特許第6287986号(P6287986)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社豊田中央研究所の特許一覧

<>
  • 特許6287986-信号制御装置 図000025
  • 特許6287986-信号制御装置 図000026
  • 特許6287986-信号制御装置 図000027
  • 特許6287986-信号制御装置 図000028
  • 特許6287986-信号制御装置 図000029
  • 特許6287986-信号制御装置 図000030
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6287986
(24)【登録日】2018年2月16日
(45)【発行日】2018年3月7日
(54)【発明の名称】信号制御装置
(51)【国際特許分類】
   H03H 9/66 20060101AFI20180226BHJP
   H01P 1/18 20060101ALI20180226BHJP
   H03C 1/46 20060101ALI20180226BHJP
   H03C 3/28 20060101ALI20180226BHJP
   H03H 7/20 20060101ALI20180226BHJP
【FI】
   H03H9/66
   H01P1/18
   H03C1/46
   H03C3/28
   H03H7/20 Z
【請求項の数】6
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2015-142854(P2015-142854)
(22)【出願日】2015年7月17日
(65)【公開番号】特開2017-28394(P2017-28394A)
(43)【公開日】2017年2月2日
【審査請求日】2016年9月21日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100087723
【弁理士】
【氏名又は名称】藤谷 修
(72)【発明者】
【氏名】田中 宏哉
(72)【発明者】
【氏名】田所 幸浩
【審査官】 麻川 倫広
(56)【参考文献】
【文献】 米国特許第07157990(US,B1)
【文献】 特開平09−257900(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H03H9/00−9/76
H03C1/00−1/62
H03C3/00−3/42
H03H7/00−7/54
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
高周波信号の位相又は振幅を制御する信号制御装置において、
陰極と、
前記陰極に、一端が固定され、他端を自由端とする線状の導電体と、
前記自由端と対面し、微小間隙を隔てて設けられた陽極と、
前記陰極と前記陽極との間に、電圧を印加し、その電圧を可変できる第1信号源と、
前記導電体の長さ方向に垂直な成分を有する電界を、前記導電体の周囲の空間に印加する駆動電極と、
前記駆動電極に交流信号を印加する第2信号源と、
を有し、
前記信号制御装置は、前記第2信号源の出力する信号の位相を、前記第1信号源の出力する直流電圧によって決定される移相量だけ、推移させた信号を得る移相装置であることを特徴とする信号制御装置。
【請求項2】
高周波信号の位相又は振幅を制御する信号制御装置において、
陰極と、
前記陰極に、一端が固定され、他端を自由端とする線状の導電体と、
前記自由端と対面し、微小間隙を隔てて設けられた陽極と、
前記陰極と前記陽極との間に、電圧を印加し、その電圧を可変できる第1信号源と、
前記導電体の長さ方向に垂直な成分を有する電界を、前記導電体の周囲の空間に印加する駆動電極と、
前記駆動電極に交流信号を印加する第2信号源と、
を有し、
前記信号制御装置は、前記第1信号源の出力する信号をバイアスされた交流信号として、その交流信号に応じて、前記第2信号源の出力する信号の位相を変調した信号を得る位相変調装置であることを特徴とする信号制御装置。
【請求項3】
高周波信号の位相又は振幅を制御する信号制御装置において、
陰極と、
前記陰極に、一端が固定され、他端を自由端とする線状の導電体と、
前記自由端と対面し、微小間隙を隔てて設けられた陽極と、
