【実施例】
【0032】
本発明の理解を深めるために、本発明に至る実験結果を各参考例に示し、具体的な発明内容を実施例に示し、詳細に説明する。本発明はこれら参考例、実施例に示す事項に限定されるものではない。
【0033】
本明細書において、以下の略号を用いることがある。
(略号)
MC=メチルセルロース、SDラット=Sprague-Dawleyラット、高塩分食=0.12 %β-アミノプロピオニトリル及び8 %塩化ナトリウムを含有する普通食、手術=脳動脈瘤誘発手術、脳動脈瘤モデル=脳動脈瘤誘発手術をしたラットのモデル、Day X=脳動脈瘤誘発手術日を0日目としたX日後(例えば、手術後翌日をDay1という。)、ビークル群=薬物非投与群(0 mg/kgの薬物投与群)、コントロール群=脳動脈瘤誘発手術を行わなかった群、ELASTICA VAN GIESON染色=EvG染色
【0034】
(化合物懸濁液の調製)
「S1P
1受容体アゴニスト懸濁液」は、S1P
1受容体アゴニストを乳鉢で粉砕後、0.5 % MC 溶液を用いて調製した。ここで、用量を設定する際のS1P
1受容体アゴニストの量は、S1P
1受容体アゴニストフリー体として換算した量を表す。例えば、「化合物1懸濁液」は、化合物1を乳鉢で粉砕後、0.5 % MC 溶液を用いて調製した。ここで、用量を設定する際の化合物1の量は、化合物1フリー体として換算した量を表す。
【0035】
(参考例1)脳動脈瘤モデルの作製
橋本らが文献に記載した方法(Surgical Neurology 1978年,10巻,p.3-8)に準じて、ラットの脳動脈瘤モデルを作成した。すなわち、7週齢の雄のSDラットにペントバルビタール50 mg/kgを腹腔内に投与し、麻酔下に左総頸動脈と左腎動脈を10-0ナイロン糸で結紮した(これを脳動脈瘤誘発手術という)。手術後(Day1)より高塩分食で飼育した。飼育期間中の飲水は自由とした。
【0036】
(参考例2)脳動脈分岐部の内皮細胞におけるS1P
1受容体の発現
脳動脈瘤モデルに、0.03 mg/5 mLの化合物1懸濁液を5 mL/kgの用量で、手術後1日目(Day1)から27日目(Day27)まで、1日1回強制経口投与した。
なお、脳動脈瘤モデルに、0.5%MC溶液(0 mg/5 mLの化合物1懸濁液)を5 mL/kgの用量で1日1回強制経口投与した群をビークル群とした。
【0037】
1)手術後28日目(Day28)に同じラットを深麻酔にて解剖し、経心臓的に4%パラホルムアルデヒドで血管を還流した。そのまま脳を脳表の血管ごと摘出し4%パラホルムアルデヒド含有リン酸緩衝液中で、4℃で一晩固定した。
2)次いで、30%スクロース溶液に置換し、さらに4℃で24時間静置した。
3)脳表より脳動脈瘤を含む右嗅動脈前大脳動脈分岐部(閉塞側と逆側の右の脳血管分岐部)を摘出し、凍結切片(5μm厚)を作製した。
4)凍結切片を0.3%ポリソルベート20含有リン酸緩衝液で室温30分間透過処理した。
5)5%ロバ血清含有リン酸緩衝液で室温で1時間ブロッキングした。
6)一次抗体として、抗S1P
1受容体マウスモノクローナル抗体(MABC94:Millipore社)をリン酸緩衝液で100倍希釈し、4℃で72時間反応させた。
7)次いで、0.3%ポリソルベート20含有リン酸緩衝液にて洗浄後、二次抗体としてAlexa 488 結合ロバ抗マウス IgG抗体(Invitrogen社)をリン酸緩衝液で100倍希釈し、室温で1時間反応させた。
8)0.3%ポリソルベート20含有リン酸緩衝液で洗浄し、褪色防止剤(Prolong Gold
(TM):Invitrogen社)で封入した。
9)共焦点顕微鏡で観察した。
【0038】
結果を
