【文献】
Naohito TSUJII et al.,Phase stability and chemical composition dependence of the thermoelectric properties of the type-I clathrate Ba8AlxSi46-x(8≦x≦15) ,Journal of Solid State Chemistry,2011年 5月,Vol.184, No.5,p.1293-1303,doi:10.1016/j.jssc.2011.03.038
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
アンモニアは、硫安や尿素肥料等の人工肥料の原料として穀物生産に欠かせない化合物である。ハーバー・ボッシュ法は、1910年代に工業的に完成されたアンモニア合成方法で、現在も人類の生活に貢献する。ハーバー・ボッシュ法では、二重促進鉄触媒を用いて、温度条件400〜600℃、圧力条件20〜100MPaで窒素と水素との混合気体を直接反応させる(N
2+3H
2→2NH
3)。
【0003】
二重促進鉄触媒は、Fe
3O
4を主成分とする。その組成例として、BASF社製の二重促進鉄触媒の組成は、Fe
3O
4 94.3%、K
2O 0.8%、Al
2O
3 2.3%、その他(CaO、MgO、SiO
2) 2.6%であることが知られる。二重促進鉄触媒中に含有される酸化鉄が、アンモニア合成過程で水素により還元され金属鉄を生ずる。該金属鉄が触媒活性を発揮する。
【0004】
ハーバー・ボッシュ法では、約20MPa以上の圧力条件でなければ十分な反応効率を得られない。そのため高圧反応容器を用いてバッチ式に実施する場合がある。この場合、アンモニアを連続的に製造しがたい。さらにFeの触媒活性を上げるには、反応系を高温に維持しなければならず、熱エネルギー損失が大きい。ハーバー・ボッシュ法に適した高温高圧条件を満たすためには、装置に耐熱性が求められ、またコンプレッサーを配備しなければならないなど、装置が大型化しやすい。装置の大型化を回避するため、低温条件下、低圧条件下で行えるアンモニア合成方法が望まれる。
【0005】
反応温度200〜300℃で行うアンモニア合成方法として、触媒成分にMo、W、Re、Fe、Co、Ru、Osのうちのいずれかの金属元素、またはFeとRu、RuとRe、FeとMoとの組み合わせのいずれか1つからなる遷移金属を実質的に金属状態で使用する方法が知られる(特許文献1)。
【0006】
低温条件下、低圧条件下で行うことができるアンモニア合成方法の提案には、上記の他、Fe、Ru、Os、Co等の8族または9族遷移金属を触媒成分とするアンモニア合成方法(特許文献2〜4)や、Ruをアンモニア合成の触媒として用いる方法(特許文献5〜8)も提案される。
【0007】
反応条件300〜500℃で行うアンモニア合成方法として、8族または6B族遷移金属の窒化物やCo-Mo複合窒化物を触媒とするアンモニア合成方法も提案されている(特許文献9、10)。Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Fe、Ru、Os、Co、Rh、Ir、Ni、Pd、Pt、Mn、Cuの群からの少なくとも1つの遷移金属から選ばれる触媒活性成分を担体材料に含有させた触媒を用いて窒素および水蒸気からアンモニアをプラズマ接触により製造する方法が提案される(特許文献11)。
【0008】
上記の種々の触媒を用いることにより、常圧でも原料成分の反応を進行させることができ、高圧化プロセスが不要となる。Ru等は、第2世代のアンモニア合成触媒として注目される。その場合Ru単体での触媒活性は非常に低いため、適宜担体や促進剤化合物を併用して活性を向上させる。担体としては、酸化マグネシウム、酸化アルミニウム、グラファイト、セリウム、マグネシア等が挙げられる。触媒成分の電子供与能力を向上させる促進剤化合物としては、電気陰性度の大きなアルカリ金属、アルカリ金属化合物、アルカリ土類金属化合物等が使用される。
