(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6277894
(24)【登録日】2018年1月26日
(45)【発行日】2018年2月14日
(54)【発明の名称】上皮間葉転換の有無を判別する方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/68 20060101AFI20180205BHJP
C12Q 1/06 20060101ALI20180205BHJP
C12Q 1/68 20180101ALI20180205BHJP
G01N 33/15 20060101ALI20180205BHJP
G01N 33/50 20060101ALI20180205BHJP
G01N 27/62 20060101ALI20180205BHJP
G01N 30/72 20060101ALI20180205BHJP
G01N 30/88 20060101ALI20180205BHJP
C12N 5/095 20100101ALN20180205BHJP
【FI】
G01N33/68
C12Q1/06
C12Q1/68 A
G01N33/15 Z
G01N33/50 Z
G01N27/62 V
G01N30/72 C
G01N30/72 A
G01N30/88 F
!C12N5/095
【請求項の数】9
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2014-140544(P2014-140544)
(22)【出願日】2014年7月8日
(65)【公開番号】特開2016-17835(P2016-17835A)
(43)【公開日】2016年2月1日
【審査請求日】2016年11月2日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】100091096
【弁理士】
【氏名又は名称】平木 祐輔
(74)【代理人】
【識別番号】100118773
【弁理士】
【氏名又は名称】藤田 節
(74)【代理人】
【識別番号】100111741
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 夏夫
(74)【代理人】
【識別番号】100182992
【弁理士】
【氏名又は名称】江島 孝毅
(72)【発明者】
【氏名】深尾 典子
(72)【発明者】
【氏名】嶋田 崇史
【審査官】
草川 貴史
(56)【参考文献】
【文献】
特表2013−520958(JP,A)
【文献】
特表2011−522515(JP,A)
【文献】
国際公開第2013/063130(WO,A1)
【文献】
Mitoma J、外2名,A novel metabolic communication between neurons and astrocytes: non-essential amino acid L-serine released from astrocytes is essential for developing hippocampal neurons.,Neurosci Res,1998年,Vol.30,No.2,Page.195-199
【文献】
G.Fiechter、外1名,Characterization of amino acid profiles of culture media via pre-column 6-aminoquinolyl-N-hydroxysuccinimidyl carbamate derivatization and ultra performance liquid chromatography.,J of Chromatography B,2011年,Vol.879,Page.1353-1360
【文献】
Mani SA、外14名,The epithelial-mesenchymal transition generates cells with properties of stem cells.,Cell,2008年 5月,Vol.133,No.4,Page.704-715
【文献】
Foltyn VN、外2名,Phosphorylation of mouse serine racemase regulates D-serine synthesis.,FEBS Letters,2010年,Vol.584,No.13,Page.2937-2941
【文献】
Thiery JP,Epithelial-mesenchymal transitions in tumour progression.,Nat Rev Cancer.,2002年,Vol.2,No.6,Pgae.442-454
【文献】
Kamleh MA、外2名,Applications of mass spectrometry in metabolomic studies of animal model and invertebrate systems.,Brief Funct Genomic Proteomic.,2009年,Vol.8,No1,Pgae.28-48
【文献】
De Wever O、外8名,Molecular and pathological signatures of epithelial-mesenchymal transitions at the cancer invasion front.,Histochem Cell Biol.,2008年,Vol.130,No.3,Page.481-494
【文献】
Lamers Y、外12名,Moderate dietary vitamin B-6 restriction raises plasma glycine and cystathionine concentrations while minimally affecting the rates of glycine turnover and glycine cleavage in healthy men and women.,J Nutr.,2009年,Vol.139,No.3,Page.452-460