前記陰極と前記陽極との間に、電圧を印加し、その電圧を可変できる第1信号源と、
前記導電体の長さ方向に垂直な成分を有する電界を、前記導電体の周囲の空間に印加する駆動電極と、
前記駆動電極に交流信号を印加する第2信号源と、
を有し、
前記信号制御装置は、前記第1信号源の出力する信号をバイアスされた交流信号として、その交流信号に応じて、前記第2信号源の出力する信号の振幅を変調した信号を得る振幅変調装置であることを特徴とする信号制御装置。
【請求項4】
前記導電体に対して、前記駆動電極の配置位置と反対側にアース電極が設けられていることを特徴とする請求項1乃至請求項3の何れか1項に記載の信号制御装置。
【請求項5】
前記導電体は、カーボンナノチューブ、金属ワイヤ、又は、導電性シリコンであることを特徴とする請求項1乃至請求項4の何れか1項に記載の信号制御装置。
【請求項6】
前記第2信号源の出力する信号の周波数は、前記導電体の前記自由端の振動の固有周波数に等しく設定することを特徴とする請求項1乃至請求項5の何れか1項に記載の信号制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微小構造で交流信号の位相や振幅を電気的に制御できる信号制御装置に関する。例えば、移相装置、位相変調装置、振幅変調装置に関する。
【背景技術】
【0002】
マイクロ波帯域での移相器として、下記特許文献1に開示の装置が知られている。同文献によると、VOCの出力をダウンコンバートして低周波に変換し、その低周波の周波数と同一周波数で位相制御された基準信号との位相差が零となるように、VOCの出力位相が制御される。これによりマイクロ波領域での位相を低周波信号の位相で制御することができる。また、マイクロ波領域ではストリップ線路における容量や誘電率を電気的に制御することで、マイクロ波の位相を電気的に制御することができる。
【0003】
一方、特許文献2、非特許文献1には、微小構造で高感度の検波器として、線状に伸びたカーボンナノチューブを、その一端を固定端として陰極に固定し、他端を自由端として、その自由端を平面状の陽極に対面させ、陽極と陰極間に直流バイアス電圧を印加した検波器が知られている。この装置では、カーボンナノチューブの自由端から陽極に向けて、電子の電界放出によるトンネル電流が流れ、その電流の大きさがカーボンナノチューブの自由端と陽極間の距離に応じて変化する。そして、一端を固定されたカーボンナノチューブの片持ち梁は、固有の機械的な共振周波数を有しており、到来波の周波数がその共振周波数に一致するとき、カーボンナノチューブは固定端を中心にして円弧状に大きく振動する。この共振周波数を変化させることができれば、ラジオ波の選局が可能となる。
【0004】
また、カーボンナノチューブの先端には、直流バイアス電圧により電荷がチャージされている。カーボンナノチューブが固定端から直線を中心軸として伸びているとして、先端の電荷は到来波の電界により力を受ける。この力は、到来波の電界のカーボンナノチューブの中心軸に垂直な成分(以下、「垂直成分」という)の大きさに比例する。カーボンナノチューブは、到来波が存在すると、選局状態で、中心軸の両側に同一振幅で大きく振動することになる。この振動により、カーボンナノチューブの自由端と陽極間の距離は、到来電波の2倍の周波数で振動し、その振動の振幅は到来波の電界の垂直成分に比例する。これにより、トンネル電流も、到来波の周波数の2倍の周波数で振動し、その振幅も到来波の電界の垂直成分に比例する。特許文献2、非特許文献1は、このような原理を用いてカーボンナノチューブ、陰極、陽極、及び直流バイアス電源だけで、ラジオ波を検波する装置を提案している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2007−27942
【特許文献2】US8,717,046 B2
