特許第6285062号(P6285062)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6285062溶融Zn系めっき鋼板のアーク溶接方法および溶接部材の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】6285062
(24)【登録日】2018年2月9日
(45)【発行日】2018年2月28日
(54)【発明の名称】溶融Zn系めっき鋼板のアーク溶接方法および溶接部材の製造方法
(51)【国際特許分類】
   B23K 9/23 20060101AFI20180215BHJP
   B23K 9/173 20060101ALI20180215BHJP
   B23K 9/16 20060101ALI20180215BHJP
   C22C 18/04 20060101ALI20180215BHJP
【FI】
   B23K9/23 K
   B23K9/173 C
   B23K9/16 J
   C22C18/04
【請求項の数】9
【全頁数】20
(21)【出願番号】特願2017-38943(P2017-38943)
(22)【出願日】2017年3月2日
【審査請求日】2017年11月29日
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】714003416
【氏名又は名称】日新製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】特許業務法人HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】細見 和昭
(72)【発明者】
【氏名】延時 智和
(72)【発明者】
【氏名】仲子 武文
【審査官】 竹下 和志
(56)【参考文献】
【文献】 特許第6114785(JP,B2)
【文献】 特許第2560125(JP,B2)
【文献】 特許第5787798(JP,B2)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 9/00 − 10/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ピーク電流とベース電流とを交互に供給することによってアークを発生させるパルスアーク溶接法により溶融Zn系めっき鋼板同士を溶接するアーク溶接方法であって、
シールドガスとしてAr+CO混合ガスを噴出する工程と、
前記シールドガス中のCO濃度に応じて設定された周期で、パルスアークを発生させる工程とを含み、
前記CO濃度が5体積%以上30体積%以下であり、かつ、前記パルスの周期は、下記(1)式が示す範囲内に調整されていることを特徴とする溶融Zn系めっき鋼板のアーク溶接方法。
1≦f≦−0.4CCO2+22 ・・・(1)
(ここで、
f:パルス周期(ms)
CO2:シールドガス中のCO濃度(体積%))
【請求項2】
溶接ワイヤの先端から、溶接対象である溶融Zn系めっき鋼板同士の当接部における溶接対象部までの距離を、前記溶接ワイヤと前記当接部に生じた溶融池とが互いに短絡しない長さであり、かつアークが消灯しない長さとして前記溶融Zn系めっき鋼板同士を溶接することを特徴とする請求項1に記載の溶融Zn系めっき鋼板のアーク溶接方法。
【請求項3】
前記溶接ワイヤの先端から前記溶接対象部までの距離が、2mm以上20mm以下であることを特徴とする請求項に記載の溶融Zn系めっき鋼板のアーク溶接方法。
【請求項4】
前記ピーク電流が350A以上650A以下であることを特徴とする請求項1〜のいずれか1項に記載の溶融Zn系めっき鋼板のアーク溶接方法。
【請求項5】
前記溶融Zn系めっき鋼板のめっき層は、Znを主成分とし、1.0質量%以上22.0質量%以下のAlを含有することを特徴とする請求項1〜のいずれか1項に記載の溶融Zn系めっき鋼板のアーク溶接方法。
【請求項6】
前記溶融Zn系めっき鋼板のめっき層は、0.05質量%以上10.0質量%以下のMgを含有することを特徴とする請求項に記載の溶融Zn系めっき鋼板のアーク溶接方法。
【請求項7】
前記溶融Zn系めっき鋼板のめっき層の組成が、Ti:0.002〜0.1質量%、B:0.001〜0.05質量%、Si:0〜2.0質量%、およびFe:0〜2.5質量%からなる群から選ばれる1つ以上の条件を満たしていることを特徴とする請求項またはに記載の溶融Zn系めっき鋼板のアーク溶接方法。
【請求項8】
下記(2)式で示されるブローホール占有率Brが30%以下となり、かつ溶接ビードを中心とした縦100mm、横100mmの領域のスパッタ付着個数が20個以下となるようにアーク溶接することを特徴とする請求項1〜のいずれか1項に記載の溶融Zn系めっき鋼板のアーク溶接方法。
Br=(Σdi/L)×100 ・・・(2)
(ここで、
di:前記溶接ビードにおいて観察されたi番目のブローホールの長さ
L:溶接ビードの長さ)
【請求項9】
溶融Zn系めっき鋼板同士がパルスアーク溶接法により溶接された溶接部材の製造方法であって、
前記溶融Zn系めっき鋼板の片面あたりのめっき付着量が15g/m以上250g/m以下であり、
シールドガスとしてAr+CO混合ガスを噴出する工程と、
前記シールドガス中のCO濃度に応じて設定された周期で、パルスアークを発生させる工程とを含み、
溶接ワイヤの先端から、溶接対象である溶融Zn系めっき鋼板同士の当接部における溶接対象部までの距離が、2mm以上20mm以下であり、
パルスアークを発生させる溶接電流のピーク電流が、350A以上650A以下であり、
前記シールドガス中のCO濃度が5体積%以上30体積%以下であり、かつ、前記パルスの周期は、下記(1)式の範囲内に調整されていることを特徴とする溶接部材の製造方法。
1≦f≦−0.4CCO2+22 ・・・(1)
(ここで、
f:パルス周期(ms)
CO2:シールドガス中のCO濃度(体積%))
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶融Zn系めっき鋼板のアーク溶接方法および溶接部材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
