特許第6290042号(P6290042)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6290042接着耐久性に優れたアルミニウム合金材および接合体、または自動車部材
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  • 特許6290042-接着耐久性に優れたアルミニウム合金材および接合体、または自動車部材 図000004
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6290042
(24)【登録日】2018年2月16日
(45)【発行日】2018年3月7日
(54)【発明の名称】接着耐久性に優れたアルミニウム合金材および接合体、または自動車部材
(51)【国際特許分類】
   C23C 26/00 20060101AFI20180226BHJP
   C22C 21/02 20060101ALI20180226BHJP
   C22C 21/06 20060101ALI20180226BHJP
   C22F 1/05 20060101ALI20180226BHJP
   C23C 8/10 20060101ALI20180226BHJP
   C23C 28/00 20060101ALI20180226BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20180226BHJP
【FI】
   C23C26/00
   C22C21/02
   C22C21/06
   C22F1/05
   C23C8/10
   C23C28/00 Z
   !C22F1/00 602
   !C22F1/00 612
   !C22F1/00 613
   !C22F1/00 623
   !C22F1/00 624
   !C22F1/00 630A
   !C22F1/00 630K
   !C22F1/00 631A
   !C22F1/00 681
   !C22F1/00 682
   !C22F1/00 683
   !C22F1/00 685Z
   !C22F1/00 686B
   !C22F1/00 691A
   !C22F1/00 691B
   !C22F1/00 691C
   !C22F1/00 692B
   !C22F1/00 694A
   !C22F1/00 694B
【請求項の数】5
【全頁数】17
(21)【出願番号】特願2014-173279(P2014-173279)
(22)【出願日】2014年8月27日
(65)【公開番号】特開2016-47950(P2016-47950A)
(43)【公開日】2016年4月7日
【審査請求日】2016年9月1日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】100120329
【弁理士】
【氏名又は名称】天野 一規
(74)【代理人】
【識別番号】100146112
【弁理士】
【氏名又は名称】亀岡 誠司
(74)【代理人】
【識別番号】100167335
【弁理士】
【氏名又は名称】武仲 宏典
(74)【代理人】
【識別番号】100164998
【弁理士】
【氏名又は名称】坂谷 亨
(72)【発明者】
【氏名】小澤 敬祐
(72)【発明者】
【氏名】高田 悟
(72)【発明者】
【氏名】巽 明彦
【審査官】 池ノ谷 秀行
(56)【参考文献】
【文献】 特開2006−009140(JP,A)
【文献】 特開2012−031479(JP,A)
【文献】 特開平10−113724(JP,A)
【文献】 国際公開第2014/045886(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 24/00−30/00
C22C 21/00−21/08
C22F 1/00、1/05
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Snを含むAl−Mg−Si系アルミニウム合金材であって、その表面に形成された酸化皮膜をX線光電子分光により半定量分析した際の、前記酸化皮膜中のSnとMgとの原子数の比率Sn/Mgが平均で0.001〜3の範囲であるとともに、SnとMgとの合計原子数と酸素の原子数との比率(Sn+Mg)/Oが平均で0.001〜0.2の範囲であることを特徴とする接着耐久性に優れたアルミニウム合金材。
【請求項2】
請求項1に記載のアルミニウム合金材であって、前記アルミニウム合金材から幅25mm及び長さ100mmの長方形の試験片を6枚採取し、
前記6枚の試験片を2枚ずつ3組に分けて各組の2枚の試験片の端部をラップ長が13mmとなるように長さ方向に重ね合わせ、
前記各組の重ね合わせ部分を、ビスフェノールA型エポキシ樹脂の含有量が40質量%以上50質量%以下であり、かつ形成される接着剤層の膜厚が150μmとなるように粒径150μmのガラスビーズが微量添加された熱硬化型エポキシ樹脂系接着剤で貼り付け、
前記貼り付けた時点から30分間室温で乾燥させ、その後170℃で20分間加熱する熱硬化処理を行い、更に室温で24時間静置して3個の接着試験体を作製し、
作製した前記3個の接着試験体を50℃かつ相対湿度95%の環境に30日間保持し、
前記環境に30日間保持した前記3個の接着試験体の各々を引張試験機を用いて50mm/分の速度で引張る引張試験を行ったときの下記式(1)により算出される前記重ね合わせ部分における前記接着剤の凝集破壊率の平均値が80%以上である請求項1に記載の接着耐久性に優れたアルミニウム合金材。
凝集破壊率(%)=100−{(試験片Aの界面剥離面積/試験片Aの接着面積)×100}−{(試験片Bの界面剥離面積/試験片Bの接着面積)×100}・・・(1)
(但し、試験片A:引張後の左側の試験片、試験片B:引張後の右側の試験片)
【請求項3】
