(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
6原子%以上10原子%以下のP、6原子%以上8原子%以下のC、2原子%以上6原子%以下のB、0.4原子%以上1原子%以下のCu、1原子%以上3原子%以下のSi、および0原子%超2原子%以下のCr、ならびに残部Feおよび不可避的不純物からなり、
CoのKα特性X線を用いて測定されたX線回折スペクトルにおける、2θが98°から102°の範囲のbcc‐Fe由来の回折ピークに基づいてシェラーの式から算出される結晶粒径が20nm以下である結晶を含有すること
を特徴とするFe基合金組成物。
CoのKα特性X線を用いて測定されたX線回折スペクトルにおける、2θ=40°から65°の範囲の回折強度の積算値に対する、bcc‐Fe由来の回折ピークの強度の積算値の比率(単位:%)が20%以上30%以下である、請求項1に記載のFe基合金組成物。
請求項10に記載される圧粉コア、コイルおよび前記コイルのそれぞれの端部に接続された接続端子を備える電子部品であって、前記圧粉コアの少なくとも一部は、前記接続端子を介して前記コイルに電流を流したときに前記電流により生じた誘導磁界内に位置する
ように配置されている電子部品。
請求項13に記載される磁性シートを備える通信部品であって、前記通信部品はアンテナおよびICチップを備えるタグと金属部材とをさらに備え、前記磁気シートは前記タグと前記金属部材との間に配置される通信部品。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の実施形態について詳しく説明する。
1.Fe基合金組成物
(1)組成
本発明の一実施形態に係るFe基合金組成物は、6原子%以上10原子%以下のP、6原子%以上8原子%以下のC、2原子%以上6原子%以下のB、0.4原子%以上1原子%以下のCu、1原子%以上3原子%以下のSi、および0原子%超2原子%以下のCr、ならびに残部Feおよび不可避的不純物からなる。
【0022】
(1−1)P:6原子%以上10原子%以下
Pはアモルファス形成元素であり、Fe基合金組成物の母相をアモルファス相とすることに寄与する。また、Fe基合金組成物におけるbcc‐Feの結晶の粒径を微細化することにも寄与する。
【0023】
これらの効果を安定的に得る観点から、本発明の一実施形態に係るFe基合金組成物はPを6原子%以上含有する。上記のP含有に基づく効果をより安定的に得る観点から、本発明の一実施形態に係るFe基合金組成物のP含有量は、6.5原子%以上であることが好ましく、7原子%以上であることがより好ましい。
【0024】
アモルファスを母相とするFe基合金組成物のP含有量が過度に高い場合には、そのFe基合金組成物を加熱したときに、アモルファス母相中にbcc‐Feの結晶が析出しにくくなる傾向を示す可能性が高まる。Fe基合金組成物内のbcc‐Feの結晶の含有量はFe基合金組成物の磁気特性に影響を与え、Fe基合金組成物においてP含有量が過度に高まると、コアロス(単位:kW/m
3)が特に高くなりやすい。したがって、Fe基合金組成物の磁気特性を高める観点から、本発明の一実施形態に係るFe基合金組成物のP含有量は10原子%以下とされる。アモルファスを母相とするFe基合金組成物にbcc‐Feの結晶が適切に析出することをより安定的に達成する観点から、本発明の一実施形態に係るFe基合金組成物のP含有量は、9.5原子%以下であることが好ましく、9原子%以下であることがより好ましい。
【0025】
(1−2)C:6原子%以上8原子%以下
Cは、Pと同様にアモルファス形成元素であり、Fe基合金組成物の母相をアモルファス相とすることに寄与する。また、Fe基合金組成物におけるbcc‐Feの結晶の粒径を微細化することにも寄与する。
【0026】
これらの効果を安定的に得る観点から、本発明の一実施形態に係るFe基合金組成物はCを6原子%以上含有する。上記のC含有に基づく効果をより安定的に得る観点から、本発明の一実施形態に係るFe基合金組成物のC含有量は、6.5原子%以上であることが好ましく、7原子%以上であることがより好ましい。
【0027】
アモルファスを母相とするFe基合金組成物のC含有量が過度に高い場合には、そのFe基合金組成物を加熱したときに、アモルファス母相中にbcc‐Feの結晶が析出しにくくなる傾向を示す可能性が高まる。Fe基合金組成物内のbcc‐Feの結晶の含有量はFe基合金組成物の磁気特性に影響を与え、Fe基合金組成物においてC含有量が過度に高まると、コアロスが特に高くなりやすい。したがって、Fe基合金組成物の磁気特性を高める観点から、本発明の一実施形態に係るFe基合金組成物のC含有量は8原子%以下とされる。アモルファスを母相とするFe基合金組成物内にbcc‐Feの結晶が適切に析出することをより安定的に達成する観点から、本発明の一実施形態に係るFe基合金組成物のC含有量は、7.5原子%以下であることが好ましく、7原子%以下であることがより好ましい。
【0028】
(1−3)B:2原子%以上6原子%以下
Bは、PやCと同様にアモルファス形成元素であり、Fe基合金組成物の母相をアモルファス相とすることに寄与する。また、Fe基合金組成物におけるbcc‐Feの結晶の粒径を微細化することにも寄与する。
【0029】
これらの効果を安定的に得る観点から、本発明の一実施形態に係るFe基合金組成物はBを2原子%以上含有する。上記のB含有に基づく効果を特に安定的に得たい場合には、本発明の一実施形態に係るFe基合金組成物のB含有量を、2.5原子%以上としてもよく、3原子%以上としてもよい。
【0030】
アモルファスを母相とするFe基合金組成物のB含有量が過度に高い場合には、そのFe基合金組成物を加熱したときに、アモルファス母相中にbcc‐Feの結晶が析出しにくくなる傾向を示す可能性が高まる。Fe基合金組成物内のbcc‐Feの結晶の含有量はFe基合金組成物の磁気特性に影響を与え、Fe基合金組成物においてB含有量が過度に高まると、コアロスが特に高くなりやすい。したがって、Fe基合金組成物の磁気特性を高める観点から、本発明の一実施形態に係るFe基合金組成物のB含有量は6原子%以下である。アモルファスを母相とするFe基合金組成物内にbcc‐Feの結晶が適切に析出することをより安定的に達成したい場合には、本発明の一実施形態に係るFe基合金組成物のB含有量を、5.5原子%以下としてもよいし、5原子%以下としてもよい。
【0031】
(1−4)Cu:0.4原子%以上1原子%以下
Cuは、アモルファスを母相とするFe基合金組成物内に加熱によってbcc‐Feの結晶を析出させることに寄与する元素である。また、Cuは、Fe基合金組成物内に析出するbcc‐Feの結晶の粒径を微細化することにも寄与する。
【0032】