【0009】
上記のほか、被担持成分の電子供与能力を向上させる化合物として、マイエナイト型化合物がある(非特許文献1)。マイエナイトとは鉱物名であり、CaO、Al
2O
3、SiOを構成成分とするアルミノ珪酸カルシウムの一種である。マイエナイト型化合物とは、マイエナイト、およびマイエナイト結晶と同型の結晶構造を有する化合物をいう。
【0010】
マイエナイト型化合物の代表組成は、12CaO・7Al
2O
3(以下、「C12A7結晶」と記載する場合がある。)である。C12A7結晶は、2分子を含む単位胞にある66個の酸素イオンのうち2個が、結晶骨格により形成されるケージ内の空間にフリー酸素イオンとして包接される結晶構造を有する(非特許文献1)。同型化合物の例としては、12SrO・7Al
2O
3が挙げられる。
【0011】
東京工業大学の細野秀雄教授らのグループは、2003年以降、C12A7結晶のケージ内に包接されるフリー酸素イオンを種々の陰イオンで置換できることを明らかにした。特に、強い還元雰囲気中でC12A7を保持すると、全てのフリー酸素イオンを電子で置換することができる。フリー酸素イオンを電子で置換したC12A7([Ca
24Al
28O
64]
4+(e
-)
4、以下「C12A7:e-」と記載することがある。)のような、陰イオンに対し電子が置き換わった物質はエレクトライドと称される。エレクトライドは、良好な電子伝導性を示す(非特許文献2)。
【0012】
特許文献12には、12CaO・7Al
2O
3化合物や、12SrO・7Al
2O
3化合物、および上記2種類の化合物の混晶化合物が開示される。特許文献12によれば、上記の化合物や混晶化合物は、ケージ中に含まれるフリー酸素イオンのうち、1×10
18個/cm
3以上、1.1×10
21個/cm
3未満のフリー酸素イオンを、該酸素イオン1個当り2個の電子で置換した、2×10
18個以上2.2×10
21個/cm
3未満の電子をケージ中に含む。該化合物の室温の電気伝導率は、10
-4S/cm以上10
3S/cm未満である。
【0013】
特許文献13には、C12A7単相を(a)アルカリ金属またはアルカリ土類金属蒸気中で高温アニールする方法、(b)不活性イオンをイオン打ち込みする方法、または(c)還元雰囲気で融液から直接固化する方法で、1×10
19cm
-3以上の伝導電子を有するC12A7:e
-およびC12A7と同型化合物が開示される。
【0014】
特許文献14には、C12A7単結晶をチタン金属(Ti)蒸気中でアニールさせることにより、金属電気伝導性を示すC12A7:e
-を得る、エレクトライド12CaO・7Al
2O
3化合物の製造方法および電子放出素子が開示される。
【0015】
非特許文献3によれば、金属電気伝導性を示すC12A7:e
-の製造方法として、CaCO
3とAl
2O
3と11:7で混合して、1300℃で加熱した生成物を金属Ca蒸気雰囲気中で加熱することにより、C12A7:e
-粉末を直接合成することもできる。非特許文献4には、C12A7結晶がアンモニア分解用触媒の担体にも使用できることが開示される。かかる触媒を用いる場合、400〜600℃でアンモニア分解反応を行える。しかしC12A7結晶は、製造工程が複雑のためコストが高いため工業的使用には適さない。
【0016】
また非特許文献5では、伝導電子のキャリア濃度が3×10
21cm
-3であるクラスレート型化合物が報告されている。しかし、上記のクラスレート型化合物を用いた触媒は見出されていない。そのため工業的使用に適した、低温条件下、低圧条件下で、高活性を発揮する触媒が望まれる。
【発明を実施するための形態】
【0027】
[触媒]
