(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6291288
(24)【登録日】2018年2月16日
(45)【発行日】2018年3月14日
(54)【発明の名称】擁壁の構造
(51)【国際特許分類】
E02D 29/02 20060101AFI20180305BHJP
E02D 17/04 20060101ALI20180305BHJP
E02D 27/34 20060101ALI20180305BHJP
E04H 9/02 20060101ALI20180305BHJP
【FI】
E02D29/02 302
E02D17/04 E
E02D27/34 B
E04H9/02 331A
【請求項の数】4
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2014-40031(P2014-40031)
(22)【出願日】2014年3月3日
(65)【公開番号】特開2015-165067(P2015-165067A)
(43)【公開日】2015年9月17日
【審査請求日】2016年11月7日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001317
【氏名又は名称】株式会社熊谷組
(74)【代理人】
【識別番号】100083806
【弁理士】
【氏名又は名称】三好 秀和
(74)【代理人】
【識別番号】100095500
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 正和
(74)【代理人】
【識別番号】100070024
【弁理士】
【氏名又は名称】松永 宣行
(72)【発明者】
【氏名】前川 利雄
【審査官】
石川 信也
(56)【参考文献】
【文献】
実開昭60−006002(JP,U)
【文献】
特開2002−276040(JP,A)
【文献】
特開平11−193648(JP,A)
【文献】
特開昭61−196078(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
E02D 29/02
E02D 17/04
E02D 27/34
E04H 9/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
建物の免震化のために底盤上に設置された複数の免震装置の周囲を取り巻く擁壁の構造であって、
前記底盤上に載置され矩形の四辺上に位置する4つの壁板と、
各壁板をその周囲地盤の土水圧に抗して鉛直に支持し、また、各壁板の前記周囲地盤に向けての傾倒又は移動を許す支持手段とを含み、
前記支持手段は、各壁板と前記底盤とに連結された、前記周囲地盤に向けての傾倒を許すストッパー付きヒンジからなる、擁壁の構造。
【請求項2】
前記4つの壁板を構成する互いに相対する二対の壁板は互いに他の一対の壁板の控えをなす、請求項1に記載の擁壁の構造。
【請求項3】
建物の免震化のために底盤上に設置された複数の免震装置の周囲を取り巻く擁壁の構造であって、
前記底盤上に載置され矩形の四辺上に位置する4つの壁板と、
各壁板をその周囲地盤の土水圧に抗して鉛直に支持し、また、各壁板の前記周囲地盤に向けての傾倒又は移動を許す支持手段とを含み、
前記支持手段は、前記底盤上に設けられ該底盤と一体をなす、互いに平行な高さの低い外壁及び高さの高い内壁であって両壁間に各壁板の下端部を受け入れる溝を規定する外壁及び内壁を有し、
各壁板は、前記内壁の上方を前記免震装置に向けて張り出す上部を有する、擁壁の構造。
【請求項4】
前記擁壁に接する前記周囲地盤の一部がこれに注入された粘性材料を含む、請求項1〜3のいずれか1項に記載の擁壁の構造。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
建物の免震化のために地下に設けられる免震ピットの擁壁の構造に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、建物に対する地震対策のため、地盤と建物との間に積層ゴムアイソレーターのような複数の免震装置を配置することが行われている。免震装置は、掘り下げられた地盤上に形成された底盤とこれと一体をなす、矩形の四辺に沿って伸びる擁壁とが規定する免震ピット内に設置される。これによれば、地震の発生時、免震装置の働きにより、該免震装置上に支持された建物(免震建物)に生じる水平変位の大きさ及び加速度が制限され、該建物の揺れが緩和される。
【0003】
ところで、発生する地震の規模が設計上の想定規模を大きく上回ると、建物の水平変位の大きさ及びその加速度の大きさが設計上の想定の範囲を超え、前記建物の下部が擁壁に衝突し、このために前記建物が損傷し、また、前記建物内の什器の転倒被害や設備機器に対する悪影響が生じ、さらに、居住者が抱く不安感を増大させる。
