(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6290621
(24)【登録日】2018年2月16日
(45)【発行日】2018年3月7日
(54)【発明の名称】接合能を持つ酵母細胞株の効率的スクリーニング方法
(51)【国際特許分類】
C12N 1/16 20060101AFI20180226BHJP
C12N 1/00 20060101ALI20180226BHJP
C12Q 1/04 20060101ALI20180226BHJP
C12G 3/02 20060101ALI20180226BHJP
【FI】
C12N1/16 Z
C12N1/00 T
C12Q1/04
C12G3/02 119G
【請求項の数】18
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2013-263607(P2013-263607)
(22)【出願日】2013年12月20日
(65)【公開番号】特開2014-140356(P2014-140356A)
(43)【公開日】2014年8月7日
【審査請求日】2016年10月17日
(31)【優先権主張番号】特願2012-288715(P2012-288715)
(32)【優先日】2012年12月28日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】307027577
【氏名又は名称】麒麟麦酒株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107984
【弁理士】
【氏名又は名称】廣田 雅紀
(74)【代理人】
【識別番号】100102255
【弁理士】
【氏名又は名称】小澤 誠次
(74)【代理人】
【識別番号】100096482
【弁理士】
【氏名又は名称】東海 裕作
(74)【代理人】
【識別番号】100131093
【弁理士】
【氏名又は名称】堀内 真
(72)【発明者】
【氏名】太田 拓
(72)【発明者】
【氏名】金井 圭子
(72)【発明者】
【氏名】小林 統
【審査官】
柴原 直司
(56)【参考文献】
【文献】
バイオサイエンスとインダストリー, (2000), 58, [12], p.863-864
【文献】
J. Brew. Soc. Japan, (1999), 94, [7], p.575-587
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/04
C12N 1/16
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
接合能を持たない酵母細胞集団に混在する接合能を持つ酵母細胞株を、接合能を持つ酵母細胞株が放出する性フェロモンを検出して識別、分離することからなる酵母細胞集団からの接合能を持つ酵母細胞株の単離方法において、接合能を持つ酵母細胞株が混在する酵母細胞集団及び温度感受性・性フェロモン感受性酵母を培地に植菌し、酵母細胞集団に混在する接合能を持つ酵母細胞株が増殖可能な温度範囲であり、かつ、温度感受性・性フェロモン感受性酵母の増殖が抑制される第1温度条件下に保持して培養し、温度感受性・性フェロモン感受性酵母の増殖が可能な第2温度条件下に保持して培養し、前記第1温度条件下による培養及び前記第2温度条件下による培養により、接合能を持つ細胞株が放出する性フェロモンを検出して、接合能を持つ酵母細胞株を識別、分離することを特徴とする酵母細胞集団からの接合能を持つ酵母細胞株の単離方法。
【請求項2】
接合能を持つ酵母細胞株が、a型酵母細胞株又はα型酵母細胞株であり、該酵母細胞株が放出する性フェロモンが、性フェロモンaファクター又は性フェロモンαファクターであることを特徴とする請求項1に記載の酵母細胞集団からの接合能を持つ酵母細胞株の単離方法。
【請求項3】
温度感受性・性フェロモン感受性酵母が、aファクター感受性酵母又はαファクター感受性酵母であることを特徴とする請求項1に記載の酵母細胞集団からの接合能を持つ酵母細胞株の単離方法。
【請求項4】
温度感受性・性フェロモン感受性酵母が、BAR1、及び、SST2からなる性フェロモンシグナルを負に制御する遺伝子を少なくとも1つ以上変異し、性フェロモン感受性を付与するとともに、温度感受性変異を導入した酵母であることを特徴とする請求項3に記載の酵母細胞集団からの接合能を持つ酵母細胞株の単離方法。
【請求項5】
温度感受性・性フェロモン感受性酵母が、SST2遺伝子の変異によってaファクター感受性が付与されたα型酵母、若しくはSST2遺伝子の変異によってαファクター感受性が付与されたa型酵母であることを特徴とする請求項3又は4に記載の酵母細胞集団からの接合能を持つ酵母細胞株の単離方法。
【請求項6】
温度感受性・性フェロモン感受性酵母が、BAR1遺伝子の変異によってαファクター感受性が付与されたa型酵母であることを特徴とする請求項3又は4に記載の酵母細胞集団からの接合能を持つ酵母細胞株の単離方法。
【請求項7】
温度感受性・性フェロモン感受性酵母が、低温感受性・性フェロモン感受性酵母であることを特徴とする請求項3〜6のいずれかに記載の酵母細胞集団からの接合能を持つ酵母細胞株の単離方法。
【請求項8】
温度感受性・性フェロモン感受性酵母が、遺伝子KEX2、ELA1、NEW1、RPA49、TGS1、REI1及びNSR1のいずれか一つ以上の遺伝子変異により低温感受性が付与された株であることを特徴とする請求項7に記載の酵母細胞集団からの接合能を持つ酵母細胞株の単離方法。
【請求項9】
温度感受性・性フェロモン感受性酵母が、高温感受性・性フェロモン感受性酵母であることを特徴とする請求項3〜6のいずれかに記載の酵母細胞集団からの接合能を持つ酵母細胞株の単離方法。
【請求項10】
温度感受性・性フェロモン感受性酵母が、αファクター感受性がbar1遺伝子破壊により付与され、低温感受性がkex2遺伝子破壊により付与されたa型株であることを特徴とする請求項6に記載の酵母細胞集団からの接合能を持つ酵母細胞株の単離方法。
【請求項11】
温度感受性・性フェロモン感受性酵母が、αファクター感受性がsst2遺伝子破壊により付与され、低温感受性がtgs1遺伝子破壊により付与されたa型株であることを特徴とする請求項5に記載の酵母細胞集団からの接合能を持つ酵母細胞株の単離方法。
【請求項12】
温度感受性・性フェロモン感受性酵母が、aファクター感受性がsst2遺伝子破壊により付与され、低温感受性がtgs1遺伝子破壊により付与されたα型株であることを特徴とする請求項5に記載の酵母細胞集団からの接合能を持つ酵母細胞株の単離方法。
【請求項13】
酵母培養寒天プレート上に、接合能を持つ酵母細胞株が混在する酵母細胞集団及び温度感受性・性フェロモン感受性酵母の懸濁液を植菌し、該酵母培養寒天プレートを、前記第1温度条件下に保持して、接合能を持つ酵母細胞株が混在する酵母細胞集団を選択的に増殖させ、該接合能を持つ酵母細胞株のシングルコロニーを形成させ、該シングルコロニーが形成された酵母培養寒天プレートを、前記第2温度条件下に保持して培養することにより、接合能を持つ酵母細胞株が放出する性フェロモンにより該酵母細胞株コロニーの周囲に形成されるハロを検知し、接合能を持つ酵母細胞株を識別、分離することを特徴とする請求項1〜12のいずれかに記載の酵母細胞集団からの接合能を持つ酵母細胞株の単離方法。
【請求項14】