本発明の触媒は、伝導電子のキャリア濃度(以下、単に「キャリア濃度」と記載することがある。)が3×10
21〜9×10
21cm
-3であるクラスレート型化合物に、鉄と、ルテニウムと、オスミウムとのいずれか一つ以上の遷移金属を担持させてなる。
【0028】
[クラスレート型化合物]
本発明に用いられるクラスレート型化合物の伝導電子のキャリア濃度は、3×10
21〜9×10
21cm
-3が好ましく、5×10
21〜9×10
21cm
-3がより好ましい。キャリア濃度が3×10
21cm
-3より小さいと、伝導電子の放出量が少なく良好な触媒活性を得られない。伝導電子のキャリア濃度は高いほど好ましいが、入手容易性の観点から9×10
21cm
-3が上限である。本発明に用いられるクラスレート型化合物の伝導電子のキャリア濃度については、N. Tsujii et al., Journal of Solid State Chemistry 184 (2011) 1293-1303の記載を参照できる。
【0029】
本発明に用いられるクラスレート型化合物の構造は上記の所定のキャリア濃度を備えるものであれば良い。そのようなクラスレート型化合物の例として、下記式(1)で表される化合物が挙げられる。下記式(1)においてxは、0<x<46を満たす整数である。
【化2】
【0030】
式(1)で表されるクラスレート型化合物は、Siによりクラスレート格子が形成され、その一部がAlで置換される。該クラスレート格子により形成される8つの格子間隙には、それぞれBa原子が内包される。
【0031】
クラスレート型化合物に含有される原子数比が、Ba:(Si+Al)=8:46を満たす場合、クラスレート型化合物の伝導電子のキャリア濃度は3×10
21〜9×10
21cm
-3の範囲内の値になる。クラスレート型化合物の伝導電子のキャリア濃度は主にBa原子数により決まるため、Si原子やAl原子の存在割合が異なっても、キャリア濃度が上記の所定の範囲を超える可能性は極めて低い。本発明に用いられるクラスレート型化合物の具体例としては、Ba
8Si
30Al
16、Ba
8Si
28Al
18、Ba
8Si
32Al
14が挙げられる。
【0032】
上記の構造を有するクラスレート型化合物についてX線回折法による解析を行うと、格子定数は、0.100〜0.110nmであり、結晶記号がPm3/mであると確認できる。その結果、本発明に用いられるクラスレート型化合物は、Si
46構造であると同定できる。また、hot-probe法により測定された電流の向きにより、当該クラスレート型化合物はn型半導体であると確認できる。
【0033】
該クラスレート型化合物は、遷移金属が十分にアンモニア合成反応を促進させうる担持量を担持できる比表面積を有することが好ましい。具体的には、BET法により測定される比表面積が、1〜10m
2/gであることが好ましい。比表面積が1m
2/g未満の場合、遷移金属の担持量が少なくなり、十分な触媒活性を得られない。
【0034】
上記の所定のキャリア濃度を備えるクラスレート型化合物は、電子放出能が高い。そのため、該クラスレート型化合物に遷移金属を担持させることにより、遷移金属のd電子の放出を促進できる。従って本発明をアンモニア合成触媒として用いると、原料窒素分子の解離が顕著に促進される。
【0035】
原料窒素分子の解離が促進される理由は、本発明者らが鋭意研究の結果得た知見に基づき、以下のように説明される。なお本発明者らは、以下の知見を得るに際し、各分子における原子間結合距離を、アクセルリス社 量子化学計算ソフト DMol3を用いて確認した。原料窒素分子の結合距離は、およそ1.11Åである。該反結合性軌道に触媒成分由来のd電子が1個入ることにより、窒素分子の結合距離は、およそ1.12Åに拡がる。さらにd電子が2個入ると、該結合距離はおよそ1.24Åとなり、窒素分子が解離しうる状態となる。すなわち窒素の反結合性軌道に対し、触媒成分の遷移金属からd電子が豊富に供給されることにより、窒素分子の解離が進みやすくなる。窒素分子の活性化が促進されることにより、水素と窒素との反応が進み、高効率にアンモニア合成反応を行うことができる。
