(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6289504
(24)【登録日】2018年2月16日
(45)【発行日】2018年3月7日
(54)【発明の名称】内燃機関用に耐疲労性を高めたピストンリング及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
F16J 9/20 20060101AFI20180226BHJP
F16J 9/26 20060101ALI20180226BHJP
F02F 5/00 20060101ALI20180226BHJP
【FI】
F16J9/20
F16J9/26 C
F02F5/00 A
F02F5/00 L
F02F5/00 F
【請求項の数】14
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2015-552001(P2015-552001)
(86)(22)【出願日】2013年10月29日
(65)【公表番号】特表2016-504544(P2016-504544A)
(43)【公表日】2016年2月12日
(86)【国際出願番号】EP2013072547
(87)【国際公開番号】WO2014108226
(87)【国際公開日】20140717
【審査請求日】2016年8月24日
(31)【優先権主張番号】102013200261.0
(32)【優先日】2013年1月10日
(33)【優先権主張国】DE
(73)【特許権者】
【識別番号】509340078
【氏名又は名称】フェデラル−モーグル ブルシェイド ゲーエムベーハー
【氏名又は名称原語表記】FEDERAL−MOGUL BURSCHEID GMBH
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】100149249
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 達也
(74)【代理人】
【識別番号】100154003
【弁理士】
【氏名又は名称】片岡 憲一郎
(72)【発明者】
【氏名】ナイジェル グレイ
(72)【発明者】
【氏名】シュテファン マッハリナー
【審査官】
杉山 悟史
(56)【参考文献】
【文献】
特開2004−353802(JP,A)
【文献】
特開平11−320276(JP,A)
【文献】
米国特許第03337938(US,A)
【文献】
独国特許出願公開第102011014438(DE,A1)
【文献】
欧州特許出願公開第0949436(EP,A2)
【文献】
欧州特許出願公開第01431631(EP,A1)
【文献】
国際公開第1988/000289(WO,A1)
【文献】
独国特許出願公開第03903722(DE,A1)
【文献】
欧州特許出願公開第01876345(EP,A1)
【文献】
米国特許出願公開第2010/0090416(US,A1)
【文献】
国際公開第2009/155677(WO,A1)
【文献】
独国特許出願公開第01751573(DE,A1)
【文献】
独国特許出願公開第02349516(DE,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16J 9/00 − 9/28
F02F 5/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
耐疲労性を高めたピストンリング(2)であって、塑性変形可能な延性材料を含むと共に、頂部では上側摺動エッジ(3)によって、また底部では下側摺動エッジ(1)によって画定された摺動面(4)を備えるピストンリングにおいて、
前記上側摺動エッジ(3)及び/又は前記下側摺動エッジ(1)に、少なくとも前記ピストンリングの外周部の一部に沿って圧縮応力がローラバニシングによって導入され、
ローラバニシングにより圧縮応力が導入された前記各摺動エッジ(1,3)には、ローラバニシングによる傾斜面又は20μm〜100μmの曲率半径も設けられていることを特徴とするピストンリング。
【請求項2】
請求項1に記載のピストンリング(2)であって、圧縮応力は、前記下側摺動エッジ(1)にのみ導入されているピストンリング。
【請求項3】
請求項1に記載のピストンリング(2)であって、圧縮応力は、前記上側摺動エッジ(3)にのみ導入されているピストンリング。
【請求項4】
