特許第6288753号(P6288753)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6288753
(24)【登録日】2018年2月16日
(45)【発行日】2018年3月7日
(54)【発明の名称】多成分試料の質量分析方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/62 20060101AFI20180226BHJP
   H01J 49/10 20060101ALI20180226BHJP
【FI】
   G01N27/62 D
   G01N27/62 V
   H01J49/10
【請求項の数】20
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2013-106483(P2013-106483)
(22)【出願日】2013年5月20日
(65)【公開番号】特開2014-228315(P2014-228315A)
(43)【公開日】2014年12月8日
【審査請求日】2016年3月10日
(73)【特許権者】
【識別番号】000000918
【氏名又は名称】花王株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100076439
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 敏三
(74)【代理人】
【識別番号】100141771
【弁理士】
【氏名又は名称】星野 宏和
(74)【代理人】
【識別番号】100131288
【弁理士】
【氏名又は名称】宮前 尚祐
(72)【発明者】
【氏名】古川 大輔
【審査官】 伊藤 裕美
(56)【参考文献】
【文献】 特開2009−063389(JP,A)
【文献】 国際公開第2008/065895(WO,A1)
【文献】 国際公開第2010/100816(WO,A1)
【文献】 特開2008−261741(JP,A)
【文献】 特開2011−203164(JP,A)
【文献】 国際公開第2009/123297(WO,A1)
【文献】 国際公開第2010/041459(WO,A1)
【文献】 米国特許出願公開第2009/0065688(US,A1)
【文献】 米国特許出願公開第2012/0058009(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/62
G01N 30/72
G01N 30/86
H01J 49/00−49/48
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
マトリックスを含む測定対象多成分試料、前記マトリックスと標準多成分試料の混合物、及び前記マトリックスを含まない標準多成分試料をそれぞれイオン化し、
生成した各イオンに由来する信号強度を計測し、
標準多成分試料中の各成分の前記マトリックスに対する信号強度依存性に基づいて、前記マトリックスを含む測定対象多成分試料中の各成分の信号強度を網羅的に較正する、質量分析法により検出した信号強度の較正方法であって、
前記の、マトリックスを含む測定対象多成分試料が、洗浄用化粧料を用いてヒトの皮膚を洗浄して得たすすぎ回収液であり、
前記マトリックスが、前記洗浄用化粧料であり、
前記標準多成分試料が、前記洗浄用化粧料を含まないヒトの皮膚に存在する生体成分の混合物である、
信号強度の較正方法。
【請求項2】
マトリックスを含む測定対象多成分試料と既知量の特定成分の混合物、前記マトリックスと標準多成分試料と特定成分との混合物、及び前記マトリックスを含まない標準多成分試料と特定成分との混合物をそれぞれイオン化し、
生成した各イオンに由来する信号強度を計測し、
標準多成分試料中の各成分と特定成分の前記マトリックスに対する信号強度依存性に基づいて、前記マトリックスを含む測定対象多成分試料中の各成分及び既知量の特定成分の信号強度を網羅的に較正する、質量分析法により検出した信号強度の較正方法あって、
前記の、マトリックスを含む測定対象多成分試料が、洗浄用化粧料を用いてヒトの皮膚を洗浄して得たすすぎ回収液であり、
前記マトリックスが、前記洗浄用化粧料であり、
前記標準多成分試料が、前記洗浄用化粧料を含まないヒトの皮膚に存在する生体成分の混合物である、
信号強度の較正方法。
【請求項3】
前記特定成分が多成分試料に含まれない成分である、請求項2記載の信号強度の較正方法。
【請求項4】
既知量の特定成分の較正された信号強度と各成分の較正された信号強度との強度比から各成分の信号強度を網羅的に較正する、請求項2又は3記載の信号強度の較正方法。
【請求項5】
多成分試料に含まれる各成分を分離し、分離された各成分をイオン化する、請求項1〜4のいずれか1項記載の信号強度の較正方法。
【請求項6】
質量分析におけるマトリックス効果が飽和状態にある、請求項1〜5のいずれか1項記載の信号強度の較正方法。
【請求項7】
マトリックスを含む測定対象多成分試料、前記マトリックスと標準多成分試料の混合物、及び前記マトリックスを含まない標準多成分試料をそれぞれイオン化し、
生成した各イオンに由来する信号強度を計測し、
標準多成分試料中の各成分の前記マトリックスに対する信号強度依存性に基づいて、前記マトリックスを含む測定対象多成分試料中の各成分の信号強度を網羅的に較正し、
較正した信号強度に基づき各成分の量の比較を網羅的に行う、多成分試料に含まれる成分の量の比較を行なう質量分析方法あって、