溶融亜鉛系めっき鋼板(溶融Zn系めっき鋼板)は、耐食性が良好であるため建築部材や自動車部材をはじめとする広範な用途に使用されている。なかでも、Alを1質量%以上含む溶融Zn−Al−Mgめっき鋼板は、長期間にわたり優れた耐食性を維持することから、従来の溶融Znめっき鋼板に代わる材料として需要が増加している。なお、従来の溶融Znめっき鋼板におけるめっき層中のAl濃度は通常0.3質量%以下である(JIS G3302参照)。
【0003】
溶融Zn系めっき鋼板を建築部材、自動車部材等に用いる場合、アーク溶接法を用いて組み立てられることが多い。しかし、溶融Zn系めっき鋼板をアーク溶接すると、通常、スパッタ、ピット、およびブローホール(以下、特に記述しない限りブローホールはピットを含める)の発生が著しく、アーク溶接性に劣る。これは、Feの融点(約1538℃)に比べてZnの沸点(約906℃)が低いため、アーク溶接時にZn蒸気が発生してアークが不安定になり、スパッタおよびブローホールが発生し易いためである。なお、スパッタとは、溶接時に飛散するスラグや金属粒等の溶接カスのことであり、ブローホールとは、溶接ビードに包含された気孔のことである。この溶接ビードとは、溶接時に溶融した金属(母材の一部と溶着金属とが溶け合った部分)が冷え固まった部分であって、被溶接材同士を冶金的に接合している溶接金属のことである。また、ピットとは溶接ビードの表面に現れた気孔によって形成された窪みを意味している。
【0004】
スパッタが溶融Zn系めっき鋼板のめっき面に付着すると、溶接部外観が損なわれるだけでなく、該スパッタが付着した部分が腐食の起点となる。そのため、スパッタが大量に付着すると耐食性が著しく低下して問題となる。また、スパッタをワイヤーブラシ等で除去する工程が必要となり、コストが増加する。一方、ブローホールの発生が著しいと、溶接強度が低下して問題となることがある。
【0005】
特に、長期耐久性が要求される部材では、片面あたりのめっき付着量が90g/m以上の厚目付の溶融Zn系めっき鋼板が使用されるが、片面あたりのめっき付着量が大きくなるほどアーク溶接時のZn蒸気量が多くなるため、スパッタおよびブローホールの発生がより一層著しくなる。
【0006】
なお、本明細書では、溶融Zn系めっき鋼板の片面あたりのめっき付着量の多少について、めっき付着量が少ないものを薄目付、めっき付着量が多いものを厚目付と記載することがある。
【0007】
溶融Zn系めっき鋼板の溶接時におけるスパッタおよびブローホールの発生を抑制する方法として、溶接ワイヤを電極としたパルスアーク溶接法が提案されている。このパルスアーク溶接法によれば、電極として用いられる溶接ワイヤから母材への溶滴移行がスプレー移行となり溶滴が小粒でスパッタが抑制される。また、パルスアークにより溶融池(凝固する前の溶接ビード部分)が攪拌されるとともに、溶融池が押し下げられて溶融池が薄くなり、Zn蒸気の排出が促進されてブローホールの発生が抑制される。
【0008】
例えば、特許文献1、2には溶接ワイヤ組成と、ピーク電流、ピーク期間、および周波数等のパルス電流波形を適正範囲内に制御してスパッタを抑制するパルスアーク溶接法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平9−206984号公報(1997年8月12日公開)
【特許文献2】特開2013−184216号公報(2013年9月19日公開)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかし、特許文献1、2には、片面当たりのめっき付着量が45g/mである薄目付の溶融Znめっき鋼板の実施例が開示されているのみであり、厚目付の溶融Zn系めっき鋼板におけるスパッタおよびブローホールの抑制方法については記載されていない。
【0011】
上述のように、溶融Zn系めっき鋼板はめっき付着量が多くなるほど耐食性に優れるが、アーク溶接時にスパッタおよびブローホールが著しく発生して溶接部外観および溶接強度が低下する。本発明はこのような現状に鑑み、溶融Zn系めっき鋼板が厚目付であっても、アーク溶接におけるスパッタおよびブローホールの発生を抑制することができ、溶接部外観および溶接強度に優れた溶融Zn系めっき鋼板のアーク溶接方法、および溶接部材の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らの詳細な研究の結果、溶融Zn系めっき鋼鈑のアーク溶接において、パルスアーク溶接法を用いてアーク溶接を行うにあたり、以下の知見を得た。すなわち、パルスの周期をシールドガス中のCO濃度に応じて適切に設定することにより、アークが不安定になる(スプレー移行し難くなる)ことを抑制するとともに、溶接ワイヤの先端と溶融池とが短絡することを防止することができ、溶融Zn系めっき鋼板のめっき付着量が薄目付のものから厚目付のものまで、スパッタおよびブローホールの発生を抑制できるという知見を得た。この知見に基づいて本発明を完成するに至った。
【0013】
すなわち、本発明の一態様における溶融Zn系めっき鋼板のアーク溶接方法は、ピーク電流とベース電流とを交互に供給することによってアークを発生させるパルスアーク溶接法により溶融Zn系めっき鋼板同士を溶接するアーク溶接方法であって、シールドガスとしてAr+CO混合ガスを噴出する工程と、前記シールドガス中のCO濃度に応じて設定された周期で、パルスアークを発生させる工程とを含む。
【0014】
また、本発明の一態様における溶融Zn系めっき鋼板のアーク溶接方法は、溶接ワイヤの先端から、溶接対象である溶融Zn系めっき鋼板同士の当接部における溶接対象部までの距離を、前記溶接ワイヤと前記当接部に生じた溶融池とが互いに短絡しない長さであり、かつアークが消灯しない長さとして前記溶融Zn系めっき鋼板同士を溶接することが好ましい。
【0015】