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】K.Jensen, J.Weldon, H.Garcia, and A.Zettl, "Nanotube Radio," Nano Letters, vol.7, no.11, pp.3508-3511, Nov. 2007.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従来の移相器としては、出力をダウンコンバートして、低周波領域で同一周波数の制御信号との位相差が零となるようにVOCを発振させる装置や、マイクロストリップ線路を用いた装置である。小型化に難点がある。本発明の目的は、新たな原理を利用して、小型で制御感度の高い、移相器や移相変調器、振幅変調器などの信号制御装置を実現することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するための第1の発明は、高周波信号の位相又は振幅を制御する信号制御装置において、陰極と、陰極に、一端が固定され、他端を自由端とする線状の導電体と、自由端と対面し、微小間隙を隔てて設けられた陽極と、陰極と陽極との間に、電圧を印加し、その電圧を可変できる第1信号源と、導電体の長さ方向に垂直な成分を有する電界を、導電体の周囲の空間に印加する駆動電極と、駆動電極に交流信号を印加する第2信号源と、を有し、信号制御装置は、第2信号源の出力する信号の位相を、第1信号源の出力する直流電圧によって決定される移相量だけ、推移させた信号を得る移相装置であることを特徴とする信号制御装置信号制御装置である。
また、第2の発明は、高周波信号の位相又は振幅を制御する信号制御装置において、陰極と、陰極に、一端が固定され、他端を自由端とする線状の導電体と、自由端と対面し、微小間隙を隔てて設けられた陽極と、陰極と陽極との間に、電圧を印加し、その電圧を可変できる第1信号源と、導電体の長さ方向に垂直な成分を有する電界を、導電体の周囲の空間に印加する駆動電極と、駆動電極に交流信号を印加する第2信号源と、を有し、信号制御装置は、第1信号源の出力する信号をバイアスされた交流信号として、その交流信号に応じて、第2信号源の出力する信号の位相を変調した信号を得る位相変調装置であることを特徴とする信号制御装置である。
また、第3の発明は、高周波信号の位相又は振幅を制御する信号制御装置において、陰極と、陰極に、一端が固定され、他端を自由端とする線状の導電体と、自由端と対面し、微小間隙を隔てて設けられた陽極と、陰極と陽極との間に、電圧を印加し、その電圧を可変できる第1信号源と、導電体の長さ方向に垂直な成分を有する電界を、導電体の周囲の空間に印加する駆動電極と、駆動電極に交流信号を印加する第2信号源と、を有し、信号制御装置は、第1信号源の出力する信号をバイアスされた交流信号として、その交流信号に応じて、第2信号源の出力する信号の振幅を変調した信号を得る振幅変調装置であることを特徴とする信号制御装置である。
【0009】
本発明において、陰極と陽極とは、一般的には、平板であるが、球体であっても良く、その他、曲面体であっても良い。陽極の導電体の自由端に対向する面は、導電体の振動に応じて、自由端との距離が変化する形状であれば、平面、曲面など任意である。また、駆動電極も、同様に、平板、球体、曲面体であっても良い。また、陽極において、導電体の自由端が対向する位置は他よりは自由端に向けて突出した構造であっても良い。線状の導電体は、その中心軸に対して両側に、自由端が振動可能なものであれば、任意である。カーボンナノチューブ、金属、導電性シリコンなどの導電性を有する半導体で構成されるナノワイヤを用いることが可能である。
【0010】
本発明において、第2信号源の出力する交流信号が駆動電極に印加されることで、線状の導電体の自由端付近の空間に交流電界を生起させることができる。この交流電界により、自由端は線状の導電体の中心軸を中心にしてその両側に振動する。この振動により陽極と自由端との間隔が周期的に変動するので、導電体の自由端から陽極に向けて電界放出される電子の量(トンネル電流)も第2信号源の出力する交流信号に応じて振動することになる。第1信号源の出力する電圧は、自由端と陽極に印加されて、自由端は陽極に吸引される。この吸引力は第1信号源の出力する電圧に応じて変化させることができる。この吸引力が大きい程、線状の導電体の弾性係数は大きくなる。したがって、第1信号源の出力する電圧により、この弾性係数を変化させることができる。この弾性係数の変化により、トンネル電流の位相や振幅を制御することができる。これが、本発明の創作性ある原理である。
【0011】