前記の、マトリックスを含む測定対象多成分試料が、洗浄用化粧料を用いてヒトの皮膚を洗浄して得たすすぎ回収液であり、
前記マトリックスが、前記洗浄用化粧料であり、
前記標準多成分試料が、前記洗浄用化粧料を含まないヒトの皮膚に存在する生体成分の混合物である、
質量分析方法。
【請求項8】
マトリックスを含む測定対象多成分試料と既知量の特定成分の混合物、前記マトリックスと標準多成分試料と特定成分との混合物、及び前記マトリックスを含まない標準多成分試料と特定成分との混合物をそれぞれイオン化し、
生成した各イオンに由来する信号強度を計測し、
標準多成分試料中の各成分と特定成分の前記マトリックスに対する信号強度依存性に基づいて、前記マトリックスを含む測定対象多成分試料中の各成分及び既知量の特定成分の信号強度を網羅的に較正し、
較正した信号強度に基づき各成分の相対定量を網羅的に行う、多成分試料に含まれる成分の相対定量を行う質量分析方法あって、
前記の、マトリックスを含む測定対象多成分試料が、洗浄用化粧料を用いてヒトの皮膚を洗浄して得たすすぎ回収液であり、
前記マトリックスが、前記洗浄用化粧料であり、
前記標準多成分試料が、前記洗浄用化粧料を含まないヒトの皮膚に存在する生体成分の混合物である、
質量分析方法。
【請求項9】
前記特定成分が多成分試料に含まれない成分である、請求項8記載の質量分析方法。
【請求項10】
既知量の特定成分の較正された信号強度と各成分の較正された信号強度との強度比から各成分の相対定量を網羅的に行う、請求項8又は9記載の質量分析方法。
【請求項11】
多成分試料に含まれる各成分を分離し、分離された各成分をイオン化する、請求項7〜10のいずれか1項記載の質量分析方法。
【請求項12】
質量分析におけるマトリックス効果が飽和状態にある、請求項7〜11のいずれか1項記載の質量分析方法。
【請求項13】
多成分試料をイオン化するイオン化手段と、
生成した各イオンに由来する信号強度を計測する計測手段と、
マトリックスに対して各成分の信号強度の較正を網羅的に行い、測定対象多成分試料に含まれる各成分の量の比較を網羅的に行うデータ処理部を有する質量分析装置であって、
前記データ処理部は、標準多成分試料の各成分の前記マトリックスに対する信号強度依存性を格納したデータベースを有し、該データベースに基づき、前記計測手段により得られた測定対象多成分試料中の各成分の信号強度を前記マトリックスに対して網羅的に較正し、較正した信号強度に基づき各成分の量の比較を網羅的に行う、質量分析装置であって、
前記測定対象多成分試料が、洗浄用化粧料を用いてヒトの皮膚を洗浄して得たすすぎ回収液であり、
前記マトリックスが、前記洗浄用化粧料であり、
前記標準多成分試料が、前記洗浄用化粧料を含まないヒトの皮膚に存在する生体成分の混合物である、
質量分析装置。
【請求項14】
測定対象多成分試料と既知量の特定成分との混合物をイオン化するイオン化手段と、
生成した各イオンに由来する信号強度を計測する計測手段と、
各成分及び既知量の特定成分の信号強度の較正をマトリックスに対して網羅的に行うデータ処理部を有する質量分析装置であって、
前記データ処理部は、標準多成分試料の各成分と特定成分の前記マトリックスの信号強度依存性を格納したデータベースを有し、該データベースに基づき、前記計測手段により得られた測定対象多成分試料中の各成分及び既知量の特定成分の信号強度をマトリックスに対して網羅的に較正を行う、質量分析装置であって、
前記測定対象多成分試料が、洗浄用化粧料を用いてヒトの皮膚を洗浄して得たすすぎ回収液であり、
前記マトリックスが、前記洗浄用化粧料であり、
前記標準多成分試料が、前記洗浄用化粧料を含まないヒトの皮膚に存在する生体成分の混合物である、
質量分析装置。
【請求項15】
既知量の特定成分の較正された信号強度と各成分の較正された信号強度との強度比から各成分の相対定量を網羅的に行う、請求項14記載の質量分析装置。
【請求項16】
多成分試料に含まれる各成分を分離する分離手段を有し、分離手段で分離された各成分を前記イオン化手段でイオン化する、請求項13〜15のいずれか1項記載の質量分析装置。
【請求項17】
質量分析におけるマトリックス効果が飽和状態にある、請求項13〜16のいずれか1項記載の質量分析装置。
【請求項18】
前記洗浄用化粧料が洗顔剤であり、前記皮膚がヒトの顔面の皮膚である、請求項1〜のいずれか1項記載の信号強度の較正方法
【請求項19】
前記洗浄用化粧料が洗顔剤であり、前記皮膚がヒトの顔面の皮膚である、請求項7〜12のいずれか1項記載の質量分析方法。
【請求項20】
前記洗浄用化粧料が洗顔剤であり、前記皮膚がヒトの顔面の皮膚である、請求項13〜17のいずれか1項記載の質量分析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多成分試料の質量分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、質量分析において多成分同時測定の重要性が増している。例えば、多くの内分泌攪乱物質が環境中に存在することが知られており、安全性確保の観点から複数の内分泌攪乱物質の同時測定が求められている。また、皮膚の最外層に存在する角層を構成する脂質も多数存在するため、化粧料の開発においては化粧料適用前後の脂質類の挙動解析が必要となる。例えば、特許文献1には、液体クロマトグラフ−質量分析にて測定した皮膚角層中の脂質組成に基づき、肌質を評価する方法が記載されている。そして、網羅的に成分を測定する場合は、必ずしも全ての測定対象成分が事前に明らかになっているわけではない。
