特許第6288456号(P6288456)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6288456電線の製造方法、電線、及びワイヤーハーネス
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6288456
(24)【登録日】2018年2月16日
(45)【発行日】2018年3月7日
(54)【発明の名称】電線の製造方法、電線、及びワイヤーハーネス
(51)【国際特許分類】
   H01B 13/00 20060101AFI20180226BHJP
   C22C 21/00 20060101ALI20180226BHJP
   C22F 1/04 20060101ALI20180226BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20180226BHJP
【FI】
   H01B13/00 501D
   C22C21/00 A
   C22F1/04 H
   !C22F1/00 602
   !C22F1/00 604
   !C22F1/00 625
   !C22F1/00 627
   !C22F1/00 630A
   !C22F1/00 630B
   !C22F1/00 661A
   !C22F1/00 682
   !C22F1/00 685Z
   !C22F1/00 686A
   !C22F1/00 691B
   !C22F1/00 691C
   !C22F1/00 692A
【請求項の数】6
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2014-224722(P2014-224722)
(22)【出願日】2014年11月4日
(65)【公開番号】特開2016-91786(P2016-91786A)
(43)【公開日】2016年5月23日
【審査請求日】2017年6月22日
(73)【特許権者】
【識別番号】000002130
【氏名又は名称】住友電気工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】395011665
【氏名又は名称】株式会社オートネットワーク技術研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】000183406
【氏名又は名称】住友電装株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100100147
【弁理士】
【氏名又は名称】山野 宏
(72)【発明者】
【氏名】桑原 鉄也
(72)【発明者】
【氏名】草刈 美里
(72)【発明者】
【氏名】大塚 保之
(72)【発明者】
【氏名】今里 文敏
【審査官】 和田 財太
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2014/155818(WO,A1)
【文献】 特開2012−229485(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01B 7/00,13/00
C22C 21/00
C22F 1/00, 1/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶体化処理が施された導体素材線を用意する工程と、
前記導体素材線の外周に絶縁被覆を形成して被覆線を作製する工程と、
前記被覆線に時効処理を施して、導体の外周に前記絶縁被覆を備える電線を製造する工程とを備え、
前記時効処理は、大気雰囲気とし、保持温度を140℃以下、保持時間を30時間以上とする条件で行う電線の製造方法。
【請求項2】
前記保持温度を80℃以上とする請求項1に記載の電線の製造方法。
【請求項3】
前記導体素材線は、Mgを0.2質量%以上1.5質量%以下、Siを0.1質量%以上2.0質量%以下含むアルミニウム合金から構成されるアルミニウム合金線を含む請求項1又は請求項2に記載の電線の製造方法。
【請求項4】
前記導体は、引張強さが150MPa以上、導電率が40%IACS以上、破断伸びが5%以上である請求項1〜請求項3のいずれか1項に記載の電線の製造方法。
【請求項5】
請求項1〜請求項4のいずれか1項に記載の電線の製造方法によって製造された電線。
【請求項6】
請求項5に記載の電線と、この電線の端部に装着された端子部とを備えるワイヤーハーネス。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、導体の外周に絶縁被覆を備える電線、この電線を備えるワイヤーハーネス、及びこの電線の製造方法に関するものである。特に、導体の表面酸化を低減でき、生産性よく電線を製造できる電線の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、各種の電気機器、制御機器などに備える電気伝送部材として、導体の外周に絶縁被覆を備える電線が利用されている。導体を構成する金属は、電気伝導性に優れる銅や銅合金といった銅系材料が主流である。
