(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【0004】
上述のような多板式のクラッチでは、入力部材と出力部材との回転速度差(実スリップ速度)を目標スリップ速度に一致させるスリップ制御を実行することで、クラッチを介した動力の伝達効率やエンジン(原動機)の燃費を向上させることができる。しかしながら、上記従来のクラッチでは、スリップ制御の実行に際して、摩擦材の発熱を抑制するために油圧制御装置から当該クラッチプレートおよびクラッチディスクに対して多量の作動油を供給する必要がある。一方、摩擦材の表面積を増加させれば、潤滑・冷却用の作動油の供給量を低減させることができるものの、クラッチのコストアップや大型化を招いてしまう。
【0005】
そこで、本発明は、クラッチに対する潤滑・冷却用の冷却油の供給量を低減させつつ、スリップ制御の実行時における摩擦材の放熱性を向上させることを主目的とする。
【0006】
本発明によるクラッチは、
入力部材から出力部材に動力が伝達されるように両者を連結すると共に前記入力部材と前記出力部材との連結を解除するクラッチにおいて、
前記入力部材に取り付けられる環状部材と、
前記入力部材または前記環状部材に設けられたクラッチハブと、
前記クラッチハブに嵌合される第1摩擦係合プレートと、
前記出力部材に連結されると共に、前記クラッチハブを囲むように該クラッチハブの径方向外側に配置されるクラッチドラムと、
前記クラッチドラムに嵌合される第2摩擦係合プレートと、
前記入力部材と前記環状部材との間に配置されると共に、軸方向に移動して前記第1および第2摩擦係合プレートを押圧するピストンとを備え、
前記第1および第2摩擦係合プレートは、環状プレートと、前記環状プレートの片面に貼着された摩擦材と、前記環状プレートの前記片面に前記摩擦材の表面よりも窪むように形成されたプレート油路とを有する片面貼り式摩擦板であり、
前記ピストンと前記環状部材との間および前記ピストンと前記入力部材との間の一方には、作動油が供給される係合側油室が画成されると共に、他方には、前記クラッチハブに形成された開口を介して前記第1および第2摩擦係合プレートに冷却油を供給するための供給油路が画成され、
前記環状部材の前記ピストンとは反対側の背面に沿って、前記第1および第2摩擦係合プレートを通過した前記冷却油の返送油路が画成され、前記返送油路は、前記供給油路と連通されることを特徴とする。
【0007】
このクラッチでは、入力部材側のクラッチハブに嵌合される第1摩擦係合プレートおよび出力部材側のクラッチドラムに嵌合される第2摩擦係合プレートとして、環状プレートと、当該環状プレートの片面に貼着された摩擦材と、環状プレートの片面に摩擦材の表面よりも窪むように形成されたプレート油路とを有する片面貼り式摩擦板が採用される。また、ピストンと環状部材との間およびピストンと入力部材との間の一方には、作動油が供給される係合側油室が画成されると共に、他方には、クラッチハブに形成された開口を介して第1および第2摩擦係合プレートに冷却油を供給するための供給油路が画成される。そして、このクラッチでは、環状部材のピストンとは反対側の背面に沿って、第1および第2摩擦係合プレートを通過した冷却油の返送油路が画成され、当該返送油路は、供給油路と連通される。
【0008】
このように構成されるクラッチでは、入力部材の回転速度が出力部材の回転速度よりも高い状態でスリップ制御により両者の回転速度差(実スリップ速度)を目標スリップ速度に一致させる際に、入力部材側のクラッチハブに嵌合された第1摩擦係合プレートの回転速度が出力部材側のクラッチドラムに嵌合された第2摩擦係合プレートの回転速度よりも高くなる。従って、第1摩擦係合プレートのプレート油路内をクラッチハブ側からクラッチドラム側へと流通する冷却油の流速が高まることと、冷却油に作用する遠心力(遠心油圧)の影響とに起因して、第1摩擦係合プレートのプレート油路内のクラッチハブ側(内側)の領域における冷却油の圧力が低下する。この結果、第1および第2摩擦係合プレートのクラッチハブ側(内周側)で第2摩擦係合プレートのプレート油路内の冷却油が第1摩擦係合プレートのプレート油路内へと流入する。これに伴い、第1および第2摩擦係合プレートのクラッチドラム側(外周側)で第1摩擦係合プレートのプレート油路から流出した冷却油の一部がクラッチドラムと第2摩擦係合プレートとの隙間を介して第2摩擦係合プレートのプレート油路内へと流入する。
【0009】
これにより、このクラッチでは、入力部材の回転速度が出力部材の回転速度よりも高い状態でスリップ制御が実行される際に、第2摩擦係合プレートのプレート油路で冷却油をクラッチドラム側からクラッチハブ側へと流通させ、第2摩擦係合プレートの環状プレートの両側に位置するプレート油路で冷却油を循環させることができる。更に、第1および第2摩擦係合プレートの周辺で冷却油が循環すると共に、第1および第2摩擦係合プレートを通過した冷却油の一部が返送油路側へと流出することで、返送油路に流入した冷却油が当該返送油路から供給油路へと再度流入する。従って、このクラッチでは、供給油路−第1および第2摩擦係合プレート−返送油路−供給油路という経路においても冷却油を循環させることができる。この結果、第1および第2摩擦係合プレート(供給油路)に対する潤滑・冷却用の冷却油の供給量を増加させることなく、第1および第2摩擦係合プレート(摩擦材)の周辺を流通(循環)して摩擦材と熱交換する冷却油の量を増加させると共に、第1および第2摩擦係合プレートの摩擦材から熱を奪って昇温した冷却油を返送油路で降温させた上で供給油路へと再度流入させることが可能となる。従って、このクラッチでは、第1および第2摩擦係合プレートに対する潤滑・冷却用の冷却油の供給量を低減させつつ、スリップ制御の実行時における第1および第2摩擦係合プレートの摩擦材の放熱性を向上させることができる。
【0010】
また、前記返送油路は、前記ピストンの内周面よりも内側に画成される連通路を介して前記供給油路と連通されてもよい。これにより、返送油路の長さが充分に確保されるので、第1および第2摩擦係合プレートを通過した冷却油を当該返送油路を流通する間に良好に降温させることが可能となる。