請求項1〜3の何れか一項に記載のピストンリング(2)であって、曲率半径は30μm〜80μmであるピストンリング。
【請求項5】
請求項1〜4の何れか一項に記載のピストンリング(2)であって、前記摺動面(4)には、少なくとも1つの摩耗保護コーティング又は慣らしコーティングが更に設けられているピストンリング。
【請求項6】
請求項1〜5の何れか一項に記載のピストンリング(2)であって、鉄鋼材を含むか、又はほぼ若しくは完全に鉄鋼材で構成されているピストンリング。
【請求項7】
請求項1〜6の何れか一項に記載のピストンリング(2)であって、該ピストンリングは、コンプレッションリング、矩形リング、テーパ付きコンプレッションリング、内側傾斜面を備えるピストンリング、内角を備えるピストンリング、内側傾斜面を備えるテーパ付きコンプレッションリング、内角を備えるテーパ付きコンプレッションリング、両面台形状リング、片面台形状リング、又はL字状コンプレッションリングとして形成されているピストンリング。
【請求項8】
請求項1〜7の何れか一項に記載のピストンリング(2)であって、該ピストンリングはスクレーパリング又はテーパ付きスクレーパリングとして形成され、前記ピストンリングの下側面(8)の外側エッジ(1)には、圧縮応力がローラバニシングによって導入されているピストンリング。
【請求項9】
請求項1〜8の何れか一項に記載のピストンリング(2)であって、圧縮応力は、ピストンリングの一部にのみ導入され、該一部は、ピストンリングギャップに対して少なくとも45°の角距離を有しているピストンリング。
【請求項10】
請求項1〜9の何れか一項に記載のピストンリング(2)であって、圧縮応力は、前記上側摺動エッジ及び/又は下側摺動エッジ(3,1)の全体に沿って導入されているピストンリング。
【請求項11】
ピストンリング(2)における耐疲労性を高めるための方法であって、前記ピストンリングは、塑性変形可能な延性材料を含むと共に、頂部では上側摺動エッジ(3)によって、また底部では下側摺動エッジ(1)によって画定された摺動面(4)を備える方法において、
前記ピストンリングの外周部の少なくとも一部における前記上側摺動エッジ(3)及び/又は前記下側摺動エッジ(1)に圧縮応力をローラバニシングによって導入し、
前記各摺動エッジ(1,3)にはローラバニシングによる傾斜面又は丸みを設け、該丸みを設けるときに20μm〜100μmの曲率半径を得ることを特徴とする方法。
【請求項12】
請求項11に記載の方法であって、前記丸みを設けるときに30μm〜80μmの曲率半径を得る方法。
【請求項13】
請求項11又は12に記載の方法であって、圧縮応力を導入するステップの後に慣らしコーティングを施すステップ及び/又は摩耗保護コーティングを施すステップを更に含み、及び/又はローラバニシングにより圧縮応力を導入するステップは、焼き戻しステップの後に実施する方法。
【請求項14】
請求項11〜13の何れか一項に記載の方法であって、圧縮応力は、ピストンリングの一部にのみ導入し、該一部は、ピストンリングギャップに対して少なくとも45°の角距離を有している方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ピストンリング及びその製造方法に関する。本発明に係るピストンリングは、塑性変形可能な材料と、摺動面及びピストンリング側面の間に少なくとも1つのエッジを備え、該エッジには、ローラバニシングにより圧縮応力が導入される。
【背景技術】
【0002】
従来のピストンリングは、負荷がかかった場合に破断しやすく、エンジン動作時に熱負荷及び動的負荷がかかる。特に、大きな燃焼圧力及び軸線方向における溝の遊びにより、ピストンリング溝内でピストンリングがねじれを生じ得る。この場合、最大の応力は、リングギャップ(合口隙間)に(180°で)対向するリング後部の下側又は上側摺動エッジに生じる。このような応力が過大になると、1つ以上のヘアクラック又は初期亀裂が境界ゾーンに発生する。これらヘアクラックは経時的に拡大し、最終的にはリングの破断をもたらす。
【0003】
リングの破断を防止する従来の方法においては、使用される材料の強度又は厚さを増加しておく。エッジの破断の場合には、インサートを使用することによりエッジ強度をより一層高めることができる。
【0004】
更に、負荷がかかった際にねじれを生じるピストンリングにおいては、エッジに発生したヘアクラックに起因する疲労破壊がもたらされる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の課題は、鉄鋼などの金属材料で構成されたピストンリングの耐破壊性及び耐疲労性を高めることである。
