特許第6294007号(P6294007)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6294007脂肪酸含有物中の脂肪酸除去に使用される微生物製剤、及びその利用
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6294007
(24)【登録日】2018年2月23日
(45)【発行日】2018年3月14日
(54)【発明の名称】脂肪酸含有物中の脂肪酸除去に使用される微生物製剤、及びその利用
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/00 20060101AFI20180305BHJP
   C12N 1/12 20060101ALI20180305BHJP
   A23L 33/10 20160101ALI20180305BHJP
   C02F 3/32 20060101ALI20180305BHJP
   C02F 3/12 20060101ALI20180305BHJP
   C02F 3/00 20060101ALI20180305BHJP
【FI】
   C12N1/00 R
   C12N1/12 C
   A23L33/10
   C02F3/32
   C02F3/12 N
   C02F3/00 G
   C02F3/12 V
【請求項の数】12
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2013-106230(P2013-106230)
(22)【出願日】2013年5月20日
(65)【公開番号】特開2014-226056(P2014-226056A)
(43)【公開日】2014年12月8日
【審査請求日】2016年3月11日
(73)【特許権者】
【識別番号】000216162
【氏名又は名称】天野エンザイム株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100124431
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 順也
(74)【代理人】
【識別番号】100156845
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 威一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100124039
【弁理士】
【氏名又は名称】立花 顕治
(74)【代理人】
【識別番号】100112896
【弁理士】
【氏名又は名称】松井 宏記
(72)【発明者】
【氏名】井戸 宏樹
(72)【発明者】
【氏名】森 茂治
(72)【発明者】
【氏名】清水 昌
(72)【発明者】
【氏名】萩下 大郎
【審査官】 藤井 美穂
(56)【参考文献】
【文献】 特公昭54−004547(JP,B1)
【文献】 特開2008−148663(JP,A)
【文献】 特開平07−075557(JP,A)
【文献】 特開2003−117585(JP,A)
【文献】 特公昭56−004233(JP,B1)
【文献】 特表2011−519549(JP,A)
【文献】 特開2010−227849(JP,A)
【文献】 Journal of Cellular Physiology,1935年,Vol.7, No.1,pp.73-93
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00 − 7/08
C12P 1/00 − 41/00
C02F 3/12
C02F 3/28 − 3/34
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
PubMed
CAplus/WPIDS/MEDLINE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
プロトテカ・ウィッカーハミイを含有することを特徴とする、油脂の分解によって生じた脂肪酸含有物中の当該脂肪酸除去に使用するための微生物製剤。
【請求項2】
脂肪酸含有物が脂肪酸を含む排水である、請求項1に記載の微生物製剤。
【請求項3】
脂肪酸含有物のC/N比が20〜100である、請求項1又は2に記載の微生物製剤。
【請求項4】
プロトテカ・ウィッカーハミイを、油脂の分解によって生じた脂肪酸含有物に接触させる工程を含む、油脂の分解によって生じた脂肪酸含有物中の当該脂肪酸の除去方法。
【請求項5】
脂肪酸含有物が脂肪酸を含む排水である、請求項4に記載の除去方法。
【請求項6】
脂肪酸を含む排水が、油脂を含有する排水に対して加水分解処理を行った後の排水である、請求項5に記載の除去方法。
【請求項7】
脂肪酸含有物のC/N比が20〜100である、請求項4〜6のいずれかに記載の除去方法。
【請求項8】
下記第1工程及び第2工程を含む油脂含有物の処理方法:
油脂含有物に対して加水分解処理を行うことにより、油脂含有物に含まれる油脂をグリセロールと脂肪酸に分解し、脂肪酸含有物を得る第1工程、
前記第1工程で得られた脂肪酸含有物を、プロトテカ・ウィッカーハミイと接触させ、脂肪酸含有物から脂肪酸を除去する第2工程。
