(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
同一原料からなり、少なくとも乳成分濃度及び静菌剤濃度を含む複数の濃度パラメータが異なる複数の乳性果汁飲料に微生物を接種し、接種後の微生物入り乳性果汁飲料を培養した結果から、少なくとも前記乳成分濃度と前記微生物の増殖特性との関係を示す回帰プロットを生成する回帰プロット生成工程と、
前記回帰プロットに基づいて、少なくとも前記乳成分濃度を含む変数から前記静菌剤濃度を求める静菌剤濃度関数を生成する関数生成工程とを含む、静菌剤濃度関数生成方法。
前記回帰プロット生成工程は、少なくとも前記乳成分濃度及び前記果汁成分濃度と前記微生物の増殖特性との関係を示す応答曲面を生成する工程である、請求項1から6のいずれかに記載の静菌剤濃度関数生成方法。
前記回帰プロット生成工程の後、実験計画法を用いて、前記複数の濃度パラメータを因子として、前記回帰プロットから得られる前記微生物の増殖特性を実験計画法によりサンプリングし、前記微生物の増殖有無の境界を抽出する境界抽出工程をさらに含み、
前記関数生成工程は、前記境界抽出工程の結果を用いて再び回帰解析を行うことで前記静菌剤濃度関数を生成する工程である、請求項1から7のいずれかに記載の静菌剤濃度関数生成方法。
前記関数生成工程で得られた静菌剤濃度関数から算出される推定静菌剤濃度と、前記乳性果汁飲料を培養した結果から得られる実際の静菌剤濃度との間で残差分析を行い、この残差分析の結果から修正静菌剤濃度関数を生成する修正工程をさらに含む、請求項1から8のいずれかに記載の静菌剤濃度関数生成方法。
請求項1から9のいずれかに記載の静菌剤濃度関数生成方法によって生成された関数に基づき、乳性果汁飲料に含まれる原料濃度から必要静菌剤濃度を算出する必要静菌剤濃度算出工程と、
前記必要静菌剤濃度に基づいて静菌剤を他の原料と混合する混合工程とを含む、静菌剤入り乳性果汁飲料の製造方法。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
一般的に、静菌剤の配合量は当該微生物を食品に接種し、一定期間培養後に増殖の有無を調べる接種試験により設定する。微生物接種後は食品中で微生物を十分増殖させるために2〜4週間の培養期間を要するため、商品開発期間を長期必要とする。
【0006】
加えて、乳性果汁飲料に含まれる成分が静菌剤の静菌性に与える影響については詳しく解明されておらず、商品ごとに静菌剤添加量を設定する必要があり、商品開発の手間となる。ジグリセリン脂肪酸エステルの静菌性阻害となる成分を特定し、その成分量と静菌効果に応じたジグリセリン脂肪酸エステル量を配合できればよいが、多様な天然成分が存在する食品中から静菌物質を特定することは困難であり、その静菌阻害メカニズムも未だ未解明な部分が多い。また、過剰な静菌剤配合は、商品コストに影響するため、適正な配合量が望まれる。
【0007】
本発明は、以上のような課題を解決するためになされたものであり、その目的は、乳性果汁飲料に含まれる静菌剤の配合量と相関の高い分画を見出し、その割合と静菌に必要な静菌剤の配合量の関係について統計解析を実施し、乳性果汁飲料中の特定成分量から静菌に必要な静菌剤の配合量を予測することである。
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、同一原料からなり、少なくとも乳成分濃度及び静菌剤濃度を含む複数の濃度パラメータが異なる複数の乳性果汁飲料に微生物を接種し、接種後の微生物入り乳性果汁飲料を培養した結果から、少なくとも乳成分濃度と微生物の増殖特性との関係を示す応答曲面を生成し、この応答曲面に基づいて、少なくとも乳成分濃度を含む変数から静菌剤濃度を求める静菌剤濃度関数を生成することで、上記の目的を達成できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【課題を解決するための手段】
【0009】
具体的には、本発明では、以下のようなものを提供する。
【0010】
(1)本発明は、同一原料からなり、少なくとも乳成分濃度及び静菌剤濃度を含む複数の濃度パラメータが異なる複数の乳性果汁飲料に微生物を接種し、接種後の微生物入り乳性果汁飲料を培養した結果から、少なくとも前記乳成分濃度と前記微生物の増殖特性との関係を示す回帰プロットを生成する回帰プロット生成工程と、前記回帰プロットに基づいて、少なくとも前記乳成分濃度を含む変数から前記静菌剤濃度を求める静菌剤濃度関数を生成する関数生成工程とを含む、静菌剤濃度関数生成方法である。
【0011】
(2)また、本発明は、前記複数の濃度パラメータは、前記乳成分濃度及び前記静菌剤濃度からなり、前記乳性果汁飲料に含まれる果汁の濃度はストレート換算で50質量%以下である、(1)に記載の静菌剤濃度関数生成方法である。
【0012】
(3)また、本発明は、前記複数の濃度パラメータは、さらに果汁成分濃度を含み、前記回帰プロット生成工程における因子、及び前記静菌剤濃度関数の変数は、前記乳成分濃度のほか、少なくとも前記果汁成分濃度を含む、請求項1に記載の静菌剤濃度関数生成方法である。
【0013】
(4)また、本発明は、前記乳成分濃度が乳固形分濃度又は無脂乳固形分濃度である、(1)から(3)のいずれかに記載の静菌剤濃度関数生成方法である。
【0014】
(5)また、本発明は、前記静菌剤が静菌性乳化剤である、(1)から(4)のいずれかに記載の静菌剤濃度関数生成方法である。
【0015】
(6)また、本発明は、前記微生物が耐熱性好酸性菌及び/又は有芽胞乳酸菌である、(1)から(5)のいずれかに記載の静菌剤濃度関数生成方法である。
