特許第6292303号(P6292303)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6292303
(24)【登録日】2018年2月23日
(45)【発行日】2018年3月14日
(54)【発明の名称】被覆超硬合金
(51)【国際特許分類】
   C22C 29/08 20060101AFI20180305BHJP
【FI】
   C22C29/08
【請求項の数】8
【全頁数】24
(21)【出願番号】特願2016-521163(P2016-521163)
(86)(22)【出願日】2015年5月22日
(86)【国際出願番号】JP2015064764
(87)【国際公開番号】WO2015178484
(87)【国際公開日】20151126
【審査請求日】2016年8月5日
(31)【優先権主張番号】特願2014-107436(P2014-107436)
(32)【優先日】2014年5月23日
(33)【優先権主張国】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000221144
【氏名又は名称】株式会社タンガロイ
(74)【代理人】
【識別番号】110001508
【氏名又は名称】特許業務法人 津国
(72)【発明者】
【氏名】大理 伸哉
(72)【発明者】
【氏名】船水 健司
【審査官】 坂本 薫昭
(56)【参考文献】
【文献】 特開平09−295204(JP,A)
【文献】 特開2005−336565(JP,A)
【文献】 特開2007−203450(JP,A)
【文献】 特開2009−220260(JP,A)
【文献】 特表2010−521324(JP,A)
【文献】 特開2012−086297(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 29/08
B22F 3/24
B23B 27/14
C23C 14/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
超硬合金と、前記超硬合金の表面に形成された被覆層とを備えた被覆超硬合金であって、
前記超硬合金は、85質量%以上97質量%以下の硬質相と、3質量%以上15質量%以下の結合相とからなり、
前記硬質相の主成分は、炭化タングステンであり、
前記結合相は、Coと、Ru、Rh、Pd、IrおよびPtからなる群より選択される少なくとも1種の白金族元素とを含み、
X線回折分析によって得られる前記Coのピークにおいて、立方晶Coの(200)面の強度ICocと、六方晶Coの(101)面の強度ICohが、以下の式(1)の関係を満たし、
0.1≦[ICoh/(ICoh+ICoc)]≦0.6 ・・・(1)
前記被覆層は、少なくとも1層の密着層を含み、
前記密着層は、前記超硬合金の表面に形成されており、
前記密着層は、式AlTiNで表される組成を有し(式中、Mは、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Y、BおよびSiからなる群より選択される少なくとも1種の元素を表す。xは、Al元素とTi元素とM元素の合計に対するAl元素の原子比を表す。yは、Al元素とTi元素とM元素の合計に対するTi元素の原子比を表す。zは、Al元素とTi元素とM元素の合計に対するM元素の原子比を表す。0.65≦x≦0.9、0.1≦y≦0.35、0≦z≦0.2、x+y+z=1である。)、
X線回折分析によって得られる前記密着層のピークにおいて、立方晶の(200)面の強度Iと、六方晶の(100)面の強度Iが、以下の式(2)の関係を満たす、被覆超硬合金。
0.05≦[I/(I+I)]≦0.3 ・・・(2)
【請求項2】
前記結合相に含まれるCoの量が2.5質量%以上14.5質量%以下であり、前記結合相に含まれる白金族元素の量が0.5質量%以上4質量%以下である請求項1に記載の被覆超硬合金。
【請求項3】
前記硬質相の平均粒径は、0.5μm以上5μm以下である請求項1または2に記載の被覆超硬合金。
【請求項4】
前記硬質相は、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、CrおよびMoからなる群より選択される少なくとも1種の金属元素と、CおよびNから選択される少なくとも1種の元素とからなる化合物をさらに含む請求項1〜3のいずれか1項に記載の被覆超硬合金。
【請求項5】
前記密着層の平均厚さは0.5μm以上7μm以下である請求項1〜4のいずれか1項に記載の被覆超硬合金。
【請求項6】
前記密着層の平均粒径が10nm以上400nm以下である請求項1〜5のいずれか1項に記載の被覆超硬合金。
【請求項7】
前記被覆層の平均厚さは0.5μm以上10μm以下である請求項1〜6のいずれか1項に記載の被覆超硬合金。
【請求項8】
超硬合金と、前記超硬合金の表面に形成された被覆層とを備えた被覆超硬合金であって、
前記超硬合金は、85質量%以上97質量%以下の硬質相と、3質量%以上15質量%以下の結合相とからなり、
前記硬質相の主成分は、炭化タングステンであり、
前記結合相は、Coと、Ru、Rh、Pd、Os、IrおよびPt からなる群より選択される少なくとも1種の白金族元素とを含み、
X線回折分析によって得られる前記Co のピークにおいて、立方晶Coの(200)面の強度ICocと、六方晶Coの(101)面の強度ICohが、以下の式(1)の関係を満たし、
0.1≦[ICoh/(ICoh+ICoc)]≦0.6 ・・・(1)
前記被覆層は、少なくとも1層の密着層を含み、
前記密着層は、前記超硬合金の表面に形成されており、
前記密着層は、式AlTiNで表される組成を有し(式中、Mは、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Y、BおよびSiからなる群より選択される少なくとも1種の元素を表す。xは、Al元素とTi元素とM元素の合計に対するAl元素の原子比を表す。yは、Al元素とTi元素とM元素の合計に対するTi元素の原子比を表す。zは、Al元素とTi元素とM元素の合計に対するM元素の原子比を表す。0.65≦x≦0.9、0.1≦y≦0.35、0≦z≦0.2、x+y+z=1である。)、
X線回折分析によって得られる前記密着層のピークにおいて、立方晶の(200)面の強度Iと、六方晶の(100)面の強度Iが、以下の式(2)の関係を満たす、被覆超硬合金。
