特許第6281992号(P6281992)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6281992
(24)【登録日】2018年2月2日
(45)【発行日】2018年2月21日
(54)【発明の名称】神経疾患の治療に適したHGF製剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 38/22 20060101AFI20180208BHJP
   A61P 25/28 20060101ALI20180208BHJP
   A61K 9/19 20060101ALI20180208BHJP
   A61K 47/26 20060101ALI20180208BHJP
   A61P 9/10 20060101ALI20180208BHJP
   A61P 25/16 20060101ALI20180208BHJP
   A61P 25/00 20060101ALI20180208BHJP
   A61K 47/12 20060101ALI20180208BHJP
   A61K 47/34 20170101ALI20180208BHJP
   A61P 21/00 20060101ALI20180208BHJP
   A61P 25/14 20060101ALI20180208BHJP
   A61K 47/02 20060101ALI20180208BHJP
   A61K 47/18 20060101ALI20180208BHJP
   C12N 15/09 20060101ALN20180208BHJP
   C07K 14/475 20060101ALN20180208BHJP
【FI】
   A61K38/22
   A61P25/28
   A61K9/19
   A61K47/26
   A61P9/10
   A61P25/16
   A61P25/00
   A61K47/12
   A61K47/34
   A61P21/00
   A61P25/14
   A61K47/02
   A61K47/18
   !C12N15/00 AZNA
   !C07K14/475
【請求項の数】12
【全頁数】20
(21)【出願番号】特願2016-547358(P2016-547358)
(86)(22)【出願日】2015年8月27日
(86)【国際出願番号】JP2015074310
(87)【国際公開番号】WO2016039163
(87)【国際公開日】20160317
【審査請求日】2017年3月9日
(31)【優先権主張番号】特願2014-184475(P2014-184475)
(32)【優先日】2014年9月10日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】502068908
【氏名又は名称】クリングルファーマ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100077012
【弁理士】
【氏名又は名称】岩谷 龍
(72)【発明者】
【氏名】福田 一弘
(72)【発明者】
【氏名】井上 逸男
【審査官】 砂原 一公
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2000/072873(WO,A1)
【文献】 荒川 力,凍結操作において添加物はどのようにして蛋白質を安定化するのか,蛋白質核酸酵素,1992年,Vol.37, No.9,p.1517-1523,ISSN 0039-9450
【文献】 日本医薬品添加剤協会,乳糖一水和物,改訂 医薬品添加物ハンドブック,株式会社 薬事日報社,2007年 2月28日,p.650-658,ISBN 978-4-8408-0968-9
【文献】 加藤祐太ほか,注射剤の先発医薬品と後発医薬品における添加剤の相違に関する研究,ジェネリック研究,2013年,Vol.7, No.2,p.110-115
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 38/00−38/58
A61K 9/00−9/72
A61K 47/00−47/69
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
肝細胞増殖因子(HGF)蛋白質を有効成分とし、さらに乳糖、グリシン、塩化ナトリウム、pH緩衝剤、及び界面活性剤を含有する水溶液を凍結乾燥して得られるHGF製剤であって、乳糖の含有量がHGF1重量部に対して0.1〜50重量部であるHGF製剤。
【請求項2】
水溶液における乳糖の濃度が0.1〜100mg/mLである請求項1に記載のHGF製剤。
【請求項3】
水溶液におけるグリシンの濃度が0.05〜50mg/mLである請求項1又は2に記載のHGF製剤。
【請求項4】
水溶液におけるHGF蛋白質濃度が0.05〜40mg/mLである請求項1〜3のいずれかに記載のHGF製剤。
【請求項5】
pH緩衝剤がクエン酸又はその水和物と、クエン酸の塩との組み合わせである請求項1〜4のいずれかに記載のHGF製剤。
【請求項6】
界面活性剤がポリソルベートである請求項1〜5のいずれかに記載のHGF製剤。
【請求項7】
中枢神経疾患の治療用である請求項1〜6のいずれかに記載のHGF製剤。
【請求項8】
中枢神経疾患が、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、アルツハイマー病、パーキンソン病、ハンチントン舞踏病、脊髄小脳変性症、脊髄損傷、脳梗塞、脳虚血、及び多発性硬化症のいずれかである請求項に記載のHGF製剤。
【請求項9】
髄腔内、脳室内、脊髄実質内又は脳実質内に投与されるものであることを特徴とする請求項1〜8のいずれかに記載のHGF製剤。
【請求項10】
HGF蛋白質がヒト由来のHGF蛋白質である請求項1〜9のいずれかに記載のHGF製剤。
【請求項11】
HGF蛋白質が、配列番号5又は配列番号6で表されるアミノ酸配列からなる蛋白質である請求項10に記載のHGF製剤。
【請求項12】
HGF蛋白質が、配列番号5で表されるアミノ酸配列に対して80%以上の配列同一性を有する蛋白質であって、HGFとしての生物活性を有する蛋白質である請求項1〜9のいずれかに記載のHGF製剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、肝細胞増殖因子(Hepatocyte Growth Factor、以下、本明細書中では「HGF」と略す場合がある)蛋白質を含有する製剤に関する。より詳細には、本発明は、HGF蛋白質を含有する凍結乾燥製剤、注射液等の製剤に関する。本発明はまた、HGF蛋白質を含有し、中枢神経疾患の治療に好適な凍結乾燥製剤、注射液等の製剤に関する。
【背景技術】
【0002】
HGFは、成熟肝細胞に対する増殖促進活性を持つ生理活性蛋白質として見出された(例えば、非特許文献1参照)。その後の研究により、HGF蛋白質は肝細胞のみならず、多くの上皮系細胞、血管内皮細胞などに作用し、組織や臓器の傷害の修復・再生に関与することが知られている(非特許文献2参照)。HGF蛋白質は、生物工学的手法により組換え蛋白質として量産が可能であり(例えば、非特許文献3参照)、組換えHGF蛋白質は、肝炎及び肝硬変のみならず、腎疾患、創傷などに対する治療薬としての適用が期待されている(非特許文献2参照)。
一方、近年のノックアウト/ノックインマウスの手法を含む遺伝子の発現及び機能的解析における多数の研究により、HGF蛋白質は神経細胞の生存や神経突起の伸長を促す作用も有しており、神経栄養因子としても重要な因子であることも明らかにされている(非特許文献4、及び5参照)。
【0003】