本発明において、導電体に対して、駆動電極の配置位置と反対側にアース電極が設けられていても良い。駆動電極とアース電極間で、直線的に電界を発生させることができるので、線状の導電体の中心軸に対して垂直に電界を、導電体に印加することができる。これにより、自由端の振動を効率良く発生させることができる。また、第2信号源の出力する信号の周波数は、導電体の自由端の振動の固有周波数に等しく設定することが望ましい。これにより、陽極又は陰極に流れる位相や振幅が変調された信号の利得を最大とすることができる。駆動電極とアース電極とは、対向する面を平行とすることで、平行平板、平行曲面板のコンデンサを形成することで、直線状の電界を導電体に印加することができ、効率良く振動を生起させることができる。
【0012】
信号制御装置は、第2信号源の出力する信号の位相を、第1信号源の出力する直流電圧によって決定される移相量だけ、推移させた信号を得る移相装置とすることができる。位相の制御された所望の信号は、陽極又は陰極に接続される線路から分岐して出力することができる。また、信号制御装置は、第1信号源の出力する信号をバイアスされた交流信号として、その交流信号に応じて、第2信号源の出力する信号の位相を変調する位相変調装置とすることができる。さらに、信号制御装置は、第1信号源の出力する信号をバイアスされた交流信号として、その交流信号に応じて、第2信号源の出力する信号の振幅を変調する振幅変調装置とすることができる。
なお、導電体は、複数、平行に設けられていても良い。所望の出力すべき信号の振幅を大きくすることができる。
【発明の効果】
【0013】
本発明は、線状の導電体の自由端と陽極との間に流れる電界放出によるトンネル電流を処理されて得られるべき信号としている。このため本装置では構造が簡単で小型化できると共に制御感度を大きくすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】本発明の具体的な一実施例に係る信号制御装置を示した構成図。
図2】同実施例におけるカーボンナノチューブ先端と陽極間の距離の増加量Δhと、先端のx座標及びカーボンナノチューブの長さLとの関係を示した説明図。
図3】同実施例装置の第1信号源の出力する電圧とカーボンナノチューブの張力との関係を示した特性図。
図4】同実施例装置の第1信号源の出力する電圧とカーボンナノチューブの自由端の振動モードに関与する弾性定数との関係を示した特性図。
図5】同実施例装置の第1信号源の出力する電圧と陽極又は陰極を流れる得るべき目的とする信号の位相との関係を示した特性図。
図6】本発明の具体的な他の実施例に係る信号制御装置を示した構成図。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を具体的な実施例に基づいて説明する。本発明は下記の実施例に限定されない。
【実施例1】
【0016】
図1は、移相器1を示した構成図である。直線状にy軸方向に伸びたカーボンナノチューブ(以下、「CNT」と記す)14は、その一端を固定端10aとして、平板状の陰極10の一面10aに固定されている。CNT14の他端は自由端14bである。この自由端14bに対面するように平板状の陽極12が設けられている。
【0017】
陰極10と陽極12との間に電圧を印加する第1信号源16が接続されている。また、CNT14の中心軸(y軸)に平行に平板状の駆動電極15が設けられている。この駆動電極15には、交流信号を出力する第2信号源17が接続されている。駆動電極15は、第2信号源17の出力に応じて、CNT14の中心軸に垂直な方向(x軸方向)に交流の駆動電界Ed を発生させる。その駆動電界Ed によりCNT14の自由端付近に蓄積された電荷がクーロン力を受けて、CNT14は、その中心軸(y軸)を中心にして、その中心軸に垂直な方向(x軸方向)に振動する。また、陰極10と陽極12とを接続する線路18には分岐器19が挿入されており、分岐器19の分岐端子20から位相が制御された所望の信号が出力される。第2信号源17の出力する信号を搬送波、第1信号源16の出力する信号を変調信号とすると、線路18には、搬送波が変調信号により変調された信号が流れ、分岐器19の出力端20から変調された所望の信号が出力される。
【0018】
次に、本実施例に係る移相器1の作用について説明する。第1信号源16の出力信号Vext は、説明を簡単にするために、可変直流電圧とする。また、第2信号源17の出力する交流信号は、説明を簡単にするために、単一正弦波とする。
