特許第6273511号(P6273511)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6273511甲殻類の生の状態での発色方法及び発色甲殻類の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6273511
(24)【登録日】2018年1月19日
(45)【発行日】2018年2月7日
(54)【発明の名称】甲殻類の生の状態での発色方法及び発色甲殻類の製造方法
(51)【国際特許分類】
   A23L 17/40 20160101AFI20180129BHJP
   A23L 17/00 20160101ALI20180129BHJP
   A23L 5/40 20160101ALI20180129BHJP
【FI】
   A23L17/40 A
   A23L17/00 A
   A23L5/40
【請求項の数】7
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2016-258013(P2016-258013)
(22)【出願日】2016年12月29日
(65)【公開番号】特開2017-118877(P2017-118877A)
(43)【公開日】2017年7月6日
【審査請求日】2017年3月23日
(31)【優先権主張番号】特願2015-257899(P2015-257899)
(32)【優先日】2015年12月30日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】516020503
【氏名又は名称】エム・ユー・フーズ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088650
【弁理士】
【氏名又は名称】小山 義之
(72)【発明者】
【氏名】宗我部 洋子
【審査官】 松岡 徹
(56)【参考文献】
【文献】 特開平11−089543(JP,A)
【文献】 特開2010−022355(JP,A)
【文献】 足立 亨介,凍結解凍後のエビ類における黒色化の防除策,冷凍,2009年,Vol.84, No.985,Pages 41-43
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23L
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
殻を除いた海老、蟹等の甲殻類を、pH10〜14のアルカリ性水溶液により処理することにより、カロチノイド系色素を赤色に発色させ、次いで酢酸その他の食用可能な酸の水溶液で処理して、該甲殻類の剥き身の表面が弱アルカリ性乃至中性になるまで中和する、生の状態での甲殻類の発色方法において、中和後の該甲殻類を、L−アスコルビン酸又はその塩、エリソルビン酸又はその塩、を10ppm〜0.3ppmの濃度で含有する黒変防止水溶液で処理することを特徴とする生の状態での甲殻類の発色方法。
【請求項2】
殻を除いた海老、蟹等の甲殻類を、pH10〜14のアルカリ性水溶液により処理することにより、カロチノイド系色素を赤色に発色させ、次いで酢酸その他の食用可能な酸の水溶液で処理して、該甲殻類の剥き身の表面が弱アルカリ性乃至中性になるまで中和する、生の状態での甲殻類の発色方法において、中和後の該甲殻類を、カテキン、トコフェロールまたはその誘導体を100ppm〜0.2ppmの濃度で含有する黒変防止水溶液で処理することを特徴とする生の状態での甲殻類の発色方法。
【請求項3】
該黒変防止水溶液が蔗糖2〜15重量%又は同等の甘味を呈する濃度の他の糖類及び食塩1〜6重量%を含有する調味液である請求項1又は2記載の生の状態での甲殻類の発色方法。
【請求項4】
該アルカリ性水溶液により該甲殻類を処理する工程において、該アルカリ性水溶液の処理槽を複数設け、該甲殻類を順次該複数のアルカリ性水溶液槽に浸漬する、複数のアルカリ性水溶液処理工程を設ける請求項1、2、又は3記載の生の状態での甲殻類の発色方法。
