(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
自動車用排気タービン式ターボチャージャーは、空気の密度を高め、より多くの酸素を燃焼室に送ることで、酸素濃度の低い高度飛行を可能とする航空機技術から、自動車の内燃機関に用いる過給装置として転用された技術である。自動車用排気タービン式ターボチャージャーは、開発当初から多くの変遷を経て現在に至っており、当初の目的は出力の向上であり、1973年に自動車に最初に排気タービン式ターボチャージャーを搭載したBMW社の2002ターボは、約30%もの出力向上を果たして登場し、日本ではその後、インタークーラーによる更なる高出力化、タービンブレードのセラミックス化、タービンシャフトにボールベアリングを採用するなど、各自動車メーカーで高出力競争が繰り広げられたという時代背景がある。
【0003】
ターボチャージャーは、高出力化に不可欠な手段であり、さらに熱効率の向上とエミッションの低減にも有効である。特に乗用車用では高い加速性能が要求されるため、高レスポンス化を狙ったチタンアルミニウム合金(Ti−Al系合金)やマグネシウム系合金(Mg合金)さらには樹脂製のインペラ等も登場し、軽量、且つ高強度な材料技術が提案されている。
【0004】
このように、排気タービン式ターボチャージャーに関する技術は高められてきたが、近年のニーズは、化石燃料枯渇化の回避や、排出ガスによる環境への影響、環境負荷低減等に目が向くようになり、ヨーロッパを中心とした小型ディーゼルエンジンや、我が国で進められている小排気量ガソリンエンジンに適する、低回転域から過給可能な排気タービン式ターボチャージャーの開発が急務な現状である。
【0005】
通常、排気タービン式ターボチャージャーでは、800℃を超える高温の燃焼ガスが排気側インペラに接触し、その熱はタービンシャフトを通じて、排気側とは反対側の端部に備えられるナットまで加熱されるため、ナットが緩んで脱落してしまうと、インペラの破損、及びターボチャージャー自体を廃棄する事態も起こり得る。従って、係るタービンシャフトの端部に用いられるナットには、耐熱性に優れ、高温に加熱されるような条件下でも機械的特性が低下しにくいことが必要不可欠である。また、係るナットは、高回転域でのダイナミックバランスの狂うと、性能にも大きく影響するため、可能な限り軽量化を図ることが望ましい。しかしながら、ナットについては、排気タービンを構成する部材の中でも開発が遅れているといえる。
【0006】
このような問題を鑑みると、従来からナットの素材として排気タービン式ターボチャージャーに用いられてきたステンレス合金や、クロム系鋼の比重よりも小さなアルミニウム合金製とすることが出来れば、前記の軽量化という問題を解決できると考えられる。しかし、アルミニウムの問題点として耐熱性の問題がある。アルミニウムの融点は660℃と低く、再結晶温度も200℃程度であり、クリープにいたっては、180℃程度と、熱に対しては合金化することによって、これらの高温度域での機械的性質の向上が必要となる。合金化によるアルミニウムの技術開発は、引張強度や硬さなどでは、既に多くの研究がなされ、ばね鋼などの高炭素鋼にも負けないものが開発されている。しかしながら、ネジは、雄ネジと雌ネジとの弾性力を保持し合うことで締結され、体積膨張率が温度変化によって異なると、ネジとして機能しないため、単に硬さや強さが高ければよいというものではなく、螺合部材としてのナットの機能が、使用する温度範囲の中では低下せず、且つ緩みにくい特性のナットの材料の開発は未だ遅れている現状である。
【0007】
従来からも、このような前記の問題を解決しようと、本発明者以外からも種々の技術提案がなされている。例えば、発明の名称を「耐焼付性の優れた12%クロム系鋼ナット材」とする技術が開示されている(特許文献1参照)。具体的には、「クリープ及びクリープ破断強度に優れるとともに、優れた耐焼付性を有するナット材を実現するため、重量比で各金属元素の割合が特定され、従来の12%Cr系鋼ナット材と同様にクリープ及びクリープ破断強度に優れ、現用ナット材の5%Cr系鋼と同等の優れた耐焼付特性を有する材料」という技術である。しかしながら、特許文献1に記載の技術は、本発明の課題であるアルミニウム合金製の素材を用いることによる軽量化を図るという課題を解決するものではない。
