特許第6288309号(P6288309)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6288309
(24)【登録日】2018年2月16日
(45)【発行日】2018年3月7日
(54)【発明の名称】質量分析装置
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/62 20060101AFI20180226BHJP
   H01J 49/04 20060101ALI20180226BHJP
   H01J 49/06 20060101ALI20180226BHJP
   H01J 49/42 20060101ALI20180226BHJP
【FI】
   G01N27/62 D
   G01N27/62 C
   H01J49/04
   H01J49/06
   H01J49/42
【請求項の数】3
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2016-570399(P2016-570399)
(86)(22)【出願日】2015年1月21日
(86)【国際出願番号】JP2015051516
(87)【国際公開番号】WO2016117053
(87)【国際公開日】20160728
【審査請求日】2017年3月14日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】特許業務法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】下村 学
【審査官】 藤田 都志行
(56)【参考文献】
【文献】 特開昭63−040849(JP,A)
【文献】 特開平08−094579(JP,A)
【文献】 米国特許第05661224(US,A)
【文献】 上野 英二,「ガスクロマトグラフィー/質量分析法の農薬残留分析への利用(その1) −GC-MSおよびGC-MS/MSを用いた食品,日本農薬学会誌,2011年11月20日,Vol. 36, No. 4,pp. 554-558
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/62
H01J 49/04
H01J 49/06
H01J 49/42
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料成分由来のイオンを生成するイオン源と、該イオン源で生成されたイオンを質量電荷比に応じて分離する質量分離部と、該質量分離部で分離されたイオンを検出するイオン検出部と、標準試料が収容された標準試料容器と、該標準試料容器と前記イオン源とを接続する標準試料供給流路と、該標準試料供給流路上に設けられ、該流路を通して前記標準試料容器と前記イオン源とが連通した状態と非連通である状態とを切り換える流路切替部と、を具備し、標準試料による標準試料ガスを前記標準試料供給流路を通して前記イオン源に導入している状態で当該装置の各部の調整を実施する質量分析装置において、
a)当該装置の周囲の室温を計測する温度検出部と、
b)室温と前記イオン源へ導入される標準試料ガスの量との関係を示す又はその関係に基づく補正情報を予め記憶しておく補正情報記憶部と、
c)標準試料ガスを用いた装置調整を行う際に、前記温度検出部により室温を計測し、その計測された室温に対応する補正情報を前記補正情報記憶部から取得し、該補正情報を用いて補正した信号値を用いた装置調整を行う装置調整実行部と、
を備えることを特徴とする質量分析装置。
【請求項2】
請求項1に記載の質量分析装置であって、
前記装置調整実行部は、標準試料ガスに対応する実信号値が所定の基準信号値になるように前記イオン検出に印加する電圧を調整することで該検出のゲインを調整するものであって、前記補正情報に基づいて実信号値又は基準信号値のいずれかを補正することを特徴とする質量分析装置。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の質量分析装置であって、
前記標準試料はパーフルオロトリブチルアミンであることを特徴とする質量分析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は質量分析装置に関し、特に、ガスクロマトグラフと組み合わせてガスクロマトグラフ質量分析装置として用いられるのに好適な質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
