特許第6286155号(P6286155)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許62861555価の砒素を含有する溶液からの結晶性砒酸鉄の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6286155
(24)【登録日】2018年2月9日
(45)【発行日】2018年2月28日
(54)【発明の名称】5価の砒素を含有する溶液からの結晶性砒酸鉄の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C01G 49/00 20060101AFI20180215BHJP
【FI】
   C01G49/00 Z
【請求項の数】7
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2013-181303(P2013-181303)
(22)【出願日】2013年9月2日
(65)【公開番号】特開2015-3852(P2015-3852A)
(43)【公開日】2015年1月8日
【審査請求日】2016年6月28日
(31)【優先権主張番号】特願2013-106720(P2013-106720)
(32)【優先日】2013年5月21日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(73)【特許権者】
【識別番号】306039131
【氏名又は名称】DOWAメタルマイン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100129470
【弁理士】
【氏名又は名称】小松 高
(74)【代理人】
【識別番号】100076130
【弁理士】
【氏名又は名称】和田 憲治
(72)【発明者】
【氏名】柴田 悦郎
(72)【発明者】
【氏名】小野寺 直美
(72)【発明者】
【氏名】中村 崇
(72)【発明者】
【氏名】鐙屋 三雄
【審査官】 浅野 昭
(56)【参考文献】
【文献】 特開2009−018291(JP,A)
【文献】 特開2011−195367(JP,A)
【文献】 特開2009−084124(JP,A)
【文献】 特開2012−176864(JP,A)
【文献】 特開2009−102192(JP,A)
【文献】 特開2008−143741(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01D 9/00−9/04
C01G 49/00−49/08
C02F 1/58−1/64
C02F 1/70−1/78
C22B 1/00−61/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
5価の砒素化合物と2価の鉄イオンを含み、pHが1.0〜2.0の水溶液に3価の鉄イオンを添加し、鉄砒素化合物を析出させる、結晶性砒酸鉄の製造方法。
【請求項2】
5価の砒素化合物と2価の鉄イオンを含み、pHが1.0〜2.0の水溶液に3価の鉄酸化物を添加し、鉄砒素化合物を析出させる、結晶性砒酸鉄の製造方法。
【請求項3】
5価の砒素化合物と2価の鉄イオンを含み、pHが1.0〜2.0の水溶液に3価の鉄化合物を添加し、鉄砒素化合物を析出させた後、析出した鉄砒素化合物を熟成させる、結晶性砒酸鉄の製造方法。
【請求項4】
析出した鉄砒素化合物の熟成プロセスをさらに含む、請求項1または2に記載の結晶性砒酸鉄の製造方法。
【請求項5】
鉄砒素化合物の析出反応により、被処理液中に溶存する砒素の80%以上が析出した時点以降に、被処理液中に酸素を含む酸化性ガスを吹き込むプロセスをさらに含む、請求項1〜4のいずれか1項に記載の結晶性砒酸鉄の製造方法。
【請求項6】
水溶液がさらに2価の銅イオンを含む、請求項1〜5のいずれか1項に記載の結晶性砒酸鉄の製造方法。
【請求項7】
水溶液が予め種結晶としてのスコロダイト結晶を含む、請求項1〜6のいずれか1項に記載の結晶性砒酸鉄の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、砒素を含む水溶液から砒素を分離・回収するための、化学的に安定で、かつ、分離操作時の分離性に優れた結晶性砒酸鉄を得る方法に関する。
【背景技術】
【0002】
非鉄製錬のプロセスにおいては、様々な形態の製錬原料を使用し、また、各種製錬中間物が発生する。これらの製錬原料や製錬中間物には有価金属が含まれているが、砒素などの環境上好ましくない元素が含まれている場合も多い。製錬原料や製錬中間物からの砒素の分離・回収には、一般に、製錬原料や製錬中間物から、酸の水溶液により浸出させた砒素化合物を難溶性塩として沈殿・析出させた後に、濾過等の方法により機械的に固液分離する方法が用いられる。したがって、これらの沈殿物には、保管の際の安定性と、分離操作時の良好な分離性が求められる。
【0003】