【0003】
質量分析では、測定試料に含まれる各成分のイオン化を行い、生成した各イオンに由来する信号強度を計測し、信号強度に基づき各成分を定量するのが一般的である。しかし、目的成分のイオン化の際、測定試料に含まれる夾雑成分の影響により信号強度の減少や増大を引き起こす現象(マトリックス効果)が問題となる。測定試料に含まれる成分のうち、イオン化し易い成分が優先的にイオン化されることから、目的成分よりもイオン化し易い夾雑成分が共存すると、目的成分の正確な信号強度の取得が困難となる。さらに、マトリックスの種類や濃度によってその影響の度合いが異なることから、これらマトリックスの異なる測定試料間での量の比較は困難となる。
【0004】
この問題を解決するために、特許文献2には、1つの内部標準物質を用いてマトリックス依存性の異なる成分のマトリックス効果を較正する方法が検討されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2008−261741号公報
【特許文献2】特開2009−63389号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献2に記載の方法は、標品が入手可能な既知の測定対象成分に限られており、未知成分を含む、又は標品の入手が困難な測定対象成分に対するマトリックス効果の較正方法については検討されていない。
本発明は、マトリックスを含む多成分試料に含まれる各成分由来の信号強度を網羅的に較正することが可能な、質量分析により検出した信号強度の較正方法の提供を課題とする。
また、本発明は、マトリックスを含む多成分試料に含まれる成分を網羅的に検出、且つその信号強度を網羅的に較正し、マトリックス共存下における各成分量を正確に比較又は相対定量することが可能な、質量分析方法の提供を課題とする。
さらに、本発明は、マトリックスを含む多成分試料に含まれる成分を網羅的に検出、且つその信号強度を網羅的に較正し、各成分量を正確に比較又は相対定量することが可能な、質量分析装置の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題に鑑み、本発明者等は鋭意検討を行った。その結果、マトリックスを含まない標準多成分試料、及び任意のマトリックスと標準多成分試料との混合物を用いて、各成分の前記マトリックスに対する信号強度の応答性を測定し、当該測定結果に基づいて測定対象多成分試料の各成分について信号強度を網羅的に較正することで、各成分の量の比較が網羅的に可能であることを見出した。本発明では、多成分試料中に純粋な標品の入手が困難な成分、あるいは未知成分が含まれていても、該成分あるいは該未知成分を含む標準多成分試料を用いることにより、マトリックス効果を網羅的に較正することができることを見出した。さらに、測定成分と同様にマトリックスの信号強度への影響が予め確認された既知量の特定成分とマトリックスを含む測定対象多成分試料との混合物を用いて、マトリックスの影響がそれぞれ較正された、濃度既知の特定成分と各成分の信号強度とを比較することで、各成分を相対定量できることを見出した。
このようにして質量分析を行うことで、従来の多成分試料の質量分析法で用いられてきた内部標準物質へのマトリックスの影響を代表値とした各成分の較正ではなく、各成分へのマトリックスの影響に基づく信号強度の較正が可能となる。さらに、従来の質量分析方法では、マトリックスの異なる測定試料間において、標品の入手が困難な成分若しくは未同定成分についての量の比較は困難であるのに対し、本発明によれば、標品の入手が困難な成分又は未同定成分であってもマトリックスの影響を較正することができ、相対定量が可能となることを見出した。
本発明はこれらの知見に基づき完成するに至った。
【0008】
本発明は、質量分析法により検出した信号強度の較正方法であって、マトリックスを含む測定対象多成分試料、前記マトリックスと標準多成分試料の混合物、及び前記マトリックスを含まない標準多成分試料をそれぞれイオン化し、生成した各イオンに由来する信号強度を計測し、標準多成分試料中の各成分の前記マトリックスに対する信号強度依存性に基づいて、前記マトリックスを含む測定対象多成分試料中の各成分の信号強度を網羅的に較正する、信号強度の較正方法に関する。
また、本発明は、質量分析法により検出した信号強度の較正方法であって、マトリックスを含む測定対象多成分試料と既知量の特定成分の混合物、前記マトリックスと標準多成分試料と特定成分との混合物、及び前記マトリックスを含まない標準多成分試料及び特定成分との混合物をそれぞれイオン化し、生成した各イオンに由来する信号強度を計測し、標準多成分試料中の各成分と特定成分の前記マトリックスに対する信号強度依存性に基づいて、前記マトリックスを含む測定対象多成分試料中の各成分及び既知量の特定成分の信号強度を網羅的に較正する、信号強度の較正方法に関する。
【0009】
また、本発明は、多成分試料に含まれる成分の量の比較を行なう質量分析方法であって、マトリックスを含む測定対象多成分試料、前記マトリックスと標準多成分試料の混合物、及び前記マトリックスを含まない標準多成分試料をそれぞれイオン化し、生成した各イオンに由来する信号強度を計測し、標準多成分試料中の各成分の前記マトリックスに対する信号強度依存性に基づいて、前記マトリックスを含む測定対象多成分試料中の各成分の信号強度を網羅的に較正し、較正した信号強度に基づき各成分の量の比較を網羅的に行う、質量分析方法に関する。