【0016】
(7)また、本発明は、前記回帰プロット生成工程が少なくとも前記乳成分濃度及び前記果汁成分濃度と前記微生物の増殖特性との関係を示す応答曲面を生成する工程である、(1)から(6)のいずれかに記載の静菌剤濃度関数生成方法である。
【0017】
(8)また、本発明は、前記回帰プロット生成工程の後、実験計画法を用いて、前記複数の濃度パラメータを因子として、前記回帰プロットから得られる前記微生物の増殖特性を実験計画法によりサンプリングし、前記微生物の増殖有無の境界を抽出する境界抽出工程をさらに含み、前記関数生成工程は、前記境界抽出工程の結果を用いて再び回帰解析を行うことで前記静菌剤濃度関数を生成する工程である、(1)から(7)のいずれかに記載の静菌剤濃度関数生成方法である。
【0018】
(9)また、本発明は、前記関数生成工程で得られた静菌剤濃度関数から算出される推定静菌剤濃度と、前記乳性果汁飲料を培養した結果から得られる実際の静菌剤濃度との間で残差分析を行い、この残差分析の結果から修正静菌剤濃度関数を生成する修正工程をさらに含む、(1)から(8)のいずれかに記載の静菌剤濃度関数生成方法である。
【0019】
(10)また、本発明は、(1)から(9)のいずれかに記載の静菌剤濃度関数生成方法によって生成された関数に基づき、乳性果汁飲料に含まれる原料濃度から必要静菌剤濃度を算出する必要静菌剤濃度算出工程と、前記必要静菌剤濃度に基づいて静菌剤を他の原料と混合する混合工程とを含む、静菌剤入り乳性果汁飲料の製造方法である。
【0020】
(11)また、本発明は、前記乳成分濃度が乳固形分濃度であり、静菌剤濃度が(1)から(9)のいずれかに記載の静菌剤濃度関数生成方法によって生成された関数から求められる静菌剤濃度を100質量%としたときに100質量%以上150質量%以下の範囲内にある、静菌剤入り乳性果汁飲料である。
【0021】
(12)また、本発明は、果汁濃度をF(質量%)、乳固形分濃度をM(質量%)とするときの静菌剤濃度Z(質量ppm)が、下記式で表される濃度を100質量%としたときに100質量%以上150質量%以下の範囲内にある、静菌剤入り乳性果汁飲料である。
果汁がバナナ果汁である場合:
Z=−1.228FM+12.7439F+45.204M+35.3606
−(−0.0521F
3+0.9454F
2+0.9763F
2M+2.6323F−2.64FM
2−4.6952M
2+5.6564M
3−22.326FM+156.3798M+0.5561)
果汁がリンゴ果汁、マンゴー果汁、白桃果汁、ホワイトグレープ果汁、イチゴ果汁又はオレンジ果汁である場合:
Z=36.185M+31.081
【発明の効果】
【0022】
本発明によると、原料の濃度データから微生物の静菌に必要な静菌剤添加量を、微生物接種試験をすることなく設定できるため、長期間かかる微生物接種試験を経なくても、静菌剤添加量を最小限に抑えられる。したがって、新商品に係る乳性果汁飲料を、スピード面及びコスト面の双方において効率よく開発できる。加えて、静菌剤添加量を少なく抑えているため、静菌剤の添加による食味の低下を最小限に抑えられる点で、乳性果汁飲料の品質向上にも寄与する。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明の具体的な実施形態について詳細に説明するが、本発明は以下の実施形態に何ら限定されるものではなく、本発明の目的の範囲内において、適宜変更を加えて実施することができる。なお、説明が重複する箇所については、適宜説明を省略する場合があるが、発明の要旨を限定するものではない。
【0025】
<静菌剤濃度関数生成方法>
本発明の静菌剤濃度関数生成方法は、同一原料からなり、少なくとも乳成分濃度及び静菌剤濃度を含む複数の濃度パラメータが異なる複数の乳性果汁飲料に微生物を接種し、接種後の微生物入り乳性果汁飲料を培養した結果から、少なくとも乳成分濃度と微生物の増殖特性との関係を示す回帰プロットを生成する回帰プロット生成工程と、この回帰プロットに基づいて、少なくとも乳成分濃度を含む変数から静菌剤濃度を求める静菌剤濃度関数を生成する関数生成工程とを含む。
【0026】
〔回帰プロット生成工程〕
回帰プロット生成工程では、同一原料からなり、少なくとも乳成分濃度及び静菌剤濃度を含む複数の濃度パラメータが異なる複数の乳性果汁飲料に微生物を接種し、接種後の微生物入り乳性果汁飲料を培養した結果から、少なくとも乳成分濃度と微生物の増殖特性との関係を示す回帰プロットを生成する。
【0027】
[乳性果汁飲料]
本明細書において、「乳性果汁飲料」とは、乳を含有する果汁飲料をいう。乳の種類は特に限定されず、牛乳、全粉乳、脱脂粉乳、乳調製品、加糖脱脂練乳、生クリーム等が挙げられる。また、果汁の種類も特に限定されず、バナナピューレ、リンゴ果汁、白桃ピューレ、ホワイトグレープ果汁、イチゴ果汁、オレンジ果汁、マンゴーピューレ等が挙げられる。
【0028】
(乳成分)
ここで、乳成分について説明する。乳は、乳脂肪、無脂乳固形分及び水分に大別される。「無脂乳固形分」とは、乳に含まれる無脂乳固形分それ自体をいい、「乳固形分」とは、乳脂肪と無脂乳固形分との両方を合わせたものをいう。生クリームは、水分以外のほぼ全てが「乳脂肪」に相当し、脱脂粉乳は、約93.5質量%以上が「無脂乳固形分」に相当する。
【0029】