砒素の化合物は、その酸化数が+3価もしくは+5価の状態で存在するが(以下、それぞれ3価もしくは5価と呼称する。)、3価の砒素化合物(亜砒酸塩)は一般的に水溶性のものが多いので、砒素の分離・回収には、通常、水に難溶性の5価の砒素化合物(砒酸塩)を用いる。アルカリ土類の砒酸塩は一般に水に難溶性であるが、これらの塩の沈殿生成はアルカリ性域で行うので、前処理として酸の水溶液で浸出を行う本発明の技術分野には不向きである。酸性域で難溶性を示す砒酸塩には、例えば、砒酸塩鉱物のスコロド石(スコロダイト)がある。スコロダイト(FeAsO4・2H2O)は、3価の陽イオンである鉄(3)イオン(Fe3+)と3価の陰イオンである砒酸イオン(AsO43-)が1対1で結合した化学的に安定な化合物であるが、砒酸イオンの対イオンが安価に入手可能な鉄(3)イオンであるため、砒素の分離・回収には、スコロダイト類似の化合物の析出反応を利用することが多い。スコロダイトの析出反応を利用した砒素の処理技術には、例えば、以下のものがある。なお、価数を表す前記の括弧内の数字は、本来、ローマ数字で書き表すべきものである。
【0004】
特許文献1(特開2010−285322号公報)には、5価の砒素化合物を含有する水溶液のpHを0.8以上3.0以下とし、そこに3価鉄源を添加し、結晶性スコロダイトを得る技術が開示されており、3価鉄源として、鉄(3)イオンおよび、固体状態の水酸化鉄(Fe(OH)3)、ゲーサイト(FeOOH)および酸化鉄(Fe23)が挙げられている。なお、この技術では、鉄源は全て3価の鉄(3)であり、鉄(2)イオンは使用されていない。
特許文献2(特開2008−105921号公報)には、5価の砒素化合物と2価の鉄(2)イオン(Fe2+)を含有する水溶液に、酸化剤として酸素ガスを吹き込み、スコロダイトの沈殿形成反応を最終的にpHが1.2以下で終結させる技術が開示されている。この技術は、スコロダイトに含まれる鉄(3)イオンを、鉄(2)イオンの酸素酸化反応により供給するものである。
特許文献3(特開2011−178602号公報)には、5価の砒素化合物、鉄(3)イオン、および鉄(2)イオンを含有する水溶液のpHを1以下とした後、酸化剤として酸素ガスを吹き込み、結晶性ヒ酸鉄を得る技術が開示されている。この技術の場合、結晶性ヒ酸鉄に含まれる鉄(3)イオンは、反応溶液中に最初に添加した鉄(3)イオンおよび、鉄(2)イオンの酸素酸化反応により生成した鉄(3)イオンの両方である。
特許文献4(特開2009−018291号公報)には、5価の砒素化合物と鉄(2)イオンを含有する水溶液に、種晶としてスコロダイト、ヘマタイト、ジャロサイト、ゲーサイト等の3価の鉄塩を添加した後、酸化剤として酸素ガスを吹き込み、スコロダイトを生成する技術が開示されている。この技術では、ヘマタイトは、種晶としての効果のみならず、3価の鉄源としての作用も有するとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2010−285322号公報
【特許文献2】特開2008−105921号公報
【特許文献3】特開2011−178602号公報
【特許文献4】特開2009−018291号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、上記の技術はいずれも、問題点を有するものであった。
特許文献1で開示される技術は、鉄源として鉄(3)化合物のみを用いるものであるが、その場合、反応用液中に溶け出した鉄(3)イオンの砒酸イオンとの反応性が乏しく、結晶性の良好な砒酸鉄が得られる低pH域で、結晶生成速度が極度に遅くなるという問題があった。結晶生成速度を増大させるために、砒酸鉄の生成反応を高pH域で行うと、結晶の生成速度は速くなるが、得られる結晶の結晶性が悪化し、非晶質化するため、結晶生成反応の最適pH範囲が非常に狭く、工業上実用性に乏しいという問題があった。
特許文献2の技術の場合には、鉄源として鉄(3)化合物を使用した場合の問題点を解消するために、鉄源として鉄(2)イオンを用い、それを空気酸化により鉄(3)イオンとした後、砒酸イオンと反応させるものであるが、鉄(2)イオンの空気酸化反応を必要とし、反応コストが増大するとともに、酸化反応が進行すると鉄(2)イオン濃度が減少するため、鉄(3)イオンの生成速度が減少するという問題があった。なお、特許文献2に開示された技術には、付随的に、反応系のpHが低く、結晶生成速度が遅いという問題、および、気液系の酸化反応を利用するため、反応溶液内の場所により生成物が不均一になるという問題があった。
特許文献3の場合には、反応系のpHが低く、かつ、気液系の酸化反応を利用するため、特許文献2と同様の問題があった。
特許文献4の場合には、結晶成長に大量の種晶を必要とする上、反応速度が遅く、生産性が劣るという問題があり、気液系の酸化反応を利用することに関しては、特許文献2と同様な問題点を有していた。また、種晶としてヘマタイトを用いた場合には、得られる結晶がヘマタイトとスコロダイトの混合物であるため、保存安定性に難点があった。
【0007】
本発明は、上記の問題点を解決すべくなされたものであり、結晶性砒酸の鉄源として鉄(3)化合物を用い、酸性域において、経済性を有する速度で結晶性の良好な砒酸鉄を得ることを課題としている。
【0008】
鉄源として3価の鉄(3)イオンを使用する場合、砒酸を含む酸性水溶液に単に鉄(3)イオンを添加しても、低pH域では、上述の様に、結晶性砒酸鉄の成長は殆ど起こらない。これは、以下の理由による。
砒酸は3塩基酸で、3段解離する弱酸であるが、室温において、第1段の酸解離定数pKa1=2.24である。したがって、pH2.24以下で優勢な化学種は未解離の砒酸(H3AsO4(aq))と1段解離した砒酸2水素イオン(H2AsO4-(aq))であり、pHがそれよりも1低いpH1.24以下では、未解離の砒酸(H3AsO4(aq))が90%以上を占めることになる。なお、(aq)は、水和していることを意味する。その場合、未解離の砒酸(H3AsO4(aq))はゼロ電荷なので、鉄(3)イオンとは殆ど反応しない。高温の水溶液中においても、同様の酸解離平衡が存在するものと考えられる。
