特許第6286353号(P6286353)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6286353間葉系幹細胞の馴化培地を含有する角膜内皮細胞培養用培地
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6286353
(24)【登録日】2018年2月9日
(45)【発行日】2018年2月28日
(54)【発明の名称】間葉系幹細胞の馴化培地を含有する角膜内皮細胞培養用培地
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/071 20100101AFI20180215BHJP
   C12N 5/0775 20100101ALI20180215BHJP
   A61P 27/02 20060101ALI20180215BHJP
   A61K 35/30 20150101ALI20180215BHJP
【FI】
   C12N5/071
   C12N5/0775
   A61P27/02
   A61K35/30
【請求項の数】15
【全頁数】23
(21)【出願番号】特願2014-534409(P2014-534409)
(86)(22)【出願日】2013年9月5日
(86)【国際出願番号】JP2013073989
(87)【国際公開番号】WO2014038639
(87)【国際公開日】20140313
【審査請求日】2016年6月27日
(31)【優先権主張番号】特願2012-196725(P2012-196725)
(32)【優先日】2012年9月7日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000228545
【氏名又は名称】JCRファーマ株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】503027931
【氏名又は名称】学校法人同志社
(73)【特許権者】
【識別番号】509349141
【氏名又は名称】京都府公立大学法人
(74)【代理人】
【識別番号】100153394
【弁理士】
【氏名又は名称】謝 卓峰
(74)【代理人】
【識別番号】100128897
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 佳希
(74)【代理人】
【識別番号】100116311
【弁理士】
【氏名又は名称】元山 忠行
(72)【発明者】
【氏名】萩屋 道雄
(72)【発明者】
【氏名】今川 究
(72)【発明者】
【氏名】細田 勇喜
(72)【発明者】
【氏名】小泉 範子
(72)【発明者】
【氏名】奥村 直毅
(72)【発明者】
【氏名】中原 マキ子
(72)【発明者】
【氏名】木下 茂
【審査官】 伊達 利奈
(56)【参考文献】
【文献】 米国特許第06541256(US,B1)
【文献】 特表2010−500047(JP,A)
【文献】 PLoS One,2008, Vol.3, No.4, e1886, pp.1-12
【文献】 LU, X., et al.,Molecular Vision,2010年,16,pp.611-622
【文献】 LEE, M.J., et al.,Cytotherapy,2011年,13,pp.165-178
【文献】 WALTER, M.N.M., et al.,Experimental Cell Research,2010年,316,pp.1271-1281
【文献】 WANG, C.-Y., et al.,Mol. Ther.,2011年,19(7),p.1394
【文献】 PEH, G.S.L., et al.,Transplantation,2011年,91(8),pp.811-819
【文献】 JOYCE, N.C., et al.,Cornea,2004年,23(Suppl.1),pp.S8-S19
【文献】 小泉範子,体性幹細胞を用いた角膜内皮再生医療の開発,医学のあゆみ,2012年 6月 9日,241(10),pp.765-770
【文献】 KOIZUMI, N., et al.,The Science and Engineering Review of Doshisha University,2012年 1月,52(4),pp.31-36
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
PubMed
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
WPIDS/WPIX(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
角膜内皮細胞の培養方法であって、
間葉系幹細胞を培養することにより馴化培地を得る工程、
角膜組織から角膜内皮細胞を分離させる工程、及び
該分離させた角膜内皮細胞を、該馴化培地からなる又は該馴化培地を含有し、コンドロイチン硫酸又はその塩の濃度が0.04〜0.12%(w/v)である角膜内皮細胞培養用培地を用いて培養して増殖させる工程、
を含む、培養方法。
【請求項2】
該角膜内皮細胞培養用培地が、該馴化培地を0.5〜50%(v/v)の比率で含有するものである、請求項1に記載の培養方法。
【請求項3】
該角膜内皮細胞培養用培地が、該馴化培地を1〜10%(v/v)の比率で含有するものである、請求項1に記載の培養方法。
【請求項4】
該馴化培地が、該間葉系幹細胞を、コンドロイチン硫酸又はその塩を0.04〜0.12%(w/v)濃度で含有する培地で培養することにより得られるものである、請求項1〜3のいずれか1項に記載の培養方法。
【請求項5】
該コンドロイチン硫酸又はその塩の濃度が0.08%(w/v)である請求項4に記載の培養方法。
【請求項6】
角膜内皮細胞の培養方法であって、
間葉系幹細胞を培養することにより馴化培地を得る工程、
該馴化培地を濾過濃縮することにより濃縮液を得る工程、
角膜組織から角膜内皮細胞を分離させる工程、及び
該分離させた角膜内皮細胞を、該濃縮液を含有し、コンドロイチン硫酸又はその塩の濃度が0.04〜0.12%(w/v)である角膜内皮細胞培養用培地を用いて培養して増殖させる工程、
を含む、培養方法。
【請求項7】
該濾過濃縮による該馴化培地の濃縮倍率が2〜30倍である、請求項6に記載の培養方法。
【請求項8】
該濾過濃縮による該馴化培地の濃縮倍率が15〜20倍である、請求項6に記載の培養方法。
【請求項9】
該角膜内皮細胞培養用培地が、該濃縮液を0.5〜50%(v/v)の比率で含有するものである、請求項6〜8のいずれか1項に記載の培養方法。
【請求項10】
該角膜内皮細胞培養用培地が、該濃縮液を1〜10%(v/v)の比率で含有するものである、請求項6〜8のいずれか1項に記載の培養方法。
【請求項11】
該馴化培地が、該間葉系幹細胞を、コンドロイチン硫酸又はその塩を0.04〜0.12%(w/v)濃度で含有する培地で培養することにより得られるものである、請求項6〜10のいずれか1項に記載の培養方法。
【請求項12】
該コンドロイチン硫酸又はその塩の濃度が0.08%(w/v)である請求項11に記載の培養方法。
【請求項13】
該間葉系幹細胞がヒト間葉系幹細胞である、請求項1〜12のいずれか1項に記載の培養方法。
【請求項14】
該ヒト間葉系幹細胞がヒト骨髄由来の間葉系幹細胞である、請求項13に記載の培養方法。
【請求項15】
