(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、図面に基づいて、本発明の実施形態の一例を詳細に説明する。
【0015】
始めに、
図1を参照して本発明の実施形態の一例に係る内歯歯車の製造方法が適用される偏心揺動型減速装置(遊星歯車装置)の全体構成から説明する。
【0016】
この偏心揺動型減速装置Gの入力軸12は、モータ14のモータ軸14Aと一体化されている。入力軸12には、キー16を介して2つの偏心部18を有するクランク軸20が連結されている。
【0017】
偏心部18の軸心O2、O3は、入力軸12の軸心O1に対してそれぞれ偏心している。この例では、偏心部18の偏心位相差は、180度である。偏心部18の外周には、ころ軸受22が配置されている。ころ軸受22の外周には2枚の外歯歯車(遊星歯車)24が揺動可能に組み込まれている。外歯歯車24を2枚軸方向に並列に備えているのは、必要な伝達容量の確保および回転バランス性の向上を意図したためである。外歯歯車24は、それぞれ内歯歯車30に内接噛合している。すなわち、この偏心揺動型減速装置Gは、外歯歯車24を揺動させるためのクランク軸20が、装置の径方向中央(入力軸12の軸心O1および内歯歯車30の軸心O1と同軸)に配置されている「センタクランクタイプ」と称される偏心揺動型の減速装置である。
【0018】
内歯歯車30は、ケーシング28(の後述するケーシング本体52)と一体化された内歯歯車本体32と、該内歯歯車本体32に軸方向に形成されたピン溝(内歯歯車に形成される溝)34と、該ピン溝34に配置された外ピン(ピン部材)36と、を有している。外ピン36は、内歯歯車30の内歯を構成している。内歯歯車30の内歯の数(外ピン36の数)は、外歯歯車24の外歯の数よりもわずかだけ(この例では1だけ)多い。内歯歯車30の構成およびその製造方法については、後に詳述する。
【0019】
外歯歯車24には、その軸心(軸心O2、O3に同じ)からオフセットされた位置に、複数の貫通孔24Aが形成されている。この貫通孔24Aには、内ピン40が嵌入されている。内ピン40は、外歯歯車24の軸方向側部に配置されたフランジ体42の内ピン保持穴42Aに圧入・固定されている。フランジ体42は、出力軸44と一体化されている。出力軸44は、一対のテーパローラ軸受46によって支持されている。
【0020】
なお、この実施形態では、内ピン40には、摺動促進部材として、内ローラ48が外嵌されている。内ローラ48と外歯歯車24の貫通孔24Aの内周面との間には、偏心部18の偏心量の2倍に相当する大きさの隙間が確保されている。内ピン40(および内ローラ48)は、外歯歯車24を貫通しているため、該外歯歯車24の自転と同期した動きをする。
【0021】
一方、この偏心揺動型減速装置Gのケーシング28は、減速機構部50を収納するケーシング本体52と、出力軸44を収納する出力ケーシング体54と、を有している。ケーシング本体52の軸方向反負荷側には、(モータカバーとしても機能している)反負荷側カバー56が配置されており、出力ケーシング体54の軸方向負荷側には、負荷側カバー57が配置されている。偏心揺動型減速装置Gは、脚部58のボルト穴58Aを介して図示せぬボルトにより固定部材に固定される。
【0022】
内歯歯車30の内歯歯車本体32は、ケーシング本体52と一体化されている。つまり、内歯歯車本体32は、ケーシング本体52と同一の部材である。本明細書では、便宜上、内歯歯車本体32に統一して称することとする。内歯歯車30の構成は、後に詳述する。
【0023】
この偏心揺動型減速装置Gは、以上のような構成を有し、モータ14のモータ軸14Aを回転させることによって、入力軸12に連結されたクランク軸20の2つの偏心部18を回転させる。すると、外歯歯車24が揺動しながら内歯歯車30(具体的には、該内歯歯車30の内歯を構成している外ピン36)と噛合する。これにより、入力軸12が1回回転して外歯歯車24が1回揺動する毎に、該外歯歯車24は、内歯歯車30と外歯歯車24の歯数差(この例では1歯)分だけ自転する。この結果、この自転成分を内ピン40および内ローラ48を介してフランジ体42に伝達し、該フランジ体42と一体化されている出力軸44を減速回転させることができる。
【0024】