0.05≦[I/(I+I)]≦0.3 ・・・(2)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は超硬合金および被覆超硬合金に関する。特に、難削材の加工に対し優れた切削性能を有する超硬合金および被覆超硬合金に関する。
【背景技術】
【0002】
航空機部品等に使用されるチタン合金、及び、発電機用のタービンブレードに使用される耐熱合金(例えば、インコネル(登録商標))は、難削材として知られている。このような難削材を、切削加工で加工する機会が増えている。難削材の加工では、切削工具に被削材が溶着して、切削工具に欠損が生じることがある。このため、難削材の加工では、一般の鋼材の加工よりも、工具寿命が極端に短くなる。このため、難削材の加工においても切削工具の寿命を長くするために、切削工具の強度を高めることが要求されている。
【0003】
超硬合金の従来技術として、例えば、特許文献1及び2に開示された技術が知られている。
特許文献1には、エアーブラスト処理により面心立方構造の結合相中のCoを部分的に稠密六方構造へ変態させる方法が開示されている。この方法によれば、超硬合金に圧縮応力を導入し、超硬合金の耐欠損性を改善することができる。
特許文献2には、結合相中にRuを添加することにより、超硬合金の靱性、耐蝕性、及び耐熱衝撃性を改善する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2010−207955号公報
【特許文献2】特開2004−181604号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、Ni系合金やTi系合金などの難削材の加工においては、切刃部に高熱が発生する。高送り、高切り込みの高速重切削加工では、切刃部に高負荷が作用するため、切刃部に切粉が溶着しやすい。溶着した切粉が剥がれるときに極めて微小なチッピングを伴う。以上の現象が繰り返されることにより、切刃部にチッピングおよび欠損が発生する。また、超硬合金と被削材が反応することにより、拡散摩耗が進行する。拡散摩耗が進行すると、切刃部の強度が低下するため、切削工具が短時間で欠損に至る。
【0006】
上記特許文献1には、結合相中のCoを部分的に稠密六方構造へ変態させた超硬合金が記載されている。この超硬合金は、結合相中のCoの融点が低いため、耐熱性に劣る。このため、この超硬合金は、拡散摩耗が進行しやすく、工具寿命が短いという問題がある。
【0007】
上記特許文献2には、結合相中にRuを添加した超硬合金が記載されている。この超硬合金は、結合相中のCoの結晶構造の割合が制御されていない。このため、この超硬合金は、母材中に圧縮応力が発生しておらず、耐欠損性に劣るという問題がある。
【0008】
本発明は、上記の問題を解決するためになされたもので、切削工具として用いた場合に、優れた耐欠損性を有する超硬合金及び被覆超硬合金を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、超硬合金および被覆超硬合金について種々の検討を行った。その結果、本発明者らは、超硬合金の結合相の組成を工夫することにより、優れた耐欠損性を有する超硬合金を得ることができることを明らかにし、本発明に至った。さらには、該超硬合金の表面に形成する被覆層を工夫することにより、被覆層の密着性を改善した。その結果、優れた耐欠損性を有する被覆超硬合金を得ることができた。
【0010】
本発明の要旨は以下の通りである。
(1)85質量%以上97質量%以下の硬質相と、3質量%以上15質量%以下の結合相とからなる超硬合金であって、
前記硬質相の主成分は、炭化タングステンであり、
前記結合相は、Coと、Ru、Rh、Pd、Os、IrおよびPt からなる群より選択される少なくとも1種の白金族元素とを含み、
X線回折分析によって得られる前記Co のピークにおいて、立方晶Coの(200)面の強度ICocと、六方晶Coの(101)面の強度ICohが、以下の式(1)の関係を満たす、超硬合金。
0.1≦[ICoh/(ICoh+ICoc)]≦0.6 ・・・(1)
(2)前記結合相に含まれるCoの量が2.5質量%以上14.5質量%以下であり、前記結合相に含まれる白金族元素の量が0.5質量%以上4質量%以下である(1)に記載の超硬合金。
(3)前記硬質相の平均粒径は、0.5μm以上5μm以下である(1)または(2)に記載の超硬合金。
(4)前記硬質相は、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、CrおよびMoからなる群より選択される少なくとも1種の金属元素と、CおよびNから選択される少なくとも1種の元素とからなる化合物をさらに含む(1)〜(3)のいずれかに記載の超硬合金。
(5)(1)〜(4)のいずれかに記載の超硬合金と、前記超硬合金の表面に形成された被覆層とを備えた被覆超硬合金であって、
前記被覆層は、少なくとも1層の密着層を含み、
前記密着層は、前記超硬合金の表面に形成されており、
前記密着層は、式AlTiNで表される組成を有し(式中、Mは、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Y、BおよびSiからなる群より選択される少なくとも1種の元素を表す。xは、Al元素とTi元素とM元素の合計に対するAl元素の原子比を表す。yは、Al元素とTi元素とM元素の合計に対するTi元素の原子比を表す。zは、Al元素とTi元素とM元素の合計に対するM元素の原子比を表す。0.65≦x≦0.9、0.1≦y≦0.35、0≦z≦0.2、x+y+z=1である。)、
X線回折分析によって得られる前記密着層のピークにおいて、立方晶の(200)面の強度Iと、六方晶の(100)面の強度Iが、以下の式(2)の関係を満たす、被覆超硬合金。
0.05≦[I/(I+I)]≦0.3 ・・・(2)
(6)前記密着層の平均厚さは0.5μm以上7μm以下である(5)に記載の被覆超硬合金。
(7)前記密着層の平均粒径が10nm以上400nm以下である(5)または(6)に記載の被覆超硬合金。
(8)前記被覆層の平均厚さは0.5μm以上10μm以下である(5)〜(7)のいずれかに記載の被覆超硬合金。
【0011】
本発明の超硬合金は、炭化タングステンを主成分とする硬質相と、結合相とからなる。硬質相の超硬合金全体(100質量%)に対する割合は、85〜97質量%であり、結合相が残部を占める。