アモルファスを母相とするFe基合金組成物内に加熱によってbcc‐Feの微細な結晶を析出させることを安定的に達成する観点から、本発明の一実施形態に係るFe基合金組成物はCuを0.4原子%以上含有する。上記のCu含有に基づく効果をより安定的に得たい場合には、本発明の一実施形態に係るFe基合金組成物のCu含有量を、0.45原子%以上としてもよく、0.5原子%以上としてもよい。
【0033】
アモルファスを母相とするFe基合金組成物のCu含有量が過度に高い場合には、そのFe基合金組成物を加熱したときに、アモルファス母相中にbcc‐Feの結晶が均一に析出しにくくなる傾向を示す可能性が高まる。したがって、本発明の一実施形態に係るFe基合金組成物のCu含有量は1原子%以下とされる。Fe基合金組成物の原料コストの低減などの観点から、本発明の一実施形態に係るFe基合金組成物のCu含有量を、0.9原子%以下としてもよいし、0.8原子%以下としてもよい。
【0034】
(1−5)Si:1原子%以上3原子%以下
Siは、Cuと同様に、アモルファスを母相とするFe基合金組成物内に加熱によってbcc‐Feの結晶を析出させることに寄与する元素である。その一方で、Si含有量の増加は、Fe基合金組成物内に析出したbcc‐Feの結晶の粒径を増大させることに寄与する。したがって、本発明の一実施形態に係るFe基合金組成物は、その内部に粒径の小さなbcc‐Feの結晶が存在するように、Si含有量が1原子%以上3原子%以下とされる。アモルファスを母相とするFe基合金組成物内に加熱したときにFe基合金組成物内に粒径の小さなbcc‐Feの結晶が析出することをより安定的に達成する観点から、本発明の一実施形態に係るFe基合金組成物のSi含有量は、1.5原子%以上2.5原子%以下であることが好ましい。
【0035】
(1−6)Cr:0原子%超2原子%以下
本発明の一実施形態に係るFe基合金組成物は、Crを0原子%超2原子%以下含有する。その理由は定かでないが、本発明の一実施形態に係るFe基合金組成物の磁気特性は、Crの含有量によって変動し、0原子%超2原子%の範囲において、透磁率を高めることとコアロスを低減することとを適切に達成することができる。本発明の一実施形態に係るFe基合金組成物について透磁率を高めることとコアロスを低減することとの両立をより安定的に達成する観点、およびFe基合金組成物の耐食性を高める観点から、本発明の一実施形態に係るFe基合金組成物のCr含有量は、1原子%以上2原子%以下であることが好ましい。
【0036】
本発明の一実施形態に係るFe基合金組成物の残部は、Feおよび不可避的不純物である。
【0037】
(2)結晶組織
(2−1)結晶粒径
本発明の一実施形態に係るFe基合金組成物内のbcc‐Feの結晶の粒径は、小さければ小さいほど好ましい。bcc‐Feの結晶を構成するbcc‐Fe結晶の粒径はX線回折スペクトルから見積もることが可能である。本発明の一実施形態に係るFe基合金組成物内のbcc‐Feの結晶の粒径D(単位:nm、本明細書において「結晶粒径D」と略記することもある。)は、CoのKα特性X線を用いて測定されたX線回折スペクトルにおける、2θ=100°付近(98°から102°の範囲)のbcc‐Fe由来の回折ピークに基づいて下記式(i)に示されるシェラーの式から算出した値とする。
D=Kλ/(βcosθ) (i)
ここで、Kは定数であって0.9、λはCoのKα特性X線の波長(1.79Å)、βは2θ=100°付近のbcc‐Fe由来の回折ピークの半値全幅(単位:ラジアン)、θはブラッグ角(単位:°)である。
【0038】
本発明の一実施形態に係るFe基合金組成物内のbcc‐Feの結晶の粒径は、上記式(i)から求められる結晶粒径Dとして、20nm以下である。結晶粒径Dが20nm以下であることにより、本発明の一実施形態に係るFe基合金組成物を備える部材の保磁力Hcを低減させることが可能となる。この保磁力Hcを低減させることをより安定的に実現させる観点から、結晶粒径Dは19nm以下であることが好ましく、18nm以下であることがより好ましい。
【0039】
前述のように、Fe基合金組成物に含有されるCuは当該組成物内にbcc‐Feの結晶を析出させる効果があり、Cu含有量を高めることはFe基合金組成物内のbcc‐Feの結晶の大きさを微細化させることにも寄与する。また、P,CおよびBのそれぞれの含有量を高めることも、Fe基合金組成物内のbcc‐Feの結晶の大きさを微細化させることに寄与する。
【0040】
(2−2)結晶化パラメータ
本発明の一実施形態に係るFe基合金組成物は、CoのKα特性X線を用いて測定されたX線回折スペクトルにおける、2θ=40°から65°の範囲の回折強度の積分値I
0に対する、bcc‐Fe由来の回折ピークの強度の積分値I
1の比率I
1/I
0(結晶化パラメータP
c)が20%以上30%以下であることが好ましい。結晶化パラメータP
cはFe基合金組成物におけるbcc‐Feの析出量に相関性を有すると考えられる。結晶化パラメータP
cが20%以上であることにより、Fe基合金組成物を備える部材の飽和磁気歪定数λsが低減しやすくなる。このため、Fe基合金組成物材の磁気特性が向上しやすくなる。結晶化パラメータP
cが30%以下であることにより、bcc‐Fe以外の化合物結晶の析出を抑えることができ、良好な磁気特性を得ることができる。
【0041】
(3)Fe基合金組成物の製造方法
本発明の一実施形態に係るFe基合金組成物の製造方法は限定されない。上記の結晶粒径に関する規定を満たすことを容易にする観点から、上記の組成を有し、アモルファスを母相とするFe基合金組成物を製造し、そのFe基合金組成物を加熱する熱処理によりアモルファス相内にbcc‐Feの結晶を析出させて、本発明の一実施形態に係るFe基合金組成物を得ることが好ましい。なお、上記の熱処理が施される前のFe基合金組成物は、アモルファス単相の状態であってもよい。
【0042】
アモルファスを母相とするFe基合金組成物の製造方法は限定されない。公知のアモルファスの製造方法を採用すればよい。そのような製造方法として、水アトマイズ法、ガスアトマイズ法、単ロール急冷法などが例示される。
【0043】
アモルファス相内にbcc‐Feの結晶を析出させる方法も限定されない。上記のように、通常、加熱することによって析出することができる。加熱条件はFe基合金組成物の組成などに応じて適宜設定される。なお、後述するように、本発明の一実施形態に係る組成を有するアモルファスを母相とするFe基合金組成物は、化合物が生成しにくいため、化合物の影響を顕在させずにbcc‐Feの結晶を析出させうる温度域が広い。このことは、本発明の一実施形態に係るFe基合金組成物の磁気特性を高めることに寄与する。
【0044】
2.成形部材
