(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明を具体化した実施形態について
図1〜
図14を参照して説明する。
本実施形態の熱電変換材料は、「安全」、「安価」な元素を選択し、ほぼ無数にある元素の組み合わせから、熱電変換性能を評価することにより有望な材料を抽出することにより得られたものである。
【0022】
ここでまず、評価したい化合物をすべて合成することは膨大な実験コストと時間が必要となるため、現実的ではなく、効率的に材料探索を実施するため「計算科学」手法の導入により行う。
【0023】
(ゼーベック係数)
ゼーベック係数は、1Kの温度差によって生じる起電力の大きさを表す。
ところで、前述したように比較的高い熱電変換性能を有しているとされているBi
2Te
3系の合金材料においてはゼーベック係数Sが100μV/K程度である。しかし、ビスマス及びテルルは、レアメタルであり、背景技術でも説明したように、安価ではなく、希少元素である。
【0024】
また、レアメタル、希土類金属、及び貴金属を含まず、かつ、主成分として有害元素As,Cd,Hg,Pbを含まないで、安価で安全な元素のみを組み合わせて温度400〜1100K、特に、温度400〜800Kにおけるゼーベック係数が150μV/K以上の高いものは少なく、多くは知られていないのが現状である。ゼーベック係数が150μV/K以上を越える場合は、熱電変換性能が従来にない極めて高い値である。本実施形態では、温度400〜1100Kにおけるゼーベック係数が絶対値で150μV/K以上の化合物を後述する計算科学で探索したものである。
【0025】
計算科学分野で、最も汎用的に用いられている第一原理計算の計算プログラム(VASPコード)では、化合物の電子状態を計算する技術は確立されているが、熱電変換特性の評価指標となるゼーベック係数S(単位:μV/K)をどのように計算できるのか解っていなかった。
【0026】
そこで、第一原理計算から得られる電子構造をもとに、ゼーベック係数を計算する計算技術の開発を実施した。ゼーベック係数の数値計算には、フェルミエネルギー、キャリア電子(ホール)のエネルギーと群速度ベクトルの情報が必要になることが、下記の理論的考察から導いた。
【0027】
(ゼーベック係数の数値計算の理論的考察)
電場及び温度勾配が存在する際の物質中の輸送現象はボルツマン方程式により記述される。今、電場Eと温度勾配∇Tが存在する場における電流Jは、式(1)で表される。
【0028】
【数1】
式(1)中の変数の対応は以下の通りである。
【0029】
e:電荷素量、τ:緩和時間、
k:逆格子ベクトル、vk:逆格子ベクトルkにおける伝導電子の群速度ベクトル、
ε:伝導電子のエネルギー、μ:系のフェルミエネルギー、
f:フェルミ分布関数
今、ゼーベック効果が発生する温度勾配∇Tが存在する場を想定する。このとき、開口端起電力は、J=0であることから、式(1)を変形して式(2)、式(3)を得る。
【0031】
【数3】
温度差ΔT、発生する起電力Φとすると、ゼーベック係数Sは、式(4)で表される。
【0032】
【数4】
式(3)と式(4)を比較すると、
【0034】
前節でのゼーベック係数の導出から分かるように、理論計算により任意の温度Tにおけるゼーベック係数を決定するためには、いくつかの未知変数を決定する必要がある。
式(3)の中で事前に値が判明していないパラメータは、(i)伝導電子のエネルギー、(ii)フェルミエネルギー、(iii)群速度ベクトルの3つである。これら3つの変数を第一原理計算で求める必要がある。
【0035】
(i)キャリア電子(ホール)のエネルギーε(伝導電子のエネルギー)
第一原理計算から、各バンドにおけるエネルギー固有値が求まる。これにより、任意の逆格子ベクトルにおいて、伝導帯に位置するバンドを占有する伝導電子のエネルギーεが得られる。
【0036】
(ii)フェルミエネルギーμ
i番目における電子の占有数n
iは1つのバンドにおける最大占有数2とフェルミ−ディラック分布関数f(ε)の積により以下のように決定される。
【0037】
【数6】
計算に用いた全ての逆格子ベクトルにおける各バンドの占有数の総和は全電子数N
eに等しくなるので、N
eについては以下の等式が成立する。
【0038】
【数7】
k
Bはボルツマン定数、N
kは第一原理計算において計算に用いられた逆格子ベクトルの数である。N
e、N
k、ε
