特許第6283459号(P6283459)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6283459転がり軸受装置及び転動体に磁気吸着させる方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6283459
(24)【登録日】2018年2月2日
(45)【発行日】2018年2月21日
(54)【発明の名称】転がり軸受装置及び転動体に磁気吸着させる方法
(51)【国際特許分類】
   F16C 33/66 20060101AFI20180208BHJP
   F16C 19/00 20060101ALI20180208BHJP
   C01G 49/08 20060101ALI20180208BHJP
   C01G 49/06 20060101ALI20180208BHJP
【FI】
   F16C33/66 Z
   F16C19/00
   C01G49/08 Z
   C01G49/06 B
【請求項の数】4
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2013-153045(P2013-153045)
(22)【出願日】2013年7月4日
(65)【公開番号】特開2015-14356(P2015-14356A)
(43)【公開日】2015年1月22日
【審査請求日】2016年7月1日
【権利譲渡・実施許諾】特許権者において、権利譲渡・実施許諾の用意がある。
(73)【特許権者】
【識別番号】512150358
【氏名又は名称】小林 博
(72)【発明者】
【氏名】小林 博
【審査官】 星名 真幸
(56)【参考文献】
【文献】 特開平10−009270(JP,A)
【文献】 特開平07−259867(JP,A)
【文献】 国際公開第2006/123453(WO,A1)
【文献】 国際公開第2007/125603(WO,A1)
【文献】 特開平04−038809(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 33/66
F16C 19/00−19/56
C01G 49/06−49/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
内輪と外輪との間に挟み込まれ、保持器によって保持された転動体が
、内輪と外輪との軌道面を転動することで、回転する軸部材の回転と荷重を支える転がり軸受装置
転動体と内輪と外輪とを強磁性の材質で構成し、マグネタイトないしはマグヘマイトのいずれかからなる強磁性の粒状微粒子の集まりを、転動体の表面に磁気吸着させ、該転動体が互いに磁気吸着した前記粒状微粒子の集まりでわれる構成とし、前記転動体が軌道面を転動する際に、前記互いに磁気吸着した粒状微粒子の集まりの一部前記転動体から前記軌道面に転移して該軌道面に磁気吸着し、これによって、前記転動体の表面に互いに磁気吸着した粒状粒子と前記軌道面に互いに磁気吸着した粒状粒子との、互いに磁気吸着した粒状粒子同士の接触を介して、前記転動体が前記軌道面を転動するがり軸受装置。
【請求項2】
請求項1に記載した転動体に磁気吸着したマグネタイトないしはマグへマイトのいずれかの材質からなる強磁性の粒状粒子の集まりは、熱分解によって酸化鉄FeOを生成する有機鉄化合物を転動体に吸着させ、該転動体を大気中で熱処理し、前記有機鉄化合物の熱分解によって酸化鉄FeOが前記転動体の表面に析出し、さらに、熱処理温度を上げて前記転動体を大気中で熱処理し、前記酸化鉄FeOをマグネタイトないしはマグへマイトに酸化し、これによって、前記マグネタイトないしは前記マグへマイトのいずれかの材質からなる強磁性の粒状粒子の集まりが、前記転動体の表面に磁気吸着することを特徴とする請求項1に記載した転がり軸受装置
【請求項3】
請求項2に記載した熱分解によって酸化鉄FeOを生成する有機鉄化合物は、カルボキシル基を構成する酸素イオンが鉄イオンに配位結合するカルボン酸鉄化合物であることを特徴とする請求項2に記載した転がり軸受装置
【請求項4】
マグネタイトないしはマグへマイトのいずれかの材質からなる粒状粒子の集まりを、転動体に磁気吸着させる方法は、熱分解で酸化鉄FeOを生成する有機鉄化合物を有機溶媒に分散させて分散液を作成する第1の程と、前記有機鉄化合物の分散液に転動体の集まりを浸漬し該転動体の表面に前記有機鉄化合物の分散液を接触させる第2の程と、前記分散液を昇温して前記有機溶媒を気化させ前記有機鉄化合物を前記転動体の表面に吸着させる第3の程と、前記転動体の集まりを大気中で熱処理する第4の程とからなり、これら4つの程を連続して実施することで、マグネタイトないしはマグへマイトのいずれかの材質からなる粒状粒子の集まりを、転動体に磁気吸着させる方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内輪と外輪との間に挟み込まれ、保持器によって保持された転動体が、内輪と外輪との軌道面を転動することで、回転する軸部材の回転と荷重を支える転がり軸受装置に関する。
【背景技術】
【0002】
回転部を有する産業用機器は、回転する軸部材と、該軸部材の回転と荷重とを支持する軸受部材とからなる軸受装置を有する。軸受装置は、動作期間の長きにわたって軸部材の回転と荷重とを支持する部材が、1.耐久性に優れること、2.焼付きや凝着を起こさないこと、3.摩擦熱が少ないこと、4.摩擦音が小さいこと、などが求められる。
