(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6282279
(24)【登録日】2018年2月2日
(45)【発行日】2018年2月21日
(54)【発明の名称】生物学的材料を含有する溶液を処理および分析するためのマイクロ流体工程ならびにこれに対応するマイクロ流体回路
(51)【国際特許分類】
G01N 35/08 20060101AFI20180208BHJP
G01N 37/00 20060101ALI20180208BHJP
C12Q 1/68 20180101ALI20180208BHJP
【FI】
G01N35/08 B
G01N37/00 101
C12Q1/68
【請求項の数】15
【全頁数】19
(21)【出願番号】特願2015-535062(P2015-535062)
(86)(22)【出願日】2013年10月8日
(65)【公表番号】特表2015-532424(P2015-532424A)
(43)【公表日】2015年11月9日
(86)【国際出願番号】EP2013070966
(87)【国際公開番号】WO2014056930
(87)【国際公開日】20140417
【審査請求日】2016年10月6日
(31)【優先権主張番号】1259566
(32)【優先日】2012年10月8日
(33)【優先権主張国】FR
(73)【特許権者】
【識別番号】513008384
【氏名又は名称】エコール ポリテクニック
(73)【特許権者】
【識別番号】512211752
【氏名又は名称】センター ナショナル デ ラ リシェルシェ サイエンティフィック
(74)【代理人】
【識別番号】100114775
【弁理士】
【氏名又は名称】高岡 亮一
(74)【代理人】
【識別番号】100121511
【弁理士】
【氏名又は名称】小田 直
(74)【代理人】
【識別番号】100191086
【弁理士】
【氏名又は名称】高橋 香元
(72)【発明者】
【氏名】バロウド,シャルル
(72)【発明者】
【氏名】ダングラ,レミ
(72)【発明者】
【氏名】アブビャッド,ポール
(72)【発明者】
【氏名】タークカン,シルバン
【審査官】
長谷 潮
(56)【参考文献】
【文献】
特表2012−503773(JP,A)
【文献】
国際公開第2011/121220(WO,A1)
【文献】
国際公開第2011/039475(WO,A1)
【文献】
特表2009−538731(JP,A)
【文献】
米国特許出願公開第2011/0190146(US,A1)
【文献】
N. Reginald Beer,On-Chip, Real-Time, Single-Copy Polymerase Chain Reaction in Picoliter Droplets,Anal. Chem.,2007年11月15日,Vol. 79, No. 22,pp. 8471-8475
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 35/00−37/00
C12Q 1/68
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
生物学的材料を含有する溶液を処理し分析するマイクロ流体工程であって、前記工程は、
−前記溶液をマイクロ流体回路(1、7、8、9)のマイクロ流路に導入する段階と、
−前記溶液の表面張力の作用に加えて前記マイクロ流路の傾斜ゾーンによって引き起こされる、キャリア流体中の前記溶液の液滴(40)を分離する段階であって、前記傾斜ゾーンでは、前記マイクロ流路を構成する少なくとも2つの対向する壁面が互いに次第に離れている段階と、
−前記溶液の表面張力の作用に加えて前記マイクロ流路の少なくとも1つの段によって引き起こされる、前記キャリア流体中の前記液滴(40)の少なくとも一部を前記マイクロ流体回路(1、7、8、9)の少なくとも1つの液滴貯留ゾーン(130、734、735、736、832、833、834、932)に移動させる段階と、
−前記貯留ゾーン内に移動した前記液滴の前記少なくとも一部を集める段階であって、前記貯留ゾーンの寸法が、前記移動した液滴の前記部分に含まれる液滴の寸法および量に適合しており、前記貯留ゾーンの壁面部分が、液滴を形成するための装置の傾斜ゾーンの少なくとも2つの対向する壁面よりもさらに互いに離間している段階と、
−前記貯留ゾーン(1つまたは複数)(130、734、735、736、832、833、834、932)にある前記液滴(40)に処理を加える段階と、
−前記貯留ゾーン(1つまたは複数)(130、734、735、736、832、833、834、932)にある前記液滴(40)を分析する段階と、
を含むことを特徴とする、マイクロ流体工程。
【請求項2】
前記キャリア流体が静止状態にあり、前記キャリア流体中の前記液滴(40)が分離および移動されることを特徴とする、請求項1に記載のマイクロ流体工程。
【請求項3】
前記液滴(40)に加えられる前記処理が前記液滴の温度変化を含むことを特徴とする、請求項1乃至2のいずれかに記載のマイクロ流体工程。
【請求項4】
前記温度変化が、前記液滴(40)を含むマイクロ流体回路全体に加えられることを特徴とする、請求項3に記載のマイクロ流体工程。
【請求項5】
前記液滴(40)の前記分析が光学的分析であることを特徴とする、請求項1乃至4のいずれかに記載のマイクロ流体工程。
【請求項6】
少なくとも1つの前記貯留ゾーン(130、734、735、736、832、833、835、932)が、前記液滴(40)の表面エネルギーが隣接ゾーン内よりも低くなるゾーンからなることを特徴とする、請求項1乃至5のいずれかに記載のマイクロ流体工程。
【請求項7】
前記溶液中に含まれる前記生物学的材料が少なくとも1つの核酸を含み、前記液滴に加える前記処理が、前記核酸の少なくとも1つの配列の濃度を上昇させるのに適したポリメラーゼ連鎖反応増幅であることを特徴とする、請求項1乃至6のいずれかに記載のマイクロ流体工程。
【請求項8】
流体を収容するのに適したマイクロ流路が画定され、キャリア流体中の溶液の液滴を形成するための少なくとも1つの装置と、生成した前記液滴を貯留するための少なくとも1つの貯留ゾーン(130、734、735、736、832、833、835、932)とを含むマイクロ流体回路(1、7、8、9)であって、
前記液滴を形成するための少なくとも1つの装置が前記マイクロ流路を含み、前記マイクロ流路のそれぞれが、前記溶液の表面張力の作用の下で前記溶液の液滴(40)を分離させるように構成された傾斜ゾーンを含み、前記傾斜ゾーンでは、前記マイクロ流路を構成する少なくとも2つの対向する壁面が互いに次第に離れていることと、