【請求項5】
該アルカリ性水溶液により該甲殻類を処理する工程において、該アルカリ性水溶液の処理槽を複数設け、該甲殻類を順次該複数のアルカリ性水溶液槽に浸漬する複数のアルカリ性水溶液処理工程において、複数の各該アルカリ性水溶液処理工程の間又は、少なくとも第1アルカリ性水溶液処理工程と第2アルカリ性水溶液処理工程の間に、冷水で水洗する水洗工程を設ける請求項記載の生の状態での甲殻類の発色方法。
【請求項6】
該酸の水溶液により中和する中和工程において、該酸の水溶液の処理槽を複数設け、該甲殻類を順次該複数の酸の水溶液槽に浸漬する請求項1、2、3、4、又は5記載の生の状態での甲殻類の発色方法。
【請求項7】
殻を除いた海老、蟹等の甲殻類を、pH10〜14のアルカリ性水溶液により処理することにより、カロチノイド系色素を赤色に発色させ、次いで酢酸その他の食用可能な酸の水溶液で処理して、該甲殻類の剥き身表面が弱アルカリ性乃至中性になるまで中和する発色甲殻類の製造方法において、中和後の該甲殻類を、L−アスコルビン酸又はその塩、エリソルビン酸又はその塩を10−0.3ppm又はカテキン、トコフェロールまたはその誘導体を100ppm〜0.ppmの濃度で含有する黒変防止水溶液で処理することを特徴とする生の状態の発色甲殻類の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カロチノイド系色素を有する海老、蟹等の甲殻類を加熱せずに、生鮮状態で赤色に発色させる方法及び発色した甲殻類の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
海老、蟹等の甲殻類は赤色の外観の美しさとその旨味により、食材として広く好まれている。多くの甲殻類は生鮮状態では暗赤色、青色、紫色、緑色を呈し、加熱することにより、初めて鮮やかな赤色に発色する。暗色の海老、蟹等は鮮やかな赤色に発色せしめて初めて食味をそそるため、通常は加熱により発色させている。海老、蟹等の加熱による発色は、カロチノイド系色素であるアスタキサンチン等の色素が蛋白質と結合して種々の色調を呈するが、加熱により色素が遊離して、鮮やかな赤色に発色すると考えられている。
【0003】
しかし海老、蟹等の甲殻類を発色させるために水煮、蒸煮等により加熱すると、その肉中の蛋白質が変性して、特有の甘味と旨味を有する肉質が全く変質してしまう。そこで、短時間の煮沸により海老の殻のみを発色させ、内部の肉質をできるだけ生鮮状態に保つ所謂ブランチング発色法が提案されている(特許文献1)。また、海老、蟹等の甲殻類を水蒸気の存在下で遠赤外線で加熱する方法が開示されている(特許文献2)。
【0004】
上記従来法の短時間の煮沸による甲殻類の発色法は、殻のみを発色させるため所謂ブラックタイガーと通称されるウシエビ等の如く、生鮮状態の剥き身が暗色を呈する海老では、内部の肉質を生鮮状態に保ったまま、剥き身表面を赤色に発色するように煮沸処理することは不可能である。内部の剥き身表面まで発色させようとすると、必ず肉部の蛋白質が加熱変性して生鮮状態に保つことはできない。又赤外線加熱法では、内部の肉質まで加熱変性して生鮮状態に保つことは不可能である。
【0005】
そこで、生鮮状態の剥き身表面が暗色を示す甲殻類を完全な生鮮状態を保ったまま、身の表面を鮮やかな赤色に発色せしめるため、殻付き又は殻を除いた海老、蟹等の甲殻類を、アルカリ性水溶液により処理することにより、カロチノイド系色素を赤色に発色させる生の状態での甲殻類の発色方法が提案されている(特許文献3)。
【0006】
しかし、前記の甲殻類の発色方法を用いた際、生鮮状態の剥き身の海老等を発色後、少し時間が経過すると、海老の赤色に発色した表面に暗黒色の斑点が現れる。特に発色した製品を冷凍して出荷後、使用者が解凍して少し時間をおいた時に、暗黒色の斑点が生ずると大きな問題となる。また上記方法で発色した海老等の剥き身の食味試験を行うと、僅かに苦味の残る場合があり、食味上若干の問題がある。