【0003】
自動車や産業用ロボットなどでは、電線は、端子を有する複数の電線を束ねたワイヤーハーネスと呼ばれる形態で利用されている。昨今、自動車の高性能化や高機能化が急速に進められてきており、車載される各種の電気機器、制御機器などの増加に伴い、これらの機器に使用される電線も増加傾向にあり、その重量も増加傾向にある。
【0004】
環境保全のため自動車の燃費を向上するなどの目的から、電線の軽量化が望まれており、比重が銅の約1/3であるアルミニウムを導体に用いたアルミニウム電線が検討されている。しかし、純アルミニウムは、銅系材料に比較して強度に劣る。そこで、ワイヤーハーネスなどでの使用に耐え得る強度などを有するように、種々の元素を添加したアルミニウム合金を導体に利用したアルミニウム合金電線が検討されている。特許文献1,2では、Mg及びSiを添加元素とするAl−Mg−Si系合金を導体に利用した電線を開示している。特許文献1,2は、伸線材又は複数の伸線材を撚り合せた撚り線に溶体化処理及び時効処理を施した後、時効線材の外周に絶縁材料を被覆して電線を製造することを開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2008−112620号公報
【特許文献2】特開2012−229485号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
導体の表面酸化を低減しながらも、生産性よく電線を製造可能な方法の開発が望まれている。
【0007】
特許文献1に記載されるように、絶縁材料の被覆前に行う時効処理を還元ガス雰囲気や不活性ガス雰囲気で行えば、導体の表面酸化を抑制できる。しかし、この方法では、雰囲気制御が必要であり、作業性に劣る上に、製造コストの増加を招く。
【0008】
一方、時効処理を大気雰囲気で行えば、雰囲気制御が不要であり、作業性に優れる。また、製造コストを削減できる。しかし、この方法では、時効時、大気中の酸素によって処理対象の表面が酸化する。表面酸化した時効線材を電線の導体に利用すると、以下の問題がある。電線の端部の導体に端子を圧着などして取り付ける際、表面酸化層が厚ければ十分に破壊されず、導体と端子との間に酸化物が介在して、接続抵抗の増大を招く恐れがある。時効線材が複数の素線を撚り合せた撚り線である場合には、各素線が表面酸化層を備えるため、素線間に介在する表面酸化層の合計厚さが厚くなって素線間の導通が十分に取れず、抵抗の増大を招く恐れがある。
【0009】
そこで、本発明の目的の一つは、導体の表面酸化を低減でき、生産性よく電線を製造できる電線の製造方法を提供することにある。
【0010】
また、本発明の他の目的は、導体の表面酸化層が比較的薄く、生産性にも優れる電線、及びこの電線を備えるワイヤーハーネスを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の一態様に係る電線の製造方法は、以下の準備工程と、被覆工程と、時効工程とを備える。
(準備工程)溶体化処理が施された導体素材線を用意する工程。
(被覆工程)前記導体素材線の外周に絶縁被覆を形成して被覆線を作製する工程。
(時効工程)前記被覆線に時効処理を施して、導体の外周に前記絶縁被覆を備える電線を製造する工程。
【発明の効果】
【0012】
上記の電線の製造方法は、導体の表面酸化を低減でき、生産性よく電線を製造できる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
[本発明の実施形態の説明]
本発明者らは、表面酸化を低減できる上に時効処理を容易に行える方法を種々検討した結果、時効後に絶縁被覆を形成するのではなく、被覆後に時効処理を行えば、線材と雰囲気ガスとの接触を絶縁被覆によって実質的に阻止できるため、時効処理を大気雰囲気で行っても、導体となる線材の表面酸化を低減できるとの知見を得た。本発明は、上記知見に基づくものである。以下、本発明の実施態様を列記して説明する。
【0014】
(1) 本発明の一態様に係る電線の製造方法は、以下の準備工程と、被覆工程と、時効工程とを備える。
(準備工程)溶体化処理が施された導体素材線を用意する工程。
(被覆工程)上記導体素材線の外周に絶縁被覆を形成して被覆線を作製する工程。
(時効工程)上記被覆線に時効処理を施して、導体の外周に上記絶縁被覆を備える電線を製造する工程。
【0015】
上記の電線の製造方法では、時効処理に供する線材が絶縁被覆によって覆われており、この線材の両端面を除いて、雰囲気ガスに実質的に接触しない。そのため、時効処理を大気雰囲気で行った場合でも、導体となる線材の表面酸化を効果的に低減できる。かつ、時効処理の雰囲気を大気雰囲気とすることで、雰囲気制御を不要にできる。従って、上記の電線の製造方法によれば、表面酸化層が比較的薄い導体を備える電線を生産性よく製造できる。また、大気雰囲気で時効処理を行うことで製造コストを低減できる。