【文献】
Li Q、外18名,Bone morphogenetic protein-9 induces epithelial to mesenchymal transition in hepatocellular carcinoma cells.,Cancer Sci. ,2013年,Vol.104,No.3,Page.398-408
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48−33/98
G01N 33/15
C12Q 1/06
C12Q 1/68
G01N 27/62
G01N 30/72
G01N 30/88
C12N 5/095
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
i)細胞の培養物から調製された代謝物質混合物中のセリンをガスクロマトグラフィー−質量分析(GCMS)を用いて測定する工程、およびii)測定結果を参照と比較する工程を含む、
該細胞が上皮間葉転換したものであるか否かを決定する方法、
ここで、測定された、細胞の培養物から調製された代謝物質混合物中のセリンが参照と比較して有意に低いことは、該細胞が上皮間葉転換したものであることの指標となる、前記方法。
【請求項2】
i)組織サンプルから調製された代謝物質混合物中のセリンをガスクロマトグラフィー−質量分析(GCMS)を用いて測定する工程、およびii)測定結果を参照と比較する工程を含む、該組織サンプルから上皮間葉転換した細胞が検出されるか否かを分析する方法、
ここで、測定された、組織サンプルから調製された代謝物質混合物中のセリンが参照と比較して有意に低いことは、該組織サンプルに上皮間葉転換した細胞が含まれることの指標となる、前記方法。
【請求項3】
前記代謝物質混合物中のフェニルアラニンを測定し、その測定結果を参照と比較する工程をさらに含む、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記代謝物質混合物中のアスパラギン酸を測定し、その測定結果を参照と比較する工程をさらに含む、請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記代謝物質混合物中のイソロイシン、バリン、ロイシン、アロイソロイシン、プロリン、トレオニン、4-ヒドロキシプロリン、システイン、グルタミン、d-グルコース、チロシン、β-D-マンノフラノシド、グリシン、アセチルアスパラギン酸、D-(-)-タガトース、フマル酸、アミノマロン酸、リンゴ酸、メチオニン、アスパラギン、クエン酸、グリセロール、L-プロリン、トリプトファンおよびコレステロールからなる群より選択される1以上の代謝物質を測定し、その測定結果を参照と比較する工程をさらに含む、請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
上皮間葉転換した細胞について、さらにCD19、CD20、CD24(HSA)、CD38、CD44(PGP1)、CD90(THY1)、CD133(プロミニン1)、EpCAM(上皮細胞接着分子)、EカドヘリンおよびATP-結合カセットB5(ABCB5)からなる群より選択される1以上の遺伝子マーカーを調べることにより、前記上皮間葉転換した細胞が癌幹細胞であるか否かを決定する、請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
薬剤候補化合物のスクリーニング方法であって、以下の工程、
(a)癌細胞と薬剤候補化合物とを接触させた条件下で前記細胞を培養する工程、
(b)前記培養条件下で癌細胞の増殖が抑制されるまたは癌細胞の数が低減される場合、当該増殖の抑制された細胞または数が低減された細胞について、工程(a)により得られる細胞培養物から代謝物質混合物を調製し、該代謝物質混合物についてセリンをガスクロマトグラフィー−質量分析(GCMS)を用いて測定する工程、および
(c)測定結果を参照と比較する工程、
を含み、
ここで、測定された、細胞培養物からの代謝物質混合物中のセリンが参照と比較して有意に低いことは、該細胞培養物が上皮間葉転換した細胞を含むことの指標となり、
参照との比較により細胞培養物から上皮間葉転換した細胞が検出されないときは、薬剤候補化合物が癌細胞中の上皮間葉転換した細胞に作用するものであると決定する、前記スクリーニング方法。
【請求項8】
前記代謝物質混合物中のフェニルアラニンを測定し、その測定結果を参照と比較する工程をさらに含む、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記代謝物質混合物中のアスパラギン酸を測定し、その測定結果を参照と比較する工程をさらに含む、請求項7または8に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、上皮間葉転換に関連する代謝物変動および上皮間葉転換の有無を判別する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
癌の死亡率は日本においても年々上昇傾向にあり、厚生労働省の統計によると1981年には死亡原因の一位となっている。癌組織は、未分化な細胞から高度に分化した細胞など、様々な癌細胞が混在することで複雑な腫瘍組織が構成されている。中でも、正常の幹細胞と同じような性質を有した細胞集団が癌組織中にも存在し、癌の増大に関与することが報告されている。腫瘍組織の中に存在する癌幹細胞が、様々な性質の「癌細胞」を供給することで階層性を有した腫瘍組織を構成しているという仮説(癌幹細胞仮説)も提唱されている。このため癌の治療は困難となっており、腫瘍を取り除いても癌転移を抑えるために、抗癌剤を投与し続けなければならないのが現実である。
