特許第6289511号(P6289511)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ ツェー・エス・エル・ベーリング・ゲー・エム・ベー・ハーの特許一覧

<>
  • 特許6289511-羊水塞栓の治療剤 図000002
  • 特許6289511-羊水塞栓の治療剤 図000003
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6289511
(24)【登録日】2018年2月16日
(45)【発行日】2018年3月7日
(54)【発明の名称】羊水塞栓の治療剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 38/55 20060101AFI20180226BHJP
   A61P 15/00 20060101ALI20180226BHJP
   A61P 11/00 20060101ALI20180226BHJP
【FI】
   A61K38/55
   A61P15/00
   A61P11/00
【請求項の数】9
【全頁数】10
(21)【出願番号】特願2015-559504(P2015-559504)
(86)(22)【出願日】2014年2月28日
(65)【公表番号】特表2016-513131(P2016-513131A)
(43)【公表日】2016年5月12日
(86)【国際出願番号】EP2014053902
(87)【国際公開番号】WO2014131865
(87)【国際公開日】20140904
【審査請求日】2017年1月10日
(31)【優先権主張番号】13163205.1
(32)【優先日】2013年4月10日
(33)【優先権主張国】EP
(31)【優先権主張番号】特願2013-38170(P2013-38170)
(32)【優先日】2013年2月28日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】597070264
【氏名又は名称】ツェー・エス・エル・ベーリング・ゲー・エム・ベー・ハー
(74)【代理人】
【識別番号】100127926
【弁理士】
【氏名又は名称】結田 純次
(74)【代理人】
【識別番号】100140132
【弁理士】
【氏名又は名称】竹林 則幸
(72)【発明者】
【氏名】金山 尚裕
(72)【発明者】
【氏名】池田 智明
(72)【発明者】
【氏名】古橋 円
【審査官】 新熊 忠信
(56)【参考文献】
【文献】 特開2002−322084(JP,A)
【文献】 特開2008−056705(JP,A)
【文献】 特表2009−520815(JP,A)
【文献】 特表2004−511428(JP,A)
【文献】 Transfusion,2007年,Vol.47,p.1564-1572
【文献】 産科と婦人科,2010年,6号,p.703-708
【文献】 日本臨牀,1990年,48巻,p.402-406
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 38/00−38/58
A61K 45/00
A61P 11/00
A61P 15/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
C1インヒビターを有効成分として含む、羊水塞栓の処置に使用するための治療剤。
【請求項2】
C1インヒビターは血漿由来の、または組換えC1インヒビターである、請求項1に記載の、使用するための治療剤。
【請求項3】
C1インヒビターは天然に生じるヒトタンパク質またはその変異型である、請求項1または2に記載の、使用するための治療剤。
【請求項4】
C1インヒビターはヒトC1インヒビターである、請求項1〜3のいずれか1項に記載の、使用するための治療剤。
【請求項5】
C1インヒビターはヒト血漿由来のC1インヒビターである、請求項1〜4のいずれか1項に記載の、使用するための治療剤。
【請求項6】
C1インヒビターは静脈内投与または皮下投与される、請求項1〜5のいずれか1項に記載の、使用するための治療剤。
【請求項7】
C1インヒビターは体重1kgあたり1〜1000ユニット、好ましくは体重1kgあたり5〜500ユニットの用量にて投与される、請求項1〜6のいずれか1項に記載の、使用するための治療剤。
【請求項8】
前記インヒビターは(i)注射もしくは注入で単回用量にて、または(ii)各回を注射もしくは注入で複数回用量、好ましくは2回用量にて、または(iii)長期注入または長期適用で投与される、請求項1〜7のいずれか1項に記載の、使用するための治療剤。