次に、内歯歯車30の近傍の構成について詳細に説明する。
【0025】
図2は、一部に要部拡大断面を含む内歯歯車本体32の断面図である。また、
図3は、
図2の矢視III方向から見た要部拡大断面図である。
【0026】
内歯歯車30は、前述したように、内歯歯車本体32と、該内歯歯車本体32に軸方向に形成されたピン溝(内歯歯車に形成される溝)34と、該ピン溝34に配置され、内歯を構成する外ピン(ピン部材)36と、を有する。内歯歯車本体32は、全体が、ほぼリング状の部材で構成されている。内歯歯車本体32の軸方向両側部には、反負荷側カバー56とのインロー部を構成するための段差部32A、および出力ケーシング体54とのインロー部を構成するための段差部32Bが形成されている。つまり、この内歯歯車30は、径方向厚さの大きい軸中央部(第1の部分)32Cと、該軸中央部32Cの径方向厚さよりも径方向厚さの小さい軸端部(第2の部分)32E1、32E2を有している。
【0027】
なお、ここでの径方向厚さは、内歯歯車本体32の厚さ(スカイビング加工前の内歯歯車素材の内周面から外周面までの径方向の肉厚)を意味している。本実施形態においては、ピン溝34が形成されていない部分の内周面から外周面までの径方向の距離が径方向厚さに相当する。なお、本実施形態では、内歯歯車本体32の内外周面は、軸と平行であるため、径方向厚さの大小は、内歯歯車本体32の外径(この例では、軸中央部32Cでd32C、軸端部32E1、32E2で、d32E1、d32E2)の大小と一致する概念である。
【0028】
この実施形態では、軸中央部32Cの径方向厚さは、W32C、軸端部32E1、32E2の径方向厚さは、W32E1、W32E2であり、W32C>W32E1=W32E2である。なお、以下、軸端部32E1、32E2については、単に軸端部32E、径方向厚さW32E1、W32E2については、単に径方向厚さW32Eと称することがある。
【0029】
内歯歯車本体32の内周には、ピン溝34が、周方向に等間隔に、内歯の歯数分だけ、それぞれが軸方向全長に亘って形成されている。ピン溝34には、内歯歯車30の内歯を構成する外ピン(ピン部材)36が配置される。ピン溝34は、軸と直角の断面がほぼ半円形状とされた溝であり、外ピン36は、該ピン溝34に隙間嵌めにて回転自在に配置される。
【0030】
なお、
図2、
図3の符号35は、Oリング溝、32B1は、段差部32Bの面取り部、32Fは、内歯歯車本体32に反負荷側カバー56および出力ケーシング体54を連結するためのボルト孔である。
【0031】
以下、このピン溝34の構成を、その製造方法の説明と共に、より詳細に説明する。
【0032】
この実施形態では、ピン溝34は、スカイビング加工によって形成される。本実施形態において、スカイビング加工とは、「工具(スカイビングカッター)とワーク(内歯歯車本体32)をある角度を持たせて回転(例えば同期回転)させ、発生する速度差によって創成する加工法」を意味している。
【0033】
本実施形態における内歯歯車本体32のピン溝34をスカイビング加工によって形成するには、例えば実用新案登録第3181136号に記載された加工機械に対し、本実施形態に係るピン溝34の加工に必要なカスタマイズを適宜施す(具体的には、工具を円弧形状を加工できるようにカスタマイズする)ことで、該加工機械を利用することができる。
【0034】
この偏心揺動型減速装置Gのピン溝34は、下記の2つの構成(A)および構成(B)のうち、少なくとも一方(この例では両方)を有している。
【0035】
構成(A)「スカイビング加工完了後」のピン溝34の(第2の部分である)軸端部32Eにおける径方向深さG34eが、ピン溝34の(第1の部分である)軸中央部32Cにおける径方向深さG34cよりも大きい。
【0036】
構成(B)「スカイビング加工完了後」のピン溝34の(軸方向端部である)軸端部32Eにおける径方向深さG34eが、ピン溝34の(軸方向中央部である)軸中央部32Cにおける径方向深さG34cよりも大きい。
【0037】