本発明により、乳成分を含む飲料では、有芽胞乳酸菌(SPLB)は増殖されやすく、耐熱性好酸性菌(TAB)の増殖は抑制されやすいという新たな知見が得られた。また、乳成分に含まれる脂肪や乳タンパクは、静菌剤と結合し、静菌性阻害を生じる。特に、無脂乳固形分は、脂肪分に比べ、静菌性阻害に大きな影響を与える。そのため、静菌剤濃度を求めるにあたり、乳成分濃度は主要なパラメータとなる。
【0030】
「乳成分濃度」として、無脂乳固形分の濃度、無脂乳固形分に乳脂肪を加えた乳固形分濃度、乳固形分に水分を加えた乳濃度等が挙げられる。上記したとおり、静菌性阻害に大きな影響を与える因子は無脂乳固形分であることから、正確性を考慮すると、応答曲面を生成する際の乳成分濃度は無脂乳固形分濃度であることが好ましいようにも思われる。しかしながら、本発明者は、乳成分濃度が乳固形分濃度であっても、静菌剤濃度関数を好適に生成できるという知見を得た。したがって、「乳成分濃度」は、無脂乳固形分濃度、乳固形分濃度、乳濃度等のいずれであってもよいが、正確性を考慮すると、「乳成分濃度」は、無脂乳固形分濃度又は乳固形分濃度であることが好ましく、さらに、成分分析の手間や汎用性に優れることを考慮すると、「乳成分濃度」は、乳固形分濃度であることが好ましい。
【0031】
乳成分濃度の測定法は特に限定されるものでなく、従来公知の測定法であれば足りるが、乳成分濃度が乳固形分濃度である場合、資源調査分科会報告「日本食品標準成分表2010」(文部科学省 科学技術・学術技術審議会)等を用いることで、実際に乳成分濃度を測定することなく乳成分濃度を得ることができる。
【0032】
なお、乳性果汁飲料では、副成分として、ペクチン、大豆食物繊維、消泡剤等を用いることが知られている。本発明者は、静菌剤濃度関数に必要な最小限のパラメータを検討するにあたり、これら副成分が静菌性に与える影響についても検討した。その結果、本発明者は、これら副成分が静菌性に有意な影響を与えないという知見を得た。したがって、ペクチン、大豆食物繊維、消泡剤等の濃度は、必須の濃度パラメータには該当せず、任意の濃度パラメータで足りる。
【0033】
(果汁成分)
続いて、果汁成分について説明する。果汁に含まれる主な成分として、クエン酸、パルプ、ビタミンC、カロテノイド、ポリフェノール等が挙げられる。果汁成分の中では、パルプが他の成分に比べて、静菌剤の静菌性に対し高い阻害効果を有する。本発明者は、静菌剤濃度関数に必要な最小限のパラメータを検討するにあたり、果汁成分が静菌性に与える影響についても検討した。その結果、本発明者は、果汁成分濃度がストレート換算で50質量%以下であれば、パルプが静菌性に与える影響は、乳成分が静菌性に与える影響に比べて小さいという知見を得た。したがって、果汁成分濃度がストレート換算で50質量%以下であれば、果汁成分濃度は、必須の濃度パラメータには該当せず、任意の濃度パラメータで足りる。
【0034】
一方、果汁成分濃度がストレート換算で50質量%を超えると、パルプが静菌剤の静菌性に与える影響は、乳成分が静菌性に与える影響に比べて無視できない程度に大きくなるものと考えられる。したがって、果汁成分濃度がストレート換算で50質量%を超える場合、果汁成分濃度を必須の濃度パラメータにすることが好ましい。
【0035】
上記したとおり、静菌性阻害に大きな影響を与える因子はパルプであることから、正確性を考慮すると、応答曲面を生成する際の果汁成分濃度はパルプ濃度であることが好ましいようにも思われる。しかしながら、本発明者は、果汁に含まれる全ての成分を一くくりにまとめた果汁濃度を濃度パラメータにする場合であっても、静菌剤濃度関数を好適に生成できるという知見を得た。したがって、「果汁成分濃度」は、パルプ濃度、果汁に含まれる全ての成分からなる果汁濃度等のいずれであってもよいが、成分分析をせずに正確な静菌剤濃度関数を得られることを考慮すると、「果汁成分濃度」は、果汁濃度であることが好ましい。
【0036】
(静菌性乳化剤)
続いて、静菌性乳化剤について説明する。本明細書において、「静菌性乳化剤」とは、有芽胞乳酸菌(SPLB)や耐熱性好酸性菌(TAB)の増殖を好適に抑制できる乳化剤をいい、静菌性のある両親媒性乳化剤が挙げられる。静菌性のある両親媒性乳化剤として、ショ糖脂肪酸エステル、グリセリン脂肪酸エステル、ポリグリセリン脂肪酸エステル、糖アルコール脂肪酸エステル等が挙げられる。乳性果汁飲料は酸性であるため、安定性の面から、静菌性乳化剤として、ジグリセリンミリスチン酸エステル、ジグリセリンパルミチン酸エステルといったジグリセリン脂肪酸エステルが好適に用いられる。
【0037】
[微生物の培養]
続いて、微生物の培養について説明する。本発明では、まず、同一原料からなり、少なくとも乳成分濃度及び静菌剤濃度を含む複数の濃度パラメータが異なる複数の乳性果汁飲料に微生物を接種し、接種後の微生物入り乳性果汁飲料を培養する。
【0038】
本発明で対象となる微生物は、耐熱性好酸性菌(TAB)及び/又は有芽胞乳酸菌(SPLB)である。耐熱性好酸性菌の例として、Alicyclobacillus属に含まれるA.acidoterrestris、A.acidocaldarius、A.acidiphilus、A.hesperidium、A.herbarius、A.cycloheptanicus、A.sendaiensis、A.genomicsp.1等が挙げられる。また、有芽胞乳酸菌の例として、Sporolactobacillus属が挙げられる。
【0039】