【請求項9】
前記インヒビターは、臨床的に潜在性の羊水塞栓の発症後、3時間以内、好ましくは1時間以内、より好ましくは30分以内、最も好ましくは直後に投与される、請求項1〜8のいずれか1項に記載の、使用するための治療剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、羊水塞栓(AFE)の治療剤に関する。さらに本発明は、C1インヒビター、特にヒト血漿由来のC1インヒビターを含む、AFEの治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
羊水塞栓(AFE)は、羊水の母体血液への流入により誘導される、肺毛細血管の閉塞により引き起こされる肺高血圧と、それに由来する心肺不全との病態を伴う疾患として定義される。最近、羊水による塞栓だけでなく、羊水成分によるアナフィラキシー様反応もAFEの原因であることが示されている。AFEの発生はまれではあるが、一度起きると短時間で母体死亡のような生命を危うくする状況がもたらされる(非特許文献1、2を参照されたい)。
【0003】
AFEは2つのカテゴリーに分類される;1つは剖検後の組織病理検査により確認した確定AFEであり、もう1つは以下のAFE診断基準のうち3つを満たす潜在性AFEである:
【0004】
潜在性AFEの診断基準:
(1)妊娠中または分娩後12時間以内に生じる;
(2)以下の症状または疾患のうち1つまたはそれ以上の集中的な医学的処置:
(a)心停止、
(b)分娩後2時間以内の原因不明の大量出血、
(c)播種性血管内凝固(DIC)、
(d)呼吸不全、
(3)観察された所見および症状が他の疾患では説明できない(非特許文献1を参照されたい)。
【0005】
さらに、AFEの補助的な診断として血清学的方法も利用できる。この方法は、羊水由来または胎便由来の特定の物質を母体血液中において検出することを目的としている。亜鉛コプロポルフィリン1(Zn−CP1)およびシアリルTn(STN)をこの目的に利用できる(非特許文献1を参照されたい)。
【0006】
AFE処置には基本的に、抗ショック療法(気道開放、血管確保、補液、抗ショック剤投与のような)および抗DIC療法(アンチトロンビン投与および/または新鮮凍結血漿(FFP)のような)が利用されてきた。しかし、死亡率が依然として高いことから、これら従来治療法に加え、さらに有効なAFE治療法が強く望まれてきた。
【0007】
一方で、AFE病態生理への補体系の関与に関しては、補体C3およびC4がDIC患者の母体血液中で減少することは報告されているが、C1インヒビターのAFEへの関与については報告されていない。
【0008】
したがって、AFE処置のためのC1インヒビターの使用について、なんらの記述も示唆もされてこなかった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】金山 尚裕ら、「3)分娩時大量出血(1)羊水塞栓症」、日本産科婦人科學會雜誌、2012年9月、64巻、9号、N−407〜411頁
【非特許文献2】Kanayama Nら、J.Obstet.Gynaecol.Res.、2011年1月;37(1):58〜63頁、「Maternal death analysis from the Japanese autopsy registry for recent 16 years: significance of amniotic fluid embolism」
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明が解決しようとする技術的課題は、治療に有効な、羊水塞栓に対する薬剤を提供することであった。
【課題を解決するための手段】
【0011】
この技術的課題は、本発明の特許請求の範囲で特徴を明らかにした実施形態を提供することにより解決される。
【0012】
そういうわけで本発明者らは、AFE処置に有効なさらなる薬剤を求め研究を行い、患者の血液ではC1インヒビター活性が正常妊婦の血液に比べ有意に減少していることを見出した。次いでC1インヒビターの治療効果を潜在性AFE患者で臨床的に実証することにより、本発明を完成するに至った。
【0013】
換言すれば、本発明は、C1インヒビターを有効成分として含む、AFEの治療剤の提供、より詳細には、ヒトC1インヒビターを含む、AFEの治療剤の提供、詳細にはさらに、ヒト血漿由来のC1インアクチベーター、すなわちヒト血漿由来のC1インヒビターを含む、AFEの治療剤の提供として要約される。
【0014】