前記マイクロ流体回路が、前記液滴(40)の表面張力の作用の下で前記液滴(40)の少なくとも一部を前記貯留ゾーン(130、734、735、736、832、833、835、932)に移動させるような少なくとも1つの段を含む、前記液滴を誘導するための手段を含むことと、
前記貯留ゾーン内に移動した前記液滴の前記少なくとも一部の前記液滴を集めるために、前記貯留ゾーンの寸法が、前記移動した液滴の前記部分に含まれる液滴の寸法および量に適合しており、前記貯留ゾーンの壁面部分が、前記液滴を形成するための少なくとも1つの装置の傾斜ゾーンの少なくとも2つの対向する壁面よりもさらに互いに離間していることと、
を特徴とする、マイクロ流体回路。
【請求項9】
前記マイクロ流体回路が、少なくとも2つの別個の貯留ゾーン(734、735、736、832、833、835、932)を含むことを特徴とする、請求項8に記載のマイクロ流体回路(7、8、9)。
【請求項10】
前記マイクロ流体回路(7)が、それぞれが異なる体積の液滴を形成するのに適した異なる部分を有する液滴形成ノズルを含む、液滴を形成するための少なくとも2つの装置を含むことを特徴とする、請求項8に記載のマイクロ流体回路(7)。
【請求項11】
前記液滴を誘導するための前記手段(731、732、733)が、前記異なる体積の液滴を別個の貯留ゾーン(734、735、736)に誘導する異なる傾斜ゾーンをさらに含むことを特徴とする、請求項8に記載のマイクロ流体回路(7)。
【請求項12】
少なくとも1つの前記貯留ゾーン(932)が、液滴の直径の10%と120%との間に含まれる直径の穴であり、前記穴が1つの液滴(40)のみを受け取るよう適合していることを特徴とする、請求項8乃至11のいずれかに記載のマイクロ流体回路(9)。
【請求項13】
少なくとも1つの前記貯留ゾーン(130、734、735、736、832、834、835)が、液滴を同じ層で受け取るよう適合した所定の寸法を含むことを特徴とする、請求項8乃至11のいずれかに記載のマイクロ流体回路(1、7、8)。
【請求項14】
少なくとも1つの前記貯留ゾーン(130、734、735、736、832、834、835)が、上面と下面との間の所定の距離を含み、前記少なくとも1つの貯留ゾーンの前記所定の距離が、前記少なくとも1つの貯留ゾーンに含まれる液滴を少なくとも2つの重なった層に分配することを特徴とする、請求項8乃至11のいずれかに記載のマイクロ流体回路(1、7、8)。
【請求項15】
前記マイクロ流体回路が、少なくとも部分的に、少なくとも1つの前記貯留ゾーン(130、734、735、736、832、834、835、932)を前記回路の外部から見るのに適した透明な材料からなることを特徴とする、請求項8乃至14のいずれかに記載のマイクロ流体回路(1、7、8、9)。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
(発明の分野)
本発明は、溶液を複数の液滴に分割するマイクロ流体法を用いて、生物学的材料を含有する溶液を処理し分析する工程に関する。
【0002】
本発明はこのほか、極めて少量の流体を操作するのに適した、特にこのような工程を用いるのに適したマイクロ流体回路に関する。
【背景技術】
【0003】
(先行技術)
先行技術としては特に、本出願者らが保有する仏国特許出願公開第2873171号、同第2901717号、国際公開第2011/121220号および同第2011/039475号に記載される、適切なマイクロ流体回路でキャリア流体と呼ばれる第二の流体に入れた第一の流体の液滴を生成し操作するのに適したマイクロ流体工程が挙げられる。第一の流体は一般に、体積が10〜100μm
3の範囲の液滴に分割される水溶液である。キャリア流体は一般に、操作する流体の液滴同士が接触した場合にこれらが自発的に融合するのを防止するのに適した界面活性剤製品が任意選択で添加された油である。
【0004】
このようなマイクロ流体工程の使用は、生物学的材料を含有する溶液に処理を加えた後、処理済みの溶液を分析するのに提案されてきた。特に、DNA(「デオキシリボ核酸」の頭文字)またはRNA(「リボ核酸」の頭文字)などの核酸配列を多数コピーするのに適したポリメラーゼ連鎖反応増幅法(「PCR」の頭文字を用いて呼ばれることが多い)を実施するのにこのような技術を使用することが想定されてきた。この増幅を実施するには、少量の核酸を含有する溶液を調製し、周期的な温度変化からなる温度サイクリングと呼ばれる熱処理を加える。この温度変化により、溶液中に存在する核酸分子を強制的に複製させることができる。このようにして、溶液中の核酸濃度を大幅に増大させることが可能となる。
【0005】
このようなポリメラーゼ連鎖反応増幅法は多数の変形形態に分類ことが可能であり、分子生物学の当業者に周知である。このほか、核酸を含有する溶液を増幅前に多数の少量の部分に分割するためにマイクロ流体工程を用いるポリメラーゼ連鎖反応増幅法自体が当業者に公知であり、一般に「デジタルPCR」と呼ばれている。
【0006】
このようなデジタルPCR工程については、特に国際公開第2010/036352号からわかる。この工程に従えば、キャリア流体の流れまたは流束を用いて、核酸を含有する溶液を大量の液滴に分割する。統計学的に少数の液滴が被験核酸分子を含有するように溶液中の核酸の濃度を選択する。液滴を容器に入れて核酸のポリメラーゼ連鎖反応増幅に適した温度サイクリングに供する。次いで、その液滴を流路に導入し光学的に分析して、温度サイクリングの前に少なくとも1つの核酸を含有し、この温度サイクリングの後にこの核酸を大量に含有する液滴を検出する。
【0007】
この工程では、一方では液滴を生成し、温度サイクリングを実施し、最後に温度サイクリング後に液滴を分析するのに高価な装置を多数用いる必要がある。さらに、これらの連続した操作には時間がかかり、幅広い専門的技術が必要となる。したがって、この工程によるポリメラーゼ連鎖反応増幅には時間と費用がかかり、特殊な訓練を受けた作業者のみが実施可能である。
【0008】
さらに、核酸を含有する溶液の試料から液滴を生成するのにキャリア流体の流れを利用する場合、一時的な段階で生成される最初の液滴は大きさが不適切である。ポリメラーゼ連鎖反応増幅には、第二の段階で生成される大きさがより均一な液滴のみを使用することができる。したがって、この工程では、核酸を含有する溶液の最初の試料の相当部分が失われる。様々な容器間で必要とされる移動により、この溶液の一部がさらに失われることになる。したがって、この工程では試料の相当な損失が生じる可能性があり、それは約25%に及び得る。生物試料が極めてまれで高価な場合もあるため、このような損失は大きな欠点となる。
