(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明者らは、引張強度が980MPa以上の高強度冷延鋼板について、剛性の確保を前提として、鋼板形状と形状凍結性の両方に優れた鋼板を提供するために鋭意検討を重ねてきた。その結果、金属組織を、ベイナイトを10〜40面積%含み、残部が実質的に焼戻しマルテンサイトである複合組織とすれば、上記の特性が全て発揮されることを見出した。後に詳述するとおり本願発明では、剛性と形状凍結性とのバランスを考慮し、降伏比を70〜80%の範囲に制御しているが、ベイナイトは降伏比の低減に寄与する組織であり、焼戻しマルテンサイトは降伏比の増加に寄与する組織であり、両組織は、降伏比に対して相反する挙動を有する。本発明では、これら組織の比率を適切に制御することによって所定範囲の降伏比を確保することに成功したものであり、これにより、鋼板形状も高められるようになる。
【0016】
更に、このような高強度冷延鋼板は、所定の成分組成を満足する鋼材をオーステナイト単相域で加熱して焼鈍した後、室温まで冷却してから過時効処理を施すにあたり、冷却過程では、所定の温度域を境に冷却速度を3段階に変えて冷却することによって製造することができることを見出した。特に上記方法では、オーステナイト単相域から650〜800℃の一次冷却停止温度までの範囲を徐冷しているため、鋼材内に温度分布を生じさせずに均一に冷却できる。その結果、上記特許文献2のように、Ms点〜Ms点+200℃の温度範囲で保持して鋼板内の温度を均一化するための新たな設備を設けなくても、鋼板形状に優れた高強度冷延鋼板を生産性良く製造できる。また、上記一次冷却停止温度から冷却するにあたり、二次冷却停止温度を、Mf点(マルテンサイト変態終了温度)−100℃の温度以上、Mf点+150℃の温度以下の温度域としているため、形状凍結性の向上に有用なベイナイトを所定量生成させることができることも分かった。
【0017】
本明細書において「鋼板形状に優れた」とは、後記する実施例に記載の方法に基づき、板幅方向の最大反り高さを測定したとき、3mm以下のもの、すなわち、平坦度が高いものを意味する。
【0018】
また本明細書において、剛性および形状凍結性は降伏比で評価することにし、降伏比が70〜80%の範囲の鋼板を、これらの特性に優れると評価した。具体的には、降伏比の上限が80%以下のものを「形状凍結性に優れた」と定義すると共に、冷延鋼板の剛性を確保するために、降伏比の下限を70%以上とした。
【0019】
まず、本発明に係る高強度冷延鋼板の成分組成と金属組織について説明する。
【0020】
<成分組成>
本発明の高強度冷延鋼板は、下記に示す範囲でC、Si、Mn、P、S、Ti、Al、BおよびNを含む。
【0021】
[C:0.08〜0.20%]
Cは、焼入れ組織のマルテンサイトを強化し、結果的に焼戻しマルテンサイトの強化に必要不可欠な元素であり、C量が0.08%未満では、鋼板の強度を確保することが困難となる。また、C量が少な過ぎると、鋼板の強度と、延性や伸びフランジ性等の加工性との両立も困難となる。従ってC量は0.08%以上、好ましくは0.1%以上、より好ましくは0.120%以上とする。しかしC量が0.20%を超えて過剰になると、ベイナイトの生成量を確保できないため、降伏比が高くなる。その結果、形状凍結性を改善できない。従ってC量は0.20%以下、好ましくは0.18%以下、より好ましくは0.16%以下、更に好ましくは0.15%以下とする。
【0022】
[Si:0.2〜2%]
Siは、フェライトの生成を抑制し、鋼板の加工性を害することなく高強度化するのに作用する元素である。そこで本発明では、Si量は0.2%以上とする必要があり、好ましくは0.3%以上、より好ましくは0.4%以上とする。しかし、Siを過剰に含有すると、熱間圧延時にスケールの生成が顕著となり、最終製品の表面性状が劣化し、品質が劣化する。従って、Si量は2%以下、好ましくは1.5%以下、より好ましくは1%以下、更に好ましくは0.9%以下とする。
【0023】
[Mn:1.0〜3%]
Mnは、フェライトの生成を抑制し、オーステナイトを安定化させて、冷却時にマルテンサイトを生成しやすくし、硬質相である焼戻しマルテンサイトを確保するために作用する元素である。そこで本発明では、Mn量は1.0%以上、好ましくは1.3%以上、より好ましくは1.5%以上、更に好ましくは1.7%以上とする。しかし、Mn量が3%を超えて過剰に含有すると、Mnの偏析が顕著になったり、加工性が低下する恐れがある。従って、Mn量は3%以下、好ましくは2.7%以下、より好ましくは2.5%以下とする。
【0024】
[P:0.05%以下(0%を含まない)]
Pは、不純物として鋼中に不可避的に含まれる元素であり、鋼板の靭性を低下させるため、できるだけ低減する必要がある。従って、P量は0.05%以下、好ましくは0.03%以下、より好ましくは0.01%以下とする。P量はできるだけ少ない方が良いが、0%にすることは工業的に困難である。
【0025】
[S:0.01%以下(0%を含まない)]
Sは、不純物として鋼中に不可避的に含まれる元素であり、鋼中にMnSなどの硫化物系介在物を形成して耐衝撃性を劣化させたり、溶接部のメタルフローに沿った割れの原因となるので、極力低減させる必要がある。製造コストを考慮し、本発明では、S量は0.01%以下、好ましくは0.007%以下、より好ましくは0.005%以下とする。S量はできるだけ少ない方が良いが、0%にすることは工業的に困難である。
【0026】
[Ti:0.001〜0.2%]