【0007】
この暗黒色の斑点の発生防止と苦みの発生防止方法として、海老、蟹等の甲殻類をアルカリ性水溶液で処理したのち、酢酸水溶液等の酸性溶液により処理し、中和する際に、完全に中性になるまで中和せず、甲殻類の剥き身の表面が弱アルカリ性になるまで中和して、中和を止めることにより、発色後時間経過後、或いは一旦冷凍して、解凍後も剥き身表面の赤色の発色を鮮明に保つことができ、暗黒色の斑点が生ずることがないこと、発色処理した海老等の剥き身を、蔗糖等の甘味を有する糖分と食塩よりなる薄い調味液に浸漬することにより、僅かに残留する苦味を消し、優れた食味を呈することが提案されている(特許文猷4)。
【0008】
更に、上記のアルカリ性水溶液により甲殻類を生の状態で赤色に発色させる際に、複数のアルカリ性水溶液に順次浸漬することより、なるべく低いpH値の処理溶液を用い、短時間のアルカリ性水溶液処理時間で発色させ、甲殻類の身の旨味成分をなるべく失わずに発色処理することができることが開示されている(特許文献5)。
【0009】
また、生きた甲殻類を殻のまま冷凍し、これを解凍して暫く置くと、殻の表面、特に海老の頭部、ヒゲ、脚等の殻の表面に黒変が生ずるのを防止するため、生きた状態の甲殻類をアスコルビン酸化合物と、有機多塩基酸化合物及び/又はアミノ酸化合物を含む甲殻類用保存処理液で処理した後、冷蔵又は冷凍することにより、甲殻類の殻の黒変の発生を防止し得ることが開示されている。そしてその発明の実施例に対する比較例として、濃度1g/dL以上の高濃度のアスコルビン酸化合物のみを含む処理液で、生きた甲殻類を処理することによっても、不十分ながら、ある程度甲殻類の殻の黒変を防止し得ることが開示されている(特許文献6)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開昭61−242565号公報
【特許文献2】特開昭63−129973号公報
【特許文献3】特開平6−7075号公報
【特許文献4】特開平11−89543号公報
【特許文献5】特開2010−22355号公報
【特許文献6】特開2007−20566号公報
【0011】
なお、本明細書で用いる「海老」の語は、英語で表現した際に、shrimp(海産海老)、prawn(淡水産海老)、lobster(ロブスター類、オマールエビ類、イセエビ類)と表現されるものを全て含むものとする。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかし、前記特許文献4の方法による発色法では、甲殻類を生の状態でアルカリ性水溶液で処理して赤色に発色させた後、酸の水溶液に浸漬して中和する際に、完全に中和せず、甲殻類の剥き身表面が極めて弱いアルカリ性になるまで中和して、中和を止める必要があり、その処理には熟練を要する。甲殻類の身に浸透しているアルカリ成分の中和に要する酸の量を推測しながら、酸性溶液の酸の濃度と温度に応じて浸漬時間を調節する必要があり、極めて技術を要する工程である。少し中和が行き過ぎると、時間が経過した後、海老の赤色に発色した剥き身の表面に、暗黒色の斑点が現れるおそれがあり、その商品価値を損なうことになる。また上記の中和工程を甲殻類の剥き身表面が弱アルカリ性になるように中和を行っても、時として時間が経過後、海老の赤色に発色した表面に暗黒色の斑点が現れることがある。
【0013】
したがって、本発明は、甲殻類の剥き身をアルカリ性水溶液で処理して赤色に発色させた後、酸性水溶液で中和する工程を容易に行うことができ、中和した甲殻類の剥き身が時間経過後に暗黒色の斑点の生ずるおそれのない、甲殻類の生の状態での発色方法及び発色した甲殻類の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記目的を達成すべく、本発明者は鋭意研究を重ねた結果、殻を除いた海老、蟹等の甲殻類の剥き身をアルカリ性水溶液で処理したのち、酢酸水溶液等の酸性溶液により処理する工程の後に、中和後の該甲殻類を食品添加物として使用可能な水溶性酸化防止剤である還元性化合物を含有する水溶液で処理することにより、アルカリ性水溶液で発色後、剥き身表面が完全に中性になるまで中和しても、発色後時間経過後、或いは一旦冷凍して、解凍後も剥き身表面の赤色の発色を觧明に保つことができ、暗黒色の斑点が生ずることがないことを見いだし本発明を完成するに至った。