【0009】
このほか、Hatch、Fisher、Tovar、Hsieh Lin、Pentoney、YanおよびLeeによる論文「1−Million droplet array with wide field fluorescence imaging for digital PCR」(Lab Chip,2011,11,3838)から、液滴を用いるまた別のデジタルPCR工程が知られており、この工程では、1個の液滴を大きさの等しい2個の液滴に分割することを8回連続して行うことによって、核酸を含有する溶液の液滴を生成する。この連続的な分割は、最初の1個の液滴から、幅広で平坦な流路に送り込まれる大きさの等しい256個の液滴を生成するのに適している。このような液滴が多数生成されると、流路の相当部分が満たされ得る。次いで、流路とそこに含まれる液滴がポリメラーゼ連鎖反応に適した温度サイクリングに供され得る。次いで、流路の透明な壁面から液滴を光学的に観察することによって、液滴を流路から取り出さずに様々な液滴の分析を直接実施し得る。
【0010】
この工程にもいくつか欠点がある。この方法では、最初の液滴が、のちの処理および測定に適した大きさの液滴に分割するのに適する明確に定められた大きさであることが必要である。しかし、最初の液滴の生成に用いる方法は、キャリア流体の流れの作用の下で溶液の流れを分割するため、液滴生成開始時に一時的な段階が存在することを意味し、この段階で核酸を含有する溶液とキャリア流体の流れを平衡させる必要がある。したがって、この一時的な段階で形成される液滴は不適切な大きさである。この最初の液滴を連続的に分割することにより、有効な分析が不可能な不適切な大きさの液滴が流路に多数導入されることになる。その結果、生物学的流体の試料の一部のみが分析可能であり、試料の約10%に相当するほかの部分は失われる。
【0011】
さらに、液滴はキャリア流体の流れの作用の下でのみ生成し分割するのに適しているため、このキャリア流体が液滴と同時に大量に流路に導入される。その結果、この流路のキャリア流体中の液滴の濃度は最適なものではない。
【0012】
最後に、この工程は、核酸を含有する溶液の流れと生物学的流体の流れとの間の平衡を保つ必要があるため、実施に手間がかかり、特殊な専門的技術を必要とする。実際、この工程が厳密に実施されないと、生成する液滴は大きさが不均一なものとなる可能性があり、分析に悪影響を及ぼす。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
(本発明の目的)
本発明の目的は、先行技術のこのような欠点を改善することである。
【0014】
具体的には、本発明の目的は、溶液を複数の液滴に分割するマイクロ流体法を用いて、生物学的材料を含有する溶液を処理し分析するための工程を提案することであり、この工程は先行技術による工程よりも迅速に実施でき、効果的で簡便、低コストであり、また操作者が工程を実施するのに必要な訓練が少なく、使用する生物学的材料のより多くの部分を有効に処理し分析するのに適している。
【0015】
本発明のさらなる目的は、このような工程を実施するのに適したマイクロ流体回路を提供することである。
【0016】
本発明の目的は、具体的には、その少なくとも1つの実施形態によれば、このような工程ならびにこれを実施するのに適し、液滴を用いたデジタルPCRを実施するのに適し、先行技術による工程よりも簡便で、効果的であり、コストの低いマイクロ流体回路を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0017】
(発明の説明)
上に挙げた目的は、のちにさらに明らかになる他の目的とともに、生物学的材料を含有する溶液を処理し分析するマイクロ流体工程を用いて達成され、この工程は、本発明によれば、以下に挙げる段階を含む:
−溶液をマイクロ流体回路のマイクロ流路に導入する段階;
−溶液の表面張力の作用に加えてマイクロ流路壁面の分岐によって引き起こされる、キャリア流体中の溶液の液滴を分離する段階;
−溶液の表面張力の作用に加えてマイクロ流路壁面の分岐によって引き起こされる、キャリア流体中の液滴の少なくとも一部をマイクロ流体回路の少なくとも1つの液滴貯留ゾーンに移動させる段階;
−貯留ゾーン(1つまたは複数)にある液滴に処理を加える段階;
−貯留ゾーン(1つまたは複数)にある液滴を分析する段階。
【0018】
この工程は、処理によって引き起こされる反応を各液滴内で独立して生じさせることができるという点で有利である。これは、種々の段階が実施される単一のマイクロ流体回路内で特に容易に実施され得る。さらに、キャリア流体の流れの有無に関係なく液滴が生成され得る。特に液滴の大きさは、キャリア流体の運動に厳密に依存するわけではなく、またその形成開始時から均一である。したがって、使用する試料のすべてまたはほぼすべてを用いて処理および分析を実施することが可能である。
【0019】
このために、マイクロ流体回路のマイクロ流路は、溶液がその中で互いに分岐する壁面の間を循環して溶液の閉じ込めに差が生じるよう構成される。各壁面の分岐は連続的な分岐(傾斜壁面)または急激な分岐(段)であり得る。溶液の表面張力、すなわち、接している溶液とキャリア流体との間の界面張力により、溶液の流れがこの閉じ込めの差を生じさせる形状となり、その結果、液滴の分離が起こる。
【0020】
したがって、液滴を分離するこの方法は、溶液の表面張力を用いて液滴の分離を生じさせるという点で、逆に溶液を結合させる傾向のある溶液の表面張力と拮抗し溶液を剪断することによって液滴を生成するためにキャリア流体の流れを必要とする方法とは根本的に異なるものである。この方法にはほかにも、キャリア流体の流れと溶液の流れとを平衡させる必要がないという利点があり、これにより工程が簡便化される。
【0021】
このほか、液滴の表面張力の作用に加えて壁面の分岐によって液滴の移動が引き起こされる。この移動は、液滴の表面張力の作用の下、互いに分岐する壁面の間を液滴が移動することにより直接引き起こされる場合もあれば、液滴の表面張力の作用の下、液滴が別の液滴から推進力を得ることによって、互いに分岐する壁面の間を移動することにより間接的に引き起こされる場合もある。
【0022】
最後に、液滴が形成され移動した後、少なくとも1つの貯留ゾーンに保持され、この貯留ゾーンは、液滴が入ることができても、外部からの介入(例えば、液滴が外に出るのに十分なエネルギーを供給するキャリア流体の流れ)がなければ外に出ることができないゾーンである。したがって、液滴が極めて容易に処理または分析され得る。
【0023】
液滴が中で分離して移動するキャリア流体が実質的に静止状態にあるのが有利である。
【0024】
したがって、液滴の生成および移動は、マイクロ流路壁面の設計のみによって規定されず、キャリア流体の流れによって妨げられないという点で、より確実なものとなる。キャリア流体は実質的に静止状態にあるが、液滴の移動によって引き起こされるわずかな擾乱を受けるのは明らかである。
【0025】
本発明の1つの有利な実施形態によれば、液滴に加える処理は液滴の温度変化を含む。
【0026】
好ましくは、この場合、温度変化は液滴を含むマイクロ流体回路全体に加える。温度変化はほかにも、小領域または個々の液滴に、例えば連続的に加え得る。
【0027】
このような温度変化は、実際、マイクロ流体回路およびそこに含まれる全液滴に容易に加えることができるものである。したがって、液滴をある容器から別の容器に移し替えることが回避される。
【0028】
温度変化または温度サイクリングは、例えば、ポリメラーゼ連鎖反応増幅を実施するのに適したものであり得る。このほか、さらなる処理、例えば、反応を生じさせることができる温度条件で十分な時間の間液滴を保持することからなるインキュベーションなどを加え得る。
【0029】
好ましくは、液滴の分析は光学的分析である。
【0030】
この解析は、液滴の移し替えを全く必要とせず、マイクロ流体回路の壁面を通して容易に実施し得るものである。
【0031】
本発明の1つの有利な実施形態によれば、貯留ゾーンのうちの少なくとも1つは、液滴の表面エネルギーが隣接ゾーン内よりも低くなるゾーンからなる。
【0032】
このように、マイクロ流体回路のマイクロ流路の設計は、液滴の表面張力の作用の下、捕捉ゾーンと呼ばれることもある貯留ゾーン内に液滴を保持するのに適したものである。したがって、キャリア流体の流れがどのようなものであれ、このキャリア流体の流れまたは別の外部から作用、例えば別の液滴からの推進力によって、液滴が貯留ゾーン周囲のゾーンに入り得るレベルまでその表面エネルギーが上昇するのに十分エネルギーが供給される限り、液滴がこの貯留ゾーンに効率的に保持される。
【0033】
溶液中に含まれる生物学的材料が少なくとも1つの核酸を含み、液滴に加える処理が、少なくとも1つの前記核酸配列の濃度を上昇させるのに適したポリメラーゼ連鎖反応増幅であるのが有利である。
【0034】
したがって、本発明による工程は、液滴を使用して、先行技術で用いられるものよりも簡便で効果的なデジタルポリメラーゼ連鎖反応増幅を実施するのに適している。
【0035】
本発明はほかにも、流体を収容するのに適したマイクロ流路が画定され、キャリア流体中で溶液の液滴を形成するための少なくともの1つの装置と、生成した液滴を貯留するための少なくとも1つのゾーンとを含む、マイクロ流体回路に関する。本発明によれば、液滴を形成するための装置は、溶液の表面張力の作用の下で溶液の液滴を分離させるよう分岐したマイクロ流路の壁面部分を含み、マイクロ流体回路は、液滴の張力の作用の下で液滴を貯留ゾーンに移動させるよう分岐したマイクロ流路の壁面部分を含む、液滴を誘導するための手段を含む。
【0036】
この回路は特に、上記工程を特に容易に実施するのに適している。実際、溶液を回路内に導入するだけで溶液の液滴への分割およびその液滴の貯留ゾーンへの移動が自動的に生じ、その貯留ゾーンで液滴を処理し分析することができるため、この回路はキャリア流体の流れを全く必要としない。
【0037】
好ましくは、貯留ゾーンのうちの少なくとも1つは、隣接ゾーン内よりも壁面がさらに互いに離れているマイクロ流路のゾーンからなる。
【0038】
この貯留ゾーンは、例えばチャンバ内に画定されていてよく、そこでは液滴が上壁面と下壁面によってのみ閉じ込められる。このチャンバ内のこれらの2つの壁面が互いにさらに離れているゾーンにより、液滴がそこに閉じ込められる度合いを少なくすることができる。その結果、このゾーンが液滴を保持し、貯留ゾーンを形成する。
【0039】
1つの有利な実施形態によれば、マイクロ流体回路は少なくとも2つの別個の貯留ゾーンを含む。
【0040】
したがって、複数のグループの別個の液滴を同時に処理し分析することが可能である。
【0041】
マイクロ流体回路は、それぞれが異なる体積の液滴を形成するのに適した、液滴を形成するための装置を少なくとも2つ含むのが有利である。
【0042】
このようにして、回路は複数の大きさの液滴を同時に処理し分析するのに適したものとなる。
【0043】
この場合、液滴を誘導する手段は、異なる体積の液滴を別個の貯留ゾーンに誘導するよう設計されているのが有利である。
【0044】
1つの有利な実施形態によれば、少なくとも1つの前記貯留ゾーンは、1つの液滴のみを受け取るように設計されている。
【0045】
この場合、各種の液滴は個々の貯留ゾーンまたは捕捉ゾーンに保持され得る。これにより、特に液滴の分析を容易にするのに適した、優れた液滴の配置が可能となる。この場合、液滴はその処理および分析時に互いに接触することがないため、液滴同士が融合しにくい。したがって、この場合、キャリア流体の界面活性特性を不利にならない程度まで軽減することが可能である。
【0046】
さらなる有利な実施形態によれば、少なくとも1つの貯留ゾーンは、液滴を1層で受け取るよう設計されている。
【0047】
このような実施形態は液滴の分析を容易にするのに適している。
【0048】
さらなる有利な実施形態によれば、少なくとも1つの貯留ゾーンは、そこに含まれる液滴を少なくとも2つの重なった層に分配するよう設計されている。
【0049】
特に高い貯留ゾーンを必要とするこのような実施形態は、より多くの液滴を処理し分析するのに適している。
【0050】
好ましくは、マイクロ流体回路は、その少なくとも一部が、少なくとも1つの貯留ゾーンを回路の外部から見るのに適した透明な材料からなる。
【0051】
したがって、液滴を処理した後に液滴を光学的に分析するのが容易になる。
【0052】
(図面のリスト)
本発明は、限定ではなく例示を目的として記載され図面が添付された、以下の好ましい実施形態の説明を読むことによって、より明確に理解されるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【
図1】本発明の第一の実施形態による工程を実施するのに適したマイクロ流体回路の上面水平投影図である。
【
図3A】マイクロ流体回路の使用の様々な段階における
図1の水平投影図の詳細を示す図である。