【0011】
更に、前記第1および第2摩擦係合プレートは、前記摩擦材が前記ピストン側に位置するように前記クラッチハブまたは前記クラッチドラムに嵌合されてもよい。これにより、摩擦材が貼着されていないセパレータプレート(環状プレート)を最もピストン側に位置するようにクラッチハブ等に嵌合することができる。この結果、セパレータプレートを容易に交換することができるので、当該セパレータプレートの厚みを変更することで、ピストンのストロークを容易に調整することが可能となる。
【0012】
また、前記第1および第2摩擦係合プレートは、前記摩擦材が前記入力部材側に位置するように前記クラッチハブまたは前記クラッチドラムに嵌合されてもよい。これにより、第1および第2摩擦係合プレートのクラッチドラム側(外周側)で第1摩擦係合プレートのプレート油路から流出した冷却油の一部は、より大きい表面積を有して外気と接触する入力部材側に位置する第2摩擦係合プレートのプレート油路内へと流入することになる。この結果、第2摩擦係合プレートのプレート油路をクラッチドラム側からクラッチハブ側へと流通する冷却油の昇温を抑制することが可能となる。
【0013】
更に、前記第2摩擦係合プレートは、前記クラッチドラムにスプライン嵌合されてもよく、前記第2摩擦係合プレートのスプラインの歯丈は、前記クラッチドラムのスプラインの歯丈よりも高くてもよい。これにより、クラッチドラムと第2摩擦係合プレートとの隙間を充分に確保して、第1摩擦係合プレートのプレート油路から流出した冷却油を第2摩擦係合プレートのプレート油路内へとスムースに流入させることが可能となる。
【0014】
また、前記入力部材は、前記環状部材が取り付けられると共に前記ピストンを支持する筒状のセンターピースを含んでもよく、前記出力部材は、前記センターピース内に差し込まれると共に、前記センターピースと前記出力部材との間には、スラストワッシャが配置されてもよく、前記返送油路は、前記スラストワッシャに形成される油溝と、前記センターピースの内周面と前記出力部材との間に画成される連通路と、前記センターピースに形成された油路とを介して前記供給油路と連通されてもよい。これにより、センターピースや出力部材周辺の狭隘なスペースに供給油路と返送油路とを連通させる油路を形成することが可能となる。
【0015】
そして、前記入力部材は、原動機に連結されてもよく、前記出力部材は、ダンパ機構を介して前記クラッチドラムに連結されると共に変速機の入力軸に連結されてもよく、前記クラッチは、前記入力部材と前記出力部材とを連結するロックアップおよび前記ロックアップの解除を選択的に実行するロックアップクラッチとして構成されてもよい。
【0016】
本発明による他のクラッチは、
入力部材から出力部材に動力が伝達されるように両者を連結すると共に前記入力部材と前記出力部材との連結を解除するクラッチにおいて、
前記入力部材と一体に回転するクラッチハブと、
前記クラッチハブに嵌合される第1摩擦係合プレートと、
前記出力部材に連結されると共に、前記クラッチハブを囲むように該クラッチハブの径方向外側に配置されるクラッチドラムと、
前記クラッチドラムに嵌合される第2摩擦係合プレートと、
作動油が供給される係合側油室と、
前記係合側油室への作動油の供給に応じて前記入力部材および前記出力部材の軸方向に移動し、前記第1および第2摩擦係合プレートを押圧するピストンとを備え、
前記第1および第2摩擦係合プレートは、環状プレートと、前記環状プレートの片面に貼着された摩擦材と、前記環状プレートの前記片面に前記摩擦材の表面よりも窪むように形成されたプレート油路とを有する片面貼り式摩擦板であり、
前記クラッチハブの径方向内側には、前記クラッチハブに形成された開口を介して前記第1および第2摩擦係合プレートに冷却油を供給するための第1空間が前記係合側油室と前記軸方向において隣り合うように画成され、
前記第1および第2摩擦係合プレートを通過した前記冷却油が流入する第2空間は、前記ピストンよりも径方向内側で前記第1空間と連通することを特徴とする。
【0017】
このクラッチでは、入力部材の回転速度が出力部材の回転速度よりも高い状態でスリップ制御が実行される際に、第2摩擦係合プレートのプレート油路で冷却油をクラッチドラム側からクラッチハブ側へと流通させ、第2摩擦係合プレートの環状プレートの両側に位置するプレート油路で冷却油を循環させることができる。更に、第1および第2摩擦係合プレートの周辺で冷却油が循環すると共に、第1および第2摩擦係合プレートを通過した冷却油の一部が第2空間側へと流出することで、第2空間に流入した冷却油が当該第2空間から第1空間へと再度流入する。従って、このクラッチでは、第1空間−第1および第2摩擦係合プレート−第2空間−第1空間という経路においても冷却油を循環させることができる。この結果、第1および第2摩擦係合プレート(第1空間)に対する潤滑・冷却用の冷却油の供給量を増加させることなく、第1および第2摩擦係合プレート(摩擦材)の周辺を流通(循環)して摩擦材と熱交換する冷却油の量を増加させると共に、第1および第2摩擦係合プレートの摩擦材から熱を奪って昇温した冷却油を第2空間で降温させた上で第1空間へと再度流入させることが可能となる。従って、このクラッチでは、第1および第2摩擦係合プレートに対する潤滑・冷却用の冷却油の供給量を低減させつつ、スリップ制御の実行時における第1および第2摩擦係合プレートの摩擦材の放熱性を向上させることができる。
【発明を実施するための形態】
【0019】
次に、図面を参照しながら、本発明を実施するための形態について説明する。
【0020】
図1は、本発明によるクラッチを備えた発進装置1を示す断面図である。同図に示す発進装置1は、図示しない原動機としてのエンジン(内燃機関)を備えた車両に搭載されるものである。発進装置1は、エンジンのクランクシャフトに連結される入力部材としてのフロントカバー3と、フロントカバー3に固定されたポンプインペラ(入力側流体伝動要素)4と、ポンプインペラ4と同軸に回転可能なタービンランナ(出力側流体伝動要素)5と、図示しない自動変速機(AT)あるいは無段変速機(CVT)である変速機の入力軸ISに固定される出力部材としてのタービンハブ7と、本発明によるクラッチである多板油圧式のロックアップクラッチ8と、タービンハブ7に連結されたダンパ機構10とを含む。
