特許第6292657号(P6292657)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6292657
(24)【登録日】2018年2月23日
(45)【発行日】2018年3月14日
(54)【発明の名称】樹状細胞活性化剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 36/07 20060101AFI20180305BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20180305BHJP
   A61P 37/04 20060101ALI20180305BHJP
   A61K 39/39 20060101ALI20180305BHJP
【FI】
   A61K36/07
   A61P43/00 107
   A61P37/04
   A61K39/39
【請求項の数】6
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2013-217509(P2013-217509)
(22)【出願日】2013年10月18日
(65)【公開番号】特開2015-78164(P2015-78164A)
(43)【公開日】2015年4月23日
【審査請求日】2016年10月18日
(73)【特許権者】
【識別番号】000141381
【氏名又は名称】株式会社岩出菌学研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】503451228
【氏名又は名称】株式会社シエン
(74)【代理人】
【識別番号】100091096
【弁理士】
【氏名又は名称】平木 祐輔
(74)【代理人】
【識別番号】100118773
【弁理士】
【氏名又は名称】藤田 節
(74)【代理人】
【識別番号】100171505
【弁理士】
【氏名又は名称】内藤 由美
(72)【発明者】
【氏名】原田 栄津子
【審査官】 佐々木 大輔
(56)【参考文献】
【文献】 特開2000−191545(JP,A)
【文献】 Agric. Biol. Chem., 1990, Vol.54, No.11, pp.2897-2905
【文献】 静岡大学農学部研究報告, 1990, No.40, pp.27-35
【文献】 Biotherapy, 2001, Vol.15, No.4, pp.503-507
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 36/00−36/9068
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ヒメマツタケ水不溶性抽出物を有効成分として含有する樹状細胞活性化剤であって、in vitroにおいて樹状細胞1×106個に対して乾燥重量で1〜100μgの範囲の水不溶性抽出物を使用する、上記樹状細胞活性化剤
【請求項2】
ヒメマツタケ水不溶性抽出物が多糖−タンパク質複合体を含有する、請求項1記載の樹状細胞活性化剤。
【請求項3】
多糖−タンパク質複合体がβ1,6-グルカン-タンパク質複合体である、請求項2記載の樹状細胞活性化剤。
【請求項4】
以下のステップ:
(a)ヒメマツタケの子実体から、30〜85℃において85%のエタノールによる抽出操作を行い、
(b)ステップ(a)の残渣から85〜100℃の熱水による抽出を行い、
(c)ステップ(b)の残渣を、25〜35℃にて5%NaOHで抽出し、
(d)ステップ(c)で抽出された液相を酢酸溶液でpH5-6に中和し、
(e)ステップ(d)で得られた液相にエタノール沈殿を行う、
を含む抽出方法によって得られる沈殿物中に含まれる、請求項1〜3のいずれか1項記載の樹状細胞活性化剤。
【請求項5】
樹状細胞をin vitroにおいて請求項1〜4のいずれか1項記載の樹状細胞活性化剤と接触させることを含む、樹状細胞の活性化方法。
【請求項6】
請求項1〜4のいずれか1項記載の樹状細胞活性化剤を含有する、樹状細胞ワクチンのためのアジュバント。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、樹状細胞活性化剤に関し、より具体的には、ヒメマツタケ水不溶性抽出物を含有する樹状細胞活性化剤、およびヒメマツタケ水不溶性抽出物を使用した樹状細胞の活性化方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、キノコの培養物から分離される成分に各種の薬理作用があることが報告されている。その中で、ヒメマツタケ(Agaricus blazei Murrill)の子実体から分離される水溶性成分に抗腫瘍作用、免疫能低下改善作用があることが報告されており(例えば特許文献1〜4)、この抗腫瘍作用を示す本体は特定構造のグルコマンナンであることが知られている(特許文献5)。更に、ヒメマツタケ子実体から熱水抽出を行った後の水不溶性画分にも抗腫瘍活性が見られることが報告されている(非特許文献1〜3)。