Tiは、鋼中に炭化物や窒化物等の析出物を形成し、結晶粒を微細化して鋼板の強度を上昇させるのに作用する元素である。本発明では、Ti量は0.001%以上、好ましくは0.01%以上、より好ましくは0.03%以上とする。しかし、Tiを過剰に含有させてもその効果は飽和する。従って、Ti量は0.2%以下、好ましくは0.15%以下、より好ましくは0.1%以下とする。
【0027】
[Al:0.01〜0.1%]
Alは、脱酸剤として作用する元素であり、本発明では0.01%以上含有させる必要がある。Al量は、好ましくは0.02%以上、より好ましくは、0.03%以上である。しかし、Alを過剰に含有すると、鋼板中にアルミナ等の介在物が多く生成し、鋼板の加工性が劣化する。従って、Al量は0.1%以下、好ましくは0.09%以下、より好ましくは0.08%以下とする。
【0028】
[B:0.0002〜0.01%]
Bは、オーステナイト粒界からのフェライトの生成や成長を抑制する元素である。後記する実施例に示すようにBを添加しない場合、フェライトの過剰生成に伴って強度が低下し、降伏強度にバラツキが生じ、その値が大きく変動するため、降伏比を所定範囲に制御することができない。そのため、Bは、降伏比を本発明の範囲に制御し、所望とする特性を具備させるために極めて重要な元素である。また、Bは焼入れ性を高め、強度を向上させるのにも作用する元素である。このような作用を有効に発揮させるため、B量は0.0002%以上、好ましくは0.0005%以上、より好ましくは0.0010%以上とする。しかし、Bを過剰に含有し、B量が0.01%を超えると、加工性が劣化する。従って、B量は0.01%以下、好ましくは0.007%以下、より好ましくは0.005%以下とする。
【0029】
[N:0.01%以下(0%を含まない)]
Nは、不可避的に含有する元素であり、過剰に含有すると窒化物を形成して鋼板の加工性を劣化させる元素である。特に、鋼板中のBと結合してBN析出物を形成すると、オーステナイト粒界からのフェライト生成抑制作用が充分に発揮されないため、上記Bと同様、降伏比を所定範囲に制御できない。また、BN析出物を形成すると、固溶Bによる焼入れ性向上作用が阻害される。従って、Nは0.01%以下、好ましくは0.008%以下、より好ましくは0.006%以下とする。N量はできるだけ少ない方が良いが、0%にすることは工業的に困難である。
【0030】
本発明に係る高強度冷延鋼板の成分組成は上述した通りであり、残部は鉄およびP、S、N以外の不可避不純物である。
【0031】
本発明に係る高強度冷延鋼板は、更に下記に示す範囲で、(a)CuおよびNiよりよりなる群から選択される少なくとも一種の元素、(b)CrおよびMoよりなる群から選択される少なくとも一種の元素、(c)NbおよびVよりなる群から選択される少なくとも一種の元素を含有してもよい。
【0032】
[(a)Cu:1%以下(0%を含まない)およびNi:1%以下(0%を含まない)よりなる群から選択される少なくとも一種の元素]
CuおよびNiは、鋼板の強度を高める作用を有する元素である。こうした作用を有効に発揮させるには、Cuは0.05%以上含有させることが好ましく、より好ましくは0.08%以上、更に好ましくは0.1%以上とする。Niは、0.05%以上含有させることが好ましく、より好ましくは0.08%以上、更に好ましくは0.1%以上とする。しかし、Cu量が1%を超えると熱間圧延時に表面疵を発生し易くなるなど製造性が悪くなったり、鋼板の加工性が悪くなることがある。従って、Cu量は1%以下とすることが好ましく、より好ましくは0.9%以下、更に好ましくは0.8%以下とする。また、Ni量が1%を超えると鋼板の加工性が悪くなることがある。従ってNi量は1%以下とすることが好ましく、より好ましくは0.9%以下、更に好ましくは0.8%以下とする。CuとNiは、夫々単独で、或いは併用して含有させればよい。なお、Cuを単独で含有させると、熱間での脆化を引き起こす懸念があるため、Niと併用することが推奨される。ただし、Niは高価な元素であるため、鋼板の強化が必要な場合のみ添加することが推奨される。CuとNiを併用する場合の好ましい合計量の下限は、例えば、0.05%以上であり、より好ましくは0.08%以上である。また、CuとNiを併用する場合の好ましい合計量の上限は、例えば、1%以下であり、より好ましくは0.9%以下である。
【0033】
[(b)Cr:1%以下(0%を含まない)およびMo:1%以下(0%を含まない)なる群から選択される少なくとも一種の元素]
CrとMoは、固溶強化により鋼板の強度を高めるのに作用する元素である。また、CrとMoは、強度と延性のバランスを劣化させる炭化物の生成を抑制する作用も有している。特にMoは、溶接熱影響部の軟化防止にも作用する。こうした作用を有効に発揮させるには、Crは0.005%以上含有させることが好ましく、より好ましくは0.05%以上、更に好ましくは0.1%以上とする。Moは0.005%以上含有させることが好ましく、より好ましくは0.01%以上、更に好ましくは0.05%以上とする。しかし、CrとMoを過剰に含有すると、鋼板の延性が劣化する。従って、Crは1%以下とすることが好ましく、より好ましくは0.8%以下、更に好ましくは0.5%以下とする。Moは1%以下とすることが好ましく、より好ましくは0.8%以下、更に好ましくは0.5%以下とする。CrとMoは、夫々単独で、或いは併用して含有させればよい。CrとMoを併用する場合の好ましい合計量の下限は、例えば、0.05%以上であり、より好ましくは0.1%以上である。また、CrとMoを併用する場合の好ましい合計量の上限は、例えば、1.5%以下であり、より好ましくは1%以下である。
