特許第6283429号(P6283429)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6283429α−グルコシルヘスペリジンの結晶とその用途
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6283429
(24)【登録日】2018年2月2日
(45)【発行日】2018年2月21日
(54)【発明の名称】α−グルコシルヘスペリジンの結晶とその用途
(51)【国際特許分類】
   C07H 17/07 20060101AFI20180208BHJP
   A61K 31/7048 20060101ALN20180208BHJP
   A61P 39/06 20060101ALN20180208BHJP
【FI】
   C07H17/07
   !A61K31/7048
   !A61P39/06
【請求項の数】6
【全頁数】24
(21)【出願番号】特願2017-15237(P2017-15237)
(22)【出願日】2017年1月31日
(62)【分割の表示】特願2013-526923(P2013-526923)の分割
【原出願日】2012年7月30日
(65)【公開番号】特開2017-71655(P2017-71655A)
(43)【公開日】2017年4月13日
【審査請求日】2017年2月27日
(31)【優先権主張番号】特願2011-168720(P2011-168720)
(32)【優先日】2011年8月1日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】397077760
【氏名又は名称】株式会社林原
(74)【代理人】
【識別番号】100108486
【弁理士】
【氏名又は名称】須磨 光夫
(72)【発明者】
【氏名】渋谷 孝
(72)【発明者】
【氏名】伊澤 精祐
【審査官】 伊佐地 公美
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第1998/042859(WO,A1)
【文献】 芦澤 一英、他,医薬品の多形現象と晶析の科学,丸善プラネット株式会社,2002年 9月20日,第305−317頁
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07H
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
光学異性体としてのR体とS体との合計量に対するR体の存在比が70質量%以上であるα−グルコシルヘスペリジン結晶又はα−グルコシルヘスペリジン結晶からなるα−グルコシルヘスペリジン純度95質量%以上の粉体の製造方法であって、下記(ア)乃至(エ)の工程を含む製造方法:
(ア)α−グルコシルヘスペリジン純度が95質量%以上の原料α−グルコシルヘスペリジンをメタノール濃度が30乃至40(v/v)%のメタノール水溶液中に溶解させる工程;
(イ)得られたα−グルコシルヘスペリジン溶液の温度を降下させ、過飽和状態にする工程;
(ウ)過飽和状態にしたα−グルコシルヘスペリジン溶液を、一定温度に保持してα−グルコシルヘスペリジン結晶を析出させる工程;
(エ)析出したα−グルコシルヘスペリジン結晶を採取する工程。
【請求項2】
前記(ア)の工程において、原料α−グルコシルヘスペリジンを固形分濃度1乃至5(w/v)%に溶解させることを特徴とする請求項1記載の製造方法。
【請求項3】
前記(ウ)の工程において、過飽和状態のα−グルコシルヘスペリジン溶液からα−グルコシルヘスペリジン結晶を析出させる時の温度が4乃至10℃であることを特徴とする請求項1又は2記載の製造方法。
【請求項4】
前記α−グルコシルヘスペリジン結晶の純度が99質量%以上であることを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の製造方法。
【請求項5】
前記α−グルコシルヘスペリジン結晶が、少なくとも1辺が0.1mm以上の長さを有する角型柱状、板状、又は針状の結晶であることを特徴とする1乃至4のいずれかに記載の製造方法。
【請求項6】
前記α−グルコシルヘスペリジン結晶が、空間群がP2であり、単位格子の格子定数がa=13.983Å、b=7.620Å、c=20.065Å、α=γ=90°、β=93.475°であり、単斜晶系(monoclinic)の結晶であることを特徴とする請求項1乃至5のいずれかに記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、α−グルコシルヘスペリジンの新規な結晶と実質的に当該結晶からなる粉体、及びその用途に関し、詳細には、X線結晶構造解析により、その結晶構造が決定されたα−グルコシルヘスペリジンの新規な結晶と実質的に当該結晶からなる粉体、及びその医薬品素材としての用途に関する。
【背景技術】
【0002】
α−グルコシルヘスペリジンは、ビタミンPの一種であるヘスペリジンのルチノース構造を構成するグルコースの4位水酸基に1分子のグルコースがα−グルコシド結合を介して結合したヘスペリジンのα−グルコシル誘導体である(特許第3060227号公報、特許第2805273号公報、特許第3989561号公報、ワイ・スズキ(Y.Suzuki)ら、ザ・ファースト・インターナショナル・コングレス・オン・“ビタミンズ・アンド・バイオファクターズ・イン・ライフ・サイエンス”(The First International Congress on “Vitamins and Biofactors in Life Science”(ICVB)),神戸,1991年,講演要旨4−IV−5参照)。α−グルコシルヘスペリジンは、ヘスペリジンが水に難溶であるのに対して極めて高い水溶性を有するとともに、生体内では容易に加水分解されてヘスペリジン本来の生理活性を発揮するという優れた特性を備えている。このため、α−グルコシルヘスペリジンは、ヘスペリジンよりも使い勝手の良い、ヘスペリジンとして作用する物質として、主に、食品及び化粧品分野において、黄色着色剤、酸化防止剤、品質改良剤、美肌剤、色白剤などとして用いられている。
