【実施例1】
【0016】
図1は、移相器1を示した構成図である。直線状にy軸方向に伸びたカーボンナノチューブ(以下、「CNT」と記す)14は、その一端を固定端10aとして、平板状の陰極10の一面10aに固定されている。CNT14の他端は自由端14bである。この自由端14bに対面するように平板状の陽極12が設けられている。
【0017】
陰極10と陽極12との間に電圧を印加する第1信号源16が接続されている。また、CNT14の中心軸(y軸)に平行に平板状の駆動電極15が設けられている。この駆動電極15には、交流信号を出力する第2信号源17が接続されている。駆動電極15は、第2信号源17の出力に応じて、CNT14の中心軸に垂直な方向(x軸方向)に交流の駆動電界E
d を発生させる。その駆動電界E
d によりCNT14の自由端付近に蓄積された電荷がクーロン力を受けて、CNT14は、その中心軸(y軸)を中心にして、その中心軸に垂直な方向(x軸方向)に振動する。また、陰極10と陽極12とを接続する線路18には分岐器19が挿入されており、分岐器19の分岐端子20から位相が制御された所望の信号が出力される。第2信号源17の出力する信号を搬送波、第1信号源16の出力する信号を変調信号とすると、線路18には、搬送波が変調信号により変調された信号が流れ、分岐器19の出力端20から変調された所望の信号が出力される。
【0018】
次に、本実施例に係る移相器1の作用について説明する。第1信号源16の出力信号V
ext は、説明を簡単にするために、可変直流電圧とする。また、第2信号源17の出力する交流信号は、説明を簡単にするために、単一正弦波とする。
【0019】
1.電界放出(トンネル伝導)
CNT14の先端の自由端14bと、それと対向する陽極12との間隔(以下、この間隔を「自由端距離」という)をh(t)とする。自由端距離h(t)を時間の関数とするのは、後述するようにCNT14の自由端14bがx軸方向に振動するため、その自由端距離が時間と共に変化するためである。
良く知られたように、自由端14bから陽極12に向けて電子が電界放出されることによって、線路18に流れる電流I(t)は、(1)式で表される。
【数1】
ただし、AはCNT14の自由端14bにおける中心軸に垂直な断面の面積、c
1 ,c
2 は、基礎的定数とCNT14の仕事関数により決定される係数である。c
1 =3.4×10
-5A/V
2 ,c
2 =7.0×10
10V/mである。E
g (h)は、第1信号源16の出力信号の電圧V
ext によって生じる自由端14bの表面近傍の電界(以下、「自由端表面電界」という)であり、自由端距離h(t)の関数である。
【0020】
h(t)は、CNT14が湾曲振動して、自由端14bがx軸方向に時間tの経過と共に振動する時に、自由端14bと陽極12との距離である。h(t)は一次近似として(2)式で表される。
【数2】
また、h
0 は、CNT14が湾曲しておらず直線状態でy軸に平行な状態での自由端14bと陽極12との距離、すなわち、自由端距離の最小値である。Δh(t)は、自由端14bがx軸方向に時間tの経過と共に湾曲して振動する時の自由端距離のh
0 に対する増加量である。なお、Δh(t)>0である。
【0021】
自由端表面電界E
g (h)は、自由端距離hの関数であり、一次近似として(3)式で表すことができる。E
goは、CNT14が湾曲しておらず直線状態でy軸に平行な状態における自由端表面電界である。また、CNT14が湾曲して自由端14bがx軸方向に振動して、自由端距離h(t)がΔh(t)だけ増加した時の自由端表面電界のE
goに対する増加量ΔE
g (h)は(4)式で表される。ただし、自由端距離h(t)が大きくなると、自由端表面電界E
g (h)は減少するので、Δh(t)>0に対し、ΔE
g (h)<0である。
【数3】
【数4】
【0022】
また、トンネル電流I(t)は、CNT14が湾曲しておらず直線状態でy軸に平行な状態でのトンネル電流I
0 と、すなわち、トンネル電流I(t)の最大値と、CNT14が湾曲して自由端14bがx軸方向に振動して、自由端距離がΔh(t)だけ増加する時のトンネル電流の増加量ΔI(t)を用いて、一次近似として(5)式で定義される。ただし、ΔI(t)<0である。
電流I
0 は、自由端表面電界がE
g0の時の電流であるので、(1)式により、(6)式で表される。増加量ΔI(t)は、(1)式を自由端表面電界E
g に関して一次展開して、(7)式で与えられる。
【数5】
【数6】
【数7】
(7)式に(4)式の増加量ΔE
g (h)と増加量Δh(t)との関係を用いれば、トンネル電流I(t)の増加量ΔI(t)は、(8)式で表される。
【数8】
【0023】