HGF蛋白質は海馬ニューロン、ドーパミン作動性ニューロン、小脳顆粒細胞、感覚ニューロン、及び運動ニューロンなどの神経細胞に対して神経栄養因子活性を示す(非特許文献6参照)。とりわけHGF蛋白質は、運動ニューロンに対して強力な生存促進作用を示し(非特許文献7参照)、その活性は、運動ニューロンに対して最も強力な生存促進作用を有することが知られるグリア細胞株由来神経栄養因子(GDNF)の活性にも匹敵する。
このような神経栄養活性に基づき、HGF蛋白質は筋萎縮性側索硬化症(ALS)及び脊髄損傷を始め、各種の神経疾患に対する治療薬として使用し得ることが報告されている(特許文献1〜3、非特許文献5、8、及び9参照)。
【0004】
蛋白質医薬品は、一般的には静脈内、又は皮下若しくは筋肉内に注射される。しかしながら、これらの投与経路で投与された蛋白質は、脳組織と血管との間に存在する脳血液関門の存在によって中枢神経組織への移行が極めて困難なことが知られている。そこで、HGF蛋白質を中枢神経疾患の治療に用いるためには、一般的な臓器疾患の治療のために行われる静脈内注射、皮下又は筋肉内注射のような投与経路ではなく、中枢神経組織に直接的にHGF蛋白質を送達するため、髄腔内投与又は脳室内投与が有効と考えられる(非特許文献8及び9参照)。髄腔内投与及び脳室内投与は、脳腫瘍に対する抗癌剤治療においても用いられる投与経路である。また、中枢神経疾患の治療の目的では、HGF蛋白質を脳実質内または脊髄実質内に直接投与することも考えられる。
【0005】
HGF蛋白質の医薬品化においては、安定化されたHGF蛋白質製剤の開発が必要である。HGF蛋白質製剤としては、HGF蛋白質(TCF−IIとも称される)にアルブミン、ヒト血清、ゼラチン、ソルビトール、マンニトール、及びキシリトールなどを安定化剤として含有させた水溶液製剤が特許文献4に開示されている(特許文献4参照)。しかしながら、該HGF水溶液製剤は保存中にHGF蛋白質が凝集、白濁、ゲル化が進行するという難点があり、またHGF蛋白質の重合体(HGF重合体)が形成されるなど物理化学的安定性が低く、生物活性が低下するという問題がある。
【0006】
このような重合体形成を抑制するため、例えば、特許文献5には、HGFにアルギニン、リジン、ヒスチジン、グルタミン、プロリン、グルタミン酸、アスパラギン酸などを安定化剤として含有させた凍結乾燥HGF製剤が開示されている(特許文献5参照)。また、特許文献6には、HGFにグリシン、アラニン、ソルビトール、マンニトール、及びデキストラン硫酸などを安定化剤として含有させた凍結乾燥HGF製剤が開示されている(特許文献6参照)。さらに、特許文献7には、HGFに精製白糖及びアラニン等を添加した凍結乾燥HGF製剤が開示されている(特許文献7参照)。
【0007】
このような製剤から調製される注射液は、一般的な臓器疾患の治療のために行われる静脈内注射、皮下又は筋肉内注射においては安全であると考えられるが、例えば、髄腔内投与及び脳室内投与では、中枢神経系に直接HGF蛋白質を投与することになり、製剤中に添加する各種成分を含めて、製剤成分の中枢神経系に対する安全性を十分に確認する必要がある。従来開示されているHGF製剤において、髄腔内投与又は脳室内投与、あるいは脊髄実質内投与又は脳実質内投与に用いても安全であることが確認された製剤は知られていない。
【0008】
中枢神経疾患治療のために髄腔内投与又は脳室内投与、あるいは脊髄実質内投与又は脳実質内投与に使用できる安全性の高いHGF製剤が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】国際公開第2002/22162号(対応US Pub. No. US 2003/0176347)
【特許文献2】国際公開第2007/122976号(対応US Patent No. US 8,575,099)
【特許文献3】国際公開第2008/105507号(対応US Patent No. US 8,518,880)
【特許文献4】国際公開第90/10651号(対応 EP Patent No. EP 0462277)
【特許文献5】国際公開第00/72873号(対応 EP Patent No. EP 1180368)
【特許文献6】特開平9−25241号公報(対応US Patent No. US 7,173,008)
【特許文献7】国際公開第2008/102849号(対応US Patent No. US 8,461,112)
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】T. Nakamuraら、Biochem. Biophys. Res. Commun., 第122巻, p. 1450, 1984年
【非特許文献2】T. Nakamuraら、J. Gastroenterol. Hepatol., 第26巻, Suppl. 1、p.188-202 (2011年)
【非特許文献3】Jeong Soo Parkら、Protein Expr. Purif., 第70巻, p.231-235 (2010年)
【非特許文献4】Flavio Mainaら、Nat.Neurosci., 第2巻, p.213-217(1999年)
【非特許文献5】Funakoshi H ら、Current Signal Transduction Therapy第6巻, p 156-167 (2011年)
【非特許文献6】Honda, S.ら、Brain Res. Mol. Brain Res. 第32巻, p.197-210 (1995年)
【非特許文献7】Allen Ebens ら、Neuron、第17巻, p 1157-1172 (1996年)
【非特許文献8】Ishigaki A ら、J Neuropathol Exp Neurol., 第66巻, p.1037-1044 (2007年)
【非特許文献9】Kitamura K ら、PLoS One., 第6巻: e27706 (2011年)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、中枢神経疾患治療のために髄腔内投与又は脳室内投与、あるいは脊髄実質内投与又は脳実質内投与に使用できる、中枢神経に対する安全性が高い注射液等のHGF製剤を提供することを課題とする。HGF製剤は、通常、実用的な医薬として使用できるように安定性にも優れている必要がある。本発明はまた、安定性に優れる注射液、凍結乾燥製剤等のHGF製剤を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、HGF蛋白質に乳糖、グリシン、塩化ナトリウム、pH緩衝剤、及び界面活性剤を添加することにより、HGF蛋白質の重合体生成が抑制されることを見出し、これらの成分を含有するHGF溶液は安定なHGF注射液として使用できること、また、該HGF溶液を凍結乾燥することにより安定なHGF凍結乾燥製剤が得られることを見出した。さらに、これらの成分を含有するHGF注射液は中枢神経系への毒性が極めて少なく、中枢神経等の神経系に対する安全性が高いことを見出した。
本発明者らは、これらの知見に基づいてさらに研究を進め、本発明を完成するに至った。本発明のHGF製剤は、医薬品として用いる上で十分な安定性を有し、例えば本発明のHGF注射液は、ALSや脊髄損傷などの各種中枢神経疾患の治療のために、髄腔内又は脳室内、あるいは脊髄実質内又は脳実質内に安全に投与することが可能である。
【0013】
すなわち、本発明は、以下のHGF製剤を提供する。
(1)肝細胞増殖因子(HGF)蛋白質を有効成分とし、さらに乳糖、グリシン、塩化ナトリウム、pH緩衝剤、及び界面活性剤を含有することを特徴とするHGF製剤。
(2)凍結乾燥製剤である前記(1)に記載のHGF製剤。
