【文献】
Thomas A. Wheatley,Water Soluble Cellulose Acetate: A Versatile Polymer for Film Coating,Drug Development and Industrial Pharmacy,2007年,33,p.281-290
【文献】
島本 周 et al.,「相互作用」で見る酢酸セルロースの特徴と新展開,Cellulose Commun.,2013年,20(4),p.193-198
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の水溶性酢酸セルロース系樹脂組成物は、アセチル総置換度が0.5〜1.0である酢酸セルロース(A)と水溶性有機添加剤(B)とを含有している。
【0017】
[酢酸セルロース]
(アセチル総置換度)
本発明における酢酸セルロースは、アセチル総置換度(平均置換度)が0.5〜1.0である。アセチル総置換度がこの範囲であると水に対する溶解性に優れ、この範囲を外れると水に対する溶解性が低下する傾向となる。前記アセチル総置換度の好ましい範囲は0.6〜0.95であり、さらに好ましい範囲は0.6〜0.92である。アセチル総置換度は、酢酸セルロースを水に溶解し、酢酸セルロースの置換度を求める公知の滴定法により測定できる。また、該アセチル総置換度は、酢酸セルロースの水酸基をプロピオニル化した上で(後述の方法参照)、重クロロホルムに溶解し、NMRにより測定することもできる。
【0018】
アセチル総置換度は、ASTM:D−817−91(セルロースアセテートなどの試験方法)における酢化度の測定法に準じて求めた酢化度を次式で換算することにより求められる。これは、最も一般的なセルロースアセテートの置換度の求め方である。
DS=162.14×AV×0.01/(60.052−42.037×AV×0.01)
DS:アセチル総置換度
AV:酢化度(%)
まず、乾燥した酢酸セルロース(試料)500mgを精秤し、超純水とアセトンとの混合溶媒(容量比4:1)50mlに溶解した後、0.2N−水酸化ナトリウム水溶液50mlを添加し、25℃で2時間ケン化する。次に、0.2N−塩酸50mlを添加し、フェノールフタレインを指示薬として、0.2N−水酸化ナトリウム水溶液(0.2N−水酸化ナトリウム規定液)で、脱離した酢酸量を滴定する。また、同様の方法によりブランク試験(試料を用いない試験)を行う。そして、下記式にしたがってAV(酢化度)(%)を算出する。
AV(%)=(A−B)×F×1.201/試料重量(g)
A:0.2N−水酸化ナトリウム規定液の滴定量(ml)
B:ブランクテストにおける0.2N−水酸化ナトリウム規定液の滴定量(ml)
F:0.2N−水酸化ナトリウム規定液のファクター
【0019】
(組成分布指数(CDI))
本発明において、前記酢酸セルロースの組成分布(分子間置換度分布)は特に限定されず、組成分布指数(CDI)は、例えば1.0〜3.0である。組成分布指数(CDI)は、好ましくは1.0〜2.0、より好ましくは1.0〜1.8、さらに好ましくは1.0〜1.6、特に好ましくは1.0〜1.5である。組成分布指数(CDI)が2.0以下であると、前記酢酸セルロース(A)と水溶性有機添加剤(B)との相溶性が向上するためか、成形品の強度(繊維の場合は糸強度)が大きく向上する。
【0020】
組成分布指数(CDI)の下限値は0であるが、これは例えば100%の選択性でグルコース残基の6位のみをアセチル化し、他の位置はアセチル化しない等の特別な合成技術をもって実現されるものであり、そのような合成技術は知られていない。グルコース残基の水酸基の全てが同じ確率でアセチル化および脱アセチル化される状況において、CDIは1.0となるが、実際のセルロースの反応においてはこのような理想状態に近付けるためには相当の工夫を要する。前記組成分布指数(CDI)が小さいほど、組成分布(分子間置換度分布)が均一となる。組成分布が均一であると、アセチル総置換度が通常よりも広い範囲で水溶性を確保できる。
【0021】
ここで、組成分布指数(Compositional Distribution Index, CDI)とは、組成分布半値幅の理論値に対する実測値の比率[(組成分布半値幅の実測値)/(組成分布半値幅の理論値)]で定義される。組成分布半値幅は「分子間置換度分布半値幅」又は単に「置換度分布半値幅」ともいう。
【0022】
酢酸セルロースのアセチル総置換度の均一性を評価するのに、酢酸セルロースの分子間置換度分布曲線の最大ピークの半値幅(「半価幅」ともいう)の大きさを指標とすることができる。なお、半値幅は、アセチル置換度を横軸(x軸)に、この置換度における存在量を縦軸(y軸)としたとき、チャートのピークの高さの半分の高さにおけるチャートの幅であり、分布のバラツキの目安を表す指標である。置換度分布半値幅は、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)分析により求めることができる。なお、HPLCにおけるセルロースエステルの溶出曲線の横軸(溶出時間)を置換度(0〜3)に換算する方法については、特開2003-201301号公報(段落0037〜0040)に説明されている。
【0023】
(組成分布半値幅の理論値)
組成分布半値幅(置換度分布半値幅)は確率論的に理論値を算出できる。すなわち、組成分布半値幅の理論値は以下の式(1)で求められる。
【数2】
m:酢酸セルロース1分子中の水酸基とアセチル基の全数
p:酢酸セルロース1分子中の水酸基がアセチル置換されている確率
q=1−p
DPw:重量平均重合度(GPC−光散乱法による)
なお、重量平均重合度(DPw)の測定法は後述する。
【0024】
式(1)は、セルロースの全ての水酸基が同じ確率でアセチル化および脱アセチル化された際に必然的に生じる組成分布半値幅であり、所謂二項定理に従って導かれるものである。さらに、組成分布半値幅の理論値を置換度と重合度で表すと、以下のように表される。本発明では下記式(2)を組成分布半値幅の理論値を求める定義式とする。
【数3】
DS:アセチル総置換度
DPw:重量平均重合度(GPC−光散乱法による)
なお、重量平均重合度(DPw)の測定法は後述する。