また、本発明は、多成分試料に含まれる成分の相対定量を行う質量分析方法であって、マトリックスを含む測定対象多成分試料と既知量の特定成分の混合物、前記マトリックスと標準多成分試料と特定成分との混合物、及び前記マトリックスを含まない標準多成分試料と特定成分との混合物をそれぞれイオン化し、生成した各イオンに由来する信号強度を計測し、標準多成分試料中の各成分と特定成分の前記マトリックスに対する信号強度依存性に基づいて、前記マトリックスを含む測定対象多成分試料中の各成分及び既知量の特定成分の信号強度を網羅的に較正し、較正した信号強度に基づき各成分の相対定量を網羅的に行う、質量分析方法に関する。
【0010】
また、本発明は、多成分試料をイオン化するイオン化手段と、生成した各イオンに由来する信号強度を計測する計測手段と、マトリックスに対して各成分の信号強度の較正を網羅的に行い、測定対象多成分試料に含まれる各成分の量の比較を網羅的に行うデータ処理部を有する質量分析装置であって、前記データ処理部は、標準多成分試料の各成分の前記マトリックスに対する信号強度依存性を格納したデータベースを有し、該データベースに基づき、前記計測手段により得られた測定対象多成分試料中の各成分の信号強度を前記マトリックスに対して網羅的に較正し、較正した信号強度に基づき各成分の量の比較を網羅的に行う、質量分析装置に関する。
さらに、本発明は、測定対象多成分試料と既知量の特定成分との混合物をイオン化するイオン化手段と、生成した各イオンに由来する信号強度を計測する計測手段と、各成分及び既知量の特定成分の信号強度の較正をマトリックスに対して網羅的に行うデータ処理部を有する質量分析装置であって、前記データ処理部は、標準多成分試料の各成分と特定成分の前記マトリックスの信号強度依存性を格納したデータベースを有し、該データベースに基づき、前記計測手段により得られた測定対象多成分試料中の各成分及び既知量の特定成分の信号強度をマトリックスに対して網羅的に較正を行う、質量分析装置に関する。
【発明の効果】
【0011】
本発明の較正方法によれば、マトリックスを含む多成分試料において、該試料が標品の入手が困難な成分又は未知成分を含む場合であっても、質量分析により検出した各成分由来の信号強度について、前記マトリックスの効果を網羅的に較正することができる。
また、本発明の質量分析方法によれば、マトリックスを含む多成分試料において、該試料が標品の入手が困難な成分又は未知成分を含む場合であっても、多成分試料に含まれる成分を網羅的に検出し、マトリックスの異なる測定試料間においても量の比較や相対定量を網羅的に行うことができる。
さらに、本発明の質量分析装置によれば、マトリックスを含む多成分試料において、該試料が標品の入手が困難な成分又は未知成分を含む場合であっても、多成分試料に含まれる成分を網羅的に検出し、量の比較や相対定量を網羅的に行うことができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の実施形態ついて詳細に説明する。
本発明は、マトリックスを含む多成分試料(具体的には、液体試料)に含まれる各成分の質量分析に関する。本発明は、例えば、環境に存在する内分泌攪乱物質の定量や、各種脂質の定量(例えば、洗浄用化粧料を適用し洗い流した後のすすぎ回収液に含まれる皮脂成分の定量)など、多くの成分が含まれる試料中の各成分の量の比較や相対定量を網羅的に行なう際に適用することができる。なお、該多成分試料には標品の入手が困難な成分又は未知成分が含まれていても適用できる。
なお、本明細書おいて「マトリックス」とは、測定対象多成分試料に含まれる、測定対象成分以外の成分であり、質量分析において測定対象成分の信号強度に影響を及ぼす成分を指す。さらに、測定対象成分以外の成分において、主に信号強度に影響を与える成分も含まれる。マトリックスはその成分や濃度が未知な特定の組成物(例えば洗浄剤組成物)であっても、再現良く適用することができれば本発明を適用できるが、マトリックスの成分や濃度が既知な組成物がより好ましい。また、本明細書において、「マトリックスの異なる測定試料」とは、測定試料に含まれるマトリックスの種類及び/又は濃度が異なる測定試料をいう。
【0013】
以下、洗顔剤により顔面を洗浄した場合の洗顔すすぎ回収液中の生体成分の測定を例として、具体的に説明する。洗顔剤により皮膚から溶出する多数の生体成分を測定対象成分とする場合は、洗顔剤は測定対象ではなく、マトリックスとなる。皮膚に存在する生体成分は洗顔以外の方法にて採取可能であり、この採取した生体成分の混合物がマトリックスを含まない標準多成分試料となる。生体成分の分布には個人差があるため、複数のヒトからの採取試料を混合した試料がマトリックスを含まない標準多成分試料として好ましい。
【0014】
該標準多成分試料、マトリックス(所定の洗顔剤)と標準多成分試料との混合物及び前記マトリックスを含む洗顔すすぎ回収液をそれぞれイオン化し、生成した各イオンに由来する信号強度を計測し、標準多成分試料中の各成分の前記マトリックスに対する信号強度依存性に基づいて測定対象多成分試料(洗顔すすぎ回収液)の各成分の信号強度を網羅的に較正することができる。なお、標準多成分試料と混合するマトリックスの濃度は洗顔に使用する洗顔剤が洗顔すすぎ回収液に存在するとした濃度となるようにすればよい。
