特許第6283868号(P6283868)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6283868
(24)【登録日】2018年2月9日
(45)【発行日】2018年2月28日
(54)【発明の名称】磁気共鳴測定装置
(51)【国際特許分類】
   G01N 24/00 20060101AFI20180215BHJP
   A61B 5/055 20060101ALI20180215BHJP
   H03B 15/00 20060101ALI20180215BHJP
   G01R 33/44 20060101ALI20180215BHJP
【FI】
   G01N24/00 530A
   A61B5/05 355
   H03B15/00
   G01R33/44
【請求項の数】5
【全頁数】17
(21)【出願番号】特願2014-149863(P2014-149863)
(22)【出願日】2014年7月23日
(65)【公開番号】特開2016-24117(P2016-24117A)
(43)【公開日】2016年2月8日
【審査請求日】2017年2月21日
(73)【特許権者】
【識別番号】000004271
【氏名又は名称】日本電子株式会社
(72)【発明者】
【氏名】蜂谷 健一
(72)【発明者】
【氏名】塚田 剛
(72)【発明者】
【氏名】杉田 哲朗
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 貴之
【審査官】 田中 秀直
(56)【参考文献】
【文献】 特開平06−098874(JP,A)
【文献】 特開2006−102493(JP,A)
【文献】 特開平07−088103(JP,A)
【文献】 特開2011−102804(JP,A)
【文献】 国際公開第2013/158651(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 24/00−24/14
A61B 5/055
G01R 33/28−33/64
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1周波数の目的信号成分を含むアナログ受信信号を入力し、第2周波数としてのサンプリング周波数で前記アナログ受信信号をサンプリングし、これによりデジタル受信信号を出力するAD変換回路と、
前記デジタル受信信号に対して信号処理を実行する信号処理回路と、
を含み、
前記第1周波数がオーバーサンプリング条件を満たす場合に、前記AD変換回路のサンプリング方式がオーバーサンプリングとなり、且つ、前記信号処理回路が前記目的信号成分に対して前記信号処理を実行し、
前記第1周波数がアンダーサンプリング条件を満たす場合に、前記AD変換回路のサンプリング方式がアンダーサンプリングとなり、且つ、前記信号処理回路が前記目的信号成分の折り返し信号成分に対して前記信号処理を実行する、
ことを特徴とする磁気共鳴測定装置。
【請求項2】
請求項1記載の装置において、
前記AD変換回路の前段には周波数変換回路が設けられ、
前記周波数変換回路は、観測核に応じて定まる周波数が高周波数帯に属する場合にRF受信信号を中間周波数信号に変換し、前記観測核に応じて定まる周波数が前記高周波数帯よりも低い低周波数帯に属する場合に前記RF受信信号を前記中間周波数信号に変換せずにそのまま出力し、
前記AD変換回路には前記アナログ受信信号として前記RF受信信号又は前記中間周波数信号が入力され、
前記第1周波数がオーバーサンプリング条件を満たす場合とは、前記第1周波数が前記観測核に応じて定まる周波数であり、前記AD変換回路に前記RF受信信号が入力される場合であり、
前記第1周波数がアンダーサンプリング条件を満たす場合とは、前記第1周波数が中間周波数であり、前記AD変換回路に前記中間周波数信号が入力される場合である、
ことを特徴とする磁気共鳴測定装置。
【請求項3】
請求項2記載の装置において、
前記周波数変換回路は、
前記RF受信信号にローカル信号をミキシングするミキサーと、
前記ミキサーの後段に設けられ、前記ミキサーの出力信号の内で前記中間周波数が属する帯域以外に存在する信号成分を抑圧するフィルターと、
を含み、
前記フィルターから前記中間周波数信号が出力される、
ことを特徴とする磁気共鳴測定装置。
【請求項4】
請求項1記載の装置において、
前記第1周波数がオーバーサンプリング条件を満たす場合とは、前記第1周波数が前記第2周波数の1/2以下の基準周波数よりも低い場合であり、
前記第1周波数がアンダーサンプリング条件を満たす場合とは、前記第1周波数が前記基準周波数以上の場合である、
ことを特徴とする磁気共鳴測定装置。
【請求項5】
請求項1記載の装置において、
前記第1周波数がアンダーサンプリング条件を満たす場合に、前記信号処理回路が前記目的信号成分の2次折り返し信号成分に対して前記信号処理を実行する、
ことを特徴とする磁気共鳴測定装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は磁気共鳴測定装置に関し、特に、受信信号のサンプリング技術に関する。
【背景技術】
【0002】
磁気共鳴測定装置として、核磁気共鳴(NMR:Nuclear Magnetic Resonance)測定装置、及び、電子スピン共鳴(ESR:Electron Spin Resonance)測定装置が知られている。NMR測定装置に類する装置として、磁気共鳴画像(MRI:Magnetic Resonance Imaging)装置も知られている。以下、NMR測定装置について説明する。
【0003】
NMRは静磁場中におかれた原子核が固有の周波数をもった電磁波と相互作用する現象である。その現象を利用して原子レベルで試料の測定を行う装置がNMR測定装置である。今日、NMR測定装置は、有機化合物(例えば薬品、農薬)、高分子材料(例えばビニール、ポリエチレン)、生体物質(例えば、核酸、タンパク質)、等の分析において活用されている。NMR測定装置を利用すれば例えば試料の分子構造を解明することが可能である。
【0004】
NMR測定装置は、一般に、制御コンピューター、RF信号送信部、NMR信号検出器(プローブ)、静磁場発生器(超伝導磁石)、NMR信号受信部等を含む。もっとも、それらの一部をNMR測定装置と称することもあり、例えば、制御コンピューター、RF信号送信部及びNMR信号受信部を含む分光計(Spectrometer)の部分をNMR測定装置と称することもある。典型的なNMR測定では、送信部においてNMR測定用の高周波信号(RF送信信号)が生成され、その送信信号がプローブ内の送受信コイルに供給される。これにより生じた電磁波によって試料中の観測核において共鳴吸収現象が生じる。その後に、送受信コイルに誘起されるNMR信号(RF受信信号)が受信部に送られ、その受信信号のスペクトルが解析される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平6−98874号公報