2.CNT14の振動
第2信号源17の出力により駆動電極15によって、CNT14の中心軸の位置で、その中心軸に垂直な方向(x軸方向)に生起される交流の駆動電界をE
d (t)とする。E
d (t)は(9)式で表される。Dは、駆動電界E
d (t)の振幅である。
【数9】
CNT14は、14aを固定端、14bを自由端とする片持ち梁であるので、交流の駆動電界E
d により、CNT14の自由端14b付近に蓄積される負電荷Qはクーロン力を受けて、中心軸に垂直なx軸方向に湾曲し、その自由端14bは、駆動電界E
d の極性の変化に応じて、x軸方向に振動する。この振動における自由端14bのx座標に関する運動方程式は、(10)式で与えられる。
【数10】
ただし、mはCNT14の有効質量、sはダンピング係数、kは弾性定数、QはCNT14の自由端14bにおける蓄積電荷量である。kは弾性定数は、(11)式で与えられる。
【数11】
ただし、Yはヤング率、PはCNT14の慣性モーメント、LはCNT14の長さである。
【0024】
(10)式の微分方程式の解である、自由端14bのx座標x(t)は、(12)式で表される。
【数12】
振幅Bは、(13)式、位相φは(14)式で表される。
【数13】
【数14】
【0025】
また、CNT14の自由端14bの振動に関して、(15)式で表される共振角周波数(以下、単に、「共振周波数」という)ω
0 が存在する。駆動電界E
d の角周波数(以下、単に、「周波数」という)が、共振周波数ω
0 に等しい時、自由端14bのx座標x
reso(t)は、(16)式で表される。
【数15】
【数16】
【0026】
3.位相制御
トンネル電流I(t)の増加量ΔI(t)は、(8)式から明らかなように、増加量Δh(t)に依存する。自由端14bの振動を、CNT14を剛体と仮定し、固定端14aを中心とした正負方向の微小量回転振動で近似する。Δh(t)は、
図2に示すように、ピタゴラスの定理により、自由端14bの位置x(t)とCNT14の長さLとを用いて、(17)式で表される。
【数17】
その近似式は(18)式となる。
【数18】
【0027】
ΔI(t)を表す(8)式に、(18)式を代入すると、ΔI(t)は、(19)式で表される。(21)式で定義される定数Gを用いると、ΔI(t)は、(20)式のように、自由端14bのx座標の2乗に比例する。ただし、自由端距離h(t)が増加すると、自由端表面電界E
g は減少するので、∂E
b /∂hは負、定数Gは正として定義されている。
【数19】
【数20】
【数21】
(12)式のx(t)を(20)式に代入して(22)式が得られる。
【数22】
また、駆動電界E
d の周波数を共振周波数ω
0 として、CNT14を共振状態とすると、共振状態での自由端14bのx座標を表す(16)式を(20)式に代入して、(23)式が得られる。
【数23】
【0028】
このように、トンネル電流の増加量ΔI(t)は、駆動信号のcos(ωt)対して、直流分と、交流分cos {2(ωt-φ) }で表される。
この信号の位相φは、(14)式で与えられるように、CNT14の弾性定数kにより変化させることができる。この弾性定数kは、第1信号源16の電圧V
ext に依存する。
図3に示すように、電圧V
ext (バイアス電圧)が大きくなる程、CNT14の自由端14bは陽極12から大きな引力を受け、CNT14は、中心軸方向のy軸方向に引っ張り応力(張力)が印加される。中心軸方向の引っ張り応力が大きい程、
図4に示すように、自由端14bの中心軸に垂直なx軸方向の弾性定数kは大きくなる。すなわち、弾性定数kは、k=g(V
ext )であり、第1信号源16の電圧
Vext の関数となる。
【0029】
(14)式から明らかなように、電圧V
ext を調整して、kをmω
2 の付近に設定することで、僅かなkの変化で、位相φを大きく変化させることができる。また、(13)式から明らかなように、自由端14bのx軸方向の振動の振幅Bも、同様に、僅かなkの変化で大きく変化させることができる。
このようにして、第1信号源16の電圧V
ext を制御すれば、分岐器19の分岐端子20から得られる信号u(t)の振幅と位相とを、第2信号源17の出力信号の位相に対して、変化(推移)させることができる。
【0030】
第1信号源16の出力電圧V
ext が直流であれば、信号u(t)の振幅と位相が制御され、電圧V
ext を変化させれば、位相と振幅を変化させることができる。
さらには、第2信号源17の出力信号を搬送波、第1信号源16の出力をバイアスレベルV
0 を中心とする交流信号v(t)とすれば、交流信号v(t)を変調信号として、搬送波に対して、位相変調、又は、振幅変調を行うことが可能となる。