特許第6288758号(P6288758)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6288758
(24)【登録日】2018年2月16日
(45)【発行日】2018年3月7日
(54)【発明の名称】唾液の細菌叢の解析方法
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/68 20180101AFI20180226BHJP
   C12N 15/09 20060101ALI20180226BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20180226BHJP
【FI】
   C12Q1/68 AZNA
   C12Q1/68 Z
   C12N15/00 A
   G01N33/50 G
【請求項の数】8
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2013-173523(P2013-173523)
(22)【出願日】2013年8月23日
(65)【公開番号】特開2015-39361(P2015-39361A)
(43)【公開日】2015年3月2日
【審査請求日】2016年8月18日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成25年2月25日 日本細菌学雑誌第68巻第1号130頁で公開
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成25年3月18日 第86回日本細菌学会総会で発表
(73)【特許権者】
【識別番号】307013857
【氏名又は名称】株式会社ロッテ
(73)【特許権者】
【識別番号】504145342
【氏名又は名称】国立大学法人九州大学
(74)【代理人】
【識別番号】100094112
【弁理士】
【氏名又は名称】岡部 讓
(74)【代理人】
【識別番号】100096943
【弁理士】
【氏名又は名称】臼井 伸一
(74)【代理人】
【識別番号】100102808
【弁理士】
【氏名又は名称】高梨 憲通
(74)【代理人】
【識別番号】100128646
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 恒夫
(74)【代理人】
【識別番号】100128668
【弁理士】
【氏名又は名称】齋藤 正巳
(74)【代理人】
【識別番号】100136799
【弁理士】
【氏名又は名称】本田 亜希
(72)【発明者】
【氏名】佐伯 洋二
(72)【発明者】
【氏名】山下 喜久
(72)【発明者】
【氏名】竹下 徹
【審査官】 西 賢二
(56)【参考文献】
【文献】 特開2011−234687(JP,A)
【文献】 Iwano, Y. et al.,J. Periodontal Res.,2010年 4月,Vol. 45,pp. 165-169
【文献】 16S rRNA 配列解析による次世代細菌叢解析,ロシュ・ダイアグノスティックス株式会社[online],2013年 2月,[retrieved on 6.8.2017],URL,https://roche-biochem.jp/prima/pdf/20130307.pdf
【文献】 Yamashita, Y. et al.,J. Oral Biosci.,2011年,Vol. 53,pp. 206-212
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00−15/90
C12Q 1/00− 3/00
G01N 33/48−33/98
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS
/WPIDS(STN)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
唾液の菌叢中のPorphyromonas,FusobacteriumまたはGemellaの存在割合を求め、
菌叢中のPorphyromonasの割合が3.5%以上であれば齲蝕になりにくいと判断することを特徴とする、齲蝕のなりにくさの診断を補助するためのデータ収集方法。
【請求項2】
被験者から唾液を採取し、
採取した唾液中のDNAを抽出し、
抽出されたDNA中の16S rRNA遺伝子を増幅し、
増幅された遺伝子の1000リード以上あたりのOTU数の配列の解析を行うこと
を特徴とする請求項に記載の齲蝕のなりにくさの診断を補助するためのデータ収集方法。