【0012】
硬質相の割合が85質量%未満であると、超硬合金の耐摩耗性が低下する。硬質相の割合が97質量%を超えると、超硬合金の耐欠損性が低下する。また、硬質相の割合が97質量%を超えると、相対的に残部の結合相の量が減少するため、超硬合金の製造の際の原料の焼結性が低下する。したがって、硬質相の割合は、85〜97質量%であることが好ましい。硬質相の割合は、86〜92質量%であることがさらに好ましい。結合相は、硬質相以外の残部を占める。
【0013】
本発明の超硬合金の硬質相の主成分は、炭化タングステンである。主成分とは、硬質相全体を100質量%としたとき、50質量%を超えて含むことを意味する。硬質相全体が炭化タングステンのみからなってもよい。硬質相は、炭化タングステン以外の成分を含んでもよい。硬質相は、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、CrおよびMoからなる群より選択される少なくとも1種の金属元素と、CおよびNから選択される少なくとも1種の元素とからなる化合物を含むことが好ましい。硬質相がこのような化合物を含むと、超硬合金の耐摩耗性および耐塑性変形性が向上する。
【0014】
本発明の超硬合金の硬質相の平均粒径は、0.5μm以上5.0μm以下であると好ましい。硬質相の平均粒径が0.5μm未満であると、超硬合金の硬さが高くなるため、超硬合金の耐欠損性が低下する傾向がある。硬質相の平均粒径が5.0μmを超えると、超硬合金の硬さが低下するため、超硬合金の耐摩耗性が低下する傾向がある。
【0015】
本発明の超硬合金の硬質相の平均粒径は、超硬合金の研磨された断面を観察して求められる。このような断面は、超硬合金の任意の断面を鏡面研磨して得られる。超硬合金を鏡面研磨するためには、例えば、ダイヤモンドペースト、コロイダルシリカ、またはイオンミリングを用いることができる。硬質相の平均粒径は、超硬合金の断面組織をSEMで2000〜10000倍に拡大した画像に対して、フルマンの式(1)を適用して求めることができる。
d=(4/π)・(NL/NS) (1)
(式中、dは平均粒径、πは円周率、NLは断面組織上の任意の直線によってヒットされる単位長さあたりの硬質相の数、NSは任意の単位面積内に含まれる硬質相の数である。)
【0016】
本発明の超硬合金の結合相は、Coと、Ru、Rh、Pd、Os、IrおよびPt からなる群より選択される少なくとも1種の白金族元素とを含む。結合相がCoを含むことにより、焼結性が向上する。これにより、超硬合金の靱性が向上するとともに、超硬合金の耐欠損性が向上する。また、結合相が白金族元素を含むことにより、超硬合金の耐熱性が向上する。これにより、拡散摩耗の進行が抑制されるとともに、切刃部の強度不足による欠損が抑制される。
【0017】
本発明の超硬合金の結合相は、Coを2.5質量%以上14.5質量%以下含み、白金族元素を0.5質量%以上4質量%以下含むことが好ましい。Co及び白金族元素の含有量がこの範囲にあると、超硬合金の耐欠損性と耐熱性が向上する傾向がある。Coの含有量が2.5質量%未満であると、超硬合金の耐欠損性が低下する傾向がある。また、Coの含有量が2.5質量%未満であると、相対的に白金族元素の割合が上昇するため、結合相が脆化し、超硬合金の耐欠損性が低下する傾向がある。Coの含有量が14.5質量%を超えると、超硬合金の耐摩耗性が低下する。また、Coの含有量が14.5質量%を超えると、相対的に白金族元素の割合が減少するため、超硬合金の耐熱性が低下する傾向がある。また、白金族元素の含有量が0.5質量%未満であると、超硬合金の耐熱性が低下する傾向がある。白金族元素の割合が4質量%を超えると、結合相が著しく脆化するため、超硬合金の耐欠損性が低下する傾向がある。本発明の超硬合金の結合相は、さらに、Wを2%以上9%以下含むことが好ましい。Wの含有量がこの範囲にあると、超硬合金の耐摩耗性が向上する。
【0018】
超硬合金の硬質相及び結合相の割合及び各組成は、以下のようにして求めることができる。
超硬合金の表面から深さ方向に500μmまでの断面組織を、エネルギー分散型X線分光器(EDS)付き走査電子顕微鏡(SEM)にて観察する。EDSにより、超硬合金の硬質相および結合相の各組成を測定する。その測定結果から、超硬合金の硬質相および結合相の割合を求めることができる。
【0019】
本発明の結合相のX線回折分析によって得られるCo のピークは、以下の特徴を有する。
立方晶Coの(200)面の強度を、ICocとする。
六方晶Coの(101)面の強度を、ICohとする。
CocとICohの合計に対する、ICohの比率が、0.1以上0.6以下である。
0.1≦[ICoh/(ICoh+ICoc)]≦0.6
Coh/(ICoh+ICoc)が0.1未満であると、六方晶Coの存在比率が小さいため、超硬合金中に十分な圧縮応力が付与されず、超硬合金の耐欠損性が低下する。
Coh/(ICoh+ICoc)が0.6を超えると、超硬合金中の圧縮応力が大きくなる。その結果、切削加工中にクラックが発生しやすくなり、超硬合金の耐欠損性が低下する。
そのため、ICoh/(ICoh+ICoc)は、0.1以上0.6以下であることが好ましい。
【0020】
本発明の結合相について、立方晶Coの(200)面の強度ICocと、六方晶Coの(101)面の強度ICohは、市販のX線回折装置を用いて測定することができる。強度ICoc、ICohの測定には、例えば、株式会社リガク製 X線回折装置RINT TTRIIIを用いることができる。また、測定には、Cu−Kα線を用いた2θ/θ集中法光学系のX線回折測定を用いることができる。X線回折の測定条件は、例えば、以下の通りである。
出力:50kV、250mA、
入射側ソーラースリット:5°、
発散縦スリット:2/3°、
発散縦制限スリット:5mm、
散乱スリット:2/3°、
受光側ソーラースリット:5°、
受光スリット:0.3mm、
BENTモノクロメータ、
受光モノクロスリット:0.8mm、
サンプリング幅:0.01°、
スキャンスピード:1°/min、
2θ測定範囲:30〜60°
X線回折図形から、立方晶Coの(200)面の強度ICocと、六方晶Coの(101)面の強度ICohとを求めることができる。このときに、X線回折装置付属の解析ソフトウェアを用いてもよい。解析ソフトウェアを用いるときには、三次式近似を用いてバックグラウンド処理およびKα2ピーク除去を行うとともに、Pearson−VII関数を用いてプロファイルフィッティングを行う。これにより、立方晶Coの(200)面の強度ICocと、六方晶Coの(101)面の強度ICohを求めることができる。