前記第1温度条件が、10〜20℃であり、前記第2温度条件が該第1温度条件より高い温度領域であることを特徴とする請求項1〜13のいずれかに記載の酵母細胞集団からの接合能を持つ酵母細胞株の単離方法。
【請求項15】
前記第1温度条件が25〜37℃であり、前記第2温度条件が該第1温度条件より低い温度領域であることを特徴とする請求項1〜13のいずれかに記載の酵母細胞集団からの接合能を持つ酵母細胞株の単離方法。
【請求項16】
酵母細胞集団からの接合能を持つ酵母細胞株の単離が、醸造用酵母又はパン酵母からなる実用酵母からの接合能を持つ酵母細胞株の単離であることを特徴とする請求項1〜15のいずれかに記載の酵母細胞集団からの接合能を持つ酵母細胞株の単離方法。
【請求項17】
接合能を持つ酵母細胞株が混在する酵母細胞集団及び温度感受性・性フェロモン感受性酵母を培地に植菌し、酵母細胞集団に混在する接合能を持つ酵母細胞株が増殖可能な温度範囲であり、かつ、温度感受性・性フェロモン感受性酵母の増殖が抑制される第1温度条件下に保持して培養し、温度感受性・性フェロモン感受性酵母の増殖が可能な第2温度条件下に保持して培養し、前記第1温度条件下による培養及び前記第2温度条件下による培養により、接合能を持つ細胞株が放出する性フェロモンを検出して、接合能を持つ酵母細胞株を単離して取得し、当該取得した酵母細胞株を用いて交雑を行い、酵母の形質を変換することを特徴とする酵母の交雑育種方法。
【請求項18】
接合能を持つ酵母細胞株が混在する酵母細胞集団及び温度感受性・性フェロモン感受性酵母を培地に植菌し、酵母細胞集団に混在する接合能を持つ酵母細胞株が増殖可能な温度範囲であり、かつ、温度感受性・性フェロモン感受性酵母の増殖が抑制される第1温度条件下に保持して培養し、温度感受性・性フェロモン感受性酵母の増殖が可能な第2温度条件下に保持して培養し、前記第1温度条件下による培養及び前記第2温度条件下による培養により、接合能を持つ細胞株が放出する性フェロモンを検出して、接合能を持つ酵母細胞株を単離して取得し、当該取得した酵母細胞株を用いて交雑を行い、酵母の形質を変換して酵母の交雑株を取得し、当該取得した酵母の交雑株を用いて発酵することにより製造することを特徴とする醸造酒の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、接合能を持たない酵母細胞集団に混在する接合能を持つ酵母細胞株を単純化した方法で効率的にスクリーニングし、酵母細胞集団から接合能を持つ酵母細胞株を単離する方法に関し、特に、交雑育種のために必要な接合能を持つ酵母細胞株の取得の困難な醸造用酵母や、パン酵母のような実用酵母にも適用することができ、該酵母細胞集団から酵母細胞集団に混在する接合能を持つ酵母細胞株を単純化した方法で効率的にスクリーニングし、有効に酵母細胞集団から接合能を持つ酵母細胞株を単離する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
酵母は、酒類等の醸造や、パン類のような食品の製造に実用されており、これらの実用酵母は、その使用菌株の特性が、製造される飲食品の香味特性に大きな影響を与える。そのため、旧来より、優良特性を有する酵母菌株の選択や、新しい特性の酵母の創成が試みられ、そのための育種が行われてきた。菌類の育種法としては、紫外線や放射線等を用いた人偽的な突然変異を誘発する突然変異育種法が古くから用いられてきたが、しかし、実用酵母の多くは二倍体或いは四培体といった二倍体以上の倍数性を持つことから、突然変異により劣性変異体を取得することは難しく、実際的な育種法としては利用が限定されるという問題があった。また、菌類の様々な育種方法が知られている中で、実用酵母株の育種法として、交雑育種法は古くから用いられている手法であり、両親の優良な形質をあわせ持つ株を育種したい場合に有効な技術であった。
【0003】
酵母には、性別に相当するa型、α型、及びa/α型の3種類の接合型が知られている。このうち、a/α型の酵母菌株は接合能を持たない酵母菌株であるが、a型、α型の酵母菌株は、接合能を持つ酵母細胞株であり、このa型及びα型の酵母細胞が隣接すると接合(交配)して1つの細胞になる。したがって、酵母のこの性質を利用して、特性の異なる酵母菌株を接合することにより、交雑して、親株の優良な形質をあわせ持つ株を育種することが可能となる。
【0004】
しかしながら、醸造酵母、特にビール酵母においては、該交雑育種法を用いて、酵母の育種を行うことは容易ではない。その理由は、以下のとおりである。酵母を交雑させるには、上記のように接合能を持つ酵母細胞株であるa型及びα型の酵母菌株を取得することが必要である。通常、該接合能を持つ酵母菌株の取得には、一度胞子形成を経て、上記接合能を持つ酵母細胞株を生み出す必要がある。そして、胞子形成により生じるa型細胞とα型細胞が隣接する環境を生み出す必要があるが、しかし、ビール酵母である下面発酵酵母や上面発酵酵母は、胞子形成能及び胞子発芽能が低いものが多く、またホモタリックな性質を持つなどの理由から、胞子形成を経て、上記接合能を持つ酵母細胞株を生み出すことが難しい。
【0005】
酵母の交雑育種法には、例えばマイクロマニピュレーターを用いた胞子対胞子法がある。しかしながら、上記のように胞子形成能及び胞子発芽能が低い醸造酵母のような酵母に対しては、該交雑の方法は実用的でない。また、ランダムスポア法で得た胞子同士を混ぜて交雑させる方法がある。しかし醸造酵母のような酵母は、下面発酵酵母のように四倍体であったり、或いは、二倍体酵母でも胞子発芽率が非常に低い場合が多く、したがって、そのような場合は、a型細胞とα型細胞が隣接する確率は非常に低く、栄養要求性など適当なマーカーを付与しない限り、交雑体を選抜することもできない。例えば、特許文献1のように、上面発酵酵母とワイン酵母よりランダムスポア法で得た胞子同士を交雑させる方法が開示されている。該方法では、胞子形成率・胞子発芽率の高いワイン酵母を一方の親株に選んでおり、そして、糖資化性と温度による生育速度の違いを利用して、交雑体を効率的に選抜している。しかし、胞子形成率や胞子発芽率の低い醸造酵母において、このような方法が利用できる親株の組み合わせはごく限られる。
【0006】
一方、胞子形成を経ずに、酵母細胞が接合能を獲得する場合があり、このような接合能を持つ細胞同士を混ぜて交雑させる方法もある。しかし、ビール酵母のようなホモタリックな株では、接合型変換が起きるため、接合能を安定的に持つ株を取得すること自体難しい。もしも二倍体のまま、接合能を持つ細胞を取得することができれば、清酒酵母、ワイン酵母、上面発酵酵母などの二倍体実用酵母は、胞子形成を経ずにそれらを自由に交雑させ、両親の形質を合わせ持つ新規酵母を簡単に取得することができる。また異質四倍体である下面発酵酵母においては、胞子形成により減数分裂分離体(減数体)を取得して、そこから接合能を持つα型やa型の酵母を単離すれば、下面発酵酵母減数体間や下面発酵酵母減数体×上面発酵酵母などで自由に交雑でき、新規下面発酵酵母を取得できる。このように、高次倍数性を保持しつつ、接合能を持つ株を取得する技術は、実用性が高く魅力的な交雑育種技術となる。しかし、現状では、醸造用酵母のような実用酵母において、接合能を安定的に持つ株を取得する有効な方法は見出されていない。
【0007】