さらに、同様にマトリックスに対する信号強度依存性を予め測定した、既知量の特定成分を測定対象多成分試料に混合し、マトリックスに対する信号強度依存性に基づき各成分の信号強度と濃度既知の特定成分の信号強度を較正し、濃度既知の特定成分の較正された信号強度と各成分の較正された信号強度との比より濃度を算出することができる(相対定量)。
【0015】
皮膚に存在する各生体成分の標品を全て入手することは困難であり、また未知成分も存在する。標品が必要な従来法では較正が困難であった成分においても、本発明ではその信号強度の較正、相対定量等を行うことができる。
なお、マトリックスは低濃度では濃度依存的に化合物の信号強度に影響を与えるが、濃度が増加するに従い影響の度合いが一定に近づき、特定の濃度以上となると影響の度合いがほぼ一定となる。影響の度合いがほぼ一定となった状態のマトリックス効果を飽和状態と定義する。マトリックス効果が飽和状態であれば、化合物の信号強度に与える影響は一定となり、マトリックスの濃度条件変化等の影響が無視できるため、飽和状態であることが好ましい。
【0016】
本発明では、測定対象成分の量を比較する際には特定成分の使用は不要であるが、各成分濃度を相対定量する場合は、マトリックスを含む測定対象多成分試料のイオン化の前に、マトリックスを含む測定対象多成分試料と既知量の特定成分とを混合することが好ましい。ここで、特定成分としては、濃度依存的に信号強度が変化するものであれば特に制限はないが、多成分試料に含まれない成分であることが測定結果の正確性の観点から好ましい。本発明において、前記特定成分は、同位体元素や蛍光物質などで標識されていてもよい。さらに、混合する特定成分は、1種でもよいし、2種以上でもよい。本発明で好ましく用いられる特定成分は、単一組成で高純度、かつその純度が明らかな市販試薬、又はそれに準じる成分であることが好ましい。
【0017】
マトリックスを含まない標準多成分試料、マトリックスを含む標準多成分試料又は前記マトリックスを含む測定対象多成分試料と特定成分との混合物をイオン化手段に送り、イオン化を行う。混合物のイオン化は、エレクトロスプレーイオン源、大気圧化学イオン源、大気圧光イオン源、大気圧マトリックス支援レーザー脱離イオン源、マトリックス支援レーザー脱離イオン源、化学イオン源、電子衝撃イオン源などからなるイオン化手段において、それぞれ異なるイオン化方式により行われる。なお、イオン化方式により各成分に対するマトリックス効果の影響は異なるので、各成分由来の信号強度も変化する。本発明において、各成分のイオン化方式がエレクトロスプレー法であることが好ましい。また、本発明の質量分析装置は、前記多成分試料又は混合物をスポットするためのサンプルプレートを有するのが好ましく、サンプルプレートに多成分試料又は混合物をスポットし、前記イオン化手段によりイオン化するのが好ましい。
【0018】
イオン化の際にマトリックス効果の影響を低減するため、適当な分離手段により、イオン化の前に、夾雑成分を除去し多成分試料に含まれる各成分を分離することが好ましい。分離手段は、順相カラム、逆相カラム、イオン交換カラム、サイズ排除カラムなどからなり、1種のみを用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いてもよい。また、分離手段により、多成分試料の溶媒をイオン化に適した溶媒に置換してもよい。
【0019】
前記イオン化手段で生成したイオンに対し、各イオンに由来する信号強度(m/zとイオン強度)を計測手段で計測する。計測手段で計測された信号強度のデータはデータ処理部へと送信され、データ処理部において各成分の信号強度を網羅的に較正し、較正した信号強度に基づき各成分の網羅的な量の比較や相対定量を行う。
【0020】
前記データ処理部は、標準多成分試料の各成分のマトリックスに対する信号強度依存性、又は標準多成分試料の各成分と特定成分のマトリックスに対する信号強度依存性を格納したデータベースを有する。本発明では、標品の入手が困難な成分又は未知成分も含め、標準多成分試料はマトリックスを含まない試料が調製可能であり、これに任意のマトリックスを任意の比率で加えることで前記依存性を測定できる。
前記データ処理部において、前記データベースに基づき前記計測手段により得られた各測定対象成分、又は各成分及び特定成分の信号強度をマトリックスに対する信号強度依存性に基づき網羅的に較正し、較正した信号強度に基づき各成分量の比較や相対定量を網羅的に行う。具体的には、標準多成分試料に含まれる成分と、特定成分を用いた場合は特定成分、それぞれに由来するイオンのm/z、並びにこれらの既知濃度を、イオン化手段でイオン化した場合の信号強度、並びに各信号強度のマトリックスに対する依存性が、データベースとしてデータ処理部に予め記録されている。そして、測定対象多成分試料の各成分の信号強度を各成分の特定のマトリックスに対する濃度依存性に基づき信号強度を網羅的に較正し、較正した信号強度に基づき測定対象成分の量の比較や相対定量を網羅的に行う。より好ましくは、既知量の特定成分とマトリックスを含む測定対象多成分試料とを混合し、既知量の特定成分の信号強度と各成分の信号強度をマトリックスに対する依存性に基づき較正を網羅的に行なった後、各成分と特定成分の較正された信号の強度比から各成分の量の比較や相対定量を網羅的に行う。なお、データ処理部では、m/zにより、成分の種類を同定することができる。また、イオン化方式によりマトリックス効果の影響が異なるので、予めデータ処理部に記録されているデータベースはイオン化方式に対応させるのが好ましい。