前記アルミニウム合金材表面に形成された酸化皮膜の表面に接着剤層を有する請求項1又は請求項2に記載の接着耐久性に優れたアルミニウム合金材。
【請求項4】
請求項1又は請求項2に記載のアルミニウム合金材同士が、接着剤層を介して、互いの前記酸化皮膜が対向するように接合されていることを特徴とする接合体。
【請求項5】
請求項に記載のアルミニウム合金材または請求項に記載の接合体を備えることを特徴とする自動車部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は接着耐久性に優れたAl−Mg−Si系アルミニウム合金材および接合体、または自動車部材に関するものである。本発明で言うアルミニウム合金材とは、熱間圧延板や冷間圧延板などの圧延板、あるいは熱間押出された押出材、熱間鍛造された鍛造材などを言う。また、以下の記載ではアルミニウムをアルミやAlとも言う。
【背景技術】
【0002】
近年、地球環境などへの配慮から、自動車等の車両の軽量化の社会的要求はますます高まってきている。かかる要求に答えるべく、自動車の大型ボディパネル構造体(アウタパネル、インナパネル)や補強材などの材料として、鋼板等の鉄鋼材料にかえて、成形性や焼付け塗装硬化性に優れた、軽量なアルミニウム合金材の適用が増加しつつある。
【0003】
これらのパネル構造体や補強部材などの自動車部材には、薄肉化のために、高強度アルミニウム合金として、Al−Mg−Si系のAA乃至JIS 6000系 (以下、単に6000系とも言う) アルミニウム合金材が使用されている。
【0004】
ただ、この6000系アルミニウム合金材は、優れたBH性を有するという利点がある反面で、室温時効性を有し、溶体化焼入れ処理後の室温保持で時効硬化して強度が増加することにより、パネルや補強部材への成形性、特に曲げ加工性が低下する課題があった。更に、このような室温時効が大きい場合には、BH性が低下して、成形後のパネルの塗装焼付処理などの比較的低温の人工時効(硬化) 処理時の加熱によっては、パネルとしての必要な強度までに、耐力が向上しなくなるという問題も生じる。
【0005】
これに対する冶金的な対策の一つとして、6000系アルミニウム合金板にSnを積極的に添加し、室温時効抑制とBH性向上とを図る方法が提案されている。例えば、特許文献1ではSnを適量添加し、溶体化処理後に予備時効を施すことで、室温時効抑制とBH性とを兼備する方法が提案されている。また、特許文献2では、Snと成形性を向上させるCuを添加して、成形性、焼付け塗装性、耐食性を向上させる方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平09-249950号公報
【特許文献2】特開平10-226894号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ただ、これら従来のSnを積極的に添加したAl−Mg−Si系アルミニウム合金材には、更に接着耐久性を向上させる課題がある。
【0008】
すなわち、Snを添加したAl−Mg−Si系アルミニウム合金材を、自動車部材として他の部材と接合する方法としては、機械的な接合の他に、溶接や接着剤による接合が選択的に使用あるいは併用されてきた。これに対して、近年は、接着剤の接合強度の向上や施工の簡便性のために、多くの自動車部材の接合に、接着剤が多用されるようになっている。接着剤による接着は面全体で接合するので、機械的な接合や溶接が点や線で接合するのに対し、接合強度がより高くなって、自動車の衝突安全性等の面で有利である。また、美観や外観が要求されるアウタパネルなどの外使いの自動車材には、機械的な接合や溶接などは適用できず、接着剤による接合に限定される。
【0009】
但し、接着剤で接合したアルミニウム合金製自動車用部材は、使用中に水分、酸素、塩化物イオン等がその接合部に浸入することで、次第に、接着剤層とアルミニウム合金板との界面が劣化し、界面剥離が生じ、接着強度が低下するとういう問題があった。特に海水由来の飛来塩分や道路の凍結防止剤等に含まれる塩分が浸透することによって、接合部分(接着部分)の劣化が促進され、接着耐久性が低下する。
【0010】
このような接着耐久性を向上させる方法としては、アルミニウム合金板表面の界面剥離の原因となる弱い酸化皮膜を、接着剤を塗布する前に、酸洗で事前に除去する方法などが一般的であるが、Snを添加したAl−Mg−Si系アルミニウム合金材に対しては効果が小さい。また、アルミニウム合金板の表面を陽極酸化して酸化皮膜にアンカー効果をもたらすような表面形態を付与する方法や、アルミニウム合金板の表面を温水処理して、界面剥離の原因となる酸化皮膜のMg量およびOH量を調整する方法も一般的ではあるが、やはり、Snを添加したAl−Mg−Si系アルミニウム合金材に対しては効果が小さい。
【0011】
したがって、Snを添加したAl−Mg−Si系アルミニウム合金材を、接着剤による接合にて自動車用部材に適用するためには、その接着耐久性を向上させることが大きな課題であった。
【0012】
本発明は、このような課題を解決するためになされたものであって、自動車部材としての接着耐久性を向上させた、Sn添加Al−Mg−Si系アルミニウム合金材、このアルミニウム合金材を用いた接合体、この接合体を備える自動車部材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
この目的を達成するために、本発明の接着耐久性に優れたアルミニウム合金材の要旨は、Snを含むAl−Mg−Si系アルミニウム合金材であって、その表面に形成された酸化皮膜をX線光電子分光により半定量分析した際の、前記酸化皮膜中のSnとMgとの原子数の比率Sn/Mgが平均で0.001〜3の範囲であるとともに、SnとMgとの合計原子数と酸素の原子数との比率(Sn+Mg)/Oが平均で0.001〜0.2の範囲であることとする。
【0014】
また、前記目的を達成するための、本発明の接着耐久性に優れた接合体の要旨は、上記アルミニウム合金材同士が、接着剤層を介して、互いの前記酸化皮膜が対向するように接合されていることとする。