本発明の一実施形態に係るFe基合金組成物を備える部材の形態は限定されない。磁気特性に優れる部材を効率的に製造できることから、本発明の一実施形態に係るFe基合金組成物の粉末(本明細書において「磁性粉末」ともいう。)を含む材料を成形する工程を経て製造された成形部材であることが好ましい。上記の成形が行われる際に、磁性粉末が含有するFe基合金組成物は、bcc‐Feの結晶が析出していてもよいし、bcc‐Feの結晶が析出していなくてもよい。bcc‐Feの結晶が析出していない場合には、その後熱処理を行って磁性粉末内にbcc‐Feの結晶を析出させればよい。
【0045】
磁性粉末の形状は限定されない。磁性粉末の形状は球状であってもよいし非球状であってもよい。非球状である場合には、鱗片状、楕円球状、液滴状、針状といった形状異方性を有する形状であってもよいし、特段の形状異方性を有しない不定形であってもよい。
【0046】
磁性粉末の形状は、磁性粉末を製造する段階で得られた形状であってもよいし、製造された粉末を二次加工することにより得られた形状であってもよい。前者の形状としては、球状、楕円球状、液滴状、針状などが例示され、磁性粉末の製造方法として水アトマイズ法が例示される。後者の形状としては、扁平形状、鱗片状が例示され、磁性粉末の二次加工方法としてアトライタ等による扁平加工が例示される。
【0047】
磁性粉末の粒径は限定されない。かかる粒径を、平均粒径D50(レーザー回折散乱法により測定された磁性粉末の粒径の体積分布における体積累積値が50%のときの粒径)により規定すれば、通常、1μmから20μmの範囲とされる。磁性粉末の取扱い性を高める観点、成形部材における磁性粉末の充填密度を高める観点などから、磁性粉末の平均粒径D50は、2μm以上15μm以下とすることが好ましく、3μm以上10μm以下とすることがより好ましく、4μm以上7μm以下とすることが特に好ましい。
【0048】
本発明の一実施形態に係る成形部材における磁性粉末の含有量は限定されない。成形部材が所望の磁気特性を有するように適宜設定される。
【0049】
本発明の一実施形態に係る成形部材は結着成分を含有していてもよい。結着成分は、磁性粉末同士または磁性粉末と他の材料とを固定するために用いられる材料であり、この目的が果たされる限り、結着成分の組成は限定されない。
【0050】
結着成分を構成する材料として、樹脂材料および樹脂材料の熱分解残渣(本明細書において、これらを「樹脂材料に基づく成分」と総称する。)などの有機系の材料、無機系の材料などが例示される。樹脂材料として、アクリル樹脂、シリコーン樹脂、ポリプロピレン、塩素化ポリエチレン、ポリエチレン、アクリル樹脂、エチレン・プロピレン・ジエン・ターポリマ(EPDM)、クロロプレン、ポリウレタン、塩化ビニル、飽和ポリエステル、ニトリル樹脂、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、尿素樹脂、メラミン樹脂などが例示される。無機系の材料からなる結着成分は水ガラスなどガラス系材料が例示される。結着成分は一種類の材料から構成されていてもよいし、複数の材料から構成されていてもよい。結着成分は有機系の材料と無機系の材料との混合体であってもよい。結着成分として、通常、絶縁性の材料が使用される。これにより、成形部材の絶縁性を高めることが可能となる。
【0051】
成形部材は、リン酸エステル、赤燐、三酸化アンチモン、カーボンブラック、水酸化マグネシウム、水酸化アルミニウム、ヘキサブロモベンゼン、メラミン誘導体、臭素系、塩素系、白金系等の難燃剤をさらに含有していてもよい。
【0052】
成形部材の具体的な形状は限定されない。用途に合わせて適宜設定される。凹凸を有する三次元的な形状を有していてもよいし、二次元的なシート状の形状を有していてもよい。三次元的な形状を有する成形部材の具体例の一つに、
図1に示される圧粉コアが挙げられる。
【0053】
3.成形部材の製造方法
上記の本発明の一実施形態に係る成形部材の製造方法は限定されない。次に説明する方法により製造すれば、本発明の一実施形態に係る成形部材を効率的に製造することができる。
【0054】
本発明の一実施形態に係る成形部材の製造方法は、次に説明する成形工程および熱処理工程を備え、熱処理工程および成形工程を経ることにより、成形部材を得ることができる。熱処理工程と成形工程との前後関係は限定されない。成形部材の種類に応じて適宜設定される。
【0055】
(1)熱処理工程
前述の組成を有しアモルファスを母相とする磁性粉末を加熱する熱処理を行って、CoのKα特性X線を用いて測定されたX線回折スペクトルにおける、2θ=100°付近のbcc‐Fe由来の回折ピークに基づいてシェラーの式から算出される結晶粒径が20nm以下であるbcc‐Feの結晶を磁性粉末内に析出させる。熱処理工程の熱処理が施される前のFe基合金組成物はアモルファス単相の状態であることが好ましい。
【0056】
熱処理工程における熱処理条件は、アモルファスを母相とする磁性粉末内に上記のbcc‐Feの結晶を適切に析出できる限り、限定されない。通常350℃程度以上であれば、上記のbcc‐Feの結晶を適切に析出させることができる。
【0057】
ここで、P,C,B等の元素を含有しアモルファスを母相とするFe基合金組成物は、加熱されることにより上記の元素とFeとの化合物が生成する場合がある。この化合物がFe基合金組成物内に生成すると、そのFe基合金組成物を備える成形部材の磁気特性は低下しやすく、初透磁率μが特に低下する傾向がみられる。本発明の一実施形態に係るFe基合金組成物は、その組成が適切に制御されているため、加熱されてもFe基合金組成物内に化合物が生成しにくい。具体的には、Fe基合金組成物内を加熱した際に化合物が生成したことがX線回折の測定結果として確認される温度の下限が高い。したがって、本発明の一実施形態に係るFe基合金組成物は、当該Fe基合金組成物の粉末を含む成形部材の磁気特性を向上させうる加熱温度域が広い。それゆえ、本発明の一実施形態に係るFe基合金組成物を用いることにより、優れた磁気特性を有する成形部材が得られやすい。
【0058】
熱処理の際の雰囲気は特に限定されない。酸化性雰囲気の場合には磁性粉末の酸化が進行する可能性が高まるため、窒素、アルゴンなどの不活性雰囲気や、水素などの還元性雰囲気で熱処理を行うことが好ましい。
【0059】
(2)成形工程
成形工程では、上記の熱処理工程を経る前の磁性粉末、すなわち、前述の組成を有しアモルファスを母相とする磁性粉末、または上記の熱処理工程を経た後の磁性粉末、すなわち、bcc‐Feの結晶が析出した磁性粉末、および上記の結着成分を与える成分を含有する混合組成物を成形する。成形方法は限定されず、成形部材の形状等に応じて適宜設定される。
【0060】
以下、成形部材が圧粉成形体である場合、および成形部材がシート状成形部材である場合を具体例として、熱処理工程および成形工程の詳細について説明する。
【0061】