【0008】
また、発明の名称を「過給機」とする技術が開示されている(特許文献2参照)。具体的には、「タービンインペラとシャフトとの締結構造の信頼性を向上でき、且つ、安価に製造できる過給器を提供する」ことを課題とし、その手段は「シャフトのタービン側にタービンインペラを支持する一方の軸端部が設けられると共に、その軸端部に支持されるタービンインペラを軸方向に位置決めするスラスト面が形成され、タービンインペラには複数の羽根を有するハブの中心部を軸心方向に貫通する中心孔が形成されると共に、ハブの外側端面から軸方向に凹設された筒状の窪孔を有し、この窪孔の底面中央部に中心孔の一端が開口しており、中心孔にシャフトの一方の軸端部が挿通され、中心孔から突き出る軸端部の雄ネジ部に、窪孔の内部に挿入されたナットを螺着して締め付け固定される」というものである。しかしながら、特許文献2に記載の技術は、ナットに直接燃焼ガスが当たらないようにして、熱の影響を軽減させているものであって、アルミニウム合金製の素材を用いることによる軽量化を図るという課題を解決するものではない。
【0009】
また、発明の名称を「ターボチャージャー」とする技術が開示されている(特許文献3参照)。具体的には、「ホワール振動を低減させることができるターボチャージャーを提供する」ことを課題とし、その手段は「タービンとコンプレッサとを連結したシャフトと、前記シャフトを回動可能に支持する軸受部を有する軸受ハウジングと、前記シャフトと前記軸受部との間に介装されるすべり軸受と、を具備するターボチャージャーであって、前記軸受部はアルミニウム系材料で形成され、前記シャフトは鉄鋼材料で形成され、前記すべり軸受は銅系材料で形成される、ターボチャージャー」というものである。しかしながら、特許文献3に記載の技術は、高回転なタービンシャフトに用いられる軸受のアルミニウム合金に係る材料であって、本発明のようなタービンシャフト用のナットとは条件が異なり、本発明の課題を解決するに至るものではない。
【0010】
以上の通り、特許文献1から特許文献3に記載された技術は、ターボチャージャーに関する有効な技術が開示されているといえるが、これらの技術にアルミニウム合金を用いることが可能となれば、個々の有する機能とともに、更に軽量化による性能の向上が期待できることは明確であり、係るアルミニウム合金素材をナットの軽量化に用いる技術提案は急務といえる。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明は、排気タービン式ターボチャージャー10用のタービンシャフト31の端部に使用するナット2に、比重の小さなアルミニウム合金を利用して軽量化を図るものであり、排気タービン30の回転レスポンスの向上、ターボラグの減少、並びに振動の抑制を可能としたことを最大の特徴とするものである。以下、図面に基づいて説明する。但し、係る図面や表に記載された形状や構成に限定されるものではなく、本発明の技術的思想の創作として発揮する効果の得られる範囲内で変更可能である。
【0025】
図1は、本発明に係るアルミニウム合金製タービンシャフト用ナット1の全体構成を示す。本発明に係るアルミニウム合金製タービンシャフト用ナット1は、タービンシャフト31の軸受けの端部に用いられるナット2であり、その形状は、
図1(a)に示すような通常の六角ナット2であってもよく、
図1(b)に示すような六角穴付きナット2としてもよい。また、
図1(c)に示すような波型形状ナット2としてもよく、
図1(d)に示すような波型穴付きナット2としてもよい。さらに、
図1(e)に示す、外形は筒状で表面に凹凸がなく、内径には工具を差し込む工具差し込み孔Hとして、内径と外径の間の肉厚部分に孔部を設けた形状のナット2としてもよい。即ち、可能な限り突出形状を無くして、空気抵抗の少ない形状とすることにより、ノイズの発生を減少させることが望ましい。
【0026】
図1(a)と
図1(c)に表した実施例のように、凹凸形状を外周から外側に向かって設け、これを工具で締め付ける構成を採用した場合、外周の凹凸部から高回転時に騒音を発生するおそれがあるが、幅方向のナット2の厚みTを薄くすることができるので、軽量化を図れるという利点がある。なお、上記の外周凹凸形状を
