特許第6286275号(P6286275)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 中部電力株式会社の特許一覧

<>
  • 特許6286275-熱電変換材料 図000020
  • 特許6286275-熱電変換材料 図000021
  • 特許6286275-熱電変換材料 図000022
  • 特許6286275-熱電変換材料 図000023
  • 特許6286275-熱電変換材料 図000024
  • 特許6286275-熱電変換材料 図000025
  • 特許6286275-熱電変換材料 図000026
  • 特許6286275-熱電変換材料 図000027
  • 特許6286275-熱電変換材料 図000028
  • 特許6286275-熱電変換材料 図000029
  • 特許6286275-熱電変換材料 図000030
  • 特許6286275-熱電変換材料 図000031
  • 特許6286275-熱電変換材料 図000032
  • 特許6286275-熱電変換材料 図000033
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6286275
(24)【登録日】2018年2月9日
(45)【発行日】2018年2月28日
(54)【発明の名称】熱電変換材料
(51)【国際特許分類】
   H01L 35/22 20060101AFI20180215BHJP
   H01L 35/34 20060101ALI20180215BHJP
   C04B 35/45 20060101ALI20180215BHJP
   C01G 3/00 20060101ALN20180215BHJP
【FI】
   H01L35/22
   H01L35/34
   C04B35/45
   !C01G3/00
【請求項の数】10
【全頁数】23
(21)【出願番号】特願2014-94074(P2014-94074)
(22)【出願日】2014年4月30日
(65)【公開番号】特開2015-99908(P2015-99908A)
(43)【公開日】2015年5月28日
【審査請求日】2017年2月24日
(31)【優先権主張番号】特願2013-216535(P2013-216535)
(32)【優先日】2013年10月17日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000213297
【氏名又は名称】中部電力株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100105957
【弁理士】
【氏名又は名称】恩田 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100068755
【弁理士】
【氏名又は名称】恩田 博宣
(72)【発明者】
【氏名】森 匡見
(72)【発明者】
【氏名】桑原 彰秀
(72)【発明者】
【氏名】森分 博紀
【審査官】 鈴木 肇
(56)【参考文献】
【文献】 特開平11−278834(JP,A)
【文献】 特開2002−026407(JP,A)
【文献】 特開2013−023419(JP,A)
【文献】 特開2005−276952(JP,A)
【文献】 特開2006−294960(JP,A)
【文献】 特開平04−059654(JP,A)
【文献】 特開平03−222213(JP,A)
【文献】 特開平02−196019(JP,A)
【文献】 特開平08−217439(JP,A)
【文献】 特開2003−332637(JP,A)
【文献】 特開2009−004542(JP,A)
【文献】 特開2007−158192(JP,A)
【文献】 特開2007−273463(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01L 27/16
H01L 35/00 −37/04
C01G 1/00 −23/08
C04B 35/00 −35/047
C04B 35/053−35/106
C04B 35/109−35/22
C04B 35/45 −35/457
C04B 35/547−35/553
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
銅元素と酸素元素を主成分とした化合物であって、
主成分としてはレアメタル、希土類金属、及び貴金属を含まないとともに、温度400〜1100Kにおけるゼーベック係数が絶対値で150μV/K以上であり、
前記化合物は銅元素に酸素が4配位したユニット構造を有し、前記ユニット構造は層状或いは鎖状で配列されている熱電変換材料。
【請求項2】
銅元素と酸素元素を主成分とした化合物であって、
主成分としてはレアメタル、希土類金属、及び貴金属を含まないとともに、温度400〜800Kにおけるゼーベック係数が絶対値で150μV/K以上であり、
前記化合物は銅元素に酸素が4配位したユニット構造を有し、前記ユニット構造は層状或いは鎖状で配列されている熱電変換材料。
【請求項3】
主成分として有害元素As,Cd,Hg,Pbを含まない請求項1または請求項2に記載の熱電変換材料。
【請求項4】
化学式がMCuO,MCu,MCuO,CuMOのいずれか1つで表される請求項1乃至請求項のうちいずれか1項に記載の熱電変換材料。ただし、Mは元素である。
【請求項5】
前記元素Mは、H,C,N,Na,Mg,Si,P,S,K,Ca,Fe,Znのいずれか1つを主成分として含有する請求項に記載の熱電変換材料。
【請求項6】
CaCuO,CaCu,CaCuO,及びCuSiOのいずれか1つを含む化合物を主成分とする請求項1乃至請求項5のうちいずれか1項に記載の熱電変換材料。
【請求項7】
前記化合物が、Ca(2−x)NaCuO(0.0005≦x≦0.05)、及びCa(2−y)CuO(0.0005≦y≦0.05)のうち、いずれか1つの化合物である請求項に記載の熱電変換材料。
【請求項8】
