【実施例1】
【0009】
以下、本発明の有段自動変速機の変速機構を実現する形態を、図面に示す実施例に基づいて説明する。まず、構成を説明する。
図1は実施例1の有段式の自動変速機の変速機構を示すスケルトン図、
図2は実施例1の自動変速機における係合要素の結合表である。尚、実施例1の係合要素のうち、6つは多板クラッチ等の摩擦係合要素を採用し、1つは噛合い係合要素を採用するが、全てを摩擦係合要素としてもよいし、全てを噛合い係合要素としてもよいし、摩擦係合要素と噛合い係合要素を適宜組み合わせてもよい。
【0010】
実施例1の自動変速機は、
図1に示すように、ギヤトレーンとして、シングルピニオン型の4組の遊星歯車組である第1遊星歯車組PG1,第2遊星歯車組PG2,第3遊星歯車組PG3及び第4遊星歯車組PG4を備えている。第1遊星歯車組PG1は、第1サンギヤS1と、第1リングギヤR1と、第1サンギヤS1と第1リングギヤR1とに噛み合う第1ピニオンP1と、を有する。第2遊星歯車組PG2は、第2サンギヤS2と、第2リングギヤR2と、第2サンギヤS2と第2リングギヤR2とに噛み合う第2ピニオンP2と、を有する。第3遊星歯車組PG3は、第3サンギヤS3と、第3リングギヤR3と、第3サンギヤS3と第3リングギヤR3とに噛み合う第3ピニオンP3と、を有する。第4遊星歯車組PG4は、第4サンギヤS4と、第4リングギヤR4と、第4サンギヤS4と第4リングギヤR4とに噛み合う第4ピニオンP4と、を有する。第1,第2,第3及び第4ピニオンP1,P2,P3,P4は、それぞれ第1,第2,第3及び第4キャリヤPC1,PC2,PC3,PC4に対して回転可能に支持されている。
【0011】
第1サンギヤS1と第2リングギヤR2とは第1回転メンバM1により連結されている。第1キャリヤPC1と第3キャリヤPC3とは第2回転メンバM2により連結されている。第2キャリヤPC2と第3リングギヤR3とは第3回転メンバM3により連結されている。第2キャリヤPC2と第4リングギヤR4とは第4回転メンバM4により連結されている。入力軸Inputは、第2サンギヤS2と常時接続されている。出力軸Outputは、第1リングギヤR1と常時接続されている。
【0012】
自動変速機には、3つのクラッチである第1,第2,第3係合要素A,B,Cと、4つのブレーキである第4,第5,第6,第7係合要素D,E,F,Gとが設けられている。第1係合要素Aは、第1サンギヤS1と第4キャリヤPC4との間を選択的に連結する。第2係合要素Bは、第2サンギヤS2と第4サンギヤS4との間を選択的に連結する。第3係合要素Cは、第2サンギヤS2と第3キャリヤPC3との間を選択的に連結する。第4係合要素Dは、第3サンギヤS3を変速機ケースHSに選択的に固定する。第5係合要素Eは、第4サンギヤS4を変速機ケースHSに選択的に固定する。第6係合要素Fは、第4キャリヤPC4を変速機ケースHSに選択的に固定する。第7係合要素Gは、第2回転メンバM2を変速機ケースHSに選択的に固定する。
【0013】
出力軸Outputには、出力ギヤ等が設けられ、図外のディファレンシャルギヤやドライブシャフトを介して駆動輪へ回転駆動力が伝達される。実施例1の場合、出力軸Outputは変速機ケースHSや回転メンバ等に塞がれているため、FF車両に適用可能とされている。
【0014】
各ギヤ段での前記係合要素の結合(締結)の関係を、
図2の結合表により説明する(変速制御手段)。尚、表中の○印は締結、空欄は解放を表している。
【0015】
まず、前進時について説明する。後退速は、第1係合要素Aと第5係合要素Eと第7係合要素Gの締結により達成する。1速は、第4係合要素Dと第5係合要素Eと第6係合要素Fの締結により達成する。2速は、第1係合要素Aと第4係合要素Dと第6係合要素Fの締結により達成する。3速は、第1係合要素Aと第4係合要素Dと第5係合要素Eの締結により達成する。4速は、第1係合要素Aと第2係合要素Bと第4係合要素Dの締結により達成する。5速は、第1係合要素Aと第3係合要素Cと第4係合要素Dの締結により達成する。6速は、第1係合要素Aと第2係合要素Bと第3係合要素Cの締結により達成する。7速は、第1係合要素Aと第3係合要素Cと第5係合要素Eの締結により達成する。8速は、第1係合要素Aと第3係合要素Cと第6係合要素Fの締結により達成する。9速は、第3係合要素Cと第5係合要素Eと第6係合要素Fの締結により達成する。10速は、第2係合要素Bと第3係合要素Cと第6係合要素Fの締結により達成する。