【請求項9】
油脂含有物が、油脂を含む排水である、請求項8に記載の油脂含有物の処理方法。
【請求項10】
油脂を含む排水が、油脂が濃縮された排水である、請求項9に記載の油脂含有物の処理方法。
【請求項11】
脂肪酸含有物のC/N比が20〜100である、請求項8〜10のいずれかに記載の油脂含有物の処理方法。
【請求項12】
プロトテカ・ウィッカーハミイを、油脂の分解によって生じた脂肪酸含有物に接触させる工程を含む、油脂の分解によって生じた脂肪酸を栄養源としてプロトテカ属に属する微生物中にトリグリセリドを蓄積させる方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脂肪酸含有物中の脂肪酸除去に使用される微生物製剤に関する。また、本発明は、当該微生物製剤を利用した脂肪酸含有物中の脂肪酸の除去方法、及び油脂含有物の処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
飲食店の厨房や食品工場等の事業施設からは、動植物性の油脂を含む排水が排出される。このような排水は、環境問題上、そのまま下水に放出することは好ましくなく、特に日本においては、水質汚濁防止法や下水道法、建築基準法等の法律の定める排水基準により、環境に放出可能な排水中のn−ヘキサン抽出物質の含有量が規制されている。なお、n−ヘキサン抽出物質とは、動植物性の油脂や脂肪酸等の総称である。
【0003】
そのため、排水中のn−ヘキサン抽出物質の含有量を低減するための手法として、微生物を使用する方法が種々検討されている。例えば、バークホルデリア(Burkholderia)属に属する微生物(特許文献1)、セラチア(Serratia)属に属する微生物(特許文献2)、ラオウルテラ・プランティコーラ(Raoultella plantocola)(特許文献3)、アシネトバクター・エスピーKY3株(Acinetobacter sp. KY3)(特許文献4)、セラチア・マーセセンスKY29株(Serratia marcescens KY29)(特許文献5)等の微生物には、油脂分解能があり、排水に含まれる油脂の分解処理に有効であることが報告されている。
【0004】
一方、排水に含まれる油脂の多くは、トリグリセリドとして存在しているため、その分解には、トリグリセリドから脂肪酸とグリセロールに分解した後に、脂肪酸を除去することが求められる。しかしながら、従来の技術では、微生物を使用した排水中の油脂の分解において、脂肪酸が除去されているかについては十分に検証されていない。
【0005】
また、排水処理以外の分野でも、脂肪酸含有物から脂肪酸を除去する技術が必要とされている。例えば、バイオディーゼルとして使用されている脂肪酸メチルエステルは、トリグリセリドを原料として生成されているが、トリグリセリドに脂肪酸が多く含まれていると、脂肪酸メチルエステルの収率が低下することが知られている。トリグリセリドは、劣化によって脂肪酸を遊離し、不純物となる脂肪酸量が増大するので、バイオディーゼルの製造効率を向上させる上で、トリグリセリドに混在する脂肪酸の除去が重要になる。また、ドライクリーニングの分野では、ドライクリーニング溶剤に溶解した脂肪酸がクリーニング後の衣服にニオイを付着させる原因となっているため、ドライクリーニング溶剤の脂肪酸価を低下させることが求められている。
【0006】
このように、排水処理の分野に限らず、バイオディーゼル、ドライクリーニング等の種々の分野において、脂肪酸含有物から脂肪酸を除去する技術が求められている。
【0007】
一方、従来、プロトテカ属に属する微生物については、鎖長の短い脂質を産生する作用があることが知られているが(例えば、特許文献6)、脂肪酸を除去する作用については報告されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2010−214310号公報
【特許文献2】特開2011−182782号公報
【特許文献3】特開2012−105635号公報
【特許文献4】特開2011−160713号公報
【特許文献5】特開2011−182782号公報
【特許文献6】特表2012−510275号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
従来、排水処理の分野で微生物の油脂分解能について精力的に検討されているが、その評価は、ノルマルヘキサンやクロロホルムによる抽出量を求めることによって行われている。しかしながら、脂肪酸は、乳化状態で存在する場合には、ノルマルヘキサンやクロロホルムによって抽出されないため、従来の油脂分解能の測定方法では、脂肪酸を除去できているかについて正しく評価できていないという問題点がある。
【0010】
そこで、本発明者等は、従来、油脂分解能を有していることが報告されている微生物について、脂肪酸の除去能に着目して検証を行ったところ、これらの微生物では、脂肪酸を単に乳化させることによってノルマルヘキサンやクロロホルムによる抽出量を低減させているに過ぎず、実際には、脂肪酸が除去できていないことが確認された。
【0011】