構成(A)、(B)において、「径方向深さ」とは、内歯歯車本体32のピン溝34が形成されていない部分の内周からピン溝34の底部34Bまでの径方向の大きさを意味している。また、「スカイビング加工完了後の径方向深さ」と言及したのは、後述するように、偏心揺動型減速装置Gの内歯歯車本体32のピン溝34をスカイビング加工によって形成すると、加工機械に対して加工のために設定する「設定切削代」と、該設定切削代によって実際に切削されるピン溝34の「(実)切削代」が異なることがあるためである。「スカイビング加工完了後の径方向深さ」とは、「実際に切削された状態の径方向深さ」を意味している。
【0038】
このような構成(A)、(B)を備えるようにした理由は、主に2つある。
【0039】
一つは、「遊星歯車装置の内歯歯車に形成される溝」が偏心揺動型減速装置Gのピン溝34であるという構成特有の理由、もう一つは、スカイビング加工特有の理由である。
【0040】
「遊星歯車装置の内歯歯車に形成される溝」が偏心揺動型減速装置Gのピン溝34であるという構成特有の理由は、以下の通りである。
【0041】
従来のピン溝の加工方法、例えば、ブローチ加工やギヤシェーパ加工は、加工コストが掛かるという問題があった。また、いわゆる馴染み運転を行う場合には、馴染み運転時間を比較的長くとる必要があり、製造コストが高くなり易いという問題もあった。ここで、馴染み運転とは、本来の偏心揺動型減速装置Gとしての運転の前に行う運転を指す。馴染み運転を行うことによって、外歯歯車24と内歯歯車30の噛合等を馴染ませ、回転を滑らかにすると共に、運転効率をより高めることができる。偏心揺動型減速装置Gの場合、運転効率は、馴染み運転の経過時間と共に上昇してゆき、次第に上昇率が低くなって所定の値でそれ以上は高くならない特性となる。馴染み運転は、出荷時あるいは納入後に所定の運転効率を確保するために行われることもあるが、その必要時間をできるだけ短縮することが課題となっていた。
【0042】
この偏心揺動型減速装置Gでは、敢えてピン溝34の径方向深さを均一とせず、上記構成(A)および構成(B)のうち、少なくとも一方(この例では両方)を採用し、ピン溝34と外ピン36との間の一部に隙間を形成したものである。
【0043】
これにより、外ピン36の回転円滑性をより高めることができる。また、該隙間を、潤滑剤の導入部、あるいは保持部として活用し、ピン溝34と外ピン36間の潤滑性をより高めることができる。
【0044】
次に、もう一つの理由、つまり、構成(A)および構成(B)のうち、少なくとも一方(この例では両方)を採用するスカイビング加工特有の理由は、以下の通りである。
【0045】
従来のピン溝の加工方法によってピン溝の径方向深さを敢えて不均一とするには、そのための別途の加工工程が付加的に必要であり、コストの増大を招く。この点で、ピン溝34の不均一な径方向深さを、同一の加工機械で連続的に形成できるスカイビング加工がコスト的に有利である。加工時間も短くて済む。
【0046】
しかし、スカイビング加工は、加工時に工具側から内歯歯車本体32に対し大きなラジアル荷重が掛かるという問題がある。すなわち、この偏心揺動型減速装置Gの内歯歯車本体32は、径方向厚さが外径に対して比較的薄く(最大厚さの軸中央部32Cでも外径d32Cに対して径方向厚さW32C)、軸方向幅L32が大きい傾向がある。特に、この実施形態のように、外歯歯車24が複数枚並列して設けられている偏心揺動型減速装置Gの場合には、その傾向が強い。
【0047】
そのため、スカイビング加工の際に、内歯歯車本体32の軸方向の一部に、径方向の内側からラジアル負荷が掛かると、内歯歯車本体32が径方向外側に弾性変形してしまい易い。これは、加工が完了して内歯歯車本体32が弾性変形した状態から復帰したときに、結果として、スカイビング加工完了後のピン溝34の径方向深さが、軸端部32Eの方が軸中央部32Cより小さく(浅く)なってしまうことを意味する。
【0048】
偏心揺動型減速装置Gの内歯歯車30において、ピン溝34の径方向深さが小さくなると、その部分でピン溝34と外ピン36が片当たりし、外ピン36の円滑な回転・摺動が阻害される。また、外ピン36が外歯歯車24側に迫り出してくることから、外歯歯車24との円滑な噛合も阻害される。
【0049】
けだし、この弾性変形は、径方向厚さW32Eの小さな(剛性の低い)軸端部32E(第2の部分)において、径方向厚さW32Cの大きな(剛性の高い)軸中央部32C(第1の部分)より著しく発生する。また、ピン溝34の軸端部(軸方向端部)32Eの方が、ピン溝34の軸中央部(軸方向中央部)32Cより著しく発生する。