【0034】
[(c)Nb:0.5%以下(0%を含まない)およびV:0.5%以下(0%を含まない)よりなる群から選択される少なくとも一種の元素]
NbとVは、析出することにより結晶粒を微細化して鋼板の強度を高めるのに作用する元素である。また、NbとVは、靭性を向上させる作用も有している元素である。こうした作用を有効に発揮させるには、Nbは0.005%以上含有させることが好ましく、より好ましくは0.01%以上、更に好ましくは0.02%以上とする。Vは0.005%以上含有させることが好ましく、より好ましくは0.01%以上、更に好ましくは0.05%以上とする。しかし、過剰に含有すると、NbまたはVの析出物が多く生成して鋼板の加工性が低下する。従って、Nbは0.5%以下とすることが好ましく、より好ましくは0.3%以下、更に好ましくは0.1%以下とする。Vは0.5%以下とすることが好ましく、より好ましくは0.3%以下、更に好ましくは0.2%以下とする。NbとVは、夫々単独で、或いは併用して含有させればよい。NbとVを併用する場合の好ましい合計量の下限は、例えば、0.005%以上であり、より好ましくは0.01%以上である。また、NbとVを併用する場合の好ましい合計量の上限は、例えば、1%以下であり、より好ましくは0.5%以下である。
【0035】
<金属組織>
本発明に係る高強度冷延鋼板は、金属組織全体に対して、ベイナイトを10〜40面積%含み、残部は焼戻しマルテンサイトであり、残留オーステナイト(以下、残留γと表記することがある。)および/またはフェライトを更に含有してもよい。残留γとフェライトは後述するようにできるだけ低減することが推奨され、最も好ましくはいずれも0面積%である。
【0036】
上述したとおり、本発明では、降伏比の低減化に寄与するベイナイトと、降伏比の増加に寄与する焼戻しマルテンサイトとがバランス良く存在すると共に、降伏比の制御に悪影響を及ぼすフェライトの生成を出来るだけ抑制しているところに特徴がある。
【0037】
[ベイナイト:10〜40面積%]
ベイナイトは、鋼板の高強度化に寄与すると共に、鋼板の降伏比を低減して形状凍結性の向上に寄与する元素である。ベイナイトは、ラス状に生成したフェライトと析出炭化物との共存組織であり、当該析出炭化物の存在によって降伏比が低下する。この析出炭化物は、後述する過時効処理によってもその形態は変化しないため、ベイナイトによる上記作用に悪影響を及ぼさないという特徴を有している。
【0038】
全金属組織に占めるベイナイトの比率が10面積%未満では、ベイナイトによる降伏比低減作用が有効に発揮されず、降伏比が80%を超えて高くなり、形状凍結性を改善できない。また、反り高さも大きくなり、鋼板形状を改善できない。よって、ベイナイトは、金属組織全体に対して10面積%以上とする必要があり、好ましくは10面積%超、より好ましくは13面積%以上、更に好ましくは15面積%以上である。しかし、ベイナイトが40面積%を超えると、結果的に焼戻しマルテンサイトの生成が少なくなり、降伏比が70%を下回り、鋼板の剛性を確保できない。従って、ベイナイトは、金属組織全体に対して40面積%以下とする必要があり、好ましくは38面積%以下、より好ましくは35面積%以下である。
【0039】
[焼戻しマルテンサイト]
焼戻しマルテンサイトとは、水焼入れによるマルテンサイト変態完了後に昇温し、焼戻しすることによって生成する焼戻しされた組織であって、微細な炭化物が生成している組織である。上記焼戻しマルテンサイトは硬質相であり、鋼板の高強度化に寄与すると共に、鋼板の降伏比向上に作用する組織である。また、上記焼戻しマルテンサイトは、鋼板形状を改善し、鋼板形状を安定化するために必要な組織でもある。
【0040】
全金属組織に占める上記焼戻しマルテンサイトの比率は、前述したベイナイトと、後記する残部組織として存在し得るフェライトおよび残留オーステナイトを除く組織として算出される。焼戻しマルテンサイトは、例えば、金属組織全体に対して55面積%以上であることが好ましく、より好ましくは60面積%以上、更に好ましくは65面積%以上、特に好ましくは70面積%以上である。しかし、上記焼戻しマルテンサイトが過剰に生成すると、降伏比が高くなり過ぎて鋼板の形状凍結性を改善できず、また反り高さも大きくなり鋼板形状が悪くなる。従って、全金属組織に占める上記焼戻しマルテンサイトの上限は、上記ベイナイトの生成量を確保するため、90面積%以下である。
【0041】
上記のとおり、本発明の鋼板は、ベイナイトと焼戻しマルテンサイトとから構成されていても良いが、残部組織として、以下の組織を許容し得る。
【0042】
[残留オーステナイト(残留γ):5面積%以下(0面積%を含む)]
残留γは、成形加工時に変態して硬質なマルテンサイトとなり、鋼板の伸びフランジ性を低下させる。従って、残留γはできるだけ低減する必要があるが、本発明では、金属組織全体に対して5面積%までであれば許容できる。残留γは、好ましくは3面積%以下であり、より好ましくは2.5面積%以下、最も好ましくは0面積%である。
【0043】
[フェライト:10面積%以下(0面積%を含む)]
フェライトは、降伏比の制御および強度の確保に重要な焼戻しマルテンサイトの硬質相を所定量確保するうえで、適切に制御すべき残部組織である。即ち、降伏強度と引張強度のバランスを両立し、降伏比を70〜80%の範囲に制御するために、金属組織全体に対してフェライトを10面積%以下とする必要がある。フェライトが10面積%を超えると、硬質相である焼戻しマルテンサイトの生成量を確保できなくなるため降伏強度が低下する。その結果、70%以上の降伏比を確保できない。従って、フェライトは10面積%以下とする必要があり、好ましくは8面積%以下、より好ましくは5面積%以下である。なお、フェライトは鋼板の伸びを高めるのに有効に作用する組織であるが、伸びよりも鋼板形状の改善を優先させる場合は、フェライトは0面積%であってもよい。