(3)肝細胞増殖因子(HGF)蛋白質、乳糖、グリシン、塩化ナトリウム、pH緩衝剤、及び界面活性剤を含有する水溶液を凍結乾燥して得られる凍結乾燥製剤である前記(2)に記載のHGF製剤。
(4)乳糖の含有量がHGF1重量部に対して0.1〜50重量部である前記(1)〜(3)のいずれか一項に記載のHGF製剤。
(5)水溶液における乳糖の濃度が0.1〜100mg/mLである前記(3)に記載のHGF製剤。
(6)水溶液におけるグリシンの濃度が0.05〜50mg/mLである前記(3)に記載のHGF製剤。
(7)水溶液におけるHGF蛋白質濃度が0.05〜40mg/mLである前記(3)に記載のHGF製剤。
(8)pH緩衝剤がクエン酸又はその水和物と、クエン酸の塩との組み合わせである前記(1)に記載のHGF製剤。
(9)界面活性剤がポリソルベートである前記(1)に記載のHGF製剤。
(10)注射液である前記(1)に記載のHGF製剤。
(11)注射液が、前記(2)に記載の凍結乾燥製剤を、薬学的に許容される溶媒に溶解して得られる水溶液である前記(10)に記載のHGF製剤。
(12)中枢神経疾患の治療用である前記(1)に記載のHGF製剤。
(13)中枢神経疾患が、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、アルツハイマー病、パーキンソン病、ハンチントン舞踏病、脊髄小脳変性症、脊髄損傷、脳梗塞、脳虚血、及び多発性硬化症のいずれかである前記(12)に記載のHGF製剤。
(14)髄腔内、脳室内、脊髄実質内又は脳実質内に投与されるものであることを特徴とする前記(1)に記載のHGF製剤。
(15)注射液中の乳糖の濃度が0.1〜100mg/mLである前記(10)に記載のHGF製剤。
(16)注射液中のグリシンの濃度が0.05〜50mg/mLである前記(10)に記載のHGF製剤。
(17)注射液中のHGF蛋白質濃度が0.05〜40mg/mLである前記(10)に記載のHGF製剤。
(18)HGF蛋白質がヒト由来のHGF蛋白質である前記(1)に記載のHGF製剤。
(19)HGF蛋白質が、配列番号5又は配列番号6で表されるアミノ酸配列からなる蛋白質である前記(18)に記載のHGF製剤。
(20)HGF蛋白質が、配列番号5で表されるアミノ酸配列に対して80%以上の配列同一性を有する蛋白質であって、HGFとしての生物活性を有する蛋白質である前記(1)に記載のHGF製剤。
また、本発明は、乳糖、グリシン、塩化ナトリウム、pH緩衝剤、及び界面活性剤によるHGF水溶液またはHGF凍結乾燥製剤におけるHGFの安定化方法、より詳しくはHGFタンパク質の重合体の生成を抑制する方法に関する。
さらに、本発明は、前記(1)記載のHGF製剤を、中枢神経疾患を患っている患者の髄腔内、脳室内、脊髄実質内または脳実質内に投与して、中枢神経疾患を治療する方法に関する。
【発明の効果】
【0014】
本発明のHGF製剤は、製剤として安定であり、かつ中枢神経に対して安全に使用できる。例えば、本発明のHGF注射液は、中枢神経系に対して安全性が高く、ALSや脊髄損傷などの各種中枢神経疾患の治療のために、髄腔内又は脳室内、あるいは脊髄実質内又は脳実質内に投与することができる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明のHGF製剤は、HGF蛋白質を有効成分とし、さらに乳糖、グリシン、塩化ナトリウム、pH緩衝剤、及び界面活性剤を含有する。
本発明のHGF製剤は、HGF蛋白質以外に有効成分(薬効成分)を含んでも良いが、HGF蛋白質以外に有効成分を含まないことが好ましい。
【0016】
本発明のHGF製剤の剤型は特に限定されないが、例えば、凍結乾燥製剤、注射液等の非経口投与の剤型等が好ましい。凍結乾燥製剤は、好ましくは注射用凍結乾燥製剤である。
【0017】
注射液とは、そのまま生体に注射することが可能な液状の組成物を意味する。本発明のHGF製剤が注射液である場合、単に「HGF注射液」と略記する場合がある。
また、凍結乾燥製剤とは、その成分が凍結乾燥体という固体の状態で提供される製剤を意味する。本発明のHGF製剤が凍結乾燥製剤である場合、単に「HGF凍結乾燥製剤」と略記する場合がある。凍結乾燥製剤は、通常、用時には適当な溶媒(溶解液)を用いて溶解し、その溶液をそのまま注射液として、又は所望によりさらに適当な溶媒などに希釈後、注射液として投与される。すなわち、凍結乾燥製剤に任意の溶媒を添加して溶解したものは、注射液と実質的に同等のものであるということができる。
【0018】
本発明のHGF製剤は、HGF蛋白質を有効成分とし、さらに乳糖、グリシン、塩化ナトリウム、pH緩衝剤、及び界面活性剤を含有する凍結乾燥製剤であることが好ましい。またHGF蛋白質を有効成分とし、さらに乳糖、グリシン、塩化ナトリウム、pH緩衝剤、及び界面活性剤を含有するHGF注射液も、本発明のHGF製剤の好ましい実施態様の1つである。
【0019】
本発明のHGF製剤は、中枢神経系に対する安全性が高いものである。本発明のHGF注射液等のHGF製剤は、中枢神経系への毒性が極めて低いため、例えば髄腔内又は脳室内、あるいは脊髄実質内又は脳実質内に投与することが可能なものであり、各種の中枢神経疾患の治療等に好適に用いることができる。
【0020】
本発明におけるHGF蛋白質としては種の限定は特になく、種々の動物由来のHGF蛋白質(天然型HGF蛋白質又は遺伝子工学技術により製造した組換え蛋白質)等を好適に用いることができる。本発明においては、例えば、本発明のHGF製剤を適用する動物由来のHGF蛋白質を用いることが好ましい。例えば、本発明で使用されるHGF蛋白質として、本発明の製剤をヒトに適用する場合はヒト由来のHGF蛋白質(以下、ヒトHGF蛋白質ということもある。)が好適に用いられる。より好ましくは、組換えヒトHGF蛋白質である。本発明のHGF製剤をヒト以外の哺乳動物に対して使用する場合は、それらの動物種由来のHGFを使用することが好ましく、例えば、サル、ウシ、ウマ、ブタ、ヒツジ、イヌ、ネコ、ラット、マウス、ウサギ、ハムスター、モルモット、チンパンジー等に由来するHGF蛋白質が使用可能である。また、本発明に用いるHGF蛋白質はアミノ酸5残基が欠失したデリーションタイプ(dHGF)であってもよい。
【0021】
ヒトHGF蛋白質は、例えば、配列番号1又は配列番号2で表される塩基配列からなるDNAにコードされる蛋白質等が好ましい。より具体的には、配列番号3で表されるアミノ酸配列からなる蛋白質、配列番号4で表されるアミノ酸配列からなる蛋白質、配列番号5で表されるアミノ酸配列からなる蛋白質、配列番号6で表されるアミノ酸配列からなる蛋白質等が好ましい。中でも、ヒトHGF蛋白質として、配列番号5又は配列番号6で表されるアミノ酸配列を有する蛋白質が好ましく、配列番号5又は配列番号6で表されるアミノ酸配列からなる蛋白質がより好ましい。例えば、配列番号6で表されるアミノ酸配列からなるHGF蛋白質は、配列番号5で表されるアミノ酸配列の131〜135番目の5個のアミノ酸残基が欠失している5アミノ酸欠損型HGF蛋白質(dHGF)である。配列番号5又は配列番号6で表されるアミノ酸配列を有する蛋白質は、両者ともヒト体内に天然に存在するHGF蛋白質(天然型HGF蛋白質)であって、HGFとしてのマイトゲン(mitogen)活性、モートゲン(motogen)活性等を有する。
【0022】
本発明に使用されるHGF蛋白質には、各種動物由来のHGF蛋白質(天然型HGF蛋白質)のアミノ酸配列と少なくとも約80%以上の配列同一性を有する蛋白質、好ましくは約90%以上の配列同一性を有する蛋白質、より好ましくは約95%以上の配列同一性を有する蛋白質であって、かつHGFとしての生物活性(マイトゲン活性、及びモートゲン活性)を有する蛋白質も含まれる。アミノ酸配列について「配列同一性」とは、蛋白質の一次構造を比較した場合の、配列間において各々の配列を構成するアミノ酸残基の一致性を意味し、「%以上」はその一致の程度を意味する。