【特許文献2】特開2010−139316号公報
【特許文献3】特開2011−102804号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
一般に、受信信号のサンプリングに当たっては、受信信号の周波数の2倍以上の周波数でサンプリングを行う必要がある(ナイキスト定理)。NMR測定装置において、仮に数100MHzの受信信号に対してADC(AD変換器)でサンプリングを行う場合、非常に高い周波数でサンプリングを行う必要がある。そのような高い周波数で動作するAD変換器は一般には入手困難であり、それを入手できたとしても非常に高価であり、また十分な分解能を有しないものが多い。その一方、NMR測定においては、観測する周波数は既知である。それらの背景から、一部のNMR測定装置においては、アンダーサンプリング技術が利用されている(特許文献1乃至3)。その技術は、処理対象となる信号の2倍の周波数よりも低い周波数で(特に処理対象となる信号の周波数よりも低い周波数で)サンプリングを行い、目的信号成分が折り返すことで生じるミラー信号成分を観測するものである。例えば、特許文献1では、8次の折り返し信号成分が観測されている。その一方、比較的低いRF周波数で送受信を行う場合(例えば、そのRF周波数が、サンプリング周波数の半分未満の場合)、それに対してはオーバーサンプリングを行うことが可能であり、またそれが適当である。
【0007】
特許文献1乃至3に開示された従来のNMR測定装置においては、オーバーサンプリングとアンダーサンプリングとを切り換えることは行われていない。よって、状況に応じて適切なサンプリング方式を選択して利用することができなかった。なお、この課題はNMR測定装置以外の磁気共鳴測定装置においても生じ得る。
【0008】
本発明の目的は、磁気共鳴測定装置において、複数のサンプリング方式の中から状況に適合したサンプリング方式を選択できるようにすることにある。あるいは、IF(中間周波数)への変換が行われる場合とそうでない場合においてそれぞれ適切なサンプリングが実行されるようにすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明に係る磁気共鳴測定装置は、第1周波数の目的信号成分を含むアナログ受信信号を入力し、第2周波数としてのサンプリング周波数で前記アナログ受信信号をサンプリングし、これによりデジタル受信信号を出力するAD変換回路と、前記デジタル受信信号に対して信号処理を実行する信号処理回路と、を含み、前記第1周波数がオーバーサンプリング条件を満たす場合に、前記AD変換回路のサンプリング方式がオーバーサンプリングとなり、且つ、前記信号処理回路が前記目的信号成分に対して前記信号処理を実行し、前記第1周波数がアンダーサンプリング条件を満たす場合に、前記AD変換回路のサンプリング方式がアンダーサンプリングとなり、且つ、前記信号処理回路が前記目的信号成分の折り返し信号成分に対して前記信号処理を実行する、ことを特徴とする。
【0010】
上記構成によれば、アナログ受信信号がAD変換回路においてサンプリング周波数でサンプリングされ、これによりデジタル受信信号が生成される。そのデジタル受信信号に対して信号処理が実行される。第1周波数がオーバーサンプリング条件を満たす場合、AD変換回路でのサンプリング方式がオーバーサンプリングとなり、信号処理回路は、目的信号成分それ自体の観測を行う。一方、第1周波数がアンダーサンプリング条件を満たす場合、つまりオーバーサンプリングを行えない場合、AD変換回路でのサンプリング方式がアンダーサンプリングとなり、信号処理回路は、目的信号成分の代わりに、その折り返し信号成分(ミラー成分)の観測を行う。観測核は既知であり、第1周波数も既知となるから、その折り返し信号成分が生じる周波数も既知となる。よって、注目する折り返し成分は容易に特定可能である。なお、オーバーサンプリング条件及びアンダーサンプリング条件はいずれも周波数条件であり、それらはいずれも第2周波数(サンプリング周波数)との関係で定められるものである。
【0011】
以上のように、第1周波数に応じて適切なサンプリング方式が選択される。サンプリング方式の切り換えに際して、AD変換回路に供給するサンプリングクロックの周波数(第2周波数)を変える必要はなく、また、AD変換回路の動作条件を変える必要もない。第1周波数に応じて、結果としてサンプリング方式が変更されることになる。換言すれば、第1周波数を操作することにより、サンプリング方式が自然に切り替わる。例えば、AD変換回路の前段において周波数変換を行うか否かを選択することによって第1周波数を操作できる。周波数変換を行わない場合、変換回路に入力されるアナログ受信信号はRF受信信号となる。その場合、観測核に応じて定まる周波数が第1周波数である。一方、周波数変換を行った場合、変換回路に入力されるアナログ受信信号は例えば固定された中間周波数を有する中間周波数信号となる。その場合、中間周波数が第1周波数である。上記の信号処理としてはフィルター処理、デシメーション処理、FFT演算等があげられる。なお、サンプリング方式の切り換えに伴って、サンプリング周波数その他の条件を切り換えることも可能である。
【0012】
望ましくは、前記AD変換回路の前段には周波数変換回路が設けられ、前記周波数変換回路は、観測核に応じて定まる周波数が高周波数帯に属する場合にRF受信信号を中間周波数信号に変換し、前記観測核に応じて定まる周波数が前記高周波数帯よりも低い低周波数帯に属する場合に前記RF受信信号を前記中間周波数信号に変換せずにそのまま出力し、前記AD変換回路には前記アナログ受信信号として前記RF受信信号又は前記中間周波数信号が入力され、前記第1周波数がオーバーサンプリング条件を満たす場合とは、前記第1周波数が前記観測核に応じて定まる周波数であり、前記AD変換回路に前記RF受信信号が入力される場合であり、前記第1周波数がアンダーサンプリング条件を満たす場合とは、前記第1周波数が中間周波数であり、前記AD変換回路に前記中間周波数信号が入力される場合である。
【0013】
