【実施例】
【0046】
1 概略
表1の「BS/小径化プロセスなし」の欄には、ペロブスカイト型酸化物が組成式BaSnO
3で表される組成を有し小径化プロセスが行われなかった実施例1−5および比較例1−2の各々について、熱処理温度および顔料用の粉末の物性値が示される。
【0047】
表1の「BSZ/小径化プロセスなし」の欄には、ペロブスカイト型酸化物が組成式Ba
0.995SnZn
0.005O
3で表される組成を有し小径化プロセスが行われなかった実施例6−10および比較例3−4の各々について、熱処理温度および顔料用の粉末の物性値が示される。
【0048】
表1の「BS/分級」の欄には、ペロブスカイト型酸化物が組成式BaSnO
3で表される組成を有し小径化プロセスにおいて分級が行われた実施例11−13の各々について、熱処理温度および顔料用の粉末の物性値が示される。
【0049】
表1の「BS/湿式分散」の欄には、ペロブスカイト型酸化物が組成式BaSnO
3で表される組成を有し小径化プロセスにおいてジェットミルによる湿式分散が行われた実施例14−16の各々について、熱処理温度および顔料用の粉末の物性値が示される。
【0050】
表1の「BS/乾式粉砕」の欄には、ペロブスカイト型酸化物が組成式BaSnO
3で表される組成を有し小径化プロセスにおいてディスクミルによる乾式粉砕が行われた比較例6−8の各々について、熱処理温度および顔料用の粉末の物性値が示される。
【0051】
【表1】
【0052】
2 顔料用の粉末の作製
実施例1−5および比較例1−2においては、出発原料である炭酸バリウム(BaCO
3)および酸化スズ(SnO
2)の粉末をバリウム(Ba)原子とスズ(Sn)原子とのモル比が1:1になるように秤量し、秤量した粉末を混合および粉砕して混合粉末を得た。混合および粉砕は、秤量した粉末を乳鉢に入れた後に適量のエタノールをさらに乳鉢に入れてペースト状物を得、エタノールが揮発して乾燥した混合粉末が得られるまでペースト状物を擂ることにより行った。また、得た混合粉末を高純度アルミナるつぼに入れ大気雰囲気下において表1に示される熱処理温度で焼成し、熱処理済の粉末を合成した。実施例1−5および比較例1−2においては、固相法により合成した熱処理済の粉末に対して小径化プロセスを行わず、合成した熱処理済の粉末をそのまま顔料用の粉末とした。
【0053】
実施例6−10および比較例3−4においては、出発原料である炭酸バリウム(BaCO
3)、酸化スズ(SnO
2)および硝酸亜鉛六水和物(Zn(NO
3)
2・6H
2O)の粉末をバリウム(Ba)原子とスズ(Sn)原子と亜鉛(Zn)原子とのモル比が0.995:1:0.005になるように秤量した点を除いては、実施例1−5および比較例1−2と同様に熱処理済の粉末を合成した。実施例6−10および比較例3−4においても、合成した熱処理済の粉末に対して小径化プロセスを行わず、合成した熱処理済の粉末をそのまま顔料用の粉末とした。
【0054】
実施例11、実施例12および実施例13においては、それぞれ比較例2、実施例4および実施例1と同様に熱処理済の粉末を合成した。実施例11−13においては、さらに、合成した熱処理済の粉末に対して分級を行い顔料用の粉末を得た。分級は、日清エンジニアリング株式会社製の空気分級機ターボクラシファイアTC15NSにより行った。
【0055】
実施例14、実施例15および実施例16においては、それぞれ比較例2、実施例4および実施例1と同様に熱処理済の粉末を合成した。実施例14−16においては、さらに、合成した熱処理済の粉末に対して湿式分散を行い顔料用の粉末を得た。湿式分散は、リックス株式会社製のジェットミルG−smasher(型式PML1000)により行った。湿式分散においては、合成した熱処理済の粉末にエタノールを添加することによりスラリーを得、得たスラリーに対して分散処理を行い、分散処理されたスラリーを乾燥させて顔料用の粉末を得た。分散処理においては、エア噴射圧を0.6MPaとした。処理回数は、1回とした。
【0056】
比較例6、比較例7および比較例8においては、それぞれ比較例2、実施例4および実施例1と同様に熱処理済の粉末を合成した。比較例6−8においては、さらに、熱処理済の粉末に対して乾式粉砕を行い顔料用の粉末を得た。乾式粉砕は、株式会社レッチェ製の振動ディスクミルRS200により行った。乾式粉砕においては、回転数を1000rpmとした。
【0057】
3 顔料用の粉末の評価
実施例1−16および比較例1−8の顔料用の粉末の比表面積、D50、IQEおよび結晶格子定数を測定した。また、測定した比表面積から比表面積換算径を求め、測定した結晶格子定数から結晶格子定数ずれを求め、求めた比表面積換算径および測定したD50から比表面積換算径に対するD50の比を求めた。その結果を表1に示す。比表面積換算径6/ρsは、BaSnO