図1(a)の6角形からそれ以上の多角形(例えば9角や12角)としたり、
図1(c)と
図1(d)に示したように、波型状の起伏の数を大きくすることにより、一つずつの凸凹による突き出し変化量を少なくすることも有効である。
【0027】
他方、
図1(b)及び
図1(d)に表した実施例のように、凹凸形状を内周面から中心に向う方向に設け、これを工具で締め付ける構成を採用した場合、軸方向に工具挿入深さKを必要とするため、ナット2の厚みTが厚くなり、全体的に重量が増すおそれがある。しかし、
外周には凹凸部をなくすことができるので、騒音の発生原因を除くことができるという利点がある。即ち、
図1(a)から
図1(b)までの形状では騒音の軽減と軽量化の双方を図ることができない。
【0028】
そこで、
図1(e)に示した形状のように、ナットの厚みTを薄くしつつ、内径と外径の間の同一ピッチ円上に差し込み孔を中心から等角に複数設けた構成とすれば、工具差込深さKとタービンシャフト31の雄ネジ部を螺合によって締結するために必要な雌ネジ部Sを同じ厚みで構成できるとともに、前記のような凹凸は表面に不要とするため、係る形状から発生する騒音についても防止できる。係る構成を採用した場合には、図面には示していないが、専用工具の螺合締結具70が必要となる。但し、ソケットレンチやトルクレンチに専用アタッチメントを用意すれば、既存の工具を利用して対応可能である。なお、本発明に係るアルミニウム合金製タービンシャフト用ナット1の形状は
図1に示された形状のみに限定されるものではなく、前記外周および端面に凹凸を無くすか若しくは減少させる構成であればよい。
【0029】
本発明に係るアルミニウム合金のタービンシャフト用ナット1は、上記に説明した形状による技術的特徴と、下記に示すアルミニウム合金AA1、AA2としての素材を特定した技術的特徴を有するものであり、特に従来技術では、排気タービン30の高温環境では使用できなかったアルミニウム合金を利用可能としたことを最大の特徴とするものである。そして、加熱状態における機械的特性の変化によりナット2の緩みを防止することが重要である。そこで、まず、係るアルミニウム合金AA1、AA2の組成および高温化で使用される場合の機械的特性について表1から表5を用いて説明する。
【0030】
従来から、排気タービン式ターボチャージャー10におけるタービンシャフト31のナット2の素材には、鋼をベースにニッケルとクロムを添加した合金(Cr−Ni系)、或いはクロム系合金(Cr鋼)やステンレス系合金(Ni−Cr)、更にはチタン合金(Ti系)など、多様な合金が利用されるようになり、極めて機械的特性の優れた合金も開発されており、例えば、WASPALOY(登録商標)や、インコネル(登録商標)のように耐食性、耐熱性、耐酸化成、及び耐クリープ性などの高温特性に優れた素材が提案されている。その他にも、ヘインズアロイ(Haynes Alloy)、ニッケルコバルト系合金、Cu−Ni系合金など、航空機等で用いられるような高価な素材も一部では排気タービン式ターボチャージャー10のタービンシャフト31用のナット2として利用することも可能であるとも考えられている。
【0031】
しかしながら、これらの合金は、比重の大きいニッケルやクロム等をベースとしているため、軽量化が難しい素材であるといえ、また、高価であって、コストを抑えてという本発明の課題の解決には適さない素材といえる。なお、チタンはアルミの2倍の比重4.5であるが、比強度が高く薄く作れるので絶対的重量としては、軽量化を図ることが可能であって、耐熱性や強度もあり、現在において競技車両のような特殊な排気タービン式ターボチャージャー10のナット2やタービンシャフト31にも用いられているものもある。しかし、チタンも高価であるためコストの問題は大きくなる。そこで、本発明では、コスト的に負担の少ないアルミニウム合金を利用したものであり、その組成について下記の通りに説明する。
【0032】
図2は、本発明に係るアルミニウム合金製タービンシャフト用ナット1を使用する排気タービン30の構成を説明する構成説明図である。
