ10によって実現される。
図1に示すように、コンピュータ10は、本体11と、入力部12と、表示部13とを備えている。本体11は、CPU111、ROM112、RAM113、ハードディスク115、読出装置114、入出力インタフェース116、及び画像出力インタフェース117を備えており、CPU111、ROM112、RAM113、ハードディスク115、読出装置114、入出力インタフェース116、及び画像出力インタフェース117は、バスによって接続されている。
【0020】
CPU111は、RAM113にロードされたコンピュータプログラムを実行することが可能である。そして、流動解析用のコンピュータプログラムである流動解析プログラム110を当該CPU111が実行することにより、コンピュータ10が流動解析装置1として機能する。
【0021】
ROM112は、マスクROM、PROM、EPROM、又はEEPROM等によって構成されており、CPU111に実行されるコンピュータプログラム及びこれに用いるデータ等が記録されている。
【0022】
RAM113は、SRAMまたはDRAM等によって構成されている。RAM113は、ハードディスク115に記録されている流動解析プログラム110の読み出しに用いられる。また、CPU111がコンピュータプログラムを実行するときに、CPU111の作業領域として利用される。
【0023】
ハードディスク115は、オペレーティングシステム及びアプリケーションプログラム等、CPU111に実行させるための種々のコンピュータプログラム及び当該コンピュータプログラムの実行に用いられるデータがインストールされている。流動解析プログラム110も、このハードディスク115にインストールされている。
【0024】
ハードディスク115には、例えば米マイクロソフト社が製造販売するWindows(登録商標)等のオペレーティングシステムがインストールされている。以下の説明においては、本実施の形態に係る流動解析プログラム110は当該オペレーティングシステム上で動作するものとしている。
【0025】
読出装置114は、フレキシブルディスクドライブ、CD−ROMドライブ、またはDVD−ROMドライブ等によって構成されており、可搬型記録媒体120に記録されたコンピュータプログラムまたはデータを読み出すことができる。また、可搬型記録媒体120には、コンピュータを流動解析装置として機能させるための流動解析プログラム110が格納されており、コンピュータ10が当該可搬型記録媒体120から流動解析プログラム120を読み出し、当該流動解析プログラム120をハードディスク115にインストールすることが可能である。
【0026】
入出力インタフェース116は、例えばUSB,IEEE1394,又はRS-232C等のシリアルインタフェース、SCSI,IDE,又は IEEE1284等のパラレルインタフェース、及びD/A変換器、A/D変換器等からなるアナログインタフェース等から構成されている。入出力インタフェース116には、キーボード及びマウスからなる入力部12が接続されており、ユーザが当該入力部12を使用することにより、コンピュータ10にデータを入力することが可能である。
【0027】
画像出力インタフェース117は、LCDまたはCRT等で構成された表示部13に接続されており、CPU111から与えられた画像データに応じた映像信号を表示部13に出力するようになっている。表示部13は、入力された映像信号にしたがって、画像(画面)を表示する。
【0028】
[流動解析装置の動作]
以下、本実施の形態に係る流動解析装置1の動作について説明する。
【0029】
流動解析装置1は、以下に説明するような流動解析処理を実行して、解析対象の運動をシミュレートする。本実施の形態に係る流動解析装置1では、粒子法の一つであるEFGM(Element-free Galerkin Method)を利用して流動シミュレーションを行う。
【0030】
図2は、本実施の形態に係る流動解析装置1による流動解析処理の手順を示すフローチャートである。
【0031】
流動解析処理において、まずCPU111は、計算条件を設定する(ステップS1)。この処理において、各種パラメータが設定される。
【0032】