該角膜内皮細胞培養用培地のアスコルビン酸又はその塩の濃度が、アスコルビン酸として、5〜40μg/mLである、請求項1〜14に記載の培養方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、移植用の角膜内皮細胞の培養法に関し、詳しくは、移植用の角膜内皮細胞を培養するための間葉系幹細胞の馴化培地を添加した培地に関する。
【背景技術】
【0002】
角膜は、外側から内側に向かって、角膜上皮、ボーマン膜、角膜実質層、デスメ膜、角膜内皮の5層の細胞層から成る透明な組織であり、血管はないが神経は分布している。角膜の透明度は、角膜実質層と角膜内皮によって維持される。
【0003】
角膜内皮機能不全は、失明の主要な原因の一つであり、角膜の透明度を維持するための角膜内皮の機能が喪失することにより、視野が損なわれる。角膜内皮機能不全は、角膜内皮が変性、壊死又は物理的に脱落する等によって引き起こされる疾患である。角膜内皮細胞の機能不全により引き起こされる疾患として、水疱性角膜症がある。水疱性角膜症は、角膜内皮細胞の機能の一つである角膜内の水分量を調節するポンプ機能が損なわれ、その結果角膜内の水分が排出されなくなり、角膜が浮腫状に混濁する、重度の角膜内皮機能不全である。また、浮腫のために角膜上皮が剥離する場合もある。
【0004】
正常な角膜上での角膜内皮細胞の密度は、約2500〜3000個/mm2であるが、角膜内皮機能不全では、この角膜内皮細胞の密度が減少する。細胞密度が約500個/mm2以下となると、角膜内皮細胞のポンプ機能及びバリア機能の低下により浮腫が生じるようになる。
【0005】
角膜内皮細胞は、一度障害を受けると再生する能力を持たない。従って、このような角膜内皮機能不全の治療として、上皮、実質及び内皮の3層構造の全てを有する健常な角膜を移植する全層角膜移植によって、角膜内皮の機能を回復させるとともに、角膜の透明度を回復させることが実施されている。しかし、全層角膜移植は、角膜全層切開に起因する眼球の脆弱性等の問題があることから、近年は、角膜内皮のみを移植するDSAEK (Descemet’s Stripping Automated Endothelial Keratoplasty)、デスメ膜とともに角膜内皮を移植するDMEK
(Descemet’s Membrane Endothelial Keratoplasty)が普及しつつある(非特許文献1)。このような角膜移植が必要とされる角膜内皮の機能不全を原因とする疾患には、水疱性角膜症の他に、角膜浮腫、角膜白斑、円錐角膜等が挙げられる。しかし、日本において、角膜移植の待機患者約5500人であるのに対し、年間に国内で行われている角膜移植件数は2700件程度である。すなわちドナー不足によって、患者に十分な措置を講ずることができない現状である。
【0006】
このようなドナー不足を解消する手段の一つとして、角膜内皮細胞を培養し、これを角膜内皮機能不全患者に移植して角膜内皮の機能を回復することが検討されている。例えば、角膜内皮細胞を羊膜上で培養して移植用の角膜内皮様シートを製造する方法が報告されている(特許文献1及び2)。これらの報告では、角膜内皮細胞培養用培地として、10% FCS、2ng/mL b-FGF及び抗生物質を添加したDMEM培地(特許文献1)、又は10% FCSを含有するDMEM培地(特許文献2)が使用されている。また、角膜内皮細胞をフィブロネクチンで被覆したコラーゲンシート上で培養して移植用の角膜内皮様シートを製造する方法(特許文献3)、角膜内皮細胞をセルロース基材上で培養して移植用の角膜内皮様シートを製造する方法(特許文献4)も報告されている。これらの報告では、角膜内皮細胞培養用培地として、15% FCS、2ng/mL b-FGF及び抗生物質を添加した低グルコース濃度DMEM培地が使用されている。また、培地にヒアルロン酸及びEGF等の成長因子を添加することができることが開示されている。その他、角膜内皮細胞培養用培地として種々のものが報告されている(非特許文献2)。
【0007】
角膜内皮細胞の培養における問題として、角膜内皮細胞が培養中に形態変化し、線維芽細胞様細胞となることがある(特許文献4及び非特許文献3)。
【0008】
そこで、角膜内皮細胞をRhoキナーゼ阻害剤の存在下で培養することにより、角膜内皮細胞の形態変化を防止するとともに、角膜内皮細胞の接着を促進し、高い細胞密度を持った移植用の角膜内皮細胞層を製造する方法が報告されている(特許文献5)。ここでは、角膜内皮細胞培養用培地として、15% FCS、2ng/mL b-FGF及び抗生物質を添加した低グルコース濃度DMEM培地が基礎培地として使用されている(非特許文献4)。なお、RhoキナーゼはヒトES細胞が培養時に細胞死するときに活性化することが知られており、Rhoキナーゼを阻害するROCK阻害剤((+)-トランス-4-(1-アミノエチル)-1-(4-ピリジルカルバモイル)シクロヘキサン、1-(5-イソキノリンスルホニル)ホモピペラジン等)は、かかる細胞死を阻害することが知られている(非特許文献5)。
【0009】
その他、角膜内皮細胞を培養する方法として、20ng/mL NGF、5ng/mL EGF、20μg/mL アスコルビン酸、200μg/mL CaCl2、100μg/mL 下垂体抽出物、0.08%(w/v) コンドロイチン硫酸、及び抗生物質を添加したOpti-MEM-1(Gibco社製)を用いた角膜内皮細胞の培養法が知られている(非特許文献6)。しかしながら、角膜内皮細胞を培養して得られた細胞を用いた、角膜内皮機能不全患者の角膜内皮機能を改善するための移植治療は未だ実用化には至っていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2004−24852号公報
【0011】
【特許文献2】特開2006−187281号公報
【0012】
【特許文献3】特開2005−229869号公報
【0013】
【特許文献4】特開2006−204527号公報
【0014】
【特許文献5】WO2009/028631
【非特許文献】
【0015】
【非特許文献1】Price FW. Jr. et al., J Refract Surg. 21, 339-45 (2005)
【0016】
【非特許文献2】Peh GSL. et al., Transplantation 91, 811-9 (2011)
【0017】
【非特許文献3】Koizumi N. et. al., The science Engineering Review of Doshisha Univ.52, 31-36 (2012)
【0018】
【非特許文献4】Miyata K. et al., Cornea 20, 59-63 (2001)
【0019】
【非特許文献5】Watanabe K. et al., Nat Biotechnol. 25, 681 (2007)
【0020】
【非特許文献6】Joyce NC. Et al., Cornea 23, S8-19 (2004)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0021】
上記背景の下で、本発明の目的は、角膜内皮機能不全患者の角膜内皮機能を改善するための移植治療に用いることのできる細胞の培養方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0022】
上記目的に向けた研究において、間葉系幹細胞の馴化培地(MSC馴化培地)又はMSC馴化培地を含有する培地を用いて角膜内皮細胞を培養することにより、線維芽様細胞をほとんど含まない、形態学的に角膜内皮細胞に変わることのない細胞を増殖させることができることを見出し、本発明を完成した。すなわち、本発明は以下を提供する。
【0023】
(1)間葉系幹細胞の馴化培地からなる又は該馴化培地を含有する、角膜内皮細胞培養用培地、