【0050】
そこで、この偏心揺動型減速装置Gでは、この事情を逆に活用し、上記構成(A)および構成(B)を採用している。すなわち、上記弾性変形の分を上回る程に、径方向厚さW32Cの大きな(剛性の高い)第1の部分の設定切削代より、径方向厚さW32Eの小さな(剛性の低い)第2の部分の設定切削代を大きくすれば、結果として、スカイビング加工完了後において上記構成(A)を実現できる。
【0051】
また、上記弾性変形の分を上回る程に、より変形しにくい軸中央部での設定切削代より、より変形しやすい軸端部での設定切削代を大きくすれば、結果として、スカイビング加工完了後において上記構成(B)を実現できる。
【0052】
上記構成(A)および構成(B)は、必ずしも併用する必要はなく、いずれか一方を採用しただけでも、相応の効果が得られる。
【0053】
そして、スカイビング加工によれば、このような径方向深さの不均一性を実現するために、別途の加工を付加的に行うことなく、切削代の設定のカスタマイズを行うだけで、同一の加工機械を用いて連続的に所望の(不均一の)径方向深さの加工を実現することができる。
【0054】
再び
図2、
図3を参照して、スカイビング加工完了後のピン溝34の構成について、より具体的に説明する。
【0055】
本実施形態では、径方向厚さW32Eの小さい第2の部分(この例では軸端部32E)におけるピン溝34の径方向深さG34eが、径方向厚さW32Cの大きい第1の部分(この例では軸中央部32C)におけるピン溝34の径方向深さG34cよりも大きい(G34e>G34c:上記構成(A))。
【0056】
この構成は、第2の部分である軸端部32Eにおけるピン溝34の設定切削代を、第1の部分である軸中央部32Cにおける溝の設定切削代よりも、加工時の弾性変形の影響を相殺する分を超えて大きくすることで実現できる。つまり、軸端部32E各部位における設定切削代をX、軸中央部32Cにおける設定切削代をY、加工時の軸端部32E各部位における弾性変形量をHとすると、X=Y+H+αに設定する。本実施形態においては、加工完了後におけるピン溝34の径方向深さが、軸方向外側に向かうに従って徐々に増大するように「α」を設定する。
【0057】
なお、このように第2の部分である軸端部32Eにおけるピン溝34の径方向深さG34eを、第1の部分である軸中央部32Cにおけるピン溝34の径方向深さG34cよりも大きく設定する場合には、
図2に示されるように、切削代の大きい部分の軸方向範囲L34Sdが、径方向厚さW32Eの小さい第2の部分(軸端部32E)の軸方向範囲L32Bよりも大きくなるように設定するとよい。これは、径方向厚さW32Eが小さいことに起因して発生する弾性変形は、径方向厚さが変化している軸方向位置で急に発生するものではないためである。これにより、弾性変形の影響をより適正に相殺した上で、上記構成(A)を実現することができる。
【0058】
また、本実施形態では、(内歯歯車本体32の径方向厚さの大小の如何に関わらず)軸端部32Eにおけるピン溝34の径方向深さG34eは、軸中央部32Cにおけるピン溝34の径方向深さG34cよりも大きい(G34e>G34c:上記構成(B))。この構成も、軸端部32Eにおけるピン溝34の径方向の設定切削代を、軸中央部32Cにおけるピン溝34の径方向の設定切削代よりも、加工時の弾性変形の影響を相殺する分を超えて大きくすることで実現できる。
【0059】
なお、このように軸端部32Eにおけるピン溝34の径方向の切削代(径方向深さG34e)を、軸中央部32Cにおけるピン溝34の径方向の切削代(径方向深さG34c)よりも大きく設定する場合には、
図2に示されるように、該ピン溝34の軸端部32Eにおける径方向の切削代(径方向深さG34e)が、該軸端部32E側に向かって徐々に増大するように設定するとよい。この構成は、軸端部側に向かう程、弾性変形量がより増大する傾向となることを考慮したものである。これにより、弾性変形の影響をより適正に相殺した上で、上記構成(B)を実現することができ、ピン溝34と外ピン36との当たりをより滑らかに変化させることができる。
【0060】
なお、