【
図4A】マイクロ流体回路の使用の様々な段階における
図1の水平投影図の詳細を示す図である。
【
図5A】マイクロ流体回路の使用の様々な段階における
図1の水平投影図の詳細を示す図である。
【
図6A】マイクロ流体回路の使用の様々な段階における
図1の水平投影図の詳細を示す図である。
【
図7】本発明の第二の可能な実施形態による工程を実施するのに適したマイクロ流体回路の1つの水平投影図および2つの横断面図である。
【
図8】本発明の第二の可能な実施形態による工程を実施するのに適したマイクロ流体回路の1つの水平投影図および2つの横断面図である。
【
図9】本発明の第二の可能な実施形態による工程を実施するのに適したマイクロ流体回路の1つの水平投影図および2つの横断面図である。
【
図10】本発明の第三の可能な実施形態による工程を実施するのに適したマイクロ流体回路の水平投影図および横断面図である。
【
図11】本発明の第三の可能な実施形態による工程を実施するのに適したマイクロ流体回路の水平投影図および横断面図である。
【
図12】本発明の第四の可能な実施形態による工程を実施するのに適したマイクロ流体回路の水平投影図および横断面図である。
【
図13】本発明の第四の可能な実施形態による工程を実施するのに適したマイクロ流体回路の水平投影図および横断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0054】
(一実施形態の詳細な説明)
マイクロ流体回路
図1は、本発明の好ましい実施形態による工程を実施するのに適したマイクロ流体回路1の上面水平投影図である。この水平投影図は、このマイクロ流体回路の内部に備えられている様々なマイクロ流体流路を示すものである。このほか、このマイクロ流体回路1の横断面図を
図2に示す。
【0055】
それ自体が既知の方法で、このマイクロ流体回路1は、互いに接着した2枚の重なり合ったプレートからなるものであり得る。このようにして、回路1は、例えば透明な顕微鏡スライドであり得るプレート102と、プレート101とからなり、プレート101には、互いに重なり合って接着した2枚のプレートの間にマイクロ流路が画定されるようプレート102と接する面にエッチングが施されている。プレート101は、ポリマー材料からなるものであり得る。好ましくは、2枚のプレートのうち少なくとも1枚を形成する材料は、マイクロ流路内の流体の観察が容易になるよう透明になっている。この場合、回路1の観察は、
図1に示される通り、透明性によってマイクロ流路を見ることに適したものである。
【0056】
既知の方法で、これらのマイクロ流路の寸法は、エッチングを施すプレートのエッチングの幅および深さを適合させることによって自由に選択し得る。例えば、マイクロ流路は幅が約100μm、深さが約50μmであり得る。これらのマイクロ流路はほかにも、様々な流体の特徴または操作する液滴の大きさに適合するように、これより大きい寸法であっても、逆にこれより小さい寸法であってもよい。当業者に公知の他の方法に基づいて製造されたマイクロ流体回路を本発明の実施に使用し得ることが明らかであることに留意するべきである。
【0057】
これらのマイクロ流路は通常、その壁面が、溶液を閉じ込める負荷またはその中を循環する液滴に対する負荷がかかるような寸法になっている。したがって、ほとんどのマイクロ流路では、液滴は上壁面、下壁面、右壁面および左壁面によって閉じ込められる。しかし、以降「チャンバ」と呼ぶ一部のマイクロ流路は、1次元方向に負荷がかかる寸法になっており、その実質的に平行な壁面のうちの2つ(一般に上壁面と下壁面)が液滴を閉じ込めるよう互いに接近しており、他の壁面は液滴を閉じ込めないよう十分に離れている。
【0058】
マイクロ流体回路1は、それを使用する前に、以降キャリア流体と呼ぶ、回路内で操作する流体と混和できない不活性な流体で満たすべきである。このキャリア流体は一般に、操作する溶液の液滴が接触した場合に自発的に融合するのを防ぐのに適した界面活性添加剤製品を添加するのに適した油である。この界面活性添加剤は、キャリア流体として使用する油および処理し分析する溶液の特徴に応じて不要な場合もある。
【0059】
示されるマイクロ流体回路1は、互いに垂直に延びる2本の供給枝路110および111に分かれた供給マイクロ流路11を含む。このマイクロ流路11は、マイクロ流体回路1を形成する一方のプレートに開けられた供給穴10と接続されており、この中にシリンジの針またはピペットの先端を挿入して供給流路11に流体を注入し得る。
【0060】
このほか、チャンバ13には、回路1の一方のプレートに開けた穴14と接続した排出口がある。この口は特に、マイクロ流路に挿入した流体の総体積がこれらのマイクロ流路の体積を上回る場合にキャリア流体の一部を排出するのに適している。
【0061】
液滴形成
2つの供給枝路110および111はそれぞれ、複数の液滴形成ノズル12と接続されている。わかりやすくするため、
図1ではこのノズルは通常よりも大きい寸法で示されている。さらに、
図1には一部のノズル12のみが示されている。
【0062】
これらの液滴形成ノズル12は、マイクロ流路、すなわち、第一の末端から流体を供給し、この流体を第二の末端に向かって少量通過させるのに適した断面の小さい導管である。
図3A、4A、5Aおよび6Aは、液滴形成ノズル12およびそれが開口するチャンバの水平投影図を流体の液滴形成のいくつかの段階で詳細に示している。このノズルおよびこのチャンバはほかにも、それぞれ
図3A、4A、5Aおよび6Aの視点に対応する
図3B、4B、5Bおよび6Bの横断面図に詳細に示されている。わかりやすくするため、これらの図には回路1の流路を満たすキャリア流体は示されていない。
【0063】
これらの図に示される通り、ノズル12の第二の末端は、上面がプレート101にエッチングされ下面がプレート102からなる中央チャンバ13に開口している。ノズル12の第二の末端付近では、チャンバ13の上面に傾斜ゾーン131があるため、ノズル12の第二の末端から遠ざかると、チャンバ13の2つの面が分岐する。この壁面の分岐により、溶液がノズル12内を通過した後、溶液に作用する閉じ込めをその軌道に沿って減少させることが可能となる。
【0064】
図示されていない可能な1つの代替的な実施形態によれば、本発明の範囲を逸脱することなく、傾斜ゾーンをチャンバ表面に連続した複数の段を形成するゾーンに置き換え得ることに留意するべきである。実際、当業者であれば、このような連続する段には傾斜ゾーンと同じ技術的効果があることがわかる。同様に、さらなる実施形態によれば、壁面の高さ方向ではなく幅方向に分岐させることが可能である。