【0015】
また、前記目的を達成するための、本発明の自動車部材の要旨は、上記アルミニウム合金材または上記接合体を備えることとする。
【発明の効果】
【0016】
本発明者らは、Snを含有するAl−Mg−Si系アルミニウム合金板の表面酸化皮膜に、母材からのSnの拡散により、あるいは外部からのSnの添加によって、Snを濃化させてやれば、接着耐久性が向上することを知見した。その一方で、Al−Mg−Si系アルミニウム合金板の主要元素であるMgは、表面酸化皮膜に母材から拡散して濃化し、接着耐久性を劣化させる。
このため、本発明では、Snを含有するAl−Mg−Si系アルミニウム合金板の表面酸化皮膜中に、Snを一定量含有させるとともに、Mgの含有量を規制することによって自動車部材としての接着耐久性を向上させる。
【0017】
但し、このような表面酸化皮膜中のSnとMgとの存在状態は、表面酸化皮膜の厚さ方向で変わり、接着剤の接着耐久性には、表面酸化皮膜の深い部分よりも、接着剤と接する表面酸化皮膜の最表面あるいは表層部など、ごく浅い部分の表面酸化皮膜中のSnとMgとの存在状態が効くはずである。
【0018】
したがって、本発明では、接着剤と接する表面酸化皮膜の最表面あるいは表層部などの、ごく浅い部分の表面酸化皮膜中のSnとMgとの存在状態を問題とする。
このため、本発明では、このようなごく浅い部分の表面酸化皮膜中のSnとMgとの存在状態を分析できる、X線光電子分光による半定量分析を用いて、接着剤の接着耐久性に大きく影響する、表面酸化皮膜中のSnとMgとの原子数の比率Sn/Mgや、SnとMgとの合計原子数と酸素の原子数との比率(Sn+Mg)/Oを規定する。
因みに、この本発明の表面酸化皮膜の組成は、アルミニウム合金材の製造後の状態であっても良いが、板製造後室温での放置時間による酸化皮膜の変化を考慮すると、自動車材として成形された後で、同じ部材同士あるいは他の部材と接着剤による接合される際に、規定する前記特定の組成となっていることが最も好ましい。
【0019】
この結果、本発明によれば、Snを添加したAl−Mg−Si系アルミニウム合金材の接着耐久性を効果的に向上させることができ、他の部材と接着剤により接合するような、自動車用部材などへの、このアルミニウム合金材の適用を可能あるいは促進することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】実施例における接着耐久性の試験の態様を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下に、本発明の実施の形態につき、要件ごとに具体的に説明する。
【0022】
(化学成分組成)
先ず、本発明のAl−Mg−Si系アルミニウム合金材はSnを含み、自動車部材としての要求特性を満たせる組成であれば、JIS乃至AAの規格に沿った6000系アルミニウム合金の組成範囲が適用できる。ただ、自動車部材、中でもパネル用の素材として、アルミニウム合金材が冷延板である場合には、この自動車パネルの要求特性を満たすことが必要となる。
【0023】
具体的には、溶体化および焼入れ処理などのT4調質後の特性として、自動車パネルへの成形時には、その0.2%耐力が110MPa以下と低くして成形性を確保でき、その後の自動車部材としての焼付け塗装硬化後の0.2%耐力が200MPa以上の高強度化するBH性(ベークハード性)を有することが必要である。したがって、アルミニウム合金としても、これを組成の面から可能とすることが好ましい。また、自動車部材としては、優れた成形性やBH性の他に、剛性、溶接性、耐食性などの諸特性も、部材用途に応じて要求されるので、組成の面からもこれらの要求を満たすようにすることが好ましい。以下、Al−Mg−Si系を6000系とも言う。
【0024】
前記自動車パネル部材として要求される諸特性を満足する、6000系アルミニウム合金板の好ましい組成としては、質量%で、Snを0.005〜0.3%含有させ、主要元素である、Mg:0.2〜2.0%、Si:0.3〜2.0%を含有する。なお、残部は、Alおよび不可避的不純物とすることができる。これらMg、Si、Sn以外のその他の元素は不純物あるいは含まれても良い元素であり、AA乃至JIS規格などに沿った各元素レベルの含有量 (許容量) とする。
【0025】
上記6000系アルミニウム合金組成における、各元素の含有範囲と意義、あるいは許容量についても以下に説明しておく。
【0026】
Si:0.3〜2.0%
Siは、SiはMgとともに、塗装焼き付け処理などの人工時効処理時に、強度向上に寄与する時効析出物を形成して、時効硬化能を発揮し、自動車パネルとして必要な強度(耐力)を得るための必須の元素である。Si添加量が少なすぎると、人工時効後の析出量が少なくなりすぎ、焼付け塗装時の強度増加量が低くなりすぎてしまう。一方Si含有量が多すぎると、不純物のFeなどと粗大な晶出物を形成してしまい、曲げ加工性などの成形性を著しく低下させてしまう。また、Si含有量が多すぎると、板の製造直後の強度だけでなく、製造後の室温時効量も高くなり、成形前の強度が高くなりすぎて、自動車のパネル構造体の、特に面歪が問題となるような自動車パネルなどへの成形性が低下してしまう。したがって、Siの含有量は0.3〜2.0%の範囲とする。
【0027】
パネルへの成形後の、より低温、短時間での塗装焼き付け処理での優れた時効硬化能を発揮させるためには、Si/ Mgを質量比で1.0以上とし、一般に言われる過剰Si型よりも更にSiをMgに対し過剰に含有させた6000系アルミニウム合金組成とすることが好ましい。
【0028】
Mg:0.2〜2.0%