i、kは既知のパラメータなので、この式を満たすように任意の温度におけるフェルミエネルギーμを決定することが可能となる。
【0039】
なお、第一原理計算において、スピン分極が考慮された場合、1つのバンドの占有数は最大1となるので、式(6)の分数の分子、式(7)のΣの中の分数の分子は共に1となるので注意する必要がある。
【0040】
また、状態密度D(ε)を計算し、フェルミ分布関数からキャリア電子濃度(n
e)とキャリアホール濃度(n
h)を計算することで、フェルミエネルギーを決定することも可能である。n
eとn
hは以下の式(8)、式(9)で表される。
【0042】
【数9】
式(8)中のCBBは、Conduction Band Bottomの略で、伝導帯の底の意味である。また、式(9)中のVBTは、Valence Band Topの略で、価電子帯の頂上の意味である。
【0043】
ここで、n
e=n
hの条件を満たすようにフェルミエネルギーμを決定する。
(iii)キャリア電子(ホール)の群速度ベクトル
ある逆格子ベクトルkを有する伝導電子がi番目のバンドを占有し、エネルギーε
i、kを有するとする。この伝導電子の群速度ベクトルv
i(k)は、式(10)となる。
【0044】
【数10】
群速度ベクトルv
i(k)を得るためには伝導帯バンドのエネルギーの逆格子空間における偏分を計算する必要がある。実物質における電子のエネルギーは逆格子空間において関数として記述できるわけではない。よって、これらの偏分を解析的に求めることは不可能である。偏分を直接求める代わりに、ここでは差分法により群速度を求める。
【0045】
差分法による群速度ベクトルは式(11)のように表される。
【0046】
【数11】
以上の3つのパラメータを第一原理計算により求めることでゼーベック係数を理論的に計算することが可能となる。
【0047】
なお、偏分と差分法による群速度の模式図を
図1(a)、(b)に示す。なお、
図1(a)、(b)では、簡便のため、1次元の逆格子空間で図示している。
図1(b)に示すように、逆格子空間を十分に密なメッシュ間隔で区切り、2つの逆格子点でのバンドのエネルギー差とのその逆格子点間隔から群速度ベクトルを求める。
【0048】
式(5)で示されているように、ゼーベック係数は2階のテンソル量である。多結晶体におけるゼーベック係数の実験値(Sexp)と比較する場合、測定試料内で結晶がランダムに分散していると仮定すれば、
【0050】
ここでは、多結晶体におけるゼーベック係数を想定し、ゼーベック係数テンソルの対角成分の平均値
【0051】
【数13】
としてゼーベック係数の値を決めている。
【0052】
なお、式(12)中、Trはテンソルの縮約を表す記号である。
(ゼーベック係数の計算)
キャリア電子(ホール)のエネルギーは第一原理計算から直接得ることができる。また、フェルミエネルギーは状態密度の計算から導出可能である。群速度ベクトルの計算については、ブリルアンゾーン内で例えば1000点以上のサンプル点を抽出し、各点でのバンド計算を実施し、隣接するサンプル点との逆格子点ベクトルと各バンドのエネルギー固有値の差分から群速度ベクトルを求める。これらは、コンピュータにより計算することが可能である。
【0053】
(ゼーベック係数の計算結果妥当性の検証)
上記のゼーベック係数の計算結果の妥当性を検証するために、実験から熱電変換性能が評価されているNa
0.5CoO
2をサンプルとした。
【0054】
まず、結晶構造及び電子構造を計算から詳細に決定し、それらの結果を使いゼーベック係数を求め、報告されている実験値と比較した。
ナトリウムコバルト系酸化物(Na
0.5CoO
2)は、Na
xCoO
2(0<x<1)という化学式で代表される層状酸化物である。Na
xCoO
2(0<x<1)は、xの数値に依存してその単位格子の構造が変化する。Na
0.5CoO
2の構造はNa
xCoO
2(0.75<x<0.9)の構造を基本とする。
図2は、Na
xCoO
2(0.75<x<0.9)の結晶構造を示している。Na
xCoO
2(0.75<x<0.9)の空間群はP6
3/mmcの六方晶に属している。
【0055】
図2に示すように、Na
xCoO
2(0.75<x<0.9)は、CoO層と、Na層の積層構造を持つ。Naは2bサイトと2dサイトに存在するが、それぞれが完全に占有するのではなく、xの数値に応じてそれぞれのサイトを部分的に占有する。
【0056】
次に、
図3は、Na