3の密度ρ=7.24g/cm
3および比表面積sを用いて求められ、1次粒子径と同一視できる。さらに、実施例1−16および比較例1−8の顔料用の粉末を構成する粒子の形状を走査型電子顕微鏡により観察した。
【0058】
比表面積は、株式会社マウンテック製の比表面積測定装置マックソーブhm1208により測定した。測定においては、吸着剤として窒素を用い、吸着温度は77kとした。
【0059】
D50は、株式会社堀場製作所製のレーザー回折/散乱式粒子径分布測定装置LA950V2により測定した。測定においては、得られた顔料用の粉末および極微量の分散剤を分散媒である水に添加し顔料用の粉末を水に分散させた。分散剤は、東亜合成株式会社製のアロンA6114を用いた。アロンA6114は、アクリル酸アンモニウム系共重合体を含む。
【0060】
IQEは、日本分光株式会社製の分光蛍光光度計FP8600により測定した。測定においては、60mmφ積分球ユニットISF834および16mmφ蛍光セルを用い、励起光の波長範囲を350−380nmとし、蛍光の測定波長範囲を750−1010nmとした。
【0061】
結晶格子定数は、ブルカー・コーポレーション(Bruker Corporation)製のX線回折装置D8アドバンスにより測定した。測定においては、CuKα線を用いた粉末X線回折(XRD)により結晶相を同定しX線回折パターンを得、得たX線回折パターンについて結晶構造解析ソフトウェアTOPASを用いてリートベルト解析を行い結晶格子定数を精密化し結晶格子定数を得た。
【0062】
結晶格子定数ずれは、得た結晶格子定数からBaSnO
3の理論結晶格子定数4.1163を減ずることにより求めた。
【0063】
粒子の形状は、株式会社日立ハイテクノロジーズ製の走査型電子顕微鏡S−3400Nにより観察した。観察においては、少量の顔料用の粉末にエタノールを添加したものに10秒程度の超音波分散処理を行いスラリーを得、得たスラリーをスポイトで採取し、採取したスラリーを観察用試料台上に滴下し乾燥させて乾燥物を得た。
【0064】
実施例1−16および比較例1−8の顔料用の粉末を含む皮膜の鮮明さならびに実施例1−16および比較例1−8の顔料用の粉末の印刷性を評価した。その結果を表1に示す。鮮明さAは、非常に鮮明であることを示す。鮮明さBは、鮮明であることを示す。鮮明さCは、暗いことを示す。印刷性Aは、指で触って平滑であることを示す。印刷性Bは、指で触ってほぼ平滑であることを示す。印刷性Cは、指でさわってザラザラ感があることを示す。表1に示されるIQEおよび表2に示される鮮明さからは、IQEが高くなるほど鮮明さが向上する傾向があり、IQEが10%以上である場合に鮮明さがAまたはBになることが理解される。表1に示されるD50および表2に示される印刷性からは、D50が小さくなるほど印刷性が向上する傾向があり、D50が10μm以下である場合は印刷性がAまたはBになり、D50が5μm以下である場合は印刷性がAに
なることが理解される。
【0065】
【表2】
【0066】
4 熱処理温度の影響
図11は、実施例1−10および比較例1−4の顔料用の粉末における熱処理温度と比表面積との相関を示す相関図である。
図12は、実施例1−10および比較例1−4の顔料用の粉末における熱処理温度と比表面積換算径との相関を示す相関図である。
図13は、実施例1−10および比較例1−4の顔料用の粉末における熱処理温度とD50との相関を示す相関図である。
図14は、実施例1−10および比較例1−4における熱処理温度と比表面積換算径に対するD50の比との相関を示す相関図である。
【0067】
熱処理温度が低温から高温に変化するにつれて、1次粒子は成長する。このため、
図11および
図12に示されるように、熱処理温度が低温から高温に変化するにつれて、比表面積が小さくなり、比表面積換算径が大きくなる。また、
図13に図示されるように、熱処理温度が低温から高温に変化するにつれて、D50が大きくなる。また、
図14に図示されるように、熱処理温度が低温から高温に変化するにつれて、比表面積換算径に対するD50の比が小さくなる。このため、先述したように、熱処理温度の調整のみでは、比表面積が望ましい範囲内にあるにもかかわらずD50が望ましい範囲より大きくなる状況が発生しうる。例えば、熱処理温度が1750℃である比較例2においては、比表面積が0.079m
2/g以上10m
2/g以下の範囲内にある0.16m