【0015】
即ち本発明は、殻を除いた海老、蟹等の甲殻類を、pH10〜14のアルカリ性水溶液により処理することにより、カロチノイド系色素を赤色に発色させ、次いで酢酸その他の食用可能な酸の水溶液で処理して、該甲殻類の剥き身の表面が弱アルカリ性乃至中性になるまで中和する、生の状態での甲殻類の発色方法において、中和後の該甲殻類を食品添加物として使用可能な水溶性酸化防止剤である還元性化合物を1000ppm〜0.1ppmの濃度で含有する黒変防止水溶液で処理することを特徴とする生の状態での甲殻類の発色方法を要旨とする。
【0016】
他の本発明は、殻を除いた海老、蟹等の甲殻類を、pH10〜14のアルカリ性水溶液により処理することにより、カロチノイド系色素を赤色に発色させ、次いで酢酸その他の食用可能な酸の水溶液で処理して、該甲殻類の剥き身表面が弱アルカリ性乃至中性になるまで中和する発色甲殻類の製造方法において、中和後の該甲殻類を、食品添加物として使用可能な水溶性酸化防止剤である還元性化合物を1000ppm〜0.1ppmの濃度で含有する黒変防止水溶液で処理することを特徴とする生の状態の発色甲殻類の製造方法を要旨とする。
【発明の効果】
【0017】
本発明の甲殻類の発色方法によれば、甲殻類の肉部を生鮮状態に保持したまま、剥き身表面を赤色に発色することができ、鮮やかに発色した黒変のない、食欲をそそる生食用海老、蟹を得ることができる。ウシエビ等の生鮮状態の剥き身の表面が暗色を呈するため食欲をそそらず、生食に適さない海老も、本発明の発色方法により生鮮状態を保ちつつ剥き身表面を赤色に発色させることができ、生食に適するものとなる。
【0018】
更に、本発明の甲殻類の発色方法によれば、甲殻類の発色処理後時間が経過した後、甲殻類の赤色に発色した剥き身表面に暗黒色の斑点が現れるおそれがなく、その商品価値を損なうことがない。また、甲殻類をアルカリ性水溶液で赤色に発色させた後、酸性水溶液で正確に中性にまで中和しても、甲殻類の発色処理後時間が経過した後、甲殻類の赤色に発色した剥き身表面に暗黒色の斑点が現れるおそれがないため、完全に中性にまで中和することができ、その中和が不十分なために残留するアルカリ成分による苦味発生のおそれがなくなる。
【0019】
また、本発明の甲殻類の発色方法によれば、甲殻類をアルカリ性水溶液で発色処理後、酸性水溶液で中和する際の工程管理が容易となる。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明の発色方法で処理される甲殻類としては、海老、蟹等食用の甲殻類を全て処理しうるが、特に生鮮状態で暗色のブラウン系の海老、例えばウシエビ、バナメイエビ、クマエビ、シンチュウエビ、クルマエビ等の処理に適している。
【0021】
本発明の発色方法で用いられるアルカリ性水溶液は金属水酸化物、アルカリ金属塩類、アルカリ土類金属塩類、その他の塩類で水に溶解してアルカリ性を呈する化合物であって、万一食品中に微量に残留した場合でも、食品として完全に安全性を保つことができるものである必要がある。
【0022】
本発明の発色方法で用いることができるアルカリ性水溶液の成分の一例を列挙すれば、炭酸カリウム、炭酸水素カリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、水酸化ナトリウム、炭酸マグネシウム、炭酸アンモニウム、燐酸ナトリウム、燐酸カリウム、燐酸アンモニウム、燐酸水素二ナトリウム、燐酸水素二カリウム、ポリ燐酸ナトリウム、ポリ燐酸カリウム、メタ燐酸ナトリウム、メタ燐酸カリウム、ピロ燐酸四ナトリウム、ピロ燐酸四カリウム等を挙げることができる。これらの水酸化物又は塩類を単独で、又は2種以上を適宜混合して用いることができる。