【0024】
(2)該馴化培地を0.5〜50%(v/v)の比率で含有する、上記(1)に記載の角膜内皮細胞培養用培地、
【0025】
(3)該馴化培地を1〜10%(v/v)の比率で含有する、上記(1)に記載の角膜内皮細胞培養用培地、
【0026】
(4)該馴化培地が、該間葉系幹細胞を、コンドロイチン硫酸を0.04〜0.12%(w/v)濃度で含有する培地で培養することにより得られるものである、上記(1)〜(3)のいずれか1項に記載の培地、
【0027】
(5)該コンドロイチン硫酸の濃度が0.08%(w/v)である、上記(4)に記載の培地、
【0028】
(6)間葉系幹細胞の馴化培地を濾過濃縮することにより得られる濃縮液を含有する、角膜内皮細胞培養用培地、
【0029】
(7)該濾過濃縮による濃縮倍率が2〜30倍である、上記(6)に記載の角膜内皮細胞培養用培地、
【0030】
(8)該濾過濃縮による濃縮倍率が15〜20倍である、上記(6)に記載の角膜内皮細胞培養用培地、
【0031】
(9)該濃縮液を0.5〜50%(v/v)の比率で含有する、上記(6)〜(8)のいずれか1項に記載の角膜内皮細胞培養用培地、
【0032】
(10)該濃縮液を1〜10%(v/v)の比率で含有する、上記(6)〜(8)のいずれか1項に記載の角膜内皮細胞培養用培地、
【0033】
(11)該馴化培地が、該間葉系幹細胞を、コンドロイチン硫酸を0.04〜0.12%(w/v)濃度で含有する培地で培養することにより得られる、上記(6)〜(10)のいずれか1項に記載の角膜内皮細胞培養用培地、
【0034】
(12)該コンドロイチン硫酸の濃度が0.08%(w/v)である、上記(11)に記載の角膜内皮細胞培養用培地、
【0035】
(13)該間葉系幹細胞がヒト間葉系幹細胞である、上記(1)〜(12)のいずれか1項に記載の培地、
【0036】
(14)該間葉系幹細胞がヒト骨髄由来の間葉系幹細胞である、上記(1)〜(12)のいずれか1項に記載の培地、
【0037】
(15)角膜組織から角膜内皮細胞を分離させる工程、及び該分離された角膜内皮細胞を、上記(1)〜(14)のいずれか1項に記載の培地を用いて培養して増殖させる工程、を含む、角膜内皮細胞の培養方法、
【0038】
(16)上記(15)に記載の培養方法により得られる細胞、
【0039】
(17)Na+/K+-ATPase及びZO-1を共に発現する細胞を80%以上の比率で含有する、上記(16)に記載の細胞、
【0040】
(18)線維芽細胞様の細胞の混合比率が0.2%未満である、上記(16)又は(17)に記載の細胞、
【0041】
(19)Ki-67陽性細胞を10%以上の比率で含有する、上記(16)〜(18)のいずれか1項に記載の細胞、
【0042】
(20)上記(16)〜(19)のいずれか1項に記載の細胞を含有する、角膜内皮機能不全の治療薬、
【0043】
(21)該角膜内皮機能不全が水疱性角膜症である、上記(20)に記載の治療薬。
【発明の効果】
【0044】
本発明によれば、角膜内皮機能不全患者に移植し得る、品質の安定した角膜内皮細胞を、安定して供給することができるので、角膜移植のドナー不足を解消し得る。
【図面の簡単な説明】
【0045】
図1】ヒト角膜内皮培養細胞の外観形状を示す、細胞の拡大図である。(A)はMSC馴化培地を用いて培養した細胞、(B)は基本培地を用いて培養(コントロール培養)した細胞の外観形状をそれぞれ示す。
図2】MSC馴化培地を用いて培養した細胞(MSC)及び基本培地を用いて培養(コントロール培養)した細胞(Control)について、リアルタイムPCR法により測定したTGF関連遺伝子発現量を示す図である。(A)はTGFβ1、(B)はTGFβ2、(C)はTGFβ1受容体、(D)はTGFβ2受容体の発現量をそれぞれ示す。発現量は、コントロール培養した細胞の発現量を1.0としたときの相対量として示す(縦軸)。
図3】MSC馴化培地を用いて培養した細胞(MSC)及び基本培地を用いて培養(コントロール培養)した細胞(Control)について、リアルタイムPCR法により測定した線維芽細胞関連遺伝子の発現量を示す図である。(A)はI型コラーゲン、(B)はフィブロネクチン、(C)はIV型コラーゲンの発現量をそれぞれ示す。発現量は、コントロール培養した細胞の発現量を1.0としたときの相対量として示す(縦軸)。
図4】MSC馴化培地を用いて培養した細胞(MSC)及び基本培地を用いて培養(コントロール培養)した細胞(Control)について、BrdU取り込み率による細胞増殖を測定した結果を示す図である。BrdU取り込み率は、コントロール培養した細胞のBrdU取り込み量を1.0としたときの相対量として示す(縦軸)。アスタリスクは、t検定による統計的有意差(p<0.05)を示す(n=3)。
図5】MSC馴化培地を用いて培養した細胞(MSC)及び基本培地を用いて培養(コントロール培養)した細胞(Control)について、Ki-67タンパク質の陽性細胞の比率(%)を示す図である。アスタリスクは、t検定による統計的有意差(p<0.05)を示す(n=3)。
図6】MSC馴化培地濃縮液の添加試験の結果を示す図である。BrdU取り込み率は、MSC馴化培地で培養した細胞のBrdU取り込み量を1.0としたときの相対量として示す(縦軸)。
【発明を実施するための形態】
【0046】
本発明において、間葉系幹細胞(MSC)というときは、未分化の状態で増殖し、少なくとも2種類の細胞へ分化することが可能な、間葉に由来する幹細胞又はその前駆細胞のことをいう。間葉系幹細胞から分化誘導される細胞は、例えば骨芽細胞、軟骨芽細胞、脂肪芽細胞である。
【0047】
本発明において用いられる間葉系幹細胞は、好ましくはヒト間葉系幹細胞(hMSC)である。MSCは、骨髄、脂肪組織、歯髄、臍帯血、胎盤、羊膜等、種々の組織から取得できることが知られている。本発明において使用するMSCは、これら取得先の組織に関わらず、いずれのものでも使用できるが、好ましくは、骨髄由来のMSCである。また、間葉系幹細胞は、種々の方法により取得できるが、例えば骨髄由来のMSCの場合、特許文献(特表平7-500001)等に記載の手法で取得することができる。
【0048】
本発明において用いられるヒト間葉系幹細胞は、表面抗原の発現パターンにより更に特定することができ、特異的抗体を用いたフローサイトメトリー解析をした場合、好ましくは、CD29、CD44及びCD105が陽性であり、CD34及びCD45が陰性であり、より好ましくは、CD29、CD44,CD73,CD90及びCD105が陽性であり、CD34及びCD45が陰性であり、さらに好ましくはCD13、CD29、CD44,CD73,CD90、CD105及びCD166が陽性であり、CD34及びCD45が陰性であり、さらにより好ましくは、CD13、CD29、CD44,CD49a、CD49e、CD73,CD90、CD105及びCD166が陽性であり、CD34及びCD45が陰性である。
【0049】
本発明において、間葉系幹細胞の馴化培地(MSC馴化培地)というときは、培地中で間葉系幹細胞を培養した後に、細胞を除去して得られる培地のことをいう。
【0050】
本発明において、MSC馴化培地を調製するためにMSCの培養に使用するMSC培養用培地は、MSCを培養できる培地である限り特に制限はなく、例えば、ウシ胎児血清(FCS)を含有するフィットン−ジャクソン改変BGJb培地、ウシ胎児血清(FCS)を添加したF−12栄養素混合物培地(Ham)、ウシ胎児血清(FCS)を添加したDMEM培地、ウシ胎児血清(FCS) を添加したダルベッコ/ハムF12 1:1混合培地、ウシ胎児血清(FCS)及び4mMアラニルグルタミンを添加したダルベッコ/ハムF12 1:1混合培地、ウシ胎児血清(FCS)を添加したOpti-MEM I Reduced-Serum Medium, Liquid(Gibco社製)、ウシ胎児血清(FCS)、200μg/mL CaCl2・2H2O及び0.08%(w/v) コンドロイチン硫酸を添加したOpti-MEM
