(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
近年、省エネルギー(例えば、化石燃料の節約)および地球環境保護(例えば、CO
2ガスの発生量抑制)の観点から火力発電プラントの効率向上(例えば、蒸気タービンにおける効率向上)が望まれている。蒸気タービンの効率を向上させる有効な手段の1つとして、主蒸気温度の高温化がある。例えば、主蒸気温度を600℃級から650℃級に高めることにより、大幅な熱効率向上が期待できる。また、蒸気温度の上昇を伴わない場合でも、蒸気タービン部材の冷却に使用している蒸気量の一部を削減することにより、熱効率の向上が期待できる。
【0003】
現在、超々臨界圧発電(USC)プラントの蒸気タービン部材(例えば、動翼・静翼)には、種々の耐熱鋼(オーステナイト系、マルテンサイト系、フェライト系)が使用されている。ここで、主蒸気温度を650℃級に上昇させるためには、蒸気タービン部材の材料として、より高い機械的強度を有する材料が必要となる。また、長期安定性/信頼性の観点から優れた耐酸化性を有することも望まれる。なお、機械的強度としては、高温特性を大きく左右するクリープ破断強度が最も重要である。
【0004】
良好な機械的強度を有する構造材料として、例えば、特許文献1(特公平8−30251)には、重量%で、C:0.05〜0.20%、Mn:0.05〜1.5%、Ni:0.05〜1.0%、Cr:9.0〜13.0%、Mo:0.05〜0.50%(0.50%を含まず)、W:2.0〜3.5%、V:0.05〜0.30%、Nb:0.01〜0.20%、Co:2.1〜10.0%、N:0.01〜0.1%を含み、残部が実質的にFeおよび不可避の不純物よりなり、特にSiを不純物として0.15%以下に制限したフェライト系耐熱鋼が、開示されている。
【0005】
特許文献2(特開平9−296258)には、重量で、C:0.05〜0.20%、Si:0.15%以下、Mn:1.5%以下、Ni:1.0%以下、Cr:8.5〜13.0%、Mo:3.50%以下、W:3.5%以下、V:0.05〜0.30%、Nb:0.01〜0.20%、Co:5.0%以下、B:0.001〜0.020%、N:0.005〜0.040%、O:0.010%以下、H:0.00020%以下を含み、全焼戻しマルテンサイト組織を有する耐熱鋼が、開示されている。
【0006】
特許文献3(特公平8−30249)には、重量%で、炭素0.05〜0.2%、シリコン0.1%以下、マンガン0.05〜1.5%、クロム8.0%を越え13.0%未満、ニッケル1.5%未満、バナジウム0.1〜0.3%、ニオブ0.01〜0.1%、窒素0.01〜0.1%、アルミニウム0.02%以下、モリブデン0.50%未満、タングステン0.9〜3.0%を含有し、かつモリブデン及びタングステンの含有量〔Mo〕,〔W〕が所定の関係式をそれぞれ満足する鉄基合金であって、金属組織中に基本的にδ−フェライト相と巨大な粒界炭化物とをほとんど含まずマルテンサイトのマトリックスが形成されている耐熱鋼が、開示されている。
【0007】
また、特許文献4(特開平8−13102)には、重量%で、C:0.05〜0.15%、Si:0.5%以下、Mn:0.05〜0.50%、Cr:17〜25%、Ni:7〜20%、Cu:2.0〜4.5%、Nb:0.10〜0.80%、B:0.001〜0.010%、N:0.05〜0.25%、sol. Al:0.003〜0.030%およびMg:0〜0.015%を含有し、更に、Mo:0.3〜2.0%およびW:0.5〜4.0%のいずれか一方または両方を含み、残部はFeおよび不可避的不純物からなるオーステナイト系耐熱鋼が、開示されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
世界的に地球環境保護の気運が高まる一方で、エネルギー需要も増大し続けている。これらの相反する要求に対応するため、火力発電プラント(特に、蒸気タービン)に対して更なる効率向上が強く求められている。そして、前述したように、蒸気タービンの効率向上には、主蒸気温度の高温化が非常に有効である。
【0010】