【0036】
また本発明をアンモニア分解触媒として用いる場合、水素と窒素との反結合性軌道に触媒成分由来のd電子が入ることにより、水素と窒素との結合が分解しやすくなる。本発明者らが、アクセルリス社 量子化学計算ソフト DMol3を用いて確認したところ、アンモニア分子における水素と窒素との結合距離はおよそ1.02Åである。上記軌道に2個のd電子が入るとアンモニア分子が解離しうる状態となる。したがって本発明をアンモニアと接触させると、アンモニアの分解反応を促進できる。
【0037】
[遷移金属]
本発明は、上記の所定のクラスレート型化合物に所定の遷移金属が担持される。該遷移金属は、少なくとも温度条件250〜350℃と、圧力条件0.1〜1MPaとのいずれか一つを満たす反応条件下で、触媒活性が良好な遷移金属である。そのような遷移金属を上記の所定のキャリア濃度を有するクラスレート型化合物に担持させることにより、本発明は遷移金属のd電子が放出されやすくなり、触媒活性を向上できる。上記の反応条件下で触媒活性を発揮する遷移金属としては、鉄と、ルテニウムと、オスミウムとからなる群から一種以上の元素を選択できる。上記の遷移金属は、一種を担持させてもよく二種以上を担持させてもよい。
【0038】
上記の遷移金属源となる遷移金属化合物としては、トリルテニウムドデカカルボニル(Ru
3(CO)
12)、ジクロロテトラスキス(トリフェニルホスフィン)ルテニウム(II)(RuCl
2(PPh
3)
4)、ジクロロトリス(トリフェニルホスフィン)ルテニウム(II)(RuCl
2(PPh
3)
3)、トリス(アセチルアセトナト)ルテニウム(III)(Ru(acac)
3)、ペンタカルボニル鉄ヨウ化物(Fe(CO)
4I
2)など、熱分解しやすい無機金属化合物または有機金属錯体が例示される。
【0039】
該遷移金属等の粒径は、上記の所定のクラスレート型化合物表面に担持されうる範囲内であれば特に限定されないが、好ましくは5〜100nmであり、より好ましくは5〜70nmである。粒径が5nm未満の場合、遷移金属源が凝集し触媒活性が低くなる可能性がある。100nmを超える場合、比表面積が小さくなり触媒活性が低くなる可能性がある。なお本発明において粒径は、体積基準での該遷移金属微粒子群の累積分布におけるメディアン径D
50の値である。
【0040】
アンモニア合成活性を有する遷移金属の担持量は、多いほど合成反応の促進に寄与する。したがって遷移金属の担持量は多いほど好ましい。本発明における遷移金属の担持量は、担体となるクラスレート型化合物の比表面積や遷移金属の種類等により異なるが、好ましくは、担体化合物の質量に対して、1〜10質量%であり、より好ましくは3〜7質量%である。遷移金属の担持量が、担体化合物の質量に対して1質量%未満の場合、遷移金属のd電子の放出量が少なくなる。そのため窒素分子の活性化が不十分になる。
【0041】
本発明においては、所定の遷移金属の触媒活性を向上させる目的でアルカリ金属、アルカリ土類金属およびこれらの化合物を助触媒として含有させてもよい。また本発明の作用効果を阻害しない限りにおいて、他の成分を含有させてもよい。
【0042】
本発明の触媒を用いることにより、少なくとも温度条件250〜350℃と、圧力条件0.1〜1MPaとのいずれか一つを満たす反応条件下でアンモニア合成反応を行う場合、その反応速度を、少なくとも550〜1200μmolg
-1h
-1にでき、より好ましくは、600〜1200μmolg
-1h
-1にできる。得られるアンモニアの収率は、0.3〜0.4%になる。また本発明の触媒を用いることにより、上記の反応条件下で行われるアンモニア分解反応では、水素を収率15〜80%で生成し、窒素を28〜76%で生成できる。