また、本発明の一態様における溶融Zn系めっき鋼板のアーク溶接方法は、前記CO濃度が5体積%以上30体積%以下であり、かつ、前記パルスの周期は、下記(1)式が示す範囲内に調整されていることが好ましい。
【0016】
1≦f≦−0.4CCO2+22 ・・・(1)
(ここで、
f:パルス周期(ms)
CO2:シールドガス中のCO濃度(体積%))
また、本発明の一態様における溶融Zn系めっき鋼板のアーク溶接方法は、前記溶接ワイヤの先端から前記溶接対象部までの距離が、2mm以上20mm以下であることが好ましい。
【0017】
また、本発明の一態様における溶融Zn系めっき鋼板のアーク溶接方法は、前記ピーク電流が350A以上650A以下であることが好ましい。
【0018】
本発明の一態様における溶融Zn系めっき鋼板のアーク溶接方法は、溶融Zn系めっき鋼板のめっき層が、Znを主成分とし、1.0質量%以上22.0質量%以下のAlを含有してもよい。
【0019】
さらに、本発明の一態様における溶融Zn系めっき鋼板のアーク溶接方法は、溶融Zn系めっき鋼板のめっき層が、0.05質量%以上10.0質量%以下のMgを含有してもよい。
【0020】
さらに、本発明の一態様における溶融Zn系めっき鋼板のアーク溶接方法は、溶融Zn系めっき鋼板のめっき層の組成が、Ti:0.002〜0.1質量%、B:0.001〜0.05質量%、Si:0〜2.0質量%、およびFe:0〜2.5質量%からなる群から選ばれる1つ以上の条件を満たしていてもよい。
【0021】
また、本発明の一態様における溶融Zn系めっき鋼板のアーク溶接方法は、下記(2)式で示されるブローホール占有率Brが30%以下となり、かつ溶接ビードを中心とした縦100mm、横100mmの領域のスパッタ付着個数が20個以下となるようにアーク溶接することができる。
【0022】
Br=(Σdi/L)×100 ・・・(2)
(ここで、
di:前記溶接ビードにおいて観察されたi番目のブローホールの長さ
L:溶接ビードの長さ)。
【0023】
本発明の一態様における溶接部材の製造方法は、溶融Zn系めっき鋼板同士がパルスアーク溶接法により溶接された溶接部材の製造方法であって、前記溶融Zn系めっき鋼板の片面あたりのめっき付着量が15g/m以上250g/m以下であり、シールドガスとしてAr+CO混合ガスを噴出する工程と、前記シールドガス中のCO濃度に応じて設定された周期で、パルスアークを発生させる工程とを含み、溶接ワイヤの先端から、溶接対象である溶融Zn系めっき鋼板同士の当接部における溶接対象部までの距離が、2mm以上20mm以下であり、パルスアークを発生させる溶接電流のピーク電流が、350A以上650A以下であり、シールドガス中のCO濃度が5体積%以上30体積%以下であり、かつ、前記パルスの周期は、下記(1)式の範囲内に調整されていることを特徴とする溶接部材の製造方法。
【0024】
1≦f≦−0.4CCO2+22 ・・・(1)
(ここで、
f:パルス周期(ms)
CO2:シールドガス中のCO濃度(体積%))
【発明の効果】
【0025】
本発明の一態様によれば、溶融Zn系めっき鋼板が厚目付であっても、アーク溶接におけるスパッタおよびブローホールの発生を抑制することができ、溶接部外観と溶接強度に優れた溶融Zn系めっき鋼板のアーク溶接方法および溶接部材の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
図1】パルスアーク溶接法におけるパルス電流波形を模式的に示す図である。
図2】パルスアーク溶接現象を模式的に示す断面図である。
図3】(a)は本発明の実施の形態における溶融Zn系めっき鋼板のアーク溶接方法において、重ね継手による隅肉溶接の場合の溶接ワイヤと溶融Zn系めっき鋼板同士の当接部との位置関係を模式的に示す断面図であり、(b)はT字継手による隅肉溶接の場合の上記位置関係を模式的に示す断面図である。
図4】シールドガス中のCO濃度(体積%)および周期f(ミリ秒)の条件と、ブローホール占有率およびスパッタ付着個数の関係を示す図である。
図5】溶融Zn系めっき鋼板同士が溶接されてなる溶接部材におけるブローホール占有率の測定方法を説明する平面図である。
図6】溶融Zn系めっき鋼板同士が溶接されてなる溶接部材におけるスパッタ付着個数の測定方法を説明する平面図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、本発明の実施の形態について説明する。なお、以下の記載は発明の趣旨をより良く理解させるためのものであり、特に指定のない限り、本発明を限定するものではない。また、本明細書において、「A〜B」とは、A以上B以下であることを示している。
【0028】
以下の説明においては、本発明の実施の形態における溶融Zn系めっき鋼板のアーク溶接方法についての理解を容易にするため、先ず、一般的なパルスアーク溶接法の概要を図1および図2に基づいて説明する。本発明の実施形態におけるパルスアーク溶接の原理は、一般的なパルスアーク溶接法の原理と同様である。
【0029】
図1は、パルスアーク溶接法におけるパルス電流波形を模式的に示す図である。図1に示すように、パルスアーク溶接法は、ピーク電流IPとベース電流IBとを交互に繰り返して供給するアーク溶接法であって、ピーク電流IPは溶滴がスプレー移行する臨界電流以上に設定される。ピーク電流IPが流れている時間をピーク期間PPとし、ピーク電流IPおよびベース電流IBからなるパルス電流のパルス周期を周期fとする。ピーク電流IPを臨界電流以上に設定すると、電磁力によるワイヤ先端の溶滴を引き絞る効果(電磁ピンチ効果)が生じ、この電磁ピンチ効果により溶接ワイヤ先端の溶滴にくびれが生じ、溶滴が小粒化してパルス周期ごとに規則正しい溶滴の移行(スプレー移行)が行われる。これにより、溶滴はスムーズに溶融池に移行し、スパッタの発生が抑制される。
【0030】
図2は、パルスアーク溶接現象を模式的に示す断面図である。ここでは、重ね継手による隅肉溶接を例に説明する。図2に示すように、ピーク電流値を適切に設定したパルスアーク溶接法では、小粒の溶滴5が溶接ワイヤ2から溶融池3にスプレー移行するので短絡が発生しにくい。また、パルスアーク4によりアーク直下の溶融池3が押し下げられ溶融池の深さが薄くなるとともに攪拌されて、Zn蒸気の排出が促進されてスパッタおよびブローホールの発生が抑制される。溶融池3が冷え固まった部分は、溶接ビード6となる。
