特許第6277334号(P6277334)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 神島化学工業株式会社の特許一覧

特許6277334酸化マグネシウム粉末、及びその製造方法
<>
  • 特許6277334-酸化マグネシウム粉末、及びその製造方法 図000004
  • 特許6277334-酸化マグネシウム粉末、及びその製造方法 図000005
  • 特許6277334-酸化マグネシウム粉末、及びその製造方法 図000006
  • 特許6277334-酸化マグネシウム粉末、及びその製造方法 図000007
  • 特許6277334-酸化マグネシウム粉末、及びその製造方法 図000008
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】6277334
(24)【登録日】2018年1月19日
(45)【発行日】2018年2月7日
(54)【発明の名称】酸化マグネシウム粉末、及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C01F 5/08 20060101AFI20180129BHJP
   C21D 8/12 20060101ALI20180129BHJP
【FI】
   C01F5/08
   C21D8/12
【請求項の数】7
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2017-545702(P2017-545702)
(86)(22)【出願日】2017年5月1日
(86)【国際出願番号】JP2017017131
【審査請求日】2017年8月29日
(31)【優先権主張番号】特願2016-96904(P2016-96904)
(32)【優先日】2016年5月13日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】390036722
【氏名又は名称】神島化学工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000729
【氏名又は名称】特許業務法人 ユニアス国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】木下 智仁
(72)【発明者】
【氏名】中村 将志
【審査官】 廣野 知子
(56)【参考文献】
【文献】 特開平07−310188(JP,A)
【文献】 特開平10−053818(JP,A)
【文献】 特開平08−035014(JP,A)
【文献】 特開2011−127179(JP,A)
【文献】 特開平09−256068(JP,A)
【文献】 特開平11−158558(JP,A)
【文献】 特開平11−181525(JP,A)
【文献】 特開平09−095737(JP,A)
【文献】 特開平06−100997(JP,A)
【文献】 朝倉清高 et al,酸化マグネシウム(MgO)に添加した金属イオンの周辺構造とMgOの触媒物性に与える影響に関する研究(予稿),触媒,日本,触媒学会,1986年 3月10日,Vol.28,No.2,P.120-122
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01F 1/00ー17/00
C01G 49/00ー49/08
C21D 8/12、9/46
C21D 7/00−8/10
H01F 1/12−1/38、1/44
JSTPlus(JDreamIII)
JST7580(JDreamIII)
JSTChina(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Fe元素を含有する酸化マグネシウム粉末であって、前記Fe元素の含有量が、0.03〜0.20重量%であり、前記Fe元素の少なくとも一部が、クラスター構造を有していることを特徴とする酸化マグネシウム粉末。
【請求項2】
BET比表面積が、10〜40m/gである請求項1に記載の酸化マグネシウム粉末。
【請求項3】
体積収縮率が、20〜80%である請求項1又は2に記載の酸化マグネシウム粉末。
【請求項4】
前記Fe元素の価数が、3価のものを含む請求項1〜3のいずれか1項に記載の酸化マグネシウム粉末。
【請求項5】
方向性電磁鋼板の焼鈍分離剤として用いることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の酸化マグネシウム粉末。
【請求項6】
Fe元素を含有する酸化マグネシウム粉末の製造方法であって、
Fe化合物を得られる酸化マグネシウム粉末に対してFe換算で0.03〜0.20重量%含有するように調整した酸化マグネシウム前駆体を焼成して、前記Fe元素の少なくとも一部にクラスター構造を形成する工程を含む酸化マグネシウム粉末の製造方法。
【請求項7】
前記Fe化合物は、酸化物、水酸化物、炭酸塩、塩化物、硫酸塩、硫化物、硝酸塩、リン酸塩、及びケイ酸塩からなる群から選択される少なくとも1種である請求項6に記載の酸化マグネシウム粉末の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Fe元素を含有する酸化マグネシウム粉末、及びその製造方法に関し、方向性電磁鋼板等の被膜外観やコイル変形等を改善する技術として有用である。
【背景技術】
【0002】
従来の方向性電磁鋼板は、一般的には、下記のような方法で製造されている。例えば、ケイ素(Si)を含有する鋼スラブに、熱間圧延、焼鈍、冷間圧延等を施して、所定の板厚に調整する。次に、脱炭焼鈍、再結晶等を行なって、鋼板表面にSiO主体の酸化被膜を形成させる。さらに、鋼板表面に酸化マグネシウムを主成分とする焼鈍分離剤のスラリーを塗布して、乾燥後、コイル状に巻き取って、所定温度にて仕上焼鈍することが一般的である。この仕上焼鈍の際、焼鈍分離剤の主成分であるMgOと、脱炭焼鈍で形成されたSiO主体の酸化被膜とが反応して、グラス被膜と呼ばれるフォルステライト(MgSiO)被膜が形成される。
【0003】