【0043】
本発明の触媒は、上記の所定のクラスレート型化合物の格子間隙に一時的に水素が入り込むことを許容する。そのため本発明をアンモニア合成触媒として用いる場合、クラスレート型化合物表面に担持される遷移金属と水素との接触が低減され、遷移金属の被毒を抑制することができる。その結果、アンモニア合成を行っている間、高触媒活性を維持することができる。
【0044】
[触媒の製造方法]
本発明の触媒の製造方法は、所定のクラスレ―ト化合物に遷移金属を担持させる担持工程を含む。担持方法は、含浸法等、従来公知の担持方法を適用することができる。
【0045】
[クラスレート型化合物の製造例]
クラスレート型化合物は所定のキャリア濃度を備えるものであれば、市販品を用いても合成してもよい。式(1)で表されるクラスレート型化合物の製造例を以下に説明する。クラスレート型化合物のBa源とSi源とAl源との微粉末を原子数比でBa:(Si+Al)=8:46となる量で混合させる。該混合物を加熱炉等を用いて不活性ガス雰囲気下で熱処理する。熱処理時の温度条件は、840〜860℃が好ましい。処理時間は130〜160時間が好ましい。
【0046】
Ba源およびSi源としては、珪化バリウム(BaSi
2)、あるいは、バリウム(Ba)単体、ケイ素(Si)が好ましく用いられる。Al源としては、アルミニウムが好ましく用いられる。各原料の混合量は、選択される材料により適宜調整される。
【0047】
熱処理後の混合物を冷却・水洗した後、乾燥させる。乾燥後、該混合物をホットプレス装置等を用いて加圧、加熱して、焼結させる。焼結時の温度条件は、840〜860℃、加圧条件は35〜45MPaが好ましい。加熱時間は、20〜40分間が好ましい。
【0048】
焼結温度を約800℃まで昇温させるとBaとAlとが激しく反応し、その反応熱によりBaやAlより融点が高いSiも融解し始める。これによりBaとSiとAlとが溶融し、クラスレート型化合物の前駆体となる。その後、昇温速度0.5〜2℃/分を維持しながら該前駆体をさらに加熱することにより、本発明に用いられるクラスレート型化合物を得られる。
【0049】
[担持工程]
本発明の担持工程は、本発明の作用効果を阻害しない限り、特に限定されない。本発明は、含浸法を適用できる。
【0050】
[含浸工程]
含浸法を適用する場合には、まず遷移金属源となる遷移金属化合物を有機溶媒中に溶解させる。該遷移金属化合物溶液に、上記の所定のクラスレート型化合物を添加し、均質に分散させた分散溶液を調製する。有機溶媒は、クラスレート型化合物と遷移金属源とを均質に分散させ得るものであれば特に限定されない。具体例としては、ヘキサン、ヘプタン等を挙げることができる。
【0051】
[触媒前駆体生成工程]
該分散溶液を不活性ガス気流中あるいは真空下で熱処理して溶媒を蒸発、乾燥させ、クラスレート型化合物に遷移金属化合物を含浸させた触媒前駆体を得る。温度条件は、50〜200℃が好ましく、処理時間は30分間〜5時間が好ましい。
【0052】
[還元工程]
得られた触媒前駆体を不活性ガス気流中または真空中で加熱し、還元処理する。温度条件は、300〜900℃が好ましい。これにより担体のクラスレート格子に遷移金属が担持され、本発明の触媒を得られる。得られた触媒は、粒状、球状、タブレット状等のペレットに成形して使用してもよい。その用途は特に限定されないが、アンモニア合成方法やアンモニア分解方法に好適である。
【0053】
[アンモニア合成方法]
本発明のアンモニア合成方法は、遷移金属のd電子放出能が高い所定の触媒をアンモニア合成触媒として用いる。原料となる窒素と酸素とを該触媒に接触させることにより、窒素分子や酸素分子を解離させやすくする。これにより、水素と窒素との反応が促進される。また上記の触媒は、少なくとも温度条件250〜350℃と、圧力条件0.1〜1MPaとのいずれか一つを満たす反応条件下で好ましい触媒活性を発揮する遷移金属を担持する。そのため、上記の反応条件下で効率よくアンモニアを合成できる。本発明は、以下に説明されない工程を含むことも、本発明の作用効果を阻害しない限りにおいて許容される。