【0031】
さらに説明すれば、このようなパルスアーク溶接法では、溶接ワイヤ2の先端と溶融池3との間隔、すなわちアーク長が短くなるほど、パルスアーク4による溶融池3の押し下げ効果が大きくなるため、Zn蒸気の排出が促進される。しかし、アーク長が短くなり過ぎると、溶接ワイヤ2の先端と溶融池3とが短絡してスパークし、溶融池3が吹き飛ばされて大量のスパッタが発生する。特に、溶融Zn系めっき鋼板が厚目付の場合、Zn蒸気の発生量が多くなるため、パルスアーク溶接法を用いても溶融池3からZn蒸気が抜けきらず溶融池3内に滞留したZn蒸気が一気に噴出して溶融池3が波打ち、溶接ワイヤ2の先端と溶融池3とが短絡してスパッタの発生が著しくなってしまう。
【0032】
そこで、本発明では溶接ワイヤ2の先端と溶融池3との短絡、およびアークが不安定になることを防止して、溶融Zn系めっき鋼板が厚目付であってもZn蒸気の影響を抑制して溶滴移行を安定化させ、スパッタおよびブローホールの発生を抑制する。
【0033】
パルスアーク溶接法では、溶滴をスプレー移行させるためにシールドガスとしてAr−COガスを用いる。COはアークプラズマ中でCO、O等に乖離する。この乖離反応は吸熱反応であるため、COの乖離によってパルスアーク4が冷却されて緊縮する。このパルスアーク4の緊縮が大きくなり過ぎると、溶適がスプレー移行しにくくなり、スパッタが発生しやすくなる。また、パルスアーク4の緊縮が大きくなり過ぎると、アーク力が小さくなって溶融池3の押下げによる攪拌効果が弱くなり、溶融池3からZn蒸気が排出されにくくなってブローホールが発生する。このため、通常、パルス溶接ではシールドガス中のCO濃度は20体積%以下とされている。
【0034】
一方で、シールドガス中のCO濃度を下げると、パルスアーク4が広がることによってアーク力が弱くなり、溶け込みが浅くなって接合強度が低下するという問題、および、高価なArガスの比率が大きくなって溶接コストが高くなるという問題がある。このように、接合強度および溶接コストの面からはシールドガス中のCO濃度は高い方が好ましいが、シールドガス中のCO濃度を高くすると上記のようにスパッタ、ブローホールが増加する。
【0035】
本発明者らは、鋭意研究の結果、パルスの周期fをシールドガス中のCO濃度に応じて適切に設定することにより、スプレー移行し難くなることを抑制すること、および、溶接ワイヤ2の先端と溶融池3とが短絡することを防止することができ、スパッタおよびブローホールの発生を抑制できるという知見を得て本発明を完成した。
【0036】
すなわち、本発明の一態様におけるアーク溶接方法は、ピーク電流とベース電流とを交互に供給することによってアークを発生させるパルスアーク溶接法により溶融Zn系めっき鋼板同士を溶接するアーク溶接方法であって、シールドガスとしてAr+CO混合ガスを噴出する工程と、前記シールドガス中のCO濃度に応じて設定された周期で、パルスアークを発生させる工程とを含む。
【0037】
Ar+CO混合ガスを噴出する工程においては、Ar+CO混合ガス中のCO濃度を制御することができるようになっていればよく、公知の装置を用いることができる。Ar+CO混合ガス中のCO濃度とは、例えば混合ガスが充填されたガスボンベ中のCO濃度であってよい。また、別個のガスボンベから供給されるArガスとCOガスとを混合して用いることもできる。この場合、Ar+CO混合ガス中のCO濃度は、流量比率に基づいて求めればよく、流量比率を変更してCO濃度を容易に調整することができる。Ar+CO混合ガスは、パルスマグ溶接において一般に用いられる溶接トーチを用いて溶接部周辺に噴出される。
【0038】
シールドガス中のCO濃度に応じて設定された周期fで、パルスアークを発生させる工程では、具体的には後述するが、以下のように周期fが設定される。すなわち、本発明者らは、CO濃度および周期f以外の各種の溶接条件を固定した条件下において、スパッタおよびブローホールの発生を抑制し得る、周期fおよびシールドガス中のCO濃度の範囲を求め、その求めた範囲を用いて周期fを設定することができるという新たな知見を得た(具体例は図4参照)。この求めた範囲以外のCO濃度および周期fの条件では、アークが不安定になり易く、溶接ワイヤ2の先端と溶融池3とが短絡し易い。
【0039】
そして、周期fおよびシールドガス中のCO濃度を、求めた範囲内にて設定することにより、以下のような効果が得られる。前述のように、接合強度および溶接コストの面から、シールドガス中のCO濃度は高い方が好ましい。しかし、CO濃度が高くなると、パルスアーク4が緊縮してアーク力が弱くなり溶融池3の押し下げによる攪拌効果が小さくなる。本実施の形態のアーク溶接方法によれば、CO濃度を高くするに応じてパルスの周期を短く設定することにより、パルスアーク4による溶融池3の押し下げ回数を多くし、溶融池3からのZn蒸気の排出を促進することができる。そのため、溶融Zn系めっき鋼板が厚目付であっても、スパッタおよびブローホールの発生を効果的に抑制することができる。また、シールドガス中のCO濃度を高くすることができ、本実施の形態のアーク溶接方法によれば、接合強度に優れた溶接部材の製造コストを低減することもできる。
【0040】
以下に本実施の形態について詳述する。
【0041】
ここで、パルスの周期をシールドガス中のCO濃度に応じて適切に設定するに際して、本実施の形態では、溶接ワイヤと溶接前の溶融Zn系めっき鋼板同士の当接部との位置関係を以下のように規定する。なお、本発明の一態様におけるアーク溶接方法は、以下に説明する具体的な一態様に限定されるものではなく、例えば、次のようなものであってよい。すなわち、各種の溶接条件に基づいて、溶接ワイヤと溶接前の溶融Zn系めっき鋼板同士の当接部との好適な位置関係(距離の数値範囲)が規定され、その規定した条件下において、パルスの周期およびシールドガス中のCO濃度の範囲が求められる。その求めた範囲に基づいて、パルスの周期をシールドガス中のCO濃度に応じて適切に設定することができる。