本発明の治療剤は、羊水塞栓の従来治療法に比べ、救命効果などにおける利点を有する。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】正常妊婦からなる対照群と潜在性AFE患者群との間での、分娩時の血清中C1インヒビター活性の比較測定の結果を示す図である。平均値および標準偏差は図中に示してある。「*」の記号は、p<0.01の有意差があることを意味する。
図2】上記比較測定の結果を、各群での個々のデータの分布に関して示す図である。25%未満の値は25%であるものとして扱った。平均値および標準偏差はそれぞれ、中央にある長い水平バー、および上側と下側とにある短い2本の水平バーで示してある。「*」の記号は、p<0.01の有意差があることを意味する。
【発明を実施するための形態】
【0016】
C1インヒビターはC1エステラーゼインヒビターまたはC1−INHとも称し、セルピンと総称されるセリンプロテアーゼインヒビターのスーパーファミリーに属する、478アミノ酸からなる糖タンパク質である。こう命名されたのは、血液および組織の古典的補体経路に対し知られる唯一の生理的インヒビターとして最初に記述されたためである。しかしC1インヒビターは、FXIIaおよび血漿カリクレインを阻止することにより、カリクレイン・キニン系(KKS)の主要な制御因子ともなっている。他のいくつかの機能(例えば、FXIa阻害)に加え、C1インヒビターは、補体系の第1成分に対する相同な活性化セリンプロテアーゼであるC1sおよびC1rの知られる唯一の生理的インヒビターである。
【0017】
本発明では、「C1インヒビター」という用語は、セリンプロテアーゼインヒビターとして機能して、補体系に関連するプロテアーゼ、好ましくは、プロテアーゼC1rおよびC1sならびにMASP−1およびMASP−2、カリクレイン・キニン系(KKS)に関連するプロテアーゼ、好ましくは血漿カリクレインおよびFXIIa、ならびに凝固系に関連するプロテアーゼ、好ましくはFXIaを阻害するタンパク質またはその断片を指す。加えてC1インヒビターは、セレクチンによって媒介される白血球の内皮細胞への付着性を低減する抗炎症分子として働くこともある。本明細書で使用される「C1インヒビター」とは、生来(native)のセリンプロテアーゼインヒビターもしくはその活性断片のことも、または同様な機能特性、例えばプロテアーゼC1rおよびC1sならびに/もしくはMASP−1およびMASP−2ならびに/もしくはFXIIaならびに/もしくはFXIaの阻害などをもたらす組換えペプチド、合成ペプチド、ペプチドミメティックもしくはペプチド断片を含むこともある。C1インヒビターの構造および機能についてのさらなる開示に関しては、米国特許第5,939,389号;米国特許第6,248,365号;米国特許第7,053,176号;およびWO2007/073186を参照されたい。
【0018】
したがって本発明の好ましい実施形態では、C1インヒビターは血漿由来の、または組換えC1インヒビターである。好ましいさらなる実施形態では、C1インヒビターは天然に生じるヒトタンパク質またはその変異型である。C1インヒビターは、C1インヒビターと同一の機能を有する、天然に生じるあらゆる対立遺伝子を包含するものとする。最も好ましい実施形態では、前記インヒビターはヒトC1エステラーゼインヒビターである。
【0019】
好ましい別の実施形態では、本発明のC1インヒビターを改変して、バイオアベイラビリティおよび/もしくは半減期を改善する、効能を改善する、ならびに/または起こり得る副作用を低減する。改変は組換えまたは他の工程で実現できる。このような改変の例としては、上記のC1インヒビターに対する糖鎖付加またはアルブミン融合が可能である。タンパク質に対する糖鎖付加およびアルブミン融合についてのさらなる開示に関しては、WO01/79271を参照されたい。
【0020】
種々の実施形態において、C1インヒビターは、当業者に既知の方法により製造することができる。例えば、血漿由来のC1インヒビターは、複数人の提供者から血漿を採取することにより調製できる。血漿提供者は、当技術分野で規定される健常者でなければならない。好ましくは、複数人(1000人以上)の健常提供者の血漿をプールし、場合によりさらに処理する。治療目的でC1インヒビターを調製する工程例は、米国特許第4,915,945号に開示されている。代わりに、C1インヒビターは一部の実施形態では、当技術分野で既知の手法を用いて天然の組織源から採取し濃縮することができる。C1インヒビターを含む市販製品は、例えば、血漿由来のCinryze(登録商標)(Viropharma)、組換えRuconest(登録商標)またはRhucin(登録商標)(いずれもPharming)、および血漿由来のBerinert(登録商標)(CSLベーリング)である。Berinert(登録商標)は、遺伝性血管浮腫および先天性欠損の処置に適応となる。組換えC1インヒビターは、既知の方法で調製できる。