Mgも、Siとともに本発明で規定する前記クラスタ形成の重要元素であり、塗装焼き付け処理などの前記人工時効処理時に、Siとともに強度向上に寄与する時効析出物を形成して、時効硬化能を発揮し、パネルとしての必要耐力を得るための必須の元素である。Mg含有量が少なすぎると、人工時効後の析出量が少なくなりすぎ焼付け塗装後の強度が低くなりすぎてしまう。一方、Mg含有量が多くなりすぎると、不純物のFeなどと粗大な晶出物を形成してしまい、曲げ加工性などの成形性を著しく低下させてしまう。また、Mg含有量が高すぎると、板の製造直後の強度だけでなく、製造後の室温時効量も高くなり、成形前の強度が高くなりすぎて、自動車のパネル構造体の、特に面歪が問題となるような自動車パネルなどへの成形性が低下してしまう。したがって、Mgの含有量は0.2〜2.0%の範囲とする。
【0029】
Sn:0.005〜0.3%
本発明のように、アルミニウム合金材にSnを0.005〜0.3%含有させると、製造後の板の室温時効を抑制して、自動車部材への成形時の0.2%耐力を110MPa以下に低くすることができ、自動車のパネル構造体の、特に面歪が問題となるような自動車パネルへの成形性を向上させることができる。また、焼付け塗装硬化後の0.2%耐力を組成の面から高めることができる。
【0030】
Snは、室温においては、原子空孔を捕獲(捕捉、トラップ)することで、室温でのMgやSiの拡散を抑制し、室温における強度増加を抑制する。そして、成形後のパネルの塗装焼き付け処理などの人工時効処理時には捕獲していた空孔を放出するため、逆にMgやSiの拡散を促進し、BH性を高くすることができる。Sn含有量が0.005%よりも少ないと、十分に空孔をトラップしきれずにその効果を発揮できない。一方、Sn含有量が0.3%よりも多いと、Snが粒界に偏析し、粒界割れの原因となりやすい。
【0031】
その他の元素について、資源リサイクルの観点から、合金の溶解原料として、高純度Al地金だけではなく、Mg、Si以外のその他の元素を添加元素(合金元素)として多く含む6000系合金やその他のアルミニウム合金スクラップ材、低純度Al地金などを多量に使用した場合には、下記のような元素が必然的に実質量混入される。これらの元素を敢えて積極的に低減すると、精錬自体がコストアップとなるので、ある程度の含有を許容することが必要となる。
【0032】
したがって、本発明では、このような下記元素を各々以下に規定するAA乃至JIS 規格などに沿った上限量以下の範囲での含有を許容する。具体的には、前記アルミニウム合金板が、更に、Fe:1.0%以下(但し、0%を含まず)、Mn:1.0%以下(但し、0%を含まず)、Cr:0.3%以下(但し、0%を含まず)、Zr:0.3%以下(但し、0%を含まず)、V:0.3%以下(但し、0%を含まず)、Ti:0.1%以下(但し、0%を含まず)、Cu:1.0%以下(但し、0%を含まず)、Ag:0.2%以下(但し、0%を含まず)、Zn:1.0%以下(但し、0%を含まず)の1種または2種以上を、この範囲で、上記した基本組成に加えて、更に含んでも良い。
【0033】
(アルミニウム合金材)
本発明で言うアルミニウム合金材とは、自動車部材としてのアウタあるいはインナなどのパネル用には2mm以下の薄肉の冷間圧延板を言う。また、ピラーなどの構造材やパネル、バンパ、ドアなどの補強材には、2mmを超えて厚肉の熱間圧延板や熱間押出形材、アーム類などの足回り部品などには熱間鍛造材などのことを言う。
【0034】
これらアルミニウム合金材は、共通して、製造工程自体は常法あるいは公知の方法で製造される。すなわち、前記6000系成分組成のアルミニウム合金鋳塊を鋳造後に均質化熱処理し、熱間加工(圧延、押出、鍛造)後に、冷間圧延などの冷間加工が必要により施されて所定の厚みの形状とされる。そして、溶体化および焼入れ処理、更には予備時効処理、再加熱処理などが必要により付加された調質処理(T4〜T6)が施されて製造される。これらの調質処理時の熱処理によって、表面酸化皮膜中へのSnやMgの、母材からの拡散、濃化が促進される。
【0035】
(表面処理)
調質処理後のアルミニウム合金材、特にパネル用の冷間圧延板には、アルカリ脱脂処理、硫酸を含む液での酸洗処理、硝酸を含む液でのデスマット処理、防食用の表面処理などの処理を選択して施す。ただ、本発明のように、表面酸化皮膜中のSnとMgとの量(前記原子数の比やOとの原子数の比)を制御するためには、pH10以上のアルカリ脱脂、pH2以下の硫酸を含む液での酸洗、pH2以下の硝酸を含む液でのデスマット処理、防食用の表面処理を順に全て行う、一連の処理工程をとり、前記熱処理により濃化した表面酸化皮膜中のSnやMgを低減することが好ましい。
【0036】
表面酸化皮膜中のSnとMgとの量(前記原子数の比やOとの原子数の比)を制御するためには、SnやMgが濃化した、界面剥離の原因となる酸化皮膜や酸化皮膜表面を、一旦、前記アルカリ脱脂処理や前記硫酸による酸洗で除去する。ただ、Snを含む6000系アルミニウム合金材では、このような酸化皮膜の除去だけでなく、前記一連の処理工程を全て施し、これら一連の処理の組み合わせで、表面酸化皮膜への拡散量と含有量とを簡便に調節し、所望の前記SnやMgの原子数の比や、Oとの原子数の比とすることが出来る。なお、Snを表面処理などで外部から酸化皮膜に供給することも可能ではあるが、元々含む母材のSnを利用する方が簡便で合理的である。
【0037】
なお、表面酸化皮膜中へはMgが必然的に多く濃化するので、表面酸化皮膜中のMgやMg酸化物の制御は、表面酸化皮膜中からのMgやMg酸化物の除去が主体となる。このためには、前記一連の表面処理などの工程により、表面酸化皮膜中のMgを除去する。
すことが好ましい。
【0038】
前記デスマット処理は、アルミニウム合金材を、前記アルカリ脱脂によりエッチングした際に生じる、表面への黒色付着物(スマット:Si、Mg、Fe、Cuなどの不純物や合金成分がアルミニウム上に沈着したもの)を除去するためである。このスマット除去は、非酸化性の硫酸では反応が遅くて十分に除去できず、30%程度の酸化性である硝酸水溶液に浸漬して行なうことが好ましく、硝酸を用いれば、前記一連の処理の組み合わせで、このデスマット処理によっても、表面酸化皮膜中のSnとMgとの量(前記原子数の比やOとの原子数の比)を制御することができる。