図2に示す通り、排気タービン30は、排気側インペラ32、吸気側インペラ33、タービンシャフト31、一体型のフローティングメタルベアリング20で構成されることを示している。
【0033】
排気タービン30は、排気側インペラ32と吸気側インペラ33をタービンシャフト31の両端に配置して固定される回転体である。
【0034】
排気側インペラ32は、排気ガスのエネルギーを回転運動として吸収するための羽根車であり、タービンシャフト31を介して反対側の端部に設けられる吸気側インペラ33へと伝達するものである。係る排気ガスによる動作流体を効率よく吸収して回転運動へと変化させるため、複数の羽根は過給のために適した形状に成形され、また、ガソリンエンジンでは排気ガスの温度が1000℃を超える場合もあるため、係る温度にも耐えうる素材が必要となる。なお、従来からセラミック素材やチタン合金などが一部の競技車両等で用いられているが、セラミックは耐熱性が優れるものの、割れ等が生じ易く、チタン合金製は高価でコスト的な問題を有している。そこで、本発明では、ナット2にもアルミニウム合金を用いることで、回転体の慣性力による過給のレスポンスを向上させることを目的とすることから、同一軸芯上を回転する排気側インペラ32についても可能な限りの軽量化を図ることが有効である。
【0035】
吸気側インペラ33は、排気側インペラ32からタービンシャフト31を介して伝達される駆動力により、大気中から流入する自然の空気の圧力と流れる速度を利用して回転する部材であって、シリンダー内へ空気を押し込むための羽根車である。なお、タービンは20万回転近く達するため、インペラの羽根の先端付近では音速を超える程の周速度となる場合があり、空気抵抗によっても加熱されることに対する耐熱性と、抵抗に対する機械的な強さや強度を使用する温度域において備えることが必要である。
【0036】
図3は、本発明に係るアルミニウム合金製タービンシャフト用ナット1が回転する以前から排気タービン式ターボチャージャー10へ使用された状態を示している。
図3に示したものは、一般的な排気式過給装置に本発明を利用した状態を示したものであるが、特に係る記載に限定されるものではなく、排気タービン式ターボチャージャー10全体における位置や、割合等を例示したものである。以下、本発明に係るアルミニウム合金製タービンシャフト用ナット1に使用する一般的な排気タービン式ターボチャージャー10の全体を構成する各部の部材について説明する。
【0037】
フローティングメタル20は、円筒状の滑り軸受けで内外周の軸とベアリングハウジング40とのクリアランスを維持して接し、回転自在な浮動軸受けである。また、内外周の油膜でダンピング効果が高く、相対速度も低くなり高速軸受けに適しているといえる。
【0038】
タービンハウジング50は、排気側インペラ32を包み、排気ガスの導入部分及び吐き出し部分より構成される部品であり、エンジンからの排気ガスを加速させ、決められた排気側インペラ32に導く役割を果たすものである。係るタービンハウジング50は、排気ガスを直接導くため高温下に常にさらされ、耐熱性、放熱性、および熱膨張しにくいなどの特性を有する鋳鉄製のものが一般的に用いられている。
【0039】
ベアリングハウジング40は、タービンハウジング50とコンプレッサーハウジング60の中心にあって、タービンシャフト31の軸受けを備え、前記両ハウジングを結合し、支える機能を持つものである。本発明に係るアルミニウム合金製タービンシャフト用ナット1における構成は、吸気側と排気側とを一体化された一つのフローティングメタルベアリング20をベアリングハウジング40で軸受けする構成を採用した場合を例示している。
【0040】
コンプレッサーハウジング60は、吸気側インペラ33を包み、空気の吸い込み部分および吐き出し部分から構成されて空気を導くとともに、吸気側インペラ33で与えられた動圧を静圧に変換する機能を有するものである。
【0041】
軸受けに従来使用されてきたホワイトメタルは、耐焼付き性や順応性などに優れ、最適な素材といえたが、高温に晒されると軸受けの素材としては限界が低くなるという問題を有し、これに代わる銅鉛合金、又は鉛青銅合金も開発され、高温下において機械的特性の低下が極めて小さい素材も登場している。しかしながら、係る合金はメッキ処理が必要となっており、製造過程が増え、コストが増大するという問題を解決しなければならず、係る軸受けの素材としてアルミニウム合金の研究開発を進めてきた過程において、本発明者は、高温下での螺合部材としての伸びや線膨張係数等の関係から、高温下でも緩みにくい特性を示すアルミニウム合金を発見したものである。係る配合について、以下に説明する。