【請求項3】
さらに1000リードあたりOTU数が270以上であれば齲蝕になりにくいと判断することを特徴とする請求項1または2に記載の齲蝕のなりにくさの診断を補助するためのデータ収集方法。
【請求項4】
請求項1からのいずれかに記載の齲蝕のなりにくさの診断を補助するためのデータ収集方法に用いられるキット。
【請求項5】
Porphyromonas,FusobacteriumまたはGemellaに対する抗体を含むことを特徴とする請求項に記載のキット。
【請求項6】
唾液の菌叢中のPorphyromonas,FusobacteriumまたはGemellaの存在割合を求め、唾液の菌叢中のPorphyromonasの割合が3.5%以上であれば齲蝕になりにくいと判断することを特徴とする、解析方法。
【請求項7】
被験者から唾液を採取し、
採取した唾液中のDNAを抽出し、
抽出されたDNA中の16S rRNA遺伝子を増幅し、
増幅された遺伝子の1000リード以上あたりのOTU数の配列の解析を行うこと
を特徴とする請求項に記載の解析方法。
【請求項8】
さらに1000リードあたりOTU数が270以上であれば齲蝕になりにくいと判断することを特徴とする請求項6または7に記載の解析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は唾液の細菌叢の解析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
齲蝕の発症に口腔内の微生物が決定的な原因子として働くことは周知の事実である。一方、従来の齲蝕病因論では、ミュータンス連鎖球菌が主要な齲蝕原性細菌とされるが、これだけで成人の齲蝕病態を十分に説明することができなかった。
デンタルプラークはバイオフィルムの成熟に伴い、細菌の種類ならびに各細菌の割合が変化することでその病原性が変化すると考えられる。これまでデンタルプラークを構成する細菌叢の経時的変化については1967年にRitz HLが報告した結果(非特許文献1)に報告がある。しかし、この報告のみでは、複雑な細菌叢を背景とする齲蝕原性バイオフィルムの詳細な構成を解明するには多くの課題を残している。
【0003】
一方、近年の分子遺伝工学手法の発達により、細菌群集の解析を培養法に頼ることなく実施できるようになり、複雑な細菌叢の解析に新しい取り組みが進められるようになってきた。発明者らは以前、新しい細菌叢分析法として独自に開発した改良Terminal−Restriction Fragment Length Polymorphism(T−RFLP)法を用いて、バイオフィルムとして形成されるデンタルプラークの成熟過程を経日的に追跡することに成功し、興味ある知見を得た(特許文献1)。
しかし、デンタルプラークの解析は、プラークの回収が煩雑であり、簡易検査には不向きであった。本発明では、簡易に回収が可能な、唾液を用いた口腔内の細菌叢の解析方法、あるいは、診断を補助するためのデータ収集方法を見出し、さらに、これらの方法により、齲蝕のなりにくさを判断する方法を見出した。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2011−234687号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】H.L. Rit,Microbial population shifts in developing human dental plaque. Archives of Oral Biology 12(22): 1561−1568
【非特許文献2】Oral Microbiol Immunol 22(6):419−28,2007
【発明の概要】
【0006】
唾液の菌叢中のPorphyromonas,FusobacteriumまたはGemellaの存在割合を求めることを特徴とする、齲蝕のなりにくさの診断を補助するためのデータ収集方法あるいは解析方法を提供する。
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