【0003】
因みに、現在、市販されているα−グルコシルヘスペリジンとしては、噴霧乾燥法で製造される、無水物換算でα−グルコシルヘスペリジンを75乃至85質量%(以下、特にことわらない限り、本明細書では質量%を「%」と略記する。)含有する、主として食品向けのα−グルコシルヘスペリジン含有非晶質粉末(例えば、商品名「林原ヘスペリジンS」、株式会社林原商事販売;商品名「αGヘスペリジンPA−T」、東洋精糖株式会社販売など。)があり、また、α−L−ラムノシダーゼ活性を有する酵素(例えば、ヘスペリジナーゼ)を作用させることによって、残存する難水溶性のヘスペリジンを分解して水溶性をさらに改善(特許第3833775号公報参照)した、主として化粧品向けのα−グルコシルヘスペリジン含有非晶質粉末(例えば、商品名「アルファグルコシルヘスペリジン」、株式会社林原生物化学研究所販売;商品名「αGヘスペリジンPS」、東洋精糖株式会社販売など。無水物換算でα−グルコシルヘスペリジンを75%以上含有。)がある。
【0004】
しかし、これら市販されているα−グルコシルヘスペリジン含有粉末は、いずれも、α−グルコシルヘスペリジンが非晶質の形態にある粉末であり、食品用或いは化粧品用としてならともかく、医薬品に用いるには、純度や安定性、さらには有効性や安全性の点で必ずしも十分なものとはいえなかった。
【0005】
一方、本出願人は、特許第3833811号公報において、共同出願人の一人として、α−グルコシルヘスペリジンを溶解した99%(v/v)メタノール溶液からα−グルコシルヘスペリジンの結晶を析出させ、これを分離採取するα−グルコシルヘスペリジン高含有物の製造方法を開示した。しかし、このとき得られた結晶は、後述するとおり、結晶であることが辛うじて確認できる程度の微小な結晶が相互に多数固着した塊状の結晶であって、その結晶構造の解析などはもとより、果たして単一の結晶形からなるものであるのかさえも同定不能なものであった。現に、本出願人の知る限り、ヘスペリジンのアグリコンであるヘスペレチンについてはその結晶構造が報告されている(ダブリュー・シン(W.Shin)ら、アクタ・クリスタログラフィカ(Acta Cryst.)C43巻、1946−1949頁(1987年)及びエス・フジイ(S.Fujii)ら、ケミカル・アンド・ファーマシューテカル・ブレティン(Chem.Pharm.Bull.)第42巻、第5号、1143−1145頁(1994年)を参照)ものの、α−グルコシルヘスペリジンについては、その結晶構造を記載した報告は皆無である。
【0006】
周知のとおり、医薬品として用いられる比較的分子量が小さい有機化合物に関しては、その固体物性の理解や、製剤や保存過程での転移現象の解明が必要である。医薬品業界においては、良薬を提供するという使命があり、医薬品としての有機化合物が結晶の形態にある場合にはその結晶構造情報が、また、当該有機化合物が天然物で光学異性体が存在する場合には、その光学純度に関する情報が要求される。しかるに、α−グルコシルヘスペリジンについては、結晶構造や光学純度などについての情報が皆無であり、α−グルコシルヘスペリジンを医薬品素材として用いる際の障害となっていた。
【発明の開示】
【0007】
本発明は、α−グルコシルヘスペリジンを医薬品素材として用いる際の上記障害を除去し、α−グルコシルヘスペリジンの医薬品素材としての用途を切り拓くために為されたもので、結晶構造が解明されたα−グルコシルヘスペリジンの新規な結晶と実質的に当該結晶からなる粉体、及びその医薬品素材としての用途を提供することを課題とする。
【0008】
上記の課題を解決すべくα−グルコシルヘスペリジンの結晶化について鋭意研究を重ねた結果、本発明者らは、α−グルコシルヘスペリジン純度95%以上のα−グルコシルヘスペリジン含有非晶質粉末を、5%(w/v)未満の濃度となるように30乃至40%(v/v)のメタノール水溶液に溶解し、低温下で時間をかけて晶析させると、X線結晶構造解析によって結晶構造を解析するに十分な性状及び大きさを備えたα−グルコシルヘスペリジンの単結晶が得られることを見出し、その結晶構造を決定して、本発明を完成した。
【0009】
すなわち、本発明は、結晶の空間群がP2であり、単位格子の格子定数がa=13.983Å、b=7.620Å、c=20.065Åであり、且つ、α=γ=90°、β=93.475°の単斜晶系(monoclinic)であるα−グルコシルヘスペリジンの結晶を提供することによって上記の課題を解決するものである。少なくともこのような結晶構造を有するα−グルコシルヘスペリジンの結晶は本願出願前には知られておらず、前記α−グルコシルヘスペリジンの結晶は新規な結晶である。
【0010】
本発明のα−グルコシルヘスペリジンの結晶は、より詳細には、α−グルコシルヘスペリジン分子を構成する酸素原子及び炭素原子が本願明細書の表3及び表4に示す原子座標を有している。
【0011】
本発明のα−グルコシルヘスペリジンの結晶は、その好適な一態様において、実質的に単結晶の形態にある結晶である。
【0012】
また、本発明は、実質的に上記α−グルコシルヘスペリジンの結晶からなる粉体を提供することによっても上記の課題を解決するものである。
【0013】
また、本発明のα−グルコシルヘスペリジンの結晶又は実質的に当該結晶からなる粉体は、光学分割カラムを用いた高速液体クロマトグラフィー(HPLC)分析に供したとき、光学異性体としてのα−グルコシル−(R)−ヘスペリジンを70%以上含んでいる。
【0014】