測定試料は、同一原料からなることを要する。原料が異なると、適切な応答曲面を得ることができないため、好ましくない。また、測定試料は、果汁成分濃度がストレート換算で50質量%以下であれば、少なくとも乳成分濃度及び静菌剤濃度を含む複数の濃度パラメータが異なるものであれば足り、果汁成分濃度がストレート換算で50質量%を超えると、乳成分濃度及び静菌剤濃度に加え、さらに果汁成分濃度が異なるものであれば足りる。微生物を培養した後、培養結果を種々の手法で解析することから、濃度パラメータの数は必要最小限であることが好ましい。新商品の開発の際に、果汁成分濃度がストレート換算で50質量%を超えることがないのであれば、濃度パラメータが乳成分濃度及び静菌剤濃度の2つだけで足りる。一方、新商品の開発の際に、果汁成分濃度がストレート換算で50質量%を超えることがあり得るため、静菌剤濃度関数の汎用性を得るのであれば、濃度パラメータは、乳成分濃度、果汁成分濃度及び静菌剤濃度の3つであることが好ましい。以下では、特に断りのない限り、濃度パラメータが、乳成分濃度、果汁成分濃度及び静菌剤濃度の3つである場合について説明する。
【0040】
微生物の増殖特性を正確に得るため、同一濃度である測定試料は、複数あることが好ましい。正確性を考慮すると、同一濃度である測定試料の数は多いほうが好ましいが、作業者の負担を考慮すると、同一濃度である測定試料は、3点以上5点以下で十分である。
【0041】
他の培養条件は特に限定されるものでなく、初発菌数、培地、培養温度、培養時間等は、従来公知の手法で足りる。
【0042】
[増殖特性]
続いて、本発明では、微生物入り乳性果汁飲料を培養した結果を整理し、増殖特性を得る。増殖特性は、一定のルールによるものであれば、特に限定されるものでない。例えば、培養後の微生物の数が初発菌数に比べて一定倍率以上増加した場合に「増殖あり」であると定義づけ、同一濃度である測定試料のうち、「増殖あり」であると判定される測定試料の数を割合に変換した値を増殖特性とすることが挙げられる。その他、増殖の見られた試料数そのものを増殖特性とすること等も挙げられる。
【0043】
培養結果の整理は、手作業によってもよいし、応答曲面法及び実験計画法を組み合わせて実施しても良い。ここでは、同一濃度である測定試料のうち、「増殖あり」であると判定される測定試料の数を増殖特性とする場合について説明する。この場合、乳性果汁飲料に微生物を接種するときに採用した各々の濃度パラメータ(乳成分濃度、果汁成分濃度及び静菌剤濃度)を第1因子とし、同一濃度である測定試料のうち、「増殖あり」であると判定される測定試料の数を割合に変換した値を特性値として整理する。
【0044】
[回帰プロットの生成]
続いて、本発明では、少なくとも乳成分濃度及び果汁成分濃度と、上記増殖特性との関係を示す回帰プロットを生成する。上記したとおり、測定試料の果汁成分濃度がストレート換算で50質量%以下であれば、濃度パラメータは、乳成分濃度及び静菌剤濃度の2種類が異なれば足り、この場合、回帰プロットは、最小二乗法等の一次回帰で足りる。一方、果汁成分濃度がストレート換算で50質量%を超える場合についての静菌剤濃度関数を生成したい場合、濃度パラメータは、乳成分濃度及び静菌剤濃度に加え、さらに果汁成分濃度が異なることを要する。この場合、回帰プロットの例として、応答曲面が挙げられる。
【0045】
応答曲面の例として、乳性果汁飲料に微生物を接種するときに採用した各々の濃度パラメータ(乳成分濃度、果汁成分濃度、静菌剤濃度等)から静菌剤濃度を除く各種の濃度パラメータ(乳成分濃度及び果汁成分濃度)をそれぞれx軸、y軸にし、培養結果を整理する際に得られた特性値をz軸にするものが挙げられる。
【0046】
応答曲面を生成する手法は特に限定されるものでなく、従来公知の手法であれば足りる。例えば、エクセル(マイクロソフト社)を用いて応答曲面を生成することが挙げられる。
応答曲面を生成するにあたり、「みんなのためのノンパラメトリック回帰」(竹澤邦夫、吉岡書店)の記載を参照すればよい。
【0047】
〔関数生成工程〕
続いて、関数生成工程について説明する。関数生成工程では、上記の回帰プロットに基づいて、少なくとも乳成分濃度及び果汁成分濃度を含む変数から静菌剤濃度を求める静菌剤濃度関数を生成する。
【0048】
回帰プロットから静菌剤濃度関数を生成する手法は特に限定されるものではないが、具体的手法として、まずは、実験計画法を用いて、複数の濃度パラメータ(例えば、乳成分濃度、果汁成分濃度及び静菌剤濃度)を因子として、回帰プロットから得られる微生物の増殖特性を実験計画法によりサンプリングし、前記微生物の増殖有無の境界を抽出し、この結果を用いて再び回帰プロットを生成することで静菌剤濃度関数を生成することが挙げられる。
【0049】
[増殖特性を実験計画法によりサンプリングし、各因子濃度と組み合わせることによる把握]
まず、増殖特性を実験計画法によりサンプリングし、各因子濃度との組合せ表を作成する手法について説明する。正確な静菌剤濃度関数を得るため、実験計画法における各因子に設定する水準数は、多いほうが好ましい。例えば、以下に説明する実施例では、乳成分濃度については12水準、果汁成分濃度については8水準、静菌剤濃度については14水準を定め、12×8×14=1344通りの組み合わせに対して増殖特性を把握している。
【0050】
作成した組合せ表の増殖特性値から「増殖なし」、「増殖あり」を判断するため、本明細書では特性値に閾値を定めている。閾値の定め方は特に限定されるものではない。例えば、微生物入り乳性果汁飲料を培養した際に、同一濃度からなる測定試料の全てが「増殖なし」であった場合、言い換えると、上記の特性値(同一濃度である測定試料のうち、「増殖あり」であると判定される測定試料の数を割合に変換した値)が1/測定試料よりも低い任意の値である場合を「増殖なし」とすることで、信頼性の高い静菌剤濃度関数を得ることができる。そして、閾値は、1/測定試料よりも低ければ特に限定されるものではないが、微生物の増殖を確実に抑え、かつ、生成される静菌剤濃度関数を用いて得られる静菌剤濃度が不必要に高くなることを防ぐため、ゼロを閾値にすることが好ましい。
