特許第6281775号(P6281775)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6281775発光団を有する試料構造の高空間分解イメージング方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6281775
(24)【登録日】2018年2月2日
(45)【発行日】2018年2月21日
(54)【発明の名称】発光団を有する試料構造の高空間分解イメージング方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 21/64 20060101AFI20180208BHJP
【FI】
   G01N21/64 E
【請求項の数】15
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2015-551206(P2015-551206)
(86)(22)【出願日】2014年1月9日
(65)【公表番号】特表2016-503892(P2016-503892A)
(43)【公表日】2016年2月8日
(86)【国際出願番号】EP2014050272
(87)【国際公開番号】WO2014108455
(87)【国際公開日】20140717
【審査請求日】2016年11月14日
(31)【優先権主張番号】102013100172.6
(32)【優先日】2013年1月9日
(33)【優先権主張国】DE
(73)【特許権者】
【識別番号】513310818
【氏名又は名称】マックス−プランク−ゲゼルシャフト ツア フェーデルンク デア ヴィッセンシャフテン エー.ファオ.
(74)【代理人】
【識別番号】100091683
【弁理士】
【氏名又は名称】▲吉▼川 俊雄
(74)【代理人】
【識別番号】100179316
【弁理士】
【氏名又は名称】市川 寛奈
(72)【発明者】
【氏名】ヘル,シュテファン ヴェー.
【審査官】 吉田 将志
(56)【参考文献】
【文献】 特表2010−506203(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2011/0284767(US,A1)
【文献】 米国特許出願公開第2012/0098949(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 21/62−74
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
発光団(1)を有する試料(3)の構造(2)の高空間分解イメージング方法であり、
‐励起可能な電子基底状態から励起発光状態に前記発光団(1)を励起するルミネッセンス励起光(7)を測定範囲(5)の前記試料(3)に当て、
‐前記励起発光状態から前記励起可能な電子基底状態に前記発光団(1)を戻すルミネッセンス減衰光(8)の強度分布であり、局所的最小値(9)を有する強度分布を前記測定範囲(5)の前記試料(3)に当て、
‐前記測定範囲(5)から放出された発光光(10)を記録し、記録された前記発光光(10)を前記試料(3)の前記局所的最小値(9)の位置に割り当てる方法であって、
前記測定範囲(5)の前記試料(3)に、前記ルミネッセンス励起光を当てる前に、前記励起可能な電子基底状態から保護状態に前記発光団(1)を変換する励起阻止光(4)の強度分布を当て、前記保護状態では、前記発光団(1)が前記ルミネッセンス励起光(7)と前記ルミネッセンス減衰光(8)とによって電子励起から保護されており、前記励起阻止光(4)の前記強度分布は、前記ルミネッセンス減衰光(8)の前記強度分布の前記局所的最小値と重なる局所的最小値(6)を有していることを特徴とする、方法。
【請求項2】
前記ルミネッセンス励起光(7)、前記ルミネッセンス減衰光(8)及び前記励起阻止光(4)が、異なる波長を有していることを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記ルミネッセンス減衰光(8)及び前記励起阻止光(4)が、同じ波長を有していることを特徴とする、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記ルミネッセンス減衰光(8)及び前記励起阻止光(4)が、同時に前記試料(3)に当てられることを特徴とする、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記ルミネッセンス励起光(7)が、パルスで前記試料(3)に当てられること、及び前記励起阻止光(4)と前記ルミネッセンス減衰光(8)とが、互いに独立して、パルスで又は連続して前記試料(3)に当てられることを特徴とする、請求項1〜4のうちいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記発光光(10)が、前記ルミネッセンス励起光(7)の各パルスの後で時間分解能によって記録されることを特徴とする、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記励起阻止光(4)が、立体配座変化を利用して、前記発光団(1)を前記励起可能な電子基底状態から前記保護状態へと変換することを特徴とする、請求項1〜6のうちいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
前記発光団(1)が、前記励起阻止光(4)によってオフに切り替えられる発光団(1)であることを特徴とする、請求項1〜7のうちいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
前記発光団(1)が、切替え可能な蛍光タンパク質であることを特徴とする、請求項1〜8のうちいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
前記測定範囲(5)の前記試料(3)に前記励起阻止光(4)を当てる前に、励起可能光の強度分布を当て、前記励起可能光は、少なくとも前記ルミネッセンス減衰光(8)の前記強度分布の前記局所的最小値(9)の部分で、前記発光団(1)を前記励起可能な電子基底状態に変換することを特徴とする、請求項7〜9のうちいずれか一項に記載の方法。
【請求項11】
前記発光団(1)を前記保護状態に変換するため、前記保護状態にある前記発光団(1)が前記ルミネッセンス励起光(7)について少なくとも1つの係数(2)の分だけ低下した吸収断面積を有するように、前記励起阻止光(4)が前記発光団(1)の前記励起可能な電子基底状態を妨げることを特徴とする、請求項1〜6のうちいずれか一項に記載の方法。
【請求項12】
前記発光団(1)の前記電子基底状態が、運動パルス及び/又は振動の伝達によって妨げられていることを特徴とする、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
前記運動パルス及び/又は振動が、前記励起阻止光(4)によって励起されたモジュレータから発生することを特徴とする、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
前記妨げられている電子基底状態では、前記発光団(1)の原子の配列が障害を受けていることを特徴とする、請求項11〜13のうちいずれか一項に記載の方法。
【請求項15】
前記障害を受けている電子基底状態の前記発光団(1)が、熱平衡にはないことを特徴とする、請求項11〜14のうちいずれか一項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、発光団を有する試料構造の高空間分解イメージング方法に関し、励起可能な電子基底状態から励起発光状態に発光団を励起するルミネッセンス励起光を測定範囲の試料に当て、励起発光状態から励起可能な電子基底状態に発光団を戻すルミネッセンス減衰光の強度分布であり、局所的最小値を有している強度分布を、測定範囲の試料に当て、その測定範囲から放出された発光光を記録し、記録された発光光を試料の局所的最小値の位置に割り当てる。
【0002】
そのような方法では、測定範囲から放出された発光光の強度が、試料内の局所的最小値の位置における発光団濃度の基準である。局所的最小値の各位置について、上述した工程を繰り返しながら局所的最小値を含む試料を走査することにより、試料内の発光団の分布が検出され、それによって発光団をマーキングした構造が画像化される。
【0003】
ここでは、物質が励起発光状態にあるときに、測定信号として発光光が得られる全ての物質を「発光団」と呼ぶ。詳細には蛍光色素がこれに属する。しかし、発光光の放出に基づく現象は蛍光でなくてもよい。散乱光が放出される励起した移行状態は、励起発光状態として見なされ、例えばラマン散乱などの散乱であってもよい。
【0004】
対象となる試料構造は、自ら発光団を有している、すなわち自発光性であってよい。しかし、対象となる試料構造は、発光団を使って人工的にマーキングすることもできる。発光団による人工的な構造マーキングは、例えば、いわゆる抗体染色、すなわち免疫反応による発光団の連結によって、又は対象となる構造を備える発光団を同時に発現する遺伝子改変によって行うことができる。