【0009】
ところが、本発明者等は、この低pH域においても、砒酸を含む酸性水溶液に予め鉄(2)イオンを添加した後に鉄(3)イオンもしくは酸化鉄(3)を添加すると、酸化剤が存在しなくても、結晶性砒酸鉄の前駆体となる、スコロダイト結晶構造類似のゲル状の析出物が生成することを見出し、本発明を完成した。このゲル状の前駆体の組成は不明であるが、鉄(2)イオンを含むものと推定される。ゲル状の析出物が一旦生成すると、その表面で結晶性砒酸鉄の析出が起こり、反応系のpHが低下しても結晶性砒酸鉄の析出が継続することを見出し、本発明を完成するに至った。本発明は、鉄源として鉄(3)化合物を用い、酸性域において、経済性を有する速度で結晶性の良好な砒酸鉄を得ることを目的としている。
【0010】
なお、前記のゲル状の前駆体の生成、および、ゲル状の前駆体の表面における結晶性砒酸鉄析出の機構については、現時点では不明であるが、鉄(2)イオンが砒酸(H3AsO4(aq))もしくは砒酸2水素イオン(H2AsO4-(aq))の解離反応に対し触媒作用を示すものと推測される。すなわち、水溶液中において鉄(2)イオンと鉄(3)イオンとが共存すると、不均化反応により電子の授受が起こるため、共存する砒酸(H3AsO4(aq))もしくは砒酸2水素イオン(H2AsO4-(aq))の解離反応に影響を及ぼすことが考えられる。ゲル状の前駆体の表面における結晶性砒酸鉄析出反応については、後述するように、反応系の鉄(2)イオンの含有量の増大とともに、生成する結晶性砒酸鉄の量も増大することから、前駆体に含まれる鉄(2)イオンではなく、水溶液中の鉄(2)イオンが触媒作用を示すものと推測される。したがって、反応開始時に反応溶液中に存在する鉄(2)イオン量は殆ど変化せず、鉄源として投入した鉄(3)化合物のみが結晶性砒酸鉄生成に用いられることになる。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記の目的は、5価の砒素化合物と2価の鉄イオンを含み、pHが1.0〜2.0の水溶液に3価の鉄化合物を添加し、鉄砒素化合物を析出させる、結晶性砒酸鉄の製造方法により達成される。この製造方法において、添加する3価の鉄化合物は3価の鉄イオンであっても、3価の鉄酸化物であっても構わない。
【0012】
また、本発明の製造方法は、析出した鉄砒素化合物の熟成プロセスをさらに含むことができる。熟成プロセスを経ると、結晶性砒酸鉄の平均粒径が増加し、固液分離時の分離性が増加する。
また、本発明の製造方法は、鉄砒素化合物の析出反応の後期に、酸素を含む酸化性ガスを吹き込むプロセスをさらに含むことができる。酸化性ガスの吹込みにより、残留するゲル状の前駆体を結晶性砒酸鉄へ変換することが出来、当該結晶性砒酸鉄の砒素溶出特性の向上のみならず、固液分離時の分離性が増加する。さらに反応後期における結晶化反応を早めることになるため、結晶化反応終了後の砒素濃度をさらに低減することが出来る。
また、本発明の製造方法は、上記水溶液が2価の銅イオンをさらに含むことができる。反応溶液に2価の銅イオンを共存させると、結晶性砒酸鉄への結晶化反応が反応初期から促進され、当該結晶性砒酸鉄の砒素溶出特性の向上と共に結晶化反応終了後の砒素濃度をさらに低減することが出来る。
また、本発明の製造方法は、上記水溶液が種結晶としてのスコロダイト結晶をさらに含むことができる。反応溶液にスコロダイト結晶を共存させると、結晶性砒酸鉄の平均粒径が増加し、固液分離時の分離性が増加する。
なお、本発明の製造方法においては、熟成、反応後期の酸化性ガスの吹き込み、2価の銅イオンの共存、および、種結晶の共存の各プロセスは、それらを複合して行っても良い。
【発明の効果】
【0013】
以上、本発明においては、5価の砒素化合物を含む酸性水溶液に、予め2価の鉄イオンを添加した後、鉄源として3価の鉄化合物を添加することにより、酸性域において、経済性を有する速度で結晶性の良好な砒酸鉄を得ることが出来る。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】実施例1において析出した沈殿物のSEM観察結果。
図2】実施例1において、反応時間420分後の沈殿物より得られたX線回折図形。
図3】実施例2において析出した沈殿物のSEM観察結果。
図4】実施例3において析出した沈殿物のSEM観察結果。
図5】実施例4において析出した沈殿物のSEM観察結果。
図6】実施例5において析出した沈殿物のSEM観察結果。
図7】実施例5において、熟成プロセス終了後の沈殿物より得られたX線回折図形。
図8】比較例1において析出した沈殿物のSEM観察結果。
図9】実施例6において析出した沈殿物のSEM観察結果。
図10】実施例7において析出した沈殿物のSEM観察結果。
図11】実施例8において析出した沈殿物のSEM観察結果。
図12】実施例10において析出した沈殿物のSEM観察結果。
図13】比較例2において析出した沈殿物のSEM観察結果。
【発明を実施するための形態】
【0015】
[砒素化合物]
本発明が処理対象とする砒素含有液(被処理液)としては、非鉄製錬の過程で発生するものを始めとして、いかなるものでも使用することが可能である。本発明においては、被処理液中の3価の砒素は予め全て酸化して、5価の砒酸イオンの形態にしておくことが好ましい。砒素の酸化については、例えば特開2009−242221号公報に開示されている方法を始めとして、公知のいかなる方法を用いても構わない。なお、本発明の実施例のモデル被処理液では、砒素源として5価の砒酸を用いている。
