【実施例】
【0049】
次に、実施例により本発明をさらに詳細に説明する。なお、本発明は以下の実施例により限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において種々の改良及び設計の変更を行ってよい。
【0050】
(DLC膜組成の評価方法)
−水素濃度−
DLC膜に含まれる水素の濃度は、高分解弾性反跳粒子検出法(High Resolution-Elastic Recoil Detection Analysis、HR−ERDA)により測定した。測定には神戸製鋼所製の高分解能RBS分析装置HRBS500を用いた。試料面の法線に対して70度の角度でN
2+イオンを試料に照射し、偏光磁場型エネルギー分析器により反跳された水素イオンを検出した。入射イオンは1原子核あたりのエネルギーを240KeVとした。水素イオンの散乱角は30度とした。イオンの照射量はビーム経路にて振り子を振動させ、振り子に照射された電流量を測定することにより求めた。試料電流は約2nAであり、照射量は約0.3μCであった。
【0051】
得られたデータに対して水素ピークにおける高エネルギー側のエッジの中点を基準として横軸のチャネルを反跳イオンのエネルギーに変換する処理及びシステムのバックグラウンドを差し引く処理を行った。処理後のデータについてシミュレーションフィッテングを行い、表面から12nmまでの範囲について水素のデプスプロファイルを求めた。さらに、DLC膜に含まれる全原子に対する水素原子の割合(at%)に換算した。この際に試料の構成元素は炭素と水素のみであると仮定した。デプスプロファイルの横軸をnm単位に換算する際には、DLC膜の密度はグラファイトの密度(2.25g/cm
3)であるとした。定量値は、スパッタリング法により形成した既知濃度のDLC膜を測定することにより校正した。また、最表面に炭化水素からなる汚染層の存在を仮定した。汚染層の密度はパラフィンの密度(0.89g/cm
3)とした。
【0052】
(DLC膜組成の解析方法)
DLC膜組成はX線光電子分光(XPS)測定により評価した。XPS測定には日本電子社製JPS−9010を用いた。XPS測定の条件は、試料に対する検出角度を90度とし、X線源にはAlを用い、X線照射エネルギーを100Wとした。1回の測定時間は0.2msとし、1つの試料について32回測定を行った。炭素中を進む光電子の非弾性平均自由工程を考慮すると、表面から9nmまでの範囲について測定されると考えられる。さらに、光電子は表面から深くなるにつれて脱出しにくくなり、光電子の検出は表面から深くなるほど減衰する。従って、今回測定された情報の50%は表面からおよそ1.5nmまでの最表層の情報で占められていると考えられる。
【0053】
XPS測定により得られた炭素1s(C1s)ピークを、炭素同士がsp
3結合したsp
3C−C及び炭素同士がsp
2結合したsp
2C−C、炭素と水素とがsp
3結合したsp
3C−H及び炭素と水素とがsp
2結合したsp
2C−Hの4つの成分にカーブフィッティングにより分解した。sp
3C−Cの結合エネルギーは283.8eV、sp
2C−Cの結合エネルギーは284.3eV、sp
3C−Hの結合エネルギーは284.8eV、sp
2C−Hの結合エネルギーは285.3eVとした。カーブフィッティングにより得られた各ピークの面積をsp
3C−Cのピークの面積とsp
2C−Cのピークの面積とsp
3C−Hのピークの面積とsp
2C−Hのピークの面積との総和により割った値を、各成分の組成比とした。sp
3C−Cの組成比とsp
2C−Cの組成比との和をC−Cの組成比とし、sp
3C−Hの組成比とsp
2C−Hの組成比との和をC−Hの組成比とした。
【0054】
(DLC膜の表面粗さ)
DLC膜の表面粗さは算術平均表面粗度Raにより評価した。算術平均表面粗度Raは、JIS B−0601に準拠して求めた。表面粗さの測定には表面粗さ測定機(ミツトヨ社製:SurfTest501)を用いた。
【0055】
(実施例1)
HRC硬さ60に調整した合金工具鋼(JIS:SKD11)からなるディスクの端面に、
図1に示すマグネトロンスパッタ装置を用いてDLC膜を形成した。チャンバ内にテトラメチルシラン(Si(CH
3)
4)を導入し、基板に1kVのバイアス電圧を印加して、30分間放電を行った。ターゲット207にはグラファイトを用い、スパッタリングガスにはアルゴンを用いた。スパッタ電源215には直流パルス電源を用い、パルス周波数を300kHzとし、デューティー比を40%とし、ターゲット側の平均電力密度の絶対値は3.6Wcm
-2とした。また、最大電流密度の絶対値は68.2mAcm
-2であった。スパッタリングガスにはアルゴンを用いた。
【0056】
ワーク側に到達した粒子のエネルギーの指標となるワーク側の平均電力密度の絶対値は28.0mW/cm