また、油脂含有排水や、油脂含有排水からグリーストラップによって濃縮させた油脂は、通常、低栄養状態でしかもC/N比が20〜100程度と非常に大きいことが知られているが、このような低栄養状態且つ高C/N比の条件において脂肪酸を除去できる微生物は、これまでに見出されていない。そのため、低栄養状態且つ高C/N比の条件でも、脂肪酸を除去できる微生物を見出すことができれば、脂肪酸含有物から脂肪酸を除去する技術を実用化する上で福音をもたらすことが期待される。
【0012】
このような従来技術の現状を背景として、本発明は、脂肪酸含有物に含まれる脂肪酸を除去できる微生物を見出し、当該微生物を利用して、脂肪酸含有物に含まれる脂肪酸を除去する技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者等は、前記課題を解決すべく鋭意検討を行ったところ、プロトテカ属に属する微生物には、低栄養状態でしかも高C/N比の環境でも、脂肪酸を除去する作用を発揮でき、脂肪酸含有物に含まれる脂肪酸を効率的に除去できることを見出した。本発明は、かかる知見に基づいて更に検討を重ねることにより完成したものである。
【0014】
即ち、本発明は、下記に掲げる態様の発明を提供する。
項1. プロトテカ属に属する微生物を含有することを特徴とする、脂肪酸含有物中の脂肪酸除去に使用される微生物製剤。
項2. 脂肪酸含有物が脂肪酸を含む排水である、項1に記載の微生物製剤。
項3. プロトテカ属に属する微生物が、プロトテカ・ウィッカーハミイである、項1又は2に記載の微生物製剤。
項4. プロトテカ属に属する微生物を、脂肪酸含有物に接触させる工程を含む、脂肪酸含有物中の脂肪酸の除去方法。
項5. 脂肪酸含有物が脂肪酸を含む排水である、項4に記載の除去方法。
項6. プロトテカ属に属する微生物が、プロトテカ・ウィッカーハミイである、項4又は5に記載の脂肪酸の除去方法。
項7. 脂肪酸を含む排水が、油脂を含有する排水に対して加水分解処理を行った後の排水である、項5に記載の脂肪酸の除去方法。
項8. 下記第1工程及び第2工程を含む油脂含有物の処理方法:
油脂含有物に対して加水分解処理を行うことにより、油脂含有物に含まれる油脂をグリセロールと脂肪酸に分解し、脂肪酸含有物を得る第1工程、
前記第1工程で得られた脂肪酸含有物を、プロトテカ属に属する微生物と接触させ、脂肪酸含有物から脂肪酸を除去する第2工程。
項9. 油脂含有物が、油脂を含む排水である、項8に記載の油脂含有物の処理方法。
項10. 油脂を含む排水が、油脂が濃縮された排水である、項9に記載の油脂含有物の処理方法。
項11. プロトテカ属に属する微生物が、プロトテカ・ウィッカーハミイである、項8〜10のいずれかに記載の油脂含有物の処理方法。
項12. プロトテカ属に属する微生物を脂肪酸含有物に接触させる工程を含む、脂肪酸を栄養源としてプロトテカ属に属する微生物中にトリグリセリドを蓄積させる方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、プロトテカ属に属する微生物を利用することにより、脂肪酸含有物中の脂肪酸を除去できるので、例えば、排水、バイオディーゼルの原料として使用されるトリグリセリド、ドライクリーニング溶剤等の脂肪酸含有物から脂肪酸を除去することが可能になる。
【0016】
特に、本発明は、排水処理での利用に適している。本発明を排水処理に利用することによって、従来の微生物を用いた排水処理に比べて、脂肪酸の残存量を大幅に低下させ、環境負荷を軽減させることができる。また、油脂含有排水の処理において、リパーゼ又は微生物を利用して油脂をグリセリンと脂肪酸に分解した後に、本発明を利用して当該脂肪酸を除去することによって、油脂含有排水を環境負荷が少ない状態に効率的に浄化することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】参考試験例1において、微生物製剤1を用いて本培養を行った後の培養液の外観を観察した図を示す。
図2】参考試験例1において、微生物製剤1及び2を用いた培養液において、n−ヘキサン抽出を行う際に、解乳化を行った場合と、解乳化を行わなかった場合で、n−ヘキサン抽出量を測定した結果である。本図において、縦軸には、コントロールにおけるn−ヘキサン抽出物量を100%と換算したn−ヘキサン抽出物量の残存率(%)を示す。
図3】参考試験例1において、微生物製剤1を用いて本培養を行った後の培養液について、無水硫酸ナトリウムの添加による解乳化処理の有無による外観上の違いを観察した図を示す。
図4】参考試験例2において、微生物製剤1及び2を用いた培養液における脂肪酸残存量を測定した結果である。本図において、縦軸には、コントロールにおける脂肪酸残存量を100%と換算した脂肪酸の残存率(%)を示す。
図5】試験例1において、各種プロトテカ属に属する微生物を用いた培養液における脂肪酸残存量を測定した結果である。本図において、縦軸には、コントロールにおける脂肪酸残存量を100%と換算した脂肪酸の残存率(%)を示す。
図6】試験例2において、低栄養源且つ高C/N比の培養液(培養24時間後)における脂肪酸の残存率(%)を測定した結果である。
図7】試験例2において、プロトテカ属に属する微生物を用いた場合について、低栄養源且つ高C/N比の培養液における脂肪酸の残存率(%)の経時変化を測定した結果である。