【0021】
さらに、本発明の超硬合金の表面に、被覆層を形成してもよい。超硬合金の表面に被覆層を形成することによって、超硬合金の耐摩耗性が向上する。
本発明の被覆層は、1層でもよく、多層でもよい。
本発明の被覆層全体の平均の厚さが0.5μm未満であると、被覆層の耐摩耗性が低下する傾向がある。被覆層全体の平均の厚さが10μmを超えると、被覆層の耐欠損性が低下する傾向がある。そのため、被覆層全体の平均の厚さは、0.5μm以上10μm以下であることが好ましい。
【0022】
本発明の被覆層は、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、SiおよびYからなる群より選択される少なくとも1種の元素と、C、N、BおよびOからなる群から選択される少なくとも1種の元素とからなる化合物で構成されることが好ましい。被覆層がこのような化合物で構成されると、被覆層の耐摩耗性が向上する。
【0023】
本発明の被覆層は、少なくとも1つの密着層を含むことが好ましい。密着層は、超硬合金の表面に形成されることが好ましい。被覆層が密着層を含むと、超硬合金と被覆層との密着性が向上する。
また、本発明の被覆層は、少なくとも1つの上部層を含んでもよい。上部層は、密着層の表面に形成される。上部層は、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、SiおよびYからなる群より選択される少なくとも1種の元素と、C、N、BおよびOからなる群から選択される少なくとも1種の元素とからなる化合物で構成されることが好ましい。上部層は、このような化合物からなる単層または積層であることが好ましい。被覆層が上部層を含むことによって、被覆層の耐摩耗性が向上する。
【0024】
本発明の密着層は、立方晶と六方晶とを含むことが好ましい。X線回折分析によって得られる密着層のピークは、以下の特徴を有することが好ましい。
立方晶の(200)面の強度を、Iとする。
六方晶の(100)面の強度を、Iとする。
とIとの合計に対する、Iの比率が、0.05以上0.3以下である。
0.05≦[I/(I+I)]≦0.3
密着層のピークが上記の特徴を有することにより、超硬合金と被覆層との密着性が向上する。
/(I+I)が0.05未満であると、六方晶の存在比率が小さいため、超硬合金と被覆層の密着性が低下する傾向がある。この場合、欠損の起点となる微小なチッピングを抑制することができない。
/(I+I)が0.3を超えると、密着層の強度が低下することにより、耐欠損性が低下する傾向がある。
【0025】
六方晶Coを含む超硬合金の表面に、六方晶を含む密着層が形成されていることが好ましい。これにより、超硬合金と密着層の密着性が大幅に向上する。また、欠損の起点となる微小なチッピングを抑制することができる。
【0026】
本発明の密着層について、立方晶の(200)面の強度Iと、六方晶の(100)面の強度Iとは、市販のX線回折装置を用いて測定することができる。強度I、Iの測定には、例えば、株式会社リガク製 X線回折装置RINT TTRIIIを用いることができる。また、測定には、Cu−Kα線を用いた2θ/θ集中法光学系のX線回折測定を用いることができる。X線回折の測定条件は、例えば、以下の通りである。
出力:50kV、250mA、
入射側ソーラースリット:5°、
発散縦スリット:2/3°、
発散縦制限スリット:5mm、
散乱スリット2/3°、
受光側ソーラースリット:5°、
受光スリット:0.3mm、
BENTモノクロメータ、
受光モノクロスリット:0.8mm、
サンプリング幅:0.01°、
スキャンスピード:1°/min、
2θ測定範囲:30〜70°。
X線回折図形から、立方晶の(200)面の強度をIと、六方晶の(100)面の強度をIとを求めることができる。このときに、X線回折装置付属の解析ソフトウェアを用いてもよい。解析ソフトウェアを用いるときには、三次式近似を用いてバックグラウンド処理およびKα2ピーク除去を行うとともに、Pearson−VII関数を用いてプロファイルフィッティングを行う。これにより、立方晶の(200)面の強度Iと、六方晶の(100)面の強度Iを求めることができる。
なお、密着層の表面に上部層が形成されている場合には、密着層が露出するまで上部層を研磨にて除去した後、露出した密着層をX線回折装置を用いることにより測定することができる。
【0027】
本発明の密着層は、AlTiNで表される組成を有することが好ましい。密着層がこのような組成を有すると、欠損の起点となる微小なチッピングを抑制することができる。式中、Mは、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Y、BおよびSiからなる群より選択される少なくとも1種の元素を表す。xは、Al元素とTi元素とM元素の合計に対するAl元素の原子比を表す。yは、Al元素とTi元素とM元素の合計に対するTi元素の原子比を表す。zは、Al元素とTi元素とM元素の合計に対するM元素の原子比を表す。x、y、及びzは、0.65≦x≦0.9、0.1≦y≦0.35、0≦z≦0.2、x+y+z=1を満足する。xは、0.65≦x≦0.9であることが好ましい。yは、0.1≦y≦0.35であることが好ましい。zは、0≦z≦0.2であることが好ましい。x、y、及びzがこのような条件を満たすことにより、耐欠損性、耐摩耗性および耐酸化性のバランスが良好になる。
【0028】
本発明の密着層の平均の厚さは、さらに好ましくは、0.5μm以上7μm以下である。密着層の平均の厚さが0.5μm未満であると、耐摩耗性が低下する傾向がある。密着層の平均の厚さが7μmを超えると、耐欠損性が低下する傾向がある。
【0029】
本発明の被覆層を構成する各層の厚さは、被覆超硬合金の断面組織を観察することで測定することができる。被覆層全体の厚さも、被覆超硬合金の断面組織を観察することで測定することができる。被覆超硬合金の断面組織は、例えば、光学顕微鏡、走査型電子顕微鏡(SEM)、または透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて観察することができる。被覆層を構成する各層の平均の厚さは、被覆層の断面の3箇所以上において各層の厚さを測定し、その平均値を算出したものである。被覆層全体の厚さは、被覆層の断面の3箇所以上において被覆層全体の厚さを測定し、その平均値を算出したものである。