【0021】
フロントカバー3は、センターピース30と、当該センターピース30に溶接により固定されるカバー本体33とを含む。センターピース30は、図示しないエンジン側(
図1における右側)に位置する大径円筒部(筒状部)301と、大径円筒部301の内側で当該大径円筒部301よりもダンパ機構10側に突出するように形成された円筒状の小径円筒部302とを有する。本実施形態において、センターピース30の小径円筒部302は、径方向からみて大径円筒部301のダンパ機構10側の端部よりも当該ダンパ機構10に近接するように形成されており、それによりセンターピース30には、大径円筒部301により囲まれて軸方向かつエンジン側(
図1における右側)に窪む環状の凹部303が形成される。
【0022】
センターピース30の凹部303内には、それぞれ軸方向かつエンジン側(
図1における右側)に窪む複数(例えば6個)の回転規制凹部(図示省略)が等間隔に形成されている。また、センターピース30の小径円筒部302の内部には、タービンハブ7が回転自在に差し込まれ、小径円筒部302の端面とタービンハブ7との軸方向における間にスラストワッシャ70が配置される。更に、フロントカバー3のカバー本体33は、センターピース30から径方向に延びる側壁部34と当該側壁部34の外周から発進装置1の軸方向に延出された外筒部35とを有する。カバー本体33の側壁部34の外周部には、図示しないエンジンのクランクシャフトに取り付けられたドライブプレート(図示省略)と連結されるセットブロック36が溶接等により固定される。
【0023】
ポンプインペラ4は、フロントカバー3の外筒部35に密に固定されるポンプシェル40と、ポンプシェル40の内面に配設された複数のポンプブレード41とを有する。タービンランナ5は、タービンシェル50と、タービンシェル50の内面に配設された複数のタービンブレード51とを有する。
図1に示すように、タービンシェル50は、タービンハブ7に嵌合されると共にリベットを介して当該タービンハブ7に固定される。ポンプインペラ4とタービンランナ5とは、互いに対向し合い、両者の間には、タービンランナ5からポンプインペラ4への作動油(作動流体)の流れを整流するステータ6が同軸に配置される。
【0024】
ステータ6は、複数のステータブレード60を有し、ステータ6の回転方向は、ワンウェイクラッチ61により一方向のみに設定される。これらのポンプインペラ4、タービンランナ5およびステータ6は、作動油を循環させるトーラス(環状流路)を形成し、トルク増幅機能をもったトルクコンバータ(流体伝動装置)として機能する。ただし、発進装置1において、ステータ6やワンウェイクラッチ61を省略し、ポンプインペラ4およびタービンランナ5を流体継手として機能させてもよい。
【0025】
ダンパ機構10は、
図1に示すように、入力要素としてのドライブ部材11と、複数の第1外周スプリング(第1弾性体)SP11を介してドライブ部材11に連結(係合)される第1中間部材12と、複数の第2外周スプリング(第1弾性体)SP12を介して第1中間部材12連結(係合)されると共に第1中間部材12と共に中間要素を構成する第2中間部材14と、複数の内周スプリング(第2弾性体)SP2を介して第2中間部材14に連結(係合)されるドリブン部材(出力要素)15とを含む。
【0026】
ダンパ機構10において、第1および第2外周スプリングSP11,SP12は、荷重が加えられてないときに真っ直ぐに延びる軸心を有するように螺旋状に巻かれた金属材からなるコイルスプリングであり、それぞれドライブ部材11と第1および第2中間部材12,14との相対回転によって圧縮される。また、各内周スプリングSP2は、荷重が加えられてないときに円弧状に延びる軸心を有するように巻かれた金属材からなるアークスプリングであり、第2中間部材14とドリブン部材15との相対回転によって圧縮される。ただし、内周スプリングSP2は、単一のコイルからなるアークスプリングや、コイルスプリングであってもよい。
【0027】
ドライブ部材11は、それぞれ対応する第1外周スプリングSP11の一端と当接する複数のスプリング当接部11aと、複数のスプリング支持部11bとを有する。ドライブ部材11は、ロックアップクラッチ8を介して入力部材としてのフロントカバー3と連結され、フロントカバー3やポンプインペラ4のポンプシェル40により画成される流体伝動室9内の外周側領域に配置される。第1中間部材12は、ドライブ部材11の複数のスプリング支持部11bと共に第1および第2外周スプリングSP11,SP12を同一円周上で互いに隣り合わせに(交互に)して摺動自在に支持可能な環状部材として構成されている。本実施形態において、第1中間部材12は、ロックアップクラッチ8の構成部材により発進装置1の軸周りに回転自在に支持されて流体伝動室9内の外周側領域に配置される。また、第1中間部材12は、それぞれ対応する第1外周スプリングSP11の他端と当該第1外周スプリングSP11と隣り合う第2外周スプリングSP12の一端との間に配置されて両者と当接する一対のスプリング当接部12aを複数有する。
【0028】
第2中間部材14は、環状の第1プレート部材141と、第1プレート部材141と共に内周スプリングSP2およびドリブン部材15を挟み込むようにリベットを介して当該第1プレート部材141に連結(固定)される環状の第2プレート部材142とを含む。第2中間部材14の第1プレート部材141は、それぞれ対応する第2外周スプリングSP12の他端と当接する複数のスプリング当接部(第2当接部)141aを外周部に有すると共に、内周スプリングSP2を支持するための複数のスプリング支持部(図示省略)を内周部に有する。また、第2中間部材14の第2プレート部材142は、それぞれ第1プレート部材141のスプリング支持部と対向して内周スプリングSP2を支持する複数のスプリング支持部(図示省略)を有する。そして、第1および第2プレート部材141および142には、それぞれ対応する内周スプリングSP2の一端と当接する複数のスプリング当接部(図示省略)が形成されている。