【0044】
後述する実施例で説明するように、上記ベイナイトおよび残留γの面積率は、EBSP測定装置を用いて測定すればよく、フェライトの面積率の面積率は、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて測定すればよい。本発明において、上記焼戻しマルテンサイトの面積率は、金属組織全体(100面積%)から、ベイナイト、残留γおよびフェライトの合計面積率を引いた値で算出される。
【0045】
次に、本発明に係る高強度冷延鋼板の製造方法について説明する。
【0046】
上記高強度冷延鋼板は、
上記成分組成を満足する鋼材をオーステナイト単相域で焼鈍する焼鈍工程と、
焼鈍後、前記オーステナイト単相域から、650〜800℃の一次冷却停止温度までの温度域を、平均冷却速度10℃/秒以下(0℃/秒を含まない)で徐冷する一次冷却工程と、
前記一次冷却停止温度から、(Mf点−100℃)以上(Mf点+150℃)以下の二次冷却停止温度までの温度域を、平均冷却速度20〜100℃/秒で冷却する二次冷却工程と、
前記二次冷却停止温度から、室温までの温度域を、平均冷却速度100℃/秒超で急冷する三次冷却工程と、150〜300℃の温度域に加熱し、前記温度域で30〜1500秒間保持する過時効処理工程とをこの順で含む方法によって製造できる。
【0047】
まず、焼鈍工程に供する鋼材を製造する手順について説明する。
【0048】
上記鋼材は、常法に従って製造したものを準備すればよく、例えば、上記成分組成を満足するように成分調整を行なって得られた鋼片を熱間圧延し、次いで冷間圧延を行って製造すればよい。具体的には、上記成分組成を満足する鋼片を、例えば、1100〜1300℃に加熱した後、仕上げ圧延温度(熱間圧延終了温度)を、例えば、850〜950℃として熱間圧延を行い、巻取り温度を、例えば、400〜700℃として巻き取って熱延鋼板を製造すればよい。
【0049】
得られた熱延鋼板は、常法に従って酸洗し、表面の酸化スケールを除去した後、冷間圧延して冷延鋼板を製造すればよい。冷間圧延は、圧下率(冷延率)を、例えば、30〜80%として行えばよい。
【0050】
なお、上記熱延鋼板は、通常の製鋼、鋳造および熱間圧延の各工程を経て製造することを想定しているが、例えば、薄手鋳造などにより熱間圧延工程の一部もしくは全部を省略して製造してもよい。
【0051】
次に、焼鈍工程、一次冷却工程、二次冷却工程、三次冷却工程、過時効処理工程について、順を追って説明する。
【0052】
[焼鈍工程]
焼鈍工程では、上記成分組成を満足する鋼材をオーステナイト単相域で焼鈍を行う。焼鈍温度が低過ぎてオーステナイト単相域に到達していない場合は、鋼材中の炭化物が充分に溶解しなかったり、フェライトの再結晶が完了せず、所望の強度が得られない。また、鋼板の延性も劣化する。従って焼鈍温度はオーステナイト単相域の温度とする。
【0053】
上記オーステナイト単相域とは、Ac
3点以上の温度域である。Ac
3点は、鋼材の成分組成と、「レスリー鉄鋼材料科学」(丸善株式会社、1985年5月31日発行、P.273)に記載されている下記式(a)から算出できる。下記式(a)中、[ ]は各元素の含有量(質量%)を示しており、鋼材に含まれない元素の含有量は0質量%として計算すればよい。
Ac
3(℃)=910−203×[C]
1/2+44.7×[Si]−30×[Mn]−11×[Cr]+31.5×[Mo]−20×[Cu]−15.2×[Ni]+400×[Ti]+104×[V]+700×[P]+400×[Al] ・・・(a)
【0054】
上記焼鈍温度の上限は特に限定されないが、950℃を超えるとオーステナイト粒の成長が著しくなり、後の冷却によって生成する組織を粗大化させることがある。組織が粗大化すると、鋼板の延性、伸びフランジ性、靭性などが劣化することがある。従って、焼鈍温度は、950℃以下とすることが好ましく、より好ましくは930℃以下、更に好ましくは920℃以下である。
【0055】
上記焼鈍は、オーステナイト単相域で15〜600秒間均熱して行うことが好ましい。上記焼鈍時間が15秒未満の場合は、上記オーステナイト単相域で加熱しても時間が短過ぎるため、鋼材中の炭化物が充分に溶解しなかったり、フェライトの再結晶が完了せず、所望の強度が得られないことがある。また、鋼板の延性が劣化することもある。従って、上記焼鈍時間は15秒以上とし、好ましくは30秒以上、より好ましくは60秒以上とする。しかし、上記焼鈍時間を600秒以上としてもその効果は飽和し、多大なエネルギーを消費してコスト増加を招く。従って、上記焼鈍時間は600秒以下、好ましくは500秒以下、より好ましくは400秒以下とする。
【0056】
[一次冷却工程]
650〜800℃の範囲を一次冷却停止温度とすると、一次冷却工程では、焼鈍後、上記焼鈍温度から、上記一次冷却停止温度までの温度域を、平均冷却速度10℃/秒以下(0℃/秒を含まない)で徐冷する。平均冷却速度10℃/秒以下で徐冷することによって、鋼材内における温度ムラ、すなわち、鋼板の板幅方向および長手方向における温度ムラを低減でき、鋼板内における温度分布を均一にできる。その結果、後述する三次冷却工程で均一冷却が可能となり、マルテンサイト変態を均一に起こすことで、所定量のベイナイトを生成させると共に、焼戻しマルテンサイトを生成させることができる。これにより、強度を確保でき、降伏比を所定の範囲に調整でき、鋼板形状および形状凍結性を改善できる。従って、本発明の製造方法によれば、上記特許文献2のように新たな保持設備を設けなくても鋼板形状に優れた高強度冷延鋼板を製造できる。