HGF蛋白質が上記マイトゲン活性、及びモートゲン活性を有することは、例えば、J. Biol. Chem. 273, 22913-22920, 1998に記載の方法に従って確認することができる。上記J. Biol. Chem. 273, 22913-22920, 1998に従って測定されるマイトゲン活性、及びモートゲン活性が、天然型HGF蛋白質と比較して、通常約50%以上、好ましくは約70%以上、より好ましくは約80%以上、さらに好ましくは約90%以上の蛋白質を用いることが好ましい。
【0023】
HGF蛋白質と上記配列同一性を有する蛋白質としては、例えば配列番号5又は6で表されるアミノ酸配列から、1〜数個のアミノ酸残基を置換、欠失、及び/又は挿入させたアミノ酸配列、又は1〜数個のアミノ酸残基が修飾されたアミノ酸配列等を含む蛋白質であってHGFとしての生物活性を有する蛋白質が挙げられる。
「数個」とは、通常1〜8個(1,2,3,4,5,6,7,8個)を意味し、通常8個、好ましくは6個、より好ましくは5個、さらに好ましくは3個、特に好ましくは2個である。挿入されるアミノ酸又は置換されるアミノ酸は、天然アミノ酸が好ましいが、遺伝子によりコードされる20種類のアミノ酸以外の非天然アミノ酸であってもよい。非天然アミノ酸は、アミノ基とカルボキシル基を有する限りどのような化合物でもよいが、例えばγ−アミノ酪酸等が挙げられる。
【0024】
アミノ酸残基を置換させるとは、ポリペプチド中のアミノ酸残基を別のアミノ酸残基で置き換えることであり、好ましくは保存的置換である。「保存的置換」とは、ポリペプチドの活性を実質的に変化しないように1〜数個のアミノ酸残基を、別の化学的に類似したアミノ酸残基によって置き換えることを意味する。例えば、ある疎水性アミノ酸残基を別の疎水性アミノ酸残基によって置換する場合、ある極性アミノ酸残基を同じ電荷を有する別の極性アミノ酸残基によって置換する場合などが挙げられる。このような置換を行うことができる機能的に類似したアミノ酸は、アミノ酸毎に当該技術分野において公知である。非極性(疎水性)の側鎖を持つアミノ酸としては、グリシン、アラニン、バリン、イソロイシン、ロイシン、プロリン、トリプトファン、フェニルアラニン、メチオニン等が挙げられる。極性の側鎖を持つアミノ酸のなかで中性のものとしては、セリン、スレオニン、チロシン、グルタミン、アスパラギン、システイン等が挙げられる。陽電荷をもつ(塩基性)アミノ酸としては、アルギニン、ヒスチジン、リジン等が挙げられる。また、負電荷をもつ(酸性)アミノ酸としては、アスパラギン酸、グルタミン酸等が挙げられる。
【0025】
本発明の製剤に含まれるHGF蛋白質は、1種のみであってもよく、上述したHGF蛋白質2種以上であってもよい。
【0026】
本発明の製剤に使用されるHGF蛋白質は、医薬として使用できる程度に精製されたものであれば、種々の方法で調製されたものを用いることができる。HGF蛋白質の調製方法としては、各種の方法が知られており、例えば、ラット、ウシ、ウマ、ヒツジなどの哺乳動物の肝臓、脾臓、肺臓、骨髄、脳、腎臓、胎盤などの臓器、血小板、白血球などの血液細胞、あるいは血漿、血清などから抽出、及び精製して得ることができる。
HGF蛋白質を上記生体組織等から抽出精製する方法としては、例えば、ラットに四塩化炭素を腹腔内投与し、肝炎状態にしたラットの肝臓を摘出して粉砕し、S−セファロース、ヘパリンセファロースなどによるカラムクロマトグラフィーやHPLCなどの通常の蛋白質精製法にて精製することができる。
【0027】
また、HGF蛋白質を産生する初代培養細胞や株化細胞を培養し、培養物(培養上清、培養細胞など)から分離精製してHGF蛋白質を得ることもできる。あるいは遺伝子工学的手法によりHGF蛋白質をコードする遺伝子(好ましくは、配列番号1又は2で表される塩基配列からなるDNA)を適切なベクターに組込み、これを適当な宿主に挿入して形質転換し、この形質転換体の培養物から目的とする組換えHGF蛋白質を得ることができる(例えば、Biochem. Biophys. Res. Commun. 180: 1151-1158, 1991; J. Clin. Invest. 87: 1853-1857, 1991; Protein Expr. Purif. 70: 231-235, 2010など参照)。上記の宿主細胞は特に限定されず、従来から遺伝子工学的手法で用いられている各種の宿主細胞、例えば大腸菌、枯草菌、酵母、糸状菌、植物又は動物細胞などを用いることができる。例えば宿主細胞として動物細胞を用いる場合であれば、ヒトHGF蛋白質のアミノ酸配列をコードするcDNAを組み込んだ発現ベクターによって動物細胞、例えば、チャイニーズハムスター卵巣(CHO)細胞、マウスC127細胞、サルCOS細胞などを形質転換し、その培養上清を分離し、上記のカラムクロマトグラフィー等によって精製してHGF蛋白質を得ることができる。
【0028】
このようにして得られたHGF蛋白質は、HGFとしての生物活性を有する限り、天然型HGF蛋白質のアミノ酸配列中の1若しくは複数個〔例えば、1〜数個(「数個」は上記と同じ意味であり、例えば1〜8個、好ましくは1〜6個、より好ましくは1〜5個、さらに好ましくは1〜3個、特に好ましくは1〜2個;以下同様である。)〕のアミノ酸が置換、欠失及び/又は挿入されたアミノ酸配列であってもよい。置換は、好ましくは保存的置換である。また同様に、HGF蛋白質には、糖鎖が置換、欠失若しくは挿入されていてもよい。ここで、アミノ酸配列について、「1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換及び/又は挿入」とは、遺伝子工学的手法、部位特異的突然変異誘発法等の周知の技術的方法により、又は天然に生じうる程度の数(通常1〜数個)のアミノ酸が、欠失、置換及び/又は挿入等されていることを意味する。糖鎖が置換、欠失若しくは挿入したHGF蛋白質とは、例えば天然型HGF蛋白質に付加している糖鎖を酵素等で処理し糖鎖を欠損させたHGF蛋白質、また天然型HGF蛋白質において、糖鎖が付加しない様に糖鎖付加部位のアミノ酸配列に変異が施されたもの、あるいは天然の糖鎖付加部位とは異なる部位に糖鎖が付加するようアミノ酸配列に変異が施されたもの等をいう。
【0029】
本発明のHGF製剤に使用される乳糖、グリシン、塩化ナトリウム、pH緩衝剤、及び界面活性剤は、各国薬局方(例えば、日本薬局方、米国薬局方、ヨーロッパ薬局方など)収載品が好ましく使用でき、薬局方に収載されていないものを用いる場合は、薬学的に許容されるものが好ましい。「薬学的に許容される」は、通常安全で毒性が低く、生物学的にも、その他の点でも問題なく、かつ動物薬及びヒトの医薬として許容しうる製剤の調製に有用であることを意味する。
【0030】
本発明のHGF製剤に使用される乳糖は、各国薬局方(例えば、日本薬局方、米国薬局方、ヨーロッパ薬局方など)に収載されている乳糖を好適に使用することができる。乳糖の添加量は、HGF蛋白質1重量部に対して、約0.1〜50重量部が好ましく、約0.5〜10重量部がより好ましく、さらに好ましくは約1〜5重量部(1〜2重量部、1〜3重量部、1〜4重量部、1〜5重量部、2〜3重量部、2〜4重量部、2〜5重量部、3〜4重量部、3〜5重量部、4〜5重量部を含む。)である。
【0031】