【0004】
そこで、このような事態が発生したときの対策として、免震装置を取り巻く擁壁の高さを低くして、前記擁壁の外側に前記建物の下部を取り巻く土留壁を設けることが提案されている。この提案においては、想定外の大規模な地震の発生時における建物の衝突対象が前記土留壁とされかつ該土留め壁の一部が衝撃吸収性を備える改良土で構成される(後記特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2012−233362号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、設計上の想定を大きく上回る規模の地震が発生したときにおける免震ピットの擁壁に対する建物の衝撃を緩和する新たな手段を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、建物の免震化のために底盤上に設置された複数の免震装置の周囲を取り巻く擁壁の構造に係る。この擁壁の構造は、前記底盤上に載置され矩形の四辺上に位置する4つの壁板と、各壁板を鉛直に支持する支持手段であって周囲地盤に向けての傾倒又は移動を許す支持手段とを含む。
【0008】
本発明によれば、底盤上の各壁板は支持手段によりその周囲地盤の土水圧に抗して鉛直に支持され、前記支持手段に支持された4つの壁板は、免震装置の設置空間である免震ピットを規定する擁壁として機能する。本発明にあっては、設計上の想定を大きく上回る規模の地震の発生に伴って前記免震装置上の建物に大きさ及び加速度が共に過大な水平変位が生じ、このために、前記建物がその外壁の下部において前記擁壁に衝突するとき、衝突を受けた壁板がその周囲地盤に向けて傾倒し又は移動する。前記壁板の傾倒又は移動は、前記建物下部の前記壁板への衝突に伴って生じる衝撃力を緩和する。その結果、前記建物に生じる損傷や、該建物内の什器の転倒被害や設備機器に対する悪影響、居住者が受ける不安感が軽微なものとされる。
【0009】
前記支持手段は、各壁板と前記底盤とに連結された、前記周囲地盤に向けての傾倒を許すストッパー付きヒンジからなるものとすることができる。これによれば、前記ストッパー付きヒンジはこれが有する一方向への回転のみを許す機能により各壁板を鉛直に支持し、また、各壁板をその周囲地盤へ向けての傾倒を許す。この例においても、さらに、前記4つの壁板を構成する互いに相対する二対の壁板を互いに他の一対の壁板の控えをなすように構成することができる。これによれば、同様に、各壁板のより確実な支持を期待することができる。
【0010】
また、前記支持手段は、前記底盤上に設けられ該底盤と一体をなす、互いに平行な高さの低い外壁及び高さの高い内壁であって両壁間に各壁板の下端部を受け入れる溝を規定する外壁及び内壁を有するものとすることができる。ここにおいて、各壁板は、前記内壁の上方を前記免震装置に向けて張り出す上部を有するものとされる。
【0011】
これによれば、各壁板は、前記支持手段を構成する内外の両壁により鉛直に支持される。また、各壁板は、前記内壁の上方を前記免震装置に向けて張り出す上部において、過度な水平変位をしたときの前記建物の下部と衝突する。このとき、各壁板の下端部が両壁間の前記溝内で回転しあるいはさらに前記溝を抜け出し、これにより、各壁板が前記周囲地盤に向けて倒れる。
【0012】
各壁板の前記支持手段については、前記控え壁としての2つの壁板と、前記周囲地盤に埋設された複数のアンカー部材又は前記ストッパーヒンジとで構成することができる。
【0013】
前記擁壁に接する前記周囲地盤の一部はこれに注入された粘性材料を含むものとすることができる。これによれば、前記周囲地盤が比較的硬いものからなる場合、前記周囲地盤を前記擁壁の近傍において軟弱なものとし、該擁壁を構成する各壁板の傾倒又は移動をより容易なものとすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】4つの壁板と各壁板の支持手段の一例とを示す概略的な平面図である。
【
図2】壁板と、他の例の支持手段と、免震建物とを示す部分縦断面図である。
【
図3】地震発生時における
図2の壁板及びその支持手段と、免震建物とを示す部分縦断面図である。
【
図4】地震発生時における他の例の壁板及びその支持手段と免震建物とを示す部分縦断面図である。
【
図5】さらに他の例の壁板及びその支持手段と免震建物とを示す部分縦断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
図1を参照すると、高層ビルのような建物10、該建物の免震化のために地盤を掘り下げて地下に形成された鉄筋コンクリート製の底盤12、及び、底盤12上に設けられた擁壁14の鉛直上方から見たときの概略が示されている。
【0016】