次にCPU111は、初期粒子配置を設定する(ステップS2)。初期粒子配置では、隣り合う粒子間の距離が等しいものとされる。なお、ここでは初期粒子配置において、隣り合う粒子間の距離を等しくないものとしてもよい。後述するステップS7の処理により、隣り合う粒子間の距離がそろえられるためである。
【0033】
次にCPU111は、注目粒子に近接する粒子を探索する(ステップS3)。この処理では、注目粒子の運動に影響を与える粒子が存在する領域である影響領域の半径が予め定められており、注目粒子を中心とした影響領域に含まれる粒子が探索される。1つの注目粒子について近接粒子の探索が終了すると、CPU111は次の注目粒子を設定し、近接粒子を探索する。このようにして、全ての粒子に関して近接粒子の探索が行われる。
【0034】
次にCPU111は、各粒子の運動方程式を作成する(ステップS4)。以下、粒子の運動方程式について説明する。
【0035】
<場の近似>
本実施の形態では、場の近似のためにmoving least square(MLS)補間を用いた。MLSでは、連続体の任意点xにおける量Φ(x)は次式のように表される。
【数1】
ここで、
【数2】
であり、Φ
Iは粒子点IのΦ値、Nは粒子総数を示す。p(x)はm次多項式の基底ベクトルであり、例えば2次元でm=1の場合、p
T (x)=[1,x,y]となる。
【0036】
また、
【数3】
である。w
Iは重み関数で、ここでは以下の式を用いた。
【数4】
ここにr=|x−x
I|、αは定数、r
0は影響領域の半径である。例えば、α=7、r
0を初期粒子間隔の2.6倍とすることができる。
【0037】
<支配方程式の離散化>
(1)支配方程式と汎関数
本実施の形態では、Re数1.0以下程度の高粘性体を対象とする。そこで、慣性力を無視した以下の支配方程式を用いる。
【数5】
【0038】
式(7)乃至(9)に対して、以下の汎関数を定義する。
【数6】
式(10)の右辺第3項は速度境界条件を満たすために導入したペナルティ項であり、κは非常に大きな数(本実施の形態では10
10とした)である。
【0039】
(2)離散化
任意点xの速度を式(1)を用いて次式で表す。
【数7】
【0040】
汎関数の停留条件と式(11)から以下の方程式が得られる。
【数8】
式(13)及び(14)において、添え字I,Jは、粒子I,Jに関する成分であることを表している。
【0041】
2次元問題に関しては、各マトリックス成分は下式のようになる。
【数9】
ここにμは粘性係数、λは体積圧縮係数である。
【0042】
非圧縮性流体の場合λ=∞であるが、本実施の形態では微圧縮性流体を仮定してλ=100μとした。このような微圧縮性問題でしばしば問題になるロッキング現象は、後述の評価試験では発生しなかった。
【0043】
また、式(6)の重み関数を使用すると粒子点の値が補間値と同一にならない(φ(x
I)≠φ
I)が、式(13)、(14)のペナルティ項によって、式(11)で計算される境界上の速度を既定速度に一致させることができる。
【0044】
(3)積分法
一般にEFGMでは数値積分用のセルが必要であり、これが計算負荷を上げる要因になっている。そこで、積分点を粒子点と一致させ(nodal integration)、積分セルを不要にした。この場合、式(13)、(14)は以下のようになる。
【数10】
ここに、V
aは粒子aの体積、S
au及びS
atのそれぞれは粒子aのΓ
u及びΓ
t上の面積を表す。V
aは、初期粒子が等間隔で配置されていることを前提に計算した。なお、ここではnodal integrationにともなって発生する圧力振動抑制のための処理は行わないが、当該処理を行うこととしてもよい(Beissel, S. et al.: Nodal integration of the element-free Galerkin method, Comput. Methods Appl. Mech. Engrg. , Vol. 139, pp49-74, 1996.を参照)。
【0045】
図2の説明に戻る。ステップS4の処理を行った後、CPU111は、粒子速度を算出する(ステップS5)。本実施の形態では、粒子速度を完全陰解法により求め、粒子座標の更新を2次のRunge-Kutta法を用いた。ステップS5の処理について、詳細に説明する。
【0046】
まず、粒子速度ベクトルを下式のように規定し、式(11)より粒子点の補間速度U