本発明のHGF製剤に使用されるグリシンは、各国薬局方(例えば、日本薬局方など)に収載されているグリシンを好適に使用することができる。グリシンの添加量は、HGF蛋白質1重量部に対して、約0.01〜1重量部が好ましく、約0.05〜1重量部がより好ましく、さらに好ましくは約0.1〜0.5重量部(0.1〜0.2重量部、0.1〜0.3重量部、0.1〜0.4重量部、0.1〜0.5重量部、0.2〜0.3重量部、0.2〜0.4重量部、0.2〜0.5重量部、0.3〜0.4重量部、0.3〜0.5重量部、0.4〜0.5重量部を含む。)である。
【0032】
本発明のHGF製剤に用いられるpH緩衝剤は、水等の溶媒に溶解したとき、溶液のpHを一定範囲に保つ作用のある緩衝液となり得る薬剤をいい、通常、弱酸とその塩の組み合わせなどが挙げられる。好適なpH緩衝剤としては、溶解したときに、例えばリン酸緩衝液、クエン酸緩衝液またはホウ酸緩衝液となり得る、例えばリン酸、クエン酸、又はホウ酸と、それらの塩との組み合わせなどが挙げられ、クエン酸緩衝液となり得るクエン酸とその塩との組み合わせがより好ましい。これらの弱酸及びそれらの塩は溶媒和物であってもよく、溶媒和物は、例えば水和物が好ましい。pH緩衝剤を溶かした溶液は緩衝液となり、HGF水溶液のpHを調整し、HGF蛋白質の溶解性及び安定性を保つ作用を有する。本発明におけるHGF水溶液としては、例えば、HGF注射液、後述する凍結乾燥製剤を製造する際に調製される凍結乾燥前の水溶液、該凍結乾燥製剤を溶媒に再溶解した後の水溶液などが挙げられる。pH緩衝剤は、例えばHGF製剤が凍結乾燥製剤であれば、HGF製剤再溶解後の水溶液のpHが約4.5〜8.0となるものが好ましい。また、HGF注射液であれば、該注射液のpHが約4.5〜8.0となるものが好ましい。具体的には例えば、本発明におけるpH緩衝剤は、HGF注射液、HGF凍結乾燥製剤等のいずれのHGF製剤においても、クエン酸またはその溶媒和物と、クエン酸塩またはその溶媒和物との組み合わせが好ましく、クエン酸又はその水和物と、クエン酸の塩との組み合わせがより好ましく、クエン酸水和物とクエン酸ナトリウム(好ましくは、クエン酸三ナトリウム二水和物、又はクエン酸三ナトリウム(無水))との組み合わせがさらに好ましい。クエン酸緩衝液は、HGF水溶液中のHGF蛋白質を安定化する作用に優れており、HGF注射液、HGF凍結乾燥製剤を調製する前のHGF水溶液、及びHGF凍結乾燥製剤再溶解後の水溶液中のHGFの蛋白質の安定化に寄与できる。pH緩衝剤の添加量は、例えば、HGF注射液であれば、注射液中の濃度として、好ましくは約1〜100mM、より好ましくは約1〜20mMの範囲となるように添加するのが好ましい。凍結乾燥製剤であれば、後述する凍結乾燥製剤を製造する際の凍結乾燥前の水溶液中の濃度として、好ましくは約1〜100mM、より好ましくは約1〜20mMの範囲となるように添加するのが好ましい。
【0033】
本発明のHGF製剤に用いられる界面活性剤としては、例えばポリソルベート(例えば、ポリソルベート20(ポリオキシエチレンソルビタンモノラウレート)、ポリソルベート80(ポリオキシエチレンソルビタンモノオレエート)など)、プルロニック(登録商標)F−68(GIBCO社)、ポリエチレングリコールなどが挙げられ、二種以上を併用してもよい。界面活性剤として、ポリソルベートが好ましく、ポリソルベート80が特に好ましい。容器の材質であるガラスや樹脂などにHGF蛋白質が吸着しやすいため、このような界面活性剤を添加することによって、HGF製剤の製造過程において、HGF蛋白質の容器への吸着を防止することができる。また、界面活性剤を添加することによって、HGF注射液、及びHGF製剤再溶解後のHGF水溶液においてHGF蛋白質の容器への吸着を防止することができる。界面活性剤の添加量は、HGF注射液であれば、注射液中の濃度として、例えば、約0.001〜2.0重量%の範囲であるのが好ましく、約0.005〜1.0重量%の範囲がより好ましい。また、凍結乾燥製剤であれば、界面活性剤の添加量は、例えば、後述する凍結乾燥製剤を製造する際の凍結乾燥前の水溶液中の濃度として、約0.001〜2.0重量%の範囲であるのが好ましく、約0.005〜1.0重量%の範囲がより好ましい。
【0034】
本発明のHGF製剤に用いられる塩化ナトリウムは、HGF蛋白質の溶解性を保つ作用を有する。すなわち、塩化ナトリウムの添加によりHGF蛋白質の溶解度が向上し、特に塩化ナトリウム約150mM以上では溶解性が向上する。また、塩化ナトリウムを添加することにより、HGF水溶液の浸透圧を体液の浸透圧に近づけることができる。塩化ナトリウムの添加量は目的とする浸透圧比により適宜調製すれば良いが、生理食塩液を基準(浸透圧比1)にして、医療用又は動物薬用注射剤の浸透圧比として許容される浸透圧比約1〜3となる量が好ましい。例えばHGF注射液であれば、塩化ナトリウム濃度として約150〜1000mMが好ましく、約150〜300mMがより好ましい。凍結乾燥製剤であれば、例えば、後述する凍結乾燥製剤を製造する際のHGF水溶液中での濃度として、約150〜1000mMが好ましく、約150〜300mMがより好ましい。
【0035】
本発明のHGF製剤の製造方法は特に限定されないが、例えば凍結乾燥製剤であれば、HGF蛋白質、乳糖、グリシン、塩化ナトリウム、pH緩衝剤、及び界面活性剤を含有する水溶液を凍結乾燥することにより製造できる。このようにして得られる凍結乾燥製剤は、本発明のHGF製剤の好ましい実施態様の1つである。凍結乾燥製剤の製造に用いられる上記水溶液は、HGF蛋白質、乳糖、グリシン、塩化ナトリウム、pH緩衝剤、及び界面活性剤を含む水溶液であればよく、その調製方法は特に限定されない。前記水溶液は、例えば、精製されたHGF蛋白質溶液(通常、pH緩衝液、塩化ナトリウム及び界面活性剤を含む)に乳糖、グリシン及び必要により薬学的に許容される溶媒(例えば、滅菌水、注射用蒸留水、精製水、緩衝液、生理食塩液など)をそれぞれ添加することにより製造できる。HGF蛋白質は、水溶液中に好ましくは約0.05〜40mg/mLの濃度、より好ましくは約0.1〜40mg/mLの濃度、さらに好ましくは約0.1〜20mg/mLの濃度となるように調製することが好ましい。乳糖は、水溶液中に約0.1〜100mg/mLが好ましく、約0.5〜50mg/mLがより好ましく、さらに好ましくは約1〜20mg/mLとなるように添加される。グリシンは、水溶液中に好ましくは約0.05〜50mg/mL、より好ましくは約0.05〜20mg/mL、さらに好ましくは約0.1〜10mg/mLとなるように添加される。このHGF水溶液には、さらに必要に応じて、溶解補助剤、酸化防止剤、無痛化剤又は等張化剤などの添加物を加えることもできる。HGF水溶液は、フィルターなどで濾過して滅菌し、バイアル又はアンプルに注入して凍結乾燥することが好ましい。フィルターは、例えば、ポアサイズ約0.22μm以下の滅菌用フィルターを使用するのが好ましい。滅菌用フィルターとしては、例えば、デュラポア(登録商標、メルク株式会社製)又はザルトポア2(登録商標、ザルトリウス株式会社製)などが好ましく挙げられる。
【0036】
前記水溶液を凍結乾燥する方法は特に限定されず、通常の凍結乾燥方法を採用することができる。凍結乾燥方法としては、例えば、常圧下で冷却凍結する凍結過程、溶質に拘束されない自由水を減圧下で昇華乾燥する一次乾燥過程、溶質固有の吸着水や結晶水を除去する二次乾燥過程の3つの工程で構成される乾燥方法が挙げられる。凍結過程の冷却温度は−約60℃〜−40℃が好ましく、一次乾燥過程の温度は−約50℃〜0℃が好ましく、さらに二次乾燥過程の温度は約4℃〜40℃が好ましい。真空圧力は約0.1〜1.5Paが好ましく、特に約0.5〜1.2Paが好ましい。凍結乾燥後の乾燥庫内は復圧させる。復圧の方法としては、無菌の空気又は不活性ガス(例えば、無菌窒素ガス、無菌ヘリウムガスなど)を庫内に送入して好ましくは約70〜100kPa、より好ましくは約80〜95kPaまで一次復圧し、次いで大気圧まで復圧(二次復圧)する方法が好ましい。バイアルの打栓は、一次復圧後に行うのが好ましく、打栓したバイアルは二次復圧後に速やかにキャップで締めることが好ましい。アンプルの場合は、乾燥終了後にアンプル末端を熱(通常ガスバーナー)で溶融封止するのが好ましい。