本発明においては、被処理液中の砒素濃度は特に規定するものではないが、鉄(2)化合物を添加した状態で、砒素として20g/L以上、好ましくは50g/L以上とする。砒素濃度が20g/L未満と低いと、結晶性砒酸鉄の生成速度が遅く、粒子径が小さくなるので、好ましくない。また一度に処理される砒素量が少ないので、経済的な観点から好ましくない。従って、砒素として20g/L以上、好ましくは50g/L以上と高い程好ましい。
被処理液中に溶解可能な砒素濃度の上限は、共存する金属イオンや他のアニオンの溶解量等、被処理液の発生の経緯によって変化する量であり、鉄(2)化合物を添加した状態で、砒酸鉄以外の沈殿物が発生しない様に、適宜調整する。
【0016】
[鉄(2)化合物]
本発明においては、被処理液中に鉄(2)イオンを共存させることが必須である。鉄(2)イオンそれ自身は、上述の様に、結晶性砒酸鉄に一部取り込まれるが、基本的には触媒として作用するものであり、添加した鉄(2)イオンの大部分は、結晶性砒酸鉄の析出後も、水溶液中に残存する。鉄(2)イオンの供給源としては、硫酸塩、硝酸塩、塩化物等、水に可溶性の塩であれば、いずれを用いても構わないが、価格および入手の容易さから、硫酸塩を用いるのが好ましい。
本発明においては、被処理液中に共存させる鉄(2)イオン濃度は特に規定するものではないが、5g/L〜75g/Lが好ましい。5g/L未満では、結晶性砒酸鉄の粒子径が小さくなるので、好ましくない。また、75g/Lを超えると、鉄(2)イオン添加の効果が飽和する。より好ましくは、鉄(2)イオン濃度を20g/L〜75g/Lとする。
本発明においては、鉄(3)化合物を水溶液で添加する場合には、被処理液の容積が時間と供に増大する。この場合、鉄(3)化合物の水溶液を全て添加した時点で、上述の鉄(2)イオン濃度の好ましい範囲になる様に調整する。
鉄(2)イオンを含む化合物は、水に溶解した液体状態で被処理液に添加しても、固体状態で被処理液に添加して、その中で溶解しても、いずれでも構わない。
なお、鉄(3)化合物を添加すると結晶性砒酸鉄が析出するので、公知の撹拌手段を用いて、被処理液を強撹拌する。
【0017】
[鉄(3)化合物]
本発明においては、5価の砒素化合物と鉄(2)イオンが共存する被処理液中に鉄(3)化合物を添加することにより、結晶性砒酸鉄を析出させる。鉄(3)化合物としては、硫酸塩、硝酸塩、塩化物等の塩類と、Fe23・nH2Oの化学式で表される鉄(3)の酸化物、含水酸化物のいずれを用いても良い(以下、含水酸化物も含めて酸化物と呼称する)。また、これらの鉄(3)塩は、イオン解離した液体状態で添加しても、固体状態で添加してもいずれでも構わない。
上述の塩類は、いずれを用いても構わないが、経済的な観点からは、硫酸塩の使用が好ましい。鉄(3)塩を被処理液に溶解するとイオン解離するので、砒酸鉄の析出反応は以下の化学式(1)または(2)で表され、いずれにしてもプロトンが放出されるので、反応系のpHは低下する。反応系のpHが低下すると、砒酸鉄析出の反応速度が低下するが、反応自体は継続するので、pH調整を行わなくても良いし、反応速度を増加させるためにpH調整を行っても構わない。
3AsO4(l)+Fe3+(l)→FeAsO4(s)+3H+(l) …(1)
2AsO4-(l)+Fe3+(l)→FeAsO4(s)+2H+(l) …(2)
鉄(3)の酸化物は、n=0の場合は酸化物Fe23あり、ヘマタイト、マグヘマイト等、n=1の場合はオキシ水酸化物FeOOHであり、ゲーサイト、レピドクロサイト等、n=3の場合は、水酸化物Fe(OH)3であり、バーナライト、不定形水酸化物等が存在するが、本発明の鉄(3)源としてはいずれを用いても良い。鉄(3)の酸化物を固体で被処理液に添加した場合の溶解反応は以下の(3)式で表されるので、砒酸鉄の析出反応は以下の化学式(4)または(5)で表される。鉄(3)イオンが未解離の砒酸と反応する場合には反応系のpHは変化しないが、1段解離の砒酸2水素イオンと反応する場合には、反応系のpHは上昇する。
1/2Fe23(s)+3/2H2O→Fe3+(l)+3OH-(l) …(3)
3AsO4(l)+1/2Fe23(s)→FeAsO4(s)+3H2O …(4)
2AsO4-(l)+1/2Fe23(s)→FeAsO4(s)+OH-(l)+2H2O …(5)
本発明においては、鉄(3)の酸化物としてマグネタイトを用いることも可能である。すなわち、マグネタイト(Fe34)はFeO・Fe23であり、結晶中に含まれるFeの2/3が鉄(3)の酸化物である。なお、鉄源としてマグネタイトを用いると、反応溶液中に鉄(2)イオンが蓄積する。
【0018】
本発明の場合、得られる砒酸鉄の結晶性は、鉄(3)化合物の添加速度に依存して変化する。鉄(3)をイオン状態で添加する場合には、添加速度が大き過ぎると、前駆体の発生速度が速くなり、得られる析出物がゲル状になり易く、結晶状になるまでに熟成時間を長く要する。また、添加速度が少な過ぎると、反応に長時間を要するので、経済的ではない。なお、処理の操作性を考えると、鉄(3)源として塩類を用いる場合の好適な速度は、所定量の鉄(3)源を1〜6時間で添加終了できるように調整することが好ましい。以上を総合的に考慮すると、鉄(3)の添加速度は、具体的には、処理液1Lに対して0.04〜4.0g/minが好ましく、0.25〜0.67g/minがより好ましい。