上記構成によれば、観測核に応じて定まる周波数が高周波数帯に属するか低周波数帯に属するかによって周波数変換を行うか否かが定まり、それに連動してAD変換回路でのサンプリング方式が定まる。周波数変換が行われない場合、観測核に応じて定まる周波数が第1周波数となる。それは低周波数帯内において変化する周波数である。周波数変換が行われる場合、中間周波数が第1周波数となり、それは基本的に固定された周波数である。
【0014】
望ましくは、前記周波数変換回路は、前記RF受信信号にローカル信号をミキシングするミキサーと、前記ミキサーの後段に設けられ、前記ミキサーの出力信号の内で前記中間周波数が属する帯域以外に存在する信号成分を抑圧するフィルターと、を含み、前記フィルターから前記中間周波数信号が出力される。フィルターによれば、第1周波数が属する帯域以外に存在する不要信号成分を抑圧して、折り返し信号成分を高精度に観測することが可能となる。
【0015】
望ましくは、前記第1周波数がオーバーサンプリング条件を満たす場合とは、前記第1周波数が前記第2周波数の1/2以下の基準周波数よりも低い場合であり、前記第1周波数がアンダーサンプリング条件を満たす場合とは、前記第1周波数が前記基準周波数以上の場合である。例えば、第2周波数(サンプリング周波数)が100MHzであれば、その1/2の周波数が50MHzとなり、その場合、基準周波数として例えば50MHzが定められる。但し、それより低い周波数であってもよい。観測核に応じて定まる周波数がそれよりも低ければオーバーサンプリング方式が適用可能となるので当該方式が選択される。オーバーサンプリング方式を適用できない場合にはアンダーサンプリング方式が適用される。
【0016】
望ましくは、前記第1周波数が前記アンダーサンプリング条件を満たす場合に、前記信号処理回路が前記目的信号成分の2次折り返し信号成分に対して前記信号処理を実行する。この構成によれば、スペクトル反転等を行うことなく、目的信号成分の処理を行える。なお、他の偶数次数の折り返し信号成分を観測するようにしてもよい。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、磁気共鳴測定装置において、複数のサンプリング方式の中から状況に適合したサンプリング方式が自動的に選択される。あるいは、中間周波数への変換が行われる場合とそうでない場合においてそれぞれ適切なサンプリングが実行される。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】本発明に係るNMR測定装置の好適な実施形態を示すブロック図である。
図2】送信信号生成部の構成例を示すブロック図である。
図3】受信信号処理部の構成例を示すブロック図である。
図4】観測核の周波数に応じた動作条件の変更を説明するための図である。
図5】第1ナイキストゾーンから第3ナイキストゾーンまでの信号分布(フィルター適用前)を示す図である。
図6】第1ナイキストゾーンから第3ナイキストゾーンまでの信号分布(フィルター適用後)を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の好適な実施形態を図面に基づいて説明する。
【0020】
(1)NMR測定装置
図1には、本発明に係るNMR測定装置の実施形態が示されている。このNMR測定装置は、有機化合物、高分子材料、生体物質、その他の物質の分析において用いられるものである。測定対象となる試料は液体、固体等である。なお、本発明は、他の磁気共鳴測定装置に対しても適用可能である。
【0021】
図1において、ホストコンピューター10は、パルスプログラムを生成するものである。パルスプログラムは、所望のNMR測定を実現するためのパルスシーケンスを記述したものであり、それはユーザーによりあるいは自動的に生成される。パルスプログラムはホストコンピューター10から分光計制御コンピューター12へ送られる。ホストコンピューター10は一般的なパーソナルコンピューターで構成され得る。
【0022】
分光計制御コンピューター12は、以下に詳述する送受信ユニット20の動作を制御し、また送受信ユニット20から得られる受信データを解析するものである。分光計制御コンピューター12及び送受信ユニット20により分光計が構成される。本実施形態において、分光計制御コンピューター12は、パルスプログラムを命令列に変換する命令列生成部14を搭載している。命令列生成部14は例えばコンパイラーとして構成される。本実施形態において、命令列生成部14は、送受信ユニット20を制御するための命令列を生成しており、命令列が送受信ユニット20に送られている。なお、送受信ユニット20に対してパルスプログラムをわたし、送受信ユニット20においてパルスプログラムを解釈して命令列を生成してもよい。また、分光計制御コンピューター12において、圧縮構造等によって構成される中間命令列を生成してそれを転送し、送受信ユニット20において中間命令列を展開することで非圧縮の命令列を再構成してもよい。特に、転送時の転送レート(データ量)が問題となる場合、上述のように圧縮された中間命令列を転用するのが望ましい。
【0023】
分光計制御コンピューター12は、通信バス18を経由して、送受信ユニット20に接続されている。図示の例では、分光計制御コンピューター12は、ホストコンピューター10に対してネットワークを介して接続されている。分光計制御コンピューター12は、例えば、専用又は汎用のコンピューターによって構成される。本実施形態において、分光計制御コンピューター12は、受信信号をスペクトル解析するFFT演算機能を搭載している。それが図1において受信信号解析部16として表されている。分光計制御コンピューター12は、スペクトル解析機能の他、NMR測定において必要となる制御機能、解析機能及び管理機能を搭載している。なお、ホストコンピューター10と分光計制御コンピューター12が一体化されていてもよい。また、複数の分光計制御コンピューター12が構成されてもよい。更に、上述の分光計制御コンピューター12の機能の一部または全てをホストコンピューター10に搭載してもよい。
【0024】
送受信ユニット20について説明する。送受信ユニット20は、NMR測定で必要となる送信信号を生成し、またNMR測定結果である受信信号を処理するものである。送受信ユニット20又はそれと分光計制御コンピューター12とを合わせた部分(分光計)をNMR測定装置と称することも可能である。
【0025】