図8】試験例3において、プロトテカ属に属する微生物を用いて、48時間の振とう培養を合計4日間繰り返した際に、培養液における脂肪酸の残存率(%)を測定した結果である。
図9】試験例3において、プロトテカ属に属する微生物を用いて、実排水を本培養培地として24時間の振とう培養を合計9日間繰り返した際に、培養液における脂肪酸の残存率(%)を測定した結果である。
図10】試験例3において、微生物製剤2を用いて、実排水を本培養培地として24時間の振とう培養を合計3日間繰り返した際に、培養液における脂肪酸の残存率(%)を測定した結果である。
図11】試験例4において、オレイン酸を含む培地で、プロトテカ属に属する微生物を培養した際に、菌体外脂質量と菌体内脂質量を経時的に測定した結果を示す。本図において、縦軸には、培養開始時に、菌体外脂質量と菌体内脂質量の合計量を100%と換算した脂質量(%)を示す。
図12】試験例4において、オレイン酸を含む培地で、プロトテカ属に属する微生物を培養した際に、菌体外脂質と菌体内脂質の組成をガスクロマトグラフィーにて経時的に測定した結果を示す。
図13】試験例4において、オレイン酸を含む培地で、プロトテカ属に属する微生物を用いて24時間の振とう培養を合計4日間繰り返した際に、菌体内脂質量を経時的に測定した結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0018】
1.微生物製剤及びそれを利用した脂肪酸の除去方法
本発明の微生物製剤は、脂肪酸含有物中の脂肪酸除去に使用される微生物製剤であって、プロトテカ属に属する微生物を含有することを特徴とする。以下、本発明の微生物製剤について詳述する。
【0019】
本発明の微生物製剤では、プロトテカ属(Prototheca)に属する微生物を含む。プロトテカ属に属する微生物は、緑藻に含まれる藻類の一種に分類され、吸収栄養を行う従属栄養性微細藻類として知られている。後述する実施例の欄に示すように、プロトテカ属に属する微生物には、脂肪酸含有物中の脂肪酸を除去して、脂肪酸濃度を低減させる作用を発揮できることが確認されている。ここで、プロトテカ属に属する微生物による脂肪酸除去の作用メカニズムについては、完全に解明できているわけではないが、プロトテカ属に属する微生物には、脂肪酸を取り込んでトリグリセリドとして蓄積しつつ、β酸化により資化する作用があり、これによって当該微生物の菌体外に存在する脂肪酸量を低減させていると考えられる。
【0020】
本発明で使用されるプロトテカ属に属する微生物の種類については、特に制限されないが、例えば、プロトテカ・ウィッカーハミイ(Prototheca wickerhamii)、プロトテカ・ゾフィ(Prototheca zopfii)、プロトテカ・モリフォーミス(Prototheca moriformis)、プロトテカ・スタグノラ(Prototheca stagnora)、プロトテカ・サーモデュリカ(Prototheca thermodurica)、プロトテカ・エリボトリアエ(Prototheca eriobotryae)、プロトテカ・トリスポア(Prototheca trispoa)、プロトテカ・プロトリセンシス(Prototheca protoricensis)、プロトテカ・クティス(Prototheca cutis)、プロトテカ・ウルメア(Prototheca ulmea)、プロトテカ・ブラスキケアエ(Prototheca blaschkeae)
等が挙げられる。
【0021】
本発明で使用されるプロトテカ属に属する微生物は、保存機関に保存されている公知の菌株を使用してもよく、また新たに単離したり、公知の菌株を変異させたりして得られた菌株を使用してもよい。
【0022】
プロトテカ属に属する微生物について、具体的な菌株として保存機関に保存されているものとしては、例えば、プロトテカ・ウィッカーハミイについては、JCM9643株、JCM9644株、JCM9645株、NBRC6997株等;プロトテカ・ゾフィについては、JCM9400株、JCM9646株、NBRC6998株、NBRC7532株、NBRC7533株、NBRC7534株等;プロトテカ・モリフォーミスについては、JCM9640株、JCM9729株、NBRC6995株;プロトテカ・スタグノラについては、JCM9641株、JCM9642株等;プロトテカ・サーモデュリカについては、JCM8557株等が挙げられる。
【0023】
プロトテカ属に属する微生物の中でも、より一層効果的に脂肪酸の除去作用を発揮させるという観点から、好ましくはプロトテカ・ウィッカーハミイが挙げられる。
【0024】
本発明の微生物製剤において、プロトテカ属に属する微生物は、1種単独で使用してもよく、また2種以上を組み合わせて使用してもよい。
【0025】
本発明の微生物製剤は、プロトテカ属に属する微生物の乾燥粉末であってもよく、また濃縮された液状であってもよい。また、本発明の微生物製剤には、必要に応じて、固定化用基材に固定化された固定化微生物の形態であってもよい。固定化微生物の調製方法については公知であり、例えば、プロトテカ属に属する微生物を、担体結合法、架橋法、複合化法等の公知の手法で固定化することによって、プロトテカ属に属する微生物を固定化した微生物製剤を得ることができる。
【0026】