【0051】
実験計画法により増殖特性をサンプリングする手法は特に限定されるものでなく、従来公知の手法であれば足りる。例えば、エクセル(マイクロソフト社)を用いることが挙げられる。実験計画法を用いるにあたり、「実験計画法―方法編―」(山田秀、日科
技連社)の記載を参照すればよい。
【0052】
[増殖有無の境界の抽出]
続いて、微生物の増殖有無の境界を抽出することについて説明する。微生物の増殖有無の境界を抽出するにあたっては、前記の組合せ表より、増殖特性が「増殖なし」から「増殖あり」に変わるところの座標(乳成分濃度、果汁成分濃度及び静菌剤濃度)を抽出すればよい。
【0053】
境界面の抽出は、手作業によってもよいし、応答曲面法及び実験計画法を組合せて実施しても良い。
【0054】
[再度の回帰分析]
続いて、抽出された境界に係る情報を用いて、回帰分析を再び実行する。乳成分濃度及び果汁成分濃度を異ならせている場合、回帰プロットに相当する応答曲面の例として、乳性果汁飲料に微生物を接種するときに採用した各々の濃度パラメータ(乳成分濃度、果汁成分濃度等)から静菌剤濃度を除く各種の濃度パラメータ(乳成分濃度及び果汁成分濃度)をそれぞれx軸、y軸にし、静菌剤濃度をz軸にするものが挙げられる。回帰分析を行うことで、乳成分濃度及び果汁成分濃度から静菌剤濃度を求める静菌剤濃度関数を生成できる。
【0055】
〔修正工程〕
本発明の必須の態様ではないが、関数生成工程で得られた静菌剤濃度関数から算出される推定静菌剤濃度と、乳性果汁飲料を培養した結果から得られる、実際に必要な静菌剤濃度との間で残差分析を行うと、両者の間で乖離が生じる場合がある。
【0056】
この乖離が大きい場合、乖離を正すため、本発明は、上記残差分析の結果から修正静菌剤濃度関数を生成する修正工程をさらに含むことが好ましい。なお、乖離が小さい場合は、この修正工程を行わなくてもよい。修正工程を行うか否かの一つの指標として、乖離が35質量ppmを超えていること、推定静菌剤濃度が実際に必要な静菌剤濃度の1.5倍を超えていること等が挙げられる。
【0057】
修正静菌剤濃度関数を作成する手法は特に限定されるものでないが、例えば、乳成分濃度及び果汁成分濃度をそれぞれx座標、y座標にし、その乳成分濃度及び果汁成分濃度を、関数生成工程で得られた静菌剤濃度関数に当て嵌めることによって算出される推定静菌剤濃度の値から、同じ乳成分濃度及び果汁成分濃度において実際の培養の結果から必要であるといえる静菌剤濃度を引いた値をz座標にしたときの応答曲面から残差関数が得られる。そして、上記静菌剤濃度関数から上記残差関数を引くことで、修正静菌剤濃度関数を生成できる。
【0058】
<静菌剤入り乳性果汁飲料>
本発明の静菌剤入り乳性果汁飲料は、乳成分濃度が乳固形分濃度であり、果汁成分濃度が果汁濃度であり、上記静菌剤濃度関数又は上記修正静菌剤濃度関数から求められる静菌剤濃度を100質量%としたときの静菌剤濃度が100質量%以上150質量%以下の範囲内にある。
【0059】
従来の乳性果汁飲料は、静菌剤を含有する。しかしながら、従来の乳性果汁飲料は、上記静菌剤濃度関数又は修正静菌剤濃度関数を用いて好適な静菌剤濃度を予測するものでなく、結果として、微生物の増殖を確実に抑えるために過剰量の静菌剤を含有する。本発明の静菌剤入り乳性果汁飲料は、微生物の増殖を確実に抑えつつ、従来の乳性果汁飲料に比べて静菌剤濃度を低く抑えたものであるため、静菌剤濃度が異なる点において従来品と明確に区別できる。
【0060】
静菌剤濃度は、上記静菌剤濃度関数又は上記修正静菌剤濃度関数から求められる静菌剤濃度を100質量%としたときに100質量%以上150質量%以下の範囲内にあれば足りるが、静菌剤濃度をより低くするため、100質量%以上130質量%以下の範囲内にあることがより好ましく、100質量%以上120質量%以下の範囲内にあることがさらに好ましい。
【0061】
例えば、果汁がバナナ果汁である場合、静菌剤濃度関数として、
Z=−1.228FM+12.7439F+45.204M+35.3606
を得ることができ、残差関数として、
残差=−0.0521F
3+0.9454F
2+0.9763F
2M+2.6323F−2.64FM
2−4.6952M
2+5.6564M
3−22.326FM+156.3798M+0.5561
を得ることができる。
したがって、静菌剤濃度関数から残差関数を引いた
Z=−1.228FM+12.7439F+45.204M+35.3606
−(−0.0521F
3+0.9454F
2+0.9763F
2M+2.6323F−2.64FM
2−4.6952M
2+5.6564M
3−22.326FM+156.3798M+0.5561)
が果汁がバナナ果汁である場合の修正静菌剤濃度関数に相当する。
【0062】
また、果汁がリンゴ果汁、マンゴー果汁、白桃果汁、ホワイトグレープ果汁、イチゴ果汁又はオレンジ果汁である場合、静菌剤濃度関数として、
Z=36.185M+31.081
を得ることができる。
【0063】
これらの式中、Zは静菌剤濃度(質量ppm)であり、Fは果汁濃度(ストレート換算での質量%)であり、Mは乳固形分濃度(質量%)である。
【0064】