【0054】
本発明のアンモニア合成方法においては、本発明のアンモニア合成触媒を、従来公知のアンモニア合成装置のリアクタに充填させて行うことができる。
図1は、本発明のアンモニア合成方法が適用されるアンモニア合成装置の一例である。
図1において1はアンモニア合成装置、2はリアクタ、3は触媒層である。
【0055】
リアクタ2内に窒素と水素との混合ガスとを通気させると、該混合ガスは、リアクタ2の触媒層3で本発明の触媒と接触することで窒素と水素との反応が促進される。本発明の触媒は、その担体に所定のキャリア濃度を備えるクラスレート型化合物が用いる。そのようなクラスレート型化合物は電子放出能が高いため、担持させる遷移金属からd電子が放出されやすい。放出されたd電子が接触した窒素原子の反結合性軌道に入ることにより、窒素分子の結合距離が拡大され、窒素分子の活性化が促進される。これにより本発明は、アンモニアを効率的に合成できる。混合ガスの窒素と水素とのモル比は、1:3が好ましい。混合ガスのリアクタの通気速度は、30〜180ml/minが好ましい。
【0056】
本発明所定の触媒の触媒活性は、少なくとも温度条件250〜350℃と、圧力条件0.1〜1MPaとのいずれか一つを満たす反応条件下で特に良好である。そのため、リアクタ内を、少なくとも温度条件250〜350℃と、圧力条件0.1〜1MPaとのいずれか一つを満たすように適宜調整することで、促進剤化合物を添加しなくても、アンモニア合成反応を効果的に進行させることができる。本発明によれば、温度条件と圧力条件とのいずれか一つを満たす場合も、両方を満たす場合も、反応速度を向上させることができる。本発明のアンモニア合成方法を適用した場合、上記の所定の反応条件下におけるアンモニア合成反応の反応速度は、550〜1200μmolg
-1h
-1であり、好ましくは600〜1200μmolg
-1h
-1である。
【0057】
本発明に所定のアンモニア合成触媒は被毒が抑制されるため劣化が少なく、長時間上記の反応速度を維持する。したがって本発明のアンモニア合成方法を用いる場合、少なくとも5〜48時間連続してアンモニア合成反応を行うことができる。合成されたアンモニアは、従来公知の冷却工程または吸着工程を経て回収することができる。
【0058】
本発明のアンモニア合成方法を適用する場合、アンモニア合成装置に高温条件や高圧条件に対応するための設備を設ける必要がなく、メンテナンスの負担が軽減される。
【0059】
[アンモニア分解方法]
本発明のアンモニア分解方法は、上記に説明した電子放出能が高いクラスレート型化合物を担体とする触媒をアンモニア分解触媒として用いることにより、少なくとも温度条件250〜350℃と、圧力条件0.1〜1MPaとのいずれか一つを満たす反応条件下で、アンモニアの分解反応を促進させる。アンモニアに本発明の触媒を接触させると、窒素と水素との反結合性軌道に、本発明の触媒に担持される遷移金属から放出されたd電子が入り、アンモニア分子の活性化が促進される。これにより、アンモニア分子の解離が促進され、所定の反応条件下で水素と窒素とが効率的に生成される。本発明は、以下に説明されない工程を含むことも、本発明の作用効果を阻害しない限りにおいて許容される。
【0060】
本発明のアンモニア分解方法においては、本発明の触媒を、従来公知のアンモニア分解装置のリアクタに充填させて行うことができる。
図2は、本発明のアンモニア分解方法が適用されるアンモニア分解装置の一例である。
図2において、4はアンモニア分解装置、5はリアクタ、6は触媒層、7aおよび7bは熱電対、8はヒータ、9はトラップである。