【0003】
早期診断や治療法の進歩により、癌が原発巣に限局するときの治癒率は改善してきているが、遠隔転移が形成された進行例の予後は依然として極めて不良である。近年、幹細胞性を有した癌幹細胞は癌細胞よりも抗ガン剤や放射線に対する強い抵抗性や、癌の転移に重要な役割を果たしていることが報告されており、既存の抗ガン剤や放射線療法によって癌が退縮したにもかかわらず、再発などが起こる原因の1つになっている。転移を引き起こす癌種は多種あり、これを抑えることができれば、癌の画期的な治療方法を提案することができる。
【0004】
肝臓癌は癌による死亡率の世界第3位であり、再発リスクが高く約50%が再発転移などを引き起すため、予後不良の癌である。一方で上皮間葉転換(EMT)は、癌の悪性進行において中心的な役割をしており、癌転移に関わるとされている。上皮間葉転換は、上皮細胞が細胞極性や細胞接着能を失い、浸潤性や遊走性を獲得することで間葉系様細胞へと変化するプロセスをいう。上皮間葉転換は胚発生において重要な役割を果たすことが知られている。ところがEMTは腫瘍においても見られることが報告され(非特許文献1)、さらにEMT化した癌細胞が幹細胞性を持つこと(幹細胞マーカー蛋白質の発現、スフェア形成、ヌードマウスでの腫瘍形成能など)が2008年のCellで報告された(非特許文献2)。またLiらはBMP-9が肝臓癌細胞においてEMTを誘発することを報告した(非特許文献3)。癌転移に対する新規治療ターゲットやバイオマーカーの探索は、予後不良の改善につながるため、癌転移を引きおこすEMT化のメカニズムに着目した研究は癌転移の治療に貢献すると考えられる。
【0005】
疾病バイオマーカー開発は、オミックス研究以前から精力的に行われ、多くの疾病診断法の確立に寄与してきた。近年では疾病バイオマーカーの探索法として、オミックス技術が注目されている。オミックス解析は、生物の中にある分子全体の変動を探索し、生命現象を包括的に調べる解析手法のことであり、ゲノミクス(DNA)、トランスクリプトーム(mRNA)、プロテオミクス(タンパク質)、メタボローム(代謝物)といったオミックス解析手法がある。メタボローム解析(動的な代謝反応の量的な解析)は1990年の後半頃から研究がさかんになり、現在では、毒性学や病気診断など多くの分野で使われ始めている。メタボローム解析とは、細胞の活動によって生じる特異的な分子を網羅的に解析することであり、解析対象であるメタボライト(代謝物)は、代謝による最終産物、あるいはその中間体である。メタボロームには他のオミックス解析に比べて次のような利点がある。ゲノムは25,000種類、タンパク質は100,000種類あるのに対し、代謝物は4,000種類程度しか存在しない。また、代謝物はこれまでに生化学手法などで、幅広く取り扱われていることから、生理学的・病理学的な意義に関する知識が蓄積されている。さらに、動物種特異性がないことから、マウスやヒトのサンプルに対して同じ測定方法を使うことができる。代謝物は一次代謝産物(成長や繁殖に直接関わる物質)、及び二次代謝産物(成長や繁殖の過程には直接関わらないが、抗生物質や色素など生態上重要な働きをする物質)が存在し、それぞれがタンパク質の働きによって生体内で生成される。よって、メタボロームの変化を網羅的に観察することで、タンパク質の活性そのものを解釈することができ、生体内の情報を鋭敏かつ包括的にとらえることが可能となる。代謝物を測定する方法としては、質量分析法(MS)が代謝産物の定量及び定性的な分析ができるため、広く用いられている。メタボローム解析ではGC-MSが最も早くから代謝物測定に利用されてきてり、データベースも充実している。LC-MSやCE-MSなども解析手法として、用いられており、それぞれの代謝物の物性に適した分析手法を用いることで幅広い代謝物の測定を行うことができる。
【0006】
上皮間葉転換(EMT)は、癌の悪性進行において中心的な役割を果たしており、癌転移にも関わる(非特許文献1)。一方で上皮間葉転換は、これまで腫瘍において時間的にそして空間的に追跡することが困難であった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Nat Rev Cancer. 2002 Jun;2(6):442-54
【非特許文献2】Mani S et al. (2008) Cell, 133 704-715
【非特許文献3】Cancer Science 2013 Mar;104(3):398-408
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記問題に鑑み、本発明は、幹細胞性を規定する代謝物変動や、上皮間葉転換に関係する代謝物変動を明らかにすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、オミックス解析の中でも網羅性を最も確保しているGC-MSを用いたメタボローム解析を行うことで、肝癌細胞のEMT化における変動代謝物の同定を行った。同定された代謝物質に関する知見に基づいて、本発明は、細胞がEMT化したものであるか否かを決定する方法を提供する。さらに本発明は、ある細胞の代謝物質を解析することにより当該細胞が上皮間葉転換したか否かを決定し、この情報を利用して薬剤候補化合物をスクリーニングする方法を提供する。
【0010】
すなわち本発明は以下の態様を含む。
[1] i)細胞の培養物から調製された代謝物質混合物中のセリンを測定する工程、およびii)測定結果を参照と比較する工程を含む、
該細胞が上皮間葉転換したものであるか否かを決定する方法。
[2] i)組織サンプルから調製された代謝物質混合物中のセリンを測定する工程、およびii)測定結果を参照と比較する工程を含む、該組織サンプルから上皮間葉転換した細胞が検出されるか否かを分析する方法。