接合能を持つ酵母菌株を取得する方法において、接合能を持たない二倍体酵母から胞子形成を経ずに、接合能を持つ株を取得する方法も開示されている。該開示の方法は、高次倍数体の実用酵母での栄養要求性変異株と一倍体のa型又はα型のテスター株を利用して、実用酵母のa型株やα型株を取得する方法であり、協会7号酵母からa型及びα型酵母をスクリーニングして単離した例が示されている(特許文献2)。また、同様の手法でa型下面発酵酵母減数体を取得した報告もある(非特許文献1)。しかしながら、このスクリーニング法は多数のコロニーの接合能を直接評価できるというメリットはあるものの、手法が煩雑で接合可能株を単離するには多大な労力が必要となる。また、非特許文献1の報告では取得できたのはa型のみで、α型下面発酵酵母減数体は取得できていない。
【0008】
胞子形成を経ずに、接合能を持つ株を取得する方法として、他に、下面発酵酵母減数体に接合型変換遺伝子を導入して接合能を持つ酵母を製造する方法が開示されている(特許文献3)。この方法では、酵母細胞内にプラスミドを導入する必要があるが、その後プラスミドを抜く操作を行うことによって、カルタヘナ法(「生物多様性条約」カタルヘナ議定書に基づき、2003年6月に成立した「遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性確保に関する法律」)の定義では遺伝子組換え実験に該当しないで、接合能を持つ下面発酵酵母減数体を効率良く取得することができる。しかし一方では、パブリックアクセプタンスの観点から、プラスミド導入等の遺伝子操作技術を一過的にも使用せずに実用株の育種を行う社会的ニーズもある。
【0009】
以上のように、酒類等の醸造や、パン類のような食品の製造において、用いる実用酵母の優良特性を有する酵母菌株の確保は何よりも重要なことで有るが、その育種の有力な手段である交雑育種には、該飲食品の製造に使用されている実用酵母について、接合能を持つ酵母細胞株の取得が何よりも必要なことである。しかし、胞子形成能及び胞子発芽能が低く、接合能を持つ酵母細胞株の取得が困難な実用酵母については、接合能を持つ酵母細胞株の有効な取得方法が技術課題として残されたままであり、したがって、実用酵母について、そのいずれの酵母にも適用できる、接合能を持つ酵母細胞株の有効な取得方法の開発が何よりも望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特許第3946279号公報。
【特許文献2】特開2004−16028号公報。
【特許文献3】特開2010−220481号公報。
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】「日本農芸化学2012年度大会要旨集」p679、(2012)。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明の課題は、接合能を持たない酵母細胞集団に混在する接合能を持つ酵母細胞株を効率的にスクリーニングし、酵母細胞集団から接合能を持つ酵母細胞株を単離する方法を提供すること、特に、交雑育種のために必要な接合能を持つ酵母細胞株の取得の困難な醸造用酵母や、パン酵母のような実用酵母にも適用することができ、該酵母細胞集団から酵母細胞集団に混在する接合能を持つ酵母細胞株を効率的にスクリーニングし、酵母細胞集団から接合能を持つ酵母細胞株を効率的に単離する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、先に、醸造用酵母や、パン酵母のような実用酵母において、接合能を持たない任意の実用酵母株の中に、極めてまれに存在する接合能を持つ細胞を、遺伝子組換え技術のような方法によるのではなく、効果的にスクリーニングして単離する方法について、鋭意検討する中で、接合能を持つ酵母細胞株が放出する性フェロモンに注目し、該酵母細胞株が放出する性フェロモンを検出することにより、接合能を持たない酵母細胞集団にわずかに混在する接合能を持つ酵母細胞株をスクリーニングし、単離することができることを見出し、特許出願をなすに至った(特願2012−258135号)。しかし、該方法では、接合能を持つ酵母細胞株が放出する性フェロモンを、性フェロモン感受性酵母を用いて、その増殖抑制を検出してスクリーニングする方法であるため、その検出に当たっては、予め、接合能を持たない酵母細胞集団に混在する接合能を持つ酵母細胞株を検出培地に植菌し、性フェロモンを放出させた上で、性フェロモン感受性酵母を植菌し、該性フェロモン放出による性フェロモン感受性酵母の増殖抑制を検出する必要がある。したがって、接合能を持たない酵母細胞集団に混在する接合能を持つ酵母細胞株と性フェロモン感受性酵母を同時に植菌し、スクリーニングすることが難しく、効率的スクリーニング方法としては制約があった。
【0014】
そこで、本発明においては、接合能を持たない酵母細胞集団に混在する接合能を持つ酵母細胞株を効率的にスクリーニングする方法において、鋭意検討する中で、スクリーニングに供する酵母細胞集団が増殖可能なある一部の温度領域では増殖が抑制される温度感受性を持ち、かつ、性フェロモン感受性を持つ、温度感受性・性フェロモン感受性酵母を用いることにより、スクリーニングに供する酵母集団と温度感受性・性フェロモン感受性酵母の増殖条件の相違により、酵母細胞集団に混在する接合能を持つ酵母細胞株とを検出培地に同時に植菌しても、接合能を持つ酵母細胞株が放出する性フェロモンによる増殖抑制を効率的に検出することができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0015】
すなわち、本発明は、接合能を持たない酵母細胞集団に混在する接合能を持つ酵母細胞株を、接合能を持つ酵母細胞株が放出する性フェロモンを検出して識別、分離することからなる酵母細胞集団からの接合能を持つ酵母細胞株の単離方法において、該接合能を持つ酵母細胞株が放出する性フェロモンの検出を、酵母細胞集団に混在する接合能を持つ酵母細胞株が増殖可能なある一部の温度領域では増殖が抑制される温度感受性を持ち、かつ、性フェロモン感受性を持つ、温度感受性・性フェロモン感受性酵母を用い、該温度感受性・性フェロモン感受性酵母と、接合能を持つ酵母細胞株が混在する酵母細胞集団とを検出培地に同時に植菌し、該接合能を持つ酵母細胞株と温度感受性・性フェロモン感受性酵母の増殖条件の相違により、接合能を持つ酵母細胞株が放出する性フェロモンによる増殖抑制を効率的に検出することにより、酵母細胞集団からの接合能を持つ酵母細胞株を単純化した方法で効率的に単離する方法からなる。
【0016】
この発明の方法により、実用酵母においても、極めてまれに存在する接合能を持つ細胞を単純化した方法で効率的にスクリーニングし、単離することができ、該方法によって取得した接合能を持つ細胞株を、交雑育種の親株に利用することにより、従来、交雑育種の方法を採ることが困難であった実用酵母の場合においても、優良特性を持つ酵母の育種が可能となった。
【0017】
本発明の酵母細胞集団からの接合能を持つ酵母細胞株の効率的単離方法において、接合能を持つ酵母細胞株は、a型酵母細胞株又はα型酵母細胞株であり、該酵母細胞株が放出する性フェロモンは、性フェロモンaファクター又は性フェロモンαファクターである。a型酵母細胞株は、性フェロモンaファクターを放出し、α型酵母細胞株の増殖を抑制する。また、α型酵母細胞株は、性フェロモンαファクターを放出し、a型酵母細胞株の増殖を抑制する。
【0018】
本発明の酵母細胞集団からの接合能を持つ酵母細胞株の効率的単離方法において、接合能を持つ酵母細胞株が放出する性フェロモンの検出は、上記のように、温度感受性・性フェロモン感受性酵母と、接合能を持つ酵母細胞株が混在する酵母細胞集団とを検出培地に同時に植菌し、接合能を持つ酵母細胞株が放出する性フェロモンによる温度感受性・性フェロモン感受性酵母の増殖抑制を検出することによって行うことができる。該温度感受性・性フェロモン感受性酵母としては、aファクター感受性酵母又はαファクター感受性酵母を挙げることができる。
