【実施例】
【0052】
以下、本発明に関し実施例を用いて詳細に説明するが、本発明はその要旨を超えない限り、以下の実施例に限定されるものではない。
【0053】
[酸化マグネシウム粉末の評価]
実験例、実施例及び比較例で得られた酸化マグネシウム粉末について、以下のような分析を行った。各分析結果を表1〜2に示す。
【0054】
(1)BET比表面積
8連式プリヒートユニット(MOUNTECH社製)を用いて窒素ガス雰囲気下、約130℃、約30分間で前処理した測定試料を、BET比表面積測定装置としてMacsorb HM Model−1208(MOUNTECH社製)等を用いて、窒素ガス吸着法で測定した。
【0055】
(2)XANES(X−ray Absorption Near Edge Structure) 測定
使用したビームラインおよびXAFS測定の条件を以下に示す。標準試料や実験例1の試料については透過法を用いて測定を行ったが、その他のサンプルについては、透過法では測定できないFe濃度であったので、蛍光収量法を用いた。なお、Feのエネルギー領域で希薄試料についての測定は、蛍光収量法で行った。また、蛍光収量法XAFS測定は、粉末試料をポリ袋内に密閉した状態で実施した。標準試料として試薬のFe、FeO、Fe
3O
4、Fe
2O
3、及び実験例1のBN(窒化硼素)希釈ペレットを作製し、透過XAFS測定を行った。
【0056】
ビームライン:立命館大学 SRセンター BL−3
モノクロメーター:Si(220) 二結晶分光器
測定モード:蛍光収量法、透過法
測定プログラム:PF−XAFS
測定エネルギー:Fe K−edge:7076.2 〜 7181.2 eV(0.35 eV ステップ)
検出器:Ar(15)+N
2(85) 4.5 cm イオンチャンバー(入射光強度)
Ar(50)+N
2(50) 31 cm イオンチャンバー(透過光強度)
3素子Ge半導体検出器(蛍光強度)
ビームサイズ:2 mm (V) × 4 mm (H)
測定条件:大気圧、室温
【0057】
(3)EXAFS(Extended X−ray Absorption Fine Structure)測定
EXAFS測定は、下記の装置を用いて実施した。
ビームライン:高エネルギー加速器研究機構 PF BL−9C(Photon Factory BL−9C)
モノクロメーター:Si(111) 二結晶分光器
測定モード:透過法
測定プログラム:QXAFS
測定エネルギー:6606.2〜8211.2eV
検出器:N
2 17 cm イオンチャンバー(入射光強度)
Ar(25)+N
2(75) 31 cm イオンチャンバー(透過光強度)
ビームサイズ:1 mm (V) × 1 mm (H)
測定温度:室温
【0058】
(4)湿式粒度分布の平均粒子径
前処理として、試料粉末0.01gを100mlビーカーに入れて、全量50mlになるまでソルミックスを加えて、超音波ホモジナイザー(トミー精工社製 UD−201)で3分間分散させた。分散終了後、直ぐに循環器(HoneyWell社製 Microtrac VSR)に全量を加えて、粒度分析計(Honeywell社製 Microtrac HRA)で湿式粒度分布を求めた。湿式粒度分布の累積50%の粒子径を平均粒子径とした。
【0059】
[実験例1]
参考文献1(K. Asakura, Y. Iwasawa, H. Kuroda, “EXAFS AND XANES STUDIES ON THE LOCAL STRUCTURES OF METAL IONS IN METAL DOPED MgO SYSTEMS.” Journal de Physique Colloques, 47, C8−317−C8−320(1986).)と同様の方法で、以下の通り、測定試料(酸化マグネシウム粉末)を作製した。
【0060】
硝酸鉄9水和物7.23gを純水20mlで溶解し、MgO試薬(和光純薬工業株式会社,純度99.9%)20.0gを加えて攪拌後、120℃で8時間乾燥した。乾燥後、乳鉢で粉砕して、アルミナ製ルツボに10gを入れ、N
2還元下で600℃で5時間焼成した。冷却後、乳鉢で粉砕して、測定試料(酸化マグネシウム粉末)を作製した。