【0039】
前記防食用の表面処理の水溶液としては、Si、Zr、Ti、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo及びWをイオンや塩の形で含む酸(2種類以上の酸を混ぜた混酸含む)若しくはアルカリ溶液(2種類以上のアルカリを混ぜたアルカリ溶液を含む)を、単独又は組み合わせて用いて処理する。このような防食用の表面処理では、前記液組成や濃度にもよるが、処理温度(液温)が10〜90℃、処理時間(浸漬時間)が1〜200秒あるいは2〜200秒の範囲で処理することによって、前記一連の処理の組み合わせで、この防食用の表面処理によっても、表面酸化皮膜中のSnとMgとの量(前記原子数の比やOとの原子数の比)を制御することができる。
【0040】
(表面酸化皮膜)
本発明では、以上のような6000系アルミニウム合金材の表面に形成された酸化皮膜(酸化アルミニウム皮膜)中のSnとMgとの各含有量を、接着耐久性の向上のために規定する。なお、本発明の酸化皮膜自体は、上記したアルミニウム合金材の製造工程において必然的に行われる、調質時の熱処理によって生成され、そして続く、前記酸洗や表面処理の後などに自然に形成された、通常の酸化皮膜である。言い換えると、陽極酸化などの電解などの特別の工程を行って強制的あるいは特別に酸化皮膜を生成させることは不要である。
【0041】
本発明では、6000系アルミニウム合金材の表面に形成された酸化皮膜を、X線光電子分光により半定量分析した際の、前記酸化皮膜中のSnとMgとの原子数の比率Sn/Mgを平均で0.001〜3の範囲とするとともに、SnとMgとの合計原子数と酸素の原子数との比率(Sn+Mg)/Oを平均で0.001〜0.2の範囲とする。
【0042】
本発明で規定する酸化皮膜は、6000系アルミニウム合金材表面の全面に無くとも、少なくとも接着剤が適用(塗布)される面あるいは部分的に存在すれば良い。例えば板であれば、少なくとも接着剤が適用(塗布)される片面あるいは部分的に本発明の規定を満足する酸化皮膜が存在すれば良く、必ずしも板の両面が本発明の規定を満足する酸化皮膜となっていなくとも良い。
【0043】
前記した通り、表面酸化皮膜中のSnとMgとの存在状態は、表面酸化皮膜の厚さ方向で変わり、接着剤の接着耐久性には、表面酸化皮膜の深い部分よりも、接着剤と接する表面酸化皮膜の最表面あるいは表層部など、ごく浅い部分の表面酸化皮膜中のSnとMgとの存在状態が効く。したがって、本発明では、接着剤と接する表面酸化皮膜の最表面あるいは表層部などの、ごく浅い部分の表面酸化皮膜中のSnとMgとの存在状態を規定する。
【0044】
(XPS)
本発明で用いるX線光電子分光分析(X-ray Photoelectron Spectroscopy)は、XPSとも通称され 、周知の通り、試料(酸化皮膜)表面にX線を照射し、放出される光電子を検出することで、試料(酸化皮膜)表面の元素やその化学結合状態を同定する分析手法である。そして、その分析する深度は、深さ数nm程度までの、ごく浅い領域に関して検出できることから、極表面分析として好適であることも知られている。
【0045】
XPSは、表面酸化皮膜の最表面あるいは表層部などを測定対象とし、表面酸化皮膜の深部領域や、母材アルミニウム合金との境界などは、測定対象外や測定不能となるため、これらの領域でのSnとMgとの存在状態による外乱が無いことからも、本発明のような表面酸化皮膜の極表面分析として好適である。
【0046】
また、半定量分析とは、周知の通り、標準試料を用いない定量分析の意味であり、標準試料を用いる定量分析に比して、高い分析精度は期待できないが、前記XPSによって、本発明で規定する前記原子数の比率の定量化には、測定の簡便性や再現性の点で好適である。
本発明では、このようなごく浅い部分の表面酸化皮膜中のSnとMgとの存在状態を分析できる、X線光電子分光による半定量分析を用いて、接着剤の接着耐久性に大きく影響する、表面酸化皮膜中のSnとMgとの原子数の比率Sn/Mgや、SnとMgとの合計原子数と酸素の原子数との比率(Sn+Mg)/Oを規定する。
【0047】
アルミニウム合金材の表面酸化皮膜の最表面をX線光電子分光により半定量分析を行うと、X線光電子分光のスペクトルとして、公知の通り、SnはSn3d、MgはMg2p、O(酸素)はO1sのピーク名の部分に、相対強度の高いピークがあり、これら3種類のピークの高さ(強度)を各々測定することで、各原子数の比率を求めることが出来る。
【0048】
なお、X線光電子分光による半定量分析の測定対象となる表面酸化皮膜乃至アルミニウム合金材は、その表面を、エッチングを伴わず、外乱となるSnやMgなどの元素を含まない洗浄液で、洗浄された上で測定される。測定は酸化皮膜組成のバラツキも考慮して、アルミニウム合金材の任意の数か所、例えば間隔を適当にあけた5箇所について行い、得られたデータを平均化する。
【0049】
(表面酸化皮膜中のSnとMgとの原子数の比率)
本発明では、X線光電子分光により半定量分析した際の、表面酸化皮膜中のSnとMgとの原子数の比率Sn/Mgを平均で0.001〜3の範囲とする。
ここで、SnとMgとの原子数の比率Sn/Mgとは、表面酸化皮膜中のSnとMgとの結合状態、すなわち、X線光電子分光による化学結合分析結果より推定されるSnとMgとの状態比率(SnやMgの原子中の電子軌道状態d1、S1など)を示している。
このSnとMgの原子数の単位としてはatm%となるが、表面に存在する全ての原子に対する比率ではなく、SnとMgとの互いの原子数の比率(原子数の比あるいは原子比)Sn/Mgであることから、無次元数(単位無し)となる。
【0050】
表面酸化皮膜の深さ数nm程度までの極表面のSnとMgとの原子数の比率Sn/Mgを0.001〜3の範囲とすることで、表面酸化皮膜の深さ数nm程度までの極表面に、Snが適量含有され、酸化皮膜の水、酸素、塩化物イオンなどの劣化因子に対する安定性が増す。すなわち、塗布された接着剤と表面酸化皮膜の界面における水和を抑制することと、基材の溶出を抑制することで、接着耐久性が向上する。