従来の焼鈍分離剤として、特許文献1には、均一で優れた被膜性能をもつグラス被膜を形成するために、MgOを主体として、Fe化合物を含有する焼鈍分離剤が提案されている。かかる特許文献1には、BET比表面積15〜100m/g、CAA値45〜300秒のMgOと、Fe化合物とを含有する焼鈍分離剤であって、Fe化合物の含有量が0.15〜5.0%(Fe換算)である焼鈍分離剤を、脱炭焼鈍後の鋼板に塗布することが記載されている。しかしながら、特許文献1の表1〜2に示すように、焼鈍分離剤中にFeとして0.50%以上のFe化合物を含有する場合にグラス被膜形成効果が得られているのみであり、Feとして0.05%含有する場合には効果が得られていない。
【0004】
一方、特許文献2には、コイルの内周形状が変形する問題を解消することを目的として、マグネシア(MgO)を主体として、Feを含有する焼鈍分離剤が提案されている。かかる特許文献2では、900℃以上の温度で焼鈍する際の体積収縮率が20%〜60%である焼鈍分離剤を用いることで、コイル変形を抑制できることが記載されている。つまり、特許文献2の表2に示すように、MgO主体の焼鈍分離剤にFeを添加することが記載されていることから、焼鈍分離剤の体積収縮率をコントロールするためにはFeとして存在することが必要であり、更には、その添加量を制御することが必要であると理解できる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平9−256068号公報
【特許文献2】特開2011−127179号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献2のように、焼鈍分離剤中にFe元素がFeとして存在しており、その添加量が制御されているだけでは、MgOの被膜反応性を十分高めることができず、被膜外観をさらに精度よくコントロールするのが困難である。一方で、被膜外観を向上させるため、粉体の被膜反応性を高めると、被膜反応性の高い粉体は、自己焼結反応性も高いため、焼鈍時の体積収縮率が大きくなり、コイル形状を保持することが困難である。
【0007】
そこで、本発明の目的は、焼鈍後のコイルの内周形状が変形することを抑制できるとともに、焼鈍後に十分に均一な被膜外観を得ることができる酸化マグネシウム粉末、およびその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、鋭意検討を重ねた結果、Fe元素の少なくとも一部がクラスター構造を有する酸化マグネシウム粉末を焼鈍分離剤として用いることにより、高い被膜反応性を有するにもかかわらず、前記した課題を両立しながら解決できることを新規に見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
即ち、本発明の酸化マグネシウム粉末は、Fe元素を含有する酸化マグネシウム粉末であって、前記Fe元素の含有量が、0.03〜0.20重量%であり、前記Fe元素の少なくとも一部が、クラスター構造を有していることを特徴とする。なお、本発明における各種の物性値は、実施例等において採用する方法により測定される値である。
【0010】
本発明の酸化マグネシウム粉末によると、焼鈍後のコイルの内周形状が変形することを抑制できるとともに、焼鈍後に十分に均一な被膜外観を得ることができる。コイル変形抑制及び被膜外観向上のメカニズムは定かではないものの、下記の通りと考えらえる。被膜外観向上については、酸化マグネシウム粉末中のFe元素の少なくとも一部が、MgO結晶中にクラスター構造を形成しており、このようなクラスター構造を有するFe元素が存在することで焼成時、触媒として働くと考えられる。このような触媒作用により、Fe元素の含有量が比較的少量であっても、高い被膜反応性を有することができ、焼鈍時の被膜形成反応を促進して、均一な被膜を形成することができると考えられる。また、コイル変形抑制については、被膜反応性がFeの触媒作用で高まったおかげで、MgOそのものの反応性をあまり高くする必要がなく、ひいてはMgOの自己焼結反応性を抑えて体積収縮率を低く保てるため、焼鈍後にコイルがルーズコイルとなる事を回避できたと考えられる。
【0011】
本発明の酸化マグネシウム粉末は、BET比表面積が、10〜40m/gであることが好ましい。比表面積値が前記範囲であると、適度な反応性(活性)を有することができるため、酸化マグネシウムの水和反応性を低下させつつ、被膜欠陥の発生量を抑えることができるとともに、被膜の密着性を向上させることができる。なお、活性が高すぎると、酸化マグネシウム粉末と水とを混合して、スラリーを形成する時に、酸化マグネシウム粉末中の酸化マグネシウムが水酸化マグネシウムへと水和反応しやすくなり、雰囲気状態が不均一になりやすいため、仕上げ焼鈍過程でピンホール等の被膜欠陥を起こしやすくなると考えられる。
【0012】
本発明の酸化マグネシウム粉末は、体積収縮率が、20〜80%であることが好ましい。体積収縮率が前記範囲であると、焼鈍時に等方的な収縮が可能となり、焼鈍中にコイル鋼板間への雰囲気ガスの流通性が良くなり、コイル内の均一性を確保しやすい。また、焼鈍後の鋼板間面圧が確保される結果、鋼板間摩擦力が残存してコイルの変形をより確実に抑制できる。さらに、コイル変形を抑制できるため、ペイオフリールへの挿入が阻害されない。
【0013】
本発明の酸化マグネシウム粉末は、Fe元素の価数が、3価のものを含むことが好ましい。クラスター構造は、詳細は後述の通りだが、MgO単位格子からMg2+が空格子となり、その代わりにFe3+が存在していると考えらえるため、クラスター構造を安定して形成するためには、Fe元素の価数は3価のものを含むことが好ましい。また、Fe元素の価数が3価のものを含むことで、低濃度でのクラスター化が可能となり、高い被膜反応性を有することができ、コイル変形抑制及び被膜外観改善を両立しながら解決するためには、より有利である。
【0014】
さらに、下記の観点からも、Fe元素の価数が、3価のものを含むことが好ましい。まず、フォルステライト(MgSiO)被膜は、仕上焼鈍時に、酸化マグネシウム粉末の主成分であるMgOと、脱炭焼鈍で形成されたSiO主体の酸化被膜とが反応して、式(1)の通り反応して、形成されると考えられる。この際、2価の鉄(例えば、FeO等)が存在すると、式(2)の反応が起こりやすくなり、フォルステライトとファイヤライトの固溶体ができてしまうと考えられる。なお、式(2)であっても、最終的には焼鈍温度の上昇とともにFeがすべてMgで置換したフォルステライトとなるが、反応終了が遅れてしまうと考えられる。よって、Feの2価が存在することでMgOとSiOの反応性が低くなってしまうが、Feが3価である場合には、式(2)の反応が進みがたいと考えられるため、Fe元素の価数が、3価のものを含むことが好ましい。