【0006】
本発明の課題は更に、作動時にねじり負荷に晒されるピストンリングの亀裂形成挙動を改善することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
この課題は、塑性変形材料を含むと共に、耐疲労性を高めたピストンリングにより解決される。このピストンリングは、頂部では上側摺動エッジによって、また底部では下側摺動エッジによって画定された摺動面を備える。本発明に係るピストンリングにおいては、上側摺動エッジ及び/又は下側摺動エッジに、少なくともピストンリングの外周部の一部に沿って圧縮応力が導入される。圧縮応力は、ローラバニシングによってピストンリングのエッジに導入される。
【0008】
上述した課題は、本発明によれば、耐疲労性を局所的に高めることにより解決される。この場合、耐疲労性は、ピストンリング摺動面におけるエッジの少なくとも一部にローラバニシング加工を施すことにより得られるものである。このローラバニシングとは、ピストンリングの各エッジ領域に施す一種の圧延のことであり、これにより圧縮応力が材料内に蓄積される。この圧縮応力は、ピストンリングのエッジに負荷がかかったときに、ピストンリング表面に生じ、かつ亀裂をもたらす十分な大きさの引張応力を回避するものである。圧縮応力により、ピストンリングは負荷がかかったときにそれほど変形することがないため、交番負荷がかかったときの亀裂の拡大が抑制される。これまで、主として表面研磨用に適用されてきた既知の加工方法であるローラバニシングは、本発明において、圧縮応力をピストンリング摺動面の上側摺動エッジ及び/又は下側摺動エッジに導入するために利用される。この場合に「ピストンリング摺動面の上側摺動エッジ及び/又は下側摺動エッジ」とは、ピストンリング外面のエッジ並びに下側面(下側フランク)及び上側面(上側フランク)のエッジと理解されたい。スクレーパリングの場合においてのみ、各スクレーパ部のエッジが区別される。ローラバニシングにより、ピストンリングの上側及び/又は下側の外側エッジへの圧縮応力も導入することができる。本発明においては、ピストンリングが製造された金属を局所的に塑性変形させるローラバニシングにより、耐疲労性を30%高めることができた。このように、本発明により、高価な材料又は構成若しくは設計を適用することなく、ピストンリングの耐疲労性及び耐破壊性を高めることが可能である。
【0009】
ピストンリングの他の実施形態において、圧縮応力は、ローラバニシングにより下側摺動エッジにのみ導入される。特に、摺動面の下側エッジ又はピストンリングの下側エッジには、燃焼ガスに起因してより大きな負荷がかかる。このため、下側エッジには亀裂がより生じやすい。本発明に係るピストンリングにおける第1の簡単な実施形態においては、ピストンリング又は摺動面の下側エッジだけがローラバニシングで加工される。
【0010】
ピストンリングの他の実施形態において、圧縮応力は、ローラバニシングにより摺動面の上側エッジにのみ導入される。この実施形態は、作動時におけるピストンリングが外方に向けてねじれる場合、即ち上側の外側エッジが作動時に引張応力で負荷される場合に特に有利である。
【0011】
ピストンリングの他の実施形態において、圧縮応力は、ローラバニシングにより上側摺動エッジ及び下側摺動エッジの両方に導入される。この実施形態により、矩形の断面を呈するピストンリングのエッジに亀裂が生じることが回避される。本体のエッジは、亀裂の影響を特に受けやすい。なぜなら、エッジにおける材料は、亀裂が生じる両側における引張応力を吸収する付加的な材料で保護されないからである。
【0012】
ピストンリングの他の実施形態において、ローラバニシングにより圧縮応力が導入される各摺動エッジには、ローラバニシングによる傾斜面が設けられる。この場合に各エッジは、ローラバニシングで、実質的により鈍角となる2つの個別のエッジに分けられることになる。
【0013】
ピストンリングの他の実施形態において、各摺動エッジにはローラバニシングにより丸みが設けられると共に、ローラバニシングによる圧縮応力も導入される。圧縮応力が導入されるエッジの曲率半径は、20μm〜100μm、好適には30μm〜80μm、更に好適には40μm〜60μmとする。製造公差内で、50μmの曲率半径としてもよい。丸みを設けることにより、ノッチ効果が回避されるか又は少なくとも抑制される。