また、鉄(3)源として酸化物の固体を用いる場合には、酸化物の溶解反応を経由するので、好適な範囲は、0〜3時間で酸化物の全量を添加する様に調整する。ここで、0時間とは、所定量の鉄(3)源を反応開始時に一括添加することを意味し、添加された酸化物は、酸の作用により徐々に溶解し、鉄(3)イオンの供給源となる。
上記の説明は、鉄(3)化合物の添加速度を一定とするものであるが、本発明の砒酸鉄の析出反応は、砒素濃度の高い反応初期には反応速度が大きく、砒素濃度が減少する反応後期には小さくなる。そのため、被処理液への鉄(3)化合物の添加速度を多段にしても構わない。
その場合、鉄(3)源の添加前期の添加速度は、添加後期の添加速度より早め、添加開始から1〜2時間時点で、被処理液中の砒素の50〜80%が反応するように調整することが好ましい。これは、後述の熟成時間の確保の観点から好ましい。
鉄(3)化合物の添加量は、被処理液中の砒素と化学量論比の砒酸鉄を形成する量の1〜1.1倍の量にすることが好ましい。鉄(3)化合物を大過剰に添加しても、反応後期の析出反応速度は大きくならない上、被処理液中に鉄(3)化合物が大量に残存すると、排水処理上の問題が発生する。
【0019】
[pH]
本発明においては、反応系のpHは、砒酸鉄の析出速度および析出形態に影響を及ぼす重要な因子である。本発明においてpHは、以下で定義される。
本明細書に記載のpHの値は、JIS Z8802に基づき、ガラス電極を用い、pH標準液として、酸性域ではシュウ酸塩およびフタル酸塩緩衝液を、中性域では中性りん酸塩緩衝液を用いて、3点校正したpH計により測定した値をいう。
また、本明細書に記載のpHは、温度補償電極により補償されたpH計の示す測定値を、反応温度条件下で直接読み取った値である。
本発明においては、5価の砒素化合物と2価の鉄イオンが共存する被処理液のpHを1.0〜2.0とする。pHが1.0未満では、結晶性砒酸鉄の析出速度が小さいので、経済的に不利である。pHが2.0を超えると、前駆体の発生速度が速くなり、得られる析出物がゲル状になり易いので好ましくない。
なお、上述の様に、被処理液に、鉄(3)化合物を鉄(3)イオンで添加する場合には、反応の進行とともに被処理液のpHが低下するが、反応開始の時点で反応系のpHが前記の範囲内であれば、その後pHがその範囲外になっても、問題はない。
【0020】
[処理条件]
本発明においては、反応温度は特に規定するものではないが、90〜100℃が好ましい。反応温度が90℃未満では、結晶性砒酸鉄の析出に長時間を要するので、経済的に不利となる。反応温度が100℃を超えると、オートクレーブ等の高圧反応設備が必要となり、設備費用が高額となり、エネルギーコストも増大するので好ましくない。より好ましい範囲は90〜95℃である。
反応時間は、被処理液中に含まれる砒素濃度と鉄(3)化合物の添加速度とに依存するものであるが、後述する熟成プロセスを含めて7時間以内になる様に条件設定することが好ましい。
上述の様に、処理を開始すると沈殿物が発生するので、処理中は、被処理液を強撹拌する。
本発明においては、被処理液に鉄(2)イオンを共存させるが、撹拌に伴う空気の巻き込みによる鉄(2)イオンの酸化は、それ程多くはないので、特に雰囲気制御をする必要はない。酸化防止のために雰囲気を制御する場合でも、露点管理する等、厳密なものである必要はなく、撹拌による大気の巻き込みを防止する程度で足りる。具体的には、被処理液に窒素、アルゴン等の不活性ガスを吹き込み、そのガスにより被処理液上部をシールすれば良い。
【0021】
[熟成]
本発明においては、5価の砒素化合物と鉄(2)イオンが共存する被処理液中に鉄(3)化合物を添加することにより、結晶性の砒酸鉄を析出させるが、結晶性砒酸鉄の析出後に、結晶の熟成プロセスを設けると、結晶性砒酸鉄が粗大化するので、結晶性砒酸鉄の分離性をさらに高めることが出来る。熟成プロセスにおいては、微細析出物の消失やファセットの成長が観察されることから、オストワルド熟成に類似の現象が生起しているものと考えられる。
熟成プロセスは、被処理液への鉄(3)化合物の添加が終了した後、析出物の分散した被処理液をそのまま保持することにより行う。また、熟成プロセスを加速するために、被処理液を加温しても構わない。
なお、鉄(3)化合物を多段で添加する場合、反応後期において結晶性砒酸鉄の粗大化も起こるので、結晶性砒酸鉄の析出と同時に、結晶性砒酸鉄の熟成も起こっているものと考えられる。
【0022】
[酸化性ガス]
本発明においては、結晶性砒酸鉄の析出反応の後期に、酸素を含む酸化性ガスを吹き込むことにより、結晶性砒酸鉄の溶出特性と固液分離時の分離性を向上させ、結晶化反応終了後の砒素濃度をさらに低減することが出来る。
酸化性ガスとしては、純酸素ガス、空気等、酸素を含むガスを使用する。ここで、反応の後期とは、被処理液に溶存する砒素の80%以上が析出した時点を意味する。なお、反応開始時から酸化性ガスを吹き込むと、反応開始時に反応溶液中に添加した鉄(2)イオンが酸化するので、好ましくない。
酸化性ガスの吹込みにより、結晶性砒酸鉄の溶出特性と固液分離時の分離性が向上する理由に関しては、反応後期に残留する前駆体が酸化され結晶性砒酸鉄へ転換されることに起因するものと推定される。