【0030】
本発明の密着層の平均粒径は、10nm以上400nm以下であると好ましい。平均粒径が10nm未満であると、耐摩耗性が低下する傾向がある。平均粒径が400nmを超えると、密着性が低下する傾向があり、欠損の起点となる微小なチッピングを抑制することができない。
【0031】
本発明の密着層の粒径は、被覆超硬合金の表面に対して平行な、密着層の断面組織を観察して求められる。
具体的には、被覆超硬合金の表面に対して平行に密着層を鏡面研磨する。これにより、密着層の断面組織を得ることができる。このとき、密着層の表面から内部に向かって、密着層を鏡面研磨することができる。あるいは、密着層と上部層の界面から内部に向かって、密着層を鏡面研磨することができる。表面の凹凸が無くなるまで密着層を鏡面研磨することによって、密着層の断面組織を得ることができる。
密着層の粒径を求めるために、密着層の表面近傍の断面組織を観察してもよい。あるいは、密着層の粒径を求めるために、密着層の内部の断面組織を観察してもよい。
密着層を鏡面研磨する方法の例としては、ダイヤモンドペーストまたはコロイダルシリカを用いて研磨する方法や、イオンミリングを挙げることができる。
直径100nm以上のドロップレットを除く断面組織を観察することによって、密着層の粒径を求めることができる。断面組織の観察には、例えば、FE−SEM、TEM、または電子線後方散乱回折装置(EBSD)を用いることができる。密着層の粒径とは、密着層を構成する粒子の面積と等しい面積の円の直径(円相当径)を意味する。
密着層の断面組織から粒径を求めるために、画像解析ソフトを用いてもよい。なお、密着層の断面組織において、直径100nm以上のドロップレットと、ドロップレット以外の領域は容易に区別できる。
密着層の断面組織を観察すると、ドロップレットは円形である。ドロップレットの周りには、厚さ数nm〜数十nmの空隙が存在する。ドロップレットは、鏡面研磨中に密着層から抜け落ちることがある。その場合、密着層の断面組織に、円形の孔が生じる。そのため、密着層の断面組織において、直径100nm以上のドロップレットと、ドロップレット以外の領域は容易に区別できる。
なお、密着層の表面側に上部層が形成されている場合には、密着層が露出するまで、上部層を鏡面研磨することが好ましい。このとき、上部層の表面から内部に向かって、上部層を鏡面研磨することが好ましい。密着層が露出した後、表面の凹凸が無くなるまで密着層を鏡面研磨することが好ましい。
【0032】
本発明の被覆超硬合金の主成分は、六方晶からなる炭化タングステンである。本発明の超硬合金の結合相は、六方晶Coを含む。本発明の超硬合金の表面には、立方晶と六方晶とを含む密着層が形成される。本発明によれば、超硬合金と密着層との密着性が向上する。その結果、インコネル(登録商標)等の難削材の加工において、溶着した切粉が剥がれるときに発生する微小なチッピングを起点とする欠損を抑制することができる。
【0033】
本発明の密着層は、化学蒸着法によって形成してもよく、物理蒸着法によって形成してもよい。本発明の密着層は、物理蒸着法によって形成することが好ましい。物理蒸着法として、例えば、アークイオンプレーティング法、イオンプレーティング法、スパッタ法、イオンミキシング法を挙げることができる。その中でも、アークイオンプレーティング法は、超硬合金と被覆層との密着性を向上させることができるため、さらに好ましい。
【0034】
次に、本発明の超硬合金の製造方法について、具体例を用いて説明する。なお、本発明の超硬合金の製造方法は、当該超硬合金の構成を達成し得る限り特に制限されるものではない。
【0035】
例えば、本発明の超硬合金の製造方法は、以下の工程(A)〜(F)を含む。
工程(A):以下の(1)〜(4)の粉末を、合計100質量%となるように用意する工程。
(1)平均粒径0.5〜5.0μmの炭化タングステン粉末:85〜97質量%
(2)平均粒径0.5〜5.0μmの、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、CrおよびMoからなる群より選択される少なくとも1種の金属元素の、炭化物、窒化物、及び炭窒化物からなる群より選択される少なくとも1種の粉末:3〜40質量%
(3)平均粒径0.5〜3.0μmのCo粉末:2.5〜14.5質量%
(4)平均粒径1.0〜10.0μmの、Ru、Rh、Pd、Os、IrおよびPtからなる群より選択される少なくとも1種の白金族元素粉末:0.5〜4.0質量%
【0036】
工程(B):工程(A)で用意した粉末を湿式ボールミルにより10〜40時間混合する混合工程。
【0037】
工程(C):工程(B)で得られた混合物を、所定の工具の形状に成形する成形工程。
【0038】
工程(D):工程(C)で得られた成形体を、70Pa以下の真空にて、1400〜1550℃の温度まで昇温する第1昇温工程。
【0039】
工程(E):工程(D)を経た成形体を、100〜1330Paの不活性ガス雰囲気にて、1400〜1550℃の温度で30〜120分保持して焼結する第1焼結工程。
【0040】
工程(F):工程(E)を経た成形体を、70Pa以下の真空にて、1400〜1550℃の温度から常温まで、5〜30℃/分の速度で冷却する冷却工程。
【0041】
なお、工程(A)において使用される原料粉末の平均粒径は、米国材料試験協会(ASTM)規格B330に記載のフィッシャー法(Fisher Sub-Sieve Sizer(FSSS))により測定されたものである。
【0042】
工程(A)〜(F)は、以下の意義を有する。
工程(A)では、(1)炭化タングステン粉末、(2)Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、CrおよびMoからなる群より選択される少なくとも1種の金属元素の、炭化物、窒化物、及び炭窒化物からなる群より選択される少なくとも1種の粉末、(3)Co粉末、及び(4)Ru、Rh、Pd、Os、IrおよびPtからなる群より選択される少なくとも1種の白金族元素粉末を用いる。これにより、特定の組成を有する超硬合金が得られる。
本発明の超硬合金は、Co中に白金族元素が固溶しており、六方晶Coへの変態が生じやすい。また、Co中の白金族元素の固溶量が多くなるほど、六方晶Coへ変態する割合が高くなる傾向がある。本発明の超硬合金を得るためには、Coと白金族元素の配合比[白金族元素(質量%)/Co(質量%)]を、0.1〜0.6に調整することが好ましい。