【0014】
ピストンリングの他の実施形態において、摺動面には、少なくとも1つの摩耗保護コーティング又は慣らしコーティングが設けられる。コーティングは、そのタイプに応じて、ローラバニシング加工及び圧縮応力導入の前又は後に施すことができる。ただしピストンリングは、ローラバニシングによる圧縮応力導入後に過度に加熱しないようにする必要がある。これは、過度に加熱した場合、導入された応力を低減する焼なましが生じるからである。更に、設けられるコーティングが変形せずにローラバニシング加工時に破断する場合、このような硬いコーティングを使用してローラバニシングを実施することはできない可能性がある。摺動面の一部に耐摩耗層を設ける場合には、ローラバニシングにより圧縮応力が導入されるエッジには耐摩耗層を設けない。
【0015】
他の実施形態において、ピストンリングは、鉄鋼材を含むか、又はほぼ若しくは完全に鉄鋼材で構成される。鉄鋼材料には、ローラバニシングによる加工に不可欠な塑性変形特性を付与することができる。
【0016】
実施形態に応じて、ピストンリングは、コンプレッションリング、矩形リング、テーパ付きコンプレッションリング、内側傾斜面を備えるピストンリング、内角を備えるピストンリング、内側傾斜面を備えるテーパ付きコンプレッションリング、内角を備えるテーパ付きコンプレッションリング、両面台形状リング、片面台形状リング、又はL字状コンプレッションリングとして形成される。
【0017】
他の実施形態において、ピストンリングは、スクレーパリングとして形成される。更に他の実施形態において、ピストンリングは、テーパ付きスクレーパリングとして形成される。(テーパ付き)スクレーパリングにおいて、ピストンリング(下)側面の外側エッジは、ピストンリング摺動面の(下側)エッジとは一致しない。この場合、ピストンリング下側面の外側エッジにのみ、ローラバニシングにより圧縮応力を導入してもよい。(テーパ付き)スクレーパリングにおいて、好適には、ピストンリング(下)側面の外側エッジ及びピストンリング摺動面の(下側)エッジの両方にローラバニシングによる圧縮応力を導入する。(テーパ付き)スクレーパリングのギャップは、開いていても閉じていてもよいが、ギャップが開いていれば加工が著しく容易になる。
【0018】
ピストンリングの他の実施形態において、圧縮応力は、ピストンリングの外周部の一部にのみ導入される。この場合に圧縮応力は、ピストンリングギャップに対して少なくとも45°、好適には90°、更に好適には135°の角距離でのみ、対応するエッジに導入される。リング後部とも称するピストンリングにおけるこの領域では、最大の応力が生じる。従って、リング後部では亀裂及び破断が特に生じやすい。圧縮応力をピストンリングの外周部の一部にのみ導入すれば、特に加工時間の短縮化を図ることができ、従ってローラバニシングマシンのスループットを高めることができる。これにより、この工程におけるコストの削減が可能になる。
【0019】
ピストンリングの他の実施形態において、圧縮応力は、上側エッジ及び/又は下側エッジの全体に沿って導入される。この実施形態においては、高速回転マシンによりローラバニシング加工が可能であり、リング全体の加工に際して、より迅速にかつマシンを損傷させることなくリングエッジが加工可能である。
【0020】
本発明の他の態様においては、塑性変形可能な延性材料を含むピストンリングにおける耐疲労性及び耐破壊性を高めるための方法が提供される。このピストンリングは、頂部では上側摺動エッジによって、また底部では下側摺動エッジによって画定された摺動面を備える。本発明の方法は、ローラバニシングにより上側摺動エッジ及び/又は下側摺動エッジを加工することで、ピストンリングの外周部の少なくとも一部に圧縮応力を導入するステップを含む。このステップは、実質的に従来の方法で製造されたピストンリングに対して実施する最終的な製造ステップの1つである。この場合、半径方向外方に向けられたピストンリング側面が、摺動面に該当する。
【0021】
本発明における方法の他の実施形態においては、ローラバニシングにより下側摺動エッジにのみ圧縮応力を導入する。
【0022】
本発明における方法の他の実施形態においては、ローラバニシングにより上側摺動エッジにのみ圧縮応力を導入する。
【0023】
本発明における方法の更に他の実施形態おいては、ローラバニシングにより両方のエッジ、即ち上側摺動エッジ及び下側摺動エッジの少なくとも一部に圧縮応力を導入する。