軸受装置は、転がり軸受装置と滑り軸受装置に2分される。転がり軸受は、ボールベアリングの転がりによる玉軸受と、円筒コロ、円錐コロ、針状コロなどの転がりによるコロ軸受とに大別される。転がり軸受では、転動体と呼ばれる部品が軸部材の回転と荷重とを支持する。この転動体は、内輪と外輪との間に挟み込まれ、保持器によって保持された転動体が、内輪と外輪との軌道面を転動する。いっぽう滑り軸受は、滑り面に存在する潤滑油の油膜で軸部材の回転と荷重とを支持する。滑り面に潤滑油を供給する潤滑装置ないしは潤滑機構を設けた動圧・静圧軸受に比べ、滑り面に潤滑油を供給する手段を省いた含油軸受は小型で安価なため、動圧・静圧軸受に比べより多くの産業機器に用いられている。
【0003】
転がり軸受装置は、転動体を保持する構造を有するため、含油軸受に比べて大型な軸受装置になり、また、転動体の転動によって静粛性は滑り軸受装置に比べて劣る。さらに、軸部材の高速回転時には、転動体の慣性力が増大して軌道面に過大の圧縮応力を加える。また、静荷重下でも転動体の軌道面には圧縮応力が常時印加される。このため、転動体ないしは軌道面の表面には、フレーキングと呼ばれる圧縮荷重によるうろこ状の疲労剥離現象が起こり、このフレーキングが加速的に進行して転がり軸受装置の寿命が決まる。
一方、滑り軸受装置は、滑り面の潤滑油の油膜で軸部材の回転と荷重とを受けるため、潤滑油の油膜が枯渇するとすべり面で焼付きや凝着が起こり、滑り軸受装置の寿命が決まる。潤滑油は温度に応じた蒸気圧を有するため、動作温度が高くなるほど、動作寿命は短くなる。また、低温時には潤滑油の粘度が著しく増大するため、軸部材の低温始動性が悪化する。動作寿命を延ばすために、滑り面に潤滑油を供給する潤滑装置ないしは潤滑機構を設けた動圧・静圧軸受を用いると、小型で安価な滑り軸受装置の長所がなくなる。
転がり軸受装置における転動体が軌道面と接触する面積は、滑り軸受け装置における滑り面が軸部材と接触する面積に比べ小さい。このため、動作時における摩擦力は滑り軸受装置に比べて小さい。また、滑り軸受装置のように動作温度の影響は受けない。さらに、滑り軸受装置では、軸部材の荷重の大きさに応じた軸受部材を用いなければならないが、転がり軸受では転動体および軌道面が受ける荷重の制約はない。従って、転がり軸受装置における転動体および軌道面に加わる負荷が軽減でき、また、転動体と軌道面との摩擦力が縮減できれば、耐久性と静粛性とに関わる弱点がなくなり、汎用的な軸受装置になる。
【0004】
前記した転がり軸受の課題を解決する手段として、特許文献1は、保持器のうち、ポケット面、軌道輪(内輪又は外輪)に接触する案内面(例えば、外周面)に固体潤滑膜を設け、極低温環境下でも潤滑を行い、超高速回転での転がり軸受の使用を可能としている。保持器のポケット面に設けた固体潤滑膜は、転動体との摩擦で転動体や内外輪の軌道面に移着し、転動体と内外輪との間の摩擦部分の潤滑に寄与するため、移着性に優れたものが使用される。一方、保持器の案内面は、軌道輪にガイドされて接触しながら高速回転するため、この部分の固体潤滑膜には耐摩耗性に優れたものが使用される。このため、特許文献1に開示された転がり軸受は、保持器のポケット面と保持器の案内面とでは、異なる機能を有する固体潤滑膜を設ける必要があり、保持器の製作費用が上昇する。また、固体潤滑剤を供給する手段によって、軸受装置の大型化と製作費の増大を招く。さらに、固体潤滑剤が供給されない恐れと枯渇する可能性を持つ。従って、本特許文献に開示された技術は、従来の課題を根本的に解決する汎用的な転がり軸受装置にはならない。
また、特許文献2では、DN値(軸受内径Dmm×回転数Nrpm)が200万に及ぶ高速で回転軸を支持し、鋼製の保持器を用いた転がり軸受が開示され、給油系統が故障して軸受に潤滑剤が供給されなくなったドライラン時に、軌道輪と転動体との間の転動面よりも先に、軌道輪と鋼製保持器の案内面との間の摺接面で焼付きを防止するために、軌道輪と摺接する保持器の案内面に銀めっきを施し、保持器の案内面と軌道輪との焼付きを防止するとしている。しかし、ドライラン状態での保持器の案内面と軌道輪との摺接による発熱で保持器が温度上昇し、銀の線膨張係数(19.7×10/℃)が母材の鋼の線膨張係数(12.5×10/℃)よりも大きいため、線膨張係数差によって銀めっきが剥離する。このため、早期に焼付きが発生する恐れがある。また、保持器の案内面に大きな荷重が印加される転がり軸受では、銀メッキの耐久性に問題がある。さらに、給油系統を有するため、軸受装置の大型化と製作費の増大を招き、給油が枯渇する可能性もある。従って、本特許文献に開示された技術も、従来の課題を根本的に解決する汎用的な転がり軸受装置ではない。
また、特許文献3は、内外輪間の転動体の配列の両側に、固体潤滑剤で形成されたリングと、この潤滑リングを転動体に押し付ける弾性部材とを組み込むことにより、潤滑リングから固体潤滑剤を転動体に移着させて潤滑を行うようにした転がり軸受が開示されている。しかし、潤滑リングによる転動体への固体潤滑剤の供給が軸方向からのみ行われるため、転動体と内外輪の転走面との間に固体潤滑剤が入り込みにくく、十分な潤滑が行われず、焼き付けと凝着を発生する恐れがある。また、潤滑リングと弾性部材の製作費用と組み込み費用とが発生する。また、固体潤滑剤が摩耗することで焼き付けと凝着が起こり、固体潤滑剤の寿命が転がり軸受の寿命になる。従って、本特許文献に開示された技術も、従来の課題を根本的に解決する汎用的な転がり軸受装置ではない。
また、特許文献4は、転がり接触又はすべり接触が生じる接触面に供給される潤滑油が少量であっても、均一な油膜が形成され、摩擦係数小さくかつ均一である接触面を有する転がり摺動部材を提供することを目的として、転がり接触面である、外側軌道面、内側軌道面及び転走面に、多数の微細な凹部を形成し、凹部の内面に撥油剤を付着させた転がり軸受が開示されている。しかし、撥油剤の蒸気圧特性と粘度とによって、動作温度の制約を受ける。また、外側軌道面、内側軌道面及び転走面に、多数の微細な凹部を形成する費用が発生する。さらに、接触面に撥油剤が供給されることを前提とした軸受装置であり、撥油剤の寿命が軸受の寿命になる。従って、本特許文献に開示された技術も、従来の課題を根本的に解決する汎用的な転がり軸受装置ではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2006−220240号公報