【0003】
また、シイタケの子実体から抽出された多糖体であるレンチナンは、免疫力を増強し、抗悪性腫瘍剤として有効であることが知られ(特許文献6)、医薬品としても承認されている。その添付文書によれば、抗癌剤と併用して、週あたり2mgを静脈注射によって投与することになっている。その作用機序はマクロファージ、T細胞、NK細胞に作用して免疫力を増強し、抗腫瘍効果をあらわすものとされている。また、その構造は、β(1→3)グルコシドである。
【0004】
これらのキノコ由来の成分で報告されている抗腫瘍効果は、腫瘍に対して直接的な抗腫瘍活性を有するためのものではなく、一般的にそれらの免疫賦活効果によるものであり、上記のレンチナンにおいても、抗癌剤と共に使用することが意図されている。
【0005】
一方、哺乳動物の生体内における免疫系は、種々の型の細胞や抗体、サイトカインが関与しており、互いに刺激的に作用したり、逆に抑制的に作用したりすることによって、非常に複雑に制御されている。
【0006】
免疫担当細胞の中で、樹状細胞(dendritic cells;DC)は、最も多彩かつ重要な役割を持つ細胞である。樹状細胞は、樹状突起を有する系統マーカー陰性、MHCクラスII陽性の抗原提示細胞であり、ウイルス、細菌、寄生虫等による感染の初期において炎症性サイトカインを産生することで自然免疫系を惹起すると共に、抗原を取り込み、細胞表面に提示して抗原特異的なT細胞を活性化し、獲得免疫応答を生じさせることが知られている。樹状細胞は一方で免疫寛容にも関連していることが報告されている。この多彩な機能に注目して、樹状細胞についての研究が進められており、樹状細胞の機能の異常または低下に起因する疾患も知られてきている。
【0007】
樹状細胞には、脾臓、リンパ節、胸腺、表皮等の生体内の種々の組織で同定されたサブセットが存在する。未成熟の樹状細胞は末梢組織に存在し、抗原に対する貪食作用は有するが、MHCクラスII分子は細胞表面には発現しておらず、上記のようなT細胞の活性化能は低い。これに対して、抗原の貪食によって自身が成熟した樹状細胞では貪食活性は低下し、MHCクラスII分子が細胞表面に発現し、T細胞活性化能が高くなる。未成熟樹状細胞と成熟樹状細胞とではその他の細胞表面マーカーの種類および発現量にも相違があり、また、分泌されるサイトカインの種類および分泌量にも相違が見られる。
【0008】
従って、樹状細胞の成熟を促し、獲得免疫応答を誘導させることは、生体の免疫機能を賦活するために非常に有効な手段である。近年では、上記の樹状細胞による抗原特異的T細胞活性化能を利用する抗腫瘍療法として、ワクチン療法が試みられるようになり、オーダーメード治療の可能性を示すものとなっている。ワクチン療法として臨床試験が行われているものとして、腫瘍由来のペプチドをワクチンとして投与して生体内で樹状細胞表面に提示させ、通常の生体内での免疫系を活性化するペプチドワクチン療法と、樹状細胞を体外に取り出して活性化させてから生体内に戻す、いわゆる樹状細胞ワクチン療法とが試みられている。
【0009】
これらのワクチン療法においては、樹状細胞が効果的に機能することが前提となっている。しかしながら、樹状細胞を意図的に活性化して目的の効果を得ることは困難である。例えば、ペプチドワクチン療法では、生体内で抗原提示細胞に抗原ペプチドを提示させる必要があるが、必ずしも樹状細胞から提示されるとは限らず、また樹状細胞から提示された場合であっても、その成熟状態によっては免疫応答が負に制御されてしまう可能性もある。特に、癌患者の場合には免疫力が低下していることが多く、その場合には高い効果は期待できないと考えられる。これに対して樹状細胞ワクチン療法では、樹状細胞の調製を体外で行うため、樹状細胞を効率的に活性化することが期待できる。しかしながら、その活性化を補助する有効な物質は確立されているとは言えない。
【0010】
従って、樹状細胞をin vivoおよびex vivoにおいて活性化させる新たな物質が見出されれば、こうした治療法の有効性を更に上げることが可能となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開平1-67194号
【特許文献2】特開平1-67195号