【0051】
同時に、表面酸化皮膜の深さ数nm程度までの極表面のSnとMgとの原子数の比率Sn/Mgを平均で0.001〜3の範囲とすることで、表面酸化皮膜の深さ数nm程度までの極表面のMgの濃化が抑制される。これによって、Mgの濃化による接着剤との接着界面の弱境界層が抑制され、初期の接着耐久性の低下や、水、酸素、塩化物イオンなどが浸透してくる劣化環境においても、接着剤との界面の水和、基材の溶解による接着耐久性の低下が抑制できる。
【0052】
一方、SnとMgとの原子数の比率Sn/Mgの平均が0.001未満では、表面酸化皮膜の深さ数nm程度までの極表面のSnが少なすぎるか、Mgが多すぎて、前記した接着耐久性の向上効果が無くなる。逆に、SnとMgとの原子数の比率Sn/Mgが3を超えると、界面水和の抑制効果よりも、Snの選択溶解が優先され、接着耐久性の向上効果が飽和し、低下してくる。また、SnとMgとの原子数の比率Sn/Mgの平均が3を超えて、酸化皮膜中のSn量を増すとともに、Mg量を抑制した表面酸化皮膜を有する板を製造(制御)することも難しい。
したがって、表面酸化皮膜の深さ数nm程度までの極表面のSnとMgとの原子数の比率Sn/Mgを平均で0.001〜3の範囲、好ましくは平均で0.02〜1.5の範囲とする。
【0053】
(表面酸化皮膜中のSnとMgとの合計原子数と酸素の原子数との比率)
更に、本発明では、X線光電子分光により半定量分析した際の、表面酸化皮膜中のSnとMgとの合計原子数と酸素の原子数との比率(Sn+Mg)/Oを平均で0.001〜0.2の範囲とする。これは表面酸化皮膜中のSnとMgと酸素との結合状態、すなわち、Mg―O、Sn−O、Al−Oの結合状態、言い換えると、Sn、Mg酸化物の量を示している。
このSnとMgとの合計原子数と酸素の原子数との比率(Sn+Mg)/Oも、原子数の比あるいは原子比であるから、無次元数(単位無し)となる。
【0054】
表面酸化皮膜中には、Al原子も存在しており、実際には、Al、Sn、Mgの原子が、適切な量の酸化物形態を取ることではじめて、接着耐久性が発現する。すなわち、表面酸化皮膜の深さ数nm程度までの極表面のSn、Mg酸化物の量を上記の範囲に制御することで、Al、Sn、Mgの原子が適切な量の酸化物形態となって、接着耐久性が向上する。
【0055】
表面酸化皮膜中のSnとMgとの合計原子数と酸素の原子数との比率(Sn+Mg)/Oが平均で0.001未満では、Sn、Mg系の酸化物が少なすぎ、Al酸化物が多すぎて、表面酸化皮膜自体の接着耐久性が低下する。一方、表面酸化皮膜中のSnとMgとの合計原子数と酸素の原子数との比率(Sn+Mg)/Oが平均で0.2を超えると、Sn、Mg系の酸化物が多すぎ、Al基材(母材)と接着剤との接合が困難となり、接着耐久性が低下する。
【0056】
Mg酸化皮膜は多すぎると、酸化皮膜の水と反応し、加水分解を起こすことで、界面のpHをアルカリ化し、接着耐久性を低下させる。ただ、実際には、Mg酸化物を0として無くすことは出来ない。また、Sn酸化物は少なすぎると、塩化物イオンや酸素、水をはじく、前記劣化因子に対する安定化効果を十分に発揮できない。一方で、Sn酸化物が多すぎると、調質によって板の特性を出すことが難しくなり、機械的特性や成形性が低下するだけでなく、固体Snを含有する一因ともなるため、この固体Snが水や酸素と反応して、接着耐久性低下の原因となる。
【0057】
したがって、表面酸化皮膜の深さ数nm程度までの極表面の、SnとMgとの合計原子数と酸素の原子数との比率(Sn+Mg)/Oは平均で0.001〜0.2の範囲、好ましくは平均で0.04〜0.17の範囲とする。
【0058】
表面酸化皮膜中のSn、Mgの制御
SnやSn酸化物を、表面酸化皮膜中へ上記規定した量だけ含有させる方法は、例えば、母材合金中のSnを、熱処理により表面酸化皮膜へ拡散させるとともに、前記一連の表面処理で表面酸化皮膜から余分なSnを除去するなど、これらの処理の組み合わせで、表面酸化皮膜への拡散量と含有量を簡便に調節し、所望のSn含有量にすることが出来る。なお、Snを表面処理などで外部から酸化皮膜に供給することも可能ではあるが、元々含む母材のSnを利用する方が簡便で合理的である。
【0059】
表面酸化皮膜中へはMgが必然的に濃化するので、表面酸化皮膜中のMgやMg酸化物の制御は、表面酸化皮膜中からのMgやMg酸化物の除去が主体となる。このためには、前記一連の表面処理などの工程により、表面酸化皮膜中のMgを除去する。
【0060】
表面酸化皮膜の膜厚
酸化皮膜の膜厚は、1〜30nmであることが好ましい。酸化皮膜の膜厚が1nm未満に制御するには、過度の酸洗浄などが必要となるため、生産性が劣り、実用性が低下しやすい。 一方、酸化皮膜の膜厚が30nmを超えると、皮膜量が過剰となり、表面に凹凸ができやすくなる。そして、酸化皮膜の表面に凹凸が生じると、例えば自動車用途において塗装工程の前に行う化成処理の際に化成斑が生じやすくなり、化成性の低下を招く。なお、酸化皮膜の膜厚は、化成性及び生産性などの観点から、3nm以上20nm未満であることがより好ましい。
【0061】
アルミニウム合金材の接合
本発明のアルミニウム合金材は、前記特定組成の表面酸化皮膜の表面に接着剤層を有して、自動車部材などとして、他の部材、例えば、同種のアルミニウム合金材、あるいは異種の鋼板などの鋼材、プラスチック材、セラミックス材などと接合される。また、本発明のアルミニウム合金材同士を、接着剤層を介して、互いの前記表面酸化皮膜が対向するように接合しても良い。本発明の表面酸化皮膜の組成は、アルミニウム合金材の製造後の状態であっても良い。しかし、板製造後に自動車部材として成形され、同じ部材同士あるいは他の部材と接合されるまでの、室温での放置時間が長期になる場合の酸化皮膜の変化を考慮すると、この接着剤による接合される際の状態として、規定する前記特定の組成となっていることが最も好ましい。
【0062】