【特許文献3】特開2005−344852号公報
【特許文献4】特開2008−14411号公報
【特許文献4】特開2013−76469号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
3段落で説明したように、転がり軸受装置における課題は、転動体および軌道面に加わる負荷を軽減し、また、転動体と軌道面との摩擦力を縮減することに集約される。しかし、これらの課題は、回転する軸部材の回転と荷重を転動体が支える転がり軸受の動作原理に基づくものである。一方、4段落で説明したように、転動体および軌道面に加わる負荷を軽減し、転動体と軌道面との摩擦力を縮減する手段として、転動体ないしは軌道面に固体潤滑膜の形成、潤滑油の供給、撥油剤の付加などの手段を用いると、つまり、滑り軸受の滑り面に潤滑油を給油する手段に相当する潤滑手段を付加させると、滑り軸受の原理的な問題点である高温動作における寿命の短縮と低温始動性の悪化がもたらされる。また、軸受装置がさらに大型になり、転がり軸受の短所が増大し、汎用的な転がり軸受にならない。
従って、転がり軸受装置が持つ課題を根本的に解決する手段は、転動体および軌道面に加わる負荷を軽減し、また、転動体と軌道面との摩擦力を縮減する手段が、転動体自体が持つこと、すなわち、転動体が自己潤滑性を持つことである。つまり、転動体が自己潤滑性を持つことで、転動体に加わる荷重が軽減する。さらに、転動体の自己潤滑性が軌道面に転移すれば、軌道面も自己潤滑性を持ち、軌道面に加わる負荷も軽減する。さらに、双方が自己潤滑性を持つことで、転動体と軌道面との摩擦力は縮減される。この結果、軸受装置における耐久性が飛躍的に伸び、静粛性が著しく改善される。さらに、双方の自己潤滑性が永続すれば、滑り軸受の潤滑油とは異なり、転がり軸受装置における耐久性と静粛性とが永続する。また、双方の自己潤滑性が、軸受装置の動作温度と軸部材の回転速度と荷重とに依存しなければ、転がり軸受装置は汎用性を持つ。さらに、転動体のみの加工で転動体に自己潤滑性が付与できれば、軸受装置が大型化せず、軸受装置の製作費の増大は抑えられる。また、転動体に自己潤滑性をもたらす製作費用が極めて安価であれば、従来の転がり軸受の概念を払拭する画期的な転がり軸受装置が安価に製造できる。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明転がり軸受装置転動体と内輪と外輪とを強磁性の材質で構成し、マグネタイトないしはマグヘマイトのいずれかからなる強磁性の粒状微粒子の集まりを、転動体の表面に磁気吸着させ、該転動体が互いに磁気吸着した粒状微粒子の集まりでわれる構成とし、前記転動体が軌道面を転動する際に、前記互いに磁気吸着した粒状微粒子の集まりの一部前記転動体から前記軌道面に転移して該軌道面に磁気吸着し、これによって、前記転動体の表面に互いに磁気吸着した粒状粒子と前記軌道面に互いに磁気吸着した粒状の粒子との、互いに磁気吸着した粒状粒子同士の接触を介して、前記転動体が前記軌道面を転動するがり軸受装置である。
【0008】
本発明の転がり軸受装置は転動体の表面に互いに磁気吸着した粒状微粒子の集まりと、軌道面に互いに磁気吸着した粒状微粒子の集まりとの、互いに磁気吸着した粒状粒子同士の接触を介して、転動体が軌道面を転動するため、互いに磁気吸着した粒状粒子の集まりが軸部材の回転と荷重を支える全く新規な機構に基づく転がり軸受装置になる。つまり、転動体が回転する軸部材からの荷重を受けて軌道面を転動する際に、転動体の表層に互いに磁気吸着した粒状微粒子が軌道面に互いに磁気吸着した粒状微粒子と接触し、微粒子が粒状であるため、互いに磁気吸着した微粒子の集まりの表層の微粒子は、転動体の転動の接線方向にせん断力を受けて滑る。また、軌道面に転移した微粒子も、転動体の表層の微粒子と接触し、転動体の転動の接線方向にせん断力を受けて滑る。微粒子が滑ると、隣接した微粒子が連続して滑る。こうして、転動体の転動に伴い、転動体の表層と軌道面との微粒子が接触と滑りを連続して繰り返すため、微粒子は転動体と軌道面を攻撃しない。つまり、転動体の表面と軌道面とは、粒状の微粒子による自己潤滑性を持ち、粒状の微粒子同士の接触と滑りとを介して転動体が軌道面を転動する。また、粒状の微粒子同士の接触は、接触面積が極めて小さい点接触に近い接触であるため、接触に伴う摩擦力は著しく小さい。これによって、軸受装置における耐久性が飛躍的に伸び、静粛性が著しく改善される。なお、ここでいう粒状の微粒子とは、大きさが10−100nmの範囲に入る固体からなる粒状の微粒子である。