本発明によると、上記静菌剤濃度関数又は上記修正静菌剤濃度関数を用いて、原料の濃度データから微生物の静菌に必要な静菌剤添加量を、微生物接種試験をすることなく設定できるため、長期間かかる微生物接種試験を経なくても、静菌剤添加量を最小限に抑えられる。したがって、新商品に係る乳性果汁飲料を、スピード面及びコスト面の双方において効率よく開発できる。加えて、静菌剤添加量を少なく抑えているため、静菌剤の添加による食味の低下を最小限に抑えられる点で、乳性果汁飲料の品質向上にも寄与する。
【実施例】
【0065】
以下、実施例により、本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの記載に何ら制限を受けるものではない。
【0066】
<実施例>
〔乳性バナナ飲料の調製〕
まず、ペクチン(製品名:UNIPECTINE AYD−30T,ユニテックフーズ社製)1.0〜1.5g/Lと、大豆食物繊維(製品名:SM−700,三栄源エフ・エフ・アイ社製)1.0〜1.5g/Lとを60℃〜90℃の温水に溶解した。続いて、溶解液に消泡剤シリコーン(製品名:KM−72F,信越シリコーン社製)0.0100〜0.0123g/Lを混合して50℃以下に保ち、乳原料(牛乳、脱脂粉乳、加糖脱脂練乳、乳調製品等)を、乳固形分が0〜4質量%の範囲内になるように複数種類の量で加え、T.K.ホモミキサー(製品名:田島化学機械社製)で均質化した。続いて、混合液を45℃以下に保ち、無水クエン酸を添加し、攪拌した。
【0067】
続いて、混合液に、バナナピューレ(製品名:バナナピューレ,INDUSTIAS BORJA INBORJA社製)をストレート換算で果汁10質量%,15質量%,20質量%に希釈したものと、果糖ブドウ糖液糖(製品名:75°Bx,日本食品化工社製)とを混合し、さらに、この果糖ブドウ糖液糖を用いてBrix値がほぼ12になるように調製した。続いて、HCl又はNaOHを用いてpHがほぼ3.8になるように調製した。
【0068】
続いて、所定濃度に調整したジグリセリン脂肪酸エステル(理研ビタミン社製)を空の耐熱ペットボトルに最終濃度が0ppm、60ppm、90ppm、120ppm、150ppm、180ppm又は240ppmになるよう添加し、調製後の混合液を電子レンジにて85℃まで加熱し、耐熱ペットボトルに充填後、転倒殺菌して水冷した。このようにして、乳固形分濃度、果汁濃度及び静菌剤濃度が異なる複数種類の乳性バナナ飲料を調製した。
【0069】
〔接種試験〕
続いて、各々の乳性バナナ飲料を試験管に10mlずつ分注した。試料は、各々8本ずつ作製した。
【0070】
8本の試料を4本ずつの2グループに分け、第1のグループには、4本のうち3本の試料に耐熱性好酸性菌(TAB)を接種し、第2のグループには、4本のうち3本の試料に有芽胞乳酸菌(SPLB)を接種した。耐熱性好酸性菌は、Alicyclobacillus acidoterrestrisとし、有芽胞乳酸菌は、Sporolactobacillus sp.とした。耐熱性好酸性菌と有芽胞乳酸菌の初発濃度はともに50cfu/10mlを目安とし、後に初発菌数を測定した。
【0071】
続いて、各々のグループに係る試料に対し、ヒートショックをかけた後、水冷した。耐熱性好酸性菌に対しては、80℃で10分間ヒートショックをかけ、有芽胞乳酸菌に対しては、80℃で20分間ヒートショックをかけた。
【0072】
続いて、各々の試料について、微生物を培養した。培養は、耐熱性好酸性菌に対しては、35℃で2週間行い、有芽胞乳酸菌に対しては、35℃で嫌気条件のもと4週間行った。
【0073】
続いて、各々の試料について、増殖特性を判定した。耐熱性好酸性菌に対しては、YSG培地プレートに試料1mlを混釈し、45℃で3日間培養した。その後、コロニー数を計数し、接種菌数の10倍以上のコロニーを検出したとき、又は試料液に官能異常がみられたときを「増殖あり」とし、そうでないときを「増殖なし」とした。有芽胞乳酸菌に対しては、BCP培地プレートに試料1mlを混釈し、37℃で嫌気条件のもと3日間培養した。その後、コロニー数を計数し、接種菌数の10倍以上のコロニーを検出したとき、又は試料液のpHが未接種試料液のpHに対して低下したときを「増殖あり」とし、そうでないときを「増殖なし」とした。
【0074】
[培養結果の整理]
続いて、培養試験の結果を整理した。乳成分濃度、果汁成分濃度及び静菌剤濃度を第1因子とし、同一濃度である3本の測定試料のうち、「増殖あり」であると判定される測定試料の数を割合に変換した特性値を表に割り付けた。一例として、バナナ果汁の濃度がストレート換算で10質量%の場合についての結果を表1に示す。
【表1】
【0075】
[応答曲面の生成]
続いて、乳成分濃度及び果汁成分濃度と、上記特性値との関係を示す応答曲面を作成した。本実施例では、乳固形分濃度及びバナナ果汁濃度をそれぞれx軸、y軸にし、特性値をz軸にした。結果を
図1に示す。
図1から、応答曲面の左下(乳固形分濃度及びバナナ果汁濃度が低い方)から右上(乳固形分濃度及びバナナ果汁濃度が高い方)になるにしたがって高い特性値、言い換えると、「増殖あり」と判定された試料の数が高くなることが分かる。
【0076】
[実験計画法による増殖特性の把握]
続いて、実験計画法(混合水準要因計画)による増殖特性の把握を行った。本実施例では、乳固形分濃度、バナナ果汁濃度及び静菌剤濃度を因子とし、乳成分濃度については12水準、果汁成分濃度については8水準、静菌剤濃度については14水準を定め、12×8×14=1344通りの組み合わせに対して増殖特性を把握した。その際特性値がゼロ以上である場合を「増殖あり」とし、特性値がマイナスである場合を「増殖なし」とした。結果を
