【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国立研究開発法人日本医療研究開発機構 平成28年度医工連携事業化推進事業「癌の分子標的薬の適応を迅速に決定する装置の開発」、産業技術力強化法第19条の規定の適用を受ける特許出願
【文献】
Sci. Rep.,2016年,pp.6:30064(1-8)
【文献】
Abnova (Procedures for Fluorescent In Situ Hybridization),2013年,pp.1-4
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
サザンハイブリダイゼーション、ノーザンハイブリダイゼーション、インサイチュハイブリダイゼーション、又はDNAマイクロアレイに用いることを特徴とする、請求項1〜3のいずれか1項に記載のハイブリダイゼーション方法。
固形の生体試料中に含有される核酸と、前記核酸に相補的な塩基配列を含む核酸プローブとをハイブリダイズさせることにより、前記核酸を検出するインサイチュハイブリダイゼーション方法において、
A)前記核酸プローブを含む溶液を液滴に形成し、
B)前記液滴に周期的に変動する電界を印加して前記液滴を撹拌する電界撹拌を行いつつ、所定の時間、前記液滴の温度を上昇させた状態とすることで、前記核酸プローブを変性させ、
C)変性した前記核酸プローブと、前記核酸とをハイブリダイズさせる
ことを含むことを特徴とする、インサイチュハイブリダイゼーション方法。
【発明を実施するための形態】
【0016】
1. ハイブリダイゼーション方法
1−1. 本発明のハイブリダイゼーション方法の概要
本発明のハイブリダイゼーション方法は、核酸と、核酸と相補的な塩基配列を含む相補的核酸とをハイブリダイズさせる方法に関するものである。
そして、本発明のハイブリダイゼーション方法は、次のA)〜C)の工程を含むことを特徴とする。
A)相補的核酸を含む溶液を液滴に形成し、
B)液滴に周期的に変動する電界を印加して液滴を振動させる電界撹拌を行いつつ、所定の時間、液滴の温度を上昇させた状態とすることで、相補的核酸を変性させ、
C)変性した相補的核酸と核酸とをハイブリダイズさせる。
【0017】
本発明のハイブリダイゼーション方法の一つの実施形態を
図1に模式的に示す。
図1(A)は、相補的核酸を含む溶液を液滴に形成する前記A)の工程を示す図であり、
図1(B)は、電界撹拌を行うことにより相補的核酸を変性させる前記B)の工程を示す図であり、
図1(C)は、核酸と相補的核酸とをハイブリダイズさせる前記C)の工程を示す図である。
【0018】
図1(A)に示されるように、前記A)の液滴を形成する工程においては、プレート(1)上に、相補的核酸(2)を含む溶液の液滴(3)を形成する。プレート(1)には、撥水フレーム(4)を設けることで、液滴(3)の形成を容易にすることができる。
【0019】
ここで、相補的核酸(2)は、検出目的となる核酸に相補的な塩基配列を有する核酸であり、一本鎖核酸であってもよく、また、さらに相補的な核酸と結合した二本鎖核酸であってもよい。
相補的核酸が一本鎖核酸である場合には、相補的核酸同士が会合して複合体になりやすく、また、自己分子内で塩基同士が会合しやすいため、そのままでは、ハイブリダイゼーションに用いるには好ましくない状態である。また、相補的核酸が二本鎖核酸である場合には、検出目的となる核酸にハイブリダイズすることができない。
このため、相補的核酸(2)は、ハイブリダイゼーションに使用するにあたって、ハイブリダイゼーションに好ましい状態に変性させる必要がある。
【0020】
図1(B)に示されるように、前記B)の相補的核酸を変性させる工程においては、液滴(3)の形成されたプレート(1)を、インサイチュハイブリダイゼーション装置にセットする。インサイチュハイブリダイゼーション装置は、変動電界印加装置を備えており、その変動電界印加装置は、上部電極(5)と下部電極(6)と高圧アンプ(7)とファンクションジェネレータ(8)とを含んで構成されている。プレート(1)をインサイチュハイブリダイゼーション装置にセットした場合に、液滴(3)の上方に上部電極(5)が位置し、プレート(1)の下に下部電極(6)を位置させることができる。そして、ファンクションジェネレータ(8)で発生させた信号を高圧アンプ(7)で昇圧して2つの電極(5,6)に供給することにより、両電極(5,6)間に変動電界が発生する。液滴は偏極するため、液滴の表面にはマイナス電荷(9)が存在しており、また、液滴中に存在する相補的核酸(2)もマイナス電荷を帯びている。したがって、変動電界印加装置により変動電界を発生させると、変動電界の周波数に合わせて液滴が周期的に振動し、また、相補的核酸(2)が液滴(3)内で運動して撹拌される。
ここで、上部電極(5)と液滴(3)との間には空隙が設けられており、また、下部電極(6)と液滴(3)との間にはプレート(1)が存在して絶縁されていることから、2つの電極(5,6)により液滴(3)が通電することはない。
【0021】
図1(B)に示されるように、インサイチュハイブリダイゼーション装置は、さらにペルチェ素子(10)を備えており、液滴(3)を加熱し、又は冷却することができる。
前記B)の工程においては、ペルチェ素子(10)により液滴(3)を加熱し、所定の時間、相補的核酸(2)の融解温度として、相補的核酸(2)の変性を促すことができる。
【0022】
このように、前記B)の工程においては、液滴(3)を電界撹拌しつつ、所定の時間、液滴を加熱して温度が上昇した状態とするので、相補的核酸(2)をハイブリダイゼーションに好ましい状態に効率的に変性させることができる。
相補的核酸が一本鎖核酸の場合には、相補的核酸同士が会合する状態や、相補的核酸の塩基が自己分子内で会合する状態が解消される。また、相補的核酸が二本鎖核酸である場合には、効率的に一本鎖核酸へと変性する。
【0023】
次に、
図1(C)に示されるように、前記C)の工程においては、核酸(11)と相補的核酸(2)とをハイブリダイズさせる。