(3)圧粉成形体
成形部材が圧粉成形体である場合には、成形工程の後に熱処理工程が行われる。成形工程では、アモルファスを母相とする磁性粉末を含む混合組成物を加圧成形して成形製造物を得る。そして、熱処理工程では成形製造物が含む磁性粉末を加熱して、bcc‐Feの結晶が析出したFe基合金組成物の粉末を含む圧粉成形体を得る。
【0062】
圧粉成形体を製造する場合には、混合組成物が含有する結着成分を与える成分は、熱処理工程を経ることによって結着成分を形成するものであって、樹脂材料などの有機系材料、水ガラスなどの無機系の材料などが例示される。
【0063】
加圧成形における加圧条件は限定されず、混合組成物が含有する結着成分を与える成分の組成などに基づき適宜決定される。例えば、結着成分を与える成分が熱硬化性の樹脂を含有する場合には、加圧とともに加熱して、金型内で樹脂の硬化反応を進行させることが好ましい。一方、圧縮成形の場合には、加圧力が高いものの、加熱は必要条件とならず、短時間の加圧となる。
【0064】
以下、混合組成物が造粒粉であって、圧縮成形を行う場合について、やや詳しく説明する。造粒粉は取り扱い性に優れるため、成形時間が短く生産性に優れ、成形工程の作業性を向上させることができる。
【0065】
(3−1)造粒粉
造粒粉は、磁性粉末および結着成分を与える成分を含有する。造粒粉における結着成分を与える成分の含有量は特に限定されない。かかる含有量が過度に低い場合には、結着成分を与える成分が磁性粉末を保持しにくくなる。また、結着成分を与える成分の含有量が過度に低い場合には、熱処理工程を経て得られた圧粉成形体中で、結着成分を与える成分の熱分解残渣からなる結着成分が、複数の磁性粉末を互いに他から絶縁しにくくなる。一方、上記の結着成分を与える成分の含有量が過度に高い場合には、熱処理工程を経て得られた圧粉成形部材に含有される結着成分の含有量が高くなりやすい。圧粉成形部材中の結着成分の含有量が高くなると、圧粉成形体の磁気特性が低下しやすくなる。それゆえ、造粒粉中の結着成分を与える成分の含有量は、造粒粉全体に対して、0.5質量%以上5.0質量%以下となる量にすることが好ましい。圧粉成形体の磁気特性が低下する可能性をより安定的に低減させる観点から、造粒粉中の結着成分を与える成分の含有量は、造粒粉全体に対して、1.0質量%以上3.5質量%以下となる量にすることが好ましく、1.2質量%以上3.0質量%以下となる量にすることがより好ましい。
【0066】
造粒粉は、上記の磁性粉末および結着成分を与える成分以外の材料を含有してもよい。そのような材料として、潤滑剤、カップリング剤、絶縁性のフィラー、難燃剤などが例示される。潤滑剤を含有させる場合において、その種類は特に限定されない。有機系の潤滑剤であってもよいし、無機系の潤滑剤であってもよい。有機系の潤滑剤の具体例として、ステアリン酸亜鉛、ステアリン酸アルミニウムなどの金属石鹸が挙げられる。こうした有機系の潤滑剤は、熱処理工程において気化し、圧粉成形体にはほとんど残留していないと考えられる。
【0067】
造粒粉の製造方法は特に限定されない。上記の造粒粉を与える成分をそのまま混錬し、得られた混練物を公知の方法で粉砕するなどして造粒粉を得てもよいし、上記の成分に分散媒(水が一例として挙げられる。)を添加してなるスラリーを調製し、このスラリーを乾燥させて粉砕することにより造粒粉を得てもよい。粉砕後にふるい分けや分級を行って、造粒粉の粒度分布を制御してもよい。
【0068】
上記のスラリーから造粒粉を得る方法の一例として、スプレードライヤーを用いる方法が挙げられる。
図2に示されるように、スプレードライヤー装置200内には回転子201が設けられ、装置上部からスラリーSを回転子201に向けて注入する。回転子201は所定の回転数により回転しており、装置200内部のチャンバーにてスラリーSを遠心力により小滴状として噴霧する。さらに装置200内部のチャンバーに熱風を導入し、これにより小滴状のスラリーSに含有される分散媒(水)を、小滴形状を維持したまま揮発させる。その結果、スラリーSから造粒粉Pが形成される。この造粒粉Pを装置200の下部から回収する。回転子201の回転数、スプレードライヤー装置200内に導入する熱風温度、チャンバー下部の温度など各パラメータは適宜設定すればよい。これらのパラメータの設定範囲の具体例として、回転子201の回転数として4000〜6000rpm、スプレードライヤー装置200内に導入する熱風温度として130〜170℃、チャンバー下部の温度として80〜90℃が挙げられる。またチャンバー内の雰囲気およびその圧力も適宜設定すればよい。一例として、チャンバー内をエアー(空気)雰囲気として、その圧力を2mmH
2O(約0.02kPa)とすることが挙げられる。得られた造粒粉Pの粒度分布をふるい分けなどによりさらに制御してもよい。
【0069】
(3−2)加圧条件
圧縮成形における加圧条件は特に限定されない。造粒粉の組成、成形製造物の形状などを考慮して適宜設定すればよい。造粒粉を圧縮成形する際の加圧力が過度に低い場合には、成形製造物の機械的強度が低下する。このため、成形製造物の取り扱い性が低下する、成形製造物から得られた圧粉成形体の機械的強度が低下する、といった問題が生じやすくなる。また、圧粉成形体の磁気特性が低下したり絶縁性が低下したりする場合もある。一方、造粒粉を圧縮成形する際の加圧力が過度に高い場合には、その圧力に耐えうる成形金型を作成するのが困難になってくる。成形工程が圧粉成形体の機械特性や磁気特性に悪影響を与える可能性をより安定的に低減させ、工業的に大量生産を容易に行う観点から、造粒粉を圧縮成形する際の加圧力は、0.3GPa以上2GPa以下とすることが好ましく、0.5GPa以上2GPa以下とすることがより好ましく、1GPa以上2GPa以下とすることが特に好ましい。
【0070】
圧縮成形では、加熱しながら加圧を行ってもよいし、常温で加圧を行ってもよい。
【0071】
(4)シート状成形部材
成形部材がシート状成形部材である場合には、熱処理工程の後に成形工程が行われる。成形工程では、熱処理工程により得られたbcc‐Feの結晶が析出した磁性粉末を含む混合組成物をシート状に成形することを含んでシート状成形部材を得る。シート状成形部材は、単層の構造体であってもよいし、積層構造体であってもよい。シート状に成形された混合組成物の成形体は、そのままシート状成形部材となってもよいし、かかる成形体に熱処理を加えてシート状成形部材を得てもよい。
【0072】
以下、ドクターブレード法によりシート状成形部材を得る方法を具体例として説明する。
【0073】
まず、上記の熱処理工程を経た磁性粉末、結着成分を与える成分および溶剤を含むスラリー状の材料を用意する。
【0074】