底盤12上の擁壁14は矩形の四辺に沿って伸びている。底盤12及び擁壁14は、積層ゴムアイソレーターのような複数の免震装置16(
図2参照。但し、その一つのみを示す。)が設置される免震ピット18の床面及び周面を規定する。建物10はこれらの複数の免震装置16上に支持されている。
【0017】
本発明にあっては、擁壁14が矩形の立面形状を有する4つの壁板20からなる。これらの4つの壁板20は底盤12上に載置され前記矩形の四辺上にそれぞれ位置する。4つの壁板20は、例えば鉄筋コンクリートからなる。各壁板20は、支持手段22により、その周囲地盤24の土水圧に対抗するように鉛直に支持されている。
【0018】
図1に示すところでは、4つの壁板20を構成する互いに相対する二対の壁板20が互いに他の一対の壁板20の控えをなし、前記二対の壁板が互いに他の一対の壁板に対する支持手段22をなしている。
【0019】
すなわち、互いに相対する一対の壁板20(a)、20(d)が、互いに相対する他の一対の壁板20(b)、20(c)の控えをなし、同時に、他の一対の壁板20(b)、20(c)が、一対の壁板20(a)、20(d)の控えをなしている。前記控えの作用により、対をなす2つの壁板20(a)、20(d)のそれぞれ、及び、対をなす2つの壁板20(b)、20(c)のそれぞれが鉛直に支持され、また、周囲地盤24に向けての傾倒又は移動が可能とされている。
【0020】
前記控えの作用を得るために、図示の例にあっては、相対する一対の壁板20(a)、20(d)の内の一方の壁板20(a)の両側部に上下方向へ伸びる一対の切り欠き26が設けられ、他方の壁板20(d)の両側部には何も設けられていない。また、他の一対の壁板20(c)、20(d)のそれぞれの両側部の内の一方の側部のみに上下方向へ伸びる同様の切り欠き26が設けられている。各切り欠き26は、壁板20の内壁面の一部及び側面の一部を鉤形に切り欠いてなる。
【0021】
一対の壁板20(a)、20(d)の内の一方の壁板20(a)は、その両側部の切り欠き26に、他の一対の壁板20(b)、20(c)の側部の一部分を受け入れている。また、一対の壁板20(a)、20(d)の内の他の一方の壁板20(d)は、その両側部の一部分において、他の一対の壁板20(b)、20(c)の一側部の切り欠き26に受け入れられている。
【0022】
前記控えの作用を得るために、
図1に示す例のほか、例えば、各壁板20(a〜d)の一側部に前記切り欠きを設けたものとすることができる。この例にあっては、壁板20(a)の切り欠きに壁板
20(c)の他側部の一部分が受け入れられ、壁板
20(c)の切り欠きに壁板
20(d)の他側部の一部分が受け入れられ、壁板20(d)の切り欠きに壁板(b)の他側部の一部分が受け入れられ、かつ、壁板20(b)の切り欠きに壁板(a)の他側部の一部分が受け入れられる。あるいは、また、前記した例のほか、例えば、互いに相対する一対の壁板20(a)、20(d)のそれぞれの両側部に前記切り欠きを設け、他方、他の一対の壁板20(b)、20(c)のそれぞれの両側部には何も設けないものとすることができる。この例にあっては、壁板20(a)の一側部の切り欠きとこれに相対する壁板20(d)の一側部の切り欠きとに、前記切り欠きが設けられていない他の壁板20(b)の両側部の一部分がそれぞれ受け入れられ、また、壁板20(a)の他側部の切り欠きとこれに相対する壁板20(d)の他側部の切り欠きとに、他の壁板20(c)の両側部の一部分がそれぞれ受け入れられる。
【0023】
なお、周囲地盤24の土水圧を受ける図示の各壁板20(a〜d)は一定の厚さ寸法を有するものであり、このため、各壁板は前記矩形の各辺の伸長方向における中央部において最も大きく撓む。この撓みをより小さいものとするため、各壁板20(a〜d)がその両側部から前記中央部に向けてそれぞれ漸増する厚さ寸法を有するものとすることができる。
【0024】
各壁板20の支持手段22は、
図1に示すものに代えて、以下に説明する
図2に示すもの、
図4に示すもの、又は、
図5に示すものとすることができる。また、支持手段22は、これらのものに代えて、
図1に示すものと
図2に示すものとの組み合わせからなるもの、
図1に示すものと
図4に示すものとの組み合わせからなるものとすることができる。
【0025】
図2及び
図3を参照すると、4つの壁板20の内の任意の1つの壁板20と、これを支持する他の例に係る支持手段22とが示されている。なお、壁板20には、
図1に示す例におけるような切り欠き26は設けられていない。
【0026】
図2及び