つまり、マグネタイトFeないしはマグへマイトγ−Feは、いずれも強磁性体であり、腐食しにくい安定な鉄の酸化物である。さらに、モース硬度がガラスのモース硬度より大きい値を持つ硬い物質である。このため、マグネタイトないしはマグへマイトからなる粒状の微粒子の集まりは互いに磁気吸着し、多層構造を形成して転動体を覆う。さらに、転動体、内輪、外輪はいずれも強磁性の性質を持つ材質であるため、マグネタイトないしはマグへマイトからなる粒状微粒子は、転動体と軌道面とに磁気吸着する。一方、転動体の表面を覆う強磁性微粒子の集まりは、転動体が回転する軸部材の荷重を受けて軌道面を転動する際に、転動の接線方向にせん断応力を受け、表層の微粒子が磁気吸着から分離して軌道面に転移し、軌道面に磁気吸着する。こうして転動体が軌道面を転動するにつれ、軌道面も強磁性微粒子の集まりで覆われる。また、転動体が軌道面を転動する際に、強磁性微粒子同士が接触し、微粒子同士が接触した際に、微粒子が粒状であるため強磁性微粒子同士は滑るが、微粒子同士の磁気吸着力と転動体および軌道面からの磁気吸引力で微粒子は脱落しない。微粒子が滑ると、隣接した微粒子が連続して滑る。こうして、転動体が軸部材からの荷重によって軌道面を転動する現象は、微粒子同士が接触と滑りとを連続して繰り返す現象になる。この結果、転動体の表面と軌道面とは、強磁性微粒子による自己潤滑作用を持つ。強磁性微粒子は、前記したせん断応力以外の機械的な負荷を受けないため、強磁性微粒子は互いに磁気吸着するとともに、転動体と軌道面から磁気吸引力を受け、永続的に転動体の表面と軌道面に保持され、強磁性微粒子の自己潤滑性は永続する。また、強磁性微粒子は硬い粒状微粒子であるため、互いの点接触に近い接触を保持し、破壊せず変形もしない
さらに、マグネタイトの磁気キュリー点は585℃で、マグへマイトの磁気キュリー点は675℃である。いっぽう、自動車部品の転がり軸受装置では、高温の連続動作が継続すると軌道面が250℃まで昇温する場合がある。マグネタイトないしはマグへマイトの磁気キュリー点は、軌道面の最高温度より300℃以上高いため、250℃における強磁性微粒子の磁気特性は常温と殆ど変わらない。さらに、−40℃の極低温においても、強磁性微粒子の磁気特性は常温と殆ど変わらない。従って、転がり軸受装置の全ての動作温度において、強磁性微粒子による自己潤滑作用が、常温と変わらずに転動体と軌道面に作用する。
なお、転動体、内輪、外輪は、いずれも繰り返し大きな荷重がかかるため、従来は、耐久性の観点から高炭素クロム軸受鋼や、耐食性の高いマルテンサイト系ステンレス鋼などが用いられている。これらの材質はいずれも強磁性の性質を持つので、従来の材質で転動体、内輪、外輪を構成すれば、転動体の表面と軌道面とに強磁性微粒子が磁気吸着し、磁気吸着した強磁性微粒子が自己潤滑性を発揮する
すなわち、微粒子同士が互いに点接触に近い状態で磁気吸着した多層構造を、転動体の表面に形成しているため、転動体が回転する軸部材からの荷重を受けて軌道面を転動すると、多層構造の表層をなす微粒子が軌道面と接した際に、転動体の転動の接線方向にせん断応力を受けて多層構造から遊離し、転動体から軌道面に転移する。軌道面への微粒子の転移が進むと、転動体と軌道面との接触は、微粒子同士の接触となる。一方、微粒子同士の接触が点接触に近い接触であるため、微粒子同士が接触する際に微粒子が受けるせん断応力は著しく小さくなり、転動体から軌道面への微粒子の転移は収まる。こうして、転動体を覆っていた多層構造からなる微粒子のうち、表層を形成していた微粒子が軌道面に転移して軌道面を覆う。これによって、転動体と軌道面とは、粒状の微粒子同士の接触を介した接触になる。また、微粒子同士が接触した際に、微粒子は転動体の転動の接線方向にせん断力を受けて滑る。微粒子が滑ると、隣接した微粒子が連続して滑る。こうして、転動体が回転する軸部材からの荷重によって軌道面を転動する現象は、微粒子同士が接触と滑りとを連続して繰り返す現象になる。この結果、転動体の表面と軌道面とは、粒状の微粒子による自己潤滑性を持つ。連続した微粒子同士の接触と滑りとによって、転動体および軌道面に加わる負荷が軽減され、また、転動体と軌道面との摩擦力が縮減される。
なお、転動体が球、円筒、円錐、針状のいずれの形状であっても、転動体の表面全体を粒状の微粒子からなる多層構造で覆うため、転動体の表層の微粒子が軌道面に転移する。例えば、球からなる転動体では、球の表層をなす微粒子が転動体に転移する。また円筒、円錐、針状の転動体では側面が軌道面と接するため、転動体の側面の表層をなす微粒子が軌道面に転移する。さらに、微粒子の大きさが保持器の表面粗さより2桁近く小さく、微粒子同士が点接触に近い状態で互いに接合して転動体の表面全体を覆うため、転動体を保持器に収める際に、微粒子が多層構造から剥がされることはない。
前記した転動体の表面と軌道面とが持つ自己潤滑性は、転動体の表面全体を覆った粒状の微粒子が軌道面に転移した結果もたらされる。このため、転動体の表面を粒状の微粒子の多層構造で覆うだけの処理で、転動体の表面と軌道面とに自己潤滑性がもたらされる。これによって、軸受装置は大型化せず、軸受装置の製作費の増大は抑えられる。
さらに、前記した転動体の表面と軌道面との自己潤滑性は、固体の粒状微粒子が自ら滑ることによる潤滑性であり、従来の潤滑油に依る潤滑性とは異なり、動作温度の影響を受けない。また、軸部材の回転速度が速まっても、固体の微粒子同士の接触と滑りを繰り返す速度が速まるだけであり、固体の微粒子による自己潤滑性は、軸部材の回転速度の影響を受けない。さらに、軸部材の静荷重下においては、静荷重が転動体および軌道面を覆う莫大な数の固体の微粒子に分散されるため、固体の微粒子が静荷重で破壊されることはない。また、分散された静荷重によって、転動体および軌道面が疲労することもない。
以上に説明したように、本特徴構成は、6段落で説明した従来の転がり軸受装置の課題を具体的に解決するとともに、汎用性を持つ画期的な転がり軸受装置になる。
【0009】
(削除)
【0010】
(削除)
【0011】
記した動体を覆うマグネタイトないしはマグへマイトのいずれかの材質からなる粒状の微粒子の集まりは、熱分解によって酸化鉄FeOを生成する有機鉄化合物を転動体に吸着させ、該転動体を大気中で熱処理し、前記有機鉄化合物の熱分解によって酸化鉄FeOを前記転動体の表面に析出させ、さらに前記転動体を昇温して、前記酸化鉄FeOをマグネタイトないしはマグへマイトに酸化し、これによって、前記転動体の表面に前記マグネタイトないしは前記マグへマイトのいずれかの材質からなる粒状の微粒子の集まりが磁気吸着し、前記マグネタイトないしは前記マグへマイトのいずれかの材質からなる粒状の微粒子の集まりが前記転動体を覆う