図2の拡大円内に示されるように、上記構成(A)(または構成(B))に係る径方向深さの形成ライン34Sdは、この実施形態では、軸方向に沿って直線状に増大させるのではなく、曲線状に増大させるようにしている。軸端部32Eの径方向深さG34eの最大値は、軸端面位置34B1においてG34e1となっており、該軸端面位置34B1において外ピン36との間に隙間δ34が確保されている。
【0061】
上記実施形態の偏心揺動型減速装置Gとしての作用効果、あるいはその内歯歯車の製造方法としての作用効果は、以下の通りである。
【0062】
(i)生じさせた隙間δ34を潤滑剤の導入路あるいは保持部として機能させることができ、運転効率の向上が図れる。
【0063】
(ii)外ピン36の回転円滑性の向上が図れる。
【0064】
(iii)強い負荷が掛かったときは、外ピン36は撓むことができる。その結果、ピン溝34と外ピン36、および、外ピン36と外歯歯車24との接触部の噛合面圧が過度に上昇するのを抑制でき、バックラッシの低減と噛合面圧の低減を両立できる(もちろん、そのいずれか一方をより重視した設計としてもよい)。
【0065】
(iv)加工時間や馴染み運転時間を、従来より短縮できる。
【0066】
(v)スカイビング加工により、同一の加工機械で径方向深さが軸方向で異なるピン溝を連続的に形成することができ、加工時間の短縮、加工コストの低減が図れる。
【0067】
なお、上記「不均一な径方向深さ」の作用効果に着目する場合には、(スカイビング加工よりは、加工工数は増えるものの)例えばスカイビング加工機械以外の加工機械の組み合わせ、例えば、ギヤシェーパと研削機械の組み合わせ等によって当該不均一な径方向深さを実現するようにしてもよい。
【0068】
逆に、「スカイビング加工を行う際の弾性変形の影響による不具合の解消」という点に着目するならば、スカイビング加工を行う際の設定切削代は、必ずしも加工時の弾性変形の影響を相殺する分を超えて大きくする必要はない。例えば、丁度、加工時の弾性変形の影響を相殺する分だけ大きくするようにしてもよい。これにより、スカイビング加工によって、内歯歯車のピン溝を加工していながら、径方向深さが均一のピン溝を形成することができる。
【0069】
なお、この場合に、ばらつき等の何らかの理由によって、結果として、ピン溝の深さが正確に均一に形成できなくてもよい。それは、結果としてピン溝の深さが正確に均一に形成できなくても、少なくとも、軸方向全域において設定切削代に差異を全く持たせないまま、スカイビング加工にてピン溝を加工する製造方法と比較するならば、差異を持たせた分、必ず何らかの効果は得られるからである。
【0070】
要するに、スカイビング加工による偏心揺動型減速装置の内歯歯車の(ピン溝の)製造方法という観点では、ピン溝の第2の部分における径方向の設定切削代を、ピン溝の第1の部分における径方向の設定切削代よりも大きく設定することで、内歯歯車本体の径方向厚さに起因する剛性の差異に基づく弾性変形の影響を抑制するというメリットを得ることができる。
【0071】
同様に、ピン溝の軸方向端部における径方向の設定切削代を、ピン溝の軸方向中央部における径方向の設定切削代よりも大きく設定することで、内歯歯車本体の軸方向端部と軸方向中央部の剛性の差異に基づく弾性変形の影響を抑制するというメリットを得ることができる。
【0072】
さらに、スカイビング加工による偏心揺動型減速装置の内歯歯車の(ピン溝の)製造に当たって、内歯歯車本体の弾性変形の影響を低減するという観点では、「第2の部分の径方向外側に、補強部材を嵌合させた状態で、ピン溝をスカイビング加工する」という手法、あるいは、「ピン溝の軸方向端部の径方向外側に、補強部材を嵌合させた状態で、ピン溝をスカイビング加工する」という手法も有効である。これにより、内歯歯車本体の弾性変形がほぼ抑えられるため、ピン溝と外ピンとの間に、隙間を形成しようとする場合も、また、隙間を零にしようとする場合も、より高い寸法精度で管理されたスカイビング加工を行うことができる。
【0073】
図4には、補強部材を嵌合させる例として、内歯歯車本体32が、径方向厚さW32Cの大きい軸中央部(第1の部分)32C、該軸中央部32Cよりも径方向厚さW32E(W32E1、W32E2)の小さい軸端部(第2の部分)32Eを有している場合に、軸端部32Eの外側に第1補強部材70を嵌合させた状態で、ピン溝34をスカイビング加工する様子が示されている。