図2に示す。
図2において、白丸は「増殖あり」であることを示し、黒丸は「増殖なし」であることを示す。
【0077】
[増殖有無の境界の抽出]
続いて、微生物の増殖有無の境界を抽出した。微生物の増殖有無の境界を抽出するにあたっては、前記の実験計画法より得られた各因子と増殖特性の組合せ表より、増殖特性が「増殖なし」から「増殖あり」に変わるところの座標(乳成分濃度、果汁成分濃度及び静菌剤濃度)を抽出した。本実施例では、「増殖なし」である静菌側から10点、「増殖あり」である増殖側から5点を抽出した。
【0078】
[静菌剤濃度関数の生成]
続いて、抽出された境界に係る情報を用いて、応答曲面解析(線形項+相互作用項)を再び実行した。本実施例では、乳固形分濃度、バナナ果汁濃度をそれぞれx軸、y軸にし、静菌剤濃度をz軸にした。結果を
図3に示す。そして、
図3から、乳成分濃度及び果汁成分濃度から静菌剤濃度を求める境界面式(静菌剤濃度関数)を得た。
果汁がバナナ果汁である場合の静菌剤濃度関数:
Z=−1.228FM+12.7439F+45.204M+35.3606
(式中、Zは静菌剤濃度(質量ppm)であり、Fはバナナ果汁濃度(質量%)であり、Mは乳固形分濃度(質量%)である。)
【0079】
[静菌剤濃度関数の修正]
上記の静菌剤濃度関数に乳成分濃度及び果汁成分濃度を当て嵌め、推定静菌剤濃度を算出した。この推定静菌剤濃度と、同じ乳成分濃度及び果汁成分濃度における実際の培養の結果から必要であるといえる静菌剤濃度とを一覧にしたものを表2及び
図4に示す。
【表2】
【0080】
図4の横軸はサンプル番号であり、縦軸は静菌剤濃度である。特に、*印は、静菌剤濃度関数に乳成分濃度及び果汁成分濃度を当て嵌めることによって得られる推定静菌剤濃度を示し、黒の菱形は、同じ乳成分濃度及び果汁成分濃度における実際の培養の結果から必要であるといえる静菌剤濃度を示す。表2及び
図4から、推定静菌剤濃度と、実際の静菌剤濃度との間に乖離が生じ、推定静菌剤濃度の方が実際の静菌剤濃度よりも大きい傾向にあることが分かる。
【0081】
この乖離を正すため、推定静菌剤濃度と、実際の静菌剤濃度とから残差関数を生成し、上記の静菌剤濃度関数から残差関数を差し引いた修正静菌剤濃度関数を得ることが好ましい。
【0082】
残差関数は、乳固形分濃度及び果汁濃度をそれぞれx座標、y座標にし、推定静菌剤濃度の値から、同じ乳成分濃度及び果汁成分濃度において実際に必要な静菌剤濃度を引いた値をz座標にしたときの応答曲面を生成することによって得られる。最小二乗法及び3乗項による応答曲面を
図5に示す。この応答曲面から、以下の残差関数が得られる。
果汁がバナナ果汁である場合の残差関数:
残差(質量ppm)=−0.0521F
3+0.9454F
2+0.9763F
2M+2.6323F−2.64FM
2−4.6952M
2+5.6564M
3−22.326FM+156.3798M+0.5561
(式中、Fはバナナ果汁濃度(質量%)であり、Mは乳固形分濃度(質量%)である。)
【0083】
そして、上記静菌剤濃度関数から上記残差関数を引くことで、修正静菌剤濃度関数を生成できる。
果汁がバナナ果汁である場合の修正静菌剤濃度関数:
Z=−1.228FM+12.7439F+45.204M+35.3606
−(−0.0521F
3+0.9454F
2+0.9763F
2M+2.6323F−2.64FM
2−4.6952M
2+5.6564M
3−22.326FM+156.3798M+0.5561)
(式中、Fはバナナ果汁濃度(質量%)であり、Mは乳固形分濃度(質量%)である。)
【0084】
図4に戻り、
図4の白丸は、修正静菌剤濃度関数に乳成分濃度及び果汁成分濃度を当て嵌めることによって得られる修正静菌剤濃度を示す。修正静菌剤濃度と、実際の静菌剤濃度とは略一致し、修正静菌剤濃度に相当する量の静菌剤を添加すれば、微生物の増殖を抑えるのに十分であるといえる。したがって、本発明によって得られる修正静菌剤濃度関数は、必要な静菌剤濃度を予測するにあたって有用であるといえる。
【0085】
加えて、静菌剤濃度関数によって得られる推定静菌剤濃度は、修正静菌剤濃度関数によって得られる修正静菌剤濃度よりも大きい傾向にある。したがって、推定静菌剤濃度に相当する量の静菌剤を添加すれば、微生物の増殖を当然に抑えられるため、静菌剤濃度関数であっても、必要な静菌剤濃度を予測するための簡易モデルとして十分に有用である。
【0086】
本発明によると、原料の濃度データから微生物の静菌に必要な静菌剤添加量を、微生物接種試験をすることなく設定できるため、長期間かかる微生物接種試験を経なくても、静菌剤添加量を最小限に抑えられる。したがって、新商品に係る乳性果汁飲料を、スピード面及びコスト面の双方において効率よく開発できる。加えて、静菌剤添加量を少なく抑えているため、静菌剤の添加による食味の低下を最小限に抑えられる点で、乳性果汁飲料の品質向上にも寄与する。
【0087】
その他、果汁がリンゴ果汁、マンゴー果汁、白桃果汁、ホワイトグレープ果汁、イチゴ果汁、オレンジ果汁である場合のそれぞれについて、乳成分濃度及び静菌剤濃度を濃度パラメータにしたときにおける増殖特性の回帰プロットを生成し、この回帰プロットに基づいて、乳成分濃度から静菌剤濃度を求める静菌剤濃度関数を生成した。その結果、果汁がリンゴ果汁、マンゴー果汁、白桃果汁、ホワイトグレープ果汁、イチゴ果汁又はオレンジ果汁である場合の静菌剤濃度関数は下記式のとおりであることが分かった。
Z=36.185M+31.081