磁気特性の観点から、磁性粉末の形状は扁平形状を有していることが好ましい場合もある。磁性粉末の形状は、アトライタなどを用いることによって扁平形状にすることができる。このような形状加工によって磁性粉末に歪が蓄積される場合もあるが、この場合には、形状加工の後に熱処理工程を実施することにより、磁性粉末内の歪が緩和されることもある。
【0075】
結着成分を与える成分として樹脂材料が例示され、具体例として、アクリル樹脂、シリコーン樹脂、ポリプロピレン、塩素化ポリエチレン、ポリエチレン、アクリル樹脂、エチレン・プロピレン・ジエン・ターポリマ(EPDM)、クロロプレン、ポリウレタン、塩化ビニル、飽和ポリエステル、ニトリル樹脂が挙げられる。溶剤の種類は、磁性粉末および結着成分を与える成分の組成に応じて適宜設定すればよい。また、スラリー状の材料の固形分における磁性粉末の含有量(体積%)も適宜設定すればよく、一例を挙げれば、10〜70体積%であり、20〜50体積%とすることが好ましい場合がある。スラリー状の材料は、さらに潤滑剤、カップリング剤、絶縁性のフィラー、難燃剤などを含有していてもよい。
【0076】
このスラリー状の材料を、ドクターブレード法により基材(キャリアテープ)上にシート状に成形する。
図3を参照して具体的に説明すれば、ドクターブレード装置300内にスラリー状の材料Cを供給し、基材(キャリアテープ)301を一方向(
図3中矢印A)に移動させると、ブレード302により所定の厚さに設定されたスラリー状の材料Cの薄膜Fが基材22上に形成される。この薄膜Fに含有される溶剤を蒸発させる乾燥を行うことにより、磁性シートを得ることができる。
【0077】
成形条件(温度、基材301の移動速度、乾燥時間など)は限定されない。スラリー状の材料Cの組成、得られる薄膜Fの厚さなどに応じて適宜設定すればよい。乾燥条件(温度、時間、雰囲気など)も限定されない。溶剤の種類や薄膜Fの厚さなどを考慮して適宜設定すればよい。乾燥温度の限定されない例として、室温(25℃)〜70℃が挙げられ、30〜55℃程度とすることが好ましい場合がある。
【0078】
磁性シートは複数の薄膜の積層体から構成されていてもよい。具体的には、一度基材301を移動させて薄膜Fを成形した後、基材301を巻き戻して、得られた薄膜Fの上にさらにスラリー状の材料Cの薄膜を形成してもよい。この場合において、下層側の薄膜Fからの溶剤の蒸発が進行する前に上層側の薄膜を形成して層間密着性を高めてもよいし、下層側の薄膜Fを予備的に乾燥して薄膜F内の溶剤をある程度蒸発させておいてもよい。
【0079】
4.成形部材の適用例
(1)圧粉コア
本発明の一実施形態に係る成形部材の具体的な適用例として、圧粉コアが挙げられる。
図1に示す本発明の一実施形態に係る圧粉コア1は、その外観がリング状である。圧粉コア1は前述の圧粉成形体を製造する方法によって製造することができる。圧粉コア1は、本発明の一実施形態に係るFe基合金組成物を備えるため、優れた磁気特性を有する。
【0080】
本発明の一実施形態に係る電子部品は、上記の本発明の一実施形態に係る圧粉コア1、コイルおよびこのコイルのそれぞれの端部に接続された接続端子を備える。ここで、圧粉コア1の少なくとも一部は、接続端子を介してコイルに電流を流したときにこの電流により生じた誘導磁界内に位置するように配置されている。
【0081】
このような電子部品の一例として、
図4に示されるトロイダルコア10が挙げられる。トロイダルコア10は、リング状の圧粉コア1に、被覆導電線2を巻回することによって形成されたコイル2aを備える。巻回された被覆導電線2からなるコイル2aと被覆導電線2の端部2b,2cとの間に位置する導電線の部分において、コイル2aの端部2d,2eを定義することができる。このように、本実施形態に係る電子部品は、コイルを構成する部材と接続端子を構成する部材とが同一の部材から構成されていてもよい。
【0082】
本発明の一実施形態に係る電子部品の別の一例は、上記の本発明の一実施形態に係る圧粉コア1とは異なる形状を有する圧粉コアを備える。そのような電子部品の具体例として、
図5に示されるインダクタンス素子20が挙げられる。
図5は、本発明の一実施形態に係るインダクタンス素子20の全体構成を一部透視して示す斜視図である。
図5では、インダクタンス素子20の下面(実装面)が上向きの姿勢で示されている。
図6は、
図5に示すインダクタンス素子20を実装基板10上に実装した状態を示す部分正面図である。
【0083】
図5に示すインダクタンス素子20は、圧粉コア3と、圧粉コア3の内部に埋め込まれたコイルとしての空芯コイル5と、溶接によって空芯コイル5に電気的に接続される接続端子としての一対の端子部4とを備えて構成される。圧粉コア3は、本発明の一実施形態に係るFe基合金組成物を備える部材の一つであり、具体的には圧粉成形体からなる。したがって、優れた磁気特性を有する。
【0084】
空芯コイル5は、絶縁被膜された導線を巻回して形成されたものである。空芯コイル5は、巻回部5aと巻回部5aから引き出された引出端部5b,5bとを有して構成される。空芯コイル5の巻き数は必要なインダクタンスに応じて適宜設定される。
【0085】
図5に示すように、圧粉コア3において、実装基板に対する実装面3aに、端子部4の一部を収納するための収納凹部30が形成されている。収納凹部30は、実装面3aの両側に形成されており、圧粉コア3の側面3b,3cに向けて解放されて形成されている。圧粉コア3の側面3b,3cから突出する端子部4の一部が実装面3aに向けて折り曲げられて、収納凹部30の内部に収納される。
【0086】
端子部4は、薄板状のCu基材で形成されている。端子部4は圧粉コア3の内部に埋設されて空芯コイル5の引出端部5b,5bに電気的に接続される接続端部40と、圧粉コア3の外面に露出し、前記圧粉コア3の側面3b,3cから実装面3aにかけて順に折り曲げ形成される第1曲折部42aおよび第2曲折部42bとを有して構成される。接続端部40は、空芯コイル5に溶接される溶接部である。第1曲折部42aと第2曲折部42bは、実装基板100に対して半田接合される半田接合部である。半田接合部は、端子部4のうちの圧粉コア3から露出している部分であって、少なくとも圧粉コア3の外側に向けられる表面を意味している。
【0087】
端子部4の接続端部40と空芯コイル5の引出端部5bとは、抵抗溶接によって接合されている。
【0088】
図6に示すように、インダクタンス素子20は、実装基板100上に実装される。
【0089】
実装基板100の表面には外部回路と導通する導体パターンが形成され、この導体パターンの一部によって、インダクタンス素子20を実装するための一対のランド部110が形成されている。
【0090】
図6に示すように、インダクタンス素子20においては、実装面3aが実装基板100側に向けられて、圧粉コア3から外部に露出している第1曲折部42aと第2曲折部42bが実装基板100のランド部110との間で半田層120にて接合される。