【0021】
ある実施形態では、C1インヒビターを含む医薬組成物は、羊水塞栓の処置に使用するために調製する。C1インヒビターを含む医薬組成物を製剤化する方法は、当技術分野で既知である。例えば、粉末のまたは凍結乾燥された(lyophilized)形態のC1インヒビターが(例えば、凍結乾燥する(freeze drying)ことにより)提供されおり、水性医薬を所望する場合、粉末は、その医薬製剤の水性成分と混合し、ボルテックスする、または緩やかにかき混ぜるなどの適切な手法を用いて撹拌することにより溶解することができる。他の実施形態では、C1インヒビターは凍結乾燥された形態で提供され、投与前に医薬の水性成分(例えば、充填剤、安定剤、溶媒または担体のような、追加の活性または不活性な成分)と組み合わせる。
【0022】
ある実施形態では、医薬組成物は少なくとも1つの添加剤、例えば充填剤、増量剤、緩衝液、安定剤または賦形剤を含むことができる。医薬製剤の標準手法は当業者にはよく知られている(例えば、2005 Physicians’ Desk Reference(登録商標)、Thomson Healthcare:Montvale、NJ、2004年;Remington:The Science and Practice of Pharmacy、第20版、Gennadoら編、Lippincott Williams & Wilkins:Philadelphia、PA、2000年を参照されたい)。適切な医薬品添加剤としては例えば、マンニトール、デンプン、グルコース、ラクトース、スクロース、ゼラチン、麦芽、米、小麦粉、チョーク(chalk)、シリカゲル、ステアリン酸ナトリウム、モノステアリン酸グリセリン、タルク、塩化ナトリウム、乾燥脱脂乳、グリセリン、プロピレン、グリコール、水、エタノールなどが挙げられる。ある実施形態では、医薬組成物はpH緩衝試薬、および湿潤剤または乳化剤を含むこともできる。さらなる実施形態では、組成物は保存剤または安定剤を含むことができる。
【0023】
医薬組成物の製剤は、意図する投与経路および他のパラメータに応じて変更してもよい(例えば、Roweら、Handbook of Pharmaceutical Excipients、第4版、APhA Publications、2003年を参照されたい)。一部の実施形態では、医薬組成物は凍結乾燥ケーキまたは凍結乾燥粉末であってよい。凍結乾燥組成物は、例えば注射用滅菌水、USP(米国薬局方)により、静脈内注射で投与するために再構成することができる。他の実施形態では、組成物は滅菌した非発熱性溶液であってよい。一層さらなる実施形態では、組成物は、丸剤または錠剤内の粉末の形態で送達する。
【0024】
上記の医薬組成物は、C1インヒビターを唯一の活性化合物として含むことも、または少なくとも1つの他の化合物、組成物または生物学的物質との組合せで送達することもできる。このような化合物の例としては、ビタミン、抗生物質、または組織内での血餅形成を除去もしくは阻害することを意図する化合物(例えば、組織プラスミノーゲンアクチベーター、アセチルサリチル酸、クロピドグレルまたはジピリダモール)が挙げられる。
【0025】
羊水塞栓の処置用のキットも開示する。ある実施形態では、キットは(a)C1インヒビター、(b)羊水塞栓の処置に使用するための説明書、および場合により(c)治療作用のある、少なくとも1つのさらなる化合物または薬物を含む。C1インヒビター成分は液体または固体の形態であってよい(例えば、凍結乾燥してあるものなど)。液体の形態であればC1−INHは、安定剤のような添加剤、および/またはプロリン、グリシンもしくはスクロースのような保存剤、または有効期間を延長する他の添加剤を含むことができる。
【0026】
ある実施形態では、キットは追加の化合物、例えば、C1インヒビターの投与前に、投与と同時に、もしくは投与後に投与予定の、治療作用のある化合物または薬物を含むことができる。このような化合物の例としては、ビタミン、抗生物質、抗ウイルス剤などが挙げられる。他の実施形態では、組織内での血餅形成を除去または阻害することを意図する化合物(例えば、組織プラスミノーゲンアクチベーター、アセチルサリチル酸、クロピドグレルまたはジピリダモール)をキットに含めることができる。
【0027】