(式中、Zは静菌剤濃度(質量ppm)であり、Mは乳固形分濃度(質量%)である。)
【0088】
<参考例>
本発明者は、乳性果汁飲料に必要な静菌剤濃度を予測するにあたり、乳成分及び果汁成分が与える影響を検討すれば十分であり、他の成分による影響を無視できることを知見した。以下では、他の成分が微生物の増殖に与える影響について説明する。
【0089】
〔参考例1〕乳性飲料の副成分が微生物の増殖に与える影響
乳性飲料では、副成分として、ペクチン、大豆食物繊維、消泡剤等を用いることが知られている。そこで、これらの副成分が微生物の増殖に与える影響について検討した。
【0090】
[ペクチン濃度をシフトさせたマンゴー飲料の調製]
ペクチン(製品名:UNIPECTINE AYD−40T,ユニテックフーズ社製)1.5g/Lと、大豆食物繊維(製品名:SM−700,三栄源エフ・エフ・アイ社製)1.5g/Lとを60℃〜90℃の温水に溶解した。続いて、溶解液に消泡剤シリコーン(製品名:KM−72F,信越シリコーン社製)0.0123g/Lを混合して50℃以下に保ち、T.K.ホモミキサー(製品名:田島化学機械社製)で均質化した。続いて、混合液を45℃以下に保ち、無水クエン酸を添加し、攪拌した。このとき、ペクチン濃度は、1.5g/L、3.0g/L及び7.5g/Lの3種類とした。このペクチン濃度は、広く一般に用いられる処方量に比べると過剰な量である。
【0091】
続いて、混合液に、マンゴーピューレ(製品名:2倍マンゴーピューレ,Agricola oficial S.A. Agroficial社製)を果汁10質量%に希釈したものと、果糖ブドウ糖液糖(製品名:75°Bx,日本食品化工社製)とを混合し、さらに、この果糖ブドウ糖液糖を用いてBrix値がほぼ12になるように調製した。続いて、HCl又はNaOHを用いてpHがほぼ3.8になるように調製した。
【0092】
続いて、所定濃度に調整したジグリセリン脂肪酸エステル(理研ビタミン社製)を空の耐熱ペットボトルに最終濃度が0ppm、30ppm、60ppm、90ppm又は120ppmになるよう添加し、調製後の混合液を電子レンジにて85℃まで加熱し、耐熱ペットボトルに充填後、転倒殺菌して水冷した。このようにして、ペクチン濃度及び静菌剤濃度が異なる15種類のマンゴー飲料を調製した。
【0093】
[大豆食物繊維濃度をシフトさせたマンゴー飲料の調製]
ペクチン濃度を1.5g/Lにし、大豆食物繊維濃度を1.0g/L,2.0g/L及び5.0g/Lの3種類にしたことのほかは、上記[ペクチン濃度をシフトさせたマンゴー飲料の調製]と同様の手法にて、大豆食物繊維濃度及び静菌剤濃度が異なる15種類のマンゴー飲料を調製した。なお、これらの大豆食物繊維濃度は、広く一般に用いられる処方量に比べると過剰な量である。
【0094】
[消泡剤濃度をシフトさせたマンゴー飲料の調製]
ペクチン濃度を1.5g/Lにし、消泡剤濃度を0.0123g/L,0.062g/L及び0.123g/Lの3種類にしたことのほかは、上記[ペクチン濃度をシフトさせたマンゴー飲料の調製]と同様の手法にて、消泡剤濃度及び静菌剤濃度が異なる15種類のマンゴー飲料を調製した。なお、これらの消泡剤濃度は、広く一般に用いられる処方量に比べると過剰な量である。
【0095】
[接種試験]
続いて、各々のマンゴー飲料を試験管に10mlずつ分注した。試料は、各々4本ずつ作製した。そして、4本のうち3本の試料に有芽胞乳酸菌(SPLB)を接種した。他の条件は、上記<実施例>と同じ条件にて微生物を培養し、増殖特性を判定した。その結果、全ての試料において、「増殖なし」であることが分かった。
【0096】
このことから、乳性飲料の副成分(ペクチン、大豆食物繊維及び消泡剤)が微生物の増殖に与える影響は小さく、静菌剤濃度関数を生成するにあたり、ペクチン濃度、大豆食物繊維濃度及び消泡剤濃度を無視できるといえる。
【0097】
〔参考例2〕果汁飲料の成分が微生物の増殖に与える影響
果汁飲料は、液糖、無水クエン酸、ペクチン、パルプ、セルロース、ビタミンC、カロテノイド及びポリフェノール等を含む。そこで、液糖濃度については、Brix値が2.4、10.0及び15.0の3段階で、無水クエン酸については、酸度が0.15、0.4及び0.8の3段階で、ペクチンについては0質量%、0.5質量%及び1.0質量%の3段階で、セルロースについては、0%、0.1%及び1.0%の3段階で、ビタミンCについては0質量%、0.1質量%及び1.0質量%の3段階で、カロテン色素については、カロテン色素なし、α−カロテン5質量ppm、β−カロテン5質量ppm、並びにα−カロテン及びβ−カロテン2.5質量ppmずつの4段階でシフトさせたオレンジ飲料について、耐熱性好酸性菌Alicyclobacillus acidoterrestrisを接種、培養して、増殖特性を判定した。その結果、液糖、無水クエン酸、ペクチン、セルロース、ビタミンC及びカロテン色素と、増殖特性との間に相関性は見られず、静菌剤濃度関数を生成するにあたり、これらの因子を無視できることが確認された。
【0098】
同様に、果汁製造工程由来のパルプの濃度を0.5質量%、2質量%、5質量%及び10質量%の4段階でシフトさせた上記オレンジ飲料について、耐熱性好酸性菌Alicyclobacillus acidoterrestrisを接種、培養して、増殖特性を判定した。その結果、パルプの濃度と、増殖特性との間に相関性を有し、パルプ濃度が高いほど多くの静菌剤を要することが確認された。このことから、静菌剤濃度関数を生成するにあたり、パルプ濃度を無視できないことが確認された。