前記Ca(2−x)NaCuO(0.0005≦x≦0.05)は、CaCO、CuO及びNaCOの粉末が固相反応法にて処理されたものである請求項に記載の熱電変換材料。
【請求項9】
前記Ca(2−y)CuO(0.0005≦y≦0.05)は、CaCO、CuO及びYの粉末が固相反応法にて処理されたものである請求項に記載の熱電変換材料。
【請求項10】
前記Ca(2−x)NaCuO(0.0005≦x≦0.05)は、CaCO、CuOの両粉末が固相反応法にて処理されて、前記固相反応法で得られた焼結体を粉砕した粉末がプラズマ焼結で製造されたものである請求項に記載の熱電変換材料。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱電変換材料に関する。
【背景技術】
【0002】
熱電変換材料は、材料の両端に温度差を設けると熱(温度差)を電気に変換(発電)するゼーベック効果と、材料の両端に電圧を印加すると両端に温度差(一方が発熱、他方が吸熱)が発生するペルチェ効果の2つを有している。
【0003】
特に、ゼーベック効果は熱を電気へ容易に変換でき、それらを用いた変換モジュール構造が簡便なことから、古くから技術的に注目されてきた。
しかし、熱電変換材料はペルチェ効果を利用した小型冷蔵庫の冷却や、宇宙分野でゼーベック効果を利用した惑星間探査機の通信用電力源(ラジオアイソトープの崩壊熱による発電)というような限られた用途でしか現状実用化されていない。
【0004】
熱電変換材料が広く実用化されない理由は、熱電変換性能が現状では実用上不十分であること以外に、元素埋蔵量枯渇に伴う原材料高騰要因がある。
従来から広く知られているBiTe系の合金材料は、比較的高い熱電変換性能(ゼーベック係数Sは100μV/K程度)を有するが、経年や周囲の環境で酸化されると性能が劣化し、特に、高温で使用する際は酸化劣化が促進され、実用上課題があった。
【0005】
また、近年提案されたNaCo、CaCo(特許文献3、特許文献6、特許文献7)に代表される酸化物系熱電変換材料は、酸化の心配がなく、高温度領域でも安定なことから材料開発が活発である。また、それ以外にも数多くの特許文献1、2、4、5、8〜13が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2012−28488号公報
【特許文献2】特開2008−300759号公報
【特許文献3】特開2008−159638号公報
【特許文献4】特開2008−078334号公報
【特許文献5】特開2008−21667号公報
【特許文献6】特開2000−211971号公報
【特許文献7】特開平10−256612号公報
【特許文献8】特開2006−108598号公報
【特許文献9】特開2001−257385号公報
【特許文献10】特開2000−269560号公報
【特許文献11】特開平09−321346号公報
【特許文献12】特開2007−53228号公報
【特許文献13】特開2008−306127号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、特許文献1〜13で提案されている熱電変換材料はコバルト酸化物を注視した材料系であったり、或いは、他のレアメタルや希土類金属を含有する材料系が含まれる。このため、元素埋蔵量枯渇に伴う原材料高騰が実用化促進の弊害となると考えられている。さらに、有害元素を主成分とする材料系も同様に広く普及するのは潜在的に環境問題を抱えている。
【0008】
そのため、レアメタル、希土類金属及び有害元素を主成分として含まず、高い熱電変換性能を有し、さらに低い材料コストと耐久性を兼ね備えた新規熱電変換材料が切望されていたが、新規材料を探索する理論的な知見が確立されていない状況である。
【0009】
本発明の目的は、上記の事情を鑑み、安価で安全な元素のみを組み合わせて、熱電変換性能評価指標の1つであるゼーベック係数を格段に向上でき、かつ、耐久性が高く汎用的な新規熱電変換材料を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の熱電変換材料は、銅元素と酸素元素を主成分とした化合物であって、主成分としてはレアメタル、希土類金属、及び貴金属を含まないとともに、温度400〜1100Kにおけるゼーベック係数が絶対値で150μV/K以上である。
【0011】
また、本発明の熱電変換材料は、銅元素と酸素元素を主成分とした化合物であって、主成分としてはレアメタル、希土類金属、及び貴金属を含まないとともに、温度400〜800Kにおけるゼーベック係数が絶対値で150μV/K以上である。
【0012】
前記主成分として有害元素As,Cd,Hg,Pbを含まないことが好ましい。
また、前記化合物は、銅元素に酸素が4配位したユニット構造を有し、前記ユニット構造は層状或いは鎖状で配列されていることが好ましい。
【0013】
また、化学式がMCuO,MCu,MCuO,CuMOのいずれか1つで表されることが好ましい。ただし、Mは元素を表す。
また、前記元素Mは、H,C,N,Na,Mg,Si,P,S,K,Ca,Fe,Znのいずれか1つを主成分として含有することが好ましい。
【0014】
また、CaCuO,CaCu,CaCuO,及びCuSiOのいずれか1つを含む化合物を主成分とすることが好ましい。
また、前記化合物が、Ca(2−x)NaCuO(0.0005≦x≦0.05)、及びCa(2−y)CuO(0.0005≦y≦0.05)のうち、いずれか1つの化合物であることが好ましい。
【0015】
また、前記Ca(2−x)NaCuO(0.0005≦x≦0.05)が、CaCO、CuO及びNaCOの粉末が固相反応法にて処理されたものであることが好ましい。
【0016】
また、前記Ca(2−y)CuO(0.0005≦y≦0.05)は、CaCO、CuO及びYの粉末が固相反応法にて処理されたものであることが好ましい。
また、前記Ca(2−x)NaCuO(0.0005≦x≦0.05)は、CaCO、CuOの両粉末が固相反応法にて処理されて、前記固相反応法で得られた焼結体を粉砕した粉末がプラズマ焼結で製造されたものでもよい。
【0017】