種々の実施形態において、キット使用のための説明書は、キット成分を羊水塞栓の処置に使用するための指示を含むことになる。説明書は、C1インヒビターをどのように調製するのかに関する情報(例えば、凍結乾燥タンパク質の場合、希釈するのか、または再構成するのか、など)をさらに含むことができる。説明書は、投与量および投与頻度に関するガイダンスをさらに含むことができる。
【0028】
C1インヒビター製剤は、個人に対し、薬学的に適したいかなる投与手段で送達してもよい。多様な送達系が知られており、どの好都合な経路でも、組成物を投与するのに用いることができる。好ましい実施形態では、C1インヒビター製剤を全身投与する。全身的に使用するには、治療用タンパク質は、非経口または腸内(例えば、経口、腟内または直腸)送達用に従来の方法で製剤する。非経口投与としては、それに限定されないが、静脈内投与、皮下投与、筋肉内投与、腹腔内投与、または組織への直接注射、肺内投与、経皮投与もしくは鼻腔内投与を挙げることができる。最も好ましい投与経路は静脈内投与である。製剤は注入またはボーラス注射により継続投与することができる。一部の製剤は徐放系を含む。
【0029】
C1インヒビター製剤は、羊水塞栓の処置のため、治療に有効なタイミングおよび頻度で患者に投与できる。投与のタイミングおよび頻度は、患者の年齢、全身状態、および医学的状態の重症度に応じて医師が決定することができる。
【0030】
羊水塞栓の処置に関するある実施形態では、C1インヒビター製剤は、臨床的に潜在性の羊水塞栓の発症後、5、10、15、20、30もしくは45分、または1、2もしくは3時間以内に、治療に有効な量にて投与される。好ましくは、C1インヒビター製剤は、臨床的に潜在性の羊水塞栓の発症後、5、10または15分以内に投与され、最も好ましくは発症直後に(または、これらの間の任意の時点)投与される。
【0031】
さらにC1インヒビター製剤は、医師の決定通りに単回用量にて、またはさらに、追加用量にて投与されることもある。すなわち、単回用量または反復投与にて、生理的に許容できる様々な塩の形態のいずれかで、ならびに/または医薬組成物の一部としての、許容できる医薬担体および/もしくは添加剤と共に、患者に対し投与されることもある。したがってある実施形態では、C1インヒビターは(i)注射もしくは注入で単回用量にて、または(ii)各回を注射もしくは注入で複数回用量、好ましくは2回用量にて、または(iii)長期注入または長期適用で投与される。長期注入/適用は、ある時間の間、好ましくは30分〜3時間、より好ましくは30分〜2時間、より好ましくは30分〜1時間(または、これらの間の任意の長さの時間)にかけて投与される。
【0032】
C1インヒビターを含む組成物は、治療に有効な量にて患者に投与できる。一般に、治療に有効な量は、対象の年齢、全身状態、および対象の医学的状態の重症度に応じて異なることがある。投与量は、必要なら医師が、観察された処置効果に適合するように決定および調節することができる。ある実施形態では、C1インヒビターの用量は1、5、7.5、10、15、20、25、30、50、75、100、125、150、175、200、225、250、275、300、325、350、375、400、450、500または1000U/kg体重(または、これらの間の任意の値)である。C1−INH投与の治療域の例は、米国特許第5,939,389号にも開示されている。好ましくは、C1インヒビターは、体重1kgあたり5〜500ユニットの用量にて、より好ましくは体重1kgあたり10〜200ユニット、最も好ましくは体重1kgあたり20〜100ユニットの用量にて投与される。
【0033】
ヒト血漿由来のC1インヒビターを有効成分として含む医薬は、1979年にドイツで承認を受け、遺伝性血管浮腫(HAE)の治療剤として市販されてきた。この医薬はその後、多くの国で承認および市販されてきた。日本でもやはりこの医薬は、1990年にHAEの急性発作の処置用に承認を受け、「Berinert(登録商標)P I.V.Injection 500」の製品名のもとで市販されてきた。この製品の1バイアルは、健常提供者血漿1mLに含まれるヒトC1インヒビターの500倍以上を含む(CSLベーリング株式会社、医薬品インタビューフォーム「血漿分画製剤(凍結乾燥ヒトC1−インアクチベーター)Berinert(登録商標)P I.V.Injection 500」、2012年3月(改訂第4版))。
【0034】