【0025】
ところで、式(1)および式(2)においては、より厳密には重合度分布を考慮に入れるべきであり、この場合には式(1)および式(2)の「DPw」は、重合度分布関数に置き換え、式全体を重合度0から無限大までで積分すべきである。しかしながら、DPwを使う限り、式(1)および式(2)は近似的に十分な精度の理論値を与える。DPn(数平均重合度)を使うと、重合度分布の影響が無視できなくなるので、DPwを使うべきである。
【0026】
(組成分布半値幅の実測値)
本発明において、組成分布半値幅の実測値とは、酢酸セルロース(試料)の残存水酸基(未置換水酸基)をすべてプロピオニル化して得られるセルロースアセテートプロピオネートをHPLC分析して求めた組成分布半値幅である。
【0027】
一般的に、アセチル総置換度2〜3の酢酸セルロースに対しては、前処理なしに高速液体クロマトグラフィ(HPLC)分析を行うことができ、それによって組成分布半値幅を求めることができる。例えば、特開2011−158664号公報には、置換度2.27〜2.56の酢酸セルロースに対する組成分布分析法が記載されている。
【0028】
一方、本発明においては、組成分布半値幅(置換度分布半値幅)の実測値は、HPLC分析前に前処理として酢酸セルロースの分子内残存水酸基の誘導体化を行い、しかる後にHPLC分析を行って求める。この前処理の目的は、低置換度酢酸セルロースを有機溶剤に溶解しやすい誘導体に変換してHPLC分析可能とすることである。すなわち、分子内の残存水酸基を完全にプロピオニル化し、その完全誘導体化セルロースアセテートプロピオネート(CAP)をHPLC分析して組成分布半値幅(実測値)を求める。ここで、誘導体化は完全に行われ、分子内に残存水酸基はなく、アセチル基とプロピオニル基のみ存在していなければいけない。すなわち、アセチル置換度(DSac)とプロピオニル置換度(DSpr)の和は3である。これは、CAPのHPLC溶出曲線の横軸(溶出時間)をアセチル置換度(0〜3)に変換するための較正曲線を作成するために関係式:DSac+DSpr=3を使用するためである。
【0029】
酢酸セルロースの完全誘導体化は、ピリジン/N,N−ジメチルアセトアミド混合溶媒中でN,N−ジメチルアミノピリジンを触媒とし、無水プロピオン酸を作用させることにより行うことができる。より具体的には、溶媒として混合溶媒[ピリジン/N,N−ジメチルアセトアミド=1/1(v/v)]を酢酸セルロース(試料)に対して20重量部、プロピオニル化剤として無水プロピオン酸を該酢酸セルロースの水酸基に対して6.0〜7.5当量、触媒としてN,N−ジメチルアミノピリジンを該酢酸セルロースの水酸基に対して6.5〜8.0mol%使用し、温度100℃、反応時間1.5〜3.0時間の条件でプロピオニル化を行う。そして、反応後、沈殿溶媒としてメタノールを用い、沈殿させることにより、完全誘導体化セルロースアセテートプロピオネートを得る。より詳細には、例えば、室温で、反応混合物1重量部をメタノール10重量部に投入して沈澱させ、得られた沈殿物をメタノールで5回洗浄し、60℃で真空乾燥を3時間行うことにより、完全誘導体化セルロースアセテートプロピオネート(CAP)を得ることができる。なお、後述の多分散性(Mw/Mn)及び重量平均重合度(DPw)も、酢酸セルロース(試料)をこの方法により完全誘導体化セルロースアセテートプロピオネート(CAP)とし、測定したものである。
【0030】
上記HPLC分析では、異なるアセチル置換度を有する複数のセルロースアセテートプロピオネートを標準試料として用いて所定の測定装置および測定条件でHPLC分析を行い、これらの標準試料の分析値を用いて作成した較正曲線[セルロースアセテートプロピオネートの溶出時間とアセチル置換度(0〜3)との関係を示す曲線、通常、三次曲線]から、酢酸セルロース(試料)の組成分布半値幅(実測値)を求めることができる。HPLC分析で求められるのは溶出時間とセルロースアセテートプロピオネートのアセチル置換度分布の関係である。これは、試料分子内の残存ヒドロキシ基のすべてがプロピオニルオキシ基に変換された物質の溶出時間とアセチル置換度分布の関係であるから、本発明の酢酸セルロースのアセチル置換度分布を求めていることと本質的には変わらない。
【0031】
上記HPLC分析の条件は以下の通りである。
装置: Agilent 1100 Series
カラム: Waters Nova−Pak phenyl 60Å 4μm(150mm×3.9mmΦ)+ガードカラム
カラム温度:30℃
検出: Varian 380−LC
注入量: 5.0μL(試料濃度:0.1%(wt/vol))
溶離液: A液:MeOH/H
2O=8/1(v/v),B液:CHCl
3/MeOH=8/1(v/v)
グラジェント:A/B=80/20→0/100(28min);流量:0.7mL/min
【0032】
較正曲線から求めた置換度分布曲線[セルロースアセテートプロピオネートの存在量を縦軸とし、アセチル置換度を横軸とするセルロースアセテートプロピオネートの置換度分布曲線](「分子間置換度分布曲線」ともいう)において、平均置換度に対応する最大ピーク(E)に関し、以下のようにして置換度分布半値幅を求める。ピーク(E)の低置換度側の基部(A)と、高置換度側の基部(B)に接するベースライン(A−B)を引き、このベースラインに対して、最大ピーク(E)から横軸に垂線をおろす。垂線とベースライン(A−B)との交点(C)を決定し、最大ピーク(E)と交点(C)との中間点(D)を求める。中間点(D)を通って、ベースライン(A−B)と平行な直線を引き、分子間置換度分布曲線との二つの交点(A’、B’)を求める。二つの交点(A’、B’)から横軸まで垂線をおろして、横軸上の二つの交点間の幅を、最大ピークの半値幅(すなわち、置換度分布半値幅)とする。
【0033】
このような置換度分布半値幅は、試料中のセルロースアセテートプロピオネートの分子鎖について、その構成する高分子鎖一本一本のグルコース環の水酸基がどの程度アセチル化されているかにより、保持時間(リテンションタイム)が異なることを反映している。したがって、理想的には、保持時間の幅が、(置換度単位の)組成分布の幅を示すことになる。しかしながら、HPLCには分配に寄与しない管部(カラムを保護するためのガイドカラムなど)が存在する。それゆえ、測定装置の構成により、組成分布の幅に起因しない保持時間の幅が誤差として内包されることが多い。この誤差は、上記の通り、カラムの長さ、内径、カラムから検出器までの長さや取り回しなどに影響され、装置構成により異なる。このため、セルロースアセテートプロピオネートの置換度分布半値幅は、通常、下式で表される補正式に基づいて、補正値Zとして求めることができる。このような補正式を用いると、測定装置(および測定条件)が異なっても、同じ(ほぼ同じ)値として、より正確な置換度分布半値幅(実測値)を求めることができる。
Z=(X
2−Y
2)
1/2
[式中、Xは所定の測定装置および測定条件で求めた置換度分布半値幅(未補正値)である。Y=(a−b)x/3+b(0≦x≦3)である。ここで、aは前記Xと同じ測定装置および測定条件で求めた総置換度3のセルロースアセテートの見掛けの置換度分布半値幅(実際は総置換度3なので、置換度分布は存在しない)、bは前記Xと同じ測定装置および測定条件で求めた総置換度3のセルロースプロピオネートの見掛けの置換度分布半値幅である。xは測定試料のアセチル総置換度(0≦x≦3)である]
【0034】
なお、上記総置換度3のセルロースアセテート(もしくはセルロースプロピオネート)とは、セルロースのヒドロキシル基の全てがエステル化されたセルロースエステルを示し、実際には(理想的には)置換度分布半値幅を有しない(すなわち、置換度分布半値幅0の)セルロースエステルである。
【0035】
本発明において、前記酢酸セルロースの組成分布半値幅(置換度分布半値幅)の実測値としては、好ましくは0.12〜0.34であり、より好ましくは0.13〜0.25である。
【0036】
先に説明した置換度分布理論式は、すべてのアセチル化と脱アセチル化が独立かつ均等に進行することを仮定した確率論的計算値である。すなわち、二項分布に従った計算値である。このような理想的な状況は現実的にはあり得ない。酢酸セルロースの加水分解反応が理想的なランダム反応に近づくような、および/または、反応後の後処理について組成について分画が生じるような特別な工夫をしない限り、セルロースエステルの置換度分布は確率論的に二項分布で定まるものよりも大幅に広くなる。
【0037】
反応の特別な工夫の一つとしては、例えば、脱アセチル化とアセチル化が平衡する条件で系を維持することが考えられる。しかし、この場合には酸触媒によりセルロースの分解が進行するので好ましくない。他の反応の特別な工夫としては、脱アセチル化速度が低置換度物について遅くなる反応条件を採用することである。しかし、従来、そのような具体的な方法は知られていない。つまり、セルロースエステルの置換度分布を反応確率論通り二項分布にしたがうよう制御するような反応の特別な工夫は知られていない。さらに、酢化過程(セルロースのアセチル化工程)の不均一性や、熟成過程(酢酸セルロースの加水分解工程)で段階的に添加する水による部分的、一時的な沈殿の発生などの様々な事情は、置換度分布を二項分布よりも広くする方向に働き、これらを全て回避し、理想条件を実現することは、現実的には不可能である。これは、理想気体があくまで理想の産物であり、実在する気体の挙動はそれとは多かれ少なかれ異なることと似ている。
【0038】
従来の低置換度酢酸セルロースの合成と後処理においては、このような置換度分布の問題について殆ど関心が払われておらず、置換度分布の測定や検証、考察が行われていなかった。例えば、文献(繊維学会誌、42、p25 (1986))によれば、低置換度酢酸セルロースの溶解性は、グルコース残基2、3、6位へのアセチル基の分配で決まると論じられており、組成分布は全く考慮されていない。
【0039】
本発明者らの検討によれば、後述するように、酢酸セルロースの置換度分布は、驚くべきことに酢酸セルロースの加水分解工程の後の後処理条件の工夫で制御することができる。文献(CiBment, L., and Rivibre, C., Bull. SOC. chim., (5) 1, 1075 (1934)、Sookne, A. M., Rutherford, H. A., Mark, H., and Harris, M. J . Research Natl. Bur. Standards, 29, 123 (1942)、A. J. Rosenthal , B. B. White Ind. Eng. Chem., 1952, 44 (11), pp 2693-2696.)によれば、置換度2.3の酢酸セルロースの沈澱分別では、分子量に依存した分画と置換度(化学組成)に伴う微々たる分画が起こるとされており、本発明者らが見出したような置換度(化学組成)で顕著な分画ができるとの報告はない。さらに、低置換度酢酸セルロースについて、溶解分別や沈澱分別で置換度分布(化学組成)を制御できることは検証されていなかった。
【0040】
本発明者らが見出した置換度分布を狭くするもう1つの工夫は、酢酸セルロースの90℃以上の(又は90℃を超える)高温での加水分解反応(熟成反応)である。従来、高温反応で得られた生成物の重合度について詳細な分析や考察がなされて来なかったにもかかわらず、90℃以上の高温反応ではセルロースの分解が優先するとされてきた。この考えは、粘度に関する考察のみに基づいた思い込み(ステレオタイプ)と言える。本発明者らは、酢酸セルロースを加水分解して低置換度酢酸セルロースを得るに際し、90℃以上の(又は90℃を超える)高温下、好ましくは硫酸等の強酸の存在下、多量の酢酸中で反応させると、重合度の低下は見られない一方で、CDIの減少に伴い粘度が低下することを見出した。すなわち、高温反応に伴う粘度低下は、重合度の低下に起因するものではなく、置換度分布が狭くなることによる構造粘性の減少に基づくものであることを解明した。上記の条件で酢酸セルロースの加水分解を行うと、正反応だけでなく逆反応も起こるため、生成物(低置換度酢酸セルロース)のCDIが極めて小さい値となり、水に対する溶解性も著しく向上する。これに対し、逆反応が起こりにくい条件で酢酸セルロースの加水分解を行うと、置換度分布は様々な要因で広くなり、水に溶けにくいアセチル総置換度0.4未満の酢酸セルロース及びアセチル置換度1.1を超える酢酸セルロースの含有量が増大し、全体として水に対する溶解性が低下する。