【0005】
ここでは、例えば、励起可能な電子基底状態又は励起発光状態など、発光団の状態に言及する場合、この状態は、発光可能な発光団の最小単位、すなわち分子、錯体、空格子点、量子ドットなどの電子的状態である。
【0006】
ここでは、例えばルミネッセンス減衰光などの光の強度分布における局所的最小値に言及する場合、これは、とくに干渉によって生じる強度分布のゼロ点を意味している。ここで言うゼロ点とは、光の強度がゼロに戻っている本来のゼロ点、もしくは光の強度が、最適な光学条件の不足によってゼロに戻っているゼロ点であってよい。また、局所的最小値の大きさに言及する場合、これらの大きさは、具体的には容量の大きさに関係し、この容量内では、それぞれの光によってもたらされる効果、例えばその光によって励起される移行が、飽和状態にまで至らずに生じている。
【背景技術】
【0007】
上述した、独立請求項1の前提部分の工程を含む、発光団を有する試料構造の高空間分解イメージング方法は、STED(誘導放出制御)走査型蛍光顕微鏡として知られている。まず、測定範囲の試料に、励起可能な電子基底状態から励起発光状態に発光団を励起するルミネッセンス励起光を当てる。次に、放出誘導光の形のルミネッセンス減衰光の強度分布であり、局所的最小値を有する強度分布を、この測定範囲の試料に当てる。この放出誘導光は、その放出誘導光の波長で、すなわち発光光の波長とは異なる波長で光を放出するように発光団を誘導し、それによって再び発光団をその基底状態に減衰する。ルミネッセンス減衰光により、その局所的最小値以外の全ての場所において、発光団が誘導放出によって励起発光状態から再び減衰されると、その後で測定範囲から放出される発光光は、ルミネッセンス減衰光の強度分布の局所的最小値からしか発生しないため、局所的最小値の位置を試料内に割り当てることができる。
【0008】
STEDという用語で知られている方法でも、実際に、発光団によってマークされた試料構造を画像化する場合、高いコントラストで極めて高い空間分解能が達成される。しかしながら、この場合、発光団には著しい光化学的負荷がかかるため、発光団の退色が強くなる傾向がある。原因は、強度分布のゼロ点状の局所的最小値を限定するために高い絶対強度で加えなければならないルミネッセンス減衰光が、すでに励起発光状態にある発光団に当たることである。従って、発光団をその基底状態に戻す望ましい誘導放出以外にも、その他の現象、とくに退色を引き起こす更なる発光団の電子励起が生じる可能性もある。本来はルミネッセンス減衰のために設けられている光により、誘導放出によって最初に減衰された発光団が再び励起されるおそれもある。
【0009】
発光団を有する試料構造のもう1つの高空間分解イメージング方法は、GSD(Grund State Depletion=基底状態抑制)走査型蛍光顕微鏡として知られている。この周知の方法では、発光団にルミネッセンス励起光を当てる前に、局所的最小値のある強度分布を有するルミネッセンス阻止光を発光団に当てる。このルミネッセンス阻止光は、例えば持続性の高い三重項状態などの暗状態に発光団を変換する働きがあり、この状態の発光団はルミネッセンス励起光によって発光状態に励起されない。ルミネッセンス阻止光の強度分布の局所的最小値以外の全ての場所では、この暗状態への変換が生じて、飽和状態に至る。つまり、ルミネッセンス阻止光を当てた後では、ルミネッセンス阻止光の強度分布の局所的最小値でだけ発光団がまだ電子基底状態にあるので、この発光団は、ルミネッセンス励起光によって基底状態から発光状態に励起される。従って、ルミネッセンス励起光によって発光団が励起された後に検出される発光光は、ルミネッセンス阻止光の強度分布の局所的最小値から生じており、これによって、その局所的最小値の位置を試料中に割り当てることができる。
【0010】
GSDという用語で知られている方法でも、発光団が退色する危険は非常に大きい。その理由として、ルミネッセンス阻止光によって発光団が変換される長時間の暗状態においては、この発光団が高い割合で例えば酸素と化学反応を起こす傾向にあること、及び/又は発光団が、ルミネッセンス阻止光又はルミネッセンス励起光によってさらに励起されるため、発光団の光化学的退色を生じる危険にさらされていることが挙げられる。
【0011】