図1に示した。なお、脳動脈瘤誘発手術を実施しなかった群をコントロール群とした。コントロール群、ビークル群および化合物1投与群のいずれにおいても脳動脈瘤が形成される脳動脈分岐部の内皮細胞においてS1P
1受容体が発現していた。
【0039】
(参考例3)リンパ球数減少作用
脳動脈瘤モデルに、0.03および0.1 mg/5 mLの化合物1懸濁液を、手術後1日目(Day1)から27日目(Day27)まで、5 mL/kgの用量で、1日1回強制経口投与した。
なお、脳動脈瘤モデルに、0.5%MC溶液(0 mg/5 mLの化合物1懸濁液)を5 mL/kgの用量で1日1回強制経口投与した群をビークル群とした。
手術後28日目(Day28)にペントバルビタール麻酔剤50 mg/kgを腹腔内投与して麻酔下に下大静脈より採血した。血液検査システム(アドヴィア120、Siemens Healthcare Diagnostics社)により、採取した血液中のリンパ球数をそのマニュアルに従って測定した。
【0040】
結果を
図2に示した。化合物1は濃度依存的に末梢血中のリンパ球数を減少させた。一般にS1P
1受容体アゴニストは、リンパ球上のS1P
1受容体のダウンレギュレーションを誘導することで二次リンパ組織からのS1P
1受容体依存的なリンパ球移出を抑制することが知られている。
図2の結果は、化合物1がラット体内においてS1P
1受容体アゴニストとして作用していることを示唆している。
【0041】
(参考例4)脳動脈瘤形成部位へのマクロファージ浸潤
脳動脈瘤モデルに、0.03および0.1 mg/5 mLの化合物1懸濁液を、手術後1日目(Day1)から27日目(Day27)まで、5 mL/kgの用量で、1日1回強制経口投与した。手術後28日目(Day28)に、参考例2の1)〜5)と同様の手法を用いて、脳動脈瘤を含む右嗅動脈前大脳動脈分岐部の処理を行い、当該分岐部の切片を作製した。
【0042】
作製した切片について、マクロファージ(F4/80陽性細胞)の免疫染色を次のように行った。一次抗体溶液として、ラット抗F4/80抗体 [BM8](AB16911:Abcam社)をリン酸緩衝液で100倍に希釈した溶液を調製した。二次抗体溶液として、alexa-488結合ロバ抗ラットIgG抗体(Invitrogen社)をリン酸緩衝液で100倍に希釈した溶液を調製した。切片を、一次抗体溶液で4℃、16時間反応させ、リン酸緩衝液で洗浄後、二次抗体溶液で室温で1時間反応させた。リン酸緩衝液で洗浄後、褪色防止剤(Prolong Gold
TM:Invitrogen社)で封入し、共焦点顕微鏡で観察した。脳動脈の外膜部分にある細胞の核が青色に染まって観察された(白黒の
図3Aでは、やや薄い白色の部分)。また、その中に核(青色)の周りが緑色に染色されたマクロファージ(F4/80陽性細胞)が観察された(白黒の
図3Aでは、より強い白色の部分)。
【0043】
共焦点顕微鏡観察下、脳動脈瘤の発生する脳血管分岐部を中心に100μm四方の範囲についてマクロファージ数を計数した。この測定を5頭について行いその平均値を求めた。結果を
図3Bに示した。ビークル群の場合、脳動脈瘤形成部位のマクロファージの細胞数は約30 個/100 μm
2であった。一方、手術前、同部位におけるマクロファージの細胞数が2〜4 個/100 μm
2であった。よって、ビークル群におけるマクロファージの細胞数は、手術前と比較して増加していることを確認した。
化合物1を0.03および0.1 mg/kgの用量で投与した群におけるマクロファージ数は、ビークル群におけるマクロファージ数と比較して減少していた。
【0044】
(参考例5)化合物1によるMCP-1発現抑制