加えて、本発明は、医薬品素材としての本発明のα−グルコシルヘスペリジンの結晶又は実質的に当該結晶からなる粉体を提供することによって、上記の課題を解決するものである。すなわち、結晶構造が解明された本発明のα−グルコシルヘスペリジンの結晶又は実質的に当該結晶からなる粉体は、従来の非晶質の粉末に比べて、純度や安定性を高めることが容易であり、また、有効性や安全性の確認も容易であるので、医薬品素材として極めて有用である。
【0015】
因みに、ヘスペリジンには、血管強化作用、脂質代謝改善作用、発癌抑制作用、紫外線防御作用、抗酸化作用、創傷治療作用などの薬理作用がある(吉岡晃一ら、『バイオインダストリー』、第20巻、第5号、19乃至29頁(2003年))とされているので、本発明のα−グルコシルヘスペリジンの結晶又は実質的に当該結晶からなる粉体も、同様の薬理作用を期待して、血管系疾患治療剤、関節疾患治療剤、ビタミンC欠乏症治療剤などの有効成分となる医薬品素材として用いることができる。
【0016】
本発明のα−グルコシルヘスペリジンの結晶によれば、その結晶構造が明らかであるので、医薬品素材として用いるに必要なα−グルコシルヘスペリジンの物理的・化学的性質の解明や、結晶多形の有無を含めた多形現象の解明が極めて容易になるという利点が得られる。また、本発明のα−グルコシルヘスペリジンの結晶又は実質的に当該結晶からなる粉体が医薬品素材として用いられる場合には、その有効性や安全性の確認がより容易となり、ヘスペリジンが本来的に有している薬理効果と同様の薬理効果を期待して、ヘスペリジンに比べて極めて水溶性の高い医薬品素材として、より有利に用いることができるという利点が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】30%(v/v)メタノール水溶液を用いた結晶化により得られたα−グルコシルヘスペリジンの結晶の顕微鏡写真の一例である(倍率:250倍)。
図2】X線結晶構造解析に用いたα−グルコシルヘスペリジンの結晶(0.1×0.1×0.03mm)の実体顕微鏡写真である。
図3】α−グルコシルヘスペリジンの結晶のX線回折パターンの一例である。
図4】水素原子を除くα−グルコシルヘスペリジンのORTEP図である。
図5】結晶単位格子におけるα−グルコシルヘスペリジン分子のパッキングを示す結晶構造図である(b軸方向)。
図6】X線結晶構造解析に用いたα−グルコシルヘスペリジンの結晶を光学分割HPLCに供したときのクロマトグラムである。
図7】99%(v/v)メタノール溶液を用いた結晶化により得られたα−グルコシルヘスペリジンの結晶の顕微鏡写真の一例である(倍率:500倍)。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
1.α−グルコシルヘスペリジンの結晶
本発明は、α−グルコシルヘスペリジンの新規な結晶、詳細には、後述する空間群、格子定数、及び晶系を有し、さらには酸素原子及び炭素原子が後記表3及び表4に示される原子座標を有するα−グルコシルヘスペリジンの結晶に係るものである。本発明のα−グルコシルヘスペリジンの新規な結晶は、X線結晶構造解析により、その結晶構造を解析するに十分な性状を有してなるα−グルコシルヘスペリジンからなり、好適には、単結晶の形態にある。
【0019】
本明細書でいう「結晶構造を解析するに十分な性状の結晶」とは、例えば、
(1)固体(結晶)中で同一の分子が、ある一定の規則性をもって3次元的に配列したものであり、二つ以上の単結晶が接着した双晶や微細な単結晶が相互に固着してなる多結晶を実質的に含まないこと;
(2)結晶の形及び大きさが適当であること;例えば、少なくとも1辺が約0.1〜約0.5mmに成長した角型柱状、板状、又は針状の結晶であって、望ましくは3辺とも同様に成長した角型柱状、板状の結晶又は幅、厚みが約0.02mm以上の結晶が好ましい。さらに望ましくは、0.1×0.1×0.1mm乃至0.3×0.3×0.3mm程度のサイズの結晶が好ましい。
(3)化学的安定性、力学的安定性、物理学的安定性を有すること;
という特性を備えた結晶を意味する。
【0020】
本発明のα−グルコシルヘスペリジンの結晶は、X線結晶構造解析により、その結晶構造を解析するに十分な性状を有する結晶である限り、α−グルコシルヘスペリジン全体としての純度によって限定されるものではないが、通常、95%以上、望ましくは、98%以上、さらに望ましくは、99%以上のα−グルコシルヘスペリジン純度を有するものが好ましい。
【0021】
本明細書でいう「α−グルコシルヘスペリジンの純度」とは、溶液、非晶質粉末、結晶含有粉末、結晶などの形態にあるα−グルコシルヘスペリジン試料を、精製水により0.1%(w/v)になるよう希釈又は溶解し、0.45μmメンブランフィルターにより濾過した後、下記の条件によるHPLC分析に供し、試薬ヘスペリジン(和光純薬工業株式会社販売)を標準物質として用い、UV280nmにおけるクロマトグラムに出現したピークの面積とα−グルコシルヘスペリジン、7−O−β−グルコシルヘスペレチン(以下、単に「7−グルコシルヘスペレチン」という。)、ヘスペリジン、その他の配糖体の各成分の分子量に基づき計算し、無水物質量換算した組成におけるα−グルコシルヘスペリジンの含量を意味する。
【0022】
<HPLC分析条件>
HPLC装置:『LC−20AD』(株式会社島津製作所製)
デガッサー:『DGU−20A3』(株式会社島津製作所製)
カラム:『CAPCELL PAK C18 UG 120』(株式会社資生堂製)
サンプル注入量:10μl
溶離液:水/アセトニトリル/酢酸(80/20/0.01(容積比))
流 速:0.7ml/分
温 度:40℃
検 出:UV検出器『SPD−20A』(株式会社島津製作所製)
測定波長:280nm
データ処理装置:『クロマトパックC−R7A』(株式会社島津製作所製)
【0023】