tを求める。
【数11】
ここに、xは粒子座標ベクトルを、添字tは時刻tにおける値を示す。
【0047】
次に、下式よりΔt/2後の粒子座標ベクトルを算出する。
【数12】
ここに、Δtは時間刻み幅を示している。つまり、tを前回のタイムステップとすると、今回のタイムステップはt+Δtとなる。
【0048】
時刻t+Δt/2における粒子速度ベクトルは、下式より与えられる。
【数13】
【0049】
式(11)により、粒子点の補間速度U
t+Δt/2を求める。
【0050】
以上のようにして粒子速度を算出した後、CPU111は、今回のタイムステップにおける粒子位置を算出し、粒子位置を更新する(ステップS6)。時刻t+Δtにおける粒子位置は、次式によって与えられる。
【数14】
【0051】
μがひずみ速度依存性の場合には、ステップS6の処理を終了後ひずみ速度を計算してμを修正し、タイムステップを進めずに再度ステップS5に戻って、μの変化が許容値以下になるまで反復計算すればよい。あるいは、反復計算を実施する代りにΔtを十分小さく取ってΔt前の時刻のひずみ速度に対するμを近似値として用いる方法もある。
【0052】
以上のステップS1乃至S6の処理は、EFGMにより実現した処理である。また、ステップS5及びS6の処理は、前回のタイムステップtにおける各粒子の位置X
t及び各粒子の物理的状態に関する粒子情報(速度、圧力、温度、応力、質量、体積、密度等)から、各粒子の速度を決定し、決定された速度を用いて今回のタイムステップt+Δtにおける各粒子の位置を決定する位置決定処理S100である(
図2参照)。
【0053】
上記の位置決定処理S100で得られた各粒子の位置では、解析対象中の粒子の分布に粗密が生じる、つまり、隣り合う粒子の間隔がそろっていない場合がある。そこで、CPU111は、このような粒子の分布の粗密を減ずるよう、粒子を再配置する(ステップS7)。この処理では、再配置の前後において解析対象の体積が変化しないように粒子が再配置される。
【0054】
ステップS7の処理について説明する。
図3A乃至
図3Dは、粒子の再配置処理を説明するための模式図である。
図3Aは、粒子位置の更新前の粒子の位置の一例を示しており、
図3Bは、
図3Aの状態から更新した粒子位置を示している。また、
図3Cは、
図3Bの状態から粒子を再配置する処理の概念を示しており、
図3Dは、
図3Bの状態から再配置した粒子の位置を示している。
【0055】
図3Aに示すように、粒子位置の更新前においては、隣り合う粒子間の距離がそろっている。つまり、各粒子を中心とした円形の衝突感知領域が設定されており、隣り合う粒子において衝突感知領域が接した状態とされ、2以上の衝突感知領域が重なり合ったり、衝突感知領域が互いに離隔したりしないようになっている。粒子表面から衝突感知領域の外縁までの距離が、衝突感知距離とされている。
【0056】
図3Aの状態から、算出した粒子速度で各粒子を移動させることで、粒子位置が更新され、
図3Bに示す状態になる。
図3Bでは、各粒子が近づくように移動された結果、複数の粒子の衝突感知領域が重なり合う、つまり、隣り合う粒子の間の距離が衝突感知距離の2倍よりも短くなっている。また、
図3Bでは、隣り合う粒子の間の距離が衝突感知距離の2倍よりも短くなった場合を示しているが、隣り合う粒子の間の距離が衝突感知距離の2倍よりも大きくなる場合もある。
【0057】
粒子位置が更新された後、隣り合う粒子をバネで接続することを想定する。このバネは、自然長が衝突感知距離の2倍とされている。つまり、バネが自然長のとき、隣り合う粒子の間の距離は衝突感知距離の2倍となる。
図3Cに示すように、隣り合う粒子間の距離が衝突感知距離の2倍よりも短いとき、これらの粒子を繋ぐバネは自然長よりも縮短しているので、これらの粒子に反発力を作用させ、粒子を互いに離反させる。また、隣り合う粒子間の距離が衝突感知距離の2倍よりも大きいときには、これらの粒子は衝突していないものとして、粒子間力は作用しないものとする。ただし、粒子間力の吸引力を無視できない流動体の場合には、これらの粒子に吸引力を作用させ、粒子を互いに近接させる。また、上記バネの運動モデルには減衰率を設定しておく。
【0058】