[3] 前記代謝物質混合物中のフェニルアラニンを測定し、その測定結果を参照と比較する工程をさらに含む、[1]または[2]に記載の方法。
[4] 前記代謝物質混合物中のアスパラギン酸を測定し、その測定結果を参照と比較する工程をさらに含む、[1]〜[3]のいずれかに記載の方法。
[5] 前記代謝物質混合物中のイソロイシン、バリン、ロイシン、アロイソロイシン、プロリン、トレオニン、4-ヒドロキシプロリン、システイン、グルタミン、d-グルコース、チロシン、β-D-マンノフラノシド、グリシン、アセチルアスパラギン酸、D-(-)-タガトース、フマル酸、アミノマロン酸、リンゴ酸、メチオニン、アスパラギン、クエン酸、グリセロール、L-プロリン、トリプトファンおよびコレステロールからなる群より選択される1以上の代謝物質を測定し、その測定結果を参照と比較する工程をさらに含む、[1]〜[4]のいずれかに記載の方法。
[6] 上皮間葉転換した細胞について、さらにCD19、CD20、CD24(HSA)、CD38、CD44(PGP1)、CD90(THY1)、CD133(プロミニン1)、EpCAM(上皮細胞接着分子)、EカドヘリンおよびATP-結合カセットB5(ABCB5)からなる群より選択される1以上の遺伝子マーカーを調べることにより、前記上皮間葉転換した細胞が癌幹細胞であるか否かを決定する、[1]〜[5]のいずれかに記載の方法。
[7] 薬剤候補化合物のスクリーニング方法であって、以下の工程、
(a)癌細胞と薬剤候補化合物とを接触させた条件下で前記細胞を培養する工程、
(b)前記培養条件下で癌細胞の増殖が抑制されるまたは癌細胞の数が低減される場合、当該増殖の抑制された細胞または数が低減された細胞について、工程(a)により得られる細胞培養物から代謝物質混合物を調製し、該代謝物質混合物についてセリンを測定する工程、および
(c)測定結果を参照と比較する工程、
を含み、
参照との比較により細胞培養物から上皮間葉転換した細胞が検出されないときは、薬剤候補化合物が癌細胞中の上皮間葉転換した細胞に作用するものであると決定する、前記スクリーニング方法。
[8] 前記代謝物質混合物中のフェニルアラニンを測定し、その測定結果を参照と比較する工程をさらに含む、[7]に記載の方法。
[9] 前記代謝物質混合物中のアスパラギン酸を測定し、その測定結果を参照と比較する工程をさらに含む、[7]または[8]に記載の方法。
[10] ガスクロマトグラフィー−質量分析(GCMS)、液体クロマトグラフィー−質量分析(LC-MS)、キャピラリー電気泳動分析−質量分析(CE-MS)、フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分析(FT-ICR-MS)または高速液体クロマトグラフィー−質量分析(HPLC-MS)を用いて代謝物質の測定を行う、[1]〜[9]のいずれかに記載の方法。
【発明の効果】
【0011】
メタボローム解析の結果、肝癌細胞において、EMT化に伴い代謝物のプロファイルが変化することを明らかにした。また変動する代謝物質を多数同定した。こうした代謝変動の知見に基づき、細胞がEMT化した細胞であるか否かを分析することができる。また、複数の代謝物質の変動を解析することにより、分析の感度や特異度を高めることができる。さらに、ある組織から上皮間葉転換した細胞が検出されるか分析することができる。上皮間葉転換した細胞が検出された場合には、さらに当該細胞の転移能について調べたり、他の癌幹細胞マーカーを併用するなどして当該細胞が癌幹細胞であるか否かを分析することができる。これにより癌治療の結果を評価したり予後を判定したり、さらなる転移癌治療レジメンが必要となるか否かを判断することができる。また転移癌治療の効果をモニタリングしたり評価することもできる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】BMP-9で処理したHepG2細胞の形態の図である。上皮間葉転換した細胞の形態学的特徴である突起状の構造体が観察され透明感のある細胞が生じており、BMP-9処理によりHepG2細胞において時間依存的にEMT化が進行することが確認された。
【
図2】BMP-9処置したHepG2細胞におけるアルカリホスファターゼ活性を示す。アルカリホスファターゼ活性増大は、癌幹細胞の特徴の一つである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
ある実施形態において、本発明は細胞が上皮間葉転換した細胞であるかを決定する分析方法を提供する。この方法は、i) 上皮間葉転換した細胞であることが疑われる細胞、または該細胞の培養物から抽出された代謝物、例えばセリン、アスパラギン酸、フェニルアラニン等のアミノ酸を測定する工程、およびii)測定結果を参照と比較する工程を含む。細胞は癌細胞であってもよい。
【0014】
またある実施形態において、本発明は、組織中から上皮間葉転換した細胞が検出されるか否かを分析する方法を提供する。この方法は、i) 上皮間葉転換した細胞を含むことが疑われる組織から抽出された代謝物、例えばセリン、アスパラギン酸、フェニルアラニン等のアミノ酸を測定する工程、およびii)測定結果を参照と比較する工程を含む。細胞は癌細胞であってもよい。
【0015】
本明細書において、ある代謝物質についての参照とは、分析しようとしている上皮間葉転換した細胞に対応する、上皮間葉転換していない細胞における代謝物質レベルをいう。上皮間葉転換していない細胞におけるある代謝物質のレベル(標準レベル)は、慣用の実験と統計的分析によって確立することができる。標準レベルは相対量または絶対量の平均値または中央値でありうる。測定値と標準レベルとの差や閾値、カットオフ値は、目的とする感度や特異度に応じて任意に設定することができる。
【0016】