(1)α−グルコシルヘスペリジン含量:HPLCにて分析し、試薬ヘスペリジン(和光純薬工業株式会社販売)を標準物質としてピーク面積に基づき定量し、分子量換算して算出する。
(2)ヘスペリジン含量:HPLCにて分析し、試薬ヘスペリジン(和光純薬工業株式会社販売)を標準物質としてピーク面積に基づき定量する。
(3)7−グルコシルヘスペレチン:HPLCにて分析し、試薬ヘスペリジン(和光純薬工業株式会社販売)を標準物質としてピーク面積に基づき定量し、分子量換算して算出する。
(4)その他の配糖体:HPLCにて分析し、試薬ヘスペリジン(和光純薬工業株式会社販売)を標準物質としてピーク面積に基づき定量する。
【0024】
一般に単結晶は偏向顕微鏡の下で消光が確認できるので、必要に応じて、α−グルコシルヘスペリジンの結晶を予め偏光顕微鏡下で観察することにより、単結晶とそれ以外の結晶を選別することができる。また、α−グルコシルヘスペリジンの結晶は、直接、X線結晶構造解析、すなわち、当業者に公知のX線回折による単結晶構造解析(例えば、桜井敏雄著「X線構造解析の手引き」、裳華房発行(1983年)などを参照)に供し、後述する図3に例示するようなX線回折パターン(回折斑点)が得られるか否かを判定することにより、結晶構造を解析するに十分な性状を有するか否かを判断することができる。単結晶構造解析には、市販の単結晶X線回折装置、例えば、株式会社リガク製のイメージングプレート単結晶自動X線構造解析装置「R−AXIS RAPID」などを用いればよく、これら市販の単結晶X線回折装置には、構造解析用のコンピューターソフトウェアが予め搭載されている。
【0025】
α−グルコシルヘスペリジンの結晶が、X線結晶構造解析により、結晶構造を解析するに十分な性状を有する単結晶である場合、当該解析により、当該単結晶における結晶学的パラメーターが決定され、さらに、α−グルコシルヘスペリジン分子の原子座標(各原子の空間的な位置関係を示す値)及び3次元構造モデルを得ることができる。具体的には、α−グルコシルヘスペリジンの原子座標は、
(1)本発明のα−グルコシルヘスペリジンの結晶に単色化されたX線を照射し、X線の回折パターンを得る工程;
(2)当該X線の回折パターンからX線回折強度データを得る工程;
(3)直接法(プログラム「SIR92」、エー・アルトマレ(A.Altomare)ら、ジャーナル・オブ・アプライド・クリスタログラフィー(J.Appl.Cryst.)、第27巻、435頁、(1994年))により、初期構造(電子密度図)を得る工程;
(4)α−グルコシルヘスペリジンの化学構造に基づき、電子密度図に炭素原子、酸素原子、水素原子をそれぞれ割り付け、R値が最小になるように最小二乗法にて構造を精密化する工程;
を含む手順により原子座標として得ることができる。
【0026】
因みに、水素原子に関しては、単結晶の大きさが比較的小さく、X線の回折強度が弱い場合には原子座標が決定できない場合がある。そのような場合であっても、非水素原子(α−グルコシルヘスペリジンの場合は酸素原子と炭素原子)のみの原子座標を基に分子モデリングすることにより、α−グルコシルヘスペリジン分子の基本的な3次元構造を明らかにすることができる。
【0027】
X線回折強度データに基づき、本発明の結晶の結晶学的パラメーターを決定することができる。本発明の結晶は、空間群がP2であり、単位格子の格子定数がa=13.983Å、b=7.620Å、c=20.065Åであり、且つ、α=γ=90°、β=93.475°の単斜晶系(monoclinic)の結晶である。本結晶は、X線結晶構造解析により、その結晶構造を解析するに十分な性状を有する単結晶であるが、本発明の結晶は、上記空間群、格子定数、及び晶系を有する結晶である限り、必ずしも全体として単結晶の形態にあるものに限定されない。
【0028】
本発明のα−グルコシルヘスペリジンの結晶は、より具体的には、結晶におけるα−グルコシルヘスペリジン分子の各酸素原子及び各炭素原子が後述する表3及び4(表3の続き)に示される原子座標を有するものであり、図4に示すORTEP図を与えるものである。
【0029】
なお、本明細書でいう「実質的にα−グルコシルヘスペリジンの結晶からなる粉体」とは、製法上或いは技術上の理由でその存在を完全には排除できない夾雑物以外は、ほぼその全量が上記した結晶学的パラメーターを有する本発明のα−グルコシルヘスペリジンの結晶からなる粉体を意味し、そのような粉体におけるα−グルコシルヘスペリジンの純度は、通常、95.0%以上、望ましくは98.0%以上、さらに望ましくは99.0%以上である。また、本明細書でいう「粉体」とは、粉末はもとより、例えば、粒体、造粒物、成形体をも包含する固体粒子の集合体を意味する。
【0030】
因みに、ヘスペリジンには、その3´−ヒドロキシ−4´−メトキシフェニル基の立体配置の違いによるR体とS体の2種の光学異性体が存在し、天然に存在するのはS体であるが、水溶液中での加熱などによりその立体配置は容易に反転しR体との混合物となる。従って、ヘスペリジンから糖転移反応により製造されるα−グルコシルヘスペリジンには、通常、光学異性体としてのR体とS体とが混在することになる。α−グルコシルヘスペリジンのR体及びS体を下記化学式1及び2に示す。
【0031】
化学式1:α−グルコシル−(R)−ヘスペリジン
【化1】
【0032】
化学式2:α−グルコシル−(S)−ヘスペリジン
【化2】
【0033】
ヘスペリジンの光学異性体であるR体とS体とは、光学分割カラムを用いたHPLCにより分離定量することができ、α−グルコシルヘスペリジンのR体、S体も同方法により分析することができる。なお、本発明のα−グルコシルヘスペリジンの結晶又は実質的に当該結晶からなる粉体は、後述する実験において示すように、光学異性体としてのR体を70%以上、詳細には、70%以上80%未満含んでいる。
【0034】
2.α−グルコシルヘスペリジンの結晶の製造方法