また、前記化合物は銅元素に酸素が2配位したユニット構造を有し、前記ユニット構造は鎖状で配列されていてもよい。
また、この場合、前記元素Mは、Alであることが好ましい。
【0018】
また、この場合、CuAlOの化合物を主成分とすることが好ましい。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、安価で安全な元素のみを組み合わせて、熱電変換性能評価指標の1つであるゼーベック係数を格段に向上するとともに耐久性が高く汎用的な熱電変換材料になる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】(a)は逆格子点における群速度の偏分による求め方の説明図、(b)は逆格子点における群速度の差分による求め方の説明図。
図2】NaxCoO(0.75<x<0.9)の結晶構造の模式図。
図3】Na0.5CoOの結晶構造の模式図。
図4】(a)はintermediate spin状態にあるNa0.5CoOの中で最安定の電荷整列相(空間)の結晶構造の模式図、(b)は同じく(001)面のCoO層の模式図、(c)は同じく(002)面のCoO層の模式図。
図5】intermediate spin状態にあるNa0.5CoOにおけるバンド構造の特性図。
図6】CaCuOの結晶構造の模式図。
図7】CaCuOの結晶構造を平面視した模式図。
図8】CaCuの結晶構造の模式図。
図9】(a)はCaCuOの結晶構造の模式図、(b)はCaCuOの結晶構造を平面視した模式図。
図10】(a)はCuSiOの結晶構造の模式図、(b)はCuSiOの結晶構造の平面視した模式図。
図11】CuAlOの結晶構造の模式図。
図12】各化合物のゼーベック係数の特性グラフ。
図13】(a)は無添加CaCuO、Na添加CaCuO及びY添加CaCuOの粉末X線回折パターンを示すチャート、(b)は、Powder Diffraction(登録商標)で報告されているCaCuOの粉末X線回折パターンを示すチャート。
図14】SPS(プラズマ焼結)で合成したNa添加CaCuOの粉末X線回折パターンを示すチャート。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明を具体化した実施形態について図1図14を参照して説明する。
本実施形態の熱電変換材料は、「安全」、「安価」な元素を選択し、ほぼ無数にある元素の組み合わせから、熱電変換性能を評価することにより有望な材料を抽出することにより得られたものである。
【0022】
ここでまず、評価したい化合物をすべて合成することは膨大な実験コストと時間が必要となるため、現実的ではなく、効率的に材料探索を実施するため「計算科学」手法の導入により行う。
【0023】
(ゼーベック係数)
ゼーベック係数は、1Kの温度差によって生じる起電力の大きさを表す。
ところで、前述したように比較的高い熱電変換性能を有しているとされているBiTe系の合金材料においてはゼーベック係数Sが100μV/K程度である。しかし、ビスマス及びテルルは、レアメタルであり、背景技術でも説明したように、安価ではなく、希少元素である。
【0024】
また、レアメタル、希土類金属、及び貴金属を含まず、かつ、主成分として有害元素As,Cd,Hg,Pbを含まないで、安価で安全な元素のみを組み合わせて温度400〜1100K、特に、温度400〜800Kにおけるゼーベック係数が150μV/K以上の高いものは少なく、多くは知られていないのが現状である。ゼーベック係数が150μV/K以上を越える場合は、熱電変換性能が従来にない極めて高い値である。本実施形態では、温度400〜1100Kにおけるゼーベック係数が絶対値で150μV/K以上の化合物を後述する計算科学で探索したものである。
【0025】
計算科学分野で、最も汎用的に用いられている第一原理計算の計算プログラム(VASPコード)では、化合物の電子状態を計算する技術は確立されているが、熱電変換特性の評価指標となるゼーベック係数S(単位:μV/K)をどのように計算できるのか解っていなかった。
【0026】
そこで、第一原理計算から得られる電子構造をもとに、ゼーベック係数を計算する計算技術の開発を実施した。ゼーベック係数の数値計算には、フェルミエネルギー、キャリア電子(ホール)のエネルギーと群速度ベクトルの情報が必要になることが、下記の理論的考察から導いた。
【0027】
(ゼーベック係数の数値計算の理論的考察)
電場及び温度勾配が存在する際の物質中の輸送現象はボルツマン方程式により記述される。今、電場Eと温度勾配∇Tが存在する場における電流Jは、式(1)で表される。
【0028】
【数1】
式(1)中の変数の対応は以下の通りである。
【0029】
e:電荷素量、τ:緩和時間、
k:逆格子ベクトル、vk:逆格子ベクトルkにおける伝導電子の群速度ベクトル、
ε:伝導電子のエネルギー、μ:系のフェルミエネルギー、
f:フェルミ分布関数
今、ゼーベック効果が発生する温度勾配∇Tが存在する場を想定する。このとき、開口端起電力は、J=0であることから、式(1)を変形して式(2)、式(3)を得る。
【0030】
【数2】
【0031】
【数3】
温度差ΔT、発生する起電力Φとすると、ゼーベック係数Sは、式(4)で表される。
【0032】
【数4】
式(3)と式(4)を比較すると、
【0033】
【数5】
となることが分かる。
【0034】
前節でのゼーベック係数の導出から分かるように、理論計算により任意の温度Tにおけるゼーベック係数を決定するためには、いくつかの未知変数を決定する必要がある。
式(3)の中で事前に値が判明していないパラメータは、(i)伝導電子のエネルギー、(ii)フェルミエネルギー、(iii)群速度ベクトルの3つである。これら3つの変数を第一原理計算で求める必要がある。
【0035】
(i)キャリア電子(ホール)のエネルギーε(伝導電子のエネルギー)
第一原理計算から、各バンドにおけるエネルギー固有値が求まる。これにより、任意の逆格子ベクトルにおいて、伝導帯に位置するバンドを占有する伝導電子のエネルギーεが得られる。
【0036】
(ii)フェルミエネルギーμ