【0021】
以下、洗顔剤(洗浄用化粧料)を用いて皮脂を洗浄したときのすすぎ回収液(洗浄用化粧料を用いた洗浄により除去された脂質成分を含むすすぎ回収液)に含まれる皮脂成分の測定を例として、成分の信号強度の具体的な較正方法について示す。しかし、本発明はこれに制限するものではない。
用いた洗浄用化粧料をP、標準多成分試料としての標準皮脂をS(*)、洗浄用化粧料Pを含む試料を前処理し測定した値をfPで表わし、洗浄用化粧料を含まない試料を前処理なしで測定した値をf0で表わし、洗浄用化粧料Pのマトリックスの影響を補正する関数をfp-1とする。例えば、洗浄化粧料Pを含まない被験者Aの皮脂を前処理なしで測定した値をf0(S(A))、標準皮脂S(*)を前処理なしで測定した値はf0(S(*))として表される。また、洗浄用化粧料Pに標準皮脂:S(*)を添加し、前処理した後の測定した値はfP(S(*)+P)として表される。ここで前処理とは、一般的に測定前に行う、ろ過、抽出、濃縮等の操作を言い、測定値に影響を与える因子であるため、マトリックスの影響とともに補正の必要性がある。
f0(S(*))及びfP(S(*)+P)を利用することでマトリックスである洗浄用化粧料Pの影響及び前処理の影響を補正することが可能である。すなわち、fp-1≡f0(S(*))/fP(S(*)+P)と表すことができ、洗浄用化粧料Pにより洗浄溶出した被験者Aの皮脂はf0(SP(A))≒fp-1(fP(S(A)+P))と補正することが出来る。
fp-1≡f0(S(*))/fP(S(*)+P)として求められる補正関数は、S(*)とPの濃度を細かく変化させることで、より精度良い補正が可能となる。しかし、データ取得の手間を省くために一種類の濃度を用い、係数として適用することも可能である。濃度としてはマトリックス効果が飽和となる濃度が好ましい。さらに、特定成分を用いた内部標準法を用いることで、網羅的に相対定量値を算出することも可能である。
これを洗浄用化粧料Qについても同様に相対定量値を算出することにより、洗浄用化粧料Pと洗浄用化粧料Qとを用いた場合のそれぞれのすすぎ回収液中に含まれる多数の皮脂成分の量を網羅的に比較することが可能となる。本発明では未知成分であっても比較可能である。
【0022】
本発明では、実際に測定する測定サンプルに応じて、典型的なマトリックスを選択する。例えば、NH4ClやNaClなどの塩をマトリックス成分として選択してもよいし、洗浄用化粧料を適用し洗い流した後のすすぎ回収液に含まれる皮脂成分の量の比較や相対定量を行う場合には化粧料に含まれる任意の成分をマトリックスとして選択してもよい。さらに、化粧料等の組成物をマトリックスとしてもよい。
【0023】
本発明では、事前にマトリックスを含まない標準多成分試料にマトリックスを添加し、各成分のマトリックスの影響をデータとして取得をするために、測定対象多成分試料はマトリックスを含まない調製が可能である多成分試料が好ましい。
【0024】
上述した実施形態に関し、本発明はさらに以下の較正方法、質量分析方法、及び分析装置を開示する。
【0025】
(1)質量分析法により検出した信号強度の較正方法であって、マトリックスを含む測定対象多成分試料、前記マトリックスと標準多成分試料の混合物、及び前記マトリックスを含まない標準多成分試料をそれぞれイオン化し、生成した各イオンに由来する信号強度を計測し、標準多成分試料中の各成分の前記マトリックスに対する信号強度依存性に基づいて、前記マトリックスを含む測定対象多成分試料中の各成分の信号強度を網羅的に較正する、信号強度の較正方法。
(2)質量分析法により検出した信号強度の較正方法であって、マトリックスを含む測定対象多成分試料と既知量の特定成分の混合物、前記マトリックスと標準多成分試料と特定成分との混合物、及び前記マトリックスを含まない標準多成分試料及び特定成分との混合物をそれぞれイオン化し、生成した各イオンに由来する信号強度を計測し、標準多成分試料中の各成分と特定成分の前記マトリックスに対する信号強度依存性に基づいて、前記マトリックスを含む測定対象多成分試料中の各成分及び既知量の特定成分の信号強度を網羅的に較正する、信号強度の較正方法。
【0026】
(3)前記特定成分が多成分試料に含まれない成分である、前記(2)項記載の信号強度の較正方法。
(4)前記多成分試料が標品の入手が困難である成分又は未知成分を含む、前記(1)〜(3)のいずれか1項記載の信号強度の較正方法。
(5)特定成分の較正された信号強度と各成分の較正された信号強度との強度比から各成分の信号強度を網羅的に較正する、前記(2)〜(4)のいずれか1項記載の信号強度の較正方法。
(6)多成分試料と混合する特定成分が1種類である、前記(2)〜(5)のいずれか1項記載の信号強度の較正方法。
(7)前記多成分試料がマトリックスを含まない試料調製が可能である、前記(1)〜(6)のいずれか1項記載の信号強度の較正方法。
(8)前記多成分試料中の成分が各種脂質である、前記(1)〜(7)のいずれか1項記載の信号強度の較正方法。
(9)多成分試料に含まれる各成分を分離し、分離された各成分をイオン化する、前記(1)〜(8)のいずれか1項記載の信号強度の較正方法。
(10)各成分のイオン化方式がエレクトロスプレー法である、前記(1)〜(9)のいずれか1項記載の信号強度の較正方法。