【0019】
本発明の酵母細胞集団からの接合能を持つ酵母細胞株の効率的単離方法において、温度感受性・性フェロモン感受性酵母としては、BAR1、及び、SST2からなる性フェロモンシグナルを負に制御する遺伝子を少なくとも1つ以上変異し、性フェロモン感受性を付与するとともに、温度感受性変異を導入した酵母を挙げることができ、aファクター感受性酵母としては、SST2遺伝子が変異したα型酵母を、αファクター感受性酵母としては、BAR1遺伝子が変異したa型酵母、及びsst2遺伝子が変異したa型酵母を挙げることができる。
【0020】
本発明の酵母細胞集団からの接合能を持つ酵母細胞株の効率的単離方法において、温度感受性・性フェロモン感受性酵母の低温感受性変異を付与する方法としては、遺伝子KEX2、ELA1、NEW1、RPA49、TGS1、REI1及びNSR1のいずれか一つ以上の遺伝子の破壊を挙げることができる。本発明の酵母細胞集団からの接合能を持つ酵母細胞株の効率的単離方法において、低温感受性・性フェロモン感受性酵母の特に好ましい酵母細胞株としては、αファクター感受性が、bar1遺伝子破壊株やsst2遺伝子破壊株であり、aファクター感受性が、sst2遺伝子破壊株であり、また低温感受性が、kex2遺伝子破壊株やnew1遺伝子破壊株、tgs1遺伝子破壊株である酵母細胞株を挙げることができる。また、高温感受性変異に関しては、Saccharomyces Genome Database(SGD、http://www.yeastgenome.org/)により、「Single Mutant Phenotype(s) for heat sensitivity, increased」となる遺伝子を検索し、それらを破壊することにより変異を付与することができる。
【0021】
また、温度感受性・性フェロモン感受性酵母に性フェロモン分泌変異となる遺伝子変異を導入しても良い。性フェロモンaファクター分泌変異としては、mfa1、mfa2のうち少なくとも1つ以上の遺伝子破壊、αファクター分泌変異としては、mfα1、mfα2のうち少なくとも1つ以上の遺伝子破壊を挙げることができる。
【0022】
本発明の酵母細胞集団からの接合能を持つ酵母細胞株の効率的単離方法は、酵母培養寒天プレート上に、接合能を持つ酵母細胞株が混在する酵母細胞集団及び温度感受性・性フェロモン感受性酵母の懸濁液を植菌し、該酵母培養寒天プレートを、接合能を持つ酵母細胞株がわずかに混在する酵母細胞集団が増殖し、かつ温度感受性・性フェロモン感受性酵母の増殖が抑制される温度条件下に保持して、接合能を持つ酵母細胞株が混在する酵母細胞集団を選択的に増殖させ、該接合能を持つ酵母細胞株のシングルコロニーを形成させ、該シングルコロニーが形成された酵母培養寒天プレートを、温度感受性・性フェロモン感受性酵母の増殖が可能な温度条件下に保持して培養することにより、接合能を持つ酵母細胞株が放出する性フェロモンにより該酵母細胞株コロニーの周囲に形成されるハロを検知し、接合能を持つ酵母細胞株を識別、分離することにより行うことができる。
【0023】
本発明の酵母細胞集団からの接合能を持つ酵母細胞株の効率的単離方法において、酵母細胞集団に混在する接合能を持つ酵母細胞株が増殖し、かつ低温感受性・性フェロモン感受性酵母の増殖が抑制される低温条件としては、10〜20℃を採用することができる。
【0024】
本発明の酵母細胞集団からの接合能を持つ酵母細胞株の効率的単離方法は、醸造用酵母又はパン酵母のような実用酵母における接合能を持つ酵母細胞株の単離に有効に適用することができる。
【0025】
本発明は、本発明の酵母細胞集団からの接合能を持つ酵母細胞株の単離方法によって単離された接合能を持つ酵母細胞株を用いて、交雑を行い、酵母の形質を変換する酵母の交雑育種の方法を包含する。また、本発明は、本発明の酵母の交雑育種方法で取得した酵母の交雑株の発明、及び、該酵母の交雑株を用いて発酵することにより製造することを特徴とする醸造酒の製造方法の発明を包含する。
【0026】
すなわち具体的には本発明は、[1]接合能を持たない酵母細胞集団に混在する接合能を持つ酵母細胞株を、接合能を持つ酵母細胞株が放出する性フェロモンを検出して識別、分離することからなる酵母細胞集団からの接合能を持つ酵母細胞株の単離方法において、
接合能を持つ酵母細胞株が混在する酵母細胞集団及び温度感受性・性フェロモン感受性酵母を培地に植菌し、酵母細胞集団に混在する接合能を持つ酵母細胞株が増殖可能な温度範囲であり、かつ、温度感受性・性フェロモン感受性酵母の増殖が抑制される第1温度条件下に保持して培養し、温度感受性・性フェロモン感受性酵母の増殖が可能な第2温度条件下に保持して培養し、前記第1温度条件下による培養及び前記第2温度条件下による培養により、接合能を持つ細胞株が放出する性フェロモンを検出して、接合能を持つ酵母細胞株を識別、分離することを特徴とする酵母細胞集団からの接合能を持つ酵母細胞株の
単離方法や、[2]接合能を持つ酵母細胞株が、a型酵母細胞株又はα型酵母細胞株であり、該酵母細胞株が放出する性フェロモンが、性フェロモンaファクター又は性フェロモンαファクターであることを特徴とする上記[1]に記載の酵母細胞集団からの接合能を持つ酵母細胞株の
単離方法や、[3]温度感受性・性フェロモン感受性酵母が、aファクター感受性酵母又はαファクター感受性酵母であることを特徴とする上記[1]に記載の酵母細胞集団からの接合能を持つ酵母細胞株の
単離方法からなる。
【0027】
また、本発明は、[4]温度感受性・性フェロモン感受性酵母が、BAR1、及び、SST2からなる性フェロモンシグナルを負に制御する遺伝子を少なくとも1つ以上変異し、性フェロモン感受性を付与するとともに、温度感受性変異を導入した酵母であることを特徴とする上記[3]に記載の酵母細胞集団からの接合能を持つ酵母細胞株の
単離方法や、[5]温度感受性・性フェロモン感受性酵母が、SST2遺伝子の変異によってaファクター感受性が付与されたα型酵母、若しくはSST2遺伝子の変異によってαファクター感受性が付与されたa型酵母であることを特徴とする上記[3]又は[4]に記載の酵母細胞集団からの接合能を持つ酵母細胞株の
単離方法や、[6]温度感受性・性フェロモン感受性酵母が、BAR1遺伝子の変異によってαファクター感受性が付与されたa型酵母であることを特徴とする上記[3]又は[4]に記載の酵母細胞集団からの接合能を持つ酵母細胞株の
単離方法や、[7]温度感受性・性フェロモン感受性酵母が、低温感受性・性フェロモン感受性酵母であることを特徴とする上記[3]〜[6]のいずれかに記載の酵母細胞集団からの接合能を持つ酵母細胞株の
単離方法や、[8]温度感受性・性フェロモン感受性酵母が、遺伝子KEX2、ELA1、NEW1、RPA49、TGS1、REI1及びNSR1のいずれか一つ以上の遺伝子変異により低温感受性が付与された株であることを特徴とする上記[7]に記載の酵母細胞集団からの接合能を持つ酵母細胞株の
単離方法や、[9]温度感受性・性フェロモン感受性酵母が、高温感受性・性フェロモン感受性酵母であることを特徴とする上記[3]〜[6]のいずれかに記載の酵母細胞集団からの接合能を持つ酵母細胞株の
単離方法からなる。
【0028】
