特許第6284813号(P6284813)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6284813強冷間加工性と加工後の硬さに優れる熱延鋼板
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  • 特許6284813-強冷間加工性と加工後の硬さに優れる熱延鋼板 図000008
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6284813
(24)【登録日】2018年2月9日
(45)【発行日】2018年2月28日
(54)【発明の名称】強冷間加工性と加工後の硬さに優れる熱延鋼板
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20180215BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20180215BHJP
   C21D 8/02 20060101ALI20180215BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20180215BHJP
   B21B 1/26 20060101ALI20180215BHJP
【FI】
   C22C38/00 301A
   C22C38/00 301W
   C22C38/60
   C21D8/02 A
   C21D9/46 T
   B21B1/26 E
【請求項の数】6
【全頁数】23
(21)【出願番号】特願2014-86747(P2014-86747)
(22)【出願日】2014年4月18日
(65)【公開番号】特開2015-206071(P2015-206071A)
(43)【公開日】2015年11月19日
【審査請求日】2016年9月1日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100120329
【弁理士】
【氏名又は名称】天野 一規
(74)【代理人】
【識別番号】100146112
【弁理士】
【氏名又は名称】亀岡 誠司
(74)【代理人】
【識別番号】100167335
【弁理士】
【氏名又は名称】武仲 宏典
(74)【代理人】
【識別番号】100164998
【弁理士】
【氏名又は名称】坂谷 亨
(72)【発明者】
【氏名】梶原 桂
【審査官】 佐藤 陽一
(56)【参考文献】
【文献】 特開2003−231946(JP,A)
【文献】 特開2005−206943(JP,A)
【文献】 特開2006−233309(JP,A)
【文献】 特開2002−047536(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00−38/60
C21D 8/00− 8/10
C21D 9/46− 9/48
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
板厚が3〜20mmであり、
成分組成が、質量%で、
C :0%超0.3%以下、
Si:0%超0.5%以下、
Mn:0.2〜1%、
P :0%超0.05%以下、
S :0%超0.05%以下、
Al:0.01〜0.1%、
N :0.008〜0.025%、
残部は鉄および不可避的不純物からなり、
固溶N:0.007%以上、かつ、
CとNの含有量が10C+N≦3.0の関係を満足し、
組織が、全組織に対する面積率で、ベイニティックフェライト:5%以上、パーライト:20%未満、残部:ポリゴナルフェライトであり、
前記ベイニティックフェライトの平均結晶粒径が3〜50μmの範囲であり、
板厚方向の硬さ分布が、表面部と、tを板厚としたときt/4部と、中心部の3箇所におけるビッカース硬さのうち最大値をHvmax、最小値をHvminとすると、(Hvmax−Hvmin)/Hvminが 0.3以下であり、
加工後のビッカース硬さが250Hv以上である
ことを特徴とする熱延鋼板。
【請求項2】
成分組成が、さらに、質量%で、
Cr:0%超2%以下、および、
Mo:0%超2%以下よりなる群から選ばれる少なくとも1種
を含むものである請求項1に記載の熱延鋼板。
【請求項3】
成分組成が、さらに、
Ti:0%超0.2%以下、
Nb:0%超0.2%以下、および、
V:0%超0.2%以下よりなる群から選ばれる少なくとも1種
を含むものである請求項1または2に記載の熱延鋼板。
【請求項4】
成分組成が、さらに、質量%で、
B:0%超0.005%以下
を含むものである請求項1〜3のいずれか1項に記載の熱延鋼板。
【請求項5】
成分組成が、さらに、質量%で、
Cu:0%超5%以下、
Ni:0%超5%以下、および、
Co:0%超5%以下よりなる群から選ばれる少なくとも1種
を含むものである請求項1〜4のいずれか1項に記載の熱延鋼板。
【請求項6】
成分組成が、さらに、質量%で、
Ca:0%超0.05%以下、
REM:0%超0.05%以下、
Mg:0%超0.02%以下、
Li:0%超0.02%以下、
Pb:0%超0.5%以下、および、
Bi:0%超0.5%以下よりなる群から選ばれる少なくとも1種
を含むものである請求項1〜5のいずれか1項に記載の熱延鋼板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、冷間加工において局部的に極めて高い変形ひずみを生じるような加工中は、良好な冷間加工性(強冷間加工性)を示しつつ、加工後は所定の硬さを示す熱延鋼板に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、環境保護の観点から、自動車の燃費向上を目的として、自動車用の各種部品、例えばギヤなどのトランスミッション部品やケース等に用いられる鋼材の軽量化、すなわち高強度化に対する要求が益々高まっている。このような軽量化・高強度化の要請に応えるために、一般に用いられる鋼材としては、棒鋼を熱間鍛造した鋼材(熱間鍛造材)が用いられてきた。また、部品製造工程におけるCOの排出量削減のため、これまで熱間鍛造によって加工されていたギヤなどの部品の冷間鍛造化に関する要求も高まっている。