また、本発明の微生物製剤には、プロトテカ属に属する微生物以外に、必要に応じて、リパーゼ等の油脂分解酵素、他の微生物等が含まれていてもよい。
【0027】
本発明の微生物製剤は、脂肪酸含有物中の脂肪酸を除去するために使用される。本発明の微生物製剤の適用対象となる脂肪酸含有物は、脂肪酸の除去が求められるものである限り、特に制限されないが、例えば、排水、バイオディーゼルの原料として使用されるトリグリセリド、ドライクリーニング溶剤等が挙げられる。これらの脂肪酸含有物の中でも、排水は、環境負荷軽減の観点から、脂肪酸除去が強く求められており、本発明の適用対象として好適である。
【0028】
本発明の微生物製剤の適用対象となる排水については、脂肪酸の除去が求められるものである限り、特に制限されず、飲食店の厨房や食品工場等の事業施設からの産業排水であってもよく、また家庭排水であってもよい。また、本発明の微生物製剤の適用対象となる排水は、産業排水や家庭排水等の排水に含まれる油脂を、必要に応じてグリーストラップ等によって濃縮した後に、加水分解処理によってグリセロールと脂肪酸に分解することで得られる脂肪酸含有排水であってもよい。加水分解処理は油脂をグリセロールと脂肪酸に分解できる限り特に限定されないが、好ましくはリパーゼ等の酵素処理や微生物処理を用いることができる。
【0029】
また、従来、C/N比は20〜100にも及ぶ脂肪酸含有物は、通常、微生物による分解作用が殆ど発揮できないことが知られているが、本発明によれば、このような高C/N比の脂肪酸含有物であっても、脂肪酸を除去することができるという卓越した効果を奏することができる。このような本発明の効果を鑑みれば、脂肪酸の除去対象となる脂肪酸含有物として、好ましくはC/N比が20〜100の脂肪酸含有物が挙げられる。特に、飲食店の厨房や食品工場から排出される排水の全窒素量は3〜600mg/Lであり(環境技術実証事業 小規模事業場向け有機性排水処理技術分野 実証試験要領より)、グリーストラップ等によって油脂が濃縮された後には、5000〜500000mg/L程度まで排水中の油脂含有量が高まり、そのC/N比は20〜100になることが分かっているが、このようなC/N比の排水であっても、本発明の微生物処理剤によって脂肪酸を効果的に除去することができる。勿論、本発明の微生物製剤の適用対象となる脂肪酸含有物は、前記C/N比の範囲に限定されず、C/N比は20未満又は100超のものも包含される。
【0030】
本発明の微生物製剤を用いて、脂肪酸含有物から脂肪酸を除去するには、脂肪酸含有物に、本発明の微生物製剤を添加して脂肪酸含有物中の脂肪酸と接触させればよい。
【0031】
本発明の微生物製剤の添加量については、脂肪酸含有物の種類、脂肪酸含有物中の脂肪酸含有量等に応じて適宜設定されるが、例えば、プロトテカ属に属する微生物の初期濃度が、脂肪酸含有物中で1×102〜1×1011cfu/g程度、好ましくは1×104〜1×109cfu/g程度となるように適宜設定すればよい。
【0032】
また、本発明の微生物製剤を添加して脂肪酸含有物中の脂肪酸と接触させる際の温度条件については、プロトテカ属に属する微生物が生育し、且つ脂肪酸除去作用を発揮できることを限度として特に制限されないが、例えば10〜50℃、好ましくは15〜45℃、更に好ましくは20〜40℃が挙げられる。
【0033】
また、本発明の微生物製剤を添加して脂肪酸含有物中の脂肪酸と接触させる際の処理時間については、脂肪酸含有物の種類、脂肪酸含有物中の脂肪酸含有量等に応じて適宜設定されるが、例えば1〜96時間、好ましくは、1〜72時間、更に好ましくは1〜48時間、最も好ましくは2〜48時間が挙げられる。
【0034】
本発明の微生物製剤を添加して脂肪酸含有物中の脂肪酸と接触させる際には、曝気槽等の微生物培養槽を利用し、好気的雰囲気で行うことが好ましい。
【0035】
また、本発明の微生物製剤は、脂肪酸含有物中の脂肪酸の除去に繰り返し供しても、脂肪酸除去作用を維持できるので、本発明の微生物製剤を用いて脂肪酸含有物中の脂肪酸を除去した後に、遠心分離や濾過等によって本発明の微生物製剤を回収し、再利用することもできる。
【0036】
また、本発明の微生物製剤は、脂肪酸含有物に接触させると、当該脂肪酸含有物から脂肪酸を除去し、脂肪酸を栄養源として取り込んでトリグリセリドの状態でプロトテカ属に属する微生物中に蓄積させるので、プロトテカ属に属する微生物中にトリグリセリドを蓄積させる方法としても使用することができる。
【0037】
2.油脂含有物の処理方法
前記微生物製剤は、油脂含有物の処理方法に組み込むことにより、最終的に得られる処理物中の脂肪酸の残存量を低下させることが可能になる。より具体的には、前記微生物製剤を利用した油脂含有物の処理方法として、下記第1工程及び第2工程を含む処理方法が挙げられる。
第1工程:油脂含有物に対して加水分解処理を行うことにより、油脂含有物に含まれる油脂をグリセロールと脂肪酸に分解し、脂肪酸含有物を得る。
第2工程:前記第1工程で得られた脂肪酸含有物を、プロトテカ属に属する微生物と接触させ、脂肪酸含有物から脂肪酸を除去する。
【0038】