650℃級の主蒸気温度は、蒸気タービンにおける長年の目標であり、実用化に向けて耐熱鋼の研究開発が数多くなされてきた。しかしながら、残念なことに今日においても650℃級蒸気タービンは実用化されていない。言い換えると、従来の耐熱鋼(例えば、特許文献1〜4)は、要求される特性を十分に満足できていないことを意味する。
【0011】
なお、一般的に、オーステナイト系耐熱鋼は、高温強度と耐酸化性とに優れる利点を有するが、熱膨張係数が比較的大きいために温度変化に起因する熱疲労に弱点を有する(すなわち、長期安定性/信頼性の観点で弱点を有する)。マルテンサイト系耐熱鋼は、マルテンサイト組織による高い転位密度や炭窒化物の析出硬化に起因した非常に高い機械的強度の利点を有するが、高温長時間の環境において転位の回復や析出物の凝集粗大化が生じ易く、長期安定性/信頼性の観点で弱点を有する。一方、フェライト系耐熱鋼は、マトリックス結晶粒中の転位密度がもともと低いことから、高温長時間の環境においても微細組織変化が少なく長期安定性/信頼性に優れる利点を有するが、機械的強度が比較的低いという弱点を有する。
【0012】
したがって、本発明の目的は、高温での機械的強度と耐酸化性とが従来以上に高いレベルでバランスした析出強化型フェライト系耐熱鋼、該耐熱鋼を用いたタービン高温部材、および該タービン高温部材を用いたタービンを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
(I)本発明の一つの態様は、上記目的を達成するため、金属間化合物が分散析出したフェライト系耐熱鋼であって、
0.1質量%以下のC(炭素)と、
12質量%以上20質量%以下のCr(クロム)と、
2質量%以上6質量%以下のNi(ニッケル)と、
2質量%以上8質量%以下のAl(アルミニウム)と、
2.5質量%以上10質量%以下のW(タングステン)と、
0.5質量%以上2.5質量%以下のMo(モリブデン)と、
2質量%以上6質量%以下のCo(コバルト)と、
0.001質量%以上0.01質量%以下のB(ホウ素)とを含み、
残部がFe(鉄)および不可避不純物からなることを特徴とする析出強化型フェライト系耐熱鋼を提供する。
【0014】
(II)本発明の他の態様は、上記目的を達成するため、上記の析出強化型フェライト系耐熱鋼を用いたことを特徴とするタービン高温部材を提供する。
【0015】
(III)本発明の他の態様は、上記目的を達成するため、上記のタービン高温部材がタービンロータシャフトであり、前記タービンロータシャフトを用いたことを特徴とするタービンロータを提供する。
【0016】
(IV)本発明の他の態様は、上記目的を達成するため、上記のタービンロータを用いたことを特徴とする蒸気タービンを提供する。
【0017】
(V)本発明の他の態様は、上記目的を達成するため、上記の蒸気タービンを用いたことを特徴とする火力発電プラントを提供する。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、高温での機械的強度と耐酸化性とが従来以上に高いレベルでバランスした析出強化型フェライト系耐熱鋼、該耐熱鋼を用いたタービン高温部材、および該タービン高温部材を用いたタービンを提供することができる。また、該タービンを用いた火力発電プラントを提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明は、前述した本発明に係る析出強化型フェライト系耐熱鋼(I)において、以下のような改良や変更を加えることができる。
(i)5質量%以下のTi(チタン)を更に含む。
(ii)Nb(ニオブ)およびV(バナジウム)のうちの少なくとも1種を合計0.5質量%以下で更に含む。
(iii)1質量%以下のSi(ケイ素)および1質量%以下のMn(マンガン)のうちの少なくとも1種を更に含む。
(iv)前記不可避不純物が、P(リン)、S(硫黄)、Sb(アンチモン)、Sn(スズ)、As(砒素)およびN(窒素)のうちのいずれか1種以上であり、前記Pが0.5質量%以下、前記Sが0.5質量%以下、前記Sbが0.1質量%以下、前記Snが0.1質量%以下、前記Asが0.1質量%以下、前記Nが0.1質量%以下である。