I Reduced-Serum Medium, Liquid(Gibco社製)等が使用できる。上記培地に含まれるウシ胎児血清の濃度は、好ましくは5〜20%(v/v)であり、より好ましくは6〜12%(v/v)であり、更に好ましくは7.5〜10.5%(v/v)であり、特にOpti-MEM I Reduced-Serum Medium, Liquidを用いた場合は約8%(v/v)、その他の基礎培地を用いた場合は約10%(v/v)である。なお、Opti-MEM I Reduced-Serum Medium, Liquid(Gibco社製)は、イーグル基礎培地に、HEPES、重炭酸ナトリウム、ヒポキサンチン、チミジン、ピルビン酸ナトリウム、L-グルタミン、インスリン、トランスフェリン等を添加した培地である。
【0051】
ウシ胎児血清を添加する前のMSC培養用培地は、アミノ酸、ビタミン、無機塩類、及びその他の成分を含有する。MSC培養用培地に含まれるアミノ酸の種類及び濃度は、表1で示したものから適宜選択することができる。
【0052】
【表1】
【0053】
MSC培養用培地に含まれるビタミンの種類及び濃度は、表2で示したものから適宜選択することができる。
【0054】
【表2】
【0055】
MSC培養用培地に含まれる無機塩類の種類及び濃度は、表3で示したものから適宜選択することができる。
【0056】
【表3】
【0057】
MSC培養用培地に含まれるその他の成分の種類及び濃度は、表4で示したものから適宜選択することができる。
【0058】
【表4】
【0059】
本発明においてMSC培養用培地として好適に使用できる培地の、ウシ胎児血清を添加する前の組成を表5に示す。表5において、培地Aはフィットン−ジャクソン改変BGJb培地、培地BはF−12栄養素混合物培地(Ham)、培地CはDMEM培地、培地Dはダルベッコ/ハムF12 1:1混合培地、培地EはEMEM培地である。
【0060】
培地には、上皮増殖因子(EGF)、塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)、神経成長因子(NGF)、インスリン、トランスフェリン、インスリン様成長因子(IGF)等の成長因子、アスコルビン酸、コンドロイチン硫酸、ゲンタマイシン等の抗生物質、フェノールレッド等のpH指示薬等から選択されるその他の成分を、一種又はニ種以上、適宜添加することもできる。培地にEGFを添加する場合、その濃度は、好ましくは1〜50ng/mLであり、より好ましくは5〜40ng/mLであり、さらに好ましくは約20ng/mLである。培地にbFGFを添加する場合、その濃度は、好ましくは1〜20ng/mLであり、より好ましくは3〜7ng/mLであり、さらに好ましくは約5ng/mLである。培地にNGFを添加する場合、その濃度は、好ましくは1〜25ng/mLであり、より好ましくは3〜7ng/mLであり、さらに好ましくは約5ng/mLである。インスリンを添加する場合、その濃度は、好ましくは1〜200μg/mLである。トランスフェリンを添加する場合、その濃度は、好ましくは1〜200μg/mLである。培地にアスコルビン酸(又はその塩)を添加する場合、その濃度は、アスコルビン酸として、好ましくは5〜40μg/mLであり、より好ましくは10〜30μg/mLであり、さらに好ましくは約20μg/mLである。コンドロイチン硫酸(又はその塩)を添加する場合、その濃度は、好ましくは0.04〜0.12%(W/V)であり、より好ましくは0.06〜0.10%(w/v)であり、さらに好ましくは約0.08%(w/v)である。
【0061】
また、生物由来の成分であるFCSを使用することが好ましくない場合には、MSC培養用培地として無血清培地を使用することもできる。
【0062】
【表5】
【0063】
【表6】
【0064】
本発明において、MSC馴化培地を調製するためのMSCの培養は、MSCを、細胞培養用フラスコに、好ましくは1×103〜2×104個/cm2の密度で、より好ましくは2×103〜1×104個/cm2の密度で、さらに好ましくは3〜5×103個/cm2の密度で播種して開始される。また、このとき培養面積1cm2当たりに加えられるMSC培養用培地の量は、好ましくは0.15〜0.5mLであり、更に好ましくは0.2〜0.3mLである。また、このとき用いられる細胞培養用フラスコは、好ましくは底面がコラーゲン、ファイブロネクチン等でコートされたフラスコ、底面がマイナスにチャージされた官能基で修飾されたフラスコ、例えばプライマリカルチャーウェア(BD社製)である。培養開始後、MSCは、細胞培養用フラスコの底面を、好ましくは30〜80%、更に好ましくは50〜70%を細胞が占めるまで培養される。次いで培地を回収(初回の回収)し、新しい培地に交換してさらに細胞を培養する。このとき培養面積1cm2当たりに加えられる培地の量は、好ましくは0.15〜0.5mLであり、さらに好ましくは0.2〜0.3mLである。細胞を培地交換後、好ましくは8〜24時間、さらに好ましくは12〜18時間培養した後、培地を回収(第2回の回収)する。さらに、同様にして培地の交換と回収を、好ましくは3〜7回、さらに好ましくは3〜5回繰り返す(第3回以降の回収)。
【0065】
初回の回収、第2回の回収及び第3回以降の回収で回収された培地は、いずれもMSC馴化培地として使用可能であり、これらを混ぜ合わせてMSC馴化培地とすることもできるが、第2回の回収以降で回収された培地がMSC馴化培地として特に好適に用いられる。また、このときのMSC馴化培地の回収は、好ましくは培養液を遠心して上清を回収することにより行う。回収後のMSC馴化培地は、適宜膜ろ過等により除菌をすることもできる。また、MSC馴化培地は冷凍できるので、凍結状態で長期保存、輸送等が可能である。但し、MSC馴化培地は4℃でも10〜14日間は保存可能である。
【0066】
本発明において、MSC馴化培地は、ヒト角膜内皮細胞培養用の培地としてそのまま使用可能であるが、上皮増殖因子(EGF)、塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)、神経成長因子(NGF)、インスリン、トランスフェリン、インスリン様成長因子(IGF)等の成長因子、アスコルビン酸、コンドロイチン硫酸、抗生物質等から選択されるその他の成分を、一種若しくはニ種以上、適宜添加して使用することもできる。培地にEGFを添加する場合、その濃度は、好ましくは1〜50ng/mLであり、より好ましくは5〜40ng/mLであり、さらに好ましくは約20ng/mLである。培地にbFGFを添加する場合、その濃度は、好ましくは1〜20ng/mLであり、より好ましくは3〜7ng/mLであり、さらに好ましくは約5ng/mLである。培地にNGFを添加する場合、その濃度は、好ましくは1〜25ng/mLであり、より好ましくは3〜7ng/mLであり、さらに好ましくは約5ng/mLである。インスリンを添加する場合、その濃度は、好ましくは1〜200μg/mLである。トランスフェリンを添加する場合、その濃度は、好ましくは1〜200μg/mLである。培地にアスコルビン酸(又はその塩)を添加する場合、その濃度は、アスコルビン酸として、好ましくは5〜40μg/mLであり、より好ましくは10〜30μg/mLであり、さらに好ましくは約20μg/mLである。コンドロイチン硫酸(又はその塩)を添加する場合、その濃度は、好ましくは0.04〜0.12%(W/V)であり、より好ましくは0.06〜0.10%(w/v)であり、さらに好ましくは約0.08%(w/v)である。