唾液の細菌叢の詳細な解析とそれに基づく齲蝕のなりにくさの判断を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は唾液の菌叢中のPorphyromonas,FusobacteriumまたはGemellaの存在割合を求めることを特徴とする、齲蝕のなりにくさの診断を補助するためのデータ収集方法または解析方法を提供する。また、さらには、本発明は、菌叢中のPorphyromonasの割合が3.5%以上であれば齲蝕になりにくいと判断することを特徴とする齲蝕のなりにくさの診断を補助するためのデータ収集方法あるいは解析方法を提供する。上記齲蝕のなりにくさの診断を補助するためのデータ収集方法あるいは解析方法は菌叢中のPorphyromonasの割合が3.5%以上であれば齲蝕になりにくいと判断することを特徴とすることができる。また、齲蝕のなりにくさの診断を補助するためのデータ収集方法あるいは解析方法は、被験者から唾液を採取し、採取した唾液中のDNAを抽出し、抽出されたDNA中の16S rRNA遺伝子を増幅し、増幅された遺伝子の1000リード以上あたりのOTU数の配列の解析を行うことを特徴とすることができる。また、齲蝕のなりにくさの診断を補助するためのデータ収集方法あるいは解析方法は、さらに1000リードあたりOTU数が270以上であれば齲蝕傾向が低いと判断することを特徴とすることができる。
また、本発明は、上記に記載の齲蝕のなりにくさの診断を補助するためのデータ収集方法あるいは解析方法に用いられるキットを提供する。キットは、Porphyromonas,FusobacteriumまたはGemellaに対する抗体を含むことを特徴とすることができる。
【0009】
また、本発明は、被験者から唾液を採取し、採取した唾液中のDNAを抽出し、抽出されたDNA中の16S rRNA遺伝子を増幅し、増幅された遺伝子の配列の解析を行うことを特徴とする微生物の解析方法を提供する。
この方法においては、被験者から唾液を採取し、採取した唾液中のDNAを抽出し、抽出されたDNA中の16S rRNA遺伝子を増幅し、増幅された遺伝子の配列の解析を行うことを特徴とする、齲蝕になりにくさを診断することができる。この方法においては、さらに1000リードあたりのOTU数を求めることを特徴とすることができ、さらには、1000リードあたりOTU数が270以上であれば齲蝕になりにくいと判断することができる。この方法においては、さらに菌叢中の菌叢中のPorphyromonas,FusobacteriumまたはGemellaの割合を求めることを特徴とすることができ、菌叢中のPorphyromonasの割合が3.5%以上であれば齲蝕になりにくいと判断することができる。
なお、齲蝕になりにくいとは、齲蝕の経験がない、または、今後齲蝕になりにくい傾向であることを意味し、齲蝕になりやすいとは、齲蝕の経験がこれまでにある、または、今後、齲蝕になりやすい傾向であることを意味する。
【0010】
本発明においては、16S rRNA遺伝子を増幅する際に、マイクロリアクター内で増幅し、遺伝子の配列の解析は、パイロシーケンス法により行うことができる。また、16S rRNA遺伝子を増幅する際に、検体に特有のタグ配列を付加したプライマーを使用することができる。また、本発明においては、被験者にパラフィンワックスを咀嚼させることにより唾液分泌を促すことによって、唾液を採取することができる。
【発明の効果】
【0011】
本発明の方法によれば、簡易的に採取が可能な唾液に基づいて、細菌叢の詳細な解析が可能となった。マイクロリアクターを用いることで大量の遺伝子情報を得られる。パイロシーケンス法により行うことで、比較的安価に高速に大量の解析を行うことができる。また、検体に特有のタグ配列を付加したプライマーを使用することにより、得られた結果の情報処理が容易となる。
【0012】
さらには、実施例に示すように、唾液の細菌叢の詳細な解析により、齲蝕経験群と齲蝕非経験群とで明確な差のある解析結果を得ることができる。すなわち、本発明の方法により、齲蝕になりにくさの診断、あるいは、診断を補助するデータ収集が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本発明の実施例の概略を示す。
図2】Unweighted UniFrac解析結果を示す。
図3A】細菌叢の構成の複雑さを示す図であり、種の豊かさ(Species richness)を示す。
図3B】細菌叢の構成の複雑さを示す図であり、多様性指数(Shannon diversity index)を示す。
図4A】齲蝕経験者の唾液細菌叢の菌属を示す。
図4B】齲蝕非経験者の唾液細菌叢の菌属を示す。
図5】齲蝕経験者と、齲蝕非経験者の、唾液中の菌叢構成比率で、特徴的に異なる菌属を示す。