バネの運動モデルに減衰率を設定したことにより、バネによる粒子間距離の調整を繰り返し実行すると、隣り合う粒子間の距離は衝突感知距離の2倍に近づいていく。隣り合う粒子間の距離と衝突感知距離の2倍との差が許容値以下となったとき、CPU111は粒子の再配置の処理を終了する。これにより、
図3Dに示すように、隣り合う粒子の衝突感知領域が重なったり互いに離隔したりせず、接する状態となる。つまり、隣り合う粒子間の距離がそろった状態となり、粒子の分布の粗密が解消される。
【0059】
なお、ここでいう「距離をそろえる」とは、隣り合う粒子間の距離が一定となるだけでなく、数値計算上の誤差又は上記の許容値等によるバラツキがあっても、実質的に粒子間の距離が等しくなることも含む。
【0060】
粒子の再配置処理をさらに具体的に説明する。粒子の再配置処理は、以下の手順で行われる。
【0061】
まず、CPU111は、下式により粒子速度及び粒子位置を初期設定する。
【数15】
【0062】
次に、CPU111は、粒子に作用する力Qを次式で計算する。
【数16】
【0063】
次に、CPU111は、粒子速度及び粒子位置を次式で更新する。
【数17】
【0064】
上記の粒子に作用する力Qの算出ステップ、並びに粒子速度及び粒子位置の更新ステップを、xの変動が許容値以下になるまで繰り返し実行する。
【0065】
上記の粒子の再配置処理によれば、粒子間距離がs
0以下になった場合に反発力が働き、一定の繰り返し後粒子間距離s
0の均等配置となる。なお、k、c、Δtには物理的意味がないので、繰り返し数を少なくするよう自由に設定することができる。
【0066】
図2の説明に戻る。上記の粒子の再配置処理を終了した後、CPU111は、再配置後の粒子情報を取得する(ステップS8)。
【0067】
ステップS8の処理について説明する。
図4A及び
図4Bは、粒子情報の取得処理を説明するための模式図である。
図4Aは、再配置された粒子を示しており、
図4Bは、粒子情報の取得処理の概念を示している。
【0068】
図4Aにおいて、実線の円は再配置後の粒子を示しており、破線の円は再配置前の粒子を示している。いま、図中斜線を付した粒子を注目粒子P0とする。注目粒子P0を中心として円形の影響領域A0が設定される。この注目粒子P0の粒子情報(速度、圧力、温度、応力、質量、体積、密度等)は、再配置前に前記影響領域A0内に存在していた各粒子に影響を受けると考える。
【0069】
図4Bでは、再配置前の粒子PPの位置及び再配置後の注目粒子P0の位置が示されている。影響領域A0内に存在する粒子PP(図中網掛けにて示す)の粒子情報に基づいて、次式により注目粒子P0の粒子情報が算出される。
【数18】
ここで、Wは重み関数であり、Φは速度、圧力等の粒子情報を示している。
【0070】
再配置後の粒子情報の取得処理が終了すると、CPU111は、粒子のひずみ速度及び応力を計算する(ステップS9)。この処理において、粒子のひずみ速度は次式より求められる。
【数19】
ここで、ε
i,jはひずみ速度を、u
i,j、u
j,iは速度勾配を示している。また、粒子の応力は、得られたひずみ速度に粘性係数を乗ずることにより求められる。
【0071】
なお、上述したステップS7乃至S9の処理は、毎タイムステップ実行される必要はない。位置決定処理S100において決定された各粒子の位置が、前回のタイムステップにおける位置から所定値未満しか変動しておらず、粒子の移動量が少ないと評価されるような場合には、ステップS7乃至S9の処理を実行しなくてもよい。これにより、解析の精度を損なうことなく、計算時間を抑制することができる。ただし、より高精度な解析が求められるような場合には、ステップS7乃至S9の処理を毎タイムステップ実行する構成とすることも可能である。
【0072】
次にCPU111は、流動解析処理を終了するか否かを判定し(ステップS10)、流動解析処理を終了しない場合には(ステップS10においてNO)、タイムステップを1つ進めて(ステップS11)、ステップS3へと処理を移す。以降、CPU111は、流動解析処理を終了すると判定するまで、ステップS3乃至S11の処理を繰り返す。これにより、粒子の位置及び粒子情報の時間的な変化がシミュレートされ、時系列の粒子位置情報及び粒子情報が取得される。
【0073】