一般的に、ガスクロマトグラフ質量分析装置(以下「GC−MS」と称す)では、高い測定精度や感度を維持するために、定期的又は非定期的に、標準試料を用いた装置の調整や校正が行われる。GC−MSにおける質量分析装置を調整する際の標準試料としては、比較的廉価で取り扱いが容易であるPFTBA(Perfluorotributylamine:パーフルオロトリブチルアミン)が広く用いられている。
【0003】
特許文献1には、従来の一般的なGC−MSにおいて、ガスクロマトグラフのカラムから溶出する試料ガスの代わりに、PFTBA等の標準試料を質量分析装置のイオン源に導入するための標準試料供給部の構成が開示されている。即ち、該文献に記載のGC−MSでは、PFTBA等の標準試料溶液が封入された容器の上部に、電磁バルブを介して標準試料導入配管の一端が接続され、該配管の他端がイオン源に直接接続されるか、或いは、カラム出口とイオン源との間に接続された試料供給流路に対しT字ジョイントで接続されている。
【0004】
GC−MSにおいて、質量分析装置のイオン源は真空ポンプにより真空排気されることで高真空状態に維持される分析室内に配設されているため、イオン源やこれに接続されている試料供給流路の内部も減圧された状態となっている。そのため、上述した標準試料供給部において、標準試料容器に接続されている電磁バルブを開放すると、該容器に封入されている標準試料が気化した標準試料ガスが標準試料導入配管を通してイオン源に引き込まれる。質量分析装置の調整時には、このように標準試料ガスをイオン源に導入した状態でスキャン測定やその標準試料成分をターゲットとする選択イオンモニタリング(SIM)測定を実施し、データを取得する。
【0005】
GC−MSにおける通常の質量分析装置の調整の手順としては、得られたマスクロマトグラム上でPFTBAに対応するピークの面積値(又は高さ値)が最大となるように、つまりは検出感度が最大となるように、イオンを収束させるためのレンズ電極などに印加する電圧を調整する。また、PFTBAに対応するマススペクトルに現れるピークのパターンが、予め用意されているPFTBAに対応する標準的なマススペクトルにできるだけ近くなるように四重極マスフィルタに印加する電圧を調整する。そのあと、マスクロマトグラム上でPFTBAに対応するピーク面積値などの実信号値が予め設定された基準値となるように、二次電子増倍管などのイオン検出器に印加する電圧を調整する。このように濃度が既知である標準試料に対する実信号値が基準値になるようにイオン検出器への印加電圧、つまりはイオン検出器のゲインを調整することで、測定の再現性を高めるようにすることができる。
【0006】
しかしながら、上記のような従来のGC−MSでは次のような問題があった。
質量分析装置の調整の際に、標準試料容器からイオン源に引き込まれるPFTBAの導入量(単位時間当たりの導入量)は、イオン源のガス圧(真空度)に依存するとともに周囲温度(つまりは室温)にも大きく依存する。何故なら、標準試料容器は室温の環境下に置かれており、室温によってPFTBAの揮発量はかなり相違するからである。イオン源へのPFTBAの導入量が変動すると、イオン源でのPFTBA由来のイオンの生成量が大きく変動し、イオン検出器への印加電圧が同一であっても、得られる実信号値が変化してしまう。その結果、夏季と冬季など、室温の差が大きな季節では、実信号値を同一の基準値に合わせるように印加電圧を調整しても、検出器のゲインが異なるために感度にばらつきが生じ、例えば、夏季に得られた測定結果と冬季に得られた測定結果との正確な比較が困難になる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2002−39993号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記問題を解決する一つの方法としては、変動する室温の影響を受けないように標準試料容器を温調しておき、常に一定量の標準試料ガスをイオン源に導入できるようにすることが考えられる。しかしながら、こうした方法では装置構成が複雑になることが避けられず、余分なコストが掛かることになる。標準試料供給部は測定精度等に影響を与える重要な構成要素ではあるものの、一般に、測定本体部ではなく付属品やオプション品であることが多いため、これに多くのコストを掛けることは難しい。
【0009】