命令列用メモリー22には、本実施形態において、分光計制御コンピューター12から送られてきた命令列が格納される。例えば、命令列がいったん先述の中間命令列に変換されている場合、演算処理部(図示せず)によって、その中間命令列から最終的な命令列が生成(再構成)される。もちろん、他の回路によって命令列が生成されてもよい。命令列用メモリー22上には、命令列を後述のシーケンサー単位で格納する複数の記憶領域が設けられる。各シーケンサーの内部にそのような記憶領域が設けられてもよい。命令列は多様な命令からなり、それには個々の動的回路へ与える動的設定値(例えば後述の動的可変アッテネーターに設定する抑圧レベル)が含まれる。
【0026】
本実施形態においては、命令列用メモリー22に加えて、制御レジスター用メモリー24が設けられている。制御レジスター用メモリー24上にはレジスター領域が設定され、そのレジスター領域には個々の静的回路に対して与える静的設定値が書き込まれる。その設定条件は、命令列と同様に、パルスプログラムを元に生成される。その書き込みは分光計制御コンピューター12によって行われている。例えば、図示されていないコントローラーが、レジスター領域から各静的設定値を読み出して、それを各静的回路へ設定してもよい。あるいは、個々の静的回路がレジスター領域から静的設定値を自ら取得するようにしてもよい。
【0027】
なお、本願明細書において、静的とは、基本的に、測定の実行開始前に回路(静的回路)の動作条件を定めることを意味し、動的とは、基本的に、測定の実行中において回路(動的回路)の動作条件を定める(つまり動作条件を変更する)ことを意味する。つまり、静的回路に対しては、測定の実行開始前に必要な設定値が与えられ、測定の実行中においてその設定値は維持される。動的回路に対しては、測定の実行中において必要なタイミングで設定値を更新する制御が適用される。これにより動的回路の動作条件が動的に変化する。
【0028】
複数の送信シーケンサー26は、送信信号生成部30が有する複数の送信信号生成器等の動作を制御するものである。具体的には、個々の送信シーケンサー26は、自己のために用意された命令列を先頭から順次実行する。本実施形態においては、4つの送信信号生成器(4つの信号発生器(図2))が設けられており、それに合わせて4つの送信シーケンサー26が設けられている。具体的には、第1送信シーケンサーは第1信号発生器を制御しており、第2送信シーケンサーは第2信号発生器を制御しており、第3送信シーケンサーは第3信号発生器を制御しており、第4送信シーケンサーは第4信号発生器を制御している。但し、1対1の対応関係は必須ではなく、1つの送信シーケンサーが複数の信号発生器を制御してもよく、あるいは、複数の送信シーケンサーが1つの信号発生器を制御してもよい。複数の送信信号の合成を行う回路(後に図2に示す加算器)及びそれ以降に設けられる回路(後に図2に示す加算器より後段の回路)の動作の制御については、4つの送信シーケンサーのうちの一部又は全部が担っている。パルスプログラムから生成された命令列に従って、各動的回路が適切なタイミングで適切な動作を行える限りにおいて、シーケンサーあるいはローカル制御部として多様な構成を採用し得る。なお、本願明細書において明示する数値はいずれも例示に過ぎないものである。
【0029】
受信シーケンサー28は、基本的に個々の送信シーケンサー26と同一の構成を備えており、それは自己のために用意された命令列を先頭から順番に実行する。これによって、受信信号処理部34が有する各動的回路の動作が制御される。本実施形態によれば、受信回路についても動的に制御することが可能である。例えば、後述するように、直交検波で用いられる一対の参照信号に対して周波数変調及び位相変調を適用することも可能であり、しかもそれらの条件を測定実行中に動的に変化させることが可能である。本実施形態においては、単一の受信シーケンサー28のみを例示しているが、複数の受信シーケンサーによって、受信信号処理部34を制御しても構わない。また、1又は複数の送信シーケンサー、及び、1又は複数の受信シーケンサーの制御タイミング等を統括的に管理するシーケンサーを別途設けてもよい。
【0030】
送信信号生成部30は、複数の送信信号生成器としての複数の信号発生器、合成器としての加算器、DA変換器(DAC)、信号処理回路、周波数変換回路等を備えている。その具体的な構成例については後に図2を用いて説明する。送信信号生成部30によって、NMR測定用のRF送信信号31が生成される。RF送信信号31はアナログ信号であり、それは信号増幅を行うパワーアンプ32に送られる。パワーアンプ32において増幅されたRF送信信号がT/Rスイッチ(送受信切替器)38を介してプローブ40に送られる。
【0031】
プローブ40は、送受信コイル(図示されていない)を備えた挿入部40Aと、その根元部分に相当する筐体部40Bと、により構成される。図示の例では、プローブが1つのポートを備えており、つまり1つのRF送信信号がプローブに入力されている。2つあるいはそれ以上の個数のポートを備えたプローブを利用することも可能である。挿入部40Aは、円筒形を有し、それは静磁場発生器42のボア(円筒腔)内に挿入される。送受信コイルにRF送信信号が供給されると、そこで生じた電磁波が試料に照射され、観測核において共鳴吸収現象が生じる。その後、送受信コイルに誘起されるNMR信号(RF受信信号)がプローブ40からT/Rスイッチ38を経由して受信信号処理部34へ送られている。
【0032】
本実施形態において、T/Rスイッチ38は、送信時にRF送信信号をプローブへ送り、受信時にプローブからのRF受信信号を受信信号処理部34へ送るルーティング機能を有している。T/Rスイッチ38からの受信信号39はプリアンプ41で増幅され、増幅された受信信号43が受信信号処理部34に送られている。プリアンプ41がT/Rスイッチ38に内蔵されてもよい。
【0033】
送受信ユニット20内の受信信号処理部34は、入力されたRF受信信号に対して周波数変換、AD変換、直交検波、等の処理を実行する回路である。具体的な構成例については後に図3を用いて説明する。処理後の受信信号(複素信号)が受信データとして受信データ用メモリー36上にいったん格納される。受信データ用メモリー36から読み出された受信データが分光計制御コンピューター12へ送られ、そこで受信データの解析が実行される。但し、送受信ユニット20内において受信データの解析を行うようにしてもよい。
【0034】
(2)送信信号生成部