【0003】
ところで、冷間加工(冷間鍛造)は、熱間加工や温間加工に比較して生産性が高く、しかも寸法精度および鋼材の歩留まりがともに良好な利点がある。しかし、このような冷間加工によって部品を製造する場合に問題となるのは、冷間加工された部品の強度を期待される所定値以上に確保するためには、必然的に強度、すなわち変形抵抗の高い鋼材を用いる必要があることである。ところが、使用する鋼材の変形抵抗が高いものほど冷間加工用金型の寿命短縮を招く。
【0004】
また、トランスミッション部品の分野では、棒鋼の鍛造品(熱間鍛造、冷間鍛造等)から、部品の軽量化、低コスト化を狙いとして鋼板による部品製造の検討も進んでいる。しかしながら、鋼板の冷間加工(プレス成形、鍛造加工など)において、トランスミッション部品は複雑な形状をしていることから、局部的に極めて高い変形ひずみ(真ひずみ量でおよそ2以上)が生じる部位が存在し、局部割れを発生しやすい難点がある。
【0005】
このため、従来は、鋼材を所定形状に冷間鍛造した後、焼入れ焼戻し等の熱処理を行うことで、所定の強度(硬さ)が確保された高強度部品を製造する方法が実施されることもあった。しかしながら、冷間鍛造後の熱処理は、部品寸法が必然的に変化するため、二次的に切削などの機械加工により修正する必要があり、熱処理やその後の加工が省略できるような解決策が望まれていた。
【0006】
上記課題を解決すべく、たとえば、低炭素鋼で固溶Cを利用して常温時効の進行を抑制し、歪時効による所定の時効硬化量を確保することで、歪時効特性に優れた冷間鍛造用線材・棒鋼が得られることが開示されている(特許文献1参照)。
【0007】
しかしながら、この技術は、固溶C量のみによって歪時効を制御するものであり、十分な冷間加工性と、加工後の所要の表面品質および硬さ・強度を兼備する鋼材を得ることは困難であった。
【0008】
そこで、本出願人は、鋼材に含まれる固溶Cと固溶Nが変形抵抗と静的ひずみ時効に及ぼす影響の違いに着目し、種々検討した結果、これらの固溶元素の量を適正に制御することで、加工中は良好な冷間加工性を発揮しつつ、冷間加工(冷間鍛造)後は所定の硬さ(強度)を示す機械構造用鋼材が得られることを知見し、すでに特許出願を行った(特許文献2参照)。
【0009】
この鋼材は、冷間加工性と加工後の高硬度化(高強度化)の両立を実現したものであるが、上記特許文献1に記載された線材・棒鋼と同様、熱間鍛造材であり、製造コストが高いことが難点であった。そこで、製造コストのさらなる低コスト化のために、従来の熱間鍛造材に替えて、熱延鋼板で自動車用部品を冷間加工により作製することも検討されている。
【0010】
たとえば、窒化処理後に高い表面硬度および十分な硬化深さが得られる窒化処理用の熱延鋼板が提案されている(特許文献3参照)。
【0011】
しかしながら、この技術は、冷間加工後にさらに窒化処理を必要とするものであり、十分な低コスト化が実現できない問題がある。
【0012】
また、C:0.10%以下、Si:0.01%未満、Mn:1.5%以下およびAl:0.20%以下を含有すると共に、(Ti+Nb)/2:0.05〜0.50%の範囲で含有し、S:0.005%以下、N:0.005%以下、O:0.004%以下をS,NおよびOの合計が0.0100%以下で含む組成とし、かつミクロ組織を95%以上の実質的フェライト単相組織とする熱延鋼板が提案されており、この熱延鋼板は、精密打ち抜き加工面の寸法精度に優れ、かつ加工後の打ち抜き面の表面硬度が極めて高く、さらには耐赤スケール疵性にも優れるとしている(特許文献4参照)。
【0013】
しかしながら、この熱延鋼板は、Nは有害元素として、きわめて低い含有量に制限されており、Nを積極的に利用する本願発明に係る熱延鋼板とは、技術的思想をまったく異にするものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】特開平10−306345号公報
【特許文献2】特開2009−228125号公報
【特許文献3】特開平2007−162138号公報
【特許文献4】特開平2004−137607号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明は上記事情に着目してなされたものであり、その目的は、冷間加工において極めて高いひずみを生じるような加工中は、良好な冷間加工性(強冷間加工性)を示しつつ、加工後は所定の硬さを示す熱延鋼板を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明の第1発明に係る強冷間加工性と加工後の硬さに優れる熱延鋼板は、
板厚が3〜20mmであり、
成分組成が、質量%で、
C :0%超0.3%以下、
Si:0%超0.5%以下、
Mn:0.2〜1%、
P :0%超0.05%以下、
S :0%超0.05%以下、
Al:0.01〜0.1%、
N :0.008〜0.025%、
残部は鉄および不可避的不純物からなり、
固溶N:0.007%以上、かつ、
CとNの含有量が10C+N≦3.0の関係を満足し、
組織が、全組織に対する面積率で、ベイニティックフェライト:5%以上、パーライト:20%未満、残部:ポリゴナルフェライトであり、
前記ベイニティックフェライトの平均結晶粒径が3〜50μmの範囲であり、
板厚方向の硬さ分布が、表面部と、tを板厚としたときt/4部と、中心部の3箇所におけるビッカース硬さのうち最大値をHvmax、最小値をHvminとすると、(Hvmax−Hvmin)/Hvminが 0.3以下である
ことを特徴とする。
【0017】
本発明の第2発明に係る強冷間加工性と加工後の硬さに優れる熱延鋼板は、
上記第1発明において、
成分組成が、さらに、質量%で、
Cr:0%超2%以下、および、
Mo:0%超2%以下よりなる群から選ばれる少なくとも1種
を含むものである。
【0018】
本発明の第3発明に係る強冷間加工性と加工後の硬さに優れる熱延鋼板は、
上記第1または第2発明において、
成分組成が、さらに、
Ti:0%超0.2%以下、
Nb:0%超0.2%以下、および、
V:0%超0.2%以下よりなる群から選ばれる少なくとも1種