【0065】
図3Aおよび3Bに示される通り、流体4、例えば生物学的材料を含有する溶液が穴10からマイクロ流体回路1から導入されると、これが供給枝路110およびノズル12を満たす。流体4の穴10への導入が続くと、
図4Aおよび4Bに示される通り、流体4の流れの最先端部分がチャンバ13内まで進む。次いで、この流体は、ノズル12から遠ざかるにつれて互いに分岐する、プレート102からなる下面と、傾斜ゾーン131からなる上面との間に閉じ込められる。
【0066】
この表面の分岐には、流体4をノズル12から離れたところに引き付ける傾向がある。実際、流体には、その表面エネルギーが最小となる球体にできる限り近い形状をとる傾向がある。したがって、流体には、閉じ込められにくい空間に向かって移動する傾向がある。この引き付けは、
図5Aおよび5Bに示されるように流体の最先端部分を変形させ、この変形によって、
図6Aおよび6Bに示されるように、幾何学的パラメータによって決定される臨界サイズから液滴40の分離を引き起こす。
【0067】
このように、マイクロ流体回路1のマイクロ流路の形状、より具体的には、液滴形成ノズル12とノズル12から遠ざかるにつれて表面が互いに分岐するチャンバ13が連続していることは、キャリア流体の流れを全く必要とせずに流体4の液滴40を形成するのに適している。実際、この液滴を形成するのに必要な唯一の動作は、十分な圧力で穴10に流体4を導入することである。
【0068】
別法としてほかにも、穴10に流体4を導入した後、マイクロ流体回路の出口14に吸引(または陰圧)をかけることによって液滴を形成してもよい。次いで、同様の方法で液滴を形成する。
【0069】
この点について、マイクロ流体回路1内の流体4の供給圧力が、形成される液滴40の大きさにごくわずかな影響しか及ぼさないことに留意するべきである。したがって、本発明者らは、流体4の供給圧力を1000倍にしても、生成する液滴の大きさが2倍になるにとどまることを示した。したがって、マイクロ流体回路1により、大きさが主としてマイクロ流路(特にノズル12の横断面および傾斜ゾーン131の勾配)の幾何学的特徴および流体4の粘度に起因する、液滴40を生成することが可能となる。したがって、各ノズル12は、供給枝路110および111からの流体によって、流体の連続する流れが上流から供給されると、下流に同じ流体の均一な大きさの液滴を供給し得る。
【0070】
キャリア流体の流れを必要とせずに流体の連続する流れから一連の液滴を形成するのに適したこのような液滴形成ノズル12は、本出願者らが保有する国際公開第2011/121220号の文書に記載されている。
【0071】
図1のマイクロ流体回路1にはノズル12が24個示されている。しかし、本発明を実施するのに適した他のマイクロ流体回路にこれより小型の同様のノズルをこれより多数使用し得ることは明らかである。例を挙げると、約20μlの溶液の試料を2分間で約100,000個の液滴に分割するには、それぞれ高さが50μm、幅が100μmのノズルを256個含むマイクロ流体回路が適している。
【0072】
さらなる可能な実施形態によれば、長方形のチャンバの3側面または4側面の周囲にノズルを分布させるか、異なる形状、例えば円形、六角形などのチャンバの周縁の一部または全部にノズルを分布させ得ることに留意するべきである。このような極めて多数の代替的な実施形態は、キャリア流体の流れを用いることなく液滴を生成する方法によって可能となり、大量のキャリア流体の循環および排出を考える必要なく極めて多数の液滴を同時に生成することを可能にする。
【0073】
液滴貯留
液滴形成ノズル12がそれぞれ同じチャンバ13に開口しているため、生成した液滴はすべてこのチャンバの貯留ゾーンに集まる。本明細書では、「貯留ゾーン」または「捕捉ゾーン」という用語は、液滴が入ることができても、外部からの介入がなければ外に出ることができない、マイクロ流体回路のゾーンを意味する。
【0074】
示される実施形態では、ゾーンがチャンバ13の中央に位置する液滴貯留ゾーン130を形成するように、このチャンバ13の上面にくぼみとしてエッチングされている。貯留ゾーン130では、チャンバ13の上面と下面が、好ましくは平行であり、チャンバ内に位置する液滴が最小限の表面エネルギーに相当する球状をとることができずにこの2つの面の間に閉じ込められるよう十分に接近している。
【0075】
くぼみのエッチングにより、貯留ゾーン内でのチャンバの上面と下面との間の距離は隣接するゾーンよりも大きくなる(例えば、約50μm)。したがって、この貯留ゾーンに位置する液滴は、貯留ゾーン130の周囲でチャンバ13の上面と下面との間に閉じ込められている液滴よりも小型の形状をとることができる。その結果、貯留ゾーンにみられる液滴は、このゾーンの外側にみられる液滴よりも表面エネルギーが小さい。したがって、この貯留ゾーンに位置する液滴は、その表面エネルギーを増大させるエネルギーを供給しなければ前記ゾーンから外に出ることができない。
【0076】
マイクロ流体回路内の液滴を捕捉する技術は、本出願者らが保有する国際公開第2011/039475号に記載されていることに留意するべきである。
【0077】
したがって、貯留ゾーン130は液滴を保持する空間を形成し、好ましくは液滴が二次元で1層に配列するような寸法になっている。したがって、このゾーンに含まれる液滴は、チャンバの少なくとも1つの表面が透明であるため、すべてマイクロ流体回路の外側から直接見ることができる。
【0078】
しかし、さらなる実施形態によれば、上面と下面が複数の層に分配された液滴を受け取るのに十分な距離だけ離れている貯留ゾーンを用いることができる。
【0079】
好ましくは、貯留ゾーン130は液滴が形成される場所付近に位置する。このようにして、液滴が形成されたのち、このゾーンまで液滴を移動させるのに必要な外部の手段を全く必要とせずにこの貯留ゾーン130に導入される。実際、チャンバ13の壁面、特に傾斜ゾーン131における壁面の分岐および貯留ゾーン130の周縁部の形態によって、各液滴がその表面張力の作用の下、この貯留ゾーンまで移動することができる。液滴はほかにも、他の液滴による推進力によってチャンバ13、貯留ゾーンまで移動することが可能である。
【0080】
このマイクロ流体回路内の溶液の分析