【0016】
更に、上記の電線の製造方法では、溶体化処理が施された線材に時効処理を施すため、溶体化処理による組織(過飽和固溶体)を時効処理による組織、即ち微細な析出物が分散した組織とすることができる。従って、上記の電線の製造方法によれば、析出硬化によって強度に優れたり、添加元素の固溶量の低減によって導電性に優れたりする導体を備える電線、即ち高強度で高い導電性を有する電線を製造できる。導体素材線を構成する金属には、時効処理による析出強化を期待できる各種の合金、例えば、アルミニウム合金や銅合金を利用できる。
【0017】
(2) 上記の電線の製造方法の一例として、上記時効処理は、大気雰囲気とし、保持温度を80℃以上300℃以下、保持時間を2時間以上とする条件で行う形態が挙げられる。
【0018】
上記形態は、時効処理を大気雰囲気とすることで雰囲気制御が不要であり、作業性に優れ、表面酸化層が比較的薄い電線を生産性よく製造できる。特に、上記形態は、時効処理の保持温度を特定の範囲とすることで、絶縁被覆の熱損傷を防止でき、所定の絶縁特性を備える電線を製造できる。更に、上記形態は、時効処理の保持時間を特定の範囲とすることで析出物を十分に析出できて、析出硬化組織を有する導体を備える電線を製造できる。この保持温度及び保持時間は、導体素材線の構成金属がアルミニウム合金である場合に好適である。
【0019】
(3) 上記の電線の製造方法の一例として、上記導体素材線がMgを0.2質量%以上1.5質量%以下、Siを0.1質量%以上2.0質量%以下含むアルミニウム合金から構成されるアルミニウム合金線を含む形態が挙げられる。
【0020】
上記形態は、時効処理によってMgSiなどの析出物が分散した組織を有して高強度で高い導電率を有する上に、銅合金よりも軽い電線を生産性よく製造できる。この電線は、特に軽量が望まれる用途、例えば車載ワイヤーハーネスなどに好適に利用できる。
【0021】
(4) 上記の電線の製造方法の一例として、上記導体は、引張強さが150MPa以上、導電率が40%IACS以上、破断伸びが5%以上である形態が挙げられる。
【0022】
上記形態は、引張強さ、導電率、破断伸びが高く、機械的特性や電気伝導性に優れる導体を備える電線を生産性よく製造できる。このような高強度・高靭性で、高い導電性を有する導体となるように時効条件を調整する。上記導体が得られる導体素材線として、例えば、上述の(3)の形態で説明したMgとSiとを含むAl−Mg−Si系合金から構成されるアルミニウム合金線を含むものが挙げられる。
【0023】
(5) 本発明の一態様に係る電線は、上述の(1)〜(4)のいずれか一つに記載の電線の製造方法によって製造されている。
【0024】
上記の電線は、導体の表面酸化層が比較的薄く、過度の表面酸化層に起因する問題、即ち導体と端子部との接続抵抗の増大や撚り線の場合における素線間の抵抗の増大を低減できる。また、上記の電線に備える導体は、溶体化処理及び時効処理が施されて、微細な析出物が分散した析出硬化組織を有するため、強度及び導電性に優れる。従って、上記の電線は、各種の電気機器、制御機器などの配線やワイヤーハーネスに好適に利用できる。
【0025】
(6) 本発明の一態様に係るワイヤーハーネスは、上述の(5)に記載の電線と、この電線の端部に装着された端子部とを備える。
【0026】
上記のワイヤーハーネスは、上述の表面酸化層が比較的薄い導体を備える電線を含むため、表面酸化層に起因する電線端部の導体と端子部との接続抵抗の増大が抑制されて、低抵抗である。また、上記のワイヤーハーネスは、時効処理によって強度や導電性に優れる導体を備える電線を含むため、高い強度と高い導電性との双方が望まれる自動車などに好適に利用できる。
【0027】
[本発明の実施形態の詳細]
以下、本発明の実施形態に係る電線、ワイヤーハーネス、電線の製造方法をより詳細に説明する。以下、元素の含有量は、質量%又は質量割合を示す。
【0028】
[電線]
実施形態の電線は、線材から構成される導体と、導体の外周を覆う絶縁被覆とを備える。
【0029】
・導体
導体は、1本の線材から構成される単線の他、複数本の素線が撚り合せられた撚り線、撚り線が所定の形状に圧縮成形された圧縮撚り線などが挙げられる。圧縮撚り線は、同じ素線を用いた撚り線と比較して外径が小さく、より細い電線とすることができる。
【0030】
・・組成
導体を構成する上記の線材や素線はいずれも、析出物が分散した組織を有する合金線である。上記合金線を構成する合金は、Al(アルミニウム)を主体とするアルミニウム合金、Cu(銅)を主体とする銅合金などが挙げられる。具体的なアルミニウム合金は、添加元素として、Cuを含むAl−Cu系合金(代表的には2000系合金)、Mg(マグネシウム)とSi(珪素)とを含むAl−Mg−Si系合金(代表的には6000系合金)、Zn(亜鉛)とMgとを含むAl−Zn−Mg系合金(代表的には7000系合金)などが挙げられる。具体的な銅合金は、添加元素としてBe(ベリリウム)を含むベリリウム銅などが挙げられる。