【0019】
1.電界放出(トンネル伝導)
CNT14の先端の自由端14bと、それと対向する陽極12との間隔(以下、この間隔を「自由端距離」という)をh(t)とする。自由端距離h(t)を時間の関数とするのは、後述するようにCNT14の自由端14bがx軸方向に振動するため、その自由端距離が時間と共に変化するためである。
良く知られたように、自由端14bから陽極12に向けて電子が電界放出されることによって、線路18に流れる電流I(t)は、(1)式で表される。
【数1】
ただし、AはCNT14の自由端14bにおける中心軸に垂直な断面の面積、c1 ,c2 は、基礎的定数とCNT14の仕事関数により決定される係数である。c1 =3.4×10-5A/V2 ,c2 =7.0×1010V/mである。Eg (h)は、第1信号源16の出力信号の電圧Vext によって生じる自由端14bの表面近傍の電界(以下、「自由端表面電界」という)であり、自由端距離h(t)の関数である。
【0020】
h(t)は、CNT14が湾曲振動して、自由端14bがx軸方向に時間tの経過と共に振動する時に、自由端14bと陽極12との距離である。h(t)は一次近似として(2)式で表される。
【数2】
また、h0 は、CNT14が湾曲しておらず直線状態でy軸に平行な状態での自由端14bと陽極12との距離、すなわち、自由端距離の最小値である。Δh(t)は、自由端14bがx軸方向に時間tの経過と共に湾曲して振動する時の自由端距離のh0 に対する増加量である。なお、Δh(t)>0である。
【0021】
自由端表面電界Eg (h)は、自由端距離hの関数であり、一次近似として(3)式で表すことができる。Egoは、CNT14が湾曲しておらず直線状態でy軸に平行な状態における自由端表面電界である。また、CNT14が湾曲して自由端14bがx軸方向に振動して、自由端距離h(t)がΔh(t)だけ増加した時の自由端表面電界のEgoに対する増加量ΔEg (h)は(4)式で表される。ただし、自由端距離h(t)が大きくなると、自由端表面電界Eg (h)は減少するので、Δh(t)>0に対し、ΔEg (h)<0である。
【数3】
【数4】
【0022】
また、トンネル電流I(t)は、CNT14が湾曲しておらず直線状態でy軸に平行な状態でのトンネル電流I0 と、すなわち、トンネル電流I(t)の最大値と、CNT14が湾曲して自由端14bがx軸方向に振動して、自由端距離がΔh(t)だけ増加する時のトンネル電流の増加量ΔI(t)を用いて、一次近似として(5)式で定義される。ただし、ΔI(t)<0である。
電流I0 は、自由端表面電界がEg0の時の電流であるので、(1)式により、(6)式で表される。増加量ΔI(t)は、(1)式を自由端表面電界Eg に関して一次展開して、(7)式で与えられる。
【数5】
【数6】
【数7】
(7)式に(4)式の増加量ΔEg (h)と増加量Δh(t)との関係を用いれば、トンネル電流I(t)の増加量ΔI(t)は、(8)式で表される。
【数8】
【0023】
2.CNT14の振動
第2信号源17の出力により駆動電極15によって、CNT14の中心軸の位置で、その中心軸に垂直な方向(x軸方向)に生起される交流の駆動電界をEd (t)とする。Ed (t)は(9)式で表される。Dは、駆動電界Ed (t)の振幅である。
【数9】
CNT14は、14aを固定端、14bを自由端とする片持ち梁であるので、交流の駆動電界Ed により、CNT14の自由端14b付近に蓄積される負電荷Qはクーロン力を受けて、中心軸に垂直なx軸方向に湾曲し、その自由端14bは、駆動電界Ed の極性の変化に応じて、x軸方向に振動する。この振動における自由端14bのx座標に関する運動方程式は、(10)式で与えられる。
【数10】
ただし、mはCNT14の有効質量、sはダンピング係数、kは弾性定数、QはCNT14の自由端14bにおける蓄積電荷量である。kは弾性定数は、(11)式で与えられる。
【数11】
ただし、Yはヤング率、PはCNT14の慣性モーメント、LはCNT14の長さである。
【0024】
(10)式の微分方程式の解である、自由端14bのx座標x(t)は、(12)式で表される。
【数12】
振幅Bは、(13)式、位相φは(14)式で表される。