【0024】
本発明における方法の他の実施形態において、ローラバニシングにより圧縮応力を導入する各摺動エッジには、ローラバニシングによる傾斜面又は丸みも設ける。この実施形態においては、ローラバニシングによりエッジにおける平均的な曲率半径が拡大する。丸みを設けたエッジは、(場合によっては後発的な加工ステップの後に)20μm〜100μm、好適には30μm〜80μm、更に好適には40μm〜60μmの曲率半径を有するものとする。
【0025】
更に他の実施形態において、本発明における方法は、圧縮応力を導入するステップの後に慣らしコーティングを施すステップ及び/又は摩耗保護コーティングを施すステップを含み、及び/又はローラバニシングにより圧縮応力を導入するステップは、焼き戻しステップの後に実施する。この場合に焼き戻しとは、熱処理の温度により、材料における応力を大幅に低減するのに適切な焼入れ又は焼なましなどの任意の熱処理を指す。焼き戻しを行えば、導入された圧縮応力が再び低減する。選択した保護層及び方法における不可欠なパラメータに応じて、圧縮応力を導入するためのステップは、慣らし層又は摩耗保護層を設ける前又は後に実施する。いずれにせよ、ローラバニシングは、材料における応力が除去されるほどの高温が必要な最終ステップの後に行うのが好適である。
【0026】
本発明における方法の更に他の実施形態においては、ローラバニシングによりピストンリング下側面の外側エッジに圧縮応力を導入する。この実施形態は、主として、ピストンリング下側面及びピストンリング摺動面の間に段が配置されるいわゆるスクレーパリングに適用する。この実施形態により、スクレーパリングのスクレーパ部を形成する溝における2つの凸状エッジに圧縮応力を導入することができる。
【0027】
本発明における方法の他の実施形態において、圧縮応力は、ピストンリングの一部にのみ導入し、該一部は、ピストンリングギャップに対して少なくとも45°、好適には90°、更に好適には135°の角距離を有する。ピストンリングギャップに対向するこの一部は、ピストンリング後部とも称する。この実施形態においては、ローラバニシングによりピストンリング後部における下側の外側エッジだけに圧縮応力を導入する。
【0028】
本発明における方法の他の実施形態において、圧縮応力は、ピストンリングの上側エッジ及び/又は下側エッジの全体に沿って導入する。
【0029】
本発明においては、エッジ以外の摺動面にローラバニシングを施したり圧縮応力を導入したりすることはない。同様に、ピストンリングにおけるエッジ以外の側面にローラバニシングを施したり圧縮応力を導入したりすることもない。エッジから離れた箇所へのローラバニシングは、エッジにばりを生じさせることなく、丸みを持たせたエッジから摺動面又はピストンリング下(上)側面への滑らかな移行が保証される範囲内で施すのが好適である。
【0030】
以下、本発明を例示的な実施形態の略図に基づいて説明する。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【
図2】従来のピストンリングにおける破断個所を示す電子顕微鏡画像である。
【
図3】耐摩耗層が設けられた本発明に係るピストンリングを示す断面図である。
【
図4】本発明に係るピストンリングを本発明に係るローラバニシング加工時について示す断面図である。
【
図5】本発明に係るピストンリングにおける耐疲労性の向上を従来のピストンリングとの比較で示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0032】
図面及び記載した説明において、同一又は類似の要素には同一参照符号を付してあることに留意されたい。
【0033】
図1は、ピストンリング2を示す斜視図である。このピストンリング2は、外側に摺動面4を備える。ピストンリングの下側(図示せず)は、ピストンリング2下側面(他の図面では参照符号8)を構成している。ピストンリングの上側は、ピストンリング上側面6を構成している。摺動面4は、該摺動面4の上側エッジ3において上側面6に接し、該摺動面4の下側エッジ1において下側面(他の図面では参照符号8)に接している。ピストンリングの内側は、内面10によって画定されている。ピストンリング2は更に、リングギャップ12において開いている。
【0034】
ピストンリング2の頂部は、負荷がかかった際に外方に向けてねじれを生じることがある。この場合のねじれは、負のねじれ22とも称するものである。この負のねじれにより、特に摺動面4のエッジ3に引張負荷がかかる。この引張負荷により、上側エッジ3に亀裂がもたらされる可能性がある。