【0041】
(2,3,6位の置換度の標準偏差)
本発明において、前記酢酸セルロースのグルコース環の2,3,6位の各アセチル置換度は、手塚(Tezuka,Carbonydr.Res.273,83(1995))の方法に従いNMR法で測定できる。すなわち、酢酸セルロース試料の遊離水酸基をピリジン中で無水プロピオン酸によりプロピオニル化する。得られた試料を重クロロホルムに溶解し、
13C−NMRスペクトルを測定する。アセチル基の炭素シグナルは169ppmから171ppmの領域に高磁場から2位、3位、6位の順序で、そして、プロピオニル基のカルボニル炭素のシグナルは、172ppmから174ppmの領域に同じ順序で現れる。それぞれ対応する位置でのアセチル基とプロピオニル基の存在比から、元のセルロースジアセテートにおけるグルコース環の2,3,6位の各アセチル置換度を求めることができる。なお、このように求めた2,3,6位の各アセチル置換度の和はアセチル総置換度であり、この方法でアセチル総置換度を求めることもできる。なお、アセチル総置換度は、
13C−NMRのほか、
1H−NMRで分析することもできる。
【0042】
2,3,6位の置換度の標準偏差σは、次の式で定義される。
【数4】
【0043】
本発明においては、酢酸セルロースのグルコース環の2,3及び6位のアセチル置換度の標準偏差が0.08以下(0〜0.08)であることが好ましい。該標準偏差が0.08以下である酢酸セルロースは、グルコース環の2,3,6位が均等に置換されており、水に対する溶解性に優れる。
【0044】
(多分散性(分散度、Mw/Mn))
本発明において、分子量分布(重合度分布)の多分散性(Mw/Mn)は、酢酸セルロース(試料)の残存水酸基をすべてプロピオニル化して得られるセルロースアセテートプロピオネートを用いてGPC−光散乱法により求めた値である。
【0045】
本発明における前記酢酸セルロースの多分散性(分散度、Mw/Mn)は、1.2〜2.5の範囲であることが好ましい。多分散性Mw/Mnが上記の範囲にある酢酸セルロースは、分子の大きさが揃っており、水に対する溶解性に優れる。
【0046】
酢酸セルロースの数平均分子量(Mn)、重量平均分子量(Mw)及び多分散性(Mw/Mn)は、HPLCを用いた公知の方法で求めることができる。本発明において、酢酸セルロースの多分散性(Mw/Mn)は、測定試料を有機溶剤に可溶とするため、前記組成分布半値幅の実測値を求める場合と同様の方法で、酢酸セルロース(試料)を完全誘導体化セルロースアセテートプロピオネート(CAP)とした後、以下の条件でサイズ排除クロマトグラフィー分析を行うことにより決定される(GPC−光散乱法)。
装置:Shodex製 GPC 「SYSTEM−21H」
溶媒:アセトン
カラム:GMHxl(東ソー)2本、同ガードカラム
流速:0.8ml/min
温度:29℃
試料濃度:0.25%(wt/vol)
注入量:100μl
検出:MALLS(多角度光散乱検出器)(Wyatt製、「DAWN−EOS」)
MALLS補正用標準物質:PMMA(分子量27600)
【0047】
(重量平均重合度(DPw))
本発明において、重量平均重合度(DPw)は、酢酸セルロース(試料)の残存水酸基をすべてプロピオニル化して得られるセルロースアセテートプロピオネートを用いてGPC−光散乱法により求めた値である。
【0048】
本発明における前記酢酸セルロースの重量平均重合度(DPw)は、50〜800の範囲であることが好ましい。重量平均重合度(DPw)が高すぎると、濾過性が悪くなりやすい。前記重量平均重合度(DPw)は、好ましくは55〜700、さらに好ましくは60〜600である。
【0049】
上記重量平均重合度(DPw)は、前記多分散性(Mw/Mn)と同じく、前記組成分布半値幅の実測値を求める場合と同様の方法で、酢酸セルロース(試料)を完全誘導体化セルロースアセテートプロピオネート(CAP)とした後、サイズ排除クロマトグラフィー分析を行うことにより求められる(GPC−光散乱法)。
【0050】
上述のように、水溶性の酢酸セルロースの分子量(重合度)、多分散性(Mw/Mn)はGPC−光散乱法(GPC−MALLS、GPC−LALLSなど)により測定される。なお、光散乱の検出は、一般に水系溶媒では困難である。これは水系溶媒は一般的に異物が多く、一旦精製しても二次汚染されやすいことによる。また、水系溶媒では、微量に存在するイオン性解離基の影響のため分子鎖の広がりが安定しない場合があり、それを抑えるために水溶性無機塩(例えば塩化ナトリウム)を添加したりすると、溶解状態が不安定になり、水溶液中で会合体を形成したりすることがある。この問題を回避するための有効な方法の一つは、水溶性酢酸セルロースを誘導体化し、異物が少なく、二次汚染されにくい有機溶媒に溶解するようにし、有機溶媒でGPC−光散乱測定を行うことである。この目的の水溶性酢酸セルロースの誘導体化としてはプロピオニル化が有効であり、具体的な反応条件及び後処理は前記組成分布半値幅の実測値の説明箇所で記載した通りである。
【0051】
(6%粘度)
本発明における前記酢酸セルロースの6%粘度は、例えば5〜500mPa・s、好ましくは6〜300mPa・sである。6%粘度が高すぎると濾過性が悪くなる場合がある。
【0052】
酢酸セルロースの6%粘度は、下記の方法で測定できる。
50mlのメスフラスコに乾燥試料3.00gを入れ、蒸留水を加え溶解させる。得られた6wt/vol%の溶液を所定のオストワルド粘度計の標線まで移し、25±1℃で約15分間整温する。計時標線間の流下時間を測定し、次式により6%粘度を算出する。
6%粘度(mPa・s)=C×P×t
C:試料溶液恒数
P:試料溶液密度(0.997g/cm
3)
t:試料溶液の流下秒数
試料溶液恒数は、粘度計校正用標準液[昭和石油社製、商品名「JS−200」(JIS Z 8809に準拠)]を用いて上記と同様の操作で流下時間を測定し、次式より求める。
試料溶液恒数={標準液絶対粘度(mPa・s)}/{標準液の密度(g/cm