を含むものである。
【0019】
本発明の第4発明に係る強冷間加工性と加工後の硬さに優れる熱延鋼板は、
上記第1〜第3発明のいずれか1つの発明において、
成分組成が、さらに、質量%で、
B:0%超0.005%以下
を含むものである。
【0020】
本発明の第5発明に係る強冷間加工性と加工後の硬さに優れる熱延鋼板は、
上記第1〜第4発明のいずれか1つの発明において、
成分組成が、さらに、質量%で、
Cu:0%超5%以下、
Ni:0%超5%以下、および、
Co:0%超5%以下よりなる群から選ばれる少なくとも1種
を含むものである。
【0021】
本発明の第6発明に係る強冷間加工性と加工後の硬さに優れる熱延鋼板は、
上記第1〜第5発明のいずれか1つの発明において、
成分組成が、さらに、質量%で、
Ca:0%超0.05%以下、
REM:0%超0.05%以下、
Mg:0%超0.02%以下、
Li:0%超0.02%以下、
Pb:0%超0.5%以下、および、
Bi:0%超0.5%以下よりなる群から選ばれる少なくとも1種
を含むものである。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、所定の平均粒径を有するベイニティックフェライト+ポリゴナルフェライト主体の組織において、固溶N量を確保するとともに、Cの含有量とNの含有量とを所定の関係を満足させることで、冷間加工中における変形抵抗が低減されて、金型の寿命が延長されるとともに、板厚方向の硬さ分布を所定範囲内に制限することで、局部的に極めて高い変形ひずみを生じるような冷間加工においても、局部割れを発生しにくく、加工後に得られる部品は所定の加工後硬さを確保できる熱延鋼板を提供できるようになった。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1】実施例において、強冷間加工性を評価するために使用したくさび型圧縮試験装置の概略構成を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明に係る熱延鋼板(以下、「本発明鋼板」、あるいは、単に「鋼板」ともいう。)について、さらに詳細に説明する。本発明鋼板は、上記特許文献2に記載された熱間鍛造材とは、N固溶量を確保するとともに、C含有量とN含有量とを所定の関係を満足させる点で共通するが、C含有量を高めの範囲まで許容し、組織をベイニティックフェライト−ポリゴナルフェライト−パーライト複相組織とするとともに、ベイニティックフェライト粒を微細化する点、さらには、板厚方向の硬さ分布を所定範囲内に制限する点で異なっている。
【0025】
〔本発明鋼板の板厚:3〜20mm〕
まず、本発明鋼板は、板厚が3〜20mmのものを対象とする。板厚が3mm未満では、構造体としての剛性が確保できなくなる。一方、板厚が20mmを超えると、本発明で規定する組織形態を達成することが難しく、所望の効果が得られなくなる。好ましい板厚は4〜19mmである。
【0026】
次に、本発明鋼板を構成する成分組成について説明する。以下、化学成分の単位はすべて質量%である。
【0027】
〔本発明鋼板の成分組成〕
<C :0%超0.3%以下>
Cは、鋼板の組織の形成に大きな影響を及ぼす元素であり、組織は、ベイニティックフェライト−ポリゴナルフェライト−パーライト複相組織ではあるが、できるだけパーライトの少ないベイニティックフェライト−ポリゴナルフェライト主体組織とするために、含有量を制限する必要がある元素である。Cを過剰に含有させると、鋼板組織中のパーライト分率が上昇し、パーライトの加工硬化によって変形抵抗が過大となるおそれがある。そこで、鋼板中のC含有量は、0.3%以下、好ましくは0.25%以下、さらに好ましくは0.2%以下、特に好ましくは0.15%以下に制限する。ただし、Cの含有量が少なすぎると、鋼の溶製中における脱酸が困難になるとともに、冷間加工後の強度、硬さを満たし難くなるので、好ましくは0.0005%以上、さらに好ましくは0.0008%以上、特に好ましくは0.001%以上とする。
【0028】
<Si:0%超0.5%以下>
Siは、鋼中に固溶することによって鋼板の変形抵抗を増加させるため、極力低減する必要がある元素である。そのため、鋼板中のSi含有量は、変形抵抗の増加を抑制するため、0.5%以下、好ましくは0.45%以下、さらに好ましくは0.4%以下、特に好ましくは0.3%以下に制限する。しかし、Siの含有量が極端に少ないと、溶製中の脱酸が困難になるとともに、冷間加工後の強度、硬さを満たし難くなるので、好ましくは0.005%以上、さらに好ましくは0.008%以上、特に好ましくは0.01%以上とする。
【0029】
<Mn:0.2〜1%>
Mnは、製鋼過程において脱酸および脱硫の作用を有する元素である。さらに鋼材中のNの含有量を高めた場合、加工中の発熱による動的ひずみ時効によって割れが発生しやすくなるが、いっぽうでMnはその時の加工性を向上させ、割れを抑制する効果がある。これらの作用を有効に発揮させるために、鋼材中のMn含有量は0.2%以上、好ましくは0.22%以上、さらに好ましくは0.25%以上とする。ただし、Mn含有量が過剰になると変形抵抗が過大となり、偏析による組織の不均一性が生じるので、1%以下、好ましくは0.98%以下、さらに好ましくは0.95質量%以下とする。
【0030】
<P :0%超0.05%以下>
Pは鋼に不可避的に含有される不純物元素であるが、これがフェライトに含有されるとフェライト粒界に偏析して冷間加工性を劣化させ、また、フェライトを固溶強化して変形抵抗の増大の原因となる元素である。そこで、Pの含有量は冷間加工性の観点からは極力低減することが望ましいが、極端な低減は製鋼コストの増加を招くため、工程能力を考慮して、0.05%以下、好ましくは0.03%以下とする。
【0031】
<S :0%超0.05%以下>
SもPと同様に不可避的不純物であり、FeSとして結晶粒界に膜状に析出し、加工性を劣化させる元素である。また、熱間脆性を引き起こす作用もある。そこで、変形能を向上させる観点から、本発明ではS含有量を0.05%以下、好ましくは0.03%以下とする。ただし、S含有量を0にすることは工業上困難である。なお、Sは被削性を向上させる効果を有するため、被削性向上の観点からは、好ましくは0.002%以上、より好ましくは0.006%以上含有させることが推奨される。
