【実施例】
【0065】
実施例1:アルコールによる肝損傷緩和及び脂肪肝形成抑制効果
8週齢の雄マウス(体重25〜28g)に、2週間正常食餌と共に3g/kgのエタノールに50mg/kgのジンセノサイドF2(図面にはGF2で表示)を溶解して毎日午後3〜4時頃に経口で投与し、2週間後に犠牲にして下記実験を行った。
【0066】
ジンセノサイドF2の製造方法は次の通りである。朝鮮人参、花旗参、竹節参などを含むその他の高麗人参の葉及び根に20倍の体積の80%エタノールを加えて2回以上抽出し、乾燥させて粗サポニンを得る。前記粗サポニンを水に再び溶解させてHP−20樹脂に吸着させ、その後100%水で洗浄して糖を除去し、次いで40%エタノールで一次洗浄してプロトパナキサトリオール(protopanaxatriol)系のジンセノサイドRe、Rg1を優先的に除去する。その後、80%エタノールで洗浄するとプロトパナキサジオール(protopanaxadiol)系のジンセノサイドRb1、Rb2、Rc、Rdが溶出して出てくるので、これを乾燥させて得る。前記プロトパナキサジオールジンセノサイド混合物を基質として用いて、特許文献3に記載の方法で反応させることにより、70%以上のジンセノサイドF2を得た。次いで、試料用に用いるジンセノサイドF2は、ODS樹脂を用いて吸着させ、その後適正濃度のエタノールを濃度勾配により連続して流出させると95%以上の高純度のジンセノサイドF2分画を得ることができ、これを乾燥させて用いた。
【0067】
(1)血清中のALT、AST、TG、総コレステロール含有量の測定
前記マウスの腹部大動脈から採血して遠心分離機にて3,300rpmで10分間遠心分離して血清のみ分離し、血清中のALT(alanine aminotransferase)、AST(alanine aminotransferase)含有量を、アイデックスラボラトリーズ(IDEXX Laboratories, 米国)社のキットを用いて、製造会社が提供する実験方法に従ってベットテスト(VetTEST, IDEXX, 米国)で測定した。また、中性脂肪(triglyceride, TG)及び総コレステロール含有量は、肝組織50mgを摘出して粉砕し、その後クロロホルム−メタノール(2:1)溶液を添加して遠心分離し、肝組織中に含まれる脂質成分を抽出して作製した抽出液を、アイデックスラボラトリーズのキットを用いて、製造会社が提供する実験方法に従ってベットテストで測定した。
【0068】
その結果、
図2の(a)に示すように、肝損傷の指標であるALTはアルコールと担体(EtOH+Vehicle)を投与すると2倍以上増加するが、アルコールと共にジンセノサイド(EtOH+GF2)を投与した場合はALTの増加率が高くないことが確認された。また、
図2の(b)に示すように、ジンセノサイド投与によりAST値も減少した。
【0069】
また、
図2の(c)に示すように、脂肪肝炎の指標の1つであるTGも、アルコールと共にジンセノサイド(EtOH+GF2)を投与すると正常値までTGレベルが低くなり、ALTと同様の傾向を示す。
【0070】
(2)肝組織の分析
肝組織の組織学的変化を観察するためのH&E(Hematoxylin and eosin)染色、及びアポトーシスの確認のためのTUNEL(Terminal deoxyribonucleotidyl transferase mediated dUTP nick end labeling)染色を行った。前記TUNEL染色は、アポトーシス染色(TAKARA BIO INC, Shiga, Japan)を用いて、製造会社が提供する実験方法に従って行った。また、オイルレッドO(Oil-red O)染色により肝細胞の中性脂質を染色した。その結果を
図3aに200倍又は400倍の倍率で示す。
【0071】
その結果、
図3aに示すように、エタノール投与により発症した炎症がジンセノサイドF2を投与すると減少し(H&E染色)、細胞損傷もジンセノサイドF2により減少することが確認された(TUNEL染色)。中性脂質の蓄積もジンセノサイドF2投与により減少することが確認された(オイルレッドO染色)。