さらに、結晶化反応終了後の砒素濃度をさらに低減する理由に関しては、酸化性ガスを吹き込むことにより未反応の砒素と鉄(3)酸化物や鉄イオン(3価、2価)による結晶化反応が同時に進行し結晶化反応が完結するためと推定される。
【0023】
[銅(2)イオン]
本発明においては、反応溶液に銅(2)イオンを共存させることにより、結晶性砒酸鉄への結晶化反応が反応初期から促進され、当該結晶性砒酸鉄の溶出特性の向上と共に結晶化反応終了後の砒素濃度をさらに低減することが出来る。
本発明においては、銅(2)イオン濃度は特に規定するものではないが、0.1g/L以上で効果が現れ、濃度の上昇とともに効果が高まっていく。しかし同時に結晶性砒酸鉄粒子が微細化していくので後述の種結晶を添加し結晶化反応を行うことで、結晶性砒酸鉄粒子の微細化を阻止することが出来る。
銅(2)イオンの共存により、結晶性砒酸鉄への結晶化反応が反応初期から促進される理由については、現時点で不明であるが、前駆体の表面での鉄(2)イオンと鉄(3)イオンとの不均化反応による砒酸(H3AsO4(aq))から砒酸2水素イオン(H2AsO4-(aq))への解離反応の触媒として作用することに起因するものと推定される。
また、反応溶液に銅(2)イオンを共存させると、鉄(3)酸化物の溶解が促進されるので、鉄源として鉄(3)の酸化物を用いる時に共存させることが好ましい。
【0024】
[種結晶]
本発明においては、反応溶液に種結晶としてスコロダイト結晶を添加することにより、得られる結晶性砒酸鉄が粗大化するので、結晶性砒酸鉄の分離性をさらに高めることが出来る。本発明においては、種結晶の添加量は特に規定するものではないが、10〜20g/Lで効果が飽和する。
鉄源として鉄(3)の酸化物を用いた場合、酸化物の溶解に時間を要し、反応にタイムラグが生ずるので、種結晶の添加が結晶性砒酸鉄の粗大化に有効である。
なお、種結晶として使用するスコロダイト結晶は、本発明をはじめとして、砒素化合物の回収により得られた結晶を使用することが可能であるが、結晶性砒酸鉄の粗大化のためには、可能な限り結晶性の良好なものを使用することが好ましい。
【0025】
[固液分離]
結晶性砒酸鉄の析出反応、または結晶性砒酸鉄の析出および熟成の終了した後、濾過、遠心分離等の公知の固液分離手段を用いて固相を分離する。残存する液相には、処理の際に添加した鉄(2)イオンの大部分が含まれているので、本発明を用いた砒素の分離・回収のための鉄(2)源として再利用することが可能である。
【0026】
[砒素、鉄(2)および鉄(3)の分析]
被処理液の上澄み液は、メンブレンフィルター(孔径0.45μm、φ47mm)で吸引ろ過後、100μLを100mLのメスフラスコに分取、60%硝酸0.77mLを加え、0.1mol/L硝酸溶液となるように蒸留水で希釈し100mLとした。この液をICP−AES分析装置(SPECTRO製 Arcos)で測定し、全砒素濃度および全鉄濃度を定量した。被処理液中の砒素はすべて添加形態の5価とみなし、全砒素濃度を砒素(5)濃度として扱った。
また鉄(2)は、300mLのコニカルビーカーに上記吸引ろ過後のろ液原液〜10倍希釈を10mL分取、(1+1)硫酸10mLを加え、全量がおよそ50mLになるように蒸留水で希釈、ホットプレート上で70℃まで加熱撹拌、0.02mol/Lの過マンガン酸カリウム水溶液で滴定し(終点は淡紅色)濃度を求めた。
鉄(3)濃度は、ICP−AESの全鉄濃度から鉄(2)濃度を差し引き求めた。
【実施例】
【0027】
[砒酸鉄の構造観察]
走査電子顕微鏡はHITACHI製SU6600を使用した。試料には白金蒸着をおこない、加速電圧15kVで観察した。X線回折装置はRIGAKU製RINT−Vを使用した。X線管球にはCuのKα線を用い、印加電圧40kV、電流30mAとした。
【0028】
[実施例1]
モデル被処理液として、(砒素(5)70g+鉄(2)48g)/Lの水溶液を545mL準備した。被処理液の初期pHは、酸やアルカリでの調整行わず、1.5となった。被処理液の温度を95℃とし、Arガスを流量700mL/minで吹き込み、テフロン(登録商標)被覆撹拌棒を用いて1000rpmで撹拌を行いながら、被処理液に鉄(3)イオンを添加した。鉄(3)イオン源としては、硫酸第二鉄を用い、鉄として160g/Lの水溶液で添加した。鉄(3)イオンを含む水溶液の添加速度は、添加開始から70minまでは2mL/min、70minから420minまでは0.1mL/minとした。被処理液に添加された鉄(3)イオンの全量は28.0gであり、最終的な被処理液の体積は、720mLとなった。また、反応終了時のpHは0.13であった。
反応終了後、被処理液を静置し、上澄み液中の砒素(5)、鉄(3)および鉄(2)の濃度を測定したところ、それぞれ3.6g/L、15.6g/L、および34.3g/Lであった。この結果は、処理前に被処理液中に含まれていた砒素(5)の93%、添加した鉄(3)イオンの60%が結晶性砒酸鉄の沈殿として分離されたことを意味する。この結果から、析出した結晶性砒酸鉄はほぼ量論比に近いものであることが判る。また、反応終了後の鉄(2)イオン量は、初期の94%であり、反応によりその量が殆ど変化していない。
図1に反応時間10min、60minおよび420minで得られた沈殿物のSEM写真を示す。反応時間10minでは、沈殿物はゲル状の前駆体であるが、反応時間60minおよび420minでは、結晶性砒酸鉄が生成していることが観察される。
図2に反応時間420minで得られた沈殿物のX線回折図形を示す。この条件で得られた沈殿物は、ほぼスコロダイト構造の結晶性砒酸鉄である。