(v)前記金属間化合物がLaves相およびβ-NiAl相である。
(vi)前記析出強化型フェライト系耐熱鋼は、1000℃以上1200℃以下の焼きならし処理が施された後、600℃以上800℃以下の焼き戻し処理が施されている。
【0021】
以下、本発明に係る実施形態について、図面を参照しながら説明する。ただし、本発明はここで取り挙げた実施形態に限定されるものではなく、その発明の技術的思想を逸脱しない範囲で適宜組み合わせや改良が可能である。
【0022】
(析出強化型フェライト系耐熱鋼の組成)
以下、本発明に係る析出強化型フェライト系耐熱鋼の各成分について説明する。
【0023】
C成分:
C成分は、CrやTiなどと炭化物を生成し析出強化に寄与する成分である。ただし、C成分量が0.1質量%超になると、炭化物の過剰析出による靭性の低下や、粒界近傍のCr濃度低下による耐食性の悪化の要因となる。また、過剰のC成分は、マトリックスのオーステナイト相化を著しく促進させる。よって、C成分量は0.1質量%以下が望ましい。0.05質量%以下がより望ましく、0.025質量%以下が更に望ましい。
【0024】
Cr成分:
Cr成分は、耐熱鋼の表面に不動態被膜を形成することで耐食性向上に寄与する成分であり、フェライト相の安定化・単相化に寄与する成分である。Cr成分量が12質量%未満になると、それらの作用効果が不十分となる。一方、Cr成分量が20質量%超になると、有害相(例えば、σ相:Fe-Cr系金属間化合物)が生成し易くなり機械的特性を劣化させる要因となる。よって、Cr成分量は12〜20質量%が望ましい。14〜18質量%がより望ましく、15〜17質量%が更に望ましい。
【0025】
Ni成分:
Ni成分は、Ni-Al系金属間化合物(例えば、β-NiAl相)を生成し、該相の分散析出硬化により高温強度(例えば、クリープ破断強度)の向上に寄与する成分である。Ni-Al系金属間化合物は、主にマトリックス結晶の粒内に分散析出する。また、靭性を向上する効果もある。Ni成分量が2質量%未満になると、それらの作用効果が不十分となる。一方、Ni成分量が6質量%超になると、オーステナイト相が析出してフェライト相の単相化が阻害される要因となる。よって、Ni成分量は2〜6質量%が望ましい。3〜5質量%がより望ましく、3.5〜4.5質量%が更に望ましい。
【0026】
Al成分:
Al成分もNi-Al系金属間化合物(例えば、β-NiAl相)を生成して析出硬化および高温強度の向上に寄与する成分である。Al成分量が2質量%未満になると、それらの作用効果が不十分となる。一方、Al成分量が8質量%超になると、Ni-Al系金属間化合物が過剰析出して靱性を劣化させる要因となる。よって、Al成分量は2〜8質量%が望ましい。3〜7質量%がより望ましく、4〜6質量%が更に望ましい。
【0027】
W成分:
W成分は、マトリックス中に固溶して機械的強度の向上(固溶強化)に寄与する成分である。また、鉄と化合してLaves相(例えば、Fe
2W相)を形成することで高温強度の向上に寄与する成分である。Laves相は、主にマトリックス結晶の粒界に沿って析出する。W成分量が2.5質量%未満になると、それらの作用効果が不十分となる。一方、W成分量が10質量%超になると、Laves相の過剰生成を助長し機械的特性(例えば、靱性)を劣化させる要因となる。よって、W成分量は2.5〜10質量%が望ましい。3〜9質量%がより望ましく、4〜8質量%が更に望ましい。
【0028】
Mo成分:
Mo成分は、W成分と同様に、マトリックス中に固溶して機械的強度の向上(固溶強化)に寄与する成分である。また、鉄と化合してLaves相を形成することで高温強度の向上に寄与する成分である。上記のW成分との複合添加により、高温強度向上の効果をより一層高めることができる。この場合のLaves相は、Fe
2(W,Mo)相になっていると考えられる。Mo成分量が0.5質量%未満になると、それらの作用効果が不十分となる。一方、Mo成分量が2.5質量%超になると、Laves相の過剰生成を助長し機械的特性(例えば、靱性)を劣化させる要因となる。よって、Mo成分量は0.5〜2.5質量%が望ましい。1〜2質量%がより望ましく、1.25〜1.75質量%が更に望ましい。