【0074】
具体的には、
図4では、リング状の第1補強部材70を内歯歯車本体32の段差部32A、32Bに軸方向両側から、それぞれ嵌合させる例が示されている。第1補強部材70の内周70Aは、段差部32A、32Bに若干締まり嵌めとなる内径D70Aであるのが好ましいが、隙間嵌めでなければ、必ずしも締まり嵌めでなくても、相応の効果は得られる。なお、第1補強部材70の外径d70は、この例では内歯歯車本体32の軸中央部32Cの外径d32Cより若干大きな大きさとして、取り外すときに図示せぬ治具を係止できるようにしている。
【0075】
なお、締まり嵌めとした場合に、取り付け、取り外しが困難となる場合には、補強部材として、例えば
図5に示されるような、ボルト80およびナット82によって締め付け力を調整する構造の第2補強部材84を採用するようにしてもよい。ボルト80およびナット82の締め付けトルクを管理できる(例えば、設定された締め付けトルクになると空回りするような)スクリュードライバを用いてボルト80をナット82に対して締め付けることで、隙間δ84を狭め、第2補強部材84による再現性のある締め付け力を確保することができる。また、この構成は、第2補強部材84の取り付け、取り外しが容易である。
【0076】
第1補強部材70、あるいは第2補強部材84による補強により、軸端部(第2の部分)32Eは、軸中央部(第1の部分)32Cと同等、あるいはそれ以上の剛性を得ることができる。これにより、スカイビング加工の工具のラジアル荷重にも十分に耐えることができ、例えば軸方向全域に亘って同一に設定された切削代で加工した場合であっても、均一な径方向深さのピン溝34を形成することができる。
【0077】
なお、補強部材を配置する手法においても、軸方向端部に着目した手法が考えられる。すなわち、「(内歯歯車本体の径方向厚さの如何に関わらず)ピン溝の軸方向端部に補強部材を嵌合させた状態でピン溝を加工する」というものである。内歯歯車本体の径方向厚さが均一、あるいは、軸方向端部の径方向厚さが大きい場合であっても、弾性変形は軸方向端部に顕著に表れるため、軸方向端部を補強するのは有効である。
【0078】
図6に本発明の他の実施形態の例を示す。偏心揺動型減速装置Gには、これまでの実施形態のように、脚部58を介して固定部材に固定するタイプのほかに、フランジ部を介して固定部材に固定するタイプもある。
図6の例では、このフランジ部90Fが内歯歯車本体90の軸方向の一方側の軸端部90E1に形成されている。
【0079】
すなわち、この内歯歯車本体90は、軸方向の一方側の軸端部90E1のみに径方向厚さW90Fの大きなフランジ部(第1の部分)90Fを有し、他方側の端部にかけて、該一方側の軸端部90E1の径方向厚さよりも径方向厚さW90Hの小さな平坦外周部(第2の部分)90Hを有している。
【0080】
図6の例においては、フランジ部(第1の部分)90Fより径方向厚さW90Hの小さな平坦外周部(第2の部分)90Hに、第3補強部材93を嵌合させている。なお、この例では、第3補強部材93は、2つの補強体91、92のフランジ部91A、92Aのボルト孔91B、92Bに挿通したボルト94によって締め付け・連結する構成を採用している。このように、補強部材の具体的構成は、内歯歯車本体の具体的形状に合わせ、適宜に設計されてよい。
【0081】
なお、この
図6の構成例は、他方側の軸端部90E2に着目するならば、内歯歯車本体90の軸端部90E2に第3補強部材93を嵌合させている構成例として捉えることもできる。しかし、
図6の構成例の一方側の軸端部90E1には、極めて径方向厚さの大きなフランジ部90Fが配置されているため、補強部材は特に嵌合させていない。
【0082】
そして、
図6の例でも、径方向厚さW90Hの小さな第2の部分である他方側の軸端部90E2におけるピン溝96の径方向深さG96e2を、第1の部分である軸方向一方側の軸端部90E1の径方向深さG96e1よりも径方向深さのライン96Sdに沿って大きく設定している。
【0083】
さらに、
図6の例では、他方側の軸端部90E2の径方向深さG96e2を、軸中央部96Cでの径方向深さG96cよりも大きくしている。
【0084】