3)×標準液の流下秒数}
【0053】
(低置換度酢酸セルロースの製造)
本発明における前記酢酸セルロース(低置換度酢酸セルロース)は、例えば、(A)中乃至高置換度酢酸セルロースの加水分解工程(熟成工程)、(B)沈殿工程、及び、必要に応じて行う(C)洗浄、中和工程により製造できる。
【0054】
[(A)加水分解工程(熟成工程)]
この工程では、中乃至高置換度酢酸セルロース(以下、「原料酢酸セルロース」と称する場合がある)を加水分解する。原料として用いる中乃至高置換度酢酸セルロースのアセチル総置換度は、例えば、1.5〜3、好ましくは2〜3である。原料酢酸セルロースとしては、市販のセルロースジアセテート(アセチル総置換度2.27〜2.56)やセルローストリアセテート(アセチル総置換度2.56超〜3)を用いることができる。
【0055】
加水分解反応は、有機溶媒中、触媒(熟成触媒)の存在下、原料酢酸セルロースと水を反応させることにより行うことができる。有機溶媒としては、例えば、酢酸、アセトン、アルコール(メタノール等)、これらの混合溶媒などが挙げられる。これらの中でも、酢酸を少なくとも含む溶媒が好ましい。触媒としては、一般に脱アセチル化触媒として用いられる触媒を使用できる。触媒としては、特に硫酸が好ましい。
【0056】
有機溶媒(例えば、酢酸)の使用量は、原料酢酸セルロース1重量部に対して、例えば、0.5〜50重量部、好ましくは1〜20重量部、さらに好ましくは3〜10重量部である。
【0057】
触媒(例えば、硫酸)の使用量は、原料酢酸セルロース1重量部に対して、例えば、0.005〜1重量部、好ましくは0.01〜0.5重量部、さらに好ましくは0.02〜0.3重量部である。触媒の量が少なすぎると、加水分解の時間が長くなりすぎ、酢酸セルロースの分子量の低下を引き起こすことがある。一方、触媒の量が多すぎると、加水分解温度に対する解重合速度の変化の度合いが大きくなり、加水分解温度がある程度低くても解重合速度が大きくなり、分子量がある程度大きい酢酸セルロースが得られにくくなる。
【0058】
加水分解工程における水の量は、原料酢酸セルロース1重量部に対して、例えば、0.5〜20重量部、好ましくは1〜10重量部、さらに好ましくは2〜7重量部である。また、該水の量は、有機溶媒(例えば、酢酸)1重量部に対して、例えば、0.1〜5重量部、好ましくは0.3〜2重量部、さらに好ましくは0.5〜1.5重量部である。水は、反応開始時において全ての量を系内に存在させてもよいが、酢酸セルロースの沈殿を防止するため、使用する水の一部を反応開始時に系内に存在させ、残りの水を1〜数回に分けて系内に添加してもよい。
【0059】
加水分解工程における反応温度は、例えば、40〜130℃、好ましくは50〜120℃、さらに好ましくは60〜110℃である。特に、反応温度を90℃以上(或いは90℃を超える温度)とする場合には、正反応(加水分解反応)に対する逆反応(アセチル化反応)の速度が増加する方向に反応の平衡が傾く傾向があり、その結果、置換度分布が狭くなり、後処理条件を特に工夫しなくとも、組成分布指数CDIの極めて小さい低置換度酢酸セルロースを得ることができる。この場合、触媒として硫酸等の強酸を用いるのが好ましく、また、反応溶媒として酢酸を過剰に用いるのが好ましい。また、反応温度を90℃以下とする場合であっても、後述するように、沈殿工程において、沈殿溶媒として2種以上の溶媒を含む混合溶媒を用いて沈殿させたり、沈殿分別及び/又は溶解分別を行うことにより、組成分布指数CDIが非常に小さい低置換度酢酸セルロースを得ることができる。
【0060】
[(B)沈殿工程]
この工程では、加水分解反応終了後、反応系の温度を室温まで冷却し、沈殿溶媒を加えて低置換度酢酸セルロースを沈殿させる。沈殿溶媒としては、水と混和する有機溶剤若しくは水に対する溶解度の大きい有機溶剤を使用できる。例えば、アセトン、メチルエチルケトン等のケトン;メタノール、エタノール、イソプロピルアルコール等のアルコール;酢酸エチル等のエステル;アセトニトリル等の含窒素化合物;テトラヒドロフラン等のエーテル;これらの混合溶媒などが挙げられる。
【0061】
沈殿溶媒として2種以上の溶媒を含む混合溶媒を用いると、後述する沈殿分別と同様の効果が得られ、組成分布(分子間置換度分布)が狭く、組成分布指数(CDI)が小さい低置換度酢酸セルロースを得ることができる。好ましい混合溶媒として、例えば、アセトンとメタノールの混合溶媒、イソプロピルアルコールとメタノールの混合溶媒などが挙げられる。
【0062】
また、沈殿して得られた低置換度酢酸セルロースに対して、さらに沈殿分別(分別沈殿)及び/又は溶解分別(分別溶解)を行うことにより、組成分布(分子間置換度分布)が狭く、組成分布指数CDIが非常に小さい低置換度酢酸セルロースを得ることができる。
【0063】
沈殿分別は、例えば、沈殿して得られた低置換度酢酸セルロース(固形物)を水に溶解し、適当な濃度(例えば、2〜10重量%、好ましくは3〜8重量%)の水溶液とし、この水溶液に貧溶媒を加え(又は、貧溶媒に前記水溶液を加え)、適宜な温度(例えば、30℃以下、好ましくは20℃以下)に保持して、低置換度酢酸セルロースを沈殿させ、沈殿物を回収することにより行うことができる。貧溶媒としては、例えば、メタノール等のアルコール、アセトン等のケトンなどが挙げられる。貧溶媒の使用量は、前記水溶液1重量部に対して、例えば1〜10重量部、好ましくは2〜7重量部である。
【0064】
溶解分別は、例えば、前記沈殿して得られた低置換度酢酸セルロース(固形物)或いは前記沈殿分別で得られた低置換度酢酸セルロース(固形物)に、水と有機溶媒(例えば、アセトン等のケトン、エタノール等のアルコールなど)の混合溶媒を加え、適宜な温度(例えば、20〜80℃、好ましくは25〜60℃)で撹拌後、遠心分離により濃厚相と希薄相とに分離し、希薄相に沈殿溶剤(例えば、アセトン等のケトン、メタノール等のアルコールなど)を加え、沈殿物(固形物)を回収することにより行うことができる。前記水と有機溶媒の混合溶媒における有機溶媒の濃度は、例えば、5〜50重量%、好ましくは10〜40重量%である。
【0065】
[(C)洗浄、中和工程]