【0031】
・・・Al−Mg−Si系合金
Al−Mg−Si系合金は、例えば、Mgを0.2%以上1.5%以下、Siを0.1%以上2.0%以下含み、残部がAl及び不可避不純物であるものが挙げられる。Mgは、強度の向上効果が高い元素であり、特にSiと同時に上述の特定の範囲で含有することで、時効硬化による強度の向上を効果的に図ることができる。Mg及びSiを上述の特定の範囲で含むことで、これらの元素の含有に起因する導電率の低下や、伸びなどの靭性の低下を抑制できる。即ち、この特定の組成のAl−Mg−Si系合金からなる合金線を含むことで、高強度・高靭性で導電性にも優れる導体となる。Mgの含有量は、0.3%以上1.2%以下、更に0.4%以上1.0%以下がより好ましい。Siの含有量は、0.2%以上1.5%以下、更に0.3%以上0.8%以下がより好ましい。
【0032】
Al−Mg−Si系合金では、Mg及びSiがMgSiといった化合物となって、微細に析出して存在することで強度の向上効果に寄与する。この効果を良好に得るには、上述の特定の範囲でMg及びSiを含むと共に、Siの質量に対するMgの質量の比率をMg/Siとするとき、Mg/Siが0.75以上2.5以下を満たすことが好ましく、0.8以上2.0以下がより好ましい。このようなAl−Mg−Si系合金からなる導体は、代表的には室温での引張強さが150MPa以上、室温での導電率が40%IACS以上、室温での破断伸びが5%以上を満たす。
【0033】
上述の特定の範囲でMg及びSiを含むと共に、Fe,Cu,Mn(マンガン),Cr(クロム)及びZr(ジルコニウム)から選択される1種以上の元素を合計で0.01%以上1.0%以下含有し、残部がAl及び不可避不純物であるAl−Mg−Si系合金であると、結晶が微細になったり、伸びに優れていたりしながら、これらの元素の含有に起因する導電率の低下を抑制でき、高い導電率を有する。即ち、この特定の組成のAl−Mg−Si系合金からなる合金線を含むことで、より高強度・より高靭性で導電性にもより優れる導体となる。これらの元素の合計含有量は、0.02%以上0.8%以下、更に0.04%以上0.7%以下がより好ましい。各元素の好ましい含有量は、以下の通りである。このようなAl−Mg−Si系合金からなる導体は、室温での引張強さが150MPa以上、更に200MPa以上を満たしたり、室温での導電率が40%IACS以上、更に45%IACS以上を満たしたり、室温での破断伸びが5%以上、更に8%以上、10%以上を満たしたりし易い。
Fe 0.01%以上0.6%以下、更に0.1%以上0.5%以下
Cu 0.01%以上0.4%以下、更に0.02%以上0.3%以下
Mn 0.03%以上0.4%以下、更に0.04%以上0.3%以下
Cr 0.03%以上0.4%以下、更に0.04%以上0.3%以下
Zr 0.03%以上0.4%以下、更に0.04%以上0.3%以下
【0034】
その他、上述の添加元素に加えて、Ti(チタン)及びB(ホウ素)の少なくとも一方の元素を含むAl−Mg−Si系合金であると、上述のZrやMnなどの結晶微細化効果がある元素と共にTiやBを含むことで、製造過程において鋳造を経た素材、好ましくは連続鋳造材又は連続鋳造圧延材の結晶粒が微細になり易くなり、鋳造以降の工程において結晶粒が微細な状態を維持し易い(結晶粒の成長を抑制し易い)。そのため、後述するような微細な結晶組織を有する導体となり易く、伸びといった靭性に優れる傾向にある。Tiの含有量は0.005%以上0.1%以下、更に0.01%以上0.08%以下が好ましい。Bの含有量は、0.0005%以上0.02%以下、更に0.001%以上0.016%以下が好ましい。
【0035】
・・組織
導体を構成する合金は、添加元素がそのまま、又は添加元素を含む化合物となって析出物が析出した組織(時効組織)を有する。例えば、上述のAl−Mg−Si系合金では、MgSiなどが分散して存在する分散強化組織である。また、導体を構成する合金は、微細な結晶組織であると、伸びといった靭性に優れて好ましい。例えば、上述の特定の組成のAl−Mg−Si系合金では、最大結晶粒径が50μm以下である組織を有する形態が挙げられる。最大結晶粒径が小さいほど、合金全体の組織が微細になり易く、破断の起点となるような粗大粒が存在し難くなり、伸びにより優れると考えられる。組成や製造条件にもよるが、最大結晶粒径が40μm以下、更に30μm以下を満たす組織とすることができる。このような微細結晶組織を有する場合には、高温に長時間曝されても、結晶粒が微細な状態を維持し易く、破断の起点となるような粗大粒が存在し難くなる。即ち、最大結晶粒径が50μm以下である組織を維持し易く、耐熱性に優れて好ましい。最大結晶粒径の下限は特に設けないが、線径に対する最大結晶粒径の割合が10%未満を満たすことが好ましい。一方、最大結晶粒径が50μm以下を満たす範囲で結晶粒がある程度大きい場合には、高温での変形において支配的である粒界すべりを抑制して、高温強度に優れる。例えば、最大結晶粒径が25μm以上40μm以下程度である組織であれば、高温強度や耐熱性に優れる傾向にある。最大結晶粒径の測定は、JIS G 0551(鋼−結晶粒度の顕微鏡試験方法、2005)に準拠して行う。詳しくは、合金断面の観察像に試験線を引き、各結晶粒において試験線を分断する長さを結晶粒径とし(切断法)、1断面から複数の視野(例えば、3個以上)をとる。視野毎に一つの試験線を引き、複数の視野における結晶粒径のうち、最も大きい結晶粒径を最大結晶粒径とする。