図6の例は、これらの相乗効果により、極めて高い精度で、内歯歯車本体90のピン溝96に関し、上記構成(A)および構成(B)に相当する構成を実現できる。
【0085】
なお、上記実施形態においては、内ピンに摺動促進部材として、内ローラが外嵌されていた。同様に、外ピンに対しても、摺動促進部材として外ローラを外嵌させるように構成した内歯歯車を有する偏心揺動型減速装置も公知である。この場合、内歯歯車本体には、当該外ローラが配置されるピン溝が形成されることになる。本発明は、上述したような外ピン(ピン部材)のためのピン溝のほか、このような外ローラが配置されるピン溝に対しても、同様に適用することが可能である。
【0086】
また、上記実施形態においては、偏心揺動型減速装置として、装置の径方向中央にクランク軸を1本備える「センタクランクタイプ」の偏心揺動型減速装置が例示されていた。しかしながら、偏心揺動型減速装置としては、装置の軸心から離れた位置に複数のクランク軸を備え、該複数のクランク軸を同期して回転させることによって、外歯歯車を揺動させる「振り分けタイプ」と称される偏心揺動型減速装置も公知である。本発明は、このような振り分けタイプの偏心揺動型減速装置においても、内歯歯車が、内歯歯車本体と、該内歯歯車本体に形成されたピン溝と、該ピン溝に配置されたピン部材と、を有する構成とされている限り、同様に適用可能である。
【0087】
さらには、本発明は、必ずしも偏心揺動型減速装置の内歯歯車に適用対象が限定されるものではなく、例えば、単純遊星歯車装置などの遊星歯車の内歯歯車にも、同様に適用可能である。
【0088】
図7および
図8に、その一例を示す。
図8(A)は、
図7の要部拡大断面図、
図8(B)は
図8(A)の矢示VIIIB−VIIIB線に沿う断面図である。
【0089】
この遊星歯車減速装置110は、2段の単純遊星歯車装置(第1、第2遊星歯車装置111、112)を備える。遊星歯車減速装置110は、ケーシング120を構成する部材として、主に第1遊星歯車装置111を収容する第1ケーシング体121と、主に第2遊星歯車装置112を収容する第2ケーシング体122と、モータカバーを兼用する継ケーシング体123と、を有している。第1ケーシング体121、第2ケーシング体122、および継ケーシング体123は、ボルト124によって連結されている。ケーシング120の構成については、後に触れる。
【0090】
第1遊星歯車装置111は、継軸140を介して図示せぬモータ軸と一体的に回転する入力軸142と、該入力軸142に形成された太陽歯車144と、該太陽歯車144に外接噛合し、キャリヤ146に支持された遊星歯車148と、該遊星歯車148が内接噛合する内歯歯車150と、を有している。第1遊星歯車装置111の内歯歯車150に、本発明が適用されている。
【0091】
第1遊星歯車装置111の内歯歯車150は、第1ケーシング体121と一体化されている。内歯歯車150の内歯152は、(外ピンによってではなく)第1ケーシング体121に直接形成されている。この実施形態では、当該内歯歯車150の内歯152と内歯152の間に形成される歯溝151が、スカイビング加工によって形成される。加工機械としては、前述の実用新案登録第3181136号に記載された加工機械を利用できる。
【0092】
第1ケーシング体121(内歯歯車150)は、継ケーシング体123側に、周方向に一周するリング状の凹部121Aを有している。継ケーシング体123は、軸方向第1ケーシング体121側に、該凹部121Aと嵌合するリング状の凸部123Aを有している。この継ケーシング体123の凸部123Aの外周面123Bと、第1ケーシング体121の凹部121Aの径方向外側の内周面121Bは、継ケーシング体123と第1ケーシング体121のインロー面を構成している。また、継ケーシング体123の凸部123Aの内周面123Cと第1ケーシング体121の凹部121Aの径方向内側の外周面121Cとの間には、隙間δが確保されている。
【0093】
また、第1ケーシング体121は、軸方向第2ケーシング体122側に、周方向に一周するリング状の段差面121Sを有している。第2ケーシング体122は、その軸方向第1ケーシング体121側の端部が該段差面121Sとインロー嵌合している。
【0094】