以下、本発明のα−グルコシルヘスペリジンの結晶の製造方法について説明する。
【0035】
本発明のα−グルコシルヘスペリジンの結晶を製造する原料となるα−グルコシルヘスペリジンの由来は特に限定されず、有機合成法によって得られるものであっても、酵素合成法によって得られるものであってもよい。通常、ヘスペリジン共存下で澱粉部分分解物にシクロマルトデキストリン・グルカノトランスフェラーゼ(以下、「CGTase」と略称する。)を作用させ、次いで、グルコアミラーゼを作用させ、さらに精製することにより得られるα−グルコシルヘスペリジンが好適である。この酵素合成法によって得られるα−グリコシルヘスペリジン含有粉末は、その製造方法に由来する夾雑物を含んでいる。本明細書でいう「製造方法に由来する夾雑物」とは、製造原料であるヘスペリジンに微量ではあるものの本来的に混在するヘスペリジン類縁配糖体(以下、本明細書では単に「その他の配糖体」と略称する。)、糖転移反応において残存する未反応のヘスペリジン、未反応ヘスペリジンをα−L−ラムノシダーゼ活性を有する酵素を作用させて分解した場合にはその分解産物である7−グルコシルヘスペレチンなどを意味する。
【0036】
本発明の結晶の調製に用いるα−グルコシルヘスペリジンは、結晶を形成させるに十分に高い純度であればよい。α−グルコシルヘスペリジンの純度は、慣用の純度確認手段(例えば、前記したHPLC分析)により確認することができる。結晶を製造するための原料としてのα−グルコシルヘスペリジン含有物は、通常、90%以上、望ましくは、95%以上、より望ましくは、98%以上、さらに望ましくは99%以上のα−グルコシルヘスペリジン純度を有するものが好適である。
【0037】
有機化合物の結晶化は、通常、当該有機化合物を含む溶液を過飽和状態にすることにより、溶液状態から非溶解状態になり、特定の条件を満たす場合に、結晶として析出するという性質に基づき行なわれる。α−グルコシルヘスペリジンの結晶化は、具体的には、
(1)α−グルコシルヘスペリジンにアルコール水溶液を添加し、加熱し溶解させる;
(2)α−グルコシルヘスペリジンが溶解した溶液の温度を降下させ、過飽和状態にする;
(3)過飽和状態にしたα−グルコシルヘスペリジン溶液を、一定温度に保持して結晶を析出させる;
という操作によって行なうことができる。また、必要に応じて種結晶を添加することにより結晶化を促進することもできる。
【0038】
因みに、前述した特許第3833811号公報では、純度81%又は85%まで精製したα−グルコシルヘスペリジンの凍結乾燥固形物(非晶質粉末)に99%(v/v)メタノール溶液を加え、80℃で加熱溶解した後、室温下に放置して結晶を析出させ、99%(v/v)メタノール溶液で洗浄し、乾燥させる方法によりα−グルコシルヘスペリジンの結晶を含むα−グルコシルヘスペリジン高含有物が製造されている。しかしながら、この特許第3833811号公報に記載された結晶化方法を再現したところ、α−グルコシルヘスペリジンは、図7に示すように、微小な結晶が相互に固着した塊状の結晶となった。このような結晶を用いて、α−グルコシルヘスペリジンの結晶構造を解析することなどは到底できるものではなく、また当該結晶が単一の結晶形からなるものであるのかさえも同定不能である。
【0039】
本発明の結晶の調製に用いる溶媒としては、メタノール、エタノール、プロパノール、イソプロパノール、n−ブタノール、イソブタノール、t−ブタノールなどの炭素数が1乃至4の低級アルコールと水を混合したアルコール水溶液を用いるのが好ましい。例えば、溶媒としてメタノール水溶液を用いる場合、メタノール濃度は、通常、80%(v/v)以下、望ましくは、60%(v/v)以下、より望ましくは、30乃至40%(v/v)が好ましい。メタノール濃度が80%(v/v)超である場合、α−グルコシルヘスペリジンの濃度にもよるが、結晶が急激に析出し、微小な結晶が相互に固着した塊状の結晶が生成するため好ましくない。また、アルコール濃度が低すぎると結晶が析出しないか又は析出したとしても成長に長時間を要するという不都合が生じる。
【0040】
上記低級アルコール水溶液に溶解するα−グルコシルヘスペリジンの濃度は結晶化するに適した濃度であればよく、通常、0.1〜20%(w/v)、望ましくは、0.5〜10%(w/v)、より望ましくは、1〜5%(w/v)であることが好ましい。結晶化する際のα−グルコシルヘスペリジン濃度が20%(w/v)よりも高いと、溶媒のアルコール濃度にもよるが、結晶が急激に析出し、微小な結晶が相互に固着した塊状の結晶が生成するため好ましくない。また、α−グルコシルヘスペリジン濃度が0.1%(w/v)よりも低いと結晶が析出しないか又は析出したとしても成長に長時間を要するという不都合が生じる。
【0041】
温度条件は、α−グルコシルヘスペリジンの濃度、溶媒のアルコール濃度にもよるが、通常0〜50℃、望ましくは、3〜30℃、より望ましくは、4〜10℃であることが好ましい。
【0042】
結晶が得られた後は、実体顕微鏡を用いて晶出した結晶からX線結晶構造解析に適したサイズの結晶を選別する。複数の結晶が貼り合わさったもの、亀裂が入ったもの、白濁が認められるもの、表面に微結晶が固着したものは極力避ける。また、結晶の表面で母液からさらに微結晶が析出することを避けるため、目的とする結晶をパラトンオイルでコーティングすることも有利に実施できる。斯くして得られた結晶はX線結晶構造解析に用いることができる。
【0043】
本発明のα−グルコシルヘスペリジンの結晶又は実質的に当該結晶からなる粉体は、その結晶構造が解析できるレベルの純度にまで高度に精製、結晶化され、調製された高品質のα−グルコシルヘスペリジンである。本発明のα−グルコシルヘスペリジンの結晶及び実質的に当該結晶からなる粉体は、それ自体が、有効かつ安全で安定した医薬品素材として、ヘスペリジンと同様に、ウィルス性疾患、細菌性疾患、循環器疾患、悪性腫瘍などヘスペリジンが有効であるとされる各種疾患の予防又は治療剤として使用することができるばかりでなく、α−グルコシルヘスペリジンの溶解性、安定性などの固体物性や、結晶多形の有無や転移現象を解明するための試薬としても極めて有用である。