2となった。電力密度は、電流測定手段により得られた電流値と、ワークホルダ210に印加したバイアス電圧及びワークホルダ210の表面積により求めた。成膜は60分間行い、その間の電力密度の平均値を求め、基板表面積で除した値を平均電力密度とした。また、パルス波形を解析し、1パルス区間の最大電流を求め、ターゲット面積で除した値を最大電流密度とした。パルス波形は、ターゲット電力出力ケーブルに電流プローブを設置し、放電中のパルス出力波形をオシロスコープ(LECROY社製:WS64Xs)により測定した。
【0057】
DLC膜を形成したディスクについてJIS−K7218に準拠して摩擦係数を測定した。測定には摩擦磨耗試験機(オリエンテック社製:EKM-III1010)を用い、リングオンディスク方式により測定した。リングはHRC硬度を50に調整した機械構造用高炭素鋼(S45C)とした。リングの内径は20mm、外径は25.6mmとした。DLC膜を形成したディスクにリングを100kgfの荷重で押し付け、200rpmの回転数で回転させた。回転によりトルクアームが受ける摩擦力をロードセルにより測定し、平均摩擦力から以下の式(1)を用いて摩擦係数μを求めた。摩擦力を測定する位置はトルクアームを介して回転中心から150mmの距離とした。試験は常温の潤滑油中で行った。潤滑油には化学合成油0W−40(SN規格)を用いた。
μ=(F×R)/(W×r) ・・・ 式(1)
但し、Fは摩擦力、Wは押し付け荷重、Rは摩擦力測定子の回転中心からの距離、rはリング外周半径とリング内径半径の和を2で除した値、すなわちリング半径中心を表す。
【0058】
得られたDLC膜の水素濃度は、0.9原子%であった。[sp
3C−C]は0.34、[sp
2C−C]は0.37、[sp
3C−H]は0.10、[sp
2C−H]は0.19であった。従って[C−C]は0.71であり、[C−H]は0.29であり、[C−H]/[C−C]は0.41となった。[sp
2C−H]/[sp
2C−C]は、0.51となり、[sp
3C−H]/[sp
3C−C]は、0.29となった。摩擦係数μは0.23であった。得られたDLC膜の表面における算術平均表面粗度Raは0.1μm以下であった。
【0059】
(実施例2)
DLC膜を形成する際のパルス周波数を350kHzとして「実施例1」と同様にしてDLC膜を成膜し、摩擦係数を測定した。なお、ターゲット側の平均電力密度の絶対値は4.1W/cm
2となり、また最大電流密度の絶対値は67.3cm
-2であった。ワーク側の平均電力密度の絶対値は28.7mW/cm
2となった。
【0060】
得られたDLC膜の水素濃度は、1.1原子%であった。[sp
3C−C]は0.38、[sp
2C−C]は0.39、[sp
3C−H]は0.06、[sp
2C−H]は0.17であった。従って[C−C]は0.77であり、[C−H]は0.23であり、[C−H]/[C−C]は0.30となった。[sp
2C−H]/[sp
2C−C]は、0.44となり、[sp
3C−H]/[sp
3C−C]は、0.16となった。摩擦係数は0.023であった。得られたDLC膜の表面における算術平均表面粗度Raは0.1μm以下であった。
【0061】
(比較例1)
DLC膜を形成する際のパルス周波数を100kHzとして「実施例1」と同様にしてDLC膜を成膜し、摩擦係数を測定した。なお、ターゲット側の平均電力密度の絶対値は2.0W/cm
2となり、また最大電流密度の絶対値は20.6mAcm
-2であった。ワーク側の平均電力密度の絶対値は17.2mW/cm
2となった。
【0062】
得られたDLC膜の水素濃度は、1.2原子%であった。[sp
3C−C]は0.23、[sp
2C−C]は0.40、[sp
3C−H]は0.13、[sp
2C−H]は0.23であった。従って[C−C]は0.63であり、[C−H]は0.36であり、[C−H]/[C−C]は0.61となった。[sp
2C−H]/[sp
2C−C]は、0.62となり、[sp
3C−H]/[sp
3C−C]は、0.59となった。摩擦係数は0.045であった。得られたDLC膜の表面における算術平均表面粗度Raは0.1μm以下であった。
【0063】
(比較例2)
DLC膜を形成する際のパルス周波数を200kHzとして「実施例1」と同様にしてDLC膜を成膜し、摩擦係数を測定した。なお、ターゲット側の平均電力密度の絶対値は2.6W/cm
2となり、また最大電流密度の絶対値は55.8mAcm
-2であった。ワーク側の平均電力密度の絶対値は19.7mW/cm
2となった。
【0064】
得られたDLC膜の水素濃度は、0.9原子%であった。[sp
3C−C]は0.23、[sp
2C−C]は0.40、[sp
3C−H]は0.14、[sp
2C−H]は0.23であった。従って[C−C]は0.63であり、[C−H]は0.37であり、[C−H]/[C−C]は0.59となった。[sp
2C−H]/[sp
2C−C]は、0.58となり、[sp
3C−H]/[sp
3C−C]は、0.61となった。摩擦係数は0.047であった。得られたDLC膜の表面における算術平均表面粗度Raは0.1μm以下であった。
【0065】
(比較例3)