更に、本発明は[10]温度感受性・性フェロモン感受性酵母が、αファクター感受性がbar1遺伝子破壊により付与され、低温感受性がkex2遺伝子破壊により付与されたa型株であることを特徴とする上記[6]に記載の酵母細胞集団からの接合能を持つ酵母細胞株の
単離方法や、[11]温度感受性・性フェロモン感受性酵母が、αファクター感受性がsst2遺伝子破壊により付与され、低温感受性がtgs1遺伝子破壊により付与されたa型株であることを特徴とする上記[5]に記載の酵母細胞集団からの接合能を持つ酵母細胞株の
単離方法や、[12]温度感受性・性フェロモン感受性酵母が、aファクター感受性がsst2遺伝子破壊により付与され、低温感受性がtgs1遺伝子破壊により付与されたα型株であることを特徴とする上記[5]に記載の酵母細胞集団からの接合能を持つ酵母細胞株の
単離方法や、[13]酵母培養寒天プレート上に、接合能を持つ酵母細胞株が混在する酵母細胞集団及び温度感受性・性フェロモン感受性酵母の懸濁液を植菌し、該酵母培養寒天プレートを、
前記第1温度条件下に保持して、接合能を持つ酵母細胞株が混在する酵母細胞集団を選択的に増殖させ、該接合能を持つ酵母細胞株のシングルコロニーを形成させ、該シングルコロニーが形成された酵母培養寒天プレートを、
前記第2温度条件下に保持して培養することにより、接合能を持つ酵母細胞株が放出する性フェロモンにより該酵母細胞株コロニーの周囲に形成されるハロを検知し、接合能を持つ酵母細胞株を識別、分離することを特徴とする上記[1]〜[12]のいずれかに記載の酵母細胞集団からの接合能を持つ酵母細胞株の
単離方法や、[14]
前記第1温度条件が、10〜20℃
であり、前記第2温度条件が該第1の温度条件より高い温度領域であることを特徴とする
上記[1]〜[13]のいずれかに記載の酵母細胞集団からの接合能を持つ酵母細胞株の
単離方法や、[
15]
前記第1温度条件が25〜37℃であり、前記第2温度条件が該第1温度条件より低い温度領域であることを特徴とする上記[1]〜[13]のいずれかに記載の酵母細胞集団からの接合能を持つ酵母細胞株の単離方法や、[16]酵母細胞集団からの接合能を持つ酵母細胞株の単離が、醸造用酵母又はパン酵母からなる実用酵母からの接合能を持つ酵母細胞株の単離であることを特徴とする上記[1]〜[
15]のいずれかに記載の酵母細胞集団からの接合能を持つ酵母細胞株の
単離方法や、[
17]
接合能を持つ酵母細胞株が混在する酵母細胞集団及び温度感受性・性フェロモン感受性酵母を培地に植菌し、酵母細胞集団に混在する接合能を持つ酵母細胞株が増殖可能な温度範囲であり、かつ、温度感受性・性フェロモン感受性酵母の増殖が抑制される第1温度条件下に保持して培養し、温度感受性・性フェロモン感受性酵母の増殖が可能な第2温度条件下に保持して培養し、前記第1温度条件下による培養及び前記第2温度条件下による培養により、接合能を持つ細胞株が放出する性フェロモンを検出して、接合能を持つ酵母細胞株を単離して取得し、当該取得した酵母細胞株を用いて交雑を行い、酵母の形質を変換することを特徴とする酵母の交雑育種方法や、[18]
接合能を持つ酵母細胞株が混在する酵母細胞集団及び温度感受性・性フェロモン感受性酵母を培地に植菌し、酵母細胞集団に混在する接合能を持つ酵母細胞株が増殖可能な温度範囲であり、かつ、温度感受性・性フェロモン感受性酵母の増殖が抑制される第1温度条件下に保持して培養し、温度感受性・性フェロモン感受性酵母の増殖が可能な第2温度条件下に保持して培養し、前記第1温度条件下による培養及び前記第2温度条件下による培養により、接合能を持つ細胞株が放出する性フェロモンを検出して、接合能を持つ酵母細胞株を単離して取得し、当該取得した酵母細胞株を用いて交雑を行い、酵母の形質を変換して酵母の交雑株を取得し、当該取得した酵母の交雑株を用いて発酵することにより製造することを特徴とする醸造酒の製造方法からなる。
【発明の効果】
【0029】
本発明は、接合能を持たない酵母細胞集団に混在する接合能を持つ酵母細胞株をスクリーニングし、酵母細胞集団から接合能を持つ酵母細胞株を効率的に単離する方法を提供する。特に、交雑育種のために必要な接合能を持つ酵母細胞株の取得の困難な醸造用酵母や、パン酵母のような実用酵母にも適用することができ、該酵母細胞集団からHO遺伝子やMAT座などの変異によって極めてまれに生じ、酵母細胞集団に混在する接合能を持つ酵母細胞株を単純化した方法で効率的にスクリーニングし、効果的に酵母細胞集団から接合能を持つ酵母細胞株単離する方法を提供する。本発明の方法によって取得した接合能を持つ細胞株を、交雑育種の親株に利用することにより、従来、交雑育種の方法を採ることが困難であった実用酵母の場合における交雑育種を可能とし、本発明は、該実用酵母の優良特性を持つ酵母の育種に有力な手段を提供する。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【
図1】
図1は、本発明の実施例における「性フェロモン感受性酵母」についての試験において、各遺伝子欠損株の性フェロモン感受性試験の結果を示す写真である。
【
図2】
図2は、本発明の実施例における「最適な低温感受性遺伝子の探索」についての試験において、醸造酵母の各低温感受性遺伝子についての評価についての結果を示す写真である。
【
図3】
図3は、本発明の実施例における「接合可能株のスクリーニング法の検討」についての試験において、低温感受性・性フェロモン感受性酵母を用いて、接合能を持つα型酵母及びa型酵母の検出の結果を示す図及び写真である。
【発明を実施するための形態】
【0031】
本発明は、接合能を持たない酵母細胞集団に混在する接合能を持つ酵母細胞株を、接合能を持つ酵母細胞株が放出する性フェロモンを検出して、接合能を持つ酵母細胞株を識別、分離することからなる酵母細胞集団からの接合能を持つ酵母細胞株の単離方法において、該接合能を持つ酵母細胞株が放出する性フェロモンの検出を、酵母細胞集団に混在する接合能を持つ酵母細胞株が増殖可能なある一部の温度領域では増殖が抑制される温度感受性を持ち、かつ、性フェロモン感受性を持つ、温度感受性・性フェロモン感受性酵母を用い、該温度感受性・性フェロモン感受性酵母と、接合能を持つ酵母細胞株が混在する酵母細胞集団とを検出培地に同時に植菌し、該接合能を持つ酵母細胞株が混在する酵母細胞集団と温度感受性・性フェロモン感受性酵母の増殖条件の相違により、接合能を持つ酵母細胞株が放出する性フェロモンによる増殖抑制を効率的に検出することにより、酵母細胞集団からの接合能を持つ酵母細胞株を単純化した方法で効率的に単離する方法からなる。
【0032】
本発明は、接合能を持たない酵母細胞集団に混在する接合能を持つ酵母細胞株をスクリーニングし、酵母細胞集団から接合能を持つ酵母細胞株を効率的に単離する方法からなるが、該接合能を持たない酵母細胞集団における「酵母」としては、飲料、食品等の製品の製造などの産業上有用な用途に用い得る酵母(実用酵母)を対象とすることができる。特に、本発明は、飲料、食品等の製品の製造に用いる醸造酵母やパン酵母のような実用酵母に対して、有効に実施することができる。該実用酵母の例を挙げれば、Saccharomyces属に属する酵母を特に好適な対象とすることができ、「飲料や食品の製造に用い得る酵母」の例としては、下面発酵酵母又は上面発酵酵母のようなビール酵母、ワイン酵母、清酒酵母、焼酎酵母、ウイスキー酵母などの醸造用酵母や、パン酵母などを挙げることができる。
【0033】