HGF凍結乾燥製剤は、水分含量が約2重量%以下であることが好ましい。
【0037】
本発明のHGF凍結乾燥製剤は、保存中におけるHGF蛋白質重合体形成が抑制され、安定性に優れている。ここで「蛋白質重合体」とは複数の蛋白質単量体が例えば鎖状または網状に結合して生成される物質をいい、本発明においてはHGF蛋白質の2量体、3量体または4量体を含む。
【0038】
本発明のHGF凍結乾燥製剤は、使用に当たっては、通常、薬学的に許容される溶媒に溶解させて、水溶液の形態で用いられる。「薬学的に許容される」は、前記と同じ意味である。薬学的に許容される溶媒としては、例えば、注射用蒸留水、生理食塩液、各種輸液(例えば、5%ブドウ糖液、リンゲル液など)又は人工髄液などが好ましく挙げられる。溶媒は、より好ましくは、注射用蒸留水又は生理食塩液である。好ましい態様においては、本発明のHGF凍結乾燥製剤は、HGF蛋白質の濃度が好ましくは約0.05〜40mg/mL、より好ましくは約0.1〜40mg/mL、さらに好ましくは約0.1〜20mg/mLとなるように、例えば注射用蒸留水などの薬学的に許容される溶媒に溶解し、注射液として好適に用いることができる。
本発明のHGF凍結乾燥製剤は、上記した薬学的に許容される溶媒とともにキットとして包装し、製造することもできる。
【0039】
本発明のHGF注射液は、好ましくはHGF蛋白質、乳糖、グリシン、塩化ナトリウム、pH緩衝剤、及び界面活性剤を含有する水溶液である。乳糖、グリシン、塩化ナトリウム、pH緩衝剤、及び界面活性剤、並びにその好ましい態様等は、上述した通りである。
【0040】
本発明のHGF注射液の製造方法は特に限定されず、例えば、前記のHGF凍結乾燥製剤を薬学的に許容される溶媒に溶解して得ることができる。薬学的に許容される溶媒としては、例えば、注射用蒸留水、生理食塩液、各種輸液(例えば、5%ブドウ糖液、リンゲル液など)又は人工髄液などが好ましく挙げられる。溶媒は、より好ましくは、注射用蒸留水又は生理食塩液である。また、本発明のHGF注射液は、約0.1〜40mg/mLの濃度の精製HGF蛋白質水溶液(通常、pH緩衝液、塩化ナトリウム及び界面活性剤を含む)に乳糖、グリシン及び必要により薬学的に許容される溶媒(例えば、滅菌水、注射用蒸留水、精製水、緩衝液、生理食塩液など)を添加して調製することもできる。例えば、上記凍結乾燥製剤の製造に使用されるHGF蛋白質、乳糖、グリシン、塩化ナトリウム、pH緩衝剤、及び界面活性剤を含有する水溶液を、HGF注射液として使用することもできる。
【0041】
本発明のHGF注射液中のHGF蛋白質濃度は、好ましくは約0.05〜40mg/mL、より好ましくは約0.1〜40mg/mL、さらに好ましくは約0.1〜20mg/mLである。
【0042】
本発明のHGF注射液中の乳糖の濃度は、約0.1〜100mg/mLが好ましく、約0.5〜50mg/mLの範囲がより好ましく、さらに好ましくは約1〜20mg/mLである。
【0043】
本発明のHGF注射液中のグリシンの濃度は、約0.05〜50mg/mLが好ましく、約0.05〜20mg/mLの範囲がより好ましく、さらに好ましくは約0.1〜10mg/mLである。
【0044】
本発明のHGF注射液のpHは、好ましくは約4.5〜8.0である。
本発明のHGF注射液には、さらに必要に応じて、溶解補助剤、酸化防止剤、無痛化剤又は等張化剤などの添加物を加えることもできる。
【0045】
本発明のHGF注射液は、通常澄明な溶液である。本発明のHGF注射液は、溶液の状態でありながらも保存中のHGF重合体形成が抑制され、安定性に優れている。
【0046】
本発明のHGF製剤の用途は特に限定されず、中枢神経疾患、例えば、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、アルツハイマー病、パーキンソン病、ハンチントン舞踏病、脊髄小脳変性症、脊髄損傷、脳梗塞、脳虚血、多発性硬化症等の治療又は予防のための医薬組成物として好適に用いられる。中でも、本発明のHGF製剤は、中枢神経疾患の治療のために好適に用いられるものである。
【0047】
本発明のHGF注射液、HGF凍結乾燥製剤等のHGF製剤は、例えば、脳室内又は髄腔内に投与することができるものである。例えば本発明のHGF注射液は、脳室内投与用又は髄腔内投与用の製剤として好適である。本発明のHGF注射液が投与され得る髄腔とは、脊髄周囲の脳脊髄液で満たされた空間であり、該空間は、くも膜及び硬膜の2層の膜によって囲まれている。髄腔とは、これら周囲2層の膜のうち内側に位置するくも膜の内部にある空間であり、髄腔内投与は、すなわち、くも膜下腔内投与を意味する。脳と脊髄の周囲は、ともに脳脊髄液で満たされており、脳内部の脳室もまた脳脊髄液で満たされている。脳室と脳周囲と髄腔とはつながった空間を形成しており、脳脊髄液はこの空間を循環している。したがって、脳室内投与も髄腔内投与も、ともに脳脊髄液中に薬剤を投与することであり、通常、実質的に脳室内投与と髄腔内投与とは同一の投与経路である。また、本発明のHGF注射液等のHGF製剤は、脳実質内又は脊髄実質内に投与することも可能である。脳室内投与又は髄腔内投与、あるいは脳実質内投与又は脊髄実質内投与にあたっては、注射液をボーラス投与してもよいし、シリンジポンプなどを用いて持続注入してもよい。
【0048】
なお、本発明のHGF製剤の使用用途は、中枢神経疾患の治療にのみ限定されるものではない。本発明のHGF製剤は、医薬として十分な安定性を有しているとともに、安全性にも優れているため、中枢神経疾患以外の疾患の治療に用いることもできる。この場合、投与経路は、静脈内注射、皮下注射、筋肉内注射、局所投与など、適用する疾患の治療に適した投与経路を採用することができる。
【0049】
本発明のHGF製剤の投与量は、対象とする疾患の種類、病状等に応じて適宜設定すればよい。例えば、HGF注射液を中枢神経疾患の治療のために用いる場合であれば、成人1日当たり、HGF蛋白質として、好ましくは約0.01〜50mg、より好ましくは約0.1〜10mgを投与することが好ましい。また、HGF注射液を脳室内投与又は髄腔内投与することが好ましい。また、本発明のHGF注射液等のHGF製剤は、投与の際に、薬学的に許容される適切な溶媒で適宜希釈して使用してもよい。薬学的に許容される溶媒としては、例えば、注射用蒸留水、生理食塩液、各種輸液(例えば、5%ブドウ糖液、リンゲル液など)又は人工髄液などであり、より好ましくは、注射用蒸留水又は生理食塩液が挙げられる。
【0050】
本発明は、HGF蛋白質を有効成分とし、さらに乳糖、グリシン、塩化ナトリウム、pH緩衝剤、及び界面活性剤を含有するHGF製剤を中枢神経疾患の患者に投与する中枢神経疾患の治療方法も包含する。
本発明は、中枢神経疾患の治療に使用するための、HGF蛋白質を有効成分とし、さらに乳糖、グリシン、塩化ナトリウム、pH緩衝剤、及び界面活性剤を含有するHGF製剤も包含する。
HGF製剤は、好ましくは凍結乾燥製剤(HGF凍結乾燥製剤)又は注射液(HGF注射液)であり、より好ましくは注射液である。
HGF製剤、HGF凍結乾燥製剤、及びHGF注射液、及びそれらの好ましい態様等は、上述した通りである。中枢神経疾患の治療において、HGF製剤は、好ましくは髄腔内又は脳室内、あるいは脊髄実質内又は脳実質内に投与される。
【0051】