0.5CoO
2の結晶構造を示している。同図に示すように、Na
0.5CoO
2は、空間群Pnmmの斜方晶系に属している。この結晶構造もCoO層とNa層の積層構造を持つ。Na
xCoO
2(0.75<x<0.9)のNaサイトに規則的に空孔を導入することでNa
0.5CoO
2の結晶構造に合致する。
【0057】
Na
0.5CoO
2の電子状態計算及び構造最適化計算には、平面波基底Projector Augumented Wave法の第一原理計算ソフトであるVASPcodeを用いている。電子間の交換相関ポテンシャルは一般化勾配近似(Generalized Gradient Approximation:GGA)の元で定式化されている。各原子で価電子として扱われている電子配置は、Na原子は2p
6 3s
1、Co原子は3d
7 4s
2、O原子は2s
2 2p
4となっている。
【0058】
電子系はスピン分極させた計算を行い、特に3d遷移金属に属する強相関電子系の振る舞いを表現するために、オンサイトクーロンポテンシャル項を考慮したGGA+Uによる電子状態計算を実施した。
【0059】
Coの3d軌道に対してU=6eVとした。波動関数の平面波による線形結合表現におけるカットオフエネルギーは500eVとした。
構造最適化計算は各原子に働く量子力学的な力Hellmann-Feynman(HF)力が0.02eV/Å以下になるまで実施する。Na
0.5CoO
2では、Coイオンの形式電荷は、単純には+3.5価と計算される。このように遷移金属の形式電荷が非整数となる場合、電荷が偏ることで整数の価数を有する2種類のイオンに分離し、そのイオンが規則的に配置する”電荷整列相”となる可能性がある。交換群Pnmmの単位格子には4dサイト、4eサイトの2種類、全部で8個のCoサイトが存在する。
【0060】
本実施形態では、Coの価数状態の計算を詳細に行うため、8個のCoサイトを明示的に4個のCo
3+サイト、4個のCo
4+サイトに区別した電荷整列状態を初期磁気構造とする計算を実施した。Pnmmという対称性の拘束条件を考慮しない時の、組み合わせの場合の数は
8C
4により70通りとなるが、Pnmmの対称性を考慮すると、16種類の非等価なモデルを計算することになる。
【0061】
Na
0.5CoO
2に対する電子構造の計算の結果から、Na
0.5CoO
2は電荷整列相におけるCo
3+、Co
4+イオンの配置の変化、Co
4+のスピン状態の変化など電子系の状態が様々に変化し得ることがあきらかになっている。Na
0.5CoO
2の電子構造の特徴は、以下の通りである。
【0062】
(1)組成式から算出されるCoの価数は+3.5価。絶対零度での計算に相当する第一原理計算では、単位格子中においてCo
3+とCo
4+が1:1の比率でCoサイトに規則的に分布する電荷整列状態が安定な電子構造として得られる。
【0063】
(2)Co
3+とCo
4+の配置によってエネルギー状態が変化する。
(3)Co
3+(3d
6)とCo
4+(3d
5)の電子スピンの配置はlow spin状態にある。すなわち、Co
3+はt
2g軌道が全て6個の電子で占有される非磁性状態、Co
4+はt
2g軌道が5個の電子で占有される磁性を有する状態(有効磁気モーメントは1μB)にある。しかし、格子中での配置環境によっては、Co
4+のt
2g軌道の電子1個がe
g軌道を占有する中間スピン状態(3μB)になることもある。
【0064】
ゼーベック係数の計算にあたっては、対象とする物質の電子密度分布の情報が必須入力情報の1つである。様々な電荷整列相、磁気構造、電子構造を取り得ることが確認されたNa
0.5CoO
2であるが、
図4(a)〜(c)に示すintermediate spin状態にある空間群P2
1の電荷整列相の電子構造を用いることにした。
【0065】
図4(a)には、intermediate spin状態にあるNa
0.5CoO
2の中で最安定の電荷整列相(空間)の結晶構造が示されている。また、
図4(b)は(001)面のCoO層が示されている。また、
図4(c)は(002)面のCoO層が示されている。
【0066】
また、intermediate spin状態にあるNa
0.5CoO
2におけるバンド構造を
図5に示す。同図中、縦軸の0eVは価電子帯頂上のエネルギーである。また、同図中、点線はup spinのバンドを示し、実線はdown spinのバンドを示している。