沈殿工程(B)で得られた沈殿物(固形物)は、メタノール等のアルコール、アセトン等のケトンなどの有機溶媒(貧溶媒)で洗浄するのが好ましい。また、塩基性物質を含む有機溶媒(例えば、メタノール等のアルコール、アセトン等のケトンなど)で洗浄、中和することも好ましい。なお、中和工程は加水分解工程の直後に設けても良く、その場合には塩基性物質またはその水溶液を加水分解反応浴に添加するのが好ましい。
【0066】
前記塩基性物質としては、例えば、アルカリ金属化合物(例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等のアルカリ金属水酸化物;炭酸ナトリウム、炭酸カリウム等のアルカリ金属炭酸塩;炭酸水素ナトリウム等のアルカリ金属炭酸水素塩;酢酸ナトリウム、酢酸カリウム等のアルカリ金属カルボン酸塩;ナトリウムメトキシド、ナトリウムエトキシド等のナトリウムアルコキシドなど)、アルカリ土類金属化合物(例えば、水酸化マグネシウム、水酸化カルシウム等のアルカリ土類金属水酸化物、炭酸マグネシウム、炭酸カルシウム等のアルカリ土類金属炭酸塩;酢酸マグネシウム、酢酸カルシウム等のアルカリ土類金属カルボン酸塩;マグネシウムエトキシド等のアルカリ土類金属アルコキシドなど)などを使用できる。これらの中でも、特に、酢酸カリウム等のアルカリ金属化合物が好ましい。
【0067】
洗浄、中和により、加水分解工程で用いた触媒(硫酸等)などの不純物を効率よく除去することができる。
【0068】
このようにして得られた低置換度酢酸セルロースは、必要に応じて、粉砕、篩別又は造粒して、特定粒度の範囲に調整することができる。
【0069】
[水溶性有機添加剤]
水溶性有機添加剤としては、水溶性の有機化合物であれば特に限定されず、用途に応じて適宜選択できる。水溶性有機添加剤は1種単独で用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。水溶性有機添加剤として、例えば、水溶性高分子、水溶性低分子化合物などが挙げられる。
【0070】
前記水溶性高分子としては、例えば、デンプン、マンナン、ペクチン、アルギン酸、デキストラン、プルラン、にかわ、ゼラチン等の天然ポリマー;カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース等のセルロース系ポリマー(酢酸セルロースを除く)などの半合成ポリマー;ポリエチレングリコール、ポリエチレンオキサイド、ポリプロピレングリコール、ポリプロピレンオキサイドなどのポリアルキレングリコールやポリアルキレンオキサイド、ポリアクリル酸ナトリウム、ポリアクリルアミド、ポリビニルアルコール、ポリエチレンイミン、ポリビニルピロリドン等の合成ポリマーなどが挙げられる。水溶性高分子の重量平均分子量(又は、分子量)は、例えば、150〜1000000、好ましくは200〜100000、さらに好ましくは200〜10000、特に好ましくは200〜1000である。水溶性高分子の重量平均分子量(又は、分子量)が大きすぎると、酢酸セルロースとの相溶性が低下する傾向にあり、また、重量平均分子量(又は、分子量)が小さすぎると成形品の強度や伸度が低下する傾向にある。
【0071】
前記水溶性低分子化合物としては、例えば、エチレングリコール、プロピレングリコール、ブチレングリコール、グリセリン、エリスリトール、ペンタエリスリトール、ジペンタエリスリトール、キシリトール、ソルビトール、マンニトール等の多価アルコール(高分子化合物を除く);グルコース等の単糖類;2-ピロリドン、ジメチルスルホキシド、N,N−ジメチルホルムアミド、スルホラン等のヘテロ原子含有低分子化合物などが挙げられる。
【0072】
本発明における前記水溶性有機添加剤としては、成形品の物性、外観、安定性等の観点から、上記の中でも、ポリエチレングリコール等のポリアルキレングリコール、ポリエチレンオキサイド等のポリアルキレンオキサイド;グリセリン等の多価アルコール(高分子化合物を除く)が好ましく、特に、ポリエチレングリコール、ポリエチレンオキサイドが好ましく、とりわけポリエチレングリコールが好ましい。
【0073】
ポリエチレングリコールの平均重量分子量(又は、分子量)は、例えば150〜5000、好ましくは200〜1000である。
【0074】
[水溶性酢酸セルロース系樹脂組成物]
本発明の水溶性酢酸セルロース系樹脂組成物は、前記アセチル総置換度が0.5〜1.0である酢酸セルロース(A)を50〜95重量%、及び水溶性有機添加剤(B)を5〜50重量%含む。本発明の水溶性酢酸セルロース系樹脂組成物は、前記酢酸セルロース(A)及び水溶性有機添加剤(B)を上記の範囲で含有するので、比較的低い温度にて溶融状態とすることができ、比較的低い温度で成形が可能となるため、着色の少ない成形物を製造することができる。また、繊維を得る場合、比較的繊度が低く(例えば、2デニール程度)、水溶性で且つ生分解性の酢酸セルロース繊維を得ることができる。前記酢酸セルロース(A)の含有量が50重量%未満の場合や、前記水溶性有機添加剤(B)の含有量が50重量%を超えると、酢酸セルロース本来の特性が得られず、また、成形品の強度が低下するため好ましくない。また、酢酸セルロース(A)の含有量が95重量%を超える場合や、前記水溶性有機添加剤(B)の含有量が5重量%未満の場合は、組成物のガラス転移温度が上がり、溶融温度が高くなり、成形品の着色が顕著となる。また、成形性が低くなるためか、成形品(例えば、繊維)の強度(例えば、糸強度)が低下する。
【0075】
本発明の水溶性酢酸セルロース系樹脂組成物において、前記酢酸セルロース(A)の含有量は、好ましくは50〜90重量%、より好ましくは50〜80重量%、特に好ましくは55〜75重量%である。また、前記水溶性有機添加剤(B)の含有量は、好ましくは10〜50重量%、より好ましくは20〜50重量%、特に好ましくは25〜45重量%である。
【0076】
本発明の水溶性酢酸セルロース系樹脂組成物は、前記酢酸セルロース(A)及び水溶性有機添加剤(B)のほか、本発明の効果を損なわない範囲で、必要に応じて他の成分を含んでいてもよい。
【0077】