発光団を有する試料構造のもう1つの高空間分解イメージング方法は、RESOLFT(Reversible Saturable Optical Fluorescence Transition=可逆的飽和性光学蛍光遷移)走査型蛍光顕微鏡として知られており、この顕微鏡は、いわゆる切替え可能な発光団を使用する。これらの発光団は、これらが発光団として作用する第1の立体配座から、ルミネッセンス阻止光によって第2の立体配座に切り替ることができる。すなわち、第2の立体配座の発光団は、少なくとも、第1の立体配座の発光状態を励起するのに適しているルミネッセンス励起光によって、測定信号として記録される発光光を放出する発光状態に励起可能ではない。第2の立体配座の寿命が十分に長い場合には、比較的少ない光強度だけで、この切替えをルミネッセンス阻止光の強度分布の局所的最小値以外の全ての場所で飽和状態に至るまで進めることができる。さらに、別の立体配座に変換された発光団は、この別の立体配座から退色が発生する危険も大きくない。なぜなら、この立体配座では、発光団がルミネッセンス阻止光にもルミネッセンス励起光にも反応しないからである。
【0012】
切替え可能な発光団によるRESOLFT走査型蛍光顕微鏡を実際に実施する場合、空間分解能とコントラストがモニタされるが、これらは、STED走査型蛍光顕微鏡での空間分解能とコントラストよりも劣っている。このことは、切替え可能な立体配座から発光不能な立体配座への発光団の切替えが飽和状態に至るまで進められる際に、発光可能な立体配座の発光団が、依然としてかなりの割合で存在していることに起因していると考えられる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、発光団を有する試料構造の高空間分解イメージング方法において、STED走査型蛍光顕微鏡の高い空間分解能と高いコントラストが達成され、しかも、これまで知られているSTED走査型蛍光顕微鏡のどのような方法よりも、発光団が光化学的退色の危険にさらされにくい方法を提示するという課題に基づいている。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明の課題は、独立請求項1の特徴を有する方法により解決される。本発明に基づく方法の好ましい実施形態は、従属請求項に定義されている。
【0015】
本発明に基づく、発光団を有する試料構造の高空間分解イメージング方法では、STED走査型蛍光顕微鏡法に特徴的な工程がすべて実行される。すなわち、本発明に基づく方法は、STED走査型蛍光顕微鏡の特殊な方法である。すなわち、励起可能な電子基底状態から励起発光状態に発光団を励起するルミネッセンス励起光を測定範囲の試料に当てる。続いて、発光光を放出することなく励起発光状態から励起可能な電子基底状態へと発光団を戻すルミネッセンス減衰光の強度分布であり、局所的最小値を有している強度分布を測定範囲の試料に当てる。測定範囲から放出された発光光を記録し、記録された発光光を試料の局所的最小値の位置に割り当てる。
【0016】
本発明に基づく方法では、測定範囲の試料が、ルミネッセンス励起光に加えて、発光団を励起可能な電子基底状態から保護状態に変換する励起阻止光の強度分布にも当てられる。この保護状態では、発光団がルミネッセンス励起光とルミネッセンス減衰光とによる電子励起から保護されている。同様に、励起阻止光の強度分布も、ルミネッセンス減衰光の強度分布の局所的最小値と重なる局所的最小値を有している。
【0017】
従って、本発明に基づく方法は、切替え可能な発光団を使用するRESOLFT走査型蛍光顕微鏡法で適用される工程も含んでいる。しかしながら、本発明に基づく方法では、空間分解に有効な、完全に等しいゼロ点を備える2つの強度分布を重ね合わせることによって、高空間分解能という点で有効に作用するドットイメージング機能の改善を主な目的としているわけではない。むしろ、本発明に基づく方法の場合、例えば切替え可能な発光団を用いるRESOLFT法では、励起阻止光の強度分布の最小値以外の場所でルミネッセンス励起光とルミネッセンス減衰光とによって電子励起できない状態に発光団を変換することが、主な目的として利用される。ここでは、この状態を発光団の保護状態と呼ぶ。
【0018】