一次抗体として、ヤギ抗MCP-1抗体(Santa Cruz社)を使用し、二次抗体としてalexa-488 結合抗goat IgG抗体(Invitrogen社)を使用し、参考例4の方法を用いて、共焦点顕微鏡で観察した。結果を
図4に示した。白く光っている部分がMCP-1を表す。ビークル群において脳動脈瘤壁でMCP-1の発現が確認された。
化合物1を0.03および0.1 mg/kgの用量で投与したところ、MCP-1の発現は、薬物非投与群と比較して抑制された。
【0045】
(実施例1)化合物1による効果(in vivo)
(1) 化合物1による脳動脈瘤の形成抑制効果
脳動脈瘤モデルに、0.03および0.1 mg/5 mLの化合物1懸濁液を、5 mL/kgの用量で、手術後翌日の1日目(Day1)から27日目(Day27)までの期間、1日1回強制経口投与した。
なお、脳動脈瘤モデルに、0.5%MC溶液(0 mg/5 mLの化合物1懸濁液)を5 mL/kgの用量で1日1回強制経口投与した群をビークル群とした。
【0046】
手術後28日目(Day28)に、参考例2の1)〜2)の方法と同様にして、脳動脈瘤を含む右嗅動脈前大脳動脈分岐部を摘出し、4%パラホルムアルデヒドで固定化し、30%スクロースで置換後、凍結して5μm厚の凍結薄切標本を作製した。この標本をEvG染色して脳動脈瘤の形成を確認した。脳動脈瘤の大きさを測定して評価を行った。最大径(Maximum)はEvG染色での内弾性板断裂部位間の最大距離を表し、高さ「Height」は内弾性板断端を結ぶ線から垂直に引いたものを高さと規定しその最大値を表し、平均径「Mean」は最大径と高さの平均値を表した。この評価を各群のラット全頭(8〜9頭)について行い、それぞれその平均値を求めた。
【0047】
結果を
図5に示した。化合物1は脳動脈瘤の形成を抑制した。
図6に染色標本の例を示すが、両矢印で示した脳動脈瘤の底部の内弾性板間の大きさと、その底部から垂直方向の高さを測定した。内弾性板間の大きさが最大のものを「Maximum」、瘤の最も高い部分を「Height」とした。
【0048】
(2)化合物1のラットの血圧および心拍数に対する影響
実施例1(1)において、手術後28日目(Day28)にラットを解剖する直前に、未麻酔下で非観血的にテールカッフ(tail-cuff)法により血圧および心拍数を測定した。測定はラット・マウス用非観血的血圧測定装置BP-98A(ソフトロン社)を使用した。1頭当たり3回測定してその平均値を採用し、各群のラット全頭の平均値を求めた。結果を
図7Aおよび7Bに示した。化合物1の投与による血圧(SBP:収縮期血圧、MBP:平均血圧、DBP:拡張期血圧)および心拍数に対する影響は認められなかった。
【0049】
(実施例2)化合物1による脳動脈瘤増大抑制効果(in vivo)
脳動脈瘤モデルを手術後当日から高塩分食で7日間飼育して、脳動脈瘤を形成させた。脳動脈瘤モデルを手術後7日目(1週、Day7)に普通食に切り替え、0.1 mg/5 mLの濃度の化合物1懸濁液を1日1回強制経口投与した。
なお、脳動脈瘤モデルに、0.5%MC溶液(0 mg/5 mLの化合物1懸濁液)を5 mL/kgの用量で1日1回強制経口投与した群をビークル群とした。
手術後7日目(1週、Day7)、28日目(4週、Day28)および49日目(7週、Day49)に、脳動脈瘤を含む右嗅動脈前大脳動脈分岐部を摘出し、脳動脈瘤の大きさ(最大径および平均径)を実施例1と同様にして測定した。それらの結果を
図8および
図9に示した。化合物1は脳動脈瘤の増大を抑制した。
また、手術後49日目(7週)に、脳動脈瘤壁に浸潤したマクロファージ数を、参考例4の手法を用いて、共焦点顕微鏡観察下で計数した。結果を