2MgO+SiO→MgSiO 式(1)
xFeO+(2−x)MgO+SiO→Fe(x)Mg(2−x)SiO 式(2)
(式中、0<x<2)
【0015】
本発明の酸化マグネシウム粉末は、方向性電磁鋼板の焼鈍分離剤として用いることを特徴とすることが好ましい。本発明の酸化マグネシウム粉末を方向性電磁鋼板の焼鈍分離剤に用いることで、高品質なフォルステライト被膜を形成することができるため、方向性電磁鋼板の磁気特性及び絶縁特性を向上させることができる。
【0016】
一方、本発明の酸化マグネシウム粉末の製造方法は、Fe元素を含有する酸化マグネシウム粉末の製造方法であって、Fe化合物を得られる酸化マグネシウム粉末に対してFe換算で0.03〜0.20重量%含有するように調整した酸化マグネシウム前駆体を焼成して、前記Fe元素の少なくとも一部にクラスター構造を形成する工程を含むことを特徴とする。Fe化合物を所定量含有する酸化マグネシウム前駆体を焼成した後、MgOを形成することにより、MgO結晶中の少なくとも一部にクラスター構造を形成させることができ、このようなクラスター構造を有するFe元素が存在することで焼成時、触媒として働き、焼鈍時の被膜形成反応を促進できる。これにより、焼鈍後のコイルの内周形状が変形することを抑制できるとともに、焼鈍後に十分に均一な被膜外観を得ることができる酸化マグネシウム粉末を製造できる。さらに、コイルの生産性向上、製造設備の安定稼働及び製品の歩留まり向上(例えば、スクラップコイルの発生防止)等を達成することができる。
【0017】
本発明の酸化マグネシウム粉末の製造方法では、前記Fe化合物は、酸化物、水酸化物、炭酸塩、塩化物、硫酸塩、硫化物、硝酸塩、リン酸塩、及びケイ酸塩からなる群から選択される少なくとも1種であることが好ましい。このようなFe化合物を用いることで、Fe/MgOのクラスター構造を形成することができ、所望の効果を得る上で有利である。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】実験例1、実施例1及び実施例5でのFe XANESスペクトル(規格化後の吸収スペクトル)である。
図2】比較例7〜8でのFe XANESスペクトル(規格化後の吸収スペクトル)である。
図3】標準試料(Fe、FeO、Fe及びFe)でのFe XANESスペクトル(規格化後の吸収スペクトル)である。
図4】実験例1でのEXAFS振動である。
図5】実験例1でのフーリエ変換で得られた動径構造関数である。なお、実線が実験値、点線がフィッティング値を示す。
【発明を実施するための形態】
【0019】
[クラスター構造]
本発明の酸化マグネシウム粉末は、Fe元素を含有する酸化マグネシウム粉末であって、前記Fe元素の少なくとも一部が、クラスター構造を有していることを特徴とする。ここで、クラスター構造とは、一部のFeイオンがMgイオンと置換した構造(置換型の固溶体)ではなく、FeイオンがMgO単位格子中の別のサイトに集合して存在することを意味する。具体的には、MgO単位格子中の一部のMg2+が空格子として抜け(Mg2+欠陥)、その代わりにFeイオンがMgO単位格子中に集合して存在することでクラスター構造(Fe/MgOのクラスター構造)を形成することができる。例えば、MgO単位格子中の13個のMg2+が空格子として抜け(Mg2+欠陥)、その代わりに4つのFe3+がMgO単位格子中の四面体サイトに集合して存在して、クラスター構造(Fe3+/MgOのクラスター構造)を形成することができる。このようなFe3+/MgOのクラスター構造としては、例えば、参考文献1(K. Asakura, Y. Iwasawa, H. Kuroda, “EXAFS AND XANES STUDIES ON THE LOCAL STRUCTURES OF METAL IONS IN METAL DOPED MgO SYSTEMS.” Journal de Physique Colloques, 47, C8−317−C8−320(1986).)の図6に構造モデルが提案されている。なお、クラスター構造は、以下に記載のように、XAFS(X線吸収微細構造、X−ray absorption fine structure)測定により特定することができる。
【0020】
[XAFS(X線吸収微細構造、X−ray absorption fine structure)]
以下に一般的なX線吸収微細構造(XAFS)について簡単に説明する。入射X線の光子エネルギーを変えながら、物質の吸光度を測定すると、入射X線エネルギーが測定物質を構成する原子の内殻準位に等しいとき、吸光度の急激な上昇(X線吸収端)が観測され、その後、入射X線のエネルギー増加に伴い吸光度が緩やかに減衰するのが観測される。なお、X線吸収端のエネルギー位置は、各元素に固有である。このスペクトルを詳細に調べると、吸収端付近に大きな変化をもったスペクトル構造があり、吸収端より高エネルギー領域も小さいながら緩やかな振動構造があることがわかる。
【0021】
吸収端の近傍の狭い領域に現れる吸収端微細構造をXANES(X線吸収端構造、X−ray Absorption Near Edge Structure)、XANESよりも高いエネルギー側の広い領域に現れる振動構造をEXAFS(広域X線吸収微細構造、Extended X−ray Absorption Fine Structure)と呼び、一般的には、両者をまとめてX線吸収微細構造(XAFS)と総称する。XANESスペクトルは、測定物質を構成する原子の内殻準位から種々の空準位への遷移に対応するため、中心原子の電子構造や対称性等を反映する。従って、価数等の電子状態等に関する情報が得ることができる。一方、EXAFSの振動構造は、入射X線により原子外へ放出される電子と、周囲の原子により散乱される電子との干渉効果によって引き起こされるため、EXAFSを解析することで、選択した中心原子の周囲の原子の数(例えば、配位数)、原子種、原子間距離などの局所構造の情報を得ることができる。従って、XANES又はEXAFSで、好ましくはXANES及びEXAFSで、物質のX線の吸収量をモニタリングすることによって、物質の原子構造やクラスター構造等に関する情報をより正確に得ることができる。
【0022】