【0061】
[実施例1]
海水と消石灰をモル比 Mg
2+:OH
−=1:1.8で反応させ、得た水酸化マグネシウム(Mg(OH)
2)を1400℃で焼成し、45μm passが99%以上になるようにボールミルで粉砕してMgOを得た。液温50℃の水に、濃度15重量%になるように、上記MgOを添加し、Mg(OH)
2を得た。得たMg(OH)
2にMgO中のホウ素(B元素)が0.2 重量 %となるようにホウ酸を添加し、MgO中の鉄(Fe元素)が0.10 重量 %になるようにFe
2O
3を添加した。その後、BET比表面積が表1となるようにリンドバーグ電気炉で温度を変えて焼成した後、粉砕して、酸化マグネシウム粉末を作製した。
【0062】
[実施例2〜3]
実施例1において、表1に記載のBET比表面積をもつようにリンドバーグ電気炉で焼成したこと以外は、実施例1と同様の方法で酸化マグネシウム粉末を作製した。
【0063】
[実施例4]
塩化マグネシウムとNaOHをモル比 Mg
2+:OH
−=1:1.9で反応させ、180℃で5時間養生する事でMg(OH)
2を得た。得たMg(OH)
2にMgO中のホウ素(B元素)が0.25 重量 %となるように無水ホウ酸を添加し、MgO中の鉄(Fe元素)が0.03 重量 %になるようにFe
2O
3を添加した。その後、BET比表面積が表1となるようにリンドバーグ電気炉で温度を変えて焼成した後、粉砕して、酸化マグネシウム粉末を作製した。
【0064】
[実施例5]
塩化マグネシウムと消石灰をモル比 Mg
2+:OH
−=1:1.8で反応させ、150℃で8時間養生する事でMg(OH)
2を得た。得たMg(OH)
2にMgO中のホウ素が0.20 重量 %となるように窒化ホウ素を添加し、MgO中の鉄が0.18 重量 %になるようにFe
2O
3を添加した。その後、BET比表面積が表1となるようにリンドバーグ電気炉で温度を変えて焼成した後、粉砕して、酸化マグネシウム粉末を作製した。
【0065】
[比較例1]
海水と消石灰をモル比 Mg
2+:OH
−=1:1.8で反応させ、得た水酸化マグネシウム(Mg(OH)
2)を1400℃で焼成し、45μm passが99%以上になるようにボールミルで粉砕してMgOを得た。液温50℃の水に、濃度15重量%になるように、上記MgOを添加し、Mg(OH)
2を得た。得たMg(OH)
2にMgO中のホウ素が0.20 重量 %となるようにホウ酸を添加した。その後、BET比表面積が50m
2/gになるようにリンドバーグ電気炉で焼成後、粉砕した。このMgO粉末を混合し、MgO中の鉄が0.10 重量 %になるようにFe
2O
3を添加して、酸化マグネシウム粉末を作製した。
【0066】
[比較例2]
比較例1において、表1に記載のBET比表面積をもつようにリンドバーグ電気炉で焼成したこと以外は、比較例1と同様の方法で酸化マグネシウム粉末を作製した。
【0067】
[比較例3]
塩化マグネシウムとNaOHをモル比 Mg
2+:OH
−=1:1.9で反応させ、180℃で5時間養生する事でMg(OH)
2を得た。得たMg(OH)
2にMgO中のホウ素が0.25 重量 %となるように無水ホウ酸を添加した。その後、BET比表面積が表1となるようにリンドバーグ電気炉で温度を変えて焼成した後、粉砕して、酸化マグネシウム粉末を作製した。
【0068】
[比較例4]
比較例3において、MgO中の鉄が0.25 重量 %になるようにFe
2O
3を添加した後、焼成したこと以外は、比較例3と同様の方法で酸化マグネシウム粉末を作製した。
【0069】
[比較例5]
比較例3において、焼成後に、MgO中の鉄が0.10 重量 %になるようにFe
2O
3を添加したこと以外は、比較例3と同様の方法で酸化マグネシウム粉末を作製した。
【0070】
[比較例6]
比較例3において、焼成後に、MgO中の鉄が0.10 重量 %になるようにFeOを添加したこと以外は、比較例3と同様の方法で酸化マグネシウム粉末を作製した。
【0071】
[比較例7]
海水と消石灰をモル比 Mg
2+:OH
−=1:1.8で反応させ、得た水酸化マグネシウム(Mg(OH)