醸造酵母等の「接合能を持たない酵母」の倍数性について説明すると、該酵母としては、二倍体以上の倍数性を持ち、かつ、MAT座に少なくとも1つのMATa遺伝子と少なくとも1つのMATα遺伝子とを有するために接合能を持たない酵母を意味し、例えば、MAT座に1つのMATa遺伝子と1つのMATα遺伝子とを有する酵母(a/α型の接合型を持つ酵母;二倍体)や、MAT座に2つのMATa遺伝子と1つのMATα遺伝子とを有する酵母(aa/α型の接合型を持つ酵母;三倍体)や、MAT座に1つのMATa遺伝子と2つのMATα遺伝子とを有する酵母(a/αα型の接合型を持つ酵母;三倍体)や、MAT座に2つのMATa遺伝子と2つのMATα遺伝子とを有する酵母(aa/αα型の接合型を持つ酵母;四倍体)を例示することができ、中でもa/α型の接合型を持つ酵母を好適に例示することができる。また、上記の「接合能を持たない酵母」には、親株だけでなく、かかる親株から胞子形成を経て得られる減数分裂分離体(以降、「減数体」とも表示する)も含む。
【0034】
本発明において、醸造用酵母や、パン酵母のような実用酵母において、ホモタリックな株を含む接合能を持たない実用酵母株の中にも、HO遺伝子やMAT座遺伝子の変異により、安定的に接合能を持つ細胞が極めてまれに存在することを見出した。したがって、本発明は、上記のような実用酵母において、接合能を持たない酵母細胞集団に通常的に混在する接合能を持つ酵母細胞株を対象として、実施することができる。また、接合能を持たない実用酵母株に、紫外線(UV)照射やエチルメタンスルホン酸(EMS)或いはニトロソグアニジン(MNNG)のような変異源性物質により、変異を誘発して、接合能を持つ細胞(a型株、α型株)の取得を促進することができる。
【0035】
上記のように、本発明においては、醸造用酵母や、パン酵母のような実用酵母において、ホモタリックな株を含む接合能を持たない実用酵母株の中にも、HO遺伝子やMAT座遺伝子の変異により、安定的に接合能を持つ細胞が極めてまれに存在することを見出し、そして、該接合能を持たない酵母に混在する接合能を持つ株をスクリーニングするにあたり、接合能を持つ株は性フェロモンを周囲に分泌するという性質に着目した。a型細胞は性フェロモンaファクターを、α型細胞は性フェロモンαファクターを分泌する。この性フェロモンは、自身と接合型が異なる細胞の増殖を抑制するという作用を持つ。すなわち、a型細胞が分泌するaファクターはα型細胞の増殖を抑制し、α型細胞が分泌するαファクターは、a型細胞の増殖を抑制する。
【0036】
本発明においては、a型細胞やα型細胞のような接合能を持つ株が周囲に分泌する性フェロモンの放出を、性フェロモン感受性酵母を用い、該酵母の増殖抑制により観察されるハロを指標にすることで、接合能を持つ株をスクリーニングし、単離する。性フェロモン感受性酵母とは、「性フェロモンシグナルを受け取ると増殖が抑制される酵母」、と定義することができる。該性フェロモンに対する細胞の増殖を抑制は、BAR1遺伝子やSST2遺伝子などに変異が入ると、性フェロモンに対して非常に強い感受性を示すことが報告されている。したがって、性フェロモン感受性株を取得するには、いくつかの報告があるように、性フェロモンシグナルを負に制御する遺伝子を変異した株を取得すればよい(Russell K. Chan. Et. Al., Mol. Cell Biol., Vol. 2, No.1, p. 11-20,Jan. 1982. )。例えば、αファクター感受性株としては、BAR1遺伝子が変異したa型実験室酵母やsst2遺伝子が変異したa型実験室酵母が挙げられ、aファクター感受性株としては、SST2遺伝子が変異したα型実験室酵母などが挙げられる。その他にも、性フェロモンのシグナルを受け取ると、増殖抑制となるレポーター遺伝子を発現させる酵母を作製すれば、本発明で定義する「性フェロモン感受性酵母」となりうる。これらの遺伝子が変異した酵母では、性フェロモン存在下では増殖することができないため、性フェロモンをスポットした領域や接合能を持つ酵母周辺では、ハロが観察される(Thomas R. Manney, Journal of Bacteriology, Vol. 155, No. 1, p. 291-301, July 1983.;Karl Kuchler, et. Al., The EMBO Journal vol. 8 No. 13 pp. 3973-3984, 1989.)。このハロを指標にすることで、接合能を持つ株を効率的にスクリーニング可能である。
【0037】
本発明の接合能を持つ酵母細胞株のスクリーニングについて説明すると、本発明者らは、先に、醸造用酵母や、パン酵母のような実用酵母において、接合能を持たない任意の実用酵母株の中に、極めてまれに存在する接合能を持つ細胞を、上記「性フェロモン感受性酵母」を用いて、スクリーニングし、単離することができることを見出た。しかし、該方法では、接合能を持つ酵母細胞株が放出する性フェロモンを、性フェロモン感受性酵母を用いて、その増殖抑制を検出してスクリーニングする方法であるため、その検出に当たっては、予め、接合能を持たない酵母細胞集団を検出培地に植菌し、その集団にわずかに含まれる接合能を持つ酵母細胞株から性フェロモンを放出させた上で、性フェロモン感受性酵母を植菌し、該性フェロモン放出による性フェロモン感受性酵母の増殖抑制を検出する必要がある。したがって、接合能を持たない酵母細胞集団に混在する接合能を持つ酵母細胞株と性フェロモン感受性酵母を同時に植菌し、スクリーニングすることが難しく、単純化した方法で効率的に単離するスクリーニング方法としては制約があった。
【0038】
そこで、本発明においては、酵母細胞集団に混在する接合能を持つ酵母細胞株は増殖可能なある一部の温度領域のような、特定の条件下では増殖(生育)が抑制され、該温度を超えた温度領域若しくは下回った温度領域では増殖が可能であり、かつ、性フェロモン感受性を持つ、温度感受性・性フェロモン感受性酵母を用いることにより、接合能を持つ酵母細胞株が混在した酵母細胞集団と温度感受性・性フェロモン感受性酵母とを検出培地に同時に植菌するという単純化した方法で、接合能を持つ酵母細胞株が放出する性フェロモンによる増殖抑制を効率的に検出することができることを見出した。なお、温度感受性以外の、増殖が抑制される変異が性フェロモン感受性酵母に付与されていても良い。例えばスクリーニングに供する酵母と、増殖抑制変異を有した性フェロモン感受性酵母の混合菌体をトップアガーによりプレート上で培養すると、性フェロモン感受性酵母は、増殖抑制となる遺伝子変異を有するため、混合した2菌体のうち、まずスクリーニングに供する酵母が増殖し、コロニーを形成する。その後、遅れて性フェロモン感受性酵母が増殖し、プレート一面に生育する。この際、接合能を有する細胞のコロニー周囲では、性フェロモンが放出されているため、そのコロニー周囲では性フェロモン感受性酵母は増殖することができず、ハロを形成する。このハロを指標として、接合能可能株を簡便に識別することができる。
【0039】
本発明でいう「増殖が抑制される遺伝子変異」としては、スクリーニングに供する酵母10−10
3細胞と性フェロモン感受性酵母10
4−10
8細胞を混合して直径9cm培養プレートに植菌し培養した際に、スクリーニングに供する酵母のコロニーが形成される程度に、性フェロモン感受性酵母の増殖を抑制可能な遺伝子変異を意味する。特に、増殖が抑制される遺伝子変異の中でも、ある条件下でのみ生育が抑制される遺伝子変異は、性フェロモン感受性酵母の増殖を人為的に制御可能となるため、より好ましい。更に、ある条件下としては、特定の温度領域であることが生育の制御の簡便性を考えるとより好ましく、例えば、醸造酵母が増殖可能な10℃〜20℃の低温領域では増殖が抑制され、この温度帯を超えた温度領域では通常通り生育可能な遺伝子変異(低温感受性)や、醸造酵母が増殖可能な25℃〜37℃の高温領域では増殖が抑制され、この温度帯を下回った温度領域では生育可能な遺伝子変異(高温感受性)がより好ましい。