【0012】
つまり、動体に吸着させた有機鉄化合物を、転動体の表面で熱分解して酸化鉄FeOを転動体に析出させ、この酸化鉄FeOを酸化することで、マグネタイトFeないしはマグへマイトγ−Feのいずれかの材質からなる微粒子が、転動体の表面に10−100nmの大きさの範囲に入る粒状の微粒子として析出して転動体に磁気吸着する。このため、転動体が球、円筒、円錐、針状のいずれの形状でも、また、どのような大きさでも、さらに複数種類の転動体でも、マグネタイトないしはマグへマイトからなる粒状微粒子が転動体の表面に磁気吸着する。このため、自己潤滑性を持つ転動体を製造する制約がない。さらに、一度に大量の自己潤滑性を持つ転動体が製造でき、従来の転がり軸受装置が持つ課題を根本的に解決する画期的な軸受装置が安価に製造できる。
すなわち、熱分解によって酸化鉄FeOを生成する有機鉄化合物を、有機溶媒に分散させ、この分散液に転動体の集まりを浸漬し、この後有機溶媒を気化させると、転動体の表面に有機鉄化合物が均一に吸着する。この転動体の集まりを、大気雰囲気で熱処理する。熱処理温度が有機鉄化合物を構成する有機物の沸点を超えると、有機物と酸化鉄FeOとに熱分解する。さらに熱処理温度を上げると、有機物は気化熱を奪って気化し、有機物の気化が完了した瞬間に、転動体の表面に酸化鉄FeOの微粒子が析出する。さらに熱処理温度を上げると、酸化鉄FeOを構成する2価の鉄イオンFe2+が、3価の鉄イオンFe3+になる酸化反応が起こる。この酸化反応が起こる温度に一定時間放置すると、酸化鉄FeOを構成する2価の鉄イオンFe2+が3価の鉄イオンFe3+になり、マグネタイトが生成される。つまり、酸化鉄FeOを構成する半数の2価の鉄イオンFe2+が、3価の鉄イオンFe3+になってFeになり、組成式がFeO・FeのマグネタイトFeが生成される。こうした2価の鉄イオンFe2+が3価の鉄イオンFe3+になる酸化反応が転動体の表面で進行し、マグネタイトFeが転動体の表面に粒状微粒子として生成されて磁気吸着する。
さらに昇温すると、マグネタイトFeO・Feを構成するFeOにおける2価の鉄イオンFe2+が、3価の鉄イオンFe3+に酸化され、この温度に一定時間放置すると、FeOにおける2価の鉄イオンFe2+がすべて3価の鉄イオンFe3+になり、酸化鉄Feを形成する。この酸化鉄Feは、マグネタイトFeと同様の立方晶系の結晶構造を形成し、酸化鉄Feはγ相のマグへマイトγ−Feになる。こうした酸化反応が完了すると、マグへマイトγ−Feが転動体の表面に粒状微粒子として生成されて磁気吸着する。
以上に説明したように、転動体の表面に有機鉄化合物を吸着させ、この転動体を大気中で熱処理するだけで、転動体の表面が、マグネタイトないしはマグヘマイトからなる粒状の微粒子で覆われる。有機鉄化合物は汎用的な有機酸と鉄とからなる安価な工業薬品であり、また、熱処理は大気中での比較的低温度での熱処理であるため、安価な手段で強磁性微粒子による自己潤滑性を持つ転動体の集まりが製造できる。
なお、有機鉄化合物の熱分解で生成されるマグへマイトは、酸化鉄FeOの酸化によって生成されるため、針状粒子ではなく粒状粒子として析出する。従来技術においては、マグへマイトγ−Feは針状粒子として生成される。つまり、硫酸第一鉄ないしは硫酸第二鉄のアルカリ性の水溶液に大気を送って反応させると、針状粒子であるゲータイトと呼ばれる水酸化鉄α−FeOOHが析出する。このゲータイトを、水素ガスの雰囲気で一度脱水させてヘマタイトα−Feとし、さらに、還元してマグネタイトFeを生成する。この後、マグネタイトを大気中でゆっくりと加熱酸化させると、針状のマグへマイト粒子が生成される。針状粒子からなるマグへマイトは自らが滑らないため、自己潤滑性を発揮する強磁性微粒子としては適さない。さらに、針状のマグへマイト粒子を生成する製造工程は、有機鉄化合物の熱処理だけで粒状のマグへマイト粒子を生成する製造工程に比べ、より多くの複雑な製造工程が必要になり製造費が高くなる。
【0013】
記した分解によって酸化鉄FeOを生成する有機鉄化合物は、カルボキシル基を構成する酸素イオンが鉄イオンに配位結合するカルボン酸鉄化合物である。
【0014】
つまり、ルボキシル基を構成する酸素イオンが、鉄イオンに近づいて配位結合するカルボン酸は、熱分解によって酸化鉄FeOを析出する。従って、こうした分子構造上の特徴を有するカルボン酸鉄は、マグネタイトないしはマグヘマイトの粒状の微粒子を生成する原料になる。
すなわち、カルボキシル基を構成する酸素イオンが、鉄イオンに近づいて配位結合するカルボン酸鉄化合物は、最も大きいイオンである鉄イオンに酸素イオンが近づいて配位結合するため、両者の距離は短くなる。これによって、鉄イオンに配位結合する酸素イオンが、鉄イオンの反対側で共有結合するイオンとの距離が、イオン同士の距離の中で最も長くなる。こうした分子構造上の特徴を持つカルボン酸鉄化合物は、カルボン酸鉄化合物を構成するカルボン酸の沸点を超えると、カルボキシル基を構成する酸素イオンが鉄イオンの反対側で共有結合するイオンとの結合部が最初に分断され、鉄イオンと酸素イオンとの化合物である酸化鉄FeOとカルボン酸とに分解する。さらに昇温すると、カルボン酸が気化熱を奪って気化し、カルボン酸の気化が完了した瞬間に酸化鉄FeOが析出する。こうしたカルボン酸鉄化合物として、酢酸鉄、カプリル酸鉄、安息香酸鉄、ナフテン酸鉄などがある。
このようなカルボン酸鉄化合物を転動体に吸着させ、転動体の表面でカルボン酸鉄化合物を熱分解させると、10−100nmの大きさの幅に収まる粒状の酸化鉄FeOが転動体の表面に一斉に析出する。さらに昇温すると、酸化鉄FeOがマグネタイトないしはマグヘマイトに酸化し、マグネタイトないしはマグヘマイトからなる粒状の微粒子が転動体を覆う。