図1(C)に示されるように、一本鎖に変性させた核酸(11)をメンブレン(12)にトランスファーし、ここのメンブレン(12)を、ハイブリダイゼーションバッファー(13)で満たした容器(14)内に浸漬する。ハイブリダイゼーションバッファー(13)内に、前記B)の工程で変性した相補的核酸(2)を加え、ハイブリダイゼーションに適した温度条件下に、核酸(11)と相補的核酸(2)とをハイブリダイズさせる。
相補的核酸(2)を、例えば、あらかじめ放射性同位体や蛍光色素等で標識しておくことで、目的となる核酸が存在するかどうかをハイブリダイゼーションにより検出することができる。
【0024】
本発明のハイブリダイゼーション方法においては、前記B)の工程により効率的に相補的核酸の変性を行うことができるため、相補的核酸の変性を短時間で行うことができるという効果を奏する。
また、前記B)の工程における変性を十分な時間行った場合には、本発明のハイブリダイゼーション方法で用いる相補的核酸は、ハイブリダイゼーションに好ましい状態へと変性しているため、効率的に核酸とハイブリダイズすることができる。このため、本発明のハイブリダイゼーション方法によれば、検出感度を高め、又は、ハイブリダイゼーションの時間を短縮できるという効果を奏する。
本発明のハイブリダイゼーション方法により、核酸の検出感度が高まることについては、後記実施例2(
図4)においても実証されており、また、ハイブリダイゼーションの時間を短縮するできることについては、後記実施例3(
図5)においても実証されているとおりである。
【0025】
1−2. 本発明のハイブリダイゼーション方法の詳細な説明
本発明において、「核酸」とは、DNA(デオキシリボ核酸)、RNA(リボ核酸)、又はこれらの類縁体である人工核酸をいう。
ここで、人工核酸としては、例えば、糖とリン酸からなるヌクレオチド骨格を修飾した人工核酸、塩基部分を修飾した人工核酸を用いることができる。ヌクレオチド骨格を修飾した人工核酸としては、これらに限定されるわけではないが、例えば、ペプチド鎖を骨格としたペプチド核酸(Peptide Nucleic Acid: PNA)、糖に架橋構造を持たせたロックト核酸(Locked Nucleic Acid: LNA)、ホスホジエステル結合で連結したグリコールを骨格とするグリコール核酸(Glycol Nucleic Acid: GNA)等を挙げることができる。また、塩基部分を修飾した人工核酸としては、これらに限定されるわけではないが、例えば、塩基として、2-アミノ-6-ジメチルアミノプリン、ピリドン-2-オン、2-アミノ-6-(2-チエニル)プリン、ピロロピリジン、メチルイソカルボステリル、アザアデニン、アザグアニン等を用いた人工核酸が挙げられる。
【0026】
核酸は、天然塩基又は人工塩基が配列した塩基配列を有している。そして、これらの塩基は、例えば、A(アデニン)とT(チミン)との塩基対、G(グアニン)とC(シトシン)との塩基対、2-アミノ-6-ジメチルアミノプリンとピリドン-2-オンとの塩基対のように、互いに水素結合により結合することができる相補的な塩基対が存在する。したがって、検出目的となる核酸の塩基と塩基対を形成するような塩基を配列することにより、核酸の塩基配列と相補的な塩基配列を得ることができる。
本発明において、「相補的核酸」とは、核酸の塩基配列と相補的な塩基配列を有する核酸であり、DNA、RNA、又は人工核酸とすることができる。
【0027】
核酸と相補的核酸は、どちらかを検出対象とする核酸(ターゲット)とし、もう一方を、その核酸を検出するための核酸(プローブ)として、ハイブリダイゼーションに用いることができる。また、核酸と相補的核酸の相同性を検出する目的や、核酸と相補的核酸の発現量を比較する目的で、ハイブリダイゼーションを行うこともできる。
核酸や相補的核酸は、生体から抽出することに得ることができ、また、人工的に合成することもでき、天然由来の核酸を増幅して得ることもできる。
例えば、核酸として生体から抽出された核酸を用いて、これをターゲットとし、相補的核酸として人工的に合成した核酸を用いて、これをプローブとすることができる。逆に、核酸として人工的に合成した核酸を用いて、これをプローブとし、相補的核酸として生体から抽出された核酸を用いて、これをターゲットとすることもできる。
【0028】
相補的核酸をプローブとして用いるためには、標識を付けることが好ましい。
標識としては、これらに限定されるわけではないが、例えば、蛍光色素、蛍光タンパク質等の蛍光標識、ペルオキシターゼ、アルカリフォスターゼ等の酵素標識、
32Pを有するリン酸等の放射性標識等を用いることができる。
また、核酸に蛍光色素を標識し、相補的核酸にクエンチャーを標識して、両者がハイブリダイズした場合の消光を検出する方法のように、核酸と相補的核酸の両方を標識することもできる。
【0029】
本発明のハイブリダイゼーション方法は、A)相補的核酸を含む溶液を液滴に形成する工程を含んでいる。これにより、相補的核酸を含む溶液を電界撹拌することが可能となる。
液滴の量は、通常、0.1μl〜1000mlの範囲である。特許文献8(特開2016−144422号公報)に記載されている液滴形成用シャーレを用いれば、大容量の液滴を形成することができ、また、特許文献9(特開2016−144780号公報)に記載されている反応デバイスを用いれば、微小な液滴を形成することができる。スライドガラス等のプレートの上に液滴を形成する場合には、特許文献3(特開2014−160060号公報)に記載されているような撥水フレームを設けることにより、液滴底面の径寸法のばらつきを抑制することができ、液滴内空間を均一化することができる。
液滴を振動しやすくするためには、中央が盛り上がったドーム形状の液滴とすることが好ましい。
【0030】
本発明のハイブリダイゼーション方法は、B)液滴に周期的に変動する電界を印加して液滴を撹拌する電界撹拌を行いつつ、所定の時間、液滴の温度を上昇させた状態として、相補的核酸を変性させる工程を含んでいる。
ここで、液滴に変動電界を印加して液滴の撹拌を行う方法の一例を、
図2に模式的に示す。
図2(A)は、上部電極に正の電圧が供給され、下部電極に負の電圧が供給された状態を示し、
図2(B)は、上部電極に負の電圧が供給され、下部電極に正の電圧が供給されて、電界の向きが反転した状態を示す。
【0031】