【0057】
上記一次冷却停止温度が650℃を下回ると、焼鈍温度からの冷却温度差が大きくなり、目標とする鋼板内温度差の均一化が困難になり、後段において強冷却組織であるベイナイト)の生成が不均一となる。そのため、降伏強度にバラツキが生じ、その値が変動して所定の降伏比が得られない。従って、一次冷却停止温度は650℃以上、好ましくは670℃以上、より好ましくは680℃以上とする。しかし、一次冷却停止温度が800℃を超えると、焼鈍温度からの冷却温度差が小さくなり、鋼板内温度差の均一化効果が小さくなる。また、後段の強冷却時(二次冷却時)における温度降下量が大きくなり、均一冷却が困難になるため、降伏強度が変動し、所定の降伏比が得られない。従って、一次冷却停止温度は800℃以下、好ましくは780℃以下、より好ましくは750℃以下とする。
【0058】
なお、上記一次冷却停止温度は、フェライトを生成させて鋼板の延性を向上させる場合には、例えば、650〜700℃の低温側の温度域で設定すればよく、フェライトの生成を抑制して鋼板の強度を向上させる場合には、例えば、700〜800℃の高温側の温度域で設定することが推奨される。
【0059】
上記一次冷却工程の平均冷却速度が10℃/秒を超えると、鋼材内に温度ムラが生じ、鋼板内の温度分布が均一にならないため、均一冷却できず、降伏強度が変動し、所定の降伏比が得られない。従って、上記一次冷却工程における平均冷却速度は10℃/秒以下、好ましくは8℃/秒以下、より好ましくは5℃/秒以下とする。上記一次冷却工程における平均冷却速度の下限値は特に限定されず、生産性に問題ない範囲であればよい。
【0060】
[二次冷却工程]
(Mf点−100℃)以上、(Mf点+150℃)以下の範囲を二次冷却停止温度とすると、二次冷却工程では、上記一次冷却停止温度から、上記二次停止温度までの温度域を、平均冷却速度20〜100℃/秒で冷却する。この二次冷却によって、一次冷却工程で生成したフェライトが成長するのを抑制し、降伏比を低下させるベイナイトを生成させることができる。また、ベイナイト変態は、マルテンサイト変態よりも体積膨張が緩やかに起こるため、鋼板形状は殆ど悪化させない。即ち、二次冷却時にマルテンサイト変態が起こると、体積膨張が短時間に急激に起こるため反り高さが大きく、鋼板形状が悪化する。また、二次冷却の条件を制御することによって、ベイナイトの生成量を適切な範囲に調整することにより、後述する過時効処理時において残部組織として降伏比を高める焼戻しマルテンサイトを生成させることができる。このように所望のベイナイト量を確保し、鋼板組織をバランスさせることによって、所望の強度および降伏比が得られ、しかも反り高さが小さく鋼板形状が良好となる。
【0061】
上記二次冷却工程の平均冷却速度が20℃/秒を下回ると、二次冷却の途中でフェライトが生成、成長し、鋼板の強度が低下し、降伏比が低くなり過ぎる。従って、二次冷却工程における平均冷却速度は20℃/秒以上、好ましくは25℃/秒以上、より好ましくは30℃/秒以上とする。しかし、上記平均冷却速度が100℃/秒を超えると、二次冷却中に必要量のベイナイトが生成せず、降伏比が高くなる。即ち、ベイナイトの生成量が少ないということは、三次冷却開始時における未変態オーステナイトが増加することになり、マルテンサイトの生成量が増える。そのため、過時効処理後に焼戻しマルテンサイト量が増加し、降伏比が高くなる。また、三次冷却時にマルテンサイト量が増加することにより、過時効処理時に体積膨張量が大きくなると共に、焼戻しマルテンサイトが過剰となり、良好な鋼板形状が得られなくなる。従って、二次冷却工程における平均冷却速度は100℃/秒以下、好ましくは80℃/秒以下、より好ましくは60℃/秒以下とする。
【0062】
また、上記二次冷却停止温度の上限が(Mf点+150℃)を超えると、二次冷却中に必要量のベイナイトが生成せず、降伏比が高くなる。即ち、二次冷却停止時における未変態オーステナイトが増加すると、三次冷却時に生成するマルテンサイト量が増加し、これを過時効処理することによってベイナイト量が少なく、焼戻しマルテンサイトが過剰に生成することになり降伏比が高くなる。その結果、形状凍結性が悪くなる。また、二次冷却停止温度が高くなると、後述する三次冷却時における温度低下量が大きくなるため、鋼板の反り高さが大きくなり鋼板形状が悪くなる。従って、二次冷却停止温度の上限は(Mf点+150℃)以下、好ましくは(Mf点+130℃)以下、より好ましくは(Mf点+100℃)以下とする。しかし、上記二次冷却停止温度の下限が(Mf点−100℃)の温度を下回ると、二次冷却中に生成するベイナイト量が増加し過ぎて降伏比が著しく低下し、鋼板の剛性が悪くなる。従って、二次冷却停止温度は(Mf点−100℃)以上、好ましくは(Mf点−50℃)以上、より好ましくは(Mf点−30℃)以上とする。
【0063】
上記Mf点の温度(マルテンサイト変態終了温度)は、本発明では実測値を用いて制御すればよい。上記Mf点の温度は、例えば、富士電波工機株式会社製の全自動変態記録測定装置(フォーマスター試験機:FTM−100)を用い、測定対象鋼から作成したφ3mm×10mmLの試験片を用い、特定温度に加熱した後、平均冷却速度を50℃/秒として冷却したときに求めたマルテンサイト変態終了温度を目安とすればよい。
【0064】