【0035】
ただしピストンリング2の頂部は、負荷がかかった際に内方に向けてねじれを生じることもあり、これは正のねじれ24の運動方向に対応するものである。この正のねじれにより、特に摺動面4の下側エッジ1に引張負荷がかかる。この引張負荷は、燃焼ガスの圧力による大きな負荷と共に、ピストンリング2又は摺動面の下側の外側エッジ1に亀裂をもたらす可能性がある。この場合、摺動面4の下側エッジ1は、より大きな負荷がかかるため、上側エッジ3に比べて亀裂の影響を遥かに受けやすい。
【0036】
図示のピストンリングにおいて、摺動面4の下側エッジ1にはローラバニシングにより圧縮応力が導入されているため、下側エッジ1は丸みを有するだけでなく圧縮応力を有する。この圧縮応力は、ローラバニシング加工が施された下側エッジ1における金属の微細構造の変化により、例えば仕上げ研削時に検出することができる。このことが可能なのは、ローラバニシング加工により延性材料の変位がもたらされ、この変位がエッチングによる仕上げ研削時に顕微鏡下で検出できるからである。ローラバニシング加工が施された領域は極めて微小とすることができるため、裸眼で本発明に係るピストンリングを従来のピストンリングと区別できない場合がある。
【0037】
図2は、従来のピストンリングにおける破断面のSEM(走査型電子顕微鏡)画像を示す。この画像においては、破断面における異なるトポグラフィがより明瞭に示されている。即ち、摺動面の下側エッジ又は摺動エッジ1を起点として、亀裂がリングの断面内に延びている。この場合、交番負荷下での疲労破壊に典型的な極めて微細な表面構造が生じている。リング断面の約3分の1が弱化した場合、典型的な粗い表面構造に基づいて判別できる過負荷破壊が生じる。このような過負荷破壊による表面は、疲労破壊による領域に比べてより粗い構造を有するものである。図示のピストンリングの位置は、摺動エッジ3、摺動面4、ピストンリング下側面8及び内側斜面26によって明瞭に示されている。
【0038】
図3は、耐摩耗層が設けられた本発明に係るピストンリングを示す断面図である。下側摺動エッジの形状は、ピストンリングの耐疲労性及び耐破壊性に大きな影響を及ぼす。コーティングが施されたエッジ(クロム、PVD)は、コーティングが施されていないエッジに比べて亀裂を生じやすい。
【0039】
更に、硬質材料で構成された厚層は、薄層に比べてやはり亀裂の影響を受けやすい。これに加えて、高強度の摩耗保護層は、例えば低強度材料で構成された慣らし層に比べて亀裂が生じやすい。鋭いエッジ、即ち曲率半径の小さいエッジは、より大きな曲率半径を有する丸いエッジに比べて亀裂を生じやすい。
【0040】
図3における本発明に係るピストンリングの断面図は、圧縮応力が導入された摺動面4の下側エッジ1を、耐疲労性に関して現在のところ有利とされているピストンリングの特徴と組み合わせた実施形態を示す。
【0041】
図示のリング2は、高品質の鋳造材又は鋼材で製造されたものである。この場合、コーティング28は、少なくとも30μmという可及的に小さな厚さを有する(図示のコーティングは厚さを概略的かつ誇張した状態で示す)。この場合に耐摩耗層28はチャンバ状に設けられ、摺動面4の下側エッジ1までは到達していない。即ち、下側摺動エッジは露出しているため、極めて硬い耐摩耗層28が使用された場合であっても、亀裂を生じることなくローラバニシング加工を施すことができる。図示の下側摺動エッジはローラバニシング加工が施されているため、下側エッジ1には圧縮応力が導入されている。このローラバニシング加工により、45μmの曲率半径42が得られた状態にある。曲率半径は、20μm〜70μm、好適には30μm〜60μm、更に好適には40μm〜50μmとする。この場合の丸みは、ローラバニシング加工によって得るか、又は予め丸みが設けられたエッジにローラバニシング加工で圧縮応力を導入することができる。
【0042】
下側エッジ1の丸みを、従来の20μmに比べてより大きな50μmの半径とすることにより、耐疲労性を更に高めることができる。これまで得られた知見によれば、摺動面4の下側エッジ1の曲率半径は、50〜80μmの範囲であればオイル掻き落とし効果に関して許容可能である。オイル掻き落とし効果の制約は、曲率半径が100μmを超える場合に初めて生じる。
【0043】