【0044】
本発明のα−グルコシルヘスペリジンの結晶及び実質的に当該結晶からなる粉体を医薬品素材として使用する場合の剤形に特に制限はなく、固状、粉末、顆粒、錠剤などの形態で用いることができ、他の医薬品素材との組成物の形態で用いることもできる。
【0045】
以下、参考例及び実施例に基づき本発明をさらに詳しく説明する。しかしながら、本発明はこれらによってなんら限定されるべきものではない。
【0046】
<参考例:高純度α−グルコシルヘスペリジン非晶質粉末の調製>
化粧品向けα−グルコシルヘスペリジン含有非晶質粉末(商品名「アルファグルコシルヘスペリジン」、α−グルコシルヘスペリジン含量83.8%、株式会社林原生物化学研究所販売)(以下、「試料1」という。)を高純度α−グルコシルヘスペリジン非晶質粉末の調製原料として用いた。すなわち、200gの試料1を80%(v/v)エタノール水溶液134mlに懸濁し、80℃まで加熱しつつ攪拌して完全に溶解させた後、室温まで冷却して室温で5日間放置したところ結晶が析出し、結晶が相互に固着したブロック状となった。得られた結晶ブロックを80%(v/v)エタノール水溶液約200mlで洗浄し、濾紙(No.131、アドバンテック東洋株式会社製)を用いて濾過することにより結晶を回収し、45℃で5時間乾燥した後、乳鉢を用いて粉砕し15.3gのα−グルコシルヘスペリジン結晶含有粉末(以下、「試料2」という。)を得た。試料2におけるα−グルコシルヘスペリジン純度は96.3%であった。
【0047】
上記で得た試料2の15gを12.5%(w/v)の濃度になるよう精製水に溶解し、0.22μmのメンブランフィルターにて濾過したものを約5gずつ3回に分けて下記の条件によるODSカラムクロマトグラフィーに供した。
<ODSカラムクロマトグラフィー条件>
装置:『CCCP−D』(株式会社東ソー製)
カラム:『YMC−Pak ODS−AQ』(内径50mm×長さ500mm)(株式会社YMC製)
サンプル注入量:40ml
溶離液:35%(v/v)メタノール水溶液
流 速:40ml/分
温 度:40℃
検 出:示差屈折計『Shodex RI−102』(昭和電工株式会社製)
データ処理装置:『クロマトパックC−R7A』(株式会社島津製作所製)
分 画:50ml/フラクション
【0048】
ODSカラムクロマトグラフィーで得た各フラクションにおけるα−グルコシルヘスペリジン純度をHPLC分析にて測定し、純度98%以上のフラクションを集め、常法により凍結乾燥し、純度99.0%のα−グルコシルヘスペリジン含有非晶質凍結乾燥粉末(以下、「試料3」という。)13.2gを得た。
【0049】
上記した試料1乃至3、すなわち、化粧品向けα−グルコシルヘスペリジン含有非晶質粉末、α−グルコシルヘスペリジン結晶含有粉末、及び、α−グルコシルヘスペリジン含有非晶質凍結乾燥粉末の組成を表1にまとめた。
【0050】
【表1】
【0051】
試料1におけるα−グルコシルヘスペリジン純度は80%(v/v)エタノールを用いた結晶化により83.8%から96.3%まで上昇し、夾雑物である7−グルコシルヘスペレチン含量は12.3%から0.5%まで低下したものの、その他の配糖体の含量の低下はわずかであった。続いて行ったODSカラムクロマトグラフィーによりα−グルコシルヘスペリジン純度は96.3%から99.0%まで上昇し、その他の配糖体の含量は0.9%まで低下した。最終的に得られた純度99.0%のα−グルコシルヘスペリジン含有非晶質凍結乾燥粉末(試料3)を結晶調製のために用いた。
【実施例1】
【0052】
<α−グルコシルヘスペリジンの単結晶の調製>
上記参考例で得たα−グルコシルヘスペリジン含有非晶質凍結乾燥粉末(試料3)3gに150mlの30%(v/v)メタノール水溶液を添加し、攪拌しつつ80℃まで加熱することにより完全に溶解させ、次いで、得られた溶液を4℃で14日間保持することにより晶析した。得られた結晶懸濁液の顕微鏡写真を図1に例示した。図1に見られるように、比較的大きい無色板状の結晶の析出が認められた。晶出したα−グルコシルヘスペリジンの結晶から、デジタルマイクロスコープ(「MX−1200II/NDL」、株式会社ナカデン製)を接続した実体顕微鏡下で適切な大きさのものを採取し、直ちにパラトンオイルにてコーティングした後、試料ホルダーに搭載し、X線結晶構造解析用試料とした。
【0053】
X線結晶構造解析用の結晶を採取した残りの結晶懸濁液を、濾紙(No.4、アドバンテック東洋株式会社製)を用いて桐山ロートにより濾過することにより結晶を回収した後、乾燥し、α−グルコシルヘスペリジンの結晶約1.2gを得た。なお、本結晶品のα−グルコシルヘスペリジン純度は99.3%であった。
【実施例2】
【0054】
<α−グルコシルヘスペリジンの単結晶のX線結晶構造解析>
実施例1で試料ホルダーに搭載したα−グルコシルヘスペリジンの単結晶を、単結晶X線回折装置(「R−AXIS RAPID−R」、株式会社リガク製)にセットし、窒素ガス(−170℃)雰囲気下にて、振動写真法により下記の条件にてX線回折パターンを測定した。
【0055】
<X線回折パターン測定条件>
X線源:Cu
出 力:50kV,100mA
入射X線:CuKα線(λ=1.54187Å)
入射X線サイズ:約0.5mmφ
結晶サイズ:0.10×0.10×0.03mm
検出器:イメージングプレート
測定温度:約−170℃(窒素ガス吹付け法)
【0056】