本発明はこうした課題を解決するために成されたものであり、その目的とするところは、イオン源に導入される標準試料ガスの量が室温によって変動した場合でも装置調整を精度良く行うことで、高い測定再現性や測定精度を確保することができる質量分析装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために成された本発明は、試料成分由来のイオンを生成するイオン源と、該イオン源で生成されたイオンを質量電荷比に応じて分離する質量分離部と、該質量分離部で分離されたイオンを検出するイオン検出部と、標準試料が収容された標準試料容器と、該標準試料容器と前記イオン源とを接続する標準試料供給流路と、該標準試料供給流路上に設けられ、該流路を通して前記標準試料容器と前記イオン源とが連通した状態と非連通である状態とを切り換える流路切替部と、を具備し、標準試料による標準試料ガスを前記標準試料供給流路を通して前記イオン源に導入している状態で当該装置の各部の調整を実施する質量分析装置において、
a)当該装置の周囲の室温を計測する温度検出部と、
b)室温と前記イオン源へ導入される標準試料ガスの量との関係を示す又はその関係に基づく補正情報を予め記憶しておく補正情報記憶部と、
c)標準試料ガスを用いた装置調整を行う際に、前記温度検出部により室温を計測し、その計測された室温に対応する補正情報を前記補正情報記憶部から取得し、該補正情報を用いて補正した信号値を用いた装置調整を行う装置調整実行部と、
を備えることを特徴としている。
【0011】
本発明に係る質量分析装置は単独で使用される場合もあるが、通常は、ガスクロマトグラフと組み合わせ、ガスクロマトグラフ質量分析装置として使用される。
【0012】
本発明に係る質量分析装置では、例えば当該装置の製造メーカーにおいて、室温とイオン源へ導入される標準試料ガスの量との関係、或いは、室温と室温以外の測定条件が同一である条件の下で標準試料成分に対する測定により得られる実信号値との関係、などが実験的に調べられ、その結果に基づいて、イオン源へ導入される標準試料ガスの量と室温との関係を示す又はその関係に基づく補正情報が作成されて補正情報記憶部に格納される。補正情報は例えば、基準室温における標準試料ガスの導入量に対するガス導入量のずれ、基準室温における標準試料ガスの導入量の下での実信号値に対する信号値のずれ、或いは、これらずれを補正するべく計算された補正係数、などである。もちろん、装置の製造メーカー側ではなく、ユーザー側において補正情報の作成及び記憶部への記憶が行える構成をさらに備えるようにしてもよい。
【0013】
ユーザー(分析者)の指示等に応じて標準試料ガスを用いた装置調整を行う際には、装置調整実行部はまず、温度検出部によりその時点での室温を計測する。そして、その計測された室温に対応する補正情報を補正情報記憶部から取得する。これと並行して、標準試料供給流路を通して標準試料容器とイオン源とが連通した状態となるように流路切替部を動作させ、標準試料供給流路を通してイオン源に標準試料ガスを引き込み、該ガス中の標準試料成分に対する質量分析を実施する。この質量分析により得られた実信号値を用いて当該装置の各部の調整を実行するが、その際に、その時点での室温に対応して得られた補正情報を用いて実信号値又は調整の基準となる基準信号値を補正したうえで、その補正後の実信号値又は基準信号値を用いて装置調整を行う。したがって、装置調整には、室温の相違に起因する、イオン源に導入される標準試料ガスの導入量の相違が反映され、そうした相違の影響がなくなるように、即ち、イオン源に導入される標準試料ガスの導入量が一定であるとみなせるように装置調整が行われる。
【0014】
本発明に係る質量分析装置の好ましい一実施態様として、上記装置調整実行部は、標準試料ガスに対応する実信号値が所定の基準信号値になるように上記イオン検出に印加する電圧を調整することで該検出のゲインを調整するものであって、上記補正情報に基づいて実信号値又は基準信号値のいずれかを補正する構成とするとよい。
【0015】
この構成においては、本発明に係る質量分析装置のような補正を行わない場合には、室温が相対的に高くイオン源に導入される標準試料ガスの量が多いと、その分、イオン源で生成されるイオンの量が増加するために、室温が相対的に低い場合に比べてイオン検出器のゲインが低く設定されてしまう。これに対し、本発明に係る質量分析装置では、例えば室温が相対的に高くイオン源に導入される標準試料ガスの量が多い場合には、補正情報に基づいて、実信号値が小さくなるように補正されるか、又は、基準信号値が大きくなるように補正される。これにより、このような補正が行われない場合に比べてイオン検出器のゲインが高く設定されることになり、室温の相違による検出感度のばらつきが軽減される。
【0016】
なお、標準試料は特にその種類を限るものではないが、イオン源が電子イオン化法によるイオン源である場合には、一般的にPFTBAが標準試料として用いられる。PFTBAは室温付近(約25℃)での温度変化に対するガス揮発量の変動が大きいため、上述したような補正情報に基づく室温変動の影響の軽減が特に有効である。
【発明の効果】
【0017】