【0029】
これにより、複数の第1外周スプリングSP11は、それぞれドライブ部材11のスプリング当接部11aと第1中間部材12のスプリング当接部12aとの間に位置するようにダンパ機構10の外周部に配置され、複数の第2外周スプリングSP12は、それぞれ第1中間部材12のスプリング当接部12aと第2中間部材14すなわち第1プレート部材141のスプリング当接部141aとの間に位置するようにダンパ機構10の外周部に配置されることになる。また、複数の内周スプリングSP2は、それぞれ第1および第2外周スプリングSP11,SP12から発進装置1の径方向に離間して配置され、第1および第2外周スプリングSP11,SP12よりも内側に位置することになる。
【0030】
ドリブン部材15は、第2中間部材14の第1プレート部材141と第2プレート部材142との間に配置されると共にタービンシェル50と共にリベットを介してタービンハブ7に固定される。また、ドリブン部材15は、それぞれ対応する内周スプリングSP2の他端と当接する複数のスプリング当接部15aを有する。更に、ドリブン部材15は、軸方向に突出して第2中間部材14の第2プレート部材142の内周を回転自在に支持する複数のプレート支持部15cを有している。これにより、第2中間部材14は、ドリブン部材15により回転自在に支持されて発進装置1の軸周りに配置される。
【0031】
ロックアップクラッチ8は、ポンプインペラ4とタービンランナ5、すなわちフロントカバー3とタービンハブ7に固定された変速機の入力軸ISとを機械的に(ダンパ機構10を介して)連結するロックアップおよび当該ロックアップの解除を選択的に実行可能なものである。また、エンジンすなわちフロントカバー3と入力軸ISすなわちタービンハブ7との回転速度差(実スリップ速度)が目標スリップ速度に一致するようにロックアップクラッチ8を制御するスリップ制御を実行することで、ロックアップクラッチ8を介した動力の伝達効率やエンジン(原動機)の燃費を向上させることができる。
図1に示すように、ロックアップクラッチ8は、フロントカバー3の内部、より詳しくはフロントカバー3の側壁部34とダンパ機構10との間に位置するようにフロントカバー3とポンプインペラ4のポンプシェル40とにより画成される流体伝動室9内に配置される。
【0032】
図示するように、ロックアップクラッチ8は、フロントカバー3のセンターピース30により軸方向に移動可能に支持されるロックアップピストン80と、フロントカバー3に固定される環状のクラッチハブ81と、ダンパ機構10を介して変速機の入力軸ISに連結されるクラッチドラム82と、クラッチハブ81の外周にスプライン嵌合される複数の第1摩擦係合プレート83と、クラッチドラム82の内周にスプライン嵌合される複数の第2摩擦係合プレート84と、フロントカバー3のセンターピース30に取り付けられる環状のフランジ部材(環状部材)85とを含む。フランジ部材85は、ロックアップピストン80を基準としてフロントカバー3の側壁部34とは反対側に位置するように、すなわちロックアップピストン80よりもタービンハブ7およびダンパ機構10側に位置するように配置される。
【0033】
ロックアップピストン80は、センターピース30の大径円筒部301に嵌合されると共にフロントカバー3(カバー本体33の側壁部34等)の内面と対向する内周部80aと、内周部80aの外周部からダンパ機構10側かつ軸方向に延出された筒状部80bと、筒状部80bから外方かつフロントカバー3に向けて延出された押圧部80cとを有する。
図1に示すように、ロックアップピストン80の内周部80aは、Oリング等のシール部材を介してセンターピース30の大径円筒部301の外周面と摺接する。また、ロックアップピストン80の筒状部80bは、フロントカバー3(カバー本体33)に固定されたクラッチハブ81に対して回転しないように、当該クラッチハブ81の内周部にスプライン嵌合される。これにより、ロックアップピストン80は、その一部がクラッチハブ81の内側に配置されると共に、フロントカバー3の大径円筒部301により、軸方向に移動して第1および第2摩擦係合プレート83,84をフロントカバー3の側壁部34に向けて押圧するように支持される。更に、ロックアップピストン80の押圧部80cは、クラッチハブ81に嵌合された複数の第1摩擦係合プレート83のうちの最もダンパ機構10側に位置する1つの概ね中央部(外周と内周との中央部)と対向する。
【0034】
クラッチハブ81は、ロックアップピストン80と対向するようにカバー本体33の側壁部34の内面に溶接により固定される。クラッチドラム82は、
図1に示すように、フロントカバー3とは反対側に軸方向に延びる円筒状の環状部(軸方向延出部)82aと、当該環状部82aの端部からそれぞれ径方向内側に延出されると共にリベットを介してドライブ部材11に固定される複数の締結部82bとを有する。これにより、クラッチドラム82は、ダンパ機構10により支持されて、クラッチハブ81の外周側で当該クラッチハブ81を囲むようにフロントカバー3内の外周側の領域に配置される。また、クラッチドラム82の環状部82aには、
図1に示すように、第1中間部材12が嵌合され、当該第1中間部材12は、環状部82aの外周面により径方向に支持されて流体伝動室9内の外周側領域に配置される。更に、環状部82a内には、第2中間部材14の第2プレート部材142が回転自在に嵌合され、これにより、クラッチドラム82は、第2プレート部材142の外周面により径方向に支持される。
【0035】
第1摩擦係合プレート83は、
図2に示すように、環状プレート831と、当該環状プレート831の片面に貼着された摩擦材832と、環状プレート831の片面に摩擦材832の表面よりも窪むように形成されたプレート油路(油溝)833とを有する、いわゆる片面貼り式摩擦板である。また、第2摩擦係合プレート84は、