【0016】
上述したように、第7係合要素Gは、後退速においてのみ締結する。すなわち、走行状態での変速には関与しないため、多板クラッチのような複雑な構成を必要としない。よって、ドグクラッチのような切替式の噛合い係合要素を採用でき、非常に安価に構成できる。
【0017】
〔実施例1の効果〕
・係合要素の締結数に基づく効果
三つの係合要素を同時締結させて変速段を達成する構成であるため、全係合要素に占める解放されている係合要素の割合が低く、走行中のドラグトルクを低減することが可能となり、燃費を向上できる。
【0018】
・スケルトン全体による効果
実施例1では、単純遊星4組と7つの係合要素という単純で少ない構成要素でありながら、適正な減速比を確保可能な前進10速後退1速の自動変速機を実現することができ、自動変速機の小型化を達成できる。
【0019】
・単純遊星4組を使用することによる効果
単純遊星4組で構成することにより、ダブルピニオンを使う場合に比べて、ギヤノイズの悪化を抑制できると共に、ピニオンを小径とする必要がないため、ギヤの耐久性の悪化を抑制できる。
【0020】
・変速時における係合要素の切換え数に基づく効果
変速時において、仮に、一つ以上の係合要素を解放し二つ以上の係合要素を締結する、もしくは、二つ以上の係合要素を解放し一つ以上の係合要素を締結すると、係合要素の締結・解放のタイミングやトルクの制御が複雑となる。そこで、変速制御の複雑化を回避する観点から、一つの係合要素を解放し、一つの係合要素を締結するのが好ましいとされる。いわゆる二重掛け替えの防止である。実施例1においては、前進1速から前進10速までの隣接するギヤ段への変速は、全て一つの係合要素を解放し、一つの係合要素を締結する掛け替え変速により達成できる。よって、変速時における制御の複雑化を回避できる。
【0021】
・係合要素数の観点に基づく効果
実施例1での係合要素数は、第4係合要素Dと第5係合要素Eと第6係合要素Fと第7係合要素Gとがブレーキとされている。一般に、ブレーキは変速機ケースHSに設けられるため、ブレーキをリングギヤの外周に配置することができる。そのため、有段式の自動変速機の全長を伸ばすことなく係合要素を配置できる。一方、クラッチをリングギヤの外周に配置する場合、油圧供給の困難性が伴い、遠心キャンセル機構を設ける必要があるため、構造の複雑化や全長の増大を招くおそれがある。実施例1の自動変速機では、クラッチの数を抑制し、多くのブレーキを備えたことで、クラッチ数が多い場合に比べ、シールリング数や遠心キャンセル機構の増加を抑制することが可能となり、燃費を向上しつつ、部品点数や軸方向寸法の増加を抑制することができる。
【0022】
・1−Rレシオに基づく効果
後退1速の変速比と前進1速の変速比の比(後退1速の変速比/前進1速の変速比:以下、「1−Rレシオ」と称する)を、例えば、前進1速の減速比を5.423、後退速の減速比を5.035に設定可能である。この場合、1−Rレシオは0.929となるため、前進時と後退時とでアクセルペダルの踏み加減に対する車両の加速感が異なることもなく、運転性が悪化するという問題を回避することができる。
【0023】
ここで、1−Rレシオについて補足説明する。1−Rレシオを適切な値に設定できない場合、例えば、1−Rレシオが小さな値になると、前進1速と後退1速とでアクセル開度に対する出力トルクが大きく異なる。前進時と後退時とで、アクセルペダルの踏み込み加減に対する車両の加速感が大きく異なると、前進1速と後退1速は共に車両発進時に使用される点で共通していることから、運転性が悪化するという問題がある。この観点から運転性の指標の1つとして導入されたものである。
【0024】
・段間比に基づく効果
自動変速機の変速段は、発進から加速していく際、変速時にエンジン音の変化を伴うため、加速感や変速タイミングと運転者の感性とのマッチングが重要視される。このとき、n速段の減速比を(n+1)速段の減速比で除した値である段間比が、右肩下がりであること、低変速段側では段間比が大きく変化し高変速段側では段間比が緩やかに変化すること、が望ましい。
図3は実施例1の段間比の変化を表す段間比グラフである。
図3に示すように、実施例1の自動変速機では、段間比が右肩下がりに変化しており、また、1速から6速までは段間比の変化が大きく、6速から10速では段間比の変化が緩やかである。よって、運転者に違和感を与えることがない。
【0025】
・負荷依存効率に基づく効果