本発明に基づく方法では、励起阻止光の強度分布の局所的最小値があまり正確に限定されていなくても、すなわち、この局所的最小値がルミネッセンス減衰光の強度分布の局所的最小値よりも大きくても、ルミネッセンス励起光とルミネッセンス減衰光とが共通の最大強度を有する場所では、励起阻止光がルミネッセンス励起光とルミネッセンス減衰光とによる発光団の退色を有効に阻止する。ルミネッセンス励起光とルミネッセンス減衰光との共通の最大強度は、ルミネッセンス減衰光の強度分布の局所的最小値に隣接しているのではなく、この局所的最小値からある程度の間隔を置いて位置している。しかし、ルミネッセンス減衰光の強度分布の局所的最小値までのこの間隔の中では、励起阻止光の強度分布の局所的最小値が多少大きい場合でも、発光団は、飽和状態に至るまでその保護状態に変換されているので、ルミネッセンス励起光とルミネッセンス減衰光との共通の高い強度による電子励起とそれによって生じる退色から発光団が保護されている。
【0019】
ルミネッセンス減衰光の強度分布に伴って、高い空間分解能と、最終的には高いコントラストとが実現される場所、すなわち、ルミネッセンス減衰光の強度分布の局所的最小値に隣接している場所では、ルミネッセンス減衰光の絶対強度が、局所的最小値まで大きく離れているところよりも遥かに小さい。従って、ここでは発光団の少なくとも大部分が保護状態にないことが、発光団の退色リスクを大幅に高めることにはならない。
【0020】
これにより、本発明に基づく方法では、従来のSTED法に典型的な発光団の退色という大きな危険を伴わずに、STED走査型蛍光顕微鏡で達成可能な高い空間分解能と高いコントラストとを実現することができる。このために、励起阻止光の強度分布の局所的最小値は、ルミネッセンス減衰光の局所的最小値と同じように小さくなくてもよい。従って、励起阻止光の強度分布の局所的最小値をルミネッセンス減衰光の強度分布の局所的最小値と重ね合わせることもさらに容易になる。すなわち、これらの最小値の中心がある程度のずれていても、励起阻止光の強度分布の局所的最小値がより大きいことでこのずれを補正することができる。
【0021】
本発明に基づく方法では、当然ながら、ルミネッセンス励起光、ルミネッセンス減衰光及び励起阻止光が、異なる波長を有していてもよい。この場合、波長は、それぞれの光によって必ず意図したように発光団を変換、励起または減衰し、その際、その他のどのような移行も生じないように、発光団の吸収スペクトルに関して選択することができる。
【0022】
しかしまた、本発明に基づく方法では、ルミネッセンス減衰光及び励起阻止光が、同じ波長を有していてもよく、これらの光を同時に試料に当てることもできる。すなわち、ルミネッセンス減衰光と励起阻止光は、同じ光であってもよい。発光団として、例えばrsEGFP又はrsEGFP2などの周知の切替え可能な蛍光タンパク質を使用する場合、励起阻止光とルミネッセンス減衰光の共通の波長は、この光の強度分布の最小値以外の場所において、ある程度の第1の確率で発光団を発光不能な保護状態へと切り替えることによって、また、ある程度の第2の確率で放出誘導することによって発光光の放出が阻止されるように選択することができる。このやり方でも、空間分解能を向上させる誘導放出にのみ用いられる純粋なSTED法に比べ、発光団の退色の危険は少なくなる。
【0023】
本発明に基づく方法では、ルミネッセンス励起光が、常に、パルスで試料に当てられる。基本的に、励起阻止光及びルミネッセンス減衰光は、連続的に試料に当てられてもよい。とくに、ルミネッセンス減衰光を連続的に当てる場合は、発光光を、ルミネッセンス励起光の各パルスの後で時間分解能によって記録するのが有利であり、それによって、基本的にSTED法に関する国際特許第2012/069076A1号明細書から知られているように、空間分解能とコントラストとが最大化される。
【0024】
本発明に基づく方法の場合、励起阻止光は、立体配座変化を利用して、発光団を励起可能な電子基底状態から保護状態へと変換することができる。すなわち、発光団は、すでに言及したように、いわゆる切替え可能な発光団であってよい。このとき、この切替え可能な発光団の特性は、発光団の切替え可能性を基礎としているRESOLFT走査型蛍光顕微鏡の場合に要求されるような理想的な空間分解能である必要はない。本発明に基づく方法では、発光団の切替え可能性が、空間分解能を向上させるために利用されるのではなく、少なくとも、ルミネッセンス励起光とルミネッセンス減衰光との共通の高い強度から発光団を保護することを主な目的として用いられる。励起阻止光によって完全ではないものの、発光団のほとんどの部分が保護状態に変換されれば、この保護はすでに大部分が達成される。言い換えれば、本発明に基づく方法の場合、切替え可能な発光団に基づくRESOLFT法では有利に使用できないおそれのある切替え可能な発光団も使用可能である。
【0025】
励起阻止光によってオフに切り替えられる発光団は、詳細には切替え可能な蛍光タンパク質であってもよい。