上記二次冷却は、鋼材にガスを吹き付けて冷却するガスジェット冷却すればよい。吹き付けるガスとしては、不活性ガス(例えば、窒素ガス)を用いればよい。
【0065】
[三次冷却工程]
三次冷却工程では、上記二次冷却停止温度から室温(約27℃)までの温度域を、平均冷却速度100℃/秒超で急冷する。急冷は、上記二次冷却工程で生成させた組織を室温に持ち越し、後続の過時効処理工程で所望の金属組織を得るために行う。二次冷却終了後に、例えば、放冷や徐冷を行うと、ベイナイトが過剰に生成すると共に、二次冷却中に過飽和にCを固溶したマルテンサイトは、放冷、徐冷中に固溶Cを炭化物として析出させ、オートテンパードマルテンサイトに変化する。オートテンパードマルテンサイトは、幅の広いラス状組織であり、これが生成すると、降伏比が低くなり過ぎるため、鋼板の剛性を確保できない。
【0066】
上記急冷とは、平均冷却速度100℃/秒超で冷却することを意味する。具体的には、マルテンサイト組織が得られる程度の平均冷却速度であればよく、好ましくは150℃/秒以上、より好ましくは200℃/秒以上とする。なお、三次冷却工程における上記平均冷却速度の上限は特に限定されないが、実操業レベルを考慮すると、おおむね、1000℃/秒以下である。
【0067】
上記急冷は、水冷で行えばよく、例えば、水焼入れ、水冷ロール冷却および気水冷却などその方法は問わない。例えば、鋼材を水槽に浸漬する水焼入れの場合には、水槽に浸漬したノズルから噴流水を鋼材に吹き付けて行えばよく、吹き付ける噴流水の量を調整することによって鋼材の平均冷却速度を制御できる。また、前述の冷却方法を変更することで、冷却速度を制御できる。
【0068】
[過時効処理工程]
上記三次冷却工程において室温まで冷却した後、過時効処理工程では、150〜300℃の温度域に加熱し、当該温度域で30〜1500秒間保持する(低温焼戻し処理)。この温度域で所定時間保持することによって、マルテンサイトを焼戻し、固溶Cが多く、熱的に不安定な焼入れままの鋼材を安定化させることができる。即ち、固溶Cが多量に存在すると熱的に不安定なため、室温で長時間保管している間に固溶Cが炭化物を形成して析出することで鋼板形状が変化したり、鋼板の強度や降伏比が変化する原因となる。従って、本発明では上記の過時効処理を必ず行う。
【0069】
上記保持温度が150℃未満では、過時効処理が不充分となり、鋼材を熱的に安定化させることができない。従って、保持温度は150℃以上、好ましくは160℃以上、より好ましくは170℃以上とする。しかし、保持温度が300℃を超えると、マルテンサイトが軟化し、鋼材の強度が急激に低下する。従って、保持温度は300℃以下、好ましくは250℃以下、より好ましくは230℃以下とする。
【0070】
また、上記保持温度での保持時間が30秒未満では、過時効処理が不十分となり、鋼材を熱的に安定化させることができない。従って、保持時間は30秒以上、好ましくは60秒以上、より好ましくは120秒以上、更に好ましくは180秒以上とする。しかし、上記保持時間が1500秒を超えてもその効果は飽和し、生産性が低下するだけである。従って、保持時間は1500秒以下、好ましくは1200秒以下、より好ましくは900秒以下、更に好ましくは600秒以下とする。
【0071】
[その他]
本発明の製造方法は上記のとおりであり、過時効処理した後、更に鋼材の形状修正を目的とする調質圧延を行う必要はない。ただし、鋼材の表面粗度を調整したり、鋼材の材質を調整するために、必要に応じて、調質圧延を行っても勿論構わない。
【0072】
このようにして得られた本発明に係る高強度冷延鋼板は、例えば、ドアインパクトバーのような補強部材に好適に用いられる。
【0073】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明は下記実施例によって制限されず、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【実施例】
【0074】
真空溶解により鋼を溶製し、下記表1に示す成分組成の鋼片(残部は鉄およびP、S、N以外の不可避不純物)を作製した。得られた鋼片を1250℃に加熱し、仕上げ圧延温度を900℃として熱間圧延した後、650℃で巻取り、厚さ2.8mmの熱延鋼板を製造した。得られた熱延鋼板を酸洗し、冷間圧延して厚さ1.4mmの冷延鋼板を製造した。
【0075】
次に、得られた冷延鋼板を、水焼入れタイプの熱処理設備にて熱処理した。熱処理設備としては、アルバック理工株式会社製の鋼板熱処理シュミレータ(型番:CCT−AQV)を用いた。熱処理には、上記冷延鋼板を厚み1.4mm×幅150mm×長さ250mmに切り出した試験片を用いた。熱処理は、上記試験片を専用治具に設置し、下記表2A〜表2Cに示す熱パターンで行った。即ち、上記試験片を焼鈍温度920℃に加熱し、この温度で下記表に示す時間保持した後、一次冷却として、下記表に示す平均冷却速度(℃/秒)で一次冷却停止温度(℃)まで冷却した。次に、この一次冷却停止温度から、二次冷却として、下記表に示す平均冷却速度(℃/秒)で二次冷却停止温度(℃)まで冷却した後、試験片を水槽に浸漬して室温(27℃)まで急冷(水冷)する三次冷却を行った。
【0076】
なお、下記表2Aに示したNo.8、11、および表2Bに示したNo.27については、焼鈍後、一次冷却停止温度まで冷却した後、本発明で規定する二次冷却を行うことなく、この温度から上記試験片を水槽に浸漬して室温(27℃)まで最終冷却を行った。この最終冷却を便宜上、三次冷却と呼ぶこととする。
【0077】