歯車の噛み合い損は、歯車にかかる負荷と差回転数に概ね比例すると考えられる。一般に、外接歯車の噛み合い損は1%程度とされ、内接歯車の場合は効率が良いため0.43%程度とされている。そこで、ある遊星歯車において、入力軸Inputが1回転したときの各回転要素の噛合いにおいて生じるサンギヤとキャリヤとの差回転と、サンギヤのトルク分担比との積に外接歯車の噛合い損を掛けて第1損失を計算し、リングギヤとキャリヤとの差回転と、リングギヤのトルク分担比との積に内接歯車の噛合い損を掛けて第2損失を計算し、この第1損失と第2損失との和を、ある遊星歯車の損失と定義する。この計算を前進変速段全てにおいて、全ての遊星歯車に対して行う。そして、各変速段、各遊星歯車で算出された損失全てを合計し、負荷依存損失と定義する。そして、100%から負荷依存損失を減算したものを負荷依存効率と定義する。実施例1の自動変速機では、負荷依存効率としてほぼ99%を達成しており、非常に効率の高い自動変速機を提供できる。
【0026】
・クラッチトルク分担比に基づく効果
一般に、ブレーキは変速機ケースHSとの間に設けられるため、高いトルク容量が得やすい。一方、クラッチは相対回転する回転要素に設けられるため、高締結圧の供給に耐えられるシール性を確保すると、損失が増大し、構成が複雑化しやすい。よって、クラッチのトルク容量は低いことが望ましい。実施例1の場合、前進時にあっては、クラッチである第1係合要素Aと第2係合要素Bと第3係合要素Cの最大クラッチトルク分担比をブレーキに比べて低く抑えることが可能なため、損失を抑制しつつ低コスト化を図ることができる。
【0027】
・回転要素の回転数と負荷との関係に基づく効果
自動変速機は、複数の回転要素を有し、変速段ごとに各回転要素の回転数が変化する。このとき、入力回転数に対して過剰に回転する回転要素が存在すると、耐久性や音振性能の悪化を招く。よって、入力回転数に対して過剰に回転数が増大する過回転は回避すべきである。ただし、回転数が入力回転数よりも高回転であっても、エンジン回転数がさほど上昇しないと考えられる高変速段側であれば影響は小さく、更に、回転要素の高回転時に、この高回転回転要素に負荷が作用していなければ問題はない。
【0028】
図4,5は実施例1の自動変速機の回転数と負荷の関係を表す図である。実施例1の自動変速機では、5速と、8速と、9速と、10速とで若干過回転となる回転要素が存在する。
図4(a)は、5速のときの各回転要素の回転数を表す図である。このとき、第4サンギヤS4が若干高回転となる。
図4(b)は第4サンギヤS4に作用する変速段毎の負荷を表す図である。
図4(b)に示すように、5速では、第4サンギヤS4に負荷が作用していない。よって、5速で第4サンギヤS4が高回転となっても問題はない。
【0029】
同様に、
図5(a)は8速のときの各回転要素の回転数を表す図、
図5(b)は9速のときの各回転要素の回転数を表す図、
図5(c)は10速のときの各回転要素の回転数を表す図、
図5(d)は第3サンギヤS3に作用する変速段毎の負荷を表す図である。7速及び8速では、第3サンギヤS3が過回転となる。しかしながら、
図5(d)に示すように、8速から10速では、第3サンギヤS3に負荷が作用していない。よって、8速から10速で第3サンギヤS3が高回転となっても問題はない。
【0030】
・ピニオンの回転数と負荷との関係に基づく効果
上記「回転要素の回転数と負荷との関係に基づく効果」と同様、キャリヤに保持されたピニオンの過回転も回避すべきである。ここで、第1,第2及び第4遊星歯車組PG1,PG2,PG4に比べてピニオン回転数が高回転となる第3遊星歯車組PG3に着目する。
図6は実施例1の第3遊星歯車組の第3ピニオンの回転数と負荷との関係を表す図である。
図6(a)は、各変速段における第3遊星歯車組PG3の第3ピニオンP3の回転数である。8速から10速において比較的高回転となっている。
図6(b)は各変速段における第3サンギヤS3の負荷を表す図、
図6(c)は各変速段における第3キャリヤPC3の負荷を表す図、
図6(d)は各変速段における第3リングギヤR3の負荷を表す図である。ピニオンに作用する負荷は、サンギヤとキャリヤとの間及びキャリヤとリングギヤとの間の負荷と相関を有する。
図6(b),(c),(d)に示すように、8速から10速では、第3サンギヤS3、第3キャリヤPC3、第3リングギヤR3のいずれも無負荷となっており、第3ピニオンP3にも負荷が作用しない。よって、8速から10速でピニオンが高回転となっても問題はない。