【0032】
<Al:0.01〜0.1%>
Alは、製鋼過程において脱酸に有効な元素である。この脱酸の効果を得るために、鋼材中のAl含有量は0.01%以上、好ましくは0.015%以上、さらに好ましくは0.02%以上とする。ただし、Alの含有量が過剰になると、靭性を低下させ、割れが発生しやすくなるので、0.1%以下、好ましくは0.09%以下、さらに好ましくは0.08質量%以下とする。
【0033】
<N :0.008〜0.025%>
Nは加工後の静的ひずみ時効によって所定の強度を得るために重要な元素である。そこで、鋼材中のN含有量は、0.008%以上、好ましくは0.0085%以上、さらに好ましくは0.009%以上とする。ただし、Nの含有量が過剰になると静的ひずみ時効のほか、加工中の動的ひずみ時効の影響が顕著となり、変形抵抗が増加して不適であるので、0.025%以下、好ましくは0.023質量%以下、さらに好ましくは0.02%以下とする。
【0034】
<固溶N:0.007%以上>
そして、鋼板中に固溶Nを所定量(以下、「固溶N量」という。)確保することで、変形抵抗をあまり上げず、静的ひずみ時効を促進させることができる。冷間加工後に所要の強度を確保するためには、固溶N量が0.007%以上必要である。ただし、固溶N量が過剰になると、冷間加工性が劣化するとともに、加工ひずみへの固溶Nの固着量も多くなって、熱延板の板厚方向において硬さ分布が発生しやすくなり、後述する焼鈍条件を適用しても板厚方向の硬さ分布を解消できず、局部的に極めて高い変形ひずみを生じるような加工により割れが発生しやすくなる。このため、好ましくは0.03%以下とする。なお、鋼材中のNの含有量は0.025%以下であるので、実質的に固溶N量は0.025%以上になることはない。
【0035】
ここで、本発明における固溶N量は、JIS G 1228に準拠して、鋼材中の全N量から全N化合物の量を差し引いて求められる量である。この固溶N量の実用的な測定法を以下に例示する。
【0036】
(a)不活性ガス融解法−熱伝導度法(全N量の測定)
供試材から切り出したサンプルをルツボに入れ、不活性ガス気流中で融解してNを抽出し、抽出物を熱伝導度セルに搬送して熱伝導度の変化を測定して全N量を求める。
(b)アンモニア蒸留分離インドフェノール青吸光光度法(全N化合物量の測定)
供試材から切り出したサンプルを、10%AA系電解液に溶解し、定電流電解を行って、鋼中の全N化合物量を測定する。用いる10%AA系電解液は、10%アセトン、10%塩化テトラメチルアンモニウム、残部メタノールからなる非水溶媒系の電解液であり、鋼表面に不働態皮膜を生成させない溶液である。
【0037】
供試材のサンプル約0.5gを、この10%AA系電解液に溶解させ、生成する不溶解残渣(N化合物)を、穴サイズが0.1μmのポリカーボネート製のフィルタでろ過する。得られた不溶解残渣を、硫酸、硫酸カリウムおよび純銅製チップ中で加熱して分解し、分解物をろ液に合わせる。この溶液を、水酸化ナトリウムでアルカリ性にした後、水蒸気蒸留を行い、留出したアンモニアを希硫酸に吸収させる。さらに、フェノール、次亜塩素酸ナトリウムおよびペンタシアノニトロシル鉄(III)酸ナトリウムを加えて青色錯体を生成させ、吸光光度計を用いて吸光度を測定して全N化合物量を求める。
そして、上記(a)の方法によって求められた全N量から、上記(b)の方法によって求められた全N化合物量を差し引いて固溶N量を求めることができる。
【0038】
<CとNの含有量が10C+N≦3.0の関係を満足>
本発明の鋼材において、固溶Cは変形抵抗を大きく増加させ、静的ひずみ時効にあまり寄与せず、一方、固溶Nは変形抵抗をあまり上昇させずに、静的ひずみ時効を促進させることができるため加工後の硬さを増加させることができる作用を有する。そのため、本発明の鋼材においては、加工中の変形抵抗をあまり上昇させずに、加工後の硬さを増加させるために、Cの含有量とNの含有量とは、10C+N≦3.0の関係を満足させることが必須であり、好ましくは0.009≦10C+N≦2.8、さらに好ましくは0.01≦10C+N≦2.5、特に好ましくは0.01≦10C+N≦2.0とする。熱延鋼板での結晶粒の微細化および該鋼板の成形性の確保の観点からはC含有量および固溶C量をある程度必要とするが、10C+N>3.0では、Cおよび/またはNの量が過剰となり、変形抵抗が過大となる。ここで、上記不等式において、C含有量の係数をN含有量の係数の10倍としたのは、固溶Cは固溶Nに比べて同じ含有量でも、本発明の熱延鋼板での強度および変形抵抗を上昇させる度合いが1桁(10倍)程度大きいことを考慮したものである。
【0039】
本発明の鋼は上記成分を基本的に含有し、残部が鉄および不可避的不純物であるが、その他、本発明の作用を損なわない範囲で、以下の許容成分を添加することができる。
【0040】
<Cr:0%超2%以下、および、
Mo:0%超2%以下よりなる群から選ばれる少なくとも1種>
Crは結晶粒界の強度を高めることで鋼の変形能を向上させる作用を有する元素であり、このような作用を有効に発揮させるためには、Crは0.2%含有させることが好ましい。しかし、Crを過剰に含有させると、変形抵抗が増大し、冷間加工性が低下するおそれがあるため、その含有量は2%以下、さらには1.5%以下、特に1%以下が推奨される。
【0041】
また、Moは、加工後の鋼材の硬さおよび変形能を増加させる作用を有する元素であり、このような作用を有効に発揮させるためには、Moは0.04%以上、さらに好ましくは0.08%以上含有させることが好ましい。しかし、Moを過剰に含有させると、冷間加工性が劣化するおそれがあるため、その含有量は2%以下、さらには1.5%以下、特に1%以下が推奨される。
【0042】
<Ti:0%超0.2%以下、
Nb:0%超0.2%以下、および、
V:0%超0.2%以下よりなる群から選ばれる少なくとも1種>