XAFSでは、透過法、蛍光収量法、電子収量法(部分電子収量法、全電子収量法等)等の測定方法が汎用されている。バルク情報を解析する観点からは、透過法、蛍光収量法等が好ましく、測定試料の濃度等により、適宜、透過法、蛍光収量法等を選択して測定することができる。
【0023】
透過法は、XAFSの原理に最も忠実な測定方法であり、入射光強度と試料を透過したX線強度を検出してX線吸収量を測定する方法であるため、試料のバルク情報が得られ、対象化合物が一定以上の濃度(例えば、数重量%以上)で測定することが一般的である。
【0024】
一方、対象化合物の濃度が低い等の理由により透過法で測定できない場合には、他の測定方法を用いることができ、例えば、蛍光収量法にて測定することができる。蛍光収量法では、目的とする元素からの蛍光X線のみを測定することが可能であるため、含有量が多い元素の影響が少ない。そのため、含有量が少ない元素のX線吸収スペクトル測定を行う場合に有効的である。また、蛍光X線は透過力が強い(物質との相互作用が小さい)ため、試料内部で発生した蛍光X線を検出することが可能となり、バルク情報を得る方法として好ましい。なお、Feのエネルギー領域で希薄試料についての測定は、一般的に蛍光収量法で行われる。また、蛍光収量法で得られるスペクトルは本質的には透過法と同じであると考えられる。
【0025】
電子収量法は、試料にX線を照射した際に流れる電流を検出する方法であり、そのため試料が導電物質である必要があり、また、表面敏感(試料表面の数nm程度の情報)であるという特徴もある。
【0026】
[酸化マグネシウム粉末]
本発明の酸化マグネシウム粉末は、酸化マグネシウムを主成分とする粉末からなるものであり、フォルステライト被膜を効率良く形成する観点から、主成分となる酸化マグネシウムの割合は95重量%以上が好ましく、98重量%以上がより好ましい。なお、原料由来の不純物成分を含むことができる。例えば、Na、Al、Si、P、S、Cl、K、Ca等が挙げられる。
【0027】
本発明の酸化マグネシウム粉末は、コイル変形防止及び被膜外観向上を両立する観点から、Fe元素を含有し、前記Fe元素の少なくとも一部が、クラスター構造を有していることを特徴とする。なお、本発明の酸化マグネシウム粉末に含有されるFe元素の全てがクラスター化している必要はなく、前記の通り、Fe元素の少なくとも一部が、クラスター化していれば、所望の効果が得られる。
【0028】
ここで、前記Fe元素の含有量は、高い被膜反応性を維持しつつ、前記課題を両立する観点から、酸化マグネシウム粉末中に0.03〜0.20重量%である。なお、Fe元素の触媒作用を向上する観点から、Fe元素は、酸化マグネシウム粉末中に0.04〜0.19重量%含有されることが好ましく、0.05〜0.18重量%含有されることがより好ましい。
【0029】
ここで、本発明の酸化マグネシウム粉末に含まれるFe元素は、クラスター化できればどの価数のFe元素を含んでも良いが、低濃度でクラスター構造を形成する観点から、3価のものを含むことが好ましく、3価であることがより好ましい。
【0030】
本発明の酸化マグネシウム粉末は、フォルステライト被膜形成の促進の観点から、B元素を含有することが好ましい。フォルステライト被膜形成の促進の観点から、B元素が、酸化マグネシウム粉末中に0.05〜0.50重量%含有することが好ましく、0.10〜0.30重量%含有することがより好ましい。なお、B元素を含有することによって、フォルステライト被膜形成が促進される理由は、焼鈍時にBがシリカガラス内の粘性を低下させることができ、鋼板表面での移動がスムーズとなり、酸化マグネシウムとの反応が促進されて、フォルステライトの生成量を増加させるためであると考えられる。
【0031】
本発明の酸化マグネシウム粉末には、本発明の効果を損なわない範囲で、上記元素以外に他の元素を添加することができる。また、上記元素以外の他の元素を原料由来成分として含有することができる。例えば、上記元素以外の他の元素としては、アルカリ金属(Li,Na,K等)、アルカリ土類金属(Mg,Ca,Sr,Ba等)、F,Al,Si,P,S,Cl等の元素を含有することができる。
【0032】
本発明の酸化マグネシウム粉末のBET比表面積は、被膜欠陥の発生量を抑制しつつ、被膜密着性を向上する観点から、10〜40m/gであることが好ましく、12〜38m/gであることがより好ましい。BET比表面積は、大きいほど反応性の向上に有利であるが、水和性の問題が生じることから前記範囲であることが好ましい。本発明の酸化マグネシウム粉末は、被膜反応性(活性)を制御する観点から、様々なBET比表面積を有する酸化マグネシウム粉末単品を混合して得ることが好ましい。その場合は、混合品のBET比表面積が前記範囲内となるようにBET比表面積を調整することができれば、単品のBET比表面積は特に制限されず、前記範囲外であっても良い。なお、BET比表面積は、酸化マグネシウム前駆体の焼成温度によって調整することができる。例えば、600〜1200℃程度の焼成温度とすることが好ましく、焼成温度が高い方が、BET比表面積を低くすることができる。
【0033】
被膜反応性(活性)をより正確に制御するために、例えば、異なるBET比表面積をもつ酸化マグネシウムを2種以上混合する事で好ましい比表面積に調整してもよい。
【0034】
本発明の酸化マグネシウム粉末の体積収縮率は、コイル内の均一性を確保する観点及びコイル変形量を抑制する観点から、20%以上80%以下であることが好ましく、20%以上80%未満であることがより好ましく、20%以上70%以下であることが更に好ましい。なお、体積収縮率は、酸化マグネシウムの焼成温度によって調整することができる。例えば、600〜1200℃程度の焼成温度とすることが好ましく、焼成温度が高い方が、体積収縮率を低くすることができる。
【0035】
本発明の酸化マグネシウム粉末のマイクロトラック法による湿式粒度分布での平均粒子径は、均一な分散性及び体積収縮率の制御の観点から、0.1〜50μmが好ましく、0.5〜20μm以下がより好ましく、0.5〜5μmが更に好ましい。本願明細書で、平均粒子径とは、レーザー回折法により粒度分布を測定した際の累積50%の粒子径を意味し、具体的には実施例に記載の通りである。また、本発明の酸化マグネシウム粉末の湿式粒度分布での平均粒子径は、被膜欠陥の発生量を抑制する観点から、45μm以下のものが99%以上となるように制御されていることが好ましい。酸化マグネシウム粉末の平均粒子径により、体積収縮率を制御する場合には、粒径が大きい方が体積収縮率は小さくなる傾向があり、単一分散粒子よりも複数の粒子を混合した方が体積収縮率が低下する傾向がある。