i番目における電子の占有数nは1つのバンドにおける最大占有数2とフェルミ−ディラック分布関数f(ε)の積により以下のように決定される。
【0037】
【数6】
計算に用いた全ての逆格子ベクトルにおける各バンドの占有数の総和は全電子数Nに等しくなるので、Nについては以下の等式が成立する。
【0038】
【数7】
はボルツマン定数、Nは第一原理計算において計算に用いられた逆格子ベクトルの数である。N、N、ε、kは既知のパラメータなので、この式を満たすように任意の温度におけるフェルミエネルギーμを決定することが可能となる。
【0039】
なお、第一原理計算において、スピン分極が考慮された場合、1つのバンドの占有数は最大1となるので、式(6)の分数の分子、式(7)のΣの中の分数の分子は共に1となるので注意する必要がある。
【0040】
また、状態密度D(ε)を計算し、フェルミ分布関数からキャリア電子濃度(n)とキャリアホール濃度(n)を計算することで、フェルミエネルギーを決定することも可能である。nとnは以下の式(8)、式(9)で表される。
【0041】
【数8】
【0042】
【数9】
式(8)中のCBBは、Conduction Band Bottomの略で、伝導帯の底の意味である。また、式(9)中のVBTは、Valence Band Topの略で、価電子帯の頂上の意味である。
【0043】
ここで、n=nの条件を満たすようにフェルミエネルギーμを決定する。
(iii)キャリア電子(ホール)の群速度ベクトル
ある逆格子ベクトルkを有する伝導電子がi番目のバンドを占有し、エネルギーε、kを有するとする。この伝導電子の群速度ベクトルv(k)は、式(10)となる。
【0044】
【数10】
群速度ベクトルv(k)を得るためには伝導帯バンドのエネルギーの逆格子空間における偏分を計算する必要がある。実物質における電子のエネルギーは逆格子空間において関数として記述できるわけではない。よって、これらの偏分を解析的に求めることは不可能である。偏分を直接求める代わりに、ここでは差分法により群速度を求める。
【0045】
差分法による群速度ベクトルは式(11)のように表される。
【0046】
【数11】
以上の3つのパラメータを第一原理計算により求めることでゼーベック係数を理論的に計算することが可能となる。
【0047】
なお、偏分と差分法による群速度の模式図を図1(a)、(b)に示す。なお、図1(a)、(b)では、簡便のため、1次元の逆格子空間で図示している。
図1(b)に示すように、逆格子空間を十分に密なメッシュ間隔で区切り、2つの逆格子点でのバンドのエネルギー差とのその逆格子点間隔から群速度ベクトルを求める。
【0048】
式(5)で示されているように、ゼーベック係数は2階のテンソル量である。多結晶体におけるゼーベック係数の実験値(Sexp)と比較する場合、測定試料内で結晶がランダムに分散していると仮定すれば、
【0049】
【数12】
となる。
【0050】
ここでは、多結晶体におけるゼーベック係数を想定し、ゼーベック係数テンソルの対角成分の平均値
【0051】
【数13】
としてゼーベック係数の値を決めている。
【0052】
なお、式(12)中、Trはテンソルの縮約を表す記号である。
(ゼーベック係数の計算)
キャリア電子(ホール)のエネルギーは第一原理計算から直接得ることができる。また、フェルミエネルギーは状態密度の計算から導出可能である。群速度ベクトルの計算については、ブリルアンゾーン内で例えば1000点以上のサンプル点を抽出し、各点でのバンド計算を実施し、隣接するサンプル点との逆格子点ベクトルと各バンドのエネルギー固有値の差分から群速度ベクトルを求める。これらは、コンピュータにより計算することが可能である。
【0053】
(ゼーベック係数の計算結果妥当性の検証)
上記のゼーベック係数の計算結果の妥当性を検証するために、実験から熱電変換性能が評価されているNa0.5CoOをサンプルとした。
【0054】
まず、結晶構造及び電子構造を計算から詳細に決定し、それらの結果を使いゼーベック係数を求め、報告されている実験値と比較した。
ナトリウムコバルト系酸化物(Na0.5CoO)は、NaCoO(0<x<1)という化学式で代表される層状酸化物である。NaCoO(0<x<1)は、xの数値に依存してその単位格子の構造が変化する。Na0.5CoOの構造はNaCoO(0.75<x<0.9)の構造を基本とする。図2は、NaCoO(0.75<x<0.9)の結晶構造を示している。NaCoO(0.75<x<0.9)の空間群はP6/mmcの六方晶に属している。
【0055】
図2に示すように、NaCoO(0.75<x<0.9)は、CoO層と、Na層の積層構造を持つ。Naは2bサイトと2dサイトに存在するが、それぞれが完全に占有するのではなく、xの数値に応じてそれぞれのサイトを部分的に占有する。
【0056】
次に、図3は、Na0.5CoOの結晶構造を示している。同図に示すように、Na0.5CoOは、空間群Pnmmの斜方晶系に属している。この結晶構造もCoO層とNa層の積層構造を持つ。NaCoO(0.75<x<0.9)のNaサイトに規則的に空孔を導入することでNa0.5CoOの結晶構造に合致する。
【0057】
Na0.5CoOの電子状態計算及び構造最適化計算には、平面波基底Projector Augumented Wave法の第一原理計算ソフトであるVASPcodeを用いている。電子間の交換相関ポテンシャルは一般化勾配近似(Generalized Gradient Approximation:GGA)の元で定式化されている。各原子で価電子として扱われている電子配置は、Na原子は2p 3s、Co原子は3d 4s、O原子は2s 2pとなっている。
【0058】
電子系はスピン分極させた計算を行い、特に3d遷移金属に属する強相関電子系の振る舞いを表現するために、オンサイトクーロンポテンシャル項を考慮したGGA+Uによる電子状態計算を実施した。
【0059】
Coの3d軌道に対してU=6eVとした。波動関数の平面波による線形結合表現におけるカットオフエネルギーは500eVとした。