【特許文献3】特開平2-78630号
【特許文献4】特開平7-258107号
【特許文献5】特開平11-80206号
【特許文献6】特開昭59-95220号
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】T. Mizuno等、“Agric. Biol. Chem.”1990年、第54巻 第11号 第2897-2905頁
【非特許文献2】H. Kawagishi等、“Carbohydrate Polymers”1990年、第12巻 第393-403頁
【非特許文献3】H. Kawagishi等、“Carbohydrate Research”1989年、第186巻 第267-273頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明の目的は、樹状細胞をin vivoおよびex vivoにおいて活性化させ得る新規な樹状細胞活性化剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者等は、長年にわたって研究を重ねてきたヒメマツタケ抽出物の水不溶性抽出画分において、驚くべきことに、現在免疫増強剤として使用されているレンチナンよりも強い樹状細胞活性化効果を確認し、本発明を完成させるに至った。
【0015】
すなわち本発明は、下記の物を提供する。
1.ヒメマツタケ水不溶性抽出物を有効成分として含有する樹状細胞活性化剤。
2.多糖−タンパク質複合体を含有する、上記1記載の樹状細胞活性化剤。
3.多糖−タンパク質複合体がβ1,6-グルカン-タンパク質複合体である、上記2記載の樹状細胞活性化剤。
4.以下のステップ:
(a)ヒメマツタケの子実体から、30〜85℃において85%のエタノールによる抽出操作を行い、
(b)ステップ(a)の残渣から85〜100℃の熱水による抽出を行い、
(c)ステップ(b)の残渣を、25〜35℃にて5%NaOHで抽出し、
(d)ステップ(c)で抽出された液相を酢酸溶液でpH5-6に中和し、
(e)ステップ(d)で得られた液相にエタノール沈殿を行う、
を含む抽出方法によって得られる沈殿物中に含まれる、上記1〜3のいずれか記載の樹状細胞活性化剤。
5.樹状細胞をin vitroにおいて上記1〜4のいずれか記載の樹状細胞活性化剤と接触させることを含む、樹状細胞の活性化方法。
6.上記1〜4のいずれか記載の樹状細胞活性化剤を含有するワクチンアジュバント。
【発明の効果】
【0016】
本発明により、成熟樹状細胞の細胞表面マーカーの発現の上昇、成熟樹状細胞からのサイトカインの分泌の増大、成熟樹状細胞によって活性化されるTh1細胞および/もしくはTh2細胞の細胞表面マーカーの発現の上昇またはサイトカインの分泌の増大をもたらす、極めて効果的な樹状細胞活性化剤を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】本発明において使用可能な水不溶性抽出物の取得方法の一例を示す。
図2】本発明の抽出物の樹状細胞上におけるCD40の発現に対する効果を示す。
図3】本発明の抽出物の樹状細胞上におけるCD80の発現に対する効果を示す。
図4】本発明の抽出物の樹状細胞上におけるCD86の発現に対する効果を示す。
図5】本発明の抽出物の樹状細胞上におけるMHC IIの発現に対する効果を示す。
図6】本発明の抽出物の樹状細胞からのIL-12の分泌に対する効果を示す。
図7】本発明の抽出物の樹状細胞からのTNF-αの分泌に対する効果を示す。
図8】本発明の抽出物の樹状細胞からのIL-10の分泌に対する効果を示す。
図9】本発明の抽出物の樹状細胞からのIL-6の分泌に対する効果を示す。
図10】本発明の抽出物のCD4陽性T細胞からのIL-17の分泌に対する効果を示す。
図11】本発明の抽出物のCD4陽性T細胞からのIL-17の分泌に対する効果を示す。
図12】本発明の抽出物のCD4陽性T細胞からのIFN-γの分泌に対する効果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0018】
ヒメマツタケ
本発明で使用するヒメマツタケ(Agaricus blazei Murrill)は、ハラタケ属のキノコであり、別名カワリハラタケともいう。その担子菌はブラジル国サンパウロ州ピエダーテ市郊外で採取されたものであり、工業技術院生命工学工業技術研究所に微工研菌第4731号として寄託されていたが、現在では、例えば岩出菌学研究所から岩出101株として容易に入手可能である。
【0019】
水不溶性抽出物