【0043】
工程(B)では、硬質相の平均粒径を調整することができる。工程(B)では、工程(A)で用意した原料粉末を均一に混合することができる。
【0044】
工程(C)では、得られた混合物を、所定の工具の形状に成形する。得られた成形体を、以下の焼結工程で焼結する。
【0045】
工程(D)では、成形体を、70Pa以下の真空で昇温する。これにより、液相出現前および液相出現直後での脱ガスを促進するとともに、以下の焼結工程における焼結性を向上させる。
【0046】
工程(E)では、成形体を、1400〜1550℃の温度で焼結する。これにより、成形体は緻密化し、成形体の機械的強度が高まる。
【0047】
工程(F)では、成形体を、70Pa以下の真空で、1400〜1550℃の温度から常温まで、5〜30℃/minの速度にてゆっくりと冷却する。これにより、立方晶のCoから六方晶のCoへの変態が起こる。立方晶のCoから六方晶のCoへの変態量を制御することにより、本発明の超硬合金が得られる。なお、本発明の超硬合金では、Co中に白金族元素を固溶させているため、六方晶Coへの変態が進行しやすい。Co中に白金族元素を固溶させていない場合には、焼結後に焼結体を徐冷しても、六方晶Coへの変態はほとんど進行しない。
【0048】
Coと白金族元素の配合比を大きくすると、立方晶Coから六方晶Coへの変態量が多くなる。焼結温度から常温までの冷却速度を遅くすると、立方晶Coから六方晶Coへの変態量が多くなる。Coと白金族元素の配合比を0.1〜0.6の範囲内で調整することにより、立方晶Coから六方晶Coへの変態量を制御することができる。さらに、焼結温度から常温までの冷却速度を5〜30℃/minの範囲内で調整することにより、立方晶Coから六方晶Coへの変態量を制御することができる。
より具体的には、白金族元素の配合割合が大きく、六方晶Coへの変態量が多すぎる場合には、冷却速度を早くする。白金族元素の配合割合が小さく、六方晶Coへの変態量が少なすぎる場合には、冷却速度を遅くする。Co及び白金族元素の配合割合と冷却速度を調整することにより、立方晶Coと六方晶Coの比率を調整することができる。このような調整により、ICocとICohとの合計に対する、ICohの比率を制御することができる。
【0049】
工程(A)から工程(F)を経て得られた超硬合金に対して、必要に応じて、研削加工や刃先のホーニング加工を施してもよい。
【0050】
次に、本発明の被覆超硬合金の製造方法について、具体例を用いて説明する。なお、本発明の被覆超硬合金の製造方法は、当該被覆超硬合金の構成を達成し得る限り特に制限されるものではない。
【0051】
工具形状に加工した本発明の超硬合金を、物理蒸着装置の反応容器内に入れる。
反応容器内を、圧力1×10−2Pa以下になるまで真空引きする。
真空引きした後、反応容器内のヒーターで、超硬合金を200〜800℃の温度に加熱する。
加熱後、反応容器内にArガスを導入して、反応容器内の圧力を0.5〜5.0Paに調整する。
圧力0.5〜5.0PaのArガス雰囲気にて、超硬合金に、−200〜−1000Vのバイアス電圧を印加する。
反応容器内のタングステンフィラメントに5〜20Aの電流を流して、超硬合金の表面をArガスによるイオンボンバードメント処理をする。
超硬合金の表面をイオンボンバードメント処理した後、反応容器内を、圧力1×10−2Pa以下になるまで真空引きする。
【0052】
次いで、超硬合金を200℃〜600℃の温度に加熱する。
その後、窒素ガスなどの反応ガスを反応容器内に導入し、反応容器内の圧力を0.5〜5.0Paに調整する。超硬合金に、−10〜−150Vのバイアス電圧を印加する。各層の金属成分に応じた金属蒸発源を、80〜150Aのアーク放電により蒸発させる。これにより、超硬合金の表面に、各層を形成することができる。
【0053】
本発明の密着層は、例えば、以下の方法で形成することができる。
反応容器内に、金属蒸発源を設置する。金属蒸発源に含まれるAl元素とTi元素とM元素の合計に対する、Al元素の原子比は、0.65以上である。超硬合金の表面を、イオンボンバードメント処理する。イオンボンバードメント処理の後、超硬合金を700℃〜900℃の温度に加熱する。その後、窒素ガスなどの反応ガスを反応容器内に導入し、反応容器内の圧力を0.5〜3.0Paに調整する。超硬合金に、−10〜−40Vのバイアス電圧を印加する。各層の金属成分に応じた金属蒸発源を、80〜100Aのアーク放電により蒸発させる。これにより、超硬合金の表面に、密着層の核を20〜100nmの厚さで分散して形成する(核形成工程)。核形成工程の後、超硬合金に、−80〜−150Vのバイアス電圧を印加する。各層の金属成分に応じた金属蒸発源を、100〜150Aのアーク放電により蒸発させる。これにより、超硬合金の表面に、密着層を形成することができる(成膜工程)。なお、密着層の核の厚さは、核形成工程における、単位時間当たりの核の成長速度から求めることができる。
【0054】
密着層に含まれる六方晶の比率を高めるためには、金属蒸発源に含まれるAl元素とTi元素とM元素の合計に対する、Al元素の原子比を大きくする。これにより、密着層の核の厚さが小さくなるため、密着層に含まれる六方晶の比率を高めることができる。
【発明の効果】
【0055】
本発明の超硬合金および被覆超硬合金は、優れた耐欠損性を有する。本発明の超硬合金および被覆超硬合金は、特に難削材の切削加工において、優れた性能を発揮する。そのため、本発明の超硬合金および被覆超硬合金は、工具の構成材料として好適である。
【実施例1】
【0056】
[超硬合金の製造]
原料粉末として、市販されている以下の粉末を用意した。
平均粒径3.0μmの炭化タングステン粉末、
平均粒径5.0μmの炭化タングステン粉末、
平均粒径7.5μmの炭化タングステン粉末、
平均粒径1.5μmのCr粉末、
平均粒径1.5μmの(Ti,Ta)C粉末、
平均粒径1.5μmのCo粉末、
平均粒径2.0μmのRu粉末、
平均粒径2.0μmのIr粉末、
平均粒径2.0μmのRh粉末
なお、原料粉末の平均粒径は、米国材料試験協会(ASTM)規格B330に記載のフィッシャー法(Fisher Sub-Sieve Sizer(FSSS))により測定されたものである。
【0057】