接着剤層の形成は、表面酸化皮膜の表面に接着剤からなる接着剤層を形成させる工程であるが、形成方法については、特に限定されるものではない。例えば、接着剤が固体である場合には、これを溶剤に溶解させて溶液とした後に、また、接着剤が液状である場合にはそのまま、表面酸化皮膜2の表面に噴霧する、あるいは塗布する方法が挙げられる。接着剤には、自動車部材の接着剤として汎用あるいは市販される、樹脂接着剤が使用でき、例えば、熱硬化型のエポキシ樹脂、アクリル樹脂、ウレタン樹脂等からなる。また、接着剤の厚さは、特に限定されるものではないが、好ましくは10〜500μm、より好ましくは50〜400μmである。
【0063】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも可能であり、それらは何れも本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例】
【0064】
次に本発明の実施例を説明する。表面酸化皮膜中のSnとMgとの原子数の比率Sn/Mgや、SnとMgとの合計原子数と酸素の原子数との比率(Sn+Mg)/Oが各々異なる、Snを含む6000系アルミニウム合金板を作り分けて、接着耐久性、BH性、ヘム曲げ性を各々評価した。
【0065】
具体的には、表1に示す組成のSnを含む6000系アルミニウム合金冷延板を製造して、この冷延板を調質処理後に、表2に示す通り、表面処理条件を変えて作り分けた。なお、表1中の各元素の含有量の表示において、各元素における数値をブランクとしている表示は、その含有量が検出限界以下で、これらの元素を含まない0%であることを示す。
【0066】
(板の製造条件)
前記6000系アルミニウム合金板は、表1に示す各組成のアルミニウム合金鋳塊を、各例とも共通した製造条件にて製造した。すなわち、DC鋳造法により、鋳造時の平均冷却速度を液相線温度から固相線温度までを50℃/分以上と大きくして溶製し、鋳塊を540℃×6時間の均熱処理をした後、その温度で熱間粗圧延を開始した。そして、続く仕上げ圧延にて厚さ3.3mmまで熱延して熱間圧延板とした。この熱間圧延板を500℃×1分の荒焼鈍を施した後、冷延パス途中の中間焼鈍無しで加工率70%の冷間圧延を行い、厚さ1.0mmの冷延板(コイル)とした。
【0067】
更に、この各冷延板(コイル)を連続式の熱処理設備で巻き戻し、巻き取りながら、連続的に調質処理(T4)した。具体的には、溶体化処理を500℃までの平均加熱速度を10℃/秒として、560℃の目標温度に到達後10秒保持して行い、その後100℃/秒の平均冷却速度となるように水冷を行うことで室温まで冷却した。この冷却後に、100℃で5時間保持する予備時効処理を行った(保持後は冷却速度0.6℃/時間で徐冷)。予備時効処理を行った後に、各種表面処理を行った。
【0068】
(表面処理)
表2の各発明例は、共通して、前記予備時効後のコイルから分取した各板(板片)について、pH10以上のアルカリ脱脂、pH2以下の硫酸を含む液での酸洗、pH2以下の硝酸を含む液でのデスマット処理、前記した防食用の表面処理を、前記した条件範囲内で順に行うとともに、各工程での液温、浸漬時間を変えて、表面酸化皮膜中のSnとMgとの原子数の比率Sn/Mgや、SnとMgとの合計原子数と酸素の原子数との比率(Sn+Mg)/Oを種々調整した。前記表面処理用の水溶液としては、各例とも共通して、前記したZrとTiのイオンをそれぞれ1wt%含む酸溶液を用いた。
【0069】
表2では、比較のために、発明例1と同じ、表1の合金番号1の組成のアルミニウム合金板ではあるが、表面処理条件を変えた比較例16,17、18を準備した。
比較例16は、これら一連の処理をしたが、デスマット処理は行わず、また、酸化皮膜中のSnの含有量が0となるような酸洗の処理条件とした。
比較例17は、これら一連の処理を一切しなかった。
比較例18は、アルカリ脱脂のみを行った。
【0070】
表2では、比較例19、20として、表1の合金番号14、15の通り、アルミニウム合金板がSnを含有しない場合も、発明例と同じ前記製法や表面処理条件として、同様に評価した。
【0071】
これらの各々の表面処理の後、各例とも共通して、5分以内に水洗し、水洗後から5分以内に乾燥して、板の両面に、膜厚が20nm未満の表面酸化皮膜が形成されたアルミニウム合金板を作製し、供試材とした。なお、前記一連の処理をしない、表2の比較例17のみは前記予備時効後のコイルから分取した各板(板片)について、同様に水洗、乾燥して供試材とした。
【0072】
そして、このように製造された板が、接着剤により接合されるまでに室温時効することを考慮して、前記表面処理後の供試材を30日間室温放置(室温時効)した後の各供試材から、長さ100mm×幅25mmの試験片を採取した。そして、この試験片表面に形成された酸化皮膜を、前記要領にてX線光電子分光により半定量分析した際の、前記酸化皮膜中のSnとMgとの原子数の比率Sn/Mg、およびSnとMgとの合計原子数と酸素の原子数との比率(Sn+Mg)/Oを、前記した試験片の任意の5か所を測定した平均値で算出した。この結果を表2に示す。
【0073】
X線光電子分光により半定量分析条件は以下の通りとした。
μ-XPS分析装置:Physical Electronics社 QuanteraSXM
X線源:単色化AlKα線
ビーム径:20μm
光電子取り出し角:45°
XPSの深さ分析の分解能ΔzはJIS K 0146に従う
【0074】
(接着耐久性評価)
図1に接着耐久性の試験の態様を示すように、構成が同じ2枚の供試材(25mm幅)の端部を、熱硬化型エポキシ樹脂系接着剤によりラップ長13mm(接着面積:25mm×13mm)となるように重ね合わせ貼り付けた。ここで用いた接着剤は熱硬化型エポキシ樹脂系接着剤(ビスフェノールA型エポキシ樹脂量40〜50%)である。そして、接着剤層の膜厚が150μmとなるように微量のガラスビーズ(粒径150μm)を接着剤に添加して調節した。重ね合わせてから30分間、室温で乾燥させて、その後、170℃で20分間加熱し、熱硬化処理を実施した。その後、室温で24時間静置して接着試験体を作製した。