本発明は、HGF蛋白質を含む水溶液中のHGF重合体(HGF蛋白質の重合体)生成を抑制する方法であって、該水溶液に乳糖、グリシン、塩化ナトリウム、pH緩衝剤、及び界面活性剤を配合することを特徴とする、水溶液におけるHGF重合体生成抑制方法も包含する。水溶液におけるHGF蛋白質、乳糖、グリシン、塩化ナトリウム、pH緩衝剤、及び界面活性剤、並びにそれらの好ましい添加量等は、上述したHGF注射液におけるものと同様である。
【0052】
本発明は、HGF蛋白質を含む凍結乾燥製剤中のHGF重合体(HGF蛋白質の重合体)の生成を抑制する方法であって、該凍結乾燥製剤に、乳糖、グリシン、塩化ナトリウム、pH緩衝剤、及び界面活性剤を配合することを特徴とする、凍結乾燥製剤におけるHGF重合体生成抑制方法も包含する。HGF蛋白質、乳糖、グリシン、塩化ナトリウム、pH緩衝剤、及び界面活性剤、並びにそれらの好ましい添加量等は、上述したHGF凍結乾燥製剤におけるものと同様である。
【実施例】
【0053】
以下に、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれら実施例により限定されるものではない。
【0054】
以下、配列番号6に表されるアミノ酸配列からなる組換えヒトHGF蛋白質(以下、単にHGFとのみ表記する)に各種の添加物を加え、安定性及び安全性を検討した。なお、以下の実施例において特に断りのない場合、%は質量%を示す。使用したHGFは、Biochem. Biophys. Res. Commun. 180: 1151-1158, 1991に記載の方法に準じてCHO細胞を用いて製造した。
【0055】
[実施例1]
5mM クエン酸緩衝液(pH6.0)、及び0.375M 塩化ナトリウム、0.005%ポリソルベート80を含むHGF溶液に、乳糖およびグリシンを溶解し、それぞれ下記表1に示す濃度となるよう調製した。
【0056】
【表1】
【0057】
得られた上記溶液をバイアル(φ23×43mm)に1mLずつ無菌的に分注した。バイアルにゴム栓を半打栓し、トレイに整列させ、凍結乾燥機(トリオマスター;共和真空技術株式会社製)に入れ、−50℃で予備凍結した後、一次乾燥(−50℃→−20℃/4時間、−20℃/24時間以上、0.01〜0.1Torr)及び二次乾燥(−20℃→20〜30℃/8〜10時間、20〜30℃/10時間以上、0.01〜0.1Torr)を経て凍結乾燥製剤を得た。 凍結乾燥終了後、トリオマスター庫内に無菌窒素を送入して復圧(庫内圧力:88.0kPa;一次復圧)し、ゴム栓を全打栓してから無菌窒素でトリオマスター庫内を大気圧に戻し(二次復圧)、バイアルを取り出した後、速やかにバイアルをキャップで締めた。このようにして、本発明のHGF凍結乾燥製剤を得た。
【0058】
[実施例2]
乳糖の添加濃度を7.5mg/mLとする以外は、実施例1と同様にして、HGF凍結乾燥製剤を得た。
【0059】
[実施例3]
乳糖の添加濃度を10mg/mLとする以外は、実施例1と同様にして、HGF凍結乾燥製剤を得た。
【0060】
[実施例4]
2mMクエン酸緩衝液(pH6.0)、及び0.15M 塩化ナトリウム、0.002%ポリソルベート80を含むHGF溶液に、乳糖およびグリシンをそれぞれ下記表2に示す濃度となるよう溶解し、HGF注射液を得た。また、実施例2で得たHGF凍結乾燥製剤を注射用蒸留水2.5mLで溶解し、表2の組成のHGF注射液を得ることもできる。
【0061】
【表2】
【0062】
実験例1
10mg/mL HGF、10mM クエン酸緩衝液(pH6.0)、0.3M 塩化ナトリウム、及び0.03%ポリソルベート80を基本成分とし、この基本成分に表3の各添加物を加えて処方1〜3のHGF溶液(2mL)を調製し、これをバイアル中で実施例1と同様に凍結乾燥して、各凍結乾燥製剤を作製した。各凍結乾燥製剤を強制劣化させる条件として50℃で1週間保存し、保存前後の重合体含量を測定した。結果を表4に示す。
【0063】
【表3】
【0064】
HGF製剤の重合体含量は、各凍結乾燥製剤を2mLの注射用蒸留水で溶解し、得られるHGF溶液を下記条件で高速液体クロマトグラフィー(HPLC)にて分析して得られる面積百分率(%)(以下、重合体含量(%)という)として下記式1により求めた。
【0065】
【数1】
【0066】
式1中、AはHGFピーク面積、Aは重合体ピーク面積を示す。
【0067】
(HPLC条件)
カラム:ゲルろ過カラム(商品名:Superdex 200 10/300、GEヘルスケア社製)
移動相:塩化ナトリウム58.44g、クエン酸三ナトリウム二水和物2.94g、及びポリソルベート80 0.1gを精製水に溶かし、精製水で1Lとした液をA液とした。塩化ナトリウム58.44g、クエン酸一水和物2.10g、及びポリソルベート80 0.1gを精製水に溶かし、1Lとした液をB液とした。A液にB液を加え、pH6.0に調整後、0.45μmのフィルター(商品名:Millicup-HV、孔径0.45μm、メルク社製)でろ過し、使用前に脱気した。室温で保存し、2週間以内に使用した。
カラム温度:25℃
流速:0.5mL/分
検液注入量:25μL
検出波長:280nm
【0068】
【表4】
【0069】
基本成分のみで構成される処方1のHGF溶液から作製した凍結乾燥製剤では、過酷条件で保存すると著しい重合体の生成が認められた。一方、処方2及び3のHGF溶液から作製した凍結乾燥製剤では過酷条件でも重合体の生成が抑制されており、従来知られているように、精製白糖又はL−アラニンには、HGF凍結乾燥製剤を安定に維持する効果が認められた。
【0070】
実験例2
2.5mg/mL HGF、5mM クエン酸緩衝液(pH6.0)、及び0.375M 塩化ナトリウム、0.005%ポリソルベート80を基本成分とし、この基本成分に表5の各添加物を加えて処方4〜6のHGF溶液(1mL)を調製し、これをバイアル中で実施例1と同様に凍結乾燥して、各凍結乾燥製剤を作製した。各凍結乾燥製剤を50℃で1週間保存し、保存前後の重合体含量を実験例1と同様に測定した。結果を表6に示す。
【0071】
【表5】
【0072】
【表6】
【0073】
グリシン及び乳糖を添加した処方5のHGF凍結乾燥製剤では、重合体の生成が抑制されており、製剤の安定性がよいことがわかった。
【0074】
実験例3
グリシン及び乳糖を添加したHGF凍結乾燥製剤の安定性を確認するため、2.5mg/mL HGF、5mM クエン酸緩衝液(pH6.0)、0.375M 塩化ナトリウム、及び0.005%ポリソルベート80を基本成分とし、この基本成分に表7の各添加物を加えて処方4、5、7及び8のHGF溶液(1mL)を調製し、これをバイアル中で実施例1と同様に凍結乾燥して、各凍結乾燥製剤を作製した。各凍結乾燥製剤を25℃で1〜2ヶ月あるいは50℃で2週間保存し、保存前後の重合体含量を実験例1と同様に測定した。結果を表8に示す。
【0075】
【表7】
【0076】
【表8】
【0077】
グリシンと乳糖を添加した処方5及び7のHGF溶液から作製した凍結乾燥製剤では、室温の25℃で2ヶ月保存後も重合体含量はわずかな増加に抑制されていた。さらに、処方5及び7のHGF溶液から作製した凍結乾燥製剤では、過酷条件である50℃、2週間保存後でも重合体含量は1%強に過ぎず、重合体の生成が抑制されていた。処方5及び7のHGF溶液から作製した凍結乾燥製剤における重合体形成抑制効果は、HGF凍結乾燥製剤の安定化に有効であることが知られている精製白糖をグリシンとともに加えた処方8とほぼ同等であった。
【0078】
実験例4
実施例2で得たHGF凍結乾燥製剤を注射用蒸留水2.5mLで溶解し、表2の組成のHGF注射液を得た。該注射液を密閉容器中で2週間、40℃で保存した。保存前後のHGF注射液の重合体含量を実験例1と同様に測定した。また、保存前後のHGF注射液のHGFの生物活性を、ミンク肺由来上皮様細胞であるMv1Lu細胞(理研、BRC ID:RCB0996)の増殖性を指標に評価した。