【0036】
・・表面酸化層
導体を構成する合金線はいずれも、後述する特定の製造方法によって製造されると、表面酸化層が比較的薄い。ここで、表面酸化層を構成する酸化物は一般に電気絶縁体であるため、表面酸化層が薄ければ導体表面の破壊電圧が小さい。即ち、導体表面の破壊電圧値は、表面酸化層の厚さの度合いを示す指標に利用できるといえる。そこで、実施形態の電線の一例として、導体表面の平均破壊電圧が3.5V以下を満たす形態が挙げられる。平均破壊電圧が小さいほど表面酸化層が薄く、表面酸化層の存在に起因する上述の接続抵抗の増大や素線間の抵抗の増大などを抑制できて好ましい。導体の平均破壊電圧は3.0V以下、更に2.8V以下がより好ましい。導体の平均破壊電圧の測定方法は後述する。
【0037】
・・特性
上述の時効組織を有する合金線から構成される導体は、代表的には高強度である上に導電率も高い。実施形態の電線の一例として、導体における室温での引張強さが150MPa以上及び室温での導電率が40%IACS以上の少なくとも一方、好ましくは双方を満たす形態が挙げられる。引張強さ及び導電率は、合金組成(母相金属、添加元素の種類、添加元素の含有量)、製造条件(伸線加工度、熱処理条件(保持温度、保持時間、冷却速度)など)によって変化する。例えば、導体における室温の引張強さが150MPa以上、更に200MPa以上を満たす形態が挙げられる。例えば、導体における導電率が40%IACS以上、更に42%IACS以上を満たす形態が挙げられる。引張強さが高いほど高強度な電線となり、導電率が高いほど電気伝導性に優れる電線となって好ましい。
【0038】
上述の時効組織を有する合金線から構成される導体は、合金組成や結晶の大きさなどによっては伸びにも優れる。例えば、実施形態の電線の一例として、導体における室温での破断伸びが5%以上を満たす形態が挙げられる。伸びが高いほど、曲げなどの屈曲性や、耐衝撃性などに優れる電線となって好ましい。上述の引張強さや導電率が高いほど、伸びといった靭性が低下する傾向にある。上述のように合金組成や製造条件などを調整することで、高強度・高靭性で、高い導電性をも有する導体となる。例えば、室温での引張強さが150MPa以上、室温での導電率が40%IACS以上、及び室温での破断伸びが5%以上の全てを満たす導体となる。
【0039】
上述の特定の組成のAl−Mg−Si系合金からなる導体は、上述のように高強度・高靭性で、高い導電性をも有する。強度と伸びとのバランスを考慮すると、この導体の引張強さの上限は400MPa程度であり、添加元素の時効析出による導電率の増加の限界を考慮すると、導電率の上限は60%IACS程度である。
【0040】
・・線径
導体を構成する合金線(撚り線の場合には素線)の線径は、適宜選択できる。この線径とは、単線の線材又は素線の横断面形状が円形である場合には、直径とし、横断面形状が円形以外の異形状である場合、横断面における最大長さとする。実施形態の電線を例えば、車載ワイヤーハーネスに利用する場合には、上記線径は0.5mm以下、特に0.1mm以上0.4mm以下が挙げられる。
【0041】
・・断面形状
導体の横断面形状は、円形状が代表的である(単線であれば丸線)。伸線加工時のダイス形状、圧縮成形時の成形型の形状などによって、横断面形状が矩形や六角形などの多角形状、楕円状などの種々の形状を有する導体とすることができる。
【0042】
・・導体断面積
導体の断面積は、適宜選択できる。実施形態の電線を例えば、車載ワイヤーハーネスに利用する場合には、上記断面積は0.05mm以上2mm以下、更に0.1mm以上1mm以下が挙げられる。
【0043】
・絶縁被覆
絶縁被覆を構成する絶縁材料は、例えば、ポリ塩化ビニル、ノンハロゲン樹脂、難燃性に優れる材料などが挙げられる。ノンハロゲン樹脂は、架橋ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリブチレンテレフタレート、ウレタン、ナイロンなどが挙げられる。難燃性に優れる材料は、シリコンゴム、フッ素ゴムなどが挙げられる。これらのゴムはノンハロゲンの材料でもある。絶縁被覆の平均厚さは、所望の絶縁強度を考慮して適宜選択でき、特に限定されない。
【0044】
[ワイヤーハーネス]