次に図2を用いて送信信号生成部30の具体的な構成例について説明する。図2において、4つの信号発生器44は、最大4つの送信信号を生成するものである。4つの信号発生器44の動作は基本的に4つの送信シーケンサーによって制御される。具体的には、各信号発生器44の動作を規定するパラメータセットが各送信シーケンサーから各信号発生器44へ与えられている。本実施形態では、各信号発生器44はNCO(Numerical Controlled Oscillator)を含む。NCOは、位相アキュムレーター、サイン波ルックアップテーブル等を含むものである。NCOを利用して、周波数変調、位相変調、及び、振幅変調を行える。すなわち、それぞれ独立して変調処理等が施された送信信号(原信号)が各信号発生器44において生成される。当然ながら、NCOにおいて生成される信号の周波数を自在に定めることが可能である。
【0035】
本実施形態においては、信号発生器44による送信信号の周波数を例えば5〜200MHzにおいて任意に選択することが可能である。後述するように、観測核の周波数(RF信号の周波数)が例えば5MHz以上50MHz未満の低周波数帯に属する場合、生成される送信信号の周波数(原周波数)がそのままRF信号の周波数となる。一方、観測核の周波数が例えば50MHz以上1000MHz以下の高周波数帯に属する場合、生成される送信信号の周波数(原周波数)として例えば125MHzが選択され、それが中間周波数となる。中間周波数信号に対する周波数変換により最終的なRF送信信号が生成される。
【0036】
加算器46は、複数の信号発生器44において生成された複数の送信信号(デジタル信号)を加算して、デジタル合成信号を生成する回路である。信号発生器群において実際には1つの送信信号だけが生成されることもあるが、多くの場合に、複数の送信信号が生成される。便宜上、加算器46の出力信号をデジタル合成信号と称することにする。そのデジタル合成信号は、DAC(DA変換器)48に送られている。DAC48には例えば800MHzのサンプリングクロックが入力されており、デジタル合成信号がアナログ合成信号に変換される。DAC48の後段に設けられたフィルター、アンプ、その他の回路については図示省略されている。
【0037】
DAC48の後段には信号処理回路50が設けられており、それは動的可変ATT(アッテネーター)52を含む。動的可変ATT52は、測定実行中において、いずれかのシーケンサーによって動的に制御されるものである。具体的には動的可変ATT52の作用によって、測定実行中において、パルス列に対する抑圧レベルを動的に可変することが可能である。例えば、動的可変ATT52に入力されるアナログ合成信号が大振幅の矩形パルス(ハードパルス)とそれに続く大振幅の山状の成形パルス(ソフトパルス)とを含む場合、先行する矩形パルスの直後において抑圧レベルを大きくすれば、例えば、0dBから−60dBへ抑圧レベルを変更すれば、先行の矩形パルスの振幅及び波形を維持したまま、後続の山状パルスの振幅を全体的に抑圧することが可能である。これにより、例えば矩形パルスと成形パルスにレベル差(振幅強度の差)を設けたい等の条件を満たした設計通りのパルスシーケンスを事後的に実現することが可能である。動的可変ATT52の抑圧レベルの刻みは例えば1dBである。
【0038】
動的可変ATT52は、例えば、複数のATT素子からなり、それらの中から1又は複数のATT素子を選択し、あるいは、それらの組み合わせを選択することにより、所望の抑圧レベルが実現される。多段階の抑圧レベルを実現可能な構成を採用するのが望ましいが、2段階の抑圧レベルをもった動的可変ATTを用いることも可能である。動的可変ATTとして連続的に抑圧レベルを可変可能なデバイスを利用してもよい。いずれにしても応答性の良好なものを採用するのが望ましい。なお、応答の遅れを見越して動的可変ATT52への制御信号の供給タイミングを調整してもよい。
【0039】
本実施形態では、アナログ合成信号を構成する個々のパルス単位で、例えば、各信号発生器44からの送信信号単位で、動的可変ATT52での抑圧レベルを動的に可変することが可能である。もっとも、アナログ合成信号上の1パルス期間内において段階的又は連続的に抑圧レベルを動的に可変可能なように構成することも可能である。また、1つの信号発生器44から出力されたパルス列に対して、抑圧レベルの動的可変を適用することも可能である。
【0040】
本実施形態では、動的可変ATT52が後述する周波数変換回路(特にミキサー64)の前段に設けられている。これにより、それが周波数変換回路の後段に設けられた場合に比べて、動的可変ATT52での周波数特性の影響(特に位相ズレ)を小さく抑えることが可能である。すなわち、周波数変換回路の後段においては、RF送信信号の周波数の変動範囲が極めて広く(本実施形態では、50MHz以上1000MHz以下)、そこに動的可変ATTを設けた場合には、そこでの周波数特性の影響が無視できなくなり、すなわち抑圧レベルの動的変化の際に位相ズレが大きく複雑に変化してその補正が非常に困難となる。これに対して、周波数変換回路の前段に動的可変ATTを設ければ、そこを通過するIF信号の周波数は固定されており(本実施形態では125MHz)、あるいは、そこを通過するRF信号の周波数変化幅は比較的小さいので(本実施形態では、5MHz以上50MHz未満)、上記のような周波数特性の影響があっても、その影響は比較的小さく、その補正も容易となる。
【0041】
信号処理回路50の後段にはバイパス経路付き周波数変換回路が設けられている。周波数変換回路は、具体的には、入力側SW(スイッチ)54、出力側SW56、それらの間に設けられた周波数変換経路60、バイパス経路58等を有している。周波数変換経路60上には、ミキサー64及びフィルターバンク66が設けられている。ミキサー64においては、入力されたアナログ合成信号(この場合、中間周波数信号)に対してオシレーター62からのローカル信号68Aがミキシングされ、これによりRF送信信号が生成される。実際には、ミキシングで生じた不要周波数成分(例えば和周波数又は差周波数に相当するミキサーイメージ)がフィルターバンク66において取り除かれ、これによりRF送信信号が生成される。フィルターバンク66は、例えば、並列的に設けられた複数のLPF(ローパスフィルター)またはHPF(ハイパスフィルター)を含み、その中から使用するLPFまたはHPFが選択される。RF周波数に従って、カットオフ周波数が静的に変更される。LPFまたはHPFに代えてBPF(バンドパスフィルター)等の他のフィルターを設けるようにしてもよい。
【0042】
本実施形態では、観測核の周波数が低周波数帯に属する場合、直接生成方式つまり非変換方式が選択されており、その場合には、入力側SW54及び出力側SW56がバイパス経路58を選択する。つまり、その場合には、ミキサー64及びフィルターバンク66は機能しない。この場合、周波数変換回路の入力信号であるアナログ合成信号は中間周波数信号とは言えず、それはRF送信信号である。つまり、直接生成方式が選択された場合、複数の信号発生器44において最初からRF送信信号が生成されることになる。