前記第1工程に供される油脂含有物とは、油脂が含まれ、油脂を分解することが求められるものであることを限度として、特に制限されないが、好適な一例として、油脂を含油する排水が挙げられる。油脂含有物としては、例えば、前述する産業排水や家庭排水等の排水自体であってもよいが、油脂を効率的に分解させるという観点から、前述する産業排水や家庭排水等の排水をグリーストラップ等によって油脂を濃縮させた排水(例えば、油脂含有量が0.01〜10重量%程度の排水)が好ましい。また、油脂含有物は、植物性油脂、動物性油脂、水産油脂等の内、少なくとも1種の油脂が含まれているものであればよいが、油脂の他に、脂肪酸が含まれていてもよい。
【0039】
また、前記第1工程において、油脂をグリセロールと脂肪酸に加水分解処理するには、例えば、リパーゼ等の酵素処理や微生物処理を行えばよく、これらの処理方法は、当該技術分野で採用されている一般的な条件に従って行うことができる。
【0040】
また、前記第2工程の具体的手法については、前記「1.脂肪酸除去用の微生物製剤」の欄に記載の通りである。
【0041】
第2工程後に、濾過や遠心処理、沈降等の公知の分離手法にてプロトテカ属に属する微生物を除去すれば、前記第2工程後に得られた処理物は、下水道への放流等によって処理することができる。
【実施例】
【0042】
以下、実施例等を挙げて、本発明について具体的に説明するが、本発明は、以下の実施例等に限定して解釈されるものではない。
【0043】
参考試験例1:油脂分解能が公知の微生物での脂肪酸除去作用の評価(1)
表1に示す2種の微生物製剤は、油脂分解能を有することが知られており、これらの微生物製剤の脂肪酸除去作用を、以下の方法でn−ヘキサン抽出物量を測定することにより評価した。なお、下記微生物製剤1では、バークホルデリア属に属する微生物が含まれており、下記微生物製剤2では、バークホルデリア属、アシネトバクター属、及びセラチア属に属する各微生物が含まれていることが確認されている。
【0044】
【表1】
【0045】
トリプトンソーヤブイヨンUSP(SCD培地)(日水製薬社製)を前培養培地として、前記微生物製剤1及び2を2%接種し、30℃にて160rpm、24時間前培養を行った。続いて、前培養液1mLを、1重量%の大豆油を含む本培養培地(ニュートリエント培地(Difco社製)を10倍に純水にて希釈したもの)50mLに懸濁し、30℃、160rpmで24時間振とう培養した。培養終了後、培養液に残留する油脂成分を定量した。油脂成分の定量方法は、JIS K0102の方法に従って、n−ヘキサン抽出物量として定量を行った。また、JIS K0102によるヘキサン抽出の際に無水硫酸ナトリウムを加えることにより、解乳化処理を行った条件での油脂成分の定量も行った。解乳化条件での油脂成分の定量の際には、無水硫酸ナトリウムを乳化による白濁が見られなくなるまで添加を行い、白濁が消失した状態でヘキサン抽出を行った。また、コントロールとして、微生物製剤を接種しなかったこと以外は、前記と同条件でn−ヘキサン抽出物量を測定した。なお、コントロールでは、油脂成分が乳化されていないので、解乳化処理を行うことなく、油脂成分の定量を行った。
【0046】
微生物製剤1及び2を用いて本培養を行った結果、いずれでも、培養液が乳化状態になることが観察された。図1に、微生物製剤1を用いて本培養を行った後の培養液の外観を観察した図を示す。また、図2に、コントロールにおけるn−ヘキサン抽出物量を100%として算出した各条件でのn−ヘキサン抽出物量(%)を示す。微生物製剤1及び2を用いた培養液では、解乳化処理を行わずにn−ヘキサン抽出物量を測定した場合には、n−ヘキサン抽出物量が低下していたのに対して、解乳化処理を行ってn−ヘキサン抽出物量を測定した場合には、コントロールと同量という結果となった(図2)。即ち、微生物製剤1及び2では、培養後には、脂肪酸が除去されているのではなく、脂肪酸を乳化させることによって、見掛け上、n−ヘキサン抽出物量が低下していることが確認された。
【0047】
なお、参考のため、微生物製剤1を用いた培養液について、無水硫酸ナトリウムの添加による解乳化処理の有無での外観上の違いを観察した結果を図3に示す。本試験はn=2で行い、図3においてYB−1は1回目の試験結果、YB−2は2回目の試験結果を示す。図3から明らかなように、無水硫酸ナトリウムを添加しない場合では乳化状態になり、無水硫酸ナトリウムを添加した場合では可溶化状態になることが確認できている。
【0048】
参考試験例2:油脂分解能が公知の微生物での脂肪酸除去作用の評価(2)
前記表1に示す2種の微生物製剤の脂肪酸除去作用について、以下の方法で、脂肪酸を直接測定することにより評価した。
【0049】
トリプトンソーヤブイヨンUSP(SCD培地)(日水製薬社製)を前培養培地として、前記微生物製剤1及び2を2%接種し、30℃にて160rpm、24時間前培養を行った。続いて、前培養液1mLを、1重量%のオレイン酸を含む本培養培地(ニュートリエント培地(Difco社製))50mLに懸濁し、30℃、160rpmで24〜72時間振とう培養した。培養終了後、培養液に含まれる脂肪酸を定量した。脂肪酸の定量は、アシルCoAシンテターゼとアシルCoAオキシダーゼを用いる酵素法により行った。具体的には、先ず、培養後の培養液に4w/v%となるようにTriton−X100を添加し、完全に乳化分散させた。次いで、0.5w/v%のTriton−X100水溶液にて、この培養後サンプルを20倍に希釈した。希釈サンプルをNEFA C−テストワコー(和光純薬工業社製)にて測定を行い、脂肪酸残存量を定量した。また、コントロールとして、微生物製剤を接種しなかったこと以外は、前記と同条件で脂肪酸残存量を測定した。