2)を1400℃で焼成し、45μm passが99%以上になるようにボールミルで粉砕してMgOを得た。液温50℃の水に、濃度15重量%になるように、上記MgOを添加し、Mg(OH)
2を得た。得たMg(OH)
2にMgO中のホウ素が0.2 重量 %となるようにホウ酸を添加した。その後、BET比表面積が表1となるようにリンドバーグ電気炉で温度を変えて焼成した後、粉砕した。その後、MgO中の鉄が0.10 重量 %になるようにFeOを添加して、酸化マグネシウム粉末を作製した。
【0072】
[比較例8]
比較例7において、FeOの代わりにFe
2O
3を用いたこと以外は、比較例7と同様の方法で酸化マグネシウム粉末を作製した。
【0073】
[方向性電磁鋼板での評価]
実施例及び比較例で得られた酸化マグネシウム粉末を方向性電磁鋼板の焼鈍分離剤として用いて、以下のような分析を行った。各分析結果を表1に示す。
【0074】
(4)体積収縮率
酸化マグネシウム粉末2.0gを圧力200kgf/cm
2(19.6MPa)で径20mmにプレス成型したものを測定に供した。焼成は1200℃、20時間で窒素雰囲気下にて実施した。体積収縮率(%)は、以下の通り算出して、評価した。
【0075】
体積収縮率(%)=(焼成前の体積−焼成後の体積)÷(焼成前の体積)×100
(5)コイル変形量
C:0.045mass%、Si:3.25mass%、Mn:0.070mass%、Al:80ppm、N:40ppmおよびS:20ppmを含有し、残部Feおよび不可避不純物の組成を有する電磁鋼板用スラブを、1200℃の温度に加熱後、熱間圧延し、2.2mm厚の熱延板とした。この熱延板に1000℃の温度で30秒間の熱延板焼鈍を施し、鋼板表面のスケ一ルを除去した。次に、タンデム圧延機により冷間圧延し、最終板厚0.30mmとした。その後、均熱温度850℃で90秒間保持する脱炭焼鈍を兼ねた一次再結晶焼鈍を施してから、実施例及び比較例で得られた酸化マグネシウム粉末を水に均一に分散させて、スラリーを得て、このスラリーを塗布して内径500mmおよび外径1000mmのコイル状に巻取った。このコイルを縦置きして、1200℃まで25℃/時間で昇熱を行う仕上焼鈍を施した。その後、コイルを横置き状態として、横置き状態にしてから60分経過後の縦(径)方向の内径を測定し、コイル変形量(mm)を以下の通り計算した。コイル変形量が50mmを超えると、ペイオフリールに挿入することが出来ない。コイル変形量(mm)=(初期内径(500mm))−(60分経過後の内径(mm))
【0076】
(6)被膜外観
(5)と同様の工程後に、被膜外観を目視で観察した。被膜外観は、灰色のフォルステライト被膜の点状欠陥(ベアスポット)の個数(1000mm×1000mmあたり)を数え、下記の通り判断した。
【0077】
0個:◎
1−4個:○
5−10個:△
11個以上:×
【0078】
以上の分析および評価の結果を表1〜2に示す。
【0079】
【表1】
【0080】
【表2】
【0081】
図1に、実験例1、実施例1及び実施例5でのFe XANESスペクトル(規格化後の吸収スペクトル)を示す。
図2に、比較例7〜8でのFe XANESスペクトル(規格化後の吸収スペクトル)を示す。
図3に、標準試料(Fe、FeO、Fe
2O
3及びFe
3O
4)でのFe XANESスペクトル(規格化後の吸収スペクトル)を示す。ここで、規格化とは吸収端後の吸収スペクトルが1 に収束するように係数をかけることを意味する。
【0082】
まず、規格化後の吸光度が0.5となるエネルギーを吸収端エネルギーとして、
図1及び
図3での吸収端エネルギーを比較する。
図1の実験例1のXANESスペクトルの形状は、実施例1及び実施例5のXANESスペクトルの形状とほぼ同じであり、これらは同様の電子状態(例えば、価数)をとっていると判断できる。従って、以下では、実施例1を用いて具体的に説明する。規格化後の吸光度が0.5 となるエネルギーは、実施例1が7121.0 eVであり、これは3 価のFe
2O
3 の7121.1 eV と実験誤差の範囲内で一致している。2価の標準試料であるFeO は7116.9 eV、平均酸化数が2.7 価であるFe