【0091】
半田付け工程は、ランド部110にペースト状の半田が印刷工程で塗布された後に、ランド部110に第2の曲折部42aが対面するようにしてインダクタンス素子20が実装され、加熱工程で半田が溶融する。
図5と
図6に示すように、第2曲折部42bは実装基板100のランド部110に対向し、第1曲折部42aはインダクタンス素子20の側面3b、3cに露出しているため、フィレット状の半田層120は、ランド部110に固着するとともに、半田接合部である第2曲折部42bと第1曲折部42aの双方の表面に十分に広がって固着される。
【0092】
本発明の一実施形態に係る電子機器は、上記の本発明の一実施形態に係る圧粉コアを備える電子部品が実装されたものである。そのような電子機器として、電源スイッチング回路、電圧昇降回路、平滑回路等を備えた電源装置や小型携帯通信機器等が例示される。
【0093】
電源スイッチング回路、電圧昇降回路、平滑回路などは、一般的に小型化するに従い、高周波化し、コアロスを増大させる。本発明の一実施形態に係る電子部品がインダクタンス素子20である場合には、高い初透磁率μと低いコアロスとを両立することが可能である。それゆえ、電子機器が小型化した場合でも、従来と同様に高効率回路の実現が容易となり、電子機器の消費電力を増加させないことが可能となる。
【0094】
(2)磁性シート
本発明の一実施形態に係る成形部材の他の一具体例として、磁性シートが挙げられる。磁性シートは前述のシート状成形部材を製造する方法により製造することができる。磁性シートは、通信部品の通信を補助する部材として使用されたり、電子デバイスの内部および外部からの電磁ノイズを抑制する電磁干渉抑制部材として使用されたりする。
【0095】
磁性シートに含有される磁性粉末の形状、粒径および含有量は限定されない。磁性シートが優れた磁気特性を有することをより安定的に達成する観点から、磁性シートが備える磁性粉末はアトライタなどにより二次加工された扁平形状を有することが好ましい。磁性シートが備える磁性粉末が扁平形状を有する場合には、磁性シート内の磁性粉末は、磁性シートの厚さ方向と磁性粉末の短軸の方向とが揃うように配置されている、すなわち、磁性粉末が配向性を有して配置されていることが好ましいこともある。この磁性シート内の磁性粉末の配向性の程度は、磁性シートの厚さ方向に沿って異なっていてもよい。例えば、磁性シートの一方の主面における磁性粉末の配向性の程度と、磁性シートの他方の主面における磁性粉末の配向性の程度とが異なっていてもよい。
【0096】
磁性シートは可撓性を有していることが好ましい場合もある。前述のドクターブレード法により磁性シートを製造する場合には、可撓性を有する磁性シートを任意の厚さで製造することが可能である。磁性シートは可撓性が低く、硬い板状であってもよい。そのような磁性シートは、例えば、ドクターブレード法により製造したシート状成形部材を熱処理することにより得られる場合もある。
【0097】
(2-1)RFID用磁気シート
本発明の一実施形態に係る磁性シートの具体的な適用例として、通信部品としてのRFID(Radio Frequency ID)デバイスに用いられるRFID用磁気シートが挙げられる。
【0098】
図7は、本発明の一実施形態に係る通信部品の一例としてのRFIDデバイスおよびリーダライタの模式図である。
図7に示すように、RFIDデバイス60は、アンテナおよびICチップを備えるRFIDタグ61、金属部材62およびRFID用磁気シート63を備え、RFID用磁気シート63は、RFIDタグ61と金属部材62との間に配置されている。RFID用磁気シート63は、本発明の一実施形態に係る磁性シートからなる。このように、
図7に示されるRFIDデバイス60では、RFIDタグ61の近傍に金属部材62が配置されている。
【0099】
RFIDタグ61は、基板上にアンテナおよびICチップが形成された形態である。金属部材62は例えば筐体の一部を成しており、Al、Ti、Cr等で形成される。金属部材62の膜厚は、0.05〜0.5mm程度である。
【0100】
RFIDタグ61が金属部材62の近傍に配置される場合、具体的には、
図7に示されるようにRFIDタグ61に金属部材62が直接積層されている場合には、リーダライタ601からの磁束Hは、RFIDタグ61を貫通して金属部材62に到達する。このため、金属部材62に渦電流が発生し、この発生した渦電流による反磁界が、無線通信に必要な磁界を低減させてしまうおそれがある。
【0101】
しかしながら、
図7に示されるように、RFIDタグ61と金属部材62との間にRFID用磁気シート63が配置されることにより、リーダライタ601からの磁束HはRFID用磁気シート63内を通り、RFIDデバイス60とリーダライタ601との間で還流磁束が形成される。この結果、RFIDタグ61のアンテナにて受信した信号出力の減衰量を小さくでき、RFID特性の向上を効果的に図ることができる。また、RFIDデバイス60とリーダライタ601との間の最大通信距離L1の範囲を効果的に広げることができ、無線通信を安定的に行うことが可能である。
【0102】
以上説明したように、本発明の一実施形態に係る通信部品において、本発明の一実施形態に係る磁性シートは、通信部品外からの電磁波(リーダライタからの電磁波)に基づく還流磁場を形成し、通信部品の通信効率を高めるものとして機能している。また、RFIDデバイスのアンテナモジュールにおいて、磁性シートは補助コアとして使用されうる。
【0103】
本発明の一実施形態に係る通信機器は、上記のRFIDデバイスなど、本発明の一実施形態に係る通信部品を備える。かかる通信機器として、非接触ICカード、リーダライタ等のRFID関連機器、スマートフォン等の小型携帯通信機器などが例示される。こうした通信機器は、本発明の一実施形態に係る磁気特性に優れる磁性シートを用いた通信部品を備えるため、小型であっても効率的な通信が可能であり、通信に要する消費電力を低減させることが可能である。
【0104】
(2-2)電磁干渉抑制体
本発明の一実施形態に係る磁性シートは電磁干渉抑制体として使用することも可能である。電磁干渉抑制部材を電子デバイスに貼り付けるなど、電子デバイスに近位な位置に配置すれば、電子デバイスの内部および外部から発生した電磁ノイズを有効に抑制することができる。
【0105】
本発明の一実施形態に係る電子機器は、上記の本発明の一実施形態に係る電磁干渉抑制体を備える。そのような電子機器として、タブレット端末、ノートパソコン等の携帯型パソコンが例示される。こうした電子機器は、本発明の一実施形態に係る磁気特性に優れる磁性シートを備える電磁干渉抑制部材が組み込まれているため、小型であっても、優れた動作安定性(ノイズ耐性)を有することが可能である。
【0106】