【0036】
[酸化マグネシウム粉末の製造方法]
本発明の酸化マグネシウム粉末の製造方法は、Fe元素を含有する酸化マグネシウム粉末の製造方法であって、Fe化合物を含有する酸化マグネシウム前駆体を焼成して、前記Fe元素の少なくとも一部にクラスター構造を形成する工程を含む。以降、本発明の酸化マグネシウム粉末と同様な点については適宜説明を省略する場合がある。
【0037】
本発明における酸化マグネシウム前駆体は、公知の方法で製造することができる。酸化マグネシウム前駆体としては、焼成すれば酸化マグネシウムを形成するものであれば特に制限はなく、例えば、酸化マグネシウム、水酸化マグネシウム、炭酸マグネシウム等が上げられ、BET比表面積を制御する観点からは、水酸化マグネシウムを用いることが好ましい。例えば、酸化マグネシウム前駆体として、水酸化マグネシウムを用いる場合、公知の方法で製造することができる。
【0038】
マグネシウム原料としては、水溶性マグネシウム塩又はその水和物が上げられ、塩化マグネシウム六水和物、塩化マグネシウム二水和物、塩化マグネシウム無水和物等が好適である。その他、マグネシウム原料として海水、潅水、苦汁等を用いてもよい。
【0039】
アルカリ原料としては、アルカリ金属水酸化物、アルカリ土類金属水酸化物等が上げられる。アルカリ金属水酸化物としては、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等を用いることができる。また、アルカリ土類金属水酸化物としては、水酸化マグネシウム、水酸化カルシウム等を用いることができる。
【0040】
上記のようにして得た水酸化マグネシウムを、例えば、1000℃〜1500℃程度で焼成して、酸化マグネシウムを形成して、酸化マグネシウムと水とを反応させて、水酸化マグネシウムを形成した後に、これを酸化マグネシウム前駆体として用いることもできる。被膜反応性を制御する観点から、上記のような酸化マグネシウムを一旦形成する方法を経由することもできる。この場合、酸化マグネシウムの湿式粒度分布での平均粒子径は、均一に分散させる観点から、45μm以下のものが99%以上となるようにボールミル等の公知の方法により粉砕されていることが好ましい。なお、公知の方法で得た酸化マグネシウムを使用することも可能である。また、酸化マグネシウムの濃度が10〜25重量%となるように、1〜100℃程度の水へ酸化マグネシウムを添加することが好ましい。
【0041】
一方、上記のようにして得た水酸化マグネシウムは、そのまま酸化マグネシウム前駆体として用いて次の工程へ進むことができる。その場合、後述のようなFe化合物を酸化マグネシウム前駆体に添加等することにより含有させ、Fe化合物を含有する酸化マグネシウム前駆体を製造できる。なお、Fe化合物は、最終焼成前であればいずれのタイミングで添加しても良く、酸化マグネシウム前駆体に直接添加する以外にも、酸化マグネシウム前駆体を製造する際の原料として添加することも可能である。
【0042】
Fe化合物としては、Fe元素を含有する化合物であれば特に制限がないものの、クラスター構造を形成する観点から、酸化物、水酸化物、炭酸塩、塩化物、硫酸塩、硫化物、硝酸塩、リン酸塩、及びケイ酸塩からなる群から選択される少なくとも1種であることが好ましい。酸化物としては、FeO、Fe、Fe等の酸化鉄であることが好ましく、Fe/MgOのクラスター構造を形成する観点から、3価であるFeであることがより好ましい。他にも、例えば、水酸化鉄等の水酸化物、炭酸鉄等の炭酸塩、塩化鉄等の塩化物、硫酸鉄等の硫酸塩、硫化鉄等の硫化物、硝酸鉄等の硝酸塩、リン酸鉄等のリン酸塩、メタけい酸鉄、けい酸鉄等のケイ酸塩等が挙げられる。なお、Fe化合物として、酸化物以外の原料を用いたとしても、仕上焼鈍時に酸化物へと変化するため、酸化物を用いた場合とほぼ同様の効果を得ることができる。
【0043】
前記のようなFe化合物を含有する酸化マグネシウム前駆体を焼成することによって、酸化マグネシウムの形成とともに、Fe元素の少なくとも一部にクラスター構造を形成することができる。本発明では、クラスター構造を形成するために、酸化マグネシウム前駆体を焼成する前に、Fe化合物を添加する等して、酸化マグネシウム前駆体にFe化合物を含有させる。なお、最終焼成前であればいずれのタイミングで添加しても良い。酸化マグネシウム前駆体を焼成後にFe化合物を含有させても、クラスター構造を形成できないため、所望の効果は得られない。焼成する温度は、MgO結晶中の少なくとも一部にFe/MgOクラスター構造を形成させることができれば限定されないものの、例えば、600℃〜1200℃であることが好ましく、700〜1100℃であることがより好ましい。また、BET比表面積は、前記焼成温度によって調整することができ、焼成温度が高い方が、BET比表面積を低くすることができる。
【0044】
前記Fe化合物は、Fe元素をクラスター化して触媒作用を発現する観点から、酸化マグネシウム粉末中にFe換算で0.03〜0.20重量%となるように含有させる。ここで、クラスター構造を安定化しつつ、Fe元素の触媒作用を向上する観点から、前記Fe化合物は、酸化マグネシウム粉末中にFe換算で0.04〜0.19重量%含有することが好ましく、0.05〜0.18重量%含有することがより好ましい。
【0045】
本発明では、被膜形成を促進する観点から、酸化マグネシウム前駆体にB化合物を含有させることが好ましい。B化合物の含有方法としては、特に制限がないものの、例えば、酸化マグネシウム前駆体を焼成する前に、B化合物を酸化マグネシウム前駆体に所定含有量を添加する方法等が上げられる。B化合物としては、ホウ酸類、ホウ酸アルカリ金属塩類、ホウ酸アンモニウム類、メタホウ酸アルカリ金属塩類及び二酸化ホウ素等が好ましく、ホウ酸、無水ホウ酸がより好ましい。B化合物は、酸化マグネシウム粉末中にB換算で0.05〜0.50重量%含有することが好ましく、0.07〜0.30重量%含有することがより好ましい。なお、本発明の酸化マグネシウム粉末には、本発明の効果を損なわない範囲で、上記成分以外に他の元素化合物を添加しても良い。
【0046】
[方向性電磁鋼板の焼鈍分離剤]
本発明の酸化マグネシウム粉末は、焼鈍分離剤として用いることが好ましく、方向性電磁鋼板の焼鈍分離剤として用いることがより好ましい。