また、下記表2Aに示したNo.19、および表2Bに示したNo.29については、焼鈍後、一次冷却および二次冷却を行い、本発明で規定する三次冷却を行わず、それぞれの表に示す二次冷却停止温度から徐冷して室温(27℃)まで最終冷却を行った。この最終冷却を便宜上、三次冷却と呼ぶこととする。
【0078】
下記表2A〜表2Cには、説明の便宜上、三次冷却(最終冷却)を開始したときの温度(急冷開始温度)をまとめて示す。また、二次冷却停止温度(即ち、三次冷却における急冷開始温度)から室温までの平均冷却速度(℃/秒)を下記表に示す。
【0079】
室温まで冷却した後、表2A〜表2Cに記載の過時効処理(過時効工程)を行なった。具体的には、下記表に示す温度に加熱し、この温度で下記表に示す時間保持して過時効処理(低温焼戻し処理)を行った。
【0080】
過時効処理した試験片について、次の手順で金属組織、引張特性、鋼板形状を評価した。
【0081】
<金属組織>
過時効処理した試験片における圧延方向と平行な断面について、鏡面研磨およびナイタール腐食液による腐食を施し、光学顕微鏡または走査型電子顕微鏡を用いて金属組織を観察、撮影し、EBSP測定装置を用いて、(1)ベイナイト、(2)残留オーステナイト(残留γ)および(3)フェライトを同定し、夫々の面積率を算出した。本明細書では、金属組織全体(100面積%)からベイナイト、残留γおよびフェライトの合計面積率を引いた値を焼戻しマルテンサイトの面積率とした。具体的には、金属組織の観察には、日本電子社製(型番は、JSM−6500F型)の電界放射型走査電子顕微鏡を用いた。金属組織の観察は、過時効処理した試験片の板厚方向のt/4位置(tは板厚)で行い、観察倍率は1500倍、観察範囲は50μm×50μmである。観察視野数は5箇所とした。金属組織の同定には、テクセムラボラトリーズ社製のOIMシステムを用い、下記基準により各金属組織の面積率を算出した。
【0082】
(1)ベイナイトの面積率は、EBSP解析を行ったときに、粒内方位差GOSが2.5〜3°の部分における面積率に基づいて求めた。
【0083】
ここで、ベイナイト面積率の算出に当たり、粒内方位差GOSが2.5〜3°の領域に着目した理由は、上記粒内方位差の領域において、熱処理条件を変化させた試験片にEBSP解析を行ったときのベイナイト面積率の変化が最も顕著に現れたためである。
【0084】
熱処理条件を変化させたときのベイナイト面積率の変化が、上記粒内方位差の領域において最も顕著に見られた原因は、詳細には不明であるが、オーステナイトからの変態時にラス組織の生成と炭化物の析出が同時に起こるベイナイト変態は、本実施例で着目した上記粒内方位差の領域で、他の粒内方位差の領域よりも優先して起こるためと考えられる。その結果、上記粒内方位差の領域におけるベイナイトの生成量が増加し、ベイナイト面積率の変化が、他の領域に比べて顕著に現れたと推察される。
【0085】
上記粒内方位差の領域では、ベイナイト変態が起こったためにベイナイトが生成した領域と、より低温で起こるマルテンサイト変態が起こったためにベイナイトが生成した領域の両方が重なり合っている。そこで、本実施例のようにベイナイト変態に起因するベイナイト面積率を測定するに当たっては、以下に詳述するように、高温からの急冷によってマルテンサイト変態したベイナイトの量を減じて求めることにした。
【0086】
ベイナイトの面積率を算出する手順を、
図1を用いて説明する。
図1の横軸は、粒内方位差を示しており、
図1では、便宜上、粒内方位差が例えば0〜0.5°の範囲である場合を粒内方位差0.25と示し、粒内方位差が例えば2.5〜3°の範囲である場合を粒内方位差2.75と示している。
【0087】
図1には、三次冷却工程における急冷開始温度が350℃、250℃と異なる二つの例を用いて、ベイナイトの面積率を算出する手順について示している。
図1において、350℃から急冷(水冷)して得られた試験片(1)は後記する表2AのNo.4に対応し、250℃から急冷(水冷)して得られた試験片(2)は後記する表2AのNo.5に対応する。まず、350℃から急冷(水冷)して得られた試験片および250℃から急冷(水冷)して得られた試験片のそれぞれについて、EBSP解析を行って各粒内方位差GOSにおける面積率を算出する。本実施例では、ベイナイトの面積率は、マルテンサイト+ベイナイトの面積率から、マルテンサイトの面積率を減じて算出するため、オーステナイト単相域(
図1では700℃)から急冷して得られるマルテンサイトの面積率(ベイナイト面積率を0%)も求めた。
【0088】
具体的には、350℃から急冷(水冷)して得られた試験片(1)におけるベイナイト面積率(1)は、250℃から急冷(水冷)して得られた試験片について求めた粒内方位差が2.5〜3°の範囲(
図1では粒内方位差2.75)における(マルテンサイト+ベイナイト)の面積率から、700℃から急冷(水冷)して得られた試験片について求めた粒内方位差が2.5〜3°の範囲(
図1では粒内方位差2.75)におけるマルテンサイトの面積率を引いた値とした。
【0089】
同様に、250℃から急冷(水冷)して得られた試験片(2)におけるベイナイト面積率(2)は、350℃から急冷(水冷)して得られた試験片について求めた粒内方位差が2.5〜3°の範囲(
図1では粒内方位差2.75)における(マルテンサイト+ベイナイト)の面積率から、700℃から急冷(水冷)して得られた試験片について求めた粒内方位差が2.5〜3°の範囲(
図1では粒内方位差2.75)におけるマルテンサイトの面積率を引いた値とした。
【0090】
(2)残留γの面積率は、EBSP解析のPhase MapでIron−Gammaとなる部分の面積率とした。
【0091】