【0072】
図3bは
図3aでTUNEL陽性を示す細胞を数値化して統計分析したものであり、ジンセノサイドF2を投与した結果、アルコール投与によりTUNEL陽性を示す死滅細胞が著しく減少することが確認された。
図3cは
図3aの中性脂質を数値化して統計分析したものであり、ジンセノサイドF2を投与した場合に肝組織中の中性脂肪が減少することが確認された。
【0073】
(3)肝細胞及び肝星細胞の脂肪合成関連指標の分析
過度にアルコールを摂取すると、肝臓ではエンドカンナビノイド(endocannabinoid)の一種である2−アラキドノイルグリセロール(2-arachidonoylglycerol, 2-AG)が増加し、これは肝細胞の2−アラキドノイルグリセロールの受容体であるエンドカンナビノイド受容体(CB1R)を活性化することにより、核ホルモン受容体ERRγの発現を増加させる。また、増加したERRγはCYP2E1の転写調節部位に直接結合することによりCYP2E1の発現を増加させ、これは活性酸素の増加をもたらし、結果として肝損傷を誘発する(非特許文献6)。
【0074】
図4aに示すように、マウスの肝臓から分離した肝細胞に対してアルコールと担体(EtOH+Vehicle)を投与すると、肝損傷に関連する因子であるCYP2e1、ADH1、CB1R、SREBP1c、FASの発現が増加したが、ジンセノサイド(EtOH+GF2)を投与すると、前記因子の発現が有意に減少した。特に、肝臓に脂肪を蓄積する経路を調節する転写因子であるSREBP1cとFASの発現がジンセノサイドF2を投与した場合に減少し、肝細胞における脂肪合成に重要であることが知られているCB1Rの発現も減少することが確認された。
【0075】
また、
図4bに示すように、マウスの肝臓から分離した肝星細砲に対してアルコールと担体(EtOH+Vehicle)を投与すると、肝損傷に関連する因子であるNAPE−PLD、DAGL−α、β、MGLの発現が増加し、FAAHの発現が減少したが、ジンセノサイド(EtOH+GF2)を投与すると、特に脂肪の合成を誘導するエンドカンナビノイド合成酵素であるDAGL−α、βの発現が有意に減少し、脂肪酸加水分解(Fatty Acid Amide Hydrolase, FAAH)酵素も有意に増加した。
【0076】
図4cは肝組織からタンパク質を抽出してウェスタンブロットを行った結果を示す図である。ジンセノサイドF2を投与すると、脂肪の酸化を誘発するpAMPKの発現は増加し、脂肪合成に関連するSREBP1c、FASの発現は減少することが観察された。
【0077】
よって、本発明のジンセノサイドF2は、肝臓内の脂肪の代謝を調節することにより、脂肪肝の形成を抑制し、肝損傷を緩和する効果があることが確認された。
【0078】
実施例2:共同培養された肝細胞及び肝星細砲における実験
(1)肝細胞、肝星細砲における脂肪合成の抑制
マウスから肝細胞と肝星細砲を分離し、その後、
図5aに示す模式図のように、下方の底に肝星細砲(HSC)を配置し、上方に肝細胞(hepatocyte)を配置した状態で共同培養を行った。培養時に100mMのエタノールで12時間処理し、その後30μMのジンセノサイドF2で6時間又は12時間処理した。
【0079】
図5bは共同培養した肝細胞を回収してウェスタンブロットを行った結果を示す図である。エタノールでのみ処理した肝細胞とは異なり、ジンセノサイドF2を共に用いて処理した場合、脂肪を減少させるpAMPKの発現は増加し、逆に脂肪を合成するSREBP1c、FASの発現は減少した。
【0080】
図5cは共同培養した肝細胞のリアルタイム(real-time)PCR結果であり、ジンセノサイドF2で処理すると、脂肪合成に重要な役割を果たすCB1R、SREBP1c及びFASの発現が減少した。共同培養した肝星細胞においては、ジンセノサイドF2で処理すると、脂肪合成を誘導するエンドカンナビノイド合成酵素であるDAGL−α、βの発現が減少した(
図5d)。
【0081】