以上説明した実施形態は、本発明の理解を容易にするために記載されたものであって、本発明を限定するために記載されたものではない。したがって、上記実施形態に開示された各要素は、本発明の技術的範囲に属する全ての設計変更や均等物をも含む趣旨である。
【実施例】
【0107】
以下、実施例等により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明の範囲はこれらの実施例等に限定されるものではない。
【0108】
(実施例1)
Fe、Fe−C合金、Fe−P合金、B及びCrを原料として、得られるFe基非晶質合金粉末の組成がFe
77.2Cu
0.7Cr
1P
7C
7B
5.6Si
1.5(試験番号1−1)、またはFe
77.9Cr
1P
6.2C
6.7B
6.7Si
1.5(試験番号1−2)になるように、原料のそれぞれを所定量秤量し、大気雰囲気下においてこれらの原料を溶湯るつぼ内に入れて溶解し、溶湯るつぼの溶湯ノズルから合金溶湯を滴下するとともに、水噴霧器の水噴射ノズルから高圧水を噴射して合金溶湯を霧状にし、チャンバー内で霧状の合金溶湯を急冷させる水アトマイズ法を用いて、アモルファス状態のFe基非晶質合金の粉末(磁性粉末)を作製した。得られた磁性粉末の粒度分布は、日機装社製「マイクロトラック粒度分布測定装置 MT3300EX」を用いて体積分布で測定した。その結果、体積分布において50%となる粒径である平均粒径D50は約11μmであった。
【0109】
上記の磁性粉末を98.3質量部、シリコーン樹脂からなる絶縁性結着材を1.4質量部、およびステアリン酸亜鉛からなる潤滑剤0.3質量部を、溶媒としてのキシレンに混合してスラリーを得た。
【0110】
得られたスラリーを乾燥後に粉砕し、目開き300μmのふるいおよび850μmのふるいを用いて、300μm以下の微細な粉末および850μm以上の粗大な粉末を除去して、造粒粉を得た。
【0111】
得られた造粒粉を金型に充填し、面圧2GPaで加圧成形して、外径20mm×内径12.7mm×厚さ7mmのリング形状を有する成形製造物を得た。
【0112】
得られた成形製造物を、窒素気流雰囲気の炉内に載置し、炉内温度を、室温(23℃)から昇温速度40℃/分で、表1に示される、380〜470℃の範囲から選ばれた所定のアニール温度まで加熱し、この温度にて10分間保持し、その後、炉内で室温まで冷却する熱処理を行い、圧粉コアを得た。
得られた圧粉コアにいくつかについて、CoのKα特性X線を用いて、圧粉コアに含有される磁性粉末のX線回折スペクトルを測定した。
【0113】
作製したリング状の圧粉コアからなるトロイダルコアに被覆銅線を20回巻き、インピーダンスアナライザー(HP社製「4192A」)を用いて、100kHzの条件で初透磁率μを測定した。結果を表1および
図8に示す。
【0114】
【表1】
【0115】
表1および
図8に示されるように、試験番号1−2のアモルファス状態の磁性粉末を備える圧粉コアは、アニール温度の上昇とともに初透磁率μが上昇し、アニール温度が410℃のときには、初透磁率μが46に到達した。しかしながら、アニール温度が420℃になると、
図9のX線回折スペクトルに示されるように、磁性粉末内にbcc‐Feおよび化合物が析出して、圧粉コアの初透磁率μは低下した。
【0116】
試験番号1−1のFe基合金組成物は、試験番号1−2のFe基合金組成物と、Cuを含有しているか否か以外はほぼ共通の組成を有し、いずれもアニール処理前はアモルファス状態にある。試験番号1−1の磁性粉末を備える圧粉コアは、アニール温度が380℃のときはアモルファス状態であったが、アニール温度が400℃のときには磁性粉末内にbcc‐Feが析出した。このbcc‐Feの析出に伴い、試験番号1−1の磁性粉末を備える圧粉コアの初透磁率μは上昇し、圧粉コアのアニール温度が450℃のときには圧粉コアの初透磁率μは57となった。この数値は、試験例1−2に係る圧粉コアの初透磁率μの最大値よりも24%も高い。圧粉コアのアニール温度が470℃になると、
図10のX線回折スペクトルに示されるように、磁性粉末内にbcc‐Feおよび化合物が析出して、圧粉コアの初透磁率μは低下した。試験番号1−1に係る圧粉コアにおける化合物の析出が認められる最低のアニール温度は、試験番号1−2に係る圧粉コアの場合に比べて50℃程度高かった。
【0117】
(実施例2)
表2に示される組成となるように原料を秤量したこと以外は実施例1と同様にして、アモルファス状態のFe基非晶質合金の粉末(磁性粉末)を作製した。
【0118】
得られた磁性粉末を用いて、実施例1と同様にして、ナノ分散構造を有するFe基合金組成物を備える圧粉コアを得た。各圧粉コアのアニール温度は、圧粉コアのコアロスが最低となる温度とした。
得られた圧粉コアを用いて、実施例1と同様にして、トロイダルコアを製造した。
【0119】
こうして作製したトロイダルコアに被覆銅線を20回巻き、インピーダンスアナライザー(HP社製「4192A」)を用いて、100kHzの条件で初透磁率μを測定した。結果を表2に示す。
【0120】
実施例により作製したトロイダルコアに被覆銅線をそれぞれ1次側20回、2次側2回巻きBHアナライザー(岩崎通信機社製「SY−8217」)を用いて、実効最大磁束密度B
mを100mT、周波数を100kHzとする条件で、コアロス(単位:kWm
−3)を測定した。その結果を表2に示す。
【0121】
上記の圧粉コアに含有される磁性粉末を、別途用意した。熱処理については、各圧粉コアに対して行われた熱処理と同一の条件で行い、適切なナノ分散構造を有する磁性粉末とした。
【0122】
得られた磁性粉末について、CoのKα特性X線を用いてX線回折スペクトルを測定した。測定されたX線回折スペクトルにおける、2θ=100°付近のbcc‐Fe由来の回折ピークに基づいて、上記式(i)にて示されるシェラーの式を適用して、磁性粉末内に析出した結晶(結晶子)の結晶粒径D(単位:nm)を求めた。また、測定されたX線回折スペクトルにおける、2θ=40°から65°の範囲の回折強度の積分値I
0に対する、bcc‐Fe由来の回折ピークの強度の積分値I
1の比率I
1/I
0(結晶化パラメータP
c、単位:%)を求めた。これらの結果を表2に示す。
【0123】
さらに、得られた磁性粉末について、振動試料型磁力計(VSM)により飽和磁化Bs(単位:T)を測定した。結果を表2に示す。
【0124】
【表2】
【0125】
表2の結果に基づき、P,C,B組成比について擬三元図を作成した。その結果を
図11から
図16に示す。
【0126】
圧粉コアの磁気特性のP添加量依存性を
図17に、磁性粉末に析出したbcc‐Feの結晶の状態(結晶化パラメータP
c)のP添加量依存性を
図18に示す。初透磁率μはP添加量が9原子%のときに最大値65を示した。(コアロスはP添加量が7から9原子%のときに最小値470kWm