構造最適化計算は各原子に働く量子力学的な力Hellmann-Feynman(HF)力が0.02eV/Å以下になるまで実施する。Na0.5CoOでは、Coイオンの形式電荷は、単純には+3.5価と計算される。このように遷移金属の形式電荷が非整数となる場合、電荷が偏ることで整数の価数を有する2種類のイオンに分離し、そのイオンが規則的に配置する”電荷整列相”となる可能性がある。交換群Pnmmの単位格子には4dサイト、4eサイトの2種類、全部で8個のCoサイトが存在する。
【0060】
本実施形態では、Coの価数状態の計算を詳細に行うため、8個のCoサイトを明示的に4個のCo3+サイト、4個のCo4+サイトに区別した電荷整列状態を初期磁気構造とする計算を実施した。Pnmmという対称性の拘束条件を考慮しない時の、組み合わせの場合の数はにより70通りとなるが、Pnmmの対称性を考慮すると、16種類の非等価なモデルを計算することになる。
【0061】
Na0.5CoOに対する電子構造の計算の結果から、Na0.5CoOは電荷整列相におけるCo3+、Co4+イオンの配置の変化、Co4+のスピン状態の変化など電子系の状態が様々に変化し得ることがあきらかになっている。Na0.5CoOの電子構造の特徴は、以下の通りである。
【0062】
(1)組成式から算出されるCoの価数は+3.5価。絶対零度での計算に相当する第一原理計算では、単位格子中においてCo3+とCo4+が1:1の比率でCoサイトに規則的に分布する電荷整列状態が安定な電子構造として得られる。
【0063】
(2)Co3+とCo4+の配置によってエネルギー状態が変化する。
(3)Co3+(3d)とCo4+(3d)の電子スピンの配置はlow spin状態にある。すなわち、Co3+はt2g軌道が全て6個の電子で占有される非磁性状態、Co4+はt2g軌道が5個の電子で占有される磁性を有する状態(有効磁気モーメントは1μB)にある。しかし、格子中での配置環境によっては、Co4+のt2g軌道の電子1個がe軌道を占有する中間スピン状態(3μB)になることもある。
【0064】
ゼーベック係数の計算にあたっては、対象とする物質の電子密度分布の情報が必須入力情報の1つである。様々な電荷整列相、磁気構造、電子構造を取り得ることが確認されたNa0.5CoOであるが、図4(a)〜(c)に示すintermediate spin状態にある空間群P2の電荷整列相の電子構造を用いることにした。
【0065】
図4(a)には、intermediate spin状態にあるNa0.5CoOの中で最安定の電荷整列相(空間)の結晶構造が示されている。また、図4(b)は(001)面のCoO層が示されている。また、図4(c)は(002)面のCoO層が示されている。
【0066】
また、intermediate spin状態にあるNa0.5CoOにおけるバンド構造を図5に示す。同図中、縦軸の0eVは価電子帯頂上のエネルギーである。また、同図中、点線はup spinのバンドを示し、実線はdown spinのバンドを示している。
【0067】
電子構造が金属的なもの、或いはバンドギャップ値が非常に小さい電荷整列相は数種類確認されているが、その中で最安定の相である。この電荷整列相のバンドギャップは80meVという小さな値である。これは室温程度の熱励起で十分にキャリアが生成する程度のギャップでしかない。この構造に関してゼーベック係数の計算を実施した。
【0068】
ゼーベック係数の定量評価には、結晶構造及び電子構造以外に、(1)フェルミエネルギーの決定、(2)電子の群速度をバンド分散から差分法により決定するためのブリルアンゾーンにおけるサンプルメッシュサイズ、の2点を決定する必要がある。フェルミエネルギーの決定に関しては、Na0.5CoOの各電荷整列相に関して決定した状態密度分布を用いて、電子のフェルミ分布を仮定しCo原子1つに対して1%の正孔キャリアが生成することを条件とし、フェルミレベルを決定した。ゼーベック係数の計算に用いるブリルアンゾーンのメッシュサイズは13×13×7(1183点)とした。
【0069】
数値計算の精度を検証するためにメッシュ数を21×19×9(3591点)に増やしたモデルとゼーベック係数の計算値の比較を行った。その結果、13×13×7(1183点)のメッシュサイズを用いることで1%以下の収束性が得られることを確認した。
【0070】
計算で得られたNa0.5CoOのゼーベック係数は100〜150μV/Kであり、特許文献11で公開されている実験値100〜120μV/Kとよく一致していた。これは、本実施形態で実施したゼーベック係数の計算プロセスは、実材料の評価実験と同等の結果が得られることが確認でき、計算結果が妥当な値であることを示している。
【0071】
上記のようにして、妥当性の検証が行われたゼーベック係数の計算方法を使用して、具体的な新規な熱電変換材料の対象について説明する。
(評価対象)
周期表上において、本実施形態の熱電変換材料に用いられる評価対象の元素は、レアメタル、希土類、貴金属、並びに環境負荷が大きく、人体に有害な元素As,Cd,Hg,Pbを含まないようにしている。
【0072】
本発明では、「Fe」に次いで豊富に存在し、酸化物の種類が非常に多い「Cu」系酸化物を中心に絞り込むこととした。
(候補元素の絞り込み)
一般的に酸化物は絶縁体(或いは半導体)であり、熱電性能を発揮するためにはドーパントを添加して電気伝導のキャリアとなるホールや電子を生成させる必要がある。
【0073】
Cuは1価、2価と価数変化を起こすため単純な銅酸化物(CuO、CuOなど)ではキャリアとなるホールや電磁を生成するためのドーパントの選択や添加量の制御が困難になることが予想される。そこで、Cuと価数変化の無い元素の2種類の陽イオンから構成される複酸化物に着目した。価数変化のない元素Mとの複酸化物MCuOにすれば、元素Mサイトへのドーバント添加によって半導体的な性質を制御しやすくすることを想定している。
【0074】
ところで、出願人が出願した特願2014−86886号では、Fe系酸化物材料を検討する過程において、Fe原子に酸素O原子が6配位したユニット構造が熱電性能向上に大きく寄与することを示唆していることが分かった。