【0067】
MSC馴化培地は、そのままヒト角膜内皮細胞培養用の培地として使用することができるが、MSC馴化培地を他の培地に添加したものをヒト角膜内皮細胞培養用の培地として使用することもできる。この場合の、他の培地に添加するMSC馴化培地の量は、他の培地の液量に対して、好ましくは10〜98%(v/v)であり、より好ましくは50〜98%(v/v)であり、更に好ましくは80〜98%(v/v)の液量である。
【0068】
また、MSC馴化培地を濃縮してヒト間葉系幹細胞の馴化培地濃縮液(MSC馴化培地濃縮液)とし、これを他の培地に添加したものを、ヒト角膜内皮細胞培養用の培地として使用することもできる。馴化培地濃縮液は、限外濾過膜を用いた濾過濃縮、減圧濃縮、凍結乾燥等の方法によりMSC馴化培地を濃縮することにより調製することができる。濾過濃縮において用いられる限外濾過膜は、好ましくは、チトクロームCの濃縮回収率が90%以上の膜、例えば、10kDaカットオフ膜(Millipore社製)であり、より好ましくは、チトクロームCの濃縮回収率が95%以上の膜、例えば、3kDaカットオフ膜(Millipore社製)である。また、濃縮倍率([濃縮前の液量]/[濃縮後の液量])は好ましくは2〜30倍であり、より好ましくは10〜25倍であり、更に好ましくは15〜20倍である。この場合の、他の培地に添加するMSC馴化培地濃縮液の量は、他の培地の液量に対して、好ましくは1〜20%(v/v)であり、より好ましくは2〜15%(v/v)であり、更に好ましくは3〜10%(v/v)の液量である。
【0069】
MSC馴化培地又はMSC馴化培地濃縮液を添加する他の培地は、先行文献(Peh GSL. et al., Transplantation 91, 811-9 (2011)等)に開示されているヒト角膜内皮細胞培養用の培地が好ましく、例えば、8%(v/v) FCS、200μg/mL CaCl2・2H2O、0.08%(w/v) コンドロイチン硫酸、20μg/mL アスコルビン酸、5ng/mL EGFを添加したOpti-MEM I Reduced-Serum Medium, Liquid培地(Gibco社製)である。但し、これに限らず、5〜15%(v/v) の濃度のFCSを添加した、上記表5で示した組成の培地、又はこれら培地の組成を適宜調整した培地を用いることもできる。また、培地に、上皮増殖因子(EGF)、塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)、神経成長因子(NGF)、インスリン、トランスフェリン、インスリン様成長因子(IGF)等の成長因子、アスコルビン酸、コンドロイチン硫酸、抗生物質等から選択されるその他の成分を、一種又はニ種以上、適宜添加して使用することもできる。培地にEGFを添加する場合、その濃度は、好ましくは1〜50ng/mLであり、より好ましくは5〜40ng/mLであり、さらに好ましくは約20ng/mLである。培地にbFGFを添加する場合、その濃度は、好ましくは1〜20ng/mLであり、より好ましくは3〜7ng/mLであり、さらに好ましくは約5ng/mLである。培地にNGFを添加する場合、その濃度は、好ましくは1〜25ng/mLであり、より好ましくは3〜7ng/mLであり、さらに好ましくは約5ng/mLである。インスリンを添加する場合、その濃度は、好ましくは1〜200μg/mLである。トランスフェリンを添加する場合、その濃度は、1〜200μg/mLである。培地にアスコルビン酸(又はその塩)を添加する場合、その濃度は、アスコルビン酸として、好ましくは5〜40μg/mLであり、より好ましくは10〜30μg/mLであり、さらに好ましくは約20μg/mLである。コンドロイチン硫酸(又はその塩)を添加する場合、その濃度は、好ましくは0.04〜0.12%(W/V)であり、より好ましくは0.06〜0.10%(w/v)であり、さらに好ましくは約0.08%(w/v)である。また、培地には、適宜、ゲンタマイシン等の抗生物質、フェノールレッド等のpH指示薬を添加することもできる。また、生物由来の成分であるFCSを使用することが好ましくない場合には、無血清培地を使用することも可能である。
【0070】
本発明において、ヒト角膜内皮細胞培養用の培地として、ヘキサヒドロ-1-(イソキノリン-5-イルスルホニル)-1H-1,4-ジアゼピン(ファスジル)、1-(5-イソキノリンスルホニル)ホモピペラジン(Y-27632)、グリシルH-1152ジヒドロクロリド、3-(4-ピリジル)インドール、N-(4-ピリジル)-N’-(2,4,6-トリクロロフェニル)ウレア等のRhoキナーゼ阻害剤(これらの塩、水和物を含む)を添加したものを使用することもできる。Rhoキナーゼ阻害剤としてY-27632を添加する場合、その濃度は、好ましくは0.5〜2.0μmol/Lであり、より好ましくは1.0〜1.8μmol/Lであり、さらに好ましくは約1.5μmol/Lである。
【0071】
また、ヒト角膜内皮細胞培養用の培地として、SB431542、A-83-01等のALK-5阻害剤(これらの塩、水和物を含む)を添加したものを使用することもできる。ALK-5阻害剤としてSB431542を添加する場合、その濃度は、好ましくは0.5〜1.5μmol/Lであり、より好ましくは0.7〜1.2μmol/Lであり、さらに好ましくは約1μmol/Lである。ALK-5阻害剤は単独で、又はRhoキナーゼ阻害剤と組み合わせて使用することもできる。
【0072】
本発明において、初代培養に供するヒト角膜内皮細胞は、ヒト角膜組織から分離されたものである。かかるヒト角膜組織は、研究用ヒト角膜組織として市販されているものを用いることができるが、ヘルシンキ宣言、各国法令、各国規制当局の通知等によって定められた基準、及びこれらに基づき作成された倫理規定を遵守することを条件に、アイバンクに献眼されたヒト角膜組織を使用することもできる。
【0073】
本発明において、ヒト角膜内皮細胞の培養は、MSC馴化培地、MSC馴化培地(又はその濃縮液)を含有する培地、またはこれらの培地にEGF、bFGF、NGF、IGF、インスリン等の成長因子、アスコルビン酸、コンドロイチン硫酸、抗生物質、Rhoキナーゼ阻害剤、ALK-5阻害剤等から選択されるその他の成分を、一種又はニ種以上加えた培地を、ヒト角膜内皮細胞培養用の培地として用いることにより、行われる。また、ヒト角膜内皮細胞の培養において用いられる細胞培養用フラスコは、好ましくは底面がコラーゲン、ファイブロネクチン等でコートされたフラスコ、底面がマイナスにチャージされた官能基で修飾されたフラスコ、例えばプライマリカルチャーウェア(BD社製)である。
【0074】
本発明において、ヒト角膜組織から分離されたヒト角膜内皮細胞は、細胞培養用フラスコの底面を、好ましくは20〜50%、より好ましくは25〜40%、更に好ましくは、約3分の1を細胞が占めるように播種されて初代培養される。初代培養において、ヒト角膜内皮細胞は、好ましくは細胞培養用フラスコの底面の70%以上を占めるまで、より好ましくはコンフルエントになるまで培養される。
【0075】