ここで、この実施形態での「内歯歯車の径方向厚さ(スカイビング加工前の内歯歯車素材の内周面から外周面までの径方向の肉厚)」を検証する。
【0095】
「スカイビング加工前の内歯歯車素材の内周面」は、この例では、歯溝151が形成されていない部分の内周面(内歯152の歯先円)150Tであり、軸方向において共通である。
【0096】
一方、この実施形態のように、スカイビング加工前の内歯歯車素材が、凹部121Aや段差面121Sを有しているような場合は、「内歯歯車の径方向厚さ」は、剛性に寄与し得る径方向厚さという趣旨で捉えられるべきである。換言するならば、「内歯歯車の径方向厚さ」は、「スカイビング加工前の内歯歯車素材の内周面から、同一の軸方向位置で該内周面に最も近い外周面までの径方向の肉厚」と捉えるべきである。
【0097】
すると、この例では、「スカイビング加工前の内歯歯車素材の外周面」は、軸中央部150Cでは内歯歯車150の最外周150P、継ケーシング体123側の軸端部150E1では、凹部121Aの径方向内側の外周面121C、第2ケーシング体122側の軸端部150E2では、段差面121Sということになる。
【0098】
したがって、この第1遊星歯車装置111の内歯歯車150は、径方向厚さW150Cの大きい軸中央部(第1の部分)150Cと、該軸中央部150Cよりも径方向厚さW150E1、W150E2の小さい軸端部(第2の部分)150E1、150E2を有していることになる。
【0099】
また、この実施形態では、一方の軸端部(継ケーシング体123側の軸端部)150E1の径方向厚さW150E1の方が、他方の軸端部(第2ケーシング体122側の軸端部)150E2の径方向厚さW150E2よりも、さらに小さい(軸端部150E2を第1の部分、軸端部150E1を第2の部分と捉えることもできる)。
【0100】
このような構造を有する第1遊星歯車装置111の内歯歯車150においても、スカイビング加工特有の理由を考慮し、先の構成(A)および構成(B)のうち、少なくとも一方を採用することができる(この例では両方採用している)。
【0101】
具体的には、(径方向厚さの小さな)歯溝151の第2ケーシング体122側軸端部150E2の径方向の切削代を、(径方向厚さの大きい)歯溝151の軸中央部150Cの径方向の切削代よりも大きく設定している。さらに、より径方向厚さの小さな歯溝151の継ケーシング体123側軸端部150E1の径方向の切削代を、該第2ケーシング体122側軸端部150E2の径方向の切削代よりも、更に大きく設定している。
【0102】
これにより、スカイビング加工特有の不具合、すなわち軸中央部よりも軸端部の方が実切削代が小さくなるという不具合、あるいは、内歯歯車の径方向厚さが大きい部分よりも、径方向厚さが小さい部分の方が実切削代が小さくなるという不具合をより低減することができる。
【0103】
また、詳細な図示はしないが、この実施形態においても、歯溝151の継ケーシング体123側の切削代の大きい部分の軸方向範囲を、継ケーシング体123側軸端部150E1の軸方向範囲よりも大きく設定するようにしてもよい。また、歯溝151の第2ケーシング体122側の切削代の大きい部分の軸方向範囲を、歯溝151の第2ケーシング体122側軸端部150E2の軸方向範囲よりも大きく設定するようにしてもよい。
【0104】
また、歯溝151の継ケーシング体123側軸端部150E1における径方向の切削代を、軸方向端部側(継ケーシング体123側)に向かって徐々に増大するように設定してもよい。また、歯溝151の第2ケーシング体122側軸端部150E2における径方向の切削代を、軸方向端部側(第2ケーシング体122側)に向かって徐々に増大するように設定してもよい。
【0105】
これらの構成により、径方向厚さの差異に起因する不具合を、より滑らかに吸収・調整することができる。
【0106】
さらに、この実施形態においても、例えば、径方向厚さのより小さい第2の部分の径方向外側(具体的には第1ケーシング体121の凹部121Aの径方向内側の外周面121Cの外側、および/または、第1ケーシング体121の段差面121Sの外側)に図示せぬ補強部材を嵌合させた状態で歯溝151をスカイビング加工するようにしてもよい。このような補強部材を嵌合させる手法は、切削代を大きくする手法と共に、または、切削代を大きくする手法に代えて採用することができる。