図6】齲蝕経験者と、齲蝕非経験者の、唾液中の菌叢のOTU数と、Porphyromonasが占める割合を示す。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明は、被験者から唾液を採取し、採取した唾液中のDNAを抽出し、抽出されたDNA中の16S rRNA遺伝子を増幅し、増幅された遺伝子の配列の解析を行うことを特徴とする唾液の細菌叢の解析方法を提供する。
また、本発明は被験者から唾液を採取し、採取した唾液中のDNAを抽出し、抽出されたDNA中の16S rRNA遺伝子を増幅し、増幅された遺伝子の配列の解析を行うことを特徴とする、齲蝕のなりにくさの診断方法を提供する。
さらに、本発明は被験者から唾液を採取し、採取した唾液中のDNAを抽出し、抽出されたDNA中の16S rRNA遺伝子を増幅し、増幅された遺伝子の配列の解析を行うことを特徴とする、齲蝕のなりにくさの診断を補助するためのデータ収集方法を提供する。
【0015】
16S rRNAとはリボソームのサブユニットを構成するRNAである。リボソームは配列の保存性が高く、生物種の比較の際の目安となりやすい。中でも16S rRNAは適度な長さを持っており、生物種の決定に好都合に用いられる。
細菌叢とは、特定の環境中に存在する細菌の集合をいう。本明細書において、細菌とは、微生物のことを指し、真正細菌のみでなく、古細菌、真核生物、菌類、粘菌、ウィルスなどを含む。
【0016】
齲蝕になりにくさ、あるいはなりやすさとは、個人が齲蝕になる傾向を指す。同じ環境であっても、個人により、齲蝕になる場合と、ならない場合がある。一般的に、齲蝕経験のない者、あるいは少ない者は、齲蝕になりにくく、齲蝕経験の多い者は、齲蝕になりやすいと考えられる。
本実施例では、齲蝕経験群と齲蝕非経験群とで細菌の構成に差が見られることが分かった。被験者から採取して解析した細菌の構成が、齲蝕経験群の細菌構成に一致する、あるいは、類似すれば、齲蝕になりやすいと診断でき、齲蝕非経験群の細菌構成に一致する、あるいは類似すれば、齲蝕になりにくいと判断することができる。
【0017】
本発明において、16S rRNA遺伝子を増幅する際には、マイクロリアクター内で増幅されることができる。
マイクロリアクターとは、微小なサイズの反応容器のことであり、より具体的にはエマルジョンを挙げることができる。近年、大量遺伝子解析の際、あらかじめアダプターを付加された遺伝子を、アダプターを介してビーズに結合して、エマルジョン内で増幅することで、ビーズ上で、クローナルに遺伝子を増幅する技術が用いられている。
【0018】
遺伝子の配列の解析は、パイロシーケンス法によることができる。パイロシーケンス法とは、遺伝子配列の解析の方法で、対象となるDNAを鋳型として複製を行う際に、取り込こまれたヌクレオチドから放出されるピロリン酸を検出することを特徴とする方法である。ピロリン酸の検出には、ATPを介し、ルシフェリンの発光に基づくことが多い。たとえば、デオキシリボヌクレオチドを一種類ずつ加え、その際に、どの程度発光が起こるかを検出することで、どの遺伝子が取り込まれたことが分かり、遺伝子配列を決定することができる。
【0019】
また、16S rRNA遺伝子を増幅する際に検体に特有のタグ配列を付加したプライマーを使用することができる。タグ配列とは、遺伝子配列の解析の際に、試料がどの検体に由来するか知るための手がかりとすべく、人為的に挿入される配列のことである。
【0020】
本発明においては、唾液は被験者にパラフィンワックスを咀嚼させることにより唾液分泌を促すし、その後唾液を採取することができる。
【0021】
また、本発明は、上記の細菌叢の解析方法あるいは、齲蝕になりにくさの診断を補助するためのデータ収集方法に用いるための、キットを提供する。
キットは、それぞれの方法を実施するために用いられる、各種試薬、バッファー、酵素、オリゴDNAのほか、唾液を採取するための試験管などの道具、あるいは、唾液採取前に唾液の分泌を促すための咀嚼用のパラフィンワックス、チューインガム等を含むことができる。
【0022】
以下、実施例により本発明をより詳細に説明する。なお、概略については、図1に図示されている。
【実施例】
【0023】
1.被験者
歯周組織が健康な20歳から28歳の19名を被験者とし、齲蝕の経験の有無に基づき、被験者らを、齲蝕非経験群(9名:男性7名、女性2名)と齲蝕経験群(10名:男性6名、女性4名)に分類した。齲蝕非経験群の9名については、平均年齢が23.2±2.0歳、実験時点における歯数は29.4±2.1本、齲蝕歯数、及び治療歯(齲蝕であったが既に治療された歯)数は0本、唾液の流量は1.4±0.6ml/分、唾液の緩衝能は中等度が2名、高度が7名であった。齲蝕非経験群の10名については、平均年齢が24.1±2.4歳、実験時点における歯数は29.2±2.3本、齲蝕歯数は0.6±1.1本、治療歯数は11.9±3.0本、唾液の流量は1.2±0.5ml/分、唾液の緩衝能は中等度が2名、高度が8名であった。