ヒト角膜内皮細胞は、初代培養に引き続いて、継代培養することも可能である。継代培養において、ヒト角膜内皮細胞は、細胞培養用フラスコの底面を、好ましくは20〜50%、より好ましくは25〜40%、更に好ましくは、約3分の1を細胞が占めるように播種される。継代培養において用いるヒト角膜内皮細胞培養用の培地は、初代培養と同じものでも、初代培地と異なる組成の培地でもよい。継代培養において、ヒト角膜内皮細胞は、好ましくは細胞培養用フラスコの底面の70%以上を占めるまで、より好ましくはコンフルエントになるまで培養される。継代培養は、細胞を顕微鏡で観察したときに、細胞の形態等に変化が現れない限り、特に制限なく繰り返し行うことができるが、その回数は、好ましくは1〜5回である。初代培養、及びそれに引き続いて行われる継代培養により、ヒト角膜組織から分離されたヒト角膜内皮細胞を、200倍以上に増やすことができる。
【0076】
なお、本発明において、ヒト角膜内皮細胞というときは、ヒト角膜内皮を構成するヒト角膜内皮細胞に加えて、ヒト角膜内皮細胞を初代培養又は継代培養して得られる、顕微鏡下で観察したときに、細胞培養用フラスコの内面上で一層の多角形の形状を示す細胞のことをもいう。
【0077】
ヒト角膜内皮細胞は、in vitro培養したときに、一般に線維芽様細胞を生じることが知られている。本発明において、初代培養又は継代培養で得られた細胞における、線維芽様細胞の存在比率(線維芽様細胞の個数/全細胞数 X 100 %)は、顕微鏡下で観察したときに、好ましくは0.5%未満であり、より好ましくは0.2%未満であり、更に好ましくは0.1%未満である。線維芽様細胞の存在比率が1%を超えるものは、移植用の細胞として使用することはできない。また、コンフルエントに達した時の細胞培養用フラスコの内面上での細胞密度は、好ましくは1500 個/mm2以上であり、より好ましくは1800 個/mm2以上である。
【0078】
また、初代培養又は継代培養で得られたヒト角膜内皮細胞は、Na+/K+-ATPase及びZO-1が共に陽性(ダブル陽性)である細胞の存在比率(ダブル陽性の細胞数/全細胞数 X 100 %)が、好ましくは80%以上であり、より好ましくは90%以上であり、更に好ましくは95%以上である。ダブル陽性の存在比率が50%未満の細胞は、移植用の細胞として使用することはできない。
【0079】
本発明において、初代培養又は継代培養で得られたヒト角膜内皮細胞は、細胞培養用フラスコからトリプシン、コラゲナーゼ等の酵素を用いて剥離した後、PBS等を用いて洗浄して酵素を除去し、次いで所望の緩衝液に所望の濃度で懸濁させ、これを水疱性角膜症等の角膜内皮機能不全を罹患した患者への移植用細胞として用いることができる。このとき用いる緩衝液としては、酢酸リンゲル液、重炭酸リンゲル液が好適に使用できる。患者への細胞の移植は、所望の数の細胞を含む細胞懸濁液を、シリンジを用いて患者眼球内に注入することにより行う。患者眼球内に注入した細胞は、患者の角膜組織に成着して角膜内皮細胞として機能し得る。
【0080】
また、ヒト角膜内皮細胞は、使用時まで凍結して保存することもできる。ヒト角膜内皮細胞の凍結保存は、細胞保存液に細胞を懸濁し、これをチューブに分注して、液体窒素中で行う。細胞保存液としては、20%DMSO及び8.8%アルブミンを含有する酢酸リンゲル液又は重炭酸リンゲル液を用いることができる。このようにして凍結保存した細胞は、細胞医薬として市場に流通させて、医療機関に供給することができる。
【実施例1】
【0081】
以下、実施例を参照して本発明を更に詳細に説明するが、本発明が実施例に限定されることは意図しない。
【0082】
〔ヒト間葉系幹細胞の馴化培地(hMSC馴化培地)の作成〕
ヒト骨髄由来のヒト間葉系幹細胞を、5,000〜10,000 cells/cm2の密度となるように150mm細胞培養用プレート(コーニング社製)に播種し、10% FCS/DMEM培地を用いてサブコンフルエントになるまで培養した。細胞を、PBS(-)で2回洗浄した後、トリプシン処理して細胞を細胞培養用プレートから剥がし、次いで10% FCS/DMEM培地を添加して懸濁した後、遠心(1200rpm、5分)して細胞を回収した。細胞を10% FCS/DMEM培地で懸濁して、3,000〜5,000 cells/cm2の密度となるように150mm細胞培養用プレート(コーニング社製)に播種し、細胞密度が50〜70%になるまで培養した。培地を捨て、8% FCS、200μg/mL CaCl2・2H2O、0.08%(w/v) コンドロイチン硫酸Cナトリウム(WAKO)及び50μg/mL ゲンタマイシンを添加したOpti-MEM I Reduced-Serum Medium, Liquid(Gibco社製)培地を40mL加えて、約16時間培養した。培養後、培地を回収して遠心(1500rpm、5分)し、得られた上清を0.2μmメンブランフィルターで濾過した。プレートに新しい培地を40mL加えて更に細胞を培養し、以後12〜24時間毎に培地の回収と新しい培地の添加を3〜5日間の間隔で繰り返して行った。回収した培地は、遠心(1500rpm、5分)し、得られた上清を0.2μmメンブランフィルターで濾過した。濾過後の培地をヒト間葉系幹細胞の馴化培地(hMSC馴化培地)とした。hMSC馴化培地は、4℃又は凍結(-30℃)して保存し、4℃で保存する場合は、保存期限を10日間とした。
【0083】
〔ヒト角膜内皮細胞の初代培養〕
研究用ヒト角膜組織(シアトルアイバンク社製)から、鑷子を用いてヒト角膜内皮細胞を基底膜(デスメ膜)とともに剥離させた。剥離させたヒト角膜内皮細胞に、コラゲナーゼ溶液(コラゲナーゼを1mg/mLの濃度で添加したOpti-MEM I Reduced-Serum Medium)を添加して静置し、基底膜よりヒト角膜内皮細胞を剥離させた。次いで細胞を軽く振り混ぜて懸濁させ、これにヒト角膜内皮細胞培養用基本培地(8% FCS、200μg/mL CaCl2・2H2O、0.08%(w/v) コンドロイチン硫酸、20μg/mL アスコルビン酸、50μg/mL ゲンタマイシン、5ng/mL EGF及び1μmol/L SB431542(TOCRIS社製)を添加したOpti-MEM I Reduced-Serum Medium, Liquid培地、以下「基本培地」)を添加して遠心(1200rpm、5分)し、細胞を回収した。
【0084】
細胞を、hMSC馴化培地で懸濁し、細胞培養用プレート(コーニング社製)に、フラスコの底面の3分の1が細胞で占められる密度となるように播種し、37℃、5%CO2存在下で培養した。コントロール培養として、細胞を、基本培地を用いて同様にして培養した。なお、ヒト角膜内皮細胞培養用基本培地(基本培地)は、先行文献(Joyce NC. Et al., Cornea 23, S8-19 (2004))に開示されたヒト角膜内皮細胞培養用培地に、NGF及び下垂体抽出物を除く等の改変を加えたものである。初代培養は、細胞がコンフルエントに達するまで行い、この間、培地を2日毎に交換した。
【0085】
〔ヒト角膜内皮細胞の継代培養〕
上記初代培養で、コンフルエントになるまで培養したヒト角膜内皮細胞を、培地を除去してPBS(-)で2回洗浄した後、トリプシン処理して剥離した。細胞に基本培地を加えて懸濁させ、遠心して細胞を回収した。細胞を、hMSC馴化培地で懸濁させて、細胞培養用ディッシュに、ディッシュ底面の約3分の1が細胞で占められるように播種し、コンフルエントになるまで培養した。コントロール培養については、基本培地を用いて同様にして継代した。
【0086】
〔細胞の形態学的評価〕