前記他の成分として、例えば、他の水溶性且つ生分解性を有する樹脂、熱劣化防止剤、熱着色防止剤、生分解促進剤、可塑剤、滑剤、帯電防止剤、染料、顔料、潤滑剤、紫外線吸収剤、酸化防止剤、香料などが挙げられる。
【0078】
本発明の水溶性酢酸セルロース系樹脂組成物において、前記酢酸セルロース(A)及び水溶性有機添加剤(B)の総含有量は、例えば、70重量%以上、好ましくは80重量%以上、より好ましくは90重量%以上、さらに好ましくは95重量%以上であり、100重量%であってもよい。
【0079】
本発明の水溶性酢酸セルロース系樹脂組成物は、例えば、所定量の酢酸セルロース(A)及び水溶性有機添加剤(B)を、必要に応じて他の成分と共に混合することにより調製できる。例えば、各成分をヘンシェルミキサー等の混合器内で混合した後、ストランド状に溶融押出しし、適当な大きさに切断することによりペレット状の樹脂組成物を得ることができる。
【0080】
こうして得られる樹脂組成物(ペレット等)のガラス転移温度(Tg)(Tgが複数存在する場合は低温側のTg)は、例えば、90〜230℃、好ましくは100〜200℃、より好ましくは130〜170℃である。
【0081】
[水溶性酢酸セルロース複合体成形品]
本発明の水溶性酢酸セルロース複合体成形品は、前記本発明の水溶性酢酸セルロース系樹脂組成物を溶融状態を経由して成形することにより製造できる。すなわち、溶融紡糸法(メルトブロー紡糸法を含む)を用いることにより前記水溶性酢酸セルロース複合体成形品を製造することができる。
【0082】
例えば、前記水溶性酢酸セルロース系樹脂組成物(ペレット等)を、公知の溶融押出紡糸機において、加熱溶融した後、口金から紡糸し、紡出された連続長繊維フィラメント群をエジェクターにより高速高圧エアーで延伸し巻き取るか、あるいは、開繊して捕集用の支持体面上に捕集してウェブを形成することにより繊維状の水溶性酢酸セルロース複合体成形品を得ることができる。また、押出機で溶融した前記水溶性酢酸セルロース系樹脂組成物を、例えば幅方向1m当たり数百から数千個の口金を持つダイから、高温・高速の空気流で糸状に吹き出し、繊維状に延伸された樹脂をコンベア上で集積し、その間に繊維同士の絡み合い及び融着を生じさせることにより不織布を製造することができる(メルトブロー紡糸法)。溶融紡糸時の紡糸温度は、例えば、130〜240℃、好ましくは140〜200℃、より好ましくは150〜188℃である。紡糸温度が高すぎると成形品の着色が顕著になる。また、紡糸温度が低すぎると、組成物の粘度が低くなり、紡糸ドラフト比を高くするのが困難となり生産性が低下しやすくなる。紡糸ドラフト比は、例えば200〜600程度である。
【0083】
上記溶融紡糸法により得られる糸の繊度は、例えば1〜9デニール(d)、好ましくは1.3〜5デニール(d)である。また、前記糸の強度は、例えば0.3〜1.5g/d程度である。
【0084】
また、本発明の水溶性酢酸セルロース複合体成形品は、前記本発明の水溶性酢酸セルロース系樹脂組成物を射出成形することにより製造することもできる。射出成形により、種々の形状を有する成形品を得ることができる。
【0085】
水溶性酢酸セルロース複合体成形品としては、例えば、たばこフィルター、不織布、各種射出成形品などが挙げられる。本発明の水溶性酢酸セルロース複合体成形品は、水溶性で且つ生分解性を有するので、自然や人間に負荷を掛けないという利点を有する。また、製造するのに、乾式紡糸のように400℃程度の乾燥空気を用いる必要がないので、エネルギー消費量を少なくできる。さらに、着色の少ない成形品(例えば、繊維)が得られるので、品質面でも優れる。
【実施例】
【0086】
以下に、実施例に基づいて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されるものではない。
【0087】
合成例1
酢酸セルロース(ダイセル社製、商品名「L−50」、アセチル基総置換度2.43、6%粘度:110mPa・s)1重量部に対して、5.1重量部の酢酸および2.0重量部の水を加え、40℃で5時間撹拌して外観均一な溶液を得た。この溶液に0.13重量部の硫酸を加え、得られた溶液を70℃に保持し、加水分解(部分脱アセチル化反応;熟成)を行った。なお、この熟成過程においては、途中で2回、水を系に添加した。すなわち、反応を開始して1時間後に0.67重量部の水を加え、さらに2時間後、1.67重量部の水を加え、さらに6時間反応させた。合計の加水分解時間は9時間である。なお、反応開始時から1回目の水の添加までを第1熟成、1回目の水の添加から2回目の水の添加までを第2熟成、2回目の水の添加から反応終了(熟成完了)までを第3熟成という。
加水分解を実施した後、系の温度を室温(約25℃)まで冷却し、反応混合物に15重量部のアセトン/メタノール=1/2(重量比)混合溶媒(沈殿化剤)を加えて沈殿を生成させた。
固形分15重量%のウェットケーキとして沈殿を回収し、8重量部のメタノールを加え、固形分15重量%まで脱液することにより洗浄した。これを3回繰り返した。洗浄した沈殿物を、酢酸カリウムを0.004重量%含有するメタノール8重量部でさらに2回洗浄して中和し、乾燥して、酢酸セルロース(低置換度酢酸セルロース)を得た。
【0088】
(合成例2〜4)
反応温度、第1熟成時間、第2熟成時間、第3熟成時間、沈殿化剤を表1に示すように変更したこと以外は、合成例1と同様にして酢酸セルロース(低置換度酢酸セルロース)を得た。
【0089】
(合成例5)(特開平10−317228号公報の実施例2の方法)
針葉樹サルファイトパルプ(αセルロース含量96%)13重量部、硫酸2重量部、無水酢酸35重量部および氷酢酸50重量部からなる混合物を、36℃で3時間アセチル化反応を行い、反応後反応物を酢酸カリウムで部分中和し、残存する硫酸を1重量部、揮発分中の水の量を10重量%とし、60℃で9時間加水分解し、その後完全中和、沈澱化、洗浄、乾燥して酢化度40.2%(置換度(DS)1.51)の酢酸セルロース(CA−40)を得た。この酢酸セルロースを、特開平10−317228号公報(段落0016)に記載される方法で極限粘度を定め、平均重合度を求めたところ、107であった。また、後述の方法で測定したDPwは210、DPw/DPnは2.1であった。
【0090】