【0050】
得られた結果を図4に示す。この結果から、酵素法により脂肪酸の定量を行った結果、油脂分解能を有することが知られている微生物製剤1及び2のいずれでも、培養液中の脂肪酸量は、24〜72時間の培養時間において殆ど変化していないことが確認された。
【0051】
試験例1:プロトテカ属に属する微生物による脂肪酸除去作用の評価
表2に示すプロトテカ属に属する微生物を用いて、脂肪酸除去作用について評価した。試験方法は、本培養時間を24〜48時間に変更したこと以外は、前記参考試験例2と同様である。また、比較のために、前記表1に示す2種の微生物製剤についても、前記と同条件で脂肪酸残存量を測定した。また、コントロールとして、微生物を接種しなかったこと以外は、前記と同条件で脂肪酸残存量を測定した。
【0052】
【表2】
【0053】
得られた結果を図5に示す。この結果から、プロトテカ属に属する微生物には、強い脂肪酸除去作用が認められた。
【0054】
試験例2:低栄養源且つ高C/N比の環境でのプロトテカ属に属する微生物による脂肪酸除去作用の評価
厨房・食堂・食品工場等から排出される排水の全窒素量は3〜600mg/Lであり(環境技術実証事業 小規模事業場向け有機性排水処理技術分野 実証試験要領 より)、グリーストラップなどの油脂回収槽であれば、5000〜500000mg/Lまでの油脂濃度となってしまう。つまりC/N比としては生物処理が正常に行われる20以上の値からさらに高いC/N比条件で油脂の分解を行わなければならない。そこで、前記試験例1において、プロトテカ属に属する微生物において、強い脂肪酸除去作用が認められたので、本試験では、低栄養源且つ高C/N比の環境でプロトテカ属に属する微生物が脂肪酸除去作用を発揮し、排水中の脂肪酸除去に適した特性を備えているかについて検討を行った。具体的には、低栄養源且つ高C/N比の環境を模した培地として、ニュートリエント培地(Difco社製)を10倍希釈し、且つ1重量%のオレイン酸を含む培地を本培養培地(C/N比は100であると推測される)として使用し、プロトテカ属に属する微生物としてプロトテカ・ウィッカーハミイJCM9645株を使用して脂肪酸除去作用を評価した。詳細な試験条件は、以下の通りである。
【0055】
トリプトンソーヤブイヨンUSP(SCD培地)(日水製薬社製)を前培養培地として、各プロトテカ属に属する微生物を接種し、30℃にて160rpm、24時間前培養を行った。続いて、前培養液50mLを、10000Gにて5分間遠心分離し、遠心沈殿した微生物を、本培養培地50mLに懸濁し、30℃、160rpmで24時間振とう培養した。培養終了まで経時的に培養液をサンプリングし、培養液中の脂肪酸残存量を前記参考試験例2と同様の方法で定量した。また、比較のために、前記表1に示す2種の微生物製剤についても、前記と同条件で脂肪酸残存量を測定した。更に、コントロールとして、微生物を接種しなかったこと以外は、前記と同条件で脂肪酸残存量を測定した。
【0056】
得られた結果を図6及び7に示す。この結果から、低栄養源且つ高C/N比の環境であっても、プロトテカ属に属する微生物は、脂肪酸除去作用を有効に発揮できることが確認された(図6)。また、低栄養源且つ高C/N比の環境であっても、プロトテカ属に属する微生物の添加から2時間という短時間で、脂肪酸は40%程度が除去されることも確認された(図7)。
【0057】
試験例3:連続的回分処理におけるプロトテカ属に属する微生物による脂肪酸除去作用の評価
前記試験例2にて、低栄養条件且つC/N比が高い培地において、プロトテカ属に属する微生物は、脂肪酸除去作用を発揮することが明らかとなった。そこで、脂肪酸除去作用が回分培養にて連続的にみられるかどうかを、本培養培地として、(1)ニュートリエント培地(Difco社製)を10倍希釈し、且つ1重量%のオレイン酸を含む培地(1/10NB)、及び(2)食品工場から排出された油脂含有排水をリパーゼ処理によって油脂の50%を脂肪酸に分解した排水(油脂含有量2重量%)(実排水)を使用し、プロトテカ・ウィッカーハミイJCM9645株を使用して検討した。
【0058】
具体的には、まず、トリプトンソーヤブイヨンUSP(SCD培地)(日水製薬社製)を前培養培地として、プロトテカ属に属する微生物を接種し、30℃にて160rpm、48時間前培養を行った。続いて、前培養液50mLを、10000Gにて5分間遠心分離し、遠心沈殿した微生物を、本培養培地50mLに懸濁し、30℃、160rpmで48時間振とう培養した。培養後、培養液を前記条件で遠心分離し、遠心沈殿した微生物を回収し、更に、本培養培地50mLに懸濁し、30℃、160rpmで48時間振とう培養した。この操作を繰り返し、合計4日間、連続的に回分培養を行った。また、別途、本培養培地による1回当たりの培養時間を24時間に設定して、同様に回分培養を繰り返し、合計9日間、連続的に回分培養を行った。培養液を経時的にサンプリングし、培養液中の脂肪酸残存量を前記参考試験例2と同様の方法で定量した。また、比較のために、表1に示す微生物製剤2を使用し、前培養時間を24時間に変更し、且つ本培養における1回の回分培養の時間を24時間で合計3日間に設定したこと以外は、前記と同条件で脂肪酸残存量を測定した。