【0042】
ケイ素(Si)は、含有することにより熱による膨張を抑え、耐摩耗性の向上を図るものであり、含有率は9.5Wt%から11.5Wt%の範囲以内であって、より好ましくは10.0Wt%から11.5Wt%の範囲以内であることが望ましい。
【0043】
鉄(Fe)は、焼付き防止のために含有する。但し、鉄の含有量を増やすと強度を低下させることになる。含有率は0.5Wt%以下が望ましい。
【0044】
銅(Cu)は、強度を向上させるため含有するまた、更にニッケルを加えることにより、更に強度の向上を可能とする。含有率は2.0Wt%から5.0Wt%範囲以内であって、好ましくは2.0Wt%から3.0Wt%又は4.0Wt%から5.0Wt%の何れかの範囲以内であることが望ましい。
【0045】
マンガン(Mn)は、アルミニウムの耐蝕性をそのままに強度を向上させることができ、更にマグネシウム(Mg)の含有によりその強度の向上を高めるものである。含有率は0.3Wt%以下の範囲以内であって、より好ましくは0.1Wt%以下であることが望ましい。
【0046】
マグネシウム(Mg)は、含有することにより強度と耐蝕性を向上することが出来る。但し、冷間加工のままでは経年変化により強度が落ちるため安定化処理を行う。特に高温で使用する排気タービン式ターボチャージャー10においては、応力腐食割れの問題があるため、軟質材の髭右が必要となる。更に、マグネシウム(Mg)とケイ素(Si)を一定の含有比で含有すると、熱処理による時効硬化に寄与する。含有率は0.2Wt%から0.8Wt%の範囲以内であって、好ましくは0.2Wt%から0.5Wt%又は0.4Wt%から0.8Wt%の何れかの範囲以内であることが望ましい。
【0047】
亜鉛(Zn)は、マグネシウム(Mg)とともに含有し、熱処理することによりアルミニウム合金中最も高強度の合金となる。含有率は0.5Wt%以下であって、より好ましくは0.1Wt%以下であることが望ましい。
【0048】
チタン(Ti)は、結晶粒微細化や機械的性質向上、或いはAl−Cu系合金などで、引け割れ防止を図ることが出来る。但し、含有量が過剰になると溶湯粘性が増加するという問題が生じる。含有率は0.2Wt%以下の範囲以内であり、より好ましくは0.1Wt%以下であることが望ましい。
【0049】
上記の各金属を配合することにより、高温下におけるナット2にも比重の小さなアルミニウム合金を利用できれば、軽量な排気タービン30を構成することができ、前記追従性の問題や熱伝導などの多くの問題点を解消することができるといえる。
【0050】
しかし、アルミニウム(Al)の融点は約660℃で、再結晶温度も約200℃と低く、更にクリープ反応を180℃で発生させてしまうなど、200℃付近まで高温下に曝される可能性があるような排気タービン式ターボチャージャー10のタービンシャフト31にインペラを装着したうえで、ベアリングハウジング40に固定するナット2としては、アルミニウム合金は使用できないものと思われていた。しかしながら、近年の排気タービン式ターボチャージャー10には、インタークーラーや独立した潤滑機構、或いは冷却装置などが備えられ、温度範囲の高温側が低くなり、タービンシャフト31も潤滑オイルの性能が向上したことから従来ほど温度が上昇せず、高くとも150℃程度であり、ナット2にクリープが発生する温度まで上昇することがなく、強度や硬さ等の機械的特性が熱による影響を受け易いアルミニウム合金でも、200℃付近での必要な機械的特性を備えている限りにおいて対応することは可能である。
【0051】
そこで、本発明者は、上記それぞれの問題を全て解消するアルミニウム合金製タービンシャフト用ナット1の素材を研究し、200℃付近でもナット2としての機械的特性、特に螺合部の緩みや固着といった問題を解決するとともに、その他硬さや伸びなど経年劣化等しない耐久性の高い素材として、本発明に係るアルミニウム合金AA1、AA2を完成させたものである。