【0043】
一方、観測核の周波数が高周波数帯に属する場合、周波数変換方式が選択されており、その場合には、入力側SW54及び出力側SW56が周波数変換経路60を選択する。つまり、その場合には、ミキサー64及びフィルターバンク66が機能する。この場合、周波数変換回路の入力信号であるアナログ合成信号は中間周波数信号となり、それは、ミキサー64においてローカル信号68Aとミキシングされ、続いてフィルターバンク66を通過して、RF送信信号となる。なお、上記の例において、低周波数帯及び高周波数帯のそれぞれの範囲を適宜定めることが可能である。入力側SW54及び出力側SW56はそれぞれ静的回路であり、測定開始前にそれらの動作が設定される。もっとも、それらを動的回路として構成し、測定実行中において方式を切り換えるようにしてもよい。
【0044】
オシレーター62は、ミキサー64に供給するローカル信号68Aを生成する信号発生器である。ローカル信号68Aの周波数は、IFからRFへの周波数変換を行うために必要な周波数として定められる。オシレーター62で生成されたローカル信号は受信信号処理部にも送られている。その信号が符号68Bで示されている。同じ信号を利用することにより送信処理条件と受信処理条件を合わせることが可能である。その場合、信号経路長を合わせるのが望ましい。
【0045】
信号処理回路70は、周波数変換回路の後段に設けられた回路である。信号処理回路70は、必要に応じて動作させることが可能な静的固定ATT及び静的可変ATTを含む。静的固定ATTのアッテネート値は固定である。静的可変ATTのアッテネート値は所定単位刻みで可変設定され得る。それらはいずれも静的回路であり、それらの動作有無(及び静的動的ATTの動作条件)は測定開始前に設定される。静的固定ATT及び静的可変ATTは、静的に設定される回路であるため、そこでの位相ズレ等を事前に特定しておくことが可能である。また、それを事前または事後に、補正することが可能である。本実施形態では、静的固定ATT及び静的可変ATTを周波数変換回路の後段つまり送信信号生成部の最終段に設けたので、それらの抑圧作用によって、パルスシーケンスに基づき期待される送信信号の成分を生成できると共に、RF送信信号の生成処理過程で生じた不要な信号あるいは混入したノイズを抑圧できるという利点が得られる。
【0046】
以上のように送信信号生成部30によってRF送信信号31が生成される。そのRF送信信号31は図1に示したパワーアンプ32において増幅され、増幅されたRF送信信号がT/Rスイッチ38を経由してプローブ42へ出力される。
【0047】
(3)受信信号処理部
次に、図3を用いて受信信号処理部34の具体的な構成例について説明する。プリアンプ41によって増幅されたRF受信信号43は、信号処理回路80を経て、バイパス経路付き周波数変換回路に入力される。信号処理回路80は、固定アンプ、可変アンプ、可変ATT等を有するものである。それらの回路は静的回路である。信号処理回路80において、周波数変換回路の前段つまり受信信号処理部の最初段においてNMR信号を増幅することが可能なため、受信処理過程で生じる不要な信号あるいは混入するノイズの影響を低減できるという利点が得られる。但し、受信信号について必要な純度等を維持できる限りにおいて、それらの回路を動的回路に変更してもよい。
【0048】
周波数変換回路は、具体的には、入力側SW82、出力側SW84、それらの間に設けられた周波数変換経路88、バイパス経路86等を有している。周波数変換経路88上には、ミキサー90及びBPF92が設けられている。それらはいずれも静的回路である。ミキサー90においては、入力されたアナログRF受信信号に対してオシレーターからのローカル信号68Bがミキシングされ、これにより中間周波数信号が生成される。実際には、ミキシングで生じた不要周波数成分がBPF92において取り除かれ、これにより中間周波数信号93が生成される。BPF92は、ミキシングにより生じた不要信号成分(例えば和周波数又は差周波数に相当するミキサーイメージ)を除去する他、後述するアンダーサンプリングとの関係で、不要信号を抑圧しておくアンチエイリアスフィルターとしても機能している。本実施形態では、第3ナイキストゾーン(例えば100MHzサンプリングに対して100〜150MHz)に中間周波数信号としての目的信号(例えば125MHz)が現れる。周波数軸上において、第3ナイキストゾーン以外に存在する信号成分(ノイズ)がBPF92によって除去されている。なお、アンダーサンプリング後において、第1ナイキストゾーン(0〜50MHz)に現れる2次折り返し成分(目的信号の非反転のミラー成分)が観測される。
【0049】
上述したように、本実施形態では、観測核の周波数が低周波数帯に属する場合、直接生成方式つまり非変換方式が選択されており、その場合には、入力側SW82及び出力側SW84がバイパス経路86を選択する。つまり、その場合には、ミキサー90及びBPF92は機能しない。この場合、周波数変換回路の出力信号は中間周波数信号とは言えず、それはRF受信信号である。
【0050】
一方、観測核の周波数が高周波数帯に属する場合、周波数変換方式が選択されており、その場合には、入力側SW82及び出力側SW84が周波数変換経路88を選択する。その場合には、ミキサー90及びBPF92が機能する。ミキサー90においてRF受信信号がローカル信号68Bとミキシングされ、続いてBPF92を通過して、中間周波数信号93となる。送信側周波数変換回路及び受信側周波数変換回路は連動して動作する。つまり、それらはともに同じ方式を選択する。もっとも、それぞれの周波数変換回路において別々の方式を選択させることも考えられる。あるいは、周波数変換回路を送信側及び受信側の一方にだけ設けることも考えられる。本実施形態では、観測核の周波数に応じて方式を選択していたが、ユーザーにより方式を選択させてもよいし、あるいは、他の条件に応じて方式が自動的に選択されるように構成してもよい。
【0051】
バイパス経路の選択によれば、つまり非変換方式によれば、送信信号及び受信信号(特に受信信号)の純度を維持できるという利点が得られる。すなわち、信号が回路を通過する際、その信号はその回路の特性等の影響を不可避的に受ける。これにより信号成分が変化しあるいは他の成分が混入してしまう問題が生じる。ミキサー等もそのような要因となるものである。特に、受信信号については純度の維持が大切であり、とりわけNMR信号の感度や精度が問題となる低い周波数においては純度の維持が重要な事項となる。本実施形態によれば、RF周波数が低い場合には、非変換方式を選択して、送信側及び受信側においてミキサー等をバイパスするようにしたので、高周波信号のミキシングや信号処理等に起因して送信信号及び受信信号に対して不要信号やノイズが入り込んでしまう問題を回避できるという利点が得られる。