本発明に係る質量分析装置によれば、装置の設置場所の周囲温度に拘わらず、つまりは夏季、冬季等の季節や、空調の稼働/非稼働などの状況の影響を受けることなく、高い測定再現性及び測定精度が得られるように、適切な装置調整を行うことができる。それによって、本発明に係る質量分析装置では例えば、夏季の測定で得られた結果と冬季の測定で得られた結果とを正確に比較することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】本発明の一実施例であるGC−MSシステムの要部の構成図。
図2】本実施例のGC−MSシステムにおける室温による標準試料ガス導入量の相違及びその補正の説明図。
図3】本実施例のGC−MSシステムにおける室温と実信号値補正係数との概略的な関係を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の一実施例である質量分析装置を用いたGC−MSシステムについて、添付図面を参照して説明する。図1は本実施例のGC−MSシステムの要部の構成図である。
【0020】
ガスクロマトグラフ1において、カラム(キャピラリカラム)14は該カラム14を温調するためのカラムオーブン13に内装されている。このカラム14の入口には試料気化室10が設けられ、キャリアガス流路11を通して試料気化室10に略一定流量で供給されるキャリアガスが、試料気化室10を経てカラム14に流される。このようにキャリアガス流が形成されている状態で、マイクロシリンジ12により試料気化室10に微量の液体試料が注入されると、該液体試料は即座に気化し、キャリアガス流に乗ってカラム14内に送られる。なお、図1に示した構成はスプリットレスの構成であるが、一部の試料ガスをスプリット流路を通して外部に排出するスプリットの構成とすることもできる。
【0021】
カラム14に送り込まれた試料ガス中の各試料成分は、カラム14を通過する間に時間的に分離される。ガスクロマトグラフ1と質量分析計3との間に設けられたGC/MSインターフェイス2は、試料ガスを供給する試料供給流路20と、該試料供給流路20を温調するヒータ22が埋設されたヒータブロック21と、を含む。カラム14出口から流出する試料ガスは、ヒータブロック21により温調された試料供給流路20を通って、質量分析計3のイオン源31に導入される。
【0022】
質量分析計3においては、イオン源31のほかに、レンズ電極32、四重極マスフィルタ33、イオン検出器34などが、図示しない真空ポンプにより真空排気されることで高真空状態に維持される真空チャンバ30内に設置されている。イオン源31は熱電子生成用フィラメント、トラップ電極などを備える電子イオン化法によるイオン源であり、試料供給流路20を通して導入された試料ガスに含まれる成分はイオン源31においてイオン化される。生成されたイオンは電場の作用によりイオン源31の外側に引き出され、レンズ電極32により収束されて四重極マスフィルタ33に導入される。四重極マスフィルタ33には直流電圧と高周波電圧とを重畳した電圧が印加され、その印加電圧に応じた特定の質量電荷比を有するイオンのみが選択的に四重極マスフィルタ33の長軸方向の空間を通過し、イオン検出器34に到達する。
【0023】
イオン検出器34はコンバージョンダイノード、二次電子増倍管などを含み、入射したイオンの量に応じた電気信号を出力する。この信号は制御・処理部4へと入力され、ここでデジタル信号に変換されたあとに所定のデータ処理が実施されることで、マススペクトルやマスクロマトグラム、トータルイオンクロマトグラム等が作成されるほか、定性分析や定量分析等の各種の解析処理が実行される。
【0024】
また、質量分析計3の各部の調整、具体的には、レンズ電極32への印加電圧、四重極マスフィルタ33への印加電圧、イオン検出器34への印加電圧などを調整するために、質量分析計3には、標準試料であるPFTBAが収容されたPFTBA容器35と、該容器35の上部に接続された電磁バルブ37と、該電磁バルブ37に一端が接続され、他端がイオン源31の内部に接続された標準試料導入配管36と、を含む標準試料供給部が設けられている。
また、本実施例のGC−MSシステムは、例えば装置外装上の適宜の位置に室温センサ38を備える。
【0025】
制御・処理部4はデータ処理及び測定のための各部の制御を担うものであり、信号値算出部40、信号値補正部41、信号値判定部42、室温取得部43、温度-導入量補正情報記憶部44、制御部45、制御パラメータ記憶部47、などの機能ブロックを含む。また、制御部45は装置調整制御部46を含む。この制御・処理部4には、ユーザーが適宜の操作や指示を行うための操作部5や、分析結果などが表示される表示部6が接続されている。温度-導入量補正情報記憶部44は例えばフラッシュメモリなどであり、当該装置がユーザーに納入される前の適宜の時点で、後述するような補正情報が格納される。