本発明で使用するヒメマツタケの子実体抽出物は、水不溶性多糖−タンパク質複合体であり、本明細書においてはFIII2画分と称する場合もある。ヒメマツタケからのFIII2画分の調製については既に報告されており、例えばT. Mizuno等、“Agric. Biol. Chem.”1990年, 第54巻 第11号 第2897-2905頁、H. Kawagishi等、“Carbohydrate Polymers”1990年、第12巻 第393-403頁、及びH. Kawagishi等、“Carbohydrate Research”1989年、第186巻 第267-273頁等に記載されている。
【0020】
本発明の抽出物は、例えば85%エタノール、熱水、または1%シュウ酸アンモニウムによる抽出操作においては抽出されずに残渣に含まれる。しかしながら、本発明の抽出物は、5%NaOHを用いた場合には上清に含まれ、更に酢酸(pH5-6)を用いて中和操作を行った場合も上清に含まれるが、その後エタノール沈殿を行った場合、沈殿物中に存在する。
【0021】
従って、本発明の抽出物は、一態様において、ヒメマツタケ子実体を30〜85℃、好ましくは80℃で、85%エタノールで抽出した場合の残留画分である。
【0022】
本発明の抽出物は、一態様において、ヒメマツタケ子実体を85〜100℃、好ましくは90℃の熱水で抽出した場合の残留画分である。
【0023】
本発明の抽出物は、一態様において、ヒメマツタケ子実体を25〜35℃、好ましくは30℃の5%NaOHで抽出した場合の上清画分である。
【0024】
本発明の抽出物は、一態様において、ヒメマツタケ子実体を25〜35℃の5%NaOHで抽出した後、中和のためにpH5-6の酢酸溶液を添加した場合の上清画分である。
【0025】
本発明の抽出物は、一態様において、上記上清画分をエタノール沈殿処理した場合における沈殿物画分である。
【0026】
本発明の抽出物は、一態様において、例えば以下の操作によって得ることができる:ヒメマツタケの子実体から、80℃において85%のエタノールによる抽出操作を行った場合に抽出されずに残った残渣から100℃の熱水による抽出を行い、再度抽出されずに残った残渣に含まれる。一方、本発明の抽出物は、この残渣を、今度は30℃にて5%NaOHで抽出すると、液相に含まれる。更に酢酸溶液でpH5-6に中和した後でも液相に留まり、更にエタノール沈殿を行うと沈殿物中に含まれる。
【0027】
しかしながら、本発明の抽出物を得るための抽出方法は様々であり得るため、方法は特に限定されない。
【0028】
上記の文献で報告されているFIII2画分は、詳細な性状解析を行った結果、以下の特徴を有するものであることが明らかとなっている。
1.熱水を用いた抽出によっては抽出されず、従って天然の状態では水不溶性である。
2.多糖−タンパク質複合体であり、複合体中の多糖とタンパク質との重量比は約30:70〜80:20、好ましくは45:55〜55:45であり得る。
3.Toyopearl HW55S(東ソー株式会社製)を用い、スタンダードとしてデキストラン(Pharmacia社製)を用いたゲル濾過クロマトグラフィーで測定して、およそ1-5×104の分子量を有する。
4.NMR解析によって多糖部分はほぼ純粋に(1→6)β-D-グルコピラナンであった。
5.タンパク質部分はAsx、Glx、Ala、LeuおよびProに富んでいた。
【0029】
樹状細胞の取得
樹状細胞は、生体内の種々の組織に存在することが確認されているが、骨髄の造血幹細胞に由来する造血骨髄前駆細胞から分化・誘導される。樹状細胞には、いくつかの種類(骨髄細胞、形質細胞様樹状細胞、ランゲルハンス細胞等)に分類され、これらは全て骨髄中や、臍帯血中のCD34+造血幹細胞から作られる。in vitroで樹状細胞を操作するためには、特に限定するものではないが、例えば骨髄、脾臓、血液中の前駆細胞を顆粒球-マクロファージコロニー刺激因子(GM-CSF)の存在下で培養することによって取得することができる。あるいはまた、胸腺等の前駆細胞を特定のサイトカインの存在下で培養することによって取得することもできる。樹状細胞の同定は、その特殊な形状と、CDllc、MHCクラスII等の特定の表面マーカーの存在によって行うことができる。
【0030】
樹状細胞のex vivo(in vitro)における培養は、限定するものではないが、例えばRPMI 1,640+10% FBS+0.000375% 2-ME+1% ペニシリン中、5%CO2存在下、37℃で培養することが知られている。
【0031】
本発明の抽出物による樹状細胞の活性化