2/gであるが、D50が10μm以下の範囲より大きい12.00μmである。また、熱処理温度が1750℃である比較例4においては、比表面積が0.079m
2/g以上10m
2/g以下の範囲内にある0.10m
2/gであるが、D50が10μm以下の範囲より大きい13.00μmである。
【0068】
5 Znの影響
図13に示されるように、Znが含まれる場合のD50はZnが含まれない場合のD50とほぼ同じである。しかし、
図11に示されるように、Znが含まれる場合の比表面積は、Znが含まれない場合の比表面積より小さくなる傾向がある。また、
図12に示されるように、Znが含まれる場合の比表面積換算径は、Znが含まれない場合の比表面積換算径より大きくなる傾向がある。これらのことから、Znは焼結助剤的な役割を有しD50を変化させずに比表面積を小さくすることに寄与することが理解される。
【0069】
6 小径化プロセスの影響
図15は、実施例1−16および比較例1−8の顔料用の粉末における比表面積とIQEとの相関を示す相関図である。
図15には、望ましい比表面積の範囲の下限0.079m
2/gを示す線、望ましい比表面積の範囲の上限10m
2/gを示す線、および望ましいIQEの範囲の下限10%を示す線も描かれている。
図16は、実施例1−16および比較例1−8の顔料用の粉末における比表面積換算径とIQEとの相関を示す相関図である。
図17は、実施例1−16および比較例1−8の顔料用の粉末におけるD50とIQEとの相関を示す相関図である。
図17には、望ましいD50の範囲の上限10μmを示す線、望ましいIQEの範囲の下限10%を示す線、さらに望ましいD50の範囲の上限5μmを示す線、およびさらに望ましいIQEの範囲の下限30%を示す線も描かれている。
【0070】
図15に示されるように、IQEは、乾式粉砕が行われた場合を除いて、比表面積が0.079m
2/gから10m
2/gまでの範囲にある最適値において最大となり、比表面積が当該最適値から離れるにつれて小さくなる。
【0071】
図17に描かれた矢印1400,1402,1404,1406,1408および1410に示されるように、分級または湿式分散が行われた場合は、D50が小さくなり、IQEが概ね維持される。IQEが概ね維持されるのは、
図15に描かれた囲み線1420,1422および1424に示されるように、分級または湿式分散が行われた場合は比表面積が大きく変化せず、粒子にダメージが生じないか小さなダメージしか生じないためである。このことからは、分級および湿式分散が像の鮮明さを維持しながら印刷性を向上することに寄与することを理解できる。
【0072】
一方、
図17に描かれた矢印1412,1414および1416に示されるように、乾式粉砕が行われた場合は、D50が小さくなるが、IQEが維持されない。このことからは、乾式粉砕が像の鮮明さを維持しながら印刷性を向上することに寄与しないことを理解できる。
【0073】
7 結晶格子定数ずれの影響
図18は、実施例1−16および比較例1−8の顔料用の粉末における結晶格子定数ずれとIQEとの相関を示す相関図である。
図18には、望ましい結晶格子定数ずれの範囲の
上限0.002オングストロームを示す線および望ましいIQEの範囲の下限10%を示す線も描かれている。
図19は、実施例1−16および比較例1−8の顔料用の粉末における比表面積と結晶格子定数ずれとの相関を示す相関図である。
【0074】
図18に示されるように、IQEは、結晶格子定数ずれが大きくなるほど小さくなる。また、
図18および
図19に図示されるように、分級または湿式分散が行われた場合は、結晶性が悪化せず、結晶格子定数ずれが概ね0.002オングストローム以下となるが、乾式粉砕が行われた場合は、結晶性が悪化し、結晶格子定数ずれが0.002オングストロームより大きくなる。このため、乾式粉砕が行われた場合は、IQEが小さくなる。
【0075】
8 粒度分布の測定例
図20は、実施例4および15の顔料用の粉末の粒度分布を示す図である。
【0076】
実施例4と実施例15との相違は、実施例4においては湿式分散が行われていないのに対して、実施例15においては湿式分散が行われている点にある。したがって、
図20に図示される粒度分布からは、湿式分散により粒径が小さくなる方向に粒度分布がシフトすることが理解される。
【0077】
9 励起光および蛍光のスペクトルの測定例
図21は、実施例4の顔料用の粉末のIQEを測定した際の励起光および蛍光の分光スペクトルを示す図である。
【0078】
図21に示される励起光および蛍光の分光スペクトルからは、実施例4の顔料用の粉末は、350−380nmの波長範囲の励起光が照射された場合に、800−1000nmの波長範囲の蛍光を発光することが理解される。