図2(A)に示されるように、変動電界印加装置は、上部電極(5)と下部電極(6)と高圧アンプ(7)とファンクションジェネレータ(8)とを含んで構成されている。この変動電界印加装置は、ファンクションジェネレータ(8)で発生させた信号を高圧アンプ(7)で昇圧させ、その電圧を上部電極(5)と下部電極(6)に供給する。
ファンクションジェネレータ(8)で発生させた信号は、周期的に変化する信号であり、上部電極(5)と下部電極(6)に供給する電圧の大きさと符号が周期的に変化する。
【0032】
図2(A)に示されるように、上部電極(5)に正の電圧が供給されるときには、下部電極(6)には、上部電極(5)とは符号が逆の電圧が供給されるため、上部電極(5)にプラス電荷(15)が蓄積する一方、下部電極(6)にはマイナス電荷(16)が蓄積する。これにより、上部電極(5)から下部電極(6)に向かう電気力線を有する電界が発生している。この電界の中で、液滴(3)が持つマイナス電荷(9)には、上部電極(5)に蓄積したプラス電荷(15)に向かう方向にクーロン力が働く。また、液滴(3)が持つマイナス電荷(9)には、下部電極(6)に蓄積したマイナス電荷(16)と反発する方向にクーロン力が働く。これにより、液滴(3)は、上部に大きく引きつけられ、盛り上がった形状となっている。
一方、
図2(B)に示されるように、上部電極(5)に負の電圧が供給され、下部電極(6)に正の電圧が供給されるときには、上部電極(5)にマイナス電荷(16’)が蓄積し、下部電極(6)にプラス電荷(15’)が蓄積する。これにより、下部電極(6)から上部電極(5)に向かう方向に電界が発生している。この電界の中で、液滴(3)が持つマイナス電荷(9)には、上部電極(5)に蓄積したマイナス電荷(16’)と反発する方向にクーロン力が働くとともに、下部電極(6)に蓄積したプラス電荷(15’)に向かう方向にクーロン力が働く。これにより、液滴(3)は、下方向につぶされて、平たい形状となる。
【0033】
上部電極(5)と下部電極(6)に供給する電圧の大きさと符号が周期的に変化し、
図2(A)の状態と
図2(B)の状態の間を周期的に往復することとなるため、液滴(3)はこの周期に従って振動することになる。
この液滴の周期的な振動により、液滴内部の液体は撹拌される。液滴の振幅は小さいが、液滴の振動の速度(周波数)は大きいため、液滴を効率よく撹拌することができる。
【0034】
前記B)の工程で印加する「周期的に変動する電界」とは、液滴を撹拌できるものであればどのような電圧、周期、波形の条件であってもよい。印加する変動電界の電圧は、液滴の大きさにより異なるが、十分に撹拌効果を生じさせるためには、0.35〜2.5kv/mmとするのが好ましい。また、印加する変動電界を発生させるための信号は、0.1〜800Hzとするのが好ましい。印加する変動電界を発生させるための信号は、方形波、正弦波、三角波、ノコギリ波などを使用することができるが、撹拌効率を高めるためには、瞬間的な変化の大きい方形波を用いるのが好ましい。また、液滴に波を生じさせるような動きにより撹拌を行う場合には、正弦波を用いることが好ましい。変動電界を発生させるための信号は、プラスとマイナスの間を反転する波形とすることもできるが、プラス側に偏って周期的に変化する波形を用いることもでき、また、マイナス側に偏って周期的に変化する波形を用いることもできる。
【0035】
前記B)の工程で、所定の時間、液滴の温度を上昇させた状態とする際には、液滴を相補的核酸の融解温度の近傍まで上昇させた状態とすることが好ましい。ここで、「融解温度」とは、核酸が二本鎖構造から一本鎖構造に変化する温度であり、核酸の紫外線吸収量の急激な変化が観測される温度である。
本発明においては、通常、液滴の温度を60〜100℃に上昇させた状態とする。
また、「所定の時間」とは、相補的核酸を変性させるのに十分な時間とする必要があるが、加熱により液滴が蒸発してしまうことや、核酸等にダメージを与えることがあるため、できるだけ短い時間とすることが好ましい。本発明においては、電界撹拌を行うことにより効率的に相補的核酸を変性させることができるため、この所定の時間を1〜5分間へと短縮することができる。
【0036】
液滴は、油性の被覆液で被覆して蒸発を防ぐことができる。油性の被覆液としては、特許文献10(特許第6026027号)に記載されているように、0.7〜18.6mPa・sの低粘度の油性の被覆液を用いることが好ましく、具体的には、流動パラフィン、スクアレン、脂肪酸類等を用いることができる。
【0037】
本発明のハイブリダイゼーション方法は、C)変性した相補的核酸と核酸とをハイブリダイズさせる工程を含んでいる。
ここで、ハイブリダイズとは、核酸の塩基と、相補的核酸の塩基とが水素結合により結合し、核酸と相補的核酸とが複合体を形成することである。ここで、核酸についても、あらかじめ変性しておくことが好ましい。
【0038】
本発明のハイブリダイゼーション方法においては、前記A)の工程で形成した液滴が、核酸に接触しているか核酸を含んでおり、
前記C)において、電界撹拌を継続しつつ、液滴の温度を低下させることで、相補的核酸と核酸とをハイブリダイズさせることが好ましい。
【0039】
すなわち、本発明は、好ましい態様として、次のA)〜C)の工程を含むハイブリダイゼーション方法を提供する。
A)相補的核酸を含む溶液を核酸と接触するように液滴に形成し、又は、相補的核酸と核酸を含む溶液を液滴に形成し、
B)液滴に周期的に変動する電界を印加して液滴を撹拌する電界撹拌を行いつつ、所定の時間、液滴の温度を上昇させた状態とすることで、相補的核酸を変性させ、
C)電界撹拌を継続しつつ、液滴の温度を低下させることで、変性した相補的核酸と核酸とをハイブリダイズさせる。
【0040】
かかる態様のハイブリダイゼーション方法によれば、B)の変性工程とC)のハイブリダイゼーション工程とを連続的に行うことができるため、時間を短縮することが可能になるという効果を奏する。また、C)のハイブリダイゼーションの工程においても電界撹拌を行うため、ハイブリダイゼーションの効率を高めて、検出感度を高めることができ、又はハイブリダイゼーションの時間を短縮することができるという効果を奏する。
【0041】