【0052】
信号処理回路94は、固定アンプ、可変ATT、LPF、可変アンプなどの回路を有する。それらの回路は静的回路である。但し、受信信号の品質を維持できる限りにおいて動的回路を採用することも可能である。
【0053】
ADC(AD変換器)96は、入力されるアナログ受信信号(RF受信信号又は中間周波数信号)95をデジタル受信信号97に変換する回路である。そのサンプリング周波数は本実施形態において例えば100MHzである。本実施形態において、観測核の周波数が5MHz以上50MHz未満の低周波数帯に属する場合、ADC96のサンプリング方式はオーバーサンプリングとなる。つまり、ナイキスト定理に従って、100MHzの1/2(50MHz)未満の周波数をもった信号に対するサンプリングとなる。
【0054】
一方、観測核の周波数が50MHz以上1000MHz以下の高周波数帯に属する場合、ADC96のサンプリング方式はアンダーサンプリングとなる。つまり、ミキサー90の作用によって、RF受信信号の周波数が中間周波数125MHzに固定的に変換される。その中間周波数信号が100MHzでサンプリングされる。それを前提として、第3ナイキストゾーンから第2ナイキストゾーンを経て第1ナイキストゾーンへ折り返してくる折り返し信号(2次折り返し信号)が観測対象となる。その場合においても、上記BPF92の作用によって、不要なノイズが事前に低減されているので、S/N比の低下が防止されている。第1ナイキストゾーンにおいては第3ナイキストゾーンと同じようにスペクトルが現れる。よって、第1ナイキストゾーンを通じて、第3ナイキストゾーンに存在する信号を観測すれば、スペクトル反転処理等が不要となり、信号解析を簡便に行えるという利点が得られる。
【0055】
本実施形態においては、中間周波数が125MHzであり、それに対するサンプリングに当たっては本来、250MHz以上、望ましくは例えば300MHz以上のサンプリング周波数が必要となる(この場合、オーバーサンプリングとなる)。そのような高速サンプリングを行うことができ、特に高いデータ分解能を有するADC(例えば16bit以上で200Msps以上のもの)は、比較的高価であり、入手・採用が困難なことが多い。本実施形態によれば、中間周波数信号に対してはアンダーサンプリング方式を適用できるので、しかもBPFを効果的に利用しているので、比較的安価で分解能が良好なADCを利用しつつも、良好な測定精度を得られる。
【0056】
直交検波回路は、ADC96の後段に設けられており、それは並列的に設けられた2つのミキサー98,100を含む。それらのミキサー98,100は、参照信号生成回路102において生成された一対の参照信号99、具体的にはcos信号99A及びsin信号99Bをデジタル受信信号96に乗算するものである。これによりその受信信号がオーディオ周波数帯域の複素信号101に変換される。複素信号101は、実数部信号101Aと虚数部信号101Bとからなるものである。
【0057】
参照信号生成回路102は、本実施形態において、一対の参照信号を生成する2つの受信用NCOを有している。個々の受信用NCOは同じ構成を有する。更に言えば、各受信用NCOとして、送信信号を生成する送信用NCOと同様のものが利用されている。すなわち、受信用NCOは、任意周波数生成機能、周波数変調機能、位相変調機能を有する。処理対象となる受信信号が中間周波数信号であればそれをベースバンドへ変換するための一定周波数(例えば25MHz)をもった一対の参照信号が生成される。受信信号がRF受信信号であればそれをベースバンドへ変換するための周波数(例えば先述の50MHz未満)をもった一対の参照信号が生成される。
【0058】
本実施形態において、2つの受信用NCOの動作は受信シーケンサーによって制御される。よって、測定実行中において各受信用NCOに与えるパラメータを動的に変更して、位相変調条件、周波数変調条件を動的に切り換えることが可能である。もちろん、参照信号の周波数を動的に変更してもよい。このように本実施形態においては、高機能型の直交検波回路が実現されている。これにより、多様なニーズを満たす高度な測定、及び、高い自由度をもった信号処理を実現できる。
【0059】
直交検波回路の後段には2つのデジタルフィルター回路104,106が設けられている。それらはいずれも静的回路であり、ミキシングより生じた不要信号成分を除去する機能と、FFT演算前において必要なデータ点数の間引きによるサンプリングレートの実効的な変換(デシメーション)を行う機能と、を有する。各デジタルフィルター回路104,106は例えばCICデシメーション回路により構成される。所定の処理を経た受信信号108すなわち実数部信号108A及び虚数部信号108Bは、受信データとして、受信データ用メモリーへ格納される。その後、受信データ用メモリーから読み出された受信データに対して周波数解析等の処理が実行される。
【0060】
なお、図1に示した、シーケンサー26,28、送信信号生成部30及び受信信号処理部34はFPGA等のデバイスによって実現され得る。
【0061】
(4)観測核の周波数に従う動作条件の適応的選択
図4には、観測核の周波数との関係で選択される2つの動作条件が整理されている。符号110は観測核の周波数(RF)を示しており、符号112は送信信号(原信号)及びサンプリング対象としての受信信号を示しており、符号114は送信側での経路選択の内容を示しており、符号116は受信側での経路選択の内容を示しており、符号118はサンプリング方式を示している。符号120は観測核の周波数が5MHz以上で50MHz未満の場合つまり低周波数帯に属する場合を示しており、符号122は観測核の周波数が50MHz以上で1000MHz以下の場合つまり高周波数帯に属する場合を示している。
【0062】
図4に示されるように、観測核の周波数が低周波数帯に属する場合(符号120参照)、直接生成方式(非変換方式)が適用され、具体的には、生成される送信信号は中間周波数信号ではなくRF送信信号となり、送信側においてはバイパス経路が選択され、受信側においてもバイパス経路が選択される。更にサンプリング方式はオーバーサンプリングとなる。その場合のサンプリング対象はRF受信信号である。
【0063】