−3を示した。)アニール後の磁性粉末の組織に着目すると、P添加量が多いほど析出するbcc‐Feの結晶粒径Dは微細化する傾向が認められた。また、結晶化パラメータP
cは熱処理により析出したbcc‐Feの量に相関があると考えられるところ、結晶化パラメータP
cの変化から、P添加量が10原子%を超えると、bcc‐Fe析出量が急減する傾向が認められた。このbcc‐Fe析出量の急減の理由は定かでない。熱処理時に、bcc‐Feが十分に析出するアニール温度まで磁性粉末の温度が到達する前に化合物が析出したため生じた可能性がある。
【0127】
圧粉コアの磁気特性変化、特に初透磁率μの増加およびコアロスの低下は、磁性粉末内に析出したbcc‐Feの結晶粒径Dの微細化の程度に対応している可能性がある。またP添加量が11原子%のときにコアロスが増加した現象は、bcc‐Fe結晶を十分に析出させることができなかったことが一因である可能性がある。
【0128】
この点に関し、様々なFeCuCrPCBSi組成のリボン材をアニールして結晶化パラメータP
c(bcc‐Fe析出量に相関性ありと考えられる。)と飽和磁歪定数λsの関係を調べた結果を、
図19に示す。
図19に示されるように、bcc‐Fe析出量が減少すると飽和磁歪定数λsが大きくなる傾向が認められた。この結果から、磁性粉末内のbcc‐Feの析出量が少なくなると、成形製造物を得るための成形工程の際に成形製造物に与えられた加工歪が、成形製造物に対して行われた熱処理工程の際に十分に緩和されず、このため、磁性粉末を備える部材の磁気特性が低下している可能性がある。
【0129】
図17および18に基づくと、磁性粉末における最適なP添加量は9原子%(試験番号2−4)またはその近傍であるといえる。試験番号2−4の圧粉コアの初透磁率μ(64.7)は、試験番号1−2の400℃で熱処理した圧粉コアの初透磁率μに対して約40%高く、試験番号4の圧粉コアのコアロスは、通常のアモルファス状態の磁性粉末を備える圧粉コア(以下、「通常のアモルファス粉末コア」ともいう。)と同等である。したがって、本発明に係る磁性粉末は、FeCuCrPCBSi組成を有し適切なナノ分散構造を有することにより、通常のアモルファス粉末コアと同程度に低いコアロスと、通常のアモルファス粉末コアよりも高い初透磁率μを実現することが可能となる。また、粉末の飽和磁化Bsは、通常のアモルファス粉末コアに用いられるアモルファス状態の磁性粉末の飽和磁化Bs(1.2〜1.3T)よりも高くなった。
【0130】
圧粉コアの磁気特性のC添加量依存性を
図20に、磁性粉末に析出したbcc‐Feの結晶の状態(結晶化パラメータP
c)のC添加量依存性を
図21に示す。
【0131】
図21に示されるように、C添加量が7原子%のときに、初透磁率μは最大となり、コアロスは最小となった。
図22に示されるように、アニール後に析出するbcc‐Feの結晶(結晶子)はC添加量が増加すると微細化する傾向を示す一方で、結晶化パラメータP
cはC添加量を9原子%まで増やすと急減する傾向を示した。P添加量の場合と同様に、粒径微細化効果と結晶化パラメータP
cとのバランスで、C添加量は7原子%が最適量となっていると考えられる。
【0132】
(実施例3)
単ロール急冷法により、Fe
78.5−xCr
1Cu
xP
5C
5B
8Si
2.5(xは、0.3,0.4,0.5,0.7または1)の組成を有しアモルファス状態にあるFe基合金組成物からなる5種類のリボン材を得た。
【0133】
これらのリボン材を、アニール温度450〜510℃で1時間、窒素雰囲気で加熱する熱処理を行って、結晶化パラメータP
cが25〜28%のナノ分散構造を有するリボン材とした。
【0134】
得られたリボン材について、CoのKα特性X線を用いてX線回折スペクトルを測定した。測定されたX線回折スペクトルにおける、2θ=100°付近のbcc‐Fe由来の回折ピークに基づいて、上記式(i)にて示されるシェラーの式を適用して、熱処理によってリボン材内に析出した結晶(結晶子)の結晶粒径D(単位:nm)を求めた。結果を表3に示す。
【0135】
また、熱処理後のリボン材について、Hcメータ(横河北辰電気社製「Type3257」)を用いて、印加磁界を±1600Am
−1として保磁力Hc(単位:Am
−1)を測定した。結果を表3ならびに
図22および23に示す。
【0136】
【表3】
表3および
図22、
図23に示されるように、Cu添加量が0.4原子%以上となると、bcc‐Feの結晶粒径Dは20nm以下となり、保磁力Hcの明確な低下が認められる。Cu添加量が0.5原子%以上の場合には、bcc‐Fe結晶(結晶子)の微細化およびこれに基づく保磁力Hcの低下が特に顕著となる。
【0137】
(実施例4)
組成をFe
77.2Cr
1Cu
0.7P
7C
7B
7.1−xSi
x(xは、0.5,1.0,1.5,2.5,3.0または3.5)としたこと以外は、実施例2と同様にして、ナノ分散構造を有するFe基合金組成物を備える圧粉コアを得た。なお、熱処理工程におけるアニール温度は430℃から450℃であった。
【0138】
得られた圧粉コアについて、実施例2と同様にして磁気特性を測定した。
【0139】
上記の圧粉コアに含有される磁性粉末を別途用意して、実施例2と同様にして粉末特性を測定した。結果を表4および
図24から27に示す。
【0140】
【表4】
【0141】
表4および
図24から27に示されるように、Fe基合金組成物内に析出したbcc‐Feの結晶粒径D(Si添加量が大きいほどDは大きくなる。)と結晶化パラメータP
c(Si添加量が2原子%以上ではP
cの変化は少ない。)とのバランスにより、Si添加量として2原子%付近が最適となっている。通常のアモルファスダストコアで得られるコアロス(550kWm
−3以下)を基準とすると、Si添加量は1〜3原子%とすることが好ましい。
【0142】
(実施例5)
組成をFe
78.2−xCr
xCu
0.7P
7C
7B
5.6Si
1.5(xは、0,1.0,2.0または3.0)としたこと以外は、実施例2と同様にして、ナノ分散構造を有するFe基合金組成物を備える圧粉コアを得た。なお、熱処理工程におけるアニール温度は430℃から460℃であった。得られた圧粉コアについて、実施例2と同様にして磁気特性を測定した。結果を表5ならびに
図28および29に示す。
【0143】
【表5】
【0144】
表5ならびに
図28および29に示されるように、Crを添加することにより、初透磁率μは高まるが、過度のCr添加はコアロスの増加をももたらす。通常のアモルファスダストコアで得られるコアロス(550kWm
−3以下)を基準とすると、Cr添加量は0原子%超2原子%以下とすることが好ましく、1原子%以上2原子%以下とすることがより好ましい。