さらに、前記したカルボン酸鉄化合物は、いずれも容易に合成できる安価な工業薬品である。すなわち、カルボン酸を強アルカリと反応させるとカルボン酸アルカリ金属化合物が生成される。この後、カルボン酸アルカリ金属化合物を無機鉄化合物と反応させることで、カルボン酸鉄化合物が合成される。また、原料となるカルボン酸は、有機酸の沸点の中で相対的に低い沸点を有する有機酸であるため、大気雰囲気においては300℃程度の比較的低い熱処理温度で酸化鉄FeOの微粒子が析出する。
従って、カルボン酸鉄化合物は安価な有機鉄化合物であり、大気雰囲気の比較的低い温度で熱分解して酸化鉄FeOを析出するため、強磁性の微粒子の集まりで転動体を覆う安価な原料になる。これによって、自己潤滑性を持つ転動体が安価に製造できる。
【0015】
グネタイトないしはマグヘマイトのいずれかからなる粒状の微粒子の多層構造で覆われた転動体を製造する製造方法は、熱分解で酸化鉄FeOを析出する有機鉄化合物を有機溶媒に分散させて分散液を作成する第1の製造工程と、前記有機鉄化合物の分散液に転動体の集まりを浸漬して該転動体の表面に前記有機鉄化合物の分散液を接触させる第2の製造工程と、前記分散液を昇温して前記有機溶媒を気化させて前記有機鉄化合物を前記転動体に吸着させる第3の製造工程と、前記転動体の集まりを大気中で熱処理する第4の製造工程とからなり、これら4つの製造工程を連続して実施することで、マグネタイトないしはマグヘマイトからなる粒状の微粒子の多層構造で前記転動体の表面を覆う転動体製造される製造方法である。
【0016】
つまり、この製造方法によれば、極めて簡単な4つの製造工程を連続して実施することで、大量の転動体の表面にマグネタイトないしはマグヘマイトからなる強磁性微粒子が満遍なく磁気吸着する。これによって、強磁性微粒子に基づく自己潤滑性を有する転動体の集まりが安価な製造費用で製造でき、6段落で説明した従来の転がり軸受装置の概念を払拭する画期的な軸受装置が安価に製造できる。
すなわち、第1の製造工程は、有機鉄化合物を容器に充填し、これに有機溶媒を加えて撹拌するだけの工程である。これによって、有機鉄化合物が有機溶媒に均一に分散された分散液が作成できる。第2の製造工程は、容器に転動体の集まりを浸漬するだけの工程である。これによって、転動体に有機鉄化合物の分散液が接触する。第3の製造工程は、容器の温度を有機溶媒の沸点まで昇温するだけの工程である。これによって、全ての転動体に有機鉄化合物が均一に吸着する。第4の製造工程は、大気雰囲気において、容器の温度を酸化鉄FeOがマグネタイトないしはマグへマイトに酸化する反応が進む温度まで昇温するだけの工程である。これによって、容器内にある全ての転動体の表面にマグネタイトないしはマグへマイトからなる粒状微粒子が磁気吸着する。この結果、強磁性微粒子に基づく自己潤滑性を有する転動体の集まりが安価な製造費で製造できる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】有機鉄化合物を原料として用い、強磁性微粒子の多層構造が転動体の表面に磁気吸着した転動体を製造する製造方法を説明する図である。
図2】ナフテン酸鉄を原料として用い、マグネタイトの微粒子からなる多層構造が転動体の表面に磁気吸着した転動体を製造する製造方法を説明する図である。
図3】ナフテン酸鉄を原料として用い、マグヘマイトの微粒子からなる多層構造が転動体の表面に磁気吸着した転動体を製造する製造方法を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
実施形態1
実施形態1は、熱分解によって酸化鉄FeOを生成する有機鉄化合物を原料として用い、強磁性の粒状微粒子が多層構造を形成して転動体の表面に満遍なく磁気吸着させた転動体を製造する実施形態である。図1に、本実施形態における転動体を製造する製造工程を示す。最初に、有機鉄化合物をn−ブタノールに10重量%として分散させた分散液を作成し(S10工程)、この分散液を容器に充填する(S11工程)。次に、転動体の集まりを分散液に浸漬させる(S12工程)。次に、容器を熱処理炉に入れて熱処理を行う。最初に、容器を120℃に設定された低温焼成室に入れ、n−ブタノールを気化し、気化したn−ブタノールを回収機で回収する(S13工程)。これによって、有機鉄化合物が転動体の表面に均一に吸着する。さらに容器を高温焼成室に入れる。高温焼成室は、相対的に低い温度に設定される低温焼成部と、相対的に高い温度に設定される高温焼成部とからなる。低温焼成部は、有機鉄化合物を構成する有機物の沸点より高い温度まで昇温され、一定時間この温度に保持される(S14工程)。容器が低温焼成部に入ると、転動体の表面に吸着した有機鉄化合物が、有機物と酸化鉄FeOとに熱分解する。これによって、転動体の表面に酸化鉄FeOが析出する。熱分解で生成された有機物は、気化されて有機物回収機によって回収される。高温焼成部は、酸化鉄FeOがマグネタイトないしはマグへマイトに酸化される温度まで昇温され、一定時間この温度に保持される(S15工程)。高温焼成部に容器を入れると、酸化鉄FeOがマグネタイトないしはマグへマイトに酸化され、これによって、マグネタイトないしはマグへマイトからなる粒状の微粒子が多層構造を形成して転動体の表面に満遍なく磁気吸着する。最後に、容器から転動体の集まりを回収する(S16工程)。
以上に説明したように、表面をマグネタイトないしはマグへマイトからなる粒状微粒子の多層構造で覆われた転動体を製造する製造方法は、有機鉄化合物のn−ブタノール分散液を作成する第1の工程と、この分散液に転動体の集まりを浸漬させる第2の工程と、この転動体の集まりを大気雰囲気で熱処理する第3の工程とを連続して行う。また、熱処理工程は3つの連続した熱処理を行う。こうした簡単な処理を連続して実施することで自己潤滑性を持つ転動体の集まりが製造されるため、従来の転がり軸受が持つ課題を解決する画期的な転がり軸受装置が、極めて安価な製造費で製造できる。