【0023】
これらの水酸化物または塩類水溶液の濃度はその種類により異なるが、0.001重量%以上である。アルカリ性水溶液のpHは10〜14が好ましく、11〜12が更に好ましい。pH10未満では発色が起こらない。又pHが14を越えると甲殻類の肉部の蛋白質が変性するおそれがある。
【0024】
甲殻類のアルカリ性水溶液により、剥き身の表面を発色させるためには、殻を除いて剥き身の状態で処理するのが好ましい。アルカリ性水溶液を甲殻類に噴霧するか、アルカリ性水溶液に甲殻類を浸漬する。処理時間はアルカリ性水溶液の種類、濃度及び温度により異なるが、通常1秒〜60分の間である。肉質の旨味成分の流出を防ぐためになるべく短時間で処理することが好ましい。
【0025】
アルカリ性水溶液による発色処理温度は0℃〜70℃の範囲で行うのが好ましい。70℃を越える温度で長時間処理すると、熱による蛋白質の変性が起こり、生鮮状態で発色させるという本発明の目的を達成することができない。
【0026】
甲殻類の剥き身をアルカリ性水溶液で処理して赤色に発明させる際、複数のアルカリ性水溶液処理槽を設け、そのアルカリ性水溶液処理槽に順次浸漬するのが望ましい。1槽のアルカリ性水溶液処理槽のみによる発色処理では、充分に赤色に発色しないか、発色に長時間かかる場合でも、新鮮なアルカリ性水溶液よりなる処理液に再度浸漬することにより、短時間で赤色に発色させることができ、処理時間を短くし、長時間処理液に浸漬することによる製品の品質低下を防ぎ、高品質の製品を得ることができる。
【0027】
上記のアルカリ性水溶液処理を複数のアルカリ性水溶液処槽に順次浸漬する、複数のアルカリ性水溶液処理工程により行う際に、各アルカリ性水溶液処理工程の間に、冷水で水洗する水洗工程を設けるのが、更に好ましい。甲殻類の剥き身をアルカリ性水溶液で処理して赤色に発色させる際に、同じ処理液を何度も用いていると、処理液のpHH値が殆ど変化しなくとも、発色の速度が低下してくることが認められる。その理由はまだ解明はされていないが、甲殻類の剥き身をアルカリ性水溶液に浸漬すると、甲殻類の剥き身から、何らかの成分が溶出し、その成分が蛋白質と結合したアスタキサンチン等のカロチノイド系色素を遊離させる反応の妨げとなるのではないかと考えられる。
【0028】
従って、複数のアルカリ性水溶液に順次浸漬することにより、より新鮮な次段の処理液に浸漬することができる。また複数のアルカリ性水溶液処理工程の各処理工程の間に水洗工程を設けることにより、前段のアルカリ性水溶液処理工程の処理液が甲殻類の剥き身に付着したまま、次段の処理工程の処理液に持ち込まれることを防ぎ、次段の処理液をできる限り新鮮な状態に保つことができる。この水洗工程は、少なくとも第1段のアルカリ性水溶液処理工程と第2段のアルカリ性水溶液処理工程の間には、必ず設けるのが好ましい。このような操作により、各段のアルカリ性水溶液を1回の処理ごとに廃棄することなく、複数回繰り返し使用することが可能となる。
【0029】
ウシエビ、バナメイエビ等の暗色の殻を有する海老類を、殻付きでアルカリ性水溶液で処理しても、殻を鮮やかな赤色に発色させることは困難である。これらの海老類の殻を除いてその剥き身を赤色に発色させて、赤色に発色した海老の剥き身を販売する際に、その海老の食材としての用途によっては、海老の尻尾を残した剥き身の状態で販売する必要がある場合かある。その際、暗色の海老の尻尾が付いているよりは、鮮やかな赤色に発色した海老の尻尾が付いている方が、食欲をそそり、商品価値が増すため、殻付きの海老の状態で、海老の尻尾のみを加熱するブランチング法により、海老の尻尾の殻のみを鮮やかな赤色に発色させた後、尻尾以外の殻を剥いて剥き身の状態にし、その後アルカリ性水溶液による発色処理する方法も行われる。従って、本願発明における「殻を除いた海老」及び「剥き身」の語は、海老の尻尾の殻のみを残し、他の部分の殻を剥いた状態のものを含むものとする。