【0042】
〔溶接ワイヤと溶接前の溶融Zn系めっき鋼板同士の当接部との位置関係〕
本実施の形態における溶融Zn系めっき鋼板のアーク溶接方法における、溶接ワイヤと溶接前の溶融Zn系めっき鋼板同士の当接部との位置関係について、図3に基づいて説明する。
【0043】
図3の(a)は、本実施の形態における溶融Zn系めっき鋼板のアーク溶接方法において、重ね継手による隅肉溶接の場合の溶接ワイヤ2と溶融Zn系めっき鋼板1・1’同士の当接部7との位置関係を模式的に示す断面図である。図3の(b)は、T字継手による隅肉溶接の場合の溶接ワイヤ2と溶融Zn系めっき鋼板1・1’同士の当接部7との位置関係を模式的に示す断面図である。図3の(a)(b)はいずれも、溶接方向に対して垂直な方向の断面を示していると共に、溶接前の状態を示している。
【0044】
図3の(a)および(b)に示すように、溶接前において、溶接の対象となる溶融Zn系めっき鋼板1と溶融Zn系めっき鋼板1’とは、種々の継手形状に配置され得る。図3の(a)では重ね継手に配置され、図3の(b)ではT字継手に配置されている。配置された溶融Zn系めっき鋼板1と溶融Zn系めっき鋼板1’との間には、それらが互いに当接する当接面としての当接部7が形成される。ここで、当接部7において、溶接ワイヤ2の先端に最も近い端部を、隅部7aと称する。隅部7aは、溶融Zn系めっき鋼板1と溶融Zn系めっき鋼板1’とが隣接する部分において溶接ビード6(図5参照)が形成される部分である。より詳細には、重ね継手の場合、隅部7aは、溶融Zn系めっき鋼板1の上面に配された溶融Zn系めっき鋼板1’の端部における側面を含む平面と、前記上面とが交差する部分である。T字継手の場合、隅部7aは、溶融Zn系めっき鋼板1の上面に立設された溶融Zn系めっき鋼板1’の、前記上面に対して略垂直な幅広の面を含む平面と、前記上面とが交差する部分である。
【0045】
換言すれば、隅部7aは、溶融Zn系めっき鋼板1および溶融Zn系めっき鋼板1’が任意の継手形状に配置された状態において、溶融Zn系めっき鋼板1と溶融Zn系めっき鋼板1’とを溶接するためにアークが照射される部分であり、溶接対象部と称することもできる。なお、継手形状が突合せ継手の場合には、上記溶接対象部は、溶融Zn系めっき鋼板1の端部と溶融Zn系めっき鋼板1’の端部とが対向する面における、溶接ワイヤ2側の縁部(稜線)を意味する。
【0046】
前述のように、溶接ワイヤ2の先端と溶融池3との短絡によるスパッタの発生を抑制するには、アーク長を適正範囲内に管理することが重要である。しかし、再び図2を参照して説明すると、溶融池3はパルスアーク4による押し下げ効果によりパルスアーク4の波形とほぼ同調してごく短時間の内に上下動しており、溶接中にアーク長そのものを測定し、管理することは困難である。そこで、本明細書では、図3の(a)および(b)に示すように、溶接ワイヤ2の先端であるワイヤ先端部2aから、溶接前の溶融Zn系めっき鋼板同士の当接部7における溶接ワイヤ2側の隅部7aまでの距離を距離Dとする。本実施の形態のアーク溶接方法では、この距離Dを、溶接ワイヤ2と溶融池3とが互いに短絡しない長さであり、かつパルスアーク4が消灯しない長さとする。
【0047】
ここで、例えば図3の(a)および(b)に示す継手形状についてパルスアーク溶接を行う場合、溶接ワイヤ2は紙面に対して垂直な方向に移動して上記溶接対象部を順次溶接していくことになる。それゆえ、上記距離Dとは、点としてのワイヤ先端部2aから、線としての上記溶接対象部(隅部7a、または溶接ワイヤ2側の縁部)へと引いた垂線の長さを示している。なお、溶接ワイヤ2の中心軸を通る直線が隅部7aを通過する必要は必ずしもなく、上記直線が隅部7aの近傍を通過していればよい。そのため、広い意味では、上記距離Dは、溶接ワイヤ2の中心軸を通る直線が溶融Zn系めっき鋼板1または溶融Zn系めっき鋼板1’と交差する点(溶接対象部)とワイヤ先端部2aとの間の距離である。
【0048】
このように、本実施の形態の溶融Zn系めっき鋼板のアーク溶接方法では、ワイヤ先端部2aから、隅部7aまでの距離Dを、溶接ワイヤ2と溶融池3とが互いに短絡しない長さであり、かつアークが消灯しない長さに維持して溶接する。この方法は、アーク長そのものを測定するのではなく、上記距離Dを維持しつつ溶接する。
【0049】
これにより、溶融Zn系めっき鋼板が厚目付であっても、アーク溶接におけるスパッタおよびブローホールの発生をより効果的に抑制することができる。
【0050】
本実施の形態の溶融Zn系めっき鋼板のアーク溶接方法において、ワイヤ先端部2aから隅部7aまでの距離Dを、2〜20mmの範囲とすることが好ましい。距離Dが2mmを下回ると溶接ワイヤ2と溶融池3とが短絡してスパッタが発生してしまう。スパッタが発生すると溶融池3の押し下げによる撹拌が行われないのでZn蒸気が排出されず、ブローホールも発生してしまう。一方、距離Dが20mmを超えるとアークが消灯する、いわゆるアーク切れが発生する。アーク切れが発生すると、溶接ワイヤ2が溶融池3と短絡してパルスアーク4が再点弧する時にスパークして溶融池3が吹き飛ばされてスパッタが発生する。さらに、パルスアーク4が消灯している間は溶融池3の押し下げによる撹拌が行われないのでZn蒸気が排出されず、ブローホールが発生する。その上、距離Dが20mmを超えるとアークが広がって電磁力によるピンチ効果が弱くなるので溶滴5が切れにくくなり、その結果、溶滴5が粗大化して浮遊し大粒のスパッタも発生してしまう。
【0051】
このような、ワイヤ先端部2aから隅部7aまでの距離Dを、2〜20mmの範囲とすることは、後述のように、パルスの周期をシールドガス中のCO濃度に応じて適切に設定することにより、実現し易くすることができる。距離Dを、2〜20mmの範囲とすることより、溶融Zn系めっき鋼板が厚目付であっても、スパッタおよびブローホールの発生を効果的に抑制することができる。
【0052】