【0029】
[実施例2]
初期の鉄(2)濃度を7g/Lとした以外は実施例1と同一の条件で結晶性砒酸鉄生成を行った。
図3に反応時間10min、60minおよび420minで得られた沈殿物のSEM写真を示す。いずれの反応時間においても、結晶性砒酸鉄の生成が観察される。得られた沈殿物は、ほぼスコロダイト構造の結晶性砒酸鉄であった。
【0030】
[実施例3]
初期の鉄(2)濃度を23g/Lとした以外は実施例1と同一の条件で結晶性砒酸鉄生成を行った。
図4に反応時間10min、60minおよび420minで得られた沈殿物のSEM写真を示す。いずれの反応時間においても、結晶性砒酸鉄の生成が観察される。得られた沈殿物は、ほぼスコロダイト構造の結晶性砒酸鉄であった。
【0031】
[実施例4]
初期の鉄(2)濃度を75g/Lとした以外は実施例1と同一の条件で結晶性砒酸鉄生成を行った。
図5に反応時間10min、60minおよび420minで得られた沈殿物のSEM写真を示す。いずれの反応時間においても、結晶性砒酸鉄の生成とファセットの成長が観察される。得られた沈殿物は、ほぼスコロダイト構造の結晶性砒酸鉄であった。
【0032】
[実施例5]
モデル被処理液として、(砒素(5)51g+鉄(2)56g)/Lの水溶液を720mL準備した。被処理液の初期pHは、酸やアルカリでの調整行わず、1.6となった。被処理液の温度を95℃とし、Arガスを流量700mL/minで吹き込み、テフロン(登録商標)被覆撹拌棒を用いて1000rpmで撹拌を行いながら、被処理液にヘマタイト(Fe23)を添加した。添加するヘマタイトには、50%粒子径(D50)が18.14μm、BET法により測定した比表面積が8.296m2/gのものを用いた。ヘマタイトの添加速度は、添加開始から70minまで572mg/min(鉄(3)に換算すると400mg/min)とし、70minでヘマタイトの添加を止め、その後420minまで同一の被処理液中で沈殿物の熟成を行った。被処理液に添加された鉄(3)イオンの全量は28gである。また、熟成ステップ終了時のpHは2.18であり、反応開始時点よりわずかに上昇した。
ヘマタイトの添加終了直前の60minでの被処理液の上澄み液中の砒素(5)、鉄(3)および鉄(2)の濃度を測定したところ、それぞれ13.0g/L、3.1g/L、および51.4g/Lであった。この結果は、処理前に被処理液中に含まれていた砒素(5)の74%、添加した鉄(3)イオンの92%が結晶性砒酸鉄の沈殿として分離されたことを意味する。この結果から、析出した結晶性砒酸鉄はほぼ量論比に近いものであることが判る。また、熟成ステップ終了後の鉄(2)イオン量は、初期の107%であり、反応によりその量が殆ど変化していない。熟成ステップ終了後に、上澄み液中の砒素(5)、および鉄(3)の濃度を測定したところ、それぞれ1.1g/L、および2.7g/Lであった。したがって、熟成ステップ中においても、わずかであるが砒酸鉄の析出が起こっていることが判る。
図6に反応時間60minおよび420minで得られた沈殿物のSEM写真を示す。反応時間60minでは、多量のゲル状の前駆体の生成が見られ、熟成ステップ終了後の420minでは、結晶性砒酸鉄のファセットが成長していることが観察される。
図7に熟成ステップ終了後に得られた沈殿物のX線回折図形を示す。得られた沈殿物は、ほぼスコロダイト構造の結晶性砒酸鉄であるが、残留した未溶解ヘマタイトの微小なピークも見られる。
【0033】
[比較例1]
初期に被処理液に共存させる鉄(2)イオンの濃度を0g/L、すなわち無添加とした以外は実施例1と同じ条件で処理を行った。反応終了後の砒素(5)および鉄(3)の濃度はそれぞれ30.3g/L、および29.9g/Lであった。この結果は、処理前に被処理液中に含まれていた砒素(5)の35%、添加した鉄(3)イオンの23%が砒酸鉄の沈殿として分離されたことを意味する。なお、この条件下では、反応時間10minでは前駆体の生成は観察されず、沈殿物も回収されなかった。
図8に反応時間60minおよび420minで得られた沈殿物のSEM写真を示す。なお、反応時間10minでは、沈殿物は回収されなかった。沈殿物はいずれも、微小粒子の凝集体であった。
【0034】
[実施例6]
モデル被処理液として、60%砒酸溶液と硫酸第一鉄とを用いて、(砒素(5)45g+鉄(2)16.8g)/Lの水溶液を800mL準備し、これに鉄(3)源としてヘマタイト(Fe23)を投入し、4枚邪魔板付き2段ディスクタービン羽で撹拌しながら昇温し、95℃になった時点から360min間、砒酸鉄の析出反応を行った。本実施例では、ヘマタイトとして、粒子径(D50)が27.1μm、比表面積6.8m2/gのものを用いた。なお、この条件は、Fe(2)/As(5)のモル比が0.5、Fe(3)/As(5)のモル比が0.8、全Fe/As(5)のモル比が1.3である。なお、Fe(3)の投入量は、原料のヘマタイト(Fe23)を化学分析して決定した。反応は、大気開放条件下、1000rpmで撹拌を行いながら行い、被処理液のpHが1.7を超過しない様に制御した。反応終了後、被処理液を静置し、上澄み液中の砒素(5)、鉄(3)および鉄(2)の濃度を測定したところ、それぞれ3.3g/L、0.1g/L、および12.4g/Lであった。