【0052】
本発明に係るアルミニウム合金製タービンシャフト用ナット1の素材に用いる合金の組成物の配合について、表1及び表2を用いて説明する。係る表1にはアルミニウムに配合される他の合金元素の配合関係を示し、表2には従来から用いられているステンレス合金の中でも特に耐熱性に優れたものを比較のために示す。更に、ステンレス製では重量が大きくなるため、軽量な素材として代表的な真鍮に関する組成についても、比較のために示す。
【0055】
表1は、ベースの金属に配合される各種金属の比率を示すもので、本発明に係る請求項1又は2に係る発明をそれぞれ上から順にアルミニウム合金AA1、AA2として示し、その下方には、従来よりタービンシャフト31に用いられている素材と比較できるようにしたものである。表2は、従来のステンレス系から三種類、真鍮系から一種類それぞれ代表的なものを選択して示した。係る表1と表2を比較し、組成及び配合の相違を明らかにしたものである。
【0056】
本発明に係るアルミニウム合金AA1、AA2の機械的特性を、表3及び表4を用いて説明する。表3は、本発明に係るアルミニウム合金の材料特性を調査したものであり、表4は、ステンレス系及び真鍮系の素材を利用した場合の機械的特性を調査したものである。調査対象とした材料は、押し出し材料を室温にて調質(T6処理)後のものである。調査項目は、引張強さ(MPa)、0.2%耐力(MPa)、伸び(%)、並びに硬度(HRB)であり、それぞれについて調査を行った結果を示す。
【0059】
高温下で使用されるタービンシャフト31の締結用ナット2には、加熱されることによる熱膨張と、エンジン停止後の冷却の繰り返しに因る金属疲労が生じるため、耐熱性のみならず、耐クリープ特性や、耐腐食性等の高い機械的特性が要求されている。特に、雄ネジと雌ネジの締結の原理は、降伏点までの伸びや膨張によって緩まない状態を作るものであるため、単に引張強さや硬さが高い値を示せばよいというものではない。
【0060】
高温下で使用される排気タービン式ターボチャージャー10用のナット2の素材として、ステンレス合金よりも優れた高耐熱材料といわれているインコネル(登録商標)等がある。しかし、前記の通り高額であり、利用するには費用負担が大きくなるという問題がある。また、チタンも耐熱性に優れた材料であるが、前記インコネル同様に高価であって、また、チタンは温度に因る降伏点が不安定といえ、伸びが少ないために急に破断する金属でもあり、耐熱性能向上のための添加として用いることできても、そのままではタービンシャフト31用の締結ナット2には適するものとはいえないものである。このような現状の中、耐熱性や耐食性に優れたステンレス合金のSUS304やSUS316等が手として利用されているという現状がある。
【0061】
SUS304は、別名18Cr−8Ni、或いは18クロムステンレスと呼ばれるステンレス鋼材のうち、耐熱鋼として最も広く普及している鋼種の一つであり、耐食性や溶接性等の機械的性質が良好なことで知られている。また、SUS316Lは、オーステナイト系ステンレス鋼の中でも特に耐食性の良いSUS316に炭素の量を低くすることで、少し柔らかくし、加工性を向上させた鋼材であり、いずれも耐熱ボルトや耐熱ナット2に用いられている。但し、比重は7.8と、アルミニウムと比較すると3倍近く重たくなる。
【0062】
しかし、ステンレス系では熱膨張率が高いため、熱すると膨張により緩みを生じ易くなるという問題がある。また、高温下でネジが緩む原因として、ボルト軸力の低下とネジ面摩擦の低下が主な要素として考えられ、一般に温度サイクルなどで膨張・収縮を繰り返すと、微視的な膨張や応力緩和(面粗度レベル)が起こり、軸力は低下し易くなり、高温下の環境では緩みを生ずるおそれがあり、ロック剤などのケミカル品も利用されているという現状がある。
【0063】
また、材料の組み合わせによっては凝着現象が起こり、ネジ面の摩擦が強固になる場合もあるのでナット2の素材は、タービンシャフト31の径や長さ、及び素材によって対応するものを選択することが重要であり、雄ネジと雌ネジの素材を同一とすることが一般的である。
【0064】
本発明に係るアルミニウム合金AA1、AA2の加熱状態における機械的特性を、表5に示す。