図3に示す支持手段22は、各壁板20に連結されかつその背後の周囲地盤24に埋設された複数のアンカー部材28からなる。各アンカー部材28は壁板20に埋設された板状の一端部28aと、周囲地盤24に埋設された板状又は円筒状の他端部28bとを有し、また、一端部28aから他端部28bに向けて斜め下方へ伸びる線状の中間部28cを有する。アンカー部材28は周囲地盤24に接する壁板20に引張り力を及ぼし、これを鉛直に支持する。また、アンカー部材28は各壁板20が周囲地盤24に向けて倒れ又は移動することを許す。なお、各壁板20は例えば発泡スチロール製のシート片30を介して底盤12上に載置することができる。
【0027】
図2に示す例、また、
図1に示す例については、前記矩形の各辺に沿って伸びる軸線を有する複数のヒンジ(図示せず)を介して、各壁板20を前記ヒンジの軸線の周りに回転可能であるように、底盤12に連結することができる。この例にあっては、支持手段22は、各壁板20の周囲地盤28に向けての傾倒のみを許す。
【0028】
免震装置16上に支持された建物10は、
図1及び
図2のいずれの例においても、設計上想定された範囲内の規模の地震が発生したとき、免震装置16の働きにより、互いに相対する壁板20相互間において水平方向に変位する。他方、前記地震の規模が設計上の想定を超える大きさであるとき、建物20は過大にまたより大きい加速度をもって水平に変位する。その結果、建物10の下部が壁板20に衝突する。
【0029】
この状況について、
図3を参照して代表的に説明すると、衝突を受けた壁板20が周囲地盤24に向けて傾倒し、あるいは周囲地盤24を押し退けるように移動する(図示せず)。
図3に示すところでは、壁板20が傾倒し、その周囲地盤24が複数のアンカー部材28と共に押し退けられている。このときの壁板20の傾倒又は移動により、建物10の壁板20に対する衝突に伴う衝撃力が緩和され、建物10に生じる損傷の程度や、該建物内の什器の転倒被害や設備機器に対する悪影響、居住者が受ける不安感が低減される。
【0030】
各壁板20の支持手段22は、前記した例に代えて、
図4に示すものとすることができる。
図4に示す支持手段22は、複数のストッパー付きヒンジ32からなる。複数のストッパー付きヒンジ32はこれらの軸線が前記矩形の各辺に沿って伸びるように配置されている。各壁板20は複数のストッパー付きヒンジ32を介して、直立した状態から周囲地盤24に向けて回転可能であるように、底盤12に連結されている。
図4は、想定外の規模の地震が生じたときに建物10がその下部において壁板20に衝突し、該壁板がストッパーヒンジ32の軸線の周りに回転して、周囲地盤24に向けて傾倒した状態を示す。前記したと同様に、壁板20の傾倒により、壁板20に対する建物10の衝撃力が緩和される。
【0031】
なお、建物10と各壁板20とにこれら相互の想定される衝突箇所に衝撃吸収能を有するシート片34を貼り付けておくことができる。これによれば、壁板20に建物10が衝突したときに生じる衝撃力をより一層緩和することができる。前記シート片34の貼付は、
図1に示す例、
図2に示す例及び後述する
図5に示す例においても、同様に適用可能である。また、擁壁14を構成する各壁板20に接する周囲地盤24の一部をこれに注入された粘性材料36を含むものすることができる。これにより、周囲地盤24が比較的高い硬度を有する場合には該周囲地盤をより変形し易い軟弱なものとすることができ、周囲地盤24に対する各壁板20の傾倒又は移動をより容易なものとすることができる。周囲地盤24の一部への粘性材料36の注入も、また、
図1に示す例、
図2に示す例及び後述する
図5に示す例に同様に適用可能である。
【0032】
支持手段22は、また、
図5に示すようなものとすることができる。
【0033】
図5に示す支持手段22は、底盤12上に設けられ該底盤と一体をなす、互いに平行な高さの低い外壁38と高さの高い内壁40とからなる。外内の両支持壁38、40はこれらの間に各壁板20の下端部42を受け入れる浅い溝44を規定する。ここにおいて、各側板20は高さの高い内壁40の上方を免震装置16に向けて、すなわち免震ピット18内に張り出す上部46を備える。
【0034】
この例によれば、各壁板20は外内の両支持壁38、40により鉛直に支持され、背後の周囲地盤24の土水圧に対抗する。また、各壁板20の上部46は内壁40の上方を乗り越えて突出していることから、建物10に過大な水平変位が生じたとき、壁板20はその上部において建物10に衝突する。壁板20は、前記した例におけると同様、前記衝突により周囲地盤24に向けて倒れ、これにより建物10に生じる衝撃力が緩和される。なお、
図2に示す例におけると同様、溝44の底に発泡スチロール製のシート片30をおき、この上に各壁板20を載置することができる。
【符号の説明】
【0035】
10 建物
12 底盤
14 擁壁
16 免震装置
18 免震ピット
20 壁板
22 支持手段
24 周囲地盤
28 アンカー部材
32 ストッパー付きヒンジ
36 粘性材料
38、40 外壁及び内壁
42 壁板の下端部
44 溝
46 壁板の上部