ステップS10において、流動解析処理を終了する場合には(ステップS10においてYES)、CPU111は、解析結果を表示部13に出力し(ステップS12)、流動解析処理を終了する。表示される解析結果としては、あるタイムスステップにおける粒子位置を座標空間に描画した画像、又は粒子情報の数値データ等がある。また、粒子位置を座標空間に描画した画像を時系列で並べたり、時系列で表示遷移したりして、粒子の位置の時間変化をわかりやすくユーザに提示することも可能である。
【0074】
以上の如く構成したことにより、本実施の形態に係る流動解析装置1は、粒子の分布の粗密が低減され、より実際の物体の運動に近い解析結果を得ることができる。
【0075】
また、本実施の形態に係る流動解析装置1は、合成樹脂、ゴム等の混練時の挙動、プラスチック等の射出成形時の挙動、金属の鋳造時又は鍛造時の挙動、金属の塑性変形時の挙動、水のような低粘性流体の挙動等、様々な物体の挙動の解析に利用することが可能である。
【0076】
(評価試験)
上記の実施の形態において説明した流動解析装置を実際に作成し、その性能を評価した。
【0077】
(1)試験1
本発明者は、二重円筒内が粘性流体で満たされ、内筒が各速度ω
0で回転している場合の定常解を計算する試験を実施した。
【0078】
本試験において、粘性係数は、下式で示されるべき乗則に従うものとした。
【数20】
【0079】
慣性項を省略した円筒座標系のNS方程式を、流速の周方向成分のみを考慮して境界固着条件で解くと以下の解が得られる。
【数21】
ここで、uは周方向速度を、τはせん断応力を、rは半径方向の座標を、Rは外筒半径を、ξは内筒半径と外筒半径との比を、Tは内筒(外筒)に作用するトルクを示している。
【0080】
図5は、本試験における二重円筒問題の解析モデルを説明するための模式図である。
図5には、初期配置された粒子が示されている。この初期配置では、隣り合う粒子の間隔がそろえられている。なお、
図5に解析条件も示している。
【0081】
本試験では、以下の材料を考えた。
材料A:μ
0=1000Pa・s,α=1.0
材料B:μ
0=11324.76Pa・s,α=0.3
【0082】
本問題の場合、粒子の周方向速度は周方向位置又は時刻に依らずに式(20)に一致せねばならないが、実際には粒子の移動とともに誤差が蓄積する。そこで、誤差を評価するために内筒の1回転後の結果を本手法と従来手法(従来のEFGMによる解析手法)とについて求め、両者を比較した。
【0083】
図6は、従来手法による材料Aの内筒1回転後の粒子位置の解析結果を示す図である。
図6に示すように、従来手法による解析結果では、粒子配置が初期と比べて大きく乱れており、クラスタリングの発生も見られる。一方本手法においては、内筒1回転後も
図5と同様粒子分布は概ね一様となった。
【0084】
図7A及び
図7Bに、解析した全粒子についての1回転後の周方向速度と粒子の半径方向座標との関係を示す。
図7Aは、本手法による結果であり、
図7Bは、従来手法による結果である。
図7A及び
図7Bより、本手法による結果は、厳密な数値計算により得られた解析結果(以下、「解析解」という。)とよく一致しているが、従来手法による結果は大きなばらつきを生じていることがわかる。特に材料B(非Newton流体)ではその傾向が強い。
【0085】
次表は、1回転後のトルクの比較結果を示している。なお、ここでは解析解に対する誤差によって本手法と従来手法との比較を行っている。
【表1】
【0086】
トルクは、次式の境界粒子力から求めた。
【数22】
ここに、R
Iは境界上の粒子Iに作用する力を、U
Iは式(11)で計算される補間速度を示している。
【0087】
上表から、本手法においては解析解に対するトルクの誤差が1%以下になることがわかる。また下表は、本手法において初期粒子間隔のトルクに及ぼす影響を調べた結果を示している。下表から、本手法では、粒子間隔4mm(流路幅方向に粒子が4体程度)と、かなり疎な配置でも精度を維持できることがわかる。
【表2】
【0088】
(2)試験2
本発明者は、
図8に示すような円筒バレルと円柱ロータから構成された回転実験装置内に、シリコンオイルを充填した後、円柱ロータを回転させてその挙動をビデオ観察した。また、同様の解析モデルについて本手法及び従来手法によって解析を行い、ビデオ観察した実際の流体運動と、解析結果とを比較した。なお、