本発明のハイブリダイゼーション方法は、サザンハイブリダイゼーション、ノーザンハイブリダイゼーション、インサイチュハイブリダイゼーション、及びDNAマイクロアレイにも用いることができる。
サザンハイブリダイゼーションは、サザンブロッティングとも呼ばれる方法であり、電気泳動により分離したDNAを、そのDNAと相補的な塩基配列を有する核酸プローブにより検出する方法である。具体的には、生体から抽出したDNAを制限酵素で切断した後、ゲル電気泳動で分離し、DNAを一本鎖にするためにアルカリ変性した後、メンブレンにトランスファーする。そして、検出目的となるDNAに相補的なDNAを標識したもの(核酸プローブ)を、あらかじめ融解温度に加熱して二本鎖の状態から一本鎖の状態へと変性させた上で、メンブレン上のDNAとハイブリダイズさせることで、目的のDNAを検出する方法である。
本発明によれば、サザンハイブリダイゼーションに用いる核酸プローブを効率的に変性させることができる。
【0042】
ノーザンハイブリダイゼーションは、ノーザンブロッティングとも呼ばれる方法であり、サザンハイブリダイゼーションと同様の手法を用いてRNAを検出する方法である。具体的には、生体から抽出したRNAを、変性条件下にゲル電気泳動により分離して、メンブレンにトランスファーする。そして、検出目的となるRNAに相補的な核酸を標識したもの(核酸プローブ)を用いて、メンブレン上のRNAとハイブリダイズさせることで、目的のRNAを検出する方法である。
本発明によれば、ノーザンハイブリダイゼーションに用いる核酸プローブを効率的に変性させることができる。
インサイチュハイブリダイゼーションは、生体組織の切片等の固形の生体試料中に含有される核酸を、抽出することなく、その核酸が本来存在する場所で、核酸プローブにより検出する方法である。
本発明によるインサイチュハイブリダイゼーション方法については、後記3.で詳細に説明する。
【0043】
DNAマイクロアレイは、DNAチップとも呼ばれるものであり、縦横に区画された基板上に、様々なDNA断片を高密度に整列して配置したものである。例えば、3万から4万あるヒトの遺伝子のDNAを、遺伝子ごとに整列して一枚の基板上に固定し、ヒトの細胞から抽出したmRNAを逆転写したcDNAをターゲットとして、両者をハイブリダイゼーションすることにより、ヒトの細胞内で発現している遺伝子の情報を網羅的に得ることができる。
本発明によれば、DNAマイクロアレイで用いるcDNA等のターゲットを効率的に変性させることができる。
【0044】
2. ハイブリダイゼーションキット
本発明のハイブリダイゼーションキットは、核酸と、核酸と相補的な塩基配列を有する相補的核酸とをハイブリダイズさせるために使用するキットであり、説明書と、相補的核酸とを含むキットである。
そして、その説明書には、
A)相補的核酸を含む溶液を液滴に形成し、
B)液滴に周期的に変動する電界を印加して液滴を撹拌する電界撹拌を行いつつ、所定の時間、液滴の温度を上昇させた状態とすることで、相補的核酸を変性させ、
C)変性した相補的核酸と核酸とをハイブリダイズさせる
ことを含むハイブリダイゼーション方法が記載されている。
【0045】
ここで、説明書に記載するハイブリダイゼーション方法については、前記1.で説明したような詳細な条件を記載することもできる。
また、キットに含まれる相補的核酸については、前記1.で説明した相補的核酸を用いることができる。
【0046】
キットに含まれる相補的核酸は、バッファー溶液に溶解された状態でもよく、また、乾燥された状態でもよい、
バッファー溶液については、相補的核酸を安定に溶解することができ、相補的核酸が変性することを不可能にしない組成となっていれば、どのような溶液であってもよい。例えば、これらに限定されるわけではないが、トリス塩酸を溶解したバッファーや、トリス塩酸とEDTAを溶解したTEバッファーを用いることができる。
【0047】
3. インサイチュハイブリダイゼーション方法
3−1. 本発明のインサイチュハイブリダイゼーションの概要
本発明のインサイチュハイブリダイゼーション方法は、固形の生体試料中に含有される核酸と、核酸に相補的な塩基配列を有する核酸プローブとをハイブリダイズさせることにより、固形の生体試料中に含有される核酸を検出する方法に関するものである。
【0048】
インサイチュハイブリダイゼーション方法によれば、生体組織の切片や細胞の塗抹等の固形の生体試料中に含有される核酸を、抽出することなくそのまま、その核酸が本来存在する場所で検出することができる。このため、インサイチュハイブリダイゼーション方法によれば、組織内での遺伝子発現の局在を観察することや、染色体上の遺伝子の数をカウントすることや、染色体の転座を検出することが可能となる。
【0049】
本発明のインサイチュハイブリダイゼーション方法は、次のA)〜C)の工程を含むことを特徴とする。
A)核酸プローブを含む溶液を液滴に形成し、
B)液滴に周期的に変動する電界を印加して液滴を撹拌する電界撹拌を行いつつ、所定の時間、液滴の温度を上昇させた状態とすることで、核酸プローブを変性させ
C)変性した核酸プローブと、核酸とをハイブリダイズさせる。
【0050】
本発明のハイブリダイゼーション方法は、前記A)の工程において、固形の生体試料を覆うように液滴を形成し、
前記C)の工程において、電界撹拌を継続しつつ、液滴の温度を低下させることで、核酸プローブと核酸とをハイブリダイズさせることが好ましい。
【0051】
すなわち、本発明は、好ましい態様として、次のA)〜C)の工程を含むインサイチュハイブリダイゼーション方法を提供する。
A)固形の生体試料を覆うように、核酸プローブを含む溶液を液滴に形成し、
B)液滴に周期的に変動する電界を印加して液滴を撹拌する電界撹拌を行いつつ、所定の時間、液滴の温度を上昇させた状態とすることで、核酸プローブを変性させ、
C)電界撹拌を継続しつつ、液滴の温度を低下させることで、変性した核酸プローブと核酸とをハイブリダイズさせる。
【0052】
本発明のハイブリダイゼーション方法の一つの実施形態を
図3に模式的に示す。
図3(A)は、核酸プローブを含む溶液を液滴に形成する前記A)の工程を示し、
図3(B)は、電界撹拌を行うことにより核酸プローブを変性させる前記B)の工程を示し、