(11)前記多成分試料が液体試料である、前記(1)〜(10)のいずれか1項記載の信号強度の較正方法。
(12)前記多成分試料が、洗浄用化粧料を用いて皮膚を洗浄したときのすすぎ回収液(洗浄用化粧料を用いた洗浄により除去された脂質成分を含むすすぎ回収液)である、前記(1)〜(11)のいずれか1項記載の信号強度の較正方法。
(13)前記マトリックスが、前記洗浄用化粧料又は前記洗浄用化粧料に含まれる成分である、前記(12)項記載の信号強度の較正方法。
(14)前記多成分試料中の成分が前記すすぎ回収液に含まれる皮脂成分である、前記(12)又は(13)項記載の信号強度の較正方法。
(15)前記多成分試料又は混合物をサンプルプレートにスポットし、スポットした多成分試料又は混合物をイオン化する、前記(1)〜(14)のいずれか1項記載の信号強度の較正方法。
(16)質量分析におけるマトリックス効果が飽和状態にある、(1)〜(15)のいずれか1項記載の信号強度の較正方法。
【0027】
(17)多成分試料に含まれる成分の量の比較を行なう質量分析方法であって、マトリックスを含む測定対象多成分試料、前記マトリックスと標準多成分試料の混合物、及び前記マトリックスを含まない標準多成分試料をそれぞれイオン化し、生成した各イオンに由来する信号強度を計測し、標準多成分試料の各成分のマトリックスに対する信号強度依存性に基づいて、測定対象多成分試料の各成分の信号強度を網羅的に較正し、較正した信号強度に基づき測定対象成分の量の比較を網羅的に行う、質量分析方法。
(18)多成分試料に含まれる成分の相対定量を行う質量分析方法であって、マトリックスを含む測定対象多成分試料と既知量の特定成分の混合物、前記マトリックスと標準多成分試料と特定成分との混合物、及び前記マトリックスを含まない標準多成分試料と特定成分との混合物をそれぞれイオン化し、生成した各イオンに由来する信号強度を計測し、標準多成分試料中の各成分と特定成分の前記マトリックスに対する信号強度依存性に基づいて、前記マトリックスを含む測定対象多成分試料中の各成分及び既知量の特定成分の信号強度を網羅的に較正し、較正した信号強度に基づき各成分の相対定量を網羅的に行う、質量分析方法。
【0028】
(19)前記特定成分が多成分試料に含まれない成分である、前記(18)項記載の質量分析方法。
(20)前記多成分試料が標品の入手が困難な成分又は未知成分を含む、前記(17)〜(19)のいずれか1項記載の質量分析方法。
(21)特定成分の較正された信号強度と各成分の較正された信号強度との強度比から各成分の相対定量を網羅的に行う、前記(18)〜(20)のいずれか1項記載の質量分析方法。
(22)多成分試料と混合する特定成分が1種類である、前記(18)〜(21)のいずれか1項記載の質量分析方法。
(23)前記多成分試料がマトリックスを含まない試料調製が可能である、、前記(18)〜(22)のいずれか1項記載の質量分析方法。
(24)前記多成分試料中の成分が各種脂質である、前記(17)〜(23)のいずれか1項記載の質量分析方法。
(25)多成分試料に含まれる各成分を分離し、分離された各成分をイオン化する、前記(17)〜(24)のいずれか1項記載の質量分析方法。
(26)各成分のイオン化方式がエレクトロスプレー法である、前記(17)〜(25)のいずれか1項記載の質量分析方法。
(27)前記多成分試料が液体試料である、前記(17)〜(26)のいずれか1項記載の質量分析方法。
(28)前記多成分試料が、洗浄用化粧料を用いて皮膚を洗浄したときのすすぎ回収液(洗浄用化粧料を用いた洗浄により除去された脂質成分を含むすすぎ回収液)である、前記(17)〜(27)のいずれか1項記載の質量分析方法。
(29)前記マトリックスが、前記洗浄用化粧料又は前記洗浄用化粧料に含まれる成分である、前記(28)項記載の質量分析方法。
(30)前記多成分試料中の成分が前記すすぎ回収液に含まれる皮脂成分である、前記(28)又は(29)項記載の質量分析方法。
(31)前記多成分試料又は混合物をサンプルプレートにスポットし、スポットした多成分試料又は混合物をイオン化する、前記(17)〜(30)のいずれか1項記載の質量分析方法。
(32)質量分析におけるマトリックス効果が飽和状態にある、(17)〜(31)のいずれか1項記載の信号強度の較正方法。
【0029】
(33)多成分試料をイオン化するイオン化手段と、生成した各イオンに由来する信号強度を計測する計測手段と、マトリックスに対して各成分の信号強度の較正を網羅的に行い、測定対象多成分試料に含まれる各成分の量の比較を網羅的に行うデータ処理部を有する質量分析装置であって、
前記データ処理部は、標準多成分試料の各成分の前記マトリックスに対する信号強度依存性を格納したデータベースを有し、該データベースに基づき、前記計測手段により得られた測定対象多成分試料中の各成分の信号強度を前記マトリックスに対して網羅的に較正し、較正した信号強度に基づき各成分の量の比較を網羅的に行う、質量分析装置。
(34)測定対象多成分試料と既知量の特定成分との混合物をイオン化するイオン化手段と、生成した各イオンに由来する信号強度を計測する計測手段と、各成分及び既知量の特定成分の信号強度の較正をマトリックスに対して網羅的に行うデータ処理部を有する質量分析装置であって、
前記データ処理部は、標準多成分試料の各成分と特定成分の前記マトリックスの信号強度依存性を格納したデータベースを有し、該データベースに基づき、前記計測手段により得られた測定対象多成分試料中の各成分及び既知量の特定成分の信号強度をマトリックスに対して網羅的に較正を行う、質量分析装置。