【0075】
Cu系酸化物においては、Cu原子に酸素O原子が4配位、または2配位したユニット構造を持つ化合物があり、このナノ構造の特徴に着目しつつ候補材料を探索した。
その結果、Cu原子に酸素O原子が4配位したユニット構造を持ち、そのユニット構造が「層状」或いは「鎖状」に配列した特徴的な結晶構造を有する化合物が存在することを抽出した。
【0076】
また、Cu原子に酸素O原子が2配位したユニット構造を持ち、そのユニット構造が「鎖状」に配列した特徴的な結晶構造を有する化合物が存在することを抽出した。
これらの化合物は、一般式では、化学式が下記のように記述される。
【0077】
MCuO,MCu,MCuO,CuMO
ただし、Mは元素である。
4配位のユニット構造の場合、元素Mとしては、下記のいずれか1つとすればよい。
【0078】
H,C,N,Na,Mg,Si,P,S,K,Ca,Fe,Zn
また、2配位のユニット構造の場合、元素Mを、Alとしてもよい。
これら抽出した候補材料について、前述の方法で「電子構造」の計算結果から「ゼーベック係数」を算出することとした。特に、化学式中の元素Mの一例として「Ca」、「Si」或いは「Al」とした結晶構造及び性能計算した結果を後述する。具体的には、CaCuO,CuAlO,CaCu,CaCuO,CuSiOのそれぞれの化合物が、好適であることを後述する。
【0079】
図6図7は、CaCuOの結晶構造を示しており、同図に示すように、Cuは4配位となる。図8は、CaCuの結晶構造を示しており、同図に示すように、Cuは4配位となる。また、図9(a)、(b)は、CaCuOの結晶構造を示しており、同図に示すように、Cuは4配位となる。
【0080】
図10(a)、(b)は、CuSiOの結晶構造を示しており、同図に示すように、Cuは4配位となる。また、図11はCuAlOの結晶構造を示しており、同図に示すように、Cuは2配位となる。
【0081】
本実施形態によれば、下記の特徴を有する。
(1)本実施形態の熱電変換材料は、銅元素と酸素元素を主成分とした化合物であって、主成分としてはレアメタル、希土類金属、及び貴金属を含まないとともに、温度400〜1100K、または400〜800Kにおけるゼーベック係数が絶対値で150μV/K以上としている。この結果、安価で安全な元素のみを組み合わせて、熱電変換性能評価指標の1つであるゼーベック係数を格段に向上でき、かつ、耐久性が高く汎用的な熱電変換材料となる。
【0082】
また、本実施形態によれば、従来から知られている熱電変換材料の概念において優位性を示している。しかし、近年、基礎研究が始まった新しい概念の「スピンゼーベック素子」においても、同等の効果がある。特に、酸化物系材料を用いることは、熱電変換特性を左右する他の要因である「低い熱伝導性」の観点では既存の概念より優位性を発揮することができる。
【0083】
(2)また、主成分として有害元素As,Cd,Hg,Pbを含まないようにすると、環境負荷及び安全な熱電変換材料にすることができる。
(3)また、前記化合物は、銅元素に酸素が4配位したユニット構造を有し、前記ユニット構造は層状或いは鎖状で配列されていると、温度400〜1100K、または400〜800Kにおけるゼーベック係数が絶対値で150μV/K以上のものを容易に実現できる。
【0084】
(4)また、化学式がMCuO,MCu,MCuO,CuMOのいずれか1つで表されていると、温度400〜1100K、または温度400K〜800Kにおけるゼーベック係数が絶対値で150μV/K以上のものを容易に実現できる。
【0085】
(5)また、4配位のユニットの場合、元素Mは、H,C,N,Na,Mg,Si,P,S,K,Ca,Fe,Znのいずれか1つを主成分として含有していると、温度400〜1100K、または温度400K〜800Kにおけるゼーベック係数が絶対値で150μV/K以上のものを容易に実現できる。
【0086】
(6)また、CaCuO,CaCu,CaCuO,CuSiOのいずれか1つを含む化合物を主成分とすると、温度400〜1100K、または温度400K〜800Kにおけるゼーベック係数が絶対値で150μV/K以上のものを容易に実現できる。
【0087】
(7)また、前記化合物は銅元素に酸素が2配位したユニット構造が鎖状に配列する場合、元素MをAlとすると、温度400〜1100K、または温度400K〜800Kにおけるゼーベック係数が絶対値で150μV/K以上のものを容易に実現できる。
【0088】
(8)また、この場合、CuAlOとすると、温度400〜1100K、または温度400K〜800Kにおけるゼーベック係数が絶対値で150μV/K以上のものを容易に実現できる。
【0089】
なお、本実施形態において、具体的な熱電変換材料の実用化形態としては、通常用いられるように、上記の熱電変換材料をバルク(塊)状に固めて、素子に電極を接続したπ型モジュールとすることができる。また、薄いテープやシート状の薄膜モジュールで利用する場合は、汎用の薄膜形成装置を用いて、上記の熱電変換材料を薄膜に形成することができる。また、パイプ状モジュールで利用する場合は、上記熱電変換材料を粉末にして、金属やセラミックス等で作成されたパイプ内に充填することで容易にパイプ状モジュールを作成できる。また、複雑な形状の素子又はモジュールとしたい場合には、原料酸化物を粉末にして焼結等による方法も活用することが可能である。
【0090】
前記実施形態で挙げた下記の5種類について、温度依存性を合わせて評価し、以下の結果を得た。
CaCuO,CuAlO,CaCu,CaCuO, CuSiO
上記の5種類について、いずれも、キャリアホール濃度をCu原子に対するモル比で1(%)とし、温度(絶対温度)が300K、500K、700K、900K、1100Kの場合のゼーベック係数を、前記計算法により計算したものである。
【0091】