保存前及び保存後のHGF注射液中の重合体含量はそれぞれ1.54%及び2.67%で、40℃で2週間保存した間の重合体含量の増加は1%程度に留まった。また、40℃で2週間保存した後のHGF注射液中のHGFの生物活性は、保存前に比べて89.4%(保存前を100%としての相対活性)と高い活性を維持していた。このように、本発明のHGF注射液は、40℃で2週間保存する間もほぼ安定であった。
【0079】
試験例1
ラット髄腔内に表9のHGF溶液1、2又は各種溶媒(溶媒AまたはB)又は生理食塩液45μLをボーラス(bolus)単回投与し、中枢神経系に対する安全性を検討した。なお、ラットの髄液量は約200μLであり、ここに過剰な量の溶液をボーラス単回投与することはそれ自体がラットに異常な症状を引き起こすため、ラットの髄腔内にボーラス単回投与できる最大許容量を45μLとして設定した。
ラットをペントバルビタール麻酔下に、頸部から背部にかけて電気バリカンで剪毛し、消毒用エタノール及びイソジンン液10%(商品名、株式会社明治:ポピドンヨード10%溶液)で剃毛部位を清拭及び消毒した。背部皮膚を切開し、第11胸椎から第2腰椎を露出後、第12/13胸椎間の靭帯を切除し、硬膜を露出させた。露出部位の硬膜及びくも膜に小切開を加え髄液の流出を確認した後、直ちに生理食塩液(株式会社大塚製薬工場)を満たしたポリウレタンカテーテル(MRE025(OD:0.25mm、10cm)とMRE010(OD:0.65mm、2.5cm) を接続した2段カテーテル;Braintree, USA)の先端を切開部より髄腔内(頭部側に向けて)に約2.5cm挿入した。医療用アロンアルファ(商品名:アロンアルファA「三共」、第一三共株式会社)を用いてカテーテルを周囲組織に固定するとともに、カテーテルの末端を熱処理により閉塞し、適切な長さで頸部皮膚から露出させた。創部は縫合糸を用いて縫合した。ラットが麻酔から覚醒するまでの間は保温マットにより保温し、覚醒後、飼育ケージに戻した。カテーテル留置翌日、ラットの覚醒下において、留置カテーテルを介して表9のHGF溶液1、2、溶媒AもしくはB又は生理食塩液45μLを単回ボーラス投与し、続いて生理食塩液を10μL投与(カテーテル内に残留するHGF溶液または溶媒を髄腔内に押し込むため)した。その後にカテーテルを熱処理して閉塞させて皮下へ戻し、ラットの状態を観察した。
【0080】
【表9】
【0081】
ラット髄腔内へのボーラス投与において、生理食塩液の投与ではラットは何ら異常を示さなかった。一方、従来HGF製剤に対する安定化効果が知られている添加物を配合して調製した溶媒Aの髄腔内投与では、一過性ではあるが、ラットの自発運動低下、流涎、痙攣などの神経学的異常所見が認められた。これに対し、本発明のHGF製剤に用いられる添加物を配合して調製した溶媒Bの髄腔内投与では、生理食塩液を投与した場合と同様に、ラットは何ら異常を示さなかった。この溶媒Bで調製されたHGF溶液1(実施例4の注射液と同一であり、本発明のHGF注射液に該当する)をラットの髄腔内に同様に投与しても、ラットは何ら異常を示さなかった。本発明のHGF注射液は、中枢神経系に対して悪影響を及ぼさず、非常に安全な組成であることが確認された。一方、溶媒Bの乳糖を白糖に代えた組成の溶媒で調製されたHGF溶液2をラットの髄腔内に投与した場合は、ラットは投与後20分程度の間、啼鳴や四肢硬直など神経学的に異常な症状を示した。
【0082】
試験例2
ラットの脊髄損傷モデルを作製し、損傷直後からHGF溶液を髄腔内に反復投与した(45μL/shot、3回/週、4週間)(HGF投与群;n=6)。このとき、HGF溶液として、実施例2の凍結乾燥製剤を2.5mLの注射用蒸留水で再溶解して得られる表2の組成のHGF溶液を使用した。また、対照群の脊髄損傷モデルラット(n=6)にはHGFを含まない溶媒(2mMクエン酸緩衝液(pH6.0)、0.15M塩化ナトリウム、0.002%ポリソルベート80、0.16mg/mLグリシン、及び3mg/mL乳糖)を同様に投与した。
脊髄損傷モデルラットの作製は以下のように行った。ラットは、まずケタミン及びキシラジン麻酔下に頸部から腰部にかけて電気バリカンで剪毛し、70%アルコール及びイソジン液10%(商品名、株式会社明治:ポピドンヨード10%溶液)で清拭した。背部皮膚を切開し、第6胸椎から第5腰椎付近まで露出後、第9〜10胸椎の椎弓及び靭帯を切除し、硬膜を露出させた。直ちにMASCIS Impactor(Rutgers university, USA)を用いて10gの重錘を25mmの高さから第10胸椎高位に落下させ、脊髄損傷を作製した。脊髄損傷直後に第1/2腰椎間の靭帯を切除し、硬膜を露出させ、硬膜及びくも膜に小切開を加えた。髄液の漏出を確認し、直ちにポリウレタンカテーテル(MRE025 (OD:0.25 mm、10 cm、Braintree, USA) とMRE010 (OD:0.65 mm、2.5 cm、Braintree, USA) を接続した2段カテーテル)の先端を髄腔内に頭側に向けて挿入し、脊髄損傷付近まで進めた。カテーテルを医療用アロンアルファ(商品名:アロンアルファA「三共」、第一三共株式会社製)で筋層に固定して留置し、第1回目の薬液(HGF溶液または溶媒)投与を行った後、カテーテル末端を適切な長さで頸部皮膚から露出させ、創部を縫合した。動物は麻酔からの覚醒まで保温マットで保温し、覚醒後、飼育ケージに戻した。HGF溶液または溶媒の投与は以後、3回/週の頻度で4週間、留置したカテーテルを介して行った。各回の投与では、HGF溶液または溶媒45μLの投与に続いて生理食塩液を10μL投与(カテーテル内に残留するHGF溶液または溶媒を髄腔内に押し込むため)した。各投与の終了の後は、その都度カテーテル端を熱処理して閉塞させた。
【0083】
BBBスケール(21点満点:0点(完全麻痺)〜21点(正常な後肢運動)の21段階で評価)(Basso DM, Beattie MS, Bresnahan JC: A sensitive and reliable locomotor rating scale for open field testing in rats. J Neurotrauma 12:1-21, 1995)を用いてラットの後肢運動機能を経時的に評価し、脊髄損傷に対するHGFの治療効果を検討した。脊髄損傷の翌日では、BBBスコアはすべての個体で0点であったが、脊髄損傷4週間後、HGF投与群ではBBBスコアの平均は10点以上に回復し、溶媒投与群(対照群)のスコア(平均10点未満)よりも有意に高値を示した。HGFの脊髄損傷に対する治療効果が確認された。なお、4週間の投与期間にわたり、溶媒投与群(対照群)、及びHGF投与群のいずれにおいても、ラットは脊髄損傷以外の異常な症状を示さなかった。また、脊髄損傷4週間後にラットを解剖したところ、ラットの脊髄において脊髄損傷を受けた部位以外に異常は認められなかった。実施例2の凍結乾燥製剤を再溶解して得たHGF溶液は脊髄損傷の治療において安全でかつ有効であることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0084】
本発明によれば、医薬として有用な保存安定性の優れたHGF製剤を提供できる。また、本発明のHGF注射液は、ALS、脊髄損傷などの中枢神経疾患の治療のために、髄腔内又は脳室内、あるいは脊髄実質内又は脳実質内に投与することが可能である。従って本発明は、医療分野等で有用である。
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]