【0059】
プロトテカ属に属する微生物を用いて、48時間の振とう培養を合計4回繰り返した結果を図8に示す。この結果、本培養培地として、1/10NB及び実排水のいずれの場合でも、回分培養を繰り返し行っても、脂肪酸を除去できることが確認できた。また、プロトテカ属に属する微生物を用いて、実排水に対して24時間の振とう培養を合計9日間繰り返した結果を図9に示す。この結果から、24時間間隔にて回分処理を繰り返しても、9日間は脂肪酸の除去作用が十分に維持されることが明らかとなった。また、実排水に対して表1に示す微生物製剤2を使用して24時間の振とう培養を合計3日間繰り返した結果を図10に示す。図10から明らかなように、微生物製剤2では、2日間は脂肪酸除去作用が維持されていたが、プロトテカ属に属する微生物のような高い脂肪酸除去作用はなく、その作用も3日後には維持できなくなっていた。
【0060】
試験例4:プロトテカ属に属する微生物による脂肪酸の微生物内動態の回析
前記試験例1〜3にてプロトテカ属に属する微生物による脂肪酸の除去作用が認められたので、プロトテカ属に属する微生物内において、脂肪酸がどのような動態を示すかについて、本培養培地として、ニュートリエント培地(Difco社製)を10倍希釈し、且つ1重量%のオレイン酸を含む培地を使用し、プロトテカ・ウィッカーハミイJCM9645株を使用して検討した。
【0061】
具体的には、まず、トリプトンソーヤブイヨンUSP(SCD培地)(日水製薬社製)を前培養培地として、プロトテカ属に属する微生物を接種し、30℃にて160rpm、48時間前培養を行った。続いて、前培養液50mLを、10000Gにて5分間遠心分離し、遠心沈殿した微生物を、本培養培地50mLに懸濁し、30℃、160rpmで24時間振とう培養した。培養後、培養液を前記条件で遠心分離し、遠心沈殿した微生物を回収し、更に、本培養培地50mLに懸濁し、30℃、160rpmで24時間振とう培養した。この操作を繰り返し、合計4日間、連続的に回分培養を行った。
【0062】
培養中に培養液を経時的にサンプリングし、10000Gにて5分間 遠心分離を行い、遠心上清と遠心沈殿微生物とに分離した。遠心沈殿微生物をヘキサン10mLにて洗浄し、10000Gにて5分間再度遠心分離を行い、洗浄ヘキサン層と遠心沈殿微生物細胞に分離した。遠心上清全量にヘキサン20mLを添加し、乳化による白濁が生じていないことを確認しながらヘキサン抽出を行った。乳化が生じていた場合、適宜無水硫酸ナトリウムを添加し、解乳化を行った。洗浄ヘキサン抽出層と遠心上清からのヘキサン抽出層を混合し、蒸発乾固させることで得られたヘキサン抽出物を菌体外脂質とした。また、別途、洗浄後の遠心沈殿微生物は乳鉢を用いて破砕を行った。破砕した微生物に20mLヘキサンを添加し、ヘキサン抽出を行った。破砕した微生物とヘキサンの懸濁溶液を15000Gにて5分間遠心分離を行い、ヘキサン層を得た。このヘキサン層を蒸発乾固させることで得られたヘキサン抽出物を菌体内脂質とした。
【0063】
得られた菌体外脂質と菌体内脂質の組成をガスクロマトグラフィーにて分析した。ガスクロマトグラフィーの分析条件は以下の通りである。カラム: DB−1HT (J&W, 5m×0.25mm×0.1μm)、カラム温度: 120℃から220℃に昇温(15℃/分)、220℃にて1分間保持後、370℃に昇温(20℃/分、370℃にて3分間保持、検出器:FID、キャリアガス:窒素、流量374mL/分、スプリット比1/50。
【0064】
得られた菌体外脂質と菌体内脂質の経時的変化を測定した結果を図11に示す。この結果から、プロトテカ属に属する微生物において、菌体外脂質は培養開始から速やかに減少していたが、菌体内脂質量は、菌体外脂質の減少に従って増加し、その後減少する傾向を示した。全脂質量(菌体内脂質と菌体外脂質の合計量)の結果から、プロトテカ属に属する微生物は、本培養培地に添加された脂肪酸の半分程度を資化し、残りの半分程度は菌体内に蓄積することが明らかとなった。
【0065】
また、菌体外脂質と菌体内脂質をガスクロマトグラフィーにて分析した結果を図12に示す。この結果から、菌体内脂質は、殆どがトリグリセリドであることが確認され、プロトテカ属に属する微生物は脂肪酸を細胞内に急速に取り込み、トリグリセライドに変換して貯蔵し、順次β酸価により資化を行っていくという機構が明らかとなった。
【0066】
また、24時間毎に回分培養を繰り返し行った際の菌体内脂質の経時的変化を測定した結果を図13に示す。この結果から、培地交換によって脂肪酸が供給されるに伴い、菌体内のトリグリセリド量が効率的に蓄積されることが確認できた。
図1
図2
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図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
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図13