【0047】
方向性電磁鋼板は、一般的には、以下の方法で製造することができる。方向性電磁鋼板用スラブを、熱間圧延し、1回または中間焼鈍を挟む2回以上の冷間圧延を施して最終冷延板とし、次いで、脱炭焼鈍を兼ねた一次再結晶焼鈍を施して、鋼板表面にシリカ(SiO)を主成分とする酸化被膜を形成させる。その後、本発明の酸化マグネシウム粉末を含有する焼鈍分離剤を水に均一に分散させ、スラリーを得て、このスラリーをロールコーティング又はスプレーを用いて連続的に塗布してから、所定温度で乾燥させる。その後、コイル状に巻取り、900℃以上の温度で仕上焼鈍を施して、鋼板表面にフォルステライト被膜(MgSiO)を形成することができる。なお、本発明では、900℃以上の温度で仕上焼鈍を施すが、900℃未満の焼鈍ではコイルが密着しないため焼鈍分離剤を塗布する必要がなく、たとえ焼鈍分離剤を塗布したとしても体積収縮率も小さく、コイル変形が生じ難いと考えられる。
【0048】
これら工程のうち仕上焼鈍では、コイル状に巻取られた状態にて(縦置き)、800℃以上の温度で二次再結晶を発現させ、所望の磁気特性を得ている。さらに、仕上焼鈍では、鋼板中の不純物の純化を目的として、1200℃という高温の焼鈍を行うことがある。この仕上焼鈍後は、コイルセットを矯正する目的で平坦化焼鈍が施される。仕上焼鈍後のコイルはいわゆるルーズコイルの状態となっており、このコイルを横置き(ダウンエンド状態)にした場合、コイルが偏平状に潰れ、コイル内径の短径がさらに短くなり、次工程でペイオフリールに挿入できない。
【0049】
本発明の酸化マグネシウム粉末を焼鈍分離剤として用いる場合、ペイオフリール挿入するためには、真円状態からの変形量(つぶれ量)が50mm以下である事が好ましい。
【0050】
本発明の酸化マグネシウム粉末を焼鈍分離剤として用いる場合、被膜外観は、点状欠陥数が1000mm×1000mmあたり10個以下であることが好ましい。
【0051】
本発明の酸化マグネシウム粉末は、焼鈍分離剤に添加される任意の成分を含有することができ、例えば、フォルステライト被膜形成のための、反応補助剤、インヒビター補助剤、張力付与型絶縁被膜添加剤、板間露点調整剤等を含有することができる。添加剤として、例えば、Mg、Ca、Cu、Fe、Zn、Mn、Zr、Co、Ni、Al、Sn、Vなどの塩素化合物、酸化化合物、ホウ素化合物、硫黄化合物、窒化化合物等が挙げられる。また、体積収縮率を適切な範囲に調整するために、シリカ、珪酸化合物、アルミナなどを混合することが出来る。
【実施例】
【0052】
以下、本発明に関し実施例を用いて詳細に説明するが、本発明はその要旨を超えない限り、以下の実施例に限定されるものではない。
【0053】
[酸化マグネシウム粉末の評価]
実験例、実施例及び比較例で得られた酸化マグネシウム粉末について、以下のような分析を行った。各分析結果を表1〜2に示す。
【0054】
(1)BET比表面積
8連式プリヒートユニット(MOUNTECH社製)を用いて窒素ガス雰囲気下、約130℃、約30分間で前処理した測定試料を、BET比表面積測定装置としてMacsorb HM Model−1208(MOUNTECH社製)等を用いて、窒素ガス吸着法で測定した。
【0055】
(2)XANES(X−ray Absorption Near Edge Structure) 測定
使用したビームラインおよびXAFS測定の条件を以下に示す。標準試料や実験例1の試料については透過法を用いて測定を行ったが、その他のサンプルについては、透過法では測定できないFe濃度であったので、蛍光収量法を用いた。なお、Feのエネルギー領域で希薄試料についての測定は、蛍光収量法で行った。また、蛍光収量法XAFS測定は、粉末試料をポリ袋内に密閉した状態で実施した。標準試料として試薬のFe、FeO、Fe、Fe、及び実験例1のBN(窒化硼素)希釈ペレットを作製し、透過XAFS測定を行った。
【0056】
ビームライン:立命館大学 SRセンター BL−3
モノクロメーター:Si(220) 二結晶分光器
測定モード:蛍光収量法、透過法
測定プログラム:PF−XAFS
測定エネルギー:Fe K−edge:7076.2 〜 7181.2 eV(0.35 eV ステップ)
検出器:Ar(15)+N(85) 4.5 cm イオンチャンバー(入射光強度)
Ar(50)+N(50) 31 cm イオンチャンバー(透過光強度)
3素子Ge半導体検出器(蛍光強度)
ビームサイズ:2 mm (V) × 4 mm (H)
測定条件:大気圧、室温
【0057】
(3)EXAFS(Extended X−ray Absorption Fine Structure)測定
EXAFS測定は、下記の装置を用いて実施した。
ビームライン:高エネルギー加速器研究機構 PF BL−9C(Photon Factory BL−9C)
モノクロメーター:Si(111) 二結晶分光器
測定モード:透過法
測定プログラム:QXAFS
測定エネルギー:6606.2〜8211.2eV
検出器:N 17 cm イオンチャンバー(入射光強度)
Ar(25)+N(75) 31 cm イオンチャンバー(透過光強度)
ビームサイズ:1 mm (V) × 1 mm (H)
測定温度:室温
【0058】
(4)湿式粒度分布の平均粒子径
前処理として、試料粉末0.01gを100mlビーカーに入れて、全量50mlになるまでソルミックスを加えて、超音波ホモジナイザー(トミー精工社製 UD−201)で3分間分散させた。分散終了後、直ぐに循環器(HoneyWell社製 Microtrac VSR)に全量を加えて、粒度分析計(Honeywell社製 Microtrac HRA)で湿式粒度分布を求めた。湿式粒度分布の累積50%の粒子径を平均粒子径とした。
【0059】
[実験例1]
参考文献1(K. Asakura, Y. Iwasawa, H. Kuroda, “EXAFS AND XANES STUDIES ON THE LOCAL STRUCTURES OF METAL IONS IN METAL DOPED MgO SYSTEMS.” Journal de Physique Colloques, 47, C8−317−C8−320(1986).)と同様の方法で、以下の通り、測定試料(酸化マグネシウム粉末)を作製した。
【0060】