なお、本発明の一態様におけるアーク溶接方法は、溶融Zn系めっき鋼板同士の溶接を開始する前に、上記距離Dを、溶接ワイヤ2と溶融池3とが互いに短絡しない長さであり、かつアークが消灯しない長さに設定する位置設定工程を含んでもよい。そして、溶融Zn系めっき鋼板同士を溶接する溶接工程において、上記距離Dを維持して溶接を行うようになっている。ワイヤ先端部2aおよび隅部7aの位置関係を把握して、上記距離Dとなるように制御する手段は特に限定されず、公知の装置を用いることができる。
【0053】
〔周期とシールドガス中のCO濃度〕
パルスマグ溶接法では、溶滴をスプレー移行させるためにAr−CO混合ガスが、シールドガスとして用いられる。本発明の一態様におけるアーク溶接方法は、シールドガスとしてAr+CO混合ガスを噴出する工程と、前記シールドガス中のCO濃度に応じて設定された周期で、パルスアークを発生させる工程とを含む。
【0054】
図4に、シールドガス中のCO濃度(体積%)および周期f(ミリ秒)の条件と、ブローホール占有率およびスパッタ付着個数の関係を示す。図中○印は、後述するブローホール占有率が30%以下、スパッタ付着個数が20個以下の両方を満足する場合を示す。図中×印は、ブローホール占有率が30%を超える若しくはスパッタ付着個数が20個を超える場合、またはそれらの両方の場合を示す。図中●印は、ハンピングビードが発生した場合を示す。
【0055】
図4中の実線で囲んだ範囲、すなわちシールドガス中のCO濃度CCO2が5〜30体積%であり、かつ周期fが所定の範囲内(後述する(1)式の範囲内)では、ブローホールおよびスパッタの発生が抑えられ、ビード形状も良好である。しかし、シールドガス中のCO濃度CCO2が5体積%未満では、パルスアーク4が不安定になり、ハンピング現象によりビードが蛇行してビード外観が著しく低下する。また、ブローホールおよびスパッタの発生も著しくなる。CO濃度CCO2が30体積%を超えた場合は、溶滴がスプレー移行せず、短絡移行となるため、ブローホールおよびスパッタの発生が著しくなる。
【0056】
ここで、パルスの周期fが短くなると、パルスアーク4によって溶融池3を押し下げる回数が増加するのでZn蒸気の排出が促進される。しかし、周期fが1ms未満と短くなり過ぎると、溶接ワイヤ2の供給速度が3m/min以下の場合に、溶接ワイヤ2が溶融過多となって溶接ワイヤ2の先端から溶融池3までの距離が長くなり、アーク切れや溶滴5の粗大化が発生する。それにより、溶滴移行が不安定になり、スパッタが発生する。また、アーク切れの間はパルスアーク4で溶融池3が押し下げられないのでブローホールも発生する。
【0057】
一方、周期fが長くなり過ぎると溶接ワイヤ2が溶融不足となって溶接ワイヤ2の先端から溶融池までの距離が短くなり過ぎ、溶接ワイヤ2の先端と溶融池3とが短絡してスパッタが発生する。また、パルスアーク4で溶融池3を押し下げる回数が減少するのでZn蒸気が排出されなくなり、スパッタおよびブローホールが発生する。
【0058】
また、シールドガス中のCO濃度CCO2が5〜30体積%の範囲内であっても、前述のようにCO濃度CCO2が高くなるとパルスアークが緊縮してアーク力が弱くなり溶融池3の押下げによる攪拌効果が小さくなる。
【0059】
以上のように、本発明の一態様におけるアーク溶接方法は、シールドガスとしてのAr+CO混合ガス中のCO濃度CCO2を5体積%以上30体積%以下として該混合ガスを噴出し、かつ、CO濃度CCO2に応じてパルスの周期fを下記(1)式の範囲内に調整してパルスアークを発生させることが好ましい。
【0060】
1≦f≦−0.4CCO2+22 ・・・ (1)
(ここで、
f:パルス周期(ms)
CO2:シールドガス中のCO濃度(体積%))
本発明の一態様におけるアーク溶接方法では、上記(1)式で示すようにCO濃度CCO2が高くなると周期fの上限を短くしてパルスアーク4での溶融池3の押し下げ回数を多くし、溶融池3からのZn蒸気の排出を促進する。そして、溶接ワイヤ2の先端と溶融池3との短絡、およびアークの消灯を防止して、溶融Zn系めっき鋼板が厚目付であってもZn蒸気の影響を抑制して溶滴移行を安定化させ、スパッタおよびブローホールの発生を抑制することができる。
【0061】
したがって、溶融Zn系めっき鋼板が厚目付であっても、アーク溶接におけるスパッタおよびブローホールの発生を抑制することができ、溶接部外観と溶接強度に優れた溶融Zn系めっき鋼板のアーク溶接方法および溶接部材の製造方法を提供することができる。
【0062】
次に、本実施の形態の溶融Zn系めっき鋼板のアーク溶接方法において用いられる各種の条件の、好ましい具体例について説明する。
【0063】
〔ピーク電流〕
パルスアークを発生させるためのピーク電流IPを、350〜650Aの範囲とすることが好ましい。溶接ワイヤ2の供給速度が15m/minの場合に、ピーク電流IPが350Aを下回ると溶接ワイヤ2が溶融不足となって、溶接ワイヤ2の供給が過剰となりワイヤ先端部2aと溶融池3とが短絡し得る。また、アーク力が弱くなり、溶融池3の押し下げによる撹拌効果が弱くなる。逆にピーク電流IPが650Aを超えると溶接ワイヤ2が溶融過多となって距離Dが20mmを超え、アーク切れや溶滴5の粗大化が発生する。
【0064】
〔継手形状〕
図3の(a)に示した重ね継手による隅肉溶接、および図3の(b)に示したT字継手による隅肉溶接以外に、角継手、十字継手、当て金継手、フレアー継手等のいずれの継手形状にも本発明は適用できる。また、本発明は、突合せ継手、角継手、十字継手およびT字継手による突合せ溶接にも適用できる。
【0065】
〔溶融Zn系めっき鋼板〕
本実施の形態において溶接の対象となる溶融Zn系めっき鋼板は、溶融Znめっき鋼板、合金化溶融Znめっき鋼板、溶融Zn−Alめっき鋼板、溶融Zn−Al−Mgめっき鋼板等の、めっき層がZnを主成分とする溶融めっき鋼板が好ましい。
【0066】