図2に示すように、環状プレート841と、当該環状プレート841の片面に貼着された摩擦材842と、環状プレート841の片面に摩擦材842の表面よりも窪むように形成されたプレート油路843とを有する、いわゆる片面貼り式摩擦板である。本実施形態において、摩擦材832,842は、
図3に示すように、それぞれ複数のセグメント832s,842sに分割されている。セグメント832s,842sを環状プレート831,841の片面に等間隔に貼着することにより、互いに隣り合うセグメント832sまたは842sの間で径方向に延びると共に環状プレート831,841の内周側および外周側に油の出入口を有する複数のプレート油路833,843が第1および第2摩擦係合プレート83,84に形成される。ただし、プレート油路833,843は、摩擦材832,842の表面よりも窪んだものであればよく、例えば1枚の摩擦材を部分的に凹ませることにより構成されてもよい。
【0036】
第1および第2摩擦係合プレート83.84は、交互に並ぶと共に摩擦材832,842がロックアップピストン80側に位置するようにクラッチハブ81またはクラッチドラム82に嵌合される。本実施形態において、第2摩擦係合プレート84の環状プレート841の外周に形成されるスプライン841sの歯丈は、
図3に示すように、クラッチドラム82の内周側に形成されるスプライン82sの歯丈(歯溝の深さ)よりも高くなっている。これにより、クラッチドラム82のスプライン82sの歯底面と第2摩擦係合プレート84のスプライン841sの歯先面との間、およびクラッチドラム82のスプライン82sの歯先面と第2摩擦係合プレート84のスプライン841sの歯底面との間には、作動油を流通させるのに充分な大きな隙間Gが形成される。
【0037】
また、
図1および
図2に示すように、クラッチハブ81には、摩擦材が貼着されていないセパレータプレート83sが最もロックアップピストン80側(
図1および
図2における左側)に位置するように嵌合される。このように、セパレータプレート83sをロックアップピストン80側に配置することで、ロックアップクラッチ8の組み付けに際して、セパレータプレート83sを容易に交換することが可能となり、当該セパレータプレート83sの厚みを変更することで、ロックアップピストン80のストロークを容易に調整することができる。更に、本実施形態において、カバー本体33の側壁部34は、ロックアップピストン80に向けて軸方向に突出するようにプレス成形により形成されると共に、最もフロントカバー3側に位置する第1摩擦係合プレート83の背面(摩擦材832が貼着されていない平坦面)と当接する環状の当接部34a(
図1参照)を有する。このようにフロントカバー3(側壁部34)に第1摩擦係合プレート83と当接する当接部34aを形成することで、いわゆるバッキングプレート(エンドプレート)を省略して部品点数を削減することができる。
【0038】
フランジ部材85は、板材をプレス成形することにより形成され、センターピース30の小径円筒部302に嵌合される内周部85aと、Oリング等のシール部材を介してロックアップピストン80の筒状部80bの内周面と摺接してロックアップピストン80の軸方向における移動をガイドする円筒状の外周部85bと、当該外周部85bのロックアップピストン80側の外縁から径方向内側(軸方向と直交する方向)に延びる環状面を有するピストン移動規制部85cとを有する。また、フランジ部材85の内周部85aには、センターピース30の凹部303内に形成された複数の回転規制凹部の対応する何れかと係合する回転規制凸部(図示省略)が軸方向に突出するように形成されている。
【0039】
フランジ部材85の内周部85aは、各回転規制凸部がセンターピース30の対応する回転規制凹部に嵌合されると共に、軸方向における先端面が凹部303の底面と当接するように当該凹部303内に挿入される。すなわち、フランジ部材85の内周部85aは、凹部303内に位置して径方向からみて大径円筒部301と重なり合うように小径円筒部302に嵌合され、凹部303内でセンターピース30と一体回転するようにセンターピース30に嵌合される。そして、内周部85aの先端面は、凹部303の底面のうちの回転規制凹部が形成されていない部分と当接する。これにより、フランジ部材85のフロントカバー3やロックアップピストン80側(
図1における右側側)への移動は、凹部303の底面により規制され、フランジ部材85は、フロントカバー3側すなわちロックアップピストン80側に移動し得なくなる。そして、センターピース30の小径円筒部302には、スナップリング310が装着され、当該スナップリング310によってフランジ部材85の軸方向に沿ったフロントカバー3から離間する方向へ移動が規制される。これにより、フランジ部材85は、フロントカバー3と一体回転するようにセンターピース30に固定される。
【0040】
上述のようにしてフロントカバー3のセンターピース30に固定されるフランジ部材85は、外周部85bによりロックアップピストン80の軸方向における移動をガイドすると共に、当該ロックアップピストン80のフロントカバー3(側壁部34)とは反対側かつ第1および第2摩擦係合プレート83,84の内側に当該ロックアップピストン80と共に係合側油室86を画成する。係合側油室86には、エンジンにより駆動される図示しないオイルポンプに接続された油圧制御装置(図示省略)からロックアップクラッチ8を係合させるため(完全係合状態あるいはスリップ状態にするため)の作動油(ロックアップ圧)が供給される。係合側油室86は、変速機の入力軸ISに形成された図示しない油路や、係合側油室86に対して軸方向に開口するようにセンターピース30に斜めに形成された油路30a、凹部303の底面とフランジ部材85の内周部85aの先端面との間および大径円筒部301の内周面と内周部85aの外周面との間に画成される油路305を介して油圧制御装置と接続される。
【0041】