【0019】
実施形態2
実施形態2は、実施形態1における有機鉄化合物として、カルボン酸鉄の一種であるナフテン酸鉄を用い、転動体の表面にマグネタイトの粒状微粒子が多層構造を形成して磁気吸着した転動体を製造する実施形態である。ナフテン酸鉄は、ナフテン酸CCOOHの2分子が鉄と反応して容易に合成されるカルボン酸鉄の一種である。つまり、ナフテン酸を構成するカルボキシル基COOHの水素イオンが容易に乖離し、この乖離した水素イオンと結合していた酸素イオンの部位に、2価の鉄イオンが結合して合成され、CCOO−Fe−COOCで構造式が表される安価なカルボン酸鉄である。なお、カルボン酸鉄がナフテン酸鉄に限られず、14段落で説明した熱分解で酸化鉄FeOを生成するカルボン酸鉄を用いることができる。
図2に、本実施形態における転動体を製造する製造工程を示す。予め、ナフテン酸鉄と転動体の集まりを用意する。なお、転動体は耐食性に優れたマルテンサイト系ステンレス鋼からなる。マルテンサイト系ステンレス鋼に限らず、耐久性の観点から高炭素クロム軸受鋼で構成してもよい。最初に、ナフテン酸鉄をn−ブタノールに対し10重量%の割合で分散し(S20工程)、この分散液を容器に充填する(S21工程)。さらに、分散液に転動体の集まりを浸漬する(S22工程)。次に、分散液が入った容器を大気雰囲気の熱処理炉に入れる。最初に容器を120℃の低温焼成室に5分間入れ、n−ブタノールを気化し、気化したn−ブタノールを回収機で回収する(S23工程)。これによって、転動体の表面にナフテン酸鉄が均一に吸着する。次に容器は高温焼成室に入り、2段階の焼成が行われる。低温焼成部では容器を10分間300℃に保持する(S24工程)。この際、転動体は、表面に吸着したナフテン酸鉄がナフテン酸と酸化鉄FeOに熱分解し、酸化鉄FeOが転動体の表面に析出する。熱分解によって生成されたナフテン酸は気化し、気化したナフテン酸を回収機で回収する。この後、容器は高温焼成部に入り、300℃から1℃/分の昇温速度で350℃に昇温され、350℃に30分間保持される(S25工程)。高温焼成部に入った転動体は、表面に析出した酸化鉄FeOがマグネタイトFeに酸化され、マグネタイトからなる粒状微粒子は、多層構造を形成して転動体の表面に満遍なく磁気吸着する。こうして全ての転動体の表面は、マグネタイトの粒状微粒子によって満遍なく覆われる。最後に、容器から転動体の集まりを取り出す(S26工程)。
【0020】
実施形態3
実施形態3は、実施形態2におけるナフテン酸鉄を用いて、表面にマグへマイトγ−Feの粒状微粒子を多層構造として満遍なく磁気吸着させた転動体を製造する実施形態である。従って、本実施形態は、前記した実施形態2のS25工程における酸化鉄FeOをマグネタイトに酸化する工程が、酸化鉄FeOをマグヘマイトに酸化する工程に変わるだけで、他の工程は実施形態2と同様である。
最初に、ナフテン酸鉄がn−ブタノールに対し10重量%になるように分散し(S30工程)、この分散液を容器に充填する(S31工程)。さらに、分散液に転動体の集まりを浸漬する(S32工程)。次に、大気雰囲気での熱処理を行う。最初に容器は120℃の低温焼成室に5分間入り、n−ブタノールを気化し、気化したn−ブタノールを回収機で回収する(S33工程)。これによって、全ての転動体の表面にナフテン酸鉄が均一に吸着する。次に、容器は高温焼成室に入る。低温焼成部は300℃に昇温され、容器を300℃に10分間保持する(S34工程)。低温焼成室に入った転動体は、転動体に吸着したナフテン酸鉄が、ナフテン酸と酸化鉄FeOに熱分解し、酸化鉄FeOが転動体に析出する。ナフテン酸は気化し、気化したナフテン酸を回収機で回収する。この後、容器は高温焼成部に入り、300℃から1℃/分の昇温速度で400℃まで昇温され、400℃に30分間保持される(S35工程)。高温焼成部に入った転動体は、表面に析出した酸化鉄FeOがマグへマイトγ−Feに酸化され、マグへマイトからなる粒状微粒子は、転動体の表面に多層構造を形成して磁気吸着する。こうして全ての転動体の表面は、マグへマイトの粒状微粒子によって満遍なく覆われる。最後に、容器から転動体の集まりを取り出す(S36工程)。
【0021】
実施例1
実施例1は、ナフテン酸鉄を用いて、転動体の表面にマグネタイト微粒子を満遍なく磁気吸着させた実施形態2に係わる実施例である。
予め、原料となるナフテン酸鉄と溶媒のn−ブタノールと転動体を用意する。ナフテン酸鉄は、市販されているナフテン酸鉄(例えば、東栄化工株式会社の製品)を用いた。n−ブタノールは試薬一級品を用いた。転動体はマルテンサイト系ステンレス鋼からなる直径が5mmの球体を用いた。
最初に、ナフテン酸鉄をn−ブタノールに対し10重量%になるように分散する。この分散液を容器に充填し、分散液に転動体の集まりを浸漬させた。さらに、容器を大気雰囲気の熱処理炉に入れて熱処理を行なった。最初に容器を120℃の熱処理炉に5分間放置してn−ブタノールを気化させた。次に、300℃の熱処理炉に10分間放置して、ナフテン酸鉄をナフテン酸と酸化鉄FeOに熱分解した。この後、1℃/分の昇温速度で300℃から350℃まで昇温し、さらに350℃に330分間放置して、酸化鉄をマグネタイトFeに酸化させた。最後に、転動体の集まりを容器から取り出した。