図8には、解析条件も示している。
【0089】
シリコンオイルの粘性係数は、室温でせん断ひずみ速度が50s
−1以下では概ね100Pa・sである。なお、実験では流体内に多数の気泡が見られるが、気泡の少ない実験との比較から、気泡の流体自由表面形状に及ぼす影響はほとんど無いことを確認している。
【0090】
図9A乃至
図9Eは、実験装置の観察結果及び本手法による解析結果を示す図である。
図9Aには1/4回転後の結果を、
図9Bには1/2回転後の結果を、
図9Cには3/4回転後の結果を、
図9Dには1回転後の結果を、
図9Eには3回転後の結果を示している。
【0091】
なお、
図9A乃至
図9Eにおける本手法の解析結果において、実験装置のビデオ観察結果から得られた自由表面形状を黒色の実線で示している。同図からわかるように、ロータに巻き取られた流体が1回転後に下部流体と合流する近傍において、本手法の解析結果の方が観察結果より流体量がやや多くなるなど若干の相違が見られるが、解析結果と観察結果とは概ね一致している。なお、本解析に要した計算時間は1 回転当り528秒であった(i5-3210M,2.5GHz,1コア)。
【0092】
図10は、実験装置の観察結果、本手法による解析結果、及び従来手法による解析結果を比較する図である。
図10では、ロータを1回転させたときの結果を示している。
図10では、本手法による解析結果では粒子の分布が均一であり、自由表面形状が観察結果とよく合致していることがわかる。一方、従来手法では、粒子の分布に粗密が生じた結果、ロータの周囲において流体の欠落が生じており、自由表面形状が観察結果と合致していない。
【0093】
(その他の実施の形態)
なお、上述した実施の形態においては、粒子の位置が更新された後、隣り合う粒子間の間隔がそろうように粒子の再配置を行う構成について述べたが、これに限定されるものではない。隣り合う粒子間の間隔がそろうとはいえなくても、粒子の分布の粗密が減少するように粒子を再配置する構成とすることも可能である。例えば、粒子の再配置処理において、隣り合う粒子間の距離と衝突感知距離の2倍との差の許容値を比較的大きくして、隣り合う粒子間の距離の制限を緩和することができる。このようにすることによって、粒子間距離の調整の繰り返し回数が抑制され、解析結果で十分な精度を確保しつつ、流動解析処理の計算時間を抑えることができる。また、これにより、粉体のような圧縮性の高い材料についても解析することが可能となる。
【0094】
また、上述した実施の形態においては、粒子の再配置処理においてバネの運動モデルを利用する構成について述べたが、これに限定されるものではない。隣り合う粒子の間隔が一定とされた粒子配置のテンプレートを予め設けておき、粒子位置が更新された後、更新された粒子が存在する領域に前記テンプレートを適用して粒子を置き換えることで、粒子を再配置することも可能である。なお、ここでいう「粒子の再配置」とは、処理の前後における個々の粒子の対応関係を維持したまま、各粒子の位置関係を変更することだけでなく、処理前の粒子と対応させることなく新たな粒子に置き換えて、各粒子の位置関係を変更することも含む。
【0095】
また、上述した実施の形態においては、粒子の再配置処理の後に粒子情報取得処理を実行し、再配置前に注目粒子の影響領域内に存在していた各粒子の粒子情報に基づいて、注目粒子の粒子情報を算出する構成について述べたが、これに限定されるものではない。粒子情報取得処理を省くことも可能である。この場合、粒子の再配置処理における粒子間距離の調整の繰り返し時間間隔Δtを十分に小さく設定し、粒子間距離の調整を細かくすることで、1回の調整における粒子の座標変動量を小さくして粒子情報の精度を確保すればよい。
【0096】
また、上述した実施の形態においては、流動解析処理において、EFGMを利用して各粒子の速度を決定し、決定された速度を用いて各粒子の位置を決定する構成について述べたが、これに限定されるものではない。EFGMとは異なる粒子法であるMPS(Moving Particle Semi-implicit)又はSPH(Smoothed Particle Hydrodynamics)等を利用して、各粒子の速度を決定し、決定された速度を用いて各粒子の位置を決定する構成とすることも可能である。