【0029】
Co成分:
Co成分は、析出するNi-Al系金属間化合物の微細化を促進して高温強度(例えば、クリープ破断強度)の向上に寄与する成分である。Co成分量が2質量%未満になると、その作用効果が不十分となる。一方、Co成分量が6質量%超になると、オーステナイト相が析出してフェライト相の単相化が阻害される要因となる。よって、Co成分量は2〜6質量%以下が望ましい。2〜5質量%がより望ましく、2〜4質量%が更に望ましい。
【0030】
B成分:
B成分は、析出するNi-Al系金属間化合物の凝集粗大化を抑制して(微細分散化を促進して)高温強度の向上に寄与する成分である。B成分量が0.001質量%未満になると、その作用効果が不十分となる。一方、B成分量が0.01質量%超になると、機械的特性(例えば、靱性)および溶接性を劣化させる要因となる。よって、B成分量は0.001〜0.01質量%が望ましい。0.002〜0.009質量%がより望ましく、0.003〜0.007質量%が更に望ましい。
【0031】
本発明の析出強化型フェライト系耐熱鋼は、析出強化相として、Ni-Al系金属間化合物(例えば、β-NiAl相)とLaves相(例えば、Fe
2W相、Fe
2(W,Mo)相)とを複合析出させることによって高温強度(例えば、クリープ破断強度)を向上させ、かつCr成分量を調整することによって耐酸化性を確保しているところに最大の特徴がある。なお、前述したように、Ni-Al系金属間化合物は、主にマトリックス結晶の粒内に微細分散析出する。Laves相は、主にマトリックス結晶の粒界に沿って析出する。
【0032】
Ti成分:
Ti成分は、炭化物を生成すると共に金属間化合物(Ni-Ti系化合物、例えば、Ni
3Ti相)を生成して析出強化に寄与する成分である。また、Ti炭化物はCr炭化物よりも優先して生成されることから、結果としてCr炭化物の生成を抑制し耐食性の向上にも寄与する。本発明においてTi成分は、必須成分ではないが、その作用効果から添加することは好ましい。ただし、Ti成分量が5質量%超になると、金属間化合物の過剰析出により機械的特性(例えば、靭性)を低下させる要因となる。よって、Ti成分量は5質量%以下が望ましい。4質量%以下がより望ましく、3質量%以下が更に望ましい。
【0033】
Nb成分:
Nb成分は、炭化物や炭窒化物として析出し機械的強度の向上に寄与する成分である。本発明においてNb成分は、必須成分ではないが、その作用効果から添加することは好ましい。ただし、Nb成分量が0.5質量%超になると、製造加工性を劣化させる要因となる。よって、Nb成分量は0.5質量%以下が望ましく、0.45質量%以下がより望ましい。
【0034】
V成分:
V成分は、Nb成分に置き換えて添加することができる。その場合、合計添加量はNb単独添加の場合と同量にすることが望ましい。すなわち、NbおよびVのうちの少なくとも1種を合計0.5質量以下%添加することが望ましく、0.45質量%以下がより望ましい。本発明においてV成分は、必須成分ではないが、Nb成分と複合添加することにより、析出強化をより顕著にする作用効果がある。
【0035】
Si成分:
Si成分は、脱酸剤であって耐熱鋼の溶解時に機能する成分であり、少量でも効果がある。本発明においてSi成分は、必須成分ではないが、その作用効果から添加することは好ましい。ただし、Si成分量が1質量%超になると、オーステナイト相を生成させ易く特性劣化の要因となる。よって、Si成分量は1質量%以下が望ましい。0.5質量%以下がより望ましく、0.25質量%以下が更に望ましい。なお、耐熱鋼の溶解工程においてカーボン真空脱酸法やエレクトロスラグ再溶解法などを行う場合は、Si成分を積極的に添加する必要はない(Si無添加でよい)。
【0036】
Mn成分:
Mn成分は、脱酸剤および脱硫剤であって耐熱鋼の溶解時に機能する成分であり、少量でも効果がある。本発明においてMn成分は、必須成分ではないが、その作用効果から添加することは好ましい。ただし、Mn成分量が1質量%超になると、オーステナイト相を生成させ易く特性劣化の要因となる。よって、Mn成分量は1質量%が望ましい。0.5質量%がより望ましく、0.25質量%が更に望ましい。なお、耐熱鋼の溶解工程において真空誘導溶解法(VIM)や真空アーク再溶解法(VAR)などを行う場合は、Mn成分を積極的に添加する必要はない(Mn無添加でよい)。
【0037】
不可避不純物:
本発明において不可避不純物とは、意図的に添加したものではない成分を指す。言い換えると、原材料にもともと含まれていた成分や、製造過程でやむを得ず混入する成分を指す。不可避不純物としては、例えばP、S、Sb、Sn、AsおよびNが挙げられ、これらのうちの少なくとも1種が本発明の析出強化型フェライト系耐熱鋼に含まれる。
【0038】
P成分およびS成分は、熱間加工性や機械的特性(例えば、靭性)に悪影響を及ぼす成分であり、極力低減することが望ましい。熱間加工性や靭性の観点からP成分量を0.5質量%以下とし、S成分量を0.5質量%以下とすることが望ましい。0.1質量%以下のP、0.1質量%以下のSがより望ましい。
【0039】
Sb成分、Sn成分およびAs成分は、高温強度(例えば、クリープ破断強度)に悪影響を及ぼす成分である。このため、これらの成分も極力低減することが望ましく、0.1質量%以下のSb、0.1質量%以下のSn、0.1質量%以下のAsが望ましい。0.05質量%以下のSb、0.05質量%以下のSn、0.05質量%以下のAsがより望ましい。
【0040】
N成分は、Al成分やTi成分やB成分との親和力が強く、窒化物(例えば、AlN、TiN、BN)を形成して疲労強度や靱性を低下させる。また、窒化物を生成した分、析出強化相の金属間化合物(例えば、Ni-Al系化合物、Ni-Ti系化合物)の析出量を減少させて機械的強度を低下させる。このため、N成分も極力低減することが望ましく、0.1質量%以下が望ましい。0.05質量%以下のNがより望ましい。
【0041】
(製造方法)
本発明に係る析出強化型フェライト系耐熱鋼の製造方法は、熱処理工程において望ましい熱処理条件がある他は特段の限定がなく、従前の方法を利用することができる。以下、本発明の熱処理について説明する。
【0042】
本発明では、1000℃以上1200℃以下(より望ましくは1050℃以上1150℃以下)で加熱保持後に空冷以上の速度で冷却する焼きならし処理を行うことが望ましい。本発明における焼きならし処理とは、析出物の形成に関わる成分(例えば、Ni、Al、W、Mo、Ti)をマトリックス中に十分固溶させると共に、均等なフェライト相組織を得るための熱処理を指す。
【0043】
該焼きならし処理を施した後、600℃以上800℃以下(より望ましくは650℃以上750℃以下)で加熱保持後に徐冷する焼き戻し処理を行うことが望ましい。本発明における焼き戻し処理とは、金属間化合物(例えば、β-NiAl相、Laves相)を生成・析出させるための熱処理を指す。これらの焼きならし処理および焼き戻し処理により、均等なフェライト相組織を有しかつ析出物が分散析出した望ましい微細構造を有する析出強化型フェライト系耐熱鋼を得ることができる。
【0044】
本発明のフェライト系耐熱鋼を用いたタービン高温部材の製造は、上記の全ての熱処理が終了した後の耐熱鋼素材に成形加工を行ってもよいが、焼きならし処理後で焼き戻し処理前の耐熱鋼素材(金属間化合物の強化相が析出していない状態)を用いた方が、加工性・作業性の観点から好ましい。その場合、形状加工後に時効熱処理を行えばよい。
【0045】
(タービン高温部材およびタービン)
本発明に係る析出強化型フェライト系耐熱鋼は、良好な機械的特性と良好な耐食性とを兼ね備えることから、タービン高温部材(例えば、主蒸気温度が600℃以上の高圧蒸気タービンや中圧蒸気タービンや高中圧一体型蒸気タービンのタービンロータシャフト)として好適に利用することができる。
【0046】
図1は、本発明に係る蒸気タービン用部材を使用した蒸気タービンの一例を示す断面模式図である。