【0026】
なお、制御・処理部4は例えば、パーソナルコンピュータをハードウエア資源とし、パーソナルコンピュータに予めインストールされた専用の制御・処理ソフトウエアをパーソナルコンピュータ上で実行することにより、機能ブロックが具現化される構成とすることができる。
【0027】
本実施例のGC−MSシステムは、質量分析計3の調整を自動的に行うオートチューニング動作に特徴がある。以下、そのオートチューニング動作について、図1に加え、図2図3を参照して説明する。図2は、室温による標準試料ガス導入量の相違及びその補正の説明図、図3は室温と実信号値補正係数との概略的関係を示す図である。
【0028】
分析者が操作部5より質量分析計3のオートチューニング実行を指示すると、装置調整制御部46は電磁バルブ37を開放するとともに、所定のアルゴリズムに従って質量分析を実行するように質量分析計3の各部を制御する。
イオン源31は高真空状態に維持される真空チャンバ30内に設置されている。このため、イオン源31の内部も減圧された状態となっており、電磁バルブ37が開放されてPFTBA容器35とイオン源31とが標準試料導入配管36を通して連通すると、PFTBA容器35内のPFTBA溶液から揮発したPFTBAガスがイオン源31に引き込まれる。そして、引き込まれたガス中のPFTBA分子は熱電子が接触することでイオン化され、生成されたイオンがレンズ電極32で収束されて四重極マスフィルタ33に導入される。なお、当然のことながら、このとき、試料気化室10には液体試料は注入されないので、試料供給流路20を通してキャリアガスのみがイオン源31に供給される。
【0029】
上述したようにPFTBAがイオン源31に導入されている状態では、まず、レンズ電極32への印加電圧の調整、四重極マスフィルタ33への印加電圧の調整などが実施されるが、これらの調整については従来と同じであるので説明を省略する。
【0030】
レンズ電極32や四重極マスフィルタ33への印加電圧の調整などが実施されたあと、イオン検出器34への印加電圧の調整が実施される。この調整について説明する。
前述のように電磁バルブ37が開放状態である間、PFTBAガスがイオン源31に引き込まれるが、このときのガス導入量は室温によって相違する。何故なら、PFTBA溶液からのガス揮発量は室温に左右されるからである。図2に示したように、室温が高い場合には室温が低い場合に比べて、イオン源31への標準試料ガス(PFTBAガス)の導入量は多くなる。そのため、イオン源31において生成されるPFTBA由来のイオンの量は多くなり、それだけ多量のイオンがイオン検出器34に到達することになる。レンズ電極32への印加電圧を調整する際には、PFTBA由来のイオンをターゲットとしたSIM測定で得られたマスクロマトグラム上のピークの面積値が最大になるように印加電圧を調整する。そのため、室温の相違によるピークの面積値の相違は調整に影響しない。
【0031】
これに対し、イオン検出器34への印加電圧は該検出器34のゲインを決めるものであり、印加電圧を高くするほどゲインは高くなる。このゲインを高くし過ぎると、高濃度の試料を測定する際にイオン検出器34で信号飽和が起こる。一方、ゲインを低くし過ぎると、低濃度の試料が検出できなくなるおそれがある。そのため、イオン検出器34のゲインは適切に設定しておく必要があり、PFTBAに対するピーク面積値が製造メーカー等が定めた基準信号値になるようにイオン検出器34への印加電圧を調整する。こうした調整においては、室温が高くイオン検出器34に到達するPFTBA由来のイオンの量が多くなると、イオン検出器34のゲインを下げる必要があるために印加電圧は低くなる。こうしたことから、図2に示すように、室温が相対的に高いと室温が低い場合に比べて、イオン検出器34のゲインが低くなってしまい、同じ濃度の未知試料を測定したときに、室温によって測定感度に差異が生じてしまう。
そこで、これを避けるために、イオン検出器34への印加電圧を調整する際には室温に応じた補正を実施する。
【0032】
具体的には、上述したように、室温が高い場合には室温が低い場合に比べてイオン検出器34に到達するPFTBA由来イオンの量が多いから、室温が高い場合には、実測したマスクロマトグラムから計算したピーク面積値、つまりは実信号値を小さくする方向に補正する。逆に、室温が低い場合には実信号値を大きくする方向に補正する。図2では、これを↑、↓で示している。室温を所定範囲で変化させたときに補正後の実信号値を略一定とするような補正係数は予め実験的に求めることができる。そこで、例えば本装置の製造メーカーは予め室温と実信号値の補正係数との関係を実験的に調べておき、その結果に基づくデータを温度-導入量補正情報記憶部44に格納しておく。