また、センターピース30とカバー本体33との接合部付近は、エンジン側の部材との干渉を避けるようにエンジンから離間するように凹まされており、センターピース30とカバー本体33との接合部付近とロックアップピストン80の内周部80aとの間には、大径円筒部301を囲むように複数のリターンスプリング87が配置される。そして、フロントカバー3とロックアップピストン80とは、クラッチハブ81すなわち第1および第2摩擦係合プレート83,84の内側に作動油(冷却油)の供給油路(第1空間)88を画成する。供給油路88には、図示しない油圧制御装置から変速機の入力軸ISに形成された図示しない油路やセンターピース30に形成された油路30bを介してフロントカバー3の内部すなわち流体伝動室9への作動油(例えばライン圧の生成に伴うドレン圧を調圧して得られる循環圧)が供給される。
【0042】
更に、クラッチハブ81には、
図1に示すように、供給油路88と第1および第2摩擦係合プレート83,84側(クラッチハブ81の外側)とを連通させる開口81oが形成され、クラッチドラム82には、第1および第2摩擦係合プレート83,84側(クラッチドラム82の内側)と流体伝動室9側(クラッチドラム82の外側)とを連通させる開口82oが形成される。そして、本実施形態の発進装置1では、フランジ部材85とダンパ機構10との間に、クラッチドラム82の内側でフランジ部材85のロックアップピストン80とは反対側の背面(
図1における左側の面)に沿って延びる返送油路89が画成される。返送油路89は、ロックアップピストン80(内周部80a)の内周面やフランジ部材85(内周部85a)の内周面よりも内側で上述の供給油路88と連通される。本実施形態において、供給油路88と返送油路89とを連通する油路は、センターピース30の内周面とタービンハブ7の外周面との間に画成される連通路90と、スラストワッシャ70に形成された径方向に延びる複数の油溝70aとを含む。これにより、センターピース30やタービンハブ7周辺の狭隘なスペースに供給油路88と返送油路89とを連通させる油路を形成することが可能となる。
【0043】
次に、
図4および
図5を参照しながら、上述のように構成された発進装置1のフロントカバー3およびポンプシェル40内における作動油の流通状態について説明する。
【0044】
図4に示すように、油圧制御装置からセンターピース30に形成された油路30bを介して供給油路88に供給された作動油(冷却油)は、クラッチハブ81の開口81oや、第1および第2摩擦係合プレート83,84のプレート油路833,843、クラッチドラム82の開口82oを流通し、流体伝動室9内のダンパ機構10の周辺やポンプインペラ4、タービンランナ5およびステータ6により画成されるトーラスに流入する。そして、フロントカバー3とポンプシェル40内でトーラスやダンパ機構10の周辺を流通した作動油は、ワンウェイクラッチ61の両側に形成される隙間や、ポンプシェル40のスリーブ部と図示しないステータシャフトとの間に形成される油路等を介して油圧制御装置に戻される。また、クラッチドラム82の開口82oから外側に流出した作動油(冷却油)の一部は、ダンパ機構10の隙間(例えば、内周スプリングSP2の隙間)等を介して返送油路89に流入する。更に、第1および第2摩擦係合プレート83,84のプレート油路833,843を流通した作動油(冷却油)の一部は、ロックアップピストン80とクラッチドラム82との間の隙間を介して返送油路89に流入する。これにより、トーラスやダンパ機構10、ロックアップクラッチ8の周囲等は作動油で満たされる。
【0045】
ここで、ロックアップクラッチ8のスリップ制御によりフロントカバー3(エンジン)の回転速度がタービンハブ7(入力軸IS)の回転速度よりも高い状態で両者の回転速度差(実スリップ速度)を目標スリップ速度に一致させる際には、フロントカバー3(エンジン)側のクラッチハブ81に嵌合された第1摩擦係合プレート83の回転速度がタービンハブ(入力軸20)側のクラッチドラム82に嵌合された第2摩擦係合プレート84の回転速度よりも高くなる。従って、第1摩擦係合プレート83のプレート油路833内をクラッチハブ81側からクラッチドラム82側へと流通する作動油の流速が高まることと、作動油に作用する遠心力(遠心油圧)の影響とに起因して、第1摩擦係合プレート83のプレート油路833内のクラッチハブ81側(内側)の領域における作動油の圧力が低下する。この結果、
図5に示すように、第1および第2摩擦係合プレート83,84のクラッチハブ81側(内周側)で第2摩擦係合プレート84のプレート油路843内の作動油が当該第2摩擦係合プレート84よりもフロントカバー3側に位置する第1摩擦係合プレート83のプレート油路833内へと流入する。これに伴い、第1および第2摩擦係合プレート83,84のクラッチドラム82側(外周側)で第1摩擦係合プレート83のプレート油路833から流出した作動油の一部がクラッチドラム82と第2摩擦係合プレート84との隙間Gを介して当該第1摩擦係合プレート83よりもロックアップピストン80側に位置する第2摩擦係合プレート84のプレート油路843内へと流入する。
【0046】
これにより、ロックアップクラッチ8を含む発進装置1では、フロントカバー3の回転速度がタービンハブ7の回転速度よりも高い状態でスリップ制御が実行される際に、第2摩擦係合プレート84のプレート油路843で作動油をクラッチドラム82側からクラッチハブ81側へと流通させ、第2摩擦係合プレート84の環状プレート841の両側に位置するプレート油路833,843で作動油を循環させることができる。これにより、第1および第2摩擦係合プレート83,84(摩擦材832,842)の周辺を流通(循環)して摩擦材832,842と熱交換する作動油の量を増加させることが可能となる。また、各第1摩擦係合プレート83のプレート油路833内をクラッチハブ81側からクラッチドラム82側へと流通する作動油の流速が高まると共に、各第1摩擦係合プレート83のプレート油路833内のクラッチハブ81側(内側)の領域における作動油の圧力が低下することで、供給油路88からクラッチハブ81の径方向外側(第1および第2摩擦係合プレート83,84側)への作動油(冷却油)の吸い入れが促進される。これにより、供給油路88からクラッチハブ81の径方向外側(第1および第2摩擦係合プレート83,84側)へと吸い入れられる作動油(冷却油)の量を増加させることができる。