【0026】
励起阻止光によってオフに切り替えられる発光団は、自然発生的にその保護状態から励起可能な電子基底状態へと戻ることができる。そのような自然発生的な復帰が起こらないか、あるいは不十分な復帰率でしか復帰が起こらない場合は、測定範囲の試料に励起阻止光を当てる前に、励起可能光の強度分布を当てることが有利である。この励起可能光は、少なくともルミネッセンス減衰光の強度分布の局所的最小値の部分で、選択的に発光団を励起可能な電子基底状態に変換する。この変換は、常に全測定範囲で生じる。なぜなら、励起可能光の強度分布は、回折限界があるために強く集光できないからである。
【0027】
しかしながら、本発明に基づく方法は、切替え可能な発光団を使用しなくても実施可能である。例えば、発光団を保護状態に変換するため、保護状態にある発光団がルミネッセンス励起光について少なくとも1つの係数2の分だけ低下した吸収断面積を有するように、励起阻止光が発光団の励起可能な電子基底状態を妨げることもできる。この場合、保護状態は、妨げられている発光団の電子基底状態であり、この状態では、とりわけ発光団の原子の立体配列の障害が、ルミネッセンス励起光との相互作用力及び可能であればルミネッセンス減衰光との相互作用力をも顕著位に低下させる。発光団のそうした電子基底状態の障害は、運動パルス及び/又は振動の伝達によって発生させることができる。そのような運動パルス及び/又は振動は、励起阻止光によって励起されたモジュレータの衝撃緩和から発生するか、あるいは振動緩和から発生するか、又は励起阻止光によって励起されたモジュレータのシス‐トランス異性化からも発生することができる。モジュレータは分子又は化学基であってよく、空間的及び/又は化学的に発光団に連結可能であり、それによって望ましい運動パルスの伝達及び/又は振動の伝達を確実に行えるようにする。
【0028】
発光団が保護状態へと変換される、発光団の電子基底状態の障害は、発光団の電子基底状態における発光団の振動エネルギーの上昇として解釈することもできる。しかしながら、ここで関係しているのは、発光団周辺との熱平衡にあるエネルギー状態ではない。むしろ、発光団のエネルギーは、発光団周辺との熱平衡に比べ、モジュレータから伝達される運動パルス及び/振動によって上昇する。基本状態のこの障害は、保護状態における発光団の望ましい変換に該当するが、運動パルス及び/又は振動のさらなる分子伝達によって発光団とその周辺との間の熱平衡が再び生じると、すぐにまた失われる。障害を受けている電子基底状態の形で保護状態を利用するためには、発光団の電子基底状態の障害が続いている間も、ルミネッセンス励起光と、好ましくはルミネッセンス減衰光とを試料に当てる必要がある。
【0029】
本発明の有利な発展形態は、請求項、明細書及び図に示されている。明細書で示された、特徴及び複数の特徴の組合せの利点は単なる例であって、代替として又は追加的に作用することができ、これらの利点が、必ずしも本発明に基づく実施形態によって達成される必要はない。このことから、添付の請求項の対象を変更することなく、元の出願書類及び特許の開示に関しては次のことが有効である。すなわち、その他の特徴は、とくに図示されている形状及び複数のコンポーネント相互の相対的寸法、並びにそれらの相対的配置及び動作可能な接続が示された図を参照することができる。本発明の様々な実施形態の特徴の組合せ又は様々な請求項の特徴の組合せも、請求項の参照請求項が選択されていたとしても同様に可能であり、これをもって提案される。このことは、個々の図に示されている特徴、又はそれらの説明で言及される特徴にも該当する。これらの特徴は、様々な請求項の特徴と組み合わせることも可能である。同様に、請求項に記載されている、本発明のさらなる実施形態の特徴は廃止することもできる。
【0030】
請求項及び明細書の中で示された特徴は、それらの数に関して、ちょうどこの数又は示された数よりも大きい数があることを意味しており、「少なくとも」という副詞の明確な使用を必要としない。すなわち、例えば1つのエレメントについて言及された場合、このことは、ちょうど1つのエレメント、2つのエレメント又はそれより多いエレメントがあることを意味している。これらの特徴はその他の特徴によって補完されるか、又は唯一の特徴であってよく、それらの特徴からそれぞれの成果が構成される。
【0031】
請求項の中に含まれる符号は、請求項によって保護されている対象の範囲を制限するものではない。これらの符号は、請求項の理解を簡単する目的にのみ使用されている。
【図面の簡単な説明】
【0032】