次に、前記した条件で製作した転動体の観察と分析とを行ない、目的とするマグネタイト微粒子が転動体の表面に磁気吸着されているかを観察した。転動体の一部を試料として切り出し、試料を電子顕微鏡で観察した。電子顕微鏡は、JFEテクノリサーチ株式会社の極低加速電圧SEMを用いた。この装置は100Vからの極低加速電圧による観察が可能で、試料に導電性の被膜を形成せずに直接試料が観察できる特徴を有する。最初に、反射電子線の900−1000Vの間にある2次電子線を取り出して画像処理を行い、試料表面の凹凸を観察した。40−60nmの大きさからなる粒状の微粒子が、表面全体に満遍なく吸着していることが確認できた。また、粒状粒子は、10層ないし12層の多層構造を形成していることが、試料の断面から確認できた。次に、特性X線のエネルギーとその強度を画像処理し、試料表面に吸着した粒状微粒子を構成する元素の種類とその分布状態を分析した。鉄原子と酸素原子の双方が均一に分散して存在し、特段に偏在する箇所が見られなかったため、酸化鉄からなる粒状微粒子が吸着していることが確認できた。さらに極低加速電圧SEMの機能にEBSP解析機能を付加し、結晶構造の解析を行なった。この結果から、試料の表面全体に吸着した粒状微粒子がマグネタイトFeであることが確認できた。なおEBSP解析機能とは、試料に電子線を照射したとき、反射電子が試料中の原子面によって回折されることによってバンド状のパターンを形成し、このバンドの対称性が結晶系に対応し、バンドの間隔が原子面間隔に対応しているため、このパターンを解析することで、結晶方位や結晶系が明らかになる。
以上に説明した電子顕微鏡による試料の観察結果から、転動体の表面全体に40−60nmの大きさからなるマグネタイトの粒状微粒子が、10層ないしは12層を形成して磁気吸着している事実が確認できた。この結果から、前記で説明した条件で転動体に吸着したナフテン酸鉄を大気中で熱処理することで、転動体の表面にマグネタイト微粒子が多層構造を形成して満遍なく磁気吸着することが確認できた。この転動体が軌道面を転動すると、転動体と軌道面にマグネタイトの粒状微粒子に基づく自己潤滑性が付与される。
なお、転動体の表面に磁気吸着したマグネタイト微粒子の大きさは40−60nmであり、保持器の表面粗さに比べ2桁近く小さいため、球体からなる転動体を保持器に収納する際に、磁気吸着したマグネタイト微粒子が多層構造から剥がされることはない。
【0022】
実施例2
実施例2は、ナフテン酸鉄を用いて、転動体の表面にマグヘマイト微粒子を満遍なく磁気吸着させた実施形態3に係わる実施例である。
予め、実施例1と同様に、ナフテン酸鉄と溶媒のn−ブタノールと転動体を用意する。なお、転動体はマルテンサイト系ステンレス鋼からなり、肉厚が1mmで外径が5mmで高さが5mmの円筒形状である。
最初に、ナフテン酸鉄をn−ブタノールに対し10重量%になるように分散した。この分散液を容器に充填し、分散液に転動体の集まりを浸漬させた。さらに、大気雰囲気の熱処理を行なった。最初に容器を120℃の低温焼成室に5分間放置してn−ブタノールを気化させた。次に、容器を300℃の高温焼成室に10分間放置して、ナフテン酸鉄をナフテン酸と酸化鉄FeOに熱分解した。この後、300℃から1℃/分の昇温速度で400℃まで昇温し、容器を400℃に30分間放置して、酸化鉄FeOをマグへマイトγ−Feに酸化させた。最後に、転動体の集まりを容器から取り出した。
次に、前記した条件で製作した転動体の一部を試料として切り出し、試料の観察と分析とを行ない、目的とするマグへマイト微粒子が転動体の表面に満遍なく磁気吸着されているかを確認した。試料は実施例1と同様に電子顕微鏡で観察した。最初に、反射電子線の900−1000Vの間にある2次電子線を取り出して画像処理を行い、試料表面の凹凸を観察した。試料には、40−60nmの大きさからなる粒状の微粒子が、表面全体に満遍なく形成されていることが確認できた。また、粒状粒子は、10層ないし12層の多層構造を形成していることが、試料の断面から確認できた。次に、特性X線のエネルギーとその強度を画像処理し、試料表面に吸着した粒状微粒子を構成する元素の種類とその分布状態を分析した。鉄原子と酸素原子の双方が均一に分散して存在し、特段に偏在する箇所が見られなかったため、酸化鉄からなる粒状微粒子であることが確認できた。さらに、極低加速電圧SEMの機能にEBSP解析機能を付加し、結晶構造の解析を行なった。この結果から、試料表面に形成された粒状微粒子がマグへマイトγ−Feであることが確認できた。
以上に説明した電子顕微鏡による観察結果から、転動体の表面に40−60nmの大きさからなるマグへマイトの粒状微粒子が、10層ないしは12層を形成して満遍なく磁気吸着している事実が確認できた。この結果から、前記で説明した条件で転動体の表面に吸着したナフテン酸鉄を大気中で熱処理することで、転動体の表面にマグヘマイト微粒子が多層構造を形成して満遍なく磁気吸着することが確認できた。この転動体が軌道面を転動すると、転動体と軌道面にマグヘマイトの粒状微粒子に基づく自己潤滑性が付与される。
なお、転動体の表面に磁気吸着したマグヘマイト微粒子の大きさは40−60nmであり、保持器の表面粗さに比べ2桁近く小さいため、円筒形状からなる転動体を保持器に収納する際に、マグネタイト微粒子が多層構造から剥がされることはない。
以上に、球体ないしは円筒の転動体に、ナフテン酸鉄を吸着させ、このナフテン酸鉄を熱分解して酸化鉄FeOを析出し、さらに、酸化鉄FeOをマグネタイトないしはマグヘマイトに酸化し、強磁性微粒子の多層構造で覆われた転動体の製造に関わる実施例を説明した。カルボン酸鉄化合物のアルコール分散液に転動体を浸漬させるため、転動体の形状と大きさと数の制約はない。また、熱分解で酸化鉄FeOを析出するカルボン酸鉄化合物であれば、ナフテン酸鉄に制限されない。さらに、強磁性の微粒子の多層構造は、有機鉄化合物のアルコール分散濃度に応じて変えられる。このように、自己潤滑性を持つ転動体を製造する制約事項は少なく、自己潤滑性を持つ転動体が容易に製造できる。
図1
図2
図3