未成熟な樹状細胞は、強力な貪食作用・弱い抗原提示・MHC分子の低発現等の特徴を有し、また細胞接着分子や共刺激分子の発現が低いため、T細胞の活性化能はあまり強くない。しかしながら、抗原等を貪食した後に樹状細胞は活性化され、MHC、CD80、CD86、CD40等の表面マーカーが高発現になる。成熟樹状細胞は最も強力な抗原提示細胞として獲得免疫応答を誘導するとともに様々なサイトカイン産生を通じて自然免疫応答も活性化する。
【0032】
本発明の抽出物をin vitroにおいて樹状細胞の培養液中に添加して培養したところ、樹状細胞における成熟細胞表面マーカーの発現が上昇し、また樹状細胞から分泌される各種のサイトカイン量の非常に高い上昇が検出され、極めて有効な活性化能が確認された。本発明の抽出物の活性化能は、現在医薬品として認可販売されているレンチナンと比較して、数倍の効果を有することが示された。
【0033】
本明細書において「樹状細胞の活性化」とは、未熟樹状細胞から成熟樹状細胞への成熟の促進、または樹状細胞の機能の増強を意味する。例えば、成熟樹状細胞の細胞表面マーカーの発現の上昇、または成熟樹状細胞からのサイトカインの分泌の増大、あるいは成熟樹状細胞によって活性化されるTh1細胞および/もしくはTh2細胞の細胞表面マーカーの発現の上昇またはサイトカインの分泌の増大を意味する。活性化の対象となる樹状細胞は、未成熟の樹状細胞でも、成熟樹状細胞でも良い。
【0034】
樹状細胞の活性化は、例えば樹状細胞を、本発明の抽出物と共に培養した後、樹状細胞上に発現する表面マーカーの発現量を測定することによって確認することができる。具体的には、例えばフローサイトメトリー解析により複数のマーカーの発現量を同時に測定することが可能である。樹状細胞の活性化に従って発現量が増加するマーカーとしては、例えばCD40、CD80、CD86、MHCクラスII分子が挙げられる。本発明の抽出物を添加しない対照サンプルと比較して、上記の成熟樹状細胞表面マーカーの1以上の発現が10%以上、好ましくは50%以上、更に好ましくは80%以上上昇した場合に、樹状細胞を活性化させたと判定される。
【0035】
あるいはまた、樹状細胞の活性化は、上記のようにして本発明の抽出物と共に培養した樹状細胞の培養上清を用い、ELISAによってアッセイすることで、培養液中に放出されたサイトカイン量を測定することによって確認することができる。樹状細胞の活性化に従って放出されるサイトカインとしては、例えばインターロイキン(IL)-12、インターフェロン(IFN)-γ、IL-6、IL-16、IL-10、TNF-αが挙げられる。本発明の抽出物を添加しない対照サンプルと比較して、上記の成熟樹状細胞が分泌する1以上のサイトカイン量が10%以上、好ましくは50%以上、更に好ましくは80%以上上昇した場合に、樹状細胞を活性化させたと判定される。
【0036】
更にまた、樹状細胞とTh1細胞および/またはTh2細胞とを共培養し、本発明の抽出物の存在下でTh1細胞および/またはTh2細胞から培養液中に放出されるサイトカインを検出することによって確認することができる。こうしたサイトカインとしてはTh1細胞ではIFN-γ、IL-2、IL-12、Th2細胞では,IL-4、IL-5、IL-13、IL-9が挙げられる。本発明の抽出物を添加しない対照サンプルと比較して、上記のTh1またはTh2細胞が分泌する1以上のサイトカイン量が10%以上、好ましくは50%以上、更に好ましくは80%以上上昇した場合に、樹状細胞を活性化させたと判定される。
【0037】
また、IL-17は主に活性化T細胞より産生され、繊維芽細胞や上皮細胞、血管内皮細胞、マクロファージなど種々の細胞に作用して、炎症性サイトカインやケモカイン、細胞接着因子など、種々の因子を誘導して炎症を誘導する。最近、IL-17を産生するT細胞が、従来知られていたTh1細胞、あるいはTh2細胞と呼ばれるT細胞サブセットではなく、新たなTh17細胞と呼ばれるサブセットから産生されることがわかり、炎症や感染防御に於けるこの細胞集団の役割が大きな注目を集めている。さらに、IL-17が樹状細胞からのIL-12産生を誘導することによりTh1応答を促進すると同時に、IL-17はマクロファージからのIL-12およびIFN-γ産生を誘導し、殺菌作用を増強することも報告されている。これらのことにより、CD4陽性T細胞からのIL-17の分泌量を測定することで、樹状細胞、好中球など免疫系細胞を活性化させていることの判別ができる。
【0038】
生体内の樹状細胞を活性化させることができれば、その生体の免疫能を向上させることができる。具体的には、未熟樹状細胞が成熟樹状細胞となることによって抗原提示能が向上し、ナイーブT細胞を活性化させることができる。従って、本発明の抽出物は、様々な腫瘍の他、免疫能が低下したことに起因する各種の疾患の治療または予防のために使用することができる。