図1に示した蒸気タービンは、高中圧一体型蒸気タービン10であり、高圧段蒸気タービンと中圧段蒸気タービンとが一体化したものである。高圧段蒸気タービン(図中の左半分)では、高圧内部車室11とその外側の高圧外部車室12とが形成され、それら車室内に、高圧タービン翼13が植設された高中圧車軸(高中圧一体型タービンロータシャフト14)が設けられている。高温高圧の蒸気は、ボイラ(図示せず)によって得られ、主蒸気管(図示せず)を通って、主蒸気入口を構成するフランジ・エルボ15より主蒸気入口16を通り、ノズルボックス17より高圧初段タービン翼13’に導かれる。蒸気は、高中圧一体型タービンロータシャフト14の中央側より入り、高圧段蒸気タービン側のロータ軸受部14’・軸受け18の方向に流れる。なお、本蒸気タービンでの主蒸気温度は650℃級を想定している。
【0047】
高圧段蒸気タービンより排出された蒸気は、再熱器(図示せず)によって再加熱された後、中圧段蒸気タービン(図中の右半分)に導かれる。中圧蒸気タービンは高圧蒸気タービンと共に発電機(図示せず)を回転させる。中圧段蒸気タービンは、高圧段蒸気タービンと同様に、中圧内部車室21と中圧外部車室22とを有し、高中圧一体型タービンロータシャフト14には中圧タービン翼23が植設されている。再加熱された蒸気は、高中圧一体型タービンロータシャフト14の中央側より入り、中圧初段タービン翼23’に導かれて中圧段蒸気タービン側のロータ軸受部14”・軸受け18’の方向に流れる。
【0048】
高温の蒸気に曝され大きな応力が掛り、かつ大型の高温部材であるタービンロータシャフトは、本発明に係る析出強化型フェライト系耐熱鋼で構成されることが特に好ましい。同様に、ケーシングを締め付ける高温ボルト(図示せず)、シール24や配管(例えば、ノズルボックス17、ボイラチューブ(図示せず))等の高温の蒸気に曝される部材も本発明に係る析出強化型フェライト系耐熱鋼で構成されることが好ましい。
【0049】
(火力発電プラント)
図2は、本発明に係る火力発電プラントの一例を示す系統概略図である。
図2においては、高圧段蒸気タービンと中圧段蒸気タービンとが別体であり、タービンロータシャフトを介してタンデム連結されている例を示した。
図2に示したように、火力発電プラント30では、まず、ボイラ31で発生した高温高圧の蒸気は、高圧段蒸気タービン32で仕事をした後、ボイラ31で再加熱される。次に、再加熱された蒸気は、中圧段蒸気タービン33で仕事をした後、さらに低圧段蒸気タービン34で仕事をする。蒸気タービンで発生した仕事は、発電機35で電力に変えられる。低圧段蒸気タービン34を出た蒸気は、復水器36に導かれて水になった後、ボイラ31に戻される。
【実施例】
【0050】
以下、本発明を実施例に基づいて更に詳しく説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0051】
(発明耐熱鋼1〜10および比較耐熱鋼1〜2の作製)
はじめに、高周波真空溶解炉(5.0×10
-3 Pa以下、1600℃以上)を用いて原料を溶造した。得られた鋳塊に対して、1000 ton鍛造機および250 kgfハンマ鍛造機を用いて熱間鍛造を行い、幅×長さ×厚さ=100 mm×1000 mm×30 mmの角材に成形した。次に、この角材を幅×長さ×厚さ=50 mm×120 mm×30 mmに切断加工して耐熱鋼出発材とした。
【0052】
次に、各耐熱鋼出発材に対して、ボックス電気炉を用いて種々の熱処理を施した。まず、焼きならし処理として1100℃で1時間保持した後に室温の水に浸漬する水急冷を行った。次いで、焼き戻し処理として700℃で2時間保持した後に室温の大気中に取り出す空冷を行った。
【0053】
得られた鋳塊の化学組成分析値を表1〜表2に示す。なお、比較耐熱鋼1〜2は、600℃級蒸気タービンの高温部材用の材料として現用されている耐熱鋼(市販品)である。また、表中の記載は省略するが、不可避不純物(P、S、Sb、Sn、As、およびN)は、それぞれ本発明の規定範囲を満たしていた。
【0054】
【表1】
【0055】
【表2】
【0056】
(各種特性評価)
上記で得られた各試料(発明耐熱鋼1〜10および比較耐熱鋼1〜2)に対して、微細組織観察、高温強度の指標としてクリープ破断強度、および耐酸化性の指標として酸化スケール厚さの評価試験をそれぞれ実施した。各評価試験の概要について次に説明する。