硝酸鉄9水和物7.23gを純水20mlで溶解し、MgO試薬(和光純薬工業株式会社,純度99.9%)20.0gを加えて攪拌後、120℃で8時間乾燥した。乾燥後、乳鉢で粉砕して、アルミナ製ルツボに10gを入れ、N還元下で600℃で5時間焼成した。冷却後、乳鉢で粉砕して、測定試料(酸化マグネシウム粉末)を作製した。
【0061】
[実施例1]
海水と消石灰をモル比 Mg2+:OH=1:1.8で反応させ、得た水酸化マグネシウム(Mg(OH))を1400℃で焼成し、45μm passが99%以上になるようにボールミルで粉砕してMgOを得た。液温50℃の水に、濃度15重量%になるように、上記MgOを添加し、Mg(OH)を得た。得たMg(OH)にMgO中のホウ素(B元素)が0.2 重量 %となるようにホウ酸を添加し、MgO中の鉄(Fe元素)が0.10 重量 %になるようにFeを添加した。その後、BET比表面積が表1となるようにリンドバーグ電気炉で温度を変えて焼成した後、粉砕して、酸化マグネシウム粉末を作製した。
【0062】
[実施例2〜3]
実施例1において、表1に記載のBET比表面積をもつようにリンドバーグ電気炉で焼成したこと以外は、実施例1と同様の方法で酸化マグネシウム粉末を作製した。
【0063】
[実施例4]
塩化マグネシウムとNaOHをモル比 Mg2+:OH=1:1.9で反応させ、180℃で5時間養生する事でMg(OH)を得た。得たMg(OH)にMgO中のホウ素(B元素)が0.25 重量 %となるように無水ホウ酸を添加し、MgO中の鉄(Fe元素)が0.03 重量 %になるようにFeを添加した。その後、BET比表面積が表1となるようにリンドバーグ電気炉で温度を変えて焼成した後、粉砕して、酸化マグネシウム粉末を作製した。
【0064】
[実施例5]
塩化マグネシウムと消石灰をモル比 Mg2+:OH=1:1.8で反応させ、150℃で8時間養生する事でMg(OH)を得た。得たMg(OH)にMgO中のホウ素が0.20 重量 %となるように窒化ホウ素を添加し、MgO中の鉄が0.18 重量 %になるようにFeを添加した。その後、BET比表面積が表1となるようにリンドバーグ電気炉で温度を変えて焼成した後、粉砕して、酸化マグネシウム粉末を作製した。
【0065】
[比較例1]
海水と消石灰をモル比 Mg2+:OH=1:1.8で反応させ、得た水酸化マグネシウム(Mg(OH))を1400℃で焼成し、45μm passが99%以上になるようにボールミルで粉砕してMgOを得た。液温50℃の水に、濃度15重量%になるように、上記MgOを添加し、Mg(OH)を得た。得たMg(OH)にMgO中のホウ素が0.20 重量 %となるようにホウ酸を添加した。その後、BET比表面積が50m/gになるようにリンドバーグ電気炉で焼成後、粉砕した。このMgO粉末を混合し、MgO中の鉄が0.10 重量 %になるようにFeを添加して、酸化マグネシウム粉末を作製した。
【0066】
[比較例2]
比較例1において、表1に記載のBET比表面積をもつようにリンドバーグ電気炉で焼成したこと以外は、比較例1と同様の方法で酸化マグネシウム粉末を作製した。
【0067】
[比較例3]
塩化マグネシウムとNaOHをモル比 Mg2+:OH=1:1.9で反応させ、180℃で5時間養生する事でMg(OH)を得た。得たMg(OH)にMgO中のホウ素が0.25 重量 %となるように無水ホウ酸を添加した。その後、BET比表面積が表1となるようにリンドバーグ電気炉で温度を変えて焼成した後、粉砕して、酸化マグネシウム粉末を作製した。
【0068】
[比較例4]
比較例3において、MgO中の鉄が0.25 重量 %になるようにFeを添加した後、焼成したこと以外は、比較例3と同様の方法で酸化マグネシウム粉末を作製した。
【0069】
[比較例5]
比較例3において、焼成後に、MgO中の鉄が0.10 重量 %になるようにFeを添加したこと以外は、比較例3と同様の方法で酸化マグネシウム粉末を作製した。
【0070】
[比較例6]
比較例3において、焼成後に、MgO中の鉄が0.10 重量 %になるようにFeOを添加したこと以外は、比較例3と同様の方法で酸化マグネシウム粉末を作製した。
【0071】
[比較例7]
海水と消石灰をモル比 Mg2+:OH=1:1.8で反応させ、得た水酸化マグネシウム(Mg(OH))を1400℃で焼成し、45μm passが99%以上になるようにボールミルで粉砕してMgOを得た。液温50℃の水に、濃度15重量%になるように、上記MgOを添加し、Mg(OH)を得た。得たMg(OH)にMgO中のホウ素が0.2 重量 %となるようにホウ酸を添加した。その後、BET比表面積が表1となるようにリンドバーグ電気炉で温度を変えて焼成した後、粉砕した。その後、MgO中の鉄が0.10 重量 %になるようにFeOを添加して、酸化マグネシウム粉末を作製した。
【0072】
[比較例8]
比較例7において、FeOの代わりにFeを用いたこと以外は、比較例7と同様の方法で酸化マグネシウム粉末を作製した。
【0073】
[方向性電磁鋼板での評価]
実施例及び比較例で得られた酸化マグネシウム粉末を方向性電磁鋼板の焼鈍分離剤として用いて、以下のような分析を行った。各分析結果を表1に示す。
【0074】
(4)体積収縮率
酸化マグネシウム粉末2.0gを圧力200kgf/cm(19.6MPa)で径20mmにプレス成型したものを測定に供した。焼成は1200℃、20時間で窒素雰囲気下にて実施した。体積収縮率(%)は、以下の通り算出して、評価した。
【0075】
体積収縮率(%)=(焼成前の体積−焼成後の体積)÷(焼成前の体積)×100
(5)コイル変形量
C:0.045mass%、Si:3.25mass%、Mn:0.070mass%、Al:80ppm、N:40ppmおよびS:20ppmを含有し、残部Feおよび不可避不純物の組成を有する電磁鋼板用スラブを、1200℃の温度に加熱後、熱間圧延し、2.2mm厚の熱延板とした。この熱延板に1000℃の温度で30秒間の熱延板焼鈍を施し、鋼板表面のスケ一ルを除去した。次に、タンデム圧延機により冷間圧延し、最終板厚0.30mmとした。その後、均熱温度850℃で90秒間保持する脱炭焼鈍を兼ねた一次再結晶焼鈍を施してから、実施例及び比較例で得られた酸化マグネシウム粉末を水に均一に分散させて、スラリーを得て、このスラリーを塗布して内径500mmおよび外径1000mmのコイル状に巻取った。このコイルを縦置きして、1200℃まで25℃/時間で昇熱を行う仕上焼鈍を施した。その後、コイルを横置き状態として、横置き状態にしてから60分経過後の縦(径)方向の内径を測定し、コイル変形量(mm)を以下の通り計算した。コイル変形量が50mmを超えると、ペイオフリールに挿入することが出来ない。コイル変形量(mm)=(初期内径(500mm))−(60分経過後の内径(mm))