用意した原料粉末を、下記表1の配合比になるように秤量した。秤量した原料粉末を、アセトン溶媒と超硬合金製ボールと共に、ステンレス製ポットに入れた。原料粉末を、湿式ボールミルで、10〜40時間、混合および粉砕した。湿式ボールミルによる混合・粉砕後、アセトン溶媒を蒸発させた。アセトン溶媒を蒸発させた混合物を、圧力196MPaでプレス成形した。プレス成形に用いた金型は、焼結後の成形体の形状が、ISO規格インサート形状RPHT10T3となる金型である。
【0058】
【表1】
【0059】
混合物の成形体を、焼結炉内に入れた。その後、70Pa以下の真空にて、焼結炉内を、室温から、下記表2の(a)に記載の焼結温度T(℃)に昇温した。炉内温度が焼結温度T(℃)になったとき、炉内圧力が表2の(b)に記載の炉内圧力P(Pa)になるまで、アルゴンガスを炉内に導入した。圧力P(Pa)のアルゴン雰囲気にて、炉内を60分間保持した。これにより、混合物の成形体を焼結した。その後、炉内からアルゴンを排気して、炉内を圧力70Pa以下の真空にした。焼結温度T(℃)から室温までの冷却速度R(℃/min)は、表2の(c)に記載の通りである。
【0060】
【表2】
【0061】
混合物の成形体を焼結することにより、超硬合金が得られた。湿式ブラシホーニング機により、得られた超硬合金の刃先にホーニング処理を施した。
【0062】
[被覆層の形成]
アークイオンプレーティング装置の反応容器内に、金属蒸発源を設置した。金属蒸発源の組成は、表3に示す被覆層の組成に対応する。作製した超硬合金を、アークイオンプレーティング装置の反応容器内のホルダーに取り付けた。反応容器内の圧力を、1×10−2Pa以下の真空にした。炉内ヒーターで、超硬合金を500℃の温度に加熱した。超硬合金の温度が500℃になった後、反応容器内の圧力が5Paになるまで、反応容器内にArガスを導入した。反応容器内の超硬合金に−1000Vのバイアス電圧を印加して、超硬合金の表面にArイオンボンバードメント処理を行った。イオンボンバードメント条件は、以下の通りである。
反応容器内の雰囲気:Ar雰囲気
反応容器内の圧力 :5Pa
【0063】
Arイオンボンバードメント処理後、Arガスを排出して反応容器内の圧力を1×10−2Pa以下の真空にした。その後、反応容器内にNガスを導入して、反応容器内を圧力3Paの窒素雰囲気にした。次に、炉内ヒーターで、超硬合金を600℃の温度に加熱した。超硬合金を加熱した後、超硬合金に−50Vのバイアス電圧を印加するとともに、150Aのアーク放電によって金属蒸発源を蒸発させた。これにより、超硬合金の表面に、表3に示す被覆層を形成した。被覆層を形成した後、試料を冷却した。試料温度が100℃以下になった後、反応容器内から試料を取り出した。
【0064】
得られた試料を、表面に対して垂直方向に鏡面研磨した。
金属蒸発源に対向する面の刃先から、当該面の中心部に向かって50μmの位置の近傍において、鏡面研磨面を観察した。鏡面研磨面の観察には、光学顕微鏡およびFE−SEMを用いた。観察された鏡面研磨面の画像から、被覆層の厚さを3箇所で測定した。測定された被覆層の厚さの平均値を算出した。被覆層の組成を、FE−SEM付属のEDS、および、FE−SEM付属のWDSを用いて測定した。得られた試料の被覆層を、Cu−Kα線を用いた2θ/θ集中法光学系のX線回折によって分析した。その結果、立方晶のピークのみが観察され、六方晶のピークは観察されなかった。
【0065】
【表3】
【0066】
得られた試料の強度ICoc、ICohを、Cu−Kα線を用いた2θ/θ集中法光学系のX線回折によって測定した。測定条件は、以下の通りである。
出力:50kV、250mA、
入射側ソーラースリット:5°、
発散縦スリット:2/3°、
発散縦制限スリット:5mm、
散乱スリット2/3°、
受光側ソーラースリット:5°、
受光スリット:0.3mm、
BENTモノクロメータ、
受光モノクロスリット:0.8mm、
サンプリング幅:0.01°、
スキャンスピード:1°/min、
2θ測定範囲:30〜60°
【0067】
具体的には、X線回折図形から、立方晶Coの(200)面の強度ICocと、六方晶Coの(101)面の強度ICohとを求めた。また、ICocとICohとの合計に対する、ICohの比率[ICoh/(ICoh+ICoc)]を求めた。その結果を、表4に示す。
【0068】
得られた試料を、表面に対して垂直方向に鏡面研磨した。
その鏡面研磨面について、超硬合金の表面から深さ方向に500μm内部までの断面組織を、EDS付きSEMにて観察した。
EDSにより超硬合金の硬質相および結合相の各組成を測定した。その結果から、超硬合金の硬質相および結合相の割合を求めた。その結果を、表4に示す。
【0069】
次に鏡面研磨面の断面組織を、SEMで5000倍に拡大した画像を撮影した。撮影した画像から、フルマンの式(1)を用いて、硬質相の平均粒径を求めた。その結果を、表4に示す。
【0070】
【表4】
【0071】
得られた試料を用いて、切削試験を行った。切削試験は、耐欠損性を評価する試験である。切削試験の結果を、表5に示す。
【0072】
[切削試験]
加工形態:転削、
工具形状:RPHT10T3、
被削材:Ti−6Al−4V、
被削材形状:200mm×110mm×60mm(形状:板材)、
切削速度:60m/min、
送り:0.2mm/tooth、
切り込み:2.5mm、
切削幅:20mm
クーラント:使用、
評価項目:試料が欠損に至るまでの加工長を測定した。
【0073】
【表5】
【0074】
表5より、発明品1〜16の加工長は、すべて0.76m以上であった。発明品は、比較品よりも加工長が長かった。この結果より、発明品は、比較品よりも耐欠損性に優れることが分かる。
【実施例2】
【0075】
[密着層の形成]
実施例1の発明品1〜16と同一の炉で同時に作製した超硬合金をそれぞれ用意した。
アークイオンプレーティング装置の反応容器内に、金属蒸発源を設置した。金属蒸発源の組成は、表7に示す被覆層の組成に対応する。
実施例1の発明品1〜16と同一の炉で同時に作製した超硬合金を、アークイオンプレーティング装置の反応容器内のホルダーに取り付けた。反応容器内の圧力を、1×10−2Pa以下の真空にした。炉内ヒーターで、超硬合金を500℃の温度に加熱した。超硬合金の温度が500℃になった後、反応容器内の圧力が5Paになるまで、反応容器内にArガスを導入した。反応容器内の超硬合金に−1000Vのバイアス電圧を印加して、超硬合金の表面にArイオンボンバードメント処理を行った。イオンボンバードメント条件は、以下の通りである。