X線回折による単結晶構造解析に用いたα−グルコシルヘスペリジンの結晶の実体顕微鏡写真を図2に、そのX線回折パターンの一例を図3にそれぞれ示す。X線回折パターンにおいて、回折斑点(スポット)が数多く確認され、当該結晶が単結晶であることが確認された。なお、X線回折ピークの形状は比較的良好であったものの、ピーク強度は弱めであった。観測した39,960個の反射(回折)の内、固有の反射は7,806個であった。
【0057】
上記X線回折パターンのX線回折強度に基づき、直接法により初期構造を求めるとともに、α−グルコシルヘスペリジンの構造式を参考として構造モデルを作成し、さらに4,739個の反射に基づき最小二乗法により精密化した。なお、解析ソフトウェアとして、株式会社リガク製の「Crystal Structure Ver.3.8.2」を用いた。X線結晶構造解析によって得られたα−グルコシルヘスペリジンの結晶学的データを表2にまとめた。
【0058】
【表2】
【0059】
表2に示すとおり、得られたX線回折強度データから、結晶の属する晶系は、単斜晶系(monoclinic)、空間群は、P21、格子定数は、a=13.983Å、b=7.620Å、c=20.065Å、α=γ=90°、β=93.475°、V=2133.95Åと決定された。また、結晶の単位格子当たりのα−グルコシルヘスペリジンの分子数を表すZ値は2となり、本結晶において、結晶の単位格子当たり2分子のα−グルコシルヘスペリジンが含まれていることが判明した。
【0060】
<分子構造及び結晶構造の解析>
直接法による解析の結果、α−グルコシルヘスペリジン分子における水素原子は同定することができなかったものの、非水素原子(炭素原子及び酸素原子)の基本骨格については、α−グルコシルヘスペリジンの構造情報に基づき各原子位置に元素を配置することができた。座標データの精密化により得たα−グルコシルヘスペリジン分子における各酸素原子及び炭素原子の原子座標(x,y,z)とそれぞれの等方性温度因子(Beq)の値を表3及び4(表3の続き)に示した。また、α−グルコシルヘスペリジン分子における水素原子を除く各原子間の距離を表5に、また、水素原子を除く各原子間の結合の角度を表6及び表7(表6の続き)にそれぞれ示した。
【0061】
さらに、精密化した座標データから計算して表示したα−グルコシルヘスペリジンのORTEP図を図4に示した。また、結晶の単位格子当たりのα−グルコシルヘスペリジン分子のパッキング構造を、b軸方向から見た場合の結晶構造図として図5に示した。なお、表3乃至7における酸素原子及び炭素原子の番号はそれぞれ図4のα−グルコシルヘスペリジンのORTEP図に記載された酸素原子及び炭素原子の番号に対応している。また、表3乃至7における各数値の括弧内の数値は標準偏差を意味する。
【0062】
【表3】
【0063】
【表4】
【0064】
【表5】
【0065】
【表6】
【0066】
【表7】
【0067】
なお、図4に示すORTEP図において、炭素番号C1乃至C16がα−グルコシルヘスペリジン分子におけるヘスペレチンの構造を、炭素番号C17乃至C28がルチノース(L−ラムノシル(α1→6)グルコース)の構造を、また、炭素番号C29乃至C34がルチノース構造を構成するグルコースの4位水酸基にα−グルコシド結合を介して結合したグルコースの構造をそれぞれ表している。一方、図5に示す結晶構造図から、本結晶において、単位格子当たり2分子のα−グルコシルヘスペリジンがパッキングされていることがよく理解できる。
【実施例3】
【0068】
<α−グルコシルヘスペリジンの結晶の調製>
参考例で得たα−グルコシルヘスペリジン含有非晶質凍結乾燥粉末(試料3)2gに50mlの40%(v/v)メタノール水溶液を添加し、攪拌しつつ80℃まで加熱することにより完全に溶解させ、次いで、得られた溶液を10℃で10日間保持することにより晶析したところ、実施例1で得たと同等の無色、板状の結晶が得られた。本結晶も実施例1で得た結晶と同様にX線結晶構造解析に用いることができる。結晶懸濁液を、濾紙(No.4、アドバンテック東洋株式会社製)を用いて桐山ロートにより濾過することにより回収し、α−グルコシルヘスペリジンの結晶約0.9gを得た。なお、本結晶品のα−グルコシルヘスペリジン純度は99.1%であった。
【実施例4】
【0069】
<α−グルコシルヘスペリジンの結晶における光学異性体の存在比の測定>
実施例1及び3で得たα−グルコシルヘスペリジンの結晶におけるα−グルコシルヘスペリジンの光学異性体の存在比を、光学分割カラムを用いて調べた。
【0070】
各結晶品約2mgを、それぞれ溶離液(20mMリン酸1カリウム水溶液(pH3.0)/アセトニトリル(86/14))10mlに溶解し、下記に示す条件にて光学分割HPLCに供し、光学異性体の存在比を測定した。実施例1の結晶のクロマトグラムを一例として図6に示す。また、各結晶品の分析結果を表8に示す。
【0071】
<HPLC分析条件>
HPLC装置:
カラム:『SUMICHIRAL OA−7000』(4.6×250mm)(株式会社住化分析センター製)
試料注入量:10μl
溶離液:20mMリン酸1カリウム水溶液(pH3.0)/アセトニトリル(86/14)
流 速:0.4ml/分
カラム温度:35℃
検 出:UV280nm
データ処理装置:『クロマトパックCR−4A』(株式会社島津製作所製)
クロマトグラムにおけるα−グルコシルヘスペリジンのR体及びS体のピーク面積比を存在比とした。
【0072】
【表8】
【0073】
図6に示すように、本分析条件下ではα−グルコシルヘスペリジンのR体及びS体のピークは光学分割カラムにより完全に分離し、それぞれ保持時間(Rt)31.4分及び34.9分に溶出した。表8から明らかなように、実施例1で得たα−グルコシルヘスペリジンの結晶品は光学異性体としてのR体とS体との比率が約8:2、実施例3の結晶品の同比率は約7:3と、R体の存在比が高かった。
【実施例5】
【0074】