3O
4 が7120.0 eV であるため、実施例1に含まれるFe の酸化状態は3 価であると考えられる。従って、実施例1とほぼ同じXANESスペクトル形状を有する実験例1及び実施例5についても、Fe の酸化状態はいずれも3 価であると考えられる。
【0083】
次に、
図1及び
図3でのXANES スペクトルのパターンを比較する。XANES スペクトルのパターンを比較すると、化学状態を見積もることが可能であるが、実施例1で得られたXANESスペクトルは、標準試料(Fe、FeO、Fe
2O
3及びFe
3O
4)のいずれとも一致しなかった。従って、実施例1は、標準試料(Fe、FeO、Fe
2O
3及びFe
3O
4)とは異なる化学状態を有すると考えられる。実施例1とほぼ同じXANESスペクトル形状を有する実験例1及び実施例5についても、標準試料(Fe、FeO、Fe
2O
3及びFe
3O
4)とは異なる化学状態を有すると考えられる。
【0084】
一方、
図2及び
図3でのXANES スペクトルのパターンを比較する。比較例7〜8は、実施例1とは異なり、FeOおよびFe
2O
3と同様のXANESスペクトルを示した。つまり、焼成後にFeOを添加した比較例7は、標準試料(FeO)と同様のXANESスペクトルを示し、焼成後にFe
2O
3を添加した比較例8は、標準試料(Fe
2O
3)と同様のXANESスペクトルを示した。従って、焼成後にFeOおよびFe
2O
3を添加するだけでは、クラスター構造を形成せず、それら酸化物の化学状態を維持していると考えられる。
【0085】
実施例1及び実施例5のXANES スペクトルのパターンは、標準試料(Fe、FeO、Fe
2O
3及びFe
3O
4)のいずれとも一致しなかったが、参考文献1中のFe XANES スペクトルのパターンとよく一致していた。参考文献1によると、Fe
3+はMgO中でクラスター構造を形成している(Fe
3+/MgO と表記する)と記載され、参考文献1の
図6に構造モデルが提案されている。従って、実施例1及び実施例5は、Fe
3+/MgO と同様の化学状態(クラスター構造)を有していると推定できる。この推定を裏付けるために、参考文献1と同様の方法で測定試料(実験例1)を作製してEXAFS測定を行った。
【0086】
図4に、実験例1でのEXAFS振動を示す。
図5に、実験例1でのフーリエ変換で得られた動径構造関数を示す。なお、
図5の動径構造関数の実線が実験値、点線がフィッティング値を示す。また、表2に、配位数C.N.と、原子間の結合距離rとを示す。実験例1についてのEXAFS解析の結果から、Feの最近接に4つのOが、第二近接にFe(3.1Å)とMg(3.3Å)が配位していることが明らかとなり、Fe−FeとFe−Mgが両方存在することから、Feが酸化マグネシウム中でクラスター構造をとっていると考えられる。これにより、実験例1とほぼ同じXANESスペクトル形状を有する実施例1及び実施例5についても、Feが酸化マグネシウム中でクラスター構造をとっていると考えられる。
【0087】
そして、このようなクラスター構造を有するFe元素を所定量含有する実施例1〜5の酸化マグネシウム粉末は、表1の結果が示すように、焼鈍後のコイルの内周形状が変形することを抑制できるとともに、焼鈍後に十分に均一な被膜外観を得ることができる。これに対して、クラスター構造を有さない比較例3,5〜8は、コイル変形量及び被膜外観ともに、所望の効果が得られなかった。比較例4のように、Fe量が多すぎると、コイル変形量が大きくなってしまい、被膜外観には点状欠陥が確認され、良好な結果が得られなかった。また、比較例3のように、Fe量が少なすぎると、コイル変形量が非常に大きくなってしまい、被膜外観には点状欠陥が確認され、良好な結果が得られなかった。さらに、比較例7〜8のように、酸化マグネシウム前駆体の焼成後にFe化合物を添加しても、クラスター構造を形成できず、コイル変形量が大きくなってしまい、被膜外観には点状欠陥が確認され、良好な結果が得られなかった。比較例1〜2のように、焼成後にFe化合物を添加するだけでは、クラスター構造が得られず、良好な結果が得られなかった。