【数13】
【数14】
【0025】
また、CNT14の自由端14bの振動に関して、(15)式で表される共振角周波数(以下、単に、「共振周波数」という)ω0 が存在する。駆動電界Ed の角周波数(以下、単に、「周波数」という)が、共振周波数ω0 に等しい時、自由端14bのx座標xreso(t)は、(16)式で表される。
【数15】
【数16】
【0026】
3.位相制御
トンネル電流I(t)の増加量ΔI(t)は、(8)式から明らかなように、増加量Δh(t)に依存する。自由端14bの振動を、CNT14を剛体と仮定し、固定端14aを中心とした正負方向の微小量回転振動で近似する。Δh(t)は、図2に示すように、ピタゴラスの定理により、自由端14bの位置x(t)とCNT14の長さLとを用いて、(17)式で表される。
【数17】
その近似式は(18)式となる。
【数18】
【0027】
ΔI(t)を表す(8)式に、(18)式を代入すると、ΔI(t)は、(19)式で表される。(21)式で定義される定数Gを用いると、ΔI(t)は、(20)式のように、自由端14bのx座標の2乗に比例する。ただし、自由端距離h(t)が増加すると、自由端表面電界Eg は減少するので、∂Eb /∂hは負、定数Gは正として定義されている。
【数19】
【数20】
【数21】
(12)式のx(t)を(20)式に代入して(22)式が得られる。
【数22】
また、駆動電界Ed の周波数を共振周波数ω0 として、CNT14を共振状態とすると、共振状態での自由端14bのx座標を表す(16)式を(20)式に代入して、(23)式が得られる。
【数23】
【0028】
このように、トンネル電流の増加量ΔI(t)は、駆動信号のcos(ωt)対して、直流分と、交流分cos {2(ωt-φ) }で表される。
この信号の位相φは、(14)式で与えられるように、CNT14の弾性定数kにより変化させることができる。この弾性定数kは、第1信号源16の電圧Vext に依存する。図3に示すように、電圧Vext (バイアス電圧)が大きくなる程、CNT14の自由端14bは陽極12から大きな引力を受け、CNT14は、中心軸方向のy軸方向に引っ張り応力(張力)が印加される。中心軸方向の引っ張り応力が大きい程、図4に示すように、自由端14bの中心軸に垂直なx軸方向の弾性定数kは大きくなる。すなわち、弾性定数kは、k=g(Vext )であり、第1信号源16の電圧ext の関数となる。
【0029】
(14)式から明らかなように、電圧Vext を調整して、kをmω2 の付近に設定することで、僅かなkの変化で、位相φを大きく変化させることができる。また、(13)式から明らかなように、自由端14bのx軸方向の振動の振幅Bも、同様に、僅かなkの変化で大きく変化させることができる。
このようにして、第1信号源16の電圧Vext を制御すれば、分岐器19の分岐端子20から得られる信号u(t)の振幅と位相とを、第2信号源17の出力信号の位相に対して、変化(推移)させることができる。
【0030】
第1信号源16の出力電圧Vext が直流であれば、信号u(t)の振幅と位相が制御され、電圧Vext を変化させれば、位相と振幅を変化させることができる。
さらには、第2信号源17の出力信号を搬送波、第1信号源16の出力をバイアスレベルV0 を中心とする交流信号v(t)とすれば、交流信号v(t)を変調信号として、搬送波に対して、位相変調、又は、振幅変調を行うことが可能となる。
【実施例2】
【0031】
図6は、実施例2に係る信号制御装置である。実施例1の装置と異なる点は、CNT14を中心軸として、駆動電極15の位置と対称位置にアース電極30を設けたことが特徴である。この構成により、駆動電極15が生起する駆動電界Ed 正確にx軸に平行、すなわち、CNT14の中心軸に垂直とすることができる。これによりCNT14の自由端14bのx軸方向の振動を効率良く行うことができる。他の構成は、実施例1と同一である。
【産業上の利用可能性】
【0032】
高感度で、位相、振幅の制御を行う、小型の信号制御装置とすることができる。
【符号の説明】
【0033】
1…移相装置
10…陰極
12…陽極
14…CNT
14a…固定端
14b自由端
15…駆動電極
16…第1信号源
17…第2信号源
図1
図2
図3
図4
図5
図6