【0066】
なお、表5は、表1に示したアルミニウム合金AA1、AA2から組成される合金を、表2の通りの機械的性質を調査した後、次の手順により、常温から使用温度範囲を超える高熱下までの範囲を所定時間経過後の機械的性質の変化を調べた結果である。具体的には、溶体化処理後に、人工時効硬化処理したものを積極的に冷間加工しないで、調質(T6(JIS規格))した後、150℃又は200℃で100時間加熱し、その後室温に戻しながら放置し、引張試験片加工後に引張試験器のヒーターで再度150℃又は200℃に加熱し、引張試験等を実施したものである。
【0067】
上記の機械的性質の測定結果から、表5は、150℃及び200℃の加熱状態においても、本発明に係るアルミニウム合金AA1、AA2を排気タービン式ターボチャージャー10のタービンシャフト31のナット2が利用可能であることを示している。即ち、比重が従来のステンレス系合金と比較して1/3程度であるアルミニウム合金AA1、AA2を使用すると、軽量化、レスポンスの向上、ターボラグの軽減、自励信号の発生を抑止、並びにノイズ発生の防止という効果を発揮する。
【0068】
アルミニウム合金AA1では、T6調質後に200℃まで加熱した状態での機械的特性は、引張強度が、426N/mm
2から219N/mm
2へ、150℃では359N/mm
2へ、硬さ試験ではブリネル硬さで79(HRB)から60(HRB)(200℃)へと低下するものの、伸びが11%から16%へと増加していることにより、真鍮(C3604)の常温での機械的特性(引張強度420N/mm
2、伸びが25%、線膨張係数20.5×10
−6)と近似し、ネジとしての機械的特性を備えている。
【0069】
アルミニウム合金AA2では、T6調質後に200℃まで加熱した状態での機械的特性は、引張強度が、458N/mm
2から259N/mm
2へ、150℃では393N/mm
2へ、硬さ試験ではブリネル硬さで85(HRB)から71(HRB)(200℃)、86(150℃)と変化は少なく、伸びが8%から15%(200℃)へと増加し、150℃では伸びは変わらず15%を示した。従って、アルミニウム合金AA2はアルミニウム合金AA1と比較して、より従来から代表的な素材として用いられてきた真鍮(C3604)の常温での機械的特性に近似するといえ、また、該真鍮(C3604)は100℃加熱状態において引張強度が314N/mm
2、200℃では310N/mm
2と大きな変化を見せないが、400℃では196N/mm
2と急激に低下する特性等が、本発明に係るアルミニウム合金AA2と極めて近い特性を示しているといえる。
【0070】
調質は、製品を150℃及び200℃で100時間使用した状態を想定して行なうものであり、T6処理後に硬度及び引張強さ測定を行ったものである。なお、係るT6処理は、アルミニウム合金の機械的性質、強さ、硬さ、及び、機械加工性を向上させるために、人工的に析出時効を行わせる処理を組み合わせた熱処理であり、溶体化・焼入れ・焼もどしを行うものである。
【0071】
線膨張係数は、ナット2の設計上必要な材料の特性であり、特定の方向に伸縮する伸縮率を示し、体積の変化に伴って膨張する熱膨張係数とは異なり、形状によって係数が変化する。本発明では、雄ネジと雌ネジとの締結関係という螺合方向の膨張が問題となるが、アルミニウム合金AA1、AA2は、それぞれ線膨張係数が22.2×10
−6/℃と20.8×10
−6/℃となっており、従来品の代表的な真鍮(C3604)製のナット2に近似する線膨張係数を示すことから、熱影響によるナット2の緩みは従来の真鍮製のナット2と同様となることを示している。但し、係る数値は、従来から用いられていた真鍮製等のナット2の相手方となるタービンシャフト31に対応する膨張特性を考慮したものであって、タービンシャフト31の素材が変化すれば、その素材に応じてアルミニウム合金AA1とアルミニウム合金AA2とを使い分ければよい。
【0072】