これらの元素はNとの親和力が強く、Nと共存してN化合物を形成し、鋼の結晶粒を微細化し、冷間加工後に得られる加工品の靱性を向上させ、また、耐割れ性を向上させる役割を有する元素である。しかし、各元素とも上限値を超えて含有させても特性改善効果が得られない。各元素の含有量はそれぞれ、0.2%以下、さらには0.001〜0.15%、特に0.002〜0.1%が推奨される。
【0043】
<B:0%超0.005%以下>
Bは、上記Ti、NbおよびVと同様、Nとの親和力が強く、Nと共存してN化合物を形成し、鋼の結晶粒を微細化し、冷間加工後に得られる加工品の靱性を向上させ、また、耐割れ性を向上させる役割を有する元素である。そのため、本発明の鋼板がBを含有する場合、所要の固溶N量を確保して冷間加工後の強度を向上させることができることから、その含有量は0.005%以下、さらには0.0001〜0.0035%、特に0.0002〜0.002%が推奨される。
【0044】
<Cu:0%超5%以下、
Ni:0%超5%以下、および、
Co:0%超5%以下よりなる群から選ばれる少なくとも1種>
これらの元素は、いずれも鋼材をひずみ時効させ、硬化させる作用があり、加工後強度を向上させるのに有効な元素である。このような作用を有効に発揮させるためには、これらの元素は、それぞれ0.1%以上、さらには0.3%以上含有させることが好ましい。しかし、これらの元素の含有量が過剰であると、鋼材をひずみ時効および硬化させる効果、さらに、加工後強度を向上させる効果が飽和し、また、割れを促進させるおそれがあるため、それぞれ5%以下、さらには4%以下、特に3%以下が推奨される。
【0045】
<Ca:0.05%以下(0%を含まない)、
REM:0.05%以下(0%を含まない)、
Mg:0.02%以下(0%を含まない)、
Li:0.02%以下(0%を含まない)、
Pb:0.5%以下(0%を含まない)、および、
Bi:0.5%以下(0%を含まない)よりなる群から選ばれる少なくとも1種>
Caは、MnSなどの硫化化合物系介在物を球状化させ、鋼の変形能を高めるとともに、被削性の向上に寄与する元素である。このような作用を有効に発揮させるためには、Caは、0.0005%以上、さらには0.001%以上含有させることが好ましい。しかし、過剰に含有しても、その効果が飽和し、含有量に見合う効果が期待できないため、0.05%以下、さらには0.03%以下、特に0.01%以下が推奨される。
【0046】
REMは、Caと同様にMnSなどの硫化化合物系介在物を球状化させ、鋼の変形能を高めるとともに、被削性の向上に寄与する元素である。このような作用を有効に発揮させるためには、REMは、0.0005%以上、さらには0.001%以上含有させることが好ましい。しかし、過剰に含有しても、その効果が飽和し、含有量に見合う効果が期待できないため、0.05%以下、さらには0.03%以下、特に0.01質量%以下が推奨される。
なお、本発明において、REMとは、ランタノイド元素(LaからLnまでの15元素)およびSc(スカンジウム)とY(イットリウム)を含む意味である。これらの元素のなかでも、La、CeおよびYよりなる群から選ばれる少なくとも1種の元素を含有することが好ましく、より好ましくはLaおよび/またはCeを含有するのがよい。
【0047】
Mgは、Caと同様にMnSなどの硫化化合物系介在物を球状化させ、鋼の変形能を高めるとともに、被削性の向上に寄与する元素である。このような作用を有効に発揮させるためには、Mgは、0.0002%以上、さらには0.0005%以上含有させることが好ましい。しかし、過剰に含有しても、その効果が飽和し、含有量に見合う効果が期待できないため、0.02%以下、さらには0.015%以下、特に0.01%以下が推奨される。
【0048】
Liは、Caと同様にMnSなどの硫化化合物系介在物を球状化させ、鋼の変形能を高めることができ、また、Al系酸化物を低融点化して無害化して被削性の向上に寄与する元素である。このような作用を有効に発揮させるためには、Liは、0.0002%以上、さらには0.0005%以上含有させることが好ましい。しかし、過剰に含有しても、その効果が飽和し、含有量に見合う効果が期待できないため、0.02%以下、さらには0.015%以下、特に0.01%以下が推奨される。
【0049】
Pbは、被削性を向上させるために有効な元素である。このような作用を有効に発揮させるためには、Pbは0.005%以上、さらには0.01%以上含有させることが好ましい。しかし、過剰に含有させると、圧延疵の発生等の製造上の問題を生じるため、0.5%以下、さらには0.4%以下、特に0.3質量%以下が推奨される。
【0050】
Biは、Pbと同様に、被削性を向上させるために有効な元素である。このような作用を有効に発揮させるためには、Biは0.005%以上、さらには0.01%以上含有させることが好ましい。しかし、過剰に含有させても被削性向上の効果が飽和するため、0.5質量%以下、さらには0.4%以下、特に0.3%以下が推奨される。
【0051】
次に、本発明鋼板を特徴づける組織について説明する。
【0052】
〔本発明鋼板の組織〕
上述したとおり、本発明鋼板は、ベイニティックフェライト−ポリゴナルフェライト−パーライト複相組織鋼をベースとするものであるが、特に、ベイニティックフェライト粒のサイズを特定範囲に制御すること、さらには、板厚方向の硬さ分布を制御することを特徴とする。
【0053】
<ベイニティックフェライト:5%以上、パーライト:20%未満、残部:ポリゴナルフェライト>
本発明鋼板の組織は、ベイニティックフェライトとポリゴナルフェライトとパーライトの複相組織で構成されるものとする。ベイニティックフェライトは、冷間加工中には加工性を高めるとともに、加工後には硬さを高める一方でストレッチャーストレインマークの発生を抑制する作用を有し、これらの作用を有効に発揮させるため、面積率で5%以上、好ましくは10%以上、さらに好ましくは15%以上とする。また、パーライトが過剰に存在すると鋼板の成形性を劣化させるので、パーライトは面積率で20%以下、より好ましくは19%以下、さらに好ましくは18%以下、特に好ましくは15%以下とする。残部はポリゴナルフェライトである。