表1及び図12は、前記5種類の化合物についての計算結果である。図12は、表1の数値をプロットしたものである。同図中、横軸は絶対温度Kを示し、縦軸はゼーベック係数である。また、図12において、◆は、CaCuO_FMを示している。○はCaCuO_AFMを示している。□はCuAlOを示している。△はCaCuを示している。◇はCaCuO_FMを示している。●はCaCuO_AFMを示している。×はCuSiOを示している。また、表1中の下記化合物は、それぞれの電子のスピン状態も考慮に入れたものである。
【0092】
CaCuO_FM及びCaCuO_FMにおけるFMは強磁性状態(Ferromgnetic)を示している。
また、CaCuO_AFM、及びCaCuO_AFMにおけるAFMは、非強磁性状態(Anti Ferromgnetic)を示している。
【0093】
【表1】
表1に示すように、CaCuO_FMは、絶対温度が300K(27℃)では、ゼーベック係数が137であったが、図12に示すように400K〜1100K(827℃)では、ゼーベック係数が150μV/K以上のものとなる。従って、CaCuO_FMは、400Kの温度以上でゼーベック係数が150μV/K以上の熱電変換材料として使用し得る。
【0094】
また、表1に示すように、CaCuO_AFMは、絶対温度が300Kではゼーベック係数は119であったが、400〜1100Kでは、ゼーベック係数は150以上のものとなる。すなわち、CaCuO_AFMは、400K〜800では勿論のこと、800Kの温度以上でゼーベック係数が150μV/K以上の熱電変換材料として使用し得る。
【0095】
表1に示すように、CuAlOは、絶対温度が300〜1100Kでは、392以上のものとなる。すなわち、CuAlOは、400K〜800Kでは勿論のこと、800Kの温度以上でゼーベック係数が150μV/K以上の熱電変換材料として使用し得る。
【0096】
また、表1に示すように、CaCuは、絶対温度が300〜1100Kでは、ゼーベック係数が185以上のものとなる。すなわち、CaCu_AFMは、400K〜800Kでは勿論のこと、800Kの温度以上でゼーベック係数が150μV/K以上の熱電変換材料として使用し得る。
【0097】
また、表1に示すように、CaCuO_FMは、絶対温度が300〜1100Kでは、ゼーベック係数が303以上のものとなる。すなわち、CaCuO_FMは、400K〜800Kでは勿論のこと、800Kの温度以上でゼーベック係数が150μV/K以上の熱電変換材料として使用し得る。
【0098】
また、表1に示すように、CaCuO_AFMは、絶対温度が300〜1100Kでは、ゼーベック係数が290以上のものとなる。すなわち、CaCuO_AFMは、400K〜800Kでは勿論のこと、800Kの温度以上でゼーベック係数が150μV/K以上の熱電変換材料として使用し得る。
【0099】
また、表1に示すように、CuSiOは、絶対温度が300〜1100Kでは、211以上のものとなる。すなわち、CuSiOは、400K〜800Kでは勿論のこと、800Kの温度以上でゼーベック係数が150μV/K以上の熱電変換材料として使用し得る。
【0100】
上記した各化合物は、温度400〜1100Kにおけるゼーベック係数が150μV/K以上となる温度環境において使用すると高い熱電変換性能を有する熱電変換材料となり得る。
【0101】
なお、上記表1の説明では、キャリア濃度としてのキャリアホール濃度をCu原子に対するモル比で1%としたが、変動可能なキャリア濃度範囲の上限としてはモル比で5(%)としてもよい。この理由を以下の参考例で説明する。
【0102】
この参考例は、出願人が出願した特願2014−86886号で説明したものである。
表2の参考例は、CaFeについて、キャリアホール濃度をFe原子に対するモル比で0.5(%)、1(%)、5(%)とし、温度(絶対温度)が100K、300K、500K、700K、900Kの場合のゼーベック係数を、前記計算法により計算したものである。なお、100K、300K、500K、700K、900Kは、摂氏で換算すると、「K」値から−273を減算して、それぞれ−173℃、27℃、227℃、427℃、627℃となる。
【0103】
【表2】
表2からゼーベック係数のキャリア濃度依存性をみると、各温度においてキャリア濃度の増加に従い、ゼーベック係数はおおむね低下する傾向にあることが分かる。また、キャリア濃度が5%を超えて増加した場合、ゼーベック係数はさらに低下し180μV/K以上を保持できなくなるため、変動可能なキャリア濃度範囲の上限としてはモル比で5(%)とすると好ましい。
【0104】
また、表2に示すように、CaFeは、キャリアホール濃度が0.5(%)では300K(27℃)以上で、ゼーベック係数が180μV/K以上のものとなる。キャリアホール濃度が1(%)では、500K(227℃)以上でゼーベック係数が180μV/K以上のものとなる。また、キャリアホール濃度が5(%)では、900K(627℃)以上でゼーベック係数が180μV/K以上のものとなる。従って、CaFeはキャリアホール濃度に応じて、300K、500K、又は900Kの温度以上でゼーベック係数が180μV/K以上の熱電変換材料として使用し得る。
【0105】
また、表2で示すように、参考例におけるキャリアホール濃度(キャリア濃度)をFe原子に対するモル比でキャリア濃度の上限を表わすと5(%)としたように、キャリア濃度をCu原子に対するモル比でキャリア濃度の上限を表わすと、5(%)とすることが可能である。
【0106】
なお、キャリア濃度範囲の下限であるモル比で0.05%未満の場合には、キャリア濃度が小さくなりすぎて、半導体的な性質が失われるため、実用性に欠ける。また、キャリア濃度がモル比で5%を超える場合は、ゼーベック係数が下がり、熱電変換材料としては採用しにくくなる。
【0107】
前述したキャリア濃度がモル比での0.05〜5%の範囲を、分子式で表わすと、CaCuOでは、Ca(2−x)NaCuO(0.0005≦x≦0.05)、或いはCa(2−y)CuO(0.0005≦y≦0.05)となる。
【実施例】
【0108】
(実施例1及び実施例2)
次に、CaCuOに関する実施例1及び実施例2について説明する。