上記ヒト角膜内皮細胞の初代培養において細胞がコンフルエントに達した時点で、位相差顕微鏡を用いて細胞の形態を観察した。その結果、hMSC馴化培地で培養した細胞では、線維芽細胞様の細胞は認められず、ほとんど全ての細胞が正常なヒト網膜内皮細胞と同様の一層の多角形の形状を示し、線維芽細胞様の存在比率は、顕微鏡下で観察した細胞(約500個)の全てが多角形の形状を示したことから、500分の1未満と推定された(図1A)。一方、コントロール培養の細胞では、半数以上の細胞が紡錘形の線維芽細胞様の形態を示した(図1B)。線維芽細胞様の細胞は、ヒト角膜内皮細胞として移植した場合、角膜の非透明化の原因となると考えられる。従って、かかる線維芽細胞様の細胞を含まないことは、ヒト角膜内皮細胞として移植する細胞の必須要件である。hMSC馴化培地で培養して得られた細胞は、この必須要件を満たすものといえる。
【0087】
また、コンフルエントに達した時点での細胞培養用プレート上での細胞密度を、角膜内皮細胞密度測定用ソフトウェア(Konan Medical Inc. KSS-400EB software)で測定したところ、コントロール培養した細胞では、フラスコの底面における細胞密度が、1202 個/mm2であったのに対して、hMSC馴化培地で培養した細胞では1845 個/mm2であった。角膜機能不全の患者では、角膜内皮の細胞密度が減少することを鑑みれば、高い細胞密度にまで増殖できるhMSC馴化培地で培養した細胞は、当該疾患への移植に用いる細胞として、高い臨床的効果が期待できる。
【0088】
〔リアルタイムPCR法によるTGF関連遺伝子発現量の測定〕
初代培養の開始240日後(継代回数は7回)の角膜内皮細胞から、RNeasy(QIAGEN社製)を用いて全mRNAを抽出し、抽出した全mRNAを鋳型として、ReverTra Ace(TOYOBO社製)を用いて逆転写反応(42°C, 60分間)を行い、オリゴdT法により一本鎖DNAを合成した。この一本鎖DNAをテンプレートとして、TaqManFastAdvanced Master Mix(Applied Biosystems社製)を用いたリアルタイムPCR法により、TGFβ1、TGFβ2、TGFβタイプI受容体(TGFβR1)、及びTGFβタイプII受容体(TGFβR2)の遺伝子発現量を、基本培地及びhMSC馴化培地のそれぞれを用いて培養した細胞間で比較した。なおリアルタイムPCR法における内部標準としては、GAPDH遺伝子を用いた。また、PCR反応は、40サイクル(95℃15秒+60℃30秒)を、StepOne(登録商標)real-time PCR system(Applied Biosystems社製)を用いて行った。また、PCR反応には下記に示すプライマー(TaqMan(登録商標)primers, Invitrogen社製)を用いた。すなわち、TGFβ1についてはHs99999918_m1を、TGFβ2についてはHs00234244_m1を、TGFβR1についてはHs00610320_m1を、TGFβR2についてはHs00234253_m1を用いた。GAPDHについてはHs00266705_g1を用いた。
【0089】
hMSC馴化培地を用いて培養した細胞では、基本培地を用いて培養(コントロール培養)した細胞と比較して、TGFβ1、TGFβ2、TGFβR1及びTGFβR2のいずれにおいても遺伝子発現量が少なかった(図2)。TGFβ1及びTGFβ2は、受容体を介して角膜内皮細胞の分化を誘導することが知られている。従ってhMSC馴化培地を用いて培養した細胞は、コントロール培養した細胞と比較して、これらTGFを介した分化誘導が抑制されており、より幹細胞に近い性質を有するものと考えられる。
【0090】
〔リアルタイムPCR法による線維芽細胞関連遺伝子発現量の測定〕
次いで、リアルタイムPCR法により、コラーゲンタイプI、フィブロネクチン、コラーゲンタイプIV遺伝子発現量を、基本培地及びhMSC馴化培地のそれぞれを用いて培養したヒト角膜内皮細胞間で比較した。なおリアルタイムPCR法における内部標準としてはGAPDH遺伝子を用いた。このときのPCR反応には下記に示すプライマー(TaqMan(登録商標)primers, Invitrogen社製)を用いた。すなわち、コラーゲンタイプIについてはHs00164004_m1を、フィブロネクチンについてはHs01549976_m1を、コラーゲンタイプIVついてはHs00266237_m1を、GAPDHについてはHs00266705_g1を用いた。
【0091】
hMSC馴化培地を用いて培養した細胞では、基本培地を用いて培養(コントロール培養)した細胞と比較して、コラーゲンタイプI、フィブロネクチンの遺伝子発現量が顕著に低かった(図3A、B)。コラーゲンタイプI及びフィブロネクチンは、線維芽細胞で強発現する一方、正常なヒト角膜内皮細胞での発現量が低い分子である。図1(A)で示したとおり、hMSC馴化培地を用いて培養した細胞は、ほとんど全ての細胞が形態学的に正常なヒト網膜内皮細胞と同様の一層の多角形の形状を示し、線維芽細胞様の細胞の存在は認められなかったが、これら遺伝子の発現量が顕著に低いことは、hMSC馴化培地を用いてヒト角膜内皮細胞を培養した場合、線維芽細胞様の細胞がほとんど生じないことを遺伝子レベルで示すものである。なお、コラーゲンタイプIV遺伝子発現量は、両細胞間で顕著な相違はなかった(図3C)。
【0092】
〔角膜内皮細胞の機能性マーカーの発現量の測定〕
上記コントロール培養及びhMSC馴化培地で培養した、初代培養開始210日後(継代回数は4回)のヒト角膜内皮細胞を、トリプシン処理して培養フラスコから剥離させ、剥離させた細胞を遠心して回収した後、それぞれ基礎培地及びhMSC馴化培地に懸濁し、48ウェルプレート(コーニング社製)に300 個/mm2の密度で播種して一晩培養した。細胞を、培地を新しい同一の培地に交換してさらに6日間培養した後、4%パラホルムアルデヒドに室温で10分間浸して固定し、酸アルコール溶液により浸透化処理をした。次いで、細胞をブロッキング液(10%ウシ胎児血清を含有するPBS)で1時間、室温で静置し、次いで、抗ヒトNa+/K+-ATPase抗体又は抗ヒトZO-1抗体を添加して1時間、室温で静置した。抗体液を除去し、細胞をPBS(-)で3回洗浄した後、二次抗体としてALEXA488抗体(Molecular Probes社製)又はALEXA594ヤギ抗マウスIgG抗体(Molecular Probes社製)を添加して1時間、室温で静置した。抗体液を除去し、細胞をPBS(-)で3回洗浄した後、細胞を蛍光顕微鏡(TCS SP2 AOBS, Leica Microsystems社製)により撮影した。その結果、hMSC馴化培地を用いて培養した細胞では、ほとんど全ての細胞(少なくとも80%以上の細胞)がNa+/K+-ATPase及びZO-1陽性であった。
【0093】
Na+/K+-ATPaseは、角膜内皮細胞の機能の一つである角膜内の水分量を調節するポンプ機能を担うタンパク質の一つである。また、ZO-1は角膜内皮細胞の密着結合(tight junction)を形成するタンパク質の一つであり、角膜内皮細胞のバリア機能に関連する。従って、hMSC馴化培地を用いて培養して得られた細胞は、Na+/K+-ATPaseとZO-1を共に発現していることから、内皮細胞の主要な機能であるポンプ機能とバリア機能を共に有しているといえるので、角膜機能不全の患者に移植することにより、角膜内皮の機能を改善できることが期待できる。
【0094】
〔BrdU取り込み率による細胞増殖測定〕