【0030】
発色甲殻類を中和後に処理する黒変防止水溶液に含有せしめる食品添加物として使用可能な性酸化防止剤である還元性化合物としては、L−アスコルビン酸(ビタミンC)又はその塩、エリソルビン酸又はその塩、カテキン、トコフェロール(ビタミンE)またはその誘導体、亜硫酸塩或いは次亜硫酸塩が用いられる。カテキンは多種のカテキンが存在するが何れのカテキンも使用可能である。トコフェロールには8種の光学異性体が存在するが、いずれも使用可能であり、光学活性を有するものであっても、有しないものであってもよい。亜硫酸塩及び次亜硫酸塩としては、ナトリウム塩及びカリウム塩が好ましく用いられる。またこれらの還元性化合物を複数混合して用いることもできる。
【0031】
黒変防止水溶液中の還元性化合物の濃度は1000ppm〜0.1ppmの濃度が用いられ、100ppm〜0.2ppmの濃度が好ましく、10〜0.3ppmの濃度か更に好ましく用いられる。黒変防止水溶液による甲殻類の剥き身の処理は、剥き身の一連の処理工程の最終段階で行われ、そのまま又は軽く水洗した後、水切りして製品とするため、黒変防止水溶液中の還元性化合物が製品中に残留すると、製品の食味に影響を与える。このため還元性化合物の濃度は、できるだけ低濃度で使用するのが望ましい。
【0032】
アルカリ性水溶液で発色処理した甲殻類等は、短時間の水洗後、pH7.0〜10になるまで、酢酸水溶液よりなる中和処理液で処理して中和する。酢酸水溶液の好ましい濃度は0.1〜2.0重量%である。中和処理は甲殻類の剥き身が完全に中性になるまで中和せず、僅かに弱アルカリ性が残る程度に中和してもよく、また完全に中和してもよい。完全に中和することにより、残留するアルカリ成分による苦味の生ずるおそれがなくなる。
【0033】
中和の程度は、甲殻類の剥き身表面から処理液を拭き取った後測定した表面のpHが7.0〜10となるように中和するのが好ましい。中和後の表面のpHが7.0〜9.0となるように中和するのが更に好ましい。中和後の表面のpHが10を越えると、アルカリ成分が剥き身等の中に多く残留し、苦みが残り食味に影響を与える。
【0034】
中和処理液の酸性成分は酢酸に限定するものではなく、食用可能なその他の有機酸又は無機酸であってもよい。例えばりんご酸、こはく酸、くえん酸等の有機酸や塩酸等も使用可能であるが、処理後に微量残留した場合の味覚等より、酢酸が好ましく用いられる。何れの酸を用いる場合でもその中和処理後の剥き身表面の最終pHは7.0〜10の範囲になるように調節する必要がある。中和処理の温度は0〜40℃が用いられ、10〜25℃が好ましく、15〜20℃が更に好ましい。中和処理に要する時間は中和処理液の種類と温度により異なるが、通常1〜30分が必要であり、5〜15分が好ましい。この中和処理は2槽に分けた中和槽に順次浸漬して行ってもよいが、合計の浸漬時間を上記の時間とする。この時間が短いと剥き身の内部まで中和できず、又長過ぎると甲殻類の旨み成分が流出して失われるおそれがある。
【0035】
中和処理した甲殻類等を、短時間の水洗後、黒変防止水溶液に浸漬する。この黒変防止水溶液に調味料を混合して調味液を兼用せしめるのが好ましい。黒変防止水溶液と調味液を別々に調製して、別々に処理することもできるが、なるべく処理液に浸漬する回数を少なくすると、甲殻類の旨味成分の流出を防ぐことができ、好ましい。
【0036】
黒変防止水溶液に含有させて調味液を兼ねさせるために、黒変防止水溶液に混合する調味料は、蔗糖2〜15重量%及び食塩1〜6重量%が好ましく、蔗糖濃度は4〜10重量%がより好ましく、6〜8重量%が更に好ましい。食塩濃度は2〜4重量%が更に好ましい。黒変防止水溶液兼調味液の温度は0〜40℃が用いられ、10〜25℃が好ましい。調味処理に要する時間は調味液の種類と温度により異なるが、通常10〜30分が好ましい。この時間が短いと剥き身の内部まで調味液が浸透せず、又長過ぎると甲殻類の旨み成分が流出して失われるおそれがある。