【0076】
(6)被膜外観
(5)と同様の工程後に、被膜外観を目視で観察した。被膜外観は、灰色のフォルステライト被膜の点状欠陥(ベアスポット)の個数(1000mm×1000mmあたり)を数え、下記の通り判断した。
【0077】
0個:◎
1−4個:○
5−10個:△
11個以上:×
【0078】
以上の分析および評価の結果を表1〜2に示す。
【0079】
【表1】
【0080】
【表2】
【0081】
図1に、実験例1、実施例1及び実施例5でのFe XANESスペクトル(規格化後の吸収スペクトル)を示す。図2に、比較例7〜8でのFe XANESスペクトル(規格化後の吸収スペクトル)を示す。図3に、標準試料(Fe、FeO、Fe及びFe)でのFe XANESスペクトル(規格化後の吸収スペクトル)を示す。ここで、規格化とは吸収端後の吸収スペクトルが1 に収束するように係数をかけることを意味する。
【0082】
まず、規格化後の吸光度が0.5となるエネルギーを吸収端エネルギーとして、図1及び図3での吸収端エネルギーを比較する。図1の実験例1のXANESスペクトルの形状は、実施例1及び実施例5のXANESスペクトルの形状とほぼ同じであり、これらは同様の電子状態(例えば、価数)をとっていると判断できる。従って、以下では、実施例1を用いて具体的に説明する。規格化後の吸光度が0.5 となるエネルギーは、実施例1が7121.0 eVであり、これは3 価のFe の7121.1 eV と実験誤差の範囲内で一致している。2価の標準試料であるFeO は7116.9 eV、平均酸化数が2.7 価であるFe が7120.0 eV であるため、実施例1に含まれるFe の酸化状態は3 価であると考えられる。従って、実施例1とほぼ同じXANESスペクトル形状を有する実験例1及び実施例5についても、Fe の酸化状態はいずれも3 価であると考えられる。
【0083】
次に、図1及び図3でのXANES スペクトルのパターンを比較する。XANES スペクトルのパターンを比較すると、化学状態を見積もることが可能であるが、実施例1で得られたXANESスペクトルは、標準試料(Fe、FeO、Fe及びFe)のいずれとも一致しなかった。従って、実施例1は、標準試料(Fe、FeO、Fe及びFe)とは異なる化学状態を有すると考えられる。実施例1とほぼ同じXANESスペクトル形状を有する実験例1及び実施例5についても、標準試料(Fe、FeO、Fe及びFe)とは異なる化学状態を有すると考えられる。
【0084】
一方、図2及び図3でのXANES スペクトルのパターンを比較する。比較例7〜8は、実施例1とは異なり、FeOおよびFeと同様のXANESスペクトルを示した。つまり、焼成後にFeOを添加した比較例7は、標準試料(FeO)と同様のXANESスペクトルを示し、焼成後にFeを添加した比較例8は、標準試料(Fe)と同様のXANESスペクトルを示した。従って、焼成後にFeOおよびFeを添加するだけでは、クラスター構造を形成せず、それら酸化物の化学状態を維持していると考えられる。
【0085】
実施例1及び実施例5のXANES スペクトルのパターンは、標準試料(Fe、FeO、Fe及びFe)のいずれとも一致しなかったが、参考文献1中のFe XANES スペクトルのパターンとよく一致していた。参考文献1によると、Fe3+はMgO中でクラスター構造を形成している(Fe3+/MgO と表記する)と記載され、参考文献1の図6に構造モデルが提案されている。従って、実施例1及び実施例5は、Fe3+/MgO と同様の化学状態(クラスター構造)を有していると推定できる。この推定を裏付けるために、参考文献1と同様の方法で測定試料(実験例1)を作製してEXAFS測定を行った。
【0086】
図4に、実験例1でのEXAFS振動を示す。図5に、実験例1でのフーリエ変換で得られた動径構造関数を示す。なお、図5の動径構造関数の実線が実験値、点線がフィッティング値を示す。また、表2に、配位数C.N.と、原子間の結合距離rとを示す。実験例1についてのEXAFS解析の結果から、Feの最近接に4つのOが、第二近接にFe(3.1Å)とMg(3.3Å)が配位していることが明らかとなり、Fe−FeとFe−Mgが両方存在することから、Feが酸化マグネシウム中でクラスター構造をとっていると考えられる。これにより、実験例1とほぼ同じXANESスペクトル形状を有する実施例1及び実施例5についても、Feが酸化マグネシウム中でクラスター構造をとっていると考えられる。
【0087】
そして、このようなクラスター構造を有するFe元素を所定量含有する実施例1〜5の酸化マグネシウム粉末は、表1の結果が示すように、焼鈍後のコイルの内周形状が変形することを抑制できるとともに、焼鈍後に十分に均一な被膜外観を得ることができる。これに対して、クラスター構造を有さない比較例3,5〜8は、コイル変形量及び被膜外観ともに、所望の効果が得られなかった。比較例4のように、Fe量が多すぎると、コイル変形量が大きくなってしまい、被膜外観には点状欠陥が確認され、良好な結果が得られなかった。また、比較例3のように、Fe量が少なすぎると、コイル変形量が非常に大きくなってしまい、被膜外観には点状欠陥が確認され、良好な結果が得られなかった。さらに、比較例7〜8のように、酸化マグネシウム前駆体の焼成後にFe化合物を添加しても、クラスター構造を形成できず、コイル変形量が大きくなってしまい、被膜外観には点状欠陥が確認され、良好な結果が得られなかった。比較例1〜2のように、焼成後にFe化合物を添加するだけでは、クラスター構造が得られず、良好な結果が得られなかった。
【要約】
本発明では、焼鈍後のコイルの内周形状が変形することを抑制できるとともに、焼鈍後に十分に均一な被膜外観を得ることができる酸化マグネシウム粉末、およびその製造方法を提供する。
本発明の酸化マグネシウム粉末は、Fe元素を含有する酸化マグネシウム粉末であって、前記Fe元素の含有量が、0.03〜0.20重量%であり、前記Fe元素の少なくとも一部が、クラスター構造を有していることを特徴とする。
図1
図2
図3
図4
図5