【0079】
10 X線回折パターンの測定例
図22は、実施例4の顔料用の粉末のX線回折パターンを示す図である。
【0080】
図22に図示されるX線回折パターンからは、実施例4の顔料用の粉末は概ねペロブスカイト型酸化物の単相からなることが理解される。
【0081】
11 紛体の微構造
図23は、実施例4、実施例15および比較例2の顔料用の粉末を構成する粒子の形状を示す図である。
図23には、粒子の形状を走査型電子顕微鏡により観察することにより得られる電子顕微鏡写真が掲載されている。
【0082】
図23に示される実施例4の顔料用の粉末を構成する粒子の形状からは、多数の1次粒子が凝集した凝集2次粒子が形成されること、表1に示される比表面積換算径である1.75μmが1次粒子径と概ね一致すること、および表1に示されるD50である6.10μmが凝集2次粒子径と概ね一致することが理解される。
【0083】
また、
図23に示される比較例2の顔料用の粉末を構成する粒子の形状からも、多数の1次粒子が凝集した凝集2次粒子が形成されること、表1に示される比表面積換算径である4.93μmが1次粒子径と概ね一致すること、および表1に示されるD50である12.00μmが凝集2次粒子径と概ね一致することが理解される。
【0084】
実施例4と比較例2との相違は、実施例4においては熱処理温度が1422℃であるのに対して、比較例2においては熱処理温度が1750℃である点にある。一方で、
図23に示される比較例2の顔料用の粉末を構成する粒子の形状からは、凝集2次粒子径が10μmを超えることを把握できる。したがって、熱処理温度が1750℃のような高い温度になった場合は、小径化プロセスが行われない限り、印刷性が低下する。
【0085】
実施例4と実施例15との相違は、実施例4においては湿式分散が行われないのに対して、実施例15においては湿式分散が行われる点にある。一方で、
図23に示される実施例4および15の顔料用の粉末を構成する粒子の形状からは、実施例15の顔料用の粉末においては、実施例4の顔料用の粉末と比較して、1次粒子の凝集が解消しているが、1次粒子の形状が変化していないことを把握できる。このことは、実施例15の顔料用の粉末においては、実施例4の顔料用の粉末と比較して、D50が小さくなり印刷性が向上するが、IQEが大きく変化せず発光性能を維持できるという結果をもたらす。
【0086】
12 発光状態
図24は、びんに入れられた実施例4の顔料用の粉末、実施例6の顔料用の粉末、比較例1の顔料用の粉末、および実施例1の混合粉末をカメラで撮影することにより得られる写真を示す図である。
図25は、びんに入れられた実施例4の顔料用の粉末、実施例6の顔料用の粉末、比較例1の顔料用の粉末、および実施例1の混合粉末に紫外線を照射し赤外線カメラで撮影することにより得られる写真を示す図である。
【0087】
照射される紫外線は、アズワン株式会社製のハンディUVライトSLUV−6から放射される365nmの波長を有する紫外線である。ライトから顔料用の粉末までの距離は5cmとし、照度は130LUXとした。日本メディカルサービス社製の赤外線ビューワータイプ1700cを赤外線カメラに用いて観察を行った。
【0088】
図24および
図25に図示されるびん1500,1501,1502および1503には、それぞれ、実施例4の顔料用の粉末、実施例6の顔料用の粉末、比較例1の顔料用の粉末および実施例1の顔料用粉末の焼成前原料粉末が入れられている。
図24および
図25からは、実施例4および6の顔料用の粉末からは強い蛍光が発せられることが理解される。
【0089】
13 印刷物の例
図26は、第1実施形態のセキュリティインクを用いて作製される印刷物を通常の状況下において目視した場合の状態を示す図である。
図27は、第1実施形態のセキュリティインクを用いて作製される印刷物を紫外線照射下において目視した場合の状態を示す図である。
図28は、第1実施形態のセキュリティインクを用いて作製される印刷物を紫外線照射下において赤外線カメラで観察した場合の状態を示す図である。
【0090】
図26および
図27からは、皮膜1022により形成される像は、通常の状況下および紫外線の照射下のいずれにおいても目視できないことが理解される。
図28からは、皮膜1022により形成される像は、紫外線の照射下において赤外線カメラで観察した場合にようやく認識できることが理解される。
【0091】
この発明は詳細に説明されたが、上記した説明は、すべての局面において、例示であって、この発明がそれに限定されるものではない。例示されていない無数の変形例が、この発明の範囲から外れることなく想定され得るものと解される。