【0037】
調味液の甘味成分は蔗糖に限定されるものではなく、上記濃度の蔗糖水溶液と同等の甘味を呈する濃度の他の糖類の水溶液に、食塩を上記濃度になるように添加した調味液も同様に用いられるが、蔗糖、特に純粋な蔗糖であるグラニュー糖を用いると、甘味がすっきりとして、雑味がなく、調味処理した剥き身に不自然な食味が付加されることがなく、最も好ましく用いられる。調味液には上記濃度の蔗糖又は他の糖類及び食塩の他に、うま味調味料その他の調味料を適宜添加してもよい。
【0038】
この調味液による処理により、海老の剥き身等の甲殻類の発色処理後の食味試験でしばしば認められる僅かな苦味が軽減され、官能試験で殆ど認められなくなる。
【実施例及び比較例】
【0039】
以下に実施例により、更に本発明を具体的に、詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0040】
〔実施例1〕
ウシエビの殻を剥き、腹を開き、腸管(背わた)を除去したウシエビの剥き身を食品用殺菌洗浄液で殺菌処理する。食品用殺菌洗浄液としては、希薄な次亜塩素酸ナトリウム水溶液、又は食塩水溶液を無隔膜電解して得られた次亜塩素酸ナトリウムを含む水溶液を希釈した、公知の食品用殺菌洗浄液が用いられる。
【0041】
消毒されたウシエビの剥き身をpH12.0、濃度5.0重量%の炭酸カリウム水溶液を入れた発色予備槽に約2分間浸漬する。次いで同じ濃度の炭酸カリウム水溶液を入れた発色槽に約3分浸漬して発色させる。次いでこの剥き身を流水で約1分間水洗し、炭酸カリウムの大部分を除去する。この発色処理でウシエビは剥き身表面が赤色の縞模様に発色した。
【0042】
次にこの発色したウシエビの剥き身を、pH3.5の1.4重量%の酢酸水溶液を入れた予備中和槽に約1分浸漬し、ついで同じ濃度の酢酸水溶液を入れた中和槽に約10分間浸漬して、最終的に剥き身表面のpHが約7.5になるまで中和し、剥き身内部に含浸した炭酸カリウムを略中和する。次いでこの剥き身を流水で約1分間水洗する。
【0043】
次にこの中和したウシエビの剥き身をL−アスコルビン酸0.0001重量%、グラニュー糖7重量%及び食塩3重量%を含有する黒変防止水溶液兼調味液に約10分浸漬した。得られた発色したウシエビの剥き身を水切りして整形し、真空包装して冷凍し、製品とした。上記の段菌、発色、中和、調味の各処理工程中の温度は20℃以下に保つのが好ましい。
【0044】
上記発色工程で得られたたウシエビの冷凍品を解凍して、10℃で12時間放置したところ、ウシエビの剥き身の発色した表面に暗黒色の斑点は現れなかった。解凍したウシエビの剥き身を食味試験したところ、生の剥き身海老と食味は殆ど差がなく、全く苦味は感じられなかった。
【0045】
〔実施例2〕
実施例1と全く同様に、ウシエビの剥き身を殺菌処理した後、同じ発色処理を行った後、1分間水に浸漬後、2.0重量%の酢酸水溶液を入れた中和槽に浸漬して、剥き身表面のpHが約7.5になるまで中和し、剥き身内部に含浸した炭酸カリウムを略中和する。次いでこの剥き身を流水で約1分間水洗する。得られた発色したウシエビの剥き身を、エリソルビン酸0.001重量%、グラニュー糖7重量%及び食塩3重量%を含有する黒変防止水溶液兼調味液を用いて、他の処理条件は同一の条件により、処理し、水切りして整形し、真空包装して冷凍した。これを解凍して10℃で5時間放置したところ、発色したウシエビの剥き身の表面には、全く黒変は生じなかった。また、解凍したウシエビの剥き身を食味試験したところ、生の剥き身海老と食味は殆ど差がなく、全く苦味は感じられなかった。
【0046】
〔比較例1〕