【0067】
電子構造が金属的なもの、或いはバンドギャップ値が非常に小さい電荷整列相は数種類確認されているが、その中で最安定の相である。この電荷整列相のバンドギャップは80meVという小さな値である。これは室温程度の熱励起で十分にキャリアが生成する程度のギャップでしかない。この構造に関してゼーベック係数の計算を実施した。
【0068】
ゼーベック係数の定量評価には、結晶構造及び電子構造以外に、(1)フェルミエネルギーの決定、(2)電子の群速度をバンド分散から差分法により決定するためのブリルアンゾーンにおけるサンプルメッシュサイズ、の2点を決定する必要がある。フェルミエネルギーの決定に関しては、Na
0.5CoO
2の各電荷整列相に関して決定した状態密度分布を用いて、電子のフェルミ分布を仮定しCo原子1つに対して1%の正孔キャリアが生成することを条件とし、フェルミレベルを決定した。ゼーベック係数の計算に用いるブリルアンゾーンのメッシュサイズは13×13×7(1183点)とした。
【0069】
数値計算の精度を検証するためにメッシュ数を21×19×9(3591点)に増やしたモデルとゼーベック係数の計算値の比較を行った。その結果、13×13×7(1183点)のメッシュサイズを用いることで1%以下の収束性が得られることを確認した。
【0070】
計算で得られたNa
0.5CoO
2のゼーベック係数は100〜150μV/Kであり、特許文献11で公開されている実験値100〜120μV/Kとよく一致していた。これは、本実施形態で実施したゼーベック係数の計算プロセスは、実材料の評価実験と同等の結果が得られることが確認でき、計算結果が妥当な値であることを示している。
【0071】
上記のようにして、妥当性の検証が行われたゼーベック係数の計算方法を使用して、具体的な新規な熱電変換材料の対象について説明する。
(評価対象)
周期表上において、本実施形態の熱電変換材料に用いられる評価対象の元素は、レアメタル、希土類、貴金属、並びに環境負荷が大きく、人体に有害な元素As,Cd,Hg,Pbを含まないようにしている。
【0072】
本発明では、「Fe」に次いで豊富に存在し、酸化物の種類が非常に多い「Cu」系酸化物を中心に絞り込むこととした。
(候補元素の絞り込み)
一般的に酸化物は絶縁体(或いは半導体)であり、熱電性能を発揮するためにはドーパントを添加して電気伝導のキャリアとなるホールや電子を生成させる必要がある。
【0073】
Cuは1価、2価と価数変化を起こすため単純な銅酸化物(CuO、Cu
2Oなど)ではキャリアとなるホールや電磁を生成するためのドーパントの選択や添加量の制御が困難になることが予想される。そこで、Cuと価数変化の無い元素の2種類の陽イオンから構成される複酸化物に着目した。価数変化のない元素Mとの複酸化物MCuO
xにすれば、元素Mサイトへのドーバント添加によって半導体的な性質を制御しやすくすることを想定している。
【0074】
ところで、出願人が出願した特願2014−86886号では、Fe系酸化物材料を検討する過程において、Fe原子に酸素O原子が6配位したユニット構造が熱電性能向上に大きく寄与することを示唆していることが分かった。
【0075】
Cu系酸化物においては、Cu原子に酸素O原子が4配位、または2配位したユニット構造を持つ化合物があり、このナノ構造の特徴に着目しつつ候補材料を探索した。
その結果、Cu原子に酸素O原子が4配位したユニット構造を持ち、そのユニット構造が「層状」或いは「鎖状」に配列した特徴的な結晶構造を有する化合物が存在することを抽出した。
【0076】
また、Cu原子に酸素O原子が2配位したユニット構造を持ち、そのユニット構造が「鎖状」に配列した特徴的な結晶構造を有する化合物が存在することを抽出した。
これらの化合物は、一般式では、化学式が下記のように記述される。
【0077】
MCuO
2,MCu
2O
3,M
2CuO
3,CuMO
3
ただし、Mは元素である。
4配位のユニット構造の場合、元素Mとしては、下記のいずれか1つとすればよい。
【0078】
H,C,N,Na,Mg,Si,P,S,K,Ca,Fe,Zn
また、2配位のユニット構造の場合、元素Mを、Alとしてもよい。
これら抽出した候補材料について、前述の方法で「電子構造」の計算結果から「ゼーベック係数」を算出することとした。特に、化学式中の元素Mの一例として「Ca」、「Si」或いは「Al」とした結晶構造及び性能計算した結果を後述する。具体的には、CaCuO