【0061】
リアクタ5内にアンモニアを通気させ、アンモニアと本発明所定のアンモニア分解触媒とを接触させることにより、本発明は、アンモニア分子の解離が促進され、水素と窒素とを効率的に生成させることができる。リアクタ5内でのアンモニアの通気速度は100〜500ml/minが好ましい。生成された水素と窒素とは、トラップ9により残余のアンモニアを除去した後、回収される。
【0062】
本発明所定のアンモニア分解触媒は、少なくとも温度条件250〜350℃と、圧力条件0.1〜1MPaとのいずれか一つを満たす反応条件下で、特に触媒活性が良好である。そのためリアクタ5内の反応温度は250〜350℃の範囲内で適宜調整されることが好ましい。また反応圧力は0.1〜1MPaの範囲内で適宜調整されることが好ましい。上記の好ましい反応条件でアンモニア分解反応をおこなうことにより、本発明は、水素を収率15〜80%で回収できる。また窒素を収率28〜76%で回収できる。
【0063】
本発明は、従来技術と比較して低温条件下、低圧条件下でアンモニア分解を促進させる。そのためアンモニアを出発原料とする水素生成方法として有用である。本発明を利用した水素ステーションの設置は、燃料自動車の普及率向上に寄与する。
【実施例】
【0064】
実施例を挙げて本発明をさらに説明する。ただし本発明は下記の実施例に限定されない。
【0065】
[実施例]
[クラスレート型化合物の製造]
珪化バリウム(BaSi
2)をボールミルに入れて、不活性ガス雰囲気下で、平均粒径100μmになるまで微粉砕した。得られた珪化バリウム微粉末と平均粒径100μmのアルミニウム微粉末とを、原子数の比でBa:(Si+Al)=8:46となる量でアルミナ製試料皿の表面に極薄く散布した。該アルミナ製試料皿上に広げた珪化バリウムとアルミニウムとを不活性ガス雰囲気下の加熱炉に入れて保持し熱処理した。処理温度は840〜860℃であり、処理時間は48時間であった。昇温速度は1℃/minであった。
【0066】
熱処理後の微粉末を放冷し、水洗した後乾燥させた。乾燥後の微粉末をホットプレス装置に充填し、温度条件850℃、圧力条件40MPaで30分間加熱加圧して焼結し、アンモニア合成触媒のクラスレート型化合物A(Ba
8Si
30Al
16)を得た。
【0067】
また、組成比を異ならせた他はクラスレート型化合物Aと同様にして製造したクラスレート型化合物B、クラスレート型化合物Cを得た。該クラスレート型化合物A〜Cについて、Rigaku社製 粉末X線回折装置試料水平型多目的X線回折装置 Ultima IVと、Rigaku社製 統合粉末X線解析ソフトウェア PDXLとを用いてX線回折測定を行った。
図3にクラスレート型化合物AのX線回折パターンを示す。
【0068】
N. Tsujii et al. Journal of Solid State Chemistry 184 (2011) 1293に開示されるBa
8Al
16Si
30のX線回折パターンを参照し、クラスレート型化合物Aの結晶構造を同定した。上記の参照元となったX線回折パターンと、
図3に示すクラスレート型化合物AのX線回折パターンとを対比すると、低角度側10°から50°まで一致する。これによりクラスレート型化合物Aは、Ba
8Al
16Si
30と同定できる。同じ方法で上記文献に開示されるX線回折パターンを参照元として、クラスレート型化合物B、Cの結晶構造も同定した。表1にクラスレート型化合物A〜Cの同定結果を記載した。
【0069】
N. Tsujii et al., Journal of Solid State Chemistry 184 (2011) 1293-1303の記載を参照して、クラスレート型化合物A〜Cの伝導電子のキャリア濃度を採用した。また、日本電子製 JXA-8530F フィールドエミッション電子プローブマイクロアナライザ(FE-EPMA)を用いて元素分析を行った。上記のクラスレート型化合物A〜Cの分析結果を表1に記載した。