DLC膜を形成する際のスパッタ電源を直流パルス電源に代えて直流電源とした以外は「実施例1」と同様にしてDLC膜を成膜し、摩擦係数を測定した。なお、ターゲット側の平均電力密度の絶対値は0.5W/cm
2となり、ワーク側の平均電力密度の絶対値は0W/cm
2となった。
【0066】
得られたDLC膜の水素濃度は、1.2原子%であった。[sp
3C−C]は0.15、[sp
2C−C]は0.39、[sp
3C−H]は0.16、[sp
2C−H]は0.29であった。従って[C−C]は0.54であり、[C−H]は0.46であり、[C−H]/[C−C]は0.85となった。[sp
2C−H]/[sp
2C−C]は、0.74となり、[sp
3C−H]/[sp
3C−C]は、1.07となった。摩擦係数は0.048であった。得られたDLC膜の表面における算術平均表面粗度Raは0.1μm以下であった。
【0067】
(比較例4)
DLC膜を形成する際のパルス周波数を300kHzとし、デューティー比を15%として「実施例1」と同様にしてDLC膜を成膜し、摩擦係数を測定した。なお、ターゲット側の平均電力密度の絶対値は3.3W/cm
2となり、また最大電流密度の絶対値は48.8mAcm
-2であった。ワーク側の平均電力密度の絶対値は24.8mW/cm
2となった。
【0068】
得られたDLC膜の水素濃度は、0.9原子%であった。[sp
3C−C]は0.22、[sp
2C−C]は0.37、[sp
3C−H]は0.16、[sp
2C−H]は0.25であった。従って[C−C]は0.59であり、[C−H]は0.41であり、[C−H]/[C−C]は0.69となった。[sp
2C−H]/[sp
2C−C]は、0.68となり、[sp
3C−H]/[sp
3C−C]は、0.73となった。摩擦係数は0.045であった。得られたDLC膜の表面における算術平均表面粗度Raは0.1μm以下であった。
【0069】
<比較例5>
スパッタリング法に代えて、原料ガスにベンゼン(C
6H
6)を用いたイオン化蒸着法によりディスクの端面にDLC膜を形成し、摩擦係数を測定した。ガス圧を10
-3Torrとし、C
6H
6を30ml/minの速度で連続的に導入しながら放電を行うことによりC
6H
6をイオン化し、イオン化蒸着を約10分間行い、厚さ0.1μmのDLC膜を基材の表面に形成した。
【0070】
DLC膜を形成する際のワーク側電圧は1.5kV、ワーク側電流は50mA、フィラメント電圧は14V、フィラメント電流は30A、アノード電圧は50V、アノード電流は0.6A、リフレクタ電圧は50V、リフレクタ電流は6mAとした。
【0071】
得られたDLC膜の水素濃度は、19.3原子%であった。[sp
3C−C]は0.05、[sp
2C−C]は0.27、[sp
3C−H]は0.29、[sp
2C−H]は0.39であった。従って[C−C]は0.32であり、[C−H]は0.68であり、[C−H]/[C−C]は2.13となった。[sp
2C−H]/[sp
2C−C]は、1.44となり、[sp
3C−H]/[sp
3C−C]は、5.80となった。摩擦係数は0.07であった。得られたDLC膜の表面における算術平均表面粗度Raは0.1μm以下であった。
【0072】
【表1】
【0073】
表1に実施例及び比較例の結果をまとめて示す。表1に示すように、スパッタ法によりDLC膜を形成することにより、ベンゼンガスを原料としたイオン化蒸着法を用いた場合よりも水素濃度をはるかに小さくできる。また、[C−H]/[C−C]も大きく低減でき摩擦係数μを小さくすることができる。
【0074】
スパッタ法によりDLC膜を形成する際に直流パルス電源を用い、パルス周波数を高くすると、ターゲット側の電力密度が大きく上昇しており、ターゲットからのスパッタ粒子の脱離が効果的に生じていることが明らかである。また、ワーク側の平均電力密度の絶対値も大きく上昇しており、大きなエネルギーを有するスパッタ粒子がワークに到達していることが明らかである。また、パルス周波数が高くなるほど、ターゲットの最大電流密度の絶対値が高くなり、ターゲット側及びワーク側の電力密度の絶対値が上昇しており、より大きなエネルギーを有するスパッタ粒子をワークに到達させることができることを示している。パルス周波数を高くしてもERDAにより求めたDLC膜全体の水素濃度に大きな変化は認められないが、XPSにより求めたDLC膜の表面における炭素と結合した水素の量を示す[C−H]/[C−C]の値は小さくなった。パルス周波数を高くして、[C−H]/[C−C]を小さくすることにより、摩擦係数μを大幅に低減できた。
【0075】
また、パルス周波数を高くして[C−H]を低減した場合に、[sp
2C−C]は大きく変化していないのに対し、[sp
3C−C]は上昇しており、より硬度が高いDLC膜が形成されていると考えられる。
【0076】
パルス周波数が同じ場合には、デューティー比が高い方がターゲット側の最大電流密度の絶対値が大きくなり、[C−H]/[C−C]の値は小さくなった。