参照との比較の結果、サンプルのセリンおよび/またはアスパラギン酸のレベルが参照よりも低い場合、あるいはフェニルアラニンのレベルが参照よりも高い場合は、試験細胞が上皮間葉転換した細胞であると決定することができ、または試験組織に上皮間葉転換した細胞が含まれると決定することができる。細胞は癌細胞であってもよい。比較は例えば測定される代謝物質のレベルを参照レベルと比較することのみならず、変動率を調べることも包含する。
【0017】
本明細書において、試験細胞が上皮間葉転換した細胞であると「決定する」という場合、決定は100%正しいことが好ましいが、実際上はそうでない可能性がある。しかしながら、実用的にはある感度と特異度で試験細胞が上皮間葉転換した細胞であると「決定する」ことができればよい。または目的によっては、試験細胞が上皮間葉転換した細胞である蓋然性が高いと決定できればよい。「検出」についても同様であり、本明細書において試験組織から上皮間葉転換した細胞を「検出する」という場合、検出は100%正しいことが好ましいが、実際上はそうでない可能性がある。しかしながら、実用的にはある感度と特異度で組織から上皮間葉転換した細胞を「検出」できればよい。当業者であれば、目的の感度と特異度を満たすためにどのような参照値を採用すればよいかなどを、種々の統計学的評価手法を用いて導くことができる。統計学的手法としては信頼区間の決定、p値の決定、Student's t検定などが挙げられる。
【0018】
本発明の検出方法に関し、サンプル中からのEMT化した細胞の検出感度が高い、とは、サンプル中に存在するEMT化した細胞の数が少なくても検出ができることをいう。また、本願明細書においてEMT化した細胞の検出について特異度が高い、とは、ある検査について陰性の検体を正しく陰性と判定する確率が高いことをいう。感度や特異度は、検査の目的に応じて任意に設定することができる。
【0019】
セリン、アスパラギン酸、フェニルアラニン等のアミノ酸の代謝変動は、それぞれ、細胞が上皮間葉転換したか否かの指標となる。本発明で測定する代謝物質は1種のみに限定されず、適宜に2種、3種、4種等と組み合わせることができる。すなわち、あるサンプルについて、セリンの代謝変動を測定するのみならず、さらにアスパラギン酸、フェニルアラニンの代謝変動についても測定を行うことができる。この場合、当然のこととして、参照は各代謝物質に対応するものである。すなわちセリンを測定する場合には、これをセリン用の参照と比較し、さらにアスパラギン酸を測定する場合には、これをアスパラギン酸用の参照と比較し、さらにフェニルアラニンを測定する場合には、これをフェニルアラニン用の参照と比較する。
【0020】
細胞が上皮間葉転換したものであるか否かの指標としては、さらに以下の代謝物質が挙げられる。すなわち、細胞内代謝物質変動を分析する場合には、指標としてイソロイシン、バリン、ロイシン、アロイソロイシン、プロリン、トレオニン、4-ヒドロキシプロリン、システイン、グルタミン、d-グルコース、チロシン、パルミトレイン酸、オレイン酸、ステアリン酸、β-D-マンノフラノシド、グリシン、アセチルアスパラギン酸、D-(-)-タガトース、およびパルミチン酸が挙げられるがこれに限らない。また細胞外代謝物質変動を分析する場合には、指標としてフマル酸、アミノマロン酸、リンゴ酸、メチオニン、アスパラギン、クエン酸、グリセロール、L-プロリン、トリプトファンおよびコレステロールが挙げられるがこれに限らない。これらの代謝物質についても当然のこととして、参照は当該代謝物質に対応する参照である。これらの指標は、単独で、または他の指標と組み合わせて使用することができる。例えばこれらの指標の1以上を、セリン、アスパラギン酸、およびフェニルアラニンの1以上と組み合わせて測定してもよい。また他の指標やマーカーをさらに測定してもよい。
【0021】
より具体的には細胞内代謝物質変動を分析する場合、参照と比較してバリン、ロイシン、アロイソロイシン、プロリン、グリシン、トレオニン、4-ヒドロキシプロリン、システイン、チロシンの増大は細胞が上皮間葉転換したものであることの指標となり、また、イソロイシン、アセチルアスパラギン酸、グルタミン、D-(-)-タガトース、d-グルコース、β-D-マンノフラノシドの減少は細胞が上皮間葉転換したものであることの指標となる。また細胞外代謝物質変動を分析する場合、参照と比較して、グリセロール、L-プロリン、フマル酸、クエン酸、およびリンゴ酸の増大は細胞が上皮間葉転換したものであることの指標となり、また、アミノマロン酸、アスパラギン、トリプトファン、メチオニン、およびコレステロールの減少は細胞が上皮間葉転換したものであることの指標となる。
【0022】
細胞の代謝変換を分析し、上皮間葉転換した細胞であることを決定した細胞について、さらに種々の遺伝子マーカーや遺伝子の発現パターンを分析することにより、当該上皮間葉転換した細胞が転移能を有する細胞であるか、さらには癌幹細胞性を有するか否かを分析することができる。癌細胞が転移能を有するか否かを分析するための遺伝子マーカーとしては、例えばEカドヘリンが挙げられるがこれに限らない。癌幹細胞性を有するか否かを分析するための遺伝子マーカーとしては、例えばCD19、CD20、CD24(HSA)、CD38、CD44(PGP1)、CD90(THY1)、CD133(プロミニン1)、EpCAM(上皮細胞接着分子)、EカドヘリンおよびATP-結合カセットB5(ABCB5)が挙げられるがこれに限らない。遺伝子マーカーに関する情報はGenBankなど公知のデータベースから取得することができる。
【0023】