各合成例で得られた酢酸セルロースのアセチル基総置換度(DS)、重量平均重合度(DPw)、分散度(DPw/DPn)を下記の方法で測定した。製造条件および得られた低置換度酢酸セルロースの物性の測定結果(分析値)を表1に示す。なお、表1の「サンプル番号」は、得られた低置換度酢酸セルロースのサンプル番号を意味する。
【0091】
(置換度(DS)の測定)
手塚の方法(Carbohydr. Res. 273, 83(1995))に準じて水溶性酢酸セルロース試料の未置換水酸基をプロピオニル化した。プロピオニル化低置換度酢酸セルロースのアセチル基総置換度は、手塚の方法(同)に準じて
13C−NMRにおける169〜171ppmのアセチルカルボニルのシグナルおよび172〜174ppmのプロピオニルカルボニルのシグナルから決定した。
【0092】
(組成分布指数(CDI)の測定)
酢酸セルロースのCDIは、プロピオニル化酢酸セルロースに導いた後に次の条件でHPLC分析を行うことで決定した。
装置: Agilent 1100 Series
カラム: Waters Nova−Pak phenyl 60Å 4μm(150mm×3.9mmΦ)+ガードカラム
カラム温度: 30℃
検出: Varian 380−LC
注入量: 5.0μL(試料濃度:0.1%(wt/vol))
溶離液: A液:MeOH/H
2O=8/1(v/v),B液:CHCl
3/MeOH=8/1(v/v)
グラジェント:A/B=80/20→0/100(28min);流量:0.7mL/min
まず、アセチルDS(アセチル基総置換度)が0〜3の範囲でDS既知の標品をHPLC分析することで、溶出時間対DSの較正曲線を作成した。較正曲線に基づき、未知試料の溶出曲線(時間対検出強度曲線)をDS対検出強度曲線(組成分布曲線)に変換し、この組成分布曲線の未補正半値幅Xを決定し、次式により組成分布の補正半値幅Zを決定した。
Z=(X
2−Y
2)
1/2
なお、Yは次式で定義される装置定数である。
Y=(a−b)x/3+b
a: アセチルDS=3の標品のX値
b: アセチルDS=0の標品のX値
x: 未知試料のアセチルDS
補正半値幅Zから、次式により組成分布指数(CDI)を決定した。
CDI=Z/Z
0
ここに、Z
0は全ての部分置換酢酸セルロースの調製におけるアセチル化および部分脱アセチル化が全ての分子の全ての水酸基(又はアセチル基)に対して等しい確率で生じた場合に生成する組成分布であり、次式で定義される。
【数5】
DPw:重量平均重合度
p:(未知試料のアセチルDS)/3
q:1−p
このように求めた水溶性酢酸セルロースのCDIは1.4であった。
【0093】
(重量平均重合度(DPw)、分散度(DPw/DPn)の測定)
酢酸セルロースの重量平均重合度および分散度は、プロピオニル化酢酸セルロースに導いた後に次の条件でGPC−光散乱測定を行うことで決定した。
装置:Shodex製 GPC 「SYSTEM−21H」
溶媒:アセトン
カラム:GMHxl(東ソー)2本、同ガードカラム
流速:0.8ml/min
温度:29℃
試料濃度:0.25%(wt/vol)
注入量:100μl
検出:MALLS(多角度光散乱検出器)(Wyatt製、「DAWN−EOS」)
MALLS補正用標準物質:PMMA(分子量27600)
【0094】
実施例1〜8
(実施例7は参考例とする)、比較例1
(ペレット調製)
所定量の酢酸セルロースと添加剤をヘンシェルミキサーで混合した後、エクストルーダーに移し、所定の紡糸温度よりも10℃低い温度で溶融し、ストランドとして押し出し、冷却した後長さ3mmに切断し、80℃の熱風乾燥機中で10時間乾燥させペレット状のサンプルを調製した。添加剤として以下のものを用いた。
【0095】
実施例1〜8:青木油脂社製、商品名「ブラウノン PEG−400」(ポリエチレングリコール、分子量400)
比較例1:ダイセル社製、商品名「プラクセル405D」(カプロラクトンテトラオール、分子量500)
【0096】
(ペレット・サンプルのガラス転移温度(Tg)の測定)
DSC−Q2000(TAインスツルメント社製)を用いてペレット状サンプルの小片を使いTgを測定した。まず、サンプルを40℃から250℃に10℃/分で昇温し、その後室温付近まで降温させた。その後、1℃/分で昇温し、このときのDSC曲線からTgを求めた。結果を表2に示す。なお、実施例3及び4ではTgが2つ存在するが、高温側は酢酸セルロースのTg、低温側は複合体(酢酸セルロース−添加剤複合体)のTgと考えられる。
【0097】
(溶融紡糸)
特開平10−317228号公報に記載された方法に準じ、前記各ペレットを用いて溶融紡糸した。
キャピラリーレオメーター(株式会社東洋精機製作所製、キャピログラフ1B)のシリンダーにペレット状サンプルを入れ、シリンダーを所定の紡糸温度とし、口径0.3mmのキャピラリーから吐出し、吐出したフィラメントをエジェクターを通すことで線速3450m/分、ドラフト比550で紡糸し、1.9デニール(d)の糸を得た。溶融条件を表2に示す。
【0098】
評価試験
(糸強度)
実施例、比較例で得られた糸の糸強度を、JIS L 1013に記載される方法に準じて測定した。結果を表2に示す。
【0099】
(糸色相)
実施例、比較例で得られた糸の色相を目視観察した。結果を表2に示す。
【0100】
(糸の水溶性)
実施例、比較例で得られた糸約2×10
-5g(約10cm)を、水100gと混合し、よく振り混ぜた後、糸の水溶性を目視観察した。
【0101】
(生分解性評価)
装置:大倉電気(株)クーロメータOM3001
活性汚泥:福岡県多々良川浄化センターから入手した活性汚泥。1時間静置して得られる上澄み液を1培養瓶あたり300ml使用(活性汚泥濃度360ppm)。
被検体量:30mg
温度:25℃
クーロメータで培養瓶中の生物化学的酸素要求量(BOD)を測定した(培養開始から10日後、20日後、30日後、60日後)。ブランク測定を行い、BODは被検体の値からブランクの値を差し引いたものとした。被検体の化学組成に基づく完全分解における理論上のBOD値を求め、これに対する実測値のパーセンテージを分解率とした。結果を表2に示す。
【0102】
【表1】
【0103】
【表2】