反応容器内の雰囲気:Ar雰囲気
反応容器内の圧力 :5Pa
【0076】
実施例1の発明品1〜16と同一の炉で同時に作製された超硬合金に、表7に示す密着層、または、密着層及び上部層を形成し、発明品17〜32を得た。発明品17〜32は、それぞれ、発明品1〜16に対応する。すなわち、発明品17と発明品1は、同一の炉で同時に作製された超硬合金である。同様に、発明品18と発明品2は、同一の炉で同時に作製された超硬合金である。同様に、発明品19と発明品3、…、発明品16と発明品32は、それぞれ、同一の炉で同時に作製された超硬合金である。
【0077】
Arイオンボンバードメント処理後、反応容器内からArガスを排出して、反応容器内を圧力1×10−2Pa以下の真空にした。その後、反応容器内にNガスを導入して、反応容器内を圧力2Paの窒素ガス雰囲気にした。次に、表6に示す核形成工程の条件により、表7に示す核の目標厚さとなるように密着層の核を形成した。その後、表6に示す成膜工程の条件により、表7に示す密着層を形成した。試料番号19、20については、密着層を形成した後、試料を冷却し、試料温度が100℃以下になった後で、反応容器内から試料を取り出した。なお、核の目標厚さは、核形成工程の条件における、単位時間当たりの成長速度を予め調査し、該成長速度の結果から求めた。
【0078】
試料番号17、18、21〜32については、密着層を形成した後、炉内ヒーターで超硬合金を600℃の温度に加熱した。その後、超硬合金に印加するバイアス電圧−50V、アーク電流150Aの条件で、密着層の表面に表7に示す上部層を形成した。上部層を形成した後、試料を冷却した。試料温度が100℃以下になった後で、反応容器内から試料を取り出した。
【0079】
【表6】
【0080】
得られた試料を、表面に対して垂直方向に鏡面研磨した。
金属蒸発源に対向する面の刃先から、当該面の中心部に向かって50μmの位置の近傍において、鏡面研磨面を観察した。鏡面研磨面の観察には、光学顕微鏡およびFE−SEMを用いた。観察された鏡面研磨面の画像から、被覆層に含まれる各層の厚さを3箇所で測定した。測定された各層の厚さの平均値を算出した。各層の平均厚さの合計が、被覆層全体の平均厚さである。被覆層の組成を、FE−SEM付属のEDS、および、FE−SEM付属のWDSを用いて測定した。
【0081】
【表7】
【0082】
得られた試料の強度I、Iを、Cu−Kα線を用いた2θ/θ集中法光学系のX線回折によって測定した。測定条件は、以下の通りである。
出力:50kV、250mA、
入射側ソーラースリット:5°、
発散縦スリット:2/3°、
発散縦制限スリット:5mm、
散乱スリット2/3°、
受光側ソーラースリット:5°、
受光スリット:0.3mm、
BENTモノクロメータ、
受光モノクロスリット:0.8mm、
サンプリング幅:0.01°、
スキャンスピード:1°/min、
2θ測定範囲:30〜70°
【0083】
具体的には、X線回折図形から、密着層の立方晶の(200)面の強度Iと、密着層の六方晶の(100)面の強度Iとを求めた。また、IとIとの合計に対する、Iの比率[I/(I+I)]を求めた。その結果を、表8に示す。
【0084】
【表8】
【0085】
得られた試料を鏡面研磨した。具体的には、試料の密着層の表面から深さ100nmまでを、ダイヤモンドペーストで研磨した。さらに、コロイダルシリカを用いて、密着層を鏡面研磨した。
試料番号17、18、21〜32については、密着層が露出するまで、上部層を表面から内部に向かって研磨した。さらに、密着層の凹凸が無くなるまで、密着層を鏡面研磨した。鏡面になった密着層の表面組織を、EBSDで観察した。EBSDの設定は、以下の通りである。
ステップサイズ:0.01μm、
測定範囲:2μm×2μm、
方位差が5°以上の境界を粒界とみなす
【0086】
以下の手順により、EBSDによって観察された画像から、密着層の平均粒径を測定した。
まず、EBSDによって観察された画像から、密着層の粒径を求めた。ここでいう粒径とは、密着層のある1つの結晶粒の面積と等しい面積の円の直径(円相当径)を意味する。同様の方法により、観察された画像の視野中に含まれる複数の結晶粒の粒径を求めた。複数の結晶粒の粒径の平均値を算出した。算出された平均値が、密着層の平均粒径である。その結果を、表9に示す。
【0087】
【表9】
【0088】
得られた試料を用いて、切削試験を行った。切削試験では、実施例1と同じ切削条件によって、試料の耐欠損性を評価した。切削試験の結果を、表10に示す。
また、密着層を有する試料(発明品17〜32)の加工長と、密着層を有していない試料(発明品1〜16)の加工長との差を求めた。その結果を表10に示す。
該加工長の差は、以下のように算出した。
発明品17:発明品17の加工長と発明品1の加工長の差
発明品18:発明品18の加工長と発明品2の加工長の差
発明品19:発明品19の加工長と発明品3の加工長の差


発明品32:発明品32の加工長と発明品16の加工長の差
【0089】
[切削試験]
加工形態:転削、
工具形状:RPHT10T3、
被削材:Ti−6Al−4V、
被削材形状:200mm×110mm×60mm(形状:板材)、
切削速度:60m/min、
送り:0.2mm/tooth、
切り込み:2.5mm、
切削幅:20mm、
クーラント:使用、
評価項目:試料が欠損に至るまでの加工長を測定した。
【0090】
【表10】
【0091】
表10より、発明品17〜32の加工長は、すべて0.93m以上であった。発明品は、比較品よりも加工長が長かった。この結果より、発明品は、比較品よりも耐欠損性に優れることが分かる。
密着層を有する発明品17〜32は、すべて、密着層を有していない発明品よりも加工長が長かった。この理由は、超硬合金と被覆層との密着性が向上したことにより、欠損の起点となる微小なチッピングが抑制されたためであると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0092】
本発明の超硬合金および被覆超硬合金は、従来よりも耐欠損性に優れる。本発明の超硬合金および被覆超硬合金は、特に、難削材を加工するための切削工具として好適に利用することができる。したがって、本発明の超硬合金および被覆超硬合金は、産業上の利用可能性が高い。