【0047】
一方、第1および第2摩擦係合プレート83,84を通過した作動油の一部は、上述のように、第1および第2摩擦係合プレート83,84の周辺で循環せずに、返送油路89側へと流出する。そして、発進装置1では、上述のように、返送油路89がセンターピース30とタービンハブ7との間の連通路90とスラストワッシャ70の油溝70aとを介して供給油路88と連通していることから、返送油路89に流入した作動油は、当該返送油路89から供給油路88へと再度流入する。すなわち、発進装置1では、供給油路88−第1および第2摩擦係合プレート83,84−返送油路89−供給油路88という経路においても作動油を循環させることが可能となる。従って、上述のように供給油路88からクラッチハブ81の径方向外側(第1および第2摩擦係合プレート83,84側)へと吸い入れられる作動油(冷却油)の量が増加しても、それによる不足分は、返送油路89から供給油路88へと流入する作動油により補われる。
【0048】
この結果、発進装置1では、第1および第2摩擦係合プレート83,84に対する潤滑・冷却用の作動油の供給量、すなわち油圧制御装置からセンターピース30の油路30b等を介した供給油路88への作動油(冷却油)の供給量を増加させることなく、第1および第2摩擦係合プレート83,84(摩擦材832,842)の周辺を流通(循環)して摩擦材832,842と熱交換する作動油の量を増加させることが可能となる。更に、第1および第2摩擦係合プレート83,84の摩擦材832,842から熱を奪って昇温した作動油を返送油路89内で降温させた上で供給油路88へと再度流入させることができる。また、発進装置1では、返送油路89がロックアップピストン80やフランジ部材85の内周面よりも内側に画成される連通路90やスラストワッシャ70の油溝70aを介して供給油路88と連通される。これにより、返送油路89の(径方向における)長さが充分に確保されるので、第1および第2摩擦係合プレート83,84を通過した作動油を当該返送油路89を流通する間に良好に冷却することが可能となる。
【0049】
更に、発進装置1では、供給油路88から第1および第2摩擦係合プレート83,84側への作動油(冷却油)の吸い入れが促進されることで、供給油路88内で径方向外側へと向かう作動油の流速が高まり、当該供給油路88内の圧力が低下する。これにより、ロックアップピストン80をフロントカバー3側に移動させやすくなるので、ロックアップクラッチ8の係合(完全係合およびスリップ係合)に際して、ロックアップピストン80を速やかにストロークさせる(セパレータプレート83sに当接させる)ことができる。この結果、ロックアップクラッチ8の制御応答性をより向上させることが可能となる。
【0050】
また、発進装置1では、スリップ制御時におけるフロントカバー3(第1摩擦係合プレート83)とタービンハブ7(第2摩擦係合プレート84)との回転速度差の大きさに対する伝達トルクの大きさの特性(いわゆる、T−V特性)をより向上させることができる。すなわち、当該回転速度差(実スリップ速度)が大きくなると、上述のように、供給油路88内で径方向外側へと向かう作動油(冷却油)の流速が高まるので、当該供給油路88内の圧力がより低下する。これにより、ロックアップピストン80の第1および第2摩擦係合プレート83,84を押圧する力が強まり、フロントカバー3からタービンハブ7に伝達されるトルクがより大きくなる。これに対して、上記回転速度差(実スリップ速度)が小さくなると、供給油路88内の作動油の圧力低下に伴ってロックアップピストン80の第1および第2摩擦係合プレート83,84を押圧する力が弱まり、フロントカバー3からタービンハブ7に伝達されるトルクは小さくなる。この結果、ロックアップピストン80の第1および第2摩擦係合プレート83,84を押圧する力がフロントカバー3とタービンハブ7との回転速度差の変化に応じて自動的かつ適正に変化することになるので、発進装置1では、スリップ制御における制御性(制御のし易さ)をより向上させると共に、スリップ制御時における当該回転速度差に基づくロックアップ圧(係合油圧)のフィードバック制御の負担を軽減することが可能となる。
【0051】
更に、第1および第2摩擦係合プレート83,84として片面貼り式摩擦板を採用すると共に返送油路89と供給油路88とを連通させて第1および第2摩擦係合プレート83,84の冷却性を向上させることで、両面貼り式摩擦板を採用した場合に比べて、摩擦材832,842をより薄く(両面貼り式摩擦板の摩擦材の例えば35〜55%程度に)することができる。すなわち、上述のように第1および第2摩擦係合プレート83,84(摩擦材832,842)の周辺を流通(循環)する作動油の量を増加させることで、摩擦材832,842を薄くすることによるプレート油路833,843の流路断面積の減少を許容することが可能となる。これにより、ロックアップクラッチ8ひいては発進装置1の軸長をより短縮化したり、スペース効率をより向上させたりすることが可能となる。
【0052】
加えて、第1および第2摩擦係合プレート83,84として片面貼り式摩擦板を採用すると共に返送油路89と供給油路88とを連通させて第1および第2摩擦係合プレート83,84の冷却性を向上させることで、両面貼り式摩擦板を採用した場合に比べて、環状プレート831,841をより薄く(両面貼り式摩擦板の環状プレートの例えば15〜30%程度に)することができる。すなわち、上述のように第1および第2摩擦係合プレート83,84(摩擦材832,842)の周辺を流通(循環)する作動油の量を増加させることで、環状プレート831,841のヒートマスとしての機能の低下を許容することが可能となる。これにより、ロックアップクラッチ8ひいては発進装置1の軸長をより一層短縮化したり、スペース効率をより一層向上させたりすることが可能となる。
【0053】