硬度は、緩み防止のために、雄ネジと雌ネジの接触面における摩擦抵抗に差を有した方が緩みにくいといわれており、タービンシャフト31の雄ネジ部の硬さに対応してアルミニウム合金AA1とアルミニウム合金AA1を使い分ければよい。本発明ではアルミニウム合金AA1が79HRB、アルミニウム合金AA2が85HRBであって、200℃では多少の硬度の低下は見られるものの、AA1で70HRB、AA2で71HRBという硬度を有しており、常温でのステンレスや真鍮と比較しても十分な性能を維持していることが分かる。
【0073】
なお、温度上昇によるナットの緩みについても試験を行なった。トルクレンチにより規定トルクで締め付け後、温度上昇させ、一定時間後にナット2の緩み状態を把握すべく、トルクレンチにて測定を行なった。係る試験については基本的にほとんど変化しなかったため、記載はしないが、200℃以下ではタービンシャフト31にインペラを挟持した状態で緩むことはなかった。
【0074】
本発明者は、表面粗さや真円度など、様々な加工条件を見直して行く中で、高精度な真円度特性や表面粗さ特性を向上させても、なかなかタービンからのノイズの発生、即ちそのノイズの原因となる振動の発生を抑えること難しかった経緯から、軸受け穴26の内面における真円度を多角形的位置に僅かに変化させることで、振動の発生を抑止できるのではないかという着想の下に、真円度を種々変化させて、振動やノイズ発生の有無について実験を繰り返し、振動の発生を軽減できる技術「低振動型フローティングメタルベアリング」(特許文献4参照)(以下、「低振動滑り軸受け」という)を完成させており、本発明に係るアルミニウム合金製タービンシャフト用ナット1のアルミニウム合金AA1、AA2素材を用いた低振動滑り軸受けとすることによって、相互の技術から生ずる効果を相乗的に発揮させることが可能となる。
【0075】
即ち、前記低振動滑り軸受けに係る発明は、低回転領域から高回転領域まで高いセンタリング効果とノイズの発生を抑制する効果が得られるが、係る発明の効果は、回転の開始から発生するものであるため、回転体を構成する部品の一つであるナット2が軽量化されることで、排気タービン30全体の軽量化も図られることとなり、ターボラグの抑制、レスポンスの向上、自励振動やノイズ等の騒音の発生を抑止することができる。
【0076】
そこで、本発明に係るアルミニウム合金製タービンシャフト用ナット1の軸受け穴26表面に、流体潤滑条件の異なる領域を軸心から等角等距離に複数備え、軸受け穴26の表面にクリアランスを僅かに変化させ、オイル流路内に軸芯方向に向かう略凸状の狭い膜状の流路を形成することで、油圧変化を生じさせる構成を採用することが望ましい。
【0077】
更に、前記流体潤滑条件の異なる領域が、軸芯に向かう略凸状の狭い膜状流路と、外周方向へ向かう略凹状の広い膜状の流路とを穏やかに結ぶようにクリアランスを変化させた領域とすることも有効である。
【0078】
係る構成の効果であるセンタリング性(自己求芯機能)は、レイノルズ方程式から発生する圧力の分布の通り、真円度が僅かに異なる部分を等角位置の同一円周縁部に配置すると、回転により生じる圧力変化が常に同じ大きさで同一円周上に等間隔で発生するため、その圧力差によりタービンシャフト31には常に中心に向かう力が発生し、そのセンタリング効果は回転速度が低くても回転と略同時に発生する。そこで、タービンと回転する軸受けの重量を軽量化することができれば、本発明の課題を解決し、レスポンスの向上、ターボラグの軽減、自励振動の抑止、及び振動に起因したノイズの発生を低減する排気タービン式ターボチャージャー10の提供を図ることが可能となる。
【課題】比重の小さなアルミニウム合金を利用することで軽量化を図りつつ、高温化においても必要な機械的特性、特に温度変化に起因してナットが緩むという現象を回避し、他の部材と組み合わせることにより、高レスポンス化並びに、低騒音、低振動の抑止効果の高いナット技術の提供を課題とするものである。
【解決手段】排気タービン式ターボチャージャーのタービンシャフトにインペラを固定するために用いられるアルミニウム合金製のナットであって、その素材が重量比において、ケイ素:10.0〜11.5%、鉄:0.50%以下、銅:2.0〜3.0%、マンガン:0.10%以下、マグネシウム:0.20〜0.50%、亜鉛:0.10%以下、チタン:0.10%以下、その他各々0.10%以下であってその他の合計が0.15%以下、残部がアルミニウムから組成されるアルミニウム合金製とした。