図10に示した。化合物1は、脳動脈瘤が誘発された部位においてマクロファージの細胞数を減少させた。
【0050】
(実施例3)化合物2による脳動脈瘤の形成抑制効果
脳動脈瘤モデルに、0.1 mg/5 mLの化合物2懸濁液を、5 mL/kgの用量で、手術日(Day0)から投与を開始し、手術後26日目(Day26)まで、1日1回強制経口投与した。脳動脈瘤の大きさは実施例1のプロトコールを用いて測定した。その結果を
図11に示した。化合物2が脳動脈瘤の形成を抑制した。
【0051】
(実施例4)化合物3による脳動脈瘤の形成抑制効果
脳動脈瘤モデルに、0.01 mg/5 mLの化合物3懸濁液を、5 mL/kgの用量で、手術日(Day0)から投与を開始し、手術後26日目(Day26)まで、1日1回強制経口投与した。脳動脈瘤の大きさは実施例1のプロトコールを用いて測定した。その結果を
図12に示した。化合物3は脳動脈瘤の形成を抑制した。
【0052】
(実施例5)化合物4による脳動脈瘤の形成抑制効果
脳動脈瘤モデルに、0.3 mg/5 mLの化合物4懸濁液を、5 mL/kgの用量で、手術日(Day0)から投与を開始し、手術後26日目(Day26)まで、1日1回強制経口投与した。脳動脈瘤の大きさは実施例1のプロトコールを用いて測定した。その結果を
図13に示した。化合物4は脳動脈瘤の形成を抑制した。
【0053】
(実施例6)化合物1による内皮細胞の透過性抑制効果
トランスウェル(直径6.5mm、孔径0.4μm、コラーゲンコート:コーニング社)の上室に、ヒト頸動脈内皮細胞HCtAEC(Cell Applications 社)を細胞密度が1 × 10
5個/ウェルとなるように播種し、MesoEndo Growth Medium(Cell Applications 社)中で5%CO
2雰囲気下、37℃で一晩培養した。培地をEndothelial Cell Serum-Free Defined Medium(Cell Applications 社)に交換してさらに一晩CO
2雰囲気下、37℃で培養した。次いで当該トランスウェルの上室および下室に最終濃度が0、0.1、1、10および100 nMである化合物1を添加し、引き続き培養した。化合物1を添加しなかったウェルをコントロールとした。培養60分後、当該トランスウェルの上室に250 μg/mLのフルオレセインイソチオシアナート(FITC)-デキストラン(2000 kDa:シグマアルドリッチ社)を添加し、5分、60分および210分に下室の培地の蛍光強度を測定することで下室に透過してくるFITC-デキストランの量を測定した。結果を
図14に示した。化合物1は下室に透過するFITC-デキストランの量を濃度依存的に減少させた。
これは、化合物1が内皮細胞間の透過性を抑制していることを示している。
【0054】
(実施例7)化合物1による内皮細胞の透過性抑制効果に対するS1P
1受容体アンタゴニストの阻害作用
実施例6と同様に、ヒト頸動脈内皮細胞を培養した。次いで、トランスウェルの上室に0又は、100 nMの濃度の化合物1と、0、0.1、1、10または100 nMの濃度のS1P
1受容体アンタゴニストを添加し、引き続き培養した。化合物1およびS1P
1受容体アンタゴニストを添加しなかったウェルをコントロールとした。S1P
1受容体アンタゴニストとして、化合物Atを使用した。
培養60分後、実施例6と同様にして、下室に透過してくるFITC-デキストランの量を測定した。結果を
図15に示した。化合物1による内皮細胞の透過性抑制効果をS1P
1受容体アンタゴニストが濃度依存的に阻害することが確認された。
よって、化合物1による内皮細胞の透過性抑制効果がS1P
1受容体を介した作用であることが判明した。