(2)LXR媒介脂肪合成及びエンドカンナビノイド産生の抑制
ジンセノサイドF2の脂肪合成抑制機序を確認するために、ヒト肝細胞株であるHepG2Aを30μMのジンセノサイドF2で処理し、30分後に脂肪生成を刺激するタンパク質であるLXRのアゴニスト(agonist)として、脂肪の合成を誘導する物質である10μMのTO901317でさらに処理し、その後9時間培養した。その後、肝細胞に対してリアルタイムPCRを行った結果、ジンセノサイドF2はTO901317により増加した脂肪合成遺伝子であるSREBP1cとFASの発現を抑制することが確認された(
図5e)。
【0082】
また、HepG2Aを0〜100μMの各濃度のジンセノサイドF2で処理して12時間培養した結果、SREBP1c、FASの発現が減少し、特に40μM以上で発現抑制効果が優れていた(
図5f)。
【0083】
肝星細砲を30μMのジンセノサイドF2で処理し、30分後に10μMのTO901317でさらに処理し、その後12時間培養した。
図5fと
図5gは培養された肝星細砲に対してリアルタイムPCRを行い、ウェスタンブロットを行った結果を示す図である。その結果、脂肪の合成を誘導する物質であるTO901317で処理した場合はグルタメート受容体であるmGluR1又は5はほとんど発現しなかったが、ジンセノサイドF2で処理した場合は発現が有意に増加することが確認された。
【0084】
よって、本発明のジンセノサイドF2は肝細胞、肝星細胞において脂肪合成を抑制する効果に優れ、これはジンセノサイドF2がアルコール媒介性エンドカンナビノイドの産生を抑制し、隣接する肝細胞内のCB1Rシグナル伝達を低下させることにより、肝臓における脂肪形成を抑制する機序によるものであることが確認された。
【0085】
実施例3:制御性T細胞増加による肝臓の炎症性変化の抑制
マウスに毎日正常食餌と共にエタノールを各個体に3g/kgずつ2週間与えた。ここで、1グループ(E+Veh)には担体を、2グループ(E+GF2)にはジンセノサイドF2を与えた。
【0086】
その後、肝臓から単核球細胞を分離してマクロファージのマーカーであるCD11b、F4/80で染色して流細胞分析を行った結果、ジンセノサイドF2で処理するとマクロファージの割合が減少し(
図6a)、好中球のマーカーであるCD11b、Gr−1で染色して流細胞分析を行った結果、ジンセノサイドF2で処理すると好中球の割合が減少することが確認された(
図6b)。マクロファージと好中球は、炎症反応と密接な関連があることが知られている細胞であり、ジンセノサイドF2が肝細胞において炎症反応を緩和する可能性があることを示唆するものである。
【0087】
また、肝臓内の炎症細胞を制御性T細胞(Treg)のマーカーであるCD4、CD25、Foxp3で染色した結果、ジンセノサイドF2で処理すると制御性T細胞が増加し、炎症を促進する細胞の1つであるTh17細胞(IL−17及びCD4陽性)はジンセノサイドF2により減少した。しかし、
図6cに示すように、CD4、CD8 T細胞、NK細胞、NKT細胞などの割合にはジンセノサイドF2が有意な影響を及ぼさないことが確認された。
【0088】
また、前記分離した単核球を対象にリアルタイムPCRを行った結果、アルコールにより増加した炎症性サイトカインであるTNF−α、IL−6、IL−17の発現をジンセノサイドF2が抑制し、抗炎症性サイトカインであるIL−10の発現は増加させることが確認された(
図6d)。これらの効果はマウスの血清に対してELISAを行った結果においても同様であった(
図6e)。
【0089】
よって、本発明のジンセノサイドF2は、アルコール媒介性肝炎においてマクロファージや好中球などの炎症細胞の活性を抑制する制御性T細胞の分布を増加させ、制御性T細胞において抗炎症性サイトカインであるIL−10の発現を増加させることにより、肝炎症を緩和することが確認された。よって、ジンセノサイドF2は、肝疾患に対する予防又は治療用途に用いることができる。
【0090】
実施例4:ナイーブT細胞のIL−17を産生するTh17細胞への分化の抑制