【0030】
(35)前記多成分試料が標品の入手が困難な成分又は未知成分を含む、前記(33)又は(34)項記載の質量分析装置。
(36)特定成分の較正された信号強度と各成分の較正された信号強度との強度比から測定対象成分の相対定量を網羅的に行う、前記(34)又は(35)項記載の質量分析装置。
(37)前記多成分試料中の成分が各種脂質である、前記(33)〜(34)のいずれか1項記載の質量分析装置。
(38)多成分試料に含まれる各成分を分離する分離手段を有し、分離手段で分離された各成分を前記イオン化手段でイオン化する、前記(33)〜(37)のいずれか1項記載の質量分析装置。
(39)前記イオン化手段がエレクトロスプレー法によるものである、前記(33)〜(38)のいずれか1項記載の質量分析装置。
(40)前記多成分試料が液体試料である、前記(33)〜(39)のいずれか1項記載の質量分析装置。
(41)前記多成分試料又は混合物をスポットするためのサンプルプレートを有し、サンプルプレートにスポットした多成分試料又は混合物を前記イオン化手段によりイオン化する、前記(33)〜(40)のいずれか1項記載の質量分析装置。
【実施例】
【0031】
以下、本発明を実施例に基づきさらに詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0032】
(1)洗浄により除去された脂質成分を含むすすぎ回収液の採取
表1に示す組成の活性剤(洗浄用化粧料)水溶液1mL及び1Lの水道水を用いて洗顔操作を行い、予め高温で有機物を灰化処理した耐熱ガラス製ボウル(IWAKI)にすすぎ回収液を採取した。
【0033】
【表1】
【0034】
(2)脂質成分の抽出
内部標準物質(特定成分)として同位体標識したトリアシルグリセロール(トリヘキサデカノイン(Trihexadecanoin)‐13C3)と、前記(1)で採取したすすぎ回収液とを混合し、超音波処理したものを多成分試料溶液とした。
この試料溶液を、予めコンディショニングした逆相固相のODSカートリッジ(Waters、Sep-PaK Vac 20cc(5g)C18 Cartridge)に適用し、メタノール溶液を用いて活性剤を溶出させた。その後に、2-プロパノールとアセトンを適用し、洗顔により除去された脂質成分を多く含む溶出液を得た。
【0035】
(3)測定溶液の調製
前記(2)で得られた溶出液を窒素気流下で乾固した後、クロロホルム/メタノール=10/90(体積比)の混合用液を加えて溶解し、測定溶液とした。
【0036】
(4)測定溶液の分析条件
(4−1)液体クロマトグラフ―質量分析装置
液体クロマトグラフと質量分析装置が一体になった分析システムとして、アジレント1100シリーズLC/MSD(アジレント・テクノロジー社製)を使用した。
(4−2)カラム、分析条件
カラム及び分析条件は次の通りとした。

分離カラム:化学物質評価研究機構 L−column ODS 2.1mmφ×150mm(5μm)
溶離液A:10mM酢酸アンモニウムおよび5mM酢酸含有 メタノール
溶離液B:10mM酢酸アンモニウムおよび5mM酢酸含有 2-プロパノール
【0037】
【表2】
【0038】
(4−3)質量分析装置における分析条件
イオン化方式:Electrospray ionization(ESI)
極性:正イオン及び負イオン
測定質量範囲:200〜1200
フラグメンター電圧:200V(正イオン)、150V(負イオン)
Vcap電圧:3500V
ネブライザー圧力:20psi
乾燥ガス温度:350℃
乾燥ガス主流量:8mL/分
【0039】
(5)データ解析
予め採取した標準皮脂の測定により得られるイオン強度:y(i,j)(i=1,・・・m,j=1・・・n)、標準皮脂に活性剤を添加した試料の測定により得られるイオン強度:x(i,j)を取得した。iは保持時間の番号、jはm/zの番号、mおよびnはそれぞれのデータ点数とする。
得られたイオン強度:y(i,j)とx(i,j)について、y(i,j)=a(i,j)・x(i,j)の関係性から、イオンピークごとの補正係数a(i,j)を算出した。
実試料の測定により得られるイオン強度z(i,j)に、補正係数a(i,j)を乗じ、活性剤共存下での皮脂測定に与えるイオン強度への影響を補正した。
なお、前記標準皮脂とは、複数のヒトから採取した皮脂の混合物であり、複数の脂質成分及び分子構造からなる混合物である。一般に、ヒトから採取した皮脂は個人差や部位差が大きいため、複数(n=10)のヒトから採取し混合することで平均的な組成を有する標準皮脂として用いた。採取は、シガレットペーパー(RIZLA,blue)を採取部位に押し当てて吸着させ、クロロホルム/メタノール=50/50の混合溶液により抽出し、乾固した。
【0040】
(6)補正例
実測定では検出されなかったトリアシルグリセロール標準品(Tridodecanoin:TG C36:0)を前記(1)で採取したすすぎ回収液に10nmol添加した。この添加量を未知量として算出し、補正による効果を確認した。その結果を表3に示す。
【0041】
【表3】
【0042】
表3に示すように、トリアシルグリセロール由来の信号強度を較正しない場合、添加した標準物質の量は8.2nmolと算出された。これに対し、トリアシルグリセロール由来の信号強度を較正した場合、添加した標準物質の量は10.1nmolと算出され、較正前と比較して定量精度の向上が確認された。