本発明の方法は生体外で行われるin vitro方法である。癌細胞が上皮間葉転換したものであるか否かを決定することにより、癌の予後を判定したり、転移能の有無を予測したり、癌治療の効果を評価することができる。本発明の方法に係る分析は、上皮間葉転換した細胞をモニタリングすること、および上皮間葉転換した細胞が薬剤候補化合物での処理後にも存在するか確認することを包含する。モニタリングとは、例えば癌治療期間中における上皮間葉転換した細胞の存在の有無を調べること、またはその細胞数を計測することをいう。また本発明の方法は、他の方法による診断を強化または補強することもできる。強化または補強とは、代謝変動以外の他の指標や遺伝子マーカーにより行われた同定や決定を補強または検証することをいう。
【0024】
ある実施形態において、本発明は癌細胞が上皮間葉転換した癌細胞であるか、またはある組織中に上皮間葉転換した癌細胞が含まれるかを決定する。したがって本発明の方法は、任意の癌細胞、または癌組織サンプルを用いて行うことができる。癌細胞としては、肝癌、腎細胞癌、肺癌、胃癌、大腸癌、結腸癌、小腸癌、膵臓癌、脾臓癌、膀胱癌、前立腺癌、精巣癌、子宮癌、卵巣癌、乳癌、リンパ腫、骨髄癌、脳腫瘍、神経芽腫、舌癌、咽頭癌、食道癌、甲状腺癌、副甲状腺癌、肉腫、骨髄腫、骨肉腫、腺癌、皮膚肉腫、転移癌等の癌細胞が挙げられる。組織としては、肝臓、腎臓、肺、胃、大腸、結腸、小腸、膵臓、脾臓、膀胱、前立腺、精巣、子宮、卵巣、乳房、皮膚、血管、血液、骨髄、脳、神経、舌、咽頭、食道、筋肉、骨格筋、骨格、内分泌腺、肉腫、骨肉腫、腫瘍、悪性腫瘍等の癌の組織が挙げられる。サンプルを採取する被験体は動物、例えば哺乳動物、例えばマウス、ラット、サル、ヒト等である。
【0025】
サンプルは、細胞サンプル、組織サンプル、培地サンプルでありうる。サンプルが細胞である場合においてその量が少ないときは、予め細胞を培養し、これについて代謝物質の調製と解析を行ってもよい。サンプルが組織である場合、組織から代謝物質を調製するか、または該組織から癌細胞を取得し培養後、分析に供することもできる。下記に説明するGC-MSやLC-MSなどで分析する場合、細胞サンプルは用いる装置にもよるが、例えば10
5個以上、好ましくは10
6個以上の細胞を含む。これよりサンプル中の細胞数が少ない場合は、取得した細胞を予備的に培養してから分析に供することもできる。サンプルが細胞外に分泌された代謝物質を含む培地である場合、培地サンプルは10μL以上、例えば100μL以上を使用することができる。サンプルは組織生検や針生検など適当な手段により採取してよい。
【0026】
得られたサンプルから代謝物質の混合物(メタボロームということがある)を調製する。調製する代謝物質の混合物は、細胞内代謝物質、細胞外代謝物質、およびこれらの混合物でありうる。目的に応じて細胞内代謝物質のみを分析してもよく、細胞外代謝物質のみを分析してもよく、細胞内代謝物質および細胞外代謝物質を別個に分析してもよく、その両者の混合物を分析してもよい。
【0027】
代謝物質混合物の調製は細胞培養、洗浄、超音波破砕、遠心分離、抽出、分画、濃縮、精製等の適当な工程を含みうる。ある実施形態において、測定手法としてガスクロマトグラフィー(GC)を用いる場合、予め代謝物質を誘導体化しておく。誘導体化は、例えば極性化合物のメトキシル化およびトリメチルシリル化、非極性化合物のメチル基転移、メトキシル化、およびトリメチルシリル化を包含する。
【0028】
サンプルに含まれる代謝物質は、定量的または定性的に測定できる。代謝物質がアミノ酸、糖、脂肪酸、または小分子化合物である場合、測定は好ましくは定量的測定(定量分析)である。
【0029】
代謝物質の測定は、適当な公知の手法により行うことができる。測定手法としては、あらゆるクロマトグラフィー分離法、例えばガスクロマトグラフィー(GC)、液体クロマトグラフィー(LC)、高性能液体クロマトグラフィー(HPLC)、薄層クロマトグラフィー(TLC)、アフィニティークロマトグラフィー等が挙げられる。さらには質量分析(MS)、キャピラリー電気泳動分析(CE)、二次元電気泳動、NMR分析等も挙げられる。
【0030】
本明細書中で用いる質量分析は、代謝物質に対応する分子量(すなわち質量)または質量変量の測定を可能にするあらゆる技術を包含する。質量分析計は、試料導入部、イオン化室、分析部、検出部、記録部等を含む。イオン化法としては、化学イオン化法、フィールドデソープション(FD)法、高速原子衝突(FAB)法、マトリックス支援レーザー脱離イオン化法(MALDI)法、エレクトロスプレーイオン化(ESI)法等を用いることができる。分析部は、二重収束質量分析計、四重極型質量分析計、飛行時間型質量分析計、フーリエ変換イオンサクロトロン共鳴質量分析計等が用いられる。
【0031】
測定手法は1種または複数種を組み合わせてもよい。したがって分析は、各種クロマトグラフィー分離手法と各種質量分析との組合せ、例えばガスクロマトグラフィー−質量分析(GC-MS)、液体クロマトグラフィー−質量分析(LC-MS)、フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分析(FT-ICR-MS)、キャピラリー電気泳動分析−質量分析(CE-MS)、高速液体クロマトグラフィー−質量分析(HPLC-MS)、誘導結合プラズマ−質量分析(ICP-MS)、熱分解質量分析(Py-MS)、さらにはMS-MSやこれらの組合せを包含する。好ましくは代謝物質の分析は液体クロマトグラフィー−質量分析(LC-MS)またはガスクロマトグラフィー質量分析(GCMS)により行う。GC/MS分析ではトータルイオンクロマトグラム(TIC)スキャンおよび/または選択的イオンモニタリング(SIM)分析を行うことができる。多数の代謝物質の混合物(メタボローム)を分析する場合、スキャンモードを利用して個々の代謝物質を同定することができる。メタボロームとは生物学的サンプル内に含まれる小分子化合物の全集合をいう。その後、同定された個別の代謝物質について、その代謝物質の質量を指定してSIMモードで高精度に定量分析することができる。
【0032】