【0039】
一実施形態として、本発明の抽出物は、樹状細胞からのIL-12の分泌量を増大させる。
IL-12は、樹状細胞から分泌されるサイトカインの1種であり、ナイーブヘルパーT細胞(Th0細胞)を、Th1細胞に分化させ、IFN-γ産生を誘導することが知られている。IL-12の分泌量の増大は、例えばELISA法によって検出することができる。
【0040】
別の一実施形態として、本発明の抽出物は、樹状細胞表面におけるCD86の発現を増大させる。CD86は、例えば指状突起樹状細胞に構成的に発現し、未成熟樹状細胞でも低レベルに発現しているが、CD80と共に活性化樹状細胞のマーカーとされている。上記のTh0細胞からTh1細胞への分化の際、T細胞表面のCD28と、樹状細胞表面の活性化樹状細胞のマーカーであるCD80/CD86とが、相互作用し、提示する抗原病原体の情報が伝達される。CD86の発現量の増大は、例えばフローサイトメトリーによって検出することができる。
【0041】
更に別の一実施形態として、本発明の抽出物は、樹状細胞の活性化を介してTh1細胞およびキラーT細胞からのIFN(インターフェロン)-γの分泌量を増大させる。分泌されたIFN-γは更にTh0細胞からTh1細胞への分化を促進する。IFN-γの産生はまた、IL-12によっても促進される。
【0042】
Th1細胞からのIFN-γの分泌は、例えば、卵白アルブミン(OVA)に特異的なCD4陽性T細胞受容体を発現するトランスジェニックマウスであるOT-IIマウスを使用して確認することができる。このマウスの脾臓から取り出したCD4陽性T細胞と上述の成熟した樹状細胞を共培養し、細胞成分と培養上清に分離の後、細胞成分についてはフローサイトメトリーにて測定し、培養上清については、サイトカイン濃度をELISA法にて測定することができる。
【0043】
本発明に係る抽出物は、各種のワクチンと共にアジュバントとして投与することができる。従来知られているワクチンは、ヒト等の動物に接種して感染症の予防に用いるものであり、病原性の微生物やウイルスを無毒化、弱毒化して投与して生体の免疫力を上げるものである。本発明の抽出物は、これらのワクチンと共に、または別個に投与して、樹状細胞を効率的に活性化し、免疫力の更なる増強を期待することができる。
【0044】
また、最近では、抗腫瘍療法の一つとしてワクチン療法が使用されるようになりつつある。ワクチン療法において本発明の抽出物を使用する場合、例えばペプチドワクチン療法では、抗原ペプチドと共に、または抗原ペプチドと別個に投与することができる。一方、樹状細胞ワクチン療法では、樹状細胞をex vivoで抗原刺激してから投与するものであるため、この刺激時に本発明の抽出物を添加することができる。
【0045】
本発明の抽出物は、単独で樹状細胞活性化剤として使用することも可能であるが、医薬組成物の有効成分として使用することもできる。こうした医薬組成物には、疾患の治療のための更なる有効成分、例えば限定するものではないが抗癌剤、抗ウイルス剤、抗生物質、抗炎症剤、解熱剤、鎮痛剤等を含めることもできる。本発明の抽出物と更なる有効成分とは、別個に投与することもでき、また同時に、例えば単一の医薬組成物として配合することもできる。医薬組成物の形態、投与経路等は特に限定するものではなく、当分野において通常用いられる形態、投与経路を適宜選択することができるが、好ましくは経口投与、静脈注射等である。医薬組成物として製剤化する場合には、調剤において通常使用される賦形剤、増量剤、崩壊剤、防腐剤、着色料、甘味料、香料、被膜形成剤等を適宜配合することができる。本発明の抽出物は、中性付近の水または水溶液に不溶であるが、アルカリ抽出すると中和しても水溶性であるため、注射剤としての投与も可能である。注射剤としての投与する場合、溶解補助剤等の使用、エマルジョン形態を利用することも可能である。また、例えば炎症等の疾患が局所的である場合には、経皮的に塗布することができ、喉の炎症等に対して噴霧剤として投与することも可能である。
【0046】
樹状細胞活性化剤として、または医薬組成物として投与する場合、一般に1日当たり
0.2〜8mg/kg体重、好ましくは1日当たり0.4〜4mg/kg体重の用量で使用可能である。投与の回数、頻度等は治療・予防が予期される疾患により、また投与対象者の体調等によって適宜調製し得る。
【0047】
ex vivoにおいて樹状細胞を活性化させる場合には、特に限定するものではないが、樹状細胞1×106個に対して本発明の抽出物を1〜100μg、より好ましくは2〜25μgの範囲で使用することが好適である。あるいはまた、樹状細胞の活性化のために使用する培地に対し、1〜100μg/ml培地、好ましくは5〜25μg/ml培地の範囲の量で使用することができる。