上記コントロール培養およびhMSC馴化培地で培養した、初代培養開始240日後(継代回数は5回)のヒト角膜内皮細胞を、トリプシン処理して培養フラスコから剥離させ、剥離させた細胞を遠心して回収した後、それぞれ基礎培地及びhMSC馴化培地に懸濁し、96ウェル培養プレートに、5,000個/ウェルの播種密度で播種し一晩培養した。細胞を、培地を新しい同一の培地に交換してさらに5日間培養した後、培地に5-ブロモ-2’-デオキシウリジン(BrdU)を添加し、一晩培養した。培地を除去し、固定溶液(Amersham cell proliferation biotrak ELISA system, ver2, GE社製)を加えて30分間室温でインキュベートした。次いで、固定溶液を除去し、ブロッキング溶液(Amersham cell proliferation biotrak ELISA system, ver2, GE社製)を加えて30分間、室温で静置した。次いで、ブロッキング溶液を除去し、ペルオキシダーゼ結合抗BrdU抗体を添加し、室温で2時間静置した。洗浄バッファーで3回プレートを洗浄し、TMB(3,3’,5,5’-テトラメチルベンジジン)基質(Amersham cell proliferation biotrak ELISA system, ver2, GE社製)を加えて5〜30分間静置した。1M 硫酸で反応を停止し、プレートリーダーで450nmにおける吸光度を測定した。結果は5回の測定の平均値±SEMとして示した。
【0095】
その結果、hMSC馴化培地で培養した細胞は、基礎培地で培養した細胞と比較して、約1.5倍のBrdU取り込み率を示し、細胞増殖が活発であることがわかった(図4)。
【0096】
〔Ki-67タンパク質の発現量の測定〕
上記コントロール培養及びhMSC馴化培地で培養した、初代培養開始240日後(継代回数は5回)のヒト角膜内皮細胞を、トリプシン処理して培養フラスコから剥離させ、剥離させた細胞を遠心して回収した後、それぞれ基礎培地及びhMSC馴化培地に懸濁し、96ウェル培養プレートに、5,000細胞/ウェルの播種密度で播種し一晩培養した。細胞を、培地を新しい同一の培地に交換して更に5日間培養した後、4%パラホルムアルデヒド中に室温で10分間浸して固定し、酸アルコール溶液により浸透化処理をした。次いで、細胞を、ブロッキング液(10%ウシ胎児血清を含有するPBS)を添加して1時間、室温で静置した後、ブロッキング液を除去し、次いで抗ヒトKi-67抗体(DAKO社製)を添加して1時間、室温で静置した。抗体液を除去し、細胞をPBS(-)で3回洗浄した後、二次抗体としてALEXA488抗体(Molecular Probe社製)を添加して室温で1時間静置した。抗体液を除去し、細胞をPBS(-)で3回洗浄した後、DAPI核染色を含むベクターシールド(Vector Laboratories社製)に浸して、Ki-67陽性細胞を染色した。染色後の細胞を蛍光顕微鏡(BZ−9000, KEYENCE社製)により撮影し、約300個の細胞を観察してKi-67陽性細胞の割合を算出した(n=3)。
【0097】
その結果、hMSC馴化培地で培養した細胞では、Ki-67陽性細胞の比率が15.8%であり、基礎培地で培養した細胞の当該比率(10.8%)と比較して、有意に高かった(図5)。Ki-67タンパク質は、リソソームRNAの合成に関与し、細胞増殖を促進する核蛋白質である。従って、この結果は、hMSC馴化培地で培養した細胞の増殖が活発であることを、遺伝子レベルで示すものである。
【0098】
上記のリアルタイムPCR法によるTGF関連遺伝子発現量及びBrdU取り込み率の測定結果とあわせて考えると、hMSC馴化培地で培養した細胞は、コントロール培養した細胞に比較して、より幹細胞に近い性質を有し、且つ増殖が活発な細胞であるといえる。従って、hMSC馴化培地を用いて培養して得られた細胞は、角膜内皮細胞の密度が減少した角膜内皮機能不全の患者に移植した場合に、移植先の組織内でより長期的にその性質を維持し、臨床上最も重要な角膜内皮の指標である角膜内皮細胞の密度を高値に維持し、角膜内皮の機能を改善することが期待できる。
【0099】
〔hMSC馴化培地濃縮液の添加試験〕
研究用ヒト角膜(シアトルアイバンク社製)を機械的に処理して、ヒト角膜内皮細胞を基底膜(デスメ膜)とともに角膜から剥離させた。剥離させたヒト角膜内皮細胞にコラゲナーゼ溶液を添加して静置し、基底膜よりヒト角膜内皮細胞を剥離させた。次いで細胞を軽く振り混ぜて懸濁させ、これに基本培地(8% FCS、200μg/mL CaCl2・2H2O、0.08%(w/v) コンドロイチン硫酸、20μg/mL アスコルビン酸、50μg/mL ゲンタマイシン、5ng/mL EGF及び1μmol/L SB431542(TOCRIS社)を添加したOpti-MEM I Reduced-Serum Medium, Liquid培地)を添加して遠心(1200rpm、5分)し、細胞を回収した。
【0100】
細胞を、細胞培養用ディッシュに、ディッシュの底面の3分の1が細胞で占められる密度となるように播種し、下記の手法により作製したhMSC馴化培地濃縮液を添加した基本培地を用いて培養した。基本培地へのhMSC馴化培地濃縮液の添加量は、基本培地に対して1%(v/v)、3%(v/v)及び10%(v/v)とした。
【0101】
細胞増殖を上記のBrdU取り込み率により測定した。その結果、細胞のBrdU取り込み率は、添加したhMSC馴化培地濃縮液の濃度依存的に上昇し、hMSC馴化培地濃縮液が、ヒト角膜内皮細胞の増殖を促進する効果を有することがわかった(図6)。また、hMSC馴化培地濃縮液を10%(v/v)加えた培地で培養した細胞は、hMSC馴化培地で培養した細胞と同等のBrdU取り込み率を示した(図6)。
【0102】
〔ヒト間葉系幹細胞の馴化培地濃縮液(hMSC馴化培地濃縮液)の作製〕
150mm細胞培養用ディシュに2×106個のヒト間葉系幹細胞を播種し、8% FCS、200μg/mL CaCl2・2H2O、0.08%(w/v) コンドロイチン硫酸及び50μg/mL ゲンタマイシンを添加したOpti-MEM I Reduced-Serum Medium, Liquid培地を加えて、一晩培養した。次いで、培地を血清非添加培地(200μg/mL CaCl2・2H2O、0.08%(w/v) コンドロイチン硫酸及び50μg/mL ゲンタマイシンを添加したOpti-MEM I Reduced-Serum Medium, Liquid培地)に交換し、48時間培養した。培養後、培養液を遠心(1500rpm、5分)して培養上清を回収した。回収した培養上清を限外濾過ユニット(3kDaカットオフ, Amicon Ultra-PL 3, Millipore社製)を用いて約17倍に濃縮し、これをhMSC馴化培地濃縮液とした。
【0103】
〔ヒト角膜内皮細胞の継代培養による大量製造〕
上記初代培養で、ヒト角膜内皮細胞をコンフルエントになるまで培養した。ヒト角膜内皮細胞をPBS(-)で2回洗浄した後、トリプシン処理して剥離した。細胞に基本培地を加えて懸濁させ、遠心して細胞を回収した。細胞を、hMSC馴化培地で懸濁させて、細胞培養用ディッシュに、ディッシュ底面の約3分の1が細胞で占められるように播種し、37℃でコンフルエントになるまで培養した。この継代培養を5回繰り返して行った。その結果、hMSC馴化培地で培養した細胞は、少なくとも5回の継代培養をすることができ、継代培養により細胞数を少なくとも270倍に増やすことができることがわかった。すなわち、hMSC馴化培地を用いたヒト角膜内皮細胞の培養法は、移植用の角膜内皮細胞を大量に製造する有効な手段といえる。かかる培養法を用いることにより十分量の移植用の角膜内皮細胞を医療機関に供給すること可能となるので、角膜内皮機能不全の患者の治療におけるドナー不足の解消が期待できる。
【産業上の利用可能性】
【0104】
本発明によれば、角膜内皮機能不全患者に移植し得る、品質の安定した角膜内皮細胞を、安定して供給することができる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6