【0024】
2.唾液からのDNAの抽出
被験者らは、パラフィンワックスを5分間、咀嚼し、咀嚼後の被験者らの唾液をそれぞれ試験管に採取した。
サンプル中に含まれるDNAの抽出は、非特許文献2の方法を一部改良して行った。唾液を採取したチューブの中に0.3gのzirconia−silica beads(直径0.1mM:Biospec Products,USA)と1個のtungsten−carbide bead(直径3mM:Qiagen,Germany)を加えて90℃で10分間加温した後、Disruptor Genie(Scientific Industries,Inc.,USA)を用いて菌体を震盪、破砕し、200μlの1% SDS溶液を加えて、70℃で10分間加温した。さらに、蛋白質成分を除去するため、フェノール(v/v)による抽出を1回、フェノール・クロロホルム・イソアミルアルコール(25:24:1、v/v)混合溶液による抽出を1回行った後、エタノール沈殿処理を行い、生じた沈殿物を50μlのTE溶液(1mM EDTA を含む10mMトリス塩酸緩衝液 ; pH8.0)に溶解し、DNA試料として分析時まで−30℃で凍結保存した。
【0025】
3.454 Life Sciences genome sequencer FLX instrumentによる遺伝子情報の取得
抽出DNA試料から16S rRNA遺伝子を増幅した。この際、アダプター配列と、検体ごとに人為的に取り決めた遺伝子配列(タグ)、が含まれるように増幅した。
すなわち、5’側にアダプター配列 Life Sciences adaptor Aと6塩基のタグ配列(配列21:CCA TCT CAT CCC TGC GTG TCT CCG ACT CAG NNN NNN)を付与した8F(配列22:AGA GTT TGA TYM TGG CTC AG)をフォワードプライマーとして、アダプター配列 Life Sciences adaptor B(配列23:CCT ATC CCC TGT GTG CCT TGG CAG TCT CAG)を付与した338R(配列24:GGA CTA CCR GGG TAT CTA A)をリバースプライマーとしてPCR法により行った。用いたプライマーの配列を表1に示す。
【0026】
【表1】
【0027】
PCR反応にはKOD DNAポリメラーゼ(東洋紡績株式会社)を用いた。1μlの鋳型DNA(100−500ng/μlになるよう希釈したもの)に5μlのKOD DNAポリメラーゼ10×PCR buffer(60mM 硫酸アンモニウム、100mM 塩化カルシウム、1%Triton X−100、100μgウシ血清アルブミンを含む1.2Mトリス塩酸緩衝液;pH8.0)、5μlの2mM dNTPs、2μlの25mM 塩化マグネシウム、各0.5μlの1μM両プライマー、1μlのKOD DNAポリメラーゼ(2.5U/μl)を加えた後、滅菌蒸留水を加えて総量を50μlとしてPCR反応を行った。PCR反応にはBiometra T3 thermocycler(Biometra,Germany)を用いた。反応条件は98℃ 15秒、60℃ 2秒、72℃ 30秒で30サイクルの反応を行った。得られたPCR産物は、泳動用ゲルすなわち2%(wt/vol)のアガロースを含む1×TAEを用いて、アガロース電気泳動を行い、目的のバンド出現部位を切り出し、Wizard SV Gel and PCR Clean−Up System(Promega,USA)を用いて精製し、未反応プライマー、プライマーダイマー、その他非特異的増幅断片の除去を行った。
【0028】
精製した16S rRNA遺伝子増幅断片を含む各溶液はNanoDrop spectrophotometer(NanoDrop Technologies Wilmington,DE)を用いDNA濃度を測定し、各検体について等濃度(50ng/μl)になるように調整したのち混合した。混合検体は北海道システム・サイエンス株式会社に受託し、454 Life Sciences genome sequencer FLX instrument(Roche,Basel,Switzerland)による塩基配列の解読を行った。