なお、本発明鋼板の組織中には、上記組織以外に、セメンタイト相も存在しているが、その面積率は高々1%程度以下と極微量であることから、本明細書中では、ベイニティックフェライト、ポリゴナルフェライト、パーライトの各面積率は、これら3相の合計面積率が100%となるように規格化したものと定義した。
【0054】
<前記ベイニティックフェライトの平均結晶粒径:3〜50μmの範囲>
ベイニティックフェライト組織を構成するベイニティックフェライトの平均結晶粒径は、鋼板の加工性を向上させるとともに、加工後の表面性状を満足させるため、3〜50μmの範囲であることが必要である。ベイニティックフェライト粒が細かくなりすぎると、変形抵抗が高くなりすぎるため、その平均結晶粒径は3μm以上、好ましくは4μm以上、さらに好ましくは5μm以上とする。一方、ベイニティックフェライトが粗大化しすぎると、加工後の表面性状が劣化し、また靱性、疲労特性などが劣化するため、その平均結晶粒径は50μm以下、好ましくは45μm以下、さらに好ましくは40μm以下とする。
【0055】
<板厚方向の硬さ分布:表面部と、板厚t/4部と、中心部の3箇所におけるビッカース硬さのうち最大値をHvmax、最小値をHvminとしたとき、(Hvmax−Hvmin)/Hvminを 0.3以下に制限>
トランスミッション部品では、複雑形状を有するため、プレス成形や鍛造加工の際、局所的に変形ひずみが極めて高い領域(真ひずみε換算で2程度以上に相当)が存在するが、板厚方向の硬さ分布(強度分布、応力分布)が大きい鋼板では、不均一な塑性変形が生じてしまう。低い加工領域、すなわち低い変形ひずみの領域(εが2程度未満)では、その影響は小さく、問題は生じないが、高いひずみ量の領域(εが2程度以上)では、それにより局所割れを生じてしまう。このようなεが2程度以上の極めて高いひずみ量の領域でも局所割れを発生させないため、板厚方向の硬さ分布として、表面部と、板厚t/4部と、中心部の3箇所におけるビッカース硬さのうち最大値をHVmax、最小値をHVminとしたとき、(Hvmax−Hvmin)/Hvminを 0.3以下、好ましくは0.2以下、さらに好ましくは0.15以下に制限する。
【0056】
ここで、従来の熱延鋼板で板厚方向に硬さ分布が発生する機構については以下のように想定される。すなわち、板厚の厚い熱延鋼板で、板厚方向に硬さ分布が発生する原因としては、熱間圧延過程で不可避的に生じる表面部と中心部での加工度合いの差、表面部と中心部の加工温度の差(加工発熱含む)があり、さらに、コイル冷却過程での相変態、残留応力の発生なども影響している。また本発明の合金成分では、固溶N量を多く含むため、加工ひずみが大きい領域へのNの固着作用により、そのような加工ひずみの大きい領域の硬さが上昇してしまうことも影響する。このように複数の複雑な要因により板厚方向の硬さ分布が発生し、板厚方向に強度のばらつきが生じやすい。
そこで、本発明鋼板は、熱延上がり板を、後述する推奨条件でバッチ焼鈍することにより、板厚方向での硬さ分布を小さくすることで得ることができる。
【0057】
〔各相の面積率の測定方法〕
上記各相の面積率については、各供試鋼板をナイタール腐食し、走査型電子顕微鏡(SEM;倍率1000倍)により5視野撮影し、ベイニティックフェライト、ポリゴナルフェライトおよびパーライトの各比率を点算法で求めることができる。
ここで、ベイニティックフェライトは、ベイナイト(上部ベイナイトおよび下部ベイナイトを総称したもの)組織中に存在する、結晶粒の形状が長軸化したフェライト粒であって(古原 忠,「鉄鋼のベイナイト組織の定義」−現状の理解−,熱処理第50巻第1号,平成22年2月,p.22−27参照)、アスペクト比(長軸/短軸の比)が2以上のものと定義する。また、ポリゴナルフェライトは、結晶粒の形状が等軸状のフェライト粒であって、アスペクト比(長軸/短軸の比)が2未満のものと定義する。
【0058】
〔平均結晶粒径の測定方法〕
上記ベイニティックフェライトの平均結晶粒径については、以下のようにして測定することができる。すなわち、最表層部、板厚1/4部、板厚中心部の3箇所にそれぞれ存在するベイニティックフェライトの結晶粒径を測定する。ベイニティックフェライト粒子1個の粒径については、各測定箇所の圧延方向の側面部をナイタール腐食し、走査型電子顕微鏡(SEM;倍率1000倍)により該当部位を5視野撮影し、ベイニティックフェライトの結晶粒を画像解析による重心直径により、平均結晶粒径とした。
【0059】
〔板厚方向の硬さ分布の測定方法〕
熱延鋼板の圧延方向に平行な板厚方向断面において、表面部(板表面から400μm深さの位置)、板厚1/4部、および板厚中心部の各箇所で、マイクロビッカース硬さ試験機を用いて、荷重:50g、測定回数:5回の条件でビッカース硬さ(Hv)を測定し、それぞれの平均を各箇所におけるビッカース硬さとした。
そして、これら3箇所におけるビッカース硬さのうち最大値Hvmaxと最小値Hvminを求め、(Hvmax−Hvmin)/Hvminを算出した。
【0060】
次に、上記本発明鋼板を得るための好ましい製造方法を以下に説明する。
【0061】
〔本発明鋼板の好ましい製造方法〕
本発明鋼板の製造は、上記成分組成を有する原料鋼を所望の板厚に成形できる方法であれば、いずれの方法にしたがって行ってもよい。例えば、以下に示す条件にて、転炉で上記成分組成を有する溶鋼を調製し、これを造塊または連続鋳造によりスラブしてから所望板厚の熱延鋼板に圧延することによって行うことができる。
【0062】
[溶鋼の調製]
溶鋼中のNの含有量については、転炉での溶製の際に、溶鋼にN化合物を含む原料を添加すること、および/または、転炉の雰囲気をN雰囲気に制御することにより調整することができる。
【0063】
[加熱]
熱間圧延前の加熱は1100〜1300℃で行う。この加熱では、N化合物を生成せずに、なるべく多くのNを固溶させるために、高温の加熱条件が必要である。加熱温度の好ましい下限は1100℃、さらに好ましい下限は1150℃である。一方、1300℃を超える温度は操業上困難である。
【0064】
[熱間圧延]