図1】本発明に基づく、発光団を有する試料構造の高空間分解イメージング方法の工程図である。
図2図1の工程(c)において、ルミネッセンス減衰光を試料に当てた場合の状態を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0033】
以下に、添付の図を用いて本発明をさらに詳しく説明する。
【0034】
本発明に基づく、発光団1を有する試料3の構造2の高空間分解イメージング方法では、図1(a)の試料3が、発光団1を保護状態に変換する励起阻止光4に当てられる。この変換は、試料の測定範囲5を越えて、励起阻止光4の強度分布の局所的最小値6を除いて行われる。この局所的最小値6では、発光団1が、発光のために励起可能な電子基底状態のままである。
【0035】
図1(b)では、局所的最小値6を含む試料3の全測定範囲5がルミネッセンス励起光7に当てられ、この光は、発光団がその保護状態にない限り、発光団1を電子基底状態から励起発光状態へと変換する。このことは、励起阻止光4の局所的最小値6の範囲にある発光団1だけが発光状態に励起されることを意味する。
【0036】
図1(c)では、試料3の測定範囲5がルミネッセンス減衰光8に当てられるが、この場合もまた、ルミネッセンス減衰光8の強度分布の局所的最小値9の例外があり、この部分は、図1(a)の励起阻止光4の局所的最小値6と重なり合っている。このルミネッセンス減衰光8は、その強度分布の局所的最小値9以外の全ての場所で、発光団1を励起発光状態から電子基底状態に変換し直す。このとき、局所的最小値9は、局所的最小値6よりも小さい。すなわち、図1(c)の工程後に、発光団1が発光状態にある場所は、局所的最小値9の位置に依存している。
【0037】
続いて、図1(d)では、測定範囲5の発光光10が記録され、この発光光が、図1(c)のルミネッセンス減衰光8の強度分布の局所的最小値9の位置に割り当てられる。
【0038】
測定範囲5のある試料又は局所的最小値のある試料を走査することにより、試料3における発光団1の濃度分布が検出され、それによって試料の構造2もイメージングされる。この走査を可能にするためには、発光団が励起発光状態からばかりでなく、保護状態からも励起可能な電子基底状態に素早く戻る必要がある。保護状態に関してこのことが当てはまらない場合、図1(a)〜(d)の工程を繰り返す前に、測定範囲5の次の位置又は局所的最小値9の次の位置で測定範囲5の発光団1を励起可能光に当てることができ、この励起可能光は、発光団を選択的に保護状態から励起可能な電子基底状態に変換する。
【0039】
図2には、ルミネッセンス励起光7とルミネッセンス減衰光8の強度分布が図示されるとともに、発光団1が、図1(a)で励起阻止光4を当てられた後も、まだ励起可能な電子基底状態にあること、すなわち、測定範囲5の断面図において、発光団が保護状態にない確率11が図示されている。図1(a)の局所的最小値6以外の全ての場所では、この確率11はほぼゼロに近い小さな値しか有していない。つまり、局所的最小値6の範囲内でのみ、発光団はまだ励起可能な電子基底状態にあり、局所的最小値6以外の全ての場所では、発光団が高い確率で保護状態にある。ルミネッセンス励起光7とルミネッセンス減衰光8の強度分布は、局所的最小値6以外で共通の最大強度を有している。すなわち、共通の最大強度が発光団に当たる場所では、発光団が保護状態にあり、従って発光団が光化学的に退色することはない。確率11がゼロよりも明らかに高い局所的最小値6の範囲内では、ルミネッセンス励起光7の他には、ルミネッセンス減衰光8の僅かな強度だけが発光団に作用しており、この強度は、その絶対最大値より下にある値Imaxを上回ることはない。この僅かな強度は、STEDにとって典型的な、発光団の発光励起状態を局所的最小値9に限定するためには十分な強度であるが、ルミネッセンス励起光7とルミネッセンス減衰光8との共通の高い絶対強度において生じる、STEDにとって典型的な発光団の退色を引き起こすには十分な強度ではない。例えば、本発明に基づく方法では、STED法の高い空間分解能と高いコントラストを達成しながらも、一般的にこれに関連して生じる発光団の退色の危険を甘んじて受け入れる必要もない。
【0040】
ここに示されている、局所的最小値6の周辺における励起阻止光4と励起減衰光8の空間強度分布は、例として示されているに過ぎない。これらの強度分布は、STED走査型蛍光顕微鏡分野で知られているように、全ての空間方向にあらゆる任意の形態をとることができる。
図1(a)】
図1(b)】
図1(c)】
図1(d)】
図2