大きな半径を適用することは、リング製造工程における大幅なコスト増につながる。これは、リングを個別加工することによってのみ規定の大半径が得られるからである。平均して約20μmまでのより小さな曲率半径であれば、大量加工において、摺動面を安価に研磨することによって得ることができる。
【0044】
図4は、本発明に係るピストンリングを本発明に係るローラバニシング加工時について示す断面図である。この場合、バニシングローラ40を、ピストンリング2の摺動面4及び下側面8の間における下側エッジ1に押し付けることにより、丸み42が形成され、エッジに圧縮応力が導入され、更に滑らかさが得られる。本発明は、耐疲労性を更に向上させることを目的とするものである。本発明によれば、リングのエッジにおける丸みは、少なくとも摺動面4及び下側面8の間の下側エッジ1における材料の除去によってだけでなく、材料の圧縮及び変位(ローラバニシング)によっても得られる。バニシングローラ40によるローラバニシング及び材料の圧縮により、ピストンリングの摺動エッジ1の最大負荷領域42における材料に圧縮応力が導入される。この重要な領域における圧縮応力により、エッジ領域における亀裂の発生が抑制されるためリングの疲労強度が大幅に高まる。この効果は特に、引張応力が、表面粗さを有する表面から、理想的には無孔かつ圧縮された金属ミクロ構造が形成される表面下へと変位することで得られるものである。これにより、表面における微小な凹部を起点として応力亀裂がノッチ効果によって伝播することがない。なぜなら、前記ミクロ構造には、応力亀裂の起点となる表面構造が存在しないからである。更にノッチは、伝播する亀裂の両側が表面上を延びる間に、エッジ表面上で直接、材料の破断ラインに作用するにすぎない。これとは対照的に、材料表面下における欠陥は、その外側エッジ全体で材料によって支えられる。従って、亀裂は、ノッチ効果が作用する材料の外表面から内側に向けて伝播すると好ましい。
【0045】
図5は、本発明に係るピストンリングにおける耐疲労性の向上を従来のピストンリングとの比較で示すグラフである。この場合にX軸は、0℃〜600℃の温度を表している。Y軸は、10
6サイクルでの200MPa〜550MPaという単位を用いた耐疲労性を表している。下側の曲線44は、従来のピストンリングにおける測定点を結ぶものである。この場合、耐疲労性は温度の上昇に伴って低下している。上側の曲線46は、本発明に係るピストンリングにおける測定点を結ぶものである。この場合、摺動面及び下側面の間における下側エッジには、ローラバニシングにより圧縮応力が導入されている。グラフに明らかなとおり、本発明に係るピストンリングは、従来のピストンリングに比べて耐疲労性が大幅に大きい。この場合の耐疲労性は、温度の上昇に伴ってより急激に低下している。なぜなら、より高温においては、金属材料における応力フリー化を図る焼なましと同様の効果がもたらされるからである。圧縮応力の導入によって得られた効果は、より低温のピストンリングにおいてより顕著である。これは、低温のピストンリングが概してより大きな強度を有するからである。
【0046】
本発明においては、ピストンリングが製造された金属を局所的に塑性変形させるローラバニシングにより、耐疲労性を約30%高めることができた。このように、本発明により、高価な材料又は構成若しくは設計を適用することなく、ピストンリングの耐疲労性及び耐破壊性を高めることが可能である。
【0047】
本発明は、参照符号を参照しつつ実施形態に基づいて詳述してきたが、これら実施形態は保護範囲を規定又は制限するよう解釈されるものではない。この場合の保護範囲は、請求項によって規定されるものである。本明細書においては、図面における特徴の個別的な組み合わせに加えて、図面における実施形態の特徴を組み合わせることで容易に実現される他の実施形態も同様に開示したものと見なされる。
【符号の説明】
【0048】
1 摺動面の下側エッジ(下側摺動エッジ)
2 ピストンリング
3 摺動面の上側エッジ(上側摺動エッジ)
4 摺動面
6 ピストンリング上側面
8 ピストンリング下側面
10 ピストンリング内面
12 リングギャップ
22 負のねじれの運動方向
24 正のねじれの運動方向
26 ピストンリングの内側傾斜面
28 チャンバ状の摩耗保護層(下側摺動エッジはコーティングせず)
40 バニシングローラ
42 摺動面の下側エッジにおけるローラバニシングによる丸み
44 従来のピストンリングにおける耐疲労性
46 ローラバニシング加工が施されたピストンリングにおける耐疲労性