2,CuAlO
2,CaCu
2O
3,Ca
2CuO
3,CuSiO
3のそれぞれの化合物が、好適であることを後述する。
【0079】
図6、
図7は、CaCuO
2の結晶構造を示しており、同図に示すように、Cuは4配位となる。
図8は、CaCu
2O
3の結晶構造を示しており、同図に示すように、Cuは4配位となる。また、
図9(a)、(b)は、Ca
2CuO
3の結晶構造を示しており、同図に示すように、Cuは4配位となる。
【0080】
図10(a)、(b)は、CuSiO
3の結晶構造を示しており、同図に示すように、Cuは4配位となる。また、
図11はCuAlO
2の結晶構造を示しており、同図に示すように、Cuは2配位となる。
【0081】
本実施形態によれば、下記の特徴を有する。
(1)本実施形態の熱電変換材料は、銅元素と酸素元素を主成分とした化合物であって、主成分としてはレアメタル、希土類金属、及び貴金属を含まないとともに、温度400〜1100K、または400〜800Kにおけるゼーベック係数が絶対値で150μV/K以上としている。この結果、安価で安全な元素のみを組み合わせて、熱電変換性能評価指標の1つであるゼーベック係数を格段に向上でき、かつ、耐久性が高く汎用的な熱電変換材料となる。
【0082】
また、本実施形態によれば、従来から知られている熱電変換材料の概念において優位性を示している。しかし、近年、基礎研究が始まった新しい概念の「スピンゼーベック素子」においても、同等の効果がある。特に、酸化物系材料を用いることは、熱電変換特性を左右する他の要因である「低い熱伝導性」の観点では既存の概念より優位性を発揮することができる。
【0083】
(2)また、主成分として有害元素As,Cd,Hg,Pbを含まないようにすると、環境負荷及び安全な熱電変換材料にすることができる。
(3)また、前記化合物は、銅元素に酸素が4配位したユニット構造を有し、前記ユニット構造は層状或いは鎖状で配列されていると、温度400〜1100K、または400〜800Kにおけるゼーベック係数が絶対値で150μV/K以上のものを容易に実現できる。
【0084】
(4)また、化学式がMCuO
2,MCu
2O
3,M
2CuO
3,CuMO
3のいずれか1つで表されていると、温度400〜1100K、または温度400K〜800Kにおけるゼーベック係数が絶対値で150μV/K以上のものを容易に実現できる。
【0085】
(5)また、4配位のユニットの場合、元素Mは、H,C,N,Na,Mg,Si,P,S,K,Ca,Fe,Znのいずれか1つを主成分として含有していると、温度400〜1100K、または温度400K〜800Kにおけるゼーベック係数が絶対値で150μV/K以上のものを容易に実現できる。
【0086】
(6)また、CaCuO
2,CaCu
2O
3,Ca
2CuO
3,CuSiO
3のいずれか1つを含む化合物を主成分とすると、温度400〜1100K、または温度400K〜800Kにおけるゼーベック係数が絶対値で150μV/K以上のものを容易に実現できる。
【0087】
(7)また、前記化合物は銅元素に酸素が2配位したユニット構造が鎖状に配列する場合、元素MをAlとすると、温度400〜1100K、または温度400K〜800Kにおけるゼーベック係数が絶対値で150μV/K以上のものを容易に実現できる。
【0088】
(8)また、この場合、CuAlO
2とすると、温度400〜1100K、または温度400K〜800Kにおけるゼーベック係数が絶対値で150μV/K以上のものを容易に実現できる。
【0089】
なお、本実施形態において、具体的な熱電変換材料の実用化形態としては、通常用いられるように、上記の熱電変換材料をバルク(塊)状に固めて、素子に電極を接続したπ型モジュールとすることができる。また、薄いテープやシート状の薄膜モジュールで利用する場合は、汎用の薄膜形成装置を用いて、上記の熱電変換材料を薄膜に形成することができる。また、パイプ状モジュールで利用する場合は、上記熱電変換材料を粉末にして、金属やセラミックス等で作成されたパイプ内に充填することで容易にパイプ状モジュールを作成できる。また、複雑な形状の素子又はモジュールとしたい場合には、原料酸化物を粉末にして焼結等による方法も活用することが可能である。
【0090】
前記実施形態で挙げた下記の5種類について、温度依存性を合わせて評価し、以下の結果を得た。
CaCuO
2,CuAlO
2,CaCu
2O
3,Ca
2CuO