溶融Zn系めっき鋼板のなかでも溶融Zn−Al−Mgめっき鋼板は、Al:1.0〜22.0質量%、Mg:0.05〜10.0質量%を含有し、耐食性に優れるので好適である。溶融Zn−Al−Mgめっき鋼板のめっき層は、めっき層外観と耐食性を低下させる原因となるZn11Mg系相の生成および成長を抑制するためにTi:0.002〜0.1質量%、B:0.001〜0.05質量%を添加してもよい。また、めっき原板表面とめっき層との界面に生成するFe−Al合金層の過剰な成長を抑制して加工時のめっき層の密着性を向上させるためにSiを2.0質量%まで添加してもよい。
【0067】
〔めっき付着量〕
溶融Zn系めっき鋼板のめっき付着量が少ないと、めっき面の耐食性および犠牲防食作用を長期にわたって維持するうえで不利となる。種々検討の結果、片面当たりのめっき付着量は15g/m以上とすることがより効果的である。一方、片面当たりのめっき付着量が250g/mを超えるとZn蒸気の発生量が多くなり過ぎ、本実施の形態の溶融
Zn系めっき鋼板のアーク溶接方法を用いてもスパッタおよびブローホールの発生を抑制することが困難になるので、片面当たりのめっき付着量が250g/m以下とすることが好ましい。
【0068】
〔溶接ワイヤ〕
溶接ワイヤ2は、JIS Z3312 YGW15、またはJIS Z3312 YGW16を用いることが好ましい。これら以外に、JIS Z3312に規定された各種ソリッドワイヤを用いてもよく、他の種類のものでもよい。例えば、メッキレスワイヤ、フラックス入りワイヤ、スラグ系ワイヤ、等を用いてもよい。
【0069】
溶接ワイヤ2のワイヤ径は、例えば直径1.2mmのものを用いることができ、直径
0.8〜1.6mmの範囲のものであってもよい。
【0070】
〔ワイヤ供給速度〕
ワイヤ供給速度は、溶接ワイヤ2が溶融過多となって溶接ワイヤ2の先端から溶融池3までの距離が長くなり、アーク切れや溶滴5の粗大化を防止するために3m/min以上が好適である。ワイヤ供給速度が15m/minを超えると、溶接ワイヤ2の供給が過剰となりワイヤ先端部2aと溶融池3との短絡が発生するので、上限は15m/minが好適である。ワイヤ供給速度は、ワイヤ径、周期f、およびピーク電流IP等の溶接条件に応じて適宜選択すればよい。
【0071】
〔ベース電流〕
ベース電流IBは、10〜200Aが好適である。10A未満ではアークの消灯が発生しやすく、200Aを越えると溶滴が切れにくくなる。
【0072】
〔アーク電圧〕
アーク電圧は、10〜100Vが好適である。10V未満では溶接ワイヤ2の先端から溶融池3までの距離が短くなり、100Vを越えると溶接ワイヤ2の先端から溶融池3までの距離が長くなりすぎる。
【0073】
〔トーチ保持角度〕
トーチ保持角度の内、トーチ角は30〜60°が好適である。また、前進角あるいは後退角は0〜30°が好適である。トーチ角、前進角あるいは後退角は継ぎ手形状、溶接姿勢等の溶接条件により適宜上記範囲内で選択される。
【0074】
〔狙い位置〕
狙い位置は、溶接前の溶融Zn系めっき鋼板同士の当接部7における溶接ワイヤ2側の隅部7aが好適であるが、目的のビード形状、継ぎ手強度が得られれば隅部7aに限定されない。
【0075】
〔溶接姿勢、進行方向〕
溶接姿勢、進行方向は特に限定されない。横向き、縦向き、上進、下進は溶接部材の形状等により、適宜選択すればよい。
【0076】
〔溶接電源方式〕
溶接電源は限定されない。直流アーク方式、交流アーク方式のいずれも使用できる。溶接部材の板厚、形状、溶け込みに応じて適宜選択すればよい。
【0077】
〔溶接速度〕
溶接速度は、例えば0.4m/minとすることができ、0.1〜2m/minの範囲で、各種の溶接条件に応じて設定すればよい。
【0078】
なお、本実施の形態のアーク溶接方法では、各種の溶接条件を、上述のような好適な範囲内の条件に設定し、かつ、前述のように溶接ワイヤと溶接前の溶融Zn系めっき鋼板同士の当接部との好適な位置関係を規定している。そのような条件下において、本実施の形態のアーク溶接方法では、CO濃度および周期fの好適な範囲(図4中の実線で囲んだ範囲)が求められている。
【0079】
ここで、本発明の他の一態様におけるアーク溶接方法では、各種の溶接条件および上記位置関係を変更した場合、CO濃度および周期fの好適な範囲は、図4に示した範囲とは異なる範囲となり得る。つまり、周期fをシールドガス中のCO濃度に応じて適切に設定するための範囲は、普遍的に特定することは難しい。
【0080】
本発明の一態様によれば、以下のようなアーク溶接方法を提供することができる。すなわち、溶融Zn系めっき鋼板のアーク溶接方法において、調節可能な種々の溶接条件が存在する中で、各種の溶接条件を場当たり的(経験的)に調整することがあった。そのようなことの代わりに、本発明の一態様によれば、CO濃度および周期f以外の溶接条件を固定して、CO濃度および周期fの好適な範囲を求め、スパッタおよびブローホールの発生を効果的に抑制することができる好適な溶接条件を求めることができるという、有用な方法を提供することができる。
【0081】
〔ブローホール占有率、スパッタ付着個数〕
本実施の形態の溶融Zn系めっき鋼板のアーク溶接方法によれば、スパッタおよびブローホールの発生を抑制して溶融Zn系めっき鋼板同士の溶接を行うことができ、該溶接されてなる溶接部材を提供することができる。該溶接部材の評価(ブローホール占有率、スパッタ付着個数)について、図5および図6に基づいて説明する。
【0082】
図5は、溶融Zn系めっき鋼板同士が溶接されてなる溶接部材10におけるブローホール占有率の測定方法を説明する平面図である。図5に示すように、溶融Zn系めっき鋼板1と溶融Zn系めっき鋼板1’とが溶接されてなる溶接部材10には溶接ビード6が形成されており、該溶接ビード6はブローホール6aを有していることが多い。また、溶接ビード6の長手方向(溶接線方向)の長さを長さLとし、溶接ビード6の一端部からi番目のブローホールの長さをdiとする。ここで、例えば継手形状がT字継手の場合、図5に示す溶融Zn系めっき鋼板1と溶融Zn系めっき鋼板1’とは3次元的には垂直に溶接されている。
【0083】