一方、観測核の周波数が高周波数帯に属する場合(符号122参照)、周波数変換方式が適用され、具体的には、生成される送信信号はRF送信信号ではなく中間周波数信号となり、送信側においては周波数変換経路が選択され、受信側においても周波数変換経路が選択される。更にサンプリング方式はアンダーサンプリングとなる。サンプリング対象は中間周波数信号(IF信号)である。
【0064】
なお、低周波数帯の下限を、5MHzよりも低い周波数(例えば1MHz)にしてもよいし、5MHzよりも高い周波数(例えば10MHz)にしてもよい。高周波数帯の上限を、1000MHzよりも高い周波数(例えば1500MHz)にしてもよいし、1000MHzよりも低い周波数(例えば500MHz)にしてもよい。上記の例では、2つの周波数帯を区分する境界周波数が50MHzであったが、それをもう少し低い周波数に設定してもよい。サンプリング周波数に応じて適切な境界周波数を定めるのが望ましい。2つの周波数帯の一部がオーバーラップしており、その部分については動作条件を選択できるように構成してもよい。あるいは、2つの周波数帯の間に、選択できない周波数帯が存在していてもよい。
【0065】
(5)アンダーサンプリングの詳細説明
図5には、周波数軸f上の信号分布が示されている。その信号分布はフィルター(図3のBPF92)適用前のものである。中間周波数信号としての目的信号成分が符号200で示されている。その周波数はこの例では125MHzである。サンプリング周波数はこの例では100MHzである(符号203参照)。そのサンプリング周波数により、各ゾーン、具体的には、第3ナイキストゾーン216、第2ナイキストゾーン218、第1ナイキストゾーン220が定められる。それぞれ図示の例では50MHzの周波数区間である。目的振信号成分200は第3ナイキストゾーンに属している。その1回目の折り返し信号成分が第2ナイキストゾーン218内のミラー成分200Aである。1回目の折り返しが符号202Aで示されている。2回目の折り返し成分が第1ナイキストゾーン220に現れたミラー成分200Bである。2回目の折り返しが符号202Bで示されている。
【0066】
第3ナイキストゾーン216に存在するノイズ210は符号212Aで示すように第2ナイキストゾーン218においてミラー成分210Aとして現れ、また符号212Bで示すように第1ナイキストゾーン220においてミラー成分210Bとして現れる。第2ナイキストゾーンに生じたノイズ217は符号214で示すように第1ナイキストゾーン220においてミラー成分217Aとして現れる。更に、第1ナイキストゾーン220には、最初からそこに存在するノイズ226,228が現れている。
【0067】
よって、第1ナイキストゾーンには多くのノイズが含まれ、そこにおいて目的信号成分200の二次折り返し信号成分であるミラー成分200Bを観測すると、S/N比が非常に悪くなってしまう。そこで、本実施形態では、中間周波数信号に対するアンダーサンプリングに先だって、中間周波数信号に対してフィルター処理(図3のBPF92)を適用し、第3ナイキストゾーン216以外に属する信号成分を抑圧するようにしている。
【0068】
図6には、フィルター処理を適用した後のスペクトルが示されている。図6において、図5に示した要素と同様の要素には同一符号が付してある。符号230は、BPFの通過帯域特性を示している。それは第3ナイキストゾーン216以外に存在する信号成分を抑圧するものであり、それと同時に、必要であれば、第3ナイキストゾーン216内において目的信号成分200付近以外の不要信号成分を抑圧する作用を発揮するものである。通過帯域特性230の中心周波数は目的信号成分200の中心周波数に一致している。通過帯域幅を可変できるように構成してもよい。その場合、複数のフィルターの集合体としてのフィルターバンク等を利用してもよい。
【0069】
図6に示すように、フィルターの作用によって、当初から第2ナイキストゾーン218に存在していたノイズが大幅に抑圧されており、また、当初から第1ナイキストゾーン220に存在していたノイズが大幅に抑圧されている。その結果、第1ナイキストゾーン220においてそのミラー成分が大幅に抑圧されている。第3ナイキストゾーン216に当初から存在していたノイズについては第1ナイキストゾーン220にそのミラー成分が現れることになるが、BPFの帯域を調整して、そのようなノイズを効果的に抑圧することも可能である。
【0070】
以上のように、フィルター処理を前提として中間周波数信号に対してアンダーサンプリングを適用すれば、信号処理精度を高めることが可能である。本実施形態では、二次折り返し信号成分を観測するようにしたので、ゾーン内の信号分布を反転させる処理等が不要となる。また、折り返し次数が少ないので、折り返しに伴う信号劣化を少なくできるという利点が得られる。
【0071】
本実施形態において、観測核の周波数が低周波数帯内つまり5MHz以上50MHz未満の場合、非変換方式が適用され、RF受信信号が直接的にサンプリングされる。その低周波数帯の全部が第1ナイキストゾーン220に包含されている。よって、周波数変換方式が適用された場合における中間周波数信号の二次折り返し信号と、非変換方式が適用された場合におけるRF受信信号と、を同じ条件で処理することが可能である。つまり、サンプリング回路の上流側において観測対象となる周波数を操作するだけでサンプリング方式を切り換えることが可能である。
【0072】
整理すると、本実施形態では、サンプリング周波数100MHzの1/2である50MHzが基準周波数である。観測核の周波数が基準周波数以上であればアンダーサンプリング方式が適用される。観測核の周波数が基準周波数未満であればオーバーサンプリング方式が適用される。なお、周波数変換の有無に連動させるのではなく、他の条件でサンプリング方式が切り替わるように構成してもよい。サンプリング方式をユーザー選択させる変形例も考えられる。サンプリング方式の切り換えに際してサンプリング条件を変更する変形例も考えられる。
【符号の説明】
【0073】
10 ホストコンピューター、12 分光計制御コンピューター、20 送受信ユニット、22 命令列用メモリー、24 制御レジスター用メモリー、26 送信シーケンサー、28 受信シーケンサー、30 送信信号生成部、32 パワーアンプ、34 受信信号処理部、40 プローブ、44 信号発生器、48 DAC、52 動的可変ATT、58 バイパス経路、60 周波数変換経路、64 ミキサー、86 バイパス経路、88 周波数変換経路、90 ミキサー、96 ADC、98,100 ミキサー、102 参照信号生成回路。
図1
図2
図3
図4
図5
図6