補体C3およびC4が、DICを伴うAFEの母体血液中で減少するという事実と、C1インヒビターは、補体C1、C3、FXII、古典的補体系およびブラジキニンを阻害し、免疫系、血管透過性および凝固−線維素溶解系に作用する重要な生体防御物質(biologically defensive substance)であり、C1インヒビター活性が減少すると、血管浮腫が生じることになるという事実とを考慮に入れた上で、本発明者らは、潜在性AFE患者でのC1インヒビター活性を測定しようと試みていたところ、C1インヒビター活性が、分娩時のAFE患者の血清で減少していることを初めて明らかにした。
【0035】
本発明者らは、C1インヒビター活性が、分娩時のAFE患者の血清で前記の通り減少しているのは、母体内で補体系が増強されることによりC1インヒビターの消費が過剰となるためであると考える。C1インヒビターを臨床的に投与して潜在性AFE患者を処置したところ、所望の治療効果を得ることに成功した。
【0036】
本発明を、以下の実施例により具体的に説明する。
【実施例1】
【0037】
潜在性AFEでのC1インヒビター活性の研究
方法
分娩時の血清を、インフォームドコンセントのもと、対照群としての正常妊婦40人(年齢:31±5.1歳;在胎期間:273±11日;分娩時の出血量:590±367mL)、および潜在性AFEと診断された患者57人(年齢:34±4.5歳;在胎期間:267±19日;分娩時の出血量:4489±2900mL)から採取した。血清中C1インヒビター活性は、発色性合成基質を使用する方法により決定した。血清中C1インヒビター活性の基準値は70〜130%、検出限界は25%であり、25%未満の値は一律に25%であるものとして扱った。各群について得られた結果を、マンホイットニー検定により互いに比較した。
【0038】
結果
分娩時の血清中C1インヒビター活性は、対照群で53±21.0%、潜在性AFE群で35.5±13.5%であった。両群間には有意差(p<0.01)がある。潜在性AFE群の値は、対照群に比べ有意に低かった(図1)。さらに、個人のデータを比較すると、検出限界である25%未満のケース数が対照群で4(10%)、一方、潜在性AFE群で19(33.3%)であった。この両群間には有意差がある(図2)。
【0039】
結論
C1インヒビター活性が、分娩時の血清で減少していることが示される。C1インヒビター活性のこのような減少から、これがAFEにおいて分娩後のDIC型出血の誘導に関与している可能性が示唆される。というのは、C1インヒビターは、補体系だけでなくキニン産生系および凝固−線維素溶解系をも制御するからである。
【実施例2】
【0040】
潜在性AFEのC1インヒビターによる処理
頸管裂傷をきたし、縫合後も子宮出血の止まらなかった産褥婦1人(年齢34歳、在胎期間40週)が救急車で搬送され、潜在性AFEと診断された。この女性を、以下のように母体胎児集中治療室(MFICU)で処置した。
【0041】
救急車到着までの出血量は記録されなかったが、2.6g/dLのヘモグロビン(Hb)および日本昏睡尺度でJCSII−10〜II−20の意識レベルから、かなり大量であると推測された。MFICUに搬送後、意識レベルはJCSIII−300に減少し、弛緩性子宮出血を起こしたところで、オキシトシンを含む大量注入を開始した。自発呼吸が浅かったので、マスクによる用手呼吸を行った。挿管し、用手呼吸によるコントロールを継続した。次いで、到着以降の累積出血量が2934gとなった時点で、新鮮凍結血漿(FFP)および赤血球濃厚液(RCC)の輸血を開始した。ノルアドレナリンを順次投与した。子宮からの大量出血のため、血小板濃厚液(PC)の輸血を開始した。この時点で、左瞳孔および右瞳孔の直径はいずれも6mmで対光反射はなく、累積出血量が4310gとなり非凝固性出血は続いた。
【0042】
次いでC1インヒビター製品(Berinert(登録商標)P I.V.500、CSLベーリング株式会社)を2バイアル、静脈内投与し、続いてフィブリノーゲン製品を3バイアル、静脈内投与した。C1インヒビター製品の投与後すぐに、意識レベルの改善が観察された。また、左瞳孔および右瞳孔の直径はいずれも5mmになり、一旦は検出されなかった対光反射も観察された。さらに、一旦は止まらなかった弛緩出血の量は低減され、血液凝固も観察された。輸血総量は、RCCが20ユニット、FFPが50ユニット、およびPCが50ユニットだった。出血の測定可能総量は4811gに達した。患者をICUに移し、翌朝には、子宮に押し込んであったガーゼを取り除いたが、出血は正常範囲内だった。肺水腫が生じたため、人工呼吸によるコントロールは継続した。しかし患者のその後の状態は良好だったので管を取り除き、第3日には、患者をICUからMFICUに移し、第7日には退院させることもできた。
【0043】
これらの結果は、羊水塞栓の処置におけるC1インヒビターの有効性を強く示唆する。
図1
図2