【0048】
本発明の樹状細胞活性化剤はまた、免疫賦活のために健康食品またはサプリメントとして使用することができる。健康食品またはサプリメントとして使用する場合、本発明の抽出物のヒトにおける推奨摂取量は、1日あたり好ましくは1mg〜5g、より好ましくは100mg〜2gの範囲である。健康食品またはサプリメントの形態は、粉末、錠剤、カプセル剤、液剤等のいずれの形態であっても良く、特に限定するものではない。この場合、医薬組成物と同様に、通常使用される賦形剤、増量剤、崩壊剤、防腐剤、着色料、甘味料、香料、被膜形成剤等を適宜配合することができる。また、一般的な食品と共に摂取するための形態とし、また食品中に混合することも可能である。更に、イヌ、ネコ、ラット、モルモット、フェレット等のペット動物、ウシ、ウマ、ヒツジ等の家畜動物の免疫力向上のために、それらの飼料中に含めることもできる。
【0049】
以下に本発明を実施例によって更に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0050】
[実施例1]
ヒメマツタケからの本発明の水不溶性抽出物の調製
本発明において使用可能な水不溶性抽出物の取得方法の一例を図1に示す。
ヒメマツタケ(岩出101株)の乾燥子実体100gから、80℃において180分間、85%のエタノールによる抽出操作を行った。抽出されずに残った残渣(307g)から90℃の熱水による抽出(180分間)を行った。再度抽出されずに残った残渣(258g)を今度は30℃にて24時間、5%NaOHで抽出し、上清に酢酸溶液を添加してpH5-6にし、3容量のエチルアルコールを添加して沈殿物を得(12.8g)、以下の実験に使用した。以下、便宜上、FIII2画分という。
【0051】
[実施例2]
樹状細胞の調製
8週齢の雌C57BL/6マウスを、ネンブタール麻酔下に犠死させた後、大腿骨および腓骨より骨髄細胞を採取した。溶血、洗浄の後、2.0×106個に調整し、これを2,000U のGM-CSF (Peprotec社, Frankfurt, Germany)を添加した10mlのDC培養液(RPMI 1,640+10% FBS+0.000375% 2-ME+1% ペニシリン)にて、5%CO2存在下に37℃で培養した。培養3日目に、2,000UのGM-CSFを添加した10mlの培養液を加えた。培養6日目に90%以上の細胞が樹状細胞(CDllc MHCクラスII)の表現型を示した。これらの樹状細胞を以下の実験に用いた。
【0052】
樹状細胞の刺激
樹状細胞を1.2×106cells/mlに調整の後、実施例1で得られた本発明の抽出物(乾燥重量)(1、2.5、5.0、10、または25μg/ml)、あるいはレンチナン(10または25μg/ml :シイタケ由来,味の素(株))を添加し、5% CO2存在下に37℃で48時間培養した。培養後、細胞と培養上清に分離した。
【0053】
[実施例3]
樹状細胞における表面マーカー発現に対する影響
実施例2で得られた樹状細胞について、以下の成熟化細胞表面マーカー:CD40、CD80、CD86、およびMHCクラスII分子の発現をフローサイトメトリー解析によって検出したところ、以下のような顕著な活性化結果が示された。結果は平均蛍光強度(Mean Fluorescence Intensity:MFI)について対照サンプル(いずれの活性化剤も添加しなかった場合)の数値を100とした場合の相対強度(%)で示す。尚、図面中、本発明の抽出物をFIII2、レンチナンをLNTNとし、添加量(μg/ml)を付記して各サンプルの記載とする。
【0054】
CD40
図2に示す結果から明らかなように、本発明の抽出物を添加した場合、対照と比較して、2.5μg/mlで30%以上、25μg/mlで80%以上の活性化効果が示された。10μg/mlレンチナンを添加した場合と比較して、本発明の抽出物の添加では、2.5μg/ml以上の濃度で有意差がみられ、著しく活性化していることが判明した。
【0055】
CD80
図3に示す結果から明らかなように、本発明の抽出物を添加した場合、対照と比較して、5μg/mlで100%以上の活性化、25μg/mlでは10倍近い活性化効果が示された。レンチナンを添加した場合と比較して、本発明の抽出物の添加では、2.5μg/ml以上の濃度で有意差がみられ、著しく活性化していることが判明した。
【0056】
CD86