すなわち、上記で得られたアダプターが付加されたDNAは、一本鎖にした後、アダプターを介してビーズに結合した。ビーズを油水エマルジョンの中に包み込み、ビーズ1つとDNAフラグメント1つを持つマイクロリアクターを形成し、リアクター内にてDNA断片を増幅した。増幅反応後DNAフラグメントがビーズに結合している状態で油水エマルジョンを破壊した。
【0029】
以上によって、DNAはビーズごとにクローナルに増幅された。これらのビーズを濃縮し、配列解析をするためのピコタイタープレート上に添加した。ピコタイタープレートを装置にセットし、それぞれの配列をパイロシークエンス法により解読した。すなわち、ポリメラーゼによりテンプレートに相補的な塩基が取り込まれた際に放出されるピロリン酸を、ルシフェリンの発光に基づき、CCDカメラで検出することにより、DNAの配列を解読した。
【0030】
4.塩基配列データ解析
得られた塩基配列データは、まずPHPで記述したスクリプトにより断片長が240塩基以下のもの、平均Quality scoreが25を下回るものを取り除き、次にRで記述したスクリプトにより8Fプライマーを含まないもの、6塩基を超えるホモポリマーを含むもの、Nを含むものを解析から除外した。残りの配列については挿入した6塩基のタグ配列の情報をもとに各被験者に振り分けた。それぞれの配列はUCLUSTを用いて97%以上の配列相同性を示すものをOperational Taxonomic Units (OTU) としてまとめ、最も高頻度検出された配列を各OTUの代表配列とした。代表配列はPyNASTを用いてアラインメントを行った。Chimera Slayer を用いてキメラ配列を推定し、それらが1検体のみから検出されていた場合キメラ配列として取り除いた。各代表配列はRDP Classifierを用いて属レベルまでその由来を決定した。
検体間の細菌構成類似度はUniFracを用いて評価し、主座標分析を用いて示した。菌叢構成の複雑さについては検出OTU数およびShannon diversity indexをRを用いて算出し評価した。
【0031】
5.結果
菌叢の細菌構成類似度を、UniFracを用いて解析した結果を図2に示す。図2中、三角は齲蝕経験群の唾液サンプルの結果、丸は齲蝕非経験群由来の唾液サンプルの結果である。齲蝕経験群と、齲蝕非経験群で唾液細菌叢の構成が異なっていることが示された。
菌叢の細菌構成の複雑さを解析した結果を図3に示す。図3Aは種の豊かさ(Species richness)で示し,図3Bは、多様性指数(Shannon diversity index)で示す。いずれに指標によっても、齲蝕非経験群では、齲蝕経験群と比較して、細菌構成が複雑であることが示された。この差は、いずれも、T検定によりP<0.05と有意であった。
【0032】
菌属については、全ての試料で検出されたのは73菌属であった。そのうち10菌属は、全ての被験者から検出された。また、齲蝕経験の有無に関わらず、Streptcoccusが最も優勢であった。それぞれの群で優勢な菌属の結果を図4に示す。図4Aは齲蝕経験者の唾液細菌叢の菌属、図4Bは齲蝕非経験者の唾液細菌叢の菌属を示す。また、齲蝕経験者と、齲蝕非経験者の、唾液中の菌叢構成比率で、特徴的に異なる菌属を図5に示す。図5に示される7菌属において、両群で存在比率が有意に異なっていた(T検定によりP<0.05)。
両群を、1000リードあたりのOTU数(横軸)と、Porphyromonasの割合(縦軸)で展開した結果を図6に示す。齲蝕非経験では、9名中8名が検出OTU数270以上、Porphyromonas割合が3.5%以上であったのに対し、齲蝕経験群では、そのような被験者は認められなかった。
【0033】
以上より、齲蝕非経験者の唾液の細菌叢は、齲蝕経験者の唾液の細菌叢に比べて、多様な細菌種によって構成されており、また、Porphyromonas,Fusobacterium,Gemellaなどが、より高い比率で存在することが明らかになった。
これらの細菌がプラークバイオフィルムの形成過程において、Streptococcusをはじめとする酸性生菌の増殖に拮抗的に働くことで齲蝕感受性に関与している可能性が考えられる。
すなわち、これらの結果より、唾液中の菌叢のOTU数が高ければ、齲蝕になりにくいといえ、また、Porphyromonas,Fusobacterium,Gemellaなどが、より高い比率で存在すれば、齲蝕になりにくいと推測することができる。
図1
図2
図3A
図3B
図4A
図4B
図5
図6
【配列表】
[この文献には参照ファイルがあります.J-PlatPatにて入手可能です(IP Forceでは現在のところ参照ファイルは掲載していません)]