【0033】
このデータは、例えば図3に示すように、基準室温Tsにおいて補正係数を0とすれば、それよりも室温が高い領域では補正係数が正値(つまりは補正によって実信号値が増加)となり、それよりも室温が低い領域では補正係数が負値(つまりは補正によって実信号値が減少)となる関係である。ただし、図3では室温と補正係数との関係が直線であるが、これは直線であるとは限らない。
【0034】
実際にイオン検出器34への印加電圧を調整する際には、室温取得部43が室温センサ38により計測されたその時点での室温を読み込む。そして、温度-導入量補正情報記憶部44に格納されている上述したような補正情報に照らして、その時点での室温に対応する補正係数を求める。一方、信号値算出部40はSIM測定によってイオン検出器34で得られた検出信号に基づいてマスクロマトグラムを作成し、そのマスクロマトグラム上でPFTBAに対応するピークの面積値を計算する。室温が相対的に高ければ、PFTBAに対応するピークは大きくなり、ピーク面積値は大きな値となる。
【0035】
次に、信号値補正部41は、計算されたピーク面積値に対し温度-導入量補正情報記憶部44から求めた補正係数を乗じることで、ピーク面積値を補正する。室温が基準室温Tsよりも高ければ補正係数は負値になるから、補正によってピーク面積値は減少する。そして、信号判定部42は、その補正後のピーク面積値を予め設定された基準のピーク面積値(基準信号値)と比較し、その比較結果を装置調整制御部46にフィードバックする。装置調整制御部46は、そのフィードバック結果に基づいて図示しない検出器電圧発生部を制御することで、イオン検出器34への印加電圧を変化させる。これによって、イオン検出器34のゲインが変化し、PFTBAに対応するピーク面積値が変化する。
【0036】
こうしたフィードバック制御により、装置調整制御部46は、信号値判定部42において補正後のピーク面積値と基準となるピーク面積値との差異が一定以内になるようにイオン検出器34への印加電圧を調整する。そして、補正後のピーク面積値と基準となるピーク面積値との差異が一定以内になったならば、その時点での印加電圧の値を制御パラメータ記憶部47に記憶し、以降の未知試料の測定の際の制御パラメータとして利用する。
【0037】
その時点での室温に応じて実信号値が適切に補正されているので、室温に拘わらずイオン検出器34のゲインを最適な略一定の状態に調整することができる。その結果、室温に相違があってもほぼ同じゲインの下で未知試料に対する測定結果を得ることができ、それら測定結果の比較も正確に行うことができる。
【0038】
上記実施例では、PFTBAを質量分析して得られたピーク面積値、つまりは実信号値を室温に応じて補正していたが、実信号値を補正せずに、この実信号値と比較される基準信号値を室温に応じて補正しても、同様の効果を得られることは容易に想到し得る。基準信号値を補正する場合には、図2に示したように、実信号値の補正とは補正方向が反対になる。即ち、室温が高い場合には、基準となるピーク面積値、つまり基準信号値を大きくする方向に補正し、室温が低い場合には基準信号値を小さくする方向に補正すればよい。
【0039】
また、上記実施例では、GC−MSにおいて最も一般的に使用されているPFTBAを標準試料として使用する場合を例示したが、それ以外の標準試料であっても本発明を適用可能であることは明らかである。ただし、化合物の蒸気圧などの特性によっては、イオン源内のガス圧の下で室温の変動がガス導入量の大きな変動をもたらさない場合があり得る。この観点からいうと、PFTBAは、室温が変動したときにガス導入量が大きく変動する化合物であり、本発明の効果が特に大きな化合物の一つであるということができる。
【0040】
また、上記実施例は本発明の一例にすぎず、本発明の趣旨の範囲で適宜変形や追加、修正を行ってもよいことは明らかである。
【符号の説明】
【0041】
1…ガスクロマトグラフ
10…試料気化室
11…キャリアガス流路
12…マイクロシリンジ
13…カラムオーブン
14…カラム
2…GC/MSインターフェイス
20…試料供給流路
21…ヒータブロック
22…ヒータ
3…質量分析計
30…真空チャンバ
31…イオン源
32…レンズ電極
33…四重極マスフィルタ
34…イオン検出器
35…PFTBA容器
36…標準試料導入配管
37…電磁バルブ
38…室温センサ
4…制御・処理部
40…信号値算出部
41…信号値補正部
42…信号値判定部
43…室温取得部
44…温度-導入量補正情報記憶部
45…制御部
46…装置調整制御部
47…制御パラメータ記憶部
5…操作部
6…表示部
図1
図2
図3