マウスからナイーブT細胞(naive T cell)を分離して5ng/mlのTGF−β1、20ng/mlのIL−6で処理し、CD3/28抗体がコーティングされたDCで3.5日間培養して炎症誘発細胞であるTh17細胞(T helper 17 cell)に分化させた。ここで、様々な濃度(0〜30μM)のジンセノサイドF2で共に処理し、Th17細胞のマーカーを観察した結果を
図7a〜
図7cに示す。NはTGF−β1、IL−6、ジンセノサイドF2のいずれでも処理していないナイーブT細胞を示す。
【0091】
図7a及び
図7bは分化させたナイーブT細胞をFACS分析した図であり、ジンセノサイドF2の濃度依存的にIL−17を発現するTh17細胞が減少するのに対して、抗炎症性サイトカインであるIL−10はジンセノサイドF2の濃度依存的に増加する傾向を示す。
【0092】
また、前記分化させた細胞に対してリアルタイムPCR分析を行った結果、
図7cに示すように、中性脂肪は増加させずHDLコレステロールのみ選択的に減少させるタンパク質であるAbca1の発現がジンセノサイドF2の濃度依存的に減少し、Th17細胞の転写因子であるRORγt(ROR gamma t)、STAT3もジンセノサイドF2処理により減少した。
【0093】
よって、本発明のジンセノサイドF2は、ナイーブT細胞が炎症誘発細胞であるTh17細胞に分化することを抑制することにより、アルコール以外の原因による肝臓の炎症を緩和し、肝疾患治療用途に使用できることが確認された。
【0094】
実施例5:IL−10欠乏マウスにおけるGF2の肝臓保護効果の消滅
8週齢のIL−10欠乏雄マウス(重量25〜28g)を対象に、2週間正常食餌と共に3g/kgのエタノールと50mg/kgのジンセノサイドF2を毎日経口で投与した(E+GF2)。対照群にはジンセノサイドF2の代わりに同量のエタノールと担体を与えた(E+Veh)。2週間後にマウスを解剖検査して血清、肝組織、肝単核球を得た。その後、実施例1の(1)に記載の方法と同様に、血清中のALT、AST、TG、コレステロールを測定し、肝組織では壊死巣(necrotic foci)を観察し、2つに分離した肝臓から壊死巣の数を計数した。肝単核球ではF4/80又はGr1抗原マーカーを用いてマクロファージ及び好中球の発現の程度を流細胞分析した。
【0095】
その結果、IL−10欠乏マウスにジンセノサイドF2を投与してもALT、TG、コレステロール量などには有意な影響を与えず(
図8a)、肝組織の壊死巣(necrotic foci)にも大きな変化はなかった(
図8b及び
図8c)。また、マクロファージと好中球の発現(
図8d及び
図8e)及び他の免疫細胞(
図8f)においてジンセノサイドF2は有意な影響を与えなかった。
【0096】
しかし、CD4+CD25+Foxp3+を示す制御性T細胞はジンセノサイドF2を投与したグループで増加する様相を示し(
図8g)、単核球を用いてリアルタイムPCRを行った結果、
図8hに示すように、ジンセノサイドF2を投与したグループでIL−6、IL−17などの炎症性サイトカインの発現だけでなく、Foxp3の発現も共に増加した。
【0097】
よって、IL−10欠乏マウスにおいてはジンセノサイドF2の肝臓保護効果がほとんど現れないことが確認されたので、ジンセノサイドF2が制御性T細胞(Treg)と抗炎症性サイトカインであるIL−10の生産を増加させる過程で肝臓保護効果を示すことが類推される。
【0098】
なお、上記実施例における統計は平均±SEMで表し、対応する対照群と比較した有意性を*P<0.05、**P<0.01で示す。
【0099】
以上の説明から、本発明の属する技術分野の当業者であれば、本発明がその技術的思想や必須の特徴を変更することなく、他の具体的な形態で実施できることを理解するであろう。なお、上記実施例はあくまで例示的なものであり、限定的なものでないことを理解すべきである。本発明の範囲は、明細書ではなく特許請求の範囲の意味及び範囲とその等価概念から導かれるあらゆる変更や変形された形態を含むものであると解釈すべきである。