熱間圧延は、仕上げ圧延温度が880℃以上になるように行う。仕上げ圧延温度を低温化しすぎるとフェライト変態が高温で起るようになり、フェライト(ベイニティックフェライトおよびポリゴナルフェライトを総称したもの)中の析出炭化物が粗大化し、疲労強度が劣化するため、一定以上の仕上げ圧延温度が必要である。仕上げ圧延温度は、オーステナイト粒を粗大化してベイニティックフェライトの粒径をある程度大きくするため、900℃以上とするのがより好ましい。なお、仕上げ圧延温度の上限は温度確保が難しいため、1000℃とする。
【0065】
本発明の熱延鋼板の板厚は3〜20mmであるが、ベイニティックフェライト結晶粒を微細化して、その平均結晶粒径を所定の粒径範囲に制御するために、上記の圧延温度の制御だけでなく、仕上げ圧延のタンデム圧延の最終圧下率を15%以上とすることが必要である。通常、仕上げ圧延は、5〜7パスのタンデム圧延を実施するが、板のカミ込み制御の観点でパススケジュールが設定され、最終圧下率は、12〜13%程度までである。上記最終圧下率は、好ましくは16%以上、より好ましくは17%以上である。上記最終圧下率は、20%、30%と高いほど、結晶粒をより微細化する効果が得られるが、圧延制御の観点で上限は30%程度に規定される。
【0066】
[熱延後の急冷]
上記仕上げ圧延終了後、5s以内に20℃/s以上の冷却速度(第1急冷速度)で急冷し、550℃以上650℃未満の温度(急冷停止温度)で急冷を停止する。所定の相分率のベイニティックフェライト−ポリゴナルフェライト−パーライト複相組織を得るためである。冷却速度(急冷速度)が20℃/s未満ではパーライト変態が促進され、または、急冷停止温度が550℃未満ではベイナイト変態が抑制され、いずれも所定の相分率のベイニティックフェライト−ポリゴナルフェライト−パーライト鋼を得るのが困難になり、冷間加工性や加工後の表面品質が劣化する。一方、急冷停止温度が650℃以上になるとフェライト中の析出炭化物が粗大化してしまい、疲労強度が劣化する。急冷停止温度は、好ましくは560〜640℃、さらに好ましくは580〜620℃である。
【0067】
[急冷停止後の緩冷]
上記急冷停止後、放冷または空冷により10℃/s以下の冷却速度(緩冷速度)で5〜20s緩冷する。これによりポリゴナルフェライトの形成を十分に進行させつつ、フェライト中の析出炭化物を適度に微細化させる。冷却速度が10℃/sを超え、または、緩冷時間が5s未満では、ポリゴナルフェライトの形成量が不足する。一方、緩冷時間が20sを超えると析出炭化物が粗大化せず、疲労強度が劣化する。
【0068】
[緩冷後の急冷、巻取り]
上記緩冷後、再度20℃/s以上の冷却速度(第2急冷速度)で急冷し、500〜600℃で巻き取る。ベイニティックフェライト+フェライト主体の組織にすることで、冷間加工性を確保するためである。冷却速度(第2急冷速度)が20℃/s未満、または、巻取り温度が600℃超では、パーライトが多く形成されて冷間加工性が劣化し、一方500℃未満では、ベイニティックフェライトの形成量が不足して加工後の表面品質性が劣化する。
【0069】
[熱延後のバッチ焼鈍]
熱間圧延後、板厚方向の硬さ分布を上記所定範囲内に制限するために、熱延上がり板(熱延コイル)を以下の条件でバッチ焼鈍を行う。
すなわち、本バッチ焼鈍は、表面スケールの生成や脱炭を抑制するため、H:15〜20容積%の雰囲気下で、鋼板を室温から400℃以上Ac1以下まで加熱した後、1h以上15h以下保持して行う。
なお、保持温度および保持時間は、熱延上がり板の板厚やコイルのサイズにより異なるが、要求される冷間加工度合いに対応して必要とされる板厚方向の硬さ分布の制限度合い、コイル内温度の均一性によって適宜選択される。
この熱処理により、熱延時に発生した残留応力を除去し、軟化させたり、ひずみを少なくしたりするとともに、固着N元素の開放、炭化物の球状化を促進するとともに、微細ラメラを、オーステナイト中に溶解させることにより、板厚方向の硬さ分布を小さくする。上記バッチ焼鈍後は、鋼板を600℃まで10℃/h以下の速度で冷却し、これにより炭化物の球状化を促進させる。次いで600〜400℃までは、15℃/h以下の速度で冷却するが、これはコイル内を均一に冷却することによりコイルつぶれなどの形状を安定化させるためである。その後、400℃以下では、コイル内の温度分布が均一に冷却できるのであれば、水冷等により高い冷却速度(50〜100℃/h程度以上など)で冷却してよい。
バッチ焼鈍の保持温度は、400℃未満では上記の効果は小さく、一方Ac1点を超えると組織が変化してしまう。保持温度は、より好ましくは450〜650℃、特に好ましくは500〜600℃である。
保持時間は、1時間未満では上記の効果は小さく、一方15時間を超えると効果は飽和してしまい、生産性を阻害するとともに、表面スケールが生じやすくなり好ましくない。保持時間は、より好ましくは2〜14h、特に好ましくは3〜12hである。
【0070】
以下、本発明を実施例によってさらに詳細に説明するが、下記実施例は本発明を限定する性質のものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更して実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例】
【0071】
下記表1に示す成分組成の鋼を真空溶解法により溶製し、厚さ120mmのインゴットに鋳造し、これを下記表2および表3に示す条件にて、熱間圧延した後にさらにバッチ焼鈍を施し熱延鋼板を作製した。なお、いずれの試験においても、仕上げ圧延終了後における急冷停止までの冷却速度は20℃/s以上であり、急冷停止後の冷却は10℃/s以下の冷却速度で5〜20s緩冷する条件であり、さらにバッチ焼鈍後は、600℃までは10℃/h以下、600〜400℃までは15℃/h以下の各冷却速度で冷却し、400℃以下は水冷を行った。
【0072】
このようにして得られた熱延鋼板について、固溶N量、鋼板中組織の各相の面積率、ベイニティックフェライトの平均結晶粒径、および、板厚方向の硬さ分布を、上記[発明を実施するための形態]のところで説明した各測定方法により求めた。
【0073】