【0075】
作製した接着試験体を50℃、相対湿度95%の高温湿潤環境に30日間保持後、引張試験機にて50mm/分の速度で引張り、接着部分の接着剤の凝集破壊率を評価した。凝集破壊率は下記の式の様に求めた。下記式において、接着試験体の引張後の図1の左側を試験片A、図1の右側を試験片Bとした。各試験条件とも3本ずつ作製し、凝集破壊率は3本の平均値とした。
凝集破壊率(%)=100−{(試験片Aの界面剥離面積/試験片Aの接着面積)×100}−{(試験片Bの界面剥離面積/試験片Bの接着面積)×100}
【0076】
評価基準は、凝集破壊率が60%未満を不良「×」、60%以上80%未満をやや不良「△」、80%以上90%未満を良好「○」、90%以上を優れている「◎」とした。この基準では、自動車パネルの接着剤を使用した接合において、接着耐久性として、◎、○までが合格ライン、△、×が不合格である。
【0077】
(BH性)
前記表面処理後30日間室温放置(室温時効)した後の各供試板の機械的特性として、0.2%耐力(As耐力)を引張試験により求めた。また、これらの各供試板を各々共通して、30日間の室温時効させた後に、185℃×20分の人工時効硬化処理した後(BH後)の、供試板の0.2%耐力(BH後耐力)を引張試験により求めた。そして、これら0.2%耐力同士の差(耐力の増加量)から各供試板のBH性を評価した。
【0078】
前記30日間の室温時効後のBH性として、自動車アウタパネルへのプレス成形時(焼付け塗装前)のAs耐力が110MPa以下であることが好ましく、更に、この板を前記した焼付け塗装条件による人工時効硬化量(BH性)が、前記As耐力との差で100MPa以上であることが好ましい。したがって、このようなAs耐力とBH性とを有する板を〇と評価し、As耐力が110MPaを超えるか、前記BH性が前記As耐力との差で100MPa未満かの板を×と評価した。
【0079】
(引張試験)
前記引張試験は、前記各供試板から、各々JISZ2201の5号試験片(25mm×50mmGL×板厚)を採取し、室温にて引張り試験を行った。このときの試験片の引張り方向を圧延方向の直角方向とした。引張り速度は、0.2%耐力までは5mm/分、耐力以降は20mm/分とした。機械的特性測定のN数は5とし、各々平均値で算出した。なお、前記BH後の耐力測定用の試験片には、この試験片に、板のプレス成形を模擬した2%の予歪をこの引張試験機により与えた後に、前記BH処理を行った。
【0080】
(ヘム曲げ性)
ヘム曲げ性は、前記各供試板について、30mm幅の短冊状試験片を用い、ダウンフランジによる内曲げR1.0mmの90°曲げ加工後、1.0mm厚のインナを挟み、折り曲げ部を更に内側に、順に約130度に折り曲げるプリヘム加工、180度折り曲げて端部をインナに密着させるフラットヘム加工を行った。
【0081】
このフラットヘムの曲げ部(縁曲部)の、肌荒れ、微小な割れ、大きな割れの発生などの表面状態を目視観察し、以下の基準にて目視評価した。以下の基準で、0〜1までが合格ラインで〇と評価した。また、2〜5は不合格で×と評価した。
0;割れ、肌荒れ無し、1;軽度の肌荒れ、2;深い肌荒れ、3;微小表面割れ、4;線状に連続した表面割れ、5;破断
【0082】
表2に示す発明例1〜15は、好ましい成分組成範囲内で、かつ前記した好ましい条件範囲で製造されている。このため、これらアルミニウム合金板は、その表面に形成された酸化皮膜中のSnとMgとの原子数の比率Sn/Mgが平均で0.001〜3の範囲であるとともに、SnとMgとの合計原子数と酸素の原子数との比率(Sn+Mg)/Oが平均で0.001〜0.2の範囲である。このため、自動車のパネルとして要求される、接着剤による接着強度を満足しており、接着耐久性に優れている。また、前記室温時効後であってもBH性に優れている。また、前記室温時効後であっても、As耐力が比較的低いために自動車パネルなどへのプレス成形性に優れ、ヘム加工性にも優れている。したがって、自動車のパネル構造体としての要求特性を満足(兼備)している。
【0083】
これに対して、表2に示す通り、比較例16、17、18は、表面処理がないことや、表面処理条件の不適切により、その表面に形成された酸化皮膜中のSnとMgとの原子数の比率Sn/Mgか、SnとMgとの合計原子数と酸素の原子数との比率(Sn+Mg)/Oが、本発明で規定する範囲から外れている。この結果、これら各比較例は、前記発明例に比して接着耐久性が著しく劣っており、接着剤を用いる場合には、自動車のパネルとして使用できない。
【0084】
また、表2では、比較例19、20は、発明例と同じ前記製法や表面処理条件としたが、表1の合金番号14、15のように、アルミニウム合金板がSnを含有せず、その表面に形成された酸化皮膜中のSnとMgとの原子数の比率Sn/Mgが0である。また、SnとMgとの合計原子数と酸素の原子数との比率(Sn+Mg)/Oも0である。このため、自動車のパネルとして要求されるBH性やヘム曲げ性を満足するものの、接着耐久性が劣り、接着剤を用いて接合される自動車のパネルに不適である。
【0085】
以上の実施例の結果から、他部材との接合のために接着剤を用いる場合の、本発明で規定する酸化皮膜の接着剤と接する、最表面あるいは表層部など、ごく浅い部分の表面酸化皮膜中のSnとMgとの存在状態の、接着耐久性に対する作用効果の意義について裏付けられる。
【0086】
【表1】
【0087】
【表2】
【産業上の利用可能性】
【0088】
本発明によれば、室温時効後のBH性や成形性を阻害せずに、部材との接合のために接着剤を用いる、自動車パネルなどの自動車部材として適用できる、6000系アルミニウム合金材を提供できる。この結果、自動車のパネル、特に、美しい曲面構成やキャラクターラインなどの意匠性が問題となり、接着剤を用いざるを得ない、アウタパネルなどに、6000系アルミニウム合金板の適用を拡大できる。
図1