本発明者らは、肝癌細胞HepG2をモデルとして上皮間葉転換した細胞の代謝物質混合物を解析した結果、セリン、アスパラギン酸およびフェニルアラニン等のアミノ酸について有意な代謝変動が観察されることを見出した。この知見に基づき、他のあらゆる種類の癌細胞についても、同様に癌細胞と上皮間葉転換した癌細胞とのセリン、アスパラギン酸およびフェニルアラニン等のアミノ酸代謝変動を測定することにより参照を確立し、それに基づいてある細胞が上皮間葉転換したものであるか否かを決定することができる。このような参照を確立するために必要となる癌細胞は、上皮間葉転換していない癌細胞をEMT化することにより取得することができる。EMT化はこれを誘発する適当な物質、例えば肝癌細胞であれば骨形成タンパク質-9(BMP-9)での処理により行うことができる。
【0033】
本発明の上皮間葉転換細胞における代謝変動に関する知見を利用して、薬剤候補化合物をスクリーニングすることができる。例えば薬剤投与後の組織サンプルについて本発明の方法を実施し、上皮間葉転換細胞が検出されなければ、当該薬物の有効性が示される。
【0034】
本発明のスクリーニング方法では、まず癌細胞と薬剤候補化合物とを接触させて培養し、次いでこの培養物について、癌細胞の増殖が抑制されるまたは癌細胞の数が低減されるかを見る。癌細胞の増殖抑制または細胞数の低減が見られた場合、当該細胞について、細胞培養物から代謝物質混合物を調製し、該代謝物質混合物についてセリン、アスパラギン酸、およびフェニルアラニンからなる群より選択される1以上のアミノ酸を測定する。そしてこの測定結果を当該代謝物質に対応する参照と比較する。参照との比較により細胞培養物から上皮間葉転換した細胞が検出されないときは、薬剤候補化合物が上皮間葉転換した癌細胞に作用するものであると決定することができる。
【0035】
薬剤候補化合物としては、低分子化合物、ペプチド、ポリペプチド、タンパク質、転写因子、抗体、核酸等が挙げられるがこれらに限られない。スクリーニングには適当な化合物ライブラリーやコンビナトリアルライブラリーに含まれる化合物を用いてもよい。
【0036】
本発明の代謝変動測定方法は、上皮間葉転換した細胞を検出することができる。これを利用して、ある癌組織が原発巣であるか、転移巣であるかの判断に役立てることができる。上皮間葉転換(EMT)は癌転移に関わるとされていることから、例えば外科的に摘出された癌組織からから上皮間葉転換した細胞が検出される場合、これは転移巣である蓋然性が高いと判断することができ、検出されなければ原発巣である蓋然性が高いと判断することができる。
【0037】
本発明の代謝変動測定方法は、上皮間葉転換細胞の検出に用いることができるが、補助的な測定手段として用いることもできる。ある実施形態において、本発明の方法はコンパニオン診断に役立てることができる。コンパニオン診断またはコンパニオン検査とは、薬剤の効果や副作用の有無を薬剤投与の前に予測するために行なわれる検査をいう。これにより個別の患者の薬剤に対する反応を治療前に把握し、投薬量の調節や治療レジメンの設計に役立てることができる。
【実施例】
【0038】
次に本発明を、実施例を参照することにより説明する。本発明の技術的範囲は、以下の実施例によって限定されない。
【0039】
EMT化細胞の作成
細胞は肝癌細胞の株化細胞(HepG2)を使用した(ATCCより入手、ATCC登録番号HB-8065)。培地はDMEM培地に抗生物質、10%FBS、L-アラニルグルタミンを加えたものを使用した。肝癌細胞(HepG2)をEMT化誘導サイトカインBMP-9(R&D systems)で刺激することで、EMT化を誘導した(非特許文献3、Li Q et al. Cancer Sci. 2013)。細胞のEMT化の条件は50 ng/mLのBMP-9を培地に加え、3日間培養を行うというものであった。HepG2細胞のEMT化は、創傷治癒(Wound healing)法及び、アルカリホスファターゼ活性測定により確認した。
【0040】
具体的には、HepG2細胞にBMP-9(50 ng/mL)を反応させ、24、48、72時間CO
2インキュベーター中で静置し、Wound healing法で、HepG2細胞のEMT化を確認した。
図1に示すように、肝癌細胞HepG2細胞は、サイトカインBMP-9処置によって形態学的に変化し、反応時間依存的にEMT化細胞に変化した。
【0041】
またHepG2細胞にBMP-9(50 ng/mL)を反応させ、24、48、72、96、120、144時間CO
2インキュベーター中で静置し、アルカリホスファターゼ活性を測定した。
図2に示すように、幹細胞性の指標の一つであるアルカリホスファターゼ活性は、BMP-9刺激後72時間後が最も活性が高かった。このように
図1及び
図2からBMP-9処置による肝癌細胞HepG2細胞のEMT化が確認された。
【0042】
代謝物の調製
次に、以下の手順でEMT化した細胞の代謝物を調製した。具体的には、細胞内代謝物は培養細胞をPBSで培地を洗浄除去後回収し(細胞数は4 x 10
6であった)、80% MeOH(-80℃)を加えて超音波処理を行い、遠心分離した上清を回収することで抽出した。本操作は同じサンプルに対して、3回反復して行った。細胞外に分泌された培地中の代謝物は、培地(100μL)にMeOH(-80℃)(400 μL)を加え、ボルテックスで10分間激しく混合し、16,000 g、10分間遠心分離した上清を回収した。抽出したそれぞれの代謝物には内部標準物質として、2-イソプロピルリンゴ酸(1 μg)を各サンプルに加え、SpeedVacで遠心乾固し、測定するまで-80℃で保存した。
【0043】
GCMSによる代謝物の測定法
代謝物の測定はGCMSを用いるため、代謝物のトリメチルシリル誘導体化を行った。サンプルに20 μg/μLメトキシアミン塩酸塩(20 μL)(ピリジンに溶解)を加え、超音波でサンプルをよく分散させ、90分間37℃条件下で、12,000 rpmで振盪しながらインキュベートした。次に60 μLのMSTFA(GL Science)を加え、180分間37℃、12,000 rpmで振盪しながらインキュベートした。反応終了後、サンプルを16,000 gで10分間遠心分離し、上清をGCMS用の測定サンプルとした。