建築用薄板溶接接合部設計・施工マニュアル(建築用薄板溶接接合部設計・施工マニュアル編集委員会)によれば、図5に模式的に示す各ブローホール6aの長さdiの積算値、すなわち溶接ビード6に形成された全てのブローホール6aの長さを測定して積算した積算値Σdi(mm)の測定値から下記(2)式により算出されるブローホール占有率Brが30%以下であれば溶接強度に問題ないとされている。本発明における溶接部材10は、ブローホール占有率Brが30%以下であり、溶接強度に優れる。
【0084】
Br=(Σdi/L)×100 ・・・(2)
ここで、
di:溶接ビードにおいて観察されたi番目のブローホールの長さ
L:溶接ビードの長さ。
【0085】
図6は、溶融Zn系めっき鋼板同士が溶接されてなる溶接部材10におけるスパッタ付着個数の測定方法を説明する平面図である。図6の点線で示す、溶接ビード6を中心とした縦100mm、横100mmの領域8のスパッタ付着個数が20個以下であればスパッタが目立たず、耐食性への影響も小さい。ここで、領域8の中心は、溶接ビード6の中央とすればよく、縦100mmとは、溶接ビード6から一方(溶融Zn系めっき鋼板1)の側に50mm、他方(溶融Zn系めっき鋼板1’)の側に50mmを意味する。このとき、例えば溶接部材10の継手形状がT字継手の場合、領域8の縦100mmは、溶接ビード6を中心として直角方向にそれぞれ50mmとすればよい。また、横100mmとは、溶接ビード6の長手方向と同じ方向における、領域8の横幅を意味する。
【0086】
本発明における溶接部材10は、領域8のスパッタ付着個数が20個以下であり、溶接外観と耐食性に優れる。
【実施例】
【0087】
表1に示す4種類の溶融Zn系めっき鋼板を用いて、重ね隅肉溶接継手を構成してパルスアーク溶接を行った。溶接ワイヤ2は直径1.2mmのJIS Z3312 YGW12を用い、溶接速度0.4m/min、ビード長さ180mm、重ね代30mmとした。
【0088】
【表1】
【0089】
また、溶接中に、溶接ワイヤ2の先端と、溶接前の溶融Zn系めっき鋼板同士の当接部7における溶接ワイヤ2側の隅部7aとを含む部分の溶接状態を下記に示す条件でハイスピードカメラ撮影することにより、溶接ワイヤ2の先端から隅部7aまでの距離Dを測定した。パルスアーク溶接後、前述の方法でスパッタ付着個数およびブローホール占有率
Brを測定した。
【0090】
〔ハイスピードカメラ撮影条件〕
ハイスピードカメラ:(株)ノビテック社製M310
可視化用レーザ光源:Cavitra社製CAVLUX HF
パルス波長:810nm
撮影コマ数:4000コマ/秒。
【0091】
表2および表3に、溶融Zn系めっき鋼板の種類、パルスアーク溶接条件、溶接ワイヤ2の先端から隅部7aまでの距離D、そして、スパッタ付着個数、ブローホール占有率
Brの測定結果を示す。
【0092】
表2は、溶融Zn系めっき鋼板として溶融Zn−6%Al−3%Mgめっき鋼板を用い、シールドガスの種類、ピーク電流IP、周期f、溶接ワイヤ2の先端から隅部7aまでの距離Dを変化させてスパッタ付着個数、ブローホール占有率Brを調査した結果である。
【0093】
【表2】
【0094】
No.1〜22の実施例のように、パルスの周期fがシールドガス中のCO濃度CCO2に応じて適切に設定され、CO濃度CCO2および周期fが本発明の範囲内である場合、溶接ワイヤ2の先端から隅部7aまでの距離Dを適切なものとして、スパッタ付着個数が20個未満、ブローホール占有率が30%未満とすることができる。それゆえ、スパッタおよびブローホールの発生が抑制されて溶接部外観と溶接強度に優れたアーク溶接部材が得られることがわかる。
【0095】
これに対して、パルスの周期fがシールドガス中のCO濃度CCO2に応じて適切に設定されておらず、CO濃度CCO2および周期fのいずれかが本発明の条件範囲外であるNo.23、24、26、29の比較例では、スパッタ、ブローホールの発生が著しく、溶接部外観と溶接強度に優れたアーク溶接部材が得られない。
【0096】
また、溶接ワイヤ2の先端から隅部7aまでの距離Dが遠すぎる、または近すぎるNo.25、27、28の比較例においても、スパッタ、ブローホールの発生が著しく、溶接部外観と溶接強度に優れたアーク溶接部材が得られない。
【0097】
表3は、種々のめっき組成と付着量を有する溶融Zn系めっき鋼板を用いて、種々のパルスアーク溶接条件、距離Dにおいて溶接を行い、スパッタ付着個数、ブローホール占有率Brを調査した結果である。
【0098】
【表3】
【0099】
No.30〜42に示すように、CO濃度CCO2、距離D、ピーク電流IP、周期f、めっき付着量が本発明の範囲内の実施例では、いずれの溶融Zn系めっき鋼板による溶接部材においても、スパッタ、ブローホールが抑制されている。特に、No.38〜42ではめっき付着量が15g/mの薄目付から250g/mの厚目付までスパッタおよびブローホールの発生が抑えられており、溶接部外観と溶接強度に優れた溶融Zn系めっき鋼鈑アーク溶接部材が得られることがわかる。
【0100】
それに対して、表3のNo.43〜51の比較例ではめっき付着量が本発明の上限である250g/mを超えており、CO濃度CCO2、距離D、ピーク電流IP、周期fが本発明の範囲内であってもZn蒸気の発生が著しいためスパッタおよびブローホールの発生が抑制できず、溶接部外観と溶接強度に優れた溶融Zn系めっき鋼鈑アーク溶接部材が得られていない。
【符号の説明】
【0101】
1・1’ 溶融Zn系めっき鋼板
2 溶接ワイヤ
2a ワイヤ先端部(溶接ワイヤの先端)
3 溶融池
4 パルスアーク
5 溶滴
6 溶接ビード
7 当接部
7a 隅部(溶接対象部)
8 領域(スパッタ個数を数える領域)
10 溶接部材
【要約】
【課題】溶接部外観および溶接強度に優れた溶融Zn系めっき鋼板のアーク溶接方法および溶接部材の製造方法を提供する。
【解決手段】ピーク電流とベース電流とを交互に供給することによってアークを発生させるパルスアーク溶接法により溶融Zn系めっき鋼板同士を溶接するアーク溶接方法であって、シールドガスとしてAr+CO混合ガスを噴出する工程と、シールドガス中のCO濃度に応じて設定された周期で、パルスアークを発生させる工程とを含む。
【選択図】図4
図1
図2
図3
図4
図5
図6