以上説明したように、発進装置1に含まれるロックアップクラッチ8では、フロントカバー3側のクラッチハブ81に嵌合される第1摩擦係合プレート83およびタービンハブ7側のクラッチドラム82に嵌合される第2摩擦係合プレート84として、環状プレート831,842と、当該環状プレート831,841の片面に貼着された摩擦材832,842と、環状プレート831,841の片面に摩擦材832,842の表面よりも窪むように形成されたプレート油路833,843とを有する片面貼り式摩擦板が採用される。また、ロックアップピストン80とフランジ部材85との間には、作動油が供給される係合側油室86が画成されると共に、ロックアップピストン80とフロントカバー3との軸方向における間には、クラッチハブ81を介して第1および第2摩擦係合プレート83,84に作動油(冷却油)を供給するための供給油路88が画成される。そして、発進装置1(ロックアップクラッチ8)では、フランジ部材85のロックアップピストン80とは反対側の背面に沿って、第1および第2摩擦係合プレート83,84を通過した作動油の返送油路89が画成され、当該返送油路89は、供給油路88と連通される。これにより、第1および第2摩擦係合プレート83,84(供給油路88)に対する潤滑・冷却用の作動油の供給量を低減させつつ、スリップ制御の実行時における第1および第2摩擦係合プレート83,84の摩擦材832,842の放熱性を向上させることが可能となる。
【0054】
また、上記実施形態のように、ロックアップピストン80やフランジ部材85の内周面よりも内側に画成される連通路90、油溝70aを介して返送油路89と供給油路88とを連通させれば、返送油路89の長さを充分に確保して、第1および第2摩擦係合プレート83,84を通過した作動油を返送油路89を流通する間に良好に冷却することが可能となる。
【0055】
更に、上記実施形態では、第1および第2摩擦係合プレート83,84は、摩擦材832,842がロックアップピストン80側に位置するようにクラッチハブ81またはクラッチドラム82に嵌合される。これにより、摩擦材832,842が貼着されていないセパレータプレート83sを最もロックアップピストン80側に位置するようにクラッチハブ81に嵌合することができる。この結果、セパレータプレート83sを容易に交換することができるので、当該セパレータプレート83sの厚みを変更することで、ロックアップピストン80のストロークを容易に調整することが可能となる。
【0056】
また、上記実施形態のように、第2摩擦係合プレート84のスプライン841sの歯丈をクラッチドラム82のスプライン82sの歯丈よりも高くすれば、クラッチドラム82と第2摩擦係合プレート84との隙間Gを充分に確保して、第1摩擦係合プレート83のプレート油路833から流出した作動油を第2摩擦係合プレート84のプレート油路843内へとスムースに流入させることが可能となる。加えて、上記実施形態において、返送油路89は、センターピース30の内周面とタービンハブ7との間に画成される連通路90と、センターピース30とタービンハブ7との間に配置されるスラストワッシャ70に形成された油溝70aとを介して供給油路88と連通される。これにより、センターピースやタービンハブ7周辺の狭隘なスペースに供給油路88と返送油路89とを連通させる油路を形成することが可能となる。
【0057】
なお、発進装置1のロックアップクラッチ8において、第1および第2摩擦係合プレート83,84は、
図6に示すように、摩擦材832,842がフロントカバー3側(
図1および
図2における右側)に位置するようにクラッチハブ81またはクラッチドラム82に嵌合されてもよい。これにより、第1および第2摩擦係合プレート83,84のクラッチドラム82側すなわち外周側で第1摩擦係合プレート83のプレート油路833から流出した作動油の一部は、
図7に示すように、より大きい表面積を有して外気と接触するフロントカバー3側に位置する第2摩擦係合プレート84のプレート油路843内へと流入することになる。この結果、第2摩擦係合プレート84のプレート油路843をクラッチドラム82側からクラッチハブ81側へと流通する作動油の昇温を抑制することが可能となる。
【0058】
また、上記ロックアップクラッチ8は、フロントカバー3に固定されるクラッチハブ81と、フロントカバー3に向けて移動して第1および第2摩擦係合プレート83,84を押圧するロックアップピストン80と、フロントカバー3とロックアップピストン80との間に配置されてロックアップピストン80をフロントカバー3から離間するように付勢するリターンスプリング87と、フランジ部材85とロックアップピストン80とにより画成される係合側油室86と、ロックアップピストン80とフロントカバー3との間に画成される供給油路88とを含むものであるが、本発明によるクラッチは、このような構成のものに限られない。すなわち、本発明によるクラッチは、環状のフランジ部材(環状部材)に固定されるクラッチハブと、フランジ部材に向けて移動して第1および第2摩擦係合プレートを押圧するピストンと、ピストンとフランジ部材との軸方向における間に配置されて当該ピストンをフランジ部材から離間するように付勢するリターンスプリングと、入力部材としてのフロントカバーとピストンとの間に画成される係合側油室と、フランジ部材とピストンとの間に画成される供給油路とを含むものであってもよい。
【0059】
更に、上記実施形態は、エンジンに連結されるフロントカバー3と、ダンパ機構10を介してクラッチドラム82に連結されると共に変速機の入力軸ISに連結されるタービンハブ7とを連結するロックアップおよび当該ロックアップの解除を選択的に実行するロックアップクラッチ8に本発明を適用したものとして説明されたが、本発明の適用対象はこれに限られるものではない。すなわち、本発明は、作動油で満たされる空間内に配置されるクラッチであれば、如何なる形式のものに適用されてもよい。
【0060】
そして、本発明は上記実施形態に何ら限定されるものではなく、本発明の外延の範囲内において様々な変更をなし得ることはいうまでもない。更に、上記発明を実施するための形態は、あくまで発明の概要の欄に記載された発明の具体的な一形態に過ぎず、発明の概要の欄に記載された発明の要素を限定するものではない。