実施例1と全く同様に、ウシエビの剥き身を殺菌処理した後、同じ発色処理を行った後、1分間水に浸漬後、2.0重量%の酢酸水溶液を入れた中和槽に浸漬して、剥き身表面のpHが約7.5になるまで中和し、剥き身内部に含浸した炭酸カリウムを略中和する。次いでこの剥き身を流水で約1分間水洗する。得られた発色したウシエビの剥き身を黒変防止水溶液及び調味液で処理をせずにそのまま水切りして整形し、真空包装して冷凍した。これを解凍して10℃で5時間放置したところ、発色したウシエビの剥き身の表面にいくつかの暗黒色の斑点が発生した。解凍したウシエビの剥き身を食味試験したところ、僅かに苦味が感じられた。
【0047】
〔実施例3〕
実施例1において、甲殻類としてバナメイエビを使用し、発色処理液として炭酸カリウム6.25重量%、pH11.45の発色処理液を入れた予備浸漬槽に、時々液を撹拌しながら15分浸漬し、次いで同じ発色処理液を入れた発色浸漬槽に15分間浸漬した。これを実施例1と同様に水洗、中和し、剥き身表面がpH7.0になるまで中和した後 中和したバナメイエビの剥き身を亜硫酸ナトリウム0.00003重量%、グラニュー糖7重量%及び食塩3重量%を含有する黒変防止水溶液兼調味液に約10分浸漬した。得られた発色したバナメイエビの剥き身を水切りして整形し、真空包装して冷凍し、製品とした。得られたバナメイエビは赤色に発色した。
【0048】
上記発色工程で得られたバナメイエビの冷凍品を解凍して、10℃で12時間放置したところ、バナメイエビの剥き身の発色した表面に暗黒色の斑点は現れなかった。解凍したバナメイエビの剥き身を食味試験したところ、生の剥き身海老と食味は殆ど差がなく、全く苦みは感じられなかった。
【0049】
〔比較例2〕
バナメイエビの剥き身を実施例3とまったく同様に殺菌処理、発色処理をした後、30分間水洗、中和処理後、還元性化合物を含まない、同じ濃度の調味料を含む調味液に浸漬して、発色したバナメイエビを冷凍した後、冷凍品を解凍し、10℃で5時間放置したところ、発色したバナメイエビの剥き身の表面に多数の小さな暗黒色の斑点が発生した。
【0050】
〔実施例4〕
頭を切除した殻付きのバナメイエビを、食品用殺菌洗浄液で洗浄して除菌し、その尻尾の部分のみを90−95℃の熱湯に2分間漬けてブランチングして、尻尾の殻のみを赤色に発色させた。これを冷却後尻尾の殻以外の部分の殻を剥き、食品用殺菌洗浄液で洗浄後.水洗した。この剥き身を、炭酸カリウム6.25重量%、pH11.45の発色処理液を入れた第1発色槽に投入し、時々液を撹拌しながら15分浸漬した。この剥き身を第1発色槽から取り出して冷却水で洗浄した後、上記と同じ濃度の発色処理液を入れた第2発色処理槽に入れて、時々液を撹拌しながら15分浸漬した。発色処理した剥き身を第2発色処理槽から取り出して、冷却流水で洗浄した後、腹を開き内蔵を除去した。これを実施例3と同様に水洗、中和し、剥き身表面がpH7.0になるまで中和した後 中和したバナメイエビの剥き身をL−アスコルビン酸0.001重量%、グラニュー糖7重量%及び食塩3重量%を含有する黒変防止水溶液兼調味液に約10分浸漬した。この剥き身を冷却水で水洗、水切りし、トレイに並べて真空包装して急速冷凍し、製品とした。得られたバナメイエビは赤色に発色した。
【0051】
上記の工程で得られた冷凍バナメイエビを解凍して、10℃で12時間放置したところ、バナメイエビの剥き身の発色した表面に暗黒色の斑点は全く現れなかった。解凍したバナメイエビの剥き身を食味試験したところ、生の剥き身海老と食味は殆ど差がなく、全く苦味は感じられなかった。
【0052】
上記の実施例4の第2発色槽内の発色処理液は、少なくとも2回の処理で用いても、発色能力が低下せず、繰り返し用いることができ、発色処理液の使用量を節減し、その処理液の廃棄に伴う廃液処理の負担を軽減することができる。
【産業上の利用可能性】
【0053】
ウシエビ及びバナメイエビ等のエビをアルカリ性水溶液により赤色に発色させた生の状態のエビは、すしだね等として広く利用されており、本発明の甲殻類の発色方法は、そのエビの黒変を防止することができ、産業上広く利用することができる。