図4に示す結果から明らかなように、本発明の抽出物を添加した場合、対照と比較して、10μg/mlで10倍を超える活性化、25μg/mlでは20倍近い活性化効果が示された。レンチナンを添加した場合と比較して、本発明の抽出物の添加では、1μg/ml以上の濃度で有意差がみられ、著しく活性化していることが判明した。
【0057】
MHCクラスII
図5に示す結果から明らかなように、本発明の抽出物を添加した場合、対照と比較して、10μg/mlで3倍を超える活性化、25μg/mlで4倍を超える活性化効果が示された。10μg/mlレンチナンを添加した場合と比較して、本発明の抽出物の添加では、5μg/ml以上の濃度で有意差がみられ、著しく活性化していることが判明した。
【0058】
以上の通り、本発明の抽出物で刺激した場合、成熟化樹状細胞の表面マーカーであるCD40、CD80、CD86、MHCクラスIIの発現量が著しく増大した。すなわち、本発明の抽出物は、レンチナンと比較して極めて効果的に樹状細胞を活性化することが認められた。
【0059】
[実施例4]
樹状細胞からのサイトカイン分泌に対する影響
樹状細胞から分泌された以下のサイトカイン:TNF-α、IL-10、IL-12、およびIL-6について、ELISAによって濃度を測定したところ、以下のような結果が得られた。結果は対照サンプルの数値を100とした場合の相対濃度(%)で示す。
【0060】
IL-12
図6に示す結果から明らかなように、10μg/mlの本発明の抽出物の添加によって、10μg/mlのレンチナンの添加と比較して3倍以上の分泌量の増大がみられ、レンチナンよりも有意な樹状細胞活性化効果が認められた。
【0061】
TNF-α
図7に示す結果から明らかなように、本発明の抽出物を添加した場合、対照と比較して、10μg/mlの本発明の抽出物の添加によって10倍を超える活性化効果が示された。5.0μg/mlの本発明の抽出物の添加によって、10μg/mlのレンチナンの添加と比較して有意差がでており、10μg/mlでは、同量のレンチナンを添加した場合の6倍以上の活性化効果がみられた。
【0062】
IL-10
図8に示す結果から明らかなように、10μg/mlの本発明の抽出物を添加した場合、同量のレンチナンの添加と比較して5倍以上の分泌量の増大がみられ、レンチナンよりも有意に高い活性化効果がみられた。
【0063】
IL-6
図9に示す結果から明らかなように、10μg/mlの本発明の抽出物の添加によって、対照および同量のレンチナンを添加した場合と比較して10倍以上の分泌量の増大がみられ、レンチナンよりも高い樹状細胞活性化効果が認められた。
【0064】
従って、樹状細胞から分泌されるサイトカイン量からみても、本発明の抽出物が、レンチナンで刺激した場合と比較して著しく樹状細胞を活性化していることが認められた。
【0065】
[実施例5]
CD4陽性T細胞におけるサイトカイン発現に対する影響
実施例2で得られた樹状細胞を、OT-IIマウスの脾臓から取り出したCD4陽性T細胞と共培養した後、T細胞成分を細胞内染色によるフローサイトメトリー分析にて測定し、IL-17の発現を検出したところ、図10に示す結果から明らかなように、25μg/mlの本発明の抽出物を添加した場合、同濃度のレンチナンを添加した場合と比較してT細胞内でのサイトカインの発現を有意に活性化していることが判明した。結果は平均蛍光強度(Mean Fluorescence Intensity:MFI)について対照サンプルの数値を100とした場合の相対強度(%)で示す。
【0066】
[実施例6]
CD4陽性T細胞からのサイトカイン分泌に対する影響
実施例5で得られた共培養上清について、サイトカインIL-17およびIFN-γの濃度をELISA法にて測定したところ、以下のような結果が得られた。結果は対照サンプルの数値を100とした場合の相対濃度(%)で示す。
【0067】
IL-17
図11の結果から明らかなように、10、25μg/mlの本発明の抽出物を添加した場合、同濃度のレンチナンを添加した場合と比較して分泌量が増大しており、T細胞が有意に活性化されていることが判明した。これによって、樹状細胞、好中球などの免疫細胞が有意に活性化していることが認められた。
【0068】
IFN-γ
図12の結果から明らかなように、10、25μg/mlの本発明の抽出物を添加した場合、同濃度のレンチナンを添加した場合と比較して分泌量が増大しており、T細胞が有意に活性化されていることが判明した。
【0069】
従って、本発明の抽出物は、レンチナンと比較して著しく樹状細胞を活性化し、その結果、T細胞を活性化できることが判明した。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12