図9に反応時間360minで得られた本実施例の沈殿物のSEM写真を示す。図9では、スコロダイト状の結晶性砒酸鉄の生成が観察される。本実施例で得られた砒酸鉄結晶は、環境庁告示13号で規定される方法で測定した砒素の溶出値が0.05mg/Lであり、耐砒素溶出性に優れたものであった。なお、図9〜13の場合、それぞれの写真の下部中央にある白いバーの長さが1μmに相当する。
【0035】
[実施例7]
反応時間180min以降は、ガラス管を介し反応容器底部より酸素ガスを1L/minのペースで吹き込んだ以外は、実施例6と同じ条件で砒酸鉄の析出反応を行った。この場合、反応終了後の上澄み液中の砒素(5)、鉄(3)および鉄(2)の濃度は、それぞれ0.77g/L、1.1g/L、および12.1g/Lであり、得られた砒酸鉄結晶の砒素溶出値は0.04mg/Lであった。図10に反応時間360minで得られた本実施例の沈殿物のSEM写真を示す。
【0036】
[実施例8]
モデル被処理液として、60%砒酸溶液と硫酸第一鉄および硫酸銅とを用いて、(砒素(5)45g+鉄(2)8.4g+銅(2)1.0g)/Lの水溶液を800mL準備し、これに鉄(3)源として実施例6で用いたもと同一Lotのヘマタイト(Fe23)を添加し、実施例6と同じ手順で砒酸鉄の析出反応を行った。なお、この条件は、Fe(2)/As(5)のモル比が0.25、Fe(3)/As(5)のモル比が1.0、全Fe/As(5)のモル比が1.25である。この場合、反応終了後の上澄み液中の砒素(5)、鉄(3)および鉄(2)の濃度は、それぞれ0.06g/L、0.6g/L、および3.0g/Lであり、得られた砒酸鉄結晶の砒素溶出値は0.03mg/Lであった。図11に反応時間360minで得られた本実施例の沈殿物のSEM写真を示す。
【0037】
[実施例9]
銅(2)イオン濃度が0g/Lであること以外は実施例8と同一の砒酸鉄析出反応条件において、反応時間180min以降から酸素ガス1L/minのペースで吹き込んだ場合と吹き込まない場合の2種類の試験を行った。
酸素を吹き込んだ場合の反応終了後の上澄み液中の砒素(5)、鉄(3)および鉄(2)の濃度は、それぞれ0.49g/L、0.1g/L、および4.2g/Lであり、得られた砒酸鉄結晶の砒素溶出値は0.06mg/Lであった。
一方、酸素を吹き込まない場合の反応終了後の上澄み液中の砒素(5)、鉄(3)および鉄(2)の濃度は、それぞれ1.61g/L、<0.1g/L、および6.4g/Lであり、得られた砒酸鉄結晶の砒素溶出値は0.35mg/Lであった。
本実施例8および実施例9より、水溶液中のFe(2)/As(5)のモル比が0.25のように共存するFe(2)イオン濃度が低い場合には、砒酸鉄結晶の生成速度が低下するため反応を完結させるまでの熟成時間を十分に取る必要があると考えられるが(例えば、本実施例で反応後期に酸素を吹き込まなかった試験が該当)、反応後期に酸素を吹き込むか(本実施例で反応後期に酸素を吹き込んだ試験が該当)、水溶液に銅(2)イオンを共存(実施例8が該当)させることで、同じ反応時間でも得られる結晶性砒酸鉄の溶出特性は向上し、さらに反応後の液中の砒素濃度がさらに低下することが理解される。
【0038】
[実施例10]
モデル被処理液として、60%砒酸溶液と硫酸第一鉄および硫酸銅とを用いて、(砒素(5)45g+鉄(2)16.8g+銅(2)30g)/Lの水溶液を800mL準備し、これに鉄(3)源として実施例6で用いたものと同一Lotのヘマタイト(Fe23)を添加し、実施例6と同じ手順で砒酸鉄の析出反応を行った。なお、この条件は、Fe(2)/As(5)のモル比が0.5、Fe(3)/As(5)のモル比が1.0、全Fe/As(5)のモル比が1.5である。この場合、反応終了後の上澄み液中の砒素(5)、鉄(3)および鉄(2)の濃度は、それぞれ0.04g/L、3.1g/L、および7.8g/Lであり、得られた砒酸鉄結晶の砒素溶出値は0.03mg/Lであった。尚、当該砒酸鉄結晶の粒子径(D50)は3.0μmであった。
次に、上記試験で得られた砒酸鉄結晶を種晶として15g/Lの濃度で上記水溶液に添加した以外は上記試験と全く同じ条件で砒酸鉄の析出反応を行った。
この場合、反応終了後の上澄み液中の砒素(5)、鉄(3)および鉄(2)の濃度は、それぞれ0.08g/L、3.2g/L、および8.0g/Lであり、得られた砒酸鉄結晶の砒素溶出値は0.08mg/Lであった。尚、当該砒酸鉄結晶の粒子径(D50)は15.5μmであった。図12に反応時間360minで得られた砒酸鉄結晶のSEM写真を示す。
以上の結果から、結晶化反応時に種晶を共存させることにより、得られる砒酸鉄結晶粒子の肥大化が達成されることが理解される。
【0039】
[比較例2]
モデル被処理液として、60%砒酸溶液を用いて、砒素(5)45g/Lの水溶液を800mL準備し、これに鉄(3)源として実施例6で用いたものと同一Lotのヘマタイト(Fe23)を添加し、実施例6と同じ手順で砒酸鉄の析出反応を行った。なお、この条件は、Fe(2)/As(5)のモル比が0、Fe(3)/As(5)のモル比が1.0、全Fe/As(5)のモル比が1.0である。本比較例における反応終了後の上澄み液中の砒素(5)濃度は、36g/Lであり、添加したヘマタイト結晶のかなりの部分が反応せずに残存する結果となった。尚、当該沈殿物の砒素溶出値は14.3mg/Lであった。図13に反応時間360minで得られた本比較例の沈殿物のSEM写真を示す。
図1
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