3, CuSiO
3
上記の5種類について、いずれも、キャリアホール濃度をCu原子に対するモル比で1(%)とし、温度(絶対温度)が300K、500K、700K、900K、1100Kの場合のゼーベック係数を、前記計算法により計算したものである。
【0091】
表1及び
図12は、前記5種類の化合物についての計算結果である。
図12は、表1の数値をプロットしたものである。同図中、横軸は絶対温度Kを示し、縦軸はゼーベック係数である。また、
図12において、◆は、CaCuO
2_FMを示している。○はCaCuO
2_AFMを示している。□はCuAlO
2を示している。△はCaCu
2O
3を示している。◇はCa
2CuO
3_FMを示している。●はCa
2CuO
3_AFMを示している。×はCuSiO
3を示している。また、表1中の下記化合物は、それぞれの電子のスピン状態も考慮に入れたものである。
【0092】
CaCuO
2_FM及びCa
2CuO
3_FMにおけるFMは強磁性状態(Ferromgnetic)を示している。
また、CaCuO
2_AFM、及びCa
2CuO
3_AFMにおけるAFMは、非強磁性状態(Anti Ferromgnetic)を示している。
【0093】
【表1】
表1に示すように、CaCuO
2_FMは、絶対温度が300K(27℃)では、ゼーベック係数が137であったが、
図12に示すように400K〜1100K(827℃)では、ゼーベック係数が150μV/K以上のものとなる。従って、CaCuO
2_FMは、400Kの温度以上でゼーベック係数が150μV/K以上の熱電変換材料として使用し得る。
【0094】
また、表1に示すように、CaCuO
2_AFMは、絶対温度が300Kではゼーベック係数は119であったが、400〜1100Kでは、ゼーベック係数は150以上のものとなる。すなわち、CaCuO
2_AFMは、400K〜800では勿論のこと、800Kの温度以上でゼーベック係数が150μV/K以上の熱電変換材料として使用し得る。
【0095】
表1に示すように、CuAlO
2は、絶対温度が300〜1100Kでは、392以上のものとなる。すなわち、CuAlO
2は、400K〜800Kでは勿論のこと、800Kの温度以上でゼーベック係数が150μV/K以上の熱電変換材料として使用し得る。
【0096】
また、表1に示すように、CaCu
2O
3は、絶対温度が300〜1100Kでは、ゼーベック係数が185以上のものとなる。すなわち、CaCu
2O
3_AFMは、400K〜800Kでは勿論のこと、800Kの温度以上でゼーベック係数が150μV/K以上の熱電変換材料として使用し得る。
【0097】
また、表1に示すように、Ca
2CuO
3_FMは、絶対温度が300〜1100Kでは、ゼーベック係数が303以上のものとなる。すなわち、Ca
2CuO
3_FMは、400K〜800Kでは勿論のこと、800Kの温度以上でゼーベック係数が150μV/K以上の熱電変換材料として使用し得る。
【0098】
また、表1に示すように、Ca
2CuO
3_AFMは、絶対温度が300〜1100Kでは、ゼーベック係数が290以上のものとなる。すなわち、Ca
2CuO
3_AFMは、400K〜800Kでは勿論のこと、800Kの温度以上でゼーベック係数が150μV/K以上の熱電変換材料として使用し得る。
【0099】
また、表1に示すように、CuSiO
3は、絶対温度が300〜1100Kでは、211以上のものとなる。すなわち、CuSiO
3は、400K〜800Kでは勿論のこと、800Kの温度以上でゼーベック係数が150μV/K以上の熱電変換材料として使用し得る。
【0100】
上記した各化合物は、温度400〜1100Kにおけるゼーベック係数が150μV/K以上となる温度環境において使用すると高い熱電変換性能を有する熱電変換材料となり得る。
【0101】
なお、上記表1の説明では、キャリア濃度としてのキャリアホール濃度をCu原子に対するモル比で1%としたが、変動可能なキャリア濃度範囲の上限としてはモル比で5(%)としてもよい。この理由を以下の参考例で説明する。
【0102】
この参考例は、出願人が出願した特願2014−86886号で説明したものである。
表2の参考例は、Ca
2Fe
2O