<実質的にα−グルコシルヘスペリジンの結晶からなる粉体の製造方法>
参考例の方法で得たα−グルコシルヘスペリジン含有非晶質凍結乾燥粉末4質量部に100質量部の35%(v/v)メタノール水溶液を添加し、攪拌しつつ80℃まで加熱することにより完全に溶解させ、次いで、得られた溶液を10℃で14日間保持することにより晶析したところ、実施例1で得たと同等の無色、板状の結晶が得られた。結晶懸濁液を濾過することにより回収した後、乾燥し、実質的にα−グルコシルヘスペリジンの結晶からなる粉体約2質量部を得た。なお、本品のα−グルコシルヘスペリジン純度は99.2%であった。本品は、医薬品素材などとして好適に利用できる。
【実施例6】
【0075】
<錠剤>
実施例5の方法で得た実質的にα−グルコシルヘスペリジンの結晶からなる粉体20質量部、マルトース30質量部、及び、コーンスターチ4質量部を均一に混合した粉末を常法により打錠機にかけて1錠0.5gの錠剤を製造した。本品は、ビタミンP補給剤としてだけでなく、血管系疾患治療剤、関節疾患治療剤などとして有利に利用できる。
【実施例7】
【0076】
<複合ビタミン剤>
L−アスコルビン酸ナトリウム(試薬級、和光純薬工業株式会社販売)10質量部に対し、実施例5の方法で得た実質的にα−グルコシルヘスペリジンの結晶からなる粉体15質量部を加え、万能混合機で混合した後、一晩放置し、粉砕して、粉末状の複合ビタミン剤を調製した。本品は、α−グルコシルヘスペリジンによりL−アスコルビン酸が安定化され、ビタミンC欠乏症及びビタミンP欠乏症の予防又は治療だけでなく、毛細血管の強化、胃腸疾患の改善などの目的で好適に利用できる。
【実施例8】
【0077】
<用時溶解型注射剤>
参考例の方法で得たα−グルコシルヘスペリジン含有非晶質凍結乾燥粉末3質量部に150質量部の35%(v/v)メタノール水溶液を添加し、攪拌しつつ80℃まで加熱することにより完全に溶解させた後、常法に従い精密濾過してパイロジェンを除去し、全ての操作をパイロジェンの混入がないよう配慮して行った以外は実施例1と同様にしてα−グルコシルヘスペリジンを晶析、乾燥した後、粉砕し、実質的にα−グルコシルヘスペリジンの結晶からなるパイロジェンフリーの粉体約1質量部を得た。なお、本品のα−グルコシルヘスペリジン純度は99.3%であった。この粉体50mgを無菌的に20ml容アンプルに入れ、窒素置換した後、封管し、アンプル入りの用時溶解型注射剤とした。本品は、単体で、又は他のビタミン、ミネラルなどと混合して筋肉内又は静脈内に投与でき、ビタミンP補給剤としてだけでなく、血管系疾患治療剤、関節疾患治療剤などとして有利に利用できる。
【実施例9】
【0078】
<α−グルコシルヘスペリジンが細胞のオートファジーに及ぼす作用>
実施例3の方法で得たα−グルコシルヘスペリジン純度99%以上の結晶α−グルコシルヘスペリジン標品を用い、α−グルコシルヘスペリジンが細胞のオートファジー、すなわち、細胞が細胞内に蓄積する不要蛋白、損傷したミトコンドリアなどを積極的に排除することにより疾患を予防する現象、に及ぼす作用を調べた。免疫系細胞であるHOZOT細胞(再公表特許WO2007/105797参照)又は神経細胞株であるSH−SY−5株を試験対象とし、α−グルコシルヘスペリジンを、HOZOT細胞の場合は終濃度1又は10μM、SH−SY−5株の場合は終濃度10又は25μMとなるように培養液に添加し、24時間処理した後に細胞を回収し、それぞれ細胞抽出液を調製した。次いで、細胞抽出液をSDS−PAGEに供した後、ウェスタンブロッティング法によりオートファジーのマーカー蛋白であるLC−3Bの発現量を測定した。試験細胞としてHOZOT細胞を用いた場合の結果を表9に、SH−SY−5株を用いた場合の結果を表10に、それぞれ示した。
【0079】
【表9】
【0080】
【表10】
【0081】
表9から明らかなように、HOZOT細胞の場合、1μMのα−グルコシルヘスペリジンで処理したところ、LC−3Bの発現量は無処理(対照1)の4.6倍に増加していた。このα−グルコシルヘスペリジンの効果は、オートファジーの亢進作用が知られている薬剤であるMG−132(対照2)よりも強く、また、チアゾリジンジオン(対照3)と同程度であった。一方、表10から明らかなように、SH−SY−5株の場合においても、10μM又は25μMのα−グルコシルヘスペリジンで処理したところ、LC−3Bの発現量は無処理(対照1)の約6.3倍又は約7.5倍に増加していた。この効果は、1μMのチアゾリジンジオン(対照3)で処理した場合よりも強いものであった。これらの結果から、α−グルコシルヘスペリジンは、細胞のオートファジー亢進剤として有用であることが判明した。オートファジーは、ハンチントン病に代表される神経変性疾患や2型糖尿病などとの関連が知られており、細胞のオートファジー亢進作用を有するα−グルコシルヘスペリジンはこれら疾患の治療に応用することができる。
【産業上の利用可能性】
【0082】
本発明は、結晶構造が解明されたα−グルコシルヘスペリジンの新規結晶と実質的に当該結晶からなる粉体、及びその医薬品素材としての用途を提供するものである。本発明に係るα−グルコシルヘスペリジンの結晶及び実質的に当該結晶からなる粉体は、それ自体が、有効かつ安全で安定した医薬品素材として、ヘスペリジンと同様に、ウィルス性疾患、細菌性疾患、循環器疾患、悪性腫瘍などヘスペリジンが有効であるとされる各種疾患の予防又は治療剤として使用することができるばかりでなく、α−グルコシルヘスペリジンの溶解性、安定性などの固体物性や、結晶多形の有無や転移現象を解明するための試薬としても極めて有用である。本発明は、α−グルコシルヘスペリジンの医薬品素材としての用途を大きく切り拓くものであり、その産業上の有用性は極めて大きい。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7