マイクロ流体回路1を使用する前に、これをキャリア流体で満たす。生物学的材料を含有する溶液の処理および分析を実施するには、操作者がこの溶液を供給穴10から導入する。この導入は、ピペットの先端またはシリンジの針を穴10に合わせた後、シリンジまたはピペットを押してこの流体を放出するだけで実施される。次いで、流体が供給流路11に流れ込み、次いでその枝路110および111に流れ込む。次いで流体は各種のノズル12を通過し、その出口で液滴に分割されてチャンバ13に流れ込む。供給流路の枝路110および111に沿ってノズル12が多数分布しているため、多数の液滴が同時に生成し得る。これらの液滴は貯留ゾーン130に捕捉および保持され、迅速に貯留ゾーン全体を満たす。
【0081】
液滴が極めて簡便で効果的な方法で生成することに留意するべきである。実際、操作者に必要なのは溶液を開口部に導入することだけであり、この流体の流速とキャリア流体の流速を平衡させる必要はない。さらに、操作者がシリンジまたはピペットに加える圧力が、生成される液滴の大きさに及ぼす影響はごくわずかである。したがって、操作者は、完全に一定の圧力を確保するために特別な注意を払わなくても溶液を穴10に注入することができる。ノズル12によって形成される液滴はいずれの場合も、液滴形成開始時から寸法が均一である。
【0082】
操作者は、チャンバ13が満たされたかどうかを監視し、貯留ゾーン130が完全に満たされたとき溶液の注入を止めて、穴14と接続された排出口から溶液の液滴が漏出するのを防止することができる。
【0083】
貯留ゾーンを満たすのに十分な液滴を生成するのに適した試料の体積がわかっている場合、溶液を正確にこの体積だけ注入して、試料の一部が失われるのを回避することも可能である。この場合、溶液注入後、穴10に少量のキャリア流体を注入して、供給流路11ならびにその枝路110および111に残っている溶液をチャンバ13に押し入れることが有用であり得る。
【0084】
チャンバ13の貯留ゾーン130が処理および分析の対象となる溶液の液滴で満たされたとき、操作者はピペットまたはシリンジを穴10から外すことができる。貯留ゾーン130に液滴が保持されているため、この後、液滴が漏出する危険性を全く伴わずに操作者がマイクロ流体回路1を操作し得る。液滴に分割された試料の一部を失う危険性を全く伴わずに、マイクロ流体回路1全体を例えば、その温度サイクリングまたはその他の任意の熱処理に適した加熱装置内に置き得る。ほかにも、熱処理に加えて、またはそれに代えて他の種類の処理を加えることが可能である。
【0085】
処理後、液滴の光学的分析を実施し得るが、チャンバ13の貯留ゾーン130に含まれている全液滴をマイクロ流体回路1の透明な面から見ることができるという点で有利である。この分析は自動方式で実施するのが有利であり得る。
【0086】
複数の貯留ゾーンを用いる実施形態
特に様々な実験条件に適合するよう特別に設計したマイクロ流体回路を用いて、この工程の多数の代替的な実施形態が本発明の範囲を逸脱することなく実施され得る。
【0087】
この点に関して、
図7は、本発明の第二の可能な実施形態による工程を実施するのに適したマイクロ流体回路7の上面水平投影図である。このほか、このマイクロ流体回路7の横断面を
図8および9に示す。マイクロ流体回路1と同様に、マイクロ流体回路7は透明なプレート702と、エッチングを施したプレート701とからなり、この2つのプレートを互いに重ねて接着すると両プレートの間にマイクロ流路が画定される。
【0088】
このマイクロ流体回路7は供給マイクロ流路71と接続された供給穴70を含む。このマイクロ流路71には12個の液滴形成ノズル72が接続され、チャンバ73に開口している。示される実施形態では、ノズル72(わかりやすくするため、
図7に全部は記載していない)はすべて同一のものである。これらはマイクロ流体回路1のノズル12と同じタイプであるのが好ましい。
【0089】
この実施形態では、チャンバ73の上面に勾配の異なるそれぞれ731、732および733の複数の傾斜ゾーンがある。これらの傾斜ゾーンは、それぞれが一部のノズル72の末端付近に位置している。このように、具体的には
図8の横断面に見ることができる傾斜ゾーン731は勾配が比較的小さいため、チャンバ73の上面と下面がノズル72から遠ざかるに従って互いわずかに分岐している。一方、具体的には
図9の横断面に見られる傾斜ゾーン733は勾配が比較的大きいため、チャンバ73の上面と下面が大きく分岐している。傾斜ゾーン732はこの中間の勾配である。
【0090】
この勾配の差により、ノズル72およびチャンバ73の面によって生成される液滴は各傾斜ゾーンによって大きさが異なる。このようにして、傾斜ゾーン731で生成する液滴は傾斜ゾーン732で生成するものより大きく、傾斜ゾーン732で生成する液滴は傾斜ゾーン733で生成するものより大きいものとなる。
【0091】
チャンバ73の上面にエッチングを施すことによって3つの液滴貯留ゾーンが画定される。貯留ゾーン734は、傾斜ゾーン731で形成された液滴が収集されるようにこの傾斜ゾーン付近に位置している。同様に、貯留ゾーン735および736はそれぞれ傾斜ゾーン732および733付近に位置している。これらの貯留ゾーンそれぞれの寸法をそれが受け取ることになっている液滴の寸法および量に合わせるのが有利である。
【0092】
示される実施形態では、チャンバ73に沿って同じ高さで立っている隔壁737および738は、チャンバを部分的に仕切って、一部の液滴が意図したものと異なる貯留ゾーンに移動するのを防止するのに適している。
【0093】
このように、マイクロ流体回路7は、同じ溶液から大きさの異なる液滴の試料を同時に調製するのに適している。次いで、この試料に同じ処理を施した後、分析し得る。このような工程は、例えば、最適な結果を得るのに適した液滴の大きさがわかっていない溶液を分析するのに有用であり得る。
【0094】
当業者であれば、例えば、同じ傾斜ゾーンに開口し大きさが異なる液滴形成ノズルを用いて、本発明の範囲を逸脱することなくこの実施形態の代替的な実施形態を容易に実施し得るのは明らかである。
【0095】
同一の貯留ゾーンを複数有するマイクロ流体回路
図10は、本発明の第三の可能な実施形態による工程を実施するのに適したマイクロ流体回路8の上面水平投影図である。このほか、このマイクロ流体回路8の横断面を
図11に示す。この回路8はマイクロ流体回路1とほぼ同じものである。具体的には、同回路は回路1と同じ供給穴10と、回路1と同じ供給枝路110と111とに分かれた供給マイクロ流路11を2つと、回路1と同じ液滴形成ノズル12とを含む。液滴形成ノズル12が開口している中央チャンバ83には、マイクロ流体回路1の傾斜ゾーン131と同一の傾斜ゾーン831がある。
【0096】