図3(C)は、核酸と核酸プローブとをハイブリダイズさせる前記C)の工程を示す。
【0053】
図3(A)に示されるように、前記A)の液滴を形成する工程においては、プレート(1)上に裁置された固形の生体試料(17)を覆うように、核酸プローブ(2)を含む溶液の液滴(3)を形成する。プレート(1)には、撥水フレーム(4)を設けることで、液滴(3)の形成を容易にすることができる。
【0054】
核酸プローブ(2)は、検出目的となる核酸に相補的な塩基配列を有する核酸である。核酸プローブには、蛍光色素や発色酵素等の標識を付けることができる。核酸プローブは、一本鎖核酸であってもよく、また、さらに相補的な核酸と結合した二本鎖核酸であってもよい。
図3(A)では、核酸プローブ(2)が一本鎖核酸である場合を示すが、核酸プローブ(2)同士が会合して複合体になりやすく、また、自己分子内で塩基同士が会合しやすいため、そのままでは、ハイブリダイゼーションに用いるには好ましくない状態である。
また、核酸プローブが二本鎖核酸である場合には、検出目的となる核酸にハイブリダイズすることができない。
このため、核酸プローブ(2)は、ハイブリダイゼーションに使用するにあたって、ハイブリダイゼーションに好ましい状態に変性させる必要がある。
【0055】
図3(B)に示されるように、前記B)の核酸プローブを変性させる工程においては、液滴(3)の形成されたプレート(1)を、インサイチュハイブリダイゼーション装置にセットする。インサイチュハイブリダイゼーション装置は、変動電界印加装置を備えており、その変動電界印加装置は、上部電極(5)と下部電極(6)と高圧アンプ(7)とファンクションジェネレータ(8)とを含んで構成されている。プレート(1)をインサイチュハイブリダイゼーション装置にセットした場合に、液滴の上方に上部電極(5)が位置し、プレート(1)の下に下部電極(6)を位置させることができる。そして、ファンクションジェネレータ(8)で発生させた信号を高圧アンプ(7)で昇圧して2つの電極(5,6)に供給することにより、両電極(5,6)間に変動電界が発生する。液滴は偏極するため、液滴の表面にはマイナス電荷(9)が存在しており、また、液滴中に存在する核酸プローブ(2)もマイナスの電荷を帯びている。したがって、変動電界印加装置により変動電界を発生させると、変動電界の周波数に合わせて液滴が周期的に振動し、また、核酸プローブ(2)が液滴(3)内で運動して撹拌される。
【0056】
図3(B)に示されるように、インサイチュハイブリダイゼーション装置は、さらにペルチェ素子(10)を備えており、液滴(3)を加熱し、又は冷却することができる。
前記B)の工程においては、ペルチェ素子(10)により液滴(3)を加熱し、所定の時間、核酸プローブ(2)の融解温度として、核酸プローブ(2)の変性を促すことができる。
【0057】
このように、前記B)の工程においては、液滴(3)を電界撹拌しつつ、所定の時間、液滴を加熱して温度が上昇した状態とするので、核酸プローブ(2)をハイブリダイゼーションに好ましい状態に効率的に変性させることができる。
核酸プローブが一本鎖核酸の場合には、核酸プローブ同士が会合する状態や、核酸プローブの塩基が自己分子内で会合する状態が解消される。また、核酸プローブが二本鎖核酸である場合には、効率的に一本鎖核酸へと変性する。
さらに、前記B)の工程においては、固形の生体試料(17)中に含有される核酸(11)についても同時に変性させることができる。
【0058】
次に、
図3(C)に示されるように、前記C)の工程においては、変性した核酸プローブ(2)と、固形の生体試料(17)中に含まれる核酸(11)とをハイブリダイズさせる。前記C)の工程は、前記B)の電界撹拌を継続しつつ、ペルチェ素子(10)により液滴(3)を冷却することで行うことができる。液滴(3)の温度を低下させると、核酸と核酸プローブとが複合体を形成しやすい状態となり、ハイブリダイズさせることができる。
核酸プローブ(2)を、例えば、蛍光色素や発色酵素等で標識しておくことで、検出目的となる核酸の存在を顕微鏡観察することが可能となる。
【0059】
本発明のインサイチュハイブリダイゼーション方法においては、前記B)の工程により効率的に核酸プローブの変性を行うことができるため、核酸プローブの変性を短時間で行うことができるという効果を奏する。
また、前記B)の工程における変性を十分な時間行った場合には、本発明のインサイチュハイブリダイゼーション方法で用いる核酸プローブは、ハイブリダイゼーションに好ましい状態へと変性しているため、効率的に固形の生体試料中に含有される核酸とハイブリダイズすることができる。このため、本発明のインサイチュハイブリダイゼーション方法によれば、核酸の検出感度を高め、又は、ハイブリダイゼーションの時間を短縮できるという効果を奏する。
本発明のインサイチュハイブリダイゼーション方法により、核酸の検出感度が高まることについては、後記実施例2においても実証されており、また、ハイブリダイゼーションの時間を短縮するできることについては、後記実施例3においても実証されているとおりである。
【0060】
また、
図3に示す実施形態のように、前記A)の工程において、固形の生体試料を覆うように液滴を形成し、前記C)の工程において、電界撹拌を継続しつつ、液滴の温度を低下させることで、核酸プローブと核酸とをハイブリダイズさせる場合には、B)の変性工程とC)のハイブリダイゼーション工程とを連続的に行うことができるため、時間を短縮することができるという効果を奏する。また、ハイブリダイゼーションの段階でも電界撹拌を行うため、ハイブリダイゼーションの効率を高めて、検出感度を高めることができ、又はハイブリダイゼーションの時間を短縮することができるという効果を奏する。
【0061】
3−2. 本発明のインサイチュハイブリダイゼーション方法の詳細な説明
本発明において「固形の生体試料」とは、生物の器官、生体組織、細胞、それらの一部、又はそれらの切片などの、固形状の生体試料を意味する。固形の生体試料としては、生体組織の切片のように生体組織の形態を維持したものだけでなく、培養した細胞や血液、微生物等を固形剤を用いてブロック状又はシート状にしたものや、細胞や血液等をスライドガラスに塗抹したもののように、人工的に固形化した生体試料を用いてもよい。