【0057】
微細組織観察では、光学顕微鏡または走査型電子顕微鏡を用いて、マトリックスの組織および析出物の様子を観察した。
【0058】
高温強度の評価としては、600〜700℃の温度範囲、所定の応力で10
3時間までのクリープ試験を行い、得られた試験結果に対してラーソン・ミラー・パラメータを用いて、10
3時間、10
4時間および10
5時間のクリープ破断強度を求めた。650℃級蒸気タービンを実用化するためには、10
3時間で190 MPa以上、10
4時間で120 MPa以上、かつ10
5時間で100 MPa以上のクリープ破断強度が少なくとも必要と考えられている。よって、それらを合否の判定基準とした。
【0059】
耐酸化性の評価としては、水蒸気酸化試験を行った。水蒸気雰囲気中にて600〜700℃で10
3時間保持した後、試料表面に形成された酸化スケール層の平均厚さを測定した。耐酸化性の判定基準は、酸化スケール層の平均厚さが600℃×10
3時間で50μm以下、650℃×10
3時間で60μm以下、700℃×10
3時間で70μm以下を「合格」とし、その値超を「不合格」とした。
【0060】
高温強度の結果を表3〜表4に示し、耐酸化性の結果を表5〜表6に示す。
【0061】
【表3】
【0062】
【表4】
【0063】
【表5】
【0064】
【表6】
【0065】
微細組織観察において、比較耐熱鋼1〜2は、マルテンサイト組織のマトリックスを有し、炭化物および/または炭窒化物の析出物(粒径:数μm)が分散していた。一方、発明耐熱鋼1〜10は、いずれもフェライト相をマトリックスとし、マトリックス結晶粒の各粒中にβ-NiAl相析出物(粒径:10 nm以下)が均等に微細分散しており、粒界に沿ってLaves相析出物が析出していることが確認された。
【0066】
高温強度(650℃でのクリープ破断強度)においては、表3〜4に示したように、10
3時間ですべての耐熱鋼(発明耐熱鋼1〜10および比較耐熱鋼1〜2)が190 MPa以上のクリープ破断強度を示した。しかしながら、10
4時間では比較耐熱鋼2が120 MPa以上を満たせず、10
5時間では比較耐熱鋼1〜2が100 MPa以上を満たせなかった。言い換えると、発明耐熱鋼1〜10は、長時間側でのクリープ破断強度の低下が少なく、650℃級蒸気タービンを実用化するための高温強度の要求基準を満たしていることが確認された。
【0067】
耐酸化性(10
3時間での酸化スケール層の平均厚さ)においては、表5〜6に示したように、600℃×10
3時間ですべての耐熱鋼(発明耐熱鋼1〜10および比較耐熱鋼1〜2)が50μm以下の酸化スケール層の平均厚さを示した。しかしながら、650℃×10
3時間および700℃×10
3時間では比較耐熱鋼1〜2がそれぞれ60μm以下および70μm以下を満たせなかった。言い換えると、発明耐熱鋼1〜10は、高温側でも酸化スケール層の形成が少なく、650℃級蒸気タービンを実用化するための耐酸化性の要求基準を満たしていることが確認された。
【0068】
以上説明してきたように、本発明に係る析出強化型フェライト系耐熱鋼は、高温での機械的強度と耐酸化性とが従来以上に高いレベルでバランスしているため、主蒸気温度の高温化に対応する蒸気タービン高温部材(例えば、タービンロータシャフト)に好ましく適用することができる。本発明に係るタービン高温部材は、タービンロータシャフトに限らず、ボイラチューブやケーシングボルトなどの高温高圧部材としても適用可能である。また、本発明は、該タービンロータシャフトを用いたタービンロータ、該タービンロータを用いた蒸気タービン、該蒸気タービンを用いた火力発電プラントとして適用することができる。
【0069】
なお、上記した実施例は、本発明の理解を助けるために具体的に説明したものであり、本発明は、説明した全ての構成を備えることに限定されるものではない。例えば、ある実施例の構成の一部を他の実施例の構成に置き換えることが可能であり、また、ある実施例の構成に他の実施例の構成を加えることも可能である。さらに、各実施例の構成の一部について、削除・他の構成に置換・他の構成の追加をすることが可能である。