この実施形態では、チャンバ83の上面には、1つではなく4つの分離した液滴貯留ゾーンが画定されるようにエッチングが施されている。示される実施形態では、これらの4つの貯留ゾーン832、833、834および835は同一のものである。しかし、同貯留ゾーンは、実験目的で、例えば異なる数の層に分配された液滴を含むように寸法が異なっている。
【0097】
液滴生成時、液滴は、必要であればこれらの貯留ゾーンに向かう推進力を他の液滴から与えられて、異なる貯留ゾーンに充満する。
【0098】
個別の液滴捕捉を用いるマイクロ流体回路
図12は、本発明の第四の可能な実施形態による工程を実施するのに適したマイクロ流体回路9の上面水平投影図である。このほか、このマイクロ流体回路9の横断面を
図13に示す。この回路9もマイクロ流体回路1とほぼ同じものである。具体的には、同回路は回路1と同じ供給穴10と、回路1と同じ供給枝路110と111とに分かれた供給マイクロ流路11を2つと、同じ液滴形成ノズル12とを含む。液滴形成ノズル12が開口している中央チャンバ93には、マイクロ流体回路1の傾斜ゾーン131と同一の傾斜ゾーン931がある。
【0099】
チャンバ93の上面には、複数の小型の穴932が画定されるようにエッチングが施されている。これらの穴932(わかりやすくするため、
図12および13に全部は記載していない)は直径が小さく、例えば、液滴の直径の約10%〜120%であり得る。これらの穴932はそれぞれ、単一の液滴を受け取ることが可能な貯留ゾーンまたは「トラップ」を形成している。
【0100】
形成された液滴がチャンバ93を満たすと、必要であれば1つの貯留ゾーンから別の貯留ゾーンへの推進力を別の液滴から与えられ、これらの貯留ゾーン932のそれぞれに収まる。このほか、この実施形態の1つの代替的な実施形態によれば、チャンバ93の上面と下面を完全には平行にせず、液滴形成ノズル12から最も離れた貯留ゾーン932に液滴が移動しやすいようにわずかに傾斜させることが可能である。
【0101】
このようにして、貯留ゾーン932のそれぞれが迅速に単一の液滴によって占められる。したがって、マイクロ流体回路9は、それぞれが極めて特異的な位置を占めることが予めわかっている複数の液滴を生成、処理し、分析するのに適している。このような液滴の配置により、液滴に対して実施した処理の結果の光学的分析が大幅に容易になる。
【0102】
さらに、この実施形態では、生成する液滴が互いに長時間接触することはない。実際、異なる貯留ゾーン932の位置は、捕捉される液滴が互いに接触しないように選択するのが有利である。このように液滴同士が長時間接触することがないことにより、複数の液滴が融合して単一の液滴になる危険性が大幅に減少する。その結果、この実施形態では、キャリア流体に添加する界面活性添加剤(液滴同士の融合を防ぐのに使用される界面活性剤)の使用が不要となり得る。別の場合には、性能の低い界面活性添加剤で十分なこともある。したがって、この実施形態は、特に高価なものであり得る最高性能の界面活性添加剤の使用を回避することが可能になるという点で有利である。
【0103】
従来の解決方法と比較した本発明の利点
このように本発明による工程は、液滴に分割した生物学的材料を含有する溶液の処理および分析をより迅速、効率的で、低コストなものにするのに適している。
【0104】
実際、この工程は、処理の対象となる試料の調製を最大限に簡便化するのに適している。分析する溶液を液滴に分割して回路に閉じ込め、熱処理を施し分析できる状態にするには、操作者は、注入圧力に配慮することなく溶液を適切なマイクロ流体回路に注入するだけでよい。さらに、液滴を含む回路の操作に何ら特別な注意を払う必要はない。
【0105】
このように、この解決方法は、溶液の液滴を生成するのに2つの流体の流れを平衡させることが必要な先行技術による解決方法よりも用いるのが簡便、迅速で、低コストである。
【0106】
さらに、本発明による工程は、使用するほぼすべての溶液を処理および分析に適した液滴に分割することを可能にし、処理する溶液の相当部分の損失を生じる先行技術による解決方法に比べ有利なものである。
【0107】
最後に、本発明による工程は、キャリア流体の流れを用いずに液滴を生成するのに適しており、液滴を収集するためのチャンバの複数の側面に沿って液滴形成ノズルを分布させ得る。したがって、例えば
図1の実施形態のように、四角形のチャンバの2つ側面に液滴形成ノズルを分布させることが可能である。ほかにも、このようなチャンバの3つまたは4つの側面に液滴形成ノズルを分布させることが可能である。このほか、異なる形状のチャンバの周囲、例えば、円形チャンバのほぼ全直径の周囲に液滴形成ノズルを分布させることが可能である。
【0108】
このようにチャンバの周囲に多数の液滴形成ノズルを分布させることが可能であるため、高効率な液滴生成を実施することができるが、先行技術による解決方法では液滴生成にキャリア流体の流れが伴い、これを排出できるようにしなければならないため、このようなことは実現不可能である。本発明による工程は特に、液滴を用いるデジタルPCRを先行技術による工程よりも迅速、効率的、簡便で、低コストな方式で実施するのに適している。
【0109】
この工程はほかにも、生物学的材料を含有する溶液の他のタイプの処理および分析を実施するのに適している。この点に関して、例えば、少量の酵素とその酵素と反応することができる基質とを含有する溶液をマイクロ流体回路に導入することが可能である。液滴形成から一定時間が経過した後、液滴を(自動的に、または目視観測および計数によって)光学的に分析して酵素反応が起こった液滴の割合を求めることにより、酵素の存在を定量化することが可能である。この例では、液滴に加える処理は、酵素反応を生じさせることができる温度条件で十分な長さの時間液滴を保持することのみからなるインキュベーションである。
【0110】
ほかにも、例えば、細胞とその細胞の一部と相互作用することができるマーカーとを含有する溶液をマイクロ流体回路に導入することが可能である。液滴形成から一定時間が経過した後、液滴を(自動的に、または目視観測および計数によって)光学的に分析して細胞がマーカーと相互作用した液滴の割合を求めることにより、特徴付けるべき細胞の存在を定量化することが可能である。この場合も同じく、液滴に加える処理はインキュベーションのみである。
【0111】
最後に、本発明による工程を実施するのに適した本発明によるマイクロ流体回路は、特にそれ自体を製造することが容易で費用がかからない。この回路の多数の代替的な実施形態を容易に用い得る。したがって、例えば、適切な手段で液滴が外部からの介入なしに外に出るのを防止する限り、回路の中央チャンバ自体で液滴貯留ゾーンを形成することが可能である。