特に、骨髄液や血液をスライドガラスに塗抹した試料や、骨髄液や血液を固形剤でセルブロックとした試料を用いてインサイチュハイブリダイゼーションを行うことにより、白血病の病理診断を行うことができる。
【0062】
本発明で使用する固形の生体試料は、化学的あるいは物理的に固定されたものを用いてもよく、また、固定されていないものを用いてもよい。化学的な固定としては、これらに限定されるわけではないが、例えば、ホルムアルデヒド、グルタールアルデヒド、スベリミド酸ジメチル二塩酸塩、四酸化オスミウム等を、生体組織や細胞に浸潤させ、生体組織・細胞内の高分子物質を架橋することによって不動化する方法がある。
また、物理的な固定としては、これらに限定されるわけではないが、例えば、煮沸やマイクロウェーブ照射による熱凝固や、凍結により生体組織・細胞内の高分子物質を不動化する方法がある。また、これらを組み合わせ、例えば、固形の生体試料を急速凍結後に、ホルマリン/アセトン中で置換固定したものであってもよい。
【0063】
病理診断で使用する血液、骨髄液、体腔液、尿などの液状検体の固定には、95%エタノールやメタノールを固定液として使用することができる。さらに追加固定としてカルノア液やユフィックス(サクラファインテック社製)を好適に用いることができる。さらに、近年、婦人科の細胞診において報告様式の統一化、判定の標準化を目的にベセスダシステムが導入された。これを受けて、手技の統一化、標準化目的のために子宮頚部擦過細胞診において液状化細胞診(LBC)が急速に普及してきた。この標準化された手法では、擦過したブラシをLBC溶液中で撹拌し、これを遠心分離またはフィルタによる濾過により、溶液中に含まれる細胞を集めてこれをスライドガラスに塗抹することにより、細胞などの固形物の生態試料を作製する。また、婦人科領域以外にも例えば体腔液穿刺後の針洗浄、乳腺穿刺後の針洗浄など、主に穿刺吸引細胞診においてこのLBC溶液を使って針を洗浄し、同様の処理でスライドガラスに塗抹後、パパニコロウ染色を行い細胞を観察する。このLBC溶液によって塗抹された標本にそのままFISHを行ってもよく、固定液を加える事により固定を行ってもよい。この場合にもカルノア液やユフィックス(サクラファインテック社製)を好適に用いることができる。
その他、固形の生体試料に対しては、抗原賦活化等の処理を行ってもよい。
【0064】
通常、器官や生体組織の一部又はセルブロックを固形の生体試料とする場合、そのままの大きさで顕微鏡観察することが難しいため、ある程度の厚さの切片を作製する。切片の作製方法としては、これらに限定されるわけではないが、例えば、固形の生体試料をOCTコンパウンド等の凍結組織包埋剤に包埋し、凍結してから凍結ミクロトームにて薄切りする方法や、固形の生体試料を凍結せずにそのまま振動式ミクロトーム等により薄切りする方法や、固形の生体試料をパラフィンに包埋し冷却して硬くした後に、ミクロトームにて薄切りする方法などがある。
【0065】
固形の生体試料に対しては、細胞表面のコラーゲン等を分解するために酵素処理や化学処理を行うことができる。酵素処理には、例えば、ペプシン等のタンパク質分解酵素を用いることができ、また、化学処理には、例えば、界面活性剤や有機溶媒を用いることができる。
【0066】
本発明のインサイチュハイブリダイゼーションにおいて検出目的とする「核酸」としては、染色体上に存在するDNAや、核及び細胞質に存在するmRNAを対象とすることができる。これらのDNAやmRNAに相補的な配列を有する核酸プローブを使用することにより、染色体上のDNAや、核及び細胞質に存在するmRNAを検出することができる。
染色体上のDNAを検出する方法では、DNA断片が染色体に存在するか否かを検出できるとともに、そのコピー数も知る事ができ、さらに、染色体の転座を検出することもできる。また、mRNAを検出する方法では、細胞におけるmRNAの発現分布や発現強度を知ることができる。
【0067】
インサイチュハイブリダイゼーションによる検出は、蛍光標識を使用するFISH(Fluorescence in situ hybridization)や、酵素標識を使用するCISH(Chromogenic in situ hybridization)が知られており、また、放射性標識を用いることもできる。
プローブに使用する核酸としては、これらに限定されるわけではないが、例えば、合成オリゴDNA、一本鎖RNA、二本鎖cDNA、一本鎖cDNAや、人工核酸等を使用することができる。人工核酸については、前記1−2.に記載したものを使用することができる。
【0068】
核酸プローブは、蛍光標識、酵素標識、放射性標識等を核酸プローブに直接連結して標識することができる。また、核酸プローブにハプテン物質を連結して、蛍光標識、酵素標識等を連結したハプテン認識抗体等を用いて、間接的に核酸プローブを標識することもできる。
ハプテン物質としては、ジゴキシゲニン、T−Tダイマー、ジニトロフェニル等を用いることができる。複数種類の核酸プローブを、それぞれ異なるハプテン物質で標識することにより、同時に複数種類の遺伝子を検出することも可能である。
【0069】
本発明のインサイチュハイブリダイゼーションのA)の工程における、液滴の量や、液滴の形成方法については、前記1−2.で詳細に説明したとおりである。
また、本発明のインサイチュハイブリダイゼーションのB)の工程における、
液滴の温度や、変性を行う時間については、前記1−2.で詳細に説明したとおりである。
【0070】
図3に示す実施形態のように、前記C)の工程において、電界撹拌を継続しつつ、液滴の温度を低下させることで、核酸プローブと核酸とをハイブリダイズさせる場合には、液滴の温度を、核酸プローブの融解温度よりも数℃程度以上低い温度とすることが好ましい。ハイブリダイゼーションを行うための液滴の温度は、通常20〜70℃である。液滴の温度を低下させるには、冷却装置を用いてもよく、また、液滴を自然に冷却させてもよい。
また、本発明のインサイチュハイブリダイゼーション方法においては、