また、上記熱延鋼板について、以下のようにして、強冷間加工性と、加工後の硬さを評価した。
【0074】
(強冷間加工性の評価)
局部的に極めて高い変形ひずみを生じるような冷間加工における加工性(強冷間加工性)を評価するために、試験片の表面部に導入される加工ひずみ量が真ひずみ換算で4以上となるような試験として、80トンプレス試験機にて、図1に概略構成を示すように、円柱状の試験片およびくさび型の治具を用いて、くさび型圧縮試験(圧縮速度1mm/秒で、試験片直径の80%圧下)を行った。なお、試験片としては、上記熱延鋼板から、板厚が10mm以上の場合は直径10mmに、板厚が10mm未満の場合は板厚を直径とするように、円柱状に切り出したものを用いた。
【0075】
なお、本圧縮試験に先立ち、鍛造解析ソフトウェア:FORGE(TRANSVALOR社製)を用いて、上記圧縮試験の80%圧下時における、試験片中の真ひずみ量の分布を計算することにより、試験片の表面部のうち、圧縮治具のR部で圧縮される部位の表面から深さ100μmの位置で真ひずみεが4以上となることを確認している。
【0076】
そして、上記くさび型圧縮試験後の試験片を目視観察することにより、以下の評価基準で強冷間加工性を評価し、○の場合を合格とした。
○:試験片に割れ発生せず
△:試験片の表面に微小割れ発生
×:試験片に割れ発生
【0077】
(加工後の硬さの評価)
また、加工後の硬さの評価として、上記くさび型圧縮試験後の試験片の、圧縮治具により圧縮された部位の表面中央部を、ビッカース硬さ試験機を用いて荷重:500g、測定回数:5回の条件でビッカース硬さ(Hv)を測定し、その平均を加工後硬さとし、250Hv以上のものを合格とした。
【0078】
これらの測定結果を下記表4〜6に示す。
【0079】
【表1】
【0080】
【表2】
【0081】
【表3】
【0082】
【表4】
【0083】
【表5】
【0084】
【表6】
【0085】
表4〜6に示すように、鋼No.1−2〜1−6、2、3、7〜14、25〜28はいずれも、本発明の成分組成規定の要件を満足する鋼種を用い、推奨の製造条件で製造した結果、本発明の組織規定の要件を充足する発明鋼であり、強冷間加工性および加工後硬さはいずれも合格基準を満たしており、冷間加工において極めて高いひずみを生じるような加工中は良好な強冷間加工性を示しつつ、加工後は所定の硬さ(強度)を示す熱延鋼板が得られることが確認できた。
【0086】
これに対し、鋼No.1−1、1−7〜1−10、4〜6、15〜24、29は本発明で規定する成分組成および組織の要件のうち少なくともいずれかを満足しない比較鋼であり、強冷間加工性および加工後硬さのうち少なくともいずれかが合格基準を満たしていない。
【0087】
例えば、鋼No.1−1は、成分組成の要件は満たしているものの、熱延後にバッチ焼鈍を施しておらず、板厚方向の硬さ分布が拡大し、少なくとも強冷間加工性が劣っている。
【0088】
また、鋼No.1−7は、成分組成の要件は満たしているものの、熱延後のバッチ焼鈍の保持温度が推奨範囲を外れて低すぎ、板厚方向の硬さ分布が拡大し、少なくとも強冷間加工性が劣っている。
【0089】
一方、鋼No.1−8は、成分組成の要件は満たしているものの、熱延後のバッチ焼鈍の保持温度が推奨範囲を外れて高すぎ、加工後硬さが劣っている。
【0090】
また、鋼No.1−9は、成分組成の要件は満たしているものの、熱延後のバッチ焼鈍の保持時間が推奨範囲を外れて長すぎ、加工後硬さが劣っている。
【0091】
一方、鋼No.1−10は、成分組成の要件は満たしているものの、熱延後のバッチ焼鈍の保持時間が推奨範囲を外れて短すぎ、板厚方向の硬さ分布が拡大し、少なくとも強冷間加工性が劣っている。
【0092】
また、鋼No.4は、成分組成の要件は満たしているものの、熱延前の加熱温度が推奨範囲を外れて低すぎ、固溶N量が不足し、加工後硬さが劣っている。
【0093】
また、鋼No.5は、成分組成の要件は満たしているものの、熱延後の板厚が規定範囲を外れて大きすぎ、ベイニティックフェライトが不足する一方粗大化し、加工後硬さが劣っている。
【0094】
また、鋼No.6は、成分組成の要件は満たしているものの、熱延時の最終圧下率が推奨範囲を外れて小さすぎ、ベイニティックフェライトが不足する一方粗大化し、加工後硬さが劣っている。
【0095】
また、鋼No.15(鋼種j)は、製造条件は推奨範囲にあるものの、N含有量が低すぎ、加工後硬さが劣っている。
【0096】
一方、鋼No.16(鋼種k)は、製造条件は推奨範囲にあるものの、N含有量が高すぎ、少なくとも強冷間加工性が劣っている。
【0097】
また、鋼No.17(鋼種l)は、製造条件は推奨範囲にあるものの、C含有量が高すぎるとともに10C+N≦3.0の要件を満たさず、パーライトが過剰に形成され、少なくとも強冷間加工性が劣っている。
【0098】
また、鋼No.18(鋼種m)は、製造条件は推奨範囲にあるものの、Si含有量が高すぎ、少なくとも強冷間加工性が劣っている。
【0099】
また、鋼No.19(鋼種n)は、製造条件は推奨範囲にあるものの、Mn含有量が低すぎ、加工後硬さが劣っている。
【0100】
一方、鋼No.20(鋼種o)は、製造条件は推奨範囲にあるものの、Mn含有量が高すぎ、少なくとも強冷間加工性が劣っている。
【0101】
また、鋼No.21(鋼種p)は、製造条件は推奨範囲にあるものの、P含有量が高すぎ、少なくとも強冷間加工性が劣っている。
【0102】
また、鋼No.22(鋼種q)は、製造条件は推奨範囲にあるものの、S含有量が高すぎ、少なくとも強冷間加工性が劣っている。
【0103】
また、鋼No.23(鋼種r)は、製造条件は推奨範囲にあるものの、Al含有量が低すぎ、少なくとも強冷間加工性が劣っている。
【0104】
一方、鋼No.24(鋼種s)は、熱延時の最終圧下率以外の製造条件は推奨範囲にあるものの、Al含有量が高すぎ、少なくとも強冷間加工性が劣っている。
【0105】
一方、鋼No.29(鋼種x)は、製造条件は推奨範囲にあるものの、10C+N≦3.0の要件を満たさず、少なくとも強冷間加工性が劣っている。
【0106】
以上より、本発明の適用性が確認できた。
図1