【0070】
【表1】
【0071】
[担持工程]
Ru錯体(Ru
3(CO)
12)と、担体粉末としてのクラスレート型化合物Aを溶解したTHF溶液を用意した。THF溶液に溶解させるRu
3(CO)
12とクラスレート型化合物Aとの添加量は、合成後のRu質量体積比が6%となるように調製した。これを100mlビーカ内でスターラを使って400rpmで8時間程度撹拌した。続いて60℃、250rpmの環境下で留去し、触媒前駆体を得た。触媒前駆体を温度条件300℃で還元処理することにより、クラスレート型化合物Aにルテニウムを担持させ、本発明の実施例を得た。
【0072】
[比較例]
原料としてRu
3(CO)
12と担体としてγ-Al
2O
3粉末(市販品)を用いて、実施例と同じ方法で触媒を作製し、比較例とした。
【0073】
[アンモニア合成反応]
実施例と比較例とを用いて、それぞれ湿式法によりアンモニア合成反応を行い、簡易測定1と簡易測定2と精密測定とを行った。
図4は、簡易測定1および簡易測定2、精密測定に用いたアンモニア合成反応装置の模式図である。
図4において、10はアンモニア合成装置、11はリアクタ(電気炉)、12は触媒層、13a、13b、13cは、インピンジャーである。
【0074】
[簡易測定1]
原料の窒素ガスと水素ガスとの混合ガスをリアクタ11内で実施例の触媒に接触させ、アンモニア合成反応を行った。反応温度は400℃、反応圧力は1気圧であった。リアクタ11内で生成されたガスを、フェノールフタレイン溶液25mlを入れたインピンジャー13a〜13cでバブリングさせた。その結果、インピンジャー13aでは1分程度を赤色反応が確認できた。インピンジャー13bでは30分後に赤色反応を確認できた。さらに30分後、インピンジャー13cで赤色反応を確認できた。以上から、各溶液がアンモニア飽和状態になるまでに30分を要した。さらに大部分のアンモニアが、最上流のインピンジャー13aのフェノールフタレイン溶液で捕集された。
【0075】
[簡易測定2]
原料の窒素ガスと水素ガスとの混合ガスをリアクタ11内で実施例の触媒に接触させ、アンモニア合成反応を行った。反応温度は400℃、反応圧力は1気圧であった。リアクタ11内で生成されたガスを水25mlを入れたインピンジャー13a〜13cで数分間バブリングさせた。その後インピンジャー13aの水溶液をパックテスト(登録商標)を用いて評価した。同じ手法で比較例の触媒も評価した。評価結果を表2に示す。
【0076】
【表2】
【0077】
[精密測定]
原料の窒素ガスと水素ガスとの混合ガスをリアクタ11内で実施例の触媒に接触させ、アンモニア合成反応を行った。反応温度は400℃、反応圧力は1気圧であった。リアクタ11内で生成されたガスを、ホウ酸5g/lを入れたインピンジャー13a〜13cで数分間バブリングさせた。その後インピンジャー13aとインピンジャー13bとの気体を合わせて100mlに定容化し、イオンクロマトグラフィー解析によりアンモニア発生量を定量した。この他、インピンジャー13c内に捕集された気体のイオンクロマトグラフィー解析を行い、インピンジャー13a、13bとで捕集されなかったアンモニア量を定量した。結果を表3に示す。なお、発生量に示す+xの部分は、インピンジャー13cから検出されたアンモニア量相当分である。
【0078】
【表3】
【0079】
表4は、Masaaki Kitano et al., Nature Chem., 4, 934-940 (2012)に開示される触媒(参考例1、参考例2)と本発明との比較である。表4に示されるように、本発明は、上記文献に開示されるエレクトライドを担体に用いた触媒と同程度のアンモニアの収率であり、アンモニア発生量に関してはエレクトライドより8%発生量が多い。
【0080】
【表4】