図3に示す実施形態とは別の実施形態として、核酸プローブを含む溶液を固形の生体試料とは分離した状態で液滴として、電界撹拌を行いつつ、所定の時間液滴の温度を上昇させた状態とすることで、核酸プローブの変性を行うこともできる。このように、核酸プローブを含む溶液を固形の生体試料とは別途に変性させた後、固形の生体試料と接触させてハイブリダイゼーションを行うことができる。
本発明のインサイチュハイブリダイゼーション方法において、ハイブリダイゼーションを行った後には、例えば、界面活性剤を加えるとともに低い塩濃度としたバッファーを用いて洗浄を行うことにより、非特異的なシグナルを除去することが好ましい。
【0071】
4. インサイチュハイブリダイゼーションキット
本発明のインサイチュハイブリダイゼーションキットは、固形の生体試料中に含有される核酸と、核酸と相補的な塩基配列を有する核酸プローブとをハイブリダイズさせることにより、核酸を検出するために使用するキットであり、説明書と、核酸プローブとを含むキットである。
そして、その説明書には、
A)固形の生体試料を覆うように、核酸プローブを含む溶液を液滴に形成し、
B)液滴に周期的に変動する電界を印加して液滴を撹拌する電界撹拌を行いつつ、所定の時間、液滴の温度を上昇させた状態とすることで、核酸プローブを変性させ、
C)電界撹拌を継続しつつ、液滴の温度を低下させて、核酸と核酸プローブとをハイブリダイズさせる
ことを含むインサイチュハイブリダイゼーション方法が記載されている。
【0072】
ここで、説明書に記載するインサイチュハイブリダイゼーション方法については、前記1.及び2.で説明したような詳細な条件を記載することもできる。
また、キットに含まれる核酸プローブについては、前記1.及び2.で説明した核酸プローブを用いることができる。
【0073】
キットには、さらに、核酸プローブを溶解するためのバッファー溶液を含ませることができる。かかるバッファー溶液は、前記A)〜C)の工程で連続的に使用されるバッファーであるため、核酸プローブを安定に溶解するだけでなく、核酸プローブの変性とハイブリダイゼーションに使用できるバッファー溶液とする必要がある。このようなバッファー溶液としては、例えば、これらに限定されるわけではないが、ホルムアミド、硫酸デキストラン、クエン酸ナトリウム、塩化ナトリウム等を溶解したバッファーを用いることができる。
【0074】
5. インサイチュハイブリダイゼーション装置
本発明のインサイチュハイブリダイゼーション装置は、固形の生体試料中に含有される核酸と、核酸に相補的な塩基配列を含む核酸プローブとをハイブリダイズさせることにより、核酸を検出するために使用する装置に関するものである。
本発明のインサイチュハイブリダイゼーション装置は、
固形の生体試料を裁置するための試料台と、
固形の生体試料を覆うように形成された核酸プローブを含む溶液の液滴に、周期的に変動する電界を印加するための、変動電界印加装置と、
電界撹拌を行いつつ液滴を加熱して核酸プローブを変性させるために使用する加熱装置と、
液滴を冷却して核酸と核酸プローブをハイブリダイズさせるために使用する冷却装置と
を含むことを特徴とする。
【0075】
本発明のインサイチュハイブリダイゼーション装置で使用する「変動電界印加装置」としては、変動する電界を印加することができる装置であれば、どのような装置を用いてもよく、例えば、これらに限定されるわけではないが、電圧アンプと、電圧アンプに信号を供給するファンクションジェネレータと、電圧アンプにより発生した変動電圧を供給されて電界を発生させる電極とを有する装置を用いることが好ましい。このような構成を有する装置は、前記1.で説明したような動作により変動電界を液滴に印加することができる。
【0076】
本発明のインサイチュハイブリダイゼーション装置で使用する「加熱装置」や「冷却装置」は、液滴を加熱し、又は冷却できる装置であれば、どのような装置を用いてもよく、加熱装置と冷却装置を兼ねるペルチェ素子を用いた装置であってもよい。
また、本発明のインサイチュハイブリダイゼーション装置は、液滴又はその周囲の温度を測定する温度計と、温度計の計測結果と設定温度に基づき加熱装置と冷却装置を制御する制御回路とを有することが好ましい。
【0077】
以下、実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例1】
【0078】
(本発明の方法を用いたインサイチュハイブリダイゼーション)
1) APL(急性前骨髄性白血病)の患者由来であるNB-4細胞株を、ライプニッツ研究所のDSMZ-German Collectionから入手した。この細胞株の浮遊液10mlを3500rpm、3分間遠心分離して、沈渣をスライドガラスに塗抹・風乾し、ユフィックス(サクラファインテックジャパン社製)で10分間固定した。これにより、APL患者由来の細胞標本を作成した。
【0079】
2) 作成した細胞標本に対して、電界撹拌装置と市販の試薬を用いて、独自に開発した以下のプロトコルにより、インサイチュハイブリダイゼーションを行った。
まず、前記1)で作成した細胞標本を蒸留水を用いて洗浄・浸漬し、細胞試料の前処理として次の処理を行った。最初に、Dako Histology FISH Accessory Kit(Agilent Technologies社販売)のDako Pre-Treatment Solutionを用い、温浴槽を用いて液温を95℃として、細胞標本を10分間処理した。次に、蒸留水中に浸漬し、蒸留水を3回交換し洗浄した。Dako Histology FISH Accessory KitのDako Pepsin Solutionを滴下して、加熱装置を用いて37℃に上昇した電界撹拌装置の試料台に載置し、1分間、ペプシンによりタンパク質分解を行った。ペプシン処理を行った細胞標本を蒸留水を用いて洗浄・浸漬し、100%エタノールへの浸漬を3回行った上で、風乾させた。
【0080】
3) 次にハイブリダイゼーションに用いる核酸プローブの調整を行った。RARA遺伝子に対して相補的な塩基配列を有する一本鎖DNAを緑色の蛍光色素で標識した核酸プローブ(SureFISH RARA DF 1060kb, Green, Human Chr17、Agilent Technologies社製)と、PML遺伝子に対して相補的な塩基配列を有する一本鎖DNAを橙赤色の蛍光色素で標識した核酸プローブ(SureFISH PML DF 450kb,Orange-Red,Human Chr15)とを、Agilent IQFISH Fast Hybridization Buffer(Agilent Technologies社製)を用いて10倍に希釈し、核酸プローブハイブリダイゼーションミックスを作成した。