実施形態のワイヤーハーネスは、上述の実施形態の電線と、電線の端部に装着された端子部とを備える。代表的には、上述の実施形態の電線を1本以上含む複数の電線と、各電線の端部において絶縁被覆が剥がれて露出した導体部分に装着された端子部とを備える。複数の電線を束ねる結束具を備えると、ハンドリング性に優れるワイヤーハーネスとなる。電線ごとに一つの端子部がそれぞれ設けられた形態の他、複数の電線が一つの端子部にまとめて取り付けられた電線群を含む形態などがある。端子部は、雄型、雌型、圧着型、溶接型などの種々の形態がある。各電線は、上記端子部を介して電気機器などの接続対象に接続される。実施形態のワイヤーハーネスは、上述のように高強度、高靭性、高い導電性を有する導体を備える実施形態の電線を含むことで、配策時の曲げなどの屈曲性、端子部を取り付ける際の衝撃や使用時の振動などに対する耐衝撃性などに優れる。
【0045】
[電線の製造方法]
上述の実施形態の電線は、以下の実施形態の電線の製造方法によって製造する。この製造方法は、以下の準備工程と、被覆工程と、時効工程とを備える。
【0046】
・準備工程
この工程では、最終的に導体となる線材(以下、導体素材線と呼ぶ)を準備する。導体素材線は、少なくとも溶体化処理が施されたものとする。導体素材線は、代表的には、溶解⇒鋳造⇒圧延⇒伸線⇒溶体化処理という工程を経ることで製造できる。導体素材線を撚り線や圧縮撚り線とする場合には、複数の素線を撚り合せ後や圧縮成形後に溶体化処理を施す他、撚り合せ前の素線にそれぞれ溶体化処理を施した後撚り合せたり、撚り線に溶体化処理を施した後に圧縮成形したりすることができる。導体素材線の製造には、公知の製造条件を利用できる。導体素材線の原料には、上述の組成の項で述べた各種の合金を利用する。
【0047】
特に、鋳造には、急冷凝固による微細結晶組織が得られる点、連続して長尺材を製造できる点から連続鋳造法を利用すると、(連続)鋳造材の生産性に優れて好ましい。連続鋳造法は、ベルトアンドホイール法などが好適に利用できる。更に、鋳造工程と圧延工程とを連続して行う、即ち連続鋳造圧延を行って連続鋳造圧延材を作製すると、(連続)鋳造材に蓄積される熱を利用して熱間圧延を容易に行えてエネルギー効率がよい上に、得られる(連続鋳造)圧延材の結晶を微細にすることができる。
【0048】
伸線加工は、所望の線径の線材が得られるように加工度を適宜選択する。伸線加工途中に中間熱処理を行うことができる。中間熱処理を行うと、以降の伸線加工性を高められて断線などを低減でき、伸線材の生産性に優れて好ましい。伸線加工前の連続鋳造圧延材や圧延材に均質化処理を施すことができる。均質化処理を行うと、鋳造時に生成された化合物などの析出物を均一的に分散でき、溶体化処理時に析出物の構成元素を均一的に固溶できて好ましい。中間熱処理や均質化処理の条件は、組成に応じて適宜選択するとよい。
【0049】
溶体化処理の条件は、組成に応じて適宜選択するとよく、公知の条件を利用してもよい。例えば、上述のAl−Mg−Si系合金であれば、保持温度は450℃以上620℃以下、更に500℃以上600℃以下、加熱後の冷却工程における冷却速度は100℃/min以上、更に200℃/min以上が挙げられる。所望の冷却速度となるように、強制冷却の条件(冷媒温度、冷媒量、送風量など)を調整する。保持時間は0.005秒以上5時間以下、更に0.01秒以上3時間以下が挙げられる。この範囲のうち、比較的短い時間の溶体化処理は、通電加熱や高周波誘導加熱、雰囲気加熱などを行う連続処理法を利用することで実現できる。上記範囲のうち、比較的長い時間の溶体化処理は、後述するバッチ処理法を利用するとよい。
【0050】
溶体化処理中の雰囲気は、大気雰囲気とすると制御が容易であり、溶体化材の生産性に優れる。一方、酸素含有量が少ない雰囲気、即ち低酸化性雰囲気や非酸化雰囲気とすると、溶体化処理時に処理対象である線材が表面酸化することを抑制できる。具体的には、真空雰囲気、不活性ガス雰囲気(例えば窒素)、還元ガス雰囲気などが挙げられる。
【0051】
・被覆工程
この工程では、溶体化処理が施された導体素材線(単線、撚り線、及び圧縮撚り線のいずれか)の外周に、上述の絶縁被覆の項で述べた絶縁材料を用いて絶縁被覆を形成して、被覆線を作製する。絶縁被覆の形成には押出が利用できる。その他、導体線の外周に樹脂などの絶縁層を形成する公知の方法を利用できる。押出は、絶縁材料が溶融状態となる温度、代表的には300℃以下の温度に絶縁材料を加熱して行う。押出では、加熱状態の絶縁材料に接触することで導体素材線が加熱されるといえるが、工業的に行う連続的な押出では、この接触によって導体素材線が加熱される時間は非常に短い。具体的にはこの加熱によって析出物が十分に析出しない又は実質的に析出しない程度の時間である。そこで、実施形態の電線の製造方法では、別途人工時効を行う工程(後述の時効工程)を備える。
【0052】
・時効工程
この工程では、上述の溶体化工程を経ている導体素材線と、その外周に絶縁被覆とを備える被覆線に時効処理を施して、導体素材線を構成する合金組織を溶体化組織から時効組織、即ち、析出物が析出されて分散した組織にする。