CaCuOの合成には固相反応法を用いた。原料粉末であるCaCO、CuOを陽イオンが所定のモル比(Ca:Fe=2:1)となるように秤量し、プロパノールを用いてこれらの粉末の湿式混合を24時間行った。この後、乾燥、造粒したのちに10MPaの一軸加圧にてペレット体に成形した。次に、前記へレット体を電気炉に入れて980℃×24時間の焼結を行った。
【0109】
ゼーベック係数の評価を行う実施例1の試料として、アクセプター添加を目的としてCaサイトへのNaの置換固溶(Na'Ca)を行った。また、ゼーベック係数の評価を行う実施例2の試料として、ドナー添加を目的としてCaサイトへのYの置換固溶(YCa)を行った。
【0110】
これらの添加量はアクセプター添加、ドナー添加どちらもCuに対して添加元素がモル比5%(Ca1.95Na0.05CuO、Ca1.950.05CuO)となるようにした。以下では、実施例1のCa1.95Na0.05CuOをNa添加CaCuOといい、Na及びYを添加していないCaCuOを無添加CaCuOという。また、実施例2のCa1.950.05CuOをY添加CaCuOという。
【0111】
Na添加CaCuO、及びY添加CaCuOの合成は、原料粉末であるCaCO、CuOに加えて添加元素の原料粉末であるNaCO、Yを陽イオンが所定のモル比となるように秤量し、CaCuOと同様の手順で混合、圧粉成形を行った。焼結条件は980℃×24時間とした。
【0112】
得られた焼結体は乳鉢による粉砕を行った後に、X線回折装置(RINT2000:株式会社リガク)を用いて粉末X線回折法による相同定を実施した。
また、ゼーベック係数の測定は、熱電特性評価装置ZEM−1(アルバック理工株式会社)を用いて、4端子法にて熱起電力を計測した。測定はAr雰囲気中で100℃(373K)〜600℃(873K)の範囲で昇温過程(100℃間隔)と降温過程(50℃間隔)それぞれで計測した。測定には焼結体を、2mm×2mm×8mmに切断加工したサンプルを用いた。前記サンプルの端子接触部にはAuペースト(もしくはPtペースト)の焼き付けを行った。
【0113】
図13(a)は無添加CaCuO、Na添加CaCuO、及びY添加CaCuOの粉末XRDの測定結果が示されている。なお、XRDのチャートにおいて、横軸は入射角、縦軸は回折強度である。
【0114】
なお、図13(b)には、比較のためのPowder Diffraction File(登録商標)で報告されているCaCuOのピーク強度を示している。
今回の焼結条件により合成した無添加CaCuO、Na添加CaCuOの焼結体のXRDプロファイル中のピークはいずれもCaCuOのPDF(登録商標)の前記データとほぼ一致しており、単相試料が得られたと解釈できる。Y添加CaCuOに関してはCaCuOでは同定できないピーク(図13(a)中の矢印)が一部存在している。これはCaCu10に起因するピークと考えられる。
【0115】
【表3】
【0116】
【表4】
表3、表4にNa添加CaCuO、Y添加CaCuOのゼーベック係数の温度依存性の測定結果を示す。Na添加CaCuOはアクセプター添加であるため、p型伝導性となることが期待される。また、Y添加CaCuOはドナー添加であるため、n型伝導性となることが期待される。
【0117】
測定の結果、Na添加CaCuOは正、Y添加CaCuOは負のゼーベック係数を示しており、想定と同じドーピング効果が発現している。
表3に示すように、アクセプター添加系であるNa添加CaCuOに関しては昇温過程及び降温過程のそれぞれで100℃(373K)近傍ではゼーベック係数が約230μV/K台であり、温度の上昇に伴い減少する。表3において、温度上昇で600℃(873K)近傍に達した場合では約200μV/Kであった。
【0118】
一方、表4に示すようにドナー添加系であるY添加CaCuOに関しては負のゼーベック係数を示しており、昇温過程で600℃(873K)になった場合では約−160μV/Kとなった。また、降温過程(50℃間隔)で100℃(373K)近傍に達した場合では約−230μV/K近傍の値となった。
【0119】
実施例1及び実施例2とも、温度400K(127℃)〜800K(527℃)におけるゼーベック係数が絶対値で150μV/K以上である。
また、p型伝導性、n型伝導性のどちらについても比較的大きいゼーベック係数を示している。
【0120】
(実施例3)
次に、実施例3を説明する。
実施例3は、Na添加CaCuOが、高密度焼結で、すなわちプラズマ焼結(Spark Plasma Sintering: SPS)で得られたものである。
【0121】
本実施例の製造装置は、プラズマ焼結装置SPS515−S(富士電波工業製)を用いた。
実施例1において、固相反応法で合成した焼結体を、アルミナ製乳鉢にて粉砕して粉末状に加工後、カーボン製のダイおよびパンチ(φ10mm)に封入した。次に、真空チャンバー内に前記カーボン製のダイを設置した後、一定荷重4.5kN、Heガスフロー中にて通電焼結を行った。昇温履歴は5分で600℃、その後15分で900℃まで上昇させ、900℃で10分間保持した後、徐冷した。
【0122】
図14にSPSで合成したNa添加CaCuO試料の粉末XRDパターンを示す。通常の固相反応法で焼結合成した試料の結果も比較のため記載している。SPS試料のXRDパターンはほぼCaCuOが主相として同定できるが一部該当しないピーク(図14中、矢印箇所)が確認できる。これはピークサーチの結果、SPSにより一部CaCuOの分解で生成したCaOに由来すると考えられる。
【0123】
【表5】
表5にSPSで合成したNa添加CaCuOのゼーベック係数を示す。SPSサンプルもゼーベック係数は正の値を有しており、キャリアドーピングの状態に変化はないと考えられる。
【0124】
表5に示すように実施例3のゼーベック係数の値は、実施例1の焼結体よりも40〜120μV/K程度増大したことが分かる。
これは、実施例1におけるNa添加CaCuOの焼結体は相対密度が77%程度であったのに対して、実施例3のSPSサンプルは94%に上昇したことから、緻密度の向上がゼーベック係数増大に寄与したと考えられる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14