【0081】
4) 前記2)の前処理を行った細胞標本のスライドガラスに、直径1cmの穴を空けたスライドガラスラベル(SLS/E-barラベルII:ロシュ・ダイアグノスティックス社)を貼付して液滴を形成するためのフレームとした。この細胞標本を電界撹拌装置の試料台に裁置し、細胞標本を覆うように、前記3)で調整した核酸プローブハイブリダイゼーションミックスを10μl注入して液滴を形成した。液滴には、さらに低粘度の流動パラフィン(ハイコール、カネダ社製)を40μl加えて、蒸発を防ぐオイルカバーを行った。
5) 前記4)で形成した液滴に、加熱装置を用いて電界撹拌装置の試料台が80℃に上昇後、間隔が5.5mmの対電極を用いて、4.5kv、15Hzの変動電界を印加して電界撹拌を行い3分間保持し、核酸プローブの変性を行った。
6) 前記5)の変性後、電界撹拌を一旦止め、電界撹拌装置の試料台が45℃まで冷却後、液滴の温度を45℃に低下させて、間隔が5.2mmの対電極を用いて、4.5kv、15Hzの変動電界を印加して電界撹拌を行いつつ5分間保持し、細胞標本中の染色体DNAと核酸プローブとのハイブリダイゼーションを行った。
【0082】
7) 電界撹拌終了後、細胞標本上に滴下した流動パラフィンと核酸プローブハイブルダイゼーションミックスをピペットなどを用いてできるだけ吸い取り、0.1%のTween20を加えた2×SSC(NaCl 0.3M、クエン酸ナトリウム 0.03M)に、前記6)の処理をした細胞標本を浸漬した。そして、0.3%のTween20を加えた2×SSCを温浴槽を用いて73℃に加温して、細胞標本を2分間浸漬した。さらに、細胞標本を、蒸留水に浸漬した後に、風乾させた。
8) 風乾させた細胞標本にDAPIを滴下して核染色を行い、マニキュアで封入した。
9) 封入した細胞標本を、蛍光顕微鏡で観察した。APLの患者由来のNB-4細胞では、15番染色体と17番染色体との間で転座が生じることから、緑色のシグナル(RARA遺伝子)と橙赤色のシグナル(PML遺伝子)が、細胞の核の同一の箇所で融合した黄色のシグナルとして検出された。
【0083】
前記1)〜9)のインサイチュハイブリダイゼーション全工程を1時間以内に行うことができた。特に、通常のインサイチュハイブリダイゼーションで最も時間を要する6)の工程をわずか5分で行うことができた。一方、通常のインサイチュハイブリダイゼーション方法は、数時間から2日程度の時間を要するものであり、最も迅速にインサイチュハイブリダーゼションを行うことができる市販のキットでも3時間かかるものであった。このように、本発明によって、インサイチュハイブリダイゼーションの時間を短縮させることに成功した。
【実施例2】
【0084】
(電界撹拌を用いた核酸プローブ変性による効果の検証)
核酸プローブを変性させるにあたり、電界撹拌を行うことの効果を検証する比較実験を行った。その比較実験の結果を、
図4に示す。
図4(A)は、実施例1と同様にインサイチュハイブリダイゼーションを行い、5)の工程で電界撹拌を行わずに3分間の変性を行い、6)の工程で電界撹拌を行わずに15分のハイブリダイゼーションを行った場合における、蛍光顕微鏡観察の結果を示す写真である。また、
図4(B)は、実施例1と同様にインサイチュハイブリダイゼーションを行い、5)の工程で電界撹拌を行いつつ3分間の変性を行い、6)の工程で電界撹拌を行わずに15分のハイブリダイゼーションを行った場合における、蛍光顕微鏡観察の結果を示す写真である。
図4(A)に示されるように、核酸プローブの変性工程において電界撹拌を行わなかった場合には、ハイブリダイゼーションが十分に行われず、シグナルを検出することができなかった。しかし、
図4(B)に示されるように、核酸プローブの変性工程において、電界撹拌を行った場合には、ハイブリダイゼーションが十分に行われて、シグナルが検出された。
これにより、核酸プローブの変性工程において、電界撹拌を行うことにより、ハイブリダイゼーションの検出感度が高まることが実証された。
【実施例3】
【0085】
(電界撹拌を用いた核酸プローブ変性による時間の短縮)
核酸プローブを変性させるにあたり電界撹拌を行うことで、ハイブリダイゼーションの時間を短縮させる実験を行った。その結果を、
図5に示す。
図5(A)は、実施例1と同様にインサイチュハイブリダイゼーションを行い、5)の工程で電界撹拌を行わずに3分間の変性を行い、6)の工程で電界撹拌を行いつつ15分間のハイブリダイエーションを行った場合における、蛍光顕微鏡観察の結果を示す写真である。
図5(B)は、5)の工程で電界撹拌を行わずに3分間の変性を行い、6)の工程で電界撹拌を行いつつ5分間のハイブリダイゼーションを行った場合における、蛍光顕微鏡観察の結果を示す写真である。
図5(C)は、5)の工程で電界撹拌を行いつつ3分間の変性を行い、6)の工程で電界撹拌を行いつつ5分間のハイブリダイゼーションを行った場合における、顕微鏡観察の結果を示す写真である。
図5(A)に示されるように、電界撹拌を行いつつハイブリダイゼーションを行うことにより、15分の短時間でも十分にハイブリダイゼーションを行うことができ、シグナルを検出することができる。しかしながら、ハイブリダイゼーションの時間を5分に短縮すると、
図5(B)に示されるように、十分なハイブリダイゼーションを行うことができず、シグナルを検出することができなかった。ここで、核酸プローブを変性させる工程においても電界撹拌を行うと、
図5(C)に示されるように、
図5(A)と同等以上のシグナルを検出することができた。以上の実験から、核酸プローブを変性させるにあたり電界撹拌を行うことで、ハイブリダイゼーションの時間を短縮できることが実証された。
B)前記液滴(3)に周期的に変動する電界を印加して前記液滴(3)を撹拌する電界撹拌を行いつつ、所定の時間、前記液滴(3)の温度を上昇させた状態とすることで、前記相補的核酸(2)を変性させ、