【0044】
測定にはGCMS-TQ8030(島津製作所)を用いた。GC用の、キャピラリーカラムには、Rxi-5Sil MS 30 m×0.25 mm I.D. df. 0.25 μm(RESTEK)を用いた。注入口温度は280℃、キャリアガスにはヘリウムガスを用い、39.0 cm/sec(定線速度モード)で流した。GCカラムの昇温条件は100℃(2 min) - 4℃/min - 320℃(10 min)で行った。電子イオン化のエネルギーは0 eVとし、MSのインターフェースは250℃、イオン源の温度は200℃で分析を行った。測定モードはscanまたはSIMモード、スキャンレンジは65-700 Da、サンプルはスプリットレスモードで0.5 μLインジェクションした。
【0045】
GC-MSのデータ解析
GCMSの測定データはデータ解析ソフトGCMSsolutionとNIST11、GCMS代謝成分データベース(島津製作所)を用いてピークを波形処理し、検出された代謝物の同定及び、定量を行った。有意差(p value)はStudent's t検定で計算した。
【0046】
検出されたすべてのピークのサンプル間での変動を検討するため、Scan分析で得られたデータからProfiling Solutionを用いてピークを抽出し、多変量解析ソフトSIMCA ver. 13.0.3(Umetrics社)を用いて主成分分析PCA、OPLS-DA、S-Plots解析を行い、EMT化細胞において変動しているピークの抽出を行った。
【0047】
結果
上記手順に従って調製した代謝物のGCMS分析を行い、BMP-9で刺激していないHepG2細胞とEMT化HepG2細胞とについて、細胞内及び細胞外分泌代謝物のスキャン分析を行った。その結果、細胞内代謝物のトータルイオンクロマトグラム(TIC)と細胞外代謝物のTICについて、それぞれ多数の特徴的なピークが観察された。GCMS分析で検出された主要ピークは細胞内代謝物で130ピーク、細胞外代謝物(培地成分を含む)で132ピークあった。検出されたピークのうち、NIST11及びGCMS代謝成分データベース(島津製作所)のEIスペクトルピークとの類似度が75以上の代謝物、約80種類を同定することができた。EMT化細胞とHepG2細胞の代謝物のスキャン及びSIMモードで測定し比較定量を行った結果、細胞内で栄養素をエネルギー源に変換するときに生成される一次代謝物、アミノ酸が、細胞のEMT化によって変化することが示唆された。
【0048】
BMP-9で刺激したEMT化HepG2細胞とBMP-9刺激なしのHepG2細胞の抽出物から検出された代謝物のうち、同定できた主な代謝物をSIM(選択的イオンモニタリング)分析した。結果を下記の表に示す。表中、刺激なしのHepG2細胞の代謝物に対するEMT化HepG2細胞の代謝物の変動をFold changeで示した。また有意性として、*記号がP値<0.05を表し、**記号がP値<0.01を表す。
【0049】
a) 細胞内代謝物リスト(SIM分析)
【表1】
【0050】
表1に示すとおり、細胞内代謝物のGC-MS解析の結果、アミノ酸の変動で有意だったものは、セリン、アスパラギン酸、グルタミン、イソロイシンであり、これらはEMT化細胞において減少していた。またバリン、ロイシンといった分岐鎖アミノ酸、トレオニン、フェニルアラニン、チロシンなどの必須アミノ酸、システイン、グリシン、プロリンはEMT化細胞で増加していた。また、細胞内のグルコース量がEMT化に伴い減少した。
【0051】
b) 細胞外代謝物リスト(SIM分析)
【表2】
【0052】
表2に示すとおり、細胞外代謝物のGC-MS解析の結果、アミノ酸は、セリン、アスパラギン、アスパラギン酸、メチオニン、トリプトファンがEMT化細胞において有意に減少しており、L-プロリン、フェニルアラニンは有意に増加していた。またTCAサイクルの中間代謝物であるフマル酸、リンゴ酸、クエン酸がEMT化細胞で有意に増加していた。
【0053】
上記のとおり、上皮間葉転換した細胞の代謝変動を分析することにより、表1、2に示すように種々の代謝物質について統計学的に有意な変化が見られた。特にセリン、フェニルアラニンおよびアスパラギン酸については細胞内代謝物でも細胞外代謝物でも有意の変化が見られ、これらは単独で、または組み合わせて、細胞が上皮間葉転換したものであるか否かを決定するための指標となる。しかしながら本発明が提供する指標はこれらに限られず、統計学的有意性の示された他の代謝物質、具体的にはイソロイシン、バリン、ロイシン、アロイソロイシン、プロリン、トレオニン、4-ヒドロキシプロリン、システイン、グルタミン、d-グルコース、チロシン、β-D-マンノフラノシド、グリシン、アセチルアスパラギン酸、D-(-)-タガトース、フマル酸、アミノマロン酸、リンゴ酸、メチオニン、アスパラギン、クエン酸、グリセロール、L-プロリン、トリプトファンおよびコレステロールも、単独で、または組み合わせて、細胞が上皮間葉転換したものであるか否かを決定するための指標となる。
【産業上の利用可能性】
【0054】
本発明の方法により細胞が上皮間葉転換した細胞であるか否かや、組織中に上皮間葉転換した細胞が含まれるか否かを決定することができる。さらに、追加の遺伝子マーカー等を用いて、上皮間葉転換した癌細胞が癌幹細胞であるかを決定することも可能となる。これにより癌治療の結果を評価したり、薬剤候補化合物をスクリーニングしたり、転移癌治療レジメンが必要となるかを判断することができる。また転移癌治療の効果を評価することもできる。
【0055】
本明細書で引用した全ての刊行物、特許および特許出願の全内容を参照により本明細書に組み入れるものとする。