【0053】
時効処理の条件は、導体素材線を構成する合金の組成と、絶縁被覆の耐熱温度などとを考慮して選択するとよい。
【0054】
例えば、上述のAl−Mg−Si系合金であれば、時効処理の条件は、保持温度が80℃以上300℃以下、保持時間が2時間以上、が挙げられる。保持温度が高いほど、保持時間を短くでき、製造時間を短縮できる。例えば、保持温度を100℃以上、更に110℃以上、115℃以上とすることができる。保持温度が低いほど、絶縁被覆における熱損傷を低減し易い。そこで、保持温度を250℃以下、更に220℃以下、200℃以下とすることができる。保持時間は、合金組成と保持温度とに応じて選択するとよく、例えば、5時間以上、更に8時間以上、10時間以上とすることができる。
【0055】
時効処理の雰囲気は、大気雰囲気が好ましい。雰囲気制御が不要であり、作業性に優れ、ひいては電線の製造性の向上に寄与するからである。実施形態の電線の製造方法では、時効処理の雰囲気ガスを大気としても、処理対象である導体素材線の外周が絶縁被覆に覆われており、導体素材線(特に表面)と雰囲気ガスとの接触が実質的に阻害され、時効時、導体素材線の表面酸化を効果的に低減できる。即ち、時効処理を大気雰囲気で行った場合でも、導体の表面酸化が抑制されて、表面酸化層が比較的薄い導体を備える上述の実施形態の電線が得られる。時効工程における冷却工程は、炉冷や大気中での冷却などを利用することができる。
【0056】
時効処理には、上述の連続処理法を利用できるが、バッチ処理法が好ましい。バッチ処理では、加熱用容器(雰囲気炉、例えば、箱型炉)内に加熱対象を封入した状態で加熱するため、熱処理時間を十分に保持できて、析出物を十分に析出させられるからである。
【0057】
時効処理の条件を調整することで、実施形態の電線の製造方法は、例えば、引張強さが150MPa以上、導電率が40%IACS以上、破断伸びが5%以上である導体を備える電線を製造できる。
【0058】
[ワイヤーハーネスの製造方法]
上述の実施形態の電線の製造方法によって製造された電線を用意し、この電線の端部に端子部を装着し、このような端子部付き電線を複数束ねることで、実施形態のワイヤーハーネスを製造することができる。
【0059】
[試験例1]
種々の組成のアルミニウム合金線を導体に備える電線を作製し、電線の特性、導体表面の酸化状態を調べる。
【0060】
試料No.1−1〜1−20の電線は、溶解→連続鋳造圧延→伸線→溶体化(導体素材線)→被覆→時効という手順で作製する。
試料No.1−100の電線は、試料No.1−1〜1−20とは被覆と時効との順序が異なり、溶解→連続鋳造圧延→伸線→溶体化→時効→被覆という手順で作製する。
【0061】
ベースとして純アルミニウム(99.7質量%以上Al)を用意して溶解し、得られた溶湯(溶融アルミニウム)に表1に示す添加元素を表1に示す含有量(質量%)となるように投入して、合金溶湯(添加元素、残部:Al)を作製する。表1に示す「Mg/Si」は、Siの質量に対するMgの質量の比率を示す。成分調整を行った合金溶湯は、適宜、水素ガス除去処理や、異物除去処理を行うことが望ましい。
【0062】
【表1】
【0063】
ベルトアンドホイール式の連続鋳造圧延装置を用いて、用意した合金溶湯に鋳造及び熱間圧延を連続的に施して連続鋳造圧延を行い、φ9.5mmのワイヤーロッド(連続鋳造圧延材)を作製する。Ti及びBを含有する試料は、表1に示す含有量(質量%)となるように、鋳造直前の合金溶湯にTiBワイヤを供給する。ワイヤーロッドに均質化処理を施すことができる(例えば、530℃×5時間)。
【0064】
作製したワイヤーロッド又は均質化処理材に冷間伸線加工を施して、表2に示す素線径(mm)を最終線径とする伸線材を作製する。伸線加工途中の適宜な時期に中間熱処理を行うことができる(例えば、300℃×3時間)。
【0065】
試料ごとに最終線径の伸線材を7本用意し、7本の伸線材を素線として撚り合せて、7本撚り線とする。この撚り線に溶体化処理を施して、溶体化材を作製する。溶体化処理は、保持温度530℃×保持時間3時間、窒素雰囲気とし、冷却工程では急冷する。急冷は、素材を水槽に浸漬して行う。この冷却工程における冷却速度は675℃/min(100℃/min以上)である。
【0066】
試料No.1−1〜1−20については、作製した溶体化材を導体素材線として、表2に示す絶縁材料を導体素材線の外周に押出して絶縁被覆を形成し、被覆線を作製する。表2において、PVCはポリ塩化ビニル、架橋PEは架橋ポリエチレン、PPはポリプロピレン、PBTエンプラは、ポリブチレンテレフタレートエンジニアプラスチックである。
【0067】
試料No.1−1〜1−20については、作製した被覆線に表2に示す条件で時効処理(℃×時間(H))を施し、導体素材線に時効処理が施されて得られた導体と、上述の絶縁被覆とを備える電線を作製する。いずれの試料についても時効処理は大気雰囲気で行う。
【0068】