(3)フェライトの面積率は、試験片の板厚方向のt/4位置をナイタール腐食した後、走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope、SEM)で観察倍率を1500倍、観察範囲を50μm×50μmの範囲として観察し、ラス組織や粒内に炭化物析出が認められない部分の面積率とした。
【0092】
(4)焼戻しマルテンサイトの面積率は、金属組織全体(100面積%)から、上記(1)〜(3)の手順で求めたベイナイト、残留γおよびフェライトの面積率の合計を引いた値とした。
【0093】
金属組織全体に対する各組織の分率(面積%)を下記表3A、表3Bに示す。
【0094】
<引張特性>
過時効処理を施した試験片の圧延方向に対して垂直な方向が長手方向となるように、JIS 5号引張試験片を切り出し、JIS Z2241に基づいて、0.2%耐力(YS)、引張強度(TS)、および破断伸び(EL)を測定した。また、YSとTSに基づいて降伏比(YR)を算出した。結果を下記表3A、表3Bに示す。
【0095】
本発明では、TSが980MPa以上の場合を合格、980MPa未満の場合を不合格とした。また、YRが70〜80%の場合を合格、70%未満であるか、80%を超える場合を不合格と判定した。本発明では、TSが合格と判定された場合を「高強度」と評価し、YRが80%以下の場合を「形状凍結性に優れる」と評価した。
【0096】
<鋼板形状>
鋼板形状は、試験片の大きさを変更した点以外は上記特許文献2の
図1と同様にして測定した反り高さに基づいて評価した。反り高さは、過時効処理を施した試験片(厚み1.4mm×幅150mm×長さ250mm)を、反りが上になるように定盤上に設置し、触針が測定物上を移動する接触式変位計を用いて測定した。具体的には、幅方向の中心位置および幅方向の両端から夫々25mmずつ離れた位置の合計3点において鋼板の高さを連続的に長さ方向の全体に亘って測定し、定盤面からの高さの最大値を反り高さとして測定した。測定結果を下記表3A、表3Bに示す。
【0097】
本発明では、反り高さが3mm以下で高い平坦度を有している場合を合格、反り高さが3mmを超え、平坦度が低い場合を不合格と判定した。本発明では、反り高さが合格と判定されたものを「鋼板形状に優れる」と評価した。
【0098】
本実施例では、TS、YRおよび反り高さの全てが合格と判定された場合を発明例、一つでも不合格と判定された場合を比較例と評価した。
【0099】
下記表1〜表3から次のように考察できる。No.1〜5、9、12、13、15〜17、20、22、24、26、28、30、32、44、46、48、50、52〜55、57〜60は、いずれも本発明で規定している要件を満足している例であり、鋼板形状および形状凍結性に優れた高強度冷延鋼板が得られている。
【0100】
一方、No.6、10、14、21、25、33、45、47、49、51、56は、二次冷却停止温度が高過ぎたため、急冷開始温度が高過ぎた例であり、後続の急冷時(三次冷却における水冷時)にマルテンサイトが多く生成した。その結果、ベイナイトの生成量が少なくなり、YRが高くなり過ぎた。従って形状凍結性を改善できなかった。また、急冷時(三次冷却における水冷時)における温度低下量が大きくなったため、鋼板の反り高さが大きくなり、鋼板形状を改善できなかった。
【0101】
No.8、11、27は、上記特許文献1に記載されている鋼板を模擬した例であり、いずれも二次冷却を行わず、一次停止温度からそのまま急冷(水冷)したため、急冷開始温度が高過ぎた例である。高い温度から急冷(水冷)したため、急冷(水冷)時にマルテンサイトが多く生成し、ベイナイトの生成量が少なくなり、YRが高くなり過ぎた。従って形状凍結性を改善できなかった。また、急冷(三次冷却における水冷時)における温度低下量が大きくなったため、鋼板の反り高さが3mmを超えて大きくなり、鋼板形状を改善できなかった。
【0102】
No.7、18、23、31は、二次冷却停止温度が低過ぎた例であり、ベイナイトが過剰に生成したため、YRが低くなり過ぎた。従って鋼板の剛性を確保できなかった。
【0103】
No.19と29は、本発明で規定している二次冷却停止温度の範囲を下回る温度まで冷却した後、室温まで徐冷した例である。三次冷却時に急冷(水冷)していないため、ベイナイトが過剰に生成し、YRが低くなった。従って鋼板の剛性を確保できなかった。
【0104】
No.34〜43は、いずれも鋼板の成分組成が本発明で規定している要件を満足しない例である。
【0105】
No.34〜37は、いずれもB(ホウ素)を含有していない例であり、フェライトが過剰に生成したため、YRにバラツキが生じた。即ち、No.34、35は、TSおよびYRが低下した。YRが低下したため、鋼板の剛性を確保できなかった。一方、No.36、37は、TSは低下し、YRは高くなった。YRが高くなったため、形状凍結性を改善できなかった。
【0106】
No.38、39は、C量が多過ぎる例であり、ベイナイトの生成量が少なくなり、YRが高くなり過ぎた。従って形状凍結性を改善できなかった。No.40、41は、Si量が少な過ぎる例であり、フェライトが過剰に生成したため、TSが低くなった。No.42、43は、Mn量が少な過ぎる例であり、フェライトが過剰に生成したため、焼戻しマルテンサイトの生成量を確保できず、TSが低下した。特にNo.39は、二次冷却停止温度が高過ぎるため、ベイナイトが過剰に生成し、反り高さが大きくなり、鋼板形状を改善できなかった。
【0107】
【表1】
【0108】
【表2A】
【0109】
【表2B】
【0110】
【表2C】
【0111】
【表3A】
【0112】
【表3B】