【0040】
本発明において、高温感受性・性フェロモン感受性酵母としては、BAR1、及び、SST2からなる性フェロモンシグナルを負に制御する遺伝子を少なくとも1つ以上変異し、性フェロモン感受性を付与するとともに、低温感受性変異を導入した酵母を用いることができ、aファクター感受性酵母としては、SST2遺伝子が変異したα型酵母を、αファクター感受性酵母としては、BAR1遺伝子が変異したa型酵母及びsst2遺伝子が変異したa型酵母を用いることができる。
【0041】
また、低温感受性・性フェロモン感受性酵母の低温感受性としては、遺伝子KEX2、ELA1、NEW1、RPA49、TGS1、REI1及びNSR1のいずれか一つ以上が破壊された遺伝子破壊株を用いることができる。本発明の酵母細胞集団からの接合能を持つ酵母細胞株の効率的単離方法において、低温感受性・性フェロモン感受性酵母の特に好ましい酵母細胞株としては、性フェロモン感受性が、bar1遺伝子破壊株やsst2遺伝子破壊株であり、低温感受性が、kex2遺伝子破壊株new1遺伝子破壊株、tgs1遺伝子破壊株である酵母細胞株を挙げることができる。
【0042】
上記遺伝子破壊株は、同業者にはよく知られる一般的な遺伝子破壊の手法により取得することができる。例えば、次の文献に示された方法を参考に取得することができる:The EMBO Journal vol. 8, no.13,pp.3973-3984,1989;MOLECULAR AND CELLULAR BIOLOGY, Jan. p. 11-20;JOURNAL OF BACTERIOLGY, July 1983, p.291-301。また、該遺伝子破壊株は、YEAST DELETION MAT COMPL SET(invitrogen 製品番号95401. H2)などから入手することもできる。
【0043】
上記のように、本発明において、酵母細胞集団からの接合能を持つ酵母細胞株をスクリーニングするに際しては、酵母培養寒天プレート上に、接合能を持つ酵母細胞株が混在する酵母細胞集団及び温度感受性・性フェロモン感受性酵母の混合懸濁液を植菌し、該酵母培養寒天プレートを、接合能を持つ酵母細胞株が混在する酵母細胞集団が増殖し、かつ温度感受性・性フェロモン感受性酵母の増殖が抑制される温度条件下に保持して、接合能を持つ酵母細胞株が混在する酵母細胞集団を選択的に増殖させ、該接合能を持つ酵母細胞株のシングルコロニーを形成させ、該シングルコロニーが形成された酵母培養寒天プレートを、温度感受性・性フェロモン感受性酵母の増殖が可能な温度条件下に保持して培養することにより、接合能を持つ酵母細胞株が放出する性フェロモンにより該酵母細胞株コロニーの周囲に形成されるハロを検知し、接合能を持つ酵母細胞株を識別、分離することにより行うことができる。該酵母細胞集団に混在する接合能を持つ酵母細胞株が増殖し、かつ低温感受性・性フェロモン感受性酵母の増殖が抑制される低温条件としては、10〜20℃が採用される。
【0044】
例えばスクリーニングに供する酵母細胞集団と低温感受性・性フェロモン感受性酵母とを、酵母培養寒天培地YPD(yeastextract peptone dextrose)プレート上に植菌し、該YPDプレートを、10〜20℃の低温下に保持して、スクリーニングに供する酵母細胞集団を選択的に増殖させてシングルコロニーを形成させ、次に、該プレートを、25〜30℃に保持、培養することにより、スクリーニングに供する酵母細胞集団に混在する接合能を持つ酵母細胞株が放出する性フェロモンにより該酵母細胞株コロニーの周囲に形成されるハロを検知し、接合能を持つ酵母細胞株を識別、分離する。酵母の植菌は、45℃に保温した0.7%アガロースYPD(トップアガー)に酵母を懸濁し、この酵母懸濁液をYPDプレートに流しこむことで行うことができる。接合可能株のコロニー周囲には、性フェロモンが分泌されているため、その周囲にいる性フェロモン感受性酵母は増殖できずにハロを形成する。このコロニーをシングル化することで、接合可能株を得ることができる。
【0045】
以下、本発明を実施例により詳細に説明するが、本発明の技術的範囲は以下の実施例によって限定されるものではない。
【実施例1】
【0046】
[性フェロモン感受性酵母]
本発明において、接合可能株を検出する酵母として、性フェロモン感受性酵母を利用する。αファクター分解酵素をコードするBAR1遺伝子および性フェロモン応答経路の脱感作に関与するSST2遺伝子が変異した酵母株は、性フェロモン存在下では、増殖できないことが知られている(Thomas R. Manney, Journal of Bacteriology, Vol. 155, No. 1, p. 291-301, July 1983.;Karl Kuchler, et. Al., The EMBO Journal vol. 8 No. 13 pp. 3973-3984, 1989.)。これらの変異により、性フェロモン感受性を獲得するか検討した。YPD(yeastextract peptone dextrose )培地で一晩培養したa型実験室酵母、α型実験室酵母、及び、a型bar1欠損株、a型sst2欠損株、α型sst2欠損株を回収し、滅菌水で洗浄し、OD
600=0.5に希釈した。その酵母懸濁液0.4mlを、45℃に保温したYPDアガロース(0.7%アガロース)3mlに加えて混合後、直ちにYPDプレート(直径9cm)に流し込み、各酵母株が上層に重層された寒天プレートを作製した。更に、YPD培地で一晩培養し、滅菌水で洗浄した各実験室酵母株の懸濁液をそれぞれ10
5 cell/μlに希釈し、その懸濁液を各酵母株が重層されたプレートに、それぞれ2μlずつスポットした。その後、25℃で2日間培養した結果、a型実験室酵母、α型実験室酵母は、どの接合型の酵母の周りでも生育できた(
図1)。一方、a型bar1欠損株においては、αファクター分泌能のないa型実験室酵母BY4741株、a/α型実験室酵母BY4743株の周囲では生育できたが、αファクター分泌能のあるα型実験室酵母BY4742株の周囲でのみ、a型bar1欠損株は生育することができず、ハロが観察された(
図1)。これは、a型bar1遺伝子欠損株はαファクター感受性であることを意味する。同様に、a型sst2欠損株、α型sst2欠損株は、それぞれαファクター感受性、aファクター感受性を示した(
図1)。以上により、これらの性フェロモン感受性酵母を用いることで、接合可能株を効率的に検出可能であることが示唆された。
【実施例2】
【0047】
[最適な低温感受性遺伝子の探索]
本発明者らは、先に、醸造酵母のような接合能を持たない酵母集団から接合能を持つ細胞を単離するために、性フェロモン感受性酵母を用いる方法を開発した(特願2013−243174)。この方法では、接合能を持つ細胞が放出する性フェロモンを、性フェロモン感受性酵母を用いて検出することにより、接合能を有する細胞をスクリーニングすることが可能であるが、スクリーニングに供する酵母を植菌する作業と、性フェロモン感受性酵母を植菌する作業の、二回の植菌作業が必要となる。例えば、まずスクリーニングに供する酵母をプレート上で培養させ、シングルコロニーを形成させる。その後、軟寒天に懸濁した性フェロモン感受性酵母を上から流し込んで培養し、接合能を持つ細胞のシングルコロニーから放出された性フェロモンを、コロニー周囲の性フェロモン感受性酵母の増殖の有無により検出する。1回の作業につき、プレート数十枚〜数百枚、場合によっては数千枚のプレートに植菌する作業となるため、これらの作業を1回に短縮することで、スクリーニング効率が大幅に向上することができる。そこで、本発明においては、スクリーニングに供する酵母と性フェロモン感受性酵母を混合して同時にプレートに植菌することが可能な手法の開発を行った。