一方、試料No.1−100については、作製した溶体化材に表2に示す条件(大気雰囲気)で時効処理を施した後、表2に示す絶縁材料を押し出して、溶体化処理に引き続いて時効処理が施されて得られた導体と、時効処理後に押出した絶縁被覆とを備える電線を作製する。
【0069】
得られた各試料の電線について、室温(ここでは25℃)における引張強さ(MPa)、導電率(%IACS)、破断伸び(%)を表2に示す。
【0070】
引張強さ(MPa)及び破断伸び(%)は、JIS Z 2241(金属材料引張試験方法、1998)に準拠して、汎用の引張試験機を用いて測定する。導電率(%IACS)は、ブリッジ法により測定する。これらの測定は、各試料の電線について絶縁被覆を剥して導体のみとした試料片を用いて測定する。
【0071】
得られた各試料の電線について、平均破壊電圧(V)を表2に示す。平均破壊電圧は、以下のように測定する。各試料の電線について絶縁被覆を剥して導体を取り出し、取り出した導体を適当な長さに切断して、導体試験片とする。ここでは、撚り合された7本の素線のうちから、1本ずつ素線を取り出して、試料ごとに合計7個の導体試験片を作製する。この導体試験片と、直流電源と、直径0.5mmφのAu(金)線からなる測定子とを用いて測定する。直流電源の一方の極に導体試験片の一端部を接続し、他方の極に測定子の一端部を接続する。導体試験片の他端部の表面に測定子の他端部を零荷重で接触させて、直流電源と導体試験片と測定子とからなる回路を形成する。上述の接触状態で直流電源の電圧を上昇させていき、通電を開始する電圧を測定する。導体試験片に表面酸化層が存在すれば、表面酸化層は、導体試験片と測定子との間を電気的に絶縁する。従って、通電開始電圧は、表面酸化層の絶縁破壊電圧といえる。また、通電開始電圧は、表面酸化層の厚さが厚いほど高くなる。従って、通電開始電圧が高い導体試料片は、導体に表面酸化層が存在し、かつ表面酸化層が厚いといえる。ここでは、試料ごとに7個の導体試験片について上述の通電開始電圧をそれぞれ測定し、7個の通電開始電圧の平均値を平均破壊電圧とし、この平均破壊電圧を表2に示す。
【0072】
【表2】
【0073】
表2に示すように、溶体化処理を経た導体素材線に絶縁被覆を形成してから時効処理を行う試料No.1−1〜1−20はいずれも、時効処理を大気雰囲気で行っているものの、平均破壊電圧が低く2.5V以下であり、半数程度の試料の平均破壊電圧は2.0V以下である。このことから、試料No.1−1〜1−20の電線に備える導体はいずれも、表面酸化層が比較的薄いといえる。このような結果が得られる理由は、時効時に処理対象である導体素材線が絶縁被覆に覆われていて、導体素材線と雰囲気ガス中の酸素とが接触し難く、表面酸化を効果的に低減できたため、と考えられる。
【0074】
一方、溶体化処理を行ってから、時効処理を大気雰囲気で行った後に絶縁被覆を形成した試料No.1−100は、平均破壊電圧が非常に高く、3.7Vである。このことから、試料No.1−100の電線に備える導体は、表面酸化層が厚いといえる。このような結果が得られる理由は、時効時に、処理対象である溶体化材と雰囲気ガス中の酸素とが接触して、表面酸化し易くなったため、と考えられる。
【0075】
また、表2に示すように合金組成や時効処理の条件を調整することで、引張強さが150MPa以上、導電率が40%IACS以上、破断伸びが5%以上を満たす導体を備える電線が得られることが分かる。この試験からは、Al−Mg−Si系合金とする場合、Mgの含有量を0.2質量%以上1.5質量%以下、Siの含有量を0.1質量%以上2.0質量%以下とすること、時効温度を80℃以上とすること、時効時の保持時間を2時間以上とすることで、上述の特性を満たすことが分かる。
【0076】
この試験から、溶体化処理を経た導体素材線に絶縁被覆を形成してから時効処理を行うことで、時効処理を大気雰囲気としながらも、表面処理層が比較的薄い導体を備える電線を製造できることが示された。また、時効処理を大気雰囲気とすることで、このような電線を生産性よく製造できることが示された。更に、このように特定の製造条件で製造した電線は、上述のように導電性に優れる上に高強度、高靭性であるため、優れた屈曲性や耐衝撃性などが望まれるワイヤーハーネスに良好に利用できると期待される。
【0077】
本発明は、上述の実施の形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で適宜変更することが可能であり、特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味及び範囲内での全ての変更が含まれることが意図される。
【産業上の利用可能性】
【0078】
本発明の電線及び本発明のワイヤーハーネスは、例えば、自動車や飛行機などに備える電気機器、産業用ロボットなどの制御機器の配線や配線構造などに利用できる。本発明の電線の製造方法は、上記配線構造などに利用される電線の製造に利用できる。