5について、キャリアホール濃度をFe原子に対するモル比で0.5(%)、1(%)、5(%)とし、温度(絶対温度)が100K、300K、500K、700K、900Kの場合のゼーベック係数を、前記計算法により計算したものである。なお、100K、300K、500K、700K、900Kは、摂氏で換算すると、「K」値から−273を減算して、それぞれ−173℃、27℃、227℃、427℃、627℃となる。
【0103】
【表2】
表2からゼーベック係数のキャリア濃度依存性をみると、各温度においてキャリア濃度の増加に従い、ゼーベック係数はおおむね低下する傾向にあることが分かる。また、キャリア濃度が5%を超えて増加した場合、ゼーベック係数はさらに低下し180μV/K以上を保持できなくなるため、変動可能なキャリア濃度範囲の上限としてはモル比で5(%)とすると好ましい。
【0104】
また、表2に示すように、Ca
2Fe
2O
5は、キャリアホール濃度が0.5(%)では300K(27℃)以上で、ゼーベック係数が180μV/K以上のものとなる。キャリアホール濃度が1(%)では、500K(227℃)以上でゼーベック係数が180μV/K以上のものとなる。また、キャリアホール濃度が5(%)では、900K(627℃)以上でゼーベック係数が180μV/K以上のものとなる。従って、Ca
2Fe
2O
5はキャリアホール濃度に応じて、300K、500K、又は900Kの温度以上でゼーベック係数が180μV/K以上の熱電変換材料として使用し得る。
【0105】
また、表2で示すように、参考例におけるキャリアホール濃度(キャリア濃度)をFe原子に対するモル比でキャリア濃度の上限を表わすと5(%)としたように、キャリア濃度をCu原子に対するモル比でキャリア濃度の上限を表わすと、5(%)とすることが可能である。
【0106】
なお、キャリア濃度範囲の下限であるモル比で0.05%未満の場合には、キャリア濃度が小さくなりすぎて、半導体的な性質が失われるため、実用性に欠ける。また、キャリア濃度がモル比で5%を超える場合は、ゼーベック係数が下がり、熱電変換材料としては採用しにくくなる。
【0107】
前述したキャリア濃度がモル比での0.05〜5%の範囲を、分子式で表わすと、Ca
2CuO
3では、Ca
(2−x)Na
xCuO
3(0.0005≦x≦0.05)、或いはCa
(2−y)Y
yCuO
3(0.0005≦y≦0.05)となる。
【実施例】
【0108】
(実施例1及び実施例2)
次に、Ca
2CuO
3に関する実施例1及び実施例2について説明する。
Ca
2CuO
3の合成には固相反応法を用いた。原料粉末であるCaCO
3、CuOを陽イオンが所定のモル比(Ca:Fe=2:1)となるように秤量し、プロパノールを用いてこれらの粉末の湿式混合を24時間行った。この後、乾燥、造粒したのちに10MPaの一軸加圧にてペレット体に成形した。次に、前記へレット体を電気炉に入れて980℃×24時間の焼結を行った。
【0109】
ゼーベック係数の評価を行う実施例1の試料として、アクセプター添加を目的としてCaサイトへのNaの置換固溶(Na'
Ca)を行った。また、ゼーベック係数の評価を行う実施例2の試料として、ドナー添加を目的としてCaサイトへのYの置換固溶(Y
・Ca)を行った。
【0110】
これらの添加量はアクセプター添加、ドナー添加どちらもCuに対して添加元素がモル比5%(Ca
1.95Na
0.05CuO
3、Ca
1.95Y
0.05CuO
3)となるようにした。以下では、実施例1のCa
1.95Na
0.05CuO
3をNa添加Ca
2CuO
3といい、Na及びYを添加していないCa
2CuO
3を無添加Ca
2CuO
3という。また、実施例2のCa
1.95Y
0.05CuO
3をY添加Ca
2CuO
3という。
【0111】
Na添加Ca
2CuO
3、及びY添加Ca
2CuO
3の合成は、原料粉末であるCaCO
3、CuOに加えて添加元素の原料粉末であるNa
2CO
3、Y
2O
3を陽イオンが所定のモル比となるように秤量し、Ca
2CuO
3と同様の手順で混合、圧粉成形を行った。焼結条件は980℃×24時間とした。
【0112】
得られた焼結体は乳鉢による粉砕を行った後に、X線回折装置(RINT2000:株式会社リガク)を用いて粉末X線回折法による相同定を実施した。
また、ゼーベック係数の測定は、熱電特性評価装置ZEM−1(アルバック理工株式会社)を用いて、4端子法にて熱起電力を計測した。測定はAr雰囲気中で100℃(373K)〜600℃(873K)の範囲で昇温過程(100℃間隔)と降温過程(50℃間隔)それぞれで計測した。測定には焼結体を、2mm×2mm×8mmに切断加工したサンプルを用いた。前記サンプルの端子接触部にはAuペースト(もしくはPtペースト)の焼き付けを行った。
【0113】
図13(a)は無添加Ca
2CuO
3、Na添加Ca
2CuO
3、及びY添加Ca
2CuO
3の粉末XRDの測定結果が示されている。なお、XRDのチャートにおいて、横軸は入射角、縦軸は回折強度である。
【0114】
なお、
図13(b)には、比較のためのPowder Diffraction File(登録商標)で報告されているCa
2CuO
3のピーク強度を示している。
今回の焼結条件により合成した無添加Ca
2CuO
3、Na添加Ca
2CuO
3の焼結体のXRDプロファイル中のピークはいずれもCa
2CuO
3のPDF(登録商標)の前記データとほぼ一致しており、単相試料が得られたと解釈できる。Y添加Ca
2CuO
3に関してはCa
2CuO
3では同定できないピーク(
図13(a)中の矢印)が一部存在している。これはCa
2Cu
5Y
2O
10に起因するピークと考えられる。
【0115】
【表3】
【0116】
【表4】
表3、表4にNa添加Ca
2CuO
3、Y添加Ca
2CuO
3のゼーベック係数の温度依存性の測定結果を示す。Na添加Ca
2CuO
3はアクセプター添加であるため、p型伝導性となることが期待される。また、Y添加Ca
2CuO
3はドナー添加であるため、n型伝導性となることが期待される。
【0117】
測定の結果、Na添加Ca
2CuO
3は正、Y添加Ca
2CuO
3は負のゼーベック係数を示しており、想定と同じドーピング効果が発現している。
表3に示すように、アクセプター添加系であるNa添加Ca
2CuO
3に関しては昇温過程及び降温過程のそれぞれで100℃(373K)近傍ではゼーベック係数が約230μV/K台であり、温度の上昇に伴い減少する。表3において、温度上昇で600℃(873K)近傍に達した場合では約200μV/Kであった。
【0118】
一方、表4に示すようにドナー添加系であるY添加Ca
2CuO
3に関しては負のゼーベック係数を示しており、昇温過程で600℃(873K)になった場合では約−160μV/Kとなった。また、降温過程(50℃間隔)で100℃(373K)近傍に達した場合では約−230μV/K近傍の値となった。
【0119】
実施例1及び実施例2とも、温度400K(127℃)〜800K(527℃)におけるゼーベック係数が絶対値で150μV/K以上である。
また、p型伝導性、n型伝導性のどちらについても比較的大きいゼーベック係数を示している。
【0120】
(実施例3)
次に、実施例3を説明する。
実施例3は、Na添加Ca
2CuO
3が、高密度焼結で、すなわちプラズマ焼結(Spark Plasma Sintering: SPS)で得られたものである。
【0121】
本実施例の製造装置は、プラズマ焼結装置SPS515−S(富士電波工業製)を用いた。
実施例1において、固相反応法で合成した焼結体を、アルミナ製乳鉢にて粉砕して粉末状に加工後、カーボン製のダイおよびパンチ(φ10mm)に封入した。次に、真空チャンバー内に前記カーボン製のダイを設置した後、一定荷重4.5kN、Heガスフロー中にて通電焼結を行った。昇温履歴は5分で600℃、その後15分で900℃まで上昇させ、900℃で10分間保持した後、徐冷した。
【0122】
図14にSPSで合成したNa添加Ca
2CuO
3試料の粉末XRDパターンを示す。通常の固相反応法で焼結合成した試料の結果も比較のため記載している。SPS試料のXRDパターンはほぼCa
2CuO
3が主相として同定できるが一部該当しないピーク(
図14中、矢印箇所)が確認できる。これはピークサーチの結果、SPSにより一部Ca
2CuO
3の分解で生成したCaOに由来すると考えられる。
【0123】
【表5】
表5にSPSで合成したNa添加Ca
2CuO
3のゼーベック係数を示す。SPSサンプルもゼーベック係数は正の値を有しており、キャリアドーピングの状態に変化はないと考えられる。
【0124】
表5に示すように実施例3のゼーベック係数の値は、実施例1の焼結体よりも40〜120μV/K程度増大したことが分かる。
これは、実施例1におけるNa添加Ca
2CuO
3の焼結体は相対密度が77%程度であったのに対して、実施例3のSPSサンプルは94%に上昇したことから、緻密度の向上がゼーベック係数増大に寄与したと考えられる。