【0048】
スクリーニングに供する酵母と性フェロモン感受性酵母の2菌体を同時にプレートに植菌してスクリーニングを行うには、まずはスクリーニングに供する酵母を優先的に増殖させてコロニーを形成させる必要がある。そこで、性フェロモン感受性酵母へ、低温感受性変異の導入を試みた。すなわち、スクリーニングに供する酵母と性フェロモン感受性酵母の2菌体を同時にプレートに植菌すると、圧倒的に細胞数が多い性フェロモン感受性酵母の影響で、スクリーニングに供する酵母がシングルコロニーを形成できないことが予想されたため、醸造酵母が生育可能な温度領域のうち、低温(10℃−20℃)では生育が阻害され、高温(25℃−37℃)では、通常通り生育する遺伝子変異を、性フェロモン感受性酵母に導入する方法を採用した。これにより、2菌体が植菌されたプレートをまず低温(10℃−20℃)で培養することによって、スクリーニングに供する酵母のみが生育してシングルコロニーを形成することが可能となる。その後、25℃−37℃で培養することで、性フェロモン感受性・低温感受性酵母が通常通り生育し、従来どおり、接合能を持つ細胞が放出する性フェロモンによる増殖抑制を検出できることが期待された。
【0049】
性フェロモン感受性酵母に、低温感受性変異を導入するため、ターゲットとする最適な遺伝子を、文献(Yamagishi H, et. al., J Gen Appl Microbiol, Vol.56, No.4, p. 297-312, 2010.)やSaccharomyces Genome Database(SGD、http://www.yeastgenome.org/)から調査した。SGDでは、「Single Mutant Phenotype(s) for cold sensitivity, increased」となる遺伝子を検索した。それらの遺伝子から、1) 欠損により20℃〜26℃で生育が阻害され、2) 欠損しても遺伝的に安定であり、3) 欠損しても凍結融解感受性とならず、4) 欠損しても低温感受性以外の表現型が少ない、という観点から、複数の遺伝子を選抜した。YEAST DELETION MAT COMPL SET(invitrogen 製品番号95401. H2)からこれらの遺伝子破壊株を選び出し、10℃〜20℃で十分に増殖が抑制され、25℃〜37℃では、通常通り生育可能な株を選抜した。その後、以下の方法によりこれらの遺伝子破壊株を評価した。各遺伝子破壊株約10
6細胞と下面発酵酵母10
2〜10
3細胞を混合し、軟寒天に包埋させて、20℃で3日〜4日培養を行なった(
図2:低温感受性遺伝子の評価)。
【0050】
野生株と下面発酵酵母を混合して同時にプレートに植えた場合、菌体数が多いことから下面発酵酵母のコロニーは形成することができず、プレート一面に菌が生育した(
図2)。しかし、下面発酵酵母と、kex2, ela1, new1, rpa49, tgs1, rei1, nsr1破壊株を混合して培養した場合は、低温感受性酵母の生育が阻害される20℃でまず培養したことにより、下面発酵酵母コロニーが形成された。またその後、同じ培養物を30℃で2日間培養することにより、各遺伝子破壊株がプレート全体での生育が観察された。以上より、適当な低温感受性変異を性フェロモン感受性酵母に導入することにより、多数の性フェロモン感受性酵母とスクリーニングに供する酵母を同時に植菌して培養しても、スクリーニングに供する酵母のコロニーが形成され、性フェロモンの分泌、すなわち接合能を評価できることが示唆された。
【実施例3】
【0051】
[低温感受性・性フェロモン感受性酵母を用いた接合可能株スクリーニング法の検討]
低温感受性変異を付与した性フェロモン感受性酵母を用いて、接合可能株のスクリーニングが可能か検討した。低温感受性・αファクター感受性酵母として、a型bar1, kex2遺伝子破壊株及びa型sst2,tgs1遺伝子破壊株を、低温感受性・aファクター感受性酵母として、α型sst2,new1遺伝子破壊株を作製した。この低温感受性・性フェロモン感受性酵母約10
6細胞と、様々な比率の接合のない下面発酵酵母及び接合能を持つa型もしくはα型下面発酵酵母減数体10−100細胞を混合し、トップアガーによりYPDプレートに流し込んだ。なお、該遺伝子破壊株は、YEAST DELETION MAT COMPL SET(invitrogen 製品番号95401. H2)由来の破壊株を親株として用いて、同業者にはよく知られる一般的な方法により作製した。また、a型およびα型下面発酵酵母減数体は、特開2010−220481号公報に記載される方法で取得した。そのプレートを16℃で3日間培養し、その後続けて30℃で2日間培養を行った(
図3a)。その結果、実施例1での検討通り、下面発酵酵母のコロニーが形成された(
図3b)。a型bar1, kex2遺伝子破壊株において、接合能なし100%の試験区ではコロニーの周りにα型を意味するハロは観察されないが、α型下面発酵酵母減数体100%の試験では全てのコロニーの周りにハロが観察された(
図3b上段)。また、α型下面発酵酵母減数体5%の試験区では、その割合でハロが観察されるコロニーが出現した(
図3b上段)。これは、酵母集団中にわずかに含まれる接合可能株を検出できたことを示している。同様に、低温感受性・αファクター感受性酵母であるa型sst2, tgs1遺伝子破壊株、および低温感受性・aファクター感受性酵母であるα型sst2,new1遺伝子破壊株においても、酵母集団中にわずかに含まれるα型酵母、a型酵母をそれぞれ検出可能であった(
図3b中段、下段)。
【0052】
以上により、αファクター感受性酵母に低温感受性遺伝子を付与することで、酵母混合菌体をプレートに流し込むという非常に簡便な作業のみで、多数のコロニーに含まれるごくわずかな接合可能株をスクリーニング可能であることが示された。この方法は植菌作業が1回で済むため、従来法よりも非常に簡便で効率的に接合可能株をスクリーニングできる。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明は、接合能を持たない酵母細胞集団に混在する接合能を持つ酵母細胞株をスクリーニングし、酵母細胞集団から接合能を持つ酵母細胞株を効率的に単離する方法を提供する。特に、交雑育種のために必要な接合能を持つ酵母細胞株の取得の困難な醸造用酵母や、パン酵母のような実用酵母にも適用することができ、該酵母細胞集団からHO遺伝子やMAT座などの変異によって極めてまれに生じ、酵母細胞集団に混在する接合能を持つ酵母細胞株を単純化した方法で効率的にスクリーニングし、効果的に酵母細胞集団から接合能を持つ酵母細胞株単離する方法を提供する。本発明の方法によって取得した接合能を持つ細胞株を、交雑育種の親株に利用することにより、従来、交雑育種の方法を採ることが困難であった実用酵母の場合における交雑育